中華娘 2024-03-28 09:57:33 |
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……分かってくれて、ありがとう。偉いね、紅鈴。
(不安も抱きつつ伝えた言葉は、どうやら彼女に届いたようで。遠慮がちに差し出されたドーナツを大事そうに受け取り、それを片付けつつ、そっと胸を撫で下ろし。あの日彼女を、生きるために手段を選んではいられないような劣悪な環境の裏社会から拾い上げて従者としたのは、哀れみでも慈善活動でもなく、自分のわがまま。だからこそ、彼女が何の不自由もなく暮らせるように尽力すると決めた。生まれも育ちも全く異なる彼女の行動には、未だに振り回されてばかり。けれど、彼女が大好きなドーナツも顧みず自分の体調を案じてくれたことは嬉しくて。人を従える者としての義務感ではなく本心から、寄り添う体温に心まで温かくなるのを感じつつ、肩に擦り寄る彼女の頭を引き寄せるように、「良い子、良い子」と優しく撫でて)
…マスター、紅鈴変ネ。
頭撫でられる、マスター優しい、どちもすごく嬉しいのに、でも苦しい。ここ、ぎゅってなるヨ。
( 優しくて大きな彼の手に引き寄せられるように頭を撫でられては、潮風の香りよりも大好きな彼から香る甘い香水の香りがふわりと鼻腔を擽る。まるで赤子をあやすような彼の言葉にそうっと甘えるように目を閉じてしまえば、それと同時になぜだか鼻の奥がツンとするような感覚になり紅鈴は無意識に1度鼻を吸い。─── …この感覚は知っている、目から透明な血が出る時と同じ感覚。たしか彼に拾われて初めて暖かい食事を食べた時も、初めてふわふわのベッドで寝た時も同じようになった。紅鈴は長いまつ毛に囲われた瞼を閉じたままぽそりと鈴色の呟きを零せば、暖かくて痛い感覚のする不思議な胸元にそっと手を添えて。きっと博識な彼ならば此の答えを知っているのではないかと、そんな期待を込めながら。 )
そしたらその後、目から赤くない血出てくるヨ。
どして?紅鈴、とても嬉しいのに、ほんとは嬉しい違う?
……その赤くない血は、涙というんだよ。人は嬉しい時にも、悲しい時にも涙を流すものだ。だからきっと、君は……嬉しくて泣くんだよ。何も変じゃない。
(小さく鼻をすする音。どうしよう、泣かせるつもりなどなかったのに……と密かに狼狽えていたものの、投げかけられたのは思いもよらない疑問で。ああ、彼女は今まで泣くことすら教わってこなかったのか。言葉を選びながら従者に「涙」を教えつつ、自分の振る舞いで嬉し泣きするのだ、と自分で言うのも何となく気恥ずかしく、照れくさそうにふふ、と笑って。変わらず優しく彼女の頭を撫でながら、目を閉じて泣きそうな彼女を見つめるうちに、ふと思い出したのは自身の幼少期、どんなに辛いことがあっても人前で泣くことができず、誰にも見られない自分の部屋で毛布を被り、声を押し殺して涙を流した記憶。凪いだ海のように穏やかな声で、ゆっくりと従者に語りかけ)
……紅鈴、どうかその気持ちを大事にしておくれ。嬉しい気持ちも、苦しい気持ちも、全て君だけのものだからね。自分に嘘をついてはいけないよ。
…なみだ、……。
( ぱち、と彼の言葉に触発されるように瞳を開けばそれと同時に紅玉からぽろりと透明の雫が溢れる。はらはらと花弁のように零れる其れを掌に受ければ、確かに血液のように温かいのにどうやらそれは涙という自分もまだ知らない人間の機能のようで。海のさざ波の音と、それから誰もを包み込む深く優しい海のような彼の声だけが聞こえるこの状況はなにだかとても落ち着いて、先程まで有った胸を締め付けるようなきゅうとした痛みも不思議と自分の中に解けていくような感覚すらする。全て自分だけのもの。この世に自分のものにして許されるものがあることすら知らなかった紅鈴にとってその言葉はまるで赦しのようにも、神様の金言のようにも聞こえる。紅鈴は零れた涙を拭うことなくへにゃり、と花がほころぶように笑っては主人に甘えるように1度彼に擦り寄り。 )
わたし、今、とても嬉し。幸せ。
この温かい気持ち、全部全部わたしの。
初めての、紅鈴だけの大事ヨ。
(「涙」の意味を知って初めて、大きな瞳からぽろぽろと涙をこぼす彼女を優しく見守り。ずいぶん楽になったような表情の彼女の言葉に優しく微笑み、「ああ、そうだ、君だけの大事」と繰り返して。それから紙袋に残ったままのドーナツの存在を思い出すと、ストロベリー味のドーナツを袋から出し。素朴な見た目のプレーンとは対照的に、可愛らしいピンク色のドーナツは甘酸っぱい苺の香り。さくりとドーナツを割ったものの、大きさに差ができてしまい。彼女は甘いものが好きだし、プレーンのドーナツを途中までしか食べていないのだから、大きい方を渡すべきか。けれど先ほど、体型を気にするようなことを言っていたし……。2つのドーナツを見比べたあと、やはり従者に美味しいものをたくさん食べてほしい欲が勝ち、大きい方を手渡して)
ほら紅鈴、もう一つのドーナツも食べよう。まだ温かいよ。
謝謝!
