東 2024-07-20 01:24:27 |
通報 |
(ゴストのドリンクバーコーナーはおよそファミレスで想像しうる雑多なバーカウンター風だったはずなのだが――…………)
……なんかすっきりしてんな。
(黒と白を基調としたシックな造り。瀟洒な喫茶店のような装いに思わず目を泳がせた。
どこだグラス……ない。
マグカップはあるが……これか? これ使っていいのか……?
マグカップやら小皿やらがひっくり返されて陳列されているがさすがにマグカップでカルピスはねーよな……。
膝下にいくつか空いている棚があり、そこに収められているグラスを恐る恐る手に取る。使って大丈夫だよなこれ……。
まさかゴストで戸惑う羽目になるとは。当時の初カノジョとのデートの記憶が蘇って軽く憂鬱になった。前のままでよかったのに。何勝手にオシャレになってんだゴスト。
グラスをドリンクサーバーにセットしてカルピスのボタンを押す。
ジャバーと痛快な勢いを立ててカルピスが注ぎ口より迸る。……俺の置いたグラスの隣に。)
いや、わかりにくいだろ……。
(慌ててボタンから手を放して誰にも見られてないよな、と周囲を仰ぎみてから悪態づく。
サーバーの表示をよく見ると野菜ジュース系、お茶系、炭酸やジュース系と注ぎ口が分かれている。ジュース系はメロンソーダやカルピス、オレンジジュースなど種類も豊富でそれぞれの絵柄の矢印が一箇所に集約している。俺がグラスを置いた場所はお茶系らしく、二種類しかない。
俺はそのままウーロン茶を注いで、それから隣にグラスを並べてカルピスを程よく注いだ。
両手にグラスを掴んで席へ。以前来た時とは席の並びや配置も変わっていて若干戸惑ってしまう。
ドリンクバーコーナーもそうだが、ずっとおなじままではいられないのだろうか。
飽きるから? 新鮮味を取り入れるために? 今の流行に合わせて?
様々な可能性に思いを馳せてから俺はポツリと「今までのままいいだろ……」と一人ごちた。)
――東。それタッチパネル逆だぞ。
(席へと戻った俺はカルピスとウーロン茶をテーブルに置きながら何故か逆向きにタッチパネルを台にセットしようとしてる風の東に胡乱な視線を向けた。)
……ん?うわマジじゃんおかえり、てかメニューも逆だったわカルピスありがと。
(平に言われてまじまじとタッチパネルを見てみたら──いやそんなよく見なくても、明らかに画面に映る文字や商品画像が上下逆さまになっていた。こんな一目見てわかる間違い、普通しないだろ。置くだけなら逆でも置けるっちゃ置けるけど……どんだけボーッとしてたんだ私。逆向きに置こうとしていたタッチパネルと既に逆向きに立てかけていたメニューの向きをそそくさと正しながら、勢いで返事したら話題混ざっちゃったけどまあいっか。
多少強引に解決させて一息つこうとしたら、タッチパネルの画面が切り替わっていることに気がついた。さっき向きを変えた時にどっか触れちゃったみたいだ。何気なく内容に目をやると、どうやら【店員呼び出しメニュー】なるものが開いてしまったようで、“従業員を呼ぶ” “お皿を下げてほしい” “食後のデザートを持ってきてほしい”という三つのボタンが表示されていた。)
え。パフェってこれ押さんと出てこん感じ……?まあ一応押しとくか。
(ちょっと戸惑いながら、軽く身を乗り出して画面を覗き込み首を傾げる。前に平と来た時もたしかパフェ頼んだ気がするけど……あの時、こんなの押したっけ。そもそも、こんなメニュー画面出てきたっけ。あの時はタッチパネルの存在にすら気付かずに笑いまくってたから、全然覚えてないな……てか私、ゴストに来る度にほぼ毎回タッチパネル絡みでなんかやらかしてないか?しかも絶対平いるし。
画面を指差しながら平にも尋ねてみるけど、実際に頼んだ私が覚えてないのに平が知ってるわけないか。わからん時はとりあえず押しとけば間違いないだろうと自己完結した私は、平が答える前に“食後のデザートを持ってきてほしい”のボタンを押そうとした。)
その話題の混雑なんとかならんのか。
(テーブルに置いたグラスを東側へ押しやりつつ着座した俺は硬めのソファに体重を数度浮かせてポジションどった。本来は二対二で腰掛けるべきテーブル席は二人で使うには広々と感じる。山田と以前来た時なんかは途中から呼んだ東がちょうど良く二人並んでたっけな。
持ってきたウーロン茶に口をつけると、果たして予想していた程よい苦味がかわいた喉を潤して通過していく。
そういや氷入れてくんの忘れたな……などと思ったのもつかの間。何気なくみていた東の動作に目を剥いた。)
! ……おい、ちょっ――なにやってんだ。
(ぶっと吹きこぼしそうになるウーロン茶。グラスを置くのももどかしく左手にもったまま反対の手をさし伸ばした。東がいままさにタッチパネルを操作しようとしているその指先を捉えるように。揺れたグラスから溢れた茶色の液体が指先を伝って木目調のテーブルに小さな地図を作るのも構わずに。
もしも掴めたなら握りしめる程の勢いで。
なんだ?
