ネガティブ 2024-08-12 19:24:43 |
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え、あ、う、うん…
(彼に手を掴まれると「は…?」と間が抜けた声を漏らしてしまい、徐々に表情が凝固する。自分の考えていることがバレたのか。流石に気持ち悪がられたか。いずれにしても彼の気に障ってしまっただろうか。ジワジワと胸中に不安が広がっていた時だった。彼からの思いもよらぬ言葉を受け取ると、困惑しながらも了承する。恐る恐る彼の腹部に手を当て、上下に優しく摩る。腹痛がしたとの事だが、それなら自分の手よりもナースコールの方が先ではないか。そんなことが頭を過ぎったが、あえて言わないでおく。彼の腹部を摩っていると、何だか心が安定する。別に腹部じゃなくても構わない。頭部だろうが背部だろうが、とにかく彼に触れていると心が安定するのだ。腹痛で不安だから自分に摩るように言ってきたのかと思うと、一層彼が愛おしく感じる。これくらいのこといくらでも言ってくれれば良いのに。彼に必要とされているという安心感と、そんな彼への想いで、まるで子供の頭を撫でるかのように優しく腹部を摩り続ける)
あんまり痛いようだったらナースコールしようね…
ん…ありがと…
(自分の要求を飲んでくれた彼が、ゆっくりと腹部を摩ってくれる。そのぬくもりと同時に彼の優しさを感じて礼を言うと暫く摩られていて。その間自分の腹部に触れている彼が安心した様な表情をしているのが自分にはどうしてか解らず、いくつもの疑問符が頭の上を通り過ぎていった。その内に病院という場所の雰囲気と相手がそばに居るという安心感からかじわじわと痛みが増していき、無意識に眉間に皺が寄り。でもやっぱり、ナースコールは出来ればしたく無い。我慢は良くないと言われても、それよりも数々の症状でこれまで幾度と無くお世話になっている看護師や医師を何かある度に呼ぶ行為に慣れてしまっている自分には最早嫌気がさしていて、出来るなら自分で、という思いが日に日に強くなってきているからだ。成長するにつれてこれ位は大丈夫だと判断がつく様になってきた事も相まって今は彼以外には出来る事なら頼りたくない。それが例え専門職であっても。だが今はそれよりも只、ずきずきと自分を苦しめる腹痛をどうにかしたくて、布団の中で力を込めて病衣の端を握りしめ。ここで自分が『痛い』とひと言でも言えば彼は迷い無くナースコールをするだろう。折角ここまで耐えたのに勿体無いなぁ、と少し場違いな事を考えている間にも腹痛は強くなっていき、それにより吐き気もぶり返してきたので、気は重いがこれ以上酷くなるよりはと仕方無く口を開いて)
…腹、痛い…吐きそう…っ、ナースコール…して…
>61(/内容を変えました。こちらに返事をお願いします!)
ん…ありがと…
(自分の要求を飲んでくれた彼が、ゆっくりと腹部を摩ってくれる。そのぬくもりと同時に彼の優しさを感じて礼を言うと暫く摩られていたが、その間自分の腹部に触れている彼が安心した様な表情をしているのが自分にはどうしてか解らず、いくつもの疑問符が頭の上を通り過ぎていった。その内に病院という場所の雰囲気からか相手が傍にいるというのに痛みが増していき、無意識に眉間に皺が寄り。でもやっぱり、ナースコールは出来ればしたく無かった。我慢は良くないと言われても、それよりも数々の症状でこれまで幾度と無くお世話になっている看護師や医師を何かある度に呼ぶ行為に慣れてしまっている自分には最早嫌気がさして来ているのだ。成長するにつれてこれ位は大丈夫だと判断がつく様になってきた事も相まって、今は彼以外には出来る事なら頼りたくない。それが例え専門職であっても。だが今は只、ずきずきと自分を苦しめる腹痛に耐える術が思いつかず布団の中で強く病衣の端を握りしめていて。ここで自分が『痛い』とひと言でも言えば彼は迷い無くナースコールをするだろう。折角ここまで耐えたのに勿体無いなぁ、と少し場違いな事を考えている間にも腹痛は強くなっていき、それにより吐き気もぶり返してきたので、気は重いがこれ以上酷くなるよりはと横向きに体制を変え少し背中を丸めて、仕方無く口を開いて)
