ビギナーさん 2024-02-05 22:29:16 |
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……小生は、この山を降りられない。
(神社から出て、山中を歩き回ることは出来るのに─一歩麓の外、外界へ足を踏み入れようとした途端に弾かれる。まるで、山が自身を繋ぎ止めているようなそれを思い出して自虐的に笑い、何やら先程の機械を弄り回している樒の提案に首を振った。ふと吹き抜ける、また生温くなった風が髪を揺らし)
…まぁ、安酒くらいなら礼に買ってきてやるよ。
(相手の返事に顔をあげる、人の気配のないこの山にずっと縛り付けられたまま、彼の置かれた境遇に同情でも抱いたのか大した慰めにもならない提案を。あの行方不明になった青年も、榊と同じように孤独な誰かに囚われてしまったのだろうか、と思えば単に身勝手な化け物としか思えなかった話も事情が変わってきそうな気もする、
……気遣ってくれているのかい?
(ふと聞こえてきた樒の言葉にぱち、と目を瞬く。言葉よりは親しみと同情が籠もっているように聞こえるそれに、一瞬呆気に取られたような表情を浮かべた後─平常通りの穏やかな笑みを口元に湛えた。相変わらず敵意を向けていた眷属達も少々意外だったのか、徐ろに敵意を鎮めて樒の方をじっと見つめて)
万年金欠だから期待するなよ、
(ふ、と榊の前で初めての、混じり気のない笑みをこぼし。「でもまあまあのお小遣いのネタもできたしさ。」ぽん、とレコーダーを黒いリュックの中に放り込みながら思わず見せた笑みを誤魔化すように付け足す、どうせ根無し草のような生活、話の種ついでに物の怪と近しくなっておいても良いだろうという考えもあるが、自分の提案に一瞬不思議そうな顔をした相手に友人に対するような柔らかな感情を覚えたのも確かで
ふむ、酒か…小生は大吟醸が好みだね。
(自身に釣られるように笑んだ樒を見遣り、暗に買ってこい─と云う意味を込めて顎に手を当て、悪戯っぽく微笑む。眷属達からの、下等な人間に頼むとは、とでも言いたげな、何処か非難するような雰囲気をひしひしと感じるが、肩まで這い上がってきた一匹の眷属の頭を撫でれば─それは途端に収まった。待っているよ、と少しは期待も込めた言葉を樒の背中に掛け、本殿の柱に背中を預けて)
あー…迷ったかな、
(焼ける太陽が半分沈みかけても尚蒸すような暑さが続く夕暮れ時、酒を入れたビニール袋を引っ掛けた指がそろそろ痛くなってきた頃合でスマホの画面と何ら当てにならない木々を交互に睨めつけてはそう呟いて。数日前の約束を果たしに彼の居る社を目指してきたのだがどうにも道程は不明瞭、景気づけ、ではないが缶の発泡酒を音を立てて開ける、喉を流れる泡は温くなりかけていたがそれでも渇きを癒す分には申し分ない
……うん?…ふふ、案内してやると良い。
(数百年ぶりに少し浮き足立ち、境内の中をうろうろと彷徨いていると─木々のざわめきと眷属が一匹、樒が山へ入ってきたことを告げる。どうやら迷っているらしい、との話を聞き─教えてくれたその眷属を指先で拾い上げ、微笑んだ。眷属は従順に自身の指先から滑り、白い着物を纏った幼子の姿に変化した後、鳥居を出て石段を駆け下りる。その背中を見送り、手持ち無沙汰に髪の先を指先で弄って)
こども、?
(缶を煽る視界に、草陰からふいに顔を覗かせた子供が映り自身の目を疑う、祭でもないのに白い着物を来た姿は榊と儚げな雰囲気が似ていて、彼が幼い頃はきっとこんな風だっただろうと思わせるような。付いてこいとでも言いたげに、跳ねるように迷いなく歩いていく童子の後を進めば現代社会で怠けきった大人には少々酷な薮道を抜けて、見覚えのある鳥居がすぐそばに。自制心が敗れて持参した酒を全て飲みきってしまう、もしくは心地よい酔いに眠ってしまう前に目的地へと辿り着かせてくれた少年は此方を見向きもせずてんてん、と階段を登ってゆき
…御苦労様、助かったよ。
(髪や着物の裾を弄って暫しの暇を潰していると、幼子─の姿をした眷属が石段を駆け上がって来る姿が目に留まり、その奥には樒が居るのが見えた。自身に走り寄ってくる眷属の頭を撫でて声を掛ければ、少し嬉しげに頬を緩ませた後、眷属の姿は元の白蛇へと戻る。片足を地面に擦るようにして歩き、樒へと近付いて微笑み掛け)
…やあ、また来たのかい?
