女子生徒 2024-04-30 23:32:52 |
通報 |
『…え、と……いや、大した事したわけじゃないからさ……。』
( 向けられる笑顔は普段であれば心が温かくなるような素敵なものなのだが、今はただただ痛々しくて。さっきのだって、庇ったといえばそうかもしれないが本当は2人の間に何があったのか聞きたかった。ほんの一瞬だったが先生が見せた陰りのある瞳に、きっと深刻なすれ違いが起こってしまっているのではと勘付いてしまったので。自分の気持ちを知っている友人たちからすれば、想い人がこうして傷心しているのなんてまたとないチャンスだと言ってくることだろう。しかし二度フラれたうえでまだ好きだという気持ちを手放せない自分が言うのも何だが、そんなのはフェアじゃない。昨日はあれだけ嬉しそうに見ていた薬指の線を、決して望んでいないような声色で消そうと呟く彼女の隣にしゃがみ込んでは『…ダメだよ御影。それ、すっごく大切そうにしてたじゃん。……もし本当に消したいなら止めないし、その時点で俺は御影が先生のことすっぱり諦めたと思ってまた告白するから。…でも、もしもそうじゃないなら、1回ちゃんと話をしてみた方がいいと思う。先生と生徒なんてもちろん許されることじゃないけど、それでもこの2年間ずっと見続けてきたんでしょ?…諦めるにしてもそうじゃ無いにしても、俺は御影が後悔しないやり方を選んでほしいと思ってる。』優しく、しかし芯は強い言葉を目の前の彼女に投げかけて。相手が例え自分の好きな人でも、"恋する友人"を応援しないなんてそんなの友達とは呼べないので。────「そっか。机の上に置いといてくれ。俺ちょっと忙しいから。」蜂蜜のようにねっとりとした甘ったるい声で近付いてくる彼女に淡々と返事を返せば、やはりそちらを見る事なく次はふろすけの方へと餌やりを。普段聞く"可愛い"と違って何とも中身の無い感想は、その言葉を向けられたふぐ太郎たちが凍えてしまうのではというほど冷たいもので。 )
、っ~……。
だ、って。他の人にも書いていいって言ったんだよ。みきにとっては特別でも、…せんせーにとってはそうじゃなかったんだもん。
( 山田くんの言葉が心に真っ直ぐ突き刺さってきて、そして抉ってくる。心の奥底では彼がそんなことを簡単に言うような人では無いとわかっているのだけれど、でもあの時に慌てていたということはやっぱり言ったのかもしれないと不安になってしまう。しゃくりあげて涙を零しながら苦しげに言葉を吐いている姿はどこからどう見ても消すことを良しとしている姿ではなく、けれど結局は想定している最悪があった時に傷つきたくないから逃げているだけなのもわかっているのだ。これを山田に言ってもどうしようもないことも。みきは左手の薬指をギュ、と握っては消え入るような小さな声で「 ……でも、ほんとは、消したくないの、…せんせーは、違うかもしれないけど。……みきにとっては、宝物なの。 」と何かに縋るようにも感じる震えた声で呟いて。─── 想定していたよりもどうやら彼の精神的にもダメージがあったようで、ちらりと横の彼を見やってはにっこりと笑って『 はぁい。……忙しい時に来ちゃってごめんなさぁい、忙しくない時ならまた差し入れに来てもいいですかぁ?料理部、作ったものたまに余っちゃうんです~。 』まるで相手の神経を逆撫でするようにゆったりとした喋り方と、自分の可愛らしい部分を全部理解しているような首の傾げ方。この場合はワザとやっているのだけれど、取り敢えずはどんな形であれ彼の頭の中に自分の存在を刻み込めれば良いと作戦立てているのだろうその瞳は蠱惑的に彼を見つめ続けて。 )
『そ、れは………う~ん…──でもあの先生がそんな事はっきり言うかな?…例えばだけど、他はダメだけど御影だけOKってそんなあからさまに贔屓しちゃうとどうしても変な風に見られちゃうだろうし、本意は違っててもその場ではそう言うしか無くてやむを得ず、とか。』
( 教師と生徒の恋愛なんてドラマチックで憧れる人もいるだろう反面、少女漫画の題材としてもよくあるという事はあくまでそれを憧れとして消化しているから。本来は難しいどころか御法度なので、そういった関係にあった2人が異動や転校によって引き裂かれたりするのが悲しい現実だろう。恋敵として見てきた相手は目の前の彼女のことをきっと誰よりも想っていて、立場上どんなに動きにくいことになっても何かあれば守ろうとしているように見えていたのだが、と首を傾げて。耳を寄せないと聞こえないような小さな声で漏らす彼女の本音は、聞いている立場としては複雑ではあれどそれでこそ本来の彼女だと何処か安堵するものもあって。『うん、御影がそう思うならそれでいいんだよきっと。』と優しく微笑んで。────少しばかり冷たいような気もする言い回しも気にする様子のない相手はどうやらまた理由を作って来ようとしているらしい。小さく溜息を吐いては「…あのな、昨日も言ったけど此処は遊びに来るところじゃないんだよ。差し入れも別に迷惑とは言わないけど、仕事してたらゆっくり食べることも出来ないしダメにするのも悪いから、俺に差し入れはもういいから自分で食べるか誰か他の人に渡してくれ。」と、漸くこちらを見つめる相手の瞳をしっかり正面から見据えて抑揚のない声で淡々と告げて。相手に向けた言葉は、彼女が此処へ来る日常を思えばすべてが正反対。しかし本来は教師のいる所などそういう使い方なのだとどこか自分に言い聞かせるようにもしながら、とりあえず今目の前にいる相手の願いは聞き入れられないと示して。 )
─── …そんな、みきに都合のいいこと……あるのかな。
……ばかだから、勘違いしちゃう……。
( ずび、と鼻を鳴らしては心優しい友人の意見に不安げに眉を下げて小さくぽそり。彼はいつだって自分を守ろうとしてくれていて、自分の立場が危ないのに家にだって入れてしまう優しい人。それはよくわかっているけれど、あくまでそれは“学校の生徒だから” だとずっとずっと勘違いしないように自分に言い聞かせてきた。そうでなければ今のように勝手に期待をしてしまうから。みきは少し薄くなってきている黒い線をぼんやりと眺めたあとに涙に濡れた瞳で隣の山田を見つめては困ったようにへらりと笑って。こんなこと親友にも言えないのに、不思議と目の前の友人になら言えてしまう。きっとそれは自分が彼のことをずっと見ているように山田くんも自分のことをずっと見ていてくれたという自信があるから。みきは山田の優しい笑顔に釣られるようにふにゃりと微笑んでは「 ……うん。消さない。大切な予約だもん。 」と今度は大切そうに指で線をそっとなぞり。─── もう少し濁すかしらと思っていたけれど、どうやら目の前の彼も少しピリピリしているよう。うんうん、そうやってマイナスでもいいからえまが刻まれればいいんだわ。そんなふうにぼんやり考えながらえまは漸く自分を真っ直ぐに映したダークブラウンを満足そうに見つめては相も変わらずふわふわとしたような口調は崩さずに「 なのに、御影せんぱいは良いんですねぇ。毎日のようにここに来てるし、せんせーも来ない日は“物足りない”んですよね?……アハッ、差し入れも。御影せんぱいが調理実習のときにここに持ってきてるのえま知ってますよぉ。─── … まあでも?その黒い線、来年はえまも書く権利があるみたいですし。まだまだ入り込む余地ありそうで安心しましたあ。 」とくすくす笑って。 )
『誰かを好きになるのってさ、ばかになるくらいでちょうどいいんじゃないかな。…俺だって今なら先生から御影のこと奪えるかもなのに、こうやって励まして応援しちゃってるあたりばかだなーって思うもん。』
( 少なくとも自分が見てきた限りの話にはなるのだが。人が大勢いるところであからさまに彼女だけを特別扱いするほどあの先生は考え無しではないらしい。とはいえお互いの立場を考えて立ち回るくせに肝心なところは上手く伝えられないあたりがばかなんだろうなぁと、自分たちより遥かに年上の恋敵を自分でも驚くほど冷静に分析して。自分自身に呆れたような溜息を吐きながら、もはや隠す必要のない彼女への恋慕を交えてへらへらと笑って。そうして黒い線を再び大切そうに撫でる彼女に心から安心したような笑みを浮かべては『……先生のとこ行かなくていいの?文化祭終わったら打ち上げあるし、御影は今年すっごく盛り上げたんだから絶対クラスのみんなに連れて行かれるんじゃないかな。』時間は有限で、きっと文化祭が終わればクラスメイトたちは悪気なく彼女を捕まえて連行していくだろう。時間が経てば経つほど仲直りは難しくなっていくし、もしも動けるのならば早いうちがいいのではと小さな声でアドバイスを。────ツッコまれてもおかしくないよな、と自分でも先ほど出た言葉には違和感しかなかった。しかし焦るような素振りもなく「あいつは赤点常連の問題大アリ娘だからな、放課後はここで勉強教えてんだよ。差し入れも勝手に持ってきて勉強の合間に"あいつが"食べてるし、水槽洗ったりとか他の手伝いをしてもらって内申調整してるだけだよ。」と、よくもまあペラペラとよく回る口だなと自分でも感心してしまいそうで。まあ実際に勉強を見る事もあるしあながち嘘というわけではないのでセーフだろう。どこか挑発めいて聞こえる彼女の言葉は間違いでは無い。人の指に線を引きたいだなんて権利は確かに目の前の彼女にもあるが、だからと言って相手の為に空けておくという必要もこちらには無くて。徐に机の上から黒いペンを拾い上げてはキャップを外し、少し薄くなっていた自分の指の黒い線をキュ、となぞれば再び存在感を増したその線を見せるように「……そもそも書くにしてもこれが消えればって話だよな。残念だけどまだまだ消えなさそうだから、来年必ずって確約は出来なさそうだ。」と初めて田中えまに対する笑みを──にやりと意地悪い笑みは普段彼女を揶揄うときに向ける愛情の込もったものではなく、黒くてどこか敵意が込もったものとなり。 )
山田くん…。
……っ…みき、きっと山田くんのことバカだって思わないよ。すっごく優しくて、すっごくお人好しで、すっごく真っ直ぐで、すっごく大好きだもん!
( さっきまで泣いていた涙に濡れた夕陽色は真剣で、心からのありがとうと友人としての大好きを。彼の言うとおり、この流れに任せて彼のことを酷く言って自分を奪うだなんて至極簡単なことなはずなのにそれをしないのはきっとみき自身が心の底では彼を求めているということを彼が理解しているからこそのこと。どこまでも優しくてお人好しなこの友人は、そんな自分を馬鹿だと思っていても味方をしてくれるのだから本当に感謝をしてもし足りないほど。親友にすら見せられない涙を見せてしまったのはきっとそんな彼に心を許しているからに違いなく。そうして小さいアドバイスにハッと顔を上げれば、行かなきゃ。と小さく呟いた後に改めて山田の両手をぎゅ!と握っては「 ……みき、行ってくる。けど、…が、頑張れるように、頑張れって言って、? 」と力強い言葉始まりから段々尻窄みに言葉が小さくなっていけば、彼からしてみたら酷い事なのは分かっていてもどうしてもあと一歩の勇気が出せずに眉を下げて。─── 彼の言葉はマァ理屈は通っているし実際勉強を見ている日もたまにあるのだろう。まるで用意されていたかのようにぺらぺらと出てくる彼の言葉にもニコニコと可愛らしい天使の笑顔を崩すことはなく、だがしかしその笑顔が崩れたのは彼自身がペンで線を上書きした瞬間。自然に消えるという至極真っ当な自然の摂理に逆らって書かれたそれでは、まるで“御影みき以外に書かせるつもりはない” と言っているようなもの。更には生徒に向けるものではないであろう笑顔にさすがのえまもぴく、と眉をひそめては『 …何それ。また消えそうになったら書くつもり?馬鹿馬鹿しい。 』 といつものふわふわとした甘ったるい声では無い、恐らくこれが素なのであろう棘のある言葉を返してはもうすっかり興味は失ったのかくるりと踵を返して『 御影せんぱいの手もそうやってまたペンで汚すつもりなんですかねぇ、……山田せんぱいとか、そんな洗ったら消える線じゃなくて安物でも指輪とかくれそぉ。“高校生同士のカップル”なら、周りに配慮する必要ないですから。今頃御影せんぱいを慰めてるうちに付き合えちゃったりして~。 』とせめてもの仕返しなのか準備室を出る前にハッ、と先程までの天使の笑顔と同一人物とは思えないバカにするような笑みを浮かべてはそのまま準備室を出ていき。 )
『お、お人好し……。はは、ありがとう…。』
( 彼女からの熱い言葉に胸が高鳴るも、お人好しという一言だけはどうにも素直に喜んでいいのか分からなくて。がっくりと肩を落としはしたが、その後に続く"大好き"という言葉に再びどきりとしてしまう自分の単純さが少しだけ悔しくて。もちろんそういう意味では無いのは分かっているのだが、それでも好きな人からのその一言は大変な力を持っているものなので。柔らかな手に力が込められれば、次いで投げかけられたのは相手が想い人ゆえに何とも残酷なもので。しかし応援側として甘えるように頼ってもらえるのは恋敵には絶対選ばれることはないポジションだろう。こうして彼女の背中を押す相手を自分に選んでくれたのは少しだけ複雑ながらも名誉なことに違いはなくて。ふう、と短く息を吐けば優しくも芯のある声色で『……御影なら大丈夫。頑張って、ちゃんと仲直りしておいで。』────ようやく甘い砂糖のような仮面が剥げたらしい目の前の彼女は、今までの可愛らしさに全振りしたようなキャラを保つことなく攻撃的になり。確かにやっている事自体は人から見れば馬鹿馬鹿しいことだろうが、此方としては一種の覚悟のつもりなので何を言われても響かない。「あいつの分をどうするかはあいつ自身が決めることだよ。俺は自分の分だけどうにかできりゃそれでいいからな。──ははっ!確かに山田ならバイトなりでちゃんと貯金して用意する漢気はありそうだよなぁ。…安物勝負でいいなら、公務員の給料でも何とか格好つけられるくらいの物は用意できそうなんだけど。……ま、あいつらが上手くいったらいったで"先生"としては応援するさ。」散々言いたい事を言って出て行こうとする相手の背中に向けて、吹っ切れたかのように自然な笑顔と少しだけ明るくなった声色で返す言葉は傍から見れば痛々しい空元気かもしれない。けれど思いの外その目論見が透けて見えるほどしつこく絡んできた相手を退かせることが出来たのならば結果としては上等だろう。去って行く背中をもちろん引き止める事はなく、再び生き物たちの世話へと戻って。 )
─── …ありがとう、いってきます!
( 優しくて真っ直ぐな芯のある声で紡がれた友人の言葉は背中を押すには充分。みきはこくん、と深く頷けばまだ目元は赤らんではいるけれどキラキラした夕陽色で廊下を迷いなくぱたぱた駆け出して。ひらりと捲れるスカートも、前髪が崩れてしまうことも気にならない、ただただ早く彼の元に行きたくて、気持ちを伝えたくて、みきは振り返ることなくただただ彼の元へと走り。これで玉砕してしまったとしても悔いは無い、どんなに面倒くさい生徒だって思われても彼が好きなことはどうしようもないし今更こんな性格だって変えられない。 だって嫌だもん、好きな人が自分以外の女の子に触れさせるのも予約をさせるのも、全部全部嫌だし気に食わない。彼に恋をするまで自分がこんなに嫌な子だと知らなかったし知りたくもなかったけれど、けど知ったしまったのならこんな自分もまとめて愛せるように生きていくしかない。そんな気持ちが溢れるように零れ出した涙を拭うことなく漸くいつもの準備室までたどり着けば、いつもの前髪を治す時間すら惜しくてそのまま扉を開け「 ─── っ…みき以外の子に予約させるのやだ!消えちゃうならまたみきが書くから、ずっとみきだけの予約にして! 」と自分の決心が揺らぐ前に兎に角これだけは伝えようと決めていたことを第一声に投げて。聞く人が聞いてしまえばプロポーズのように聴こえるこの言葉も本人は完全に無意識。走ってきたから前髪はぐちゃぐちゃし、涙はボロボロ溢れてるし、目元は真っ赤だし、服のスリットも乱れてる決して可愛いとは言えない今の自分でも後悔だけはしないようにとその瞳は真っ直ぐに彼を見つめていて。 )
───っ!!?、
( 軽やかに駆けて行く想い人の背中を見送る男子、企てが潰されて不機嫌に自分のクラスへと戻る女子。もちろん廊下にだって沢山の生徒がいる中、涙を溢れさせながら走るチャイナ服の女子はきっと1番異質に見えるのではないだろうか。聞き慣れた足音に近い気がするが、いつもより慌ただしく扉の前で止まる気配もないそれに油断してしまうのは仕方のない事で。過去かつてない程に勢い良く開いた扉と、挨拶や先生と呼ぶ声でも無く飛び込んできた言葉に驚きすぎて声は出ず、肩は大きく跳ね心臓は痛いほどばっくんばっくんと脈を早めて。そんな心臓を治めるように服の胸元をぎゅうと握りしめながらまん丸く見開かれた目はこぼれ落ちそうなほど。「──………はっ?……え、みか…え?なに、……つーかびびった……ちょ、待って…心臓いって……。」いったい何が起こったのか理解するのに時間が掛かるのは、彼女が今目の前にいる事をまったく予想していなかったから。ついさっきまで山田と手を繋ぎ、自分から隠れるように山田の後ろで悲しそうな顔をしていたはずの彼女がなぜ今ここにいるのか。考えようとする頭よりも、とりあえず先に鼓動が周りに聞こえるのではというほど煩く鳴る心臓を抑えるのに必死な様子でタイムを唱えて。 )
!!
……ご、ごめんなさい……。
( どうやらあまりに自分の“伝えたい”という気持ちを優先しすぎてしまったせいで彼を驚かせてしまったらしく、タイムを唱えられれば先程までの勢いはどこへやら小さな声で謝罪しながらすすす…と開け放した扉の廊下側へ隠れてしまい。びっくりさせちゃった、伝わってないかも、もう一回言わなきゃだめかな、もう言えないかも、と先程あんなに勇ましく飛び出した割にやっぱり好きな人のことになると小心者になってしまうのは恋する乙女として仕方の無いこと。彼の心臓が落ち着くまで……もとい自分にまた勇気が出るまではここに居ようとその場でようやく自分の格好が酷いことに気がついたのか慌てて前髪やら服装を治していき。─── ……もしかして、迷惑だったとか。ふと浮かばないようにしていた不安が一度浮上してしまえばもうそこからは自分との戦い。今度はみきが扉の向こうから出られなくなってしまい、その場でしゃがみこんだままぐるぐると混乱する頭でこれからどうしようかと悩みこんでしまい。 )
────……はー………、
( 少しして漸く心臓は落ち着きを取り戻し、ゆっくりと息を吐けばちらりと彼女の方を見て。先程の勢いはしおしおと萎んでしまったようで、扉の向こうにしゃがみ込んで動かなくなってしまった様子。ペタペタとサンダルの音を響かせながら扉の方へと近付けば「…ったくお前は……。廊下は走るないきなりドア開けるなって何回言えば分かるんだか。」と、いつもの調子でいつもの注意を。最初の勢いがあまりにも凄すぎたおかげで彼女が何を言っていたかを今になってやっと頭が処理してくれたらしく、眉を下げて呆れたような笑みを薄らと浮かべながらとりあえず立ち上がる手助けをするべく手を差し伸べて。 )
!!!
( こちらにぺたぺたと近づいてくるサンダルの音にびく!と肩を跳ねさせては“怒られるかも” 、“我儘だって思われるかも”と一度芽を出した不安の種は留まることなく成長していき。だがしかし当然怒られると言うよりは普段と同じような調子で普段と同じような注意をされただけ。表情だって呆れたように笑っているだけだし此方に差し伸べられた手はいつもと全くおなじ優しいもの。みきはたっぷり時間を使って迷った後におずおずと遠慮がちにその手に小さな手を重ねれば「 ……ご、ごめんね…、心臓だいじょぶ…? 」と不安でいっぱいの赤みの残る瞳でちらりと彼を見上げては先程驚かせたしまった謝罪をぽそり。否、謝らなければいけないのはこれだけでは無いのだけれど、今のみきはひとつひとつ消化していくのが精一杯なので。 )
何とかな。
三十路の心臓は大事にしろっていつも言ってんだろーに。
( 己の心臓の脆さを前面に出しては溜息混じりの笑いを零し、重ねられた小さな手を優しく握ればくい、と軽く力を入れて彼女を引き起こして。そのまま腕を伸ばして開きっぱなしだった扉を閉めれば、手を離してまたペタペタと水槽の前へ戻り。無意識とはいえさっきまで此処にいた1年生に対しての声色とはまったく違いすぎて、自分自身がいかに単純かが浮き彫りになるようで何とも言えない気持ちになる。そんな事を考えながら「…髪振り乱してまで慌てて来てくれたとこ悪いけど、お前に書かれた線ついさっき自分で引き直したばっかりなんだよな……。」と、どこかばつが悪そうにひらひらと左手を掲げては色濃く復活した薬指の黒い線を見せて。こうして彼女が来てくれるとは思わなかったので、自分で線を濃くした事により何だか未練がましい男みたいだと自嘲気味に引き攣った笑みを浮かべて。 )
、─── …!!!
( 大好きな手に優しく引き上げられ、そのまま室内に誘われれば大人しくついて行く他なく。ただその途中にふと目線が言ってしまった彼の左手の薬指の指輪は色濃く復活しており、自分の薄まった黒い線とは明らかに黒色の濃度が違うと理解してしまえばみきの顔からサッと血の気が引いて。もしかしてえまちゃんが?そんなモヤモヤが生まれてしまえばするりも離れた手すらも不安で、嗚呼きっと私これからフラれちゃうんだと嫌にドキドキしている心臓をどうすることもできずに─── 当然彼の心の内は知らないので ─── ただただ死刑宣告を待つような気持ちで次の彼の言葉を待っていれば、漸く告げられた言葉は予想だにしないもの。「 ……へ、 」とただ一言間抜けな声と共にまたひとつ涙がこぼれ落ちては、彼の言葉の意味が全く分かっていない顔で呆然と彼を見つめて。それって他の誰にも書かせないように?そんな質問は頭の中でしか呟けなくて、みきはただただどこか自嘲気味な笑みを浮かべる彼から目を離すことが出来ず。 )
──な、何だよ……、
いくらやってる事がキモいからって、泣かれるとそれはそれで傷付くんだけど…さすがに……。
( いつもと違った緊張感を持った彼女の様子に気付くことなく、ただいつもの調子で話しかけただけ。その結果、目の前の彼女が何とも間抜けにこちらを見続けてはくるものの何故だか流れる涙にぎょっとしないはずも無く。彼女が書いた線が消えそうだからといって本人の許可無く自分で引き直す、なんて確かによくよく考えれば痛いしキモいしいくら相手が彼女とはいえ怖がらせてしまっただろうか。気まずそうにぽつぽつと言葉を零しながら目を泳がせてはこちらを見つめる夕陽色に耐えられなくなったのか、くるりと背を向けて誤魔化すように水槽のメンテナンスを始めようと。 )
っ~…………!
( 彼の言葉の意味が全て頭の中で繋がっていけば、辿り着いたのはやっぱり“みきの予約を彼自身の意思で延長した”ということ。それを理解した瞬間先程の不安なんてどこかに飛んでいってしまい、今度は不安の涙でも恐怖の涙でもない涙と大好きの気持ちが溢れてそれをぶつけるようにそのまま彼の背中にぎゅ!と抱きついて。嗚呼もういいや、だって好きだもん。そんな気持ちを込めて彼の腰に手を回して全部の気持ちを押し付けるように彼を抱きしめては「 違うの、…嬉しいの。……すき。せんせーだいすき! 」と彼の言葉を否定しながら、やっぱり彼を嫌いになんてなれないしこの好きを諦めようだなんて出来るわけがなくて口から出るのは彼への愛情表現ばかりが溢れて。ガヤガヤと賑やかな学校とは隔離された、フィルターの音が響く準備室。色んな人に囲まれながら彼といるのも好きだけど、やっぱりこの場所がいちばん落ち着くし大好きな場所で。 )
…──っ、あぶねっ!
わ、分かった。分かったから一旦離れろって…!
( 掃除のためふぐ太郎の水槽からフィルターを取り出そうとしたところで後ろから抱き付かれれば、その勢いで危うく水槽に自分の体が当たりそうになったところを何とか踏み止まって。しかし腰にしっかりと手を回されているので、首だけ回して後ろの彼女に慌てて声をかけ。とりあえずはキモいと思われていたわけではないようでホッとしたが、何だか久しぶりに聞くような気がする彼女からの"大好き"に心がそわそわとしてしまう。じんわりと彼女の温かさを背中で感じながら、どうにもこうにも動けない体勢なのでそのまま固まるしかなく。 )
……ん゛……。
( ぎゅ。と暫くは大好きな彼を堪能していようと思ったけれど残念ながらやっぱり突然背後から抱きつくのは危なかったらしい。一旦、という言葉にさえ嫌そうにむむ、と眉をひそめながら渋々といったように離れたもののすぐにまた直ぐに抱きつけるように両手は広げたままで、まだ涙のあとがありありと残る夕陽色で“まだ?”と言ったように彼を見上げながら大人しく一旦が終わるのを待って。だってこっちは先程まで心臓が凍りついてしまうくらいに不安だったのだから満足するまでくっつかせてもらわないと困るので本来ならば彼の方からぎゅっと抱きしめられなければ満足ができないのだ。 )
──ったく…、
………え、俺から?
( ようやく離れた温もりに、やれやれと今度はきちんと体ごと振り向けば何やら手を広げたまま動かない彼女。その瞳は散々涙に濡れたおかげで未だにうるうると輝いていながらも、相変わらず口以上にその考えを語っており。普段であれば自分からなんて立場を考えれば絶対に選択肢としてありえないのだが、今回に関しては自分の言葉足らずが招いた事件といっても過言ではない。少し悩む素振りこそ見せたものの、いつもよりは比較的早い時間でお悩みタイムは終了させて広げられたままの彼女の腕の中へ。その小さな体を、まるで壊れ物でも扱うかのように大切に抱きしめて。 )
……ん!
( 彼の言葉にこくん!と深く頷き願うがままに手を広げ続けたはいいけれどちょっぴり心の中ではホントにいいのかなぁなんてワガママになりきれない自分もいたりして。だがしかしそうして悩んでいる間にいつもよりもずっとずっと早い時間でお悩みタイムは終了したらしい彼にふわりと優しく抱き締められればぱぁあ!と分かりやすく表情を綻ばせてそのまま自分も嬉しそうに抱き締め返し。「 ………あのね、他の子に予約させるの、すごく嫌なの。みきだけがいいの。 」暫くそうして彼の腕の中を堪能していたと思いきや、彼の胸に顔を埋めたままもごもごと小さな声で零したのは先程準備室に入ってきたと同時に言い放ったわがまま。だってせんせーのこといちばん好きなのはみきだもん。そんな言葉は口にこそ出さないけれどきっと彼には伝わっているだろうし普段あれだけ恋心を露わにしているのだから分かりやすいだろう。だがしかしやっぱり想いは言葉にしなければ伝わらないもの、みきは顔を上げずにきゅ、と少しだけ腕に力を込めては彼からの“YES”をドキドキと待ち続けて。 )
!
