せんせい、あのね。(〆)

……？？？
わかった、……？

( 来たらわかる、だなんて彼の言葉に更に気になってしまえば、首をかしげつつも小さく頷いて了承し。例えクラスの打ち上げがあったとて、〝みきは鳴海先生のとこ行ってから来るでしょ〟と此方の恋愛事情に詳しくて物分りの良い友人たちがみきは元より遅刻扱いにしてくれるだろう。持つべきものは協力してくれる友人と、毎日好きな人のところに通い続ける精神力や継続心だ。ぼふぼふとお団子を彼の大きな手で弄ばれれば、お団子崩れる！と顔をくしゃくしゃにしながら「 あぅ、……みきも足痛くなくなったらすぐ応援行くから！ 」とやはりまだ足は痛いのか少し落ち着いてから応援に行くと答えて。☆先生の応援隊に負けない声量を得るにはやはり休息が必要で、この学校の中でも上位に快適で涼しいであろう保健室で英気を養えばすぐに彼の活躍を見に行きたいらしくその夕陽色の瞳は真剣で。 )

ん。
無理しない程度にな？

( 彼女の頭の上にいくつもの疑問符が浮かんでいるのが目に見えるようでくすりと微笑み。外から聞こえる☆先生への黄色い歓声の中には彼女の友達もいるのだろうが、さすがにそろそろ足を怪我した友達の様子を気にかけている頃だろう。少し形の崩れたお団子を頭に乗せたまま真剣な眼差しで応援の約束をしてくれた彼女に、足の心配をしつつも薄く笑いかけて。じゃあ一足先にと部屋を出て少し歩いたところで、予想通り彼女の友達が保健室へ様子を見に向かう所とすれ違い。怪我の具合、処置、そして彼女を頼むぞ伝えれば自分はそのまま校庭へと向かい。───ネタ枠とはいえ運動大好き熱血体育教師と若手の運動オールマイティな人気教師のおかげでそれなりに面白い試合展開にはなっているようで。怪我をした生徒の様子を問われれば簡潔に答え、一応午前での活躍を××先生にしれっと伝えてこのまま見学に回してもらえないかと頼んでみたもののやはりあっさりと却下を受ければ渋々ソフトに参加して。 )

はぁい。
行ってらっしゃい、せんせー。頑張ってね！


( こういう時に薄く笑う彼の表情がなんだか大人っぽくて、何度だってきゅんきゅんと恋に落ちてしまう。ぽやぽやと頬を染めながらもこくんと頷けば、最初から応援できない分笑顔で彼を見送り。彼が出ていったあとの保健室には入れ違いでクラスメイト達が押し寄せ、怪我の具合や想い人にお姫様抱っこをされて保健室に運ばれるなんて少女漫画よろしくな展開を披露した件についてを根掘り葉掘り聞かれて。その間にも大好きな手によって崩されたスポ大仕様のお団子を解けば、天然ストレートの髪はクシを通せばするりと真っ直ぐに元通り。もうこの大会も終わりなので今日はこのままでいいか、と髪を下ろした状態で髪を放置してはクラスメイトと共に校庭へ。燦々と降り注ぐ太陽とくもひとつ内青空のコントラストが酷く眩しい屋外はからりと夏の気温で、彼が溶けていないかと一抹の不安を抱えながらも応援席からマウンドへ目を向けては目当ての彼を発見し、「 せんせーっ！がんばってー！ 」と太陽に負けないニコニコ笑顔でぶんぶんと元気よく手を振って。 )

…──いくぞー。

( 途中参加後、守備にて任されたのはピッチャー。打たれても守れば大丈夫！という××先生の作戦で先程までは英語担当の女性教師がふんわりと球を投げていたらしい。やはり打たれることが多かったようだが作戦通り鉄壁の守備…とまではいかずとも、生徒チームの方が勝ってるとはいえそこまで点差を広げられることなく試合は進んでいたようで。疲れちゃったし後はお願いしますねと明け渡されたマウンドに(嫌々)上がってはネタ枠らしく女子には比較的打ちやすい球、男子にはそこそこ速い球など適度に場が盛り上がるようにピッチャーの役割をこなしており。何度目かの投球で耳に馴染んだ彼女の声が届いた為そちらをちらりと見やれば、髪を下ろした見慣れない姿に一瞬目を丸くするもとりあえず足の痛みがマシになった様子に安堵の笑みを。 )

