女子生徒 2024-04-30 23:32:52 |
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───…ま、そりゃそうか。
悪かったな。お前らのクラスに貢献はしたし後は楽しんで適当に頑張ってくれ。
( 明らかにいつもと違う彼女の反応と、そんな彼女を守るように立ちはだかる山田。お互いに手を握り合っている同い年の2人はどこからどう見てもお似合いでほんの一瞬、僅かに寂しそうな色が瞳にちらつくもすぐさまパッといつもの調子に戻し。元凶と呼べる事が他にあったとはいえ、その元になったのは自分である事に間違いは無いので山田の言葉を否定するつもりはないしそもそも出来なくて。くるりと背を向けてひらひらと手を振りながらその場を後にしては、着飾ったコスプレ衣装から普段の装いに戻った事で比較的歩きやすくなった廊下を進んで。──彼女との宣伝行脚で他のクラスも一通り見たし、何だか少し疲れてしまったような気もするので足は自然と準備室の方へと向かい。 )
、…ま、ッ…………。
( 待って、なんて今は言えなくて。けれど彼が否定もせずに去ってしまったというのならばもしかしたら本当にそういうことなのかもしれないとまた一粒涙を零しながらひらりと手を振る彼の後ろ姿を見つめることしかできず。本当にえまちゃんにも予約させるの?それは特別じゃなかったの?なんて。みきだけがせんせーの予約をしたいから他の子には触らせないで、なんて。ただでさえわがままばかりなのにこれ以上の我儘なんてきっとただの一生徒には許されるはずもない。なのにどうしてか、心が引き裂かれそうなくらいに痛くてみきは思わずその場にしゃがみこんでは一向に収まらない雫をぼろぼろと瞳から落とし続けることしか出来ず。きっと呆れられたし、嫌われてしまった。あんなにキラキラ輝いて見えた左手の薬指の宝物は、もうなんの効力もない黒い線に姿を変えてしまい。─── 一方、暫くして準備室の扉を叩いたのは今回の騒動の原因と言っても過言では無い田中えま。ちょっぴりヒビが入れば良いなぁくらいに叩いた結果思っていたよりもずっと関係が壊れてくれたので非常に上機嫌である。ぱたぱたと走ってきて、それから扉の前でちょっぴり止まって、それから扉を開ける。まるで誰かさんの移しのような流れで準備室の扉からひょっこりと顔を出しては『 ─── 失礼しまぁす。 』 とにっこり可愛らしい笑顔を浮かべ準備室に足を踏み入れて。 )
『……御影…………、』
( 手は繋いでいても彼女の瞳はこちらを見ていない、涙に塗れた夕陽色に映るのは段々と遠ざかっていく白衣のみ。こんなに悲しんでいてもやっぱり彼女の心は他に助けを求めるような事をせず、きっと自分では彼の代わりになんかなれないのだろう。改めて気付かされてしまえば、それでも尚消えてくれない恋心の厄介さに眉を顰めながら崩れ落ちる彼女に何て声を掛けたらいいかも分からない山田には名前を呼ぶのが精一杯で。────がやがやと賑やかな廊下でもこちらに向かってくる足音はよく聞こえる。しかし良く聞き慣れたいつもの足音ではないと気付くのは容易で、扉が開いた先で顔を覗かせたのはやはりいつもの相手では無く。ふぐ太郎たちに餌をやりながら甘ったるい声に相手を認識こそすれどそちらを見る事なく「何か用か?」と一言返して。 )
…山田くん…。
─── … ごめんね、ありがとう。みきが困ってたから、庇ってくれたんだよね、