店員呼ぶ必要あんのか……?
まるでファミレス自体が急に初心者かのような振る舞いに俺の頭の中は混乱が渦巻いた。
『なんと。こんな小さな箱の中に人間がたくさん入っておるのじゃ』――などと古い時代からタイムスリップしてきた現代武者が思考の右から左に騎馬で駆け抜けていく。
いや、そうはならんだろ。どうした東。)
へ?……えー、思いっきり“店員呼び出し”って書いてんじゃん……。
(ボタンを押そうとしていた手を突然掴まれ、驚いて動きを止める。それからキョトンとしたまま、制止してきた平とタッチパネルとを交互に見て──【店員呼び出しメニュー】の文字がハッキリと頭に入ってきた瞬間、ようやく止められた意味を理解して気の抜けた声が出た。……いやいや、見ればわかるだろってのはそりゃそうなんだけど。なんていうか考え事しながらだったから、 “デザートを持ってきてほしい”の文字の方が先に頭に入ってきちゃって謎に混乱してたんだよ……。眠い時とかにボーッとしながら勉強してて、テキストの文字は読んでるけど文章は全然頭に入ってきてないみたいなのあるじゃん。アレだよアレ──なんて脳内で勝手に言い訳してみるけど、そのまま口に出したらそれこそ何をそんなに考え込んでたんだってなるよな……。)
……まあ、こっちはこっちでいろいろあるんだよ……。
(誤魔化しようもないこの状況──いや、誤魔化す意味ってなんだ。フツーに自分に呆れながらフッと溜息をついたら、なんか意味深な返しになっちゃったけど要はただの私のしょーもないやらかしってだけ。そりゃ中学の時なんかは友達グループで来るといぇーいみんなでシェアしよーみたいな暗黙の了解があったし、それぞれが食べたい物選んでく中で私は被らないようにとかこの子はコレ食べれんって言ってたなとか、“自分が食べたい物”ってよりかは“みんなが喜びそうな物”頼むのが癖になっちゃってて──そしたらいつの間にか友達からも元カレからも“アズはコレでいいっしょ?”なんて先に決められることが多くなって、私もべつに嫌じゃなかったから受け入れてそのまま注文任せてたし……ん?私、ゴスト来まくってるわりには言うほど自分で注文してないな。だからってタッチパネルの使い方わからんほど重症じゃないけど。
最近は全然そーいうのなくて、当たり前みたいに自分の好きな物頼んでたからすっかり忘れてた。メニュー見ながら何食べよっかって考えるの楽しいし。やっぱ私いま、めっちゃ友達に恵まれてるよなぁ──とそこまで考えて、タッチパネルから平に視線を戻してハッとした。いや手、手。思いっきり掴まれてるし。気付いた瞬間、顔も触れられている手もドキッと熱くなった。)
?……??……おお……そうか。
(急に陰りが差したような重たい雰囲気を感じ取って俺はコクコクと頷いて元の位置へと座り直した。
数瞬前まで東の手を握っていた手のひらに視線を落としてはぁ、とため息する。それは奇しくも東の嘆息とほぼ同じタイミングだった。
……今日だけで何回目だ、東の手を取るの。
今まで接触らしい接触なんて廊下でぶつかるかくれーのものだったのに。
朝に手を引いたり夕方に握ったり……そんな事あるか?
白木の木目テーブルに下垂れたウーロン茶の零れた跡に備え付けの紙ナプキンを二枚重ねて被せた。じんわりと白い紙に染み込んでゆく液体の様相はまるで今の俺の心にできたナニカを表しているようで落ち着かない。
今何時だっけか。
俺はスマホを取り出そうとカバンにかけると、どこからともなく機械音が近づいてきた。
程なく『お待たせしましたニャン』というぎこちない機械音声と共に猫型の顔文字が貼り付いたロボットがテーブルにやってきた。
配膳ロボットである。
俺は乗っかっているポテトフライを東の方へ、ピザを真ん中に置いて受け取り完了ボタンを押す。やはり例のハンバーグと海老フライはない。この後パフェがくるにしても俺がピザを食っちまったら東はポテトしか食うものが無いことになる。中央に置いたピザ皿を東の方に少しだけ押しやった。)
……食えよ、俺多分全部は食えねーから。
(さっきから平のこと意識してばっかで、意味わかんないミス続きだ。さすがにそろそろしっかりしなきゃって思うのに、手なんか握られたら落ち着きたくても落ち着けるわけない。しかも、平は私のことなんか1ミリも意識してないってのがまた悔しいしモヤっちゃうんだよなぁ。こっちばっかドキドキしてるのに今も平然と座ってるように見える平をちょっと恨めしげにチラ見しながら、今度こそ落ち着こうと軽く息を吐いて姿勢を正す。まだ何となくソワソワしちゃってたけど、丁度いいタイミングで聞こえてきた配膳ロボットの声でやっと目が覚めた気がした。)
