名無しさん 2024-06-23 15:07:43 |
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( 時間があるかと問われればにこやかに頷くが、その内容が自分の望むようなものではないとすぐに分かった。言葉選びこそ慎重だが、向けられた視線は鋭く、秘められた怒りが静かに滲んでいるような気がした。本当なら猫撫で声で擦り寄って様子を伺いたいところだが、どうにもこの手は通じなさそうだ。
そうなれば「ごめんなさい」とここは素直に謝罪の言葉を口にし、うるうると揺れる瞳を相手に向けて申し訳なさそうに言葉を続けた。)
「……迷惑をかけちゃったのは悪かったわ。
でも、私は美風くんが好きなの。美風くんだって分かってるでしょ?これから特別な関係になれないの…?」
(反省しているのかと思いきや、謝罪の言葉に続けて出たのは告白まがいな言葉。記事について否定して欲しいと望む相手に向かって、この場に及んでも自分の都合を無理やりにでも叶えようとしているらしかった。
あんな大々的に週刊誌に記載されたのは予想外だったが、きっかけは何であれ彼とお近づきになりたいという思いがあった。しかし、それは純粋な恋心ではなく、“人気急上昇中のイケメンアイドルが彼氏”という箔がつくからに過ぎないだろう。)
ごめんなさい。気持ちには応えられません。
( 「好き」という言葉。ファンから貰う「好き」も、恋人の彼から貰う「好き」も、全部愛おしくて胸の中に大事にしまっている宝物のような言葉。それが彼女の口から発された今、これほど薄っぺらい「好き」があったのかと冷めた目で彼女を見下ろす。以前までは曖昧な好意だけ匂わされてはっきり切り捨てることもできずに困っていたが、直接的な言葉をかけられたのなら返事は一つしかなかった。潤んだ瞳を向けられ、罪悪感がないわけではない。アイドルが女性を泣かせるなんて酷いなと自分でも思う。それでも僕にはそれ以上に泣かせたくない人がいる。僕の隣は、すでにその人で埋まっている。泣き落とそうとしても無駄だと、未だ食い下がろうとする彼女に続けて言葉をかけて )
……僕は、相手を尊重して大事にしてくれる人が好きです。本当はつらいはずなのに、自分の気持ちを無視してまで僕を心配してくれるような、不器用で優しい人がいい。…申し訳ないですけど、あなたが当てはまるとは思えません。
( 恋人を思い浮かべて並べた言葉は、暗に自己中心的な彼女を批判しているように聞こえただろうか。しかし心に鬼を宿して言い切らないと諦めてもらえそうになかった。彼女は確かに端整な顔立ちで、華やかな職業で活躍している自信家だ。それを考慮すれば、アイドルの僕にはお似合いなのかもしれない。実際、そんな世間の声も少なくなかった。それでも、駄目なんだ。僕の隣はあの人しかいない。アイドルの僕も、格好悪い僕も、すべてを愛してくれるのは彼しかいない。そして、彼のすべてを愛せるのも僕しかいない。…これはなるべく出したくない最終手段だったが、拒絶の意図を分からせるには一番効く。最後のひと押しだと釘を刺して )
あ、あと、仕事以外でこれ以上関わろうとしたら、共演NG出しますから。…というか、今すぐにでも出したいくらいなんですけどね。アリサさんの事務所にはお世話になってるんで、難しくて。
( 此方の告白をあっさりと断られ、その結末は内心分かりきっていた事だがどうにも悔しくて。一言言い返そうかと口を開くが、続けられる言葉は自分を見透かし、あろうことかとある人物を思い浮かべ心から愛おしそうに話すものだから、思わずぎゅ、と拳に力が入る。
彼が誰を想っているのかはなんとなく分かっていた。相手も相手で、この記事については無関係のはずなのに自分と会うと心底気まずそうにしていたから。共演をきっかけに仲が良いらしいとは元々聞いていたけれど、まさか本当に…)
「……それ、“あの人”のことなんでしょう。
確かに、顔はカッコイイかもしれないけど、芸人だし…、それに、男性同士よりも私と噂になってたほうがいいのにって思ってたのに…。」