( しゃがみこんで暫く。小さな声で隣に居続けている心優しい友人に改めて感謝と謝罪を述べては涙に濡れた赤い目元でへらりと笑って。きっと山田くんが止めてくれなかったらきっと彼に感情のままに酷いことを言ってしまっていたかもしれないし、もっと傷つくことになっていたかもしれない。今でも傷ついていないと言ったら嘘になるけれど、想い人に真正面から“特別じゃない”と言われるよりはよほどマシだ。すり、と特別ではなくなってしまった宝物を擦るように指先で撫でては「 これも、……消さなきゃ。 」と小さく呟いて。ただの黒い線が予約と虫除けになって、それから特別になって、昇格して。お風呂に入る時に消えないように毎回慎重に薬指を保護していた努力もなにだかとても愚かしいものになってしまった。それでも今直ぐにこれを消すような気持ちにはなれなくて、結局自分の弱さを自覚してしまえば苦しそうに眉を下げて。─── 合わない視線と、それから簡潔な言葉。てっきり足音で騙されてくれるかと思っていたけれど想像していたよりも二人の関係は深いものだったよう。…それを壊すのが楽しいのだけれど。えまはにこ!とそんな黒い心を誤魔化すように改めて笑顔を浮かべ直しては『 昨日作ったマフィンがまだ余ってて~、せんせーに差し入れに来たんですぅ。さっきは人がたくさんいて渡せなかったから。 』と可愛らしくラッピングをされた甘そうなマフィンを取り出しては彼の隣に遠慮なく近付いて。いつも餌をくれる人間とはまた違う人間だと認識しているのだろうか、パクパクと先程まで餌を食べていたフグ太郎たちはふいと水槽の奥に泳いでいってしまえば興味なさげにそれを見下ろしながら『 可愛い~ 』と適当な感想を零して。 )
『…え、と……いや、大した事したわけじゃないからさ……。』
( 向けられる笑顔は普段であれば心が温かくなるような素敵なものなのだが、今はただただ痛々しくて。さっきのだって、庇ったといえばそうかもしれないが本当は2人の間に何があったのか聞きたかった。ほんの一瞬だったが先生が見せた陰りのある瞳に、きっと深刻なすれ違いが起こってしまっているのではと勘付いてしまったので。自分の気持ちを知っている友人たちからすれば、想い人がこうして傷心しているのなんてまたとないチャンスだと言ってくることだろう。しかし二度フラれたうえでまだ好きだという気持ちを手放せない自分が言うのも何だが、そんなのはフェアじゃない。昨日はあれだけ嬉しそうに見ていた薬指の線を、決して望んでいないような声色で消そうと呟く彼女の隣にしゃがみ込んでは『…ダメだよ御影。それ、すっごく大切そうにしてたじゃん。……もし本当に消したいなら止めないし、その時点で俺は御影が先生のことすっぱり諦めたと思ってまた告白するから。…でも、もしもそうじゃないなら、1回ちゃんと話をしてみた方がいいと思う。先生と生徒なんてもちろん許されることじゃないけど、それでもこの2年間ずっと見続けてきたんでしょ?…諦めるにしてもそうじゃ無いにしても、俺は御影が後悔しないやり方を選んでほしいと思ってる。』優しく、しかし芯は強い言葉を目の前の彼女に投げかけて。相手が例え自分の好きな人でも、"恋する友人"を応援しないなんてそんなの友達とは呼べないので。────「そっか。机の上に置いといてくれ。俺ちょっと忙しいから。」蜂蜜のようにねっとりとした甘ったるい声で近付いてくる彼女に淡々と返事を返せば、やはりそちらを見る事なく次はふろすけの方へと餌やりを。普段聞く"可愛い"と違って何とも中身の無い感想は、その言葉を向けられたふぐ太郎たちが凍えてしまうのではというほど冷たいもので。 )
、っ~……。
だ、って。他の人にも書いていいって言ったんだよ。みきにとっては特別でも、…せんせーにとってはそうじゃなかったんだもん。
( 山田くんの言葉が心に真っ直ぐ突き刺さってきて、そして抉ってくる。心の奥底では彼がそんなことを簡単に言うような人では無いとわかっているのだけれど、でもあの時に慌てていたということはやっぱり言ったのかもしれないと不安になってしまう。しゃくりあげて涙を零しながら苦しげに言葉を吐いている姿はどこからどう見ても消すことを良しとしている姿ではなく、けれど結局は想定している最悪があった時に傷つきたくないから逃げているだけなのもわかっているのだ。これを山田に言ってもどうしようもないことも。