ユーフォルビア 2024-10-14 02:31:34 |
通報 |
お、コイツは中々……随分と上等そうな布だが、本当に使わせてもらっていいのかね?
(降り頻る雨から逃れるように、彼女に付き従って天然の雨傘の下へ。雫に濡れた眼鏡のレンズを袖布でサッと拭って掛け直せば、頭上に何やら真綿を思わせるような軽く柔らかな何かが載せられて徐に手を伸ばし触れてみると、どうやらそれが彼女が髪を拭いているのと同じ材質で出来た非常に柔らかく、繊維の隙間に空気を多く含んだ温かく吸湿性の高い布だという事に気づき、これがどんな素材を用いて作られたものなのかなどといった知識は生憎と持ち合わせていないが、市場なんかに出せばかなりの高値で取引されるのではなかろうかと思われることは推察することができ、そんなものを雨と汗に濡れた野郎の髪を拭くためなんかに使っても良いものかと疑問を呈するが、既に頭上にあるそれは髪を濡らす水分を吸い取り始めており、こうなっては気にするだけ無駄と開き直って厚意に甘えることにすれば丹念に水滴を拭き取っていき、滴るほどの水滴がなくれば布を二つに折り畳んでから差し出し「ありがとう感謝するよ、洗って返した方が良かったかね?」借りるだけ借りてそのまま返すのはマナーとしていかがなものかと、そんな事を冗談めかし言うと口角を上げて)
お気になさらないでください。またいつお会いできるかも分かりませんし、申し訳ないです。……ええと、それでは案内をよろしくお願い致します。
(律儀にも洗って返そうかとの申し出に、首を横にふるふると振って控え目に断りを入れる。道案内を頼んだ際に迷いの森を出るまでの短い付き合いだと言っていたし、それなら今後、果てしなく広い世界の何処かでまた彼に会う機会なんて無いに等しいだろうから。…分かっていたつもりだったが、既にこの人間のことを共に凶悪な敵と戦った仲間もとい初めてのお友達として認定してしまったユフィは、顔にこそ出さないものの彼と別れるのを少し名残惜しく思っていた。───頭からローブ、スカートの先まで、吸水力に優れた手触りの良い不思議な布は見る間に水分を吸っていき、雨に濡れる前と殆ど変わらない状態まで拭い取ると、軽く絞ってから差し出された布と一緒に適当に鞄の中へしまい込む。それからローブの裾をぱっぱっと払って服装を正し、ずれやすい斜め掛けバッグを肩に掛け直すと、紐の部分を両手でぎゅっと握って準備万端。彼の仕事も終わったので、改めて森の出口までの案内をお願いしようと丁寧に頭を下げて)
ま、それもそうだねぇ……お嬢さんは次どこへ行くか決めてはいるのかね?
(こうして行きずりで出会っただけの間柄の相手と何の示し合わせもなしに再び相見えるのは一体どれだけの確率だろうか、何にせよ仮に洗って返す約束をしたとして互いの一生のうちにその約束が果たされる可能性は決して高くなさそうとあっては、ここは素直に彼女の言に頷き布を返却してから林道を森の外へ向けて歩き出して。雨はだいぶ弱まり、木々の葉の隙間からポツポツ落ちる雨粒も気にならないぐらいになって、この分なら森を出る頃には雨は止んでいるかもしれないなと頭の片隅考えながら彼女の歩調に合わせて若干いつもより歩幅狭めて歩いていれば、ふと横目で思った事を尋ねる。彼女は森をどの方面に出たいかなどの具体的な要求はなくとにかくこの森を出るという点のみを重視している、それはつまり決まった住居や帰る場所がない、或いは帰るつもりがないということ。改めてその装いなどを見れば確かに小綺麗ながらも旅装に見えなくもない、何か目的や行き先があるのか特に他意は無いのだが気になって)
私はとりあえず、“オーランツ”という国に行くつもりです。本を読んで知ったのですが、『地上の楽園』と呼ばれる場所がどんなに素敵な場所なのか、実際に見てみたくて。
(道案内役である彼に随順しつつも、ユフィの目が向く先は木の根元だったり茂みだったりと忙しい。元々この森に迷い込んだのも、魔法薬に使えそうな珍しい植物はないだろうかと“ほんの少しだけ”のつもりで寄り道したのが原因だった。そうして辺りを観察しながら出口を目指している途中、不意に旅の行き先を問われるとほんわかした笑みを浮かべながら素直に目的を明かして。…ユフィがなんとなく目指している場所・オーランツ共和国は自然豊かな美しい国と名高い。花は咲き乱れ、妖精達が華やかに舞い、夜には星が降り注ぐ、生命力に溢れた国。次いで目的地を確認するべく、鞄の中からジャバラの折りたたみ式地図を取り出しゆったりと手元で広げては、目線を地図上に落としたまま歩きながら“オーランツ共和国”の場所を探して。方向感覚が鈍いことに無自覚なユフィは、とりあえず森を抜けられさえすればどうにでもなるはず!とこの状況を楽観視しているが、地図を見ながら漸く気が付く。まず現在地が何処か分からないということに。「……レグルス様、ちなみに此処はどのあたりになるのでしょうか?」自分の歩調に合わせてゆっくり歩いてくれている地理に詳しそうな彼にちらっと視線を送り助言を求めて)
……!?やれやれ、お嬢さん勘弁してくれたまえ。オーランツといえば来た方向とは真逆の遥か南方向だよ
(聞き馴染みのある国名は、先程彼女が歩いてきた方向からして非常に考えにくいもので、最初は何かの間違いか己の聞き間違いも疑ったが『地上の楽園』などという大仰で胡散臭ささえある肩書きまでも加われば、その特徴に一致する土地はこの地上には一箇所しかない。しかし、そうだとすれば彼女が自身を尾行するため歩いてきた方向とは完全に真逆であり今現在も絶賛逆方向の森の出口を目指して歩いているところで、まさか目的地がちゃんと定まっており、その上で現在地の把握すらせずに案内を頼んだのかと、あまりの衝撃に急に足を止めれば目を見開いて彼女の顔を二度見、内心の動揺を表すように少しばかりズレてしまったメガネを直し気持ち落ち着けながら、広げられた地図を横から覗き込み「いいかね、今いるのが大体この辺り……そして、オーランツはこっち側……。そもそも、ここにある関所は最近通行規制がされていた気がするねえ」目的地と現在地の位置関係を改めてハッキリさせるべく地図上交互に指さし、この森から最短で辿り着こうと思ったらこの森を反対側に抜けた先の街道を通ることになるが街道上の関所はここ最近周辺の情勢が不安定なこともあり特別な許可が無ければ通行出来なかったはずと記憶を頼りに語り)
! あら、そうだったのですね。……これもまた運命、ということで。急ぐ旅でもないですしこのまま森を出てこう、ぐる~っと大回りしてみます。
(分かりやすく丁寧に現在地及び目的地の位置関係を教えてもらったことで、何故今しがた彼があんなにも動揺した様子を見せたのかを理解したユフィは、さっきまで歩いて来た道、地図、彼の呆れ顔と順番に見遣り、それから“やってしまいましたね”とばかりに目をぱちくりさせながら緩慢な動作で口に片手を当てた。───このまま突き進むか、来た道を戻るか。きっとお願いすれば、親切でお人好しな彼のことだから、反対側の出口まで一緒に戻ってくれそうではある。しかしそこまで迷惑は掛けられない。それに戻ったところでその先にある関所で通行規制されているのなら、どの道遠回りをしなければいけない。となれば道筋は決まっている。ユフィは、いくつかの村や山を越える必要があるかなり遠回りなルートを行くことにした。早速今後の道筋を説明しようと彼に地図を見せつつ、自分たちが今向かっている出口付近を先ず指差して、其処からオーランツまでの道程を伝えるべく大きな弧を描くようにして指先を移動させる。そうして今後の動きを示した後、再度森の出口付近を指し示しては「なので、このままこの辺りの出口に行きたいです。」と付け加えて。…と、ここまで説明したところで、ときに彼の次なる目的地は何処なのか気になり、此方からも疑問を口にして)
そういえば、レグルス様はこの森を出られたらどちらへ向かわれるのですか?
俺はこの先の要塞都市シュノークへ向かう予定だよ。そこに活動の拠点があるんでね
(道を間違えたなら回り道をすればいいとあっけらかんと言ってのける彼女、ポジティブと捉えるべきか呑気というべきか……関所を通らず済むよう考え直して指し示されたルートは妥当性があり至極真っ当なものであったが、そこまで地図を読む能力が全くないと言うわけでは無い彼女が何故に迷子になどなっているのかを考えれば、方向感覚が欠如しているかあるいは、強い好奇心に抗えず予定していたルートを大きく外れてしまうか、もしくはその両方かもしれないと推察して。こんな調子で果たして本当に目的地に無事に辿り着けるものだろうかと他人事ながら心配になるが、それを気にかけてやる義理も筋合いもない。そもそも自分には所属している勢力があり、そこで果たすべき役割がある以上この先の彼女の旅路に肩入れする事は出来ないのだと、誰に言い訳するでもなくそんな事を思いながら、自身の行き先がこのまま真っ直ぐ街道沿いに進んだ先にある、度々襲来する魔物との戦闘を想定して武装し要塞化されたシュノークという都市であり、そこが自身の活動拠点であるということを話す。そしてそんな自身の頭の中には戻ってからの己の身の振り方について一つ思うところがあって。というのも自身が今回割り振られた仕事はあくまでも出現したばかりの泥の調査、しかし現場に駆けつけた自身の前に現れたのは活性化寸前の個体であった。受けた報告との相違、あれほどになるまで見落としていたなどということは考えにくい……となれば、自分はもしや謀られたのではないかという疑念が胸中に芽生えており、事と次第によっては組織とは袂を分つことも視野に入れなければならない。もちろんそうなった場合シュノークでの滞在は認められなくなるだろう、その後はのことは……そこまで考えを巡らせたところで、改めて彼女の方を見やる。もう面倒はごめんだ、今度はゆっくり出来る場所で平穏に過ごしたい、地上の楽園とやらが自身のその願いを叶えるに値する土地か、彼女を送り届けてやるついでに見定めてみてもいいかもしれないと考え「お嬢さん、特に急ぎでも無いんなら立ち寄っていかんかね?この先の街も集落もそれなりに距離がある、ここで旅支度を整えてから出発するのも手だと思うがね?一晩の宿ぐらいなら俺が都合してやってもいい」彼女に付き合うにしろ送り出すしろ、それを最終的に判断するには一度上層部と話しをつける必要がある、その為に一日彼女を拘束してしまうことは申し訳なさもあるが、事実としてこの先しばらくまともに宿の確保もままならない道のりが続くため、そこまで悪く無い話しだろうと提案して)
確かにこの道を行くとなると、此処でしっかり準備しておいたほうが良さそうですね。
(シュノーク、シュノーク……あ、此処だ。森を抜けて暫く行った先にある大都市の場所と其処までのおおよその距離を地図上で確認しつつ、相槌を打ちながら彼の話に耳を傾ける。どうやら彼の所属する謎に包まれた組織がシュノークにあるらしいが、泥を討伐した際に「報告の事を考えると気が重い」と彼が漏らしていたのを思い出すと、これからその気が重い報告をしに行くのだろうと推測する。そして思い返せばユフィはユフィで、碌な旅支度もせずに家を飛び出した為、実家の食料庫からこっそり持ち出した食料も残り僅か。そんなユフィの鞄の中は現在、この森で見付けた数種類の植物やきのこや変な虫が大半を占めていた。ここらで日持ちする食料や日用品、いざという時用の薬の確保もしておきたいところ…と思案を巡らせる。おまけに地図で見る限り、かなり規模の大きな都のようだ。もしかしたら魔導書や魔道具なんかを取り扱うお店もあるかもしれない。期待に胸を膨らませ、勿論彼の案に乗ることにした。森を出たらそこまでの縁だと思っていた彼とまだ一緒にお話出来ることも素直に嬉しい。しかし道案内だけでなく、宿のことまで面倒をみるという有難過ぎる申し出に対しては「ただ宿の手配までしていただくのは流石に申し訳ないです…!」と、少し慌てた様子で遠慮しようとして)
そうかい?まあ、手狭で散らかった部屋にはなる、素直に自分で宿をとった方がいいかもしれんね。そこは好きなようにするといい
(宿の便宜を図るとは言ったものの、実際には自身の生活拠点として割り当てられた部屋へと招くというだけのこと、男の一人暮らし故に綺麗に整頓されているとは言い難く、元々は一人用に用意された部屋であるためそれほど広くはなく最低限雨風を凌ぐには必要十分といったところであることから積極的に勧めるようなものでもない。こちらからの申し出に遠慮がちな様子を見せる彼女にふむ、と顎に手を当てながらも自分が提案はするのあくまでも真っ当な宿屋ではないということを言外に示唆しつつ、無理強いはせず本人が望むようにすればいいだろうと今晩の宿については彼女の自己判断に委ねる事にして。改めて森の出口方面から一旦の目的地として定めたシュノーク目指して案内を続け、歩く事30分ほど、森から伸びる街道は人の手が加わっている事を顕著に示すように次第に綺麗に舗装されたものになってゆき道の脇に広がる草原の草も高さが綺麗に揃えられたものになれば、やがて遠目からでもわかるぐらいの大きな石造りの城壁が見え始めて)
………!