……あー、…うん。あれは俺が悪かった。
まあ…俺的にも面倒なのはお前だけで充分だし、他はいらないかな。
( 再びお互いの温もりを感じられる状態になれば、ドアの向こうから聞こえる賑やかな声とフィルターがコポコポと空気を出す音がいやに耳に響く気がして。言ってしまえばそれ程までに今ここには彼女と自分だけの空間が出来上がっているということなのだが。顔を埋めたまま、少しくぐもったような声で聞こえてきた台詞はついさっき聞いたばかりのもの。しかし勢いに任せてといったさっきのものとは違い、念を押すようにしっかりと一言一言を伝えてくれているようで。彼女が涙を流していた理由はやっぱりそれだよなと改めて腑に落ちれば、またふつふつと元凶となった田中えまに対する黒い気持ちが湧き上がってきそうで。…しかし色々手間を掛けさせられたとはいえ仮にも生徒。そもそもあの時は大勢がいる場で彼女だけをあからさまに特別扱いするわけにはいかないと曖昧に答えてしまった自分にも非があるのは確かなので、いくら問題をややこしくした相手だとしても憎むような気持ちを持つのはお門違いだと頭を振って。ぽんぽんと優しくその背を叩きながら彼女に対して言葉にした"面倒"には決して悪い意味は込められておらず、そもそも面倒臭いこともやる気が削がれるようなことも、彼女が絡んでいるならばひとつとして嫌だと思うようなことは今までもこれからも無いと言い切れるのだが。 )
…あのね、えまちゃんみたいに、可愛くなるから。
いっぱい勉強もして、素敵なお姉さんになって、せんせーがこんな素敵な子に予約されてるんだぞって自慢できるような子になるから。
( ぽんぽんと優しく背を叩いてくれる手にも、言葉を紡ぐ声にも、抱き締めてくれる体温も、全てが優しくて愛情の籠った暖かいもの。“面倒”だなんて言葉も決して悪いニュアンスで使っているものでなく彼なりの照れ隠しだと言うことはみきもよく分かっているので嫌な気持ちになるどころか彼の唯一になれていることがすこぶる嬉しくて、先程までいやにどきどきと存在を主張していた心臓の音はトクトクと心地好いものに変わっていき。そうして少しの沈黙の後、みきは相変わらず彼の胸の中でもごもごくぐもった言葉を紡ぎつつ ─── 大変今更だけれどやっぱり髪はボサボサだし目元も真っ赤なので好きな人に見られても良いお顔では無い ─── 彼にとっての唯一であるために努力をするのだと決意を。今回だってもっと自分に自信があったらきっとこんなことにはならなかったし、彼のことだって信じられたかもしれないのだから。みきは一瞬だけ躊躇するように沈黙したあと、おずおずと顔を上げれば「 せんせーの方がみきのこと大好きで、めろめろで、だからほかの子はいりませんって、言わせてみせるから。 」と、次こそは“面倒”ではなく“お前が好きだから”と言う理由にしてみせるのだと、へにゃりと彼にしか見せないような柔らかで安心しきった笑顔を浮かべて。 )
……ばーか。
お前はお前だし、…そんな誰かと比べるようなことしなくても充分可愛いだろ。
つーかお前が思うほど別に俺は立派な人間じゃないよ。…だからあんまり"素敵なお姉さん"になられすぎても逆に困るけどな。
( 彼女はどこまでいっても誰かを責めることはせず、自分が相応しくあるよう努力するつもりらしい。何であんな事言ったの。だとか、いっそのことそうやって責めてくれる方が良かったと思うほどに。確かに見た目だけでいえば田中えまは整っている方だと思うが、あくまで個人的な好みでいえば自分は断然彼女の方が可愛らしいと思っている。もちろん内面や、これまで一緒に過ごして来た時間というアドバンテージがあることは承知の上だがそれを抜きにしても、彼女に向けられた"可愛い"の一言は紛れもない本音で。彼女は少し…いやかなり自分の事を高く評価し過ぎている節があるのは前々から分かってはいたが、今でさえ彼女に言い寄る異性は多いのにこれ以上素敵になられたら見合うどころか完全に置いてけぼりにされてしまうと渇いた笑いを零して。どこか遠慮気味に顔を上げるのは赤くなった目元を見せたくないがためなのか。そんな雰囲気とは反対に彼女の台詞は強気な自信に溢れた宣戦布告のようなもので。「──…はは、そりゃ頼もしいな。そんな日がくるのを楽しみにしとくよ。」とからから笑い。しかし無警戒で無垢な笑顔を浮かべる彼女の、赤くて柔らかで美味しそうな唇をこのまま奪ってしまえたら。なんて、すでに彼女の言う通りにほぼなっているというのはさすがに内緒で。 )
!……ふふふ。
みきは困らないもん。今はみきの方がいっぱいやきもち妬いてるから、その分せんせーがやきもち妬きになるくらいのお姉さんになるの。
( 恋する乙女はあまりにも単純で、好きな人に“可愛い”と言われただけで先程のモヤモヤも黒い気持ちも悲しい気持ちも全部吹き飛んでしまうもの。みきはうふうふと嬉しそうに笑えば、ちょっぴり擽ったそうな気持ちを隠すことなくそのまま彼に改めてぎゅうと抱きついて。きっと猫ならゴロゴロと喉が鳴っているし犬だったらブンブンとしっぽが揺れているだろうと簡単に想像できるくらいリラックスし甘えているその様子は間違いなく両親にも友人にも見せない顔で、ちょっぴり悪戯っぽく笑う顔も“嫉妬して欲しい”だなんて我儘を言う顔も彼限定であることは違いなく。決して此方の決意表明は否定することなくからからと笑う彼に満足気に笑えば、ふと思い出したかのようにくるりと身を翻して今度は彼に背中を預けるように体勢を変えて「 みきのも新しくして、? 」と先程新たに書き足したばかりの彼の薬指に比べれば比較的薄くなってしまった左手の薬指を見せて。だってみきもせんせー以外の予約は要らないし、これからもずっと彼を好きでいる自信があるので予約を更新してもらわなければ困るので。とちらりと振り返った瞳は当然のように彼に描いて貰うつもりのようで。 )
はは。
"素敵なお姉さん"になりすぎて、こんなおっさん相手にしなくても良くなるくらい選り取り見取りになるかもよ。
( 改めて力を込めて抱きついてくる彼女とは逆に脱力したように笑えば、彼女が素敵になればなるほど年齢がハンデになるのはこちらの方だとぼやいて。…そもそもヤキモチを妬くということであれば、教師としては烏滸がましいがすでに経験済みではあるのだがさすがにそれは黙っておくとして。こうして甘えてくる彼女を誰の目にも触れさせたくないし、自分の腕の中にこのまま捕まえていられたら。なんて邪な気持ちは隠したまま、すりすりと甘える彼女の頭を優しく撫でて。彼女に背中を預けられたことで自分としては再び身動きの取れない体勢になってしまったのだが、振り返ってこちらを見つめてくる瞳には勝てなくて。「…、はいはい。我儘なお姫様だなほんと……。」と笑みを浮かべながら溜息を零せば、自分の指に書いた後ポケットに入れていたままだったペンを取り出して。今度は彼女を後ろから抱き締めるように手を回してそっと左手を取れば、その薬指にある少しだけ薄くなった線をペン先で丁寧になぞっていって。 )
…、
でもみきはもうせんせーしか見えてないから、他の人が選択肢にあっても関係ないでーす。
( 彼の言葉にキョトン…と不思議そうに瞳をまん丸にしたものの、すぐにへらりと笑えばどんなに選り取りみどりになろうともそもそも彼一筋なので関係ないのだと恥ずかしげもなくサラリと答えて。頭を撫でてくれる優しい彼の手にごろにゃんと甘える瞳は確かに間違いなく彼ただ一人を映しており、もう他の人が入る余地はなく。彼はいつも年齢を気にするけれど、みきは例え彼が年下でも同い年でも同じように恋に落ちたと思うし女の人でも好きになったと思うけどなぁなんて常々考えているのでそんな物は本当に些細な問題で。……だがしかし彼がそれで不利益を被ってしまうのであれば、ちょっぴり抱きつくのも甘えるのも我慢するつもりではあるのだけど。無事に断られることなくするりととられた左手に満足そうに─── 背後から抱きしめられるのは慣れていないのでそれはちょっぴり恥ずかしいのか耳をほんのりと染めながら ─── 微笑めば、「 んふふ、くすぐったい。 」と改めてペンが指を滑る感覚にちょっぴり身を捩りながらくすくすと笑ってしまい。 )
わざわざそんな難儀な道選ぶなんて物好きお前くらいだよほんと…。
( 田中えまが言っていたように"周りに配慮する必要のないカップル"ならば山も谷もない順風満帆に平和な恋愛が出来るのに。こちらとて彼女が普通に幸せになれるならそれでいいと考えたこともあるのだが、そうやって色んな道を示しても結局はこうして自分のところへと戻って来てしまう。今だって悩んだり迷ったりするような素振りはこれっぽっちもなく、至極当たり前のことを言うように即答する彼女にはやはりこれから先も勝てなさそうで。諦めたような、しかしどこか嬉しさの滲む笑みを浮かべては愛おしそうに腕の中で甘える彼女を見つめて。モゾモゾと擽ったさに我慢しきれず動いてしまう彼女に「こら、動くな。線が曲がる。」と声を掛けながらも何とか書き終えれば、白くて細い指の根元に再び黒々とした線が綺麗に引かれており。片手で器用にペンの蓋を閉めれば、改めて復活したその線を確認するかのように小さな左手にするりと指を絡めれば指先で彼女の薬指を大切そうに撫でて。 )
んー……そうかなぁ…。
……例えば??
( 彼の言葉を聞いてふむ。と考え込めば“それならいっそのことなんにも難儀じゃないよアピールをすれば良いのだ!”と思いついたらしいみきは彼にとっての順風満帆で平和な高校生の恋愛の例を問いかけてみて。そもそも今まで彼氏どころか恋をするのすら彼が初めてなみきにとってどれが普通かなんていまいちよく分かっていないのだから(少女漫画の知識はあるけれど)、彼にとってはみきに我慢をさせていることでもみきとしてはなんてことないなんて事柄はきっとたくさんあるだろう。こて、と彼を見上げながら首を傾げては早く早くと視線で急かしてみて。どうやら無事に予約更新を終えたらしい彼の言葉にふと左手を見ればそこには綺麗な黒線の引かれた薬指が。ありがとう、と口を開こうとすればいつのまにか左手に彼の手が絡められており思わずびく、と体が固まったのも束の間、そのまま引いたばかりの線を確かめるような彼の指付きに「 っ、…せんせ、……くすぐったい、… 」と先程とはまた違う甘みの含んだ声が漏れてしまえば腰元にぞわぞわと粟肌の立つ感覚を感じながらも決して彼の手からは離れようとすることはなく。 )
例えばって……、うーん…そうだな……、
学校帰りとか休日にデートしたり…とか……?
…ていうかそもそも『好きです付き合ってください』が通用しない時点で彼氏だ彼女だって立ち位置には絶対立てないしな。
( 答えを急かすような圧を放つ夕陽色に押し負けるように空を仰いで少し考えて。とはいえ自分の学生時代を思い出してみても、四六時中そばに居るとかイベント事は一緒に楽しんだりだとか。あからさまなデートと呼べるものでなければ何やかんや彼女とは経験しているな…?と考えれば考えるほど逆に首を傾げることになってしまいそうで。だがしかしあくまでそれはカップルとして成立してからの話で、今のお互いの立場上ではそのスタートラインに立つことすら許されないのが現実なのだと言う他なく。お互いの左手同士が絡み合う中、右手は彼女の腰に回して少し自分の方へ引き寄せるように緩く力を入れて固定を。そのまま後ろからほんのり赤く染まる耳元で「……俺だって、コレが消えなければいいのにって思うよ。」と小さくぽつり。田中えまに言われたらしい"早く消えればいいのに"という言葉を彼女の耳から、記憶から消すように、薬指の線だけではなく声でも上書きをしようと。 )
、……付き合ってくださいって言って付き合うの、そんなに大事かなぁ…。
言っても言わなくても、好き同士なら一緒にいる時に“この人のこと好きだなぁ幸せだなぁ”って思うのは変わらないでしょ?ならみきは好きな人と一緒にいてにこにこできればどっちでもいいなぁって思うの。
あ゛!でもお付き合いしなきゃ堂々とこの人は私の!って言えないのは困るかも……。
( 彼の言葉は最もで、そもそも“交際をする”という第一前提ができないのだからこういった話のスタートラインにすら立てていないというのは確かに一理あると頷いたのだけれどみきとしてはそのそもそもの前提が疑問らしくこてりと首を傾げて。交際をしてもしなくても、想い人と共にいる時に感じる愛情や幸せや楽しさは変わったりはしないだろう。交際をしていなくてもカップルイベントに便乗をしたっていい。だがしかしハッと途中で何か気がついたような表情を浮かべれば、むぎゅ…と彼の胸元に顔を埋めながら自身の独占欲と戦っているらしく─── そもそも今でも充分公認のようなところはあるしこんな会話をしている時点で両思いだということには気がついていないのだけれど ─── 周りにそうして主張するためには確かに交際が必要かと頬を膨らませて。そもそも逃げようとは思っていないのだけれど、まるで逃がさないとでも言うように腰に回されて彼の体に縫い付けられてしまった体にみきの頬や体はさらに火照り、ぽつりと囁かれた彼の小さな囁きに彼に捕まったままの小さな体はぴくりと跳ねて。「 せん、せ…、 」と自分でも驚くほどどろりと甘い声で彼を呼んではまるで夢の中にいるかのようなぽやぽやと蕩ける頭でも彼の言葉はするりと入り込んで反芻し、彼のその気持ちに答えるようにきゅ、と握られた左手に力を込めて。ずうっと互いを縛るこの予約が消えないように。みきはどうしようもなくときめく心を誤魔化すように彼に体を預けることしか出来ずに。 )
まあお前の言うことも分からなくはないし、実際そういう形だって有りだとは思うけどさ、
……付き合っていない相手にはさすがに手は出せねーし。
( 人と人の繋がりの形なんて千差万別十人十色。それぞれが納得できるような形にさえなっていれば問題なんて確かに無いようなものではある。…あるのだが、だからと言って曖昧な関係というのは男として少し物足りなく思ってしまうのも事実。世の中にはそういったしっかりした関係性を結ばないまま互いを求め合う人たちがいるのは分かっているし別に咎めるつもりもないが、こと彼女に関してはやはり誠実でありたいと思ってしまうのは共に同じ未来を歩けたらと思ってしまっているからだろう。今はまだハッキリと口に出して言えるはずもないのでこの付かず離れずのような関係性(と言っても分かる人にはお互いの気持ちなんてバレてしまいそうだが)のまま、彼女が教え子じゃなくなるその日を待つ以外に出来ることは無くて。自身の胸元で自らの考えと葛藤している様子の彼女を見て可笑しそうに笑いながら、最後の台詞だけはさすがに聞こえないよう顔を背けて小さく呟くに終わり。ただでさえいつも着ている服より生地が薄めのチャイナ服なのにそのタイトさも相まって、これほど密着すればお互いの体温が混ざり合って暖かく、じんわりと頭の中まで熱に浮かされそうな感覚を覚えてしまう。回した右手でさらにぎゅうと彼女を抱き締めるようにしてその首元に顔を埋めれば、「………、泣かせて悪かった。」と、甘い彼女の声とは真逆に静かに謝罪を零して。厳密に言えばわざわざ彼女にナイフを突き立てるようなことをしたのは田中えまだが、場合によってはそのナイフを渡したのが自分だと言われても反論のしようもないので。 )
、?
せんせ、今なにか言った?
( やっぱり付き合わなきゃこの人は私の!って言う資格ないのかな…告白っていう勇気のいることをしたご褒美みたいなものだもんね…だなんて彼の腕の中で悶々と考えていたせいか、彼の最後のセリフは上手く聞き取れずにキョトン、となんにも知らない無垢な夕陽で彼を見上げては不思議そうに首を傾げて。好きな人の言葉はぜんぶ取りこぼしなく受け取りたい恋する乙女は当然のように聞こえなかった言葉も教えて貰えるものだと思っているので、彼の腕の中でふわふわ幸せそうに笑いながらもまさか彼がどんなことを悩んで困っているかも知らずに大人しくその言葉を待って。生地の薄いチャイナ服は彼の手の感触だとか暖かさだとか、鼓動だとか、体温だとか、そういったものがいつも以上にダイレクトに伝わってきてしまいまるで酩酊しているようにくらくらしてしまう。ぎゅ、と抱きしめられたかと思えば首元に顔を埋めた彼から静かな謝罪が落とされて、みきは思わず目を丸くした後に思わずゆるゆると幸せそうに頬を弛めてはすり、と彼に顔を寄せては「 ううん、みきの方こそ。せんせーの“大切”を信じてあげられなくてごめんね。……みきと同じくらい、せんせーも大事にしてくれてたんだもんね。 」と暖かくて柔らかい声で自身も謝罪を零して。そもそも、みきが彼の言葉を信じていられればこんなに揺らぐことは無かったのだと、嗚呼人前だからそう言ってあげたのねなんて理解の早い女ならば良かったのだとそう宥めるように繋いだ手に柔らかく力を込めて、右手でそっと彼の頭を優しく撫でて。 )
……………内緒。
( こちらを見上げる夕陽色は余りにも純粋無垢で、だからこそ余計に自分の考えが邪なものに思えてきてしまい。しっかりその瞳を見つめ返してたっぷりの間を置いて、薄く口角を上げるいつもの意地悪な──田中えまに向けたものとは天と地ほどの差がある──笑みで一言だけ返し。…とはいえもしも彼女の卒業後に晴れて交際関係に発展したとして、"元"教え子相手にすぐさま手が出せるほど肝が据わっているような人間ではないのだが。ふわりと鼻腔を擽る彼女の落ち着く香りと声色、そして頭を撫でてくる手の温度に心の中がぽかぽかと暖かくなれば漸くお互いの中のわだかまりが溶けたような気がして。ヤキモチを妬いてくれる彼女はすこぶる可愛らしいのだが、泣かせてしまうとなると話は別。「…ちゃんと伝わったようで何よりだよ。」と安堵したように声を漏らし。特別扱いは良くないと分かっているし生徒は皆平等に可愛いと思っているのは本当だが、他人に対してひどく個人的な理由で明確な悪意を向ける相手を生徒だからといって手放しで可愛がれるほど生半可に教師をやっているつもりは無い。すでに脅威は去ったとはいえ、改めて彼女を守りたいという気持ちが表れれば自分の腕の中にすっぽりと収まる彼女を大切そうに優しく抱きしめたままで。 )
……え!?
今教えてくれる顔してたのに…!!
ね、ね、なんて言ったの?誰にも言わないから教えて?
( 彼に恋に落ちたきっかけとなった優しくて愛おしさに満ちた暖かいダークブラウンはたっぷりと時間をかけてこちらを映してくれ、彼の瞳の中に映る自分も期待に胸を躍らせてきらきらと瞳を輝かせている。なんて言ったんだろう!とそわそわわくわくしていたもののいつの間にか彼の表情はいつもの意地悪な笑顔に変わっており、あんなに時間をたっぷりかけたのにあっさりとした内緒とのご回答が。てっきり教えて貰えるものだと高を括っていたみきは衝撃に瞳をまんまるにしながらも彼に甘えるようにきゅ、と抱きついては一生懸命おねだりしては誰にも言わない!のアピールで口を結んで。何だか今日の彼はとても甘えん坊で、自分に甘えるように抱きつきながら安心したような声を漏らす彼がとても可愛くて可愛くてしょうがなくて。みきはへにゃへにゃとめろめろ頬を緩めながら「 うん、いっぱい大切って伝わった。……せんせー、だいすき。 」とえまの甘ったるい声とはまた違う、柔らかで穏やかな声でいつものようにだいすきを伝えてはすっかり体温の混ざりあった彼の温もりを心地よさそうに享受して。優しく抱き締めてくれる手も、柔らかい声も、さらりとした髪も、簡単に自分を包み込んでしまう体も、ぜんぶぜんぶだいすきで愛おしくて、ずっとこうしていたいと彼も同じように思ってくれていたらいいななんてひっそり祈ってみたりして。 )
嫌でーす。
内緒っつったら内緒。
( くすくすと悪戯を成功させた子供のように笑いながら、んべ、と舌を出して彼女のお願いはシャットアウト。普段ならばこれほど甘えられては何だかんだで押し負けて教えてしまうのが常なのだが、こればかりはさすがに口を噤まざるを得なくて。いくら相手が自分に対して好意的とはいえ、まだまだ汚れを知らない彼女にそれを教えるには早すぎる気がして。…どちらにせよ、今はまだいち生徒の彼女がちゃんと大人の女性になってから(といっても彼女のことだから、きっとキス辺りが想像上は限度だと思うのだが)。いつものように暖かくて柔らかな"大好き"が耳に心地良く届けば、彼女の首元に顔を埋めたまま「…………ん。」と、じんわり満足そうに微笑んで。だがその言葉を自分もお返しに言うわけにはいかないので、ただ彼女から紡がれるそれを受け取ることしか出来ない今の自分が少し歯痒く感じてしまうのは仕方なく。ただ言葉には出来ずとも彼女を抱き締める手や繋がれ絡んだままの指先に少しだけ気持ちを乗せて彼女に触れることくらいは許してほしい。 )
う゛ー…。
せんせーたまに内緒が多いんだから。
( いつもなら大抵ここら辺で折れてくれる彼もどうやら今日は内緒の日らしく、ぷく!と頬を膨らませては不満げにぽそりと零しながらも彼の胸元に顔を埋めて追求は諦めて。こういう時の彼は大抵これ以上何も教えてくれないのでこちらが折れるしかないのだ。けれどそんな彼のいたずらっぽい笑顔もべ、と舌を出す姿すらも可愛くてかっこいいと思ってしまうのは惚れた弱み、みきは彼のこういう顔にすこぶる弱いのでめろめろと流されてしまう。もちろんいつかこの問いの答えを実際に自分の体に答えられていっぱいいっぱいになりながら白旗をあげる未来があるのだけれど、今はまだもう少し先の話。首元に顔を埋めたままの彼がこういう時になんにも答えないのは彼の立場やらを考えれば当然のこと、さらに言ってしまえばその声色や触れている箇所から彼の気持ちがじんわりとこちらに伝わってくるのでわざわざ言葉にしなくたって感じることが出来る。ただその彼の“愛おしい”の気持ちが自分とおんなじものだと気付くことができるようになるにはまだ恋愛レベルが足りないのだけれど。「 今日のせんせーは甘えんぼうですねぇ。 」と慈愛に満ちた声色で零した言葉は実にふわふわと嬉しそうで、たまにはこうやって沢山甘えて欲しいななんて思ってしまうのは生徒の立場では望むべきじゃないのだろうけれどこうして互いの体の境目が分からなくなるくらいに体温が混ざりあうのが心地好くてみきの頬は幸せそうにふわりと自然に綻んでしまい。 )
ま、いつか教えてやるからそれまではお預けだな。
( 不満そうに再び顔を埋める彼女の頭を、くすくすと笑いながら優しくひと撫で。しかし実際に"お預け"されているのはどちらかといえば自分なのだが、まだ見ぬ未来のいつかの彼女の反応を楽しみにしておいても損はないだろう。彼女に触れる指先から此方の気持ちが余すことなく伝わっているかと言えば、鈍感な彼女のことだからきっとそうでは無いとは分かっていて。しかし今はまだそれで良くて、全てのしがらみが無くなった時に伝われば何の問題も無いので。10歳近くも年下の相手に甘えん坊などと言われては大人として立つ瀬がないのだが、彼女の温もりや匂い、伝わる鼓動すべてが心地良くて反論をする気にもなれなくて。───そうしたままどれくらいの時間が経ったのだろうか、ドアの向こうの廊下からは『男子ー!片付け手伝ってよー!』と文化祭の終わりが近づいた事を示唆するような声が聞こえ始めて。 )
また“卒業したら”……?
もー、卒業したらいっぱい教えて貰えてもらわなきゃ。
( いつか教えてやる、お預け、となればまたいつもの“卒業したら教えてやる”なのだろう。くすくすと柔らかく笑う彼とは対照的に不満げに唇を尖らせては、早く卒業の日が来ないかなぁなんて今までの内緒話を全部一気に聞かせてもらう気でいるようで( 当然、一気になんて言われてしまったらきっとオーバーヒートしてしまうのは目に見えているのだけれど )。ただただ穏やかな時間だけが流れているこの時間、もちろんいつまでもこれが続くのがいちばん幸せなのだけれどもちろんそういう訳もいかず先程までの盛り上がりのざわめきとはまた違った騒がしさが廊下から聞こえてくればそれに伴いこの時間も間もなく終了。流石にこんなに長い時間クラスを空けておく訳にはいかず、また手伝い不参加だなんてしたらもっと親友を不安にさせてしまうと最後にもう一度これの温もりを堪能するようにすり、と顔を寄せては「 ……ずっとここに居たいけど、行かなきゃ。 」と普段ならば彼から促されて漸く動き出すのだけれど今日は何だかお姉さんの気分なので、いい?と彼に確認をとるように緩く手を握って。 )
そうだなぁ、お前が卒業した後も教えなきゃならない事がいっぱいあるんだから俺もずっと先生やらなきゃだな。
( その内容は学校の授業とは違うものだが、いつか教えると言った手前いつまでものらりくらりと流して躱すわけにはいかないだろう。立場こそ変われど彼女にとっていつまでも"先生"であり続けることに変わりはないのだが、ふと気になったのは卒業後に果たして彼女は自分の呼び方を変えてくるのだろうかということ。聞き慣れた『せんせー』呼びでももちろん問題無いのだが、もしかしたら名前で呼ばれる未来もあるのかもなと少しだけ考えてみれば何だか擽ったく感じてしまい。どこかお姉さんじみた言い方に年上としては何とも言えない気持ちにさせられてしまうが、そもそも自分が甘えるように彼女を抱き締め続けているがゆえの結果なので致し方なし。「………仕方ねーか。俺も、まだやる事あるしな。」と漸く顔を上げて小さく溜息吐けば応えるようにもう一度きゅ、と優しく、しかし一瞬だけ抱き締める手に力を込めてはするりと拘束を解いて。…今一緒に出ていけばどこかしらの片付けを手伝わされることが目に見えているので、やる事=生き物の世話という小狡い逃げ道ではあるのだが。 )
ぁ、で、でも卒業した後もずうっと“生徒”は……ちょっとやだ、かも……。
( 色んなことを教えてもらう分にはとっても嬉しいし、という事は卒業してからも彼がそばに居てくれるということなのでそれも幸せなのだけれど、いつまで経っても“生徒” だったらそれ以上にはなれないということなのでそれはちょっぴり困ると言わんばかりに眉を下げては呟くような小さな声で反論を。生徒じゃなくて女の子として見て、なんて言う勇気はまだないのだけれどそれでも卒業してもずっと先生をされてしまうとなると此方としても不都合があるので取り敢えずはそれを阻止しなければならないと、瞳にぜんぶ考えていることは書いてあるままにそろそろと彼を見上げて。いつも自分がするように最後の最後にもう一度、と言わんばかりにぎゅうと抱き締められれば自分もそれに応えるように彼に体を預けて2人っきりの時間は終了。自分が終わりを言い出したのにいざするりと解放されるとちょっぴり寂しくなるのは仕方がないことだろう。みきは惜しむように彼から数歩離れれば「 ふふ。うん、仕方ないからね。みきもほんとはやだけど、教室戻る。 」と彼の言葉にくすくすと笑いながら自分もそろそろ教室に戻ろうと身支度を整えて。 )
あー、……まあ、その時はその時だよたぶん。
( 小さな反論はしっかり耳に届き、しかし確かに彼女の言うことは分からなくもなくて。この先どれほど経っても彼女が"教え子"だという事実はもちろん無くならないのだが、いつまでもその認識ではこちらとて大事なときに動けなくなってしまう。どうやら彼女も似たようなことを考えているのだと夕陽色が語っていることに気付けば、少しだけ気恥ずかしそうにふいと視線を逸らして未来のことは未来の自分に託すといういつもの形を取って。しばらく此処で時間を潰したのもあってか、やって来た時には真っ赤だった彼女の目元もぱっと見は分からない程度にまで回復しており。お互いの温もりが離れたことで久しぶりに感じる気がする空気は何だかヒンヤリしていて、それが余計に惜しさを演出している気さえして。身支度を整えている様子を何となく目で追いかけながら彼女が部屋から出ようとする間際に「──あ。ちょっと待って。」と声を掛けては彼女の左手を掴もうと手を伸ばして。 )
………ん、
( どこか気恥ずかしそうに視線を逸らした彼につられるようになんだか此方も恥ずかしくなってしまったのか、ぽぽぽと頬を染めながらもこくりと小さく頷いて。けれど“卒業後も生徒のままは嫌”という言葉に対して否定はしなかったということはもしかして彼もそういうふうに思ってくれているのかななんでちょっぴり思ったりしてはまたそれも恥ずかしくなってしまいそれ以上何かを言えることはなく。教室に帰ったらまず山田くんにちゃんと仲直り出来たよって報告に行かなきゃなぁなんてすっかり意識を教室の方に飛ばしていれば、ふとかけられた声と彼に左手を掴まれれば「 わ、……どしたのせんせー。 」とほぼ初めてなのではないかというくらい珍しい彼からのストップにきょとんと目を丸くしながら改めて彼の方へ向き直り。なにか伝え忘れかな、さっきずっとぼんやりしてたもんねとにこにこ暖かい気持ちで首を傾げては大人しく引き止めた理由を待って。 )
…線、せっかく引き直したんだからこっちもやり直しとかないとだろ。
( 未来の話なんて到底分かることではないが、何となく彼女とは共にいる図が容易に想像できてしまいそうで。その時に自分が彼女を"元教え子"として扱うのか"1人の女性"として扱うのかは今はまだ分からないのだが。先日その黒い線に特別な意味を付加させたばかりではあるが、田中えまの心無い言葉によって一度はそれすらも意味を成さないほどズタズタにされてしまっているはず。薄くなっていた分を上書きすることで再び存在感を取り戻せたのならば、再びその黒々とした線に特別を付与させてもおかしくはないだろう。昨日と同じく、しかし二度目ともなれば少しだけ慣れた手つきで彼女の左手を自身の口元に近付けてはちゅ、とリップ音をたてて薬指に優しくキスを落とし。ゆっくりと唇を離して一度彼女を見れば、「……───あ、俺の方はいいからな。ほら教室戻った戻った。」と掴んでいた手を離して。彼女のことだからきっと自分ももう1回する!と言ってくるのは目に見えているので。 )
っ、……!
( それはまるで先程まであ自分の首元に顔を埋めていた可愛らしい彼とはまた違う顔で、ちゅ。とリップ音を鳴らして唇が落とされればびくりとみきの体が跳ねてその瞳は彼の方へ、彼の唇へ釘付けになり。二度目の、否唇を落とされた数で言えば手の甲も含めて三度目なのだけれど何度されたって一向に慣れないし、先程彼をよしよしと甘やかしていた人物と同一人物とは思えない程に白い頬はあっという間に真っ赤に染まり。これはちゅうじゃなくて、黒い線に特別を付加しただけ。そうやって一生懸命自分の頭に言い聞かせるも心の奥の自分がちゅうはちゅうだと騒ぎ立てぐるぐると頭が混乱する。みきは彼から瞳を離せないままするりと話された左手をよわよわと胸の前まで持ってきて右手で包み込めば「 ず、ずるい……。 」と漸く出た言葉は小さくてなんとも情けない声なのだけれど、けれど言いたいことは本当はもっともっとあって。 )
はは、大人はずるくないとやっていけないんだよ。
( 改めて引いた薬指の線に特別を付与させるためなのはもちろん、先ほどまで年下(しかも生徒)に甘えるような形になっていたことに今になって少しだけ気恥ずかしさと悔しさが滲んできたせい。いつもみたいに真っ赤な頬で上手く頭がまわっていないような素振りの彼女を見て満足そうに口角を上げては、何とも弱々しい反撃の言葉を否定せずむしろ頷いて。そのまま彼女の両肩に手を置いてくるりとドアの方向を向かせれば「はいはい、そろそろ行かないと誰か探しにくるかもよ。」とその背中を優しく押して。 )
( / ……そろそろですか?そろそろ私の出番ですか?(チラッ)
ハリー◯ッターにも負けず劣らず(?)の大長編となりましたが、改めてありがとうございました…!
でろっでろに甘いものを食べた後は塩辛いものを欲してしまうがゆえにちょっとね…えまちゃんというスパイスが効きすぎてしまったかもしれませんね……!でもそうなるとまた甘いものが欲しくなるのでこれは幸せ太り待った無しです最高です!!
山田も予定外に良いキャラに成長してくれて……彼にもいつかきっと幸せが訪れる事を祈らずにはいられません……!(号泣)
………あと実はthe・悪女なえまちゃん動かすのちょっと楽しかっt()
そろそろ次の相談の頃合いかなということで顔出しさせて頂きましたが、やり残したことなどあればもう少し後夜祭を続けるも全然良しですので! )
う゛…………こんなお顔じゃ教室戻れない…。
( 満足そうに笑う涼し気な表情の彼とは対照的に頬に両手を添えてしょぼしょぼ眉を下げるみきは、ひと目見ただけで何かあったと察せられてしまうくらいには頬が火照っており。だがしかしどうやら満足をしたらしい彼にくるりとドアの方に体を回転させられそのまま背中を押されれば教室に向かう他無くなってしまい。どうにかして教室に戻るまでにこの赤みを何とかしなきゃ…なんてむにむに頬を揉みながら準備室の扉を開ければそこはもういつも通りの賑やかな学校で。仕方ない、と心に踏ん切りを付けてみきは一歩廊下に踏み出したあとちらりとまだ火照りの残る顔で振り返っては「 またね、せんせー。だいすき! 」といつもの台詞を残してぱたぱたと自身の教室の方向へ走─── ろうとして、お淑やかにしなければならないのを思い出してチャイナ服の裾がめくれない程度にちょっぴり急いで戻っていき。 )
( / きゃ~~!!!私もちょうどそろそろ登場させていただこうと思っておりました!!!やっぱり相思相愛かも…()
こちらこそ本当に大長編をありがとうございました…!!きゅんきゅんしてはゴロゴロ転がったり『アッなんでこんなすれ違いを……心が痛い……』とひとり茶番を繰り返したりはちゃめちゃに堪能させて頂きました…!!!!
えまちゃんも山田くんも突発的に出していただいたキャラクターなのに2人とも本当に良い味がですぎていて…!最高のスパイスで甘さが際立ちました…!!!まだまだ自分、幸せ太りできます!任せてください!!!(?)
いや本当に!山田くん幸せになって欲しいしえまちゃんも動かすの楽しかったです……これが少女漫画だったらスピンオフとかでこの2人が付き合うやつ~~~!!!!と思ってました……へへ……
ぜひぜひこのまま次のご相談をさせて頂ければ幸いです!!
折角だしクリスマスデートとか……イルミネーション見に行ったりとか……やっちゃう……???期末テストとか頑張ったご褒美に…なるんじゃない……????とか密かにニチャニチャしておりましたが、背後様いかがでしょうか…? )
──!
……っはは!律儀なやつ。
( 彼女を見送るのに自身も廊下まで出てくれば、勢いよく駆け出そうとしたものの何かを思い出したようにペースダウンした彼女に気付いてつい吹き出してしまい。そういえば俺が言ったからか。とその不思議な行動が腑に落ちれば、わざわざ気にしている健気さが一層愛おしくて。──この後教室では、突然居なくなったかと思えばやっと帰ってきた親友に何があったかを聞き出そうとする友人や、すべてとは言わずとも彼女に何があったかを知っている山田から心配の声を掛けられたりと彼女がただひたすら忙しくなるのは残念ながら自分には分からないことで。 )
( / やだ……伝わり合っている……。もはや相思相愛や以心伝心は主様と自分のためにあるような言葉ですね!(ビッグマウス)
もうほんとっ……!まさにそれすぎて……!みきちゃんにキュン死させられるかと思いきや甘々に溶けて、はたまたえまちゃんには『きっ、貴様……っ!みきちゃんを悲しませおって…許すまじ!!』と憤慨してみたりと中々に背後も暴れ回ってとても楽しい文化祭でした……圧倒的感謝…(拝)
うふふ……自分もまだまだイケますよぉ………体重計は壊しておきましたからねぇ………(ニチャア)
山田みたいに心が清い男子相手ならさすがのえまちゃんも浄化され…され………されるかなぁ…?
