東 2024-07-20 01:24:27 |
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…………おー。
(本音はどっちだったんだろう。東が待っているだろうという確信めいた気持ちはやはり現実のものとなって証明された。されてしまった。
待ってなんていないで先に行っていて欲しいという気持ちと、待っていて欲しいという気持ちと本音は果たしてどっちだったのか。
或いはゆっくりトイレに篭っててくれるのが一番だったのかもしれない。
東がこっちを指さして何か言っているけど雨音で聞こえなかった。
俺はなんとか呼吸を整えながら地区センターのなだらかな階段を踏みしめた。スニーカーのつま先がタイルを踏む度に小さく擦過したゴムの音を伝えてくる。
階段を上がりきって軒下で傘を傾けてから大きく雨粒を払う。
ふぅ、と内心で覚悟を決める。落ち着いて、違和感のないように、なんでもない事のように話さなければならない。
傘を簡単にまとめて東の方へと向き直り説明をと――その顔を見て。俺はなぜかホッとして笑ってしまった。)
…………ははっ、なんで待ってんだよ。
(つか、なんだよその顔。いつも泰然として余裕綽々ですってツラしてんのに。ぽかんとしてる……ってのはこういうのを言うんだろうな。待たせておいた側がいうにはあんまりな台詞だとは思うが、実際そう思ってしまったんだからどうしようもない。理由とか謝罪とかごちゃごちゃ考えたうえで出てくる言葉がこれってなんだろうな本当に俺。)
いやお前が言うなし。
(傘を指差してた腕で、目の前に立つ平の胸元に軽くグーパンを繰り出しながらすかさず反論する。って言っても、人待たせといて何言ってんだって意味じゃない。それを言うなら平こそなんで戻ってきてくれたんだっていう、むしろ嬉しい方の──あ、やばい。またニヤけそう。引っ込めた腕で、誤魔化すように顔を覆い隠した。
それにしても、平の行動は謎だらけだ。傘買いに行ってたんだろうなってことは、まあ見ればわかるけど……買うにしたっていきなりすぎる気がする。私の傘を置いてったなら行きは濡れながら向かったはずだし、傘買うために更に濡れるって本末転倒じゃないのか。しかも、そこまでして頑丈な傘が欲しかったのに、買った後でわざわざここに寄って遠回りするか……?私は無意識に顎に手を添えながら考え込み、平というか平がさしていた傘というか、その辺りをじーっと見つめていた。)
……それ、高そー。絶対良いやつじゃん。
(再び平の傘を指差して、どうでもいい感想を呟く。すぐにポッキリいってしまいそうなビニール傘じゃなくて、ちゃんとしてそうなやつ。本当は、平が急に傘買いに行った理由とか待たされたこととか、傘の値段とかどうでもよくて──私のために戻ってきてくれたのかな、とか。そんな淡い期待をしちゃって、そこだけが気になってしょうがないんだけど……私の思い上がりだってこともわかってるから、聞かない。さっきまじまじと平を見て、ちょっと汗かいてる気がしたのも……雨で濡れてるだけかな。帰りは傘があるんだし、急いで戻ってきたとかさすがにないか。傘も持たずに飛び出してった平のことだから、ここに戻ってくる時も深い意味とかなくてただ寄ってみただけなんだろう。
ふとした時に私のこと考えてて欲しいとか、私のためであって欲しいとか。全部贅沢すぎる。平が戻ってきてくれて、これから一緒に寄り道できるって事実だけで十分幸せじゃん。気を抜くとすぐ期待して浮かれちゃって、高望みしてしまいそうになる。考えるな考えるな。自己暗示をかけるように、平然を装って大して興味もない傘の話題に集中しようとした。)
ッ……悪かったって!
(東の言い分、それはそう。攻撃を甘んじて受け入れて――あ、やべ。シャツ雨でぐしゃぐしゃだけど大丈夫か……なんて余計なことを考える。と思ったら次の瞬間、顔隠してやがる。多分濡れた感触がイヤだったんだな……いや俺のせいじゃねぇけど。
……いいやつだよなコイツ。別に約束したわけでもない。それでも待っててくれるってのは……要は信用してくれてるって事で。フツートイレから戻って誰もいなければ「やべー置いていかれた、急がねぇと……」ってならね? いや別に行き先わかってるなら先行っててくれていいんだけど……。
前々から思ってたんだがこの辺りの考え方ってひょっとして女子と男子で違うのかもしれん。
男同士なら「トイレいくわ」ってなったら『おー、先行っとく』でお互いなにか思うところはない。行く方は待たせたら悪いって思うし見送る側もじっと待たれてたら落ち着いて用をたせないだろうって考える。
まー今どき男だ女だ考えるのも時代錯誤なんだが。
東が律儀でいいやつだって事には変わりないしな。ふとみるとなんかまた小難しいツラしてやがる……。どういう顔だ。ああ、傘みてんのか……。)
いや実際たけぇんだわ。安いのもあったけどなんか小さかったしな……。
(東の顔にまたしてもふっと笑いが込み上げてくる。だからなんだよその顔。ひょっとして羨ましいんか。俺は持っていた傘の柄を差し出す。別に心配しねーでももともとこれは――。)
……ほれ。
使えよ、これなら濡れねーだろ。
俺はそっちのボロい折りたたみ傘でいいから。
~~~ッ!?