……え、マジ少食。どうした?いやわかるけど……。
(届いた皿を受け取り終わった後の平の言葉に、私はぽかんとしてしまった。って言っても、平がピザを食べ切れそうにないって言ったこと自体に驚いたわけじゃない。注文渋ってたし今日は胸いっぱいとか言ってたし、そもそもここに誘ったのは私なんだから──平がそんなに乗り気じゃないのは、さっきからわかってたことだ。けど……そうさせてしまった原因に察しがつくからこそ、やっぱり突っ込まずにはいられなかった。ここに渋々付き合わせちゃってたとしたら、今朝からのトラブルや傘のことで疲れさせちゃってたとしたら、さっきの元カレの言葉で傷つけちゃってたとしたら──平を振り回すだけ振り回してトラブルに巻き込んだまま申し訳ないなって思いながら悩むくらいなら、やっぱハッキリさせとかなきゃ。平からしたら、蒸し返されるのすら嫌かもだけど。マジですまん。)
胸いっぱいにさせた私が言うのもどーなんって話だけどさあ……ちゃんと食べた方がいいって。濡れたばっかだし、疲れてんなら尚更。風邪ひくよ?あ。そっちじゃなくてあっちか?元カレの──アレは私もめっちゃイラッときたな。どの口が言ってんだって……てかランクって何?よくわからんけど平のが下みたいな言い方してた時点で微塵も理解できんし、どー考えても負け惜しみっしょ?あんなん気にしてたら思うツボじゃん?ほらほら、食え食え。
(──あれ?思うところがありすぎて一気に畳み掛けすぎちゃった気がするし、いろいろと言葉選びも間違えた気がするけど。胸いっぱいにさせたって、自分で言うか私。そんな意味で使ったわけじゃないけど何か自意識過剰みたいじゃん?……いやそもそも、こっちが心配になるような提案してきた平も平だ。パフェもポテトフライも私が食べて更にピザまで分けるってなったら、どう考えてもバランスおかしいのちょっと考えたらわかるだろ。それやるならポテトフライも分けてくれ。うわなんか結局何が言いたいのか自分でもわからんくなってきた。
とにかく勢いに任せて、目の前に置かれていたポテトフライの皿を平に近付けるようにぐいっとテーブルの中央へ押し出した。)
――東。
(捲し立てるように話す東の言葉の最後にほとんど被せるように俺は口を開いた。
.……東は良い奴だ。
何かあってもいつだって自分の事は二の次で、今みたいに少しだけ困った風に笑う。
俺はその生き方を、不器用だと思った。
チープな言い方だけど、もっと自分を大事にしろよと思った。
俺なら我慢できない、耐えられない。
それはきっと自己愛に漬かりきった俺だからこそだ。
自分の事ばっかりで頭いっぱいの俺だからこそ、見ていられないのだ。今だって俺のために無理して茶化すように笑っている。
こんな良い奴が、良い目に合わないなんておかしいだろ……?)
……俺はなんでも理屈で考えちまう癖があるから。分析して、言語化して、理屈で考えて、納得して……後悔して。
今は頭ん中ぼーっとしててごちゃごちゃだけど、多分今日のことも一人になった途端にそういう事しちまうから……今のうちに言っとく。
もういいよ、東。
俺の事はいいんだ。
そういう風に笑うのはやめろよ。
だって……お前の方がよっぽどショックなはずだろ。
(どんな気持ちなんだろうな。仮にも恋人だった相手から口汚く罵られるってのは。
俺は初めてのカノジョから黒歴史扱いされたけど、俺の感情が彼女に対して恋愛していなかったのだから東の今の気持ちを推し量ることは到底できない。
本当に情けない。今だってまさにおれのほうが気を遣われてしまっていたのだから。
明日になればきっと俺はまた後悔しかしない。だからこそ今――伝えておきたい。笑うなら誰かのためじゃなくて自分の為に笑って欲しいと。)
えっ……?
(絞り出した言葉はやけに真面目な声色で遮られてしまって、虚をつかれた私はポテトフライの皿を押し出した手を引っ込めることも忘れてキョトンと固まってしまった。そのまま平の話に耳を傾けるけど──何が“もういい”んだろう。全然よくないに決まってる。一人になったらまた後悔するとか、私の方がショックだとか……その言い方、平だって絶対あのこと気にしてるじゃん。)
…………。
(モヤッとした気持ちのまま、皿に伸ばしていない方の手で無意識に自分の頬に触れていた。“そういう風に笑うのはやめろ”って……私、どーいう顔してたんだろ。そんなの初めて言われた。いつも通り自然に振る舞ってたはずだし、いままではこーやって振る舞ってればたとえそれが空元気でも気付かれたことなんてなかったんだけどな。私、そんな変な笑い方してた?
