女子生徒 2024-04-30 23:32:52 |
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…そりゃ良かったよ。
( 残念ながら受け入れるような言葉とは裏腹に小さな体が強張っているのが感じられて。しかしこれでまた離れてしまえばそれはそれで彼女に余計な不安を与えてしまうだろう。落ち着かせるようにぽん、ぽん、とゆっくりしたリズムでその背中を優しく叩いて暫く、小さく小さく聞こえてきた声は先ほど下手くそな笑顔で繕おうとしていた彼女の本音に違いなく。堰を切ったように再び溢れ始めた涙はすべて自分の服に落としてくれていいからと、抱きしめる手に柔く力を入れてはさらに彼女を守るように包み込んで。「1人にして悪かった。もう何も気にしなくていいから存分に泣いとけ、俺はここにいるから。」彼女の胸に溜まった恐怖のモヤが、泣くことで少しでも流れ出てくれれば。それを願ってただ安心させたくて、背中を叩いていた手を彼女の頭へと移動させれば優しく撫でて。 )
せ、せんせーの時は、食べられそうって思っても怖くなかったの、
でも、…ひく、あの男の人たちが近付いてきたとき、食べられそうって思ったら、怖くて、やだったの。
( ぐす、と一向に収まらない涙はやはり止まることがなく、それと同時にぽろぽろと唇から溢れ落ちる本音はなんにも知らない無垢な羊が初めて恐ろしい狼に出会った時に感じた素直な恐怖の感情。彼の優しい手が頭を撫でてくれる度に、涙がはらはらと頬を滑り降ちる度に、ぴったりと抱き合った体から彼の穏やかな鼓動が聞こえてくる度に、先程まであんなに身体中を支配していた恐ろしい何かが消えていくようで。みきは安心したように彼に体を預けてはまるで子猫が母親に甘えるかのようにすり、と甘えて。もしあと1秒でも彼が来てくれるのが遅かったら、したらもっと怖い目にあっていたかもしれない。そうあったかもしれない未来のことを考えるとどうしようもなく恐ろしくて、だがしかし彼はいつもこうして自分のことを助けてくれるし、“本当に恐ろしい目”に会う前に来てくれるのだ。「 …来てくれて、ありがとう。 」少しの沈黙の後、遠慮がちではあるけれどもようやく涙声ながらも漸く謝罪ではなく感謝の言葉を口にすることが出来て。 )
、……そっか。
でも今回は何も無かったとはいえ、御影に怖い思いさせたことに変わりないからな…そこは俺が反省するところだ、ごめんな。
( 彼女の言葉に喜んでいいやらどうするべきか分かりかねるものの、とりあえずは自分に対する恐怖心は薄らいでいるのではと。そうして感じたことを口にする事で、胸に燻る怖いものを言葉として吐き出してしまえばいい。時折しゃくりあげながら語る彼女にうんうんと相槌を打ちながら、頭を撫でる手は止めることなくまるで壊れ物を扱うかのようにひたすら優しく撫で続けて。数分前、彼女の側を離れてしまった自分を叱り飛ばしたい。文化祭なんてもちろん変な輩は付きものだし、ましてやそんな相手は立ち入り禁止なんて注意も聞く耳持たずだろうことは容易に想像がついていただろうに。お化け屋敷で泣いた彼女を人目に晒さないように此処に来たことが裏目に出てしまったと反省しては、何度目かの謝罪を。恐々と背中に回された手は今やしっかりと自分を抱きしめ返してくれているし、強張っていた体も擦り寄られることで少し緊張が解けてきたような気がする。ぽつりと聞こえた彼女からの"ありがとう"は気持ちが落ち着いてきた証だろうが、こちらとしては自らの罪悪感や不甲斐なさを感じることも事実。「…当たり前だろ。お前は、…俺の可愛い生徒なんだから。」教師が生徒を守るのは当たり前。……例えそれ以上の感情があったとしても、今はまだ可愛い教え子を危険から守るのが務めだと。その言葉は彼女はもちろん、自分にも言い聞かせているようで。 )
、ううん、
助けてくれたから、いいの。…悪いのは、あの怖い人たちだもん。