(え、えっ。平が傘を差し出してきた瞬間、びっくりしてなんか信じられないもの見てるみたいに平の傘を見下ろしてあんぐりしてしまった。いやいやいやいや。だって、傘使うために買いに行ったんじゃないのか。しかも、わざわざ濡れながら。私が傘の話したから物欲しそうに見えたとか……?だとしても、苦労して買ってきたっぽい傘をそんなあっさり差し出すか?流れ的におかしな感想でもなかったし、そこまで変なこと言ってないはず──ってなると、……あれ?
さっきから何となく考えて、期待しそうになっては無理やり考えるのをやめて。そんなことを繰り返していたもう一つの可能性が再び頭をよぎって、かぁぁっと全身が火照ってきた。そもそも、仮に今のただの私の感想が“傘よこせ”に聞こえてたとして、普通に断ればいいだけの話だ。私だって傘持ってるんだし、平ならハッキリ断ってくるだろう。それが、私のために買ってきてくれた傘とかじゃない限り──。
いやいやいや、ありえんて。ありえんけど……本当に有り得ない?いきなり消えて、大雨の中濡れながら傘買いに行って。そうまでして良い傘が欲しかったのに、そんなに濡れたくなかったのにまた雨の中わざわざここに立ち寄って、買ってきた傘あっさり差し出してきて。超都合よすぎる妄想だし、私が勝手に舞い上がってるだけかもしれないけど。もし私のためだったとしたら、さっきまでの平の不自然な行動もなんとなく“あー”って繋がらん……?
平が何考えてるのか。さっぱりわからん時の方が多いけど、だからって微塵も察せないほど浅い仲でもない。特にこういう時の、変に気回しすぎてる感じっていうか──普通に考えたら、自分が濡れながら人のために傘買いになんか行かない。相手が傘持ってるなら尚更だ。でも、平なら……。これが平なりのやさしさかもって気付いてしまって、なんかもう嬉しいやらドキドキやらで頭ん中わーッ!?ってなって爆発しそうになる。)
マジ?……いいん?
(ちょっと、いやかなり悩んだ。平から良い傘を取り上げたいわけじゃない。私は私の傘で十分だ。平の傘なんだから、平が使うのが自然だと思うし。だからいつもの私なら、これが他の友達相手なら、いやせっかく買ってきたんだし自分で使いなよって即断ってる。でも、本当に私のためだったとしたら。ここで遠慮して断るのも茶化すのもなんか違う気がして──ってより、私が嫌だ。全部私の自惚れだったとしても、平のやさしさを無駄にしたくない。
何気なく自分の頬に触れる。熱っ。なんかもう期待しすぎてふわふわしてよくわかんない。ぽーっとしながら差し出された傘を借りようと手を伸ばし、代わりに私の折り畳み傘も渡そうとした。)
お? ………おう……ほらよ。
(俺は買ってきた傘の柄を渡して代わりに折りたたみ傘を受け取る。
……マジか。正直、買ってきたその傘を使うか使わないかで一悶着するんだろうなという覚悟があっただけに拍子抜けしてしまった。
『なんで? わざわざ買ってきたなら自分で使いなって』
こんなセリフがくるとばかり思っていた。
ぐうのねもでないド正論。そこをどう言い含めるかでアレコレ考えていただけに逆に「どうした東……」という気持ちも出てくる。まあなんかトイレ行く前から顔も赤いしな。やっぱり熱でもあるんかな。これ以上濡れるのは正直しんどい的な……いや健康ランドとか言ってる場合かそれは。
つっても、顔色が悪いわけじゃなさそうだけど……。
ま、ともあれこれでなんとか東に恥かかせずに済むか。こいつは俺と並んで歩くことに抵抗はないんだろうけど……さすがに一つの傘を二人で使うってなれば妙な噂だって流れかねない。それがよりによって俺となんて最悪だろうしな……。
おっと、これ以上東が熱出さないうちに移動しないと。)
じゃ、いくか。…………あー、あとそうか。ほれっ。
(俺は背中側に手を回して背負ったままのリュックから器用にペットボトルを取り出した。そしてそのキャップ口にくっついていた袋をするりと外して東の方へ放った。
封の切られていない薄灰色の小さな袋。
中には、青い水玉模様のクマ。)
喉乾いたから水買ったんだったわ。……っあー、うめぇ。
(キャップをねじ切って喉の奥へ流し込む。冷えた流水が酷使した静脈に沁み渡る心地。
傘1,408円、水が108円。水とか買うの久しぶりだったけど案外悪くねぇな……。ずぶ濡れでコンビニの冷蔵庫に腕つっこんで吟味した甲斐があったかまではわからねーけど。もうあのコンビニいけねえ……。)
(受け取った平の傘は、私のよりずっしり重い感じがした。なんかこう、平のやさしさとか幸せが詰まってるみたいな?お花畑全開の思考になってしまって、喜びを込めてぎゅっと傘を握りしめる。それから目的地に向かうため傘を開きながら、お礼を言おうと口を開きかけたその時──平の手元から何かが飛んできて、気付いた私は慌ててキャッチする。)
何こ……れ、……!