でも愛着湧いちゃってるからぜひぜひ幸せになって2人とも~~~!!!
き、きたーーーーーー!!遂にやってまいりました聖なる夜!クリスマス!!ヘイ!(?)
ご褒美にデートなんてまったく先生ったらどんどんみきちゃんに甘くなるんだから!最高!!
……とはいえ冬休みでしょうし、ご褒美でデートなんて先生があっさり頷くとは思えないんで何かしら買い出しさせましょうかね()
それに付き合ってもらうみたいな名目or街中でバッタリで…??みきちゃんの貴重な冬休みの、しかもクリスマスを……??頂戴しちゃう………???(満面の笑み)
……あ、あの…あと一応なうえに今更のご確認にはなりますが……2人はこのまま清い(?)関係のままで進めていっちゃって大丈夫でしょうか…?
もしくは少女漫画よろしく在学中に恋愛関係に発展させたいなど、主様のご希望があれば改めてですが是非ともお聞かせ願いたく…! )
…お洋服どうしよ……。
でもあんまり可愛くし過ぎると気合入れすぎって思われる…?う゛ー、…。
( 期末テストで三教科平均点以上、生物60点以上。最早すでに恒例となった“テストご褒美”、今回はデート…もとい彼の買い出しのお手伝いである。そんな勝負日はいよいよ明日に迫っており、彼に『明日は何時に集合する?』と絵文字付きのメッセージを送ったはいいのだけれど問題は服装である。クローゼットの扉を開けて散々色んなお洋服と睨めっこを繰り返して数十分、未だに決まっていないのでみきは困り果てており。ワンピース、ミニスカート、大穴でショートパンツ。散々ファッションショーを繰り返しても決まらずにもういっそのこと彼にどんな服装の子が好きか聞こうかな…なんて諦め半分でベッドに腰掛けては悩ましげに唇を尖らせて。 )
( / ですよね!?!?私たちこそがオレンジの片割れってやつ…!漸く片割れに出会えることが出来て嬉しいですうへへ()
まさか大人になってからこんなに文化祭やら季節イベントをアオハル的に楽しめる機会が訪れるなんて本当に背後様には感謝しかありません…圧倒的感謝とキッスを…!送らせてください…!
キャ~~!!体重計なんてね、要りませんから(ガチ)!壊してしまいましょうね!これからクリスマスお正月とガチ太りイベントも控えてますから!太るなら幸せ太りだけでいいんじゃい!
されても「アラ~~(にちゃり笑顔)」になるしされなくても「悪女さいこ~!」になるからやっぱり性格悪計算高女子は最高ですね……2人とも幸せになってくれい特に山田……!!!!
一年で一番のカップルイベント!そうクリスマスです!やった~!クリスマスが今年もやって来る~!!!
せんせーが甘々になる度にみきはあわあわするし私たちはにちゃり笑顔になるの、世界が回っていて最アンド高ですね…!もっとやれ……!!!!
せっかくならね、『デート(買い出し)だから可愛くした!』をさせてあげたいので(無駄親心)買い出しに付き合う形に…しましょうか…!!冬服可愛いのいっぱいだから描写たのちみです…背後のきもおた力を駆使して精一杯おしゃれさせちゃお…!取り敢えず前日(?)くらいから始めようかなと適当に初めてみましたがやりにくい、他の設定等お好みございましたら遠慮なく仰ってください……!
アッアッこちらと致しましてももちろん清い(?)関係のままで大歓迎でございます…!!唇にキッスしたり交際宣言しなきゃセーフだろ、というガバルールで生きてますので……!!すみませんみきはガンガンに攻めていくと思いますがどうぞスルーしてくださいね…!!(???) )
…ん、…。
──『御影の都合良い時間でいいよ。』
( 夕飯(言わずもがな買ってきたお弁当)を食べ終え風呂も済ませた後、煙草に火をつけ一服中。ポコン、と鳴ったスマホに目を向ければ彼女からのメッセージ通知。少し厳しめにしたつもりの期末テストのボーダーラインを超えてきた彼女に驚きを隠せず、しかし約束は約束。今回のご褒美として強請られたのはデート。…とはいえさすがに教師と生徒がハッキリと"デート"という名目で出かけるのは憚られるので、自分の買い出し(完全にプライベートではあるが)に付き合ってもらうという名目に置き換えて今回のご褒美とさせてもらおうと。メッセージを送ってスマホを一旦置くも、何かを思いついたように再びアプリを開いては『一応俺に付き合わせる形だし、昼飯くらいは奢るからその前くらいがいいかもな。』と追加で送信。彼女が明日の服装に頭を悩ませていることなどつゆ知らず、こちらはのんびりと口から白い煙を吐き出して。 )
( / こちらこそ嬉しさ極まれりです……!もう離しませんからね!断面はアロンアルファでくっつけましたから!(?)
何だったらリアル学生時代よりも遥かに楽しく充実して過ごせた説浮上してます……あったけえ…主様のいる世界線があったけえよお……!
すみません、(ガチ)が物凄く迫真で同意しながら笑ってしまいました(笑)
冬はね、寒いですからね!栄養蓄えておかないと!!
分かります……!見て楽しい動かして楽しい素敵なスパイス悪女田中えまちゃん…!果たしてこれからまた活躍の機会はくるのでしょうか…!?
山田もね……まだ諦めきれていないという、案外しぶとい奴ですからね…!みきちゃんは渡せないけどいつか幸せになってくれよな……!
やっほーい!!パジャマを脱いで出かけましょう~!!
みきちゃんのあわあわする姿を見て我々は大変に健康と幸せを噛み締めておりますもんね…なるみきいっぱいちゅき……!
主様もしやオシャレ番長様ですか…!?先生&背後のオシャレスキルの低さが浮き彫りになっちゃう……生暖かい目で見守って、そしてスルーしてくださいネ……。むしろやりやすい導入でいつもいつも助かっておりますありがとうございます!何よりみきちゃんがお洋服に悩む姿を見せて頂けるのこれ一種のご褒美ですので!!()
把握しました~!その2つだけは遵守いたしますね!
は~このくっつきたくてもくっつけない距離が最高of最高すぎて寿命がどんどん伸びていく~~!!
そして手が出せなくて悶えながら己と戦っている先生と背後を、みきちゃんと主様は楽しむんですね……くそぅこの小悪魔ペアめ!!(褒め言葉) )
─── 『 じゃあ11時くらいにしよー! 』
─── 『 バイトしてるから、お昼ご飯はちゃんと自分で払えます!(お気になさらず!と子犬がドヤ顔しているスタンプ) 』
( 長時間悩んだ甲斐があり何とか服装の方向性が決まっていったあたりで丁度彼からの返信も返ってきて、若者らしいスピードでポンポンとメッセージを返していけばいよいよデートが明日なのだとじわじわ実感が湧いてきたらしいみきは思わず寝転がったベッドの上でパタパタと足を上下させて。こうして彼としっかり待ち合わせをして外で会うというのも初めてで、自分から強請ったものとはいえいつもよりしっかりと浮腫み取りのストレッチをしたりちょっぴり良いパックやトリートメントをしたりと精一杯の下準備をしてもどこかそわそわしてしまうのは仕方の無いこと。『 明日楽しみにしてるね、おやすみ! 』と少し遅れて続けてメッセージを送信したけれど、やっぱり当日の朝になって迷わないように方向性だけじゃなくてお洋服自体も決めておこうとみきが眠るのはまだもうちょっと夜が更けてからで。 )
( / 当然ですよ!アロンアルファの上からグルーガンで固定しちゃいますからね!!もう取れません!!
う、う、うれし~~!!!背後様も充実を感じてくださっていたなら光栄の極みです…なるみきありがとう……!!!!
どうしてもね…秋から冬にかけては美味しいものしかないし蓄えのためもあるし、体重計とは疎遠になっちゃいますよね……ヘヘッ(笑い事ではない)
えまちゃん、ぜひぜひまたスパイス投入に現れて欲しいですよね…!動かしやすくて物語も動かしてくれてスパイス的役割も結果的に関係後押しもしてくれるえまちゃん、サイコーの女の子です……!
ほんとに…!こういう子はね、本当に…男の子の親友ポジションのまま恋愛感情引き摺りつつ幸せになってくれ山田くん(わがまま)…!!
2人がイチャイチャしてくれれば我々の寿命が伸び、我々の寿命が伸びれば2人は永遠にイチャイチャできるという最高の永久機関が生まれちゃってますからね……なんて素晴らしいんだ……!
アッとんでもないです当方ただの根暗オタクですので…!!!!こういうお洋服着た恋する女こ子可愛いだろうなウヘヘの気持ちで着せているに過ぎませんのでお気になさらず……!!(???)
良かったー!!!ではこんな感じでよさげなタイミングで翌日に移行出来ればと思います…!ちなみにお洋服はまだ悩んでます!背後が!!()
アア~~~わかりますこの距離感がね、たまんねぇのですよね!! 競馬場にいるおぢさんくらい(エアプ)「いけ!!!おせおせ!!!」言うてます……(ニッコリ)
フフフいつも我々を満足させてくださりありがとうございます……!!!!みきは無意識ですが当方はちゃめちゃに歯茎むき出しスマイルで楽しませていただいております!二チャ!
背後様とお話させていただけるのが楽しすぎて毎回この会話を切るのが本当に本当に惜しいのですが、私のオタクトークがなるみきの邪魔になってはいけませんので此方で一旦背後は下がらせていただこうかと思います…!!
また何かございましたら遠慮なくお呼び立てくださいませ! /蹴可 )
────、
( 昨晩のメッセージは『了解、おやすみ。』で終了。次の日に響かないようにいつもより少し早めに就寝すれば、休みの日は布団とランデブーな自分でも比較的すっきりとした目覚めになって。季節はすでに冬、街もクリスマスカラーに彩られている中でこうした待ち合わせというのは何だか久しぶりに感じる気がする。男友達と会うくらいならば服装も楽でラフなものを選ぶのだが、さすがに本日はそういうわけにもいかなくて。…とはいえビシッとスーツでキメるなんて堅苦しいのは好みじゃない。黒のワイドパンツにニット素材のインナー、アウターはトレンチコートとシンプルではあるが普段のパーカーやジャージといったやる気のない服よりは遥かにマシだろう。冬の空気の冷たさで自然と肩に力が入るが、少しでも暖を取ろうとポケットに両手を突っ込んで待ち合わせ場所にて彼女の到着を待って。 )
( / うぐぅぅ……毎度のことながら主様のお話を蹴るのが本当に惜しくて心苦しくて……!!だって楽しいんだもの!!!(クソデカボイス)
しかしなるみきの邪魔をしたくないのは私も同じ気持ちですので、まだまだ広がりそうなオタトーーークはとりあえずこの辺でセーブしておきますね()
こちらこそ、何かありましたら(何もなくても)いつでも召喚してくださいませ!
これからも共になるみきを享受して楽しめれば幸いです…! /蹴可 )
─── おにーさん。おひとりだったら一緒に遊びませんか?
( いつもよりもちょっと早い時間に勝手に目が覚めて、早い時間に目が覚めたのにも関わらずやっぱりデートの日の朝というものはなぜかちょっとバタついちゃったりして。けれどしっかりふわふわとゆる巻きした髪を白リボンで高い位置にポニーテールにした髪は昨日のトリートメントでふんわり良い香りがしてツヤツヤだし、肌だっていつも以上にぴかぴか。結局服装は精一杯可愛いを押していこう!ということで、黒の薄手ハイネックニットに淡いブラウンチェックのプリーツミニスカート、足元はトップスと同じ黒のロングブーツ。袖先に白いファーが着いた白の膝上丈ノーカラーコートに白のリボン型のファーマフラーを合わせれば完璧なデートファッションの完成。誰がどう見てもデートです!といった風な様相で待ち合わせ場所までぱたぱたと駆けてくれば、待ち合わせ時間まであと15分ほどあるのに既に待ち合わせ場所には彼が。思わずそわそわと悪戯心が騒いでいつかの彼のように他人のフリをしてにこにこと声を掛けては彼の反応を伺うようにこてりと首を傾げて。 )
!…あー、悪いけど可愛い彼女待ってるんでひとりじゃ無いんですよねー。
( 息をするたび口から出る白い息をぼんやり眺めながら待っていれば突如として掛けられた声は、他人のフリというには残念ながらあまりにもよく聞き慣れた声。もちろん反射的にそちらを見たことで目の前にいる人物が誰だかをすぐに頭が把握したからということもあるのだが。いつだかの仕返しのようなことをする彼女に、そのいつだかの彼女の反応とは違ってにやりと口角を上げながらわざと"彼女"という単語を強調すれば、言葉通りとても可愛らしい格好をした相手をしっかりと瞳に映してにこにこ笑い。 )
!!!
……………あ、う、…か、かのじょ、…来ました…。
( てっきり上手に騙されてくれると思っていたいたのに、にやりとした笑顔とわざとらしい言葉に反対に此方が顔をカッと赤らめては恥ずかしそうにファーマフラーに顔を埋めつつ小さな声で到着の報告を。常日頃から彼女になりたいと思っているしなれるのなら当然その座を喜んで受け取るつもりではあるのだけれど、いざそういった風にからかわれてしまうと途端にしおらしくなってしまうのはいつものこと。「 ……ご、ごめんね、待った? 」今ので一気に身体が熱くなってしまったのでみきは全く寒くないのだけれど、先に外で待っててくれていた彼は寒いだろうと羞恥で視線は合わせられないまま小さく問いかけて。 )
はは、待ってました。
( 彼女の様子を見ればこちらの反撃が成功したのは一目瞭然。可笑しそうにくすくすと笑いつつも、改めて彼女の服装を見ればやはり一段と可愛らしいと思うのも本当で。いつもの見慣れた制服姿やたまたま数回見る機会のあった私服とは違い、間違いなく今日この日の為に彼女が考えて選んだものだと思うと何だか一層愛おしく思う気がしてくる。そんな気持ちが込もった視線を彼女に向けるも、残念ながら恥ずかしそうな彼女の夕陽色とは視線が絡むことなく。「や、俺も来たとこ。…つーかお前こそ早くね?まだ集合時間前だぞ。」待ち合わせのド定番、常套句のやり取りに何だかむずむずしそうだが、ポケットからスマホを取り出して時間を確認すれば予定の集合時間よりもそこそこ余裕のある到着。とはいえ自分もさらに10分ほど前に着いたばかりなのでお互い様ではあるのだが。 )
……早く来たら、その分長くせんせーと居られるかなって思って、
( 先程は彼の反撃によって逸らしてしまった視線も、今や私服の彼の眩しさと照れで次は上げられなくなってしまったらしい。以前にも私服は見たことあるけれど、男の人のコート姿ってなんだかいつもよりも何倍もかっこよく見えてしまうものでそれも相まってなんだかとても気恥ずかしくて。時間について言及されればちょっぴり恥ずかしそうに頬を染めながらぽそぽそと“少しでも貴方といる時間を増やしたかったです”と素直に吐露して。そもそもその作戦も彼が早めに来ないと成立しなかったのだけれど、さすが大人は時間前行動が完璧なのでみきの作戦は大成功。約束の時間よりも少し早く合流できたことによって無事デート時間はちょっぴり増えて。それがとても嬉しくて、漸くちらりと顔を上げて彼と目線を合わせれば「 だから、早く来てくれてうれしい。 」とへにゃへにゃ柔らかく微笑んで。 )
っ、……そっか。
( きっと彼女は意図せずだろうが、そうして素直に吐き出された気持ちの方が存外カウンターとしては攻撃力が高かったりするもの。少し赤らんだ頬やいつもと違う服装も相まって、例に漏れず自分も彼女の言葉にどきりと胸が鳴ってしまえば何とか一言だけ返すのが精一杯で。ようやく合った視線と柔らかく笑う彼女が可愛くて、正直その辺を歩いている他人にすら見せるのが勿体無いと思ってしまう。先ほどから自分の視界の中にはちらちらと彼女を通りすがりに見ていく人が何人か映ったりしているのだが、そうやって視線を向けたくなる気持ちが分かると同時にやはり少しだけ独占欲のようなものも湧いてきてしまいそうで。「…とりあえず昼飯にはさすがに早いし先に用事済ませようと思うんだけど、いい?」と、本日のお出かけの名目である自分の欲しい物の買い出しを先に終わらせてしまおうと彼女に問いかけて。 )
ん!
……ね、ね、今日は何お買い物するの?
( 本日の名目である“お買い物”、そういえば何を買うのか聞いてなかったことに気がつけば彼の問いにこくんと深く頷いたあとにそのまま続けて質問を。ふぐ太郎たちのごはんかなぁ、とやっぱり彼と言えば生物準備室にいる小さな友人たちのことを思い出しては不思議そうに首を傾げるも、言い訳にするにしては“一人で十分”とバッサリ切られてしまいそうなのも事実でやっぱり本日の買い物予定のものは特に浮かばずに。やはりクリスマスが近いだけあって家族連れの次に多いのはカップルばかり、もしかしたら自分たちもその中のひとつに見えていたらいいのになぁなんて思ってしまうのは図々しいとは理解しているけれど仕方の無いこと。ブーツのヒールでいつもよりちょっぴり彼の問いにお顔を見つめやすいのが嬉しくて、みきはちらりと彼を盗み見てはまたこっそりと頬を綻ばせて。 )
あー、…完全に私物なんだけどな。
ほら、俺の部屋にあるソファ。あれだいぶ使ってるしそろそろ買い替えようかなって思ってたんだよ。
( 家族連れの小さな子供がそこかしこに置かれたクリスマスの飾りやサンタに喜んでいる微笑ましい様子や、腕を組んで幸せそうに歩くカップルたちを横目に歩く教師と生徒は、今日ばかりはその関係性に見えないのではないだろうか。あわよくばカップル…とはいえ実際、良くても兄妹が関の山かもしれないが。彼女の質問にそういえば伝えてなかったと気付けば、口にしたのは仕事とは関係のない完全な私用の物。彼女は自分の家に何があるか知っているし、実際に使ったことのあるソファのことを指せばすぐに思い浮かぶだろう。まだ見た目は綺麗とはいえ自分が今の学校に赴任されたのと同じ時期に買ったものなので、年季でいえばそれなりにはなっていて。「前からちょっとバネが怪しくなってきたなーって思っててさ。せっかく御影に付き合ってもらうんだから、お前のセンスに任せて選んでもらおうかなって。」と、彼女をちらりと見やってにやり。もちろんお買い上げ後は後日配送してもらうので荷物的にも何の問題も無い。 )
ソファー…、
み、みきでいいの……?!
( あまりに予想外の買い物に思わずぽかん、と間抜け面で彼の言葉を復唱してしまえば、彼が毎日使うようなもの(しかもそんなにぽんぽん買えるような値段のものではない)を自分が選んでいいのかと驚き半分照れ半分といったように頬に淡く朱を散らしながら思わず問いかけて。確かに彼の家に実際に行ったことがあるのでインテリアもわかるしどういうソファが合うかというのも大体想像はつくのけれど、それでも責任重大であるためにちょっぴり胸がそわそわしてしまう。だって2人で家具を見に行くだなんて本当にカップルみたいだし店員さんとかに間違えられちゃうかもだし、けれど自分がチョイスしたものを彼がこれから毎日使うんだと想像したらみきのおっきな独占欲も満たされてしまうような気がするのもまた事実。なんだかくすぐったい気持ちになりながらもぐっ!と気合いを表すべく拳を握れば「 一生懸命選ばなきゃ…! 」と改めて気合いを入れ直してはこくりと深く頷いて。 )
それが今日のお前の使命だからな、
頼んだぞー。
( 狼狽えながらもどこか喜んでいるようにも伺える彼女が可愛くて面白くて、そんな様子を楽しげに見ながら本日の彼女は我が家(といってもとりあえずはソファだけなのだが)のインテリアコーディネーターに大抜擢。そんな彼女の心中まではさすがに察せないが、嫌がっている素振りがないことに少しだけホッとしたのは内緒。薄らと頬を赤らめながらもやる気を見せる彼女が何だか可笑しく、「いやさすがにそんな気合い入れるようなことじゃないだろ。」とくすくす笑いを零し。…さて目的が明確となれば早いところ向かってしまおうと大手の家具屋へ向けて歩き出して。 )
だってせんせーが毎日見るものでしょ?
毎日それを見る度にみきを思い出しちゃうくらい素敵なソファ選ぶの!
( 早速家具屋へと歩き出した彼に倣うようにみきもゆったり歩き出せば、ただ立っていただけの時とはまた違う寒さにぶる。と一度身震い。それからへらへらと柔らかく笑えば自信がどうしてこんなにも彼のソファ選びにやる気になっているかをさらりと応えてはやる気を示すべくにこ!と満点の笑顔を浮かべて。クリスマス間近の街並みはどこを見てもキラキラと素敵に輝いており、もうさすがにサンタさんを信じていないみきですらとわくわくそわそわしてしまうのだから幼い子供たちは全てが楽しみで仕方がないのだろう。両親に買ってもらったのだろうプレゼントを小さな手いっぱいに抱えてにこにこぺかぺか歩く子供を微笑ましく見つめてはその視線に気付いた子どもがちいちゃな手でばいばいと振ってくれた手に「 ばいばーい 」と人懐っこい笑顔を浮かべて同じように手を振り返しては癒された!と言わんばかりに頬を弛め。 )
なーんか選ぶときに変な念でも込められそうな気がしてきた…、
人選間違えたかな俺。
( 小さく身震いをした彼女に気付いたものの、生憎マフラーや手袋といったものは着けていないし自身のコートを差し出せばきっと今度は自分の方が耐えられなくて身震いが止まらなくなるだろう。とはいえただでさえクリスマスで人通りが多いうえに明るいところで、何も無いとはいえ教師と教え子が手を繋いで歩くなんていつどこで誰に会うかも分からない状況ではあまりに綱渡りが過ぎる。少し悩んだ結果、少し歩く速度を緩めて彼女との距離を少しでも近くしたうえで少しでも風除けになればとイマイチ格好のつかない行動に出るのが精一杯で。彼女のやる気に溢れた宣誓を聞けば溜息混じりに笑いながらも、そもそも他に人を選ぶという選択肢は存在していないのだが。いつの間にやら小さな子供とやり取りを交わしていた彼女に気付けば微笑ましそうに笑みを浮かべ、「子供はいいなぁ。大人になると無条件にプレゼントが貰えなくなるどころか配る側にまわんなきゃいけなくなるし。」と何とも夢のない悲しい大人の現実を切り取った一言を零して。──ちなみに彼女に遅れて自分もこっそり手を振ってみたが、残念ながらぷいと顔を逸らされてしまって少しだけショックを受けているのは彼女に気付かれていないことを祈る──。 )
し、失礼なー!
変な念じゃなくて純粋な愛情ですー!
( 少し歩くスピードを落としてくれた彼に“歩くの遅かったかな?“と残念ながら彼の真意は伝わっていないのだけれど、歩くスピード合わせてくれて優しいなぁと結果的に彼の好感度はまたさらに上がり。あとはちょっと距離が近くなって嬉しいな、と思ったり。だがしかし彼の言葉にむ。と唇を尖らせては反論になっているんだかいないんだかの言葉を返しては不満げに頬を膨らませて。好きな人の私物を選ぶ、だなんて滅多にない機会だしその本人から直接指名を受けたのであれば殊更張り切ってしまうのは当然のこと。あとは生徒と教師という垣根が無くなった時にソファどう?なんていった名目でおうちに遊びに行けたらいいななんて下心も正直ちょっぴりあるのだけれど。きらきら未来のあるちびっ子との癒される一幕に心がぽかぽかと暖かくなっていた中になんとも現実的な言葉が降ってくれば、相変わらずな彼にもう!と呆れたように笑いながら「 せんせーも良い子にしてたらプレゼントもらえるかもよ? 」と悪戯っぽく首を傾げて。幸か不幸か、子どもって可愛いなぁと其方に夢中だった為か彼が見事子どもにスルーされたところは見ていなかったのだけれどきっとそんな所もみきとしては可愛いポイントに加算されるのだろう。 )
はは、純粋って。
お前のことだからまあ変な念は無いにしても、ちょっとした下心くらいなら入れてきそうだなって思ってたんだけどな。
( 自分自身が寒さに滅法弱いのは自覚しているため、彼女との距離が縮まることでほんの僅かでも空気の冷たさが和らぐのであれば一石二鳥。結果的に手を繋ぐには近すぎるが、腕を組むにはまだ少しだけ遠いような絶妙な距離感の出来上がり。もちろん真っ昼間の人通りが多いところではそのどちらも出来かねるのだが。可愛らしく頬を膨らませて恥ずかしげもなく言い切る彼女に笑いながら、その心の奥の計画(?)を知らないにしても冗談めいた言葉は偶然にも当たらずとも遠からずといったもの。もちろん本人にその自覚は無く、ある意味これは彼女限定のエスパーといったところだろうか。相変わらずこうしてたまにお姉さんムーブを見せてくる彼女に苦笑いしながら「毎日頑張ってる"良い子"な大人にはプレゼントひとつやふたつじゃ物足りないよな……サンタにはちゃんと見合った報酬を求めるぞ俺は。」と、内容こそ冗談満載だが声色は敢えて真剣に。もっともこの場合のサンタは赤い服と白い髭のおじいさんでは無くもっと現実めいた相手が対象なのだが。 )
う゛。
……………………別になんにもないもん。
( まさにたった今考えていたことをすばり当てられてしまえばぎく、と分かりやすく表情を固まらせながら静かに視線を逸らしては嘘と言うにはあまりにもお粗末な演技で言葉をぼそり。そりゃあ女の子だって好きな人に対してなら下心だって持ってしまうし仕方ないじゃん、と若干責任転嫁をしつつも少し恥ずかしそうにちらりと彼を一度見たあとにまたその夕日はすぐにふい!と逸らされて。ちゃんと見合った報酬、と言葉の冗談さに比べてその声色はなかなか真剣なものでみきは思わず瞳を丸くして。毎日頑張ってるいい大人に送る、ちゃんと見合った報酬。彼に比べたらまだまだ子供なみきにとってその報酬内容というのは簡単には思い浮かばずにゆっくりと首を傾げては「 こ、高校生の財力でも買えるもの……?例えば……? 」と“あくまで自分が買う訳では無いけれど興味本位で聞いています”といったテイストを崩すことなく例えばどんなものかと彼に問いかけてみて。…最も、それが自分があげられるものならば後ほどこっそり買おうと思っているのは内緒(だと思っている)のだけれど。 )
…へえ~~~~?
……俺も大概だけど、お前も結構分かりやすいよな。
( ほんの一瞬こちらを見たかと思えばすぐに合わなくなった目線を追いかけるように、首を傾げて覗き込みながらにやにやと悪戯っぽい笑みを浮かべて。自分の演技に難ありなのは分かっているうえで同じような彼女の演技を意地悪く指摘して。彼女がどんな下心を隠しているのかまではさすがに分からないにしても、純粋な愛情というのもきっと本音なのだろうがやはりそれだけでは無かったのだと分かれば可笑しくて抑えきれていない笑いが零れ。"例えば"と問いながらも"高校生の財力で"なんて言ってくるあたり、何となく彼女が企んでいることが分かるような気がする。きょとんと一拍、後にくすくすと笑いながら「財力は関係無いけどお前にしか出来ないプレゼントもあるぞ。例えば満点のテストとか。」と態とらしく意地の悪い言い方をするも、実際に教え子の成績が良くなるのは教師にとって素敵なプレゼントといっても過言では無いので決して嘘ではなく。 )
っ~…もう!
……だって仕方ないじゃん、……好きな人のおうちに遊びに行く言い訳にならないかなって、思っちゃったの。
( 其方を見なくてもわかる、明らかににやにやと楽しそうな声色にお手上げと言うようにぱっと頬に朱を散らしては彼の方へ羞恥に潤んだ夕陽色を向けつつ正直に考えていたことを答えて。ホントは言い訳やらキッカケがなくても遊びに行ける関係になれるのが望ましいのだけれど、今はそもそも緊急時でない限りは無理だろうし卒業しても自分の頑張り次第でないとそれは叶わないので少しでも保険をかけておくに越したことはないらしく。どうやら精一杯に装った興味本位ですというテイストはどうやらすぐにバレてしまったようで、くすくすと笑う彼からの回答は“満点のテスト”とのこと。ぽかん…驚いたように間抜け面を浮かべたあとにすぐ唇をとがらせては「 そんな点数取れたら最初から取ってるもーん。今60点取れてるのが奇跡なんだから。 」と不満げに彼のチョイスに苦言を呈し。確かに自分にしかできないプレゼントで、高校生にでもできて、彼が喜ぶプレゼントであることには変わりないのだけれど残念ながらそこそこ遠い夢であることもまた事実で。 )
…なるほどね。
ほんと強かだよなお前…。
( うるうると輝く夕陽色が下心を露わにさせられた恥ずかしさを物語っているが、そんな姿すらも可愛いと思ってしまう自分は結構末期なのかもしれない。買い出しに付き合わせることは先に言っていたものの何を買うか、そしてそれを彼女に選んでもらうと伝えたのはまさについさっきなのだが、それをすぐさま自分のチャンスに繋げようとするちゃっかりとした強かさはある意味素直に尊敬できる。呆れたような台詞とは反対に柔らかい視線を彼女に向けながら優しく微笑んで。…とはいえさすがにいち生徒に対して『いつでも家に来たらいい』なんて言えるわけはないので、思ってはいてもそれを口にはできないのだが。きっと彼女が欲しかった回答では無かったのだろう(わざとではあるが)、艶のある唇をつんと尖らせてまたもや不満を零す彼女の様子に「向上心があるんだか無いんだか……。」と小さく苦笑を。まあこうして"ご褒美"の時間が取れているだけ彼女の頑張りはしっかり伝わっていることに違いはないのだが。──そんな会話もそこそこに辿り着いた目的地は、こちらもクリスマスの飾りに彩られているだけではなくちょっとしたツリーや飾りをお勧め商品として販売しているよう。やはりそういったコーナーには家族連れやカップルが集中しており、私服だから周りからは分からないだろうとはいえ生徒を伴って入ることに何だか少しだけ背徳感を覚える気すらしてしまいそうで。 )
ほ、褒めてるのそれ……。
( 声色こそ優しくて愛おしさの滲む温かいものではあるけれどあまり褒め言葉とは言えないその言葉にグロスの塗られたさくらんぼ色の唇はつん、と尖ったままで。だが紛れもなく強かであるという部分については間違いでは無いので否定はできないしするつもりもあんまり無いのだけれど。自分よりも余程自分を理解してくれている彼がそう言っているのだからきっとそうなのだろう。暫くして辿り着いた目的地には大きなクリスマスツリーからこじんまりとした可愛らしいツリーや置物など正にクリスマス商品を前面に押し出しておりキラキラ色とりどりに輝いておりそれに伴いみきの瞳もきらきらと輝いて。「 見て見て!あんなにおっきなツリーも売ってるよせんせー、…じゃなくて、えと、…えーっと……司、くん…? 」自分の身長の倍はあるだろう、売り物とは思えないほどに立派なクリスマスツリーを見つけてはついいつもの癖で彼の服の裾をくい、と引っ張りながら見て見てと強請り─── かけたところで、そういえばあんまりお外でせんせーって呼ばない方が良いのか…?と相変わらず妙なところで気遣いが発揮されればちょっぴり悩んだ後に彼の方を振り返りながらこてりと首を傾げて名前を呼んで。いつも“せんせー”と呼んでいるせいで初めての名前呼びは何だか妙にそわそわと照れてしまいその頬はうっすら薄紅色に染まって。 )
褒めてる褒めてる。
お前にはそのままで居てほしいと思ってるよ。
( 楽しそうに笑いながらも口にする言葉に嘘は無くて。いつかの田中えまのように裏のある強かさもひとつの強みに違いはないが、自分の気持ちに正直で真っ直ぐな彼女の強さはまた違って美しく見える。例えその原動力が恋する乙女の下心だとしてもそれこそ彼女らしさだし、口にはしないがそういった部分に惹かれている自分を否定する気もなく。目的はソファひとつなのだが、こうもあちらこちらがキラキラと輝いていると子供や大人関係無く目移りはしてしまうもの。彼女の言葉にそちらに視線を向けるも、大きなツリーが目に映ったのはほんの一瞬。その次に耳馴染みのある声から出た聞き慣れない単語にすぐさまダークブラウンの瞳は丸く見開かれて彼女を映し。「───っな、…!?……~~~、お前…っ………今のは反則だろ…。」それはあまりにも突然の不意打ち。薄く朱を散らした頬でこちらに顔を向ける彼女を直視することが出来ず、思わず顔を逸らしては三十路の脆い心臓()が早鐘を打つのを抑えようと胸に手を当てて。 )
……なら、いっか!