( ずっと優しく頭を撫でてくれる彼の大きな手はどこまでも暖かくて穏やかで、みきは彼の言葉にきょとん。と涙に濡れた瞳で彼を見つめてはふるふると首を振って悪いのは彼ではなくそもそも文化祭のあるべき姿を理解していないあの男たちの方だと。むしろあの男たちのせいで一度でも彼の手に怯えてしまった自分が嫌だし許せないと思っているくらいで、こうして助けてくれた彼に感謝こそすれど謝ってもらうことは何一つないのだと。そもそも此処だってお化け屋敷で泣いた自分の泣き顔を他の人に見られないようにと彼が気を使って連れてきてくれた場所なのだから、そもそもの発端は自分である。首元の涼やかな音色がくぐもるほどに、彼とひとつになってしまえばいいのにと言わんばかりにぴったりとくっついた身体はもうすっかり緊張は解けて、今はただただ落ち着くために彼の鼓動と自分の鼓動が合わさるのを聞くように穏やかで。何度だって言われた、またこれからもきっと彼にとって自分はそうなのであろうという“可愛い生徒”という肩書きはなぜだか今はどうしようもなく悲しくて、じゃあもし自分が卒業して彼の生徒では無くなった時に果たして自分は彼にとっての何なのだろうという疑問がふつふつと湧いてきては「 ……可愛い、生徒。 」 と彼の言葉を小さな声で復唱して。まるで一線を引くように、立ち入り禁止の張り紙のように二人の間にあるその言葉はひどく高くて分厚い壁のようで、こんなにも体温を分け合っているはずなのにそれ以上近づくことが出来ないのが悔しくてみきは思わず抱きつく力をきゅ、と緩く強めて。 )
……しかしあれだな、
ああいう奴らはどこにでもいるもんだなほんと…。
同じ男として呆れるっつーか恥ずかしいっつーか…。
( 彼女の言う通り、純粋に楽しんで文化祭に参加している生徒や他のお客さんに対しての冒涜に近いことをやらかした彼らが悪いのは明白。ましてや逃げられない生徒を狙ってナンパしにくるなんて、なおさら男の風上にも置けないと溜息を吐いて。彼女が落ち着いてきた頃を見計らってほんの少しだけ体を離しては、だいぶ止まってきた涙を今度こそ拭くために再び自分の袖先を伸ばしてゆっくり、彼女の反応を見ながらその目元に近付けていき。抱き付く力を微かに強められたことに気付けば、すべては分からなくともどんな気持ちが込められているか多少ならば分かるような気がする。それは彼女との付き合いの賜物かもしれなくて、小さな復唱に薄く頬を緩めれば「そ。可愛い生徒。…でもこういう事するのは、生徒の中でもいちばん手が掛かるお前だけだよ。」と、応えるようにこちらも僅かに力を込めて。生徒に優劣をつけるつもりもなければ贔屓をするつもりもないのは大前提。しかしこちらとて人間なので、そんな建前の裏にどんな気持ちや感情を込めるかはその人の自由だと、他の生徒にはしないような"ケア"は彼女だけだと改めて口にして。 )
……ああいう事されると、男の人がみんな怖くなっちゃうからこまる、
本当はこわくない人にまで怯えるの、その人にも失礼だもん…。だから、さっきはごめんね。
( だいぶ恐怖心も落ち着いてきたのか、彼の言葉にこくんと頷きながらも先程の自分の咄嗟に取ってしまった行動を思い出しては困ったような悲しいような表情で眉を下げて。本来ならばしなくても良い警戒をすることによっての自分の気苦労よりも相手に対しての気持ちを考えるあたりはとてもみきらしく、だからこその彼と出会ってから初めてであろうあんな拒絶の仕方をしてしまったことに対してしょんぼりと謝罪して。だがしかし今度はもう大丈夫で、此方の様子を伺いながらゆっくり近づいてくる彼の手にはもうすっかり警戒心や恐怖心を無くしたように無防備に瞳を閉じて。きっとみきの考えていることはなにでも彼にバレてしまうのだろう、此方に応えるように僅かに強くなった抱擁と彼の言葉たちに涙に濡れてキラキラと光る夕陽色は大きく見開かれて。だがしかし氷が溶けるようにその表情もだんだんと柔らかく幸せそうなものに変わっていけば「 ─── …みきも、触って欲しいなって思うのせんせーだけだし、こうやってぎゅってしていいのもせんせーだけ。 」だからずっとせんせーの一番手のかかる生徒でいさせてね、そんな台詞がどうしても言えない代わりに“だいすき”と小さく囁けば彼の言葉の裏にどんな意味が隠されているのかも知らぬままにこにこふわふわと花のように笑って見せて。 )
