匿名さん 2024-01-05 19:35:07 |
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そ、そうか。分かった…。
そんなに恐ろしい面相はしてないはずじゃがの…。
(なにかトラブルに見舞われたらどうしよう、身分証なぞ確認されたらどうしよう、なんて普段からは考えられない程のネガティブ思考が止まらないでいると、彼女の声と手で我に返る。自分では自覚していなかったが、そんなに強面なのだろうかと顔をなぞりながら小さく呟く。カゴをレジに置いた瞬間に始まる店員のスキャンは、見事な手際だった。江戸で見た工芸職人を思い出す。何時間でも見ていられるほどの職人技で、イナリに出来上がった品物を無償でくれた。お礼に妖術を披露してやったら腰を抜かして気絶してしまったが。この店員の作業も周りに人間が居なければ、いくらでも見ていられそうなのに。良く考えれば子供の落書きみたいな「ばーこーど」などというもので商品の会計ができるのだから、全く恐ろしい時代だ。以前図書館で見た本では「でじたる化」なる術を使っているのだそうだ。「ぐろーばる化」と違って、会得する必要性はないようにも思えるが、今度彼女に聞いてみよう。そんな彼女の助言通りに店員に袋を求め。その際、なんとか柔和な表情を作りながら「袋を頂けるかな、君」とどこかおかしな日本語で話し掛ける。本人としては上手くできたつもりでいたが、実際は不自然な笑みを浮かべながら不自然な日本語を使う男にしか映ってない訳で、店員もぎこちない愛想笑いをしていた。手際良い商品のスキャンが終了すると問題の自動精算機に通される。彼女からの説明を必死に耳で拾いながら、何とか操作を終える。以前もこうやって──あの時は腕は組んでいなかったが──彼女に教えて貰ったから、意外と苦労はしなかった。懐から丁度の金額を出して精算を済ませる。出てきたレシートを懐にしまいながら、ふと彼女の呟きが耳に入る。
イナリ様だったの──その言葉で分かった。バレた。しかも本人に。一瞬身体の動きが止まるが、すぐにふっと鼻で笑いながら取り繕う)
なんの話しじゃ?
…我は「じどうせいさんき」程度に良いようにやられる妖でないぞ?
……そう、よね。ごめんなさい。気にしないで。
(無事に精算を終えた彼が一瞬、止まるのが見えた。しかし、返ってきたのは肯定の言葉ではなく、とぼける様な、取り繕われたような言葉だった。心当たりはあるのかも、いやでも、本当に違う人だったのかも。そんなことを頭の中でグルグルと考えるが、何方にせよ、過去の事を暴いたところでこの状況が変わるわけでもあるまいし…それでも少し残念なような複雑な心境を抱えながら、静かに視線を動かすと小さく呟いた。
それよりも、店員に袋を要求していたぎこちない姿が不意に脳内再生され、思わず吹き出してしまう。
荷物の入った袋を持つことも出来ず、申し訳なさを積もらせながらもなんとかスーパーでの役目を終え外へ。
店から出てしまえば人混みも大分落ち着き、ゆっくりと彼の腕から自身の手を離した。まだ境内に戻った訳では無いが、街中もこれから向かう洋服屋もスーパー内ほど混んでは居ないだろうし、腕を組まずとも隣にいれば大丈夫だろうと勝手に判断した。
…というのは建前で、彼の温もりに安心していたのは自分の方だった。本音を言えば離したくはないのだが、自分はとことん甘え下手だと思う。いつまでも彼にくっついて、ひ弱で無力だと言われるのが嫌なのだ。それに、今まで誰にも甘えずに自分を律して──強がって生きてきた自分には、この“甘え”が普通になることを恐れていた。其れが普通になってしまっては、自分が本当に弱くなったように感じるから。)
…イナリ様、結構人が多かったし、疲れてないかしら?
