女子生徒 2024-04-30 23:32:52 |
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いや別に怒られたくないからとかいう訳じゃ……、
( 彼女に手綱を握られているかのように思われているのかと、田中えまの思考からは若干ズレていることになど気付くはずもなく渇いた笑いを零し。たった1学年違うだけなのに彼女よりもいやに蠱惑的な仕草や声色にある種の感心を覚えるも、やはり目の前の相手はただの可愛らしい"いち生徒"でしかなく。更には薬指に刺激を受けたことで黒い線の存在を思い出せば優しい目でそれを見た後そのまま相手に視線を向けて「──悪いな。昨日も言ったけどコレがある限りは予約されてんだ、俺。」と、むしろ相手にとっては悪手となり(此方にそんな意識などもちろん無いのだが)。子供のお誘い…もとい小悪魔女子の誘惑()をあっさりと切り抜ければ「御影ー。そろそろ教室戻るぞー。」と未だ後輩たちの輪の中にいる彼女へと声をかけて。 )
『 !
─── やっぱりせんせーって一途で素敵ぃ。じゃあそれが早く消えちゃうようにえまはお祈りしておこうっと。次はえまが予約させてくださいねえ。 』
( どうやら他の男だったら流されてくれるような内緒のお誘いはどうやら彼にとっては効果的どころかむしろ真反対。此方に見せたことの無いような慈愛に満ちた瞳は誰がどう見てもその黒い線で予約をした“相手”に他とは意味の違う愛情があるのなんて明白、えまは1度だけ彼に聞こえないように舌打ちをすれば直ぐに天使の仮面を被り直して変わらずあまったるい声で次の黒い線を引かせてとねだって。だってソレ、明後日とかには消えちゃうでしょう?そう言わんばかりに細められた瞳はわかりやすいみきとら違い感情の読めぬ不思議な色をしており。一方のみき、ようやく後輩たちとの会話に緊張も抜けていつものようにきゃっきゃとはしゃいでいたけれどそんな時でも好きな人の声はするりと耳に届くもので、彼から声をかけられれば「 はぁい!……またね、お話してくれてありがとう!とっても楽しかった! 」と人懐っこい笑顔で後輩たち(もちろん女子のみ)をぎゅ!と抱きしめてからぱたぱた彼の方へ駆け寄ってきて。「 ただいませんせー、待っててくれてありがと! 」と後輩たちに見せる笑顔とも同級生に見せる笑顔とも違う、彼にしか見せないだいすきの詰まったキラキラした笑顔を浮かべ。 )
はいはい、来年覚えてたらな。
( 時折現れる仮面を脱いだ相手の本性は、隠すことに慣れているだろうおかげで此方が気付くことはなく。この黒い線、あくまで彼女の不安を少しでも拭えればと思って書かせただけのもの。それをわざわざ次書かせてくれだなんて、三十路のおっさんの予約なんかして何が楽しいんだか。と呆れたような溜息を吐くもそれを躍起になって拒否するのもおかしな話。仕方なく流すように来年(きっと自分は忘れているだろうが)の文化祭で機会があれば、という体でこの1年生のおねだりはここまで。もちろん来年自分が異動になるかもしれないし確約というわけでは無く。小気味良い返事と共に自分の元へ戻ってきた彼女を「どういたしまして。楽しそうで何よりだよ。」と、微笑みながら迎え。いつの間にか側を離れて教師の横に立っている1年生に気付いているのかどうかは分からないが、無事に後輩たちと楽しいお喋りを終えた様子には慈しむような視線が自然と向けられて。 )
うん!…あ、みんなにお菓子もらったの!