仕方ねーよ、
あんなの男の中でも一部だろうけど被害側からしたらそんなの関係ないし、実際会ってしまったら怖いもんな。
それにさっきのは俺の配慮不足だからお前は何も気にしなくていいんだよ。
( 人間の防衛本能は反射的なものなので気持ちだけではどうにもすることが出来ないのは重々承知している。彼女自身も拒絶をしたことにショックを受けているのだろう、しかし何も悪くない彼女が気に病んだり謝ったりする必要など本来まったく無いわけで。だが自身の起こした行動を怖かったからだけで済ませることなくむしろ自然と相手を気遣う彼女らしさは素直に凄いと思う反面、それが積もり積もれば彼女自身をその自責の念で押し潰してしまわないか心配にもなってしまうのも本音。彼女を責めることなどもちろん毛頭無いのだが少しでもその気持ちが軽くなればとつとめて明るく声を掛けながら、瞳を閉じる彼女の様子にどこかホッとしてそのまま残った涙とその跡を拭い取って。花が綻ぶようないつもの笑顔を浮かべながら紡がれる彼女の言葉は、きっと言葉通りの意味でひたすらに純粋なのだろう。しかし男としてはそんな事を言われれば嬉しくないはずもなく、またそんな台詞を他の誰かに向けないで欲しい気持ちもあったりするわけで。…とはいえそれをそのまま口にするわけにもいかず、「お許しどーも。……でもさすがにそろそろ終わりだな。」と微笑んでは、忙しさのピークを終えたらしい生徒たちの声が少しずつこちらへと近づき始めているのが遠くに聞こえた為いつまでもこうしている訳にはいかないと小さく溜息吐いて。 )
……せんせーも悪くないもん。
( 恐らく此方に気を使わせないようにしてくれる彼の明るい声と、優しく涙を拭ってくれるその仕草から伝わる暖かさは彼の面倒見の良さと優しさがこちらにひしひしと伝わってくるようで。そんな彼の配慮不足だなんてある訳もないし、きっと待ってろと言っていたのはこんな泣き腫らした顔で人前には出たくないであろうという彼の気遣いからだろうということはみきも分かっているので当然彼が悪いわけがない。みきはぎゅう、と彼の胸に顔を埋めてはあくまで悪いのはあの男性たちだと断言するようにぼそりと小さく呟いて。こうしていられる時間ももう終わり。そんな彼の言葉に嫌だと素直に言えたら、または素直に言える関係だったらどんなに良かっただろうか。みきは寂しそうに眉を下げた後に「 ─── 最後にもっかい、 」 と自分が今彼に言える、言っても良い我儘を小さく強請って。本当はこれすらも言って良いかと言われたら胸を張って良いとは言えないのだけれど、だって今自分は怖い目にあったんだものと心の中で言い訳を並べては離れるのを惜しむようにもう一度だけ彼の胸に顔を埋めて。 )
!……そっか、ありがとな。
…とりあえず冷やしとけ、いつまでも腫らしてる訳にいかねーだろ。
( 胸に顔を埋めているせいか少しだけくぐもって聞こえる小さな呟きにゆるゆると目を細めて。しかしお化け屋敷で泣いた際に目を擦り、そこからあまり間を置かずして再び涙を流すことになってしまった彼女の目は随分と赤くなってしまっており。そもそも彼女の側を離れた理由として取りに行っていた保冷剤をポケットから取り出せば、午後に備えて少しでも腫れを引かせるべくまだ充分に冷たいそれを差し出して。これがいつもの公園の別れ際であればきっともっと駄々をこねていたかもしれないが、さすがの彼女もその辺りの分別はついているようで。…とはいえ少しだけ葛藤しているのが目に見えて分かるような気はするのだが。「はいはい。」と小さく笑みを零しながら、現状辛うじて許される程度の可愛らしい我儘をすんなり受け入れては愛おしそうにきゅ、と抱き締めて。ほんの一瞬だけ、"離したくない"という思いが頭を過ったのは彼女には内緒で。 )
!ありがと……。
…もしかして、さっきこれ持ってきてくれてたの、?