みきは左手の薬指をギュ、と握っては消え入るような小さな声で「 ……でも、ほんとは、消したくないの、…せんせーは、違うかもしれないけど。……みきにとっては、宝物なの。 」と何かに縋るようにも感じる震えた声で呟いて。─── 想定していたよりもどうやら彼の精神的にもダメージがあったようで、ちらりと横の彼を見やってはにっこりと笑って『 はぁい。……忙しい時に来ちゃってごめんなさぁい、忙しくない時ならまた差し入れに来てもいいですかぁ?料理部、作ったものたまに余っちゃうんです~。 』まるで相手の神経を逆撫でするようにゆったりとした喋り方と、自分の可愛らしい部分を全部理解しているような首の傾げ方。この場合はワザとやっているのだけれど、取り敢えずはどんな形であれ彼の頭の中に自分の存在を刻み込めれば良いと作戦立てているのだろうその瞳は蠱惑的に彼を見つめ続けて。 )
『そ、れは………う~ん…──でもあの先生がそんな事はっきり言うかな?…例えばだけど、他はダメだけど御影だけOKってそんなあからさまに贔屓しちゃうとどうしても変な風に見られちゃうだろうし、本意は違っててもその場ではそう言うしか無くてやむを得ず、とか。』
( 教師と生徒の恋愛なんてドラマチックで憧れる人もいるだろう反面、少女漫画の題材としてもよくあるという事はあくまでそれを憧れとして消化しているから。本来は難しいどころか御法度なので、そういった関係にあった2人が異動や転校によって引き裂かれたりするのが悲しい現実だろう。恋敵として見てきた相手は目の前の彼女のことをきっと誰よりも想っていて、立場上どんなに動きにくいことになっても何かあれば守ろうとしているように見えていたのだが、と首を傾げて。耳を寄せないと聞こえないような小さな声で漏らす彼女の本音は、聞いている立場としては複雑ではあれどそれでこそ本来の彼女だと何処か安堵するものもあって。『うん、御影がそう思うならそれでいいんだよきっと。』と優しく微笑んで。────少しばかり冷たいような気もする言い回しも気にする様子のない相手はどうやらまた理由を作って来ようとしているらしい。小さく溜息を吐いては「…あのな、昨日も言ったけど此処は遊びに来るところじゃないんだよ。差し入れも別に迷惑とは言わないけど、仕事してたらゆっくり食べることも出来ないしダメにするのも悪いから、俺に差し入れはもういいから自分で食べるか誰か他の人に渡してくれ。」と、漸くこちらを見つめる相手の瞳をしっかり正面から見据えて抑揚のない声で淡々と告げて。相手に向けた言葉は、彼女が此処へ来る日常を思えばすべてが正反対。しかし本来は教師のいる所などそういう使い方なのだとどこか自分に言い聞かせるようにもしながら、とりあえず今目の前にいる相手の願いは聞き入れられないと示して。 )
─── …そんな、みきに都合のいいこと……あるのかな。
……ばかだから、勘違いしちゃう……。
( ずび、と鼻を鳴らしては心優しい友人の意見に不安げに眉を下げて小さくぽそり。彼はいつだって自分を守ろうとしてくれていて、自分の立場が危ないのに家にだって入れてしまう優しい人。それはよくわかっているけれど、あくまでそれは“学校の生徒だから” だとずっとずっと勘違いしないように自分に言い聞かせてきた。そうでなければ今のように勝手に期待をしてしまうから。みきは少し薄くなってきている黒い線をぼんやりと眺めたあとに涙に濡れた瞳で隣の山田を見つめては困ったようにへらりと笑って。こんなこと親友にも言えないのに、不思議と目の前の友人になら言えてしまう。きっとそれは自分が彼のことをずっと見ているように山田くんも自分のことをずっと見ていてくれたという自信があるから。みきは山田の優しい笑顔に釣られるようにふにゃりと微笑んでは「 ……うん。消さない。大切な予約だもん。 」と今度は大切そうに指で線をそっとなぞり。─── もう少し濁すかしらと思っていたけれど、どうやら目の前の彼も少しピリピリしているよう。