女子生徒 2024-04-30 23:32:52 |
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…──っ、あぶねっ!
わ、分かった。分かったから一旦離れろって…!
( 掃除のためふぐ太郎の水槽からフィルターを取り出そうとしたところで後ろから抱き付かれれば、その勢いで危うく水槽に自分の体が当たりそうになったところを何とか踏み止まって。しかし腰にしっかりと手を回されているので、首だけ回して後ろの彼女に慌てて声をかけ。とりあえずはキモいと思われていたわけではないようでホッとしたが、何だか久しぶりに聞くような気がする彼女からの"大好き"に心がそわそわとしてしまう。じんわりと彼女の温かさを背中で感じながら、どうにもこうにも動けない体勢なのでそのまま固まるしかなく。 )
……ん゛……。
( ぎゅ。と暫くは大好きな彼を堪能していようと思ったけれど残念ながらやっぱり突然背後から抱きつくのは危なかったらしい。一旦、という言葉にさえ嫌そうにむむ、と眉をひそめながら渋々といったように離れたもののすぐにまた直ぐに抱きつけるように両手は広げたままで、まだ涙のあとがありありと残る夕陽色で“まだ?”と言ったように彼を見上げながら大人しく一旦が終わるのを待って。だってこっちは先程まで心臓が凍りついてしまうくらいに不安だったのだから満足するまでくっつかせてもらわないと困るので本来ならば彼の方からぎゅっと抱きしめられなければ満足ができないのだ。 )
──ったく…、
………え、俺から?
( ようやく離れた温もりに、やれやれと今度はきちんと体ごと振り向けば何やら手を広げたまま動かない彼女。その瞳は散々涙に濡れたおかげで未だにうるうると輝いていながらも、相変わらず口以上にその考えを語っており。普段であれば自分からなんて立場を考えれば絶対に選択肢としてありえないのだが、今回に関しては自分の言葉足らずが招いた事件といっても過言ではない。少し悩む素振りこそ見せたものの、いつもよりは比較的早い時間でお悩みタイムは終了させて広げられたままの彼女の腕の中へ。その小さな体を、まるで壊れ物でも扱うかのように大切に抱きしめて。 )
……ん!
( 彼の言葉にこくん!と深く頷き願うがままに手を広げ続けたはいいけれどちょっぴり心の中ではホントにいいのかなぁなんてワガママになりきれない自分もいたりして。だがしかしそうして悩んでいる間にいつもよりもずっとずっと早い時間でお悩みタイムは終了したらしい彼にふわりと優しく抱き締められればぱぁあ!と分かりやすく表情を綻ばせてそのまま自分も嬉しそうに抱き締め返し。「 ………あのね、他の子に予約させるの、すごく嫌なの。みきだけがいいの。 」暫くそうして彼の腕の中を堪能していたと思いきや、彼の胸に顔を埋めたままもごもごと小さな声で零したのは先程準備室に入ってきたと同時に言い放ったわがまま。だってせんせーのこといちばん好きなのはみきだもん。そんな言葉は口にこそ出さないけれどきっと彼には伝わっているだろうし普段あれだけ恋心を露わにしているのだから分かりやすいだろう。だがしかしやっぱり想いは言葉にしなければ伝わらないもの、みきは顔を上げずにきゅ、と少しだけ腕に力を込めては彼からの“YES”をドキドキと待ち続けて。 )
!