( ポケットから出てきたのはまだまだひんやりと冷たい保冷剤。先程のお化け屋敷で泣いたすぐ後に目を擦ってしまったせいで赤くなってしまった目元を冷やすために彼が気を利かせて持ってきてくれたのだろう、両手で大切そうにそれを受け取れば涙こそもう出てないけれど赤みの残った目元にそっと保冷剤を当てれば熱を持っていたそこがじんわりと冷えていき。きっとただ腫れが残らないようにというわけではなく午後にあるミスコンに差支えがないようにと急いで持ってきてくれたのだろう彼の気持ちがとても嬉しくて、ただ頼まれたからという理由だけでただ出場するだけでいいかと考えていたミスコンへのやる気がちょっぴり上がり。─── もう一回だけ、と自分で言ったからには一度ハグをしたら離れなければならない。名残惜しそうに彼からそっと身体を離せば、寂しそうにしょんぼり眉を下げて「 もっとぎゅうしたかった…。 」と零すみきの頭の上の耳(言わずもがな付け耳)もどこかしゅん、と下がっている様な気すらして。 )
ん。
ただそれでお前を置いてったから結果的には何とも言えねーんだけど…。
( すぐさま使用してくれる彼女からの問いにこくりと頷いては、彼女が怖い思いをしたのと引き換えるような結果になってしまったので申し訳なさそうに頭を掻いて。幸いミスコンまではまだ時間はあるし、こうして少し冷やせば赤みも腫れもすぐに引いてくれるだろう。自分は言わずもがな、彼女もそこまでミスコンに対してやる気に溢れているわけではないのは分かっているのだが、出場するからには腫れた目のまま舞台の上で大人数の目に晒されるのはよろしくない。壁にもたれながら彼女が目を冷やすのを静かに見守って。予想通り名残惜しそうに零す言葉は、普段の調子であれば"もう終わり。"とすっぱり切り捨てられるところ。しかし起こった事が事だった為、冗談でもいつものように流すことには少しだけ躊躇してしまい「……、また今度な。」と次回に預けて。そもそも昨年までの自分ならハグなんぞ言語道断だと断っていただろうが、ご褒美ハグやらその他にも色々積み重なったおかげで良くも悪くも感覚が麻痺しているのかもしれない。 )
みきが泣いたあとだから、他の人にあんまり見られたくないなぁって思ってるの分かってたからここに居ろって言ってくれたんでしょ?
それに、このあとミスコンがあるから腫れないようにって急いで取りに行ってくれた。
……みき、それくらいわかるよ。エスパーだもん。
( ひんやり冷たくて真っ暗な視界の中、彼の顔を見ずとも声色だけで申し訳なさそうな顔をしているだろうなということがわかる程度には彼のことを毎日見つめているつもり。みきはへにゃ、と口元だけでも緩く笑っているのが分かるほどに頬を弛めてはさらさらと彼の行動原理を迷う素振りなく口にしていき最後はどこか自慢げにふふん、と笑って見せて。エスパー、の前には“彼限定の”が当然のようには付くのだけれど目の前には彼しかいないし彼もそれをわかっているだろうからエスパーの部分に詳しく言及はしないけれも、あたってる?と言いたげにこっそり保冷剤から瞳を覗かせてはこてりと首を傾げて。いつもだったらもう終わり、とバッサリキッパリ切り捨てられる筈が今日の彼の返事はいつもとは違い次に向けたもの。みきは鳩が豆鉄砲を食らったような顔でぽかん…と彼を見つめてしばらく沈黙したあと、漸くその言葉の意味を理解できたのか「 こ、今度があるの!?いつ!?明日!?明後日!? 」とすっかり回復しいつも通りになった恋する乙女はいつものようにフルスロットルで暴走していき。だって彼がこんなふうに未来に希望を預けるような発言をすることはあんまりに珍しかったので。 )
う……、…はいはい正解。
…ったく、1から10まで綺麗に説明されたらかっこつかねーだろ。
( 保冷剤の下からちらりと覗く夕陽色の得意げな視線を感じつつ、流暢にかつ丁寧に自分が起こした行動の意味を解かれていけば何だか気恥ずかしくなってきて。やれやれと肩を竦めてはもはや推理とも呼べないただの答え合わせに、黙ったままの方が格好良く済んだのに、と悪戯っぽく笑って。変なところで働く彼女のエスパーは見事なもので、逆に言えばそんなに自分は分かりやすいのだろうかと少しばかり自信を無くしてしまいそうなのだがそれは心の内に留めておくとして。まるで時が止まったかのように暫くぽかんと動かない彼女が、その硬直が解けた途端いつもの勢いを取り戻したことに今度はこちらが一瞬ぽかんとする番に。きらきらと音が聞こえそうなほど期待の込もった様子に、何よりもようやくいつも通りの彼女だという安心から自然と頬は緩み。「予定は未定でーす。」べ、と舌を出しては彼女の暴走(通常運転)に可笑しそうに微笑み。 )
?