取材の謝礼。
(飲みかけの缶の中身をぐいと飲み干して、半透明のレジ袋を少し持ち上げて見せる、巷のスーパーで買ったものばかりでろくな物は入っていないがここまで運ぶ手間も込みという事で勘弁してもらおう、お礼をしにきた、という割にいつも通りの無愛想な面のままで。袋の中身が気になるのかするすると近寄ってきた小さな蛇に一瞥くれるも今回は追い払ったりはせずに
…ああ、わざわざすまないね。
(樒の言葉に、湛えた笑みを一層深くして─その袋そのものをじっと観察する。樒が手に提げる袋の素材は、布でもなければ紙でもない、何とも不思議なものだ。中身を見たらしい眷属がするすると戻ってきては、その中身─縦長の奇妙な容器に入った酒らしきもの、片仮名の横文字が書かれた袋に入った菓子らしきものなど─について教えてくれる。話している眷属にすら何一つ理解出来ていないそれに興味が湧いて、先ずは縦長の容器を手に取り)
分からんだろ、開けてやるよ。(安いカップ酒をまじまじと珍しい物のように見る榊の様子が小さい子のようでふ、と口元が緩む、本殿の縁側に軽く腰掛け、その隣にレジ袋を置いたまま眷属と彼が戯れる様を暫し眺めていたが彼の方に促すよう手を伸ばし。自分が住む下界はじっとりとした嫌な暑さが続くがここの風はいつも清らかな色で吹く、さらさらと榊の銀色の髪が風に流される様子がそう感じさせるのだろうか、とも
…ふむ、ここはお言葉に甘えるとしよう。
(暫しの間、手にした奇妙な容器をじっと見回したものの─全くもって封の切り方が分からない。開けてやる、と樒から差し出された手に大人しくその容器を手渡し、美しい茜色の空を見上げた。自身の肩に這い上がり、同じように景色を眺める眷属の頭を指先で撫でてやりながら、樒が奇妙な容器を開ける様子を観察するように目線を移し)
安酒で悪いな。
(相手の分を開けて手渡した後、自分も同じ酒のプルタブを起こし1口啜り。人の騒々しさも皆無、厄介な連絡を寄越してくる携帯の電波も殆ど入らないこの静けさは、朽ちかけているとはいえ神の社だから為せる厳かさ故なのだろうか、その場所で、安い酒と外国産のナッツで酒盛りをするのは些か背徳的な。鼻をつくアルコールのツンとした刺激に、“大吟醸を?”?と言っていた相手の言葉を思い出し言い訳のように呟いて
…うん?ああ、別に構わないよ。
(手渡された酒を受け取り、物珍しそうにじっと眺めて─口を付ける。喉を焼くアルコールの風味を目を細め、縁側に一旦その容器を置いた。戯れ混じりに告げた言葉への謝罪を述べる樒に軽く手を振り─中身が気になるらしく、近付いて来た眷属の頭を撫でながら、指先で掬い上げた酒を彼の舌先へと持っていく。眷属は軽く舐めて味を確かめた途端、怯むように身を引き)
本当の神様相手ならもっと良い酒にしてたけど、
(ただの皮肉で返し酒を呷る、元々そう強くない癖にがぶがぶと酒豪のように杯を干して、それでいて嫌そうな顔のままでいるのはただの癖。「お前はこれにしな。」と首を引っ込めた蛇にピンク色の魚肉ソーセージを取り出し、小さめに折った分を近くに置いてやり。残りは自分の口元に運びながら、蛇とそれの化物と特売品の肴で酒盛りをするなんて数日前の自分が聞けば空想が過ぎてお笑い種であると半笑いを誰に向けるでもなく
