中華娘 2024-03-28 09:57:33 |
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( / 勿体無いほどのお褒めの言葉、ありがとうございます……!これといって希望の始まり方はありませんので、まずは肩慣らしがてら、「いつもの日常」のシーンから始めることができればと思います。いずれ色々とやってみたいシチュエーションはあるのですが、そちらは追々ご相談できれば……!
また、進めながらでも構いませんので一点確認させていただきたいのですが、お話の舞台となる場所や時代などはどのような感じでしょうか?厳密に「いつのどこ」と決めずとも、ざっくりしたイメージだけでも共有できれば描写がしやすいかなと思いまして、お尋ねいたしました。主人の方はなんとなく英国人っぽい感じを想定してキャラ作成しましたが、何せ金持ちのボンボンなので、実家を出た勢いで国境を跨いでいてもおかしくありません。背後様の想定などございましたら、お聞かせくださいませ……!)
( / かしこまりました!
私も後々「これやりたい!」という自我がたくさん出てくると思いますので、その都度その都度お互いに意見交換を重ねていければなと思います…!!
そうですね…!折角ご主人様から英国人っぽさを出していただけたので舞台としては英国、時代は現代よりも少し前…歴史に明るくないため何年とは言いきれませんが、まだ車もありつつ、馬車が移動手段として流通していた程度の時代を想定をしておりました!主な連絡手段は手紙や上流階級ならダイヤル式の家庭用電話あたりかな、と…!
あくまで私の中の勝手な時代背景ですので、背後様の想像とかけ離れておりましたら現代設定でも全く構いませんがいかがでしょうか…? )
─── …アイヤ。
危なかたネ、勝手に落ちたらめ!ヨ。
( いつものように暖かな日差しが窓から差し込む優雅で穏やかな昼下がり。客足が途絶えこんなにもポカポカしているとウッカリ瞼が帳を下ろしそうだということで耳元の鈴をチリチリと鳴らしながら高い場所にある棚でも拭こうと掃除をしていたところ、思わず掃除をしていた細腕が棚に鎮座していた豪奢な壺に当たってしまいそのまま地面に落ち ─── るなんてことはなく、ほぼ野生の勘に近い反射神経でそれをちいさな手でキャッチしては恰も壺が独りでに落ちてきたかのように罪をそっと壺になすり付けつつ其れを所定の位置へと戻し。そうしてまた1つ大きな欠伸をしてはいつお客人が訪れても良いように店内の磨きに没頭し。 )
…………ふぁぁあ。
( / わわっ、実は私の方も「現代でもやりやすいけど、少し前の英国なんてロマンがあって良いなぁ」とふんわり考えていたところでして、まさに背後様が挙げてくださったイメージ通りの雰囲気を想像しておりました……ぜひその時代背景でお願いします!あまり厳密な時代考証にはこだわらず、その時代っぽさを楽しむことができましたら幸いです!)
お客さんは来ないかい?……ああ、掃除をしてくれていたんだね。ありがとう。
(客が来たら声を掛けてくれと従者に頼み、奥の部屋に引っ込んで帳簿をつけたり手紙の返事を書いたりすることしばらく。窓から差し込む暖かい日差しを受けてぼんやりしているうちに書き損じた便箋をくしゃりと丸めると、こんなポカポカした陽気では作業が進まないのも無理はないと諦めて。ひとまず書き終わった分だけをまとめてから、眠い目をこすりつつ表の方に顔を出すと、やはり眠そうな従者が閑古鳥の鳴いている店内の掃除をしており。あの細身なのに働き者だなあ、など感心しつつ彼女を眺めているうちに、年代物の豪奢な壺がふと目に留まり、思い出したように壺を指して)
……そうそう、言い忘れていたけれど、その壺は特に貴重なものだから、取り扱いには気をつけておくれ。
( / わ!まさかおんなじ時代背景を想像していたなんて…!!嬉しいです、では先程申し上げたような時代背景で楽しんでいけたら嬉しいです…!!
改めてとなりますが、どうぞ末長くよろしくお願い致します…! )
!
ふぉ、紅鈴何にもしてないヨ。
( 奥の部屋にて書類作業をしていた主人にふと声をかけられれば褒められたことが純粋に嬉しいのかにこ!と満面の笑顔を返したと思いきや続けられた彼の言葉にぴしゃりと凍りついて。ぎぎぎぎ、とまるで錆びたブリキ人形のように彼の男性なのにしなやかで美しい指が指した先を振り返れば先程落としたばかりの豪奢な壺が堂々と鎮座しており。人の脳天を撃ち抜いたあとでさえ脈拍の乱れない紅鈴の心臓がばくばくと煩く存在をアピールしだしたと思えばぶんぶんリンリンと忙しなく首を横に振りながら己はただただ真面目に掃除をしていたとアピールをひとつ。だがしかし泳いでいるふたつの紅玉と下手くそな嘘によりおそらく彼女が何かしでかしたのは事実。マァ壊したわけではないので後ろめたいことはあんまりないのだが、取り扱いに気を付けろと言われた傍から落としましただなんて彼に失望されてしまうとあまり賢くない頭で考えついたのだろう。ぴかぴかに磨かれた棚をびし!と指さしては「 お掃除、頑張たネ。好孩子(良い子)! 」と真剣な顔でこくりと頷いて。 )
( / 背後様とイメージが合っていたようで安心いたしました……!それでは一旦背後は引っ込ませていただきますが、何かあればお声がけくださいませ。こちらこそ、末長くよろしくお願いします! / 蹴可)
……。ああ、偉い偉い。いつも助かっているよ。
(こちらが感謝の言葉を述べればすぐに満面の笑みを見せたものの、壺の話を持ち出すと途端に様子のおかしくなった彼女に、少しだけ黙り込んで。自分が壺を棚に飾った時と向きが少し変わっていたから棚を磨く際に動かしたのだろうかと思っていたが、彼女のあからさまな慌て方を見るに、どうやら割と危ないところだったらしいと察し。叱るべきだろうかとも思ったけれど、まあ実際に壊してはいないのだから今回は大目に見ようと決めて、彼女の頭をぽんと優しく撫でつつ、ついでに「一点ものの高価な作品を半端な人間には任せられないからね」と釘を刺し。こちらとしては都合の良いことに、自分をよく慕ってくれる忠犬のような従者のこと、こうしておけば次からは気をつけてくれるだろう。相手の純粋な気持ちを利用しているようで少し胸が痛むあたり、随分彼女に絆されていることには目を背けつつ、しれっと壺を正しい向きに直しながら)
今日は良い天気だし、もう店を閉めて散歩でもしようか。紅鈴、行きたいところはあるかい?