どして?カッコイイよ。せんせーのそういう優しいところだいすき。
( 彼の言葉と悪戯っぽい笑顔にこてりと首を傾げては純新無垢な顔でへにゃへにゃ笑って見せて。自分のエスパーは今日も絶好調、最もこの能力は彼限定なのでほかの人には全く効力はないしたまに彼に対してもとんでもない方向に暴走するのだけれど本日はどうやらピッタリ的を得ていたようでみきはバカ正直な嬉しそうな表情を保冷剤で隠すことはなく。予定は未定、なんて舌を出す彼もいつも通りで、きっとこれでまたハグを強請っても突っぱねられてしまうのは明白。でも一切接触を許していなかった時からこうして予定は未定だけれどハグはしてくれそうな期待のある今を考えればとてつもない進歩なので、みきは「 未定なら明日の可能性もあるってことだもんね! 」とにこにこ前向きかつマイペースに微笑んでは先程までしょんぼりと垂れていたような耳も今は機嫌良さそうに立っているようで。 )
はいはいありがとな。
…ま、お前がそう思ってくれてるならいいか。
( 多くを語らず行動を起こす自分とは違い、考えている事が口に直結している彼女はいつも通り何の恥ずかしげもなくその素直な気持ちをこちらにぶつけてくる。もちろん悪い気はしないのだが、その真っ直ぐさには逆にこちらが照れ臭くなってしまい。小さくぽつりと呟いた言葉が彼女の耳に届いたかは分からないが、他の誰でもない彼女にそう思ってもらえているのならばそれでいいと頬は少しだけ緩んで。ついさっきまで泣いて震えて元気の無かった彼女が嘘のように普段の調子を取り戻した様子に安堵の笑みを漏らしながら、「そうだな。明日かもしれないし10年後かもしれないし。」と元気になった(ように見える)猫耳が付いた頭を軽くひと撫で。未来のことなんてもちろん誰も分からないけれど、願わくば"未定の予定"を何度でも彼女と分かち合えたら──なんて、自分でも気付かないほどの心の隅に生まれたそんな気持ちはまだ奥底にしまわれたままで。 )
─── …?何か言った?
( 自分の素直な気持ちを伝えたことに満足をしたのか、早々に目元を冷やす作業に戻ろうとしていた最中だったので残念ながら彼の呟きは拾うことが出来ず。それにしても、とふと先程の彼を思い出してはこの高校生活で初めて彼が怒っているのを見た気がして( あの時はいっぱいいっぱいだったのでちょっぴり記憶が曖昧だけど )、怖い思いはしたけれど彼の新しい一面を見た気がしてちょっぴり嬉しい気持ちがあるのも確かで。怖かったけどカッコよかったなぁ、とドキドキそわそわし始めた心は彼に気付かれないようにそっと胸の奥にしまっておいて。とても優しい顔をした彼に頭を撫でられれば単純な体はすぐに嬉しくなってしまったのだけれど、“10年後”という単語を聞けば遥か遠い未来に感じるその数字にきょとん…と瞳を丸くした後に「 10年後…。、せんせーと結婚できちゃう年齢だ! 」 と行程を何段階もスキップですっ飛ばした回答をぽろり。27歳、と言えば確かに結婚適齢期だしもっと言えば今の彼とほぼ同い年。自分がその歳にどうなっているかなんて想像もつかないけれど、それでもやっぱりみきの中では彼の隣にいることはひとまず確定のようでその瞳は実に真剣な色をしており。 )
別に何もー。
…ある程度目の腫れ引いたらそろそろ教室戻るか。
( 惜しくも耳に届かなかった言葉を聞き返されればふる、と首を振って返し。──以前いつものように放課後彼女がやってきてお喋りタイムの際、怒ってみてよと言われて声を張り上げたことはあるのだが(張り上げただけで怒れていないのは置いておいて)人間本当に怒りが沸くと案外冷静になるものなんだなと考えて。しかしそうして先程の一幕を思い出せば落ち着いていた怒りがまた再燃しそうで、頭を軽く振ってはそれについて考えるのを止めて。彼女の心のそわつきなどもちろん知る由なく、目元に保冷剤を当てている様をぼーっと眺めながらそろそろ彼女の休憩時間も終わりではと声をかけて。きょとんとした顔から一転、普段通り…いやもしくはそれ以上の勢いで想像の斜め上の答えが返ってくれば少しばかり理解に時間を要し。無事ローディングが済めば「えぇ…、その時は俺もう四十路なんだけどそこまで待てって?」と、改めて溜息混じりの笑いを零して。そもそも結婚に対する願望が薄いのは自覚しているが、自然と出た言葉は彼女以外が隣にいる未来を想像していないもので。 )