(“宿”と聞いて旅人向けの宿泊施設を想像していたが、彼の口振りから察するに少し違うような気もする。シュノークを拠点に活動していると話していたし、もしかして彼の所有する家か、もしくは仮住まいの宿のことを言っていたのだろうか。だとすれば“手狭で散らかっている”というのは勿論…。そんなユフィの思考に追い打ちをかけるが如くすーっと脳裏を過ったのは、実父がいつぞやに言っていた「どんなに善人ぶっていようが男は皆ケダモノだ。」という意味深な発言。これはまさか、殿方の部屋に招かれている…? 長年籠の鳥だったユフィは人一倍世間知らずではあるが、女性向け小説には殊更詳しい為にあらぬ妄想が膨らんでいく。耳の先をほんのり朱に染めつつ恐る恐る横目で彼の顔を覗いてみるものの、ポーカーフェイス過ぎて意図が読めず。レグルス様に限ってそんな、ケダモノなはずはないと、良からぬ思考を断ち切るべく頭を軽く振って気を取り直し。一先ず今晩の宿のことはシュノークに着いてから考えることにした。)
(───…時刻にして夕方前くらいだろうか。先程までの鬱然とした雰囲気から一転して、長く続く一本道の脇に広がる草原が視界いっぱいに飛び込んできた。草むらは風にそよぎ、ユフィの髪もさらさら揺れる。森を出る頃にはすっかり雨も止んでいて、灰色の雲の切れ間からは天使の梯子が降り注いでいた。そのうち強固な城壁が見えてくると、嬉しそうに顔を輝かせながら感嘆の声を漏らして)
わ…、立派なところですね…!
まあ要塞都市だからねぇ
(外敵からの襲来に備えるべく高く聳える円形の城壁、それにぐるりと周囲を囲まれており、城壁の上には見張り台や大砲があったりと物々しい雰囲気も少なからず感じられ、まさに要塞都市の名に相応しい様相で、ここまで設備や軍備が整っている都市もそうはないだろうと傍らで興奮気味に目を輝かせる彼女へと相槌を打って。正面に見える入り口の堅牢な鉄製の門を開けて貰うべく門を守っている当直の衛兵へと声をかけると間もなくして何事もなく通行の許可が得られて、鉄製の門はカタカタ音を立て上に持ち上げられるように開かれ「ご苦労さん」と衛兵へと片手上げ労いの言葉をかけながら通行して。厳重に守られた門の先には侵入者が数の利を活かせないよう横幅の狭い通り、その脇には有事の際に備えて火に強い石造りの建物が立ち並んでいたりと、どれもが戦闘向けの工夫が施された街並みではあるが、そこを行き交う多くの住民たちの姿は他所の街との相違はなく各々平穏に過ごしているようで「さて、俺はもうひと仕事済ませてこなければならん訳だが、お嬢さんはどうする?後でどこかで落ち合うかね?」ひとまず無事に送り届けるところまでは出来たため、宿の面倒を見る必要もなく他に用件も無ければここで別れてもいいが、後をどうするかは彼女次第、どの道自分は一度戻って報告だけは済ませる必要があるため判断を仰いで)
(遠目では視認出来なかったが、城壁に近付くにつれ見えてきたのは、外敵から城内を守るために備え付けられているのであろう大量の兵器や、城門前に配置されている屈強な衛兵達。見慣れない光景と、その厳重な雰囲気に圧倒されたユフィは静かに息を飲んだ。一方、前を行く彼は慣れた様子。衛兵もまた彼を知っているようで、一緒にいる自分までも検問を受けることなくあっさり通行を許可された。彼に続いて衛兵の傍を通る際、軽く会釈をしてから無機質な門をくぐる。そうしてシュノークの敷地内へと足を踏み入れて。任務中ということで一切の表情を消している衛兵や、重厚な外壁からは想像もつかなかったけれど、内は意外にも活気あふれる城下町という風情。目の前を派手に着飾った女性が優雅に歩いていたり、何処からともなく陽気な音楽が聴こえてきたりといった様子からも、この国の財政力の高さが窺える気がした。───そして今後について。よくよく考えてみたがやはり、ここまで道案内をしてもらった上、部屋にまで泊めてもらわけにはいかない(しかも男性の)との結論に至った。彼の方に向き直ると、改めて心からのお礼を伝えた後に遠慮がちに返答して)
ここまで案内してくださって本当にありがとうございました。……あの、あれから考えたんですけど、やっぱりこれ以上ご迷惑はかけられないので、今晩の宿は自分で探すことにします。
……それと、もし良ければレグルス様のお仕事が終わったら、一緒にご飯でも食べに行きませんか。いわゆる“打ち上げ”というやつです。
(シュノークまで休憩を挟まずに結構な距離を歩いた為、ユフィはかなりお腹が空いていた。自分もそうだからきっと彼もそう、と勝手に想像しては、折角だし夕食を共に出来ないだろうかと、どこかで聞き齧った単語を用いて誘ってみて)
打ち上げかい?なるほど、そいつは良い考えだ。それなら日没までに用件を済ませてくるよ、この場所でまた落ち合おう
(一時的な共闘で彼女には仲間意識のようなものが少なからず芽生えつつあって、打ち上げと銘打った食事会の開催には乗り気な様子を見せ、深く頷き。現在は夕刻時、今から報告へ戻って完全に日が沈むまでには話しをつけてこの正門前へと再び戻ってくることを伝えて、それほど時間的な猶予はないが自分の中では既に組織に見切りをつけることを半ば決めているが故に情報を余計に与えるのも癪というもので長々と語ることはないと考えての時間設定でもあって「……ああ、そうだ、もし俺が戻るまでに散策をするつもりなら大通りからは外れないようにしたまえ、特に狭い路地なんかはガラの悪い輩もゴロゴロいるから要注意だよ」好奇心の強い彼女のこと、恐らく自分が戻るまでこの場所で静かに大人しくという訳にはいかないだろう、興味を惹かれるものがあれば何にでも首を突っ込んでしまうような危うさのある彼女へと、この場所における注意事項を説明して。というのも都市の防衛には荒くれ者の傭兵なんかも動員することになっており、日頃仕事を求めてそういった者たちも都市の内部に多く潜伏していてその中には軍人崩れの者もいれば前科があったり脛に傷をもつ者もいる、流石に人目のつきやすい場所で大手を振って活動はしていないが、人通りの少ない薄暗い路地なんかは特に気をつけなければならない、ましてや彼女のように身なりがいい女性というのは特に奴らにとっての格好の獲物のため、好奇心は猫をも殺すと言うがより気をつけなければならないと口酸っぱく言い聞かせて)
(シュノークを拠点に活動しているレグルス様なら、この辺のオススメの食事処も知っていそう!なんて打算も勿論あるけれど、ここまで道案内をしてもらったお礼に細やかながら食事を奢らせてもらう心積もりだったので、此方の誘いに快諾してくれて一安心、ほっと口元を緩めて。───“日没までに正門前に集合”との約束を念頭に置きつつ、その間に宿を探して、時間があれば魔導書を取り扱っている書店がないか見て回って、と頭の中で予定を立てていると、短い付き合いながらもユフィの行動を何となく予測しているらしい彼から続けて注意事項を伝えられた。「分かりました、大通りからは外れないように気を付けます。…平和そうに見えても、監視の目が行き届いていない場所も存在するのですね。」外部からの防衛力には長けているのに肝心の内部の治安はいまひとつ、という事実を悩ましく思いながら小さくこくりと頷いて。そしてハッと思い出したように、森で採集した植物やら虫やらがごった返す鞄の奥の方へ片手を突っ込むと、中からシルバーのバングルを2組取り出して、1つは自分の右手首に、もう1つは彼の利き手ではない方の手首に勝手に装着。これは対になるバングルをしている相手のことを頭の中で思い浮かべると、その相手の居場所まで導いてくれる不思議な魔道具で、ユフィが幼い頃に父娘で身に着けていたものだったが、家出する際に何処かで何かの役に立てばと実家からこっそり持ってきていたのだった。)
えっと、お守りです。無事に会えるように。
……ん?ほう、なるほど。まじないの類は信じんのだが、お嬢さんの厚意は有り難く受け取っておくよ
(伝えておくべき事は伝えてなお多少の不安は残るような気がするのは少し過保護になり過ぎているだろうか、我ながら出会って間もないにも関わらず随分と絆されてしまったものだなと内心苦笑を浮かべるが、実際の年齢については種族すらわからない現状では不明だが少なくとも彼女とて幼い子供ではないのだからと思い直して。そんなことを考えている己の心境など知ってか知らずか肩からかけた鞄に手を突っ込み、中を探る様子を何気なく眺めていればそこから取り出されたのは二つのシルバーのバングル、その一方が自身の手に装着されるとこれの意図するところを彼女の口から聞けば、左手を顔の位置に軽く持ち上げ装着されたそれをしげしげと眺めて。まじないや占いなどといった類の物は一切信じない性分、しかしそれを自身へと託してくれた彼女の気持ちを思えば満更でもなく素直に礼を言い、口角を僅かに上げ笑い「では、行ってくるよ」短く彼女へと一時的に別れを告げると踵を返して、組織に対して芽生えた疑心に重たい足取りで歩き出して。自身が向かうは国家直属の諜報組織のその支部。大通りを外れて国の暗部を担うその場所へ報告に戻った自身を迎える者の中にはこの都市の防衛を担う軍部のトップ層の者もいて、そういった者たちに自身は極力感情を押し殺しつつ、今回森で起きた出来事を伝える。あくまで調査であり特別な準備は不要と聞かされていたが、その実態は違ったことなども努めて冷静に淡々と報告を続けていく中でやはりコイツらは黒だと確信する。不幸な事故だった、無事だったのだからいいではないか、そんな無責任極まりないことを宣う奴らだ、人一人の命など都合の良い捨て駒程度にしか考えていない事がよくわかる。しかし、ここで反抗するのはむざむざ命を投げ捨てるようなもの、この場は穏便に報告のみを済ませて、心では奴らとの決別を決めて憤る感情押し殺しその場を後にして)
『……ごめんなさいね。有り難いことに今日は満室で……』
『……申し訳ございません。本日は既に満室となっております。』
『……あたしにはよく分かんないけど、今週いっぱい魔法使いの試験?があるとかなんとかで、世界各国の魔法使いがわんさか集まってるらしくてねぇ。うちもそうだけど、多分どの宿も暫く満室だと思うよ。』
