せんせい、あのね。(〆)

…全然まだ言えるけどどうする？

( 顔を隠していた髪を押さえる手が耳を守るよう場所を変えれば漸く見えた予想通りの真っ赤な顔。至極楽しそうに喉を鳴らして笑いながら、彼女の心情をすべて物語っているかのような夕陽色を真っ直ぐ見据えては何処か勝ち誇ったような表情で小首を傾げて。可愛いと思う所をひとつ挙げる度に赤みを増していく彼女は見ていて面白いだろうし、すでにギブアップを求めている相手に聞くには何とも意地の悪い問い掛けを。──あの時彼女に言われるがままに＂消毒＂をしたものの、こちらの行動が予想外だったのか照れた彼女は足早に店内へと逃げてしまったわけで。大学生たちにしっかりと掴まれていた腕は痛みがないか、痕が残っていないかと聞けなかった分気になっていたのは事実。それと同時にやはり心の黒い部分が見え隠れするのは自分でも分かっているが、それを口に出すのはいくら酒の力があっても今はまだ憚られてしまう。熱を帯びた夕陽色を優しく見つめ返せば「んー、どうしてだろうな。」と、行動とは反対に言葉は誤魔化すことしか出来ないのは自分でもずるいと思うのだが。 )

っ、……も、もうだめ…。
心臓こわれちゃう…、


( 全然まだ言える、だなんて余裕そうに首を傾げる彼に対して全く余裕のない表情でふるふる首を振れば、決して嫌では無いのだけれどこのままだと心臓がおかしくなってしまうと助けを求めるように答えて。だってまだ言えるってことは今適当に考えた嘘では無いということだし、ただでさえ普段誰かに“一定の距離以上”の褒め言葉を使うことの無い彼から自分個人を褒める言葉をこのまま投げかけられたらきゅんとするどころの話では無くなってしまう。人は過度なときめきで倒れてしまうものなのだから(みき調べ)。恥ずかしいし、ときめいてるし、でもちょっぴりもう少し聞きたい。そんな色んな感情が入り交じっては交差し、みきは羞恥で潤んだ瞳で彼を見上げてはまた恥ずかしそうにそろそろと視線を逸らして。紡ぐ言葉はいつものようにのらりくらりと誤魔化すようなものなのに、しっかりと触れ合っている手が悪戯にみきの心を惑わしてくる。「 は、離さないと、……勘違いしちゃうからね、…。 」これで呆気なく離されてしまえばショックを受けるのは自分なのだけれど、なんとなく言葉ではなく行動の方が彼の気持ちが伝えやすいのかななんて不思議とそう感じてしまって思わずポロリと言葉を零して。こちらを見つめ返すダークブラウンの瞳はどこまでも優しくて、勘違いしちゃうからね、いいの？なんて言いたげなちょっぴり強気ででも懇願するような強請るような瞳は逸らされることなく彼を見つめ続けて。 )

ん、りょーかい。
さすがに心臓は壊れられたらやばいもんな。

( 恥ずかしそうに潤んだ瞳、色んな葛藤の末逸らされたそれは可愛さだけでなく何処か艶やかさも孕んでいるような気がして。少ししか口にしていないとはいえ出た言葉は紛れも無く彼女にのみ向けたもので、この2年間で見てきた彼女の良いところや可愛らしい所はまだまだあるのだが。残念ながらもうこれ以上は、という彼女の訴えに今度こそ頷けば満足そうに笑みを浮かべて。ぽつぽつと零される言葉は強気にこそ聞こえるが、こちらを真っ直ぐ見返してくる夕陽色はどこか不安そうにも見える。それは困るなとすぐに手を離すことは簡単だが、それをしてしまえばきっと今は不安に揺れている瞳に悲しさが混ざってしまうのではないだろうか。そう考えれば嘘でも手を離すことを躊躇してしまい。「…勘違いするのはお前の勝手だから、俺は何も言わないよ。」と未だ掴んだままの白い手首に視線を落としつつぽつりと呟いて。もはや＂生徒との適切な距離感＂は彼女に対して適応されていない事は自分でも薄らと気付いてはいるが、それでもやはり彼女に悲しい思いをさせてしまうよりは遥かにいい。彼女がするのはあくまで＂勘違い＂だと念を押すことだけが唯一の抵抗のようなもので。 )

