ビギナーさん 2024-02-05 22:29:16 |
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…なんだよ、
(榊の膝に座り、じ、と大きな眼で此方を見つめてくる子どもの視線に、決して教育に良いとは言えないような鋭い目つきを送る、悪意はないのだけれど。ポケットから出した煙草をくわえてもその瞳は変わらず自分を捉えていたのでふっと煙を顔に吹きかければ、童のきっちり切り揃えられたような前髪がふわりと揺れて
…なんだよ、
(榊の膝に座り、じ、と大きな眼で此方を見つめてくる子どもの視線に、決して教育に良いとは言えないような鋭い目つきを送る、悪意はないのだけれど。ポケットから出した煙草をくわえてもその瞳は変わらず自分を捉えていたのでふっと煙を顔に吹きかければ、童のきっちり切り揃えられたような前髪がふわりと揺れて
…おや、あまり虐めないでやっておくれ。
(樒に興味があるのか、まじまじと眺めていた童子─否、眷属は吹きかけられた煙に形の良い眉を顰め、着物の裾を掴んでくる。それを宥めるように髪を撫でてやりながら樒に柔らかく微笑み)
今どきは児童虐待だなんだと煩いからな、
(不満そうに口を尖らせてこちらに冷たい視線を向ける眷属に、意地悪そうに口元を歪めて笑う、彼らに今の常識の話をしても分からないだろうと分かっていての文句。子どもの見た目は榊を幼くしたようにそっくりであるのに、感情の色が目によく映える分穏やかな笑顔を崩さない彼よりずっと分かりやすい、
…へえ。浮世は色々と大変なのだね?
(樒の言葉に小さく息を吐きだし、こてんと首を傾げてみせる。膝の上の童子も自身に釣られて首を傾げ、着物の裾を軽く引く。この社に囚われた身では、浮世の事情など碌に分かりもしない。薄く微笑みながらそう問い掛けてみて)
仕事とか人間関係とか…あぁ、何時でも同じか。
(乾いた目に煙がしみて痛い、空いた方の手でぎゅっと目を抑えながら半ば呟くように。自分の毎日の煩雑な憂い、恨み、焦燥、それらは何ら特別なものではない、相手が人間であった時代にも当たり前のように見られた事であった筈だ、「あんた等はいいな、」永遠のような時間に閉じ込められる代わりに手に入れる静寂、そんな色を瞳に映す榊と眷属の童に自嘲的にも見える笑みを
…然程良いものでもないよ。永久を生きると云うのは、終わらぬ苦痛と同じさ。
(自身にしてみれば、終りを迎える事のできる─人の子の方がよっぽど羨ましい。自虐的な響きを纏った声を上げ、さらさらと落ち葉を揺らすような、酷く乾いた笑い声を上げる。黙って話を聞いていた童子が膝からひょいと飛び降り、獲物を観察するように樒をまじまじと見つめ)
確かにコンビニもない山の中じゃあな
(酒、砂糖、煙、頭の中に靄を張ってネガティブな感情を一時的にでも麻痺させるそれらにすっかり依存しきっている現代人の自分は、彼の持つ幽玄なまでの静けさを手に入れる事なんて到底出来ないだろう、と。「ポイ捨てするな、って?」こちらを見つける子どもがそう言いたげだとでも判断したのか、随分短くなったタバコを指先で挟んだまま、ポケットの中を漁ってプラスチックの携帯灰皿を探り
…まあ、全てを否定するつもりは無い。…この山の景色だけは、変わらず美しいからね。
(再び乾いた笑い声を上げ、樒に対して何か言いたげな眷属─幼子へと目線を投げる。幼子は火の点いた棒を処理しようとする姿をじっと見守った後、「……近頃、お前が来ると主が喜ぶ」と容姿にそぐわぬ低い声で呟き)
…そりゃ光栄だ。
(随分と大人びた声色に驚いたのか一瞬の間を置いて、いつも通りの軽口で返す、同じくらいの背丈の吸殻がまっすぐ並んだプラスチックの小箱をぱちんと閉じて、「酒があるからかな、?」と親戚の子どもに対するような冗談混じりの口ぶりを。榊が喜んでいる、と童は言うが自分もまた、まるで暫くの友人と時間を共にしている時のような気でいるのは事実で
…ふふ、
(樒の言葉を聞いた幼子の表情が、目に見えて歪む。相変わらず感情の分かりやすい眷属に思わず小さな笑みを零し、膝の上で頬杖をつきながら─慈しむような眼差しでそのやり取りを眺めた。「…お前は、主を見捨ててくれるなよ」膝の上で手を揃え、真っ直ぐに樒を見据えて幼子は云う。彼なりの気遣いなのだろう、とすぐに理解したものの、樒にそれを押し付けるのは忍びない。窘めるように幼子を膝の上へ呼び戻してやり)
…はは、すまないね。子供の戯言だ、気にしないで良いよ。
何でも屋だからな、来いと言われれば来るし此処に居ろと言うなら居るさ、
(榊の膝の上で、む、とへの字口のままでこちらを見やる童を宥めるための子供騙しか、薄い笑いを口元に浮かべたまま幼子の頭に手を伸ばし、その柔らかな髪をくしゃりと撫で付けて。「随分上司想いの部下だな、」とこの言い回しが正しいのかはさておき彼を気遣う様子は偽りや媚びのない物であった、と思いながらにそう呟いて
ふふ、殊勝なことだね。ならば…小生からの依頼、聞いてくれるかい?