あとで一緒に食べよ。
( いつだって恋する乙女は大好きな人しかその瞳には入らないもの。優しくこちらを見つめるダークブラウンに嬉しそうにきらきらとした笑顔で先程後輩たちからもらったばかりの焼き菓子たちを彼に見せては、今日は昨日の文化祭よりもゆっくり出来る時間が多いだろうと貰ったお菓子は当たり前に彼と食べようと思っていたようで。そうして漸くえまに気がつけばさっき心の奥に遠のいたばかりの不安がじわじわと心が侵食してきたけれどそれを一生懸命に心の中に押し込めて「 えまちゃんも、連れてきてくれてありがとう!色んなお友達ができてたのしかった! 」となんにも知らない人畜無害な笑顔を浮かべて。もちろんえまはそんなこと面白くないだろうからこてりと可愛らしく首を傾げて見せれば『 いーえ。えまもせんせーとお話できて楽しかったですぅ。その“流行ってる薬指の線”、次はえまが書いてもいいって言ってくれましたし~。 』と敢えて彼のではなくみきの方の左手を指させば見る人が見たら悪意すら感じるだろう満面の笑顔でさらりと告げてはこれ以上話すことは無いのかひらりと手を振ってまたクラスメイトたちの輪の中に戻っていき。 )
はは、ちゃっかり餌付けされてんじゃん。
( この短時間ですっかり手懐けられた(語弊有り)様子の彼女を可笑しそうに見つめながら、貰ったお土産は当たり前のように自分と食べる予定だという彼女の頭を優しくひと撫で。田中えまこそ綿密に練られたボディタッチを駆使しているが、こうして自分から触れるのは彼女だけだという事実は無意識ゆえに本人すらも気付いておらず。しかしそんな相手が去り際に放った一言は内容こそ間違ってはいないものの伝え方のせいで変な誤解を生んでしまいそうなもの。「なっ……、いやそれは…!…ら、来年覚えてたらって話だしそもそも絶対ってわけじゃ……!」なんて自分でも驚くほど慌ててしまったのは彼女にあらぬ誤解を抱いてほしくないがため。もちろん無自覚ではあるのだが、その慌てっぷりは本来えまからすれば色仕掛けしたときに見たかった反応で。のらりくらりと余裕そうに躱していた相手が慌てるのは、やはりその根本に恋敵の先輩がいる時だけ。だが決して悔しそうな顔なんて見せるはずもない小悪魔ナースが友人たちの所へと戻っていけば、後に残されたのはお揃いチャイナの2人組。『先輩、また遊びに来てくださいねー!』という後輩たちからの純粋な笑顔に押されて漸く賑やかな1-Aから廊下へと出て。 )
、─── … 。
( 彼に頭を撫でられて幸せにへにゃへにゃと頬を弛めていたものの、えまから告げられた衝撃的な一言にその瞳からはするりと幸せが抜け落ちて残ったのは驚きと悲しさと、ちょっぴりの落胆。そっか、みきだけじゃないよね。…みんなに予約する権利があるし、せんせーは不安がってたみきを励ますために書かせてくれたんだんね。言葉にはしないけれど心の中でどこか冷静な自分がそう囁いてくれたおかげで慌てた彼のフォローに対して何かを言い返すわけでもなく何事も無かったかのようににこ!と笑えば「 せんせー、帰ろ! 」とその件については何も言わないまま…否、言えないままに後輩たちにばいばいと手を振って1-Aの教室をあとにして。自分のクラスへの帰り道、“昨日1-Aはストラックアウトをしていたらしい”だとか“成功者が多すぎて途中でルールを厳しくした”だとか、出来るだけいつも通りにできるように話を絶やさずにぺらぺらと先程後輩から教えてもらったことたちを彼に話していけばあっという間に自分たちの教室。もちろんクラスメイトたちは2人の様子がずっと気になっていた為わらわらと集まってきて『 みき、先生おかえりー!デートどうだった? 』『 あ、お菓子持ってる、知らない人から貰っちゃダメって言ったでしょー 』『 先生お疲れー、着替えパーテーションの向こうにあるよー 』「 1年生がくれたのー、色んな人とお喋りしてしたよ!宣伝もしてきた! 」とみきは驚くほどいつも通りでクラスメイトと話し、男子生徒たちは『 、…あれ。御影レースのやつつけてなかったっけ 』『 さあ、そんなんつけてた?先生。 』とか話をしながら着替えを手伝おうとやはり彼の方に集まって。 )
───…はー、やっと着替えられる…。
お前ら向こう1年は俺に感謝しろよ。
