鈴木園子 2024-11-26 21:13:47 |
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では私の肩に腕を回して、__振り落とされないよう気をつけて下さいね
( 囁きを受けた目の前の彼女はこの状況に余程驚愕したらしい、恐らく突然現れた此方の名前を口にしようとしたのだろうが既の所で留まってくれた事が仕草で分かりほっと胸を撫で下ろす。暗闇とはいえ名前を呼ばれてしまえば流石の警部でも近くにいるかもしれないと予測はできてしまうだろうし…。そうして当然の事ながら状況を上手く飲み込めずにいる彼女の答えを待つ。暗闇での活動には慣れているし、この状況を作り出したのは間違いなく自分なので先んじて動く事が出来たが、そろそろ周囲も目が慣れてくる頃合か…警部達も非常電源を探し始めたようだ__、と周りに向けていた意識が、くん、と衣装の裾を引かれた事で彼女へ戻される。この暗さ故はっきりとは認識出来ないが衣装を摘む手と此方の反応を窺う様子から了承だと判断する。にっと笑みを深め先程侵入に使用した天井の穴目掛けてワイヤーを打ち込み引っ張っても問題無い事を確認するや否や、肩にしっかり掴まる様再び囁き掛けながら彼女の腰へ手を回し飛び上がる準備を整えようとして )
へ……!?
( 返ってきた言葉と腰に添えられた腕に、間の抜けた声が出てしまった。この緊急事態の中まともに頭が働かず、後先考えずに当然の如く愛しの怪盗に攫われようとしてしまったが…。振り落とされるって何!?と、普通に考えればかなり衝撃的な発言を耳にして我に返り、急激に不安が増してくる。攫われる事自体には不思議なくらい微塵も抵抗はないものの、一体どうやってこの状況を脱するつもりなのか、これから何が起きるのかが全く分からないのだ。言われた通り肩に回した腕に必要以上に力が込もり、ぎゅっとしがみつく様な体勢になる。周りのギャラリー達は慌てふためきながらそれぞれが勝手な方向にうろうろと動き始めようとしており、そんな混乱した周囲の状況も自身の不安を煽る要因となっていた。大ファンである相手に密着しているという平常時ならば間違いなく大喜びして舞い上がっているであろうこのシチュエーションも、何も見えず追い詰められた今に限ってはときめく余裕すら無い。片手で肩にしがみつき、もう片方の手は何が何でも守りたい小箱が収められた鞄をしっかりと抱え込む様に押さえつけ──正直まだ完全に覚悟が決まった訳ではないが、身を任せるしか選択肢は無いのだから迷っている暇も無い。声のした方を向きながら無意識に息を呑み。 )
さあ、行きますよ…っ
( 少しばかり怖がらせてしまったか、言う通りにぎゅっと強く回された腕を確認しながらも、この状況では詳しい説明をしている時間も無いので此方も同じく腰に回した腕にぐっと力を込めるだけに留める。両腕で掴まってこない事に多少違和感があり、ちらりと視線を移すともう片方の腕が大事に抱いていたのは鞄であった。そこまで手離したくない物なのか、と差程気には留めず、だが片腕である故にバランスを崩されて先の冗談が現実になっては元も子もないので鞄も含め更にしっかりと密着する様、包み込む様に腕を回し直す。そして暗闇の中で鈍く光るワイヤーの先を見定め一呼吸置いてからトリガーを引き__、瞬間弾かれた様に身体が浮き上がりワイヤーの先へ巻き取られる。彼女に怪我を負わせないよう注意を払いながらそのまま穴の中へ。__天井裏に彼女ごと上手く滑り込めた事に一先ず安堵し、彼女を抱えていた腕をするりと離した流れのまま自身の唇の前へ持っていき人差し指を立てて声を出さない様合図を送るポーズをとる。素早く下の様子を確認すれば、未だ照明は復活していないようだが間に合わせの懐中電灯で辺りを照らす事にしたらしい警部達が『い、いないぞ!?一体何処に…!探せー!』などと騒ぎ立てながらどたばた動き回る姿が見て取れた。明かりに照らされては流石にバレてしまうので侵入時に置き去りにした蓋を穴にぴたりと嵌め、これで一先ずは追手の目から逃れられるだろう…と一息つく。だが本題はここから…そう頭を切り換えて彼女の方へ視線を投げ掛け )
…お怪我はありませんか?