うんうん、そうやってマイナスでもいいからえまが刻まれればいいんだわ。そんなふうにぼんやり考えながらえまは漸く自分を真っ直ぐに映したダークブラウンを満足そうに見つめては相も変わらずふわふわとしたような口調は崩さずに「 なのに、御影せんぱいは良いんですねぇ。毎日のようにここに来てるし、せんせーも来ない日は“物足りない”んですよね?……アハッ、差し入れも。御影せんぱいが調理実習のときにここに持ってきてるのえま知ってますよぉ。─── … まあでも?その黒い線、来年はえまも書く権利があるみたいですし。まだまだ入り込む余地ありそうで安心しましたあ。 」とくすくす笑って。 )
『誰かを好きになるのってさ、ばかになるくらいでちょうどいいんじゃないかな。…俺だって今なら先生から御影のこと奪えるかもなのに、こうやって励まして応援しちゃってるあたりばかだなーって思うもん。』
( 少なくとも自分が見てきた限りの話にはなるのだが。人が大勢いるところであからさまに彼女だけを特別扱いするほどあの先生は考え無しではないらしい。とはいえお互いの立場を考えて立ち回るくせに肝心なところは上手く伝えられないあたりがばかなんだろうなぁと、自分たちより遥かに年上の恋敵を自分でも驚くほど冷静に分析して。自分自身に呆れたような溜息を吐きながら、もはや隠す必要のない彼女への恋慕を交えてへらへらと笑って。そうして黒い線を再び大切そうに撫でる彼女に心から安心したような笑みを浮かべては『……先生のとこ行かなくていいの?文化祭終わったら打ち上げあるし、御影は今年すっごく盛り上げたんだから絶対クラスのみんなに連れて行かれるんじゃないかな。』時間は有限で、きっと文化祭が終わればクラスメイトたちは悪気なく彼女を捕まえて連行していくだろう。時間が経てば経つほど仲直りは難しくなっていくし、もしも動けるのならば早いうちがいいのではと小さな声でアドバイスを。────ツッコまれてもおかしくないよな、と自分でも先ほど出た言葉には違和感しかなかった。しかし焦るような素振りもなく「あいつは赤点常連の問題大アリ娘だからな、放課後はここで勉強教えてんだよ。差し入れも勝手に持ってきて勉強の合間に"あいつが"食べてるし、水槽洗ったりとか他の手伝いをしてもらって内申調整してるだけだよ。」と、よくもまあペラペラとよく回る口だなと自分でも感心してしまいそうで。まあ実際に勉強を見る事もあるしあながち嘘というわけではないのでセーフだろう。どこか挑発めいて聞こえる彼女の言葉は間違いでは無い。人の指に線を引きたいだなんて権利は確かに目の前の彼女にもあるが、だからと言って相手の為に空けておくという必要もこちらには無くて。徐に机の上から黒いペンを拾い上げてはキャップを外し、少し薄くなっていた自分の指の黒い線をキュ、となぞれば再び存在感を増したその線を見せるように「……そもそも書くにしてもこれが消えればって話だよな。残念だけどまだまだ消えなさそうだから、来年必ずって確約は出来なさそうだ。」と初めて田中えまに対する笑みを──にやりと意地悪い笑みは普段彼女を揶揄うときに向ける愛情の込もったものではなく、黒くてどこか敵意が込もったものとなり。 )
山田くん…。
……っ…みき、きっと山田くんのことバカだって思わないよ。すっごく優しくて、すっごくお人好しで、すっごく真っ直ぐで、すっごく大好きだもん!