……あー、…うん。あれは俺が悪かった。
まあ…俺的にも面倒なのはお前だけで充分だし、他はいらないかな。
( 再びお互いの温もりを感じられる状態になれば、ドアの向こうから聞こえる賑やかな声とフィルターがコポコポと空気を出す音がいやに耳に響く気がして。言ってしまえばそれ程までに今ここには彼女と自分だけの空間が出来上がっているということなのだが。顔を埋めたまま、少しくぐもったような声で聞こえてきた台詞はついさっき聞いたばかりのもの。しかし勢いに任せてといったさっきのものとは違い、念を押すようにしっかりと一言一言を伝えてくれているようで。彼女が涙を流していた理由はやっぱりそれだよなと改めて腑に落ちれば、またふつふつと元凶となった田中えまに対する黒い気持ちが湧き上がってきそうで。…しかし色々手間を掛けさせられたとはいえ仮にも生徒。そもそもあの時は大勢がいる場で彼女だけをあからさまに特別扱いするわけにはいかないと曖昧に答えてしまった自分にも非があるのは確かなので、いくら問題をややこしくした相手だとしても憎むような気持ちを持つのはお門違いだと頭を振って。ぽんぽんと優しくその背を叩きながら彼女に対して言葉にした"面倒"には決して悪い意味は込められておらず、そもそも面倒臭いこともやる気が削がれるようなことも、彼女が絡んでいるならばひとつとして嫌だと思うようなことは今までもこれからも無いと言い切れるのだが。 )
…あのね、えまちゃんみたいに、可愛くなるから。
いっぱい勉強もして、素敵なお姉さんになって、せんせーがこんな素敵な子に予約されてるんだぞって自慢できるような子になるから。
( ぽんぽんと優しく背を叩いてくれる手にも、言葉を紡ぐ声にも、抱き締めてくれる体温も、全てが優しくて愛情の籠った暖かいもの。“面倒”だなんて言葉も決して悪いニュアンスで使っているものでなく彼なりの照れ隠しだと言うことはみきもよく分かっているので嫌な気持ちになるどころか彼の唯一になれていることがすこぶる嬉しくて、先程までいやにどきどきと存在を主張していた心臓の音はトクトクと心地好いものに変わっていき。そうして少しの沈黙の後、みきは相変わらず彼の胸の中でもごもごくぐもった言葉を紡ぎつつ ─── 大変今更だけれどやっぱり髪はボサボサだし目元も真っ赤なので好きな人に見られても良いお顔では無い ─── 彼にとっての唯一であるために努力をするのだと決意を。今回だってもっと自分に自信があったらきっとこんなことにはならなかったし、彼のことだって信じられたかもしれないのだから。みきは一瞬だけ躊躇するように沈黙したあと、おずおずと顔を上げれば「 せんせーの方がみきのこと大好きで、めろめろで、だからほかの子はいりませんって、言わせてみせるから。 」と、次こそは“面倒”ではなく“お前が好きだから”と言う理由にしてみせるのだと、へにゃりと彼にしか見せないような柔らかで安心しきった笑顔を浮かべて。 )
……ばーか。
お前はお前だし、…そんな誰かと比べるようなことしなくても充分可愛いだろ。
つーかお前が思うほど別に俺は立派な人間じゃないよ。…だからあんまり"素敵なお姉さん"になられすぎても逆に困るけどな。