───…まさかどの宿も既に満室だなんて…。
(彼と別れ、意気揚々と宿という宿を渡り歩き宿泊可能な空き部屋はないかと何軒も探し回ったが、ユフィが訪ねた場所はものの見事に全て満室。数人の宿主から聞いた話によると、シュノークにおける軍事力の強化を目的として現在世界各国の魔法使いを呼び集めているらしく、その中から優秀な者を選抜する為の試験を実施しているとのことだった。空を見上げると次第に辺りは夕日に染まりつつあり、彼との約束の日没までそう時間が無いことを悟る。もはや魔導書店探しどころではないと肩を落とし、とぼとぼと大通りを歩きながら最早無謀かも知れない宿探しを続けていると。 バサッ! 大通りに面する狭い路地の入口を通り過ぎようとした瞬間、何者かによって大きな麻袋を頭からすっぽり被せられたかと思えば、突然ひょいと肩に担ぎ上げられそのまま路地裏へと連れ込まれてしまった。「わぁ…!」いきなりの出来事に頭の中はハテナでいっぱい。とりあえず出来る限り足をジタバタさせてみる。が、魔力量は多い一方で非力なユフィが懸命に足掻いたところで謎の人物にはまるで効かず、呆気なく連行されてしまって)
『……いいモノ見つけましたぜ。多分ですがエルフの女です。』
『そうか、エルフは良い。高く売れる。』
『おい、商品に傷をつけないように気をつけろよ。価値が下がるからな。』
『にしても静かだな、コイツ。生きてんのか?』
『いやぁ、さっきまで暴れてたんスけどね……』
(古びた扉が空いた音が聞こえ、その後すぐに後方で閉まる音がした。一体何処に連れて来られたのだろうか。視界が奪われている以上、音で状況を判断する必要があるので袋の中で静かに耳を澄ます。……会話の内容から察するに、近くに居る怪しげな人物達は自分のことをエルフだと思っているようだ。聴こえてきた声の数から考えて人数は恐らく5~6人程度。宿の手配もまだだし、これではレグルス様との約束の時間にも間に合わない。頭の片隅で密かに[物語のヒロインみたい…]と悠長に構えつつも、何とか脱出する手立てはないかと考えを巡らせて)
……こいつは、どうも何かあったようだねぇ
(この土地を離れる決心はついたものの、理由が理由だけに仕方のないこととはいえある程度収入が安定していて住居も確保されている生活を手放した後のことを考えるとどうにも気が重い、先の見通しが立たない現状に深いため息を吐きつつ、とりあえずは彼女の旅路へと同行させてもらえるよう投げかけてみることを念頭に置きながら、待ち合わせの場所へ。しかし、それから暫く待てど暮らせど待ち人が現れる気配がないまますっかり辺りは暗くなってしまって。ふと、左手に巻かれたバングルを見やる、思い浮かぶのはそれを巻いてくれた時の彼女の笑顔。彼女は自らの意思で約束を反故にするような人物だろうか……その自問自答に意味はなく答えは考えるまでもない、ほんの少しの時間を共にしただけだが悪意を持って他者を陥れたり、蔑ろにしたりするような者などでは断じてないと確信しており、だとすれば考えられるのは何かしらのトラブルに巻き込まれた可能性、その一点のみで。所謂厄介ごと、面倒ごとの類、自分が最も忌み嫌うものでそれに自ら飛び込んでいくのは愚の骨頂という他ない、しかし彼女のような若く身なりの良い女性は良い『商品』足り得る、輩もむざむざ商品価値を損なうような真似はしないだろうし、つまりは今ならまだ無傷のまま助け出せる可能性が高いということに他ならず、それが出来るとすればこの街で唯一彼女の事を知る自分だけなのだ「やれやれ……結局こういう役回りかねぇ……まあ、ここらで恩を売っておくのも悪くない、か」立て続けに自らに降りかかる面倒ごとに、人生のままならなさを感じながら肩を鳴らして、恩を売っておけば後の話がスムーズに進むと自身を納得させるよう打算的な思考を口に出して、とはいえ……手がかりも無しにどう探すか、地道に聞き回っていては手遅れになる可能性もある、左手のバングルがほんの一瞬だけ輝いた気がした、その瞬間自身の思考にまるで割り込むようにして脳裏に過ぎる一つの光景、それはここら一帯を縄張りとする大きな人身売買組織の拠点内部の倉庫で。何故いきなりその風景が浮かんだのかはわからないが、そこに彼女は囚われているとどこか確信めいたものを感じて駆けつけ、倉庫前を警護している見張りを鎧袖一触その場に打ち倒して扉を乱暴に開け放つとかくしてそこに人一人入っているのがわかる麻袋、背格好からして恐らくは探し人その人だと確信抱き「お嬢さん、囚われのお姫様なんていうのは物語の中だけにしておいてもらいたいねえ……ま、無事で良かったよ」冗談めかし軽口叩きながら外側を縛りつける縄を剣で斬り、麻袋をとってやり)
『……いくらで売れますかねぇ?』
『エルフは希少だからなァ…。1億Gはかたいんじゃねぇか?』
『おまけに女だからな。富豪のジジイが喜んで金を出すだろうよ。』
『大事な商品だ、そっと降ろせ。それから動けないように縛っておけ。』
(誘拐された本人をよそに謎の集団による下衆な会話が繰り広げられる中、集団のリーダーとおぼしき人物に乱雑な扱い方を指摘された下っ端の実行犯は、ユフィの商品価値とやらが下がることを恐れてか、意外にも割れ物を扱うように注意深くその場に降ろすと、指示通りに袋の外側から縄で何重にも縛り完全に身動きが出来ない状態にした。隙を見て杖を取るつもりが、これでは魔法が使えない。[…レグルス様すみません、あんなに忠告していただいたのに…。]人通りの多い場所を選んで歩いていたつもりだったし、自ら進んでこの危険地帯に飛び込んだわけではないけれど、もっと周囲の様子を見て慎重に行動するべきだったと深く反省する。魔法が使えてこそ怖いもの知らずでいられるユフィも、此時ばかりはちょっぴり危機感を覚えたようだった。…その時バングルの力が働き、彼が何処かへ向かっている映像が突如として頭の中に流れた。仕事が終わって待ち合わせ場所に向かっているところだろうか? にしては様子が妙な気もする。すると少し離れた場所から物凄い音が聞こえ、周りに居た集団が何事かと騒ぎ出した。)
『なんだコイツ……!』
『おい見張りはどうしたんだ!』
『もしかして尾行されてたのか!?』
(慌てた様子の声に混じって、近くで呆れた風な馴染みのある声が聴こえた直後、身体を縛る縄が解け、更に麻袋が取り払われた。見上げるとすぐ側に彼が居て。どうやらさっき見た映像の中のレグルス様は此処へ向かう途中だったらしい。なかなか待ち合わせ場所に現れない自分に痺れを切らして探しにきてくれたのだろうか。「……助けに来てくださったのですか?」さながら物語に出てくる王子様のように颯爽と現れた彼に、何故か分からないが胸がきゅっ…と締め付けられる思いがした。身体を縛る縄はもうないというのに。しかしその理由を考える間もなく、『お前らさっさとやれ!』我に返った集団が次々と武器を手に取り、多勢に無勢とばかりに彼に向かって襲い掛かり)
こっちは一人だというのに、こうもよってたかって向かってくるというのは感心しないねえ……なんて、獣に道義を説いても無駄か
(騒ぎを大きくしない為に予め見張りの処理を最優先したのだが、どうやら間が悪かったらしく敵の本隊と出くわしてしまい、ことごとくツイてないなと深いため息。考えなしに数任せにご丁寧に群れて突っ込んでくる輩を獣と揶揄しつつ抜刀すれば、向かってくる敵を利き手に装備した盾で真っ直ぐ正面に強烈な勢いで殴り飛ばし、複数人を巻き込んだかと思うと、素早く身を翻し逆手に持った左手の剣で刺突を放ち、怯まず向かってくる敵を刺し貫く「獣が相手ならば胸も痛まん、生憎とディナーの約束があるんでね、手短に済ませてもらうよ」敢えてガラの悪い連中の神経を逆撫でするよう挑発的に口にして盾を装備した手をクイクイと動かすと思惑通り逆上して馬鹿の一つ覚えのように突撃してくる。当然正面からやり合っても遅れをとるような相手ではないが真っ当にこの人数を相手してやるのも面倒というもの、彼女も体勢を整えた頃だろうと視界の端にチラリ捉えてアイコンタクト送ると、唐突な連携にも関わらずそれでも何となく彼女なら合わせてくれるような予感、そばにあった水の溜まった大きな樽を蹴っ飛ばし、向かってくる敵集団へ向けて水を撒き散らして。自身の推測が間違っていなければ先程の泥との戦闘で放たれた氷結魔法の発動条件は大量の水……あるいはまた別の魔法で奴らを懲らしめてくれるか、そんな事を考えながら水を浴びて一瞬怯んだ集団を視界の真ん中に捉えていて)
(彼が敵を引き付けている間に急いで立ち上がり、自由がきくようになった手で首飾りに触れ念願の愛杖を手にしては、体勢を整えながら現況把握に努める。天井まで高く積み上げられた木箱や樽、窓はなく、光源といえるものは机上に置かれたランタンの中の蝋燭の灯りのみ。広さはそこそこ。薄暗く、どこか湿っぽい匂い。場所は何処かの倉庫のようだった。そして彼が相手にしているのは複数人の、見るからに品のない男達。中には彼よりもふたまわりは大きい体格の者も居て、自分を連れ去ったのは恐らくその人間だろうと推察する。刹那、『ぐふっ…』とむせ出すような声が聞こえたかと思えば、彼の剣がその巨漢を捕らえていた。刺し貫かれた腹部からは鮮血が溢れてくる。口端からも血を一筋垂らし、あまりの痛みに苦悶の表情を浮かべた相手。膝は次第にくの字に折れ曲がっていき、そのうち力無く床に膝頭をつけるとそのまま前のめりにバタリと倒れてしまった。目の前の衝撃的な出来事に思わずハッと息を飲む。しかし狼狽えている暇はない。仲間の1人が目の前で倒されたというのに、彼の挑発にまんまと煽られた輩達は白旗をあげるどころか焼けになって立ち向かってくる……やらなければやられる状況だった。判断を仰ごうとふと彼の方を見ると彼も此方を見ていたようで目が合った。あとは好きにすればいい、とでも言いたげな碧色の双眸。直後、樽の水を敵集団にぶち撒けたのを見て瞬時に対泥戦で使ったユフィの氷結魔法を意図しての行動だろうと理解した。生かすも殺すもユフィ次第、というわけである。大胆且つ手慣れた犯行の手口から、彼らはこれまでにも何人もの被害者を攫ってきたに違いなく、その下劣な行為は到底許されることではない。けれど。……意を決したユフィは杖の先で石造りの床をトンと突いた。───…水を浴びせられ怯んでいた集団の足元に紫色の魔法陣が展開される。『っ、なんだこれ!?』『くそ、なんか急に眠くなっ…て…』唐突に彼らを襲う睡魔。1人、また1人と眠気に抗えなくなりその場で崩れ落ちていく。氷結魔法は対人相手となると更に加減が難しく、命を奪ってしまう可能性があった。いくら悪党といえども命を奪うことには抵抗があったユフィは、《範囲内にいる対象を眠らせる魔法》を使うことにしたのだった。)