( 彼らの関係については確証なんてなくて、様子を伺うためにわざと話し掛けたりはしていたけれど、今この瞬間に、自分があの人に負けたことだけは事実のようだ。未だ信じられなくて、往生際悪く次に発する言葉を必死に選んでいたが、彼からの最後のひと押しに、ふん、と腕を組んで「もういいわ。」と不機嫌そうに呟いた。)
「私だって、事務所にこれ以上怒られたくないもん。もうやめるわよ!貴方たちよりもかっこいい人なんてたくさんいるし!」
( とうとう諦めたのか、負け惜しみのように子供じみた捨て台詞を吐くと、腕を組んだまま踵を返しそのまま廊下の向こう側へ去っていった。
──…すると、それと入れ違うようにして、背後から「また絡まれてたのか?大丈夫?」と、なかなか戻ってこないリーダーを心配して探しにきたらしい竹内が駆け寄ってきた。)
「 マネさんからスケジュール貰ってたんだ。
美風、当日の日ちゃんと休み入ってたよ!楽しみだな」
( 彼女が言う"あの人"とは、きっと陽斗さんのことだ。ずっと彼の事を考えて発言していたんだ。女性は洞察力が鋭いとも言うし、勘づかれても無理はない。彼との関係を見透かされ狼狽えてしまいそうだったが、動揺を見せて墓穴を掘ることは避けたくて、あえて堂々と相手の目を見ることで場を凌ぐ。否定も肯定も今は適切ではないと思った。すると、ようやく観念したのか往生際が悪い態度をとりながらも「もうやめる」と吐き捨てて彼女は去っていってしまった。その背中を見送るや否や、ぷつりと緊張が解けると体の芯から力が抜けて、思わず壁に手をつく。その後すぐに駆け寄ってきた見慣れた顔に少し安心して、ゆっくりと呼吸を整えて )
…………あ、……う、うん。ありがとう。
……なんとか、話つけて…怒らせちゃったけど、納得してもらえたみたい
( 事の顛末を伝えながら、心底安心したような顔で片手でピースを作り彼に見せびらかす。ひどく疲弊していたが口角を上げる余裕はありそうだ。あんなに人に対して敵意を向けたのは初めてで、ずっと憤慨していて攻撃的な態度をとってしまった罪悪感は捨てきれない。なるべく事を荒立てたくなかったのに、結局彼女の怒りを買う形になったこと、陽斗さんとの関係がバレてしまったこと、心残りはたくさんある。これ以上関わらないと約束を取り付けたが、今後彼女がどう動くかは分からない。不安はあるものの、一応、一件落着といってもいいのだろうか。とにかく後は彼の勇姿を見届けて、しっかりと仲直りをする。それが新たな目標だ )
…なんか、すっきりしたよ。まだすべて解決したわけじゃないけど、……これでちゃんと雪山を応援できる。当日、楽しみだね。
( 仕立ててもらった新しいスーツに身を包み、相方と並んで舞台袖に立っていた。生放送の大舞台だからとメイクさんに髪の毛までセットされたのがなんだか落ち着かなくて、思わずセンターパートに分けられた前髪を触ってしまう。
──いよいよ迎えた本戦当日。先輩方が多く出場する中、若手は自分たちともう1組のみ。賞レースは審査の基準が幾つもあり、これでもかとネタ合わせをしてきたにも関わらず、やはり緊張感が今までの仕事と比べ物にならない。それに、自分には優勝したい理由が沢山ある。
芸人を志し始めたころから、いつか賞レースに優勝して少しは家族を見返してやりたいと思っていた。その気持ちは変わらない、でも今は、彼の隣に芸人として堂々と立ち並びたい。芸人のユキとして、雪田陽斗として、彼に少しでも誇りに思って欲しい。しかし、“絶対優勝する”なんて大口を叩いておいて、実際は優勝できなかったらと思うと恐ろしくて、自分で自分の首を絞めるとはこういうことかと小さく笑った。
今日のことに集中する為、彼に会ったあの日以降、未だに連絡はとっていないし、極力考えないようにしていたが、どことなく寂しさを覚える。…彼はちゃんと戦えたのだろうか、観に来てくれているんだろうか。やっぱり、面倒臭いやつだと見切られていないだろうか。騒がしくなる舞台袖でそんなことを考えていたが、舞台上からMCの声と観客の声援が聞こえて深く息を吐くのと同時に背筋を伸ばした。)
「 ──運悪くトップバッターやなぁ。ユキ、緊張してんの?」
…ちょっと考え事してただけや。少ししとるけど、お前ほどやないで。
「 俺は別に緊張なんかしとらんわ。でも、楽しみや、ユキが書いた新ネタめっちゃおもろいもん。決勝で披露したろな。」