平といると、私自身が気付かなかったことまで見透かされるような感じがするのは何なんだろ。あの日、ラウワン帰りに話した時もそうだった。私なんかよりよっぽど、他の誰よりも私のこと見てくれてるような気がして、たぶんそっからちょっとずつ平のこと意識し始めて──実際は、平がそーいうことにやたらと鋭いだけなんだろうけど。ちょっとしたことで自惚れそうになるの、いい加減何とかならんのか私は……。)
──よくない。約束したっしょ?なんか嫌なことあったら、愚痴聞くって。一人でごちゃごちゃすんの、平がよくても私がよくない。私が、気になるんだよ……。
(平からしてみたら、これも全部余計なお世話なのかな。だからもうこの話には触れてくれるなって突き放されてんのかもしれない。だけど、私にはどーしても平のことはもういいなんて思えなかった。平の言う通り、そりゃ私だってショックは受けてるけど……一番グサッときてんのは平を貶されて平に怪我させて、挙句に泣かせちゃったことに対してなんだから。
平の言葉にちょっと動揺しちゃったけど、私さえ良ければいいみたいな言い方に納得出来るはずがなかった。それが平なりの優しさなのかもしれないけど……私の頭の中はもう平でいっぱいで、私の感情と平の存在は切り離せそうにないんだよ──。一人になって後悔すんのわかってるなら、もっと頼ってくれてもいいのに。友達なんだから、今ここでガーッて愚痴ったっていいのに。平にとっての私って、それすら気軽に出来ないくらいちっぽけな存在なのか。悲しい?悔しい?……なんか寂しいな。私は俯いて、いつかゴストからの帰り道に交わした会話を思い出す。ポテトフライの皿に触れている手が震えてきて、思わずぎゅっと握りしめた。)
……嫌な事っつーなら、それは多分あいつの方だと思う。俺なんかにぶん殴られちまったんだから。
(言葉にするとどうも上手く伝わらない気がするのはどうしてだろう。頭の中で形になっていた物が声というフィルターで別な何かに変わってしまっているのかもしれない。)
――あいつは勿論その彼女にも、東にも。あの場にいた他の客にも、多分みんなに嫌な思いをさせちまったと思う。
(癒しを求めて来ている場所で暴力沙汰なんて見たくもないだろう。個々人の思惑はどうあれ、あの場での俺の選択は紛れもなく〝最悪〟だった。)
だから――俺は嫌な思いをしたとかそういうのは正直ない。迷惑かけてゴメンとは思うけど。俺自身が辛いとかそういうのはないんだ。
(手をつけずにいるピザは熱を帯びていて必然うっすらと表面に油を浮き立たせていく。俺の感情も同様で、深く考えるなとか俺は悪くないだとか思い込もうとしたところでやはり自動的に向かうべき方向へと必ず向かってしまうのだろう。どうすれば良かったのか。俺なんかがなんてことをしたのか。帰宅すれば一人反省会はきっと眠りに落ちるまで延々と続くことだろう。)
東は俺を巻き込んだって思ってるかもしんねーけど……そうじゃない。見知らぬ相手ってわけでもねーし。目の前で起こった事がああだった以上、俺にとってはどう転んでも詰みだった。
(あの場で暴力に訴えたことは後悔している。でも、じゃあ殴らなければ良かったのかといえば多分、それはそれでやはり後悔すると思う。あの時、あの場で東があんな風に詰られるのは我慢ならなかった。一刻も早くその口を黙らせたかった。その結果がアレだ。最低だ。でも、じゃあこんなに良い奴である東が悪し様に言われているのを黙って見ている事が最良か。それは絶対に違う。
つまり――あの場の選択肢として他にも無数に手段はあったかもしれないが極論、どう行動しても俺には後悔がついてまわるのが想像に難くない。詰み、なのだ。)
東が気を遣ってくれるのは嬉しいけど、その気持ちはもっと自分に向けてやれよ。
東だって嫌な思いしなかったわけじゃねーだろ……。
(普通はピザに用いるものではない、ナイフとフォークをつかって、俺は切り分けられたピザを更に小さく一口台にカットしてから口に運んだ。少しだけ塩気の効いた味に、涙を連想してしまった。)
……やっぱ平ってやさしいよな。
(ぽろっと感想を零してしまった。それから笑みも。いや平が真面目に喋ってる時に何笑ってんだって感じなんだけど……なんか嬉しくなっちゃったんだよね。
平はあの状況をどう転んでも詰みだったなんて言うけど──そんな状況下で元カレを殴って止める判断すんのって、どれだけ勇気がいったんだろう。平の言葉を借りて何を選んでも“詰み”だったっていうなら、黙ってやり過ごすことだってできたはずなのに。平はそうしなかったし、それどころか私の代わりにめっちゃ反論してくれてたよな。直前まで、昔の知り合いに会うかもってだけでビクビクしてたあの平がさ……。“詰み”の中でも、わざわざ勇気のいる方を選んで庇ってくれた。それってやっぱり私のため、だよね。さすがに平のこの口振りからして、そこは自惚れじゃないと信じたい。
もしあの場で平が何も出来なかったとしても、むしろそれが普通の反応だと思うし私は見て見ぬ振りされただなんて恨んだりもしなかっただろう。だけど平は助けてくれた。私を救ってくれたんだ。なのに今、面倒事に巻き込まれたって私を責めることもせず文句の一つも言わないで、それどころか元カレや友人や私の心配までするとか……どんだけいい奴なんだよ。)
私、平に救われてばっかじゃん?いい友達もったなーって、本気で思ってんだよ。平に助けてはもらったけど、嫌な思いさせられた覚えないし……人助けした側が、んな泣きそーな顔する必要ないって。な?