(幼子は何とも言えぬ渋い表情のまま、頭に伸ばされた樒の手から逃れるように大きく身を捩る。彼はそのまま元の蛇の姿に戻り、自身の肩へと素早く避難してきた。その頭を指先で撫でてやりつつ、じっと樒を見据えて首を傾げ、普段と同じようにゆったりと微笑んでみせ)
…時折、本当に時折で構わないから。小生の話し相手になってはくれないか?この年まで生きるとね、暇で暇で仕方がないんだ。
俺は結構高いが後から文句言うなよ。
(証拠集め、恋人のフリ、人探し、色んな仕事を受けてきたが退屈しのぎの話し相手として依頼された事は初めて、洩れた欠伸を隠すこともせずにそう返して。さて蛇の化け物はきちんとお代を払ってくれるのだろうか、物語の狸や狐のようにどんぐりや木の葉でお茶を濁されては不景気の時分、洒落にならないな、とそんな事も考えたが
ああ、構わないよ。
(多少退屈そうなのを隠す気もないらしい樒の様子に、思わず小さな笑い声が漏れる。自身の肩に乗る眷属もゆるりと鎌首を擡げ、その反応を伺うかのように赤い瞳でじっ、と樒を見つめていた。─金ならば、かつて祀られていた時に奉納された純金の盃だの、茶器だのがいくらでもある。今の浮世で金がどれ程の価値を持つのかは知らないが、取り敢えずは着物の懐から繊細な金細工を取り出し、首を傾げてみせ)
…ふむ…今の持ち合わせはこれしか無いんだが、これで今回の代金は足りるかい?
今どき物々交換、って時代じゃないんだけどな。
(苦笑しつつも緻密な細工が施されたそれを受け取って、月の灯りに照らし見る、「昔の女の物?俺が祟られないか?」、不学な自分にその価値は分からないが緩やかな弧を描く金色の装飾品は恐らく女性用の髪飾りと判断してそんな軽口を叩き。人間離れした永遠の美しさを持つ彼になら例え化け物だとしても崇拝めいた恋慕を向ける女がいくつかの時代に居てもおかしくない、と
ふむ…両替?と云う物は出来ないのかい?確か、こういったものを買い取る店があると聞いた覚えがあるのだけれど。
(樒の言葉に目を丸くし、どこかきょとんとしたような表情を浮かべて首を緩く傾げる。─そして、続けられた軽口には言葉を返す代わり、普段通りの穏やかな笑みを浮かべてみせた。今しがた樒に渡した金細工は確か、この社が朽ち果てる前。まだ祀り上げられていた頃に─自身は供物を要求した覚えなど一つもないが─捧げられていた供物の一つだ。誰のどんな感情が宿っているか、など知る由も無い)
二束三文で売り飛ばしたら逆恨みされそうだろ。
(枕元に女の霊が立って文句を言われるくらいなら可愛いものだが祟られでもしたら堪らない、怪奇現象への畏れはないと自負していたが榊のような化け物からの貰い物なら霊のひとつやふたつ、くっ付いてきてもおかしくない。とはいえ毎日の生計に困っているのも事実、簪をハンカチにそっと包んで鞄にしまいこんで。
祟り?はは、気にしなくても良い。小生が"祟るな"と云えば祟らないさ。
(どうやら祟りを恐れているらしい樒に目を瞬かせた後、くすりと小さく微笑んで─少々大袈裟に両手を広げ、笑い声を上げた。きゅうと目を細めて金細工を眺め、それがしまい込まれた鞄へとゆっくり手を伸ばす。念の為、金細工に憑いていた霊を祓った後─ふう、と疲れたように息を吐き出しては普段通りの飄々とした様子に戻り)
どっちにしろ蛇からの貰い物なんか持ってても碌な目に遭わなさそうだ、(相手がこちらに手を伸ばせば涼やかな風が間をすっと通り抜けていった気がした、軽口を叩きながらカバンを背負って。「また暇になったら来るかもな」、夜はすっかり更けていたが月は出ているし、何かに化かされでもしない限り帰路には着けるだろう、と榊にひらと手を振って。最初は行方不明事件を追って来たことをふと思い出し、件の彼もこんな風に取り込まれていったのだろうか、と嫌な考えが頭を過ぎりかけたがアルコールに浸った脳はそんな懸念も掻き消してしまうようで
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