その前に、調子乗ってヘマして優勝逃さんようにきばりや。
…ほな、さっさといくで。
「「 どうもーー!雪山ですー!」」
( 相方とグータッチを交わし舞台袖から一歩踏み出したと同時に、いよいよレースが始まった。
1番手と言うこともあり激しく緊張していたが、漫才が始まると自然と落ち着いて、普段通りのテンポ感で進めることが出来た。大きな舞台に1本のスタンドマイク。派手な照明や派手な演出もないけれど、マイクを挟んだ相方とのこのやり取りが、自分にとってはとても幸せで、楽しくて。観客の笑い声が聞こえる度に、やっぱり、人を笑顔にできるこの仕事が1番かっこいいんだと心のそこから感じた。
トップバッターで漫才を終えると、その後はひたすらに祈るばかり。自分たちの得点が他所に抜かされ、3位以下になってしまったらその時点で決勝進出が消え去る厳しい世界。
─数時間祈ってばかりでいい加減緊張度がMAXになり具合が悪くなりそうだが、いよいよ、今漫才をしている組で最後…。最初は景気よくトップの点数を死守していたが、その後は抜かされ現在は3位。この最後の組に点数が抜かされたら、その時点で敗退してしまう。
モニターに映る自分は無意識に相方にしがみついて、心底不安そうな顔をし相手の点数が表示されるのを今か今かと待っていた。…しかし、次の瞬間、会場へ響き渡るMCの声により、不安そうな表情から一変し、相方と共にガッツポーズを決めることになる。)
『 3位をキープし!雪山!!決勝進出~~!!』
はぁ…どうしようどうしよう、緊張してきた……吐きそう……。
「いや、美風が緊張してどうすんの!」
( 遂に迎えた運命の日。関係者席に腰を下ろしてからも、始まる前から顔面蒼白で頭を抱えているものだから隣の黄色担当には呆れられてしまった。だって、仕方ないだろう。大好きな漫才コンビの晴れ舞台で、ひとりのファンとして、そして陽斗さんの恋人として様々な感情が渦巻いているんだ。背筋伸ばして平常心で、なんてのは到底無理な話だ。昨夜から一睡もできなくて目の下にできた隈をなんとか隠して、見た目だけはしっかりと決めてきたが、死刑執行を待つような表情で開始時間を待つ姿は恐らく格好良いとはいえないだろう。「ほら始まるよ」という声に顔を上げて、ステージを見る。オープニングを進めるMCの声、出場者の出番順が発表され、雪山が一番手と知れば「えっ!?」と思わず大きな声が。お笑い賞レースは出番順が肝心だ。最初のうちは審査員達も手探りで、低めの点数をつけがちであるため後から抜かされてしまうことが多い。出番が遅いほど有利になる場でトップバッターなんて不運すぎる…と再度頭を抱えそうになったが、いやいや、ここで雪山を信じなければファン失格だと自分を奮い立たせる。きっと大丈夫だ。彼らなら大丈夫。不安はあるが、それ以上に期待していた。彼らはどんな漫才を見せてくれるんだろうって。審査員紹介が終わり、いよいよネタ披露が始まる。コンビ名が叫ばれて、音楽と共に登場する2人に目を奪われた )
───っふ、ははっ…もう、なんだ、すごい調子良さそうじゃん……
「…心配して損した?」
ううん、雪山ならやってくれると思ってた!
( 笑い過ぎたのか、はたまた感動したせいか、目の端に溜まった涙を拭う。一瞬で過ぎていった時間を思い返すと、彼は最後の最後まで、とても良い顔をしていた。僕の大好きな"雪山のユキ"がそこにいた。それが嬉しくて嬉しくてたまらない。審査員がつけた点数は1番手ということもあり飛び抜けたものではなかったが、僕としてはこれ以上はない最高の漫才だった。これを超えられるのは決勝に進んだ雪山しかいない。どうか、生き残ってほしい。そう祈っていても、現実はそう上手くいかない。暫定1位の座を奪われ、案の定どんどん順位が抜かされていく。その度に固唾を呑み、待機室にいる彼に思いを馳せた。そして準決勝最後のネタが終わり、現在3位である雪山がモニター映し出される。彼はとても不安そうで、届くはずもないが大丈夫…と呟いて。決勝進出か、脱落か。MCの声が結果を叫んだ時、隣ですでに涙目の男とともに歓喜して泣きながらハイタッチを交わした )
いやぁ、無事に決勝行けて良かったです!!まぁ、最初から行く気しかなかったんですけどね!
