東 2024-07-20 01:24:27 |
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(息が詰まる。恐らく平時ならばなんてことの無い距離。それがら人がひしめいていて、流れに逆らっているとなるとこうも疲れるものか。凹凸としたシートにつま先を取られ、身体を斜めに人混みへ滑り込まそうとしてリュックがぶつかる。格好の悪い行進。時折聞こえる悪態に舌打ち。わかるわ。俺も同じ奴みたらそうするかもしれねぇすまん。)
ッ、東……!
(俺は東を何で認識してるんだろうな。髪色? 顔? 背丈? 服装? わからねぇけど視界に入った瞬間「ああ」ってなる感覚。間違い探しの中の唯一の解答をみつけたような。だからだろう、こんなに慌てていても、息せき切って走ってても。東の姿を見誤ることはなかった。
息を呑む。呼吸は乱れっぱなしで、思わず東の両肩に手を載せて整えたいくらいだったけど当然そんな事はできるはずもない。東の前に立って力の抜けた両膝に手を当ててぜえはあと呼吸をして。それから――いろんな感情がどっと押し寄せてきた。気持ちをぶつける? 東の手を引いてこの喧騒の駅からとにかく逃げる? はっ……どれも、俺らしくねぇ。言いたいこと……なんだろうな、つーか、)
……ッ、いや、はぐれんなよ!!!!
(必死でみっともなく他人に悪態をつかれながら息せききらせた俺は、そうのたまった。)
え……、
(なぜか平が逆走してきていることにも、それを見てちょっと固まってたら思ったより距離が縮まっていたことにも驚いて、放心したまま立ち尽くす。何で引き返してきてるんだろう。落とし物か?何一つ状況が理解出来なくて、目に見えている光景全てが信じられずにいたら平が私の前で足を止めた。え、私?
てか、何でそんなに息切らしてるんだ。またしてもわけわかんなくて、戸惑ってしまう。先に手伸ばしてきたくせに引っ込めたり、先に早足で進んでったくせに戻ってきたり。何してんだとか置いてくなとか、思うことはいくつもあるのに。次に飛んできた意外すぎる言葉を聞いたら、なんか。ぽかんとしてしまって──、)
……はは、なんそれ。
それ言うためだけに戻ってきたん…?
(そんな、落し物でも忘れ物でも何でもなくて私を迎えにくるためだけに引き返してきたみたいな言い方されたら──なんかもうホッとして、嬉しくて。平が実際何考えて何のために戻ってきたとか、どうでもいい。いま目の前に平がいるって事実だけで、私は十分なんだ。文句言われてるのに胸がいっぱいでふわふわして今にも泣いてしまいそうで、でもそれ以上に頬が緩んでしまうのを我慢できなかった。)
そんっ……げほっ、そうだ、よ……!
(そんなんじゃねぇ。ホントはもっと感情ぐちゃぐちゃで。言いたいことも聞きたいことももっとほかにある。でもなにから言えばいいのかわからない。口に出せと言われればどれも見当違いなことを言ってしまいそうで。乱れた呼吸と肺から絞り出すかすり声に噎せて咳する。カッコわりぃどころの騒ぎじゃない。これだから必死になんてなるもんじゃない。
しかもなんか東のやつ『フッ……』って感じの顔してね?なんだその顔。)
振り向いていなかったら焦るだろうが。あやうく一人で後ろに語りかけるところだったわ。
(そういや隣に母親がいるもんだとばかり思って知らないオバサンに話しかけたこともあったな。似たような服着るんじゃねーよって理不尽に思ったんだよな……アレは恥ずかしかった。
とにかく。やっぱりというかなんというか東は普通で。俺だけがおかしくなっただけだ。そのじじつにほっとして――同時にどこか寂しくて。今何時だろう、なんて時計を探す素振りで顔を背けた。)
(喜んでいいところかどうかわからんけど──いや、べつに何が進んだわけでもないし元に戻っただけ?まだまだ浮かれてる場合じゃないのはそうなんだけど、目の前の平が苦しそうに咳き込めば咳き込むほど顔がニヤけそうになっていく。緩む口元を咄嗟に手で隠した。