…おや、気遣ってくれたんだね…有り難う。
(樒の皮肉など何処吹く風と言った風体で、酒に怯んで身を引いた眷属に、優しく微笑み掛けながら頭を撫でてやっていると─眷属の近くへ、何やら薄い桃色の肉片らしき物体が置かれる。彼は顔を近付け、様子を伺うように舌先を揺らした後、その肉片を丸呑みし─自身の肩へ這い上がってきたかと思えば、樒の方へ視線を向けながら語ってくれた。どうやら口に合ったらしく、擡げた鎌首をゆっくりと下げ、人間の"礼"じみた行動を取る。自身も彼の後に続き、穏やかに微笑みながら軽く会釈をして)
ツマミ買うついでだ。
(ゆっくりと頭を下げる蛇と榊にちらと一瞥をくれると、ソーセージを包んでいるフィルムを横着にも口でついと引っ張り下ろして。昼と夜の間を彩る空は曖昧な薄紫色、夏の青空の下の彼らも白くきらめいて見えたけれど薄暗くなるとその白がはっきりと際立って見える、咥えたフィルムがぷちりと千切れ、口の中に残ったビニル片に不愉快そうに顔を歪めて小さくそれが乗ったままの舌を出す、不本意ながらその様は蛇の真似事のようで
…うん…?何か付いているよ。
(僅かに瞳を伏せた後、再び酒を呷っていたが─ふと樒の方へ視線を向けると、何やら不快そうな表情で舌を突き出しているのが見えた。何をしているのか、と覗き込めば、自身のものよりも数段短いその舌には─良く分からぬ欠片が乗せられている。手を伸ばしてそれを摘み、しげしげと眺めた後、雑草の生えた地面へと乱雑に放って)
…行儀が悪い、
(フィルムの欠片を取ろうとしていた所に榊の透けるような赤の瞳がすっとこちらに近付いて、その赤を視認するのは初めてではないのに毎度一瞬思考が止まるのは何かの幻術か、指先の冷たい熱が舌に少し触れたかと思えば相手はそのままゴミをついと落としていて。眷属の蛇を世話してやる時のような距離感の近さは、人と触れ合わない毎日を送っている自分には少々刺激が強い、オマケにぞっとする程の美人であるし、と殆ど中身が無くなっているカップを傾けて
…後で小生が片付けるから、別に構わないよ。
(行儀が悪い、と評されても特に気にすることは無く、今しがた欠片を捨てた辺りの地面に目線を落とす。生い茂る雑草で隠れ、正確な位置は把握できないが─大方の目星を付け、再び視線を樒の方へと戻した。酒を呷る姿を横目に、自身の酒を一気に飲み干す。空になった容器を側に置き、薄暗くなってきた空を見上げ)
お前らの飼い主は屁理屈ばっかりだなあ。
(最後の一口分を、傍を這っていた蛇の近くにぽんと置いてやればそんな事を語りかけ、レジ袋の中身を全て出してしまうと手元のゴミをその中に突っ込んで。出てきたのは甘い酎ハイ缶2つとシェア用の小さいシュークリーム、べたべたに甘ったるい組み合わせのそれらは所謂最近を知らない榊が珍しがるだろうという考えと、甘党の自分の欲、二つの企みが半々
…おや、それは…?
(樒の言葉など相変わらずの何処吹く風、肉片を口にする眷属を眺めた後、樒の手元へ視線を投げた。其処には今しがた自身が口を付けたものと同じ形だが、少し小さな容器と─これまた奇妙な形をした菓子らしきものが放り出されている。眷属が不思議そうに首を傾げ、じっとそれを眺めるのに釣られたかのように問い掛けつつ、首を傾げて)
あー、外国のお菓子?