い、今もう壊れちゃいそうだったもん…！！！


( なぜだか満足そうな笑顔をうかべる彼とは対照的にきゅ、と眉を下げながら、今でさえそこそこ限界に近かったのだと未だにどきどきと落ち着いてくれない心臓を落ち着かせようと耳を押えていた手を心臓に移動させては“分かってるくせに！”と言いたげな夕陽色を向けて。だがしかしやはり心の奥底ではもうちょっとだけ聞きたかったななんて乙女の我儘が芽を出しているのだけれど、でも本当にこれ以上聞いたらときめきの過剰摂取でどうにかなってしまうのでそれは我慢。いつかもう少し耐性がついたときに聞かせてもらおうとこっそり決意するのだけれど、耐性なんていつまでたってもついてくれないのはまだ見ぬ未来の話で。視線は合わないけれど離されない手と手に思わずぴく、と反応してしまえば、どこまで経っても此方を惑わす狡い言葉に大きく心臓が跳ねて。「 …みき、ばかだから。勘違いしちゃうからね。知らないからね。 」だいすきでどうしようもないです、と書いてあるどこか甘く蕩けた瞳で彼を見つめながらどこか強気な言葉を返せば、いつも彼がそうするようにするりと彼の指に自分の指を絡ませてはそのまま大好きな彼の手の輪郭をなぞる様に小さな指を這わせて。 )

はは、んじゃギリギリセーフだ。

( 自分の言葉ひとつで比喩とはいえ心臓が壊れそうになるほどときめいてくれるのかと考えてしまえばより一層愛おしさは増して。訴えるような視線を向けつつも必死に胸を抑えているその様子が可愛くて可笑しくて。もしもこの先いつか、もっと遠慮なく彼女に気持ちを伝えられるようになれば例えギブアップされても止めてやらないなんて頭の隅で考えてしまっては、自分がそんな未来を思い描いたことには気付かないフリをして止まりがちな歩みを漸く進めて。そちらを見なくとも彼女の夕陽色がいつもよりも更に甘い色でこちらを見ているのが分かる。そんな柔らかく蕩けるような視線とは反対に強気な鎧を纏わせた言葉は、後戻りをさせるならこれが最後だというように念を押してくるようで。突如絡んでくる細い指に小さくぴくりと反応しては「──っ、……いーよ別に。お前がどんな＂勘違い＂をするかは俺には分からないけど、その考えも気持ちもお前の自由なんだから。」と、手から伝わる気持ちを肯定するように絡まれた指を優しくきゅ、と握って。もちろん＂勘違い＂の内容が分からない筈はないのだが、今はまだハッキリと言葉に出せないそれをどう咀嚼するかは彼女次第。小狡い大人は薄く笑みを浮かべながら意地悪な判断をすべて相手に委ねて。 )

笑い事じゃないんだから！
ほんとにほんとにどきどきして死んじゃうところだったんだからね！

( 依然楽しそうな彼に不満げに文句に似た抗議を続けながらも彼の後を追うように自分も歩き出し。彼の行動ひとつでどうにでもなってしまう女がここにいることを彼は本当に理解しているのだろうかと頬をふくらませれば、ちらりと彼を一度見やってからまたぷんすこと視線を外して。─── 繁華街を少し外れた住宅街というのはとても静かで月の光と街灯だけしか自分たちを見ていないような錯覚に陥ってしまうようで、2人っきりだからという感覚は恋する乙女を少しだけ大胆にしてしまうもの。まるで此方の言葉を肯定するように柔く握り返された手と緩く上げられた口角にぽけ、と見惚れてしまっては直ぐにハッと我に返り「 じゃあ、…せんせーはみきのことがだ～いすきで、目に入れても痛くないくらいに可愛いって思ってるって思うことにしよっと！ 」と、自分の自由ならば現実では有り得ないだろうという勘違いまでしてしまおうと照れ隠しなのか本音なのか、絡み合った指先を離すことなくふい、と視線を逸らして。 )