(全員が深い眠りについたのを確認すると、先程負傷した巨漢には少しだけ傷を癒やす魔法を施してやり。次いで鞄の中から小瓶を取り出して蓋を開け、中に入っていた種を輩の身体に振りかける。すると水分を得た種はみるみるうちに頑強な蔓へと急成長し、眠りこける犯人達の全身をきつく縛りあげた。迷いの森の中で見つけた面白植物《ネジクレヅル》の種がここに来て役立つとは。あとはこの国の法がこの不届き者達を裁くだろう。……甘い判断なのかもしれないがこれが精一杯。そうして片を付けると、ユフィなりの後始末を見守ってくれていた彼の元へと杖を握り締めたまま歩み寄り、申し訳なさそうに頭を下げて)
あの、助けに来てくださってありがとうございました。……それと、すみません。約束の時間に遅れてしまったことと、面倒事に巻き込んでしまったこと。
悪党を相手にも情けをかけるか……優しいお嬢さんだねえ
(直接被害を被った彼女が悪党どもにどのような裁きを下すのか、興味深そうに見守っていれば彼女の放った魔力は彼等をたちまち昏倒させてしまって。集団に纏めて効果を及ぼすその手腕に舌を巻きつつ、見ればどうやら命に関わる類のものではないらしい、倒れた悪漢たちは皆一様に寝息を立てているのがわかり。しかも、放っておけば間違いなくそのまま絶命してしまったであろう重傷を負った男性の治療までしてしまった。ここにいる者全員何かしらの罪を問われることにはなるだろうが、それほど重い物にはならない事が予想され、大して罰せられなければ改心もおそらくはしないだろう。暗部に触れ生きてきた自分であれば顔を一度でも見られた以上後に禍根を残す可能性のあるこんな手段はとらないが、それを甘いと評するのではなくあくまでも彼女の優しさであると肯定したことから相当自分が彼女の思考に影響されている事を自覚させられる「顔をあげたまえ。……今回はお嬢さんは何も悪くないのだろう?不運な事故に巻き込まれたようなものだ、最後はお嬢さんなりに自分で始末をつけたのだから俺からは何も言うことはないよ。さあ、少々遅くなったが飯にしよう、腹が減っているだろう?」眼前で頭を下げる彼女、剣を納めて一つ息を吐いて肩を竦めると徐に頭へと手をポンと置いて。今回の相手は卑劣な手段を講じる事で有名な人攫いの一団、自身の言いつけを守っていたとしても攫われる可能性も十分に考えられた。実際のところはどうなのか真実は自分には知るよしもないが無事に済んだのだからむしろ執拗にその事を追及することの方が面倒だと、全面的に彼女を信じることにして気にしないように伝え、こんな陰気な場所からはとっとと退散し、腹ごしらえしようと促して)
……初めてお会いしたのがレグルス様で良かったです。
(頭の上に手の重みを感じると、ゆっくり顔を上げて彼を見る。先程敵に向けていた冷酷無情な表情とは一変して穏やかな雰囲気の彼は、ユフィが大遅刻をしたことも、面倒事に巻き込んだことについても一切咎めることなく、寧ろ励ましてくれた。───生まれて初めて向けられた他者の“悪意”。レグルス様や今日訪ねた宿の主人達のように、種族の異なる自分に対して親切に接してくれる人間もいればそうでない者もいるという、この世界における当たり前の現実を思い知らされた出来事だった。だからこそ彼のような人物に出会えたのは奇跡だったのだと身に沁みて思う。悪党に対してどうケジメをつけるのが正解だったのか、外の世界をあまりにも知らなさ過ぎるユフィには未だ分からないけれど、目の前の彼は自分の浅はかな行動を信じて受け入れてくれた。だからきっと、今はこれで良かったのだと思うことにして。「はい、こんなにお腹が空いたのは初めてかもしれません。」一先ず難は過ぎたので気を取り直そうとにっこり微笑み、彼の提案に賛成する。それから杖を首飾りの形状に戻すと、眠りこける人攫い集団をその場に残して倉庫を後にした。……《ネジクレヅル》の捕縛により身動きが取れないままの悪党共が見回りに来た警備兵に発見されるのは、これから3日後のお話。)
───レグルス様のおすすめのお店に行きたいです。
(ずっと麻袋で視界を覆われていた為に気が付かなかったが、倉庫を出ると辺りは既に暗くなっていた。そして見覚えのない狭い路地を通り、漸く元来た大通りに戻ってくると、等間隔に設置されている街灯が周囲を明るく照らしているのが見えてほっと息をつく。まだ宿が見つかっていないことはさておいて先ずは腹拵えと、大通り沿いに立ち並ぶ店を隈なくチェックしつつ、シュノークを知る彼におすすめの店舗はないか尋ねてみて)
ああわかった、お嬢さんの趣味に合うかはわからんが俺のとっておきの店へと案内しよう
(薄暗い路地裏から一転、街頭に明るく照らされた大通り、暗闇に慣れた目が軽く刺激されるような感覚に目を瞬かせれば、オススメの店を尋ねてくる彼女の方へチラリ目線をやって。顎先に手を当てほんの一瞬考えるような仕草、そういうことならあそこしかないと一つ頷くと、決して万人受けするような場所ではないがと言外に匂わせつつ大通りを歩き出して。自分たちが入ってきた正面の門からは真反対の大通りの一番端、大通りからほんの少し外れて路地に入ってすぐのところにある、一見すれば民家のようにしか見えない建物の扉を開け放ち中へ。中の装飾はいずれも少しばかり古臭さを感じさせるもの、明かりは薄ぼんやり灯されているばかり。木製の丸いテーブルが三つとそれぞれに椅子が4組、それから一際目を引く長いバーカウンター、その中には青く長い髪を一つに纏めたツリ目の美女が立っており、それがここのマスターであろうことを示している『あら、いらっしゃいレグルス。あなたが女の子を連れているなんて珍しいじゃない、どこでそんないいとこのお嬢さんを捕まえてきたのよ』「やれやれ、ここでは誰もが互いに余計な詮索をしないのがマナーだろう?それとも、お前さんの過去を肴に一杯やるかね?瞬紅のロザミーネ」常連である自分へと親しげに話しかけてくる青髪の女性ロザミーネの興味はやはり傍らのユフィへ向いたようで探りを入れてくるのを軽口叩きつつ牽制すれば退屈そうにしながらも女性は引き下がり「腹が減っているんだ、お任せで何か適当に見繕ってくれ。……お嬢さん、苦手なものはあるかね?」カウンター上にあるメニューには目を通さずロザミーネへとお任せで料理のオーダーをしつつ、彼女へと一応好き嫌いがあるか確かめるよう問いかけ)
(ユフィの願いを快く聞き届けてくれた彼。果たしてどんなお店に連れて行ってくれるのだろうかと心を躍らせつつ、また“あんな目”に遭わないようにと念の為頭からすっぽりとローブのフードを被って特徴的な耳を隠すと、無意識のうちに安心感を覚えている彼との距離を詰めながら歩き出して。一連の出来事があった為か、これまで人を疑うことを知らなかったユフィにも多少危機感というものが芽生えたようだった。───人々の賑やかな笑い声が外まで漏れている大衆居酒屋、元気な看板娘目当ての客が集う定食屋など美味しそうな匂いの漂う店の前を次々と通り過ぎ、辿り着いた先は落ち着いた雰囲気の民家。…どう見ても民家。お店の看板らしきものも見当たらない。不思議に思っていると先に彼が中に入ったので、自分もフードを脱いで髪をささっと手櫛で整えてから店内?へ足を踏み入れた。)
(出迎えてくれたのは、はっきりとした顔立ちの色気溢れる綺麗な女性店主。ふと目が合ったので咄嗟に軽く会釈すると、にかっと笑って手を振ってくれた。それからレグルス様と自分とを交互に見比べたかと思えば、まるで面白いものでも見たとばかりの表情を浮かべ、興味津々といった様子で彼に話し掛けていて。互いに名前を呼び合ったり、お任せ注文をしたりと、何かと親密な雰囲気で会話をする2人の様子から、彼がわりと頻繁にこのお店に通う常連客であることが窺える。「ええと、特に苦手なものはありません。お気遣いありがとうございます。……あっ、このエルダーフラワーのハーブティーも一緒にお願いしたいのですが…。」此方の苦手なものにまで配慮してくれる紳士的な彼に好き嫌いはないことを伝えた後、ちらりと視界に入った小さなドリンクメニュー表の中にユフィの好きなハーブティーの名前が並んでいるのを見付けると、ロザミーネと呼ばれる女性店主に追加でお願いして)
さ、座るとしよう。……あんなんでも悪いやつではないし腕は確かなんだがね
(追加での注文を投げかける彼女へとロザミーネは振り返り、こちらが連れて歩くには改めて身なりが良すぎること、そして人外である事を示すような三角形の耳などの要素に興味が惹かれている様子、しかし既に釘を刺されてしまったためこれ以上の深入りを許されないことに僅かばかり名残惜しそうにしていたが、すぐに気を取り直し『わかったわ、好きな席に座って待っていてちょうだい』と片目閉じウインクしながらそう言い残しカウンターの奥にある厨房へ。ここの常連である自分はああいった対応にも慣れたものだが、初対面の人間からすれば若干馴れ馴れしくクセの強い店主、本人に悪気はなく、ああいった部分を除けば料理などの腕前においても信頼のおける人物なんだがと一応のフォローを入れるも、あの雰囲気の中で一切の物怖じすることなく咄嗟のオーダーを通した彼女の図太さというべきかマイペース具合に大物感すら感じて、自身の擁護はむしろ蛇足、その必要もなかったかもしれないなとそんなことを考えながらカウンター正面の一番端の席へと腰をおろし、彼女にはその隣への着席を促して)