洋服はまた今度でも良いけれど…。
( 自分の本意には目を向けず、彼の隣に立ったまま。服も欲しいとは言ったが、そういえば彼は疲れていないだろうかと上記を述べた。久しぶりに人混みを見ると人酔いすることもあるし、服屋はいつでも来れる距離でもある。)
(彼女の反応を見て何故だか罪悪感がやってくる。此方はただ体面を守ろうと嘘をついただけなのに、何故そんなに残念そうにするのか。彼女は表情自体は変わらないが視線は変わる。視線の動かし方で感情を判断するとすれば、どこか寂しそうだった。そう思った直後、突然に彼女が吹き出せばギョッとした顔で見つめる。突然笑い出して可笑しくなってしまったか。一瞬そんなことを思ったが、良く考えると先程の自分の振る舞いについて笑っているのかと予想する。自分は普通の対応をしただけなのに。先程の表情が杞憂だと思い込むと、彼女と共に店を出る。
外は来た時よりも人が居なかった。ようやっと落ち着けるようになったことで心の余裕が生まれた。するすると彼女の腕が離れていくと僅かばかりの不安が芽生えたが、この程度の人数ならば大丈夫だろうと高を括る。
ふと彼女から訊ねられると、慢心からか「問題ない!」と高らかに言う。とは言ったものの、いつまでもスーパーの袋を持っているのは疲れるため、一度置きに戻ろうと決める)
暫しここで待っておれ。買った物だけ置いてくる故な
(言うが早いか彼女の返事も待たずに、サッと瞬間移動する。社務所に移動してくると、食品などや野菜を分かりやすい場所にある壺に納める。冷蔵庫がないため、壺の中に入れておくしか保存方法がないが、妖術で腐らせないようにすることも出来るので特に不便さは感じていない。油揚げは壺には納めず、台所に目立つように丁寧に置いておく。彼女には問題ないとは言ったが、実際のところはそれなりに疲労は蓄積されている。だが、あれ以上の人混みに揉まれない限りは大丈夫だろう。買ってきた飴は本殿の木箱の中に納めると、手で顔をぱちぱちと叩き気合を入れる。再び瞬間移動をすると、彼女の目の前に現れる)
ちと待たせ過ぎたか?
( どうやら疲労の具合は大丈夫なようで、高らかな彼の返事を聞けば安心したように頷く。しかし、荷物を置いてくると告げ早々に彼の姿が目の前から無くなってしまっては一瞬動揺を。妖術とは改めて便利なものだと感心するのと同時に、目の前を過ぎ行く人々の姿を視線で追いながらただそこに佇んでいた。
最初はまるで幽霊のようだと、魂を封じられたこの状況に戸惑いこそしたが、誰の目にも留まらないのは以前と同じでは無いかと冷静に考えれば、その戸惑いもゆっくりと落ち着いてきた。それでも心細さは薄まることなく、両腕を自分の手で擦りながら彼の帰りを待っていた。
──ふと、通り過ぎた男性の後ろ姿が昔の友人に重なった気がして背筋が伸びる。スマホのあの写真、あの中にいた一人。本人では無いのだろうが懐かしむようにその背を暫く眺めていた。
すると、戻ってきたのであろう突然現れた彼によって、追っていたあの姿は見えなくなってしまった。少し名残惜しさはあったものの、彼が戻ってきてくれた事に安堵のため息をつきつつ、その言葉には首を横に振った。)
そんなに待ってないわ。…それにしても便利ね、一瞬で荷物を置きに戻れるなんて。
(そんな事を言って小さく笑ってみせると、早速店の方向を指さし再度歩き始める。洋服を買うと言っても実際に買ってくれるのは自分ではなく彼なので、比較的店内も落ち着いていて、静かに商品を選べる店へ向かうようだ。)
我に不可能は大抵ない故な。造作もないことよ。
そうじゃ、今日の晩飯は油揚げを出してくれんかの?