あーあ。そんな息切らして、汗までかいてさあ。そこまでして私のためだけに急いで引き返してきたとか……嬉しくないはずがない。文句言うためで全然いいよ、むしろ今だけはどんどん恨まれたい。とことん重症かもしれないな……あーやばい。安心通り越して舞い上がってきて、テンションおかしくなりそう。)
すまんすまん。てか自販機あっちな。
オラ、水飲め水。
(なんかキョロキョロし始めたけど自販機か?こんなとこにないよ。でもまあ、そりゃ喉渇くだろうな。完全に浮ついててまともに回らない頭でカバンを漁り、今朝コンビニで買ったペットボトルの水を取り出す。まだ全然気持ちふわふわしててなんかダル絡みみたいなノリになってしまったけど、未開封のそれを余所見してる平の頬にグイグイ押しつけようとした。)
自販機は探してねーよ。なんでだよ。今何時だって思っただけ――
(はあ――一際大きな深呼吸でようやく整い始めた吐息と共にシャツの胸元をつまんでパタパタさせていると、水を押し付けられた。)
――冷たっ……くもねーな、微妙なぬるさの水よこすなよ……。
(抗議の目線と共にやんわり水を押し返して頬についた水滴を手の甲で拭う。この時期の水なら氷入りで欲しいくらい。勉強してるときとか氷つっこんでもってくけどすぐ溶けちまうせいでコースター敷くのも癖になった。一回なしでテキスト濡れて今もシワっとなってんだよな……。
そんな取り留めもないことを思い出しつつスマホを取り出して時計をみる。余裕というほどではないがまだ全然間に合う時間だ。)
ほらもう行くぞ。
(もう一度深呼吸してから体を翻す。今度はちゃんと東の歩調を見失わないようにゆっくりと歩みを進める。
……それにしてもなんだあのぬるい水は。あえて常温の水を好むタイプもいる。体を冷やしたくないとかそんな理由で。東もそんな理由なんだろうか。……なんつーか。似合わねぇ。)
……東ってぬるい水派だっけ?
いんや?これ欲しくて買っただけ。ちなみに2個ある。
(わがままだなーとか軽口を叩きながら、突き返された水をカバンに仕舞う。そのついでに、カバンのチャックにつけているキーホルダーをひらひらと揺らしてみせた。
私だって、ぬるい水なんかより冷たいの飲みたいわ。普段は飲みたくなったタイミングで買うし。と言いつつ、今日はぬるいのがカバンに2本もあるわけだけど。原因はよく見かけるアレ。ペットボトル買うとおまけで何かついてくるやつ。昨日何気なくSNS見てたらこのキーホルダーについてる謎のクマのマスコットがブサカワで癖になる表情だとか話題になってて、たまたま今日からこのおまけに切り替わるっていうから、何となく気になって買ってしまっただけだ。しかも、いくつもある模様やカラバリの中から決めきれなくて2つも。今日は一日その微妙なぬるい水を飲む羽目になるのかと、指摘されて改めて気付いて溜息をついた。
とはいえ他愛のない話をしながら平と並んで歩くのが楽しくて、ずっとヘラヘラしそうになるしテンション変かもしれない。)
完全に何も考えてなかったわー。
この場合、ぬるい水を飲ませたいお前とお断りしたい俺とどっちがわがままなんだよ……見解をいえ。
(つーか絶対俺がわがままって結論づけてんだろ、と付け足して。それでも東の示した謎のキーホルダーに目がいく。なんだこれ? ……まあよくある買うとついてくるオマケ系か。飲みたい飲み物全部に設置されてると奥とか覗いてなんとかついてないやつ探しちまうアレ。
クマ……パンダか? 全然かわいくみえねぇ……いやまあヒトの好みにケチはつけねぇけど。朝から二本も買うなんてよっぽど気に入ったんだろうし。………………まてよ。
『なにも考えてない』ってことはなにか?
こいつ朝からカバンの中に五○○ミリリットルを二本、一リットルの水を持ってるってことか?)
……修行してんのか?