( 道中ひたすら喋り続ける彼女はいつも通りかそれ以上の勢いで口を挟む隙は与えてもらえず。しかしその様子がおかしいのは長く彼女を近くで見てきたからこそ明らかに分かるもの。あの年頃は大人を揶揄いたいだけ、子供の諍いみたいなものだと田中えまを少しばかり軽く見ていた自分の落ち度なのを今になって理解すれば、あれだけ特別だと喜んでいた薬指の線をもしかしたら来年は違う相手とお揃いにするのかもなんて彼女の心の中に重くのしかかっているのはいくら鈍感ノンデリに定評のある自分といえど分からないはずもなく。ただ残念ながら帰りの道中というのは早く感じるもので、タイミングを掴めないままあっさりと2-Bに帰ってきてしまい。こうなってはわざわざ彼女を連れ出して誤解を解くのもまた変に生徒たちが揶揄うだろうと今は諦め、労いの声に軽く返事をしながら『いや1年は長すぎだから!』とツッコミを受けながら指示されたパーテーションの向こうへと。手伝おうとしてくれている男子生徒の指摘に一瞬どきりと心臓が跳ねたが、「…最初っから着けてるじゃん。ほら、手首に。」と初期位置を微妙に操作しつつそれ以上は黙って着替え始め。 )
『 デート満喫してきた? 』
…。うん!たのしかった!いっぱいお写真も撮ってもらったよ。
( 確かに満喫は“していた”のだけれど、ラストはちょっぴりそうでは無かったかも。そんな事は絶対にこうして送り出してくれたクラスメイトに言える訳もなくみきはただただにこにこと笑って誤魔化して。だって楽しかったのは事実だし、デートということを彼に否定もされなかったし、それならデートは満喫してきたは嘘では無いので。相も変わらずきゃいきゃいと友人の恋愛事情にはしゃぐ女子たちと変わって男子たちのいるパーテーションの向こう側。彼の指摘に『 あれー、足じゃなかったっけ 』『 それお前の妄想じゃね?脚フェチじゃん 』『 まあ御影足綺麗だもんなー 』 『 チャイナ服スタイル見えるからいいよな、メイド服より俺好き。 』とわらわらと思春期男子的な会話を繰り広げつついつもの服装に着替える彼を適当に待っていて。 )
『………みき、あんた何かあった?』
( きゃいきゃいとクラスメイトの恋愛トークに花を咲かせる中、彼女があきちゃんと呼ぶ恋愛上級者(らしい)ただ1人が少しの違和感に気付いたようで。散々盛り上がって周りが少し離れたところでこっそりと彼女に耳打ちを。日頃から相談に乗っていたりしているからこそ分かるほんの少しの機微を感じ取ったのだろう。一方パーテーションの裏側では華やかさや不穏さなど欠片も無く、ただひたすらにお年頃の男子たちが各々の感想を語り合っていて。着替えている自分はその話題にこそ混ざってはいないものの、男子たちの案の定と言った焦点の合い所にほら見ろ。と心の中で彼女に対して呟いてみて。男同士ということで気兼ねなくそんな会話を繰り広げているのだろうが、懸念していた視線が彼女に向けられていたのだと改めて分かると胸の内にはもやりとしたものが。「お前らそうやってはしゃいでられんのも今日までだぞ。…文化祭が終わって少しすれば、楽しい楽しい期末テストが待ってるからな?」着慣れた白衣に袖を通して着替えは終了、それと同時に意地悪い笑みを男らしく盛り上がる彼らに向けて。 )
、あきちゃん……。
─── …んーん、なんでもないの!お腹空いたなーって。
( 友人たちとこうして会話をしていればなんとなくさっきの出来事が脳の片隅に追いやられるような気がして、でもきっと彼を見る度に切り裂かれるようにずきずきと心が傷んでしまうんだろうなと思うと先程お菓子一緒に食べようなんて誘わなきゃ良かったかも、なんて考えてしまう始末。そんな自分が嫌でどうしようもなくなってきた時に声をかけてくれたのは自分がいちばん仲良しと言っても過言では無いあきちゃん。みきは驚いたように瞳を丸くさせた後にへらりと笑えばなんでもないとふるふる首を振って。だって今口を開いたら絶対にえまのことを自分の主観で悪く言ってしまうかもしれないし、ヘタをすれば彼にだって酷いことを言ってしまうかもしれない。あと泣いちゃうかもしれないし。そんな嫌な子には絶対なりたくなくて、みきは誤魔化すようにサラリと嘘をついて。─── そういえば忘れていた期末テスト。彼の言葉にぎく、とわかり易く男子たちの表情が固まったり嫌そうに歪められれば『 楽しんでる時に嫌な話禁止だろせんせー! 』『 期末テストなんてたのしくねーよ! 』『 あー今ので現実戻ってきちゃった折角チャイナ堪能してたのに! 』『 まじでやだ次赤点だったら塾行かされるんだよ 』とブーイングの嵐で。だがしかし彼が着替え終わったのならばもういいだろうとわらわらパーテーションから出てきては『なー御影聞いてくれよ鳴海先生がいじめてくんだけど』『 文化祭中にテストの話って禁止だとおもわねー? 』とみきの異変にはもちろん気が付かずに会話に巻き込んで。 )
