名無しさん 2024-09-04 22:22:15 |
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ああ、久しぶり。……邪魔すんぞ。
( 扉が開かれ、1ヶ月ぶりに拝めた顔は良くも悪くも相変わらずで、気張っていた力が抜ける。ただ若干顔が赤いような気もして小首を傾げ。じいっと顔を見つめたが、体調が悪いわけでもなさそうで、特に問題はないかと判断して。手狭になってしまうが玄関に荷物を置き去りにして、身一つで部屋の中へ進む。肉や野菜が煮え立ち、香りが充満した室内は摂食中枢を刺激するには十分で、涼しい顔をしたって腹の音は誤魔化せなかった。洗面台を借りて手洗いを済ませると、帰りの空港で見繕った購入品を見せようと紙袋を持ってきて。焼菓子の詰め合わせを何種類か机の上に置くと「土産持ってきたんだが、甘いもんとしょっぱいもん、どっちがいい?」と訊いてみて。本当は、社内への土産を軽く買うつもりだった。それ以外に贈る相手などいないと思ったはずが、1人だけ、思い当たる顔が浮かんでしまった。ただ困ったことに、食で繋がった縁にもかかわらず相手の食の好みなど把握していないことに気付いて。土産コーナーを優柔不断に彷徨いながら、最終的には無難な焼菓子を選んでいた。自炊をする彼になら、調味料だとか、調理グッズだとか、もっと選びようがあったはずなのにと少し後悔していて、はたして喜んでくれるだろうかと相手の顔色を窺って )
え!やった!あ、じゃあ、甘いの。( 台所で煮立っていく材料を見つめていれば聞こえてきた言葉に肩を持ち上げ、まるで幼子のように声をあげて喜びを表現する。生まれてこの方、お土産という言葉には弱い。幼い頃にもらうお土産が自分の中ではかなりのご褒美だった。両親と買い物にも行くなければ、自分の欲するような菓子類も別に買ってきてはくれない。自分で買うにしてもお小遣いもない。そんな自分でも、甘いものは結構好きな方で、食べられる機会があるとすれば、それは親戚が持ってくるお土産だけだった。思わず喜んでしまう自分に自分で驚くように唖然とする。元々感情が口や表情から出がちだった幼い頃に戻っているようだった。少し恥ずかしげに彼からの問いに答える。鍋の後に待っている甘い物を想像しては、早く食べたいと思う。でも妥協はしない。白菜が少しくたってきて、豆腐に味が染みてきた頃、台所で火にかけていた鍋を居間へと持っていく。鍋つかみで蓋を開ければブワッと飛び出す湯気。それと同時に感じる出汁の香り。幸せな瞬間だ。「 どーぞ 」腹の虫を揶揄うようにドヤ顔で声をかける。1ヶ月前の瞬間を思い出しながら、今日もまた新しい思い出ができることに笑みを浮かべて )
じゃ、いただきます!
( / かなり遅くなってしまい申し訳ありません! )
……ったく、テンション上がりすぎだろ。
( 土産のひとつでここまで喜ばれるとは想定外だった。台所から聞こえる声にぼそりとツッコミを入れた後、妙な既視感を覚えて記憶を遡る。そういえば以前、所帯を持つ同僚が幼い息子の動画を見せてきたことがあった。欲しがっていたおもちゃを買ってもらい飛び跳ねて喜ぶ姿と、目の前の男の姿が通底している気がして。そこまで考えて、いやいや、流石に成人男性に対して抱く感想ではないと思い、口に出すのはやめておいた。年齢なんて聞いたこともなく同い年や年上の可能性も捨てきれないが、恐らく自分より年下と思われる彼のことを、時々可愛らしく感じる。何故だかほっとけない。それは会社の後輩など身近にいる年下の存在とは違った感覚で、胸をざわめかせる。これが女相手なら単純明快だ。しかし相手は、本来特別な感情を抱くはずもない男。鍋の蓋を開けて湯気越しに謎のしたり顔を見せる、男。美味そうな匂いが立ち込める。そして、胸騒ぎよりも食欲が勝つと、厄介な思考を振り払い「いただきます」と彼に続いて手を合わせた。久しぶりに味わう日本食、出汁の風味が身に沁みる。具も柔らかくて食べやすい。幸せを噛み締めながらもりもりと食べ進めていく。今回は出張のことを告げずに心配をかけたので、今のうちに予定を繰り合わせておこう。脳内でスケジュール帳を開き、相手の都合も確認するように訊いてみて )
甘いもん、好きなんだな。次はケーキでも持ってくるか。ええと、次会えんのは…来週の週末とかはどうだ?