(勉強しろよ。そんな言葉が口をついてでた。誰と戦う気かしらねぇけど。まさか俺じゃないだろうな。
改札をぬけて再び駅外のロータリーへ。人の波は少しだけ落ち着いたようにみえる。つっても次の電車が到着するまでのわずかな時間だけだろう。まあ、そんななか逆走するやつなんてまずいない。ただ、定期券でよかったなんてどーでもいい事を考えて。俺は横にいるであろう東に視線を向けた。)
バレてたか。まーまー、そう細かいこと気にすんな。これだって元はぬるくなかったんだしさ?次買ってもどーせすぐぬるくなるって。
(まあ、私は2本も飲みたくないんだけど。なんかそれっぽいこと言ってます感を出しながら適当な理屈で畳み掛け、仕舞ったばかりのペットボトルをカバンからチラッと覗かせて見せる。あわよくば1本押し付けられないか考えてみたけど、さすがに無理か。後先考えずにノリで買ってしまったのは水もそうなんだけど、ぶっちゃけおまけも1個でよかったな。買う時はノリと勢いでいけても、後で冷静になると“やっぱいらんかったな”ってなるの、割とよくある……よね?
ペットボトル2本分の重さも、重すぎて持てないってほどじゃないし買う時は全然気にならない。でもしばらく背負ってると、あーいつもよりカバン重いなってなる感じ。最初からがっしり重かったら買いすぎたりしないのになぁとか、くだらない事を考えて歩きながら手にしているカバンを隣の平に向かって差し出す。)
持つか?地味に重いよ。
(んで私から尋ねておきながら、速攻で背負い直そうとした。どうせ断るだろってわかった上での軽口。外の空気を浴びると、通い慣れてるはずの場所なのにやけに空気が新鮮で美味しく感じた。お日様もキラキラ眩しくて──って、なんか少女漫画みたいな思考になっちゃったじゃん。平の顔を覗き見たら胸の奥がまたきゅんとして、ああなんかやっと“恋してる”って気分になれたかもしれない。)
~♪
(これからもこの想いは隠さなきゃいけない。でも今は、変に隠さなきゃいけないとか余計なことを考えながら会話してるわけじゃない。久しぶりに普通の会話が普通にできてる感覚。それが心地よくて嬉しくて、無意識に腕の振り方がいつもよりオーバーになってたり、鼻歌とか歌っちゃってたり。)
そりゃまー保冷の効かないカバンの中につっこんでりゃぬるくもなるだろーよ……。
(最近スーパーとかでみるペットボトルのシェルターみたいな保冷効くやつとか買えばいんじゃね? 水滴もつかねーだろし……俺は東のカバンを一瞥してそんな事を口にした。中はよく見えなかったが――ジロジロみるようなもんじゃねぇし……うわ、マジで二本あるわ――多分水滴からテキストなんかは守れるよう工夫くらいしてるのだろう。
と、そこで東がカバン重さに興味あるなら、みたいな風でこちらに差し出してくるのを俺はイヤな顔で迎撃した。)
その『興味あるっしょ?』みたいな風にいって俺にカバン持たせようとするのやめろ。荷物持ちはしねーよ。
(そもそもの見た目の話ではあるが東のカバンの方が俺のそれよりデカく見える。実際開けてみるとあんまり入らなかったりする見掛け倒しなカバンもあるけどな。……あ、これ多分『見掛け倒しじゃなくて見た目重視』とかいって東と意見分かれるやつだわ。俺は勝手に脳内の東にツッコミを入れて、現実の東を見やった。なんか鼻唄してるし。なんの歌だっけかこれ。
――つか、ごちゃごちゃいらねぇこと考えすぎなんだよな俺は。この、変に元気な東をみるとつくづくそう思う。そう。俺は……)
俺はなんかもう疲れたわ。そもそも朝とか別に得意じゃねえしんんそのわりに朝からバタバタだしなんか知らんけど駅で走り回ってるし人にはたくさんぶつかるし……ぶつかったはずみで暗記が何個か抜けてんじゃねって思うけどマジで抜けてたらショックだから今確認する気になれねぇし……あとでテキスト見返してすぐ答え合わせできる状態でやらねぇと……一限なんだっけ……自習でいいわもう……ぶつぶつ。
(/本体で失礼します。そろそろ学校着きそうなのでクラス的にも一度〆ようと思いますがいかがでしょうか。)
あーアレか。けどいざ買うってなったらその辺のスーパーとかじゃなくて、ちょっと可愛いの欲しくならん?
