匿名さん 2024-01-05 19:35:07 |
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………、狐の方が、可愛いわ。
( 大丈夫であるならよかった、と内心安堵しながら、変化した姿の方が良いだろうと言われると少しばかり考える素振りをみせ、ボソリと短く上記を呟いた。
正確には人型だと勿論接しやすいし有難いとは思うものの、狐の方が珍しく毛並みも拝見できるし、動物好き故に可愛い、と言ったまでなのだが。この短い言葉が相手の配慮を諸共せず踏みにじって聞こえてしまうことには気づいておらず。
特に悪びれる様子もなく平然とした態度で言われるままについて行けば、裏の森を進んでいく。
こんな所にお風呂があるのだろうか、と半信半疑ではあったものの、大きな露天風呂を見つけると彼の隣で足を止めて“おぉ”と小さく声を漏らした。表情では分かりにくいものの、これでも感嘆しているらしい。
温度を確かめているのか、湯にそっと手を差し入れる彼の動作を見守りながら続く言葉には頷いて、相手の方を見上げながら小さく微笑んで。)
…ありがとう。とても素敵な湯ね。
タオルや着替えを持ってきて、早速入ってもいいかしら?
(彼女が呟いた一言を聞き漏らさず拾ってしまうとゆっくりと首を動かして彼女を見つめる。口には出さないが目で非難の色を浮かべるも、すぐに目を逸らす。彼女のこういう一言は今に始まったことでは無いので、ここは年上の自分が我慢するかと無理やり自分を納得させる)
勿論じゃ。とくと楽しみが良い。
……我は本殿に戻っている故、何かあったら──まあ何も無いとは思うが──呼ぶと良い
("良いかしら?"なんて律儀に尋ねる彼女にクスリと笑うと頷く。背を向けて去る際に、念の為に伝えておく。一帯はイナリの結界のおかげで物怪の類は入って来れないが、万が一ということもある。イナリのお気に入りの場所で何かあったら縁起が悪い、なんて表向きは思っているが、実際のところは彼女が危険に晒されるのが怖いのだ。彼女も人間である以上、脆い存在だろうから。
本殿へ戻ると彼女が持ってきてくれたのか社務所に置いてきた筈の飴玉に目がいく。苺が好きだが、折角なので他の味を試してみることにする。りんご味の飴玉を口に放り込むと、やはり口中に広がる甘味に目を輝かせる。舌で飴を転がしながら、繧繝縁に腰を下ろすと変化を解いて本来の姿に戻る。先程の発言を気にしてか、くしくしと毛繕いを丹念にする。人間の姿の何が気に入らないのだ、なんてぶつぶつ呟きながら前足を巧みに使って毛を丁寧に繕っていく)
(彼の言葉には引き続き頷いて「分かったわ」と簡単に返事をすると、一度本殿へ戻って2枚のタオルと着替えを手に取る。着替えに選んだのは新しい衣服ではなく彼がくれた小袖で、なんだかんだ着やすいし気に入ったらしい。ゴムで髪の毛を頭のてっぺん近くへ結い上げると、そのまま踵を返して露天風呂へ。
──結界が張ってあるとはいえ、よく考えてみればこんな開放的な空間で洋服を脱ぐのは些か気が引けるが、かと言って洋服を着たまま入る訳にも行かず、1人羞恥心に耐えながら服を脱ぎ、すぐさまタオルを1枚身体に巻き付けた。
荷物を傍らに置いてゆっくり脚から湯の中へ入っていくと、程よい湯加減に小さく息を吐く。大自然の中故なのか空気も澄んでいてとても心地よい。
暫く目を瞑り木のざわめきや風の音を聞きながら温まっていると、ふと姿勢を変えたくなって、湯の縁へ重ねた腕を置いてさらに頭を乗せようとゆっくり目をあける。
すると、遠くではあるが1人の男性の姿を捉えて思わず叫びそうになる。結界の向こう側にいるようなので此方に気付くことも入ってくることも無いはずだが、此方の方向へ近付いてる相手と目があった気がして思わず後ずさる。)
……い、イナリ……ッ!