(思いっきり愚痴ってくれた方が、ある意味楽だったかもしれない。人から利用されたり文句言われることには慣れてても、ここまでまっすぐなやさしさを向けられるのには慣れてなくて……ちょっとソワソワしてしまう。同時に胸がきゅんとして、やっぱり平のそーいうところが好きだなって思った。ラウワンの帰り道のことも、次の日お礼言おうとしてなんか平に遮られちゃったけど──あの時から私は、ずっとずっと平に助けられっぱなしだなって思ってたんだよ。全然伝わってなさそーだけど……。
今日の出来事だって全部そうだ。朝からボーッとして電車乗り遅れそうになってるとこも、その後転びそうになったとこも助けてもらってるし、大雨の中傘買いに行ってくれたこともハンカチ貸してくれたことも、キーホルダーくれたこともそう。そして元カレのことも──平があいつを殴って言い返してくれてるのを見て、どこか気持ちがスッキリしてる私がいたのに。平が後悔する必要なんかないのにな。目の前で好きな人にそんな苦しそうな顔されると、それこそ私のせいでって思っちゃうじゃん……。だから笑えなんて勝手なこと言うつもりはないけど、せめて私が笑ってたら平もちょっとは後悔せずにいてくれるのかな。私はへらりと笑いながら、手元の皿からポテトフライを1本取り口に含もうとした。)
……優しくなんてねーよ。まして救うなんて……多分そんな大げさなもんじゃない。
(救われてばっか――そうなんだろうか。東の言葉から違和感を感じつつぽつりと零す。同時に〝泣きそうな顔〟なんて言われて自嘲気味に口の端を持ちあげた。
違和感の正体は俺の動機だ。そこになにか明確な意思があればきっと戸惑わずに済んだのだろう。
救う、助ける。そういった意志の元であれば素直に喜べたのかもしれない。
だが実際には独善――独りよがりな正義ぶった行動でしかない。
俺なら嫌だから。
俺が、ガマンならない。
俺が。
俺が。
勝手に状況に自分を重ねて偉そうにアレコレ口を出しているだけだ。
東の言うことを鵜呑みにするなら――結果的に、東が救われただけ。たまたまそうなっただけ。救ってもらったなんて言葉をもらえるような動機じゃない。
それでも、誤解でもなんでも、そう言って貰えることが嬉しくて。またそう感じてしまっている自分が卑しい。
俺は無言のままピザをもう一度切り分けた。歪にフォークをつきさされた断面からチーズが溢れでて器を汚す。)
……俺の方がよっぽど救われている気がする。
(口にしたピザの欠片が舌の上に熱を灯す。咀嚼して嚥下。それからゆっくりと言葉を紡ぐ。)
……ありがとな、東。
(いつからだろうか――距離をとりたいとあんなに感じていた〝元中の同級生〟から、友達になったのは。
自分と近しい存在に感じていた谷が正反対な鈴木と付き合った。必然、谷の近くにいれば鈴木とその仲間たちも集まってきて。山田や東とつるむようになって。
〝――平から言われるなら〟
少しずつ。
〝勿体ないじゃん。努力してて自信ないとか〟
少しずつ。
〝応援してんだよ〟
存在が大きくなっていって。)
……ありがとう。友達でいてくれて。
(友達――そう、友達だ。
自分で口にした言葉が空言のように虚しく響く。
勿体ないというなら、それこそ俺なんかには勿体ない。どうにも悪い奴にひっかかりがちなコイツをせめて幸せになるまで口出しでもしてやるか……。
幾度か口に運んだピザの味が良かったのか、少しずつ食欲が戻ってきたのを感じた。空腹だったのだ。)
──あはは、なんそれ。
(平の口から紡がれる言葉の一つ一つが予想外で、ポテトフライを掴んだままぽかんとしてしまった。私、平を救ったなんて言えること何かしたっけとか。何度かお菓子分けたくらいしか思いつかないけどなとか。ありがとうなんて言われても、何に対してのお礼なのかいまいちピンとこなくて──そんなわけで反応が遅れてしまったけど、でも最後のそれだけは悲しい意味で予想通りだったから。
“友達でいてくれて”──とっくに知ってるけど、改めてハッキリと突きつけられた。平にとっての私はどこまでいっても“友人”で、お礼言われるってことはこれからも平はそれを望んでるってことだ。平に感謝されてる事実が嬉しいのに切なくて、泣きたいのか笑いたいのかわかんない気持ちのままくしゃりと頬を緩め、気を紛らわすように持っていたポテトフライを一気に口に含んだ。)
あ……。
(その時、さっきゴストのアプリを見ててテーブルの上に置きっぱなしだったスマホの画面がパッと光った。チラリと見てみると、よく暇潰しに遊んでるゲームからの通知。……そういや最近、平にゲームの招待全然送ってないな。前までは何も考えずにポンポン送ってたのに──自分の気持ちを自覚した途端、何度か送ろうとしたけどLINEの画面上で“平”って文字見るだけで変に意識しちゃって、気軽に送れなくなっちゃったんだよね……。自室で一人モジモジしてるその時の私の様子を思い出すだけで、また顔赤くなってそうでやばい。恥ずくなってきた。
そんな私の本心は、平の望むそれとは真逆なんだろう。でも……平が“友人”であることを望むなら、私はどこまでもそれに応え続けてやる。今はまだ、とことん隠し続けてやる。いつか平がその気になってくれるまで──どんなに脈ナシでも、この縁が切れることだけは避けたい。諦めたくない。)
友達でいるのは当たり前っしょ?