是!
対主子尽忠(ご主人様の仰せのままに)。
( 彼の優しく大きな手に頭を撫でられつつしっかりと釘を刺されればぱぁあ、と分かりやすく表情を綻ばせながら少しだけ膝をおり拱手をひとつ。スラムの捨て犬だった少女も今では立派な忠犬の真似事をできるようになった。紅鈴は彼に信頼されているようでなぜだか胸がぽかぽかと柔らかくふわふわした気持ちを覚えつつ壺の向きを直す様子に〝あれはあの向きが正解なんだ〟と1つ店番として新たに知識を蓄えて。彼に拾われてからというもの、先程の拱手を含めて様々な知識が増えた。自分が仕えている主の顔に泥を塗らないように、と。幼い頃の時分には考えられなかった成長に自分でも〝らしくないな〟と笑ってしまうほどだが、 それでもこれが良い成長なのは間違いないのだろう。紅鈴は彼からの問いににこ!と満面の笑顔を浮かべてはこういう時に必ずおねだりする場所をリクエストして。 )
海!
海行きたいヨ、今日ぽかぽかだからきっと涼しくて丁度良いネ!
……ふふ、君は本当に海が好きだね。良いよ、行こう。
(恭しく拱手をした従者に、満足げな表情を浮かべ。スラム生まれだという彼女は戦闘以外にまともな教育を受けてこなかったらしく、拾ったばかりの頃は果たしてどうしたものかと頭を抱えたものの、物覚えが良いのか、礼儀作法も美術品の知識も教えればそれだけスクスク成長していく様子は頼もしく。未だに少々お転婆なところはあるが、それもご愛嬌だろう。行儀が良いだけの人形にするつもりなど毛頭ないし、戦士としての腕を見込んで彼女を引き取ったのは自分なのだから。行き先の希望を尋ねれば、彼女が目を輝かせてリクエストしたのはいつも2人で散歩に行くお馴染みの場所。こうしていつでも海を見に行けるなど、意識的にも無意識的にも上流階級の慣習に縛られていた頃からは考えられない生活で。出会った頃から変わったのは、彼女だけではないのだろう。ふわりと微笑み従者のおねだりを了承すると、手際よく指示を出して)
紅鈴、荷物を準備しておくれ。僕は表の看板を「Closed」にしてくるから。
知道了(わかった)!
( 見事お強請りが功を奏し、お散歩先は自分のお気に入りの場所になる。彼に荷物の準備を頼まれれば元気に返事を返し、そのままぱたぱたリンリン遠くの部屋へと駆けていき。彼の処方されている薬と、もしもの時の薬、それからお水と日傘…と色々諸々をお散歩用の籠に詰め、それから次は自分の支度。初めてここに来た頃は薬の種類や区別はおろか、存在自体すらも知らなかったが今ではすっかり彼が服用しているものに限り覚えられるようになった。成長だ、とご機嫌に太もものホルダーにある二丁拳銃の弾数確認と毒針を目視でチェックし、何時どこで誰に襲われても対処をできるようにと彼の盾であり矛でもある為の支度も完璧。鏡の前で乙女らしく前髪をちょい、と整えたあとに店の方へとひょっこりと顔を出せば「 マスター、準備できたらヨ!出発! 」と籠を持ってない方の拳を突き上げてにこにこと人懐っこく微笑み。今日はぽかぽかと天気も良いし風もないからきっと波も穏やかだ、海の存在を知らないスラムキッズだった紅鈴にとって全てを見る度に色んな姿を見せる海という尊大な存在は彼の次にお気に入りのようで。 )
(元気よく鈴を鳴らしながら荷物の準備に飛んでいく従者を見送れば、自分も店先へ。現在の時刻は看板に書かれた営業時間の真っ只中だが、元よりこうして店主の気まぐれによって臨時休業することも珍しくない店だから大して問題はないだろう。看板をひっくり返してから店内に戻ると、間もなく仕事の早い従者が荷物の用意を終えたようで。まだ昼過ぎだから、今出発すれば海辺でのんびりする余裕もあるはず。途中で甘党の彼女が好きなおやつを買って海岸で一緒に食べようか、砂糖の多い菓子は医者が良い顔をしないけれど、まあたまには良いだろう、などと計画を練りつつ、「ああ、出発しよう。日が沈んで冷えるまでには帰ろうね」と微笑み。店舗と自宅を兼ねた一軒家を出ると、がちゃんと鍵をかけ、人でごった返している大通りに出て。ここからはまだ建物の隙間から小さくしか見えない水平線を遠くに眺めつつ、ぽつりと呟き)
……僕も好きだよ、海。どこまでも行けそうな気がする。
─── …。
マスターは、海も海じゃない場所も、どこまでも行けるヨ。
紅鈴、とても力持ち!マスター疲れて歩くできないしても、紅鈴抱っこして、たくさん連れてったげる!
( 大通りはまだ太陽が真上にある時間帯ということもあり、がやがやと街の人々で賑わっている。きちんと周囲への警戒を怠る事無く軽快を研ぎ澄ましつつ彼の隣を歩いていれば、ふと建物の隙間から垣間見える水平線を見つめる海色の瞳にぱち、と正反対の紅玉を丸めて。〝シーグローヴ家の次男〟という囲いに囚われていた彼はそれらのしがらみを捨てた今、自由にどこまでだって行ける。その筈なのに何故だかその横顔が苦しそうに見えた紅鈴は、彼の手をぱっと握ってその手を引っ張るように数歩前に歩み出ては相も変わらずたどたどしい口調ではあるものの彼も海と同じくどこへだって行ける存在なのだと笑って。 )
だからマスター、海、一緒ネ。
紅鈴はどっちも似てると思う、とても好(ハオ)!
うわっ……。
……ありがとう、紅鈴。どこへ行くにしても、君が一緒なら心強いよ。
(その昔、シーグローヴ(Seagrove)家の先祖は船乗りだったから苗字に「海(Sea)」を冠しているのだ……など嘘か本当か怪しいことを教わったものだが、当時から海は憧れの対象、自由の象徴であり、海沿いの街を新天地に選んだのもそういった理由で。せっかく晴れた日の散歩だというのに、いつの間にかセンチメンタルな気分になっていたらしい。急に手を引かれて現実に引き戻され、少しよろめくもどうにか体勢を立て直し、続く彼女の言葉に目を丸くして。当然のようについてきてくれる彼女の心遣いは嬉しいが、直球でぶつけられる好意には未だに慣れず、海色の瞳が波のように揺らいで、従者と自分自身を安心させるように穏やかな声色で返し。並んで歩いているうちに、いつの間にかずいぶん濃くなってきた潮の香りに混ざって甘い砂糖の香りがして。照れ臭さを隠すように、「TAKE AWAY(持ち帰り可)」の看板が掛けられた露店に並ぶドーナツを指差し)
何か買って行こうか。僕を抱えて歩くなら、空腹ではいけないだろう?