( さっきまで泣いていた涙に濡れた夕陽色は真剣で、心からのありがとうと友人としての大好きを。彼の言うとおり、この流れに任せて彼のことを酷く言って自分を奪うだなんて至極簡単なことなはずなのにそれをしないのはきっとみき自身が心の底では彼を求めているということを彼が理解しているからこそのこと。どこまでも優しくてお人好しなこの友人は、そんな自分を馬鹿だと思っていても味方をしてくれるのだから本当に感謝をしてもし足りないほど。親友にすら見せられない涙を見せてしまったのはきっとそんな彼に心を許しているからに違いなく。そうして小さいアドバイスにハッと顔を上げれば、行かなきゃ。と小さく呟いた後に改めて山田の両手をぎゅ!と握っては「 ……みき、行ってくる。けど、…が、頑張れるように、頑張れって言って、? 」と力強い言葉始まりから段々尻窄みに言葉が小さくなっていけば、彼からしてみたら酷い事なのは分かっていてもどうしてもあと一歩の勇気が出せずに眉を下げて。─── 彼の言葉はマァ理屈は通っているし実際勉強を見ている日もたまにあるのだろう。まるで用意されていたかのようにぺらぺらと出てくる彼の言葉にもニコニコと可愛らしい天使の笑顔を崩すことはなく、だがしかしその笑顔が崩れたのは彼自身がペンで線を上書きした瞬間。自然に消えるという至極真っ当な自然の摂理に逆らって書かれたそれでは、まるで“御影みき以外に書かせるつもりはない” と言っているようなもの。更には生徒に向けるものではないであろう笑顔にさすがのえまもぴく、と眉をひそめては『 …何それ。また消えそうになったら書くつもり?馬鹿馬鹿しい。 』 といつものふわふわとした甘ったるい声では無い、恐らくこれが素なのであろう棘のある言葉を返してはもうすっかり興味は失ったのかくるりと踵を返して『 御影せんぱいの手もそうやってまたペンで汚すつもりなんですかねぇ、……山田せんぱいとか、そんな洗ったら消える線じゃなくて安物でも指輪とかくれそぉ。“高校生同士のカップル”なら、周りに配慮する必要ないですから。今頃御影せんぱいを慰めてるうちに付き合えちゃったりして~。 』とせめてもの仕返しなのか準備室を出る前にハッ、と先程までの天使の笑顔と同一人物とは思えないバカにするような笑みを浮かべてはそのまま準備室を出ていき。 )
『お、お人好し……。はは、ありがとう…。』
( 彼女からの熱い言葉に胸が高鳴るも、お人好しという一言だけはどうにも素直に喜んでいいのか分からなくて。がっくりと肩を落としはしたが、その後に続く"大好き"という言葉に再びどきりとしてしまう自分の単純さが少しだけ悔しくて。もちろんそういう意味では無いのは分かっているのだが、それでも好きな人からのその一言は大変な力を持っているものなので。柔らかな手に力が込められれば、次いで投げかけられたのは相手が想い人ゆえに何とも残酷なもので。しかし応援側として甘えるように頼ってもらえるのは恋敵には絶対選ばれることはないポジションだろう。こうして彼女の背中を押す相手を自分に選んでくれたのは少しだけ複雑ながらも名誉なことに違いはなくて。ふう、と短く息を吐けば優しくも芯のある声色で『……御影なら大丈夫。頑張って、ちゃんと仲直りしておいで。』────ようやく甘い砂糖のような仮面が剥げたらしい目の前の彼女は、今までの可愛らしさに全振りしたようなキャラを保つことなく攻撃的になり。確かにやっている事自体は人から見れば馬鹿馬鹿しいことだろうが、此方としては一種の覚悟のつもりなので何を言われても響かない。「あいつの分をどうするかはあいつ自身が決めることだよ。俺は自分の分だけどうにかできりゃそれでいいからな。──ははっ!確かに山田ならバイトなりでちゃんと貯金して用意する漢気はありそうだよなぁ。…安物勝負でいいなら、公務員の給料でも何とか格好つけられるくらいの物は用意できそうなんだけど。……ま、あいつらが上手くいったらいったで"先生"としては応援するさ。」散々言いたい事を言って出て行こうとする相手の背中に向けて、吹っ切れたかのように自然な笑顔と少しだけ明るくなった声色で返す言葉は傍から見れば痛々しい空元気かもしれない。けれど思いの外その目論見が透けて見えるほどしつこく絡んできた相手を退かせることが出来たのならば結果としては上等だろう。去って行く背中をもちろん引き止める事はなく、再び生き物たちの世話へと戻って。 )
─── …ありがとう、いってきます!