(店の方向に意気揚々と歩きながら、余裕そうにベラベラ喋る。また人混みに揉まれない限りはいつもの調子でいるだろう。イナリは大変に気分が良かった。最大の難所を攻略し、残すは彼女の洋服などを購入するのみ──今のイナリなら乞われれば、どこへでも行こうとするだろうが──となり、夕食は彼女の至高の料理が待っている。こんなにも充実感のある日は久しぶりだ。長年神社で独りだったせいもあるのだろうが、かつて人間たちと共存していた時の、あの充足感が再び蘇ったようだ。そんなこんなで今のイナリは気分が良いので、少し鈍感になっていた。どのぐらい鈍感になっていたかと言うと、境内に居る時のような声量で喋っているため、少ないながらも通行人に奇異な目を向けられている。そしてその事に全く気付いていない程に鈍感だった。人間の視線が恐ろしくないのは、やはり彼女が隣に居るからだろうか。他の人間も彼女みたいなら良いのに。なんてことを思う。判断基準がすっかり彼女に移行しつつあることは相変わらず気がついていないが、少なくとも彼女は人間の中でも特異な存在で、イナリ自身は大変興味があることは自覚していた。だから彼女がどんな店で、どんな洋服を買い、どんな表情をするのか、楽しみで仕方がなかった)
…………読めぬ。
(歩みを進めていればいつの間にか彼女が指差した店に到着した。看板に書かれた英語の店名を見て一言呟く。イナリは外国人を見たことはあっても、話したことは無かった。だから外国語に酷く疎かった。唯一知っているのは「あるふぁべっと」という古代文字のような代物だが、ABCは理解出来ても、単語は一つとして理解できなかった。日本なのに日本語じゃない。大丈夫なのかこの店は。文句の一つも言いたくなったが、彼女が選んだ店だから大人しく口を噤んでおく。店の中を一瞥すると恐る恐る中に足を踏み入れる)
(/ すみません!ちょっと1週間ほど更新が厳しそうなので、ご連絡しておきますね;
既におまたせしているのにごめんなさい!!)
(/全然大丈夫ですよ!では更新があるまでスレ上げは止めますので、更新の際は検索などでスレッドを見つけていただけると幸いです!)
( 店内なら出た途端意気揚々と楽しそうに話す彼の姿に小さく口元を綻ばせながら、夕食に油揚げを催促されると頷いて。やっぱり好物だったのかしら、と内心考えながらも料理のメニューをいくつか頭の中で思い浮かべていた。
彼が得意げに話していても特に気にしていなかったが、ふと、周囲の人々の視線が気になり首を傾げる。そして自身の姿が見えていないことを再度思い出すと、まるで独り言を唱えているかのような彼の姿に1つ笑い声を零した。声量を諭すことも出来たが、敢えてそれをしなかったのは何度も尊大な態度を取られていた腹いせだろうか。何にせよ、ちょっと面白がっていた。)
ここの店員さんはあまり声をかけて来ないから、商品を物色しているフリをしておけば大丈夫よ。
…Tシャツと上着、ワンピースと、ズボンと、あと…────ぁ。
( いざ店を前にするとまたも緊張している様子の相手に少しばかり首を傾げながら励ますように言葉をかける。店員が甲斐甲斐しく話しかけて接客してくるような店は自分も苦手なので、そういう所には配慮しているつもりだ。
おまけに長々と服を選ぶと彼の体力も消費してしまうだろうとある程度欲しい物を考えていたらしく、彼と共に店内へ入ってから、お目当ての衣服が置いてあるコーナーへ目線を送る。ラフなTシャツと上着…カーディガンとかがいいかな、それに着やすいワンピースとストレッチ素材のスキニージーンズ…。あと必要不可欠なものと言えば、と考え、下着の置いてあるコーナーへ視線を置いたところで、さて、どうしたものか、と小さく声を漏らす。)
………えっと、下着。買えるかしら?
(/おまたせしました!!お待ち頂いてありがとうございます!!)
…そうか。存外種類があるのだな。現代の衣服は。
(店員に声を掛けられる心配がないと分かると、胸を撫で下ろし彼女の忠告通り、商品を見ているフリをしている。彼女が目を付けた商品を手に取りながら、感心したように呟く。「わんぴーす」などという衣は初めて見た。他にもイナリにとっては馴染みにのない服ばかりで、興味が惹かれ、キョロキョロと店内を見回す。彼女のことだから恐らくは自分に気を遣って、テンポよく商品を選んでいるのだろうが、今のイナリはこの空間が物珍しく、己の体力のことなんてさっぱり忘れていた。そうやって観察をしていると聞こえてきた彼女の小声に「どうした」なんて首を傾げ、返ってきた彼女の返答に一瞬、目を見開く)
……必要なもの故、買わん訳にはいかんじゃろ…。
可及的速やかに選べ…良いな?
(イナリは狐であって鬼では無い。