せんせい、あのね。(〆)

そしたらみきもせんせーと会えなくなる時間増えるから嫌だなぁ…。
じゃあ部活はごめんねということで！


( 彼の言葉にふむ…と考え込んでは確かに！というように深く頷いて。職員会議が増える=部活の時間が増える=彼との時間が減るということなのでそれはいただけないとその表情は実に真剣なもの。突然そろりと立ち位置を変えた彼に不思議そうに首を傾げたものの、先程まで立っていた場所が暑かったのかなと彼の移動の真意には気付くことができずに更に言えば彼の背後から「 あ゛！ 」と不満気な男子たちの声にも気づくことはなく。2回戦の相手へ言及する彼にそうなの！と尖らせた唇は、当日になって突然優勝にこだわり始めた自分へのクラスメイトの鋭い指摘に咳払いをした彼にあっという間に笑顔になってしまい。くすくすと笑いながらちらりと彼にアイコンタクトをとった後にクラスメイトへと向き合えば「 あのね、優勝するといい事があるの！みきがとっても嬉しいこと！ 」と絶妙に詳しいことを避けた答えを。察しの良い生徒数人は嗚呼彼になにかご褒美を貰えるんだなというような顔で彼とみきをそれぞれ見遣り、その他は『 なに？なんか貰えたっけ？ 』『 別になんもないと思うけど 』というように不思議そうに首を傾げるだけで。 )

いいかお前ら、
今御影が言った理由は聞かなかった事にしといてくれ。

( 彼女にとって部活動と天秤にかける程のものだということは分かっているが、自分を理由に部活の勧誘を蹴りましたなどという言い分がバレー部の顧問の耳にでも入れば非常に気まずい。少ないとはいえ数名はこのチームにもバレー部がいるわけで、その生徒たちにちゃっかり口止めを。男子たちからの圧のある視線を背中に受けつつもそちらはまったく気にせず、彼女からのアイコンタクトを受け取りホッとしたのも束の間。確かに詳しくは避けているが彼女の友人など聞く人が聞けば分かるような言い方に頭を抱えて。よっぽど彼女の原動力になっているだろうという事は自分としては悪い気はしないが、やはり察した様子の数人からは生温かい視線を頂くことになり。「……つーかお前らそんなに腹出してたら冷えるぞ。」と話題を変えるため且つ男子たちの目線から逃れるように誘導を、とはいえ何ともデリカシーの無い一言で。 )

『 ウケる 』『 まぁウチらの顧問生徒指導だからちょっと気持ちは分かるかも 』『 生徒指導、怒らすとめんどいもんね～ 』『 でも言うか言わないかは鳴海先生のお気持ち次第ってことで！ 』
……本気なのにぃ……。


( どうやら彼の気持ちがわかる女バレ部員とクラスメイトたちはからからと呆れたように笑いながらもその口止めには対価が必要だと今どきの女子高生らしくちゃっかりとしており。一方のみきはむす、と頬を膨らませながら自分は大真面目なのだと呟くも、大真面目だからこそタチが悪いのはどうやら気付いていないようで。あからさまに話題を逸らした彼に文句を言う前に女子高生の腹チラ(チラどころではない)を見た人の台詞とは思えない彼の言葉にクラスメイトたちは『 ノンデリか！ 』『 体冷やすために出してんの！暑いから！ 』『 そこは「ったく…」みたいな感じで上着羽織らせるところでしょ！？ 』『 みきの腹チラ見ても思わないの！？ 』とクラスメイトがぐい、と彼にそれを見せるようにみきの背を押してキレ気味のアピールを。もっとも、当の本人は「 ？？涼しいよコレ。 」とヘラヘラ笑っており。 )

…せ、先生を脅す気かお前ら……今どきの子こっわ……！

( むすりと不満げな彼女を他所に、まさか口止め料を求められるとは思っていなかったのでぎくりとした様子で後退り。そんな女子高生たちからノンデリな一言に対して詰めに詰め寄られ、「えぇ……？…いや、腹壊しそうだなとしか……。つーかこのクソ暑いのに上着なんて羽織らせたら絶対邪魔じゃん…。」本音を言えば華の女子高生、ましてや自分によく懐いてくれている彼女の腹チラなんて目に入ってしまえば、邪な気持ちが全く無いと言えばそれは嘘になる。が、応援席にいる男子たちのようにあからさまな思いはさすがに抱いていないのでそこはさすが大人(教師)といったところだろう。キレ気味の周りと正反対に笑う彼女にどこかホッとしつつも、やはり目に毒ではあるので視線を逸らしながらまたもやノンデリな感想をぽろり。そもそも冷やす為に出してるらしいのに上着を羽織らせろとは…？と疑問符を浮かべながら、どちらにしても準備室に置いてきてしまっているので手元に上着は無いぞとジェスチャーにてアピールを。 )