( 決勝進出が決まって安心したのもつかの間、ステージ上に決勝進出を果たしたメンバーが並び、MCをしているタレントと軽く言葉を交わしていく。「嘘つけ、めっちゃ不安そうにしてたやん!」なんて自分の言葉に相方や他の決勝メンバーがツッコミをいれつつ、順に意気込みが語られていく。
他のメンバーが話している間にちらりと観客席を見てみると、漫才中は夢中になってあまり意識を向けられないが、本当に沢山の人が見に来てくれているんだなぁと実感する。それに、恐らく前列の端の方にある関係者席…彼が来ているかどうかは未だに確認出来ていないが、きっと見てしまったら色んな感情が溢れてしまいそうで、自分の前方の方で視線を留めておく。それでも、彼の応援が伝わったのか、自然と緊張が和らいでいて、決勝の場だというのに最初よりも力が良い感じに抜けてきている気がする。
一度また舞台からはけると、決勝最初の組の漫才が始まる。決勝での順番はくじ引きの結果2番手。真ん中というのは前にも後ろにも圧される苦しい順位だが、ここまで来たら全力を出し切るしかない。
この時の為に稽古した新ネタは、相方のボ ケを最大限に引き出せるものだし、これまでずっと王道漫才をしてきた自分たちにとっては少し挑戦したネタでもあった。それ故、大いにウケる可能性も、大いにスベる可能性もあるわけで、どちらに転ぶか分からない不安は勿論ある。
最初に漫才を披露していた先輩方のネタはやっぱり面白くて、掌にじっとりと嫌な汗が滲んでくるけれど、よし、ともう一度気合いを入れ直し、有難いことに2回聞くこととなった自分たちの出囃子の音に、顔を上げた。)
──あっという間やったな。
「せやなぁ、でもなんか、やりきった感があるわ。」
(自分たちの出番を無事終え、最後のネタを舞台袖から眺めながら、始まる時と同様に隣の相方へ声をかけた。どんな時でも普段の調子を崩さない能天気な相方に思わず笑ってしまうと、「ホンマやなぁ」と小さく返す。新ネタはちゃんとウケたし、なんなら1番反応が良かったんじゃないかと思えたほどだったが、先輩のネタがやはり観客の反応が大きかった気がするし、今行われている漫才も大いにウケている。決勝なのだし接戦は予想していたが、結果発表までは気が抜けない。
──…そして、いよいよ結果発表の時。結果は5人の審査員の多数決によって決まる為、舞台上に並んだ出場者の自分たちはもちろんのこと、観客もスタッフも、会場全体が緊張や期待感に包まれているのが伝わってくる。観客の反応を見るに本当に誰が優勝してもおかしくないような状態だった。相方と2人、自分の両手を合わせて祈るようにモニターを見つめる中、MCがマイクを握りしめ息を吸い込み、審査員の結果が1つずつ開示されていく。)
『… 結果は、
…… “ダブルパンチ”、“雪山”、“雪山”、“ダブルパンチ”
さぁ、最後の1票で決まります…。最後の1票は…。
“ 雪山 ”!!優勝は雪山です!!おめでとうございます!!』
( …MCの言葉を聞いて、ぎゅ、と思わず瞑っていた目を開いて顔を上げた。紙吹雪が噴射された音も、観客の歓声も、何故か聞こえなくて。多分、凄く間の抜けた顔をしたまま喜ぶ相方に肩を揺さぶられていたと思う。無意識に関係者席へ視線を移すと、そこには彼の姿があって。視線が合った途端途端、ぶわりと体の奥から全てが押し寄せてきて、溢れ出る涙に戸惑いながらも嬉しくて子どものように泣きじゃくる。それでも心の底から安心して、“やったぁ”と声には出さず、無邪気な笑顔を向けた。)
( 決勝戦で雪山は2番手が割り振られ、どんなネタを披露するのかと期待がやまない。一回戦と同じ系統で攻めてくるか、それとも全く違うものなのか。舞台に立つ2人をどきどきと見守る。すると、最初の掴みから普段の雪山の雰囲気とは違っているような気がして。「あ、これ、新ネタかな…」思わず呟いた声に隣の彼が賛同して頷く。すごい、こんなネタも作れるんだ…。新鮮な雪山の漫才に感嘆を溢すのも束の間、彼らが作り出す笑いの渦に巻き込まれては、時間を忘れてのめり込んでいた。───彼らの出番が終わった後、笑い疲れてへとへとになりながらお腹を抑える。なんだあのネタ!初めて観た!とファン同士熱くなって語り合いながら、この後のことをふと考える。流石は決勝戦、三組全員がそれぞれ本当に面白くて審査員の唸る声も聞こえてくる。僕としては雪山が1番なのは変わらないが、すべては結果次第だ。もう順位なんて決めなくていいのにと身も蓋もないことを考えていても、結果発表の時はやってきてしまって。投票結果が開示されるたび、どくどくと心臓が高鳴る。そして、最後に名前を呼ばれたのは───雪山だ。わっと沸く歓声の中、噛み締めるように実感する。そっか、雪山が、優勝したんだ。ずっと信じていたから、なんだか妙な納得感があって案外すんなりと受け入れられた。よかった、よかった。雪山、すごい。ユキさん、すごいよ…感涙で滲んだ視界の中、心の中で彼の名前を呼ぶと、それに気付いたかのように彼がこちらを向いて、目が合う。瞬間、堰を切ったように涙を流す彼を見れば、ガタッ、と思わず席から腰を上げて、"おめでとう!"と口を動かしながら彼に向かって必死に手を振った )
───ユキさーーんっ!!優勝おめでとうございます……!!!接戦でしたけど僕の中ではずっとずっと雪山が1番でした!!あっヤマさんも!おめでとうございます!!