お二人はとても仲がよろしいのですね。…ロザミーネ様のお話、もう少し聞きたかったです。
(厨房へと向かった彼女の背中を見届けてから、促されるまま彼の隣の席へそっと腰をおろす。人の過去を詮索するのは良くないことだと思いつつも、先程の2人の、互いを信頼しているからこそ出来る昔馴染みならではの掛け合いがあまりにも面白かったので、その様子をもう少しばかり眺めていたかったとぽつりと漏らして。女性店主の気取らない性格や、古めかしいながらも手入れの行き届いた店内に流れる穏やかな空気感…初来店のユフィでさえ心地良く感じるのだから、仕事(しかも“あの”泥関係)で常に気を張っていそうなレグルス様にとって、此処は気の許せる居心地の良い場所に違いない。そんなとっておきの場所を選んで連れてきてくれたということは、自分をお友達として認めてくれたと考えてもいいのだろうか。───厨房の方から何かを調理している音が時折聴こえてくるだけで、基本的には静かな店内。今のところ自分達以外の客も居ない。隣の彼に聞きたいことや話したいことはいろいろあるけれど、まず気になったのは彼の仕事のこと。ユフィと合流したということは当然一仕事終えた後なのだろうが、あれからどうなって、これからどうするのか、無関係な自分に教えてくれるかどうかはさておき、そこから聞いてみようと控え目な声量で話を切り出して)
ときにレグルス様、お仕事の方はどうでしたか? また次の調査に向かわれたりするのでしょうか。
はは、そりゃ物好きだねえ、そんな呑気なことはアイツの『瞬紅』の本性を知れば……
(座席に腰を落ち着け、古ぼけた木製の椅子の背もたれに身を預ければ、ギィ……と小さく軋む音、傍の彼女が真っ先に触れたのはここのマスターであるロザミーネのこと、自分と親しげに話す様子からロザミーネへの興味は俄然深まったのだろうことは容易に想像できて。人を疑うということを知らない純粋でお人好しな彼女のこと、もっと言葉を交わし自分も親睦を深めたかったといったところか、ここまでの付き合いで多少は理解したつもりの彼女の思考についてそう当りを付けては、むしろ深入りしなくて正解だと話題の中心である当の本人がこの場に居ないのをいい事に、その本性を示す通り名を意味深に口にしていよいよ核心に触れようかという瞬間『先に飲み物をどうぞ、可愛らしいお嬢さん……あなたたちの楽しそうな話し声よく聞こえてるわよ?私も後で混ぜてくれないかしら?』カウンター奥の厨房から、料理よりも先に彼女が注文したエルダーフラワーのハーブティーを運んできたロザミーネはそれを彼女の前に置き、ニコリと女性的な慈愛に満ちた表情で笑いかけ、続けてこちらへと笑顔で語りかけてきて、しかし同じ笑顔の筈なのだが彼女に向けたものとは明らかに異なっていて、具体的には顔は笑っているのに目が笑っておらず余計な事を話すなよという圧がひしひしと伝わってくればそれに完全に屈して閉口して、そうして沈黙した此方の反応を見届けたロザミーネは再び奥へと引っ込んでいって、藪を突いて蛇を出すとはまさにこのこと、触らぬ神に祟り無し……そんな言葉を改めて肝に銘じながら気を取り直し、再び彼女が振ってきた話題に乗っかり『あー……そのことなんだがねぇ、仕事はこれっきりにする事にしたんだ。まあ……方向性の違いってとこかねえ。それでだ、お嬢さんに一つ相談なんだが……』詳しい事情などは適当に濁して伏せながらも、今の稼業については足を洗うつもりであること、そしてその件に関連して彼女へと改めて相談があること伝え、真正面から向き直り)
?
(どこか含みのある彼の話しぶり。知りたがりなユフィが食い付かないわけがなく、彼女の二つ名の由来について興味深そうに耳を傾けてはその後に続く言葉を待ち。しかしタイミング良く話題に挙がっている張本人が戻ってきた途端、なんとなく気まずそうに彼が口を噤んだ。彼と彼女を交互に見遣る。ロザミーネ様の本性とは一体…。核心部分はついぞ聞きそびれたもののそれ以上追及はせず、ユフィの興味は目の前にそっと置かれたほんのり湯気のたつ白磁のティーカップへと移っていった。ハーブティーの上にはちょこんとレモンバームの葉が浮かんでいる。実家の書物庫に籠もって読書に耽る際、お供としてよく飲んでいたものと同じ香り。「! ありがとうございます。ぜひ一緒にお話したいです。」重ねた年齢だけでいえば、恐らくこの場にいる誰よりもユフィが一番年長者なのだろうが、人間は他種族と比べて短命な分成熟スピードが早い。その為ユフィには無い大人の色気が彼女にはあった。…思わず見惚れてしまうほどの美貌の持ち主。きっとロザミーネ様が現れると紅を差すが如くその場が瞬く間にぱっと華やぐ、という意味から『瞬紅』の二つ名を付けられたのだろうと一人合点しては、自分への対応とレグルス様へ向ける眼差しとの差に全く気が付かないまま、雑談に加わりたいという彼女に無邪気な返答をしたのだった。───彼女が厨房へ戻っていった後、彼から唐突に退職した旨を伝えられると驚きのあまり目をまん丸にして、「えっ」と小さく声を上げた。もしかして自分のせいで…?! と一瞬焦ったが、どうやらそうではないらしい。すると彼が改まった様子で此方の方に向き直ったので、此方もすぐさま彼の方に体を向ける。それから背筋をすっと伸ばし、両の手は重ねて膝の上へ置き、話を聞く体勢を整えて)
ご、ご相談……ですか?
ああ、と言っても別にあまり身構えないで欲しいんだが……お嬢さんはオーランツへ行く予定なのだろう?その旅路に俺を案内役兼護衛として同行させてはもらえんかね?
(真正面から向き合う形になり居住まいを正す彼女、確かに今後の旅路にも関係するそれなりに重要な相談ではあるのだが、内容自体は至ってシンプルでありそれに対する返答もあくまで彼女の自由、あまり身構えないよう前置きをし、頭をガリガリ掻くと単刀直入に自身をこの先のオーランツへの旅路に同行させて貰えないかと願い出て「知っての通り俺の仕事は色々と訳ありでね、ここには残り辛い……かと言って俺は元々他に行き場もない根無草だ、俺もその地上の楽園とやらが本当に名前に偽りの無い土地か見極めてみようかと思ってね」行き場もなく素性も定かではない自身がここに滞在を許されていたのは、所謂裏での仕事を請け負うことで、このシュノークに利するため行動をしていたからであり、そのことによる優遇が受けられなくなればここでの生活における後ろ盾はなくなり、このままでは自分の立場が悪くなるは明白、仕事を辞めると決めた以上は一刻も早くこんな場所からは離れたいところだがなんのアテもなく放浪するよりはと、彼女の目指す地上の楽園と呼ばれる土地を当面の目的地と定めることにしたと、自身がそういった思考に至った経緯を正直に話し、一通りこちらからの要望を伝え終え「どうかね?」と首を傾げその反応を窺い)
!! それは願ってもないお話です…! レグルス様が一緒に来てくださるなんて、これほど心強いことはありません。私の方からもぜひお願いします!
(実家では父親か使用人か、はたまた懐っこいモンスターくらいしか話し相手が居なかった為に、誰かから相談を受けるなんてことは初めてで少し緊張していたが、全く思いも寄らない申し出を耳にした瞬間ぱあっと瞳を輝かせると、嬉しさのあまりやや前のめりになりながら食い気味に反応を示して。…腕っぷしが強く頼りになるレグルス様が一緒に来てくれたら百人力、いや千人力だ。今日1日だけで彼の存在にどれだけ救われたことか。経験が浅く世事に疎い上、好奇心からつい寄り道ばかりしてしまうユフィが一人でオーランツを目指すとなると、この先何百年かかるか分からない。本人にも多少その自覚はあった。その為、彼のお仕事事情はどうあれこの有難すぎる申し出を断るはずもなく、道案内と護衛を買って出てくれた彼の同行を二つ返事で受け入れることにして。───「~~…あのっ、私もレグルス様にご相談したいことがあるのですが…!」一呼吸おいて、彼の目を真っ直ぐ見つめたまま此方からも話を切り出す。オーランツを目指す旅の予定を立てる前に相談しておきたいこと。…なんとなく頼みづらいけれど、今を逃すともう言い出せない気がして。)
そうか、それじゃあ今日から俺とお前さんは一連托生って訳だ、よろしく頼むよ"ユフィ"
(何となく彼女の性格上断られる事はないような気はしていたが、改めて本人の口から色良い返事得られれば満足げに口角を上げ微笑むと、これまではあくまでも行きずりの一見の相手、自身の立場上もあまり他者に必要以上の愛着を持たぬよう意識的に名前を呼ばずにいたのだが、この先共に旅をする仲間として長い付き合いになるのなら話は別で、初めて親しみを込めて彼女がそのように呼んで欲しいと名乗った愛称を呼んで。そうしてるうちに出来上がった料理を乗っけた皿を片手に2皿ずつ器用に持ってきたロザミーネがそれらをカウンターの自分たちの前に並べれば、待ってましたとばかりに早速皿の上の肉を油で揚げた料理を一つ行儀悪く指先でつまんで口へと運びハフハフと頬張っていると、話しは纏まった筈だがまだ何か言い足りないことがあったのか何やら思い詰めたようにも見える表情でこちらを見つめ、珍しく歯切れの悪い様子の彼女に、口の中のものをゴクンと飲み込めば顔を向けて「ん?どうかしたかね?金の相談ならあまりアテにはしないでくれたまえ、当面食べていく分ぐらいは捻出出来そうだが、そこまで蓄えがある訳でもないんでね」もしや路銀についての相談だろうかと勝手に予測し、確かに一人旅と違い単純にかかる費用も倍、金銭の工面にはより気をつかうことになるだろう。勿論蓄えは全て持ち出すつもりではいるが、思えば仕事の内容に対する金払いもそこまで良くなく、住居には困らなかったもののそこまで生活に余裕があった訳ではないため、その面ではあまり力にはなれなさそうだと先回りして伝え、必要であれば旅先で依頼を受けたり収入を得る算段も立てておかなければなと頭の片隅で考え)
……! はい。不束者ですがこちらこそよろしくお願い致します、レグルス様!