( 優しくて真っ直ぐな芯のある声で紡がれた友人の言葉は背中を押すには充分。みきはこくん、と深く頷けばまだ目元は赤らんではいるけれどキラキラした夕陽色で廊下を迷いなくぱたぱた駆け出して。ひらりと捲れるスカートも、前髪が崩れてしまうことも気にならない、ただただ早く彼の元に行きたくて、気持ちを伝えたくて、みきは振り返ることなくただただ彼の元へと走り。これで玉砕してしまったとしても悔いは無い、どんなに面倒くさい生徒だって思われても彼が好きなことはどうしようもないし今更こんな性格だって変えられない。 だって嫌だもん、好きな人が自分以外の女の子に触れさせるのも予約をさせるのも、全部全部嫌だし気に食わない。彼に恋をするまで自分がこんなに嫌な子だと知らなかったし知りたくもなかったけれど、けど知ったしまったのならこんな自分もまとめて愛せるように生きていくしかない。そんな気持ちが溢れるように零れ出した涙を拭うことなく漸くいつもの準備室までたどり着けば、いつもの前髪を治す時間すら惜しくてそのまま扉を開け「 ─── っ…みき以外の子に予約させるのやだ!消えちゃうならまたみきが書くから、ずっとみきだけの予約にして! 」と自分の決心が揺らぐ前に兎に角これだけは伝えようと決めていたことを第一声に投げて。聞く人が聞いてしまえばプロポーズのように聴こえるこの言葉も本人は完全に無意識。走ってきたから前髪はぐちゃぐちゃし、涙はボロボロ溢れてるし、目元は真っ赤だし、服のスリットも乱れてる決して可愛いとは言えない今の自分でも後悔だけはしないようにとその瞳は真っ直ぐに彼を見つめていて。 )
───っ!!?、
( 軽やかに駆けて行く想い人の背中を見送る男子、企てが潰されて不機嫌に自分のクラスへと戻る女子。もちろん廊下にだって沢山の生徒がいる中、涙を溢れさせながら走るチャイナ服の女子はきっと1番異質に見えるのではないだろうか。聞き慣れた足音に近い気がするが、いつもより慌ただしく扉の前で止まる気配もないそれに油断してしまうのは仕方のない事で。過去かつてない程に勢い良く開いた扉と、挨拶や先生と呼ぶ声でも無く飛び込んできた言葉に驚きすぎて声は出ず、肩は大きく跳ね心臓は痛いほどばっくんばっくんと脈を早めて。そんな心臓を治めるように服の胸元をぎゅうと握りしめながらまん丸く見開かれた目はこぼれ落ちそうなほど。「──………はっ?……え、みか…え?なに、……つーかびびった……ちょ、待って…心臓いって……。」いったい何が起こったのか理解するのに時間が掛かるのは、彼女が今目の前にいる事をまったく予想していなかったから。ついさっきまで山田と手を繋ぎ、自分から隠れるように山田の後ろで悲しそうな顔をしていたはずの彼女がなぜ今ここにいるのか。考えようとする頭よりも、とりあえず先に鼓動が周りに聞こえるのではというほど煩く鳴る心臓を抑えるのに必死な様子でタイムを唱えて。 )
!!
……ご、ごめんなさい……。
( どうやらあまりに自分の“伝えたい”という気持ちを優先しすぎてしまったせいで彼を驚かせてしまったらしく、タイムを唱えられれば先程までの勢いはどこへやら小さな声で謝罪しながらすすす…と開け放した扉の廊下側へ隠れてしまい。びっくりさせちゃった、伝わってないかも、もう一回言わなきゃだめかな、もう言えないかも、と先程あんなに勇ましく飛び出した割にやっぱり好きな人のことになると小心者になってしまうのは恋する乙女として仕方の無いこと。彼の心臓が落ち着くまで……もとい自分にまた勇気が出るまではここに居ようとその場でようやく自分の格好が酷いことに気がついたのか慌てて前髪やら服装を治していき。─── ……もしかして、迷惑だったとか。ふと浮かばないようにしていた不安が一度浮上してしまえばもうそこからは自分との戦い。今度はみきが扉の向こうから出られなくなってしまい、その場でしゃがみこんだままぐるぐると混乱する頭でこれからどうしようかと悩みこんでしまい。 )
────……はー………、
( 少しして漸く心臓は落ち着きを取り戻し、ゆっくりと息を吐けばちらりと彼女の方を見て。先程の勢いはしおしおと萎んでしまったようで、扉の向こうにしゃがみ込んで動かなくなってしまった様子。ペタペタとサンダルの音を響かせながら扉の方へと近付けば「…ったくお前は……。廊下は走るないきなりドア開けるなって何回言えば分かるんだか。」と、いつもの調子でいつもの注意を。最初の勢いがあまりにも凄すぎたおかげで彼女が何を言っていたかを今になってやっと頭が処理してくれたらしく、眉を下げて呆れたような笑みを薄らと浮かべながらとりあえず立ち上がる手助けをするべく手を差し伸べて。 )
!!!