( / いいえ、お気になさらず!
そりゃ楽しみだ。週末か、じゃあ、温泉でも行くか?仕事の疲れでも癒せばいいだろ。( まだ熱い湯気がでている鍋をつつきながら彼の話を聞く。1ヶ月会わなかっただけでも寂しい気持ちになってしまうのは、彼へのどんな感情から来るのだろうか。そんなことを考えながらも、彼からの提案にまずは嬉しさを感じる。次はあまり間を開けずに会えそうだ。ただ、週末にわざわざうちにきて飯を食うよりも、もっと彼に何かができないかと思案する。甘いものの話は何となく恥ずかしかったから軽く流して、来週末の話に切り替える。出てきた提案は男2人で出かける、なんて喜ばしいことでもない?ものだった。ただ、疲れを癒すのであれば温泉という引き出ししかない自分の限界でもあった。「 男2人で温泉なんて、なしだよな 」自分の提案が恥ずかしく思えて誤魔化すように否定する。もう少し、距離が縮まればな、なんて。そんなこと願っても口にするもんじゃない。ましてや、まだ何も知らない彼に )
うまい?
うめえ、けど……いや、別にナシじゃねえだろ。日帰りでよけりゃ付き合ってやるって。
( 温泉?と唐突に現れた単語に目を見開き、ぱちくりと瞬いて。彼が言うように、それほど親密でもない男2人が揃ってお出掛けというのは違和感もある。しかし、決して悪い提案ではないと思う自分もいて。彼なりに気を遣っているんだろうと感じたし、それを無碍にできない。うまいかと聞かれればうまいと即答して、勝手に自己完結してしまう彼に待ったをかける。宿泊までするのは気まずいかもしれないが、日帰りならお互い気が楽だろうと提案して。表情筋には出ないが存外浮かれているらしく、温泉街のグルメを想像すると食事中だというのに腹を鳴らして )
どうせ行くならちゃんとしたところ行きてえな。熱海、別府、草津…。ああ、美味いもんも食いてえ。
まじ?( うまいの即答にはいつもながら嬉しい気持ちになる。というより、思ってもみなかった返答に口をあんぐり開けて聞き返す。本当に了承したのかと不安になった。男2人で温泉なんて行くくらいの仲になかったか?でも、日帰りなら付き合うと言っていた。行ってみてもいいのかもしれない、彼の知らないところを知ることも悪くない。「 じゃあ 」彼の提案したいくつかの温泉地を思い浮かべながらどれにも行ったことがないが、強いて言うなら。「 熱海、かな 」希望を言ってみる。ただ響きがよかっただけで、別に他が悪いわけではない。それに、どこへ行っても気楽に行けそうだ。彼との温泉を少しだけ楽しみにしたながら鍋の様子を見て )
〆は、うどんと雑炊どっちにする?
熱海っつうと海鮮か、いいな…。そんじゃ、俺が車出してやるよ。迎えは何時頃がいい?
( ゆるい調子で行き先も決まり、移動手段は自分が運転する車はどうか、と話を進め。電車という手段も候補のひとつではあるが、たまには車の運転して気分転換するのも良いかと考えて。男を助手席に乗せて熱海までの長道をドライブするのはなんとも複雑ではあるが致し方ない。これが絶世の美女だったとしたら、きっと気を遣いまくって息抜きどころじゃないだろう。ちょっとくたびれた知り合いの男くらいがちょうどいい。車は、実家の車庫に眠ってるであろう親父のものを借りるかと計画を立てて。シメの話には究極の選択だな、と迷いつつも、なんとなく麺の気分だったので「うどん」と答え。彼が突然行きたいと言い出したので、よほど温泉が好きなのだろうと予想しながら質問して )
温泉か、いつぶりだろうな。お前は結構行く感じ?
