ちーず 2024-05-12 04:45:30 ID:7979cd366 |
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実家の近くには山があって。それも一つや二つではなく、所謂集落であった。こんな時代の進んだ世の中で、田舎を体現したその場所を、私は、好きではなかった。
小さな頃、2階の寝室の窓から、外を覗いたことがある。
夜中だったと思う。見えるのは山と、漆黒の空。
山間の集落であるそこには、綺麗な夜景も、面白いものも、ひとつもない。
本当に気まぐれに覗いたそこで、ふと、小さな光を見つけた。
山の中腹あたりを、ゆらりゆらり。明るいのは、そこだけ。異質な存在に、視線が吸い寄せられた。
誰かが歩いているのかと、疑問に思った。だけども。自慢ではないけれど、登山をするような、立派な山ではないのだ。そもそもが、わざわざ夜に登山をする人間がいるのだろうか?
子どもの私の頭には、なんだか急に、から傘お化けを持った一つ目小僧が思い浮かんで。
とても恐ろしくなり、慌てて窓から距離を取った。
気づかれていたら、どうしよう?
どきどきしながら、夜を過ごした。
幸いなことに、あの夜私は見つかっていなかったようで、いまだに一つ目小僧は尋ねて来ていない。
あれから何回か見たけれど。山が明るいことはもうなくて。本当に、あれはなんだったんだろう。
「お湯を入れたら溶けた」
君からの通話。開口一番がそれだった。
マシュマロの入ったココアを購入した。
マシュマロが入っているなんて、なんてファンシーなんだろうか。ココアですら可愛らしいのに、そこにマシュマロだなんて。
パッケージの素晴らしい完成図を思い浮かべ、うきうきで家に連れて帰り、あつあつのお湯を沸かし、意気揚々と熱湯を注ぎ。
その時点では、辛うじて生きていたマシュマロ。
予想より小さなマシュマロに困惑しつつ、スプーンでくるりとかき回す。
マシュマロ、消えた──。
「悲しい……」
心底悲しそうに言う君。
世の不条理は消えないのに、マシュマロは消える……。
マシュマロを通じて、何かを悟ってしまったようだった。
「世の中に熱湯を注げばいいのかな……」
「そうしたら次に消えるのは君だよ」
こうして、また一つ大人になっていく。
マシュマロに熱湯は、溶けて消える。
星の欠片を集めては、金の小箱に集めた。
繊細な細工の施されたそれ。漏れ出す光はちらちらと。
欠片は小さな飴玉のよう。
「この箱がいっぱいになったら、大丈夫」
口癖のように呟く言葉。
何が大丈夫なのかと、以前先生は不思議そうに聞いた。
「大丈夫だから、大丈夫」
そうとしか、言いようのなかった。
大丈夫なのだと知っている。何故とか、何がとか。
何も知らない。だけど、それで大丈夫。
先生は諦めたのか、それ以降はこの箱を見ても、特に詮索してくることはなかった。
すやすやと眠る先生の艶やかな体毛が光を反射して、小さな夜空が出来上がる。魔法を使えたとしても、猫はとにかくよく眠るようだった。
魔法を使えなくても。無力な人間でも。
この箱が、星の欠片でいっぱいになれば。
この平穏な日々が、ずっと続いていくはずだって。
探していたんだ。
もう何も、覚えていないのに。
無いに等しい記憶を握りしめて。
見たことがある、を何度も繰り返した。
もしかして、と、どきどきした。
もう少し探したら、どんどん進んだ。
結論を言うと、見つからなかったけれど。
もう一度、会いたかったな。
「金平糖って、流れ星の欠片なんだよ」
ざらざらと手に出した金平糖を、惜しげも無く一口で頬張る。
私はそれを見て、冷静に返事をする。
「いいえ、それは砂糖の固まりです」
情緒がないなあと呆れている君は、砂糖は幸せを砕いたものなんだよ、と更に言葉を重ねた。
幸せを粉砕するなと言いたかったが、また情緒のない人間扱いされてはたまらない。そうなんだと軽く返し、幸せのおすそ分けを求めて手を差し出す。
「流れた星は金平糖になって、世界中に散らばるんだ。それを集めて瓶につめる。それが、金平糖ハンターさ」
聞いたことのない職業の登場だった。
適当なことを言っている君を尻目に、とげとげカラフルな金平糖を吟味する。この子達は、色によって味が違うこともあるのだ。楽しみ方は無限大だ。
完璧に金平糖に興味を移した私を見て、君は言うのだ。
「世界には、知らないことがたくさんあるんだよ」
今年もまた、金平糖が降る夜が来る──。
読む価値がないと、言われているようなもの。
いいや、言われている。
君の紡ぎ出す物語は、君の世界は、目を通す価値すらない。
そう言われているんだ。
ああもうやめたいのに。
やめることが、できたなら。
全く疲れていないなんて思っていたのに。
階段を登ろうとして、ああ疲れているんだと気づいた。
体が重たい、まぶたはもっと。
何も思いつかない。
明日も疲れるんだろうなあ。
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