(!! もしかしたら名前を覚えられていないのでは…? と不安に思っていたけれど、別にそういうわけではなかったらしい。初めて名前で呼ばれると、ちょっと驚いたような顔をして。その後すぐ、にへっと表情を崩しては此方からも改めて挨拶を返す。言葉の使い時がややおかしいことには気付かずに───)
私が今相談したいのはお金のことではなくて……
(ユフィの父親は自身の愛娘が望むものならば何でも用意した。(とはいえ本しか頼んだことはなかったが)そのため生まれてこの方実際にお金を使う機会をあまり与えられてこなかったユフィには、この旅路でどれくらいの費用が必要になるのか今ひとつ想像がつかなかった。そこで家出前に忍び込んだのは実家の地下にある宝物庫。長年誰も手を付けず、放ったらかしになっていた宝石やら装飾類やらを巾着袋がいっぱいになるまで適当に詰め込んで、[ごめんなさい。ちょっと持っていきます。ユフィ]とだけ書いた羊皮紙を宝物庫に残し持ち出したのだった。これらの品物にどれ程の価値があるかは分からないが、売ればそれなりにはなるだろうし、当分の間はお金に困らないはず。しかしそれも限りがある。今後旅をする上で持ち金が少なくなってきた際にはまた彼に相談しなければならないだろうが、差し当たり特に問題視はしていないので、彼の見当をやんわり否定してから言葉を続けて。「実はレグルス様と別れた後、今晩泊まる宿を探したんですけど何処も満室らしくて…。先ほど、迷惑になるからとお断りしたばかりで本当に申し訳ないのですが、…泊めていただけないでしょうか。」魔法使いの試験だか何だかで各地から大勢が集まっている以上、恐らく他の宿も満室の可能性が高い。一度提案を断ったにも関わらず再度頼むのは忍びなく思うけれど、背に腹は代えられないと恐る恐る尋ね)
おっ!?おお……それは構わんが……
(捉えかた次第では意味深な関係を示すような少しズレた言葉のチョイス、そんなセリフを表情綻ばせながらこちらへ向けてくる彼女に思わず動揺し、彼女の性格上単に天然が炸裂しただけで特に他意はないのだろうと頭ではそれとなく理解しつつも少しばかり頓狂な声をあげてしまい。普段女っ気のない己が珍しく女性連れで訪れたと思えば見た目は年下にしか見えないたった一人の少女の言葉に翻弄され、振り回されている自身の姿が物珍しく可笑しくて仕方ないのだろう、カウンターの隅で後から入ってきた客の対応をしているロザミーネが含み笑いをチラリと送ってくるのを、少しズレた眼鏡のポジションを正して恨めしそうに見返してから、続く彼女の言葉に耳を傾けて。改まった様子での相談事が今晩の宿のこととわかれば先程のセリフのことも相まって、先に泊まりの提案したのは自分ではあるが若干の歯切れの悪さはありつつも、そういう事情であればとぎこちなく頷く。しかしそれは傍から見れば自宅に彼女を連れ込もうとしたものの一度は断られたが、改めて彼女側から『YES』と意思を明確にされた形……本当に誤解しているのか、はたまた何となくの事情を察しながら面白がっているだけなのか、判断に困るロザミーネのニヤけ顔に深いため息吐きつつ頭を抱えて)
…やっぱりレグルス様はお優しいですね。ありがとうございます。お友達の、しかも男性のお宅にお邪魔するのは生まれて初めてのことなので緊張しますが、えっと…お手柔らかにお願いします…!
(家出を決行して3日。ここまで慣れない野宿でやり過ごし、さらにやっと訪れた大都市シュノークでも今晩泊まる宿が無いというアクシデントに見舞われたものの、現れた救世主のおかげで今夜は久し振りに屋内で眠れることになり心底ホッとした様子で。この長い1日で、彼がかなり信用出来る人物であることは身を持って理解したつもりだし、それに明日一緒にシュノークを発つのなら、旅仲間になった彼の近くに居る方が寧ろ好都合かもしれない。ただ過保護な父親にこのことが知られたら、大激怒の末に彼を八つ裂きにし兼ねないけれど。…彼と店主との間で無言のやり取りが行われているとも知らず、そして次なる言動が更なる誤解を生むとも思わず、ほんのり頬を染めながら恥ずかしそうに感謝の気持ちを伝えて。───宿泊場所も決まって安心したからか、お腹が空いていたことを思い出した。気付けばロザミーネ様お手製料理がカウンター上に並べられている。冷める前に食べようと改めて姿勢を正し、両手を組んで静かに目を閉じては家の風習である祈りを暫し捧げて。それからまずはハーブティーを頂こうと、上に浮かぶレモンバームの葉をティースプーンで掬ってソーサーの上に移動させてから、カップのハンドルを指で摘むようにして持ち上げ。リラックス効果のある香りを楽しみつつそっと一口…。「…おいしい。」ぽかぽかと全身に染み渡っていくのを感じて)
レグルス様のお家に着いたら、作戦会議をしないとですね。
……!あ、ああ、そうだ、旅のプランをしっかり立てないといけないねぇ。どこか立ち寄りたい場所なんかの計画も綿密に練るとしようじゃないか
(どんどん立場が悪くなっている自身の事など当然気づいてもいないのだろう、そんな己への彼女からの殺し文句……のようなもの、実際にはそんな色っぽい要素が皆無なのはわかりきっており、そろそろそういった相手ではない事に気づいても良さそうなものだがこんな面白い状況をやすやす見逃してくれるほど生易しい相手ではなく、口笛を吹いて茶化してくるロザミーネ。もう勝手にしてくれと、軽く目眩を覚えながら目頭を指先で揉んで。しかし、実際に家に着いた後にするべきは男女のそういった営みなどではなく、今後の旅の方針について話し合うことを伝えてくる彼女に助け舟を出された形になれば、日頃計画性とは無縁ないい加減な生活を送っているというのに、ここぞとばかりにわざとらしいぐらいに旅に向けた作戦会議に乗り気な様子を見せて『あら、レグルスここを離れるの?……まあ、それが正解ね、私に言わせればロクデナシよあいつら。いいわねぇ……私ももう少し若ければご一緒させて欲しかったのだけど……』先程までのおちゃらけた雰囲気から一転、シュノークを離れ旅に出ることを匂わせるこちらの会話ににロザミーネは真顔で詰め寄り割って入ってきて、遅かれ早かれこうなるべきだったと訳知り顔で語った彼女は、熱っぽい眼差しをこちらに向けてきていて。そんな目線を受けてバツが悪そうに目を逸らすと「願い下げだよ、お前さんと一緒だと命がいくつあっても足らんのでね」気まずそうに、それでいて彼女への信頼や共に乗り越えてきた死線、そういったものを想像させる余地を残し皮肉っぽく言葉を返し手をひらひら振って)
(ハーブティーで一息ついた後、2人のやり取りに耳を傾けながらも先程彼が美味しそうに頬張っていた料理に目を留める。…食欲をそそる匂い。これは何の肉を揚げたものだろう? メニューをちらりと見ると一覧の中に、“一番人気! コケッホ(※鶏型モンスター)揚げ”と記載されているのを発見。きっとこれだ。お任せオーダーだからオススメ料理を作ってくれたに違いない。そう人知れず予想を立てながら、香ばしい匂いに誘われるままフォークとナイフを手に持つと、小さな一口サイズに切ってからゆったりとした所作で口へ運ぶ。サクサクッとした食感の後にじゅわっと広がる旨み。あまりの美味しさに思わず表情が緩んでしまう。……ロザミーネ様が一緒に来てくだされば、この美味しい料理を何時でも食べられるのでは…? という我欲に走りまくった思考が一瞬脳裏を過り、[そんなこと仰らずに一緒に行きませんか?]とつい口をついて出そうになったが、その前に彼があっさり拒否したのを見て途中まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。よくよく考えてみればシュノークで既に立派な店を構えていることもあり、彼女の気にする年齢の問題以外の都合もある以上、自分たちと旅に出るのは難しいだろう。…諦める他なく、とてつもなく残念そうに肩を落とした。───それはそうと、この2人の関係性について気になるところで。熟年夫婦のような、それでいて姉弟のような、戦友のような、不思議な雰囲気。踏み込まない方が良いだろうかと悩んだのも束の間、旺盛すぎる好奇心は此処でも遺憾なく発揮され、カウンター奥の彼女と隣の彼とを交互に見やりながら控えめに質問を投げ掛けて)
……あの、ところでお二人はどういったご関係なのでしょうか…?
腐れ縁だよ。俺がここに腰を落ち着ける前は日銭を稼ぐため色々なことをやったんだが……その先で何かと一緒になることや、やり合うことが多かったんだ。何回か命を獲られそうになったこともあったかねぇ
(自身とロザミーネの関係について問われ、意外にもその関係において表面上は浮ついた事情など一切なかったことを示すように話し。しかしその一方で二人の関係について嘘はないが、互いに明言はした事はないものの憎からず想い合っていた……そんな時期があったのも事実、ついぞお互いに決定的な一言を伝える機会がないまま今日まで来てしまったが、なにぶんなあなあで過ごしてきた時期が長過ぎた、複雑な心境が見え隠れしているが今更改めて踏み込んだ関係になる気はなく割り切った関係で、と考えているのは彼女も一緒だろう、必要以上に場の空気が重くならないように本当に命を狙われた事もあるとおどけてみせると『あら、それに関しては恨みっこ無しのはずよ?あくまでもビジネスなんだから、騙し騙され、奪い奪われは常でしょう?私だけを悪者みたいに話すのはやめて欲しいわね』此方の意図をなんとなく察したのだろう、憎まれ口を叩き言い返してきたロザミーネはユフィの方を見て、彼女に変に誤解をされたらどうするのだと言わんばかりに深いため息を吐き)
……お二人ともとてもお似合いだと思うのですが…。それにしても、あれほど腕のたつレグルス様を追い詰めるだなんて、ロザミーネ様もかなりお強いのですね。
(傍らでのんびり料理を食べつつ、冗談を言い合う2人の様子を眺める。恋愛経験のないユフィに男女の機微は分からないけれど、彼らの間になんとなくいい感じの雰囲気が漂っているのは感じていたし、傍から見ても美男美女でお似合いだと思っていた。しかし言外の意味まで汲み取ることは出来ず、2人のいう腐れ縁だったりビジネスだったりという言葉通りの意味に捉えては、彼らがそういう関係性でないことを心底勿体なく不思議に思いながら率直な感想を溢して)
───まだ話足りませんが、明日も早いのでそろそろお暇しようかと。…どのお料理もとっても美味しかったです。他にもいろいろとタメになることを教えてくださりありがとうございました…!