( 放送終了後。一段落したらしい彼らは楽屋にいるらしく、はやる気持ちで会いに行く。大仕事を終えた後だし今日はもう控えた方が…また顔を合わせたら気まずくなってしまうかも…などと心配もしていたが、開かれた扉の先に彼の顔を見れば、そんな考えは一瞬で吹き飛んだ。ぱっっと瞳を煌めかせ、大興奮のあまり人目を憚らず彼に飛びついた。ぎゅうぎゅうと熱い抱擁をするが、現在の状況的に周りは違和感を覚えずにいてくれるだろう。もちろんヤマさんにも声をかけるが、陽斗さんにはずっと抱きついたまま。久しぶりに触れることが許された彼の体温を噛み締めていれば、引っ込んでいた涙がまた顔を出してきて、ずるずると鼻を啜る。優勝を掴んだことで自信を持てただろうし、"お前の隣に立てない"という葛藤は払拭されたはず。だとすれば、と周りに聞こえないように、彼の耳元で小さく懇願して )
……本当、おめでとうございます。
はやく、僕の隣に戻ってきてください、陽斗さん。
あ、みっちゃ…ちょ、力強い!力強いて…!
……応援してくれてありがとうな。
( まるで嵐のように番組スタッフや取材陣が去っていき、やっと一息ついたところで楽屋の戸が開き目をやると、飛びこんできたのは今まさに会いたかった彼だった。その姿を見た瞬間、複雑な気持ちが入り交じってどきりとしたけれど、力強く抱き締められればそんな気持ちは吹き飛んで、苦しい、と苦笑いしながらも大人しく身を委ね肩の力が抜けていくのが分かる。
そうしていると、隣から「住岡くんはホンマにユキしか眼中にないなー、俺がついでみたいになっとるやんか! あ、あと、観客席のところでなかなかに目立ってたで?」とヤマちゃんが可笑しそうに笑いながら明るく声を掛けてくる。確かに、結果発表の後、こちらに手を振る彼の姿は立ち上がっていた事もあり大いに目立っていた。だが、涙を浮かべながら一緒に喜んでくれた彼の姿は自分にとって、それはそれは嬉しいものだった。お礼も兼ねてぎゅと相手を抱きしめ返すと、ふと、鼻を啜る音が聞こえてきて…くすり、と小さく笑うと優しく頭を撫でる。彼が泣いているのは優勝への喜びだけでは無いと知っている。だって、自分も同じ理由で泣きそうだから。
無事に優勝を果たしたし、ちゃんと話をしてケジメをつけなくては、なんて心の中で呟くのと同時に、耳元へ届いた彼からの言葉に、返事を口でする代わりに首元へ顔を埋め、ゆっくりと首を縦に動かした。)
「 あ、そうだ、タケちゃんと前に話しとったんやけどさ、この後4人でご飯でもいかへん?ほら、俺らは明日からまた忙しくなるし、ひとまずお疲れ様会&息抜きってことで 」
……あー、悪いねんけど、俺ら先に約束してあんねん。行かなあかんところもあるし、4人で行くのはまた今度でもかまわへん?