!!
ドーナツ!甘いもの食べるしたら紅鈴〝百人力〟ヨ!
( ふわり、と備考をくすぐる甘い砂糖の幸せの匂いと彼の言葉にぱぁ!と分かりやすく瞳を輝かせては紅鈴の口はもうすっかりドーナツに支配されてしまい。いざ店前まで歩きずらりと並ぶカラフルできらきら光って見えるドーナツたちを同じくらいにきらきらした瞳で見つめてはどの味にしようか吟味しているらしくその瞳は実に真剣で。純粋にドーナツ本来の素朴な味を楽しめるプレーンと、甘酸っぱい酸味がドーナツの甘味をひきたてるストロベリー。2択まで絞り込んだは良いもののその先までなかなか選ぶことが出来ずぐぬぬ…と分かりやすくその2つへ視線を行ったり来たりさせていたものの結局決めあぐねたのか隣の彼を見上げてはこてりと首を傾げて。 )
マスター、ドーナツどれ食べる決定した?
たくさん種類ある、迷うネ……。
……うん?そうだね……
(ドーナツを吟味する彼女の表情は実に大真面目で、忙しなく視線を動かし迷う彼女の様子が面白く。これはしばらく時間がかかるだろうか、など考えつつも、嬉しそうな従者を気づけばドーナツそっちのけで眺めていると、不意に彼女がこちらを向いて、ぱちりと目が合い。彼女の言葉で、そういえば自分の分を選ぶのを忘れていたな……と思い出し。指を顎に添えつつ、店頭に並ぶ品揃え豊富な色とりどりのドーナツを改めて一通り見渡して。どれも美味しそうで目移りするが、結局のところ彼女が迷っていたらしい2択が気になってしまい。よそ行きのニッコリした笑顔で商品を指差し、「店主、このプレーンとストロベリーを1つずつ、持ち帰りで」と注文した後、わざとらしく悪戯っぽい笑みを従者に向けて)
……ああでも、2つも食べたらまた医者に怒られてしまう。紅鈴、それぞれ半分こしてくれるかい?
!!
当然(もちろん)!
( 店主に対するよそ行きの綺麗に計算された笑顔とは違う、ちょっぴり悪戯じみた笑顔と問いかけられた言葉に紅鈴はきょとん、と瞳を丸くしたあとに彼の言葉の意味を理解すれば分かりやすく2つの夕焼け色の瞳を輝かせながら元気に頷いて。屹度自分がプレーンとストロベリーで迷っていたのを見越しての半分こという提案なのであろう、心優しい主人の気遣いに紅鈴はぽかぽか暖かい気持ちに幸せそうに表情を綻ばせては店主からドーナツが入った紙袋を受け取り。ふわりと甘い香りの漂う紙袋はまるで紅鈴の幸せを増長させるかのようで、幸せが詰まった紙袋だなぁと手持ちの籠の中へ大切に紙袋をしまって彼を見上げ。 )
謝謝(ありがとう)、マスター。
優しい、だいすき!ドーナツ、半分こ食べようネ!
どういたしまして。助かったよ、あれだけ種類が多いと1つには選べなくてね。
(真ん丸の赤い瞳はやがてこちらの意図を汲み取ってくれたらしく、キラキラとした目で感謝を伝えられるが、あくまで「両方気になっていたけれど、2つは食べきれない」という体で返し。昔は誰と話すにしろ何重にも言葉の裏を読まねばならなかったのに、この従者ときたら、優しさを与えればすぐに何倍もの嬉しい言葉を自分にくれる。彼女の眩しいほどの素直さには未だに慣れないが、ドーナツの甘い香りを漂わせながら嬉しそうな顔をする従者は穏やかな日常の象徴のようで、思わず青い目を愛おしげに細め。こんな日々が続けばいいと、そしていつかは自分も素直になれればいいとこっそり祈りつつ、先を促し)
……さあ、行こうか、海はもうすぐそこだよ。
─── …。
マスター、髪に葉っぱついてる!紅鈴とったげるヨ。お目目ぎゅ!して。
( 目的地へと先を促す彼の言葉に頷こうとした刹那、ピリ、と肌を裂くような感覚に先程までガラス玉のように輝いていた紅鈴の瞳から静かに光が引いて瞳孔が開く。恐らく明らかな金持ちである彼の姿を見た物取りが今日の獲物を定めたのであろう、そんな下卑た視線を感覚で認知したらしい紅鈴はその虎の様な瞳を一瞬でぱっと笑顔に変えれば彼の髪に木の葉がついていると息を吐くように嘘をついて目を閉じるように指示を。ホルダーにセットされた二丁拳銃のうち一丁にサイレンサーをつけてきて正解だった、海に行くにあたり一通りの多い大通りを抜けなければいけないからこうして周囲に気取られないように〝お掃除〟ができるのだから。まだ実害は何も無いが何かあってからでは遅い、出る杭は打たれるのだ。スラム街ではそうだった。紅鈴はすらりとした太ももから拳銃と毒針を取り出しては毒針を通りの隅で子供たちに風船を配っている女が持っている風船たちへと飛ばし、複数の風船が割れる破裂音や子供たちの騒ぐ声に周囲の目線が行ったと同時に何の躊躇いもなく引き金を引いて。パシュ、と空気が抜ける音が喧騒に紛れた頃、軽く彼の前髪を整えるように軽く梳いてはつい今さっき人の頭を撃ち抜いたとは思えないほどいつも通りの笑顔を浮かべて。 )
ン!取れたヨー。完璧ネ!
早く海行こ!