(恐怖心と羞恥心が入り交じり、思わず彼の名を零した時、湯の中でつるりと足が滑ると次の瞬間には頭の先まで湯の中へ落ちていた。
転んだ衝撃で結び目が緩んだのか、体を離れ視界の端を漂うタオルを見つめながら“私、こんなに鈍臭かったかしら…”なんて冷静な自分が心の中で呟いた。)
(/大変お待たせしておりました;すみません!!)
……!
どうした!何事じゃっ!?
(大方毛繕いが終わり、人の姿に戻った時だった。露天風呂の方からバシャンと大きな音が聞こえてきた。一瞬ピクリと耳が反応し動きが止まるも、顔から血の気が引く感覚と共に一目散に風呂場へ向かった。明らかに尋常ならざる事態が起きたと思った。まさか気を失って湯に沈んだか、誰かに襲われて湯に沈められたか、はたまた別の問題が起きたか。頭の中で瞬時に最悪の事態の予想が次々と出てくる。イナリは身なりに殊更気を遣っていた。他の妖から奇異な目で見られる程に。そのイナリが着物が汚れるのも乱れるのも気にせずに必死で走っていた。頼む、何事もなくあれ。力強く祈ると同時に露天風呂へ辿り着いた。着くや否や声を張って彼女の無事を確かめる。
無音だった。争う声も聞こえない。他の存在の気配も感じない。そして当の本人は湯の中にいる。溺れているわけでも気を失っているわけでもなかった。湯に浮かぶタオルをじっと捉えながら、イナリは自分の行動が取り越し苦労であることを知った。途端に張り詰めていた緊張の糸がどっと解けてしまい、その場に座り込んでしまう。仮にも入浴中の女子が目の前にいるのにも関わらず。はぁと大きく息を吐くと暫くしてから口を開く)
…あまり我を驚かせるな。寿命が縮む。何故、風呂に落ちたのだ
(/ お待ちしておりました!)
(水中の中で体勢を整えればゆっくりと水面から顔を出す。すると、今度は見慣れた姿が目の前にあり思わず悲鳴をあげそうになる。慌てて流れゆくタオルを掴んで手繰り寄せれば、目元の水滴を払い深呼吸を1つ。
思い出したようにさっと周囲を見渡すが、先程の男性の姿はそこには無くどうやら去っていったらしい。目の前にあるのは溜息を吐いて心底呆れたように此方を覗く2つの眼だけだった。)
──そこに、男の人がいたの。びっくりして足を滑らせてしまって……。驚かせてしまってごめんなさい。
(何故落ちたのか、という質問にはちらりと視線で方向を示しつつ経緯を正直に白状して。恐らく、驚いて駆けつけてくれたのであろう相手には申し訳なさそうに眉尻を下げつつ謝っておく。
すると、ふと相手に違和感を抱き何故だろうかと首を傾げ、その違和感が着物の乱れと汚れだと気がつくと、そういえば常に身なりには気を遣われていたような、と思案する。ゆっくりと手を伸ばすと座り込む相手の足にそっと触れて)
…着物が汚れているわ。貴方、走ってきたの?