( な?、と顔を上げて相手へ同意を求めるが、勿論予め約束なんてしていないし行くところなんて特に決まっていない。だが、こう見えて空気の読める男である相方は「…あ、そうやったん?全然かまへんよー!それやったら、俺はタケちゃんと2人でデートしてくるわー」なんてあっさりと言ってのける。自分の相方がアイドルとべったりくっつきあっているというのに微塵の動揺も見せないその姿は、有難いというか流石というか…。しかし、そんな相方がいたから優勝出来たのであって、また明日な、とお別れする前に、そっと彼から離れると、最後に唯一無二の相方にぎゅう、と抱きつき、2人で笑いあった。)
ヤマちゃん、おめでとう。
「ユキも、おめでとう。明日からもまた気合い入れていこな」
( 頭を撫でられる感覚に懐かしさを覚え、さらに涙が溢れる。僕の言葉にこくりと頷く彼を見て、さらに抱きしめる力を強めた。そしてヤマさんからの誘いをさらりとかわした彼に、ぎこちなくも同調して「えっ、は、はい!すみません、またご飯行きましょうね」と頭を下げて。この後の予定は取り決めていなかったが、2人の時間を作りたいという気持ちは同じだった。一切嫌な顔をせず了承してくれるヤマさんに、流石はユキさんの相方、この人がいちばんイケメンなのでは…なんて尊敬の念が芽生えつつ「タケくんをお願いしますね」なんてリーダーらしく振る舞って声をかけ。抱き合う2人を見ては、雪山…なんて尊いんだ……と最初こそは微笑ましく眺めていたが、急にそわそわし始めて、彼の腕を掴んで引き離して )
じゃあユキさんお借りしますね!今日は本当にお疲れさまでした!ゆっくり休んでくださいね!
( 別に嫉妬したわけではない。2人は家族同然の仲だ。それでも早く彼と2人きりになりたくて無理やり連れ出してしまった。楽屋を出てからも、ひっつき虫のように彼に寄り添って1ミリも離れようとしない。積り積もった寂しさを彼の体温で溶かそうとしているらしい。歩きづらいかもしれないがお構いなしに彼に体重をかける。腰に手を回して引き寄せると、彼にいくつか選択肢を与えて、自由に選んでもらうことにして )
……陽斗さん、この後どうしますか?バーに行くのもいいし…僕の家でも大丈夫ですよ
( 歩いている間ずっとこちらに体重をかけくっついている相手にいつもなら照れて言い返すところだが、今日は何も言わずにただただそれを受け入れた。スタッフの数名に見られたかもしれないが、今日のところはチャンピオンになった余韻に浸っているということで済ませて欲しいところだ。とにかく今はもう、細かいことは全く気にならなかった。)
そっち行くのもええんやけど…前にお邪魔させてもらったし、せっかくなら、家こーへん?こっちからならウチの方が近いやろうし。
( 腰を引き寄せられながら問われると、うーん、と考えた後に上記を述べ隣の相手を見る。バーにいくよりはもっと2人でゆっくり話がしたいし、となればどちらかの家の方が都合が良いのだが、急に誘ったのはこっちだし近い方が良いかと思い、自分の家も提案の1つにいれてみて。正直、先に彼の家へ行ってしまった手前、年季の入ったボロアパートに招待するのは気が引けるのだが…、いつまでも相手にばかり甘えてはいられない。
「あんまし綺麗やないけど、それでもええなら」と付け加え、すっかり暗くなった景色に紛れてそっと相手の手を握った。
上京してから住んでいるアパートは、まぁ、見るからに、苦労した芸人が住んでいそう、といって感じで。しかし、室内はリフォームした後だった為比較的綺麗ではあるらしい。広さはあまり無いので家電や家具も必要最低限にしており、(リビングにあるテーブルの上にはネタ作成で苦悩した痕が紙玉となって散らばっていた為、そこは除き)案外綺麗に掃除されている。)
陽斗さんの家!?いいんですか!?是非行きたいです!!