その時は心臓マッサージくらいしてやるよ、
任せとけ。

( 未だかつて恋愛のときめきが死因になった人間などいないのだろうが、彼女の言い分だともはや九死に一生レベルに聞こえてしまう。そんな大袈裟な、とくすくす笑いながら彼女の視線が外れたあとにちらりとその膨れた横顔を見ては、体験授業のような時くらいでしか経験した覚えの無い心臓マッサージの提案を何処か楽しげに。───時間的にはどこの家も大抵食事や風呂は済ませているだろうし、人によってはすでに就寝している家もあるかもしれない。そんな静かな住宅街を彼女と共にこうして歩くのは何度目だろうか。その内の数回は酒を飲んだ後ということで少しばかり彼女にちょっかいを掛けすぎているのは事実で、今現在のことだって明日になって酒が抜ければ盛大に頭を抱えることになるのだろうがそれはまだ少し先の話。此方の言葉を実に都合よく咀嚼してくれた彼女の言葉は、先程までの甘ったるい空気から少しだけいつもの雰囲気に戻してくれたような気がする。「ははは、思った以上に贅沢。そうだなぁ、それくらいは……いやごめん目は無理。」強気でとってもポジティブな彼女の見解に可笑しそうに笑えば、うんうんと頷き…かけて最後だけストップをかけたのはわざと。比喩表現とはいえ目は無理だ、痛いから。……これが仮に『食べちゃいたいくらい可愛い』ならあえて否定もしなかったかもしれないがそれは頭の隅に置いておくとして、絡めたままの指先が解けないような距離を保ちつつ足を進めて。 )

誰のせいだと思ってぇ……。


( そもそもせんせーが心臓に悪い意地悪をしなければいいだけなのに、と不満気な色の混ざった夕陽をちらりと彼に向けたものの、でも彼が楽しそうだからいいかと思ってしまうのはもしかしたら惚れた弱みなのかもしれない。だって全部が好きだと思ってしまうから、意地悪なところもみきは大好きなのだ。それにもし本当に心臓マッサージが必要な状況になるのであれば人工呼吸もきっとついてくるだろうしそれはそれで良いか、とちょっぴり思ってしまったのは内緒。お酒の力も協力してくれあっさりとみきの“勘違い”はあっさりと承諾─── されると思いきや残念ながらストップをかけられ思わず「 えー！！ 」と不満気な声を漏らして。じゃあ何なら良いのだろう、と艶やかな紅い唇を尖らせてはどこかすっかりいつも通りになった雰囲気の中で可愛いに付けられがちな形容詞を探して。「 …………あ。食べちゃいたいくらい可愛い？ 」と閃いた！の顔で彼の顔を覗き込んではにこにこきらきらとなんにも考えていない顔で微笑んで。 )

──！
お…前なぁ……っ、

( どこか悔しげに不満の声を漏らす様子が面白いのだがその彼女が何を考えているかなどもちろん分かるはずもないので、散々揶揄ったというようにけらけらと笑い。過去に友人と酒を飲んだ際『酔った方が可愛げがある』と言われたことがある(そもそも男に可愛げが～などと言われても嬉しくも何とも無いのは大前提なのだが)のは、きっとこうして笑い上戸とまではいかなくても普段より遥かに感情が顔に出やすくなるからだろう。それにしても酒の力とは恐ろしいもので、記憶を無くすような飲み方をしていなくても酔ってしまえば色々と大胆になってしまうのは仕方がないのかもしれない。ましてや夜、静かな場所、2人きり。それ故に何処か甘くなりがちだった空気感が漸くいつも通りに戻り──かけたところで彼女が発した一言の刺激は余りにも強く。頭の中のさらに奥の方で僅かに浮かんだ考えを読まれたかのように思えばぎくりと肩を跳ねさせ、しかしその純粋すぎる表情に湧き上がった感情が上手く消化しきれず大きく溜息を吐けば辺りをざっと見回して人が居ないことを即確認。「はあ～………、──そうだな、今すぐ食べたいくらいすっげー可愛い。」繋いでるともいえないゆるゆると絡んだままの指先に力を込めてしっかり彼女の手を握ればぐいと引き寄せ、ほぼ密着といっても過言では無い近さで逃げられないようその細い腰に手を回しては真正面から夕陽色の瞳を見据えて。 )