いいの?俺は何時でもいい。早起きは、頑張ればできるし。( 彼の思ったよりもいい反応に自分の方がたじろいでしまう。でも、相手のために思ったことがいい方向へと向いているならそれでいい。そんな彼に運転をさせてしまうことはやや心苦しいものだが、気を使いすぎても逆に気を使わせてしまうだろう。ここは車を出してくれるという案に甘えさせてもらうことにした。時間を尋ねられれば、ここ最近早起きなどしてこなかったし、人との集合時間を決めるのなんて何年振りか。その基準は最早自分にはない。逃げとも思える、なんでもいい発言。自分で考えられないものはだいたいそうして逃げてきた。何時にしたってどうにかなるだろうと、不安要素は気合いでどうにかできることを伝える。というか、頑張れば、なんてもう向こうを不安にさせるような言葉だろうと後々気づいたが、訂正するのはやめた。もうそんな生活だということは気づいているだろうし。うどん、という答えを聞けば冷蔵庫にゆでうどんをとりに行き、もうそろそろなくなるであろう具材を目にしながら机上へと置く。〆にはまだ早そうだ。残りの具材を半分くらい皿へと移して「 ん? 」残りを相手の皿へと盛ろうかと手を伸ばして、どうかとばかりに首を傾げる。話題は自身のことについて。温泉に行くかどうか、そんなことを訊ねられた。答えはノーだ。家族旅行など自分が連れて行ってもらえるはずもなかった。苦い思い出の1つでもある。視線を他へと移しながら、うーん、えーっと、と絶妙な間を空ける。答えたくないわけではない、でも、空気が壊れてしまうかもしれない。ただ、彼なら、話していいと思った。少し恥ずかしげに誤魔化すような笑みを浮かべて )
行ったことねえの。そーゆー交流してこなかったからな。初の温泉って感じだな。
休日に早起きはゴメンだな、昼前くらいでいいだろ。一応夜更かしはやめといた方がよさそうだけどな。
( 頑張れば、という言葉が多少引っかかったが、指定がないならば自分の好きにしようかと朝イチ集合は候補から除外して。いくら日帰りといえど慣れない土地を歩くわけで、体力はいるだろうし前日の夜更かしはやめとけと彼の目元にある隈を見ながら忠告しておく。車の中で寝てもいいなんて生ぬるいことは言ってやらない。助手席に座るなら話し相手の役割くらいは全うしてほしいからだ。伸ばされた手には、こちらも「ん。」と短く発しながら自分の皿を渡して。こういった彼とのやりとりも慣れたもんだなと密かに思いながら。自分の質問に言い淀む彼を見て、こりゃマズったかとひしひし罪悪感が募る。それほど明るい家庭環境ではなかったと、人生経験も豊富ではないと、前回少し話を聞いただけで察することができた。それを知りながらのこの質問は酷だったと反省して、淡白に「そうか」とだけ返して。ほんの少し腰を上げると、彼の頭めがけて腕を伸ばして。ぽん、と撫でるというより、ひと叩きするといった表現の方が相応しいような、そんな触り方をして。無意識のまま笑いかけると、再び席につき平然とした顔で食事を再開して )
そんじゃ、思い出作らねぇとな。相手が俺でいいのかってのは疑問だが、ま、いいとこ連れてってやるからさ。
え__あ、うん。( 集合は昼頃にするという意見に少し安心する。フリーターに早起きができるわけがなかった。先ほどは頑張れば、なんて言ったけど起きれる自信なんてなかった。ああよかった。彼の提案と補足に頷いて了承の意思を示す。彼にとっては貴重な休日だ、どうにか休んでもらいたい。彼に差し出された皿をとってよそっえいく。なるべく多くの食材を皿の中へ入れ、所謂小さな鍋を完成させる。意外と几帳面なのか配置すら鍋のそれと同じ。皿を彼へと受け渡し仕事を終え自分も食事を再開させる。踏み入った質問は別に悪いことではない。これに軽く答えられない自分もいけない。そんな中、彼のとった行動に目を見開かせる。気を遣った、のか?それとも情なのか?なにもわからない彼の感情に瞳を丸くして固まる。思い出を作ろうと言われれば小さく返事をする。彼の温かい手の感覚が頭に残るまま、箸はずっと空にいる。嬉しい、温もり、彼の真意、思うことは果てしないが一つだけはっきりしているのは、彼との時間がとても心地いいということ )