『 別に脅してないですぅ～ 』『 人聞き悪いこと言わないでよ先生ー。 』『 てか腹壊しそうはさすがにちょっとおじさん臭いってば 』『 暑い寒いじゃなくてときめくかときめかないかの問題！ね、みき！ 』
へ、ｯ？……んふふ、たしかにときめくの大事かも！さっきせんせーの上着着てた時どきどきしたし ─── あﾞ。


( 恋する女子高生は無敵、ともなればときめき論争に花が咲くのも当然のことで、突然名指しされキョトンとしていたものの確かに恋においてのときめきはハンバーグ(美味しい)にチーズ(もっと美味しい)が乗っかってるみないなものだなぁと納得してしまい。そうしてふにゃりと笑いながらそういえばつい先程も上着に関するときめきがあったのだと意気揚々に話し始めたものの、途中でコレ言ってもいいやつ？と気が付けば瞳をまん丸にして両手で口を押え。「 あ、あのね！さっきせんせーのバスケ見てた時に上着預かってね、3年生の先輩がせっかくなら着ちゃえって着せてくれてね！ 」とあわあわと正直にあったことを全部話すも不思議なもので言い訳のようにしか聞こえずに1人慌てて。─── 最も、生徒同士でのそういった上着の貸し借りは冬季によく見る光景だしそれが先生相手であっても決して犯罪にはならないのだけれど。 )

うるせーうるせー。
ときめきより暑いか寒いかの方が重要だろ───っ、

( 畳み掛けるような女子たちの口撃にたじろぎながらも応戦(但し敗色濃厚)していれば、話を振られた彼女がぽろりと零した言葉に同じように目を丸くして。とはいえ別に自分が着せたわけではなくあくまで預けていただけ、彼女の言い分通り着るように催促したのは3年の先輩たちなのだが。しかし今の話題の論点そのものをすでに通ってきているということが何だかいたたまれなく、更に言えば特に悪いことではないものの彼女の不自然な慌てように周りからはにやにやとした生温かい空気を感じて。「……、あーもう。お前らいいからさっさと次の試合の準備でもしてろ。相手強いんだろ？」しっしと追い払うように手をひらひらとはためかせては、それっぽい理由付けでこの話題を終わらせようと。 )

『 彼ジャーしたの！？ 』『 やるじゃんみき～、写真は？ 』『 アタシも彼ジャーしたぁい 』『 てかあんた山田に告られたんじゃないの？ 』『 山田今来てるけど先生だいじょぶそ～？ 』

( やはり恋が絡むとなれば3年生も2年生も変わらずガツガツと攻めの姿勢に転じるようで、もう既にみきが彼の上着を着ていただなんて事実と更に以前からみきへの好意を仄めかしていた男子が応援に来ているというライバル出現的な状況にそのテンションは高く。みきはそれにぎく、の肩を強ばらせては「 ほらほら！もー次の試合始まるから！みんな早くいこ！ 」とわちゃわちゃと騒ぐクラスメイトたちを適当に誤魔化しつつコートの方へとクラスメイトたちの背中をぐいぐい押していけば、コートに行く途中でくるりと振り返り上着の件ごめん！と言うように両手を合わせてへらりと笑い。その途中、1試合目を応援してくれていたクラスメイトたちの方にお話に行ったりとみき達もどうやら青春を精一杯謳歌しているようで。 )

何がだよ、
別に俺が気にすることじゃねーだろ。

( 恋というものは見てる分にも障害があれば燃えるもののようで、この体育館にて今まさに三角関係のような構図が出来上がっているときゃっきゃはしゃぐ女子たちに向かって呆れたように溜息吐いて。そんな友達たちを追いやりながら共にコートの方へ向かった彼女から簡単な謝罪を受ければ、まあ特に問題のあるような事ではないのでさほど気にせずひらりと手を振って返し。……と、ひとりになったところで頭に残った件の存在。「……山田、って確か前にあいつから聞いた気がするな……。」誰に聞こえるでも無くぽつりと呟けば、彼女のクラスの応援席へと目をやって。＂同じクラスの成績優秀な山田くん＂は教師的にも覚えやすく、彼女に対してどこか緊張気味にしかし楽しそうに声をかけている相手はすぐに見つかって。とはいえ別に生徒同士の恋模様に何かしら横槍を入れるつもりも無いので、少しもやりとするものがある事には敢えて気付かないフリをして試合の観戦へと意識を移し。 )