えへ、じょーだんだよぉ。
だって可愛いに付ける言葉なんてそれしか思い浮かばな、─── っひゃ！？


( だって可愛いにつける言葉なんてそれしか思い浮かばなかったんだもん。そう言っていつものようにけたけた笑うつもりだったのだけれど残念ながらその言葉は彼に引き寄せられたことによって小さな悲鳴に早変わり。引き寄せられた、と認識する頃にはいつの間にか彼の顔が目の前にあり、更には冗談と言うにはあまりにも真剣みを帯びた声色の言葉がみきの鼓膜を揺らして。─── 食べられちゃう。あれ、でもせんせーになら食べられてもいいかも。と混乱しきった頭の中でどこか冷静な自分がそう囁いているけれど残念ながら声にはならずまた体も金縛りにあってしまったかのように動かない。ほぼ密着しているせいでどきどきと煩く高鳴る心臓の音はきっと彼に聞こえてしまっているし、此方を見つめるダークブラウンの瞳からはなぜだか目が離せない。暫く時が止まったかのように首にまで朱色を散らしたまま固まっていたけれど、漸く小さく唇を動かせば「 み、…みき、美味しく、無いかも。 」とどこか食べられることを期待しているような瞳をした子羊はメェメェと目の前の狼に助けを求めるように小さく言葉を零して。 )

そうかな、
俺には充分美味そうに見えるけど。

( 彼女が固まって静かになった時間は一瞬のようにも長くも感じて。普段ならばこうして少しでも真っ直ぐ見つめればすぐに真っ赤になって目を逸らすのだが、今はそれすら上手に出来ないようで絡み合った互いの視線が解けることは無く。そもそも彼女が零した言葉はきっと何の汚れもないものなのだろうが、酸いも甘いも存分に経験してきた大人はどうしても違う意味を付加してしまう。暫く待ってやっと、といった様子でぽつりぽつりと声を出す彼女はどうやら無意識な煽り上手のようで。美味しく無いなんてとんでもない。鴨がネギを背負ってどころか丁寧に味付けまでされたご馳走を目の前に差し出されているような気すら覚えては、何処となく期待を滲ませるように聞こえる彼女の言葉をすんなり否定すれば、あ、と口を開けて今にも食べてやろうかといわんばかりに狼らしい振る舞いを。 )

─── っ、


( 美味しそう、だなんて言われてしまったら狼に恋した哀れな子羊は自分の体を明け渡す他なく。そもそも腰に手を回されているから動けないし、もっと言ってしまえば食べられるのも悪くはないかもだなんて心の奥が囁いているから動く気もさらさらないのだけれど。─── 食べるってどうするんだろう、噛まれちゃうのかな、どこを？痛くないのがいいな。でもせんせーの痕を付けてもらえるなはそれでいいのかな。世の中の汚い部分をなんにも知らないような真っ白な頭はその言葉どおりの意味でぐるぐると脳内で色んなことを考えることしか出来ず、みきは此方を食べようと口を開いた彼をどろりと甘く蕩けた夕陽で見惚れてしまったあとにきゅ、と瞳を優しく閉じては「 い、痛く、しないでね……？ 」とどうやら抵抗する意思は最初から全くないらしい子羊は彼と繋がっていない方の手で彼の服の胸元を甘えるように掴んでは狼にぺろりと食べられてしまうのを無防備に待って。 )

……────ばーか。

( 言葉の意味を知ってか知らずか(たぶん後者)すべてを委ねるように目を閉じて次を待つ彼女の純粋すぎる無防備さに誘われるがまま──、というわけにはさすがにいかない。湧き上がる感情の中には無垢な彼女には決して触れさせたくない劣情に近しいものも混ざっているため、尚更それをぐっと飲み込んでは僅かに理性の勝利。腰に回していた手をそろりと頬に滑らせるもそのまま通過して何の防御力もない可愛らしい額にぺち、とデコピンを1発。色んな想いが混ざりに混ざって悶々とする心を持て余しているのは事実だが、それを隠せないような大人では無いので。「はー…酒抜けてきた気がする。さっさと帰るぞ。」と繋いでいた手の方もパッと解放すれば、酔いが覚めてきたと理性はちゃんと働いてますと心ばかりのアピールを。…実際はまだ全然ふわふわしているしもちろん抜けてなどいないのだが、敢えて声に出すことによって何より自分への圧になるので。 )