─── …。
マスター、髪に葉っぱついてる!紅鈴とったげるヨ。お目目ぎゅ!して。
( 目的地へと先を促す彼の言葉に頷こうとした刹那、ピリ、と肌を裂くような感覚に先程までガラス玉のように輝いていた紅鈴の瞳から静かに光が引いて瞳孔が開く。恐らく明らかな金持ちである彼の姿を見た物取りが今日の獲物を定めたのであろう、そんな下卑た視線を感覚で認知したらしい紅鈴はその虎の様な瞳を一瞬でぱっと笑顔に変えれば彼の髪に木の葉がついていると息を吐くように嘘をついて目を閉じるように指示を。ホルダーにセットされた二丁拳銃のうち一丁にサイレンサーをつけてきて正解だった、海に行くにあたり一通りの多い大通りを抜けなければいけないからこうして周囲に気取られないように〝お掃除〟ができるのだから。まだ実害は何も無いが何かあってからでは遅い、出る杭は打たれるのだ。スラム街ではそうだった。紅鈴はすらりとした太ももから拳銃と毒針を取り出しては毒針を通りの隅で子供たちに風船を配っている女が持っている風船たちへと飛ばし、複数の風船が割れる破裂音や子供たちの騒ぐ声に周囲の目線が行ったと同時に何の躊躇いもなく引き金を引いて。パシュ、と空気が抜ける音が喧騒に紛れた頃、軽く彼の前髪を整えるように軽く梳いてはつい今さっき人の頭を撃ち抜いたとは思えないほどいつも通りの笑顔を浮かべて。 )
ン!取れたヨー。完璧ネ!
早く海行こ!
ああ、分かったよ。
(木の葉などいつの間についたのだろうかと思ったが、ドーナツ屋の側には街路樹が何本か生えており、ドーナツを選んでいる時にでも落ち葉が頭に乗ったのだろう。木の葉を乗せたまま歩いているなど格好がつかないから、促されるまま大人しく目を閉じて、高いヒールを履いているとはいえ僅かに背の低い従者が頭上の木の葉を取りやすいよう、少し屈んで頭を差し出し。目を閉じて視界からの情報が遮断されると、他の五感の情報がより鮮明になる。遠くの方で何かが続けざまに破裂する音、パニックになったような子供たちの声、隣からは相変わらずドーナツの甘い匂い、空気が抜けるような小さな音、そして彼女に前髪を梳いてもらうくすぐったい感覚。木の葉を取り終わったという報告に目を開けると、いつもと同じ笑顔の従者がいて。再び目的地へと歩き始めるが、通りが何やら騒がしいことに気づき、歩みを止めないまま従者に尋ね)
……おや、何だか騒がしいね。紅鈴、僕が目を閉じている間に何かあったのかい?
─── … さぁ?
なんにもなかったヨ。風船いっぱい割れたから、みんなきっとびっくりしてるネ。
( 恐らく背後では突然額に風穴が空いて倒れた男に周囲が騒めいているのだろう、地面が血で汚れただろうし自警団やらも来るだろうからから帰りは別のルートから帰らなきゃなぁとぼんやり考えつつ彼から問い掛けられた言葉ににこ!いつも通りの人懐っこい笑顔を浮かべて血に汚れた事実を綺麗に梱包して。〝こちら側〟の事情を彼に伝える必要なんてものは露ほどもない、紅鈴は彼が後ろを振り向かないように「 ほら!海もうすぐヨ、マスター! 」ともう目と鼻の先に見える浜辺を指させば予め用意していた日傘を差して背後と彼の視線を遮断し。こんなにも良い天気で風もない穏やかな海なのに街の人々は見慣れた海へは足を運ばないのか浜辺には人がほとんど居らず、穏やかな波の音で大通りの喧騒も聞こえては来ないだろう。紅鈴は隣で歩く彼の海色の瞳を見つめては「 ついた! 」とにこにこぺかぺか笑って。 )
そうかい、それは大変だ。
(なるほど、目を閉じている間に聞こえた破裂音は風船が割れた音だったらしい。子供が騒ぎ立てる声も、それが理由だったのだろう。海へと急かす従者を「はいはい」とあしらいつつ、ちょうど景色も開けて日差しが強くなってきた頃にタイミングよく日傘をさす従者に「助かるよ」と感謝し。何やら慌てた様子の人々とすれ違いながら、やがて海のすぐそばまで着くと、従者がピカピカに磨いてくれた高価な靴に砂がつくのも構わず砂浜に降り。人がほとんどいない浜辺は静かで、まるで従者とこの世界に2人きりになったような不思議な感覚を覚える。濡れた砂浜に大きな足跡をつけながらさくさくと柔らかな砂を踏む音が心地よく、深呼吸して潮の香りを大きく吸い込み)
……ああ、いつ来てもいいね、海は。
今日ポカポカで強い風吹くないから、海日和ネ!
( さく、と柔らかな砂を踏む感覚をヒール特有の踵の痕を砂浜に付けることなく器用につま先だけだけで楽しんでは、思わずへらりと表情を綻ばせて隣で深呼吸をする主人に笑いかけて。外に出て散歩をすることは健康に良い、と彼に仕え始めた当初医者が言っていた言葉をふと思い出せばやはりこうして定期的に主人と散歩に出掛けるのは重要だなと改めて感じる。静かなさざ波の音と、自分たちの砂をふむ足音と、それから頬を撫でる柔らかな潮風。先程まで歩いていた騒がしい大通りとの対比も相まって此処は俗世と離別した異世界のような感覚に陥り、マァでもそれも悪くないかななんて考えてはまたふふふ、とこっそり笑って彼の服の袖を軽くくい、と引っ張り丁度水平線を正面に見られるように鎮座する腰掛けになりそうな流木を指さして。 )
マスター、ドーナツ食べヨ!
紅鈴お腹ぺこぺこ、ちゃんと下に敷くシートも持てきたネ!
そうだね。街の人たちが、こんな良い日に海を訪れていないというのは勿体無いようだけど……ふふ、静かで過ごしやすいよ。
(くん、と袖を引かれて、促されるまま従者が指差す流木に腰掛け。自宅や店で使っている上等な椅子と比べれば、彼女がシートを敷いてくれたとはいえ硬くてでこぼことした流木の座り心地はお世辞にも良いとはいえないものの、真正面に広がる海と潮の香り、穏やかな波の音に時折聞こえる海鳥の鳴き声が、この流木を特等席にして。主治医に定期的な軽い運動を勧められているから、ということもありこうして時折従者を連れて外に出ているが、やはり外で何かを食べるのはいっそうの特別感がある。軽く手を拭いてから従者の持っていた籠の中のドーナツの紙袋を取り出し、袋を開ければ幸せの甘い香りがますます強くなり。まずは素材本来の味を楽しもうとプレーンのドーナツを手に取ると、適当に2つに割って「はい、どうぞ」と片方を彼女に差し出し)
謝謝!
…!!好吃(おいしい)!又甜又?(甘くてふわふわ)…!