『 鳴海先生ピッチャーじゃん！ 』『 良かったねぇみき 』
んへへ、かっこいい。だいすき。


( 午前中あんなにも動いていたのだから、良くて捕手最悪ゴネてベンチにいるのでは…とも考えていたのだけれどまさかの彼のポジションは花形のピッチャー。周りのクラスメイトたちににやにやと笑われながらからかわれつつも、みき自身もにやにやと勝手に口角の上がってしまう頬を両手で押えながら機嫌良さそうにめろめろと彼に見蕩れてしまい。いくら学校全体として教師陣の出場がネタ枠として扱われているとて好きな人がピッチャーをしているのであればそれは話が別で、来年見られるか分からない彼の有志 ─── 最も、今年こうしてピッチャーで活躍してしまったら来年も是非と言われることは目に見えているのだけれど ─── を目に焼き付けていれば、どうやら髪型を変えたことに気が付いたらしいクラスメイトの男子たちに声を掛けられて「 お団子はもふもふされちゃうからとったの 」と困った口調の割に全く困っていない口調で答えてはへにゃりと気の抜けた笑顔を浮かべて。 )

「 先生ー！ど真ん中よろしく！ 」
俺にコントロールを求める、なっ…！

( 時にバッターボックスに立つ生徒とふざけ合いながら球を投げ、攻撃の際はヒットも打つし走塁だってそれなりに。ジリジリと暑い太陽の下、午前の疲れがほとんど取れてここまで動けているのは彼女お手製の弁当を食べてしっかり休憩を取ったおかげだろう。…とはいえあわよくばを狙った××先生への交渉が失敗に終わったことにガッカリはしたが。「 御影が髪下ろしてんの珍しいよなー 」「 俺そっちの方が… 」「 暑くね？大丈夫？ 」「 えー、みきのお団子崩したの誰ー？ 」と、彼女がいる辺りが何だか賑わっていることに少し気を取られつつも試合は淡々と進み。教師チームとして本気になってもまともに動けるのはおよそ数名。ネタ枠はネタ枠らしく、それなりに試合を楽しく盛り上げては生徒チームの勝利で試合は終わり。 )

ちょっと暑いけどだいじょぶ、─── あ！
みきせんせーのとこ行ってくる！

( 話しかけられながらも恋する乙女の視線はしっかりと彼を追っていた為か、試合が終わるなり自分に降りかかる様々なクラスメイトの声をストップしては☆先生に駆け寄っていく女子たちの輪を外れてひょこひょこと片足を庇いながら彼の元へと真っ直ぐに駆け寄って。「 せんせー！野球！投げてて凄かった！ 」とにこにこと満面の笑顔で彼の元までたどり着く前からぶんぶん手を振り、ちゃんと試合見てたよと彼の勇姿を褒めて。今までバスケ部の男の子も野球部の男の子にもキュンキュンしなかったしそれで黄色い声を上げている女の子たちの気持ちもあんまり分からなかったけれど今日からはバスケ男子のカッコ良さも野球男子のかっこよさも分かるようになった(彼限定)ので、彼の元までたどり着けばきらきらとした瞳で「 せんせーてっきり溶けてるかと思ったけどいっぱい頑張ってた！ 」とバカ正直に笑顔で余計な一言もぴしゃりと付け足して。 )

お前も2回目の応援ありがとな。
…いや俺もさ、最初は別のところに入ろうと思ってたんだけど気付いたんだよ。
ピッチャーって球投げるだけであとは動かなくて良さそうだなって。

( 話をぶつ切りにすぐさま走っていく彼女の背中を女子は温かい目で、男子はどこか悔しさと寂しさが混ざったような目で見送っていて。そんな周りの心情などつゆ知らず自分の元へ駆け寄ってきた彼女の走り方に気付けば無理するなとこちらからも歩み寄り。バスケに引き続き今回も唯一の応援団長として声援を送ってくれていた事に素直に礼を述べては、彼女の予想大ハズレでまさかのピッチャーを担っていたその理由を態とらしく神妙な面持ちで語り始め…るも、最終的にはにやりとしてやったり顔で締めて。「溶け……、いやまあ否定はしないけど…。何とか固形を保ったまま終われたよ。」彼女の鋭い一言にひく、と口角が動くも、きっと自分が彼女の立場だったら同じ感想を抱いていただろう。首筋を流れる汗を服で軽く拭っては、手を広げてしっかり固体(当たり前だが)の自分を見せながら冗談を返して。 )