(買ったら毎日使うだろうし……適当にダサいの買ったりはしたくないけど、それだけのためにわざわざ探しに行くほどでもない。で今度買い物する時ついでに見てみるかって思ってて、結局忘れるってパターンなんだよな。あったらあったで便利そうだけど、ペットボトル飲料の気分じゃない日もあるし──やっぱ事前にこれ買おうとか考えてても、計画通りにいく気がしない。ついさっき衝動的に買った水2本の存在を思い浮かべながら、やっぱり買い物なんてものはその場のノリなとこあるよな、なんて考えてへらりと笑った。
平が断り文句を言い切る前に既にカバンを背負い直しながら、持ちたくなったら素直に言えよーとか雑な返事をする。べつに、あわよくば持たせてやろうとかそういうんじゃない。たぶん。)
あー…はいはい、そかそか。疲れたな、どうどう。てかそれ半分は私のせいかもしれんし、なんかごめん。
お詫びといっちゃ何だけど、水がダメならこれとかどうだ?“シマシマレッド”。ちな私のは“水玉ブルー”な。
(ふと気付くと、いつの間にか前方に校舎が見えてきていた。駅からめちゃくちゃ離れてるってわけじゃないけど、今日は特にあっという間だった気がする。楽しい時間がいよいよ終わると思うとちょっと切なくなって、平の顔を見上げてみる。あーよくわからんけど、また何か変なモード入っちゃってんな。隣でぶつくさと呟く平に掌を向けて、動物でもなだめるみたいに声をかける。
ついでに、どさくさに紛れてカバンから未開封のキーホルダーを取り出して平に投げ渡そうとした。赤い縞模様のクマのマスコットがついたキーホルダー。受け取れよの意を込めてキメ顔を向け、逆の手でサムズアップしながら。べつに、いらないから押し付けたいってわけじゃ──あるにはあるけど。)
(/こちらも背後から失礼いたします。そうですね。一度〆て場面転換で大丈夫です!展開にご希望があればうかがいますし、流れに任せる形でも可能です。)
ん……わかるわ。
(テキトーに買ったもんで後からデザインのいい同じもんみつけた時のやるせなさっつーか。使い捨てのもんとかじゃなきゃなおさらか。
……特に東は人目を引くしな。
へらりと笑ってまだカバンがどうのこうの言ってる東を流し目に見る。こいつの場合は持ち物とかも周りから注目されがちだろうし、迂闊なものとか持てねーんだろうな。俺のような変な見栄とかじゃなくて、こいつが良いと思ったものが周りにもウケる。俺にゃよくわかんねぇけど。
あとカバンは別に持ちたくならねぇ。なんなら元カノ――なんてエラそうに言えるほどの付き合いでもねぇが――とにかく彼女のものだって触ったことすらなかった。いやそもそもあの様子だと触らしてもくれなさそうだよな……。
俺が鬱々と思考を口から垂れ流しにしていると遮るように掌を向けた東が何かを投げて寄こした。)
――ぶっ!
(放物線を描いたソレは反応の遅れた俺の顔に緩やかに当たり、慌てて両手をパンと合掌した俺からするりと逃れてアスファルトへ落ちた。
なんの嫌がらせだよおい……。)
いてぇな……なんだこれ。さっきのクマ?
(クマっつーかシマウマみてーなカラーリング。絵本でどこにいるか探すやつみたいな色合い。いらねぇ……つかこれが欲しくて水買ったんじゃねーのかよ。
東はやたらに元気で。朝悩んでる風にみえたのも気のせいだったのかというくらいに普通で。俺にはそれが妙に――泣きたくなった。)
……――じゃあな。
(下駄箱。ここからは別々のクラスだ。一緒のクラスで過ごしたのがもうずっと前の事かのように感じながら。自分の教室の方へ足を進める。なんとはなしにポケットからさっき受け取ったクマらしきキーホルダーを取り出して。……今度みかけたら水、買ってみるか。そんな事を思った――。)
(/こちらからは以上です。今回私が無難に朝からスタートでしたのでもしご希望でしたらこのお返事なしでご希望の場面転換しても合わせます。
……もう少し話すなら私の平で続けて大丈夫ですか?