( 彼からドーナツの片割れを受け取ればにこ!と笑って早速1口小さな口いっぱいにかぶりつき。口いっぱいに拡がる砂糖の甘さとふわふわとした雲のような優しく柔らかな口当たりに、陽射しに反射してきらきらと光る水面とおんなじくらいにふたつのこうぎょくを煌めかせて。甘味を体いっぱいに感じるようにキュ…!と幸せそうに瞳を閉じてはぱたぱたとその幸せを外に押し出すように忙しなく足をぱたつかせて〝美味しい!〟を表現し。スラムにいた時や〝最初のご主人様〟の家にいた時からは考えられないような幸せの味に紅鈴はめろめろふにゃふにゃ表情を緩ませては「 紅鈴、甘いものあれば生きていけるネ…。 」と幸せそうに片頬に手を添えながらぽそりと鈴色の言葉をこぼして。 )
うん、悪くない。他にもたくさんの種類があったようだし……今度の散歩では別の味を買っていこうね。
(片割れを彼女に手渡してから、手元に残っている方のドーナツに口をつける。値段はそう高くないけれど、砂糖と小麦の素朴な甘さは心にスッと染み込んでくる優しい味で。実家にいた頃よく出されていた、料理人たちが腕を振るって飾り立てた美しく繊細なスイーツにも負けない美味しさは、ドーナツそのものの味もさることながら、隣で幸せを全身で表現しながらキラキラした瞳で美味しそうにドーナツを食べる従者のおかげでもあるのだろう。従者を守り、従者に幸せでいてもらうことが良き主人の務めというものだ。まだまだ何種類もの美味しそうなドーナツが並んでいた露店を思い出しつつ、またあの店に行こうと決意し。口いっぱいにドーナツを頬張る従者の横で、品よくゆっくりとドーナツを食べ進めていたが、そのうち口の中が乾いてきて、けほっと軽くむせ)
次はキャラメル食べたいネ!
甘いと甘いは大正解ヨ!
( 彼の言葉にこくこくと頷けば第三候補として悩んでいたキャラメル味を次回食べると息巻いて。涼やかな潮風に吹かれて、穏やかな海を見つめて、親愛なる主人と食べる甘味はまた一段と甘く美味しく感じるもので、この穏やかな時間がずうっと続けばいいのになぁなんて紅鈴は長いまつ毛に囲われた瞼をそっと閉じて風を感じ。だが隣から小さな空咳が聞こえるが早いか大事そうに両手で持っていたドーナツをパッと手放し彼の背中をさすりながら「 マスター。没事?(大丈夫)?苦し? 」と先程までの年頃の少女の顔は従者の顔へと変わり。発作だろうか、と頭で考える間もなくちいさな白い手で彼の背中をさすりながらもう片方の手で籠から予め用意してあったウォーターボトルを取り出せば器用に片手のみで蓋を開けて「 お水飲むできる? 」とここまでの流れを息つく間もなくこなして。彼女が手を離したドーナツは重力法則に従って白い砂浜へとその身を落としたものの、スラム出身である彼女ならばそのま砂を軽く払ってそれを食す気量があるし今彼女の頭は彼のことでいっぱいなのかそれに目をくれることもなく。 )
……すまない、少し咽せただけだからね。
(小さな手に優しく背中をさすられつつ、ウォーターボトルを受け取り、水を少し口に含めば呼吸も落ち着いて。何度か息をついてから、従者を安心させるように頭を撫でつつ「悪い発作ではないから、心配いらないよ」と伝え。けれど、彼女が大事そうに食べていたドーナツがいつの間にかその手にないことに気づき。ハッとして足元を見れば、粉砂糖が雪のようにまぶしてあった食べかけのドーナツが、今は砂まみれになっていて。あれほど気に入っていたドーナツなのに、こうなってしまってはもう食べることができない。育ちの良さゆえに地面に落ちた食べ物を拾い上げて砂を払い食べるなどという発想も持たず、申し訳なさげに眉を下げつつ「ああ、君のドーナツが……」と悲しげに呟き)
、……良かた。
( 優しく頭を撫でてくれる彼の手にほっと安心したように息を吐けば安堵の笑顔を浮かべて先程までの幼さすらも残る少女の顔に戻り。そうして彼の視線の先を追えば白い砂浜にぽてりと悲しげに横たわるドーナツが。ありゃ落ちちゃってた、と言わんばかりにひょいとドーナツを拾いあげれば手で軽く砂についていたドーナツの面を軽くはたいて砂を落とし。まるで自分の事のように悲しげに言葉を落とす主人の言葉にきょとん…!と初めて花を見た時子どものような顔をしては不思議そうに首を傾げながら「 砂ぺっぺってすれば食べられるヨ。ちょとジャリジャリするけど。 」と平然と返し。最もスラム時代は生ゴミのようなものだって平気で漁っていたし最初の主人に飼われていた時は犬の餌のような食事だったようなこの女、落ちただけだし…と言いたげにそのの紅玉は不思議そうに丸められて。 )
砂、ぺっぺっ……?
(主人である自分の身体に問題ないことが伝わったのか、安心したような従者の顔を見て、こちらもホッとしたように微笑んで。しかし平然とドーナツを拾い上げて不思議そうな顔の彼女に、きょとんとした顔で考え込み。すぐに彼女の言っていることを理解すると青い目を丸くし、慌てて「こらこら、拾い食いなんて不衛生だろう」と、彼女の手からドーナツを奪い取ろうと手を伸ばし。なるほど、彼女はスラム育ちだし、最初に彼女を買ったのは人を従える器ではない人間だったらしいから、食べ物を選んでいる余裕がなかったのは当然だろう。けれど自分の従者になったからには、そんな卑しい真似などさせるものか。「いいことを思いついた」と言わんばかりににっこりと笑えば、どうせ同じ道を通って帰るのだから、と別のドーナツを買って帰ることを提案し。風船が割れた程度なら、そろそろあの騒ぎも落ち着いていることだろう)
そうだ紅鈴、帰りにあの店に寄ろう。キャラメルでもチョコレートでも、新しいのを買って帰るといいさ。
で、でもこれ誰かに踏まれるしてないし泥水も吸ってないから汚くないヨ!
もたいない(勿体ない)!
( 彼の伸ばされた手を避けるようにドーナツを彼から遠ざけてはふるふるチリチリと耳元の鈴を鳴らしながら首を横に振って。折角彼が買ってくれたドーナツなのにただ砂浜に落ちた程度で食べないのは勿体ないと言いたげにその瞳は物語っており、育ちの良い彼が食べるのを拒否するのはいざ知らず、育ちの卑しい自分が食べる分には構わないじゃないかと彼の真意が分かっていないようで。だがしかし彼の提案に今度は反対に紅鈴がきょとんと瞳をまんまるにしては彼を先程の大通りを歩かせる訳には行かないとその提案にまた首を横に振って。「 ど、ドーナツまだこれがあるヨ!それに、一日にドーナツたくさん食べるしたら紅鈴ふとちゃう…! 」先程の〝掃除〟 を隠した手前、どうしても彼にバカ正直に大通りで帰りたくない理由を話す訳にはいかずしどろもどろになりながら口をついて出たのは思春期の少女らしい理由。最も彼女はそんなことを考えて甘いものを節制したことなどただの1度もないのだが。紅鈴は粗方砂が落ちた─── と言っても砂がはらいきれてはいないのだが ───ドーナツを彼に見せてはにこ!と笑ってみせて )
ほら!取れた!ネ、マスター!