( 抱き締められていると言っても過言ではないほど密着する様に包み込まれれば、いくら余裕の無いこの状況とは言え流石に鼓動が早まってしまう。そうして二重の意味でドキドキしている中での突然の浮遊感に驚き、再びぎゅっと目を瞑った。これまでの出来事といい今この瞬間といい何が何だか全く分からないが、導かれるままに身を任せ──浮遊感が無くなり腕から解放された感覚を確認した後、そっと瞼を開ける。すぐさま静かにする様にと合図された為、大人しく従い展示室の様子を窺っている横顔をさり気なく見つめてみた。その姿は薄暗いこの空間にいてもキラキラと輝きを放っている様に映り、眩しくて素敵なこの人物と直前まで密着していたのかと急に実感が湧きとんでもなく恥ずかしくなってきた。同時に自らの発言がきっかけでこの有り得ない状況が作り出されたのだと思うと、応援するどころか完全にトラブルに巻き込み足を引っ張ってしまっている事実を今更ながらに自覚して眉が八の字になる。逃げ場のない状況から脱し冷静になり始めた途端ぐるぐると考え込みそうになっていると、今まさに眺めていた横顔が此方を向いた為軽く肩を震わせてしまった。憧れの相手と話している緊張と少しの罪悪感から、心做しか普段より高めのしおらしいトーンで若干声を震わせ。 )
う、うん。大丈夫。でもわたし、キッド様の邪魔しちゃったよね…。
お気になさらず、このくらい大した問題ではありませんので。…まあ、警部のへっぽこさ加減には参ったものですが…。貴女も災難でしたね?
( 彼女に怪我が無い事を本人の口からもしっかりと確認出来た事だし、この後の行動にも支障は無いだろう。此処に逃げ込んだのはあくまで一時的な目眩し、建物の構造上早々見つからない場所ではあると思うが油断は禁物…いつまでも此処に居る訳にはいかない。幸いこの天井裏、屋根裏とも言える場所には設備用らしき窓が複数見受けられる為、外へはそこから出ればいい…と言っても出た先は屋根の上だろうから彼女とは何処で別れるべきか、とこれからの脱出経路を頭の中で組み立てながら会話も疎かにはしない。それにしてもこの状況で普通に会話が出来るとは、更に自分の心配ではなく此方に気まで遣って…中々胆力のある女性だ。だが普段予告現場でよく見掛ける溌剌とした彼女とはどこか異なるしおらしさも垣間見える、そういえば先程の浮かない表情の訳も気になったから強引に連れ去る事にしたのだった、とその憂えた姿を見て思い出す。__怪盗にとってイレギュラーは日常茶飯事であるし、細部まで調査し尽くして念入りに準備を重ねてもいざ本番となったら使われない仕掛けや情報なんてごまんとある。邪魔などとは微塵も感じていないしギャラリーがいてこそ魅せがいがあるというもの。それに今回に関しては完全に警部のへっぽこ推理が悪いのであって貴女は何も悪くはないのだと、身体から力を抜き安心して良いというポーズをとり出来る限り柔らかい声色で、合間に軽口も挟みつつ優しく言葉を掛けて )
さっすがキッド様!超やさし~っ!ううん、わたしは全っ然!だってこうしてキッド様と話せたし、それに──
( 余裕たっぷりにフォローの言葉を掛けられてしまえば、これ以上落ち込んでいるのも野暮なのかもしれない。非常事態でも堂々としている風に見える大怪盗の有り様に胸の奥をきゅんとさせ、単純すぎるほど一瞬で表情が緩んだ。憧れの相手に優しくされた事により心の底から感激して前のめりになり、キラキラとした瞳で嬉しそうにジェスチャーしながら興奮気味に言葉を紡いでいく。勢いのままに貴方へのプレゼントの事までついうっかりと喋りそうになり、そこでようやくハッとして口を噤んだ。まだ完全に脱出できた訳ではないし、いくら貴方が許してくれたとはいえ此方が迷惑をかけている真っ最中。その迷惑がきっかけでプレゼントを渡すチャンスが生まれたのは確かだが、渡すとしても確実に今こんな薄暗い場所でではないだろう。雲の上の存在である怪盗とこんなに接触できる機会など、きっともう二度と訪れないと分かってはいる。渡す場所になどこだわっている場合ではないという正論と、最初で最後の機会だからこそシチュエーションに妥協したくないという乙女心が自身の中で葛藤を始めてしまった。頭を抱えて小さく唸り考え込んでも、結局即断は出来ず。とりあえず何か言葉を続けなければと、無意識に鞄を後ろ手に隠しながら無理矢理言葉を絞り出し。 )
それに、助けてもらってカッコいいキッド様がいっぱい見れたから!