ロル回しながら「これ平か?」と何度も自問自答してましたしちょいちょい過去も想像で作ってみたりしてしまったのでお口に合わない可能性も考慮すべきでした。申し訳ないです。アレでしたらこれで終了という事でもまぁ円満かなと感じてますのでご一考くださいませ。)
(下駄箱で平と別れた後は、特に何か変わったことがあるわけでもなく普通に時間が過ぎていった。普通……クラスが違う今は、平がいないこの時間の方が“普通”なんだよな。そんな中でも朝から電車が被った日はやけにふわふわして落ち着かなくて、授業の一部が頭に入ってこなかったり、ふいにこの嬉しさを友達に全部ぶちまけて共有したくなったり。最近はずっとそんな感じ。今日だってまさにそうで、突き返されるだろうなと思って押し付けたキーホルダーを平が受け取った瞬間を思い出したりなんかして──あの場のノリで突き返されたからって何とも思わないだろうけど、突き返されなかったとなると何かちょっと嬉しくなってきた。知らない間にニヤついてたらクラスメイトに指摘されて、適当なこと言って誤魔化したり。そんなこんなで今日もちょっと授業聞き逃した感はあるけど、それ以外は何てことのない一日だった。)
──ありえんくらい降ってんじゃん……。
(……と思ってたら、放課後。校舎内にいる時から明らかに空暗かったし音も聞こえてたけど、外に出てみたら予想以上の大雨。天気予報なんかあてにならないなと内心思いながら、常に持ち歩いてる折り畳み傘を取り出して広げる。いつか平と並んで帰った雨の日のことをふと思い浮かべて、今日はちゃんと傘持ってきてんのかなとか、この天気じゃ今日は帰り会えないかなとか、やっぱり私は気付けば平のことばっか考えてた。
そのまま帰るか、地区センターで勉強してくか……一瞬悩んだけど、距離的には地区センターの方が近いし、勉強している間にゲリラ豪雨もやむかもしれない。今日も自習室に寄ろうと決めた私は、傘をさしながら一歩踏み出した。)
(/ありがとうございます!とりあえず放課後まで飛ばしてみました。
お相手に関しましても、こちらに問題がなければ是非引き続きお願いしたいです。何の不満もないどころか、逆に私の東で大丈夫でしょうかと言いたくなるほど解像度の高いロルを毎回頂いているので、いつも楽しみにお話させて頂いております。私の考えとしましては、連載中の作品ですし今後原作と辻褄が合わなくなってしまう可能性も含めて、キャラ崩壊さえなければ多少の捏造は承知の上ですのでご安心ください。)
(生活環境委員の集まりはいつもさほどの時間もとられない。まぁそのあたり受け持ってる教師の性質が大いに関係してるとは思うがとにかく受験のこの時期に放課後、余計な思考を割く時間が少ないのはありがたかった。教室からでてスマホを取り出そうとすると同時に例のキーホルダーがまろびでて廊下に落ちた。よくよく地べたと縁のあるやつ……。
隣を歩いていた女子――本田がそれを見てポツリとこう言った。
『それ、いま水買うとついてくるやつ?』。
本田梨花子は変なところに食いつく。生活環境委員になった動機といい、実は面白いやつなのかもしれない。一瞬、俺のじゃないと返答しかけてじゃあ誰のだよこえぇよという結論に至ってただ首肯した。本田も自分が興味があるわけじゃなく西――友人が持ってるのを見ただけらしい。『男子にも人気あるの?』なんて聞かれてもわかる訳もねー。
とりとめもない話と共に玄関にでるとなんと盛大な雨がお出迎え。傘ねぇわ。またかよ……。と思っていると本田はつつがなく折りたたみ傘を取り出している。そして俺が傘がないと察したのか一瞬すげぇ嫌そうな顔をしてから『傘ないの?』『朝天気予報でいってたよ』『ちゃんと準備しよう?』……ポコポコとリズミカルに落ち度を口撃された挙句にため息と共に『……平くん帰りどっちだっけ?』と言った。
これあれだ。駅まで入れてくれる流れだ……いや、うーん……本田お前アレだな?