( 彼女はどこまでいっても誰かを責めることはせず、自分が相応しくあるよう努力するつもりらしい。何であんな事言ったの。だとか、いっそのことそうやって責めてくれる方が良かったと思うほどに。確かに見た目だけでいえば田中えまは整っている方だと思うが、あくまで個人的な好みでいえば自分は断然彼女の方が可愛らしいと思っている。もちろん内面や、これまで一緒に過ごして来た時間というアドバンテージがあることは承知の上だがそれを抜きにしても、彼女に向けられた"可愛い"の一言は紛れもない本音で。彼女は少し…いやかなり自分の事を高く評価し過ぎている節があるのは前々から分かってはいたが、今でさえ彼女に言い寄る異性は多いのにこれ以上素敵になられたら見合うどころか完全に置いてけぼりにされてしまうと渇いた笑いを零して。どこか遠慮気味に顔を上げるのは赤くなった目元を見せたくないがためなのか。そんな雰囲気とは反対に彼女の台詞は強気な自信に溢れた宣戦布告のようなもので。「──…はは、そりゃ頼もしいな。そんな日がくるのを楽しみにしとくよ。」とからから笑い。しかし無警戒で無垢な笑顔を浮かべる彼女の、赤くて柔らかで美味しそうな唇をこのまま奪ってしまえたら。なんて、すでに彼女の言う通りにほぼなっているというのはさすがに内緒で。 )
!……ふふふ。
みきは困らないもん。今はみきの方がいっぱいやきもち妬いてるから、その分せんせーがやきもち妬きになるくらいのお姉さんになるの。
( 恋する乙女はあまりにも単純で、好きな人に“可愛い”と言われただけで先程のモヤモヤも黒い気持ちも悲しい気持ちも全部吹き飛んでしまうもの。みきはうふうふと嬉しそうに笑えば、ちょっぴり擽ったそうな気持ちを隠すことなくそのまま彼に改めてぎゅうと抱きついて。きっと猫ならゴロゴロと喉が鳴っているし犬だったらブンブンとしっぽが揺れているだろうと簡単に想像できるくらいリラックスし甘えているその様子は間違いなく両親にも友人にも見せない顔で、ちょっぴり悪戯っぽく笑う顔も“嫉妬して欲しい”だなんて我儘を言う顔も彼限定であることは違いなく。決して此方の決意表明は否定することなくからからと笑う彼に満足気に笑えば、ふと思い出したかのようにくるりと身を翻して今度は彼に背中を預けるように体勢を変えて「 みきのも新しくして、? 」と先程新たに書き足したばかりの彼の薬指に比べれば比較的薄くなってしまった左手の薬指を見せて。だってみきもせんせー以外の予約は要らないし、これからもずっと彼を好きでいる自信があるので予約を更新してもらわなければ困るので。とちらりと振り返った瞳は当然のように彼に描いて貰うつもりのようで。 )
はは。
"素敵なお姉さん"になりすぎて、こんなおっさん相手にしなくても良くなるくらい選り取り見取りになるかもよ。
( 改めて力を込めて抱きついてくる彼女とは逆に脱力したように笑えば、彼女が素敵になればなるほど年齢がハンデになるのはこちらの方だとぼやいて。…そもそもヤキモチを妬くということであれば、教師としては烏滸がましいがすでに経験済みではあるのだがさすがにそれは黙っておくとして。こうして甘えてくる彼女を誰の目にも触れさせたくないし、自分の腕の中にこのまま捕まえていられたら。なんて邪な気持ちは隠したまま、すりすりと甘える彼女の頭を優しく撫でて。彼女に背中を預けられたことで自分としては再び身動きの取れない体勢になってしまったのだが、振り返ってこちらを見つめてくる瞳には勝てなくて。「…、はいはい。我儘なお姫様だなほんと……。」と笑みを浮かべながら溜息を零せば、自分の指に書いた後ポケットに入れていたままだったペンを取り出して。今度は彼女を後ろから抱き締めるように手を回してそっと左手を取れば、その薬指にある少しだけ薄くなった線をペン先で丁寧になぞっていって。 )
…、