(私だって、平にどうして欲しいのか、平とどうなりたいのかなんてわからない。いや、わかんないフリしたいだけなのかもしれないけど……好きだと自覚はしていても、自覚したばかりで私だって戸惑ってるところだ。
だから今は、平の言葉でちょっとだけ切ない気持ちになったことは置いとこう。平の様子を見れば普通に食が進んでるみたいでホッとして、私は気持ちを切り替えるように笑いかけた。)
当たり前……か。
(それはそうかもしれない――少なくとも東にとっては。
俺は今度は切り分けずにそのまま六等分になっているピザの一切れを摘んでそのまま口に運んだ。弾むような感触が心地よく口内で形を変えて茫洋と広がっていく。
――友達。
定義付けようとすると途端に曖昧になるのが人間関係だと思う。
〝友達〟なんてのはその最たるで、どうすれば友達か。
どういう関係なら友達かなんて人によって違う。
こっちが思っていても相手が思っていなければそれははたして友達なんだろうか。上辺だけで腹の底で嫌いあってる関係はどうだ。
彼氏、彼女のような契約に近い約束事でさえ軽々と破られてしまう世界で、もしかすると友達なんていうのはもっとも脆い関係なのかもしれない。『友達だろ?』なんて言われた日には急に怪しい風に思えてしまう。
それはきっと俺が捻くれた人間だからというだけではないだろう。)
……少なくとも中学時代の俺に伝えても信じちゃもらえねーだろうな。
お前数年後にあの東とメシなんか食ってんだぜって。
(イタズラめいて笑う東にほんの軽口を叩きつつピザを三切れ程も平らげてから背もたれにふぅと凭れた。なんだかんだ一度食欲を刺激すれば入ってしまうものなんだなと自分で感心してしまう。あんまり一人で食べ過ぎるのも具合が悪いので半分残した半月型のピザ皿を東の方へ軽く押しやって〝どうぞ〟の意を示す。
――やっぱ、そういう笑い方の方が似合ってるよお前は。
東が先程ちらりと携帯を一瞥していたのをみて時間を唐突に意識し出す。
別にこの後何かあるわけではないが東もそうとは限らない。確かに近づいていく別れの時間を少しだけ寂しく思いつつ――帰ったら待ち受けている勉強漬けに辟易と嘆息した。)
たしかに。高一ん時とか、私が何褒めてもすっげー迷惑そうにしてたもんな~。
(けらけらと冗談めかして笑いながら、差し出された皿からピザを一切れ手に取る。逆の手でポテトフライの皿を平側に押し出し、お返しに食べなと顎で軽く合図した。
平の言う通り、数年前まではこんな風に平と仲良くしてるとこなんて想像もできなかった。べつに私は避けてたとかじゃないけど──むしろ、平の方が“近寄んなオーラ”出しまくってたよな。ウザがられてるのに気付いてはいたけど、日に日にオシャレになってく平を見てたらめっちゃ努力してるんだなーって思って……ずっと密かに応援してたっていうか、なんかほっとけなくてついつい声かけまくっちゃったんだよね。最初はあんなに迷惑そうにあしらわれてたのに、いつからこーやって普通に話せるようになったんだっけ。知らん間に受け入れられてた感じするな、私……?まあ、今でも定期的に拒絶されてんなって察しちゃうことはあるんだけど。
なんて考えて小首を傾げつつピザを口に入れる。ゴストのピザ、やっぱ美味しいな。前に食べた時と何も変わってない、安定の美味しさだ。)
──今度さ、なんかお礼させてよ。平、ここ奢らせてくれないじゃん?だから、どっか近場でゆる~く……いつでも息抜き付き合うぜ的な。
(変わらない味のピザを食べながら、ふと思ってしまった。たった数年間でこんなにも変わった私たちの関係は、今から数年後にどーなってるのかなって……。せっかく前より仲良くなれた気がしてるのに、このままいけば大学も離れてだんだん会う機会も減っていって、こんな風に話すこともなくなっちゃうのかな。──やだな。って思ったら、衝動的にとんでもないことを口走ってしまった。自分で言っといて、勝手に心臓がバクバクしてくる。いやいやいやいや、何やってんだ私。ついこの間、遊びに誘おうとして露骨に嫌な顔されたばっかじゃん。いくら近場っていっても、やってることは何も変わんない。二人で出掛けたいなんて誘っても、また同じ顔されるに決まってるって──何より、こんなことばっか言ってたら気持ちバレちゃうかもしれないだろ。しっかりしろ私。
汗がやばい。すぐさまハッとしてあたふたし始めたところで、一度口にした言葉を取り消せるはずもない。ジタバタと両手で大げさに身振り手振りしながら、せめてもの誤魔化しのために「ほ、ほら。みんなも誘って。」と付け足そうとした。)
……まぁな。正直あの頃は東の真意を測りかねてたし。
(地元の繋がりをリセットしたくて選んだ高校に元中の知り合いがいるなどと誰が予想するだろう。これがせめて縁もゆかりも無い相手ならまだしもクラスが一緒だった東ときた。
痩せて、髪を染めて、服を調べて。そうして創り上げたハリボテの俺がバレてしまえば全てを失うと思っていた。
……ヒトが離れていくのは本当に一瞬だと知っているから。
ほとんど無意識でつまみあげたポテトが油を吸ってしんなりと頭を垂れる。カリカリの方が好みだが口に運ぶとこれはこれでおいしい。)
いやなんでだよ。別にお礼をもらうような事はしてねーし……。そもそも『奢らしてくれない』って言葉の使い方おかしくね?