本当は構いたくないけど見捨てた感じなるのも自分的に微妙だし一応聞いとくかみたいな葛藤だろ? やべぇわかるわ……。
俺は教室のロッカーに傘あるからとってくるわと告げて本田と別れた。もちろんウソ。でもそうしねぇとなんか誰も幸せにならなそうだろ……。いや別に今幸せじゃねぇけど……。
教室にいく意味はないけど行かないと行かないで不義理な気がして階段を登る。踊り場の窓から覗く校門の景色。既に荒れた水滴の波の付着するその向こうで、見知った傘の色――東の傘、あんな色だったっけ? なんて。そんな事を思った。
とりあえず少し時間潰してから駅までダッシュするか……そういや地区センターの自習室って今日空いてたっけ?
ならそっち行くか。雨足が少しでも弱くなることを祈りながら、俺は嘆息した。)
(/安心しました。後ほど合流します。
度々お誉めいただき恐縮ですがそう言っていただけるのもお相手様あってのこと。いつも素敵な東をありがとうございます。表現は勿論しばしば構成や尺など合わせて頂いているのだろうな……と察する場面もあり、苦となっていなければ良いのですが。もしも本編で大きな転機が訪れるのであれば場面〆ごとに最新話に合わせるのも良いかもしれませんね。お返事の頻度が安定せず申し訳ないですがそれではもう少しだけお付き合いくださいませ。/蹴可)
(ただでさえ折り畳み傘はサイズが小さいのに、こんな大雨の中で完璧な働きをしてくれるはずがない。もちろんないよりは全然マシだけど、ちょっとでも風があれば横から容赦なく雨が吹き込んでくるし、そもそも風のせいで傘をまっすぐ安定させるのだって難しい。始めはある程度慎重に傘を支えながら歩いてたけど、どうせ濡れるならそれなりに濡れるのを覚悟の上で多少強引にでも急いで地区センターに向かった方がいい気がしてきた。そんなわけで一応は傘をさしつつも、途中からは走るの優先で地区センターを目指した。)
……!うそ……ないじゃん。
(無事に目的地まで辿り着き、傘についた水滴を払ってケースに入れカバンに仕舞おうとしたら……今朝チャックにつけたばかりのキーホルダーが、見事になくなってた。私は、何もついてないチャックを呆然と見つめ──思ったよりも絶望的な声が出て驚いた。いつどこで落としたんだろう。学校出る時はついてた……はず。たぶん、さっき走ってきたせいだ……。何でここまでショックを受けてるのか、ぶっちゃけ自分でもわからない。長年大事にしてた思い出の品とかならともかく、今朝買ったばっかだし。そもそも水のおまけだし。タダ同然だし。ちょっとどころかかなりブサイクだし。私は好きだけど。なんなら2個もいらなくて、平に押し付けたやつだし……でも。だから。
気付いたら私は、畳んだばかりの傘を再び広げて来た道を引き返していた。べつに、そんなに必死になって探したいわけじゃない。けど、もしこの近くで落としたんだとしたら。ちょっと引き返せば見つかる距離に落ちてるんだとしたら──私はひたすら俯いてジロジロとアスファルトを見渡しながら、青い水玉模様のクマを探し始めた。)
……――そろそろ、いくか。
(時間にして一○分程だろうか。なんとなくスマホをいじりながら教室の窓を茫然とみつめて時間の経過を待った。さすがにこれくらい間を空ければ本田とかち合う事もないだろう。……実はやっぱり傘は持ってませんでしたなんてカッコ悪りぃしな。
スマホをポケットに無造作につっこむとなにかが当たる感触があった。簡易包装の封を切ってもいない例のキーホルダー。まぁ、そのおかげで何度落としても汚れが本体に付くことはなかったわけだけど。またお前か……とつまみ上げてからこの歯みがき粉みたいなカラーリングをなんとなく不憫に思った。こんな色合いじゃ野生で生きていけないだろうな。目立ちすぎ。俺なら気が狂うわ。ま、しょうがねーから保護してやるか……。スマホの反対側、ハンカチの入ってる方のポケットに挟むようにしてつっこんだ。
玄関口にいくと幸いにして雨足が少しだけ弱まっている気がした。頼むから俺が走り出した瞬間に強くなるのだけはやめてくれよ……なんて祈りながら早足で校門を突っ切った。)
ほーら、やっぱりな……。
(正門を抜けて脇道へ。アスファルトの舗装もほどほどの小道を駆け足で走っていると段々雨足が強くなってきた。俺がやめてくれよと思うとすぐこれだ。まぁ、だからって願いの裏をかいたらそれはそれで『そこまでいうんなら……』みたいな感じで叶えてくれるわけだけども。神様なんつーもんがいるとしたら実に悪質だ。
次の曲がり角を曲がったらもうあと少し。
と、そこで。水滴の滴った前髪の先に見知った色の傘が見えた。前に俺が壊した東のやつによく似ている。先程、窓の先にみたのと同じ色合い。)
――……東?