勝つぞぉー！

( さて、いよいよ始まった2回戦。相手は現役バレー部が多く尚且つバレー部部長のいる優勝最有力候補の3年生。やる気に満ち溢れた様子で両の拳を天に突き上げては改めて勝利を目指す言葉をチームメイトにかけて。此方のチームにもバレー部はいるしそこそこみんなスポーツができる人間が集まっており点数は拮抗しているものの向こうのチームが優勢。たらりと流れてくる汗を拭いながら相手チームを見ればやはり体力から違うのか此方のチームほど息が乱れている様子もなく。勝てるかどうか少し不安になり始めたチームへと「 大丈夫だよ！あんなにみんなで特訓したんだもん、気持ちで負けないの大事！ 」とパッと浮かべたきらきら笑顔でチームへ檄を飛ばして。 )

──っ、御影ー！頑張れー！

( バスケの時に貰っていた応援のように、特定の1人を名指しで応援するのはやはり少し憚られるものがある。が、優勝候補チーム相手に接戦を繰り広げている2年生チームを見ているとどうしても手に汗握り、彼女にボールが渡る時に応援席側から「 御影ー！いけー！ 」「 みきファイトー！ 」と名指しで応援の声が上がるのに紛れて自分も今回唯一名指しで応援を飛ばし。ちらりと応援席を見れば山田の熱い視線が彼女に注がれ続けられているのが目に入り、もちろん声を張り上げて応援もしている。スポーツ大会らしい青春の一幕を教師としての目線で見るなら非常に素晴らしいのだが、どうしても厄介なフィルターが掛かってしまう時があって気を逸らすようにコートへと視線を戻し。なかなか縮まらない点差に少しずつ疲れが見え始めた頃、彼女の明るい太陽のような笑顔と一言でチームに再び闘志が灯るのが分かり釣られるように微笑みながら試合展開を見守って。 )

っ、はぁい！


( どんなに周りの声がざわざわがやがやと大きくても、どんなに集中している場面でも、好きな人の声だけは不思議とクリアにするりと耳に入ってくる。みきは一瞬だけ彼の方に視線を向けてはに、と元気なお返事と共に口角を上げて。彼の応援のおかげかそのままみきが相手の隙をつくスパイクでまた一点を決めれば、自慢げに彼の方へとピースサインを送り。そのまま試合が進みとうとう相手のセットポイント、あと1点取られてしまったら試合が終わる重要な局面。もちろん最後にここぞでキメようとする相手のバレー部部長の強烈なアタックがライン内ギリギリに落ちる寸前にみきが滑り込めば、サポーターをしているバレー部員たちと違う白い生膝が体育館の床に擦れる痛々しい音と引き換えに何とかボールを拾い相手コートへと返したけれどその後に呆気なくカウンターを返され試合は終了。火傷のようにじぐじぐと痛む膝よりも「 だーッ！負けたぁ！ 」と素直に悔しい気持ちを吐き出してはそのままへなへなとコートに座り込んで。 )

「 ～～～ッあー！惜しかったあ！悔しいーーっ！！ 」「 アタシ勝てそうって思って気抜いちゃったかも……ごめん…… 」「 ──え、てかみき足やばくない！？ 」

( 息を呑むほどの良い試合を制したのはさすがの3年チーム。だがしかしそんな相手にここまで苦戦を強いた2年チームはさすがだろう。知らず知らずのうちに握り締めていた拳はゆるりと解け、応援席側から「 あー…、」と落胆の声が漏れるもすぐさま戦い抜いた彼女たちを讃える拍手を送っており。しかし応援席よりも比較的近いところで観戦をしていた自分には、彼女の白い膝が赤く染まっているのがハッキリと見えていて。考えるより先に足を踏み出しており、座り込む彼女の周りに集まるチームメイト達の間を縫って顔を覗かせれば「…お、前……その足…。」と、近付いて見れば尚分かる擦り傷は存外大きく目を見開き。試合でのアドレナリン効果か今はそこまで痛がっているようには見えない彼女だが、これは冷静になるとじんわり激痛が広がるタイプに思えて。 )