(傘さしてて片手が使いにくい。肩で傘を挟んで、手の中にある小さな袋っぽいそれをよく見……いや。よく見なくても、見覚えのありすぎるパッケージ。ちょうど裏側が見えてるそれを、まさかと思いながら中身が見えるようにひっくり返す。やっぱりそれは、私がなくしたのと全く同じクマのキーホルダーだった。うそ、なんで──ハッと勢いよく顔を上げて平の方を見てみる。なんか普通に水飲んでるし……何でもないみたいな顔しやがって。
でもこれ、色や模様まで私がなくしたのそのまんまなんだよなぁ。何種類かあったはずだから、偶然にしては出来すぎてるっていうか。てか平って、普段水とか飲んでたっけ?なんで──いや、なんでとか偶然かどうかとか、今私が言いたいのはそういうんじゃない。)
えへへ……さんきゅ。
(やばい嬉しすぎる。平とお揃いってだけでも朝から勝手に浮かれてたけど、今私が持ってるこれはそれどころじゃない。平がくれたもの……ふにゃふにゃと表情が緩みそうになるのもお構いなしに、待ちきれなくて早速開封していく。取り出したクマはさっき落としてしまった子より何倍も何十倍も可愛く見えて、単純すぎか……と自分でも思うけど、ついデレデレと眺めてしまう。背負っているカバンを体の前に回してきて──傘持ったままだと、ちょっとやりにくいかも──多少もたつきながらも、カバンのチャックにクマを付けてあげようとした。)
――…………ふぅ。
(喉を鳴らす。数度水を体に流し込んでから東の反応を一瞥して。俺はようやく息をついた。いや、むしろこれは安堵に近かったかもしれない。
よかった。合ってたみてぇだ……。
そんな安堵からくる吐息が口の端からするすると抜け出たのだ。
色んな可能性があった。
たとえ同じものを見つけたとして、東が受け取らない可能性。
または落としたものに何か思い入れなり意味なりがあって代替品では喜ばない可能性。
さらにそもそも俺の記憶違いで、見つけてきたクマが違うやつな可能性。特にこれに関しては朝、登校するまでのわずかな時間にみただけであり、多分に自信がなかった。
俺はポケットから例の赤白ボーダーのクマを取り出す。しっかりとデザイン覚えていられたのはもらったコイツと東のとを比較するように何度もみたからだ。まるで正反対なお前らのカラーリングが――成程どうにも俺と東にもあてはまるか――なんて。そんなことを思ってしまったのだから。)
……~~ッ……――また失くしてもしらねーからな。
(いや。いやいやいや。それにしたって。なんだ。喜びすぎじゃね? 東のやつ。なんだその顔。
俺はついなんだか自分のした行動が無性に恥ずかしいことだった気がしてきてとっさにそう悪態づいた。
いや、そりゃ思ったよ? さっきまでの無理して笑ったようなツラは似合ってねーよって。あ、違げーからな? 『お前には似合わない』とかいう類のカッコつけのセリフじゃねーぞ念の為。見たこともない面して無理に笑おうとすんなよっつー話。
それはまるであの時と同じで。自分ばかり損してそれでも笑おうとする様によく似ていて。俺にはそれが、我慢ならなかったのだ。俺が、俺の為に、見たくもない表情を消したかった。それだけの話。……そう、ただそれだけの話だ。)
ん?あ~、たしかに。カバンよりポーチの方がいいかな。常に見えた方が良さげっちゃ良さげだけど──、
(ちょっともたもたしてたら平がなんか言ってきたから、カバンにキーホルダーを付けようとしていた手を一旦止めて軽く首を傾げる。たしかに……浮かれすぎて即カバンに取り付ける気満々だったけど、ここだと剥き出しで落としやすそうだ。ポーチとか、カバンの中に入れる物に付けた方がいいのかもしれない。でもなあ。ポーチもカバンも毎日使うけど、カバンに付けた方がよく見えるんだよね……ポーチだと、使う時に取り出さなきゃ見えないじゃん。せっかく付けるなら、毎日使って一番よく見えるとこに付けた方がいいと思ったんだけど──。
カバンから化粧ポーチを取り出して、カバンとポーチとをチラチラ見比べる。見た目的にはどっちに付けた方がしっくりくるか……って、こんな奇抜なクマ、どっちに付けても浮くわ。うーん、どこに付けよ。キーホルダーとか適当にノリで付けとけばいいじゃんって思うし実際さっきまではそうしてたんだけど……それで一度落としてるし、今度のは平にもらったやつだし。絶対なくしたくない。迷うなぁ……。他に付けるとこ、あったっけ。)
平は何に付けるん?