?……いや濡れすぎな。入るか?これさしててもフツーに濡れるけど。
(いきなり平の声がして、ようやく顔を上げる。下ばっか見て歩いてたから、呼ばれるまで全然気付かなかった。なんでいるん…って、いるのは別におかしくないか。無駄に目をぱちくりさせてしまった。朝も時間合ったのに帰りも一緒かなんて喜ぶ暇もなく、平の姿をよくよく見てギョッとした。なんでそんなにびしょ濡れなんだ。いや、傘ないんだろうなってことは見ればわかるけど。風邪ひくよって前にも忠告したのに、まだ傘持ち歩いてないんかい。毎日勉強がんばってるくせに、体調管理は杜撰なの何なん……なんてことを考えながら平に歩み寄り、返事とか聞く前に勝手に平を同じ傘に入れようとした。
てかこれ、なんで引き返してきてるんだってなるやつ?そこツッコまれたとして、何て答えよ。一回着いたのにわざわざ引き返してる私と傘さしてない平じゃ、大雨なのに何やってんだって意味ではやってることほぼ同じじゃん。いや平のは事故で私は自分からって考えたら、この場合意味不明なのは私の方なのか……?私が何やってんのか、私もわからんし。あんなのお揃いにしただけで浮かれてたとか……そっか私、浮かれてたんだ。平はあきらかに嫌そうだったし、絶対使うわけないって知ってても。
平の方に傘を傾けながら私は、別のこと考えて別のことに恥ずかしくなってた。平と同じ物持ってるってだけで喜んでた自分の感情に。そもそも私が引き返してる理由とか平は興味ないか。普通にスルーしてすれ違っておしまいって可能性だってあるのに……こんなに頭パンパンになってるのは、私だけなんだろう。)
いやそっちもだいぶ濡れてんだろ……つかこんなとこでなにしてんだ。自習室なら逆じゃね?
(突き出された傘を数歩下がりながら固辞する。が、さすがにこの雨足の中、ここでしゃべり続けるのは正直キツい。ひとまず話す時間だけ、頭だけ傘に入れてもらうことにする。もう目と鼻の先だろう地区センターへいくだけなら小走りするだけでいいんだが……。
鋭い雨だれは折りたたみ傘のどうにも頼りない羽を容赦なく打ち据える。
つか、声聞こえてんのかこれ……?
俺はぐっと傾けられた傘に顔を寄せた。身体全部を入れれば東が濡れる。折りたたみ傘じゃなくても多分そうなる。だから、顔だけ。背中に張り付いたシャツが生暖かく染み込んで皺を形作っていく。)
いや俺はいいから自分をしっかりガードしとけって……!
(聞こえるように普段より幾分か大きな声でそう告げて傘を傾け直そうとして。気づいた。湿った肩口。しっとりとした髪質。こいつ、実は結構濡れてねーか……傘もってんのに……?)
アレは……!
前やってたてるてる坊主みてーな防水のパーカーはねぇのか?