、……えへへ…擦っちゃった……。


( じくじくと段々と増していく痛みを誤魔化すようにへらりと笑っては、周りのクラスメイトやどうやら他の応援席にいた人よりも早く異変に気付いてくれたらしい彼におどけながら答えて。普段だったら絶対にあんなに速くて怖い球には反応しないけれど、やっぱり優勝を目指さなければならない理由があったので考えるよりも前に体がその球へと向かってしまったらしくちょっぴりその表情には照れが混じり。とはいえ、試合のアドレナリンもだんだんと落ち着き自分でもこの膝の惨状を目にしてしまえば不思議と痛みは増していくもので、じんわりと擦れた皮膚に血が滲んできたのを見ては少しだけ痛みに眉をひそめたものの直ぐにいつもの笑顔を浮かべれば「 体育館汚しちゃ困るから、ちょっと保健室行ってくるね！ 」と怪我をした方の足を庇いながらゆっくりと立ち上がり。 )

、は～……えへへじゃねーよ…ったく……。

( 彼女の笑顔はいつでも花のようだとは思っているが、今だけは誤魔化すために無理をしている笑顔だとはっきり分かり。変に我慢強いところがあるところも良く知っているため、頭を抱えながら溜息をひとつ。しかしその溜息は自分に対しての意味も含まれており、いつものやり取りだったとはいえ彼女に優勝を焚き付けたのは紛れもなく自分だったので。ゆっくりと立ち上がる彼女に「 みき、大丈夫？ 」「 一緒に行こうか？ 」と声を掛けるクラスメイトたちに「俺が連れて行ってくるからお前ら後のことちゃんとしてな。……あ、あと誰か××先生に軽く経緯伝えといて。もしソフト始まって探されるのもアレだし、遅れて参加しますって。…───御影、持ち上げるけどいい？」つらつらと伝達事項を伝えては、膝を庇うような立ち方をしている彼女の側にしゃがみ込んでいつぞやの＂お姫様抱っこスタイル＂を取るために彼女の返答を待って。 )

で、でも、……。


( いつぞやの時とは違い、今はみんなが見ている状況。ましてや頑張れば自分で歩けちゃうし(あの時も全然元気だったけれど)、これに頷いてしまったら自分が彼にお姫様抱っこをしてもらうことを望んでいるようにとなってしまう。先程まで此方を心配してくれていたクラスメイトも〝もしかして〟とざわざわと色めき立つように騒がしくなり、みきはぶわ、と顔を真っ赤にしながら少しだけ戸惑ってしまうもののその間にも痛みはどんどん耐えられないほどのものに変わってくため正直彼の申し出もとてもありがたいのもまた事実。さらに言ってしまえばもし歩いている最中に血が滴り落ちてしまったら結局廊下を汚してしまうことになるので、みきは少しの沈黙のあとにきゅう…と眉毛を下げながら蚊の鳴くような小さな声で「 ……お願い、します、 」とこくりと頷き彼の方へ両手を伸ばして。 )

ん。
しっかり掴まってな。

( 普段であれば学校、ましてや人前で自分から触れるようなことはしないのだが、今は怪我人を抱えるという大義名分のもとで特に後ろ暗いものを感じることはなく。伸ばされた両手を自分の首に回させてはその小柄な体をひょいと持ち上げて。彼女の気持ちを知っている周りの友人達は怪我の心配はもちろんだが、ざわつく声はどちらかと言えば目の前で今起きていることへの関心の方が勝っているように思える。「…っよし、じゃあお前ら後よろしく。───……それじゃ任せられねーんだよなぁ…。」心配と好奇が入り混じる視線の中出口へと歩き始めた際、背中越しにちらりと応援席を見やれば何が起こっているのかイマイチ把握できていない様子で動かずただこちらを見ている山田の姿。誰に聞こえるでもないほど小さく呟いたその言葉は、こうして好意のある相手に何かしらが起こった時に咄嗟に動けない彼に期待外れだと落胆の色を示しており。 )