！…か、賢い…！！！
でも今年そんなにピッチャーで頑張っちゃったら来年も無理やりソフトに参加させられることになりそうだけどね……！

( 慎重な面持ちで語られ始めた彼がピッチャーを担った理由については、此方もそれに釣られるように夕日色の瞳は驚愕に満ちていき。そこまでして動きたくないという姿勢を崩さない彼の一途さ(？)にパチパチと拍手を送りつつも、やはり最後にはいつもは彼がみきによく使う上げて落とすような言葉を付け足して。大人しく外野手として可もなく不可もなく参加をしていれば来年の参加は免れたやもしれないのに、真面目にピッチャーとして参加してしまったが故に来年の参加は免れないだろう。〝去年活躍したピッチャーの実力を出さないでどうするんですか！〟と熱弁する体育教師の顔が目に浮かぶようだ。無事に固体を保ったままスポーツ大会を終えることのできた彼のポーズにくすくすと柔らかく笑えば、つん！と其れを確かめるように細い指先で彼の二の腕あたりをつつけば「 せんせーが溶けちゃったらみきがバケツに詰めて保健室持っていかなきゃいけないとこだったから安心した！ 」と、間違いなく先程の心臓の痛みよりもどうにもならないであろう人間の液状化をさらりと保健室でどうにかしようとしていたことを暴露し。だがしかしそれも杞憂だったのであとは各々教室に帰ってHRを終わらせれば無事にスポーツ大会は終了、みきは満足気に頷けば教室の方へとゆっくり歩き出して。 )

あ゛っ…………、
……そ、その時はその時でまた考える…。

( お褒めの言葉を頂いたことにふふんと何処か自慢げではあったものの、直後に続いた言葉にその表情は固まり。今日の分だけで一杯になっていた頭では来年のことまで考える余地が無かったようで、得意げな態度はしおしおと萎んでいき目線は明後日の方へと逃げて。「ちゃんと連れてってくれるのはありがたいけど保田先生には見捨てられそうだなそれ。」と、例え液状化したとしても彼女が救おうとしてくれてる事にからからと笑い。試合終わりにさっそく彼女が来てくれたように☆先生の元にも女子が集まって労いの言葉を掛けているのを目の端に見ては、先程まで楽しそうに話していた男子たちの勢いが無くなっていることに少しばかり同情して(とはいえ自分もその一端を担っているのだが)。歩き出した彼女の隣で合わせるように歩を進めれば、やっと終わったと溜息を吐きつつも今年は楽しかったなという気持ちが少なからず湧いているのは彼女のおかげかもしれない。 )

ふふ！
そしたらまた来年もお弁当作ってあげる。

( しおしおと萎んでいく彼の得意げだった表情に思わず吹き出してしまえば明後日の方向へと逃げた彼の視線を追いかけながら、もし彼さえ良ければまたお弁当を作ってくると彼の服の裾を小さく引っ張りながらこそこそと周りに聞こえないように囁いて。みきとしては大好きな片思い相手がスポーツで格好良く活躍する姿が見られるのでぜひ来年も彼には出場して欲しいので、××先生にはなんとしても彼を説得してもらわなければならないなと考えているのは彼には内緒。液状化した人間を見たら彼の言うとおりに保健室の女神はアッサリと見捨てそうだな…と安易に想像できてしまうその様子にくすくすと笑ってしまえば「 まりあちゃん、意外とドライだから…。 」と仮病で彼女の元に通う男子生徒が何度も一刀両断されてるのをよく見かけていることを思い出してはウンウンと頷いてふと隣を歩く彼の横顔を見上げれば、始まる前はあんなにも嫌がっていた割に今は疲れの中にもどこか楽しそうな色が垣間見えてみきは思わず頬を弛めて「 せんせー、スポ大たのしかったね！ 」とにこにこ笑いながら彼を覗き込んで。 )

はは、それを言われたらまた頑張るしかねーな。

( 裾を引っ張られたことで少しだけ彼女の方に体を傾けて耳打ちを受けては、渋々という物言いではあるが決して嫌味なものではないトーンで来年への意気込みを。いい大人があっさりと釣られてしまうほど実際に彼女の弁当は美味しかったしおかげでやる気にもなれたの、××先生か自分が異動にでもなれば参加しなくて済むかなとの邪な考えは残念ながら頭の隅に追いやる事になり。漫画などで女神や聖母と称される事の多い保健医は案外そこまで優しく無いのもひとつの現実だが、それでも彼女のファンが絶えないのだからやはり保健医という存在は男子にとって絶対的な憧れになるのだろう。こちらの心を読んだかのような彼女の笑顔と言葉に何処かこそばゆいものを感じては、「んー……ま、今年はそこそこな。疲れた事に変わりはないけど。」照れ隠しのような無駄な足掻きを零しつつも小さく頷いて。もしも素直になれずに否定してしまえば、それは応援をしてくれた彼女の気持ちを否定する事にもなってしまうので。 )