( 暫くはむむむ、と唇を尖らせていたものの彼の言葉に嘘偽りがないのは声色を聞いて顔を見ればすぐに分かること。みきは安心したようにへにゃ、と微笑んでは目の前の彼がそう言ってくれるのであれば良いのだとすっかり不満気な様子はどこかへ吹き飛んでしまい。どうやら気遣いとして投げかけた言葉は彼に何かしらのダメージを追わせてしまったらしく、驚いたように綺麗なダークブラウンを見開いたかと思えばそのまま視線を逸らして心臓を抑えるような仕草をした彼に今度は此方が驚いたように瞳を丸くしては「 え!?だ、だってお外だし名前で呼んだ方がいいかなって思って…!ごめんね、嫌だった…!? 」と慌てて心配そうに彼を覗き込んでは不安そうに眉を下げて。個人的には本当にデートをしているカップルみたいでちょっぴり彼の名前を呼べたことは幸せだったのだけれど、もしも彼がそれで嫌な思いをしていたら嫌だなぁという風にまさか彼がそれ以外の感情で困っているとは微塵たりとも思っていないお顔で。 )
……、あー…別に、嫌とかじゃ…ない……。
( 良くも悪くも単純な彼女から不満げな様子は綺麗さっぱり無くなり、いつもの柔らかい微笑みにホッとしたのも束の間。まさかの名前呼びという意識外からの不意打ちに悶えていれば、今度はまったくの斜め上な心配を見せてくる彼女に小さく溜息を吐いて。確かに彼女の言うことには一理あって、それゆえの気遣いは素晴らしいとは思う。…が、いかんせん破壊力が強すぎて少々ダメージを受けてしまったのは致し方無し。もちろん彼女が心配するような嫌な感情などあるはずもなく、不安そうな彼女を安心させるべくそれに関してはきちんと否定を。少しして漸く落ち着けば、「…と、とりあえずソファ探すぞ…。」と店内を奥へと歩みを進めて。もちろん名前呼びに関しては咎めることなどせず。 )
?
……ならいいんだけど…。
( 未だに合わない視線には疑問は残るものの、どうやら嫌だとかそういったマイナスな感情ではないらしいことがわかると取り敢えずみきは分かりやすくほっと安堵の表情を浮かべて。ならばどうしてこんな反応なのだろう…と名探偵は顎に手を添えつつ店内の奥の方へと歩みを進める彼の数歩遅れて後ろを歩くこと暫く。─── …もしかして、照れている? !まさにピシャリと雷が落ちたような衝撃と共に名探偵は真相へとたどり着いたようで、みきはにこ!!と今日一番の笑顔を浮かべてパタパタと彼の真横まで駆け寄れば「 じゃあ今日一日お名前で呼んでいいってこと?司くん。 」とちょっぴり彼の耳元に唇を寄せながらふわふわご機嫌な声色で敢えて名前呼びをしながらそんなことをこそこそ問いかけて。だって外で“せんせー”って呼んだらみんなビックリしちゃうもんね?名前呼びなら兄妹かなって誤魔化せるもんね、そんな言い訳を並べたいたずらっぽい夕陽で彼を覗き込んではその表情は楽しそうに綻んで。 )
───!
( 大人しく少し後ろをついてくる彼女に意識を向けつつも、目線は目的の物を見つけるべく店内の案内板やらディスプレイされている家具やらを見ながら足を進めて。まさか後ろでこういう時ばかり能力を発揮する名探偵がまさにひとつの謎を解き明かしたことなどつゆ知らず、隣に駆け寄ってきた彼女が何かを言いそうだったので反射的にそちらへと体を傾けて。そうして掛けられた言葉は何とも楽しそうな声色と表情に彩られた自分の名前。思わず再びぱちくりと彼女を見たものの、さすがに二度目となれば初回の不意打ちよりは耐えることも出来る。悪戯に輝く彼女の瞳が言いたい事がこちらへの気遣いなのも分かってはいるが少しだけ悔しくて、「…いいよ。せっかくみきが気遣ってくれてんだもんな?」とその夕陽色をしっかりと見つめ返してはにっこり笑顔を携えながら小首を傾げて。 )
、……!!!???
( にこにこ、にやにや。今のみきの表情を表すとしたらそんなに擬音がピッタリで。普段あんまり見ることの出来ない想い人ノレアな姿をこの目に収めておこうと彼を見つめていたのだけれど、ようやく目線の合った彼は照れている様子もなく此方を真っ直ぐ見つめるダークブラウンは少しイタズラじみた色が滲んでいて。彼から返ってきた言葉に3秒ほどシンキングタイムがあったあとに漸く彼に反撃されたのだと理解をすれば先程までのにこにこにやにやした表情から一転、大きな夕陽をまん丸にしながら頬を真っ赤に染めて言葉をなくしてしまい。確かに自分の言い訳を使うのであれば彼がこちらを苗字で呼ぶのも随分とおかしな話になってしまうので彼の対応は大正解なのだけれど、突然好きな人からの名前呼びに混乱しているみきはそれに気づくことはもちろんできずに「 ぁ、……う、……。 」とただただパクパクと言葉にならない声を漏らすことしか出来ずに今度はみきが彼から視線を逸らしてしまい。 )
お返し。
( 彼女からの可愛らしい悪戯タイムを強制終了させるかのような反撃は上手く決まったようで、そこら中に飾りのモチーフとして置かれているサンタの服のように真っ赤に染まる彼女の頬と言葉になっていない声が漏れ出る様子に満足そうに笑えば小さく舌を出して。とはいえ彼女から名前呼びをされるのは周りからの邪推を逃れるためもあるので一向に構わないのだが、さすがに自分の方はいざという時以外は苗字で呼んでも差し支えはないだろう。「ほら、固まってないで行くぞ御影。」とくすくす笑いを抑えようともせず、視線を逸らした彼女の頭を軽くひと撫でしては止まっていた歩みを進めようと促して。少し遠くには寝具や机といった家具類が見えており、その一角にいくつか目的のソファを見えているので。 )
い、……いじわる…!
( ついさっきまではこちらがからかう側だったのにあっという間に形勢逆転されてしまったのが悔しくて、其方を見なくても今彼がどんなお顔をしているかなんて一緒にいる時間が長いみきにとっては簡単に分かってしまうこと。ぐぬぬ…!と悔しそうに頬を膨らませて小さく言葉を零したものの彼に頭をひと撫でされてしまえばなにだか怒るにも怒れなくて、未だ赤みの引かない頬をそのままに残念ながらいつもの苗字呼びに戻ってしまった彼について行くようにぷくぷく頬をふくらませたたまま少し先に見えるソファコーナーへと歩き始めて。そうして漸く目的のコーナーまでたどり着けばやはり大型店というだけあって1人用からファミリー用まで様々な形のソファが置いてあるのにみきの瞳は怒っているのも忘れてきらきらと興味深そうにソファたちを映して「 いっぱいある…! 」とキョロキョロと目移りしてしまいながらも1,2人用のソファの方へとしっかり歩を進めて。 )
んー、どれがいいか……
寝落ちしても体痛くならないやつとか……、
( ぷくりと膨らんだ頬と悔しそうに一言だけ零しながらも、こちらが頭を撫でるだけで反撃や反論が出来なくなる彼女が面白くて可愛くて。けらけらと楽しげに笑いながら辿り着いた販売コーナーには様々な色やデザインのソファが所狭しと展示されており。高校生でこういった所に用事があってくる事なんて滅多にない(少なくとも自分は無かった)のだろう、きらきらと瞳を輝かせて目移りさせる彼女を見ては優しく微笑んで。そのまま一緒に求めるサイズのソファが置いてあるコーナーへ赴けば、座面の柔らかさを手で押して確認したりしながら色々なソファをざっと見やって。「御影、気になるやつあったりする?」と、本日コーディネーターに指名している彼女に意見を仰いでみて。 )
あ、ダメだよ司くん。
寝心地いいやつにしたら今日はここでいっかってなるでしょ?
( 座面の柔らかさを手で確認する彼を見てそうやって調べるのか…!とまたひとつ賢くなれば彼の真似をするように自身も手で押してみたり布地の柔らかさを掌で確かめて見たりと数々あるソファの中で吟味を重ねていき。ふと聞こえた彼の言葉にはしっかりちゃっかりツッコんでは続けて重ねられた彼の質問には悩ましげに首を傾げては「 んー…これいいなぁって思ったんだけど、色がふんわりしすぎかなぁって悩んでる…。 」とその中でひとつ、2人用のなかなか柔らかで座り心地の良さそうなアームソファを示して。カラーリングが落ち着いた雰囲気ではあるのだが柔らかなブラウンのものしかないようでどうやそこだけが引っかかっているらしい。みきはむむむ、と眉を寄せてはみきのセンスとしてはアリなのだけれど男性の一人暮らしの部屋と考えると明らかに女性が選んだんだろうなと直ぐに分かってしまうだろうと考えてしまえば自信満々にコレがいい!と無責任に勧めることはできなくて。 )
う゛………………、
…くそ、否定できねー………。
( ただひたすら寝心地の良さそうな物を吟味していれば彼女からピシャリと核心をつくようなツッコミが。かといってそれを真っ向から否定できる自信などもちろん無いので、ぐぬぬと何も言い返せずに項垂れて。寝転がるだけならまだしも、自分の性格上動くのが面倒だとなれば間違いなくソファで寝るだろう。結果どんなに良いものでも所詮ソファはソファ。体を痛めたり風邪を引くのがオチなので、自分のことをよく理解している彼女に従う他無く。そういうストップを掛けてくれる時点でやはり彼女を連れてきたのは正解だと言えるのだが、当の本人はこちらの問いかけに何やら悩んでいる様子。彼女が示した先には、確かに独身男性の部屋に置くには少し柔らかすぎるのだろう色合いのソファが。だがそんな彼女の悩みなど気にすることなく「いいじゃん別に。コレにするか。」と、けろりと一言。過剰なほどミスマッチで無ければ別に色に拘りがあるわけでも無し、彼女が悩むほど(その悩みの種は分からずとも)の物には見えないので。 )
ふふ、もしそれで体調崩しちゃったら「来ちゃダメ」って言わても看病しに行っちゃうから。
風邪引かないようにしてね。
( どうやら自分の指摘はピッタリ当たりだったらしい。何も言い返すことの出来ない彼の様子に思わずくすくすと表情を綻ばせては脅しになっているんだかいないんだか絶妙なラインの脅し文句を。ソファで寝てしまい体調を崩したら看病に行けるし、崩さなかったら崩さなかったで彼が元気ということなのでみきとしてはどちらにしてもウィンウィン(?)なのだ。此方の悩みなど気にせずにさらりと一言返した彼にぱち…と驚いたように瞳を丸くしてはソファを指さしながら「 で、でもこれ女の人が選んだんだなーって色だよ…?いいの…? 」とおずおずと自分が悩んでいる最もな理由を差し出して。例えば、想像もしたくないけれど、自分以外の女の人が彼の家に遊びに来ることがあるとしたらきっと女同士それは伝わってしまうだろうし女の影があるのではと疑わせてしまうだろう。みきとしては適度な牽制となるので全くもって構わないけれど、それで彼の邪魔になってしまったらと考えると素直におすすめは出来なくて。 )
…確かにお前俺の家知ってるし、来るなって言っても聞かない未来が見える気がするわ……。
( どちらが年上なのか分からなくなるやり取りに居た堪れず頭を抱えて。内容的には何とも優しさに溢れているのだが、教え子が家に来るというのは確かに教師にとっては場合によって大変効き目のある脅し文句だろう。前回はやむを得ずなうえきちんと彼女の家族に連絡もしたとはいえ、そう何度も歓迎をするわけにはいかなくて。…もしもそうなったとしてもちろん嫌という気持ちは無いし、むしろ一人暮らしにとって看病に来てくれる相手がいるというのは大助かりではあるのだが。彼女の口からソファを決めかねていた理由が零れれば「?…何か問題あるか?つーかそもそも選んでんのは御影なんだから"女の人が選んだ色"になるのは当たり前なんじゃねーの?」と、きょとんとした顔で首を傾げて。伺うように言葉を紡ぐ彼女と違い、それでこのソファを選ばない理由が分からないといった様子で。自分的には何の問題も無いのでたまたま近くを通った店員に声を掛けては購入する旨を伝えて。 )
だって司くん風邪引いた時“食欲無いしめんどくさいから”ってゼリー飲料とかで凌ぐタイプでしょ。
風邪ひいた時ほどちゃんとご飯食べなきゃダメなんだからね。
( 以前彼の家にお邪魔した際の冷蔵庫の中や調味料の充実具合等々を見ればある程度普段の食生活はどうしても見えてきてしまうもの。普段から料理をしない人が風邪の時にわざわざ料理をするとは思えずにぷく、と呆れたように頬をふくらませながら鋭い指摘を続けていけばお姉さんぶって分かってる?と言わんばかりに彼の顔を覗き込んで。最も、教師である彼にとっては迷惑だということも分かっているのでお家までは押しかけなくとも家の扉にご飯を提げておくくらいのことはしようと思っているのだけど。意を決して自分がこのソファを迷っている理由を素直に吐露したと言うのにどうやら目の前の彼はその深い訳までは把握していないような様子で店員さんに購入意思を伝えてしまい。もちろん店員さんが売上チャンスを逃すわけも無いのでにっこりと柔らかな笑顔を浮かべながらそれを了承し購入準備を進めるべく品番確認をしてさっさとバックヤードへとはけていってしまい。「 ……もう、みき知らないんだからね。初めて来た女の人とかに指摘されちゃえばいいんだから。 」せっかく自分が気を遣ってあげたというのに、と呆れたように息を吐いたもののその実はみきの独占欲は充分に満たされてしまうのでその声色や表情はちょっぴり嬉しそうで。 )
………お前もしかして、前来たとき監視カメラか何か仕掛けていった?
( 彼女の指摘はあまりにも的確で、本当に見られているのではと思うほどまさに調子を崩したときの自分の行動をズバリと当てられればぎくりと固まり。そのままじとりとした視線をこちらを覗き込んでくる彼女に向ければ、冗談ではあるが可能性のひとつとしてそんな問いかけを。とはいえ少し考えれば、これだけ長いこと一緒にいるに加えて心許ない冷蔵庫を見られているのだからそんな推理はきっと簡単なのだろうと当たり前に分かることではあるのだが。にこやか且つ素早く対応してくれた店員さんを見送っては、配達の手続きもしなければいけないのでレジへ向かおうと。そんな中で聞こえてきた彼女の言葉は予想だにしていなかったもので、二度目のきょとん顔を披露した後へらりと笑顔を浮かべては「はは、何だそれ。お前そんなこと心配してたの?……仮に誰か来るとしても、ソファを選んだ張本人が看病だーつって押しかけてくるぐらいだろ。」と可笑しそうに言葉を繋いで。何の意図もなく自然と出たものだが、まるで彼女以外がもう部屋に来ることなど考えていないかのような台詞となって。 )
、
……ふふ!そんなのしなくても好きな人のことくらいわかるよ。
( じとりとしたダークブラウンでこちらを見つめながら冗談交じりの問いをなげかける彼にきょとん、と瞳を丸くしたかと思えばそのままくすくすと可笑しそうに笑い出し、そのままつん。と彼の頬を人差し指で軽く突いては楽しそうに頬を弛めて。監視カメラなんかに頼らなくても好きな人のことならばなんでも分かってしまうのだという恋する乙女はいつだって無敵で最強、みきは彼のダークブラウンを愛おしそうに見つめてはまたへらりと微笑み。きょとんと瞳を丸くしたかと思えばとんでもない殺し文句をさらりと零した彼に今度はこちらが瞳を丸くする番で。きっと彼は気づいていないし無意識なのだろうけれど、好きな人から自分以外の女性を部屋に入れるつもりがないような発言をされてときめかない女は当然居るはずもなく(みき調べ)じわじわと熱の上がってきた顔を自覚しながらもどうしようもないほどのときめきを発散する術はどこにもなくて「 っ、………ぎゅ、ってしていい…? 」と真っ赤になった顔を両手で隠しながらいつものようにダメ元でこのトキメキの発散をしようと小さなおねだりを。最も、断られる前提でいつも言っているのでいざ許可されたら許可されたで慌てるのはみきの方なのだけれど。 )
えぇ……?
そんなの分かるの絶対お前だけだって……。
( 大人しく頬をつつかれながらも怪訝な表情は崩さず、彼女曰くの恋する乙女のパワーとやらを実感するに終わり。お前だけ、なんて言いながら自分も彼女のことならきっと他の人より少しばかり気付くこともあるのだろうが、もちろんそれも無自覚で。彼女の夕陽色が綺麗にまん丸く見開かれたかと思えば、その瞳もすべて小さな両手に隠されてしまい。彼女の手がその顔を覆う直前に見えたのは本日だけでも何度か見る機会のあった真っ赤に染まった頬。そのままぽそぽそと、彼女の中の何かが限界を超えた際にいつも頼まれるおねだりを零されれば「また急だなお前は。…ダメに決まってんだろ、まったく。」と腰に手を当て、呆れたような笑みを浮かべて。そもそも仮にハグをするのに差し支えのない関係性だったとしても、こんな人の多いところではさすがに出来ないのだが。 )
せんせーが分かりやすすぎるのもありまーす。
( 未だ怪訝そうな顔を崩さない彼に対してくすくすと頬を弛めてしまえばそのままふに、と一度だけ彼の頬を指先で摘んで満足したらしくその手は離れて。普段散々わかりやすいと彼にからかわれているのでそれの仕返しのつもりらしい上記の言葉を返せばそれにプラスしてべ、と赤い舌を小さく出してこれもやっばり彼の真似で。案の定断られたハグのお強請りはいつもの事なので特になんにもショックを受けたりはないのだけれど、この胸の中の致死量のときめきはどうにかしなければならない。みきは両手で顔を隠しながら「 だってきゅんきゅんしたんだもん…ときめきで死んじゃう…。 」ともごもごくぐもった声で何度目か分からないこのお強請りの理由を説明し。ちらり、と両手の隙間から顔を覗かせては、困ったような…もとい恥ずかしそうの夕陽色で彼のダークブラウンを見つめて。 )
うっせ。
お前にだけは言われたくねーよそれ。
( 彼女の細い指が離れた後、ただでさえ分かりやすいと日頃揶揄っている相手に同じ言葉を返されるも残念ながら彼女の言っていることはすべて当たっているため反論のしようもなく。細い指の隙間からちらりと覗く夕陽色はどこか恥ずかしそうに熱の込もったもの。そんな瞳に見つめられれば少しばかり絆されそうになる気がしなくもないが、「──、…ばーか。ほらさっさと行くぞ。」と一言だけ返せば支払いを済ませるため踵を返して。道中で季節物の商品として炬燵やら完全に自分がダメになりそうな家具に惹かれてしまいそうになったりしたが、またもや彼女に的確な指摘を受けると考えれば泣く泣く()諦めて。 )
─── ふぅ。
炬燵も人をダメにするクッションも着る毛布も全部阻止!
( 気分はまさにひと仕事終えた後。会計に行くまでの道中、尽く人をだらけさせるのに特化した魅惑の家具たち(冬はそういったものが特に多い)に惹かれる彼を正論パンチで引き剥がす作業を繰り返すこと数回行っていけば、あとは今会計を行っている彼と合流すれば本日の目的である買い出し補佐の仕事は早々に終了するわけで。もちろん彼のお金出し彼のおうちで使うものなのだからある程度は自由に買ってもらって構わないのだけれど、それで体調を崩してしまったり体を痛めてしまったら元も子も無いので本日のみきは買い出し補佐の他にそんな彼の欲望を打ち破る役だったのかもしれない…と知らされざる自分の新たな任務を発見したことに満足気に頷きながらもベンチで彼の買い物が終わるのを大人しく待っていて。─── 本当はちょっぴり夫婦茶碗とか、そういったペアの食器類に目移りしてしまっていたのだけれどそれはきっと彼にはバレていないので良しとして。 )
───『すみません、お姉さんあちらのお客様のお連れ様ですよね?』
( 目的の物はしっかり買えたものの、誘惑に負けるように魅力的な品を見つければあっちへフラフラこっちへフラフラ。しかし何を見ても反論の余地など許されない同行者のド正論に勝てるはずもなく、しおしおとソファのみを購入するためにレジにて手続き中。そんな自分の知らないところで店員のお姉さんが彼女に声を掛けていることなどもちろん気付くはずもなく。──『ただいま当店でお品物をご購入して頂いたお客様にクリスマスのサービスとして粗品をプレゼントしておりまして~。カップルのお客様には、ペアのマグカップかミニクッションがお選び頂けますが如何でしょうか?』とプレゼントの写真が載ったチラシをにこやかに差し出して。マグカップの方は淡いピンクとブルーのペアで、中央から少し下にワンポイントとして白いラインが1本入ったシンプルなもの。続いてミニクッションの方は、彼女ならば抱きしめた際にちょうど良いサイズ感になるだろう。こちらも色合いはピンクとブルーだがマグカップよりは少し落ち着いた色で、デザインは可愛らしいテディベアが小さなハートを胸に抱いているもので。 )
─── へ、?
あ、いや、えっと、……
( 突然かけられた声にハッと我に返ればそこにはにこやかな笑顔の店員のお姉さん。なんだろう、と素直に話を聞いていればどうやらお店のキャンペーンで声をかけてくれたそうで、“カップルのお客様”という部分に思わず否定をしそうになったものの、こうして彼と並んで歩いていて初めてカップルに間違えられたという記念すべき嬉しさとちょっぴりの照れで頬を淡い桃色に染めれば否定の言葉はふにゃりとしたはにかみに変わり。お姉さんが笑顔でシンプルで使いやすそうなマグカップと可愛らしいクッションの写真が載ったパンフレットをじ、と真剣な夕陽色で見つめては少し悩んだ後に「 えと、…じゃあ、マグカップでお願いします! 」と今日のデートの為に昨晩塗ったオレンジ色のマニキュアで彩られた指先でマグカップの方をとん、と指さして。マグカップならばおうちに何個あってもいいし、シンプルなデザインなので別にみき用じゃなくても来客用(ほんとはみき専用してほしいけれど)として使えるのではないかという考えで勝手に選んでみたものの心の奥でちょっぴり“勝手に決めちゃったけどいいかな”、“せんせー使ってくれるかなぁ”と不安もあったりして思わずちらりと彼の方を見ては不安げに眉を下げて。 )
『ありがとうございます、マグカップですね。ではすぐにお持ちしますね~。』
( 可愛らしいお客様の照れた様子に、まだ付き合いたてなのかしら。なんて微笑ましく思っていれば、少し悩んだ後に選ばれたマグカップ。にこにこと了承すれば、店の一角に今回のプレゼント企画を宣伝しているスペースがあるのでそちらへと小走りで向かい。イベント用に広げられた机の上には大量のプレゼントが用意されており、マグカップが2個入っている箱がぴったり入る紙袋にその箱をひとつ入れるとまたもや小走りでお客様の元へ。『お待たせいたしました~。本日はありがとうございました。』と彼女に袋を手渡せばぺこ、と一礼、そのまま次はレジを通ったばかりの家族連れのお客様の方へと向かって。───「悪いお待たせ。明日には届くみたい………って、何それ。」店員が彼女の元を離れて少し、支払いとその他手続きを終えて戻ってくればベンチで大人しく座って待っていたはずの彼女の手にいつの間にか小さな紙袋があることにきょとんと。 )
わ…!
ありがとうございます、大事にします!
( 店員のお姉さんが戻ってくるのを待っている間はちょっぴりのそわそわとドキドキで正直落ち着かなかったのだけれど、いざマグカップの入った袋を渡されればぱぁあ!と夕陽色の瞳はきらきらと輝いて。大切そうに両手でそれを受け取ったあとぎゅ、と胸に抱き締めれば嬉しそうにふにゃふにゃ笑ってお姉さんにお辞儀を。それからしばらくして戻ってきた彼にキラキラした笑顔で紙袋を差し出しながら「 あのね、お店のクリスマスのキャンペーンでカップルの人にってペアマグカップくれたの!だから、……えと、お、おうちで…使ったらどうかなって…。 」とにこにこ元気に話し始めたものの段々と不安も襲ってきたのか声は最終的に小さな小さなものになり。これじゃあまるでペアだからみきの分も置いてね!とわがままを言っているようで、みきは差し出していた紙袋をそっと胸元で抱きしめては「 …お、お客さん用に…とか… 」ポソポソ付け足して。 )
へえ、いいじゃん。
マグカップなんて何個あっても困るもんじゃねーし。
( "カップル""ペア"の2つの言葉に目を丸くしたものの特に嫌がったり言及などしたりせず、差し出された袋を受け取…ろうとしたのだがそれは叶わず。段々と彼女の声は小さくなるし、最後に付け足された言葉が本心ではないことくらいはさすがに分かる。「うちに来る客っていっても友也とか男友達くらいだし、あいつらに出すのにペア物は気持ち悪いだろ。…俺のとこにあっても片方使わないままで勿体無いしお前1個持って帰れば?"カップル"用なんだろ?これ。」自分と男友達が色違いのペアカップを使う様を想像してどこかげんなりとしながら、別にペア物だからといって必ずしも同じ所に置いておかなきゃならないわけではないだろうと。お互いが1個ずつ持っていてもペアはペアだしそもそも貰ったのは"自分たち"だろ?といつもの意地悪な、しかしいつもよりは少し優しさも混ざったような笑みを浮かべてどこか不安そうな彼女の顔を覗き込んで。 )
!!
い、いいの……!?
( ホントはやだけど、でも我儘を言う勇気もなくて。けれど彼から告げられた提案にぱっと分かりやすく表情を輝かせてはきらきらと光る夕陽で彼を見上げて嬉しそうに表情を綻ばせ。置いてある家が違くとも、ペアマグカップはペアマグカップ。カップル用ならば尚更。いつもの意地悪な笑顔の中に優しさと温かさを感じればさっきまでむくむくと湧いていた不安はあっという間に散ってしまい。紙袋を持っている手を口元まで持ってきて緩んでしまう口元を隠せば「 じゃあ、マグカップおそろいしよ?─── …司くん。 」とにこにこふわふわ浮かぶような甘い声色で小さくおねだりを。 )
いいもなにもお前以外に誰が使うんだよ。
( やっぱ分かりやすい。と自分のことは棚上げに、こんな些細なことでここまで嬉しそうに顔を輝かせる彼女が可愛くて柔らかく微笑み。改めてお揃いを強請ってくる彼女の仕草や声色はとても甘く、漸く聴き慣れたはずの名前呼びにその甘さが加わればまた攻撃力は一段と高まって。どきりと胸が高鳴るのを誤魔化すように「っ、…はいはい喜んで。───じゃあ俺の用事も済んだことだしそろそろ昼飯にするか。」と、スマホで時間の確認を。お昼時にはまだ少し早いが、これくらいの時間ならどこの店もまだ混む前だろうしスムーズに昼ご飯を食べられるだろう。小さい紙袋とはいえ荷物は荷物。それ持つから、と声を掛ければ手を差し出して。 )
ふふ、はあい。
─── …ね、せんせーって普段外食するの?
( 未だゆるゆると緩んでしまう頬をそのままに、確かにちょっぴりお腹がすいてきた時間だと彼の言葉に元気よく返事をしてはそういえば大人の男の人ってこういう時どんなお店行くんだろ…と普段は女子高生らしくファーストフード多めなみきはちらりと彼を見上げて純粋な疑問を投げかけて。マグカップがふたつ入っただけの紙袋は決して重くないし全然持てるのだけれど、紳士に紙袋を持ってくれようとする彼にきゅん。とまた単純にときめいては「 ありがと!優しいとこもだいすき。 」と当然のように感謝と共に愛も投げかけて。ハイハイと流されるのを分かっていても好きだと思ったらすぐ伝えなければ気が済まないので、恥ずかしいなんて感情は二の次。伝えられなくて後悔はしたくないので、いつだってみきは自分の気持ち(恋心)に正直で。 )
んー…友達と飲みに行くくらいで滅多にしないかな、
行ってもラーメンとか。
……あ。言っとくけど、オシャレなレストランとか高級フレンチとか俺に期待すんなよ。
( 彼女のように、当たり前に自分の気持ちを素直に伝えられるのは本当に美点だと思う。大人になればなるほど建前やらしがらみが多くなって気持ちを押し殺すことの方が当たり前になってくるもの。もちろん彼女と自分の間には今はまだどうしても超えられない壁があるためこちらから何かできる訳ではないので、こうして好きなだけ気持ちをぶつけてきてくれる彼女に感謝しつつも少しだけ羨ましかったりするのも事実なのだがそれは内緒で。彼女からの質問には少し考える素振りを見せるも、普段は惣菜弁当とごく稀にする自炊ばかり。外食は確かに楽だが、1人だとどうしても大手チェーンの牛丼屋であったりラーメン屋くらいの選択肢になってしまう。仲間内で行くのはだいたい居酒屋ばかりだし…と考えたところで、このクリスマスの雰囲気にピッタリなお洒落ランチを期待されているのではと態とらしくハッとすれば、渇いた笑いを浮かべながら"大人の男性"らしからぬ格好のつかない台詞を零して。ましてや異性とこうして休日にお出かけ(デート)なんて数年ぶり。「御影は何か食いたい物とか無いの?」と、とりあえず本日買い物に付き合ってくれた彼女のリクエストが何よりも先だと首を傾げて。 )
お、男の子のご飯って感じ…。
( ファーストフードやコーヒーチェーン店、ファミレスはよくあれどあまり友人とラーメン屋さんに行くことがない女子高生にとってはなんだか新鮮で、ちょっぴりそわそわした気持ちを感じながらも彼の普段の食生活にぽそりと一言。もちろんみきもラーメンは好きなので食べたくなったら食べに行くことはよくあるのでその気持ちは充分分かるのだけれど。だがしかしハッと何かに気がついたかなような反応の後に付け足された彼の言葉にぱち!と夕陽をまん丸にしては思わず吹き出してしまいながら「 大丈夫だよー、自分で払えるレベルのお店しか行きませーん。 」とくすくす可笑しそうに笑いながらふるふると首を振って。最もそういうところは大人のお姉さんとお兄さんが行くところなのでこんなチンチクリンが言っても1人浮いてしまう未来しか見えないので。それから彼に食べたいもののリクエストを聞かれればうーん…と悩ましげに首を傾げて考えること少し。パッと浮かんだ好物はなにだか彼に言うには子供っぽいような気がしてちょっぴり恥ずかしそうに「 ……オムライス…。 」と小さな声で正直に今食べたいものを答えて。オシャレなレストランでも、高級フレンチでもない、実に庶民的なメニューしか出てこない自分の子供舌には我ながら恥ずかしくなってしまうのだけれど。 )
男の子って歳でも無いけどな。
二郎系なんて食える気しねーもん、胃もたれと胸焼けする自信ある。
( 男の子、だなんて10歳近くも歳下の女子高生に言われてしまえば何だかむず痒くて苦笑いをすれば、実際若い子たちならペロリと食べてしまえるであろう流行りのガッツリ系は少々三十路の胃にはつらいので。そういう些細なところに案外年齢差を如実に感じたりするものなのだが、彼女の手作りを食べたことのある立場から言わせてもらえば味付けや量が余りにも自分に合いすぎていたので彼女とは食の好みの相違が無いのではと思っていたりもして。仮にもデート()だというのにまだ昼代を自分で出そうとしている彼女には悪いのだがもちろん払わせるつもりなんてこちらには毛頭無い。ただそれを先に言ってしまえば変に気を遣うのではと考えているので敢えて口にはしていないが。いつかフォーマルな服装で入るような店に彼女を連れて行ってあげたい気もするのだが、それはきっとまだまだ未来の話だろう。思い付いたものの何だか恥ずかしそうな様子で出してくれた答えは庶民の舌に馴染みのあるもの。背伸びして変わったような物でなく、素直に自身の食べたい物を教えてくれた彼女に何だかホッとしてくすくすと笑いながら「ん、りょーかい。オムライス…ってことは洋食か。えーっと確か……、──ちょっと歩いた先にオムライスが美味いって評判のカフェがあるみたいだから行ってみるか。」とスマホを取り出してぽちぽち検索を。彼女のリクエストが仮に中華であれ和食であれスムーズに店が決まるよう、実は先だって昼ご飯を食べられる店をいくつかピックアップしていて。 )
ふふ!