( ふわり、と隣から甘いストロベリーの香りがすれば荒っぽく手の甲で涙を拭いてにこにこと彼からドーナツを受け取り。早速ひとくち─── と大きく口を開きかけたものの、ふと自分の持っているドーナツと彼が持っているドーナツの大きさが異なることに気が付けばその口は静かにそっと閉じられて。何度か自分の持っているドーナツと彼のものを見比べてはこて……と静かに首を傾げたあとにいそいそと白魚のような細っこい指で自分のドーナツを1口サイズにちぎって。泣いたあとのせいか少し目元は赤いもののにこ!といつものように人懐っこく笑えばその一口サイズにちぎったドーナツの欠片を彼の方に差し出して。 )
マスター、あーんして。
紅鈴のドーナツちょとおっきかったから、ひとくちあげる!
……え?
(目ざとい従者のこと、ドーナツの大きさの差に気づくところまでは予想していたが、さすがに彼女の手から直接食べさせられるとは思っておらず、困惑の表情を見せ。「あーん」など、物心もつかない子供の頃を除けば初めてだ。そもそもその少し大きい分のドーナツは、自分が従者に与えたくて与えたもの。そうでなくても、生年月日がよく分からないとはいえおそらく年下の彼女から、子供のような扱いを受けることは少し気恥ずかしく。一度は自分の手に乗せてもらおうと__実際、命じれば彼女はそうしてくれるだろう__手を差し出しかけたものの、先ほどまで泣いていた彼女から、いつも通りの嬉しそうな笑顔でドーナツを差し出されれば断ることもできず。やがて観念して、親鳥からの餌を待つ雛鳥のように従順に小さく口を開き)
……うん、それじゃあ。一口くれるかい?
是(もちろん)!
( スラムで暮らしていた際に自分よりも年の小さい者たちにこうして食事を分け与えていた過去も相まって紅鈴はなんの躊躇もなくそっとドーナツを彼の口へと運び。そうして指についた欠片をぺろりと舐めては「ン。甘くて美味しいネ!」とにこにこへらへらと満足そうに表情を弛めて。いつもしっかりしておりどちらかと言えば兄貴然とした彼にこうして何かを食べさせるというのはなんだか自分がお姉さんになったようでむず痒い気分になる。紅鈴は彼とおんなじくらいのサイズになった自身のストロベリードーナツを一口食べては先程の素朴な味のドーナツとはまた一味違った甘酸っぱい桃色の味を満足気に咀嚼して。 )
マスター、おいし?
ん……。
(思い切って口を開けば、彼女の方はこういった行為に慣れているのか躊躇いなくドーナツの欠片が放り込まれ。その瞬間、唇に触れそうなほどの距離に彼女の白く細い指があることに微かな緊張が過ぎるも、一度咀嚼すればドーナツのふわふわの食感と苺の甘酸っぱい味が口いっぱいに広がり、表情を綻ばせて。主人が従者に手ずから食べ物を与えられるなど、実家の人間が聞いたら卒倒するだろうな……。そんなする必要もない心配を、人のほとんどいない静かな浜辺で漠然と考えつつ。けれど、親しい人と分け合うドーナツには何物にも代え難い美味しさがあることを、今の自分は知っている。今度は咳き込んで彼女を心配させたりしないよう、一口のドーナツを大事そうによく噛んでゆっくりと飲み込み、それから優しく微笑みかけ)
ああ、美味しいよ。ありがとう、紅鈴。
太好了(良かった)!