(買ったのは異国ではなく駅前のコンビニで、オマケに割引シールが貼られていた物であったがずっと昔の人間である相手には舶来菓子も同然であろうと適当な返事を。興味深そうに眺める彼らを意にも介せず乱雑に開封したそれを口に放り込む、香りの薄いカスタードクリームはじりじりと脳を焦がす程甘い、眉を顰める、それが好きでも嫌いでもすぐその表情を見せてしまう無自覚の悪い癖
…へえ、南蛮菓子なのかい。
(随分と小さなそれをまじまじと眺め、ひょいと指先で摘んでは─様々な角度から見分した後、樒の食べる仕草を真似るようにして、シュークリームを口の中へと放り投げた。薄い生地に歯を突き立てれば、途端に何やら甘ったるい匂いと味が、口の中に充満する。経験したことの無い甘さに少々目を見開きつつ、眉を顰める樒に向けて、緩やかに微笑み)
…ふむ、随分と甘いね。
食べたことないだろうと思ってな。
(南蛮菓子、と相手が使用した言葉に彼が人として暮らしていた時代は大体いつ頃以降か、と思慮を巡らせるも酒に浮ついた頭がそれを許す訳もなく、そんな事はどうでもいいかと、甘い味、色の酎ハイでその思考ごと流し込んで。現代に生きていると飽和する甘味に忘れそうになるが甘さは贅沢な毒だ、榊から漂う香りはこの卵色のクリームとどこか似ている、そんな彼が随分と甘い、と微笑むのでその皮肉につられて少し笑った
…まあ、甘味は久方振りだね。
(唇の端に付いたカスタードを親指で拭い、樒の笑みに釣られて更に表情を緩める。クリームが気になるらしい眷属に親指を向けてやれば、彼はそれを舐めた後─人間が眉を顰めるような仕草で身を引き、蜷局を巻いて膝の上に乗ってしまった。気に食わなかったかい、と笑えば彼は小さく首を縦に振って)
なら良かった、
(人に飼われている猫か何かのように膝で丸くなる蛇、遠くに聞こえる鳥の声、人間には持ち得ない神秘的な空気感を持つ男、それこそ神が住む世界に取り込まれたかのようで、手元の菓子の変わらぬ味だけが反対に違和感を発する異物のようだとも。酒は元々そんなに強くない、纏まらない思考がふわふわと頭を飛び回るのもそのせいだ、と柱に頭を凭せかけて
…おや、眠いのかい?布団を持ってこさせようか。
(柱に凭れ掛かった樒の姿にちらりと目線を投げ、眠そうな様子に気付いたらしい。膝の上で蜷局を巻いていた眷属に呼び掛ければ、眷属はずるずると膝から降りて童子の姿を取る。本殿の奥へと引っ込んでいくその背中を見送り、もう一つシュークリームを手に取って)
いや、流石に…
(空には薄いベール越しに頼りなく輝く月、雲が風に揺れる度に影が2人の元にさす、眠ってしまえばいい、と誘う相手の言葉に釣られたのかふわりと欠伸を見せて。夜の山道を降りて帰らないといけないというのに、ひとたびこのまま微睡んでしまえばずるずると朝まで寝入ってしまいそう、中身が残った酒の方ではなくリュックの中のぬるい水のペットボトルにぼんやりと口をつけて
…そうかい?…戻っておいで、
(シュークリームを口に含みつつ、樒の言葉を聞いて眷属を呼び戻す。軽い足音を立てて戻ってくる幼子─眷属を再び膝の上に乗せてやり、薄雲越しに輝く月を真っ直ぐに見つめた。月など既に見飽きた筈なのに、今宵の月は妙に美しく見えて)
…なんだよ、
(榊の膝に座り、じ、と大きな眼で此方を見つめてくる子どもの視線に、決して教育に良いとは言えないような鋭い目つきを送る、悪意はないのだけれど。ポケットから出した煙草をくわえてもその瞳は変わらず自分を捉えていたのでふっと煙を顔に吹きかければ、童のきっちり切り揃えられたような前髪がふわりと揺れて
…なんだよ、
(榊の膝に座り、じ、と大きな眼で此方を見つめてくる子どもの視線に、決して教育に良いとは言えないような鋭い目つきを送る、悪意はないのだけれど。ポケットから出した煙草をくわえてもその瞳は変わらず自分を捉えていたのでふっと煙を顔に吹きかければ、童のきっちり切り揃えられたような前髪がふわりと揺れて
…おや、あまり虐めないでやっておくれ。
(樒に興味があるのか、まじまじと眺めていた童子─否、眷属は吹きかけられた煙に形の良い眉を顰め、着物の裾を掴んでくる。それを宥めるように髪を撫でてやりながら樒に柔らかく微笑み)
今どきは児童虐待だなんだと煩いからな、
(不満そうに口を尖らせてこちらに冷たい視線を向ける眷属に、意地悪そうに口元を歪めて笑う、彼らに今の常識の話をしても分からないだろうと分かっていての文句。子どもの見た目は榊を幼くしたようにそっくりであるのに、感情の色が目によく映える分穏やかな笑顔を崩さない彼よりずっと分かりやすい、
…へえ。浮世は色々と大変なのだね?