『……そう?…なんかあったら言ってね。』
( 違和感を感じているのは確か。しかし友人本人が何でもないと言うのであればそれ以上に深掘りなんて出来ず、踏み込んで欲しくないことだってあるだろうと眉を下げつつも何かあった時は頼ってほしいと小さく伝えて。黒い感情を吐き出せないのは彼女がどこまでも優しすぎるせいだが、今この教室にいる誰もがそんな事分かるはずもなく(先生はもしかしたら心当たりはあるかもしれないが)。パーテーションの後ろから突如として聞こえてくる盛大なブーイングに教室内のクラスメイトが何事だと目を向ければぞろぞろと出てくる男子+教師。男子たちの会話の種が彼女のコスプレ関係からテストに対する阿鼻叫喚の嵐となったことで、爆弾を投げつけた本人は至極満足そうに笑っており。しかしこういう時に限ってわざわざ彼女を会話に巻き込むあたりは此方にも少々今は気まずいものがあって。「…人聞き悪いな、誰がいじめたって?散々楽しんだんだからそろそろテストの話題も織り込んで現実に戻してやろうっていう先生の優しさだろーが。」と、彼女の方には何だか視線を向けられずに未だ文句タラタラの男子たちの肩に手を回してだる絡みを。 )
……ありがとうあきちゃん。
あきちゃんの優しいところだいすき。
( 今はただ友人の優しさと気遣いがとても嬉しくて、みきは眉を下げながらふにゃりと笑えばちょっぴり泣いてしまいそうな顔を隠すためにぎゅ!と彼女に抱きついて。こうやって優しい人たちに囲まれて愛されているのだから、尚更心配をかけさせる訳にはいかないなぁなんて思ってしまうのはせめてもの強がり。本当は今にでも泣き出してしまいたいけれど、誰も困らせたくないのでせめて1人になるまでは我慢しようと。だがしかしそれから直ぐに聞こえてきたパーテーションの向こう側のブーイングにびく、と驚いたように肩を跳ねさせれば出てきた男子たちの言葉に困ったように苦笑いを浮かべ。「 みきも禁止だと思う~。 」なんて軽口を返しながらも気になってしまうのはどうにも此方と目が合わない彼のこと。男子たちに対してはいつも通りに見えるけれど、一緒にいる時間が長いからこそどこかギクシャクとしているのは伝わってきてしまい自分が最初に変な態度をとってしまったのがきっかけだけれど今の彼の様子で傷つかなかったと言えば嘘になるだろう。『 まだはえーよ!せめて明日でいいって! 』『 夢の国に遊びに行ってる最中に次の日の学校とか考えたくないのと一緒だって! 』『 ちょっとせんせー、あたしたちも巻き込まないでよー 』だなんて変わらずわちゃわちゃと彼と戯れてる男子や途中で野次を投げる女子を眺めながら、今の様子ならこっそりと教室を抜けられるかもとタイミングを見計らってみきはするりと教室を抜け出して。 )
───『あれ?みきは?』
( だる絡みをすれば絡み返してくる男子たちとわちゃわちゃやり取りをすること数分、彼女の方を見られなかったことが仇となったのかいつの間にかいなくなっていた事に気付いたのはそんな女子の一言。彼女の元気が無くなってしまったのは間違いなく田中えまと話した後なので原因を知っている分すぐさまフォローできなかった自分がやるせなくて。…否、フォローしようとはしたが普段は猪突猛進なくせにこんな時だけ身を引こうとする彼女に踏み込めなかった。「…じゃあ俺もう行くからな。しっかり宣伝してきてやったんだからこの後も頑張れよお前ら。」と周りに群がる生徒に声を掛けて自分も教室を後にしようと。────彼女がいない事に気付いて教室を出る少し前。『あれ、御影?』ひとり抜け出した彼女と別に元々教室に居なくてちょうど今戻ってきたのはヴァンパイアのコスプレに身を包んだ山田。言わずもがな先日のミスターコンにてこちらも一躍時の人状態、クラスメイトからいやに気合の入ったコスプレを施されていたらしい。 )