(そのあとも話は盛り上がり、経験豊富且つ情報通のロザミーネ様は旅支度を整えるのにおすすめのお店や魔導書店の場所を教えてくれただけでなく、美容の秘訣や駄目な男性の見抜き方?など様々な話をしてくれた。ユフィはユフィで、とりあえずの目的地としてオーランツを目指していることや父親が過保護過ぎるあまり3日前まで外出したことがなかったという話、レグルス様と何処で出会ったのかという話を包み隠さずにしたのだった。こうして美味しい食事を楽しみながら、時折接客の合間を縫って話し相手になってくれる話上手な店主とガールズトークに花を咲かせていると、あっという間に時間が過ぎていった。気付けばユフィ達の後に入店したはずの客数名も食事を終えたようで帰り支度を始めている。居心地が良くてつい長居してしまったが、自分達もぼちぼち引き上げないと。名残惜しく思いながらも席を立つと、改めて彼女にお礼を伝えて。「それから、お代はいくらでしょうか。」続けて食事代を支払おうと鞄の中の革財布(これまで使う機会がなかったお小遣いが多少入っている)を探りつつ店主に金額の確認をして)
(軽く食事を済ませて立ち去るつもりが旅立ち前の軽い送別会のような形となり、盛り上がりをみせるが宴もたけなわ、そろそろお開きにしなければ明日に支障が出ると考え席を立てば、代金を支払おうと彼女の鞄から取り出された上等そうな革財布を見やり、育ちの良さそうなのは見てくれだけでなくやはりどこかのお偉いさんのところの娘か……そんなことを考えつつも支払いをしてくれるというなら好都合と顛末を見守ることにしたのだが『あら、いけないわ。こういう時、女性の方から財布を出させる男なんてロクな男じゃないんだから。レグルス……貴方まだ、支払い終えてないツケがあったわよね?それ全部と今日の飲食代、合わせてちゃんと支払いなさい。……もっとも、貴方のことだから纏まったお金の持ち合わせなんてないんでしょうから旅が終わってからでもいいわ、だから……必ずまた生きて顔を出しなさい、いいわね?』どうやら甘えは許されないらしい、確かにここを拠点として当面過ごす予定だった自分には、そのうちそのうちと考えながら溜めに溜め込んだツケがあり、その弱みを突かれると弱い。しかしながら、ツケの支払いそのものは口実に過ぎず二人の旅の無事を祈るロザミーネなりの餞別の言葉であることは考えるまでもなく理解できて、最後まで彼女には頭が上がらないなと顔を伏せて「くく……」と苦笑浮かべ「やれやれ…俺とて男の端くれ、そこまで言われちゃ仕方がないねえ。必ずまた『二人で』来るよ、その時は今日よりもっと盛大に宴でもしようじゃないか、勿論俺の支払いでね」ゆっくり顔をあげて隣のユフィを一瞥、無事再会を願う意図を読み切って二人でという部分を強調し、別れを惜しみつつも男気を見せて返答して退店し。「さて、戻るとするかね。俺の拠点は路地裏にある、はぐれずついてきたまえ」店を出てから自分の自宅がわりとして与えられた拠点を目指し歩き出す、危険があるから足を踏み入れぬようにと彼女に忠告した路地裏へと躊躇いもなく足を踏み入れると、離れずついてくるようにその姿を視界の端に捉えつつ改めて言い聞かせて)
! ふふっ。そういうことでしたら…、また次の機会に。
(先程彼女との会話の中で挙げられた好きになってはいけない駄目な男性の例として、金払いの悪い男、ツケを滞納するだらしのない男、と真っ先に挙げていたがあれはもしかして…いやほぼ確実にレグルス様のことだろうと合点した途端堪らず小さく吹き出してしまって。ここまで道案内をしてもらったお礼と人攫い集団から助けてもらったお礼に彼の分の食事代も支払うつもりだったが、ロザミーネ様の言葉裏に隠されたレグルス様への深い愛情に気が付くと、彼女の意図するところを察して取り出した革財布を引っ込め、その代わりにまた二人で必ず会いに来ると約束することにした。そうして、ぺこりと丁寧に頭を下げてから彼に続いて店を退店したのだった。───店を出てすぐ念の為に再びフードを目深に被り、彼の忠告にこくりと頷くと、傍を離れないよう気を配りながらその後ろを歩く。…思えば1日森を彷徨い歩いたり誘拐犯に攫われたりといろいろなことがあった。知らないフリをしていたけれど体はもうくたくた、そして現在程よくお腹も満たされたのも相俟ってか途端に眠気が押し寄せてきたようで。しかしこの後には作戦会議が控えている。もう少し堪えないとと目を擦りながら彼の拠点を目指して)
……おっと……ったく、仕方がないねえ……
(店を出て歩き出して、こちらの忠告があってか、あるいは今日一日で晒された危険で警戒心というものが相応には身についてきたからか、目深にフードを被り大人しくついてくる彼女を尻目に歩みを進めるが、それにしても店を出てからというものなんだかやけに静かだ。そんな風に考えて足を止めて少し遅れて歩いてくる彼女振り返れば、こちらへとぽすっと身を預けてくる、先程から何やらフラフラしていて危なっかしいような気がしていたがどうやら疲れ果てて眠気がピークに達してしまったらしい、その身体を抱き止めどうしたものかと暫し思案した後[これは介抱であって邪な気持ちは断じてない、余計な事を考えるな]そう自らに言い聞かせながらそっと背負い上げると背中に感じる体温やら諸々の感覚を意識の外に極力追い出しつつ真っ直ぐ早足で拠点を目指し。やがて路地裏の奥まった街の明かりの届かない真っ暗な場所にある古びた物置のようにしか見えない石造りの建物の前に到着すると扉を開けて中へ。そこは乱雑に書物やら脱ぎ捨てた衣服やらが散乱する生活感溢れ過ぎなぐらいの煩雑な手狭なワンルームで、とりあえず彼女を普段自分が眠っている部屋の隅のベッドへとおろしてやって)
(ふと身体が横になった感覚がしていつの間にか閉じていた目を僅かに開けてみると、視界に広がったのは真っ暗闇。どうやら月明かりさえ届かない場所にいるらしい。…ここはどこ。横になったまま数回瞬きを繰り返すうちに段々暗闇にも目が慣れてきて、漸く近くに彼が居るのが分かった。ついぞ疲労と眠気に抗えず気付けば意識が飛んでいたユフィは、此処に至るまでに彼の背中を借りたことも、無意識にぎゅうっとしがみついてしまったことも、つまるところ路地裏に足を踏み入れて以降のことをまるで覚えておらず、きょとんとした顔で彼を見ていたが、一拍置いて段々と頭も働き始めるとなんとなく状況を理解。恐らく途中で力尽きた自分を彼がどうにかして拠点まで運んでくれたのだろうと。「……もしかして私、寝てしまったのでしょうか…?」ゆるりと疲れ切った上体を起こしては神妙な面持ちでおずおずと尋ねて。さらに今自分が寝ていたのが彼のベッドの上であることを認知するや否やハッとした様子。早々に立ち退こうと身体を動かしたはいいものの、その拍子に寝起きのせいかふらついてしまって彼にぶつかり)
す、すみません…。何から何まで…。
……やれやれ、とことん危なっかしいお嬢さんだねえ。あまり心配をかけさせないでくれたまえ
(ベッドは彼女へと貸し出したため、自身はベッド脇の壁に寄りかかるようにして目を閉じて静かに身を休めていて。少しして暗がりの中、仕事柄研ぎ澄まされた感覚によって微かな物音に気づけば薄ら目を開けてその物音の主が今現在自身のベッドで休んでいるユフィであることにはすぐに気づいたが、ひとまずは気づかないふりをして状況をしばし静観していると、ふらりとこちらへ向けて倒れ込んできたため、完全に倒れ込む前にその身体を抱き止めてやり。暗がりだったこともあり間違って変な場所に触れないよう細心の注意をはらいつつ真っ直ぐに立たせると呆れたように声をかけつつ、ベッド脇にあるランプに火を灯して室内を照らして「ゆっくり休めたかね?少し遅くなったが今後の旅の方針でも話し合うとしようか」なんだかんだ言って眠っている間にそろそろ夜も明けてくる頃合い、旅立ちに備え作戦会議というほど大仰なものにする訳では無いがサクッと用意する物やルート選択なんかを話し合う事を提案して)
そうですね……それではまず、次に目指す場所を決めさせてください。
(赤っぽいランプの灯りが辺りを照らし、部屋の中の雑多な様子や簡易的な家具の配置などが視認出来るようになった。またも彼を呆れさせてしまったけれど気を取り直すことにして、何がどれだけ必要なのか、シュノークで準備するものをはっきりさせる為、彼の提案に乗っかって先に次の目的地までの経路確認をしたいと申し出ると、机上に置かれた書物類をそーっと端の方へ寄せてスペースを作り、鞄の中から地図を取り出し其処に広げて。お店でロザミーネ様にオススメスポットを教えてもらった際にその場所を地図上にも記しておいたので、その辺もきっちり組み込みつつ、ユフィが今のところ考えているルートを地図で確認しながら順を追って説明していき。「シュノークを出て次に寄りたいのは、ここ…“ポック村”です。こちらでまた食料を調達したいと思っているのですが、この村に辿り着くまでに歩きだと1週間くらいかかるらしいので、後で当面の飲食料を買い込む必要があります。その次に行きたいのは…、この辺りにあるという“ゼルゲマ温泉地”です。地図には載っていないそうなのですが、ロザミーネ様曰く美肌効果が期待出来る秘密の入浴場があるとのことで是非行ってみたくて…。」ポック村は旅支度を整える為に立ち寄るという名目があるが、温泉に至ってはユフィの願望。完全に寄り道だった。温泉にも美肌効果にも興味の無さそうな彼が付き合ってくれるか分からないけれど、とりあえず提案してみて)
おー、温泉かい?そいつはいい、旅の疲れもよくとれそうだ