クラスの男の子たちがそれ美味しいって言ってたよ。みきもまだ食べたことないの。
( つい最近クラスの男の子たちが口にしていたラーメンの種類が出てくれば自分もいつか食べようと目論んでいる最中らしく特に胃もたれも胸焼けも感じぬままにヘラヘラも笑って。だってまだお皿いっぱいの天ぷらも何重にも巻かれて絞られた致死量の生クリームもぺろりと食べられてしまうので。女子高生は無敵なのだ。お店を調べてくれているのだろうかというにはあまりに早すぎるそのスピードにきょとん…と思わず瞳を丸くしては「 もしかして、…調べておいてくれたの? 」と気付きながらも男を立ててスルーするような良い女精神はまだ備わってないので思ったことをそのまま問いかけて。もしかしたら彼も、今日を楽しみにしてくれてたとか。そんな想いがじわじわと湧き上がればやっぱりみきの心はきゅんきゅんとときめいて暖かくなってしまい。やっぱりこの人のこういう優しいところが好き、と何度だって彼に恋に落ちてはにこ!と満面の笑顔を浮かべて「 ありがとう、司くん! 」とだいぶ慣れてきた名前呼びと共に感謝の気持ちを素直に伝えて。 )
まじかよ……さすが男子高校生だな…。
あれ結構量もあるって聞いたけど、さすがに御影はそんな食えないんじゃないか?
( やはり若い力というのは凄まじく、自分も学生時代ならワンチャン……と考えてはみたがもはや想像するだけでお腹がいっぱいになってしまいそうな悲しい大人が年齢を実感しただけに終わり。無謀にも挑戦した同い年の友人(更に少食気味)が小盛りを食べるのすら精一杯だったといつだかに聞いたことがある。若いとはいえ女子には少し敷居が高いのではないだろうかと苦笑いをひとつ。スマホをしまい早速歩き出そうとしたところ真っ直ぐ投げかけられた疑問にぴたりと動きを止めて。そうやって思ったことをすんなりと口にしてくれるところもまた彼女の魅力なのだが、やはり少しだけ格好がつかないなと眉を下げて。「ン………まあ、…ほら、店っていざ探すとなったら案外見つけるの手間取ったりするしな。時間勿体無いだろ。」と、彼女のきらきらとした笑顔に照れ臭さを覚えては、それを誤魔化すようにはいはいと返事をしながら再び歩みを進めて。 )
えー?
いっぱいお腹すかせていけば食べられるよ。
( いつもと変わらないような彼とのやり取りも、ここが外で私服同士だと言うだけでちょっぴりまた気持ちも変わってくる。彼が大好きだという気持ちは変わらないけれど。みきはくすくすと楽しそうに笑いながら言葉を返していけば、ふと歩いている最中に距離が近かったせいかふと手と手が触れてしまい思わずぴく、と、肩を跳ねさせては慌てて手を引っこめたりなんて一幕もあったりなかったり。再び歩み始めた彼は、きっとちょっぴり照れてるんだろうなぁなんで思わず頬が緩んでしまう。そんなところももちろん可愛くて大好きなのだけれど、あまりそういって指摘すると彼をいじめているようになってしまうので可愛い!は何とか心のうちに留め。「 オムライス楽しみだなぁ。 」なんてにこにこと楽しそうに既に歩き始めていた彼を追いかけるようにちょっぴりスキップのような軽い足取りでぴょん、と追いかけてはにこにこと機嫌良さそうに頬を弛め。 )
────あそこだ。
( 準備室でのお喋りのようにいつもと同じ和やかな時間。周りから自分たちがどう見えているかなんてのも気にならないほどに。たまたま手が触れてしまったことには自分も少しだけぴくりと反応してしまったが彼女が慌てて手を引っ込めたことにくす、と微笑みながらも、いつか何も気にせずにその手を握って繋いだまま歩けるようになれたら──なんて事を考えてしまっては小さくふるふると頭を振って。彼女の好物なのかは定かではないが、今食べたい物として挙げたものを楽しみにしている彼女がひたすら可愛くて。そうして歩き始めて少し、お洒落ではあるが落ち着いた雰囲気の外観に、外には手書きの看板が立てられているカフェへと到着。中に入れば愛想の良い女性店員がにこやかな対応を、「2人です。」と人数を伝えて店内奥の2人用のテーブルへと案内されれば通路側の席に座り。メニューを開くと評判通りオムライスがお勧めらしく、オーソドックスなものからデミグラス、ホワイトソースがかかった写真はどれもふわトロ卵の美味しそうなものばかりで。 )
おしゃれ…!かわいい…!
( どこかレトロな雰囲気がありつつも現代的な雰囲気も併せ持つお洒落で落ち着くカフェにたどり着けばみきの瞳はキラキラと輝いて。店員さんの愛想も良く客層も落ち着いたマダムやおじいちゃまおばあちゃまが多い印象があるカフェをキョロキョロと興味深そうに見回しながら席へ案内されればなんとも自然な流れで奥側の席に座らせてもらい。あまりに自然すぎたが故にその事実に気が付いたのは席に座ってメニューを見ている最中だったので「 わ、おいしそう…!デミグラスソースも─── ハッ!あ、えと、奥側の席ありがとう…! 」とメニューへの感想もそこそこに気がついた時点でお礼を零して。自然なエスコートにときめいた気持ちはもちろんあるのだけれど、その中にも“慣れてるのかな、ほかの女の人にもしてたのかな”というもやもやが出てしまったのは心の内に秘めて。 )
ん、静かでいい感じだな。
落ち着いて飯食えそうで良かったよ。
( 昼時のピークと呼ぶにはまだ時間が早いからだろうが、ゆったりとコーヒーを嗜む年配のご夫婦や自分よりも遥かに人生の先輩方が目立つ客層のおかげで、クリスマスの煌びやかな賑わいのある街中とはまた違った雰囲気が店内に流れている気がする。彼女と共にメニューを見ていれば、まったく予想だにしていなかった礼を貰えばきょとんと一拍。「───へ?……ほんと律儀だなお前。どーいたしまして。」と、自分でも無意識下の行動ゆえに今までこんな事で礼など言われたことがなく間抜けな声が出てしまったが、そんな"慣れていない"反応をする彼女がやはり愛おしくて小さく笑いを零し。もちろんそんな彼女の心中など分からないが、秘められたもやもやすらも仮に知ったところでただただ可愛いとしか思えないだろう。「せっかくだし俺もオムライスにするとして……どれにするか…。」メニューと睨めっこをする事数分、看板メニューを注文するにあたっても拘りのお勧め品は一筋縄ではいかず。トマトソース、きのこの入った和風ソース、明太子ソースにチーズソースなど見れば見るほど悩ましいラインナップにお腹は空いてくる一方で。 )
ん゛ん……ケチャップソース…でもデミグラスも美味しそう…。
( 両腕を組んで真剣な表情で様々な種類のオムライスが並ぶメニューへとしっかり向き合えば、写真付きのメニューというものはやはり文字のみよりも数倍美味しそうに感じてしまうのは不思議だけどよくあること。折角ならばおうちでも再現出来そうな味を、と選ぼうとしているのだけれどやっぱりどれも選びきれなくて美味しそうでキラキラした瞳は悩ましげに色んなメニューへいったり来たりを繰り返してはどうしよう!と言った風に小さく呟いて。「 ……司くん決めた…? 」とちらりとヘルプを求めるように彼へと視線を映してはもし決まってたら待たせちゃ可哀想だし早く決めなきゃ、と言った様子で首を傾げて。 )
んー………──やっぱりここはオーソドックスにケチャップソースにしようかな、俺。
( 彼女に声を掛けられてすぐ、というわけにはいかず悩む事暫く。あっちこっちに視線を泳がせた結果、結局はいちばん最初に目に入ったオムライスの定番ケチャップソースを指差して。1番人気はデミグラスらしいが、自分の世代にはオムライスといえばケチャップという概念の方がまだ少しデミグラスを上回っているのもあって。別に敢えて言う必要も無いので口には出さないが彼女の呟きが聞こえたのも決め手のひとつ。彼女が悩んでいる選択肢のうちのひとつを自分が選べばそれを味見させることだって出来るし、そうすればどちらの味も楽しんでもらえるのではと。もちろん呟いていないだけで、彼女の選択肢が他にあるのならばそちらはまたいつかの機会に。ということになるのだが。 )
!
あのね、みきもそれ迷ってたの!おそろい!
( 彼のメニューが無事に決まれば自分も彼と同じメニューで迷っていたのだと上記を零し、同じメニューに惹かれていた、ただそれだけのそんな些細なおそろいすらも嬉しくてみきはにこにこ表情を和らげて。とは言っても、残念ながら彼の決め手のひとつが自分の呟きで気を遣ってくれたのにはまだまだ気が付けはしないのだけれど。彼がケチャップにするならデミグラスにすれば、彼は王道もいちばん人気も食べられるのでは!と人知れず彼と全く同じようにお互いを想う選択をしては「 じゃあみきデミグラスにしようっと!せん、……司くんにも一口あげるね。 」と無事に自分のメニューも決定。ケチャップのオムライス好きなのかなぁ、今度作ったら喜ぶかなぁ、なんて、好きな人との外食はその人の食の好みを知れるチャンスでもあるため勿論みきがそんなチャンスを逃すわけがなく本日もまた好きな人の好きなメニューだとか、味の傾向だとか、卵のふわふわ加減だとか。そういうのをしっかりちゃっかり調べるつもりらしく。 )
…はは!お揃いって。
ま、決まったならいいか。──すいません、
( 優柔不断が揃って同じようなメニューで悩んでいた、ただそれだけの事なのだがそんな事でこうも喜ばれてしまってはどうにも可笑しくて。更には彼女もどうやら同じようなことを考えていたらしく、当たり前のように告げられた一言に微笑んでは「はいはいありがとな。俺のも、…みきに一口やるから。」そもそも彼女にも食べさせようとしていたのでそこは問題ないのだが、少しだけ言い慣れてきた様子の名前呼びににやりと笑みを浮かべて対抗したのはほんの悪戯心。なんにせよ注文が決定したのなら良し、カウンターの向こうで店内の様子を伺っている従業員に視線を向けて手を挙げればすぐさま気付いてくれた様子。オーダーを取りに来た相手にケチャップソースとデミグラスソースのオムライスを注文すればどうやらセットにドリンクが付くらしい。「あ、じゃあホットコーヒーを。御影は?」 )
!!!
な、……ぅ……きゅ、急に呼ぶのは、ずるいと思います……。
( 嬉しいなぁ楽しみだなぁとるんるん上機嫌に表情を綻ばせていたものの、残念ながらそのご機嫌な顔はあまりにも自然かつ突然の彼からの名前呼びによってカッと熱が上がり遂には両手で隠されてしまい。そもそも好きな人に名前を呼ばれるだけでも此方には大ダメージだと言うのに、更に彼から一口あげるなんてなんとも甘美な気遣いはみきをめろめろとノックアウトさせるには充分すぎる攻撃で。テーブルの上に両肘をついて顔を隠していればいつの間にか彼が店員さんを読んでくれたようで、セットのドリンクを聞かれれば流石にこのまま注文するのは店員さんに失礼だろうとそっと両手を顔の前から退かしたものの顔色は依然として羞恥で真っ赤に染まり。「 お、オレンジジュースでお願いします…。 」と注文したドリンクすらもちょっと子供っぽくて恥ずかしいのだけれど美味しくオムライスを食べるためにはみきにはコーヒーは苦すぎるので致し方ないこと。無事に注文も終わり店員さんがまたカウンターの方へ戻っていき、そんな背中を見つめつつもやっぱり熱の下がらない顔のまま「 ……もう、絶対変に思われた…! 」とみきはまたバッと顔を両手で隠してしまい。 )
名前呼ぶだけなのに『今から呼びます』って宣言する方がおかしいだろ。
( 一瞬にして赤みを帯びた顔で抗議の意を唱える彼女はその可愛らしい顔を両手で隠してしまい、その反応に満足そうな笑みを浮かべながら一応は正論らしいツッコミを。赤みが落ち着くまで隠し続けたい彼女の気持ちはよく分かるが、残念ながらいくら仕事の出来る店員さんでもそこまでは気付けないだろう。オムライスは彼女の分も注文できたものの、ドリンクはさすがに話し合っていないので未だ赤い顔の彼女に聞く他無く。一方の店員さんは特に気付いた様子もなく(敢えて触れてくれていないだけかもしれないが )『畏まりました、少々お待ちくださいね。』と、戻る際もにこやかな笑顔を崩さなくて。「はは、すっげー赤いもんな。大丈夫だって、照れちゃって可愛いーくらいにしか思われてないんじゃないか?」と片肘で頬杖つきつつくすくすと可笑しそうに笑うのは彼女をそんな状態にした張本人のみで。 )
す、好きな人から名前で呼ばれたら心臓ギュッてなるんだもん……次から今から呼ぶねって言ってから呼んで……。
( 彼の言葉にふるふると首を振ってはいくら変だろうがおかしかろうがなんだろうが不意打ちの名前呼びはあまりにも破壊力が強すぎるので自身の心臓に優しくして欲しいと、両手の向こうからもごもごと無茶を。けれど名前はやっぱり呼んで欲しいなんて恋する乙女の我儘があるのもまた事実なので、決して呼ばないでとは言わず。幸か不幸か、店員さんの営業スマイルは崩されることがなく指摘もされることもなく無事に注文は終わり一安心。まるで他人事のようにくすくすと可笑しそうに笑いながらこちらを見つめる元凶の言葉にまたぴく、と反応をしてはそろそろと目元だけを指の隙間から覗かせては「 ……司くんは、可愛いって思ってくれてる、? 」とこうしていつもすぐ赤面してしまう自分のことを可愛いと思ってくれているのかと小さな声で問いかけて。店員さんにどう思われたのかもとても需要なのだけれど、でも目の前の彼にどう思われているかがなんやかんや1番大事で重要なので。 )
やだよ、
逆に呼びにくいだろそれ。
( 彼女の無茶振りにくすくす笑いが苦笑に変われば、そんな宣言ありきで名前を呼ぶだなんて今度は自分の方が変に意識してしまうのではとすんなり却下。もっとも、こうして不意打ちに呼んだときの彼女の反応が可愛いからというのもあるのだが。いつか彼女も名前呼びをされる事に慣れてしまえばこんな初々しい反応をしてくれなくなるかもなので、見られるうちに堪能しておきたいからなんて考えているのは内緒。彼女の顔を覆っている白い指の隙間から見えた夕陽色はどこか期待の色が滲んでいるように見えて。きっと肯定すればまた恥ずかしがって暫く顔は隠されたままになるのだろうが、否定するのも何だか違う気がする。ちらりと覗く彼女の瞳と視線を合わせれば優しく微笑み「思ってるよ。特に今日は気合いの入った格好してくれてるから尚更。」と、何だかんだで感想を述べるタイミングを逃し続けていた一段と可愛らしい本日の彼女の装いにも漸く触れることができて。 )
だ、だって……
好きな人に名前で呼ばれるの、心臓に悪い…。でも名前で呼ばれたいんだもん…。
( 当然のようにすんなりとみきの提案が却下されてしまえば、うるうると羞恥で潤んだ瞳をで困ったように眉を下げながら彼を見つめて複雑な心境をぽそり。きっとこの先、不意打ちで名前を呼ばれても今のように心臓が痛くなることが無くなったとしても彼に名前を呼ばれるだけでふわふわと勝手に頬が幸せそうに緩んでしまうのは想像しやすくて。いつか彼も自分と同じように、自分が名前を呼ぶだけで幸せを感じてくれるくらいに好きになってくれたら良いなぁなんて思ってしまったのは彼には内緒で。ちらりと恐る恐る覗いた先には優しげにこちらを見つめる彼のダークブラウンがあって、ただそれだけでもみきの単純な心臓は跳ね上がってしまったのに更に強請った以上の言葉が返ってくればまた熱の上がってきた顔を隠すように唯一見えていた瞳すらも両手で隠してしまい。「 …………だって、…デートだから、…。 」と小さな声で呟いた言葉は静かな店内のおかげで彼にはしっかり届いてしまうだろう。せんせーとのデートだからお洒落してきました、とはさすがに恥ずかしくて全部は答えられなくて、けれど貴方のためですという気持ちは伝えたくて「 可愛いって、思って欲しくて、 」と先程よりももっとか細い声でぽそりと呟いて。 )
それじゃあ尚のこと不意打ちに慣れてもらわないとだな。
ちゃんと先生が手伝ってやるから。
( 彼女に名前を呼ばれるどころか、こちらが名前を呼んだ時の反応だけでこうも胸をざわつかせてくるのだから自分からすれば彼女の方が何倍もタチが悪い。頬を赤く染め上げて瞳を潤ませる彼女が恥ずかしがる姿を他の誰にも見てほしくないだなんて、今はまだ口に出せるはずも無いので心の奥に留めておくしかなくて。名前なんてむしろ不意打ちで呼ばれない事の方が珍しい…というより難しい。にこにこと爽やかな、しかしどこか悪戯っ子のような笑顔で彼女の心臓を鍛えるお手伝いをと。会話の内容こそお互いにしか分からない声量だが、どこか甘い雰囲気に少し離れた席のマダムがあらあらまあまあと微笑ましく思ってくれている事など自分はもちろん彼女も気付いていないだろう。「…今日初めて会ったときからずっと思ってるよ、───みき可愛いなって。」瞳も隠されて再び手のシャッターが掛かってしまった目の前の彼女に、ただひたすら優しく甘い声色で素直な気持ちを吐露して。こんなにも思ったことをぽろぽろと告げられるのは、きっとここが学校ではなくて自分と彼女も白衣と制服ではないから。非日常を感じるだけでここまで彼女に甘くなる自分にも驚きではあるのだが。 )
う゛…嬉しいけど心臓もたない…。
─── 、…慣れてもらうってことは、これからも呼んでくれるってこと…?
( 顔を見なくたってわかる、絶対に楽しそうににこにこしてる。彼限定のエスパーでありほぼ毎日一緒にいるみきにとって顔を見なくとも彼が今すこぶる楽しそうな顔で提案してくれているのなんて手に取るように分かるし、からかわれている…!と顔の熱は未だ引きそうになくふるふると顔を隠したまま首を振り。だがしかしぴた、と唐突に何かに気づいたらしく動きを止めては頬を赤らめ瞳が潤んだ状態ではあるのだけれど驚いたように目を丸くしながら顔を上げ、“慣れる必要があるということはこれからも呼ぶ機会があるという事なのでは”と名探偵の頭脳が働いたらしく。だって苗字呼びだったら突然の名前呼びに慣れる必要もないし、不意打ちで苗字を呼ばれてもただなあに?とお返事をするだけなのだから。どこか期待にそわそわと染まる夕陽色で彼を見つめては、どうなの?と問うように首を傾げ。もしかしたら顔を隠すのは早計だったかもしれない、視力をなくしたことによっていつもよりずっとずっと彼の声が甘く優しく聞こえるし、なんだかそわそわと落ち着かない気持ちになる。みきは彼の言葉にぴく、と反応してはいつもより数割増で甘々な本日の彼へ降参するように彼の手元に両手を添えては「 も、……もう、だめ、すとっぷ。 」と真っ赤な顔を小さく振りながら白旗を上げて。たしかに今日は彼に可愛いと思われたくて精一杯オシャレをしたのだけれど、いざ本人に真正面から(しかも名前呼びで)褒められてしまったら供給過多で死んでしまうとみきは周りの様子すら気にする余裕が無いほどいっぱいいっぱいで。 )
───、!
……まあ、気が向いたら………。
( 何とも初々しくて可愛らしい彼女の反応を楽しんでいれば、まさに先ほど自分が口にした言葉が無意識だったと気付かされた様子でぱち、と目を丸くさせて。もちろん生徒のことを名前で呼ぶのなんて別におかしなことでは無いのだが、呼んでも男子であったり同姓の子は苗字も入れてフルネームで呼んだりというのが自分の中で自然に出来上がっていた決まり(というには少しお固い気もするが)。しかし今回指摘を受けた事柄はまるで自分がこれからも彼女の側にいて、しかも自然と名前で呼ぶような関係性になる事を望んでいるかのような──。期待の色を隠すことなくこちらを見つめてくる夕陽色から視線を逸らすのは反撃に負けた証拠になるが、今回ばかりは上手く揚げ足を取られたといっても過言では無くぽそぽそと小さく声を出して。ついに降参の意を伝えられれば「残念、可愛かったのに。」と未だ楽しげに笑いながらも一旦は彼女に従う形に。自らの手に添えられた小さくて柔らかく温かい手を握り返そうとしたところで『──お待たせいたしました。』と店員の声が降ってきたことで結局手はそのまま動かせず。彼女を揶揄うのが楽しすぎて周りが見えていなかったことを少しだけ反省しつつ、運ばれてきたオムライスが机の上に並べられるのを見守って。 )
!
……ふふ、うん。気が向いたらみきって呼んでね。
( 普段女子生徒のことをあたり名前呼びしているイメージのない彼に唯一名前で呼んでもらえる、そんな些細な唯一でもみきは心が浮かんでしまいそうなくらい嬉しいし己の醜い独占欲だって満たされてしまう。逸らされてしまったダークブラウンは照れから来ているものだと分かっているから、反対にみきは愛おしそうな色で充ちた瞳でじっと彼を見つめては柔らかな声で名前呼びを強請って。今は限られた状況下だけで構わない、いつか名前呼びが当たり前になったらいいななんて未来に期待を抱きつつ。どうやらいっぱいいっぱいの状態でかけたストップ(ヘルプに近い)を聞き入れてくれたらしい彼は未だ楽しそうな笑みを崩さないままだがなんとか一旦は止まってくれて。それにほっと安堵していればいつの間にか店員さんが来ていたことにびく!と肩を跳ねさせて姿勢を正せば、見られてた…!恥ずかしい…!とドキドキうるさい心臓はいつの間にか机の上に並べられていくオムライスを見ているうちに「 ……おいしそう…! 」なんて意識は全てそちらに持っていかれてしまい。 )
ほんと美味そうだなぁ。
───んじゃ、いただきます。
( 気が向いたらなんて自分から言ったものの、逆に期待を込めてその台詞を使われてしまえば何だか途端に気恥ずかしくなってくる。彼女に対する自分の気持ちが少しだけ透けてしまったようで少しだけ居た堪れないが、お互いにどうにも出来ない壁があることを彼女も分かってくれているからこそ一定のライン以上は踏み込もうとしてこない辺りは正直助かる思いがあって。まだ見ぬいつかの未来にこんな特殊な場合だけでなく、何ともないいつも通りの日常でお互いの名前を気兼ねなく呼べる日が来ることを自分でも気付かないほど心の奥底で願って。出来立てほかほかのオムライスはふわトロ卵がきらきらと輝き、その上に掛けられた真っ赤なケチャップソース。彼女の方のデミグラスソースはさらにその上から生クリームをひと回し掛けられておりそちらも見た目だけですでに美味しさが伝わってきそうなほど。セットのドリンクをテーブルに置いたところで『ごゆっくりどうぞ。』と一礼してにこやかに下がっていく店員さんにこちらもぺこ、と頭を下げて。さっそくスプーンを入れてみればとろりと流れる卵とケチャップソース。中に入っているチキンもゴロリと存在感があり、一口頬張れば人気の理由が見た目だけでないと分かる絶妙な味加減に瞳を輝かせて。 )
いただきます!
( ふわふわきらきらと黄金色に輝く卵と濃厚なデミグラスの香りがなんとも食欲を唆るオムライス。サーブも終わり下がろうとする店員さんにありがとうございます、とこちらも一礼をすればいよいよお待ちかねのオムライスタイム。早速ひとくち頬張った彼の表情を見ればどんな味かは一目瞭然、オムライスと好きな人の組み合わせってすごく可愛いかも…なんて新たなkawaiiを発見してしまえば、みきも手を合わせた後に早速スプーンで一口オムライスを掬い。ふわりとまるでケーキのような感触で柔らかくスプーンが沈んでいく感覚ととろりと流れる卵はさすがプロとしか言いようがないクオリティで、そのままひと口頬張れば卵の甘みとケチャップライスの酸味になんとも上手に被さったデミグラスソースが絶妙なバランスでマッチしており、むぐむぐと咀嚼している口元に手を添えながら“美味しい…!”と街中のクリスマスの装飾に負けないほどにきらきらと瞳を輝かせて。これは絶対に彼にも食べて欲しい!と純粋な気持ちで早速もう一口スプーンでオムライスを掬っては「 デミグラスすっごく美味しいの!ね、ね、司くんも食べて! 」とそのままにこにこと手皿を添えつつ彼の方へスプーンを差し出して。 )
はは、そりゃ良かっ──、
………ありがたいけどさ、その後俺も同じようにお前にスプーン差し出すけど大丈夫そう?
( 彼女に食べたい物を聞いて良かった。こんなにもキラキラと輝いて美味しそうに食べる彼女が微笑ましくて、ただでさえ美味しいオムライスがそんな彼女を見ているだけで更に美味しく感じてしまうほど。自分のオムライスの二口目をスプーンに掬ったところで彼女からの声に目を向ければ、ご丁寧に自身のスプーンにデミグラスの掛かったオムライスを掬って差し出している様子に咄嗟に反応できず。彼女のことだから本当に美味しいものを共有したいと純粋な気持ちからの行動なのだろうが、このままそれを甘んじて受け入れれば後に自分のした事に気付いてせっかく落ち着いた顔の赤みが復活するのは目に見えているのだが。少し考えればにやりと含みのある笑みを浮かべ、ケチャップソースの掛かったオムライスが一口分乗った状態のスプーンを今まさに彼女が取っている行動と同じように差し出してみせて。 )
!─── …だ、大丈夫だもん。
( 彼に食べて欲しいの気持ちが先走ってしまった結果、いつものように彼に指摘されてから関節キスになってしまうことに漸く気がついては瞳をまん丸にして頬に朱を散らし。だがしかし今回のみきはそれに怖気付いてしまうことなく( 顔は真っ赤なのだけれど )ふる、と首を振ってはそのまま“食べて?”と言うように一度引っ込みかけたスプーンをまた彼に差し出して。本当は全然心臓のドキドキが大丈夫ではないし、このあと本当に彼に差し出されたままだったらオムライスの味を味わうどころではなくなってしまうのだけれど今日はなんだか彼に負けっぱなしなので少しは反撃をしてみようとその瞳はちょっぴり挑戦的。元はと言えばただただ美味しかったオムライスを彼にも食べて欲しかったという純粋な好意だったのだけれど、こう意識をしてしまった後なら“あなたとなら関節キスをしても私は構いません”と言っているようで何だか恥ずかしくて。 )
!………へえ。
──じゃあ遠慮なく。
( こうして指摘さえすれば自分のした事に気付いて慌てて手を引っ込めるはず、いつもなら。しかし今日の彼女はいやに挑戦的で、顔こそ赤く染まったものの一向に差し出したスプーンを引っ込めようとする様子がなく。そんな彼女に面を食らったようにきょとんとしたものの、ここまで腹を括っている彼女に対して"いやそれはやっぱり出来ない"なんて言うのも何だか憚られて。…もちろん相手が誰でも、という訳ではなく彼女だからこそ自分にもこうして挑戦に乗るという選択肢が生まれたわけなのだが。自分から意識するのを促すような事を言ってしまったので、強行されたうえにそれに応えるということはまさに"あなたとなら間接キスをしても構いません"とこちらも言っているようなもの。唇がスプーンに触れる直前に一瞬躊躇はしたものの、そのままぱくりと差し出されたオムライスを口に含み。ほんの少しのドキドキと背徳感はデミグラスの深みのある味わいに溶けて、「……ん、美味っ。さすが1番人気だな。」と瞳を輝かせ。結果的には間接キスでも、彼女がこうして美味しいと思った物を自分にも分けてくれようとする純粋な気持ちが素直に嬉しくて。 )
っ、…。
( 自分からいいよと言ったのにいざ目の前で彼に食べてもらうところを見るのは何だかとても恥ずかしくて、食べてもらったらその感触で何となくわかるだろうと思わず視線は目の前の彼から机の上のオムライスへ移してしまい。だって意識したら彼の唇だけ見てしまうし、今でさえドキドキしている心臓がもっとうるさく跳ねてしまうだろうから。心の中であれこれごちゃごちゃと考えているうちにどうやら彼はオムライスを食べてくれたようで、きらきらと綺麗なダークブラウンを輝かせる彼にほっと安心したように微笑んで。「 生クリームがね、デミグラスソースの酸味をやわらげてくれててオムライスとすごく会うようになってるの。美味しいよね。 」と彼が自分と同じ食べ物に同じ感想を持ってくれたことがとても嬉しくて、まだ少し頬は桃色に火照ったままながらにこにことはにかみながら自分なりの感想を返して。関節キスはもちろん照れてしまうし恥ずかしいけれど、美味しそうにオムライスを食べる彼のきらきら瞳を輝かせる様子はどこか庇護欲のような暖かなものを感じてみきは愛おしそうに瞳を緩め。 )
うん、確かに。
…こういう料理にかかってる生クリームってただの見栄えかと思ってたんだけど、ちゃんと意味あったんだな。
( もぐもぐと咀嚼すれば色々な具材を長時間煮込んで煮詰めて作られたデミグラスソースが口いっぱいに広がり、1番人気の看板を任されるのも納得だと頷いて。余りにも料理に精通していなさすぎる感想が零れたことには自分でも自嘲気味な笑いを漏らしそうになるが、普段料理なんてしないタイプの独身男性なのでそこは多めに見てほしい。酒のツマミになるものは言わずもがなだが、こういうオムライスやハンバーグといった子供が好きそうな料理は大人だってもちろん大好きなもので。口の中から無くなってしまうのが惜しく思ってしまうほど美味しいオムライスをごくんと飲み込めば、「───ん。次は御影の番。」と悪戯っ子のような笑みを携えながら、差し出したままだった自分のスプーンをもう少しだけ彼女の口元に近づけてみせて。 )
ふふふ!