(ありがとうって礼をいってんのは俺の方なのになんで東がお礼しようとするんだ。つかさっきも思ったがこいつもこいつでなんか恩に感じてるってことか……?
さっぱりわからん。
俺は眉根を寄せて胡散臭そうに東をじっとみた。)
まあそりゃ行きてーけど……そもそも受験のこと忘れてね?
三月半ばくらいにならねーと俺は自由に動けねーぞ。
(自分で口に出して辟易とする事実。他の推薦組がなんとも憎たらしく思えてくる。早上がりされたスゴロクのように優雅に残りのプレイヤーどもの苦しむ様を見ていくわけだ……。
奇しくも谷に言った言葉がそのまま自分に返ってきている皮肉には笑うしかない。
俺は暫し東に視線を向けたままぼんやりと見つめた。ささくれだった気持ちが少しだけ穏やかになったような気がした。)
えー、してるよ。これとか──いま行きたいって言った!?いいよいいよ三月で。みんなで行こ~。
(今までも今日一日も、あれだけいろいろ助けてくれたのに逆になんで自覚ないんだ。とりあえず変な空気にならなかったことに内心ホッとしつつも、怪訝そうな顔してくる平に反論するように私は隣に置いていた自分のカバンを漁り、感謝の理由のひとつ──さっき健康ランドで洗ったばかりのハンカチを取り出して平に見せようとした……けど、その前に平の口から行きたいなんて言葉が出てきたから。とにかく嬉しくて、ハンカチを握ったまま軽くガッツポーズしてはしゃいでしまった。
どんどん時間が過ぎてっちゃうのは別れが近付いてるみたいで寂しくもあるけど、平との約束があるってだけで一気にワクワクして楽しみが増えていく。勉強だって、ぶっちゃけしんどいけど……センター行けば平に会えるかもって思ったら俄然行く気になるし、受験乗り越えたら一緒に遊べるって思うといくらでも頑張れそうな気がしてくる。
前に遠出の話も出たし駅前にスポッジャも出来たし、マジで三月が楽しみだなあ……なんて考えてふわふわしてたけど、ふと意識を戻せば平がじっとこっちを見つめていることに気付いてしまった。えっえっ、何……!?ぽぽぽぽっと顔に熱が集まってきた。)
……うわ、ピザ食べた手でハンカチ触っちゃったわ。すまんすまん。
(平に見られてるのがやけに恥ずかしくて、めっちゃ動揺してしまった。べつに汚しちゃったわけじゃないけどわざとらしく驚いて茶化すように告げながら軽く身を乗り出し、持っていたハンカチを平に押し付けるようにグイグイと勢いよく差し出した。)
……それまでにちゃんと受験に決着つけねーとな。
(事の他喜び倒す東の様子がおかしくてふっと鼻を鳴らしてしまう。
今日のことにしてもそうだが最近の東はあれしようこれしようとガンガン言う。昔はみんなでなんかしよう、どこ行こうなんて自分から進んで提案してくるタイプにはあんま見えなかったんだけどな。どちらかというとダウナーでまあ付き合うよって感じの印象だったというか。
どちらがウソってこともないんだろうけど、楽しそうに笑う東の姿が昔の印象と重ならないことが逆に嬉しく思う。
なんだか一挙手一投足が苦手だった頃の東と異なっていてみていて飽きなかった。)
……いやハンカチ触っちゃったじゃねーよ、それ俺のだろ。しかもその状態で押し付けてくるとかどういう了見だよ。
(まさか『この状態で帰すけどすまん』って意味じゃねーだろうな。俺は受け取るべきか一瞬思考したあとで押し返すことにした。)
つか貸したの忘れてたし。いいわ、もうやる。
別に一枚しかない大切なハンカチとかじゃねーし……。
(ハンカチを貸した借りたなんてやり取りを後日学校でやることを思うとなんとなく気が重くなる。多分東は気にしないでデカい声で堂々と渡してきそうだしな……。
俺は紙ナプキンを数枚ホルダーから引き抜いてポテトを齧った。)
えっ!?