紅鈴ストロベリーだいすき!
( 彼の微笑みに満足気ににこ!と笑っては彼の心情など察せられるはずもなく呑気にドーナツを頬張って。まさかこうして自分が主と横並びに残飯でもなければ毒味でもない甘味を頬張ることが出来るだなんて、以前は想像すらもし得なかっただろう。こうして充分過ぎるほどの贅沢を許してくれている彼には報いらなければいけないな、と改めて認識すればすっかりドーナツを食べ終わり、「ご馳走様でした!」と満足そうに笑みを深めて。家を出た時はやはりぽかぽかとしていたものの長い時間潮風に当たれば体が芯から冷えていくものだろうと籠から薄手のストールを取り出せば彼の肩にそれを優しくかけて )
海の風、ずと浴びてると寒いからあったかくしよネ。
寒いなくても〝只是要確定(念の為)〟!
ありがとう。ふふ、気が利くね。
(満足そうな笑顔でドーナツを食べる彼女を見れば、一瞬の緊張感など気の迷いだったかのようで。思ったよりもドーナツで口の中の水分が持っていかれることが分かったからには、水筒の水も飲みつつ自分の分のドーナツを食べ進め。そのうちに、ふわりとストールが肩にかけられて。薄手のものとはいえあるとないとでは大違いで、こちらが何も言わずとも潮風に長時間当たることを見越してこれを持って来たのであろう、頼もしく成長してくれた従者に穏やかな微笑みで礼を告げ。けれど、その彼女が着ているロングチャイナドレスには大胆なスリットが入っており、いつものスーツを着込んだ自分よりもよほど見ていて寒そうで、案じるように声をかけ)
紅鈴、君は寒くないかい?
紅鈴、寒いあんまり感じない!
へーきヨ!
( 彼の問いかけに安心させるようにへらりと笑って見せれば流木からひょい、と立ち上がりその場で裾をひらりと風に靡かせながら一回転を。元々スラム育ちということもあり、こんなにぽかぽかと太陽が差し込んでいる天候ではなんて事はないとでも言うように身体中に潮風を感じているようで。以前は雨の日も風の日も嵐の日も、屋根の下で眠れれば御の字という環境だったのだから、そんな自分よりも体が弱い彼がかけているべきだと判断したらしく紅鈴はいつものように微笑んで。自分が少し肌寒いと感じればそれは常人にとって〝寒い〟だろうからそれは家に帰る時だろうと。 )
ぽかぽかお天気だから、丁度良いくらいネ!
そう。それなら安心だ。
(くるりと楽しそうに回ってみせる彼女の姿と口ぶりからすると、どうやら彼女の強がりではなさそうで、ほっとしたように微笑み。もっとも自分だって、いくら身体が丈夫ではないとはいえ、あの苦い薬を飲んでいれば人並み程度の日常生活は送れると医者に言われているし、少々の風くらいなら問題ではない。けれど、体調を崩しがちであった息子を案じてのことだろうか、男児たるもの強くあれと親に厳しく躾けられてきた頃のことを思えば、こうして従者に甘やかしてもらうのもなかなかどうして悪い気分ではなく。従者の優しさとドーナツの甘さに温かな気持ちを抱きつつ自分の分のドーナツを食べ終えると、肩のストールを大事そうに掛け直し)
─── おっきな船!
見て、マスター。〝ゴーカキャクセン〟!