(考え込んでいた顔を上げ、手元から平に視線を移す。舞い上がったテンションと勢いで、さらっと尋ねてしまった。このクマに限っての話じゃなくて、平ならキーホルダーをどこに付けるかっていう参考程度の軽い質問。カバンに付けようとしてた私に忠告(?)してきた平なら、いい案あるかもって思って聞いてみただけだ。
肩で傘を支えながら、片手にキーホルダー、逆の手にはポーチ、体の前にはカバンという何とも忙しい格好。私の頭の中もそのくらい平にもらったクマのことでいっぱいで、早くどっかに付けたくて仕方ないって感じ。私はワクワクしながら平を見つめた。)
…………え゛。
(ビクッと俺は顔が引き攣るのを感じた。
カバンよりポーチのが良さげってどういう理屈だよ……などと真剣に悩んでいる東の様子をどこか呆れながら微笑ましくみてたら『平はどこにつける』ときた。
え。なにこれ俺このキーホルダー付けるの決定されてんの……?
別にカバンに装飾品は付けない主義とかそういうつもりはない。むしろ、旅行中やどこかに荷物を置かないといけなくなった時などは目印の意味でもあった方がいいとさえ思ってる。
でも――こいつをつけんの……俺が?
つまみあげた指先で相変わらず運動会みたいな派手派手しい模様を披露するクマ。
…………いや、そもそも俺のカラーリング的に赤と白って。紅白だよ。一人で運動会だよ。勘弁しろよ。)
いや……まだ考えてねーよ。
(未だ未開封のこいつを、くしゃりと握って頬かく。ウソはついていない。実際つけるかどうかさえ考えていなかったのだから。少なくとも東ほど大喜びするような“好き”ではない。……まーそんなにこいつが好きならそりゃ失くしたらショックだわな。
と、そこで俺はぶるっと身を震わせた。さすがに身体を冷やしすぎただろうか。
傘もあるんだしそろそろ行こうぜという意味で玄関口へ足を進めた矢先。)
いや、ウソだろ……。
(雨が、やんでいた。知らず手に怒りの力がこもる。手元の折りたたみ傘が小さく軋む音をたてる。
なぜか脳裏では鈴木と谷が仲良く雨のやんだ道を『外だいぶひんやり!』などと歩いている姿が過ぎった。)
……?まあそっか。落としにくいとこって見えにくいし、見えやすいとこは落としやすそうで難しいよなー。
(やけに返事溜めたなとか、“まだ”ってなんだとか。ちょっとは思って一瞬“ん?”ってなったけど、参考程度に聞いただけだしそんなに気になることでもない。あっさり納得して、再び手元のカバンとポーチを見下ろす。キーホルダーなんて付けようと思えばどこにでも付けられるけど、いざこーやってちゃんと考え始めると案外決まらないものなんだな……なんて悩んでる間にも、このクマに対する愛着がどんどん湧いてきている。マジかわいい。家帰ったらめちゃくちゃ愛でたい。
とりま帰るまでは、ポーチに付けとくか。これならタイミング悪くポーチを取り出してる時に落とさない限り、失くすことはないだろう。どこに付けるかは帰ってから改めて考えるとして──ポーチのチャックにキーホルダーを付け、それをカバンに仕舞った。)
よし。平、どした?