( まさかの提案に驚きながらも、二つ返事で了承する。以前、酔い潰れた彼を家まで送ったのも今では懐かしい記憶だ。当時はタクシーでアパートの前まで送り届けて家の中までは見ていないため、どんな内装なんだろうと想像が膨らむ。彼の家だったらたとえゴミ屋敷でも全然構わない、むしろ生活力の無さに萌えを感じるだろうし喜んで片付けてあげたい。とはいえ、真面目な彼のことだ。綺麗じゃないと謙遜しつつ、なんだかんだ整頓されているんだろう。妄想が捗っていると彼の方から手を握られ、目尻を下げて受け入れる。彼が頭を撫でる以外のスキンシップを行うのは珍しくて、嬉しそうに見えないしっぽを振りながら強く握り返した )
───お、お邪魔します…。
( 緊張で声を振るわせながら、彼の家に足を踏み入れる。あまりじろじろと見ては失礼かもしれないが、これが陽斗さんの生活スペースかと思うと視線は右往左往と動いて落ち着かない。予想通り綺麗な室内でふと机の上の丸まった紙くずが目に入れば、これが努力の痕跡…!と感動して。はわわ…なんて情けない声を漏らしながら部屋を観察するのもそこそこに、彼も気になっているだろうしあの日のことを報告することに。一旦冷静さを取り戻し真剣な表情を見せて。粗方解決したが、ひとつの不安な点を挙げると素直に謝る。親しい間柄の人達…それこそヤマさんやタケくんにだって報告していない関係が、今回の件で恨みを買われたであろう彼女に気付かれたことは不覚で、後が怖いと思う。この話を共有することによって彼にも不安がうつったらどうしようかと悩んだが、思わず弱音を吐き出して )
……実はあの後、アリサさんと話して僕のこと諦めてもらえたんです。でも、陽斗さんとの関係がバレてしまったみたいで…ごめんなさい、僕の不注意でした。今後、もし言いふらされたらどうしようって、少し不安で…。
(部屋に入るや否や、彼の視線の先に散らばった紙くずがあるのを見つけると、何故だか感動している相手を他所にさっさとゴミ箱へ捨ててしまう。テーブル周りに置かれた座椅子へ適当に座るよう促すと、自分は冷蔵庫の中にあったペットボトルのお茶を2本取り出して、相手と向かい合うように腰掛ける。1本のペットボトルを相手側へ寄せながら、真剣な表情で話し始める彼の姿へ視線を改めた。謝罪の言葉が聞こえると、首を横に振って「ちゃんと話してきてくれたんや、ありがとう」と、約束を守ろうとしてくれた彼へ優しくお礼を述べる。そして、お茶を1口飲むと、何やら考え事をした後にゆっくりと口を開く。)
…あの人、そもそも勘づいてるみたいやったで。俺にいちいち絡んできてたし、…俺も、微妙な顔してもうたからバレてしまったのかもしれへん。とにかく、お前だけのせいやないやろ。
それに、俺は嘘の記事が出回るより、そっちの方が数倍ええ。
( 彼女に自分たちの関係性がバレたと聞いて感じたのは、やっぱりそうなんや、という妙な納得感で不思議と焦りなどは無かった。局で出会う度にいわゆる、マウントを取る、といったような言動が多かったり、こちらの事を探っているようなあの目つきが居心地悪かったのだが、あれはきっと自分たちの関係性を最初から伺っていたに違いない。人気アイドルの彼女ともなれば自分の価値も引き上げるネタになるだろうし優越感も得られることだろう。それらを勝ち取るために記事への否定もせず彼に擦り寄っていたのだろうが、此方としては不愉快この上なかった。
確かに、自分たちの関係性が世に出回ってしまったらそれこそファンの人たちは混乱するだろうし、非難の声も多いはずだ。しかし、自分以外の人と彼が記事になってしまうぐらいなら、いっその事真実が述べられた方がいい、なんて口に出す。
…念願の賞レース優勝という実績を得てすっかりいい気分になっていたが、思い返せばここ数ヶ月、自分は彼に酷いことをしてばかりだった。「…あんな、」と今度は此方から小さく切り出すと、視線と共に相手へ頭を下げながら、だんだんと震える声を絞り出した。)
………改めて言わせて。美風の方が大変やったのに…俺がへそ曲げて連絡もせんで余計に心配かけてしまって、ホンマにごめん。
──なんで撮られてんねん、とか、なんですぐ否定せぇへんねん、とか…嫉妬心とか怒りとかばっかで、“大丈夫やで”って、言ってやれへんかった。美風のこと、元気づけれんままで…そのくせ自分の勝負所には応援しに来てなんて、めちゃくちゃ我儘で勝手なことした。俺の変なプライドと意地のせいで、結局、今日まで不安にさせたままやった…。
でもな、舞台上から美風を見つけた時、めっちゃ嬉しくて、めっちゃ…好きやなぁって、思った。
( / お世話になっております。雪山の優勝も仲直りも嬉しすぎてどんどん返信したい気持ちは山々なのですが、体調が優れず返信が遅れてしまいそうなのでご連絡させていただきました。一週間以内には必ず戻りますので暫しお待ちください…!
(/ わざわざご連絡ありがとうございます!
こちらの事は気にせず、ゆっくりお休みくださいませ。
いつでもお待ちしております!)