っ、……。


( ふわりといとも簡単に浮いた体は少し前にも体験したけれど、今は他の人たちの目線がある分やはり羞恥が大きいのか耳まで真っ赤になった顔を隠すようにふい、と彼の肩口の方に寄せ。今は状況が違うとはいえ、普段此方に触れることはとことん厳しいのにこうして自分に何かあった時にはすぐに駆けつけてくれる彼はどこまで自分を恋に落とせば気が済むのだろう、ばくばくとうるさい程に高鳴る鼓動は今にも彼に聞こえてしまそうで。存在を遺憾無く主張してくる膝の痛みに耐えつつも、汗臭くないかな、重たくないかな、なんて女の子らしい心配を頭の中でぐるぐると繰り返していればふと彼が何かを呟いたような気がして「 、せんせ？何か言った？ 」と少しだけ顔をあげれば、痛みよりも羞恥によって潤んだ瞳で不思議そうに問いかけて。未だ応援席にいるクラスメイトたちには何があったのか気付かれてはいないようだけど、このあとクラスに帰ったら大変なことになるんだろうなぁなんてまだ見ぬ未来を想像しては困ったように彼の首に回した手にきゅ、と力を込めて。 )

いや別に。何でもないよ。

( 潤んだ夕陽色が痛みによるものか羞恥によるものか自分には分からないが、どちらにせよ質問の答えは彼女に知られないよう微笑んで誤魔化して。色々な感情が込められた沢山の視線を背中に受けながら体育館を後にしては出来るだけ傷に響かないよう、しかし早めの処置も必要だと少し早足で保健室へと向かい。相変わらず開いたままの保健室のドアを通れば、前回と違い待機している保健医が。ゆっくりと彼女をソファへ下ろしながらバレーで、と軽く説明すればすぐに察してくれたのか、あらあらまぁまぁとテキパキ処置に入るその姿を「……傷痕、残んないといいけど…。」と何処か不安そうな眼差しでぽつりと呟きながら立ったまま見守って。 )

『 うふふ。大袈裟ねぇ、本人よりも不安そうな顔してどうするんですか。 』

( ゆっくりと壊れ物を扱うように丁寧にソファに下ろされれば運んでくれてありがとう、とまだ桃色に火照る頬のままお礼を。治療しやすいように足を小さな台に乗せられて改めて傷口を見下ろせばジンジンと実際に感じる痛みよりも痛々しそうな傷の様子にありゃー…と眉を顰めて。月に一度理不尽な痛みに耐えているだけあり男性よりもよほど痛みに慣れている様子のみきは今夜お風呂入る時染みるだろうなぁ、なんて今晩の心配をしていたのもつかの間、彼の言葉にほろほろと穏やかに笑う保田先生の手元には当たり前だけれど消毒液が。『 じゃあ、痕を残さないために先ず消毒するわね～ 』とにこやかに微笑みながら保田先生が消毒液を傷口に無慈悲に落としていけば、「 ｯいﾞ、っ…～～！！！！！ 」と声にならない悲鳴をあげながらみきは思わず隣に立っている彼の手をきゅ、と両手で握って両目を力強く閉じ痛みに耐え。そのまま手当も順調に終わり、消毒液の痛みの余韻でどこかぐったりと彼の手を握ったまま項垂れたみきをそのままに『 じゃあ鳴海先生、私は午後の外競技のために外待機ですので後はお願いしますね。 』と保田先生は救急箱だけ持ってぱたぱたと容赦なく保健室を出ていき。 )

あ、えっと……い、一応女子なんでこいつも。
傷痕が残るなんてあんまり良いもんじゃないでしょ。

( くすくすと可笑しそうに笑う保健医の指摘にハッと我に帰れば、彼女がここまでバレーに力を入れたのが自分の余計な一言だとはさすがに言えずにしどろもどろとそれっぽい、しかし本音でもある理由を述べて。摩擦で擦れた傷はじゅくじゅくとしており、そこに消毒液を落とされた彼女の反応は言葉通り痛いほどよく分かる。これが外で出来たものであれば砂が入っていたりと更に悲惨だっただろうが、その点はまだ綺麗な傷だとも言えるのが救いかもしれない。苦悶の表情で耐え切った彼女は試合後よりも疲弊して見えるが、処置を終えるやいなや次に備えて忙しなく部屋を出ていく保健医を止める必要も無く。「ありがとうございました保田先生。………大丈夫か？」後を任されてはぺこりと会釈をしながらその背を見送り、未だこちらの手を握ったままの彼女にそろりと声をかけて。 )