…腹、痛い…吐きそう…っ、れーくん、助けて…
うん…分かった…大丈夫だからね。
(やはり限界がきたのか苦しみ出した彼の腹部を片手で摩りながら、片方の腕を伸ばしてナースコールのボタンを押す。その際に彼が呟いた名前にドキッとする。非常事態だというのに、いや非常事態だから昔の呼び名を口にしたのだろうか。れーくん、なんて久しぶりに聞いた。そんな呼び方ずるいじゃないか。こんな緊急事態に。病室に看護師が入ってくるといつもならすぐに退くのだが、彼の呼び名に衝撃を受けて「どいてください」と言われるまで動けなかった。彼への処置を呆然と見つめながら、一抹の不安に駆られる。吐き気止めを処方された後だと言うのに、もう吐きそうになっている。彼の体が薬への耐性を得ているのか、それとも体質的にあまり効かないのか。医師と患者やその周辺の人間たちの間には、情報の格差があまりにもある。それは医学の高度な専門知識のせいだが、自分たち素人には医師の言っていることが本当なのかどうか判断する術がない。出来れば今すぐにでも看護師の一人をとっ捕まえて聞きたいが、あいにく処置の最中とあってはそれも叶わない。病室の隅で彼の処置が終わるまで自分はただただ立ち尽くして見ている他なかった。不安感からぎゅっと拳を握りながら呟く)
みづ…頑張って……
うぅ…っく、はぁ、はぁ…ぅえ…
(ナースコールが押され看護師が病室に来ると、まず口元にタオルを敷かれて顔を完全に横に向けさせられる。今まで何度も経験させられて来た、窒息防止の体制だ。そのまま背中を摩られるとこぽ、と吐き出された胃液でタオルが徐々に濡れていき。その最中看護師から『大丈夫だからねー、しんどいねー』なんて声を掛けられれば苦しさから歳甲斐もなく目には涙が滲み。座薬を刺した直後なのにまだ吐き出せというのかこの身体は、と若干の苛立ちも覚え始めていると『やっぱり少し薬の効きが悪くなったよね…一応点滴の許可は貰ってるけど…どうする?』と看護師にメモを見ながら聞かれて、ゆっくりと頷く。もう覚悟を決めるしか無い、と更にきゅっと目を瞑ったその時だった。自分の耳に『みづ』という呼び名が飛び込んできた。その瞬間自分の先程の発言がフラッシュバックする。自分は先刻彼をなんと呼んだ?…しんどさからとは言え久々に昔の呼び名を口にしてしまった事実に顔から火が出る程恥ずかしくなり、何か発言しようとするもそれは上手く声にならず、点滴が効くまではひたすら吐き気に身を任せてタオルに向かって嘔吐を続けて)
っおぇ、ゲホげほッ!うぇ…うー…っぅえ!はぁ、はぁ…
みづ……
(彼の胃液を吐く姿があまりにも不憫で、直視することができなかった。そして早く点滴が効いてくれと祈る。苦しそうな彼を見るのは嫌いだった。どうして彼ばかりがこんなに苦しく辛い想いをしなければならないのか。自分よりもずっと価値があって、尊い存在だと言うのに。できることならば、自分がその役目を負いたい。自分ならきっと誰も悲しまないだろうから。そんなことを考えながら、あんまり彼が苦しそうにしているので、看護師に後ろから近づき口を寄せて囁くように尋ねる)
……彼は本当に大丈夫でしょうか。薬が効きづらくなってるんじゃありませんか。
(耳元で突然囁かれて看護師はきっと驚くことだろうが、こうでもしないと自分の質問は誰も聞き取ってくれなさそうだった。点滴が効くまでずっと嘔吐いていなければならないのは、一種の拷問だろう。もっと強く効く薬はないのだろうか。あるとしたら、即座に投与して欲しい。そんな想いで看護師に不安そうな眼差しを向ける)
(/了解です!)