(自分から改めて提案した作戦会議……のようなものだが、そもそも自分は計画を立てて順序立てて行動をするというのがあまり得意な質ではない、行き当たりばったりという言葉の似合ういい加減な男だ。今後の行動方針について色々と考えているらしい彼女にあっという間に会話の主導権を握られ自身はそのルート構成に地理的な無茶がないかだけ自身は二人分の緑茶の用意をしながら地図と目的地の位置関係なんかをザッと把握しつつ、話しに耳を傾けていて。二つ用意した湯呑みに注いだ湯気を立てる熱々の緑茶、その一方を彼女の前に置いてやり、そしてもう一方を自身の口元へもっていきズズッと音を立てて啜りながら温泉という単語に反応を示し、自身の故郷にも様々な効能の源泉のあったその温泉という施設、美肌効果とやらには全く興味が持てないが一度浸かるだけで身体の疲れが抜けてリラックスできるあの感覚は唯一無二であり、あれほど心地の良い物は他に知らない、彼女の計画自体動線もちゃんと考えられており異論を挟む余地はなくそれでいこうと両手放しで賛同して「となると、買い出しのためには夜明けを待つ必要があるね。出来れば奴らには少しでも足取りを掴ませたくはなかったんだが……そこはまあ、上手くやるしかないかねえ」纏まった方針を再度二人で確認、食料調達のため必然的に店が開く時間まではここに滞在を続ける必要があり、周囲に人目が多い時間帯の旅立ちとなることからどうしても足取りを掴まれるリスクは大きくなる、辞めさせてくれと言って、はいそうですかですんなり解放してくれるような奴らでもないため出来るだけ内密に動きたいところだが食料無しでの旅などもっての外、そこは自分がいかに上手く立ち回るかだなと、旅の計画について大部分を考えてくれた彼女横目に策を練り始めて)
わ、ありがとうございます。なんだか不思議な香りのするお飲み物ですね。…いただきます。
(その口ぶりからして、どうやら彼は温泉がどういうものなのかを知っているらしい。思いの外すんなりユフィの要望が通り、取り敢えずのところはポック村を経由してからのゼルゲマ温泉地を目指すルートに決まった。其処からの経路については、またその時に相談すればいいだろう。…徐ろに目の前へと置かれた、見たことのない形の小ぶりな茶碗を両手で丁寧に持ち上げて、中身をまじまじと目詰める。見た感じ恐らく彼が淹れてくれたのは茶の一種なのだろうが、今まで嗅いだことのない爽やかな香りが鼻孔を擽った。「あつつっ…」試しに飲んでみると味を感じる前に熱さが勝り、両目をきゅっと閉じてしまって。もう少しだけ冷ましてから頂こうと一旦机上に戻し。───「とにかく身を隠す必要があると。……それなら変装してみる、というのはどうでしょうか!」彼が仕事を辞めたのは知っている。それに詳しい事情は分からないけれど、その件であまり良くない立場に置かれていることも、ロザミーネ様との会話から何となく察していて。このままでは動きが取りにくいという彼のために、自分にも何か手助け出来ないだろうかと顎に手を当て思案すること十数秒。頭上に見えない“!”をぴこんと浮かべては、良案を思い付いたとばかりに鞄の中からお気に入りのふんわり袖のロングワンピースとつば広帽子を引っ張り出し、心做しかわくわくした様子で女装…否変装の提案をしてみて。しかし肝心なのはサイズ問題。よくよく見ると彼の身体は自分よりもずっと大きくて、ユフィサイズのワンピースは到底着られそうになく。…変装案は敢え無く断念し、代わりに他の提案をしようと鞄の中から紫色の液体が入った小瓶を取り出して)
……と思ったんですけど、私の服はレグルス様には小さいですね。…ではこの、《透明薬》を使うのはどうでしょう? その名の通り、服用すると一定時間透明になる薬です。身に付けている衣類も全部。私も家を出るときに使ったので効果は実証済みですし…。
……そんなものがあるなら初めから出して欲しかったねぇ
(隠れてここを出る手段について考え巡らせていると彼女に何やら考えがある様子、なるほど確かに変装は隠密活動の定番ではあるが、これをどうぞとばかりに鞄の中より取り出されたその衣服を見た途端に一気に表情が強張り。思いっきり女性向けの服と帽子、自身の背格好からしてあまりにもアンバランスなそれらを身につけた姿を想像すれば女性というよりは化け物や怪異の類い、かえって目立つ結果になるのではないかとすら思えるのだが彼女の方はむしろ我ながら素晴らしいアイデアとばかりに目を輝かせているのを見て絶句してしまうも、どうやらサイズ的な問題からこの案は無理だと自己完結した様子の彼女を見てひとまず最悪の事態は免れて一つ安堵の息を吐き。それからその代替案として取り出された物、その説明を受ければ聞く限りでは今回のような状況においては願ってもないぐらいの便利な代物、本人が使用した実績があるなら効果のほどは疑う余地もないだろう、彼女側からの厚意でアイデアを提案してもらっている立場でこんな事をいうのはなんだが、最初からそれを出して欲しかったと軽く愚痴っぽく口にして「……まあ、なんにせよ方針はこれで決まりかね、後は日が昇り次第行動開始するとしよう」多少の紆余曲折はありつつも旅立ちに向けての行動方針はある程度は固まっただろうか、完全な夜明けまではまだほんの少し時間があるため小さな欠伸を漏らし軽く仮眠をとろうと壁に寄りかかり、そんな風にしてゆっくり夜明けへと向かっていって)
それが、効果はあるんですけど……味の方はあんまり美味しく出来なくて…。飲む時は覚悟してくださいね。
(彼の不服そうな様子からその心中を察するに、どのみち変装案は却下されていたであろうことが窺える。多めに薬を作っておいて良かった。…この《透明薬》は、亡くなった母が書き残していた“魔法薬レシピ集”を参考にユフィが調合したもの。なかなかに調合難易度が高く、魔法薬作りが趣味のユフィでもちゃんと効果が出る薬を生成するまでに3か月を要した。服用すれば見る間に身に付けている装飾も含め姿が見えなくなり、半日とまではいかないが暫くの時間は透明効果が続く。注意すべきは、他者から“見えなくなるだけ”で実体は其処に存在する為触れることは出来るという点と、味の方がいまひとつ…激マズな点。実際に飲んだ本人がそう感じるのだから間違いない。母のレシピ通りに調合したものは渋味が強くて飲みにくいのが難点だった。そのうちユフィなりのアレンジを加えて改良するつもりではいるけれど。念のため味について忠告しつつ机上に透明薬の入った小瓶を置き、ユフィの衣装は鞄に戻す。話も纏まって、あとは日が昇り次第行動開始とのことで、それまで彼は仮眠を取ることにしたようだったが、二度寝をしたら起きられる自信のないユフィはいろんなものでごった返す鞄の中身を整理することにしたのだった。)
───……
(二度寝はしない。そう心に誓ったはずが、鞄の整理を早々に終えたあと気付けば彼と同様壁に凭れかかって静かに寝ていた。…もうじき夜が明けるにも関わらず、基本的に何処でも寝られる性質のユフィはすっかり寝入ってしまって起きる様子がなく…)
ユフィ、気持ちよく寝てるところ悪いがそろそろ起きたまえ
(この時間から眠ってしまえば起きられなくなってしまうと判断したのだろう、眠ってしまわないようにと作業をして眠気を紛らわすことにしたらしい、そばで荷造りなどに勤しむ物音を遠くに感じながら目を閉じて身体を休めていると、しばらくそばでゴソゴソと聞こえていた物音が聞こえなくなり、代わりに聞こえてきたのは静かな寝息で、今更ではあるが出会って間もない男のそばで、しかもその男の根城としている場所でよくもまあここまで無防備な姿を晒せるものだと思うが、それだけ自分に対する信頼があるということだろうと考えるとなんだかんだ悪い気はせず心穏やかに朝を迎えて。外の明かりなどは感じられないものの長年の経験と肌感で大体の時間がわかるが、彼女の方はそうでもないようで、相変わらずすやすや心地良さそうな寝息を立てており。幸せそうな寝顔を見れば起こすのは少し忍びなく思ったが、ここを離れることを決めた以上あまり時間をかけたくないのが本音、迅速に行動に移すべく身体を揺り起こそうとして)
……、……! 起こしてくださってありがとうございます…。
(ユフィの四方を囲むようにして、天井が見えない程にこれでもかと山積みになっているのは、世界中のありとあらゆる魔法が記された魔導書たち。なんという幸せ空間、まるで夢でも見ているよう…。まだ見ぬ魔法に出会えると思ったら逸る気持ちを抑えきれずに、早速そのうちの一冊を手に取って開こうとした。───次の瞬間、自分の名前を呼ぶ声と、身体を優しく揺り動かされる感覚があり、夢の世界から現実の世界へと急遽呼び戻されたユフィはぱちっと目を開いた。見ると目の前にあったはずの魔導書の山は消え失せている。どうやらあの短い時間で夢を見ていたらしく、本当に夢だったことを至極残念に思いながらも、眠りからまだ覚めやらぬ目をこしこし擦りながらゆっくり立ち上がっては、目覚まし係を買って出てくれた彼にお礼を伝えて。室内は依然として暗い為に日が昇る時間帯とは思えなかったけれど、此処に住み慣れた彼がそういうのならもう夜明けに違いない。寝起き早々ではあるものの行動するなら早いほうがいいと気を改めては、ベッド脇に置いていた鞄を肩に掛けてから机上にある《透明薬》の入った小瓶を彼へと両手で差し出して)
それではこれを。…個人の体質にもよるかもしれませんが、効果は大体半日は続くと思われます。効き目が切れる前に買い出しをして、シュノークを出ましょう。
ほう……なるほどこれがねぇ……あぁ、そうだ、コイツを飲む前に、視認が出来なくなってからでは色々と不便だろう。今のうちに最低限必要な合図とかを決めておこう。例えば俺の位置を確認したい時は口元に手を当てる、そうしたら俺はユフィの肩に手を置くようにするとかどうかね?
(受け取った小瓶を目線の高さまで軽く掲げてしげしげと眺め、この少量の薬品に人の視覚から逃れる力が備わっているというのはなんとも信じがたいが、効果は実証済みとの事で疑う余地はない、そもそもこの段階になって彼女が自分を陥れる理由もないだろうし、こういった状況で冗談を言うようなタイプでもないため十分に信頼がおけ不安要素はない。小瓶の蓋をとり中身を飲み干そうとしてふと思い立ち手を止めて彼女へと向き直り。自分がこの薬を飲んで姿が見えなくなれば単独行動ならまだしも同行者がいるとなれば様々な不便が生じることが予想され、あるいは今回の作戦の立案者である彼女の方に何か考えがあるかもしれないが、とりあえずこちらの思いつく範囲で、お互いの位置関係を把握するための合図なんかを提案してみて。他にも何か取り決めがあった方が良いだろうかと考えを巡らせて)
トピック検索 |