─── ……山田、くん。
( 少しだけ期待をしていた。もしかしたら少しでも彼も自分と同じ感情を持ってくれてるんじゃないかって。けれどやっぱりそれは自分の都合の良い妄想でしかなくて、あんなに特別だと思っていた左手の薬指が彼にとってどの生徒にでも書かせられるものなのだと気付いてしまった今は自分のそれすらもなぜだか凄く色褪せて見えてしまう。こんな単純な自分すらもとても嫌で、今にも涙がこぼれそうに鼻の奥がツン、とすればふと自分にかけられた声に顔を上げて。少し気弱で優しそうないつもの雰囲気とはまた違う、夜を総べるヴァンパイアの格好をした山田くん。クラスの女の子たちが今日の朝きゃあきゃあはしゃぎながらメイクアップを施していた甲斐があり、10人が見たら11人がメロメロになってしまいそうな完成度だ。みきは慌てて出かけていた涙を拭って「 山田くんも宣伝しに行ってたの?ヴァンパイア似合ってるね! 」と先程まで教室にいなかった理由を問いかけつつもにこにこと相手の様相を褒めて。 )
『宣伝ついでにちょっと他のクラスの友達のところにね。……それよりも御影、何で泣いてたの?』
( いつも通りの笑顔で相手を褒める彼女に特に変わった様子など無いように見えると多数の人間は言うのだろう。しかし彼女を想い、見続けてきた山田には彼女の親友に近しいほどの目が備わっているのは当然のことで。更にはほんの一瞬だけだが、目元を拭うような仕草のとき少しだけ目に光るものが見えたような気がする。そうなればもちろん気にならないわけがなく、先日見事に玉砕して"友達"としてまた一歩を踏み出したとはいえそう簡単に消えてくれない厄介な恋心がまたその存在を主張してきているようにも思えて。チャイナ服の彼女もとても可愛らしいが、自分だってガラにもなくこうしてコスプレ衣装を纏っているのはやはり少しでも想い人によく思われたいからという下心が無きにしも非ずなので。 )
、……。
……あのね、みき、バカだから。勘違いしちゃってたの。もしかしたらみきは特別なのかもって、……でも、違った。特別でもなんでもなかったの。
( いつも一緒にいる親友のあきちゃんに加えて、きっと自分が気がついたら彼を目で追ってしまっているのと同じように山田くんもそうして変化に気づいてくれているのだろう。自分勝手に告白を断ったくせにこういう時には頼るだなんてなんとも自分勝手だと思うけれど、ぽろりと出てしまった本音は留まることなく唇からこぼれ落ちていき止めることが出来ずに。彼も、それからえまも悪くない。ただ自分が一人で舞い上がっていただけ。ただそれだけのことなのに堰を切ったように零れ出した言葉たちと共にはらはらと瞳からは涙の粒が零れ、笑おうとしても表情筋はどうしても言うことを聞いてくれない。「 全部、みきが1人ではしゃいでただけだったの。……それに気付いちゃって、ちょっと悲しくなっちゃった。ごめんね、…こんなこと言っても、どうしようもないのに。 」きっと山田くんのことだから誰のこと、なんて直ぐに分かってしまうだろうけれどどうしても彼のことは悪く言いたくなくて、みきの口からは誰の名前も出てこない。ごし、と乱雑に涙を拭っては何とか動いた表情筋で笑顔を作り出しては、このまま山田くんの傍にいたらきっと自分勝手に甘えてしまうだろうと山田の横を通り過ぎようと歩き出して。 )
『勘違いって……。…俺には、そんな事ないように見えたけど……。』
( 先ほどまでの可愛らしい笑顔はもはや見る影もなく今やぽろぽろと涙の溢れてしまっている彼女からは、特定の相手に向けられた普段の自信たっぷりな"好き"という感情に逆に押し潰されそうになっているのではないだろうか。自分の口から言うのは何だか悔しいが、件の相手は第三者から見る限り彼女の想いには特別に応えているように見える。しかし彼女の口から出てくるのは自分自身に対する戒めのような言葉ばかりで。それはどこまでも優しい彼女ゆえにかもしれないが、それだと苦しいのもどこまでいっても彼女だけになってしまう。そんな事を思っていれば無理矢理動かしたであろう表情筋でぎこちない笑顔を作った彼女はこの場を後にしようとしていて。『──っ、御影…!』と、咄嗟にその手を掴んでしまい。 )
!