だから来年も頑張ってね。
みき、せんせーがかっこよく活躍してるとこ見るの好きだから。

( ねぇねぇと話しかければ、彼とは少し身長差のある自分に考慮して体をこちらに傾けてくれる。どんな話題でもきちんと話を聞いてくれる姿勢を取ってくれる、そんな些細な彼の優しさがみきは大好きで思わず彼を映す夕陽は愛おしそうに細められ。どうやら無事に手作りの弁当でやる気を出してくれた彼に嬉しそうに笑えば、きっと来年もなんやかんや言って何かしらの競技に出るのであろう彼へエールを送り。付け足された言葉は完全に自分主軸のものだけれど、彼がどんなに活躍してモテようとも応援団長は自分という確固たる自信があるのでその瞳は実に真っ直ぐで。疲れた、なんて言いつつも彼の表情からそこそこ楽しんでいたことは分かるので思わず緩んでしまう頬はそのままに「 そっか。良かったあ！ 」と嬉しそうに手を合わせ。そうこうしていれば昇降口に着いてしまい、残念ながら教師と生徒はここでばらばらになるため「 じゃあみき教室行くね！また放課後ね！ 」と大きくぶんぶん振りながら生徒用の昇降口へと歩いていき。 )

それは来年の俺に言ってくれ。
今年の俺はもー終わり。

( 芯のある夕陽色の瞳はこちらを真っ直ぐ見据え、柔らかな口調で来年の活躍を期待する彼女にべ、と舌を出して。自分の中で＂頑張る＂のはあくまで参加に対しての意気込みなので、活躍できるほど動けるかどうかはまだ見ぬ未来の自分に託そう。と言っても、また彼女の弁当で精をつけられるのならば来年も少しはやる気が出そうではあるが。「足、無理しないようにな。」昇降口にて一旦別れの挨拶を交わせば、彼女の恋を応援しているらしい友達たちが少し先で待っているのが見え。にやにやと何処か生温かい笑顔でこちらを見ているのには敢えて気付かない振りをすれば、大きく手を振る彼女と対照的にひらひらと小さく振れば自分もその場を離れ。 )

─── せんせー！きーたよ！

( 帰りのSHR後、下校する生徒たちのざわざわとした雑踏の中にいつもならば聞こえるぱたぱたという軽快な廊下を走る足音も、さすがに今日は足が痛いのか走らずに(というかそもそも廊下は走っては行けない)いつも通りに準備室にたどり着けば、前髪を指先でなおす時間があって、それから漸く満面の笑顔で扉を開けて。結局髪を縛るのは諦めたのかいつかのコンビニでばったり会えた日のようにさらりとしたストレートの髪を下ろした状態ではあるが、それに加えて足の怪我を除けばいつも通りのみきである。結局彼と昇降口で別れた後にクラスメイトに根掘り葉掘り色んなことを聞き出された訳だけれど、みきは言わない方が良いことはちゃんと理解をしている女なので必要のないことは黙っておいて。クラスの打ち上げも遅れて参加する旨を伝えれば呆れたような生暖かい笑顔で受け入れて貰えたので無事に約束通り放課後に来られたわけなのだが、やはり何度考えても珍しく彼から呼び出された理由がわからずにわくわくそわそわした表情で首を傾げて。 )

おー、お疲れ。
足さすがにまだ痛いよな、大丈夫か？

( 生徒たちが各々の教室へ戻った後は手の空いてる教師陣で後片付けを。それもひと段落すればしれっと準備室に戻り、コーヒーを入れて一服…していた所に輝くような笑顔と共に彼女のご到着。いつもの足音が聞こえなかったことに、ああ足を庇っているからか。と答えを出しては心配の言葉を掛けながら、そわそわしている彼女にとりあえず落ち着けともはや専用になっている椅子を引いてその動きだけで座るように促し。「…髪下ろしたままなんだな。」と、お団子を崩さなければいけなくなった張本人であることを棚上げに目を丸くして。いつぞやの夜たまたま出会った時の彼女が脳裏に浮かべば、改めてその姿を学校で目にしている現状に何となく得した気分になって。髪をいろんな形に纏めている彼女は愛らしいが、こうして下ろしていることで普段より幾分か大人っぽく見えてしまうのが女性の不思議な所だろう。 )