、…っ…。


( どこから食べられちゃうんだろう、首とかかな。鼻…はいたそうだから嫌だなぁ。でもせんせーにならいっか。そんなことをぐるぐる考えながら丁寧な据え膳を捧げていればするりと頬に手が滑り─── そのまま小さな衝撃がぺちりとおでこに。明らかに唇でも歯でもないその感触にびく！と肩を跳ねさせてはそれと同時に自分を甘く捕まえていた彼の拘束はあっさりと外されて夢の時間は終わりだと言わんばかりの言葉にみきの緩く閉ざされていた瞳もようやく開いて。「 ？、？？食べないの、……？ 」なんてただぽやぽや赤い頬と困惑の交じった蕩けた瞳を彼に向けては、言葉の中に少し残念そうな色の含まれた問いをぽそりと零して。せんせーになら食べられても良かったのに、と言わんばかりにくい。と彼の服の裾を引っ張ればお酒が抜けてきたと言う割にはまだ瞳が酔った人特有の少しとろんとした瞳のような気がする彼をじっと見つめて。 )

食べません。

( 据え膳食わぬは男の恥、なんて言うけれどそれが出来るのは時と場合と場所のどれもが何の問題も無い場合なわけで。ぴしゃりと言い放つも＂食べない＂より＂食べられない＂が本来は正解であるのだが。むしろあれほどお膳立てされた状態で我慢しきった自分を褒めたいくらいだと小さく溜息を吐けば、裾を引かれる感覚に反射的にそちらを見て。赤く染まった頬とどこか熱の籠った瞳に見つめられれば、それはくらくらとするような甘い誘惑に他ならない。やっとの思いで振り切った欲望がまた顔を出しそうになるが、生唾と共にすべてを飲み込めばぐっと堪えてふいと顔を逸らし。こんなにも枷が緩く感じてしまうのはきっと酒のせいだ、しばらく禁酒しよう。なんて頭の中で考えながら「……ほら、もういつもの公園見えてきたぞ。」と、まだ少し先の方に見える公園の入り口を見つけてはそちらを指差して。しかしもうすぐこの時間も終わりなのだとふと思えば、何だか残念なような安堵したような複雑な気持ちなのだがそれは内緒。 )

…？？
今すぐ食べたいって言ったのに、…。


( 食べられる、と思うとちょっと緊張するのにいざ食べられなかった時にはなぜだかガッカリしてしまうのが恋する乙女の不思議なところ。食べません、なんて宣言しながら何故だか視線を逸らしてしまった彼を依然見つめながらぽつりと不満げに小さく呟いたものの、みきもそれ以上何かアクションを起こすわけでも言葉を紡ぐわけでもなくただただちょっぴり残念そうに眉を下げるだけで。そうして彼の言葉にぱっと指された方角を見れば少し先に見えるのはいつもの公園。だがしかし公園が見えてしまったということは彼とはもうバイバイをしなければならない頃合だということで、みきはしょも…と分かりやすく帰りたくありませんの顔をして。「 せんせーと歩いてると公園まであっという間だからやだ…。 」と一人で歩いている時と彼と歩いているときでは歩くスピード等は変わらないはず(むしろたまに立ち止まったりするので本来はもっと遅いはず)なのに何故だかこの公園までがあっという間な気がしてみきは小さく頬を膨らませて。 )

…まさかその後ほんとに差し出されるとは思わなかったんだよ……。

( あまりにも無自覚に煽ってくるこのタチの悪い小悪魔に対するちょっとした威嚇のつもりだったのだが、戸惑うと思いきや予想外に受け入れ態勢を取られたことでこちらが引っ込むしかなくなったわけで。そんな事をぽつりと呟けば、そもそも言葉の意味を自分とは違う意味で捉えている純粋な彼女に何だか毒気を抜かれたような気がする。残念そうな彼女の願い(？)を叶えてやりたいのは山々だが、どちらにしてもこれ以上は先に進めないので。確かに普通に歩けばここまで早く感じる事はないだろう、それはつまり自分もこの時間が楽しいと思っている証拠。帰りたく無い気持ちを隠すことなく伝えてくる彼女にくす、と眉を下げて笑えば「別に永遠の別れじゃあるまいし。どーせ学校始まったら毎日会うだろ。」と彼女が隣にいる日々を当たり前に享受することに頷いて。 )