……いいかい?紅鈴。僕の従者であるからには、たとえ君自身であろうと君を粗末に扱うことは許さないよ。それは主人である僕を侮ることと同じだ。心に留めておきなさい。
(やはり、彼女は砂に落ちたドーナツを大人しく渡してはくれないらしい。運動神経で従者に敵うはずがないのだから、いったん伸ばしていた手を引っ込め。どう説明したものかと一呼吸おいた後、まんまるの紅玉を真っ直ぐに見つめ、幼い子供を躾けるようにゆっくりと説明して。ドーナツを捨ててしまうのは確かに勿体無いけれど、彼女はもうスラムの野犬ではないのだと、このクリストファー・レイモンド・シーグローヴのただ一人の従者なのだと、心から理解してほしい。……実家にいた頃の価値観から抜け出せきれない自分に、そんなことを言う資格などないことは分かっているから、せめて心の中で祈りつつ。それから彼女が素直にドーナツを渡してくれることを期待して、自分のドーナツを持っていない方の手を差し出し。けれど自分の提案に対する年頃の少女のような反応にはくすりと笑い、叱るような表情を緩めていつも通りの柔和な微笑みを浮かべ)
……そうかい。じゃあ別の味のドーナツは、今度の散歩の楽しみにしようね。
、 ……… 知道了( 仰せのままに )。
落として、ごめんなさい。
( 真っ直ぐにこちらを見据える深い海の色の瞳に吸い寄せられるように、なぜだかそこから視線が離れなくなる。それと同時に彼の言葉はすとん、と生まれながらに畜生同然の生活をしていた紅鈴の心に素直に落ちて。冬の悴むような寒い日に飲む暖かなスープのようにじんわりと胸が温まっていくような感覚と、それからナイフを胸元に突き立てられたようなずきん、と痛む感覚。相反するふたつの気持ちに困惑しながらも紅鈴は小さな声で彼に返事を返しては、おずおずとまだ砂がついているドーナツを差し出して。今まで自分に対しての自らの行いが主人を侮ることに繋がるだなんて思ったことはなかった、ただ主人に命じられたことを淡々とこなす人形のように生きていれば良かったが彼はどうやら違うようで。まだ人間としての心が未熟な紅鈴はごちゃごちゃと混乱する頭を放棄するようにこてん、と彼の肩に頭を寄せて。 )
ん。次も一緒に半分こしよネ、マスター。
……分かってくれて、ありがとう。偉いね、紅鈴。
(不安も抱きつつ伝えた言葉は、どうやら彼女に届いたようで。遠慮がちに差し出されたドーナツを大事そうに受け取り、それを片付けつつ、そっと胸を撫で下ろし。あの日彼女を、生きるために手段を選んではいられないような劣悪な環境の裏社会から拾い上げて従者としたのは、哀れみでも慈善活動でもなく、自分のわがまま。だからこそ、彼女が何の不自由もなく暮らせるように尽力すると決めた。生まれも育ちも全く異なる彼女の行動には、未だに振り回されてばかり。けれど、彼女が大好きなドーナツも顧みず自分の体調を案じてくれたことは嬉しくて。人を従える者としての義務感ではなく本心から、寄り添う体温に心まで温かくなるのを感じつつ、肩に擦り寄る彼女の頭を引き寄せるように、「良い子、良い子」と優しく撫でて)
…マスター、紅鈴変ネ。
頭撫でられる、マスター優しい、どちもすごく嬉しいのに、でも苦しい。ここ、ぎゅってなるヨ。
( 優しくて大きな彼の手に引き寄せられるように頭を撫でられては、潮風の香りよりも大好きな彼から香る甘い香水の香りがふわりと鼻腔を擽る。まるで赤子をあやすような彼の言葉にそうっと甘えるように目を閉じてしまえば、それと同時になぜだか鼻の奥がツンとするような感覚になり紅鈴は無意識に1度鼻を吸い。─── …この感覚は知っている、目から透明な血が出る時と同じ感覚。たしか彼に拾われて初めて暖かい食事を食べた時も、初めてふわふわのベッドで寝た時も同じようになった。紅鈴は長いまつ毛に囲われた瞼を閉じたままぽそりと鈴色の呟きを零せば、暖かくて痛い感覚のする不思議な胸元にそっと手を添えて。きっと博識な彼ならば此の答えを知っているのではないかと、そんな期待を込めながら。 )
そしたらその後、目から赤くない血出てくるヨ。
どして?紅鈴、とても嬉しいのに、ほんとは嬉しい違う?