男じゃと…?珍しいこともあるものじゃな。
…妖や怪異の類でなくて良かったのう
(この辺りは以前は参拝目的でそれなりの人間が来ていたが、今となっては肝試しとかそういう目的で来る人間が稀にいるくらいだった。自分と同じ妖怪や怪異の気配はしなかったので、そういう人間に違いない。兎も角正体が分かると途端に脳に冷静さが蘇る。そこでやっと気付いた。自分は今入浴中の彼女と相対している。相手はタオル一枚しか纏っていない。それを意識した途端、自分の不埒さに再び冷静さを欠きそうになる。腰を上げてすぐにでも退散したかったが、目敏い彼女が足に触れながら着物について言及すると、平静を装いながら口を開く)
…我の風呂場で逝かれても困るし…他の妖に喰われても面白くない。念の為に走ってきただけじゃ。別にお主を案じての行動では無い。我の風呂を案じてじゃ。
…新しい着物を出さねばな。
(少しバツが悪そうに汚れた部分を手で払いながら早口でまくし立てる。黙っていれば良いのに下手に誤魔化そうしたり、要らない言葉で飾ったりするのがイナリの悪癖だった。妖術で着物の汚れなんて簡単に落とせるが、彼女の為に付けた汚れを落としてしまってはいけないような気がした。着物の乱れを整えながらスクッと立ち上がると、くるりと背を向ける)
……そうよね。
でも、少し怖かったから、貴方の顔を見て安心したわ。ありがとう。
(早口で捲し立てるその言葉には小さく笑い、肯定するように頷くと再度ゆっくりと肩まで湯に浸かった。
発言の裏に隠してある真意を受け取ったのか、はたまた言葉をそのまま受け取ったのか定かでは無いが、此方からは思ったことをその通りに伝え礼を述べる。彼はきっと素直じゃないとなんとなく分かってはいるが、だからといって期待するのは嫌だった。これまでもさり気ない気遣いを与えてくれたが、根拠なく期待するのは、後々自分の首を絞めるだけだとこれまでの経験上 重々承知している。
再度暖かな湯に浸かり気持ちを鎮れば、普段通りの冷静さを取り戻したような気がして大きく息を吸う。)
…もう少ししたら私も上がるわ。
そうしたら夕食の準備をするから…あ、鍋に湯だけ沸かしておいてもらえるかしら。
(背を向ける相手に伝言をとばかりに口を開くと、火元を準備してもらうついでに湯を沸かして欲しいとおまけのお願いも付け加えて。)
心得た。
…逆上せたりするでないぞ
(去り際に彼女からのお願いを聞くと、後ろを振り返りながら頷く。同時に少しばかりの嫌味を加えて。逃げるようにその場を後にすると本殿へ向かう。帯を解き、するすると着物を脱ぐと木箱の中から別の着物を取り出す。と言っても黒を基調とした着物で、今まで着ていたのと大した違いは無い。唯一異なっているのは柄が雪輪から藤に変わった位だ。イナリは見た目に気を遣うが、着物のバリエーションは、さして重要視していなかった。されどとにかく黒い着物を好む。一度着物を献上してきた人間がいたが、彼は赤色の派手な柄を持ってきた。イナリは赤が嫌いだ。あんまり気分が悪かったので「次からは黒一色にせよ」と言い放った。
先程来ていた着物は木箱に戻し、社務所へと向かう。鍋に水を入れると指先に火を灯らせ、火を移す。続いて釜に米を入れ、何回か水洗いし、釜を竈に置くとそこにも火をつける。薪を放り込み火の加減を調節する。ぼおっと火を見つめながら、最近は変化ばかりだと考える。彼女の来訪、言われるがままに神隠し、二人での買い物。どれも以前の生活からは想像もできなかった。古く錆び付き、もう動くことは無いと思っていた環境が新しくなっていく。これがイナリの運命なのだろうか。だとしたらイナリ自身も変わることがあるのだろうか──そんなことを考えていた時だった。とっくに米が炊けていたことに気付き、慌てて火を消す。少しばかり米をお焦げができた白米を覗きながら大きくため息を一つ零す)
──あら、お米も炊いてくれたの?