(これはマジで貰っちゃっていいやつなのか。後日ちゃんと洗って返せって言われるならまだわかるけど──思ってもみなかった平の反応に驚きながら、差し出したままの手が握っているハンカチを期待混じりに見下ろす。平の言い方からして、ただ単に面倒だからもうあげちゃえって感じなんだとは思う。でも私からしたら──。)
……そ?じゃあもらっとく。
(ちょっと迷った末に、ハンカチを握っている手を引っ込める。舞い上がりそうになるのを必死に抑えて、なるべく自然に返事した。くれるって言ってるなら、素直に貰っちゃっていいよね。平だし。ここで私がいや返すよとか変に粘っても、さっきの傘の押し付け合いの二の舞になりそうだったし。こーいうゴチャゴチャしたやり取り自体が、まさに面倒だろうし……なんて頭の中でいろいろと理由付けてはいるけど、本音はもっと単純明快で。私が欲しかったから。平からハンカチ貰ったって事実がめちゃくちゃ嬉しいだけだ。くれた理由とかこの際どうでもよくて、私にとって重要なのは“平から”貰ったってこと。
受け取った──っていうか押し返されただけなんだけど、とにかく直前まで平の物だったハンカチをぽーっと見つめる。
“一枚しかない大切なハンカチ”
ついさっき平が言ったばかりの言葉が脳裏に過ぎって、また心臓がドキドキしてきた。さっきまでは違ったのかもしんないけど、たった今ホントにそうなっちゃったよ……。)
──ぷは~っ。なんか暑。平、よくその格好で過ごせるな。
(このまま見てたら、頭ん中どんどん平でいっぱいになりそうでやばい。ハッとした私はさっさとハンカチをカバンに仕舞い、頭を冷やそうとカルピスを一気に喉に流し込んだ。夏場でも暑そうな長袖シャツを着てる平にチラッと目をやり、パタパタと手のひらで顔を扇ぎながら気を紛らわすためにどうでもいい感想を口にした。)
もらっ……え、マジで?
(売り言葉に買い言葉――というわけではないが。てっきり『いらんわ。洗ってきっちり返す』とかなんとかくると思ったがあっさり引かれて面食らってしまう。なんだこれ。マジか。いや別に本当はハンカチあげたくなかったとかそういうんじゃねーけど。いるか、ハンカチ? しかも人の。いや人のっつか俺の……。)
まてよ……つか東がどうこう以前にそもそも俺の『やる』っつーこと自体がどうなん……まるで『お前の使ったハンカチなんぞもう使えんわ』とでも言わんばかりじゃね……?
もちろんそんな意図は微塵もないし俺なんぞがそんな事言える立場かっつー話だけど取りようによってはそうとれるよな……自意識過剰か……?
いやそもそもそんなこと考えること自体がキショいんじゃね……?
(働かない頭と燻った感情が織り交ぜになって益体なく口から溢れ出てくる。
何を考えてんだ東。どんなに見つめてもその感情が見透せることはない。俺は胡乱な視線を東にぶつけることしかできなかった。)
まあ暑い……いや、暑いか?
そこそこ冷房も効いてるし……。
(暑いといえば暑い気はするが――……シャツの胸元をパタパタと引いてみるがさほどでもなかった。東に仕舞われたハンカチをまるで未練でもあるかのように見届けてから残り僅かまで減ったポテトに視線を落とす。なんだかんだ食ってしまった。人間、どんなに感情がぐちゃぐちゃになっても腹は減るものらしい。沈んだ気持ちがそれを麻痺させて気付かせないだけなのかもしれない。
俺は空になったコップを持って席を立つ。)
……なんかいれてくるわ。さっき氷入れ忘れたしな。
(暗に『なんかリクエストは?』と問いかけて東のコップへ手をさし伸ばした。)
……?なんかまた始まったな……?
(ブツブツと呟き始めた平を不思議に思いながら、私は小首を傾げる。もう何度目かわからないこの状況にも慣れたっちゃ慣れたけど、だからといって平が何考えてるかなんてわかるはずもない。なんだその顔。気にはなるけど今は嬉しくてふわふわする気持ちの方が勝ってしまって、上の空だったせいか平が何を呟いてるかまではよく聞き取れなかった。
たとえるなら、文化祭で平が一緒に写真撮ってくれた時と同じ気持ち。私のスマホに二人で撮った写真が入ってるってだけでめちゃくちゃ嬉しくて、実はあれから何度も眺めちゃってたり。それくらい、これまでは私の手元に平に関するものが残る機会なんて全然なかったけど──キーホルダーにハンカチと、今日一日だけで一気に増えすぎて正直やばい。普段通りに振る舞おうとはしてるけど、めっちゃ舞い上がりまくってる。これだけでこんなに喜んじゃうことに、自分が一番ビックリしてるんだけど。片思いの威力、すごいな……。
初めて経験する、ちゃんとした片思い。ドッドッと脈打つ心臓の音が煩くて落ち着かなくて、ソワソワしてたらどんどん顔が熱くなってきた。)
さんきゅ。んじゃジンジャエールよろしく。
(どうやら、やけに暑く感じてるのは私だけだったみたいだ。自分だけ涼しそうにしやがって……。ずっとずっと私ばっかり些細なことで嬉しくなったりドキドキしたり、そんな中で平然としてる平を見てたらなんか悔しくなってくる。いつか平も同じくらいドキドキしてくれたらいいのにって、気を抜くと考えちゃいけないことを願いそうになってしまう。雑念でいっぱいの頭をとにかくスカッとさせたくて、伸びてきた平の手にコップを渡しながら炭酸飲料をリクエストした。)
トピック検索 |