( 輸入船か、はたまた客船か。大きな船が港に向かって悠然と海の上を進んでいるのを見掛けてはぱぁあ!と光玉を輝かせて紅鈴は船を指さして。生まれてこの方客船はおろか船にすら乗ったことの無い紅鈴にとってだだっ広い海を重さをものとせず優雅に動く船というのは全く未知の文明で、例えるならば絵本に出てくるドラゴンや妖精たちとおんなじような存在らしく。お里の知れた自分ならともかく、きっと育ちの良い主人は豪華客船など子供の頃から既に日常だったのではないだろうか。紅鈴はまるで昔話を強請る子供のようなきらきらとした瞳をさせて彼の隣にまた座れば「 マスター、おっきな船乗ったことある?たのし? 」 と問いかけて。 )
船?ああ、何度もあるよ。
(彼女が指差した先には、大きな船が港を目指して進んでおり。大して珍しくもない光景に見えるそれも、彼女にとっては感動の代物だったらしい。キラキラと輝く瞳で隣に座った彼女ににっこりと微笑んで、その問いに肯定し。名の通り、シーグローヴは海と縁の深い家。父の仕事に着いて行ったり、家族で旅行に行ったりといった機会で、自分は何度も船に乗ってきた。「船には立派なレストランもあるし、オーケストラも演奏しているし……。そうそう、機関士のおじさんと仲良くなって、こっそり機関室に入れてもらったこともあるんだ」と思い出を遡りつつ、まるで幼い子供に絵本を読み聞かせるように語り)
何度乗っても海の上の生活は慣れないけれど……だからこそ、特別な気分がして好きだよ。
真棒(すごい)!
船の上、小さな街があるみたいネ!
( 彼が語り聞かせてくれる船上のお話は紅鈴には到底想像出来るものではなく、あんなに大きな鉄の塊が海の上に在るだけではなく更にレストランやオーケストラまで在るだなんて!と好奇心に胸を躍らせて。波打ち際にいるだけでもこんなにいっぱいの潮風を感じるのに、もしも自分が海の上に立ったのならばどうなるのだろう。紅鈴は絵本を読んでいる幼い子供のように澄んだ瞳で遠くにいる船をじっと見つめては、「 マスターと住んでるおうちも特別だけど、マスターと海の上居れるはもっと特別ネ 」とガラス玉のような純粋な色の言葉をぽろりと零して。もしも彼が外の国に出て仕事をすることがあればきっと連れて行ってもらおう、船の中での主人の守り方もしっかり勉強して。そんな純粋な気持ちと護衛らしい気持ちのふたつを心に決めれば、くるりと彼の方をふりかえってニコニコと笑い。 )
……いつか、2人で船に乗ってどこかへ行こうか。僕が見た景色を、君にも見てほしいな。そうして、君の知る楽しいものも、僕に教えておくれ
(自分の話におとぎ話を聞いているかのような反応を見せ、じっと船を見つめる彼女の横顔を眺めていると、不意に綺麗な赤色の瞳と目が合い。立派な料理、華やかな演奏、すぐそばを飛ぶ海鳥、どちらを向いても果てしなく広がる海……きっと船の上でも、彼女はさまざまな面白いものと出会っては、この瞳をキラキラと輝かせるのだろう。それがとても素敵なことのように思えて、気づけばそんな提案をしており。数週間にも渡る船旅ならともかく、短期間のクルーズならさほど難しくないだろう、と再び海原を悠然と進む船に目線を向け。その表情は自分でも気づかぬうちに、いつもの人当たりの良い打算的な微笑みではなく、子供のように純粋な眼差しで)
!!!
マスターと一緒、行く!今までマスターが見てきた景色、紅鈴も観たいヨ!
( いつもよりもずっとずっと優しく純粋な、彼と初めて見た海のような瞳。思わず其れに吸い込まれるよう紅玉をぱち、と開いては彼からのお誘いに嬉しそうに頷いて。本来ならば交わるはずのない、生まれも育ちも違いすぎる2人が同じ景色を見た時。恐らく持つ反応や感想は異なるのだろうが、それでも彼の記憶を追体験するようなこのお誘いは紅鈴の機嫌を取るには十二分すぎる提案で。そして紅鈴はそっと小さな両の手で彼の手を取れば、其方にそっと視線を落としながらまるで秘密を語って聞かせるように落ち着いて、でも嬉しさや幸せが滲むような声色で自分の知る〝楽しい〟を語り。 )
あのね、紅鈴の楽しい、全部マスターに拾われてからヨ。
今日みたいなポカポカの日にお散歩する海と、あったかくて美味しいごはんも、ふかふかのベッドも、街のお店の人優しいのも、お店の手伝いも、お客さんと話するも、全部全部たのし。
紅鈴の楽しい、ぜんぶマスターが作ってくれたネ。
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