うぅ…はぁ、はぁ…っ…く、…
(しんどい。もう頭の中にはそれしか無かった。どろどろと吐き出されていく胃液による苦しさ、ずきずきと痛む腹、早くそれらから解放されるのであればもう、自分は……いや、ダメだ。こんな事を考えていたのでは、自分は負の渦に巻き込まれてしまって抜け出せなくなってしまう。だから少しでも前向きにと、体調が悪いのはきっと今だけ、いつか終わりが来るひと度の苦しさだだから、とそう考える。今だけ、今だけだからーーその内に少しずつ落ち着いてきた呼吸を逃さない様にして、身体を仰向けに戻すとゆっくりと息を吸って吐き。自分で起き上がったり片付けが出来なかったりするもどかしさにはもう、慣れた。彼に任せておけば大丈夫だから、自分は一刻も早く元気になるんだ。そんな思いを抱きながらゆっくりと腹を摩っていると薬の副作用からか眠気が襲い、その微睡みの中で微かに聞こえたのは彼が看護師に自分の薬の効きづらさについて言及している声だった。確かにこれまでより効き目は悪くなっているが、前に医者から聞いた話によると今の自分に投与されているのは自分の年齢にしては1番強い薬で、投与された当時よりも体調が悪化しているから効き辛くなっている、ただそれだけの事なのだ。そんな様な説明を看護師がしているのを聞きながら自分は眠りに落ちてしまい、寝言で彼の名前を呟き)
…れい…どこ…
…そうですか。ありがとうございます…。
(看護師の説明を聞いても尚、心のモヤモヤは晴れなかった。だが納得せざるを得ない。一番強い薬を投与しているのでは、現時点で打つ手はないでは無いか。彼の病弱は何か特定の病気のせいでは無いため、手術もできるわけが無い。後は医学の進歩によってもっと強力な薬が開発されるのを待つしかない。つまり自分にも彼らにもできることはないのである。全てを解決できるような都合の良いな答えが欲しかった訳では無いが、どうも釈然としなかった)
……ここだよ、水月。俺はここに。
(ふと自分を呼ぶ声が聞こえ視線を送ると、どうやら寝言のようだった。薬が効いたようで比較的落ち着いて寝ている彼に一安心するも、また目覚めれば具合が悪くなってしまうだろう。それを思うと偲びなくて、寝言とはいえすぐに彼に手を握る。そして伝わっているか分からないが、彼の手を自分の胸に当て、心臓の鼓動を聞かせる)
んー…れい…いた…
(もやもやと苦しく霧がかった夢の中で彼の声が聞こえ、同時に手にぬくもりを感じて、少しだけ頬を緩ませて続けて寝言を言い。落ち着いた自分の様子を見て、看護師は汚れたタオルを取り替えて容器には新しいビニール袋を被せ、また何かあれば、と病室を後にした。ふわふわとした意識の中で暫く睡眠と覚醒の間を彷徨っていて、その内に思い出したのはあの日ーー自分が独り暮らしをしたいと両親に打ち明けた日の事だった。昔から常時自分の身体の事に対して神経質な両親だったが、あの日ほど叱られた事は無かった。あの時は過保護さにうんざりしていたが、今思うとこれだけ不安定な息子の事を傍に置いて見守りたいと思うのは、親として当然の事だったのだ。それでも両親が自分の独り暮らしを最終的には承諾してくれたのは、やはり彼の存在が大きかった。あの時零が『自分が着いて行くから』と言ってくれなければ、自分は今もあの両親の住む実家で、自由さに制限がかかったまま過ごさなくてはならなかった。そしてその言葉を言うのは、紛れも無く彼でなくてはならなかった。それを思うと自分にとって彼の存在はとても偉大で、そんな人と巡り会えた自分はやはりラッキーなのだろう。そう考えると未だ少し苦しいのに笑みが溢れ、彼に話しかけたくて堪らなくなり、ゆっくりと口を開いて)