(彼が溜息を零した直後、その背後からひょっこりと顔を見せれば鍋の中身を見て声を掛ける。どうやら、彼が着替えを済ませ考えを馳せている間に、此方も湯から上がって着替えを済ませ戻ってきていたらしい。髪を再度結い直し貰った小袖を身につけているその姿は、充分に温まったらしくほんのりと血色良く頬が赤らんでいた。
そのまま食事の準備に取り掛かろうかと袖が汚れないように折りながら、またちらりと相手へ視線を移す。先程声をかけた時には気づかなかったが、少しの違和感を抱いて着物へ目をやると、風呂まで駆け付けてくれた時の着物とは柄が変わっている事に気が付いた。どれも黒い着物故に大きな違いはないように思えるが、この着物も立派なもので、彼にはよく似合っていた。同時に自分の所為で着物が汚れてしまったことを思い返すと少しばかり申し訳なさそうにして。)
…さっきの着物。本当にごめんなさい。後で綺麗にしておくわ。あと、藤柄もよく似合うのね。
(買い出しでたくさん購入した油揚げの袋を2袋ほど手に取ると、野菜や調味料なんかも取り出して料理の準備を進めていく。)
(溜息を零した直後、声を掛けられると少しだけ驚き耳がピクリと動く。いつもならば大層に上から目線で米を炊いてやったなどと言うが、考え事をして米を焦がしたことに気まずさを感じてか、彼女の問いに「ああ」と小さく頷きながら返すだけだった。ちら、と彼女に視線をやると、風呂上がりだからだろうか頬が赤らんでいた。昼間は彼女に怒られてしまったが、やはり彼女は可愛い──イナリは心の中で呟く。女子の容姿を評価するのは不適切な気がしたが、それでもイナリはそう思っているのだから仕方がない。イナリは公では素直じゃない反面、心中では自分の感想には素直な妖だった。公言すると怒られるが、イナリからすれば彼女は可愛いのだ。)
……ん?気にするでない。着物の汚れなぞ術でどうとでもなる。
…知っておるか。藤の花の花言葉は「決して離れない」と言ってな。藤の成長は早く、ツルはあらゆるものに巻き付く。…あまり無防備だと気が付いたら逃げられなくなっておるかもしれんの
(暫く彼女の顔に視線をやっていたが、申し訳なさそうにする彼女に気が付くと首を横に振った。着物が汚れたことなど、これまで何回もあった。その都度、妖術を駆使して新品同然にしてきたから、無問題だ。しかし今回に限っては術で落とすのが憚られる。自分の手で落とすのが道理に合っていて、彼女にやらせるのは気が引けた。
自分の着物の柄を一瞥するとぽつりと呟くように言う。なぜ唐突にこのようなことを言い出したのか、自分でも分からない。ただ、この言葉は彼女を脅かしているようで、イナリが自身にも言い聞かせているような響きを含んでいた。何にも執着するな、と。)
( 着物の汚れに関しては気にするなと言う彼に、申し訳なさは残りつつも他に食い下がることはせずに小さく頷きを返して。続く言葉には、夕食の準備をする手を止めることはなく視線もそのままに、考えているような間を挟んで口だけを動かした。)
──キツく巻かれると息苦しそうね。
でもね、藤の花の美しさを知ってしまったら、私、逃げられなくても平気だと思うの。
…それに植物は、私が傍に居続けても「気持ち悪い」なんて何も言わないから、きっと心地が良いわ。
(藤の花言葉に習った訳では無いが、“決して離れたくない”そう思ったことなら過去に1度だけあった。スマホのホーム画面に映っていたあの海辺を何度も一緒に歩いた思い出がちらりと脳裏に蘇る。複数人の後ろ姿は同じサークルの人達。そこに混ざっていた1人に告白されて、1年ほど付き合った。学生時代から人付き合いが苦手で浮いていた私にそんな縁なんかあるわけないと思っていたし驚いたけど、優しい笑顔を見せてくれる彼に惹かれて行って、私もそれなりに彼が喜んでくれるように努力した。
けれど、付き合って1年が経った時、私と付き合ったのは他のサークル仲間と賭けをして負けた『罰ゲーム』だったと聞かされ、そんな事に1ミリも気付かずに浮かれていた私に、彼は心底嫌悪するような顔でその言葉を吐き捨てて去っていった。
彼の優しさも私の滑稽な姿を引き出すためで、それを裏で笑われて馬鹿にされていたのかと思うと惨めで悔しくて、執着するのは格好悪い事だと学んだ。それと同時に、やはり、自分を本気で好いてくれる人など居ないのだと思った。だけれど、その分羨ましいと言う気持ちも大きくなった。逃げなくても良くて、諦めなくて良くて、自分の中にある愛を受け入れて貰えたらどんなに素敵な事だろうか。
そんなことを考えていると、包丁で野菜を刻みながら呟くようにして質問を投げかけた。)
……ねぇ、イナリ様。貴方は私に、ここに居て欲しいと思う?