……おー、雨やんでる。良かったじゃん。
(何かショックなことでも起こったみたいに呟く平に歩み寄り、視線の先を追って外に目を向ける。ついさっきまであんなに激しかった雨が見事にやんでるのを見て、ラッキーと思いながら声をかけ早速傘を閉じていく。平がびしょ濡れになってまでわざわざ買ってきてくれたこの傘は、結局ほとんど出番がなかったわけだけど──借りずに済んだってことは借りなくても濡れないってことだし、どう見ても状況は好転している。傘だって、今日限りで消滅するわけじゃないんだから無駄にはなってないだろう。それに……貸そうとしてくれたって事実が私は嬉しかったし。
天気につられてスッキリ晴れやかな気分になりながら、閉じた傘の水滴を払って手でまとめ、ベルトで留めてから平に返そうと差し出した。)
……………………よかねーわ。いや、良いんだけど……ったー、マジかよ………。
(東の呟きに俺は超音波のような声でそう洩らした。一瞬、いやふざけんなよって思ったがそういえば東にはもうすぐ雨が落ち着いてくる、とか言ってたんだっけか俺……いやそんな事あるか? 予報みた感じ今日一日はこの雨が続くでしょうみたいなノリだったじゃねぇかよ……。
恨めしく見上げた天空は遥か高く、ただ座視するだけの俺を尻目に黒々としたく積乱雲が渦高く巻き上がっていく。
言葉が現実になるとかステキだよな。これ俺が得する案件ならぜってぇこうはならないんだぜ……。神の掣肘。いや、神様っつーかこの場合お天道様か? 俺のことキライだろ絶対。
東が差し出した傘――俺が買ったやつだ――を無言で受け取って、折りたたみ傘を簡単にまとめた。水気を大いに吸ってしなしなとした布は頼りなさげに揺れて俺の指先を嫌がった。)
ん。……まーいくか。これで外出た瞬間に裏をかかれてもソッコー傘で対策できるしな……。
(俺は神を信用せん……。少し不格好にまとまった折りたたみ傘を東に差し出しつつ、そんなことを胸中で大いにごちてから玄関口を出た。そしてなだかな階段を踏みしめながらふと、先程の東の様子を思い出して、わずかに。ほんのわずかに口角を上げた。――ま、おまえはやっぱりそういう顔の方がらしいぜ。そんな事を思って気持ち歩調を緩やかに足を進めた。この分なら目的の健康ランドにはすぐつくだろう。)
うぃ。……あ。
(軽く返事をして平の横に並んで歩き始めながら、カバンを体の前に回して受け取ったばかりの折り畳み傘を仕舞おうとした。この様子じゃ当分必要なさそうだし、両手が空いてるに越したことはない。ポーチやテキスト類が濡れないようにしっかりと区切られた内ポケットに仕舞おうとしてポケットのチャックを開けたら、さっき平に借りたハンカチが目に留まる。後日洗って返すつもりだったけど……あそこの健康ランド、洗濯機あるじゃん。入浴してる間に洗濯から乾燥まで終わりますって案内が貼ってるのを、前行った時に見た気がする。てことはハンカチも洗えちゃうってことで──せっかく平のクラスに行く口実ができたと思ったのに、あっさり潰された。内心ちょっとがっかりしながら溜息をつき、傘を専用のカバーに入れてから別の内ポケットに突っ込んでカバンを背負い直す。)
やんでくれて助かったけど……キライってわけじゃないんだよなー、雨。……たまになら。
(ちょっと涼しくなった雨上がりの空気を全身で感じるように軽く両手を広げて歩きながら、空を見上げて呟く。たった今こうやって平と並んで歩けてるのもさっきまでの大雨のおかげだと思うと、嫌そうな顔してた平には悪いけど、ぶっちゃけ私はちょっとだけ雨にお礼言いたい。……まあ限度はあるけど。2回も傘壊すとかいう強烈な思い出ができたし、今後雨が降ったら暫くは平の顔が浮かんできそうだ。いや、降らなくても考えてるか。
ハンカチを返すためだとか、びしょ濡れになった身体を暖めるためだとか。私らは“会う理由”がないと会えないし、一緒にいられない。クラスが同じって理由がなくなったから、会う回数も減った。当たり前だ。会いたいって思ってるのは私だけなんだから……わかってる。わかってるからこそ、些細な口実が有り難くて惜しいんだ。入浴が終わってハンカチも返し終わったら、次はいつ話せるんだろう──、)
いぇ~い。とうちゃーく!
(──なんて、早くも終わった気になって切なくなってしまった。いかんいかん。もっと楽しめ私。切り替えるように明るい声を出しながら、前方に見えてきた目的地を指差した。)
…………あー。わかる気がするわ。
(雨が嫌いじゃない。感覚的にそう返してから少し思案する。そう言えばなんでも古い時代には水不足問題なんてこともあったらしい。今でいう節電みたいなものなんだろう。
命の水。
とはいえ、東がいうのは『生きていく為には水がいる』だとか多分そんな詩的な話じゃないように感じた。
たとえば雨の音でかき消された街の喧騒だとか、少しだけ下がる気温だとか、街中の澱んだ空気を洗い流したような雨の匂いだとか。そういったものが確かに俺もキライではなかった。