もちろん見栄えのためにかかってるソースもあるけどね。そういうのは具材よりもお皿の縁とかにかかってることが多いかも。
( 普段料理をする自分とは対称的な彼の感想に思わずくすくすと楽しそうに笑ってしまうけれど、そんなところも可愛いだなんて思ってしまうあたりなかなかに恋は盲目なのかもしれない。だが残念ながらこれからも彼は自分が作った料理を食べてもらう予定なので彼自身が料理をする機会には恵まれないかも、だなんて考えはみきの心の中でひっそりと呟かれてはまたみきは頬を緩ませて。そんなことを考えているうちにどうやら先程の彼の言葉は本気だったらしく自身の目の前には間違いなく彼が先程口に運んでいたスプーンが差し出されており。目の前のいたずらっ子のような笑顔は明らかにこちらをからかっているのだけれど、言わずもがな彼との関節キスはむしろみきにとって嬉しいしラッキーだし食べたかったケチャッププソースのオムライスが差し出されているのだからみきにとってはいい事尽くし。ただ恥ずかしいというだけで。ぱっと先程よりも顔が熱くなる感覚がしては、誰も見てないかな…ときょろきょろと当たりを見回した後に意を決したように小さく頷けば「 ─── ん。 」と視線は彼を見あげたまま、左手で顔周りの後れ毛を右耳にかけながら恥ずかしそうに口を開いてそのままオムライスをひと口。そのまま両手で口元を隠しながらむぐむぐと咀嚼するも正直心臓が破裂しそうな今は味がほぼほぼ分からなくて、「 っ、…お、おいしい… 」と彼からの視線を遮るようにふい、とそっぽを向いてしまい。 )
あーなるほど、
それこそ高級レストランとかで出されるやつのイメージだ。
( 呆れられてしまいそうなほど料理に関しては雑なイメージと愚直な感想しか出てこないが、何だか彼女が楽しそうなのでまあ良しとしよう(揶揄われているような感じはしないので)。これを機に少しは料理というものに目を向けてみるか…なんて、彼女が今まさに正反対のことを考えていることなど知る由もなく。そしていつかの未来ではどちらかと言えば彼女の考えていることにすんなりと当てはまってしてしまうのも今はまだ知らない話で。自分のときよりも余程周りを警戒しているように見える彼女が漸く食べる素振りを見せてくれて。しかし髪を耳にかける仕草や少しだけ上目遣いにも見える視線はどこか色っぽく、そんな彼女が自分の使っていたスプーンに口を付けるのを見ていると一度だけ胸がどき、と高鳴って。とはいえ彼女と同じように美味しい物を共有出来たことにホッとしては、「だよな。トマトの酸味がちょうど良くて美味いんだよこっちも。」と頷きながらも何だかぎこちない味の感想と逸らされた顔には可笑しそうな笑みが零れ。 )
そう!
あれね、曲線書くのはスプーンでやるんだけどすっごく難しいの。
( 彼の言葉にやっぱり楽しそうに微笑んでは、一度だけその“高級レストランで出される料理”にありがちな皿装飾にチャレンジしたのだけれど尽く失敗したことを思い出して眉を下げながらさすがのみきでも出来なかったと答えて。だがしかしそんな皿装飾すらも上手にできるようになったらぜひ彼にご披露したいところなので、今のうちにたくさん家で練習しておかなければとみきは改めて努力を決意し。関節キスしちゃった、前もしちゃったけど、でも今日の方が恥ずかしい!とぐるぐる混乱する頭の中でもさっぱりとしながらも濃厚なトマトソースの酸味は遠くの方で感じるので、彼の言葉にはこくこく!と何度も頷いて。ドキドキと戦いながらも何とかオムライスを飲み込めば、真っ赤な顔でちらりと彼の方へ視線を戻しながら「 ……で、でも……味、あんまりわかんなかった…。ドキドキの方が、いっぱいで…。 」と、別にこのまま美味しい!で突き通しても良かったのだけれどやっぱり性分として嘘が付けなかったのか本当は緊張でよく味が分からなかったと小さく呟くように零して。いつもは自分が彼にしてあげる側だったのでそこまで緊張はなかったのだけれど、される方はこんなにも緊張するんだ…と今まで余裕な顔をしていた彼がやっぱり大人の男性なのだと今更ながら実感してしまい。 )
まじで?
あんなの適当に垂らしときゃ出来るもんだと思ってたよ。
( 彼女の料理の腕前で、更には彩りや盛り付けも綺麗に出来ていた彼女でさえもあの装飾は難しいらしいと知れば目を丸くして。自分の頭の中でイメージしているだけならば簡単そうに思えるのだかそこはやはり料理慣れしていないからこそ考えられるレベルでしかないのだろう。自分の言葉に何度も頷く彼女に笑いかけていたのだが、その後にわざわざ本音を零す様子に今度は可笑しそうに笑ってしまい。「、ははっ!お前ほんっと正直だなぁ。…もう一口いる?」とにやにやと少し意地悪な笑みを浮かべながら首を傾げ、自身のスプーンでオムライスを指し示して。もちろん自分だって意識しないわけではないが、この余裕の差は単純に年齢の差なのだろう。となればやはり彼女の反応が初々しいことに何だかクセになりそうな愛おしさを覚えて。 )
ふふ、みきもやる前はそう思ってた!
( ぱち、と綺麗なダークブラウンを丸くする彼の反応に思わずくすくすと望んだとおりの反応が得られて笑ってしまえば、自分も彼と同じように簡単に出来るものだと思っていたと同意を返し。とはいえやはり高級レストランによく出てくる装飾というのにはそれなりの理由やテクニックがあるものだと実際に体験してみて初めて打ちのめされたのだけれど。確かに今の自分の言葉では“ひと口では味が分からなかったからもう一口!”と強請っているように聞こえてしまったのだろうと勘違いしては彼のいじわるな笑顔とからかい混じりの言葉にパッ!とまた顔を赤らめて「 も、もう恥ずかしいから要らない! 」とぶんぶん首を横に振って。こんな時可愛らしく笑ってもう一口ちょーだい?と強請ることができたらきっとその分得をするのだろうけれど、今のみきはそんな余裕もなくいっぱいいっぱいなので“味がわかったからいらない”ではなく“あーんされるのが恥ずかしいのでいらない”とバカ正直に素直な気持ちを答えて。 )
そんなオシャレ料理なんか俺には縁が無いもんだと思ってたけど、御影が作ってくれるんならいつか食えるかもだなー。
( 彼女の口ぶりから何度かチャレンジはしているのだろう、そして彼女のことだからいつか習得する日がくる事も何となく分かっていて。しかしはっきりと明言された訳では無いものの、その練習の成果を披露する相手は自分じゃないかと漠然と思い至っては無意識にそんな言葉をぽろりと零して。ケチャップソースに負けないくらい鮮やかに朱を散らした頬のまま首を振る彼女に「そりゃ残念。」とくすくす笑いながら再び自らのオムライスを食べ進めて。お互い私服で外で会って、彼女からは名前呼びで。周りから見て今の自分たちはどう見えているのだろうと頭を過らないことは無いが、いつかこれが本当になればいいなとぼんやりだが思っているのもまた事実。穏やかで心地良い彼女との時間は心を満たしてくれて、まだ昼ではあるがこの時間が少しでも長く続けばいいなんて。もちろん口には出さないが。 )
!つ、作る!
せんせーが食べたいもの、全部作れるようになる…!
( まるでいつもと変わらないさらりとした口調で零れた彼の言葉はきっと無意識のものなのだろう、だがしかしその言葉の奥には彼がこの先も自分の手料理を食べる未来を考えてくれているのだと名探偵はしっかりと読み取ったらしくぱっと頬を温かみのある色に染めながらこくこく頷いて。今はまだ何かのイベントでないと彼に手料理を振る舞うことは無いけれど、いつか自分が当然のように彼のおうちで料理を作って、それから彼のお家には自分のエプロンがあって、今日の夜ご飯は何が食べたい?なんて言える関係になれたら。そんな幸せな未来を願わずにはいられなくて。しれっとした様子で自身のオムライスを食べ進める彼は余裕綽々で、まるで自分とは正反対である。ただでさえ自分は彼との関節キスにまだそわそわと心臓が落ち着かないのに…と未だ頬を赤らめながらもぐもぐとオムライスを食べるのを再開していけばようやくオムライスの美味しさに心が落ち着いていき。暫くそうして穏やかで優しい時間が流れていき、叶うのであればずうっとこの時間が続けばいいのにとすら願ってしまうこの時間は間違いなく幸せと形容するに相応しいもので。─── 「 ごちそうさまでした!美味しかった…! 」と無事に綺麗に食べ終われば両手を合わせて無事に食事は終了。お腹もいっぱいで幸せで気持ちもいっぱい、自然と緩んでしまう頬はそのままにニコニコと彼と視線を合わせて。 )
あはは、全部って。
頼りになるなぁ御影は。じゃあ俺も気合い入れてリクエストするよ。
( 想像以上に前のめりな彼女の答えを聞けば楽しそうに破顔しながらも、彼女ならば本当に食べたい物を作ってくれる気しかしなくて。口調こそ冗談めいてはいるが、その声色は決して揶揄ったりするようなものではなくしっかりと期待を滲ませていて。彼女がどんな未来を思い描いているかなんて自分には分からないが、きっと悪いものではないことだけは分かる。ほんのりと染まる頬をそのままに何度も頷く彼女を優しく見つめながらにこやかに微笑んで。───「ん、ほんと美味かったな。この店選んで大正解。」ひと足先に食べ終えた自分は、彼女が美味しそうに食べる姿を眺めながらゆったりと食後のコーヒータイムに入っており。コーヒーカップを傾ける向こうで彼女の視線を感じれば、ご機嫌な夕陽色とぱちり目が合って応えるように柔らかく微笑み。 )
!……えへへ。
このお店選んでくれてありがとう、司くん。
( やはり昼食の時間から少し早めにして正解だったのだろう、店内は先程よりもずっと賑やかになりほぼ満席状態。コーヒータイムを嗜む彼をこっそり見つめていたのだけれどあまりに熱心に見すぎてしまったらしくあっさりとその視線は彼にバレてしまい、珈琲片手に柔らかく笑う彼がそれはもう素敵でかっこよくて。みきはぽやぽやと頬を染めながらへにゃへにゃと微笑めば先ずはこのお店を選んでくれた彼にお礼を。濃厚で優しい味のオムライスをお腹いっぱいに堪能した舌をオレンジジュースで爽やかにさっぱり流せば食後の甘いもの欲も満たされてしまい自身のドリンクチョイスも大正解。このデートを強請った時はどうせ断られるだろうなというダメ元だったのに、買い出し補佐という形でデートを実現してくれた彼には本当に感謝しかなくてみきは幸せそうにふわりと微笑んで。 )
お前がオムライス食べたいって言ってくれたからここに来れたわけだし、御影の手柄だよ。
( こうしてオムライスの美味しい店に出会えたのは間違いなく彼女のおかげ。そもそもクリスマスなんて街が賑わう事待った無しの時期にこうして外に出ること自体が自分からすればもはや奇跡に近いのに、ご褒美という名のおねだりが無ければきっと今頃暖かい家の中でいつもと変わらない休日を送っていたことだろう。彼女の行動原理に自分が関わっているように、自分の行動原理にも気付けば彼女が関わっていることに改めて気付けばそれも悪くないなと薄く笑みを浮かべて。「…混んできたし、食い終わった俺らはそろそろ出ようか。」と席を立てば、テーブルに置かれてあった伝票をその内容が彼女に見えないように隠しつつレジへと向かい。対応してくれるのは最初に案内をしてくれた店員さん。すでにお昼時のピークに近く段々と店内が忙しなくなっている中でも柔らかな笑顔で対応してくれるのはさすがプロ。「ご馳走様でした。会計は一緒で。」と、彼女が何かを言うよりも先に支払いの旨を相手に伝えては財布を出して。 )
、あ、え、でも、─── 。
『 はい、ご一緒のお会計ですね。かしこまりました。 』
( 御影のおかげ、なんて言われてしまえば当然のようにゆるゆると表情は緩んでしまうし簡単に嬉しくなってしまうもの。彼の優しさと大人らしい余裕にみきは当たり前にきゅんきゅんと胸をときめかせてはまたひとつ彼を大好きになって満面の笑顔を浮かべ。彼の言葉にきょろ、と店内を見回せば確かに混みあって来ており、食事が終わったのならば早々にでなければお店に迷惑がかかってしまうとはぁい、と返事をしながら荷物をまとめて伝票を……見ようとしたところでそれはあっさりと彼の手中へ。いやいやさすがに自分がお強請りして実現したお出かけなのだから自分の食事代は自分でとレジの前で財布を出そうと鞄の中を探っていたところで彼から“会計は一緒”との発言にみきは夕陽色の瞳をぱち!と大きく見開いて口を挟─── もうとしたところでなんとも空気の読める店員さんが笑顔でそれを了承しスムーズに会計が終わってしまい。『 ありがとうございました、またお越しくださいませ。 』と最後までプロの店員さんに「 ごちそうさまでした、美味しかったです! 」とぺこりと頭を下げてはカバンから財布を出したところまでで止まってしまったみきがあわあわとしながら「 せ、せんせー。みきちゃんと自分の分出すよ、いくら? 」とすっかり名前呼びも忘れて慌てて自分の分の値段を問いかけて。 )
───買い物に付き合ってくれた礼だからいいんだよ、
そこまで甲斐性無しじゃねーぞ俺は。
( 笑顔で見送ってくれる店員さんにまた来ます、と軽く会釈をして外に出れば、暖かい店内で食事をしたことですっかり温まった体に冷んやりと冷たい冬の空気が何だか心地良くて。未だに自身の財布から手を離していない彼女の頭を軽くひと撫でしては、あくまでこれは彼女のおねだりから派生した食事では無く自分の買い物に付き合わせた礼だと。公務員の給料を舐めてもらっちゃ困ると笑いながら、出しっ放しの財布をしまうように促して。「……さて、これで俺の用事はひと段落ってところだけど。せっかくだし御影の行きたいところとかあれば付き合うぞ、クリスマスだしな。」名目が済んでしまった今、本来であればここで解散するのが当たり前なのだろう。しかしこんなにもお洒落をしてきてくれた彼女とここであっさりと別れてしまうのは男としてどうなのか。次は"先生の買い物に付き合う生徒"ではなく"生徒の買い物に付き合う先生"として、このままデート()の延長を提案して。 )
っ~……あ、ありがとう…。
ご馳走様です!
( 外に出ればひんやりと冷たい空気が頬を撫で、散々店内で火照った(火照らされた)体を冷ましてくれて。一向にみきは財布を仕舞おうとはしないものの、隣の彼はやっぱりお金は受けとってくれなくていつものように優しく撫でられた頭と彼の言葉にこれ以上は何も言えないと言葉を詰まらせてはきちんとお礼と感謝の気持ちは忘れずに伝えて。おずおずと財布をしまいながらも親族以外の大人の男の人に(しかもデートで)食事を奢ってもらったという初めての経験にどこかそわそわどきどきと落ち着かない気持ちになりながらもその奥では会計までのスムーズな流れにやっぱり慣れてる…!と自分と彼の経験の差にちょっぴり悲しくなったり。彼の用事も終わって、それからご飯も終わって、本来ならばここで解散が彼と自分の関係上は当たり前。だがしかし当然のように帰りたくない気持ちの方が大きくてもさすがにこんなに人が多くて明るい時間でそんな我儘を言うのは…と1人モヤモヤしていたところに彼から降ってきた提案にはぱぁあ!と分かりやすく瞳を輝かせて。「 いいの!?司くんだいすき…! 」まるで自分が考えていることが分かったかのようなタイミングに思わず嬉しそうに笑顔を零せばデートは当然延長。胸から溢れるときめきのままにぎゅっと抱き着きたい気持ちを我慢して彼のコートの袖をきゅ、と掴んでは「 ─── あのね、好きな人にクリスマスプレゼント買いたいの。付き合ってくれる? 」と当の本人に正々堂々とプレゼントを選択して欲しいのだとねだって。 )
どういたしまして。
こっちこそ良い店に出会わせてくれてありがとな。
( 彼女が財布をしまうのをちゃんと見届けたうえで満足そうに頷けば、そんな彼女が内心でそわそわしたりしょんぼりしたりと忙しいことなどもちろん知る由なく、律儀に礼を述べてくる相手に微笑みながらおかげで美味しい店に辿り着けたとこちらからも礼を。相手が生徒でもちろんそういった関係じゃないとはいえ、こんなにもデートらしいお出かけは自分も久しぶりなので楽しい気持ちに嘘は無くて。こちらの提案に分かりやすく輝いた瞳を向けてくる彼女に対してやっぱりなと可笑しそうに笑みを零せば、いつもの『せんせー』では無く名前が付随された"大好き"にほんの少しどきりと胸が高鳴ったのは内緒。これが準備室のように人目につかない所なら遠慮なく抱き着いてくるんだろうなあと、彼女の行動がだいたい読めるようになってきたのはそれだけ長い時間──といっても2年弱だがあまりにも濃い期間だったので──共に過ごしてきたからだろう。しかし袖を可愛らしく掴みながらのお誘いは、"好きな人へのプレゼントを選んで欲しい"というもの。これだけ日頃から気持ちを伝えてきてくれるのだから間違いなくその相手は自分なのだろうが、…万が一、僅かでも自分じゃない可能性があるのならばそれはいただけない。「……好きな人?」"名前で言って"──と確信を得たいがためにダークブラウンの瞳は彼女の夕陽色を覗き込むように見つめて。 )
!!
─── …い、いじわる。わかってるくせに…、
( てっきりいつものように“はいはい”と流されるとばかり思っていたおねだりは今日ばっかりはいつものようには行かずに想像もしていなかったカウンターが。だっていつもあんなに好き好き伝えているし、つい数秒前にだいすきって言ったのに。誰のことだかは彼がいちばんよく分かっているはずなのに名前までしっかりと聞こうとしてくる彼のダークブラウンの瞳はどこまでも真っ直ぐに此方を見つめていて。きゅう、と痛いくらいにときめいてしまう心臓あたりを両手で握るようにしながら眉を下げては、せっかく恥ずかしいから誤魔化したのになんの意味も無くなってしまったさっきのお強請りの仕方を早々に後悔 ─── とは言いつつも結局彼のいじわるなところもだいすきなので嫌な気分では決してないのだけれど ─── して。みきは彼の袖を掴む指先に少し力を入れては、漸く涼しくなってきたはずの頬に熱が集まってくるのを感じつつ潤んだ瞳を彼に向けて「 ……司くん。 」と自分が思っていたよりもずっと甘く小さな声色で彼の名前を呼んで。 )
ちゃんと聞かないと、もし勘違いなんかしたら痛い奴になるだろ俺が。
( 冗談めいて笑いながらもその言葉はほんの少しだけ本音。日頃の彼女を見ていれば一目瞭然なのは事実だが、そんな事はないと分かってはいても本当に"もしも"があった場合にただの思い込みが激しい痛い男がひとり生まれてしまうことだけは避けなければいけないので。しかしそんな万が一の心配事は袖先を掴む指に入った力と、こんなに寒いのに頬が段々とほんのり赤くなる彼女が目に入った時点で溶けて無くなってしまったよう。自分から呼ばれることを強請ったくせに、潤んだ夕陽色で見上げられながら蜂蜜のように優しく甘い声で自らの名前を呼ばれればぞくりと心が震える感じを覚えて。咄嗟に抱きしめたくなった衝動を何とか抑え、「──、ん。」と満足そうに微笑むことしか出来ず。「……と、とりあえず行くか。うろうろしてたらそのうち良いもの見つかるだろうし。」と、色々な感情を誤魔化すかのようにくるりと彼女に背を向けながらも、掴まれた袖先はそのままにゆっくりと歩き出して。 )
普段あんなにいっぱい好きって言ってるのに…。
みきが好きなのは司くんだけだもん。
( あまりに当然のことのようにみきにとっての好きな人というのは彼だけだと自分は思っていたので、そもそも彼じゃないかもしれないなんて考えが浮かぶということ自体頭になくて。もしも、でもそれを信じて貰えないのはなんだかとても遺憾の意なのでみきは赤らめた頬をぷく、と膨らませてそのままファーマフラーに顔を埋めてもごもごと不満げに言葉を漏らし。だがしかししっかり名前まで伝えたことでいちばん伝わって欲しい人には伝わったらしく、恥ずかしそうに眉を下げる此方とは対象的に満足気に微笑む彼を見れば恥ずかしいけれどちゃんと名指しをしてよかったのかもと少しだけ心がほんのり暖かくなって。流石にこんなに明るい時間にこうして彼の服の袖を掴み続ける訳には行かないと手を離そうとしたものの本音はこのまま歩きたい…もっと言ってしまえば手を繋いで歩きたいのだけれど彼の立場を考えれば我儘ばかり言っていられないと自分を言い聞かせてていたところ、袖を掴んだ手には言及されることなく彼が歩き出したことによってみきの決意はあっさりと揺らいでしまい。「 …えへへ。あのね、本当はマフラーとかがいいかなって思ったんだけど、身に付ける物とか送ったら重い!ってネットに書いてあったから迷ってたの。 」とふにゃふにゃ嬉しそうに笑いながらその手を離すことは決してなく、また自身もこの手に言及することはなくプレゼントの悩みについて本人に話し始めて。 )
分かった分かった、
疑うようなこと言って悪かったって。
( 眉を下げて困ったように笑いながら謝罪を述べると共に、心の内では彼女の中に自分以外の選択肢が無いらしい事に"先生"としてはやはり複雑な気はするが"1人の男"としてはどうしても嬉しく思ってしまう気持ちが湧いてしまうのも事実。不満げな様子を隠すことのない彼女とは反対に、自分の名前が出たことには満足げではあるのだが喜びを露わにするわけにはいかないので誤魔化すようにこほんと咳払いをひとつ。袖先を摘んだままついてくる彼女にどこかホッとしながら、プレゼントを贈る相手にその内容を相談するという少しおかしな状況に薄く笑いを零して。「え、いいじゃんマフラー。俺寒いの苦手だし普通に嬉しいけどな、貰ったら。……まあ…指輪とか意味深なものになると流石に重いかなとは思うけど。」彼女の提案にはけろりとした返事を返せたものの、いつだかの文化祭での自分の行動を思い返すかのように最後の言葉はぽそぽそと尻すぼみになって。 )
いいもーん、司くんがもうこれから1ミリも疑えないってくらいもっともーっといっぱい好きって言うようになるだけだから。
( ぷくぷく頬を膨らませたまま彼の謝罪には“みきは別に構いませんが?”と言った様子で上記を返せば、そんな状況になって困るのはせんせーでしょ?と言いたげに彼を覗き込んではしたり顔でふふん、と笑って。彼が疑ってしまうのは彼の問題ではなく自分の愛情表現が足りなかったから。それならば致し方ない、愛情表現を増やすしかない!とこういうことらしい。本当は彼が愛情表現が足りていない故に疑った訳では無いのも分かっているのだけれど、それはそれ。普段使いできるものよりもやっぱり消耗品の方がいいのかな…と彼の隣でぐるぐると考えていれば、当の本人から返ってきたのは実にケロッとした回答。だがしかしその後に付け足された彼の言葉にきょとん、と瞳をまんまるにしてはすぐにふわりと柔らかな笑顔を浮かべて「 好きな人からもらうものに重いとかないよー。みきは指輪すっごく嬉しいもん!だって、その人のこと独り占めしたいくらい好きってことでしょ? 」と今度はこちらが答える番で。ただの黒い線だけでもあんなに嬉しくて心が跳ねたのに、もしも本当に指に嵌められるものが送られたらきっと嬉しくて死んでしまうかも。なんてもしもを想像してはきゃっきゃと女子高生らしくはしゃいで。 )
いい、いい。
もうすでに腹一杯なんだから。
( 彼女から愛情を伝えられることを嫌だとか思う事はもちろん無いのだが、今でも充分なのにこれ以上は確かに対応に困ってしまいそうで。ましてや普段の学校でなんて、こちらが何も出来ないからこそ彼女の独壇場になるのは目に見えているのだ。ギョッとした目で彼女の方を見れば掴まれていない方の手を振って。そもそも疑ったというよりは、彼女が好きなのは自分だと、自分でそれを認識して口にするのが何だか自信に満ち溢れているようで少し恥ずかしかったからなのだが。彼女の指にあの日引かれた黒い線はさすがにもう残っておらず、それは自分の分も同じ。本物ではないとはいえ、付き合うどころか好きだという気持ちを(彼女からはいつも貰っているが)伝えていないのにあんな事をしでかしたのは今となってはやはり頭を抱えずにはいられないもの。しかし彼女の言葉はそんな考えを否定しないもので、柔らかく笑いながら答えてくれる様子にあの日の自分が救われる気がする。「……御影は欲しいもん何かねーの?…あ、指輪以外な。」白くて細い指にいつか嵌められるソレは気軽に贈っていいものではない。お互いがこれから先もそばに居ることを選んで、いつかその時が来たら──、なんて。とりあえず指輪は未来に後回し、クリスマスのプレゼントを彼女が選んでくれるというのならこちらももちろん用意をしたいわけで。 )
ちぇー。
遠慮しなくていいのに。
( ひらりと振られた手に不満げに唇を尖らせれば、残念ながらいつも以上の愛を彼に伝えられるチャンスは過ぎ去ってしまい。みきとしては、いつか彼が自信を持って“みきに一番愛されているのは自分だ”と言ってくれたらいいなぁなんて願ってしまうのだけれど、それを言ってもらうためには自分が頑張るしかないので今は彼には内緒。文化祭の時にお揃いで書いた黒い線─── もとい指輪はもう消えてしまったのだけれど、みきの気持ちとしてはまだまだ左手の薬指には彼の予約が残っているつもり。本物が欲しい、だなんて強請れる立場では無いので勿論そんなことは言えないし言わないのだけれど彼からの質問に今度はこて、と不思議そうに首を傾げては「 今日一緒にお出かけできたし、それで充分だよ?……あ、でもでも欲しいものって言うならぎゅってしてほしいかも!みきのクリスマスプレゼントはハグでいいよ! 」とまぁもちろん通常運転で欲しいものはハグです!と正々堂々とニコニコキャピキャピ答えて。 )
…お前ってほんと欲が深いんだかそうじゃないんだか分かんねーよなぁ。
( 不満げな彼女の胸の内にある願いは口にするには幾分か恥ずかしいものになるのだろうが、もちろんそんな事知る由もないので「うっせ。遠慮じゃない。」と軽口を言うに終わり。何だったらすでに充分すぎるほど彼女からの好意は伝わっているが、いつか何の隔たりも無くなったときにそれを返す際に彼女の反応がどうなるかは今はまだ彼女はもちろん自分にも分からない事で。消えて見えなくなってしまった線も、その効力はお互いの心の中にずっと残っているような気がするのだがわざわざそれを彼女に問いかけることはなくて。しかし声に出した問いかけに帰ってきた答えは何とも拍子抜けするようなもの。ただそれが遠慮や謙遜といった類のものでなく、彼女の本音であることくらいはさすがに分かる。相も変わらず通常運転の彼女に眉を下げて呆れたように笑いながら「それも却下。」と彼女の求めるプレゼントとにはピシャリとNOの意を。 )
?
( 彼から稀に言われるこの言葉、みきとしては彼には随分と沢山わがままを言うし欲深いことだって強請っているつもりなので何度言われても首を捻ることしかできなくて。何かをして欲しい、だとか、他の人に同じことしちゃ嫌、だとか。まさに今日のお出掛けだって元はと言えば自分のわがままから実現したもの。彼にはそういった面しか見せていないのでむしろ“我儘だなぁ”と言われた方がしっくり来るのだけれど、どうやら彼の認識はやっぱり違うようでどれだけ許容範囲が広いんだろうなぁと彼の優しさには驚くばかりで。ようやく思い付いたクリスマスプレゼントは案の定ピシャリとNOを突き付けられてみきは不満げに唇を尖らせては「 あ゛う……指輪以外の欲しいもの答えたのに……。 」と一応彼の指定通りの範囲を応えたつもりだったらしくガックリと肩を落とし。最も、もともと物欲があまりない方なので両親からプレゼントのリクエストを聞かれた時も毎回数日間悩みに悩んで結局は調理器具や文房具など日用品をリクエスト、なんてこともザラなのだけれど。 )
──何回でも言っとくけど、
お前の我儘なんて可愛らしいお願い事レベルだからな。
( 今こうしてきょとんと首を捻る彼女が、きっと本人なりに我儘を言っているつもりなのは百も承知。彼女のバイト先の店長さんにだってそういう意味ではお墨付きを貰っているようなものなので。しかしあくまで自分の中ではだが、"欲深い"のと"我儘"とは全然違うもの。彼女の求める我儘なんて、言ってしまえばこの身ひとつで叶えられてしまうようなものばかり。それを一度たりとも不満になんて思ったことのない側からすれば(立場上どうしても焦ったり拒否したりは仕方ないとして)、彼女がいくら自分自身のことを我儘だと思っていても言われる方がそう思っていなければ何の事はない。……とはいえ、「そのリクエストは時と場合と場所と関係性が全部クリアしないと受け付けられないからなー。」とにやりと笑みを浮かべて。こんな真っ昼間から街中で堂々とハグなんて出来るわけがないだろうと小さく溜息を吐けば、肩を落とす彼女をちらりと見やっては再度可笑しそうに笑い。 )
司くん毎回それ言う…。
あんまり甘やかしたら調子乗っちゃうんだからね。
( 彼がこうしてみきの我儘を可愛らしいお願い事レベルだと感じるのも、彼のお姉さんや妹さんのスパルタ教育が為したものだろう。だがそれに甘んじていればいつかきっと自分は擁護できない程のわがまま成人になってしまうだろうし、それは絶対に避けねばならないと彼の言葉に頬を膨らませてNOを返して。甘やかしてくれるのは嬉しいけれど、我儘は止めて貰わねば困るのだ。本当は自分でちゃんと自重できるのがいちばん良いのだろうけれど、ちょっと多分それは無理なので。好きな人が関わってしまうとどうしても嫉妬心や独占欲など色々な欲が出てきてしまうのは恋する乙女にとっては呼吸するのと同じくらい自然なことなので。だがしかしにやりとした笑みを浮かべる彼からのあまりにクリアしなければならない問題の多すぎる現実にしょんぼりと眉を下げて。「 でもちょっと厳しすぎるのも困ります…… 」と飴と鞭は程々にしてほしいと静かに首を振れば、唯一今現在許されている彼の袖を掴む指先にきゅ、と力を込めて。 )
上等だよ。
こちとら教師やってんだから調子に乗った生徒の扱いは慣れてるからな。
( 口ではこんな事を言う彼女だが、その性格や根本的なこともあってきっと少し調子に乗るくらいがちょうどいいような気がする。…とはいえ比較対象が我が家の傍若無人姉妹なのはあまりにも差がありすぎるが。彼女の我儘を否定しているわけでは無いのにも関わらず、当の本人がそれに頬を膨らませて反対の意を唱えるという何とも不思議な光景に思わず頬が緩み。いくら彼女が調子に乗ってこようとも、教鞭を取って早数年。生徒なんて少しくらい手が掛かる方が可愛らしいものだとどこか得意げな笑みを浮かべて。袖先に力を込められるのは、むしろ人通りが多い街中ではこちらとしては少し安心するのでなお良し。小さく抗議を示す彼女に「俺が厳しくしたくてしてるわけじゃないんだよなぁ、残念ながら。……ま、こうしてうろうろしてりゃ何かしら良さげな物とか目に入るだろ。」と可笑しそうに笑いながら、クリスマスの飾りで華やかな通りを彼女と2人でウインドウショッピングしている現状をそれなりに楽しんで。 )
う、゛……。
みきがワガママクイーンになっても知らないからね…。
( 彼はどこまでも優しくて、ここまで言われてしまえば此方もなんだか引くに引けなくなってしまうしそわそわと心の奥がくすぐったくなってしまうようで。とはいえ我儘を言い慣れていないせいでどこからどこまでのレベルが我儘なのかという判断も難しいみきにとって我儘クイーンになれる日が来るのかどうかは神のみぞ知る話。それならば今までよりもちょっぴり我儘を言う回数を増やしちゃおうかな、なんてちらりと彼を見上げては早速今日の帰り際辺りから彼の言葉に甘えさせて頂こうとこっそり決意して。華やかで賑やかなクリスマス間近の町はどこまでもキラキラと輝かいており、色んなお店がクリスマスの飾り付けやらをしているせいで誘惑が非常に多いのもまた事実。お店のショーウィンドウに映る自分たち2人は制服と白衣じゃないことも相まって今日は兄妹には見えないような気がして、いつも以上にみきの瞳はショーウィンドウの方へと向いてしまい。「 ─── わ、かわいい…、 」そうして歩いているうちに暫く、みきの目に入ったのは雑貨から服飾まで幅広く扱っているようなアンティーク調の1軒のお店。ウッド調の暖かな雰囲気のある外観は海外の雑貨屋さんのような雰囲気で、思わずみきはぴたりとそこで足を止めては「 ね、司くん。ここでマフラー見てもいい? 」と緩く彼の服の袖をくい、と引っ張って。 )
、……あはは!