……その赤くない血は、涙というんだよ。人は嬉しい時にも、悲しい時にも涙を流すものだ。だからきっと、君は……嬉しくて泣くんだよ。何も変じゃない。
(小さく鼻をすする音。どうしよう、泣かせるつもりなどなかったのに……と密かに狼狽えていたものの、投げかけられたのは思いもよらない疑問で。ああ、彼女は今まで泣くことすら教わってこなかったのか。言葉を選びながら従者に「涙」を教えつつ、自分の振る舞いで嬉し泣きするのだ、と自分で言うのも何となく気恥ずかしく、照れくさそうにふふ、と笑って。変わらず優しく彼女の頭を撫でながら、目を閉じて泣きそうな彼女を見つめるうちに、ふと思い出したのは自身の幼少期、どんなに辛いことがあっても人前で泣くことができず、誰にも見られない自分の部屋で毛布を被り、声を押し殺して涙を流した記憶。凪いだ海のように穏やかな声で、ゆっくりと従者に語りかけ)
……紅鈴、どうかその気持ちを大事にしておくれ。嬉しい気持ちも、苦しい気持ちも、全て君だけのものだからね。自分に嘘をついてはいけないよ。
…なみだ、……。
( ぱち、と彼の言葉に触発されるように瞳を開けばそれと同時に紅玉からぽろりと透明の雫が溢れる。はらはらと花弁のように零れる其れを掌に受ければ、確かに血液のように温かいのにどうやらそれは涙という自分もまだ知らない人間の機能のようで。海のさざ波の音と、それから誰もを包み込む深く優しい海のような彼の声だけが聞こえるこの状況はなにだかとても落ち着いて、先程まで有った胸を締め付けるようなきゅうとした痛みも不思議と自分の中に解けていくような感覚すらする。全て自分だけのもの。この世に自分のものにして許されるものがあることすら知らなかった紅鈴にとってその言葉はまるで赦しのようにも、神様の金言のようにも聞こえる。紅鈴は零れた涙を拭うことなくへにゃり、と花がほころぶように笑っては主人に甘えるように1度彼に擦り寄り。 )
わたし、今、とても嬉し。幸せ。
この温かい気持ち、全部全部わたしの。
初めての、紅鈴だけの大事ヨ。
(「涙」の意味を知って初めて、大きな瞳からぽろぽろと涙をこぼす彼女を優しく見守り。ずいぶん楽になったような表情の彼女の言葉に優しく微笑み、「ああ、そうだ、君だけの大事」と繰り返して。それから紙袋に残ったままのドーナツの存在を思い出すと、ストロベリー味のドーナツを袋から出し。素朴な見た目のプレーンとは対照的に、可愛らしいピンク色のドーナツは甘酸っぱい苺の香り。さくりとドーナツを割ったものの、大きさに差ができてしまい。彼女は甘いものが好きだし、プレーンのドーナツを途中までしか食べていないのだから、大きい方を渡すべきか。けれど先ほど、体型を気にするようなことを言っていたし……。2つのドーナツを見比べたあと、やはり従者に美味しいものをたくさん食べてほしい欲が勝ち、大きい方を手渡して)
ほら紅鈴、もう一つのドーナツも食べよう。まだ温かいよ。
謝謝!
( ふわり、と隣から甘いストロベリーの香りがすれば荒っぽく手の甲で涙を拭いてにこにこと彼からドーナツを受け取り。早速ひとくち─── と大きく口を開きかけたものの、ふと自分の持っているドーナツと彼が持っているドーナツの大きさが異なることに気が付けばその口は静かにそっと閉じられて。何度か自分の持っているドーナツと彼のものを見比べてはこて……と静かに首を傾げたあとにいそいそと白魚のような細っこい指で自分のドーナツを1口サイズにちぎって。泣いたあとのせいか少し目元は赤いもののにこ!といつものように人懐っこく笑えばその一口サイズにちぎったドーナツの欠片を彼の方に差し出して。 )
マスター、あーんして。
紅鈴のドーナツちょとおっきかったから、ひとくちあげる!
……え?
(目ざとい従者のこと、ドーナツの大きさの差に気づくところまでは予想していたが、さすがに彼女の手から直接食べさせられるとは思っておらず、困惑の表情を見せ。「あーん」など、物心もつかない子供の頃を除けば初めてだ。そもそもその少し大きい分のドーナツは、自分が従者に与えたくて与えたもの。そうでなくても、生年月日がよく分からないとはいえおそらく年下の彼女から、子供のような扱いを受けることは少し気恥ずかしく。一度は自分の手に乗せてもらおうと__実際、命じれば彼女はそうしてくれるだろう__手を差し出しかけたものの、先ほどまで泣いていた彼女から、いつも通りの嬉しそうな笑顔でドーナツを差し出されれば断ることもできず。やがて観念して、親鳥からの餌を待つ雛鳥のように従順に小さく口を開き)
……うん、それじゃあ。一口くれるかい?
是(もちろん)!
( スラムで暮らしていた際に自分よりも年の小さい者たちにこうして食事を分け与えていた過去も相まって紅鈴はなんの躊躇もなくそっとドーナツを彼の口へと運び。そうして指についた欠片をぺろりと舐めては「ン。甘くて美味しいネ!」とにこにこへらへらと満足そうに表情を弛めて。いつもしっかりしておりどちらかと言えば兄貴然とした彼にこうして何かを食べさせるというのはなんだか自分がお姉さんになったようでむず痒い気分になる。紅鈴は彼とおんなじくらいのサイズになった自身のストロベリードーナツを一口食べては先程の素朴な味のドーナツとはまた一味違った甘酸っぱい桃色の味を満足気に咀嚼して。 )
マスター、おいし?
ん……。
(思い切って口を開けば、彼女の方はこういった行為に慣れているのか躊躇いなくドーナツの欠片が放り込まれ。その瞬間、唇に触れそうなほどの距離に彼女の白く細い指があることに微かな緊張が過ぎるも、一度咀嚼すればドーナツのふわふわの食感と苺の甘酸っぱい味が口いっぱいに広がり、表情を綻ばせて。主人が従者に手ずから食べ物を与えられるなど、実家の人間が聞いたら卒倒するだろうな……。そんなする必要もない心配を、人のほとんどいない静かな浜辺で漠然と考えつつ。けれど、親しい人と分け合うドーナツには何物にも代え難い美味しさがあることを、今の自分は知っている。今度は咳き込んで彼女を心配させたりしないよう、一口のドーナツを大事そうによく噛んでゆっくりと飲み込み、それから優しく微笑みかけ)
ああ、美味しいよ。ありがとう、紅鈴。
太好了(良かった)!
紅鈴ストロベリーだいすき!
( 彼の微笑みに満足気ににこ!と笑っては彼の心情など察せられるはずもなく呑気にドーナツを頬張って。まさかこうして自分が主と横並びに残飯でもなければ毒味でもない甘味を頬張ることが出来るだなんて、以前は想像すらもし得なかっただろう。こうして充分過ぎるほどの贅沢を許してくれている彼には報いらなければいけないな、と改めて認識すればすっかりドーナツを食べ終わり、「ご馳走様でした!」と満足そうに笑みを深めて。家を出た時はやはりぽかぽかとしていたものの長い時間潮風に当たれば体が芯から冷えていくものだろうと籠から薄手のストールを取り出せば彼の肩にそれを優しくかけて )
海の風、ずと浴びてると寒いからあったかくしよネ。
寒いなくても〝只是要確定(念の為)〟!
ありがとう。ふふ、気が利くね。
(満足そうな笑顔でドーナツを食べる彼女を見れば、一瞬の緊張感など気の迷いだったかのようで。思ったよりもドーナツで口の中の水分が持っていかれることが分かったからには、水筒の水も飲みつつ自分の分のドーナツを食べ進め。そのうちに、ふわりとストールが肩にかけられて。薄手のものとはいえあるとないとでは大違いで、こちらが何も言わずとも潮風に長時間当たることを見越してこれを持って来たのであろう、頼もしく成長してくれた従者に穏やかな微笑みで礼を告げ。けれど、その彼女が着ているロングチャイナドレスには大胆なスリットが入っており、いつものスーツを着込んだ自分よりもよほど見ていて寒そうで、案じるように声をかけ)
紅鈴、君は寒くないかい?