でもみきはもうせんせーしか見えてないから、他の人が選択肢にあっても関係ないでーす。
( 彼の言葉にキョトン…と不思議そうに瞳をまん丸にしたものの、すぐにへらりと笑えばどんなに選り取りみどりになろうともそもそも彼一筋なので関係ないのだと恥ずかしげもなくサラリと答えて。頭を撫でてくれる優しい彼の手にごろにゃんと甘える瞳は確かに間違いなく彼ただ一人を映しており、もう他の人が入る余地はなく。彼はいつも年齢を気にするけれど、みきは例え彼が年下でも同い年でも同じように恋に落ちたと思うし女の人でも好きになったと思うけどなぁなんて常々考えているのでそんな物は本当に些細な問題で。……だがしかし彼がそれで不利益を被ってしまうのであれば、ちょっぴり抱きつくのも甘えるのも我慢するつもりではあるのだけど。無事に断られることなくするりととられた左手に満足そうに─── 背後から抱きしめられるのは慣れていないのでそれはちょっぴり恥ずかしいのか耳をほんのりと染めながら ─── 微笑めば、「 んふふ、くすぐったい。 」と改めてペンが指を滑る感覚にちょっぴり身を捩りながらくすくすと笑ってしまい。 )
わざわざそんな難儀な道選ぶなんて物好きお前くらいだよほんと…。
( 田中えまが言っていたように"周りに配慮する必要のないカップル"ならば山も谷もない順風満帆に平和な恋愛が出来るのに。こちらとて彼女が普通に幸せになれるならそれでいいと考えたこともあるのだが、そうやって色んな道を示しても結局はこうして自分のところへと戻って来てしまう。今だって悩んだり迷ったりするような素振りはこれっぽっちもなく、至極当たり前のことを言うように即答する彼女にはやはりこれから先も勝てなさそうで。諦めたような、しかしどこか嬉しさの滲む笑みを浮かべては愛おしそうに腕の中で甘える彼女を見つめて。モゾモゾと擽ったさに我慢しきれず動いてしまう彼女に「こら、動くな。線が曲がる。」と声を掛けながらも何とか書き終えれば、白くて細い指の根元に再び黒々とした線が綺麗に引かれており。片手で器用にペンの蓋を閉めれば、改めて復活したその線を確認するかのように小さな左手にするりと指を絡めれば指先で彼女の薬指を大切そうに撫でて。 )
んー……そうかなぁ…。
……例えば??
( 彼の言葉を聞いてふむ。と考え込めば“それならいっそのことなんにも難儀じゃないよアピールをすれば良いのだ!”と思いついたらしいみきは彼にとっての順風満帆で平和な高校生の恋愛の例を問いかけてみて。そもそも今まで彼氏どころか恋をするのすら彼が初めてなみきにとってどれが普通かなんていまいちよく分かっていないのだから(少女漫画の知識はあるけれど)、彼にとってはみきに我慢をさせていることでもみきとしてはなんてことないなんて事柄はきっとたくさんあるだろう。こて、と彼を見上げながら首を傾げては早く早くと視線で急かしてみて。どうやら無事に予約更新を終えたらしい彼の言葉にふと左手を見ればそこには綺麗な黒線の引かれた薬指が。ありがとう、と口を開こうとすればいつのまにか左手に彼の手が絡められており思わずびく、と体が固まったのも束の間、そのまま引いたばかりの線を確かめるような彼の指付きに「 っ、…せんせ、……くすぐったい、… 」と先程とはまた違う甘みの含んだ声が漏れてしまえば腰元にぞわぞわと粟肌の立つ感覚を感じながらも決して彼の手からは離れようとすることはなく。 )
例えばって……、うーん…そうだな……、
学校帰りとか休日にデートしたり…とか……?