浅倉が毎日うちにいればいいのにな、
……ばかやろう、毎日来るのは無理だろ。
そりゃあ、毎日こんな飯が食えたら幸せだろうけどよ。
( 皿を受け取った後、綺麗に整えられた配置を箸で崩すのも惜しんでつい見惚れながらも、食欲には逆らえず食べ進めていて。そしてふと呟かれた言葉が耳に入ると、グッと眉を顰めては、咀嚼していたものを飲み込んだ後に悪態を吐く。毎日って、俺はどれだけ懐かれてるんだ。なんとなく擽ったい感覚がして反発的に無理と言ったが、理由は明白だ。交通費なんかは目でないとして、時間の問題は見過ごせない。残業が少ない日でないと、とっくに終電が過ぎた時間に邪魔することになる。それに何よりも重要視しているのは、自分の精神面のことだ。これ以上の頻度で彼との時間を過ごしていたら、何かが、壊れてしまいそうだ。孤独感が溶けたら、一体何が残る。未知の感覚を恐ろしいと思うから、心の深いところまでは詮索させたくない。それなのに毎日顔を合わせたら、きっと俺は、彼に絆されていく。容易に想像がつく未来に手を伸ばす勇気は出なかった。そして前々から思っていた言葉を、乾いた笑みを浮かべながら俯き言い放って )
…お前は、俺のこと信用しすぎだ。
そうだよな、悪い、変なこと言った。( 彼の表情で察した。自分が変なことを言ってしまったと。それもそうだ、この間会ったばかりの男がこれからもいてほしいなんて呟けば誰だった眉間に皺を寄せる。そんなことはわかっていた。でも、少しの希望があるなら掴んでみたかった。それくらいに、もう自分は彼のことを求めていたんだと思う。今まで独りで生きてきた。それは自分が好きでなったことだろう。家族から逃げて、友人との縁を切って、独りでいたい。逃げたのは自分だった。それなのに。彼といると独りであることがこの上なく寂しく感じる。この時間が永遠に続いてほしい、そう思っていたが、それが自分だけなのだとやっと気づくことができた。彼がここにいるのはきっと、食事のためだろう。そう思う他なかった。自嘲気味に笑みを浮かべて先ほどの発言を撤回する。無理矢理口に食べ物を運んでいく。今は何も話せない、というか口が動かない。素直で有名な自分もこれ以上彼を求めることはできなかった。そんな中、彼の発言に顔を上げる。その笑みの意味がなんなのか、わからなかったが、言葉の意味は理解できた。信用。そんなもの、意識したこともなかった。人への警戒は怠らない自分だと思っていた。信用、していたのかと彼の言葉で気づく。ああ、溢れた声と共に小さく話を始め )
俺は、浅倉を信用してるんだな。もう二度と、誰かを信用することなんてないと思ってた…。だめかな、信用しちゃ。
……誰を信じるかくらい自分で決めろ。俺は別に、どっちだっていい。
( ほれ見ろ。俺は棘を含んだ発言を隠そうともせず、ちくちくとお前の心を痛ぶる。そんな野郎、信用する方がおかしい。それでも俺を繋ぎ止めておきたいっていうなら、無理矢理にでも引き込んでくればいいのに。すぐに手を引っ込めて、諦めの色を浮かべる彼には呆れる。全くもって意思薄弱で、女々しいヤツ。しかし、そんな彼だからこそ放っておけないなんて、柄にもなく庇護欲が刺激される。信用してもいいか、そんなの大の大人なら自分で判断しろと突き放すような言い方をしたが、その視線はまっすぐ彼を捉えて。