(樒の言葉に小さく息を吐きだし、こてんと首を傾げてみせる。膝の上の童子も自身に釣られて首を傾げ、着物の裾を軽く引く。この社に囚われた身では、浮世の事情など碌に分かりもしない。薄く微笑みながらそう問い掛けてみて)
仕事とか人間関係とか…あぁ、何時でも同じか。
(乾いた目に煙がしみて痛い、空いた方の手でぎゅっと目を抑えながら半ば呟くように。自分の毎日の煩雑な憂い、恨み、焦燥、それらは何ら特別なものではない、相手が人間であった時代にも当たり前のように見られた事であった筈だ、「あんた等はいいな、」永遠のような時間に閉じ込められる代わりに手に入れる静寂、そんな色を瞳に映す榊と眷属の童に自嘲的にも見える笑みを
…然程良いものでもないよ。永久を生きると云うのは、終わらぬ苦痛と同じさ。
(自身にしてみれば、終りを迎える事のできる─人の子の方がよっぽど羨ましい。自虐的な響きを纏った声を上げ、さらさらと落ち葉を揺らすような、酷く乾いた笑い声を上げる。黙って話を聞いていた童子が膝からひょいと飛び降り、獲物を観察するように樒をまじまじと見つめ)
確かにコンビニもない山の中じゃあな
(酒、砂糖、煙、頭の中に靄を張ってネガティブな感情を一時的にでも麻痺させるそれらにすっかり依存しきっている現代人の自分は、彼の持つ幽玄なまでの静けさを手に入れる事なんて到底出来ないだろう、と。「ポイ捨てするな、って?」こちらを見つける子どもがそう言いたげだとでも判断したのか、随分短くなったタバコを指先で挟んだまま、ポケットの中を漁ってプラスチックの携帯灰皿を探り
…まあ、全てを否定するつもりは無い。…この山の景色だけは、変わらず美しいからね。
(再び乾いた笑い声を上げ、樒に対して何か言いたげな眷属─幼子へと目線を投げる。幼子は火の点いた棒を処理しようとする姿をじっと見守った後、「……近頃、お前が来ると主が喜ぶ」と容姿にそぐわぬ低い声で呟き)
…そりゃ光栄だ。
(随分と大人びた声色に驚いたのか一瞬の間を置いて、いつも通りの軽口で返す、同じくらいの背丈の吸殻がまっすぐ並んだプラスチックの小箱をぱちんと閉じて、「酒があるからかな、?」と親戚の子どもに対するような冗談混じりの口ぶりを。榊が喜んでいる、と童は言うが自分もまた、まるで暫くの友人と時間を共にしている時のような気でいるのは事実で
…ふふ、
(樒の言葉を聞いた幼子の表情が、目に見えて歪む。相変わらず感情の分かりやすい眷属に思わず小さな笑みを零し、膝の上で頬杖をつきながら─慈しむような眼差しでそのやり取りを眺めた。「…お前は、主を見捨ててくれるなよ」膝の上で手を揃え、真っ直ぐに樒を見据えて幼子は云う。彼なりの気遣いなのだろう、とすぐに理解したものの、樒にそれを押し付けるのは忍びない。窘めるように幼子を膝の上へ呼び戻してやり)
…はは、すまないね。子供の戯言だ、気にしないで良いよ。
何でも屋だからな、来いと言われれば来るし此処に居ろと言うなら居るさ、
(榊の膝の上で、む、とへの字口のままでこちらを見やる童を宥めるための子供騙しか、薄い笑いを口元に浮かべたまま幼子の頭に手を伸ばし、その柔らかな髪をくしゃりと撫で付けて。「随分上司想いの部下だな、」とこの言い回しが正しいのかはさておき彼を気遣う様子は偽りや媚びのない物であった、と思いながらにそう呟いて
ふふ、殊勝なことだね。ならば…小生からの依頼、聞いてくれるかい?