…俺、やっぱり、零と一緒で良かった、わぁ…
……そう。それは、ありがとう…
(唐突に感謝を伝えられぴくりと眉が上がる。先程まで睡眠と覚醒を繰り返していたはずなのに、どうして急にそんなことを。あまりにも唐突で驚いてしまい、一言だけの温かみもない返事をしてしまう。そして自分がいて良かったことなどあっただろうかと考える。自分はいつも足手まといだった。彼にとって良いことなど何かしてあげられただろうか。そこまで考えてようやく一つ思い当たる。彼の一人暮らしを叶えてあげられたこと。最初に彼から一人暮らしをしたいと聞いた時は大変に驚いた。そして彼の両親が反対する理由も尤もだと思った。自分だって体調のことを考えたら、彼には一人暮らしをして欲しくない。本当は反対したかったが、彼の切実な目でコロッと意見を変えられてしまった。そしてどうすれば一人暮らしを許可させてあげられるか考えた末に、最もシンプルな答えを思い付いた。自分が傍にいればいい。そうすれば彼は親元を離れて暮らすことができるし、彼の両親は不安も多少は少なくなるだろうし、自分は彼と一緒にいることが出来る。三方よしという訳だ。皆まで言わなくても「自分が着いていきます」の一言で分かってくれた彼の両親のおかげで、今も彼のそばにいることが出来ている。尤も自分としては隣とは言わずに同じ屋根の下で暮らしたかったのだが)
……俺も水月とずっと一緒に居る方が良い…。
へへ…そうだろー…?
(彼からの言葉には若干心ここに在らずというのを感じたが、言葉に嘘はないとして素直に受け取る事にして。そうして暫く彼の顔を見ながらニコニコしていると、病室のドアがノックされて、ひとり分の食事が載せられたプレートを抱えた看護師が病室に入ってきた。その光景を見て一瞬『うっ』と思ったのを感じ取られたのか、『食べられそうなら食べて。無理はしなくて良いからね』と看護師が優しく告げる。そうして去って行く看護師の背中を見つめていて、また自分の中に負の感情が湧き起こってきた。自分だって好きで体調が悪い訳ではない。叶うのなら今すぐ病院を飛び出したい。勉強も遊びも全力でしたい。それなのにどうしてみんな、それを許してくれないのだろう。“具合が悪い”ただそれだけでここに留められてしまうのは、自分にとってはとても不条理な状態だ。…でもそれも、仕方ないのかも知れない。こうして自分の思いを伝えた事で彼と一緒にいられて、夢だった独り暮らしも出来ている。けれどそれは結局、自分1人の力では叶わなかった。その理由は明らかで、ひとえに自分の身体が弱いから。もっとーーそれこそ彼の様に自分が健康体だったら、もっと自由に生活が出来た筈なのに。そんな事を考えているとまた体調が悪くなりそうで、空気を変えようと笑顔を貼り付けて彼を見て)
た、食べてみるからさ…もうちょっと、ベッド起こして?
う、うん…あまり無理したらダメだよ?
(明らかに不自然な笑みに渋々頷く。そしてベッドを食べやすい位置まで起こす。あまり意識し過ぎて気持ち悪くなってしまうのも困るが、無理をするのも困る。できる限り彼には無理をして欲しくない。だが基本は彼の言う通りにする。彼のさせたいようにしておく。不安な気持ちはあるが、過去の教訓からだった。彼の身を案じるあまり、彼の行動に異を唱える時期があった。それはもう全てを束縛するような勢いで。それで彼の具合が良くなるのであれば、それは正義だと思っていた。だが彼はそれに対して怒った。彼と喧嘩紛いのような事をしたことは何度かあったが、あの時ほど互いに本気で口論したことはない。結局、何とか和解してそれ以来自分は彼の意志をできる限り尊重するようになった。だが、最近また束縛しなければならないという感情が顔を出すことがある。それは彼の望むことでは無いと分かっているのに。束縛欲を覚えては、すぐに我に返って自分の身勝手さに辟易する。そんなことを繰り返していた。ぎゅっと後ろ手で自分の拳を握りながら「大丈夫?」と彼に問い掛ける)