――おっと、次の角を左か。
普段の通学に使う道とは少し外れた舗装路。豪雨に曝されたアスファルトで砂と水とが混じりあって側溝へと緩やかにしたたれていく。天より堕ちた雫は地に跳ね転がり流されてゆく。上から下に。時の流れと同じように。逆はありえない。それは俺たちもきっと同様なのだと思う。受験、進学、就職。今ある景色は形を変えていく。巻きもどることはなく、そこには永遠もない。俺は、どうなんだろう。どうなるんだろう。整備された街のライフラインのような側溝や下水はヒトの心には存在しえない。このままどこにも洗い流されることなく過去の記憶に押し潰されていくのだろうか。濁り、混ざり、赤茶けた土気色の水溜まりのように。)
…………おー。くるのはじめてだわここ。
(曇った思考を断ち切るような東の声に俺はハッとして顔を上げた。
健康ランド。いつもは遠くから見るだけだった場所。知らない場所は些かの緊張を伴ったが何も銭湯自体がはじめてというわけでもない。風情を多分に演出した暖簾を片手で持ち上げてから引き戸に手を伸ばす。
ウィーン。…………自動ドアだった。実に純和製な作りの引き戸だったがよくよく考えてみれば当たり前じゃねぇか今のご時世。紛らわしい形すんなよこの野郎、と俺は眉を顰めた。)
ぷはっ……平、いま手動で開けようとしてた?あはは。笑えるー。
(健康ランドに入館しようと自動ドアの前まで来たところで、平がドアに向かって手を伸ばそうとしているのを見て吹き出してしまった。なんか前にもあったな、こんなこと。って、それ私だ。前に平と行ったファミレスで、タッチパネルに気付かないまま手挙げて注文しようとした時のことを思い出して更に笑いが止まらなくなった。人のこと笑えないじゃんって?いや、むしろ似たようなミスしてんのが余計ウケるっしょ。)
ここさ、なんか今年からいろいろ電子化したらしいよ?タオルとか飲み物とか……中で買う物、受付でもらうリストバンドで全部管理して帰りにまとめて払うんだって。
(口元に手を添えながら満足するまで笑った後、すん……と我に返って館内に歩みを進めていく。ついでに平は初めてって言ってたし、私が知ってる限りで利用システムの説明とかざっとしとくか。って言っても今年に入ってからは私も来てないから、全部クラスメイトから聞いた情報だけど。なんだっけ……電子チップ的なのが埋め込まれたリストバンドを受付で渡されて、館内の施設を利用したり何か物を買ったりする時はそれでタッチするだけでよくなったって言ってたはず。最後にリストバンドを返す時、まとめて精算するシステムらしい。ハイテクだなーなんて、自分で話しながら感心する。まあ受付で説明されるとは思うけど、平が館内の至る所で財布出しまくって恥かいたらさすがに可哀想だ。……想像したらちょっとおもろいけど。
ぴんと人差し指を立てて人から聞いた知識をそれっぽく伝えながら、まずは受付をしにフロントへ向かおうとした。)
……形に悪意あるだろコレ。しかも急に冷静になるのかい。
(ふざけんなよ……と言いつつ俺も釣られて笑ってしまった。あえてこだわって和風にしていますってな形しといて機械化されてんのかよ。絶対やらかしたの俺だけじゃねえよな……。
靴を脱いで玄関の段差を上がると下駄箱が視界いっぱい目に入る。木製で簡素な造りだったがちゃんと鍵付きだ。目線の高さで空いているところに靴をつっこんでから、実は靴がかなりの湿り気を伴っていることに気づいた。浸水まではしていなかったがあちこち走り回った影響だろう。このまま下駄箱へ入れるには少し抵抗があったが致し方ない。交換で中に入っていたスリッパに履き替える。
館内の作りは和風というよりも民宿や旅館といった雰囲気が近いように感じた。)
電子化って……そこまでくるともう未来だな。どういう仕組みだよリストバンド……。
それにしても詳しいな。よく誰かときてんのか……。
(東の説明に感心して相槌を打つとともに東とよくつるんでる三人がもやもやと思い浮かんだ。下駄箱を抜けてすぐフロントへ向かう。作務衣のような服装のスタッフの説明は概ね東のいうそれと大差なかった。要は必要なものは適宜買えっつー話。あとタオルは返せよって念押しされた。もちろんそんな言い方じゃねぇけど要約するとそういうこと。ともあれまず向かうは浴場だ。ぺったらと音をたてるスリッパはなんだか気持ち楽しい気分になった。
そして男女の境。俺は東に「んじゃ一時間後にな……」と告げて通路の奥へと足を進めようと踏み込んだ。本音を言えば三〇分もあれば十分なんだが東もそうとは限らない。なんとなく倍の時間をとってしまった。)
うんにゃ、援団で仲良くなった子に聞いただけ。私は鈴木らと去年プリ撮りに来たっきり。
(そもそも受験生だし、帰りに寄り道すること自体ほとんどなくなったしな……なんてぼんやりと考えながら、フロントに向かい受付を済ませる。ほぼ聞いてた話まんまだったから説明の内容に新鮮味はなかったけど、実際にリストバンドが出てきた時は「おーすご。」ってボソッと声に出た。