……ﾊｯ！
も、もしかして嫌々の方がお好み…？？？


( 食べたいけど、そのまま差し出されると食べない。その言葉たちの意味が理解出来ずにこて…と首を傾げながら考えること暫く。ｷｭﾋﾟﾝ!と頭の上にビックリマークがついたような閃きフェイスを浮かべれば“そういうの”の方が好きなの…？と言いたげな驚きの混じった瞳で隣の彼を見上げて。だとしたら全力で食べられるのを拒否する羊の役を完遂させていただく所存なのだけれど、如何せん演技力に難があるので完成度についてはなんとも言えないのだけれど。 彼が当たり前のように自分が毎日隣にいることを思ってくれるのはとても嬉しいのだけれど、それでもやっぱりお別れは嫌なもの。みきなぷく。と頬を膨らませては「 学校始まるまでは毎日会えないもん。…せんせーは寂しい、？ 」と万が一、いや億が一でも。ほんのちょっぴりでも彼が自分と同じ気持ちだったらいいななんて微かな願いと期待を込めて、周りに人はいないのでこそこそする必要も無いのだけれどちいちゃな声でぽそりと彼に問いかけて。 )

ﾊｯ！じゃねーし、閃いた！みたいな顔すんのもやめろ。
俺を変な趣味の持ち主にすんな。

( 驚きの色が混ざった瞳はその奥に求められるならばという歪な信念が見え隠れしており、自分の性癖が誤解のままに構築されてしまうのは非常によろしくないので慌ててツッコミを。ましてや演技とはいえ嫌がる女子高生を大人の男が襲う様は間違いなく傍から見れば通報ものなので。恐ろしい勘違いであれど相手が望むならばというスタンスの彼女に危うさを覚えながらも、基本的にこちらの行動や言動を否定することのない彼女のそういう姿にほんの少しだけ興味が湧いてしまうちょっとした好奇心は心の奥底にしまって。こうして彼女と学校外で過ごした際に家の近くまで送る事には慣れたが、未だに離れるのを寂しがってくれるのは正直可愛らしく思ってしまう。不満げに膨れる頬を見て笑みを零せば「先生は大人なので寂しくは無いでーす。……まあ一気に静かになるのはつまんねーなとは思うけど。」と後の言葉は小さめにぽつり。この他愛無い会話が楽しいのは事実なので、それが終われば後の静けさがやけに際立つのは仕方がないだろう。 )

えー…。
だって今すぐ食べたいってさっき言ってたのに食べないから…。


( なんで？と言いたげにこてりと首を傾げて彼を見つめてはやはり大人の考えることは難しいと眉を寄せて。やっぱり美味しくなさそうだったのかなぁ、なんて自分の手をグーパーしてみたり両手で頬をむにむにとしてみるけれど“充分美味しそう”だなんて言葉がそもそも分からずにみきの疑問は深まるばかりで。もっと言ってしまえば人を食べようとする時点で変な趣味なのでは…と思ってしまうけれどなんだか彼の言い分だとただ食べるだけでは無いように聞こえるのは気のせいだろうか。考えてもそもそもみきにはなんにも分からないのだけれど。残念ながら寂しくはないらしい彼の回答にむすりと頬を膨らませたまま不満気な視線を送ったものの、そのあとに付け足された言葉にきらきらと瞳を輝かせて。「 寂しいってことだ！ 」と彼の気も知らずに嬉しそうにうふうふ笑いながら指摘しては彼のお顔を覗き込んでまたへにゃへにゃ頬を弛めて。いつかばいばいしなくてよくなって、彼がつまんないなんて思わないようになるといいなぁなんてまだ見ぬ未来への希望をこっそり考えては、そうなるといいなぁなんて祈ってみたりなんかして。 )