( 彼は思いの外あっけらかんとして、彼女のことはなんとなく察していたと言う。2人が話している最中に僕が割り込んでいったあの時も、あの人は単にマウントを取りたがっていたのか、それとも鎌をかけていたのか。真意は分からないが、最悪彼に危害が及ぶことになったかもしれないと思うと恐ろしく思う。虚偽の情報が出回るくらいなら、いっそのこと関係がバレたほうがいいという彼の言葉は心強く、不安がるなと背中を撫でられているようでほっとする。そんな中、これまでのことを謝罪されるとゆっくりと首を振って )
……我儘なんかじゃないですよ。僕の方こそ不安にさせてごめんなさい…まだ僕のこと好きでいてくれて、ありがとうございます。もう、隣に立てないなんて寂しいこと言わないでくださいね。約束ですよ。
…もし僕らのことが世間にバレて批判されたとしても、一緒に戦いましょう。2人で立ち向かったら怖くないですよ。僕は陽斗さんが隣にいてくれる、それだけでいいから。
( もし逆の立場だったら、きっと僕は相手を思いやる余裕もなく立ち直れなかっただろう。不安だらけの中でもやるべきことに目を向けて優勝を手にした彼は、本当に強かな人だ。一時は愛想を尽かされたかと絶望したこともあったが、彼の愛情は絶えていないことを知ると胸がいっぱいになって、堪らず彼の隣に移動して小指を差し出す。もう、彼と一生離れたくない。離したくない。会えない期間が寂しさを増幅させて、僕はいつのまにか強欲になっていた。ぐっ、と彼との距離を縮めて、顔を接近させる。そこまではよかったものの、2人きりの空間は久しぶりで今更ながら緊張してしまい、触れるのを躊躇してしまう。目と鼻の先で止まり、彼の瞳を見つめるしかできなかった )
( / お待たせしました…!まだ完全に復活できていないため今後も少し返信ペースにムラがあると思いますが、ご了承くださると幸いです
( 隣に並んで小指を差し出してきた彼の顔を見上げると、小さく笑い自身の小指をそっと絡ませ頷いた。自分自身の決意を固め鼓舞する為に言った言葉ではあったが、彼にとっては悲しく辛い言葉であったに違いない。それほど、彼は自分に愛を注いでくれていた。もしもの時は一緒に戦おうとさえ言ってくれる彼の優しさを再認識すると、より一層自分の発言を省みて反省してしまいそうになるが、今は悲観的に自分を責めるより、あの時感じていた気持ちを素直に伝えた方が良いだろうと判断した。
絡ませた小指に僅かながら力をいれ、久しぶりに流れる2人の時間に緊張が移り思わず目を逸らしながらも、「隣に立てない」と発言した心内をぽつりぽつりと話し始める。)
……、俺な、怖くなってしまって。
男と男なんて、まだまだ、少数派やんか。
それに、やっぱりモデルさんみたいに綺麗で可愛らしい人が美風にはお似合いなんかな、って…。だけど、せめて優勝できるぐらい実力があれば…少しは、こんな俺でも、見合うようになるんちゃうかなって思ったんよ。
( そこまで言って一度口を閉じると、視線をうろつかせ何やら恥ずかしそうに口をまごつかせた。そして、意を決したように「でもな…」と続けると、尚もたじろぎながら顔を近づけ、可愛らしい音と共に軽く重なり合った唇をゆっくりと離す。久しぶりのその感触に恥ずかしさのあまり頬を染めながらも、先程まで小指を絡ませていた相手の手を取って、そこへするりと熱を持った頬をすり寄せ心地よさそうに目を細めた。そして、半場自分自身に呆れたように、そして、安心したような笑顔を向けてこう続けた。)
だからといって、すぐに引き下がれへんぐらいには、俺、お前にベタ惚れしとるみたいやし、もうお前の隣は誰にも譲れそうにないわ。
(/ おかえりなさいませ。体調の具合はいかがですか?
あまり無理はなさらず、十分、休息なさってくださいね!!
余談ではありますが、熱愛までとはいかずとも賞レースの一件で仲の良さがいくらかバレてしまった2人が、“雪風コンビ”として推され始めたのもあって、一緒に女性雑誌の表紙の仕事をする。というプチエピソードも楽しそうだなと思った次第でございまして…!どうでしょうか??)
( / 背後のみ失礼します…!まずは長らくお待たせしてしまい本当に申し訳ありません。私生活が立て込んでおりましてなかなか時間がとれず…今月中に必ず返信いたしますのでもう少々お待ちいただけると嬉しいです。
そして雪風コンビすごくいいと思います!!モデル関係の仕事を断っていたという陽斗さんが葛藤しつつも美風と一緒なら、まぁ…というふうに仕事を受けることになる感じだとめちゃくちゃ萌えです…!!ぜひ次の展開に組み込んでいきましょう!!
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