受け取ったリストバンドを早速身につけ、ワクワクしながらお目当ての浴場まで進んでいく。ここに来るのは数回目だけど、実は私もちゃんと入浴するのは初めてだったりする。前に鈴木らと来た時はゲーセンではしゃいで美味しいもの食べてたら予想以上に盛り上がって、電車の時間やばくなって私だけ先に帰ったんだよなぁ。その前は、たしか岩盤浴だけだったはず。)
おけ。有料エリア行くなら、忘れずにタッチしなよ~。
(更衣室へと続く男女別の入口前。別れ際に、自分が付けているリストバンドを指差しながら声をかける。さっきの説明によると入館料の中に入浴料は含まれてるけど、サウナやら岩盤浴やらマッサージコーナーやらの有料エリアはそれぞれ入口前の読み取りパネルにタッチすることで利用料金が加算される仕組みらしい。
ひらりと手を振って平と別れた後は女性専用の通路を進み、更衣室に設置されているアメニティ用の自販機で必要な物をレンタルしていく。タオルに館内着、ソープ類からコームに洗濯ネットまで、リストバンドでタッチするだけで簡単にお目当ての物が出てきた。しかも、ロッカーの鍵もパネルにタッチするだけで開く仕様みたいだ。マジ便利。
広々とした更衣室に、私以外の客は数人しかいなかった。めっちゃ空いてる。浴場内も、そんなに混雑している気配はなさそうだ。まあ、そもそもこんな雨の日に雨宿り以外でわざわざここまで来ないか。まずは借りたばかりの館内着に着替えて、びしょ濡れの制服と平のハンカチを手にランドリーコーナーへ向かう。1時間あれば、ちょうど入浴している間に乾燥まで終わるだろう。当然のように洗濯機もリストバンドで作動できた。すご。とにかく、これでやっとお待ちかねのお風呂が堪能できそうだ。)
親か。……またあとでな。
(謎の目線でアドバイスしてくる東にツッコミを返して進む。右腕に装着したリストバンドをくるくると手首を返して見つめながら更衣室へ入ると夕暮れ前ながらぱらぱらと人がいた。顔面に刻まれた皺や頭髪具合から同年代はいなさそうで、少しだけホッとした。
備え付けの自販機から大小のバスタオルと使い切りのボディソープにシャンプーリンスを買い足す。咄嗟に財布を探そうとしてそもそも紙幣硬貨の投入口が無いことに気づいた。
そうか、リストバンドか……。右腕をあげてタッチしてそれらを回収。荷物を突っ込もうとロッカーの取っ手を引く。開かない。
リストバンドか……。先に登録して閉める感じなのか? さっきから何気にめんどくさいな……。どうやら俺は未来には住めないらしい。ドライヤーは備えついてるしシャツはあとでドライヤーすればいいか。まとった衣類はある程度形を整えて仕分け用のカゴと一緒にロッカーへ。
それにしても男しかいないとはいえ裸でうろつくって微妙だよな……。鏡に映る貧弱な肉体を尻目に奥へ。
ガラス戸のしきりは大きく二つで、開けっ放しとならないように引き戸と押し引きタイプだ。浴場へつながる引き戸――今度はちゃんと手動だ――を引くとムッとした熱気が身を包んだ。知らず冷えきっていた身体にはむしろ心地良い。入ってすぐ左手側に積んである丸い桶を手にとった。
まずは身体洗うんだよな……。と、正面に丸い巨大なツボのようなものが鎮座してる。柄杓つき。
なんだこれ……。胡乱げにみつめていると柄杓を手に取って身体にかけていく親子。
なるほど、掛け湯か。親子が終わってからソワソワと柄杓を掴んで背中側にかけていく。心地よい温かさが身を包む。あー……マジ冷えてたんだな。数度掛け湯をすくって身を清めると洗い場へ。なんとなくあいている隅をみつけてバスチェアに腰を下ろす。シャワーに湯口、小さな姿見。そこにうつる自分の顔は思ったよりくたびれていた。…………こんなツラして東の隣歩いてたんか、俺は。つくづく、似合わない。そんなことを思ってシャンプーを泡立て始めた。)
(──最後に髪の毛を簡単なお団子にまとめて、ホカホカと湯気を漂わせながら浴場内の洗い場にある椅子から立ち上がる。さっぱりとメイクを落とし、雨のせいでベタついた髪も濡れた服のせいで冷えた身体も洗い終わると、気分までスッキリしてきた。たまにはいいな、こーいう雰囲気。ふうと一息吐いてから、周囲に飛んだ泡や使った椅子と洗面器をシャワーで軽く流して元あった位置に戻し、本格的に温まるためタオル等を手に湯船に向かう。)
?…………あー。
(私が湯船の端にある段差に足をかけた瞬間、それまで浸かっていた一人の客が入れ替わるように湯船から上がっていった。すれ違いざまにチラッと見えた顔、見覚えありすぎる気がしたんだけど誰だっけ。ぬくぬくと湯船に浸かりながら、ぼーっと考える。……あ。中学ん時同じグループだった友達だ。前に皆でボウリングした時にもはちあわせた③番こと、元カレの今カノ。向こうもスッピンだし、髪まとめてて雰囲気違ったから一瞬気付かなかったけど──どうりでそそくさと出ていくわけだ。その子が消えていった更衣室の方向を眺めながら納得した。