…ていうかそもそも『好きです付き合ってください』が通用しない時点で彼氏だ彼女だって立ち位置には絶対立てないしな。
( 答えを急かすような圧を放つ夕陽色に押し負けるように空を仰いで少し考えて。とはいえ自分の学生時代を思い出してみても、四六時中そばに居るとかイベント事は一緒に楽しんだりだとか。あからさまなデートと呼べるものでなければ何やかんや彼女とは経験しているな…?と考えれば考えるほど逆に首を傾げることになってしまいそうで。だがしかしあくまでそれはカップルとして成立してからの話で、今のお互いの立場上ではそのスタートラインに立つことすら許されないのが現実なのだと言う他なく。お互いの左手同士が絡み合う中、右手は彼女の腰に回して少し自分の方へ引き寄せるように緩く力を入れて固定を。そのまま後ろからほんのり赤く染まる耳元で「……俺だって、コレが消えなければいいのにって思うよ。」と小さくぽつり。田中えまに言われたらしい"早く消えればいいのに"という言葉を彼女の耳から、記憶から消すように、薬指の線だけではなく声でも上書きをしようと。 )
、……付き合ってくださいって言って付き合うの、そんなに大事かなぁ…。
言っても言わなくても、好き同士なら一緒にいる時に“この人のこと好きだなぁ幸せだなぁ”って思うのは変わらないでしょ?ならみきは好きな人と一緒にいてにこにこできればどっちでもいいなぁって思うの。
あ゛!でもお付き合いしなきゃ堂々とこの人は私の!って言えないのは困るかも……。
( 彼の言葉は最もで、そもそも“交際をする”という第一前提ができないのだからこういった話のスタートラインにすら立てていないというのは確かに一理あると頷いたのだけれどみきとしてはそのそもそもの前提が疑問らしくこてりと首を傾げて。交際をしてもしなくても、想い人と共にいる時に感じる愛情や幸せや楽しさは変わったりはしないだろう。交際をしていなくてもカップルイベントに便乗をしたっていい。だがしかしハッと途中で何か気がついたような表情を浮かべれば、むぎゅ…と彼の胸元に顔を埋めながら自身の独占欲と戦っているらしく─── そもそも今でも充分公認のようなところはあるしこんな会話をしている時点で両思いだということには気がついていないのだけれど ─── 周りにそうして主張するためには確かに交際が必要かと頬を膨らませて。そもそも逃げようとは思っていないのだけれど、まるで逃がさないとでも言うように腰に回されて彼の体に縫い付けられてしまった体にみきの頬や体はさらに火照り、ぽつりと囁かれた彼の小さな囁きに彼に捕まったままの小さな体はぴくりと跳ねて。「 せん、せ…、 」と自分でも驚くほどどろりと甘い声で彼を呼んではまるで夢の中にいるかのようなぽやぽやと蕩ける頭でも彼の言葉はするりと入り込んで反芻し、彼のその気持ちに答えるようにきゅ、と握られた左手に力を込めて。ずうっと互いを縛るこの予約が消えないように。みきはどうしようもなくときめく心を誤魔化すように彼に体を預けることしか出来ずに。 )
まあお前の言うことも分からなくはないし、実際そういう形だって有りだとは思うけどさ、
……付き合っていない相手にはさすがに手は出せねーし。
( 人と人の繋がりの形なんて千差万別十人十色。それぞれが納得できるような形にさえなっていれば問題なんて確かに無いようなものではある。…あるのだが、だからと言って曖昧な関係というのは男として少し物足りなく思ってしまうのも事実。世の中にはそういったしっかりした関係性を結ばないまま互いを求め合う人たちがいるのは分かっているし別に咎めるつもりもないが、こと彼女に関してはやはり誠実でありたいと思ってしまうのは共に同じ未来を歩けたらと思ってしまっているからだろう。今はまだハッキリと口に出して言えるはずもないのでこの付かず離れずのような関係性(と言っても分かる人にはお互いの気持ちなんてバレてしまいそうだが)のまま、彼女が教え子じゃなくなるその日を待つ以外に出来ることは無くて。自身の胸元で自らの考えと葛藤している様子の彼女を見て可笑しそうに笑いながら、最後の台詞だけはさすがに聞こえないよう顔を背けて小さく呟くに終わり。ただでさえいつも着ている服より生地が薄めのチャイナ服なのにそのタイトさも相まって、これほど密着すればお互いの体温が混ざり合って暖かく、じんわりと頭の中まで熱に浮かされそうな感覚を覚えてしまう。回した右手でさらにぎゅうと彼女を抱き締めるようにしてその首元に顔を埋めれば、「………、泣かせて悪かった。」と、甘い彼女の声とは真逆に静かに謝罪を零して。厳密に言えばわざわざ彼女にナイフを突き立てるようなことをしたのは田中えまだが、場合によってはそのナイフを渡したのが自分だと言われても反論のしようもないので。 )
、?