本当にお前の隣に嫌気がさしてたら、わざわざ連絡もしないし温泉の誘いも受けないって、言葉にしなきゃ伝わらないものなのか?人付き合いってのは面倒極まりない。できるなら誰とも関わりたくない。そう考える自分が、今ここにいる理由とは何だ。俺自身もそれなりに、彼のことを信用していた。それは認め難いが事実だ。そうでもなければ他人の飯なんて食わない。頭では分かっていた、それでも伸ばされた手を掴むことはできない。潔く振り払うことすらもできず、彼からの決定的な言葉を待ち続け、ただ甘えているだけだ。……全く、女々しいのは一体どっちなのか。上手い立ち回りをしているようで、結局振り回され絆されるのは俺の方なんだ )
俺はな、口下手なんだよ。嘘つくのは得意だが、本心を話そうとすると…上手くいかねえ。さっきのは、ただの疑問だ。何で俺なんかを信用してんのかって、気になった。お前自身を否定したわけじゃねえから、誤解すんな。
そっか。俺さ、会ったとき、自分がどうなったって構わないって覚悟して浅倉のこと家に入れたんだ。でも、浅倉があまりにも普通でさ、俺の覚悟なんて意味なかったんだよ。俺は、あの時から浅倉のこと信用してんだよな。( 口下手という言葉が本当に似合う。本心の見えない彼を知ろうとすればするほど、その意味がわかってくる。自分のことなど殆ど話したがらない、気持ちのことなんてもっとわからない。だから、不安になって、あんなこと言ってたんだ。何で俺なんか。と彼はいうけれど、彼を家に入れて一緒に食事をしたときから彼を唯一の存在にしたんだ。突拍子もない出会いだったが、彼が普通に食事をして、美味いと言ってくれて、何もなく家を出て行った。そんな普通を自分はずっと欲していた。彼が与えてくれた普通の時間が、信用することへと繋がったんだ。自分を否定されたわけではない、そう言ってくれるなら、今の自分の気持ちを全て話そう。わかってくれなくていい、でも、君の存在が自分の唯一だって、そう伝えるべきだと思った。でないと、これからくる旅行だって気まずくてならないだろうから。気持ち悪いと思われるかもしれない。でも、それでもいいと思えた。なあ、これを聞いて、俺から離れていくのかな )
浅倉は、俺にとって唯一普通をくれるんだよ。だから、これからも一緒にいてくれよ。浅倉に会ってから、独りが嫌なんだ。
……れは、…………俺は、本当に飯だけが目的なら、わざわざお前の家に来たりしねえ。言ってる意味分かるかよ、俺から言えるのはそれだけだ。
( ああ、確かに不用心だと思った。初対面の奴を信用しすぎだろと。彼が指す普通とは何か、あまり理解ができず頭を捻らせながらも静かに話を聞いた。自分達の関係がどうしても"普通"とは思えなかった。しかし彼にとっての普通の条件は1人では満たせなくて、俺の存在があって初めて叶えられるのだという。それは何処ぞのロマンス映画が吐く台詞よりもずっと重くて、まともに受け止めれば致命傷を負うような、巨大な感情。なんでこいつは、いつだって馬鹿みたいに真っ直ぐで混じり気のない言葉を使うんだ。その熱意に充てられ、酔っ払ったように熱くなる顔を腕で隠し、くぐもった声で話し始めて。彼と違い遠回しにしか言葉にできないものの、お前の隣は嫌じゃないと、自分なりに伝えられたと思いたい。大のおっさん同士で何やってんだか。次第に馬鹿馬鹿しくなってきてフッと吹き出すと、膝を叩いてくつくつと笑う。吹っ切れたような気分になり、今なら何でも許してやれそうだと本気で思えてきて。一緒にいろ、確かそう言ったな。それならば早速、要求を聞き入れてやろうか。前回泊まった時は散々だったが、今日くらいはせめて柔らかいところで寝かせてくれよと願いつつ )
……瀬戸。この家、俺が寝れる場所ってあんのか。言っとくが床は嫌だからな。