うん、今度は大丈夫…だと思う
(彼の疑り深い様子を見て、貼り付けた笑顔が少し崩れる。知り合ってからこれまで、彼が自分に対して色々な事を考えてくれているのは勿論知っているが、そのせいで自分の行動が制限され過ぎるのはどうにも腑に落ちなかった。心配してくれている手前自分の行動に対する多少の口出しは我慢しようと思って生活してきたが、それでも一度だけ、自分の堪忍袋の緒が切れた瞬間があった。今思えばそれも少しやり過ぎだったのかも知れないーー今更後悔してももう、当時の言動を取り消す事は出来ないが。そうしてまた嫌な事を思い出してしまい、胃がぎゅっと小さくなる感覚に襲われて腹部を押さえ。それを彼に悟られない様に顔は上げたまま病院食のメニューを確かめれば、梅干ののったお粥と鰹出汁の汁物、すり下ろされた林檎…とミキサー食とまではいかないがどれも食べ易い様に工夫された内容で。先ずはお粥から、とゆっくりとスプーンで掬い口に運ぶとじわっと広がる味に少しだけ口角が上がる。これなら食べられそうだと少しはやる気持ちを抑えながら、少量ずつ食べ進めていき)
うん、これなら食べられそうだよ…おいしい…
ああ…良かったね。ようやくご飯食べれて
(また彼が吐き出さないか不安だったが、どうやらそれは杞憂だったらしい。お粥を一口食べて口角が上がり、それから食べ進めていく彼にほっと安堵する。どうやら今度は栄養を摂取できそうだ。やはり病院にいれば大抵の事は解決出来るのだろう。だがいつまでもここにいることは彼が嫌がるだろう。いずれ、退院すればまたあのような苦しい想いをさせてしまう。今ではなく起こるか分からない未来を殊更に怖がるのが自分の短所だと分かっていながら、考えることをやめられない。はぁとため息を吐くと、安心して緊張の糸が切れたのか、お腹が鳴った。そういえば朝食しか食べてない。ぐぅとまたも鳴るお腹を二、三度擦ると、どうしたものかと考える。食事を摂りに行きたいが、彼の傍にいたい。自分がいない時に何かあったら大変だ。せめて彼の食事が終わるまではここにいようと、鳴り続けるお腹に気付かない振りをして食事を進める彼をじっと見つめる)
ん…良かった…へへ…
(自分がご飯を食べている様子を見て安堵している彼を見て、自分も更に嬉しくなる。そうか、そうだ。彼は自分がご飯を食べられていると安心するんだ。嬉しいんだ。そう思うからもっと食べたいのに、美味しいからもっと食べたいのに、自分がひと口飲み込む毎に自身の胃はびく、と驚き、また喉の辺りにあの気持ち悪い独特の違和感を覚えてしまう。少し口の中に唾液が増えた事にぞっとして、吐き気止めは効いている筈だろう?と心の中で胃に言い聞かせていると、突然ぐぅ、と腹の音が聞こえた。一瞬上から出す事を辞めた自分の胃が今度は下から出せと言っているのかとドキッとしたが、違った。腹の音の主は一緒に病室にいる彼で、しかも自分の傍に居たいと思っているのか気が付かないフリをしている。それが流石にちょっと可笑しくて、心配してくれているというのにまた、揶揄いたくなってしまった)
っふふ、腹の虫が悲しそうに泣いてるぞ?零さん?