せんせ、今なにか言った?
( やっぱり付き合わなきゃこの人は私の!って言う資格ないのかな…告白っていう勇気のいることをしたご褒美みたいなものだもんね…だなんて彼の腕の中で悶々と考えていたせいか、彼の最後のセリフは上手く聞き取れずにキョトン、となんにも知らない無垢な夕陽で彼を見上げては不思議そうに首を傾げて。好きな人の言葉はぜんぶ取りこぼしなく受け取りたい恋する乙女は当然のように聞こえなかった言葉も教えて貰えるものだと思っているので、彼の腕の中でふわふわ幸せそうに笑いながらもまさか彼がどんなことを悩んで困っているかも知らずに大人しくその言葉を待って。生地の薄いチャイナ服は彼の手の感触だとか暖かさだとか、鼓動だとか、体温だとか、そういったものがいつも以上にダイレクトに伝わってきてしまいまるで酩酊しているようにくらくらしてしまう。ぎゅ、と抱きしめられたかと思えば首元に顔を埋めた彼から静かな謝罪が落とされて、みきは思わず目を丸くした後に思わずゆるゆると幸せそうに頬を弛めてはすり、と彼に顔を寄せては「 ううん、みきの方こそ。せんせーの“大切”を信じてあげられなくてごめんね。……みきと同じくらい、せんせーも大事にしてくれてたんだもんね。 」と暖かくて柔らかい声で自身も謝罪を零して。そもそも、みきが彼の言葉を信じていられればこんなに揺らぐことは無かったのだと、嗚呼人前だからそう言ってあげたのねなんて理解の早い女ならば良かったのだとそう宥めるように繋いだ手に柔らかく力を込めて、右手でそっと彼の頭を優しく撫でて。 )
……………内緒。
( こちらを見上げる夕陽色は余りにも純粋無垢で、だからこそ余計に自分の考えが邪なものに思えてきてしまい。しっかりその瞳を見つめ返してたっぷりの間を置いて、薄く口角を上げるいつもの意地悪な──田中えまに向けたものとは天と地ほどの差がある──笑みで一言だけ返し。…とはいえもしも彼女の卒業後に晴れて交際関係に発展したとして、"元"教え子相手にすぐさま手が出せるほど肝が据わっているような人間ではないのだが。ふわりと鼻腔を擽る彼女の落ち着く香りと声色、そして頭を撫でてくる手の温度に心の中がぽかぽかと暖かくなれば漸くお互いの中のわだかまりが溶けたような気がして。ヤキモチを妬いてくれる彼女はすこぶる可愛らしいのだが、泣かせてしまうとなると話は別。「…ちゃんと伝わったようで何よりだよ。」と安堵したように声を漏らし。特別扱いは良くないと分かっているし生徒は皆平等に可愛いと思っているのは本当だが、他人に対してひどく個人的な理由で明確な悪意を向ける相手を生徒だからといって手放しで可愛がれるほど生半可に教師をやっているつもりは無い。すでに脅威は去ったとはいえ、改めて彼女を守りたいという気持ちが表れれば自分の腕の中にすっぽりと収まる彼女を大切そうに優しく抱きしめたままで。 )
……え!?
今教えてくれる顔してたのに…!!
ね、ね、なんて言ったの?誰にも言わないから教えて?