お前のそんな姿はちょっと見てみたいような気もするけどな。
( 自分の気持ちを表に出さない子だったと、小さい頃の話を店長さんから聞いている事を彼女は知らないはず。それを踏まえたうえでこうして本人の口から"我儘を言うぞ"なんてニュアンスの言葉が出てくるのは何だか逆に嬉しくて。彼女が今までに漏らした我儘なんて『帰りたくない』やら『離れたくない』といったようなもの。しかし自分の意見が通るまで我儘を貫き通すわけではなく、二言目には返事をして退ける彼女がワガママクイーンを名乗れる日がくるのはきっと随分先になるんだろうなと可笑しそうに笑い。クリスマスとは縁遠くなって暫く経つが、冬の寒い日に人が多ことが分かっているクリスマスに賑わう街中を休日に歩いているなんて、彼女と出会った頃の自分が今の自分を見たらきっと驚くだろう。彼女の視線がやけにショーウィンドウの方に向けられることに関しては単に色々見てるんだろうなくらいにしか思っておらず。自分も何となく色んなところに目を向けていれば、彼女の小さな呟きと止まった足に気付いて同じ方へと視線を向けて。ブランドやジュエリーが立ち並ぶショップではなく暖かくてどこかホッとするような、しかし並べられたクリスマス関連の商品たちにはやけに目を引かれてわくわくさせてくるような素敵な雰囲気の店。彼女の問いに、ん。と頷いて了承の意を伝えれば、さっそく店内へ。 )
だ、ダメだよぉ…。
自分のわがままばっかり突き通したがる子になっちゃう…。
( 彼の言葉に困ったように眉を下げるのはなぜだか我儘を許可されている本人の方。ワガママクイーンになった姿を見てみたい、と言われてもそこまで行ってしまったらいよいよ本当に彼を困らせてしまう子になってしまうとみきはふるふる首を振って。元より自分の感情よりも相手の感情を気にするタイプなのでそれを許可されても矢張り遠慮が勝ってしまうらしく、けれど彼が我儘を言われて嬉しいならばできるだけ頑張ろうというスタイルにはするらしいのだけれど。彼から無事に了承を得られてはありがとう!と嬉しそうに微笑んで早速店内へ。暖房の効いた暖かな店内はやはりクリスマスの装飾で飾り付けられており、可愛らしいアクセサリーから男性が身につけられる手袋やマフラーなど様々な小物たちが陳列されているためどこを見ようかと目が迷ってしまうほど。だがしかしみきの目的はただ一つ彼へのプレゼントを選ぶことなので、一瞬だけ可愛らしいアクセサリーたちに心が踊りかけたけれど足取りは迷うことなくマフラーコーナーへ。「 わ、…!すごい、マフラーってこんなにいっぱい素材があるんだね…! 」カシミヤやウール、ポリエステル、様々な種類のシンプルかつ使いやすそうなマフラーにキラキラと目を輝かせてはするりと彼の袖から手を離して実際にそれらに触れて感触を確かめて。 )
そう言える間はまだまだ安心だけどな。
( なんだかんだ言っても彼女本人の性格上、きっと我儘になりきれないのは目に見えていて。こんなやりとりで実際遠慮しているのは彼女の方だし、相手のことを考えられるうちはまだまだ彼女の我儘でこちらが困らせられるような事にはならないだろう。もちろん度が過ぎていたりだとか現実的に厳しいようなものにはすっぱりとNOを出すつもりではいるが、そうして彼女が自分の要求を伝えてきてくれるのは心を許して甘えてくれている証拠だというのが分かっているからこそ少しだけ嬉しかったりするのも事実なので。店内の暖かさに寒さのせいで無意識に強張っていた体からほっと力が抜ければ、その内装や陳列された商品に漸く意識を向けられる。まさに彼女が好きそうな可愛らしい小物やアクセサリー類もたくさん置いてあるのだが、まっすぐ目的の物がある方へ進む彼女に溜息混じりの笑いを零して。「ほんとだ、……うーん、違いって手触りくらいか……?暖かいならどれでもいいけどなぁ。」と、彼女に倣うようにマフラーの手触りを確かめながら首を捻って。 )
そうかなぁ…。
司くんが優しすぎるだけだと思うけど……。
( むむむ、と眉を寄せては未だ納得いってなさそうな表情ではあるけれどこれ以上この話題で彼には叶わないと充分に納得してしまえば諦め半分で首を傾げて。ふわりと柔らかな素材のマフラーが好きな自分と同じように彼がそういった素材を好きかどうかは分からないのでこういった肌に触れる商品は本人に確認をしながら買うのが一番。その証拠に素材をあまり気にしないような彼の発言に思わず彼らしいなと笑ってしまえば「 素材によって肌が痒くなっちゃったりするのもあるし、実際に巻いてみた方が分かりやすいかも。─── ね、ほら。これとか素敵! 」と落ち着いた無地で濃紺の綿100パーセントマフラーを広げてはちょっぴり背伸びをしてそれを彼の首にそっとかけて。新婚さんみたい!なんて考えが来る前に金メダルの贈呈式みたい…と思ってしまうのは年齢から来るものなのか、可笑しそうにくすくすと笑いつつもそのまま彼にマフラーを巻いてあげれば“どう?”と首を傾げて。勿論暖かさや丈夫ならカシミヤが一番なのだろうけれど高校生には手が出せないお値段なので、綿100パーセントならば暖かいある程度は丈夫だろうと。 )
……別に、無条件に誰にでも優しくできるわけじゃないけどな。
( ぽつりと小さな呟きが彼女の耳に届いたか否かは分からないが、少しばかり自分を過大評価しすぎているその言葉には眉を下げて。彼女の言う優しさが、特別な感情ありきのものだといつか気付いてくれる日がくるといいのだが。彼女が見繕ってくれたマフラーをその手で巻いてくれる動作に気付けば巻きやすいよう少し首を下げるのは無意識下の行動。自分自身あまり物に拘りが無い方とはいえ、ふわりと首に巻かれた綿のマフラーは確かに肌触りは心地良く、しっかり巻いてもごわつくような感じもなく肌にもストレスにならなさそうで。「───ん、これ気持ちいいな。………似合う?」に、と得意げに、しかし少しだけはにかんだ様子もちらつく笑みを彼女に向けながらこてりと首を傾げて。 )
、?
……あ、生徒には優しいーってこと?
( ぽつりと呟いた言葉にキョトン、と首を傾げては“教師故に自分の可愛い生徒には優しくできる”ということなのだとなんとも自然な勘違いをしては何故か眉を下げてしまった彼をのぞきこんでニコニコ笑って。だったら生徒として彼にかかわれてよかったかも!と役得だと言わんばかりにその表情は勘違いにも気が付かずに表情を緩めるみきが自分には特別甘いのだと気がつくのはまだまだ先の話なのだけれど。冬の男性の服装はふわふわ可愛いレディースの冬物とは違ってどこかスタイリッシュでキリッとした格好良さを何倍も際立たせる気がする。得意げながらちょっぴり恥ずかしそうにはにかむ彼にきゅん!とまたあまりに単純にときめいてしまっては「 っ…似合う…!すっごくすっごくかっこいい…! 」とキラキラとしたときめきを隠さない夕陽色の瞳で彼を見上げて。黒やブラウンではなく無地の濃紺にしたことにより重たすぎず軽すぎないマフラーがワンポイントになっておりこれならばどんな服装にもきっと合わせやすいだろうし、彼の整った顔立ちをさらに際立たせている気がする。こんなに格好よかったら色んな人が好きになっちゃう…とちょっぴり不安な気持ちが沸きあがるけれど、でも自分のプレゼントで好きな人が格好良く喜びにはどうしても変えがたく。 )
……っふ、
ま、そういう事。
( 覗き込んでくる夕陽色は少しズレた自信に満ちてニコニコとこちらに向けられており。だが確かにそのニュアンスも決して間違いではないため、可笑しそうに肩を震わせながらも笑いは何とか堪える事に成功。今はまだあからさまな特別扱いは出来なくても、いつか先の未来に『そういえばあの時──、』なんて昔話に花を咲かせて楽しめたら。彼女のようにお洒落なセンスなんて持ち合わせていないし、そもそもそういった事には無頓着なのでこうして信頼している相手に見繕ってもらえるのは正直とてもありがたくて。思いのほか力強く褒められたことに「お、おぉ……。ありがとな……。」と、問いを投げかけた自分の方が何だか押され気味に。きらきらと輝く彼女の瞳が、お世辞でも何でもなく真っ直ぐな意味で褒めてくれているとその口以上に語っている気がすれば尚更照れ臭くなってしまう。彼女の不安なんてもちろん気付くはずもなければ、仮に気付いたとしてもそもそもそんな心配は杞憂だと笑い飛ばすのだが。 )
─── …あ、でもこのニット素材の畦編みも可愛い、…うーん…でも可愛すぎるかな…。
司くん、今の巻いたやつとこのニットのやつどれが好き?
( 彼からの肯定の言葉にふふん!と自慢げに笑ってはどうやら彼の肯定に疑問を持つことなく“彼のことよくわかってる!”と勘違いは加速していき。いつかの未来、彼がこういう時に誤魔化していたことを知れば大袈裟なほどに驚いて白磁の頬を染めるのだろうけれど、それはもう少し先の話で。好きな人にプレゼントするものだから、選別は真剣に。綿100パーセントのマフラーはシンプルで素敵だったけれどふと目に入った畦編みのニット素材のマフラーも可愛いかも!と手に取ってみたけれどあんまり可愛すぎると彼も使いづらいのでは…?と首を捻れば、あんまり試着させすぎると疲れちゃうかもという気遣いから、彼の瞳とおんなじダークブラウンのニットマフラーを試しに自分首の巻いてみてはこてりと首を傾げて問いかけて。いくら自分がクリスマスプレゼントするとはいえ、やっぱり使ってもらう本人が気に入るものをプレゼントしたいので。 )
うーん…単純に見た目だけで言えばそっちの方が暖かそうだよなぁ…、
別に可愛いとかはあんまり気にしないっつーかよく分からないけど、御影がいいと思う方を選びたいかな俺は。
( ソファの時もそうだったが可愛すぎる、若しくは女性が選んだと分かってしまうもの、などという彼女の悩みには首を傾げて。そもそも彼女のセンスには全幅の信頼を置いているし、せっかくプレゼントをしてくれるというのならばやはり彼女が良いと思ってくれた物が嬉しいのも本音。自分の考えだけを言うならば、悲しいかな"畦編みの方が何だかもこもこしていて暖かそうだな"くらいの単純な感想しか出てこなくて。しかしそのマフラーはこっちの首に試着するのではなく彼女本人が巻いて見せてくれるその様子には、自分の瞳の色と同じ物を彼女が身につけているというちょっとした独占欲が満たされる感覚を覚えて。「……あー…でもそれ、お前の方が似合うかもな。」と、ぽつり。彼女が使うには少し落ち着きすぎる色味な気もするので手放しにオススメ!とは言えないのだが。 )
うーん…畦編み、可愛いけど1回引っ掛けたら終わりだからなぁ…。
…………司くんが巻いてる方にする!綿の方が見た目より暖かいし!
( それはまるでテストの時よりも真剣な顔。彼の言うとおり見た目の温かさは圧倒的に畦編みなのだけれど、意外と肌に刺激になるのと1度どこかに引っ掛けてしまったら一環の終わりというなんとも儚い習性があるためそこがどうしてもネックで。どうやら彼は最終選択肢を此方に託してくれるようで、みきはうんうんと悩み抜いた結果綿のシンプルなマフラーの方に決定してはパッと微笑んで。やっぱり使いやすさと見た目に反して畦編みのものよりもきっと暖かいであろう点、それから可愛い彼は自分だけが見られればいいやというなんとも勝手な独占欲が最終の決め手。無事に決まったのでいそいそと畦編みのマフラーを脱いでいる最中にふと隣から聞こえた彼の声に思わずきょとん、と瞳を丸くすればそのままふにゃりと微笑んで「 ほんと?好きな人の目の色と同じ色だからかも! 」とこちらを見つめる彼のダークブラウンを真っ直ぐに見つめながら恥ずかしげもなくさらりと答えて。好きな人の瞳の色だから自分に似合う、というのもおかしな話なのだけれど、でもきっとそのダークブラウンに映っている回数は他の人よりも多い自信はあるのできっと親和性がいいんだと少々無理やりながら自分の中で結びつけて。 )
ん、じゃあ決まりだな。
( 授業中やテストの際に滅多に見せてくれないとてつもなく真剣な顔にやれやれと呆れたように肩を竦めるも、その理由が自分へのプレゼントを選んでくれているということなのだから喜んでいいやらツッコミを入れた方がいいやら少しだけ複雑なのは内緒。しかしここまで悩み抜いてくれた結果、綻ぶような笑顔と共に決めてくれたマフラーが嬉しく無いはずもなく。応えるようにこちらも微笑んで試着していたマフラーをするりと首から外していれば、先ほどの呟きを拾った彼女から聞いているこちらが恥ずかしくなるような真っ直ぐな好意を向けられて。「っ、…またお前はそういう事を……。…でも個人的には、やっぱりお前にはもっと可愛らしい色が似合うとは思うんだけどな。」彼女の言葉はあまりにも直球で、それが若さゆえの行動力(言動力?)なのだろうかと小さく感心の混ざった溜息を零し。自分の色だから似合うだなんて小っ恥ずかしい台詞を口にするのが憚られる悲しい大人は、すでに彼女の首から離れた畦編みのマフラーが似合っているのは本音だったとしてもやはり彼女にはもっと華やかな色合いの物が似合うだろうと、そちらも本家ではあるが気恥ずかしさを誤魔化す意味合いも込めて言葉を返し。 )
はー…無事に決まってよかったぁ。
( ここ数日の悩みの種第一位(第二位は期末テスト)を漸く無事に片付けられたことに安堵したようにほっと息を吐けば、自身が巻いていた畦編みマフラーを丁寧に畳んでから元に戻し。彼が試着していた方はレジに持って言って在庫があれば新品を包んでもらうつもりなので、へにゃりと笑いながら彼が巻いていたマフラーをそっと受け取っては大切そうにそれを撫でて。学生があげられるものなんて本当に限られているし大人から見たらちゃちなものかもしれないけれど気持ちは誰よりも込めているつもり、みきは彼のダークブラウンと視線を絡めては“決まって安心した!”と柔らかく微笑んで。可愛らしい色が似合う、という彼の言葉にぱぁ!と瞳を輝かせては「 ね、司くん知ってた?何色が似合うーとかそういうのが浮かぶのってその人をよく見てる証拠なんだよ。 」と彼の耳元に唇を寄せて小さな声でこっそりと囁いて。赤と青どちらが似合う?といったような2択のうち似合う方を選ぶのではなく試していない色が似合うのではと言えるのは脳裏にその様子を簡単に浮かべることが出来るほどに当人をよく見ている証拠。自分が彼に似合う色味がたくさん浮かぶのと同じように彼もみきの似合う色がわかっていることがとっても嬉しくて、勝手にゆるゆると緩んでしまう頬はそのままに愛おしそうに瞳を細めては「 ─── えへ、なんちゃって。みきお会計してくるね!ちょっとまってて。 」とあっさりと彼から離れてはそのまま言い逃げのように会計の方へとぱたぱた歩いていき。 )
──、でもほんとにいいのか?
せっかくバイトで貯めた金なのに。
( いい大人が教え子にプレゼントを買ってもらうだなんて、本音を言えば居た堪れない気持ちはもちろんあって。ましてや今目の前でレジへと進もうとしているのを見れば尚更。彼女が稼いだお金なのだから使い方は彼女が決めるのが当たり前なのだが、自分なんかに使わせるのが何だか申し訳ない気持ちがほんのり湧き上がってきてしまう。ぽり、と頬を掻きながら心配そうな視線を彼女に投げかけて。何かを言うのだろうと耳元へ寄ってくる彼女に自然とこちらも体を傾ければ、その形の良い唇から紡がれたのはその内容を理解した瞬間に顔に熱が上がってくるのを感じてしまうような豆知識。彼女が自分のことをよく見ている(授業中に感じる視線等も含めて)ように、自分も彼女のことを考えていることが気付けば多くなっていることを指摘されたかのように思えて。目を丸くさせて何も返せないまま固まっていれば、悪戯を成功させた子供のように足早に去っていく彼女の背中を見送ることしかできず。「──………っ、…!…くそ、やられた…。」と漸く悔しげに一言呟いたのは少ししてから。 )
ふふ、いーの!
好きな人にこうやってクリスマスプレゼントあげるの夢だったから!
( 小学生の時も中学生の時も友人たちが頬を染めてキャッキャと楽しげに自分の想い人へプレゼントを選ぶ様子をただただ眺めることしか出来なかったし、去年は出会ったばかりでそういった物を渡すと迷惑だと思われるかもとお菓子を差し入れするのが精一杯だったのだけれど今年は違う。自分も彼女たちのように好きな人のためにあげるプレゼントに悩むなんて恋する乙女しかできない贅沢な悩みができてすごく楽しいのだ。みきはきらきらと心底楽しそうな笑顔を浮かべてはお金の問題じゃなくて気持ちの問題なの、と彼を見上げて。それに元々物欲がないおかげでバイト代は溜まる一方なのでそこまでお金は苦しくないし問題ないと。レジで包装を選ぶ際、クリスマスシーズンだからかプレゼントのラッピング袋やリボンには様々な柄があるようでどれも素敵で可愛らしいそれらはどれも選びきれないほど。だがしかし大人の男の人へのプレゼント包装をあんまり可愛くしすぎると持ちにくいかな…という考えからラッピング袋はシンプルなものなものにして、リボンは自分の瞳とおんなじ夕陽色のものを選択。ラッピングが終わったプレゼントを紙袋に入れてもらえれば無事に会計は終了しそのままぱたぱたと彼の方へと戻れば「 お待たせ司くん! 」とにここご機嫌に紙袋を背後に持ったままどうやら外に出てから渡すらしくその表情はすこぶる楽しそうで。 )
…、それなら良かった。
生徒の夢を叶えることに貢献できたなんて教師冥利に尽きるよ。
( 決してモテないわけではない(というかむしろ逆)彼女が今までこういったイベントに参加することが無かったことは今でも驚きなのだが、本人がそういうのであればこれ以上の言及は野暮だと眉を下げて笑い。しかし心の内では少しだけ、きっとこれまで彼女に好意を抱いてきたうえで恋に破れてきたのであろう男子たちに小さく謝罪を述べて。ともあれ、彼女本人がこんなに楽しそうにしてくれているのは自分としても喜ばしいことなので。彼女が戻ってくるまで、先ほどマフラー以外に気にしていた素振りを見せていたアクセサリー類を見て時間を潰して。小さな花や雪の結晶、星やハートなど様々なモチーフのネックレスやブレスレットがキラキラと輝くのを見ながら、これは御影に似合いそうだな、なんて物をいくつか頭で考えていれば背後から聞こえてきたご機嫌な声に振り向いて。「──ん、いや全然。…なあ御影、お前アクセサリーとか着けるっけ?」と、にこにこ顔の彼女に応えるように微笑みながら首を傾げて。 )
えへ。
いちばんの夢は司くんのお嫁さんだけどね!
( 夢を叶える、といえば間違いなくみきの口から出る“彼のお嫁さん”という単語。今回ももちろん例外ではなく彼にしか叶えられない自分の夢のいちばんといえば間違いなくそれなのだとにこにこふわふわ楽しそうに笑っては今回のようにそれは彼にしか叶えられないことなのでしっかりとそのアピールも忘れずに。とは言っても残念ながら教師としての彼から毎回却下されてしまうのでこれらは卒業してからさらにアピールしていく所存。どうやらアクセサリーを見ていた彼、分かるよアクセサリーってキラキラしてて見てるだけでも目が楽しいよね!と彼が見つめていたそれらがまさか自分に似合うだろうと見ていたものだとは微塵も思っていない顔で自分もアクセサリーの方へと目を向ければふと隣から降ってきた質問にキョトン、と瞳を丸くして。「 ?うん、お出掛けの時は着けてるよー。クラスの女の子とか先輩たちはネックレスとかピアスとか普段も着けてて可愛いよねぇ。 」そこまで厳しくない校則ど教師陣、華美なものでなければネックレスやピアス、ブレスレット等を付けていても(生活指導以外には)うるさくは言われないのでオシャレな女の子たちは小ぶりなモチーフのついたネックレスを首元から覗かせていたりなどとても目の保養。もっとも、自分を飾りつけることに無頓着なみきはなんにも着けずそのままの素材なのだけれど、やっぱり憧れはあるらしくアクセサリーの方から彼の方へ目線を移してはへにゃりと笑って。 )
……それは"教師"には難しいからノーコメントで。
( ああそういえばこいつはそうだったと呆れたように笑いながら、もうすでに聞くのも何度目かになる彼女の夢を再確認しては両手の人差し指を交差させて×印を。自分が教師で彼女が教え子でなければもう少し夢を持たせてやってもいいのかもしれないが、今はまだこれが精一杯。もちろん可愛い生徒の夢は叶えてやりたい気持ちは重々あるのだがこればっかりは未来の自分に任せざるを得ないので。ピアスに関しては前に少しだけ話をして聞いた事があるが、それ以外にも普段アクセサリーなんて着けているイメージの無い彼女にこんな物をプレゼントしてもいいものだろうかと悩み。「そうか………まあうちの校則緩いからな。本当はあんまり良くはないけど。」と、幸いアクセサリーは嫌だとかの感想は出なかったが普段着けないもの、ましてや先ほど彼女との会話で『身につける贈り物は重い』と出たばかり。お互いがそれに対してマイナスなイメージを持っていないことは分かったものの、そもそも付き合っていないどころかいち生徒の彼女にアクセサリーはどうなんだ…?と、こちらに向けられた笑顔にはぎこちない表情しか返せず、口元に手を当てながら目の前のアクセサリーと彼女とを交互に見ながら悩んで。 )
…………じゃあ、“司くん”には?
( 自分がいつもの言葉を言えば、彼もいつもと同じようにNOを返してくる。…と思いきや、本日はちょっぴりいつもとは違い“教師には”という枕詞がついていて。ちゃんとそれも耳ざとく拾ってしまったみきは、困らせるつもりは一切無くただただ純粋な疑問として真っ直ぐな夕陽で彼を見つめながら丸っこい声でぽつりと問いかけて。教師には難しい、ならば彼個人にとっては?いつもならばここら辺で困らせちゃう!と気付けるのだけれど、今日はいつもと違って私服だからかそこに気付くには至らずただただこてりと首を傾げて彼の返答を待って。突然の質問と、それから此方とアクセサリーを交互に見ては悩ましげな表情を浮かべる彼にどうしたんだろう…と不思議そうにこちらも首を傾げては「 プレゼントにネックレスってちょっぴり独占欲!って感じで素敵だよねぇ。だってその人のお顔見たらそのまま目に入ってくるし、ワンチャンとか猫ちゃんの首輪みたいに私はこの人のです!って言ってるみたい。あ!あのね、あきちゃんもこの間彼氏さんにね ─── 。 」と彼の心情は知らないままに、またアクセサリーたちの方へと視線を落としてはぺらぺらといつものようになんてことの無い雑談を話し始めて。ネックレスが首輪、だなんて表現は恐らく最近読んだ少女漫画か例の大人キラーな友人からの入れ知恵なのだろうけれど、店内照明に照らされてキラキラと光るネックレスたちを見つめながらみきはへらへらとなんにも知らない顔で話し続けて。 )
、それは───…
……その時にならないと分かりませーん。
( 彼女の瞳はどこまでも真っ直ぐで、その疑問は決して裏など無くただ純粋に口から零れたといっても過言ではないのだろう。そもそも自分すらも"教師には"難しいだなんて無意識に出た言葉に気付かされたのは彼女の指摘があってこそ。まるで自分自身は何も難しいなんて思っていないような無自覚の考えにどこか自嘲気味に笑いながら、彼女には思いっきり肩を竦めるオーバーリアクションで返して。この問いに答えることは簡単だが、残念ながら今このタイミングでは無いので。こちらの行動を不思議に思いつつも肝心なところはまったく意に介していないのか、いつも通りの口調と笑顔で友人の恋愛話を嬉々として語る彼女はやはり鈍感と言わざるを得なくて。そんな彼女の話を聞いて楽しそうに笑いながらも「……独占欲……首輪……ふーん、」とポツリと呟いて。キラキラと並ぶネックレスをもう一度ちらりと見ては、「──悪い御影、俺ちょっとトイレ寄ってくるから待ってて。」と(少しばかり不自然な気はするが)一旦その場を離れて。 )
な、何それー!
その時っていつ?ね、ね、いつー!?
( わくわく、そわそわ。いつもとは違った彼の言葉、その後に続くのは何になるんだろうと幾度となく重ねてきた会話とはまた違う道に進んだ今日の彼の返答をキラキラした目で待っていれば返ってきたのはオーバーに肩をすくめる彼と未来に期待を投げた回答。結局またどうせ卒業したら、だ!と不満そうに頬をふくらませてはくいくいと彼の服の袖を引っ張りながら先程のちょっぴり甘い雰囲気はどこへやらあっという間にいつもの何度も間の抜けた空気に早変わりして。お預けがあまりに多い!とみきは不満そうなのだけれど、その実お預けを多く食らっているのは実は彼の方だと気付くのはまだ少し先の話。無事に“親友が彼氏にネックレスをプレゼントされたけれど貰って三分で壊した話”をし終わったと思えば、どこか楽しそうな笑みを浮かべた後にお手洗いへと行ってしまった彼にきょとん…と瞳を丸くして「 ?うん、いってらっしゃい。 」と大人しく待つ他なく。それならアクセサリー見てよっと、とネックレスコーナーから指輪コーナー…は欲しくなってしまうので通り過ぎてヘアアクセサリーのコーナーでひとり楽しくアクセサリーを眺めて彼の帰りを待っており。 )
あーうっさいうっさい、
分かんないっつったら分かんないんだよ。
( 袖を引っ張られてもされるがままに、顔は明後日の方向を向いてただただ彼女の不満を受け流すだけ。彼女の抱いている期待を未来に投げることで結果的に彼女が自分から離れていかないようにしているのは少しばかり狡い気がしなくもない。大人や教師としてはハッキリとNOの意思をもって突っぱねるのが正解なのは頭では分かっているのだが、2年弱も真っ直ぐすぎる好意を向けられ続けてしまえば絆されるのも致し方ないだろうと誰に向けるわけでもない言い訳が頭の中でぐるぐるとまわって。彼女のことだから自分ばかりお預けをくらってる!なんて思ってそうだが、何の遠慮もいらなくなったときにまだ隣にいてくれるならその時は是非とも覚悟をしておいてもらいたいもので。彼女の友人の話がまさかの破壊エンドで終わったことには驚きながらも(その彼氏さんには笑いが)面白くてつい笑ってしまい。そしてそのままその場を離れて暫く、「───お待たせ。」と手ぶらで戻ってくればヘアアクセを眺めている彼女の後ろから陳列されたそれを覗き、「お前好きだよなこういうの。よく制服にも変なピンつけてるし。」と、学校での彼女の胸ポケットにはよく色々なヘアピンが刺さっていることを思い出せば笑みを零して。 )
司くんのいじわるー。
( 一向に合わない視線はあしらわれているとよく分かるのだけれど、彼のそんな横顔ですらみきはきゅん。とときめいてしまうのでもうどうしようもなくて。意地悪、と頬を膨らませつつも本気で拗ねている訳では無いのでその声色は実にあっけらかんとした軽い口調なのだけれど、いざそんな彼が自分に構ってくれたらそれはそれであわあわとあっという間にキャパオーバーしてしまうのだから恋する乙女はなんとも難儀なもの。自分がいつもつけているおもしろヘアピンに比べれば随分とおしゃれなヘアピンたちはどれも素敵で輝いて見える。何かひとつせっかくだし買っちゃおうかな…と悩ましげにそれを見下ろしていれば、いつの間にか帰ってきていた彼におかえりー、と笑顔を向けながら同じくまた視線をヘアピンたちに戻して。「 変じゃないもん、可愛いもーん。ちゃんと季節を考えたりして付けてるんだから! 」と唇を尖らせながら遺憾の意を表明して。ちなみに最近の流行りはおにぎりのヘアピンで、せっかくクリスマスが近付いてきたのでそろそろサンタクロースのヘアピンにしようかなぁと悩んでいる最中らしい。 )
え、お前のあれってコンセプトあったんだ?
あんまり見ないような変わったもんばっかり付けてるなーとは思ってたけど。
( 頬を膨らませる彼女もその口から紡がれた言葉も、決して本気で不満を露わにしているわけではないのが分かるのはどこか楽しげにも聞こえる声色のおかげだろう。だからこそ自分もこうして軽く流すことができるし、「言ってろ。」なんて小憎らしく舌を出すことも出来てしまうわけで。ただ単に可愛い!面白い!で付けられていたわけでは無いと初めて知ったことにきょとんと目を丸くさせてはくすくすと可笑しそうに笑い。季節を考えているにしては少しばかり食べ物系を見る頻度が高い気がしなくもないのだが、それを指摘するときっと『食いしん坊だと思ってる!?』なんて怒られそうなのでそこは黙っておこう。キラキラと瞳を輝かせて悩ましげにヘアピンを眺める彼女に「……どれか気に入ったやつがあんの?買ってやろうか。」と声を掛け、その目線の先にあるヘアピンを探そうと。 )
あるよーう!
冬はね、牡蠣とかミカンとかサンタさんとかにしてるの!それで、春になったら桜とかお団子とかランドセルになる!
( どうやら己のこだわりは彼には伝わっていなかったらしい。みきはふふん!と自慢げに胸を張っては季節ごと変わるヘアピンたち ─── 日替わりの時もある ─── の細やかな分類について語り始めて。ちなみにおにぎりはいつだって食べても美味しいので春夏秋冬関係なく付けているお気に入りである。稀になんのコンセプトもない星だったり可愛らしいヘアピンを付けることはあるけれど、やっぱりクラスメイトたちと会話のきっかけになるのは何かしらのコンセプトのあるものたちばかりなので結果的にそれらの割合が多く。どうしようかなぁ、買おうかなぁ、とヘアピンを眺めていてはふと背後から掛けられたなんとも魅力的な声掛けにきょとん、と瞳を丸くしたけれどすぐにふるふると首を振って「 んーん、だいじょぶ!……ふふ、司くんったら親戚のお兄さんみたい。 」と、以前店長が言っていた通りやはり自分から欲しいものを強請ったりはせず断った後に彼のセリフがなにだかとても親戚めいていて思わずくすくすと笑ってしまい。たまにあう親戚のお兄さんって何かしらすぐ買おうとしてくれるよなぁ、なんて一足先にお正月の気分になってはヘアピンから彼へと視線を移してヘラリと笑い。 )
へえ、ちゃんと拘りが………え、牡蠣?ミカンとかサンタはまだ分かる気がするけど牡蠣??