はぁい。
……あーあ。もう文化祭デート終わりかぁ。
( 彼の声掛けに素直に返事はしたもののその後に続けた言葉と表情は全く納得していないもので、つんと唇を尖らせながら見回り─── もとい文化祭デートの終わりが近づいていることに対して不満を漏らして。この後はお互いそれぞれの仕事に戻りそれからミスターコンミスコン出場、さらに自分はそれにあたって着替えが用意されているらしくお色直しタイムまで予定されている。後夜祭にて会えたらラッキー、といったくらいなのだ。我儘を言えばずっと彼と文化祭をまわりたいしもっと我儘を言うならば手を繋いで回りたかったのに、と先程よりもずっと赤みの引いた目元を保冷剤から離しては残念そうに眉を下げて。てっきりまた彼からピシャリとツッコミが入ると思いきやさらりと彼の唇からこぼれた言葉は予想だにしていないもの。みきはぽかん、と間抜けな表情でその言葉を噛み砕いていたと思いきやじわじわとその頬には朱色がさしいていき「 み、みきがそんなに待てない…、 」とバカ正直に10年後まで待てないと首を横に振れば、あまりにも自然に自分が隣にいる未来を考えてくれている彼の気持ちに触れて頭がくらくらと混乱しているようで。 )
悪いな、
こう見えて案外先生ってのは忙しいもんで。
( 良いお返事、とは裏腹に不満げな様子を隠す素振りのない彼女が何だか可笑しくてくすくすと笑い。とはいえあと1~2時間もすればコンテストが始まるので同じ場所には集合することになるのだが。女子側と違ってミスターコン参加者には特にお色直しなど無いはずなのでそこまで慌てて準備をするような事もないだろう。…もしも彼女と自分が生徒同士であればもしかしたらもっと長い時間楽しく文化祭をまわれていたのかもしれないが、残念ながら所詮たられば。こうして少しでも時間が合っただけで(というか見回りに着いてきた形ではあるが)充分だろう。よく冷えて赤みの取れてきた目元と反対に今度はじわりと頬が赤く染まる彼女はどうやら待てが得意ではないようで。「あー、お前はすぐにお嫁さんになりたいってタイプだもんなぁ。」と彼女の方を覗き込むようにすれば、その赤みの原因が自分の零した一言だと自覚の無いまま悪戯っぽく微笑んで。 )
それは分かってるけ、ど……
……で、デートじゃないって言わないの、?
( みんなの前に戻るためにちょいちょいと軽く前髪やらだいぶ赤みの取れた目元やらを鏡で確認をしている最中に彼の言葉にぷくぷく頬を膨らませながら答えていたものの、ふと単純な疑問が浮かんではピタリと動きを止めて。否、いくら言っても自分が聞かないからきっと否定するのを辞めたのだろうけれど、それでも否定されなければされないで少し期待を持ってしまうのが乙女心。みきはどこからそわそわした様な瞳でちらりと彼の方を見上げてはどこか期待の入り交じった問いを投げかけて。いたずらっぽい笑顔でこちらを覗き込む彼にどきどきばくばくとせこれでもかというほどときめいてしまえば「 す、すぐお嫁さんになりたい…。 」 とこくこく頷く他にできることは無く。ただしその言葉の頭には絶対的に“せんせーの”という単語がつくのだけれど、みきにとってごくごく当たり前のことなので心がいっぱいいっぱいの今はそれをつけ忘れてしまい。 )
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