(幼子は何とも言えぬ渋い表情のまま、頭に伸ばされた樒の手から逃れるように大きく身を捩る。彼はそのまま元の蛇の姿に戻り、自身の肩へと素早く避難してきた。その頭を指先で撫でてやりつつ、じっと樒を見据えて首を傾げ、普段と同じようにゆったりと微笑んでみせ)
…時折、本当に時折で構わないから。小生の話し相手になってはくれないか?この年まで生きるとね、暇で暇で仕方がないんだ。
俺は結構高いが後から文句言うなよ。
(証拠集め、恋人のフリ、人探し、色んな仕事を受けてきたが退屈しのぎの話し相手として依頼された事は初めて、洩れた欠伸を隠すこともせずにそう返して。さて蛇の化け物はきちんとお代を払ってくれるのだろうか、物語の狸や狐のようにどんぐりや木の葉でお茶を濁されては不景気の時分、洒落にならないな、とそんな事も考えたが
ああ、構わないよ。
(多少退屈そうなのを隠す気もないらしい樒の様子に、思わず小さな笑い声が漏れる。自身の肩に乗る眷属もゆるりと鎌首を擡げ、その反応を伺うかのように赤い瞳でじっ、と樒を見つめていた。─金ならば、かつて祀られていた時に奉納された純金の盃だの、茶器だのがいくらでもある。今の浮世で金がどれ程の価値を持つのかは知らないが、取り敢えずは着物の懐から繊細な金細工を取り出し、首を傾げてみせ)
…ふむ…今の持ち合わせはこれしか無いんだが、これで今回の代金は足りるかい?
今どき物々交換、って時代じゃないんだけどな。
(苦笑しつつも緻密な細工が施されたそれを受け取って、月の灯りに照らし見る、「昔の女の物?俺が祟られないか?」、不学な自分にその価値は分からないが緩やかな弧を描く金色の装飾品は恐らく女性用の髪飾りと判断してそんな軽口を叩き。人間離れした永遠の美しさを持つ彼になら例え化け物だとしても崇拝めいた恋慕を向ける女がいくつかの時代に居てもおかしくない、と
ふむ…両替?と云う物は出来ないのかい?確か、こういったものを買い取る店があると聞いた覚えがあるのだけれど。
(樒の言葉に目を丸くし、どこかきょとんとしたような表情を浮かべて首を緩く傾げる。─そして、続けられた軽口には言葉を返す代わり、普段通りの穏やかな笑みを浮かべてみせた。今しがた樒に渡した金細工は確か、この社が朽ち果てる前。まだ祀り上げられていた頃に─自身は供物を要求した覚えなど一つもないが─捧げられていた供物の一つだ。誰のどんな感情が宿っているか、など知る由も無い)
二束三文で売り飛ばしたら逆恨みされそうだろ。
(枕元に女の霊が立って文句を言われるくらいなら可愛いものだが祟られでもしたら堪らない、怪奇現象への畏れはないと自負していたが榊のような化け物からの貰い物なら霊のひとつやふたつ、くっ付いてきてもおかしくない。とはいえ毎日の生計に困っているのも事実、簪をハンカチにそっと包んで鞄にしまいこんで。
祟り?はは、気にしなくても良い。小生が"祟るな"と云えば祟らないさ。
(どうやら祟りを恐れているらしい樒に目を瞬かせた後、くすりと小さく微笑んで─少々大袈裟に両手を広げ、笑い声を上げた。きゅうと目を細めて金細工を眺め、それがしまい込まれた鞄へとゆっくり手を伸ばす。念の為、金細工に憑いていた霊を祓った後─ふう、と疲れたように息を吐き出しては普段通りの飄々とした様子に戻り)
どっちにしろ蛇からの貰い物なんか持ってても碌な目に遭わなさそうだ、(相手がこちらに手を伸ばせば涼やかな風が間をすっと通り抜けていった気がした、軽口を叩きながらカバンを背負って。「また暇になったら来るかもな」、夜はすっかり更けていたが月は出ているし、何かに化かされでもしない限り帰路には着けるだろう、と榊にひらと手を振って。最初は行方不明事件を追って来たことをふと思い出し、件の彼もこんな風に取り込まれていったのだろうか、と嫌な考えが頭を過ぎりかけたがアルコールに浸った脳はそんな懸念も掻き消してしまうようで
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