(イナリには読心術の心得がある訳ではない。人の心ほど曖昧で複雑で恐ろしいものは無い。時には人間自身にも分からないのだから、中級妖怪のイナリには分かるはずも無い。それでもイナリは彼女の言葉を聞いて、誰かに裏切られた過去があるのではと推測した。根拠は薄弱、裏取りもない、全てイナリの主観で考えたことだが、そんな気がした。誰かに裏切られ、それがトラウマになってしまったのでは無いか。だから愛が欲しいと願ったのでは無いか。だとしたら悲しい程に不幸な人間だった。そう考えると、益々彼女を放っておけなくなる。この女子がせめて自分の魅力や利点に気付き、自己を肯定する能力を得るまで、この手に置いておかなくてはならない。そんな使命感にも似た感覚に駆られた。だがイナリは分かっていなかった。使命感とは裏腹に彼女に執着したいという昏い感情が育ち始めているのを。
彼女からの問い掛けに暫時、中空を仰いで思案する。この問い掛けは恐ろしく慎重にならなくてはならない。中途半端なことを言えば、聡い彼女に見抜かれ、信を喪うであろう。しかし本心を吐露しても、それを嫌悪されてしなうやもしれぬ。堂々巡っていく思考に陥る。沈黙が続き、恐らく一分は経つであろうという寸前、どうせ信を喪うのであれば本心を伝えるべきかと決心し、大いなる羞恥心を隠しながら彼女の方に向き直る)
…お主を置いておくか否かを決めるは我次第。その判断基準は、お主が己を好くことができるようになるまでじゃ。己を愛すれば、嫌なことも忘れられる。
それまではここに居ると良い…いや、居て欲し…い……
(流れる沈黙に意地悪な事を言ってしまっただろうかと考える。質問を訂正しようと口を開きかけたが、彼がそれよりほんの少し先に口を開いた。
“己を好くことが出来るようになるまで”その言葉を聞いて、動かしていた手を止めて相手の顔を見る。彼の中でそのような基準があったなんて知らなかったし、彼は、自分に自信がないこんな私を気にかけていてくれたのだろうか。
正直に言うと、自分を愛するなんてどうしていいのか分からないし、それがいつ達成されるかなんて分からない。もしかしたら達成することなくこの命が尽きるかもしれない。
どちらにせよ、達成したならまた厳しい社会の中に放り出されてしまうと思えば、彼は酷く、厳しくて寂しい事を言っていると思う。しかし、それと同時になんとも言えない嬉しさがあった。
いつも尊大な言い方をする彼が、“居てほしい”と此方に願うような言い方をするものだから、思わず2.3度瞬きを繰り返してしまった。言い慣れていないものだから少しばかり歯切れが悪いのもまた愛しいと感じてしまう。)
……ふふ、分かったわ。それまで、ここにいてあげる。イナリ様は私の料理が好きみたいだし。
…私、自分を好きになる努力をするわ。約束よ。
(ふわりと柔らかな笑顔を浮かべると、彼の真似をしているのか少し恩着せがましい言い方をしつつ、料理をしていた手を洗い綺麗な布で水を拭き取ると、“約束”の言葉で右手の小指を差し出した。)
嗚呼…約束するが良い。
偽りだったら術で二度と口を聞けなくする
(言葉の途中で羞恥心が顔を覗き、最後で歯切れが悪くなってしまったことを後悔していると、自分の真似をしたような口調で彼女が小指を差し出してきた。一瞬困惑したが、すぐに指切りだと理解すると、彼女の物言いに少し口角を上げながら、自身も小指を差し出し指切りをする。人間と指切りなんて何百年もしていない。最後にしたのはいつだったか、なんて思い出せない。誰かから願いを乞われ、それを実行してやることはあったが、それは約束とは言えない一方的なものだった。対等な立場で互いに約束をしたのは、彼女が初めてかもしれない。
とは言え、イナリに具体的なプランはなかった。何をすれば、どう接してやれば彼女が自分を好きになれるのか。言い出したのはイナリだから、主導する義務がある。このままではイナリの方が二度と口を聞けなくなってしまう。とりあえず褒めれば良いのか? 我ながら浅い考えだとは痛感しているが、彼女を褒めて様子見をしてみることにする)
…お主は…誠に料理が上手いのじゃな。我は古今東西の一級品や珍味なぞはあらかた食ったが…お主の料理の足元にも及ばぬ。何故じゃ?
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