( こちらにぺたぺたと近づいてくるサンダルの音にびく!と肩を跳ねさせては“怒られるかも” 、“我儘だって思われるかも”と一度芽を出した不安の種は留まることなく成長していき。だがしかし当然怒られると言うよりは普段と同じような調子で普段と同じような注意をされただけ。表情だって呆れたように笑っているだけだし此方に差し伸べられた手はいつもと全くおなじ優しいもの。みきはたっぷり時間を使って迷った後におずおずと遠慮がちにその手に小さな手を重ねれば「 ……ご、ごめんね…、心臓だいじょぶ…? 」と不安でいっぱいの赤みの残る瞳でちらりと彼を見上げては先程驚かせたしまった謝罪をぽそり。否、謝らなければいけないのはこれだけでは無いのだけれど、今のみきはひとつひとつ消化していくのが精一杯なので。 )
何とかな。
三十路の心臓は大事にしろっていつも言ってんだろーに。
( 己の心臓の脆さを前面に出しては溜息混じりの笑いを零し、重ねられた小さな手を優しく握ればくい、と軽く力を入れて彼女を引き起こして。そのまま腕を伸ばして開きっぱなしだった扉を閉めれば、手を離してまたペタペタと水槽の前へ戻り。無意識とはいえさっきまで此処にいた1年生に対しての声色とはまったく違いすぎて、自分自身がいかに単純かが浮き彫りになるようで何とも言えない気持ちになる。そんな事を考えながら「…髪振り乱してまで慌てて来てくれたとこ悪いけど、お前に書かれた線ついさっき自分で引き直したばっかりなんだよな……。」と、どこかばつが悪そうにひらひらと左手を掲げては色濃く復活した薬指の黒い線を見せて。こうして彼女が来てくれるとは思わなかったので、自分で線を濃くした事により何だか未練がましい男みたいだと自嘲気味に引き攣った笑みを浮かべて。 )
、─── …!!!
( 大好きな手に優しく引き上げられ、そのまま室内に誘われれば大人しくついて行く他なく。ただその途中にふと目線が言ってしまった彼の左手の薬指の指輪は色濃く復活しており、自分の薄まった黒い線とは明らかに黒色の濃度が違うと理解してしまえばみきの顔からサッと血の気が引いて。もしかしてえまちゃんが?そんなモヤモヤが生まれてしまえばするりも離れた手すらも不安で、嗚呼きっと私これからフラれちゃうんだと嫌にドキドキしている心臓をどうすることもできずに─── 当然彼の心の内は知らないので ─── ただただ死刑宣告を待つような気持ちで次の彼の言葉を待っていれば、漸く告げられた言葉は予想だにしないもの。「 ……へ、 」とただ一言間抜けな声と共にまたひとつ涙がこぼれ落ちては、彼の言葉の意味が全く分かっていない顔で呆然と彼を見つめて。それって他の誰にも書かせないように?そんな質問は頭の中でしか呟けなくて、みきはただただどこか自嘲気味な笑みを浮かべる彼から目を離すことが出来ず。 )
──な、何だよ……、
いくらやってる事がキモいからって、泣かれるとそれはそれで傷付くんだけど…さすがに……。
( いつもと違った緊張感を持った彼女の様子に気付くことなく、ただいつもの調子で話しかけただけ。その結果、目の前の彼女が何とも間抜けにこちらを見続けてはくるものの何故だか流れる涙にぎょっとしないはずも無く。彼女が書いた線が消えそうだからといって本人の許可無く自分で引き直す、なんて確かによくよく考えれば痛いしキモいしいくら相手が彼女とはいえ怖がらせてしまっただろうか。気まずそうにぽつぽつと言葉を零しながら目を泳がせてはこちらを見つめる夕陽色に耐えられなくなったのか、くるりと背を向けて誤魔化すように水槽のメンテナンスを始めようと。 )
っ~…………!
( 彼の言葉の意味が全て頭の中で繋がっていけば、辿り着いたのはやっぱり“みきの予約を彼自身の意思で延長した”ということ。それを理解した瞬間先程の不安なんてどこかに飛んでいってしまい、今度は不安の涙でも恐怖の涙でもない涙と大好きの気持ちが溢れてそれをぶつけるようにそのまま彼の背中にぎゅ!と抱きついて。嗚呼もういいや、だって好きだもん。そんな気持ちを込めて彼の腰に手を回して全部の気持ちを押し付けるように彼を抱きしめては「 違うの、…嬉しいの。……すき。せんせーだいすき! 」と彼の言葉を否定しながら、やっぱり彼を嫌いになんてなれないしこの好きを諦めようだなんて出来るわけがなくて口から出るのは彼への愛情表現ばかりが溢れて。ガヤガヤと賑やかな学校とは隔離された、フィルターの音が響く準備室。色んな人に囲まれながら彼といるのも好きだけど、やっぱりこの場所がいちばん落ち着くし大好きな場所で。 )
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