紅鈴、寒いあんまり感じない!
へーきヨ!
( 彼の問いかけに安心させるようにへらりと笑って見せれば流木からひょい、と立ち上がりその場で裾をひらりと風に靡かせながら一回転を。元々スラム育ちということもあり、こんなにぽかぽかと太陽が差し込んでいる天候ではなんて事はないとでも言うように身体中に潮風を感じているようで。以前は雨の日も風の日も嵐の日も、屋根の下で眠れれば御の字という環境だったのだから、そんな自分よりも体が弱い彼がかけているべきだと判断したらしく紅鈴はいつものように微笑んで。自分が少し肌寒いと感じればそれは常人にとって〝寒い〟だろうからそれは家に帰る時だろうと。 )
ぽかぽかお天気だから、丁度良いくらいネ!
そう。それなら安心だ。
(くるりと楽しそうに回ってみせる彼女の姿と口ぶりからすると、どうやら彼女の強がりではなさそうで、ほっとしたように微笑み。もっとも自分だって、いくら身体が丈夫ではないとはいえ、あの苦い薬を飲んでいれば人並み程度の日常生活は送れると医者に言われているし、少々の風くらいなら問題ではない。けれど、体調を崩しがちであった息子を案じてのことだろうか、男児たるもの強くあれと親に厳しく躾けられてきた頃のことを思えば、こうして従者に甘やかしてもらうのもなかなかどうして悪い気分ではなく。従者の優しさとドーナツの甘さに温かな気持ちを抱きつつ自分の分のドーナツを食べ終えると、肩のストールを大事そうに掛け直し)
─── おっきな船!
見て、マスター。〝ゴーカキャクセン〟!
( 輸入船か、はたまた客船か。大きな船が港に向かって悠然と海の上を進んでいるのを見掛けてはぱぁあ!と光玉を輝かせて紅鈴は船を指さして。生まれてこの方客船はおろか船にすら乗ったことの無い紅鈴にとってだだっ広い海を重さをものとせず優雅に動く船というのは全く未知の文明で、例えるならば絵本に出てくるドラゴンや妖精たちとおんなじような存在らしく。お里の知れた自分ならともかく、きっと育ちの良い主人は豪華客船など子供の頃から既に日常だったのではないだろうか。紅鈴はまるで昔話を強請る子供のようなきらきらとした瞳をさせて彼の隣にまた座れば「 マスター、おっきな船乗ったことある?たのし? 」 と問いかけて。 )
船?ああ、何度もあるよ。
(彼女が指差した先には、大きな船が港を目指して進んでおり。大して珍しくもない光景に見えるそれも、彼女にとっては感動の代物だったらしい。キラキラと輝く瞳で隣に座った彼女ににっこりと微笑んで、その問いに肯定し。名の通り、シーグローヴは海と縁の深い家。父の仕事に着いて行ったり、家族で旅行に行ったりといった機会で、自分は何度も船に乗ってきた。「船には立派なレストランもあるし、オーケストラも演奏しているし……。そうそう、機関士のおじさんと仲良くなって、こっそり機関室に入れてもらったこともあるんだ」と思い出を遡りつつ、まるで幼い子供に絵本を読み聞かせるように語り)
何度乗っても海の上の生活は慣れないけれど……だからこそ、特別な気分がして好きだよ。
真棒(すごい)!
船の上、小さな街があるみたいネ!
( 彼が語り聞かせてくれる船上のお話は紅鈴には到底想像出来るものではなく、あんなに大きな鉄の塊が海の上に在るだけではなく更にレストランやオーケストラまで在るだなんて!と好奇心に胸を躍らせて。波打ち際にいるだけでもこんなにいっぱいの潮風を感じるのに、もしも自分が海の上に立ったのならばどうなるのだろう。紅鈴は絵本を読んでいる幼い子供のように澄んだ瞳で遠くにいる船をじっと見つめては、「 マスターと住んでるおうちも特別だけど、マスターと海の上居れるはもっと特別ネ 」とガラス玉のような純粋な色の言葉をぽろりと零して。もしも彼が外の国に出て仕事をすることがあればきっと連れて行ってもらおう、船の中での主人の守り方もしっかり勉強して。そんな純粋な気持ちと護衛らしい気持ちのふたつを心に決めれば、くるりと彼の方をふりかえってニコニコと笑い。 )
……いつか、2人で船に乗ってどこかへ行こうか。僕が見た景色を、君にも見てほしいな。そうして、君の知る楽しいものも、僕に教えておくれ
(自分の話におとぎ話を聞いているかのような反応を見せ、じっと船を見つめる彼女の横顔を眺めていると、不意に綺麗な赤色の瞳と目が合い。立派な料理、華やかな演奏、すぐそばを飛ぶ海鳥、どちらを向いても果てしなく広がる海……きっと船の上でも、彼女はさまざまな面白いものと出会っては、この瞳をキラキラと輝かせるのだろう。それがとても素敵なことのように思えて、気づけばそんな提案をしており。数週間にも渡る船旅ならともかく、短期間のクルーズならさほど難しくないだろう、と再び海原を悠然と進む船に目線を向け。その表情は自分でも気づかぬうちに、いつもの人当たりの良い打算的な微笑みではなく、子供のように純粋な眼差しで)
!!!
マスターと一緒、行く!今までマスターが見てきた景色、紅鈴も観たいヨ!
( いつもよりもずっとずっと優しく純粋な、彼と初めて見た海のような瞳。思わず其れに吸い込まれるよう紅玉をぱち、と開いては彼からのお誘いに嬉しそうに頷いて。本来ならば交わるはずのない、生まれも育ちも違いすぎる2人が同じ景色を見た時。恐らく持つ反応や感想は異なるのだろうが、それでも彼の記憶を追体験するようなこのお誘いは紅鈴の機嫌を取るには十二分すぎる提案で。そして紅鈴はそっと小さな両の手で彼の手を取れば、其方にそっと視線を落としながらまるで秘密を語って聞かせるように落ち着いて、でも嬉しさや幸せが滲むような声色で自分の知る〝楽しい〟を語り。 )
あのね、紅鈴の楽しい、全部マスターに拾われてからヨ。
今日みたいなポカポカの日にお散歩する海と、あったかくて美味しいごはんも、ふかふかのベッドも、街のお店の人優しいのも、お店の手伝いも、お客さんと話するも、全部全部たのし。
紅鈴の楽しい、ぜんぶマスターが作ってくれたネ。
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