少しばかりスリリングな体験をさせてしまいましたが、貴女が笑顔になってくれて良かった
( 安心するよう掛けた言葉にそこまで効力があったのか、興奮気味にするすると紡がれる言葉達を受けて思わずくすりとした笑みを零す。そこまで深く彼女の事を知っている訳ではないが、知り得る限り明るく振る舞うこの姿こそが彼女らしいと感じる。無理に笑っているようには見えないしとりあえずは元気になって良かった、と安堵の気持ちを微笑みと共に返す。まだ色々と聞きたい事はあるがこんな陰気臭い所でする話でもないだろう。この館があまり高さの無い造りである事も幸いして、今日は警察ヘリの導入はされていなかった筈。壁際や物陰に隠れさえすれば屋根の上であったとしても多少話をする時間くらいは作れるし、話し終えた後の自身の脱出もハンググライダーを使える状況になるので一石二鳥__そう結論を出す。続けて先程考えていた脱出計画を実行に移す為、一番近場の天窓を指差しながら彼女へ提案を投げ掛けて。 )
…と、こんな暗く狭い場所に女性を長居させられませんね。彼処の窓から外へ出られると思いますので、…動けますか?
窓からってまさか…華麗に飛び降りちゃったり!?はぁんステキ…まるで映画みたいじゃない!
( 指差された方向を見上げ、告げられた言葉と視界に映った天窓とを照らし合わせてぎょっとする。窓の外には屋根くらいしかないと思うが、窓から出たところで一体その後はどうするつもりなのだろうか…。そのまま屋根から飛び降りるくらいしか選択肢が思いつかず、二人で屋根から飛び降りているロマンチックな光景を勝手に想像しては、きゃっきゃと興奮した様子で両手を広げてその場でくるくると回りながらはしゃぎ始めて。この状況は貴方にとってはトラブルなのだろうが、やはり自身にとってはラッキー以外の何物でもない。世間を賑わす大怪盗と財閥のご令嬢の禁断の恋…。二人の劇的な逃走劇に、美しい夜景が見渡せる場所でプレゼントを渡しながらのラストシーン…。自らが警部から疑われ逃げている立場である事もすっかり忘れ、憧れの怪盗との都合の良い妄想で頭をいっぱいにする。胸の前で両手を組み、祈るようなポーズで身体をくねくねさせてうっとりと己の世界に浸り──貴方からの問いかけへの返事も疎かになってしまっており。 )
…はは、まだ飛び降りませんけどね。急な造りではないので屋根の上も歩けるでしょうから、ご安心を
( 窓から外へ、そう話しただけであったのに彼女の頭の中では何やら素敵な光景が広がっているらしい。確かに映画等ではよくあるシーンの様ではあるが…、この状況でも随分と想像力が豊かだなと空笑いが漏れ。この様子だとこれも聞こえていないかもしれないが念の為まだ一旦外に出てみるだけで飛び降りはしない事を告げておく。それに飛び降りるにしても彼女を抱えての着地は危険が伴うし、ハンググライダーでは大人二人分程の体重は支え切れずに高度が落ちてしまい長くは飛べない、どちらもあまり現実的ではない。先程使ったワイヤーを屋根に引っ掛ければどうにか降りれる可能性はあるが彼女ご希望の飛び降りる、とは少し異なるだろう。…そもそもこうして時間を稼いでいる間に警部の熱も冷めてくれたら、途中で放り出す形にはなってしまうが彼女を警部達に任せて自身は脱出、という選択も取れるのだが何故だか今日はもう少しこの逃避行を楽しむのも悪くないと思わせられていて__。兎にも角にも想像の中で忙しくしながらくるくる回ったり目をきらきら輝かせている彼女を現実に引き戻す為、一歩踏み出しては二人の間にあった僅かな距離を更に縮めて。片手を差し出しまるで紳士が淑女をダンスへ誘うかの様な仕草で軽く頭を傾けては悪戯っぽい笑みを向け )
それだけ動けるなら大丈夫そうだ。…さあ、逃避行の続きと参りましょうか、お嬢さん?
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