( 自慢げに自分のヘアピンコレクションを語る彼女の話を聞いていれば、可愛いとか面白いの枠の中でもきっと異質な方であるモチーフにはどうにもツッコミを入れざるを得なくて。とはいえそこまできちんとコンセプトがあったと知れば、次から制服の胸ポケットでその存在感を主張するヘアピンを楽しみにしそうな自分がいる気がする。暑すぎるやら寒すぎるやらでしかほぼ季節を感じようとしていないインドアな自分にとって、準備室にやってくる彼女のヘアピンはある意味で季節の移り変わりを楽しめる重要な指標になるのではと薄く笑みを浮かべて。こんなにも瞳を輝かせてヘアピンを眺めている彼女が可愛くてついぽろりと出た言葉だったのだが、やはり彼女はこういった場合に遠慮する癖がついてしまっているらしい。「何だそれ。……──じゃあ俺が選ぶ。」と、親戚のお兄さん扱いには苦笑が零れたもののその後は彼女に何かを言わせる隙もなく、様々な装飾のヘアピンの中から冬らしいものとして小さな雪の結晶がモチーフの物を選んでは再びその場を離れ。きっときょとんとしているであろう彼女を置き去りにレジへと赴けば、ラッピングはそこそこにすぐさま足早に戻ってきた後「残念ながら俺はお前の親戚のお兄さんじゃないからお年玉は渡せないんだけど、その代わり。」と、シンプルな小袋に入ったヘアピンを差し出して。 )
うん、牡蠣!
─── あ、ほらこれ。可愛いでしょ!
( 彼の言葉にこくん、と何も不思議でないような顔で頷けばすらすらと自分のスマホを弄っては友人との自撮り(2人でお互いの頬をむにゅ、と摘んでタコさん口になっている画像)を表示しその中にちらりと写っているやけにリアル寄りな牡蠣のヘアピンを指さして。雑貨屋さんで見つけた時にコレだ!と衝撃を受けて買った冬が旬の牡蠣は友人たちからもなかなか好評なのでみきのお気に入りのヘアピンのひとつらしくその表情はふふん、と自慢げで。案の定親戚のお兄さんという表現に苦笑いを浮かべる彼にこちらもくすくすと楽しそうに笑っていたのも束の間、続けられた彼の言葉に何かを言う隙も理解する隙もないあっという間に彼は雪の結晶がモチーフのヘアピンを選べばそのままレジへ颯爽と歩いていってしまい。今何が起こったのか全く分からないまま満月のようにまん丸にした夕陽色の瞳をただ瞬きさせることしかできないみきは、レジを早々に済ませた彼からシンプルな小袋に入れられたヘアピンを差し出されたことで漸く理解をしたのかパッと頬を赤く染めながら「 わ、いいの…!?じゃ、なくて!ご、ごめんねみきそんなつもりで見てた訳じゃ…! 」と気を遣わせちゃった!とあわあわ慌てながら首を横に振って遠慮をしてしまいなかなかそれを受け取ることは出来ずに。本音を言えば凄く凄く嬉しいし飛び跳ねてしまうほどに心は浮き足立っているのだけれど、それ以上にやっぱりお昼ご飯も食べさせてもらった上にプレゼントまで!と言ったことで実に長女らしく遠慮してしまっているようで。 )
……ん、…んー?
…か、かわいい…のか?これ……。女子高生の感性難しすぎんだろ…。
( 彼女に見せられたスマホの画面の中には楽しそうな女子が2人、そしてその姿はとても可愛らしいのだが。件のヘアピンは想像以上にリアルさを追求された牡蠣。可愛くデフォルメされたものとかキャラになった物ではなくまさにリアル牡蠣。何度考えても可愛いという感想よりも、やけに生々しいだとかちょっと美味そうだとかの感想が出てきてしまう辺りは性差なのか年齢差なのかと首を傾げて。牡蠣のヘアピンの話が先に出ずに『これ見て!』と見せられていたならば、口が突き出た彼女を見て素直に『可愛いな。』と口に出せてはいたのだろうが。基本的に生きることに省エネな自分がこんなにも機敏に動けたことに自分自身驚きなのだが、それ以上に目を丸くさせる彼女はよほどびっくりしたのだろう。しかし長女ゆえなのか遠慮が体に染み付いてしまっている彼女は差し出してもなかなか受け取ろうとしてくれなくて。「──これは御影が強請ったんじゃなくて、俺が御影に似合うだろうなって思って勝手に買っただけだよ。……いらないならいいけど。」決して気を遣ったわけではなく、ただ単に自分が選んで買っただけだとはっきり主張を。もちろんそんなのは建前でしかないのだが、そうでもしないと目の前の相手は受け取る手を出してこないだろう。一拍置いてから、夕陽色の瞳を覗き込むように小首を傾げながらダメ押しの一言を付け加えて。 )
えー、可愛いし美味しそうなのに…。
( なんとも絶妙な表情で首を傾げる彼に対しもう一度己で画像を見てもやっぱりヘアピンは可愛いので、みきは不思議そうにぱちぱちと瞬きを繰り返しては彼に倣うように同じ方向に首を傾げて。でもやっぱり以前☆先生にも見せた時満面の笑顔で『美味しそうだね!』と言っていたしもしかしたら大人の男の人的には可愛くないのかなぁ、と今どきの女子高生は不満そうに唇を尖らせて。きっとこちらが遠慮してしまわない為に言ってくれているのであろう彼の言葉と自分を見つめる優しいダークブラウンに痛いほどに心臓がときめき遠慮ばかりしようとしていた心がホロホロと溶けていけば、彼が差し出してくれた小袋をそろそろとゆっくり受け取ったあとにそのまま大切そうにぎゅ。と胸元で抱き締めて「 ……ふふ、えへへ。ありがとう、司くん。大切にするね。 」と嬉しそうにふにゃふにゃ柔らかく笑って。今日彼と共にこうして出かけられただけでも最高のプレゼントなのに、更にこうして“彼がみきのために選んでくれた”プレゼントを貰えるなんて。幸せすぎて死んじゃいそう、だなんてぽやぽや暖かな気持ちで彼のダークブラウンと自身の夕陽を絡めてはにこ!と嬉しそうに微笑んで。 )
お前らの中で美味しそうと可愛いってイコールなの…?
( 普段自分のことをやれおっさんだ三十路だと揶揄していても本音を言うとまだまだ若いとは思っていた…のだが、こうも今時の子と感性が違ってくるとやはり少しだけジェネレーションギャップなるものを感じてしまうのも悲しい現実で。ただそれをマイナスな方に捉えているわけでは無く、むしろ生徒に対する理解が深まると考えているのはもちろんだが彼女の好みや趣味嗜好が分かるのも個人的にとても楽しいのも本音ではあって。漸く受け取ってくれた彼女が柔らかく温かい笑みを浮かべてくれたことにこちらも安堵すれば、「ん。まあ牡蠣よりは面白くないけど、可愛いとは思うからそれ。」とにやりとした笑みを浮かべ。しかし用事が済んでしまえば、いつまでもこうして店内にいるわけにもいかない。暖かい室内が少しだけ名残惜しいが「じゃあ買う物買ったしそろそろ行くか。…他に見たい物が無ければだけど。」と声を掛ければ出口の方をちらりと見て。 )
うーん……でも確かに言わてみればそうかも…?
オムライスとかも美味しいしまんまるで可愛いよね!
司くんはどういうのがかわいい?
( 彼の言葉にふむ。と両腕を組んで改めて考えてみると確かに美味しいものは可愛いものが多い気がする…と静かに頷いて。だがしかし○○だから可愛い!と言うよりも女子高生の言う可愛いはほぼそういう鳴き声のようなものなので特に理由等がない場合が殆どなのだけれど。こうしたジェネレーションギャップ…というよりも男女の差が判明すればするほど彼の事をまたひとつ知れたし自分のことを知って貰えたなとみきはなんだか嬉しくて、無意識ににこにこと緩んでしまう頬をそのままに彼の思う可愛いは一体どんなものかと無邪気に問いかけて。受け取った小さな小袋の中にあるのは、可愛らしい雪の結晶がモチーフのヘアピン。彼がこれを“みきに似合う”と思って選んでくれたのがとても嬉しくて、彼の言葉にこくん!と深く頷けば「 すっごく可愛い!毎日付ける!……あ、でも自慢みたいになっちゃうから内側の方につけるね! 」と彼から貰ったヘアピンは無事にレギュラーメンバー入り。胸ポケットだと色んな人から見えてしまうので、自分だけが見える制服の内ポケットに付けるんだと楽しそうに零して。無事にプレゼントも買い終わり、きっとこれからまた店内は混んでくるのだろうと彼の言葉にはーい!と元気に返事を返せば店員さんに軽く頭を下げながら店を出て。暖かな店内から一転外の空気はいくら午後過ぎとはいえ冷たく、少し歩いて人通りの少ない広場のベンチあたりまで来てはくるりと振り返って彼に先程買ったばかりの紙袋を差し出し。「 はい、司くん!メリークリスマス! 」とにこにこ笑顔で差し出したそれは、本当は帰り際に渡そうと思ったのだけれどもし彼が今寒かったらすぐに使えるようにとみきなりの気遣い。寒いのが苦手なのにこうして自分のご褒美に付き合ってくれた彼のお礼でもあるので、遠慮せず受け取って欲しいときらきらした夕陽で彼を見上げて。 )
お、オムライスも…?……やっぱり俺には難しい感性だな…。
可愛いもの?……んー………、…何でもいいなら、今日の御影の服とか。
( 見た目に全振りしたような食べ物ならまだしも、本日食べたオムライスだって美味しそうではあるが可愛いとは思わなかったなとやはり首を捻り。女子の言う"可愛い"に言葉通りの意味が込められているのかどうかなんて下手なテストよりも難しいのではないだろうか。彼女からの問いかけにうーんと口元に手を当てて考えること暫く。自分が可愛いと思うもの、思ったものを頭に浮かべようとしても、笑っている御影に頬を膨らませて拗ねる御影。真っ赤な顔で慌てる御影…と、何だか気付けば彼女の百面相しか浮かばなくて。さらには今目の前でにこにこと微笑む彼女にすべてを持っていかれているのが現状で、自分の思う"可愛い"を答えるならばどうしても御影みき関連になってしまう。…とはいえ『御影。』と彼女本人を指すのは当の本人を目の前にして何だか恥ずかしい気がしなくもないので少しだけ誤魔化しも(と言ってもそちらも本音だが)混ぜてみたりして。楽しそうにヘアピンの処遇を語る様子に「自慢って誰にだよ。気に入ってもらえたなら良かったけどさ。」と釣られるように笑みを浮かべて。しかし冬のモチーフの物をひとつ贈ったとなれば、残りの春夏秋も何かしら探してみたくなったりもしたのだがそれはまた別の話。───外はやはり冷たくて、キリッとした澄んだ空気がまさに冬といった感じ。店内との寒暖差にぶるりと身震いをひとつした後、彼女に続いて少し歩いた先で渡されたクリスマスプレゼント。中身はもちろん知っているので、ぺこりと頭を下げて受け取れば「ご丁寧にどーも。……早速だけど開けて使ってもいいか?」と開封の許可を伺って。せっかく綺麗にラッピングしてくれた物をこんなにすぐに開けるというのはどうかとは思うのだが、中身がマフラーだと分かっているからこそ今すぐにでも着けたくて。 )
、!!!
─── ……ふ、服、だけ…?
( 男の人って何が可愛いと思うんだろう、猫ちゃんとかかな。それとも何か別のもの?何にしても彼が可愛いと思うものを知れる大チャンスにみきはわくわくそわそわと輝く夕陽を彼に向けていたものの、彼から返ってきたのはなんとも予想外の答え。先程まで楽しそうににこにこしていた表情から一転、瞳をまん丸にして頬を真っ赤に染める驚きの表情に変われば少しの沈黙のあとにどこかそわそわと不安そうに眉を下げながら小さく問いかけたのは服以外は彼の“可愛い”に該当しないのかという乙女の小さなやきもち。もちろん彼に可愛いと思われたくて服を選んできたので可愛いと思って貰えているならすごく嬉しいし計画通りなのだけれど、いちばんはやっぱり自分自身を可愛いと思っていて欲しいだなんて思ってしまうのもまた事実で。ぺこりと律儀に頭を下げてくれる彼にくすくすとおかしそうに笑ってしまえば、想像通りの彼の言葉に「 もちろん!マフラー巻く前に風邪ひいたら困っちゃうもん。 」と当然のように頷いて。自分がプレゼントしたマフラーを巻いた彼をいちばんに見られるだなんて贅沢、他の女の子たちは味わえないんだろうなぁと思えばゆるゆると頬が勝手に緩んでしまい。 )
っ、…………欲張り。
( 予想通り赤く染まった顔に可笑しそうに笑いを零していれば、続く言葉は少し予想からは外れたもの。てっきりいつものように口をぱくぱくさせる真っ赤な金魚になるのかと思いきや、それ以上を強請るような言葉と表情にどくんと胸が鳴ってしまう。彼女自身を可愛いと思っているなんてもはや日常的に当たり前。しかしこういう時に女性はきちんと言葉として欲しいらしいというのは分かってはいるが、どうしてもちょっとした悪戯心が出てきてしまうのは相手が彼女だからだろう。好きな子ほどいじめたくなるというのはどの年代にも共通なのかもしれないと、声色にはちゃんとした答えを気持ちとして乗せはしたものの意地悪く口角を上げてはわざと彼女の求めている言葉を使わずに。無事に開封の許可が貰えればどこかホッとしたように、そしていそいそとラッピングの袋を開けては買いたてほやほやの濃紺のマフラーを取り出し自身の首に巻き付けて。首元がこうして防寒されるだけで体感がまったく変わってくると、ほっこりとした暖かさに顔を緩ませながらラッピングの袋は丁寧に折り畳んでとりあえずマグカップが入っている紙袋の中にイン。「はー………あったけー……。…ありがとな御影、おかげで冬越せそう。」と、マフラー1本でここまで心強くなれたことに素直に感謝を述べて。 )
だ、だって…
……司くんに可愛いって思ってもらえなきゃ、意味ないもん。
( 自分が今できる、精一杯の我儘でありおねだり。好きな人に可愛いと言って欲しい、だなんてある意味いつも言う“だいすき” よりもよほどハードルが高い気すらしてしまう。いつもの意地悪な笑顔と、それから欲しかった“可愛い”では無い言葉。けれどその言葉の雰囲気から彼がどう思ってくれているかなんて彼限定のエスパーには足し算よりも簡単。みきは頬を真っ赤に染めたままきゅ…と眉を下げては恥ずかしそうに視線を逸らしながら小さな声で素直な気持ちをぽそぽそと呟いて。もちろん他の人に褒めてもらえるのもとっても嬉しいけれど、やっぱり大好きな彼にそう思われていなければなんにも意味がなくなってしまう。そのために今日だって前日から準備やらスキンケアやらを頑張ったのだから。たったマフラーひとつ、されどマフラーひとつでこんなにも喜んだ表情が見れるのならばプレゼントしがいがあるというもの。その様子に安心したようにふわりと微笑んでは「 ふふ、良かったあ。やっぱりすっごく似合ってる! 」と愛おしそうにその夕陽に彼をまっすぐ映して。 )
そんなの…、思ってないわけ無いだろ。
──いつも可愛いとは思ってるけど今日はなおさら。
それだけ気合い入った格好してんのはたぶん今日出かけるの楽しみにしてくれてたんだろうなーとか思うと可愛くて仕方ねーよ。
( 彼女の貴重な我儘はだいたいこういうおねだりが多く、普段は遠慮がちだということを知っているからこそ叶えられるものならなるべく叶えてやりたいという気持ちが強くあって。更にはいつものように恥ずかしげも無く気持ちをストレートに伝えてくるのとは違い、どこか不安そうにも見える表情で小さく言葉を漏らす今の彼女は庇護欲を刺激してくる。その様子に口が動いてしまえばあとは堰を切ったようにすらすらと、止まらない言葉に小さく溜息を吐きつつも真っ直ぐ彼女の夕陽色を見据えては思っていることを伝えて。マフラーひとつで心まで温かくなるのはきっと彼女が自分のことを考えながら真剣に選んでくれたのを目の前で見ているから。その暖かさに絆されるようにふにゃりと柔らかく微笑めば「大事に使うよ。つーか冬は毎日着けるなこれ、まじで暖かい。」と、マフラーに顔を埋めるようにその肌触りと暖かさを堪能して。 )
─── …ふふ、えへへ。
そう。司くんとデートできるのが楽しみで、可愛いなって思ってもらいたくて、今日いっぱい可愛くしてきたの。
( 真っ直ぐ彼のダークブラウンが此方を見つめてくれて、そんな彼の瞳の中の自分は真っ赤な顔で大きく目を真ん丸にしてるちょっぴり間抜けな表情で。彼の言葉がじんわりと胸の中に広がってはゆっくり優しく溶けていき、それと同じようにみきの表情も薄紅色はそのままだけれどゆるゆると溶けていくように綻んでは最後は幸せそうなふわふわした笑顔が完成。自分がこうして今日のデートを楽しみにしていたのも、可愛くしてきたのもぜんぶぜんぶ彼は分かってくれていて、みきはそれがとても嬉しくて愛おしくて優しく蕩けた夕陽色で彼を見つめてはぎゅっと抱きつく代わりに彼の袖を指先で掴んでにこにこ微笑み。マフラーに顔を埋めるようにする彼は何だか少し幼く見えてとっても可愛くて、みきはまたきゅん!とひとつ胸を高鳴らせては「 ほんとう?マフラーつけてくれてるの見たらみきもぽかぽかになるから2人であったかいね。 」となんの恥ずかしげもなく“自分があげたマフラーを使ってくれてるのを見ると胸が暖かくなります”と真っ直ぐに返してはこれで無事にこの冬は2人とも越せそうだと満足気に笑って。 )
知ってる。
だから会った時から思ってたよ、可愛いって。
そのふわふわした服も髪も、オムライス食べてた時もずっと。
( 言葉とは不思議なもので、一度口にしてしまえばもう何の引っかかりも無く次から次へと溢れてしまう。今日一日中隣にいたのはとにかく可愛くおめかしをしてくれた彼女で、口にこそしていなくても最初からずっとそう思っていたことを改めて告げれば朗らかに笑う彼女に釣られるように優しく微笑んで。あくまで名目上は買い物に付き合わせたことになっているが、彼女がデートだと言うのならば別にそれを否定するほど野暮ではないし自分も少しだけそう思って楽しんでいた節もあったりなかったり。もちろん口には出せないが。マフラーを着けている自分よりも何故だか贈った側である彼女の方が満足そうに、暖かくなるなんて笑っているのを見ればこちらも可笑しそうに笑い。「はは、お前はほんっと恥ずかしげもなくそういう事を言うよなぁ…。でもこれで冬の寒い準備室でも何とか大丈夫そうだな、このマフラーと子ども体温の御影が来てくれれば。」とにやり。いつだかに話した彼女との会話の一幕ではあるが、夏の暑さと冬の寒さは自分の生命に関わる(大袈裟)ことなので、それを乗り越えるのに必要なことは決して忘れていないぞと友人のカイロ役を担っているらしい彼女に期待を寄せて。 )
っ、……
…あ、あの、…も、いっぱい伝わった、…から。ありがと、…。
( 普段なら“ハイハイ可愛い可愛い”と流されてしまうところを真っ直ぐに褒めて貰えただけでも嬉しいのに、次から次へと紡がれる彼の言葉にみきの表情はふわふわした幸せそうな笑顔からだんだんとオーバーヒートしているようにぷるぷると羞恥の限界を迎えていき。じわりと潤んだ瞳は優しく此方に微笑む彼から不思議とそらすことが出来なくて、甘々を強請っておきながらいざ彼からそれを供給されてしまうとあっという間にキャパオーバーになってしまうのもいつもの事だけれど、みきはくい。と指先で掴んだ彼の袖をもう一度軽く引っ張っては弱々しくストップを希望して。嬉しいなぁ、毎日着けてくれるんだなぁ、なんて勝手に緩んでしまう頬はそのままに、彼がおかしそうに笑う顔すらみきにとっては嬉しくなってしまう理由のひとつ。だがしかしそんな彼から零れた言葉にぱち。と大きな夕陽と口を真ん丸にしては一気に顔に熱が昇ってくる感覚を無視してそのままこくこくと頷いて「 み、みきもいつでもあっためる! 」と女の子たち限定のみきカイロは彼だったらいつでも使い放題だと言わんばかりに─── 決して今とは言われていないのだけれど ─── 彼の方へと両手を広げていつでもウェルカムな体制を。 )
……もういいの?
言ってほしかったんだろ?
( 自分でも驚くほど今日は彼女に甘くなってしまっている気がするが、このクリスマスの雰囲気が漂う街にいつもと違う装いで紛れてしまえば周りからは教師と生徒になんて見えないだろうという余裕があるからかもしれない。嬉しい、幸せ、と顔にそのまんま出ているような笑顔から段々と恥ずかしさが勝ってきてしまったのだろう彼女の様子に可笑しそうに笑いながら、引っ張られた袖に誘われるように彼女の潤んだ夕陽色を覗き込む形で顔を近付けて。思ったことがそのまま顔や行動に出てしまいがちな彼女の体は、やはり今回も素直に動いてしまったようで。両手を広げられてもさすがに人目のある外で抱き締められには行けなくて、広がった腕に手を添えては「はいはい、それはまた今度お願いするから。」とくすくす笑いながらその手を下げさせようと。 )
いっ、…言って欲しかったけど…。
あんまり言われたら、心臓ぎゅってなっちゃうから……。
( ストップの意で軽く引っ張った彼の服の裾は逆に彼を誘うようにしてその意地悪なダークブラウンがいつもよりもずうっと近い距離に近付かれてしまい、けれど恋する乙女が好きな人に近付かれて嫌がるはずもなくみきは羞恥で潤んだ瞳で彼を見つめてはふるふると首を振ってギブアップを宣言。男からしたらそれが誘っているように見えるだなんて恋愛経験の浅いみきに分かるはずもなく、こうなってしまった原因である彼に助けを求めるようにただただこてりと首を傾げて蕩けた夕陽に彼を映すことしかできず。自信満々に広げた両手は残念ながら今ではなかったようで、くすくす笑う彼に優しく手を下ろされつつも彼の“今度”という単語には耳ざとくきらきらと瞳を輝かせて反応を表して。「 今度!?今度っていつ?今週!? 」と、“彼を温めるため”とは言えど体勢で言えばハグなのでみきがしてほしかったやつ!と言わんばかりに彼に顔を近付けては彼の言う今度を詳しく聞こうと嬉しそうに問いかけて。最も、何かの間違いで『じゃあこの日』と言われてしまったら言われてしまったでどきどきして当日はそれどころではなくなってしまいそうなのだけれど。 )
塩梅が難しいな、
もっと心臓鍛えといてくれ。
( ほんのりと赤く染まる頬に潤んだ瞳。恋愛に長けた者であればきっと計算されてそういった仕草を取れるのだろうが、彼女の場合は決して狙ったものでなく天然なので無自覚に周りの男を恋に落としてしまうのはある意味では尚更タチが悪いともいえるだろう。例に漏れず自分もそんな小悪魔に誘われるがまま──、というわけにはさすがにいかないので。甘く蕩けた夕陽色から逃れるように、そしてそんな気持ちを誤魔化すように冗談を零しながら近すぎた距離を再び広げて。会話の中のほんの一言を的確に拾う彼女の勢いは凄まじく、こういう時ばかりはぐいぐいと距離を詰めてくるのも困りものだ。「残念だけど今週はもう期末テストの週間に入るから準備室はまた立ち入り禁止だよ。冬休みに補習したけりゃ別だけどな。」と、彼女には酷だがクリスマスが近いという事はそういう現実もセットでくるものだと苦笑に近い笑みを浮かべながら告げて。もっとも夏休みと違って冬休みに補習なんてそもそも無いのだが。 )
う゛…。
鍛えても司くんが想像超えてくるくらいかっこいいのがいけない…。
( 迫られるといっぱいいっぱいになってしまうのに、いざ彼に引かれてしまうと後を追いたくなってしまう。乙女心とはなんとも複雑なもので、広げられた距離に“やだ”というようにみきの手は無意識に袖を掴む指先に少しだけ力が入って。けれどやっぱり言葉と表情はよわよわと彼には叶わないことをなんとも分かりやすく表現しており、一応は頑張ろう我慢しようという努力はしているのだけれど彼の前ではそんな努力は一気に水の泡と消えてしまうのだと本人も困ったように眉を下げて。だって本当は彼がくれる甘い幸せをぜんぶぜんぶ余すことなく享受したいのに、今は自らでそれをストップさせてしまっているのだからみき自身も困っているのだ。彼の言葉になんとタイミングの悪いテストだ…と不満げに唇をとがらせたものの、やっぱり乙女の器用な耳は好きな人の言葉を余すことなく拾うため「 、……冬休み補習する! 」と先程の拗ねた表情から一転、きらきらとした瞳で冬休みの補習に参加したいと他の生徒では考えられないような補習への積極参加姿勢を見せて。だってそうしたら冬休みにも彼に会えるってことだし、テストはすっっっっごく嫌だけどそういったイベントが発生するのなら悪くない!とみきの瞳は嬉しそうにきらきらと輝いて。 )
何言ってんだお前は…、
褒めても何も出ねーぞ。
( ニュアンスとしてはこちらが悪いというものだが、言葉としてはただの褒め言葉。どこか照れ臭そうな、しかし呆れたように溜息を吐きながらちぐはぐな彼女の台詞に肩を竦めて。しかし袖先を掴む手に少しだけ力が込められたことに気が付けば、薄く微笑みながら掴まれていない方の手で彼女の頭を優しくひと撫で。今はまだ彼女にストップを掛けられればそれに従う形にはしているが、それを拒否した場合にいったいこの夕陽色はどれほどまで蕩けてしまうのだろうという好奇心が心の奥にあったりするのだがそれはまだ表には出さずに。いつかの未来、彼女に少しだけ耐性がついたところで享受しきれないほどとろっとろに甘い時間を共有出来るかどうかは神のみぞ知るところ。今回のデート…もといお出かけだって彼女がテストで目標点数に達したゆえのご褒美であるにも関わらず、今度は積極的に補習への参加欲を露わにする彼女に目を丸くして。それ即ち"期末テストで赤点取ります"という宣言といっても過言では無いので。間違った方向にやる気を見せる様にやれやれと頭を抱えては「……補習に積極的なのはいいけど、冬休み中にそれで学校来るのたぶんお前1人だぞ。先生も生徒も含めたうえで。…つーか俺は絶対行かないからな、貴重な冬休みにわざわざ暖かい家を出てたまるか。」と、夏休みに比べて随分と短い冬休みはそもそも補習は無いと乾いた笑いを零し。その後には子供のようにイヤイヤと首を横に振りながら、まるで生命の危機に関わるかのように真剣な眼差しで家から一歩も出たくないと何とも不健康なアピールを。 )
だってホントのことだもん…。
( 呆れたような言葉とは裏腹に頭を撫でてくれる手や彼の表情はどこまでも優しくて。みきのちょっぴり困っていたような表情にはふんわりと撫でられて嬉しい!の色が滲んではちらりと彼を見たあとに少しだけ気恥しそうに視線を逸らして。褒めても何も出なくてもいいけれど、もうちょっとだけ手加減をしてくれないといつまで経っても心臓が落ち着かなくなってしまうからそれはなんとかしてもらおう…なんて恋愛初心者な恋する乙女はこっそりと1人胸の中で決意し。もしかして特別に2人だけの補習を…!?だなんて少女漫画よろしくな展開を期待してどきどきそわそわしたのも束の間、残念ながら現実はそう甘いものではないようで彼のきっぱりとした拒否にあんぐりと口を開けて。「 い、今完全に2人で補習の流れだったのに……!?せんせーが居ないなら意味ないじゃん…! 」と一瞬期待した自分がバカみたいだと不満げに唇を尖らせて。もっとも、彼の行きたくない理由については残念ながらまぁ彼はそうだろうな……と納得してしまったのだけれど。 )
お前は補習を何だと思ってんだ…。
───あーあ、そんなにテストのやる気が無いやつにはこの後考えてたご褒美も無しにするしか無いかなあ。
( 何だかんだ言いながらもこうして強請る割にはストップを掛けてくる焦らし上手な無自覚小悪魔に翻弄されているのはどちらかといえば自分の方なのだが。彼女の心臓が鍛えられるその時を待つなんて、気が付けば日が暮れていたというようなレベルでは収まらないだろう。痺れを切らして手加減(当社比)しつつもストップの声に従ってやらない日がくるのはもう少しだけ先の話で。相も変わらず少女漫画的な展開を夢見る彼女に苦笑しながら、補習の意味合いを曲解して捉えてしまっている事に教師としては一応言及を。冬の太陽は帰っていくのが本当に早く、夏はあれほど憎らしいのにその存在を恋しく思ってしまうなんて人間(主に自分)のエゴには驚いてしまう。そんなこんなで陽が傾き始めた頃合いになって、この後彼女を連れて行きたい場所があったのだが。と、あからさまに演技じみた口調でわざとらしく大きな溜息を吐いて。 )
!!
て、テストのやる気はある!せん、…司くんと2人っきりで冬休みに会いたかったの…。
( 彼の言葉は当然のように効果てきめん。“ご褒美!?”と一瞬で煌めいた夕陽色の瞳をまん丸にしながらもやる気はあるけれどただただ彼と冬休みに会いたかっただけだとバカ正直に吐露して。別にみきとしては彼に会える口実が補習でなくても構わないのだ、結果的に彼と2人っきりになれればそれで。みきはきゅ…と眉を下げて彼を見つめては「 ほ、ほんとだよ?テストのやる気はいっぱいあるからね? 」と視線を合わせたまましっかりと念を押すようにもう一度やる気アピールを。冬はずいぶんと陽が短くて、そうこう彼と会話をしているうちに空はぼんやりと夕焼け色から濃紺へと移り変わろうとしており街灯もぽつりぽつりと灯りを付け始め。ご褒美ってなんだろう、もうお家帰らなきゃダメかな、もうちょっとテスト頑張るアピールした方がいいかな、ゆっくりと変わっていく空模様のようにみきの心もぐるぐると忙しなく感情が入れ替わり、だがしかし目線だけはしっかりと大好きな彼を見つめていて。 )
──っ、はは!
お前の行動源ってほんとそればっかなんだな。
2人っきり…は別として、お前のバイト先にまた飲みに行くかもだし何だったら家知られてるし。どこかしらで会う機会くらいはあるんじゃねーの?
( 良く言えば素直、悪く言えば隠し事が出来ないバカ正直。そんな彼女が想像通りの答えを示せば可笑しそうに笑いつつも、本音を言えばそこまでして会いたいと思ってくれている事に悪い気はしなくて。不可抗力によって家の場所はお互いに知っているし、一応歩ける距離ではあるから場合によっては行動範囲が被れば会う事もあるのではないだろうか。…とはいえ諸々をすっ飛ばして家に遊びに行きたいなんて言われたとしたらそれはそれで困るのだが。"ご褒美"の言葉に釣られるように再度やる気の念押しをしてくる彼女にこちらもまた笑いながら「分かった分かった。案外現金なところあるよな御影は。」と、下心ありきではあるがそのやる気に関しても特に否定はせず。太陽がその身を隠そうとすることで周りが薄暗くなってくれば、空気の冷たさも一層引き締まるようなものになってくる。じわりじわりと夜が近付いてくる今、スマホを取り出して時間を確認すれば「んー……まあちょっと早いけど着く頃には大丈夫だろ。じゃあ行くか───って、そういえば御影は帰りの時間大丈夫なのか?その、門限とか…。」と、彼女を伴って目的地へと歩き出そうとしたところでぴたりと足を止めて念の為の確認を。まだ夜というには早い時間ではあるが、これからますます暗くなってくるのに彼女の帰宅事情を聞いておかないとそもそも連れ回すことがアウトかもしれないので。 )
トピック検索 |