私もわからん。いやわかるけど、何で探してんのかよくわからん……。
(こんなんじゃ意味わかんないと思う。でも私だってよくわかってないんだから許してくれ。考えるより先に身体が動いてたんだよ。なんで私、あんなおまけのクマ落としたくらいでこんなにショック受けてわざわざ探しに戻ってるんだろ。私が私に聞きたいくらいだ。平のことが好きだから、あんなクマでもお揃いだと思って浮かれちゃってるのか。でも、ただそれで舞い上がってるだけってよりは──私は、初めて平との明確な“繋がり”が出来た気がして嬉しかったのかもしれない。
私と平は一緒に通う約束も帰る約束も、この先会う約束なんか一回もしてない。運がよければ会える日々を繰り返してって、卒業して進路が変わったらそれもなくなるんだ。しようと思えばいつでも連絡はできるけど、そこにまた会える保証があるわけじゃない。今だってほとんどないはずの平の中の私の存在が、いつか完全に消えてしまうような──平が遠くの大学に行きたがってるって知ってから、たまにこんな風に寂しくなることがある。実際はお揃いのキーホルダー持ってるからって平は何とも思わないだろうし、それ見て私を思い出すこともなければ持ち続けてくれない可能性の方が高いんだけど。)
いやいや私はさっきまでさしてたからいらんて。この時期にあんな分厚い上着着てくるわけないだろ。
(正直キーホルダーのことしか考えてなくて、自分がどのくらい濡れてるとか意識してなかった。返事してる間も、ずっと下見てキョロキョロしてたし。でかい声で傘を拒否されてやっとハッとして、こっちに傾いてきた傘を再び平の方に傾けようとしながら一息で反論する。私よりビショビショなくせに何強がってるんだよ。それと今の季節なんだと思ってる。あと顔近いな。顔が火照ってきた気がするのは、平がパーカーの話なんかしたせいだってことにしておこう。)
?…………とにかくなんか、探してんだな?
(何言ってんのかわからねぇ。東にしては珍しく要領の得ない回答。つか、雨の中なにやってんだこいつ。そんな必死になるような何かを探し――サイフでも落としたのか。
東の視線はさっきからずっと地面の方をみているように見える。なにもこんな雨の中で、とは思うがそんだけ必死って事か……。ああ、くそ。
俺は視線をぐるりと巡らせ、とにかく何か落ちていないかを探した。
雨足は一向に治まる様子もない。曇天の放課後は灰色に染まり、路面は跳ねた天の雫でささくれだっている。
不意に先刻の本田梨花子とのやり取りを思い出した。本田は傘のない俺に面倒だし嫌だけど見捨てるのも後味悪いといった風で……俺も逆の立場なら間違いなくそうだったろう。
でも。今はどうだ?
いま俺は――別に面倒に巻き込まれたとは思っていない……?
なにやってんだこいつとは軽く呆れてはいるけど……なんでだ?)
いいからっ……入っとけって……どうせ俺はもう濡れてるしお前まで濡れることはねーよ……!
(雨の中の問答は必然お互いに顔は近くなり、声も大きくなる。
東の言い分はもっともだった。前回のあの時はマフラーをハンガーにかけてドライヤーを当てた覚えがある。マフラーしてるってことはそういう時期って事だよな。やべぇ、季節感ねぇな俺……。数ヶ月前の出来事がまるでついこの間のことのように思えた。
そうこうしてる間にも風雨は縦に斜めに容赦なく襲いかかってくる。俺は一際力を込めて東に飛沫がいかないようにしようとして――バキョ、というどこかで聞いた事のある破壊の音が鼓膜を貫いた。)
あっ……あはは!
うそじゃん平また傘壊したん?壊すの天才か?ウケる…っ、はは……!
(グイグイと傘を傾けたり、傾けられたり。もう濡れてるからこそ、これ以上濡れたら風邪ひくだろ。素直に甘えとけと思いながら、平がでかい声出すもんだから私も負けじと張り合って傾け返そうとした。てか平って意外と力強くね?風のせいか?そんなことを考えた瞬間に頭上で嫌な音がして、一瞬動きを止めてしまう。それから視線を上に向け──いつかのあの日と同じように、思いっきり傘がグチャって逆向きに開いていた。……おもろすぎだろ。私らは一体何やってんだ。すぐ近くに地区センターがあるのにこんなとこで立ち止まって、そのくせ濡れるとか濡れないとか気にして傘押し付け合ってさあ。いや私のせいなんだけど。平は平でなんでかしらんけど毎回傘持ち歩かないし、私は私でこんな天気の中変なクマのキーホルダー探そうとしてるし。結局はこーなって2人ともびしょ濡れとか。冷静に考えたら変なことばっかで、怒った傘がツッコんできたって感じ?
急にいろいろとおかしくなって、我慢できずに盛大に笑い始める。途中からは完全に傘から手を離して、両手でお腹抱えながら。べつに前回も今回も平が壊したってわけじゃないけど、今傘持ってんの平だし。ね?一回笑い始めたらツボに入ってきて、濡れた髪や服の独特の不快感も、今だけは不思議なくらい気にならなかった。)
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