そんなに慌てて逃げなくても、こっちは気にしてないんだけどなぁ。てか、よく私ってすぐ気付いたな。目も合ってないし、こっちは全然気付かなかった。他の友達いなかったけど、彼氏と来てんのかな。ここ出た後、またバッタリ会ったらウケるかも。なんて、どうでもいい事を考えながら温まってたらゆっくりしすぎたかもしれない。そろそろ上がるか……私は湯船から出て、そのまま浴場を後にした。)
……………かー。
(悪くねえな――というのが概ねの感想だろう。ガキの頃、家風呂の不調で何度か行ったことのある銭湯とはまるで違う。樽、電気やジェットといった見たこともないような風呂が盛りだくさんで飽きない。まさに名に違うことのないスーパーな銭湯だ。普段風呂に格別のこだわりもない俺でさえこんなに楽しい。堪能しすぎて約束の時間を過ぎてしまわないか心配で何度も浴場に備えついてる時計をみてしまう。実はこの時計がズレていたという罠が怖くて一度更衣室の時計まで見に行ってしまったほどだ。幸いにしてそこそこ楽しんでまだ二〇分ほどはある。ただしシャツを乾かす時間を考えるならそろそろ出ないとだろう。)
ん~~ッ……………。
(湯船の中でおおきく伸びをする。ぱしゃんと波打つ表面に肩まで浸かると出ていくのが名残惜しくなる。受験が終わったら今度は時間を気にせず来てみるのもいいかもしれない。あ、やべー。もう五分経ってる……。東はもうでて待っているだろうか。こんなに楽しいのだからもしかすると時間ギリギリまで入っているかもしれない。
…………いや、どうだろうな。アイツ自分に関しては雑なくせに他人には妙に律儀だしな。今日だってきっちり待ってたワケだし……。さっさたと出るか。んでどの風呂が一番気に入ったか答え合わせでもしてやろう。案外気が合う気がする。俺は口の端を思わず持ち上げて――ふと気づく。最近、なにかあると『東ならどう反応するだろうな』と考えることが多い。例えば世界が終わりそうに焦げついた夕焼けを見たとき。道路の端でしわになったビニール袋が猫に見えた時。この感情は――……。
パシャン、と。両手で掬った湯を顔いっぱいで受け止めて最後に洗い流す。恐らく気が緩んで訪れた気の迷いと共に。)
げっ、もう一〇分しかねえ……。
(アホか俺は。慌てて湯船から飛び出して掛け湯を急ぐ。ふと視界の端、サウナ室へ入る客の姿に見覚えがあった気がしたが――そんなことを考えている余裕もない。俺は更衣室へと早足で上がり、身支度もほどほどにドライヤーをシャツへと当て始めた。)
(急いで濡れた身体を拭き、一旦館内着に着替える。洗濯物を取りに行く前に髪を乾かそうと、ドライヤーが備え付けてある鏡の前へ移動する──と、さっきすれ違ったばかりの友人③が端の席に座って髪を乾かしていた。ほぼ同時に向こうも人の気配に気付いたみたいで、こっちを見て一瞬気まずそうな顔をしたかと思えばわざとらしい笑顔で『アレ?東?偶然~。』なんて話しかけてきた。)
うぃーす。ラウワンぶりだっけ~?
(……って。普通に隣に座りながら手まで振って返事しちゃったけど、これでよかったのか私。さっき私に気付かないふりして出て行こうとしてたのも、私の顔見た瞬間嫌そうにしてたのも気付いてるのに……でも、別にこの子のこと嫌いってわけじゃないし、友達だしなぁ。結局そのまま私も髪を乾かし始め、案外普通に話せるもんだなぁなんて考えながら当たり障りのない言葉を交わし、先に乾かし終わった向こうが立ち去っていった。“んじゃまた~。”なんて空いてる片手を振りながら、以前平に言われた言葉が脳裏を過ぎる。やっぱ今のコレも私、雑に扱われてんのかな。たしかに白々しかったけど……だったとして、どんな反応するのが正解だったんだろう。平なら、怒れってまた言うのかな。でも、怒るって今更……?
正解はわかんなかった。結局何も変わらない反応しちゃったや。でも、あの日平に言われなかったらこーやって疑問を抱くこと自体なかっただろう。心のどこかでは引っかかったまま、ちゃんと考えずにうやむやにして──やっぱ平ってすごいよなぁ。何でもなんとなくで許してしまう私と違って、いろいろしっかり考えてるっていうか。私の扱いが雑な私よりずっと、私にやさしくしてくれるっていうか──考えてたら、いつの間にかすっかり髪は乾ききっていた。
ハッとして急いで洗濯物を取りに行き、綺麗になった制服に着替えてから手早くスキンケアやメイクを済ませていく。ポーチに付けているキーホルダーが目に留まると、またドキッとした。さっきの傘といいキーホルダーといい、思い出すだけで心臓が暴れてしまって煩い。アレが欲しいとかコレが欲しいとかねだられた事はあっても、こーいうの貰って胸がきゅんとするのは初めてかもしれない……。
友達と話し込んだりぼーっとしていたせいか、更衣室を出る頃には約束の時間を2分ほど過ぎていた。最悪だ、もっと早く時計見てればよかった──私は荷物をまとめ、小走りで平と別れた場所に向かった。)
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