そっか。わかった。( 彼の遠回しの話は自分には少し難しい。人との会話に対して真剣に向き合ったことなどあまり経験していなかったからだ。それでも、彼が自分の家に来て食事をすることに不快感はないようだ。それが確認できただけでも安心した。噛み締めるように理解したことを伝える。きっと頬は少し吊り上がり口元は弧を描いていただろうな。その情けない顔に気づかないまま、彼の笑い声で戻される。急に笑い出したと思えば彼からの自分の寝床についての話題提供に目を丸くする。さっきまで曖昧な返事ばかりをしていた彼から、今日泊まっていくような話が出てくれば急な切り替えに少し頭が回らない。床、確かにこの間は床に座って寝ていた。自分が酒に酔って寝てしまったからだろう。そんなことさえなければ客人を床でなんて寝かせるものか。あたふたと視線を左右へと動かし、どう伝えようかと思案しながらもぽつり、「 浅倉が布団使えばいいよ 」。じゃあ自分はどうするかとまた困ったように考え始めて )
俺は、結構どこでも寝れるし、大丈夫。体も丈夫だから、浅倉が布団使って寝なよ。
は、まさか布団一枚しかねえのかよ。なら俺はそこのソファーで寝る。家主差し置いて布団使うのは、ちょっとな。
( 布団を使えと譲られたが、受け入れられずに前回彼を運んで寝かせたソファーを指して。ただでさえ飯を食わせてもらってるのに寝床まで奪ったら悪いだろうと、義理堅い一面が顔を出した。床は嫌だと言ったが、本当に床以外ならどこでもよかった。場所を問わず寝れる体質も、体が丈夫なのも彼と同じ。溜め込んだ疲労感に身を任せればたった3秒で気絶するように眠れるのだから、ソファーでもなんでもいい。有無を言わさず「決まりな」と断言すると、ふと考え込んで。「……いや、契約期間は…ああ、そうか……」とひとり呟く不審な行動をしばらく続けていれば、考えがまとまったのか彼の方を向いて。すっかり眉間のしわも消え、和らいだ表情で言葉をかける。それはまるで、この部屋に住み着こうとしているように聞こえるだろうか )
今度、俺用の布団も買ってくる。あと他にも、俺の私物とか置いていってもいいよな?
うん。洗濯するときは毎回500円な。( 有無を言わさぬように寝床を決めた彼に目を丸くしながら頷く。客人をソファに寝かせていいものか、でもそれが無礼だなんて思考ももはやなく。それよりも泊まっていくことに少し嬉しさを感じる。呆気に取られている間に話はどんどん進んでいき、荷物のことになれば少し宙を見るように目を泳がせて、うーん、と少し悩むそぶりをしてから大きく頷き、片手を広げて彼の前に突き出し悪戯な笑みを浮かべる。にかっと歯を見せるようにした姿は年齢よりも幼く見えるだろうか。そろそろ〆も終わる頃、思い出したように一つ提案して )
ゲームして負けた方が片づけ。どう?
あ?まぁそんくらい良いけどよ。ちゃっかりしてんな…。
( コインランドリー宜しく金を取るのかと不満を抱いたが、相手は初対面の時にも金を請求してきた男だ。そんなもんかと納得して。ここであの時のように「じゃあ倍払ってやるよ」なんて言おうもんなら、言い出しっぺのくせに恐縮して受け取ってくれないんだろう。おかしなやつ、と内心笑いながら鍋を平らげると、突然の彼の行動に「ガキかよ…」と呆れつつ、渋々と拳を差し出す。じゃんけんなんていつぶりにするだろうか。兄弟も友達もあまりいなかったもので、こういったお遊びは慣れていない。それでも少し付き合ってやるくらいならいいかとゆっくり片手を振って、手の形は変えず、ぽんとグーを出した )
( / ご無沙汰しております。かなり遅い返信申し訳ありません。只今リアルが多忙でして。また落ち着いたらお返事させていただきます。暫くお待ちいただきたく存じます。 )
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