んーん、ちょっと庇いながらなら普通に歩けるから平気！
ほんとはね、ホームルーム終わってすぐ走ってきたかったんだけど今日は歩いてきたよー。


( へら、と笑顔を浮かべてはある程度には回復のした足を見下ろしたあとにピースサインで元気なアピールを。無理な負荷をかけない限り今は痛みも少ないが、本日のシャワーはきっと絶対に痛いのでそれは今から心の準備をしておかねばならないだろう。最早自分専用になっている椅子にぽすん、と座っては髪に着いての言葉にん？と目を丸めた後にそういえば…と指先に毛先を絡めれば、さらりと指通りの良い滑らかな髪をひと房肩から零しながら首を傾げては「 せんせー、髪下ろしてる方が好き？かわいい？ 」とニコニコ問いかけて。クラスの男の子もこっちの方が良いって言ってたし男の人って意外と下ろしてる方が好きなのかな…なんてぼんやりと思いながらも、もしも彼が下ろしている方が好きならば明日からずっとこの髪型にしよう！なんて好きな人のリクエストでアッサリと恋する乙女は髪型を変えてしまうようで。さすがにショートが好き、と言われたら……ちょっと躊躇した後にショートにするだろうけど。 )

それなら良かった。
出来れば廊下は普段から歩いてほしいところだけどな。

( 彼女から元気印のサインを貰えばホッと小さく安堵の息を吐けば、続け様にやれやれといった態度で走りたかったらしい彼女に苦言を。…とはいえ今までに言っても変わらないことから暖簾に腕押しだとは思うし、何だかんだで自分も口頭での注意しかしないので他の生徒にも返事だけでスルーされる事が多いのだが。艶のある綺麗な黒髪は昼までとはいえ本当にお団子状態になっていたのか分からなくなるほど真っ直ぐで、指先に絡む毛先でさえ癖が付くことを知らなそうにハリがある。自分の髪質もストレートではあるが寝癖だって付くし、やはり年齢による劣化だろうかと頭を過れば何だか悲しくなってくるので考えるのをやめて。女子らしい質問を投げかけられれば、「えぇ……俺は別に何でも……。まあでも色んな髪型に変わるのは見てて飽きないけど。」あからさまに面倒くさそうな顔をするも悪い意味では無く、純粋に好きな髪型をすればいいと思っているだけで。そもそも彼女は纏めようが下ろしてようがどちらも似合っているし(可愛いと思ってはいるが敢えて口にはせず)、もちろん最後の台詞だって本音で。 )

だってせんせーに早く会いたいんだもん…。
……あ！ちゃんと生徒指導の先生の前では歩くよ！

( 彼の教師としては花丸の苦言にしょも…と眉を下げたものの、ハッと思い出したように特段急いでいない時( 準備室に来る時以外 )や生活指導の先生の前ではしっかりと歩いていると付け足して。生徒指導に捕まるということはその後くどくどと説教をされるのでその分彼のところに来るのが遅くなってしまうのだ。彼に注意される分には全然全く問題ないのだけれど、兎に角限られた学校生活の中で好きな人に会える時間が少しでも減ってしまうのは死活問題なのでこう見えてみきは真剣である。この手の女子の質問はやはり男性にはどうでもいい…基あまり気にしないのだろう、面倒くさそうにしつつもやはり何やかんや答えてくれる彼に満足気に笑っては「 じゃあ明日からは色んな髪型にしようっと！ 」と多岐にわたるヘアアレンジを明日から試していこうと決意。明日は三つ編みにしてみようかな、なんて考えつつ試しに片側だけぱぱっと素早く三つ編みしてみればどう？と彼の方へきらきらした夕陽色を向ければ首を傾げて。 )

お前…俺も先生ってこと忘れてないか？

( 真剣に且つどこか得意げに＂生徒指導の前では歩く＂と言われれば、今しがた教師らしい注意を口に出したばかりの自分も一応先生なのだとじとり彼女を見据え。同じ教師のはずなのにこの対応の違いに腑に落ちないものはあれど、別にそれを嫌だと思ったりといった訳ではないので小さく溜息を吐くに終わり。そもそも走ってしまう目的が自分という時点でどうにも出来ないうえにそれがバレたらこちらまでお説教を食らう羽目になりそうなので、彼女が生徒指導の先生に捕まらない事を祈るしかなく。あっさりとヘアアレンジをする方向に舵を切った彼女がさっそく綺麗にそして手早く編まれた三つ編みを披露してくれば「んー、頭良さそうに見えるかもな。」と、器用さに改めて感心しつつへらりと笑って。どんな髪型でも彼女がすることで可愛らしいことに変わりはないんだけどな、と内心でそんな台詞を呟きつつ準備室に置かれている冷凍庫を開けて中をごそごそと。 )