( 彼に恋に落ちたきっかけとなった優しくて愛おしさに満ちた暖かいダークブラウンはたっぷりと時間をかけてこちらを映してくれ、彼の瞳の中に映る自分も期待に胸を躍らせてきらきらと瞳を輝かせている。なんて言ったんだろう!とそわそわわくわくしていたもののいつの間にか彼の表情はいつもの意地悪な笑顔に変わっており、あんなに時間をたっぷりかけたのにあっさりとした内緒とのご回答が。てっきり教えて貰えるものだと高を括っていたみきは衝撃に瞳をまんまるにしながらも彼に甘えるようにきゅ、と抱きついては一生懸命おねだりしては誰にも言わない!のアピールで口を結んで。何だか今日の彼はとても甘えん坊で、自分に甘えるように抱きつきながら安心したような声を漏らす彼がとても可愛くて可愛くてしょうがなくて。みきはへにゃへにゃとめろめろ頬を緩めながら「 うん、いっぱい大切って伝わった。……せんせー、だいすき。 」とえまの甘ったるい声とはまた違う、柔らかで穏やかな声でいつものようにだいすきを伝えてはすっかり体温の混ざりあった彼の温もりを心地よさそうに享受して。優しく抱き締めてくれる手も、柔らかい声も、さらりとした髪も、簡単に自分を包み込んでしまう体も、ぜんぶぜんぶだいすきで愛おしくて、ずっとこうしていたいと彼も同じように思ってくれていたらいいななんてひっそり祈ってみたりして。 )
嫌でーす。
内緒っつったら内緒。
( くすくすと悪戯を成功させた子供のように笑いながら、んべ、と舌を出して彼女のお願いはシャットアウト。普段ならばこれほど甘えられては何だかんだで押し負けて教えてしまうのが常なのだが、こればかりはさすがに口を噤まざるを得なくて。いくら相手が自分に対して好意的とはいえ、まだまだ汚れを知らない彼女にそれを教えるには早すぎる気がして。…どちらにせよ、今はまだいち生徒の彼女がちゃんと大人の女性になってから(といっても彼女のことだから、きっとキス辺りが想像上は限度だと思うのだが)。いつものように暖かくて柔らかな"大好き"が耳に心地良く届けば、彼女の首元に顔を埋めたまま「…………ん。」と、じんわり満足そうに微笑んで。だがその言葉を自分もお返しに言うわけにはいかないので、ただ彼女から紡がれるそれを受け取ることしか出来ない今の自分が少し歯痒く感じてしまうのは仕方なく。ただ言葉には出来ずとも彼女を抱き締める手や繋がれ絡んだままの指先に少しだけ気持ちを乗せて彼女に触れることくらいは許してほしい。 )
う゛ー…。
せんせーたまに内緒が多いんだから。
( いつもなら大抵ここら辺で折れてくれる彼もどうやら今日は内緒の日らしく、ぷく!と頬を膨らませては不満げにぽそりと零しながらも彼の胸元に顔を埋めて追求は諦めて。こういう時の彼は大抵これ以上何も教えてくれないのでこちらが折れるしかないのだ。けれどそんな彼のいたずらっぽい笑顔もべ、と舌を出す姿すらも可愛くてかっこいいと思ってしまうのは惚れた弱み、みきは彼のこういう顔にすこぶる弱いのでめろめろと流されてしまう。もちろんいつかこの問いの答えを実際に自分の体に答えられていっぱいいっぱいになりながら白旗をあげる未来があるのだけれど、今はまだもう少し先の話。首元に顔を埋めたままの彼がこういう時になんにも答えないのは彼の立場やらを考えれば当然のこと、さらに言ってしまえばその声色や触れている箇所から彼の気持ちがじんわりとこちらに伝わってくるのでわざわざ言葉にしなくたって感じることが出来る。ただその彼の“愛おしい”の気持ちが自分とおんなじものだと気付くことができるようになるにはまだ恋愛レベルが足りないのだけれど。「 今日のせんせーは甘えんぼうですねぇ。 」と慈愛に満ちた声色で零した言葉は実にふわふわと嬉しそうで、たまにはこうやって沢山甘えて欲しいななんて思ってしまうのは生徒の立場では望むべきじゃないのだろうけれどこうして互いの体の境目が分からなくなるくらいに体温が混ざりあうのが心地好くてみきの頬は幸せそうにふわりと自然に綻んでしまい。 )
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