…俺だってお腹くらい減るもん。でも別にそんなに減ってる訳じゃあないもん
(彼の揶揄いに目を逸らしながら強がる。実際は悲しそうなんてものではなく、お腹が悲鳴をあげているような状況だった。一食抜いただけでも空腹で仕方がないのに、二食近く食べていないので尚更だ。しかし自分の務めは彼と同じ空間に居て、彼を見守ることなので、消灯時間ギリギリまでは病室に居たい。そんな頑固な思いから首を横に振って否定する。空腹であること自体は否定しなかったが、悲しそうに泣いているという事実だけは認めないでおく。きっと自分が首肯すれば、"俺はいいから食ってこいよ"とか言うに決まっている。残念だがそれは出来ない。彼の身に何かあった時に助けてあげられるのは自分しかいないからだ。自分にクローンがいて、交代で彼を見守れるというのなら話は別だが、そんな都合のいいことがあるはずもない。だから否定をすると自分はここから動かないとの意思表示で、腕を組んで背筋を伸ばす)
…別に空腹ぐらいどうってことないから。俺を追い出して看護師さんとイチャイチャしたい水月さんには残念だけど、当分ここにいるもんね…。
いやいや…別にそういう訳じゃ…無いって…
(自分の揶揄いに対して口を返してきた相手に苦笑いをして上記を返し。どうやらまだ相手は数刻前の自分の発言を根に持っているらしい。そして自分の事をいつも考えてくれている彼だからこそ、この後に続く自分の発言も予想していそうだな、と考えて。別に今、彼が少し席を外したところで自分の体調が悪化する確率などゼロに等しいというのに、彼は頑としてこの場を離れないつもりでいるのだろうか。そういう事なら尚更1人にしても大丈夫だという事を証明したくて、色々と言葉を考えてみるが中々思い付かず。その内にゆっくりと食べ進めていた食事を終えてしまい、空の食器にスプーンを置くと少しだけ気不味い時間が流れ。そうしていると少しずつ気道が狭くなって行くのを感じて、起こしていた身体を再びベッドに預けると胸に手を当てて。しっかりと呼吸をしたいが息を吸い過ぎるとまた発作が出てしまうので鼻から微量を長く吸う様にし、もしかしたらもう彼に気付かれているかも知れないがやはり心配はかけたく無いので、努めて明るい声で続け)
大丈夫だから、さ!食べなよ。そんなにここに居たいなら…売店で買って来てここで食べれば良いじゃん?な?
……そっか。じゃあ、行ってくるよ
(自分が疑り深いのは今に始まったことでは無いが、いつも自分の疑り深さが正しい訳では無い。以前にも至って健康だったのに普段と違う行動をしたという理由だけで彼の体調が悪化したと勘違いしてしまったことがある。結局大騒ぎして周囲も巻き込んでしまったが、言いづらそうに"そういう気分だっただけ"と告げた時の彼の表情は未だに忘れられない。自分の人生の中の大いなる黒歴史として、今も時々夢に見る。そういうことが何度かあったので、いい加減にしなければ彼に怒られてしまう。だからほんの僅かに彼に違和感を感じたが、あまり考え過ぎるのも良くないかと思い、深く考えないようにする。そして彼の提案にはその手があったかと言わんばかりに大きく頷いて承知する。そうだ。売店で買ってきて病室で食べれば、彼の身を案じる必要も無い。何かあればすぐに対処してあげられる。正直空腹は辛い。何か食べなければいざという時に適切な対応が取れないだろう。今後彼の身に何かあった時に守ってあげられなくなる。善は急げだ。椅子から立ち上がると、彼に一言告げてからスタスタと病室から出ていき、売店へ向かう)
うん、いってらっしゃ~い…
(自分の提案には意外とすんなり同意しさっさと病室を出て行った彼の後ろ姿を見ていて、やっぱり人は空腹には勝てないよなぁと苦笑し。自分の思考が的外れな事は自覚しているが、自分の一挙手一投足を常に気に掛けている彼からすればひとたびも自分からは離れたくは無いだろうなとは考え、直ぐにそれは結局物理的に無理な話だと打ち消して。どんなにシミュレーションや予測を立てても、自分が言った言葉で、彼の返答1つで、多少の事は崩れていき、予定も切り替わっていってしまうものなのだ。そう考えながら取り敢えず食器を下げて貰おうと、ゆっくりと身体を起こしナースコールを押す。やはり連日寝ている事が多かったせいか自分が思っているより体力は落ちていて、身体を起こしただけで上がりかけた呼吸を落ち着けようと目を閉じて静かに呼吸をして。散々考えてやっぱり彼に甘えるのは恥ずかしいが、どうせ体調を崩すなら彼の前でと思ってしまう自分にも最早呆れ、溜息をつき。彼が売店から戻ってくるのが早いか、ナースコールに気付いた看護師が病室を訪れるのが早いか、と目を閉じたまま少しだけ期待をして待っていて)
…これ以上、苦しくなりませんよーに…
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