…………山田くん、…。
( これ以上ここにいたら自分を取り繕えなくなってしまうし、きっと山田くんにも迷惑をかけてしまう。その一心でこの場から抜け出そうとした体はその張本人によって引き止められ、みきの大きく開いた夕陽からはまたぽろりと一粒涙がこぼれ落ちて。この手を今すぐに振りほどいてしまえば良いのに、何故だかそれが出来ないのは今自分の心が弱っているからなのだろうか。それとも無意識に目の前の彼ならば確実に自分の味方になってくれると思ってしまっているからなのだろうか。そうだとしたら本当に最悪の子になっちゃう、とせめてもの強がりでふるふると首を振れば「 だ、だめ。……今、いつものみきじゃないから、…今は、ワガママな嫌な子だから、……山田くんを、困らせたくない。 」と、今すぐにでも助けを求めたいだなんて本音は言えるはずもなくただぼろぼろ涙を零しながら目の前の心優しい友人を困らせたくないのだと小さく答えて。 )
『…俺は御影のこと嫌な子だなんて思わないし、困ったりもしない。むしろ御影がこうして悲しんでいるなら俺は相手が先生でも──!』
……────俺がなに?
( 止まる事なく彼女の頬を伝う涙を見ていれば握る手には無意識に柔く力が込められて。しつこいと思われてもいい、好きな気持ちは持つだけならタダなんだから。そう自分に言い聞かせながら潤んだ夕陽色を真っ直ぐ見据えては、彼女の心をここまで乱している相手が誰であれ自分が彼女を幸せにしたい。だがその言葉が口から出るより先に聞こえてきたのは、ドアが開く音と同時にきょとんとした顔でこちらを見る件の相手で。───教室からいつの間にか居なくなっていた彼女がどこへ行ったかは分からないが、変な誤解を生んでいることは確か。とりあえず探し出して弁明を、と思ってドアを開ければ思いの外近くにいた彼女ともうひとり。最後の部分しか聞こえなかったが、彼女を前にして"先生"という単語が出たのならば十中八九(自意識過剰かもしれないが)自分の話題だろう。しかしほんの少し前まで何も無かったはずが今は涙を流している彼女を目の当たりにすれば、どこかバツが悪そうな顔を浮かべながらも「あー……山田悪い、ちょっと御影借りていいか。」と伺いを立てて。 )
っ、─── …せんせ、……。
( いつも声が聞こえれば心臓が浮くようにふわふわと心が暖かくなるのに、今だけは大好きな彼の声が心臓を締め付けるように痛くて。思わず繋いだままの山田の手にぎゅ、と力を込めては大好きだけれど今一番顔を見られたくないのも間違いではなくて思わず顔を逸らしてしまい。さっきみたいにへらへら笑える自信はもう無いし、今彼から“特別じゃない”といった意味合いの言葉が降ってきたとしたら立ち直れる自信がない。そんなみきの変化を山田も感じ取ったのかみきの手をそっと握り返しながら『 ……でも、御影泣いてます。…もし先生が泣かせたんたまとしたら、御影を先生の元に行かせる訳には行きません。 』とどこか吹っ切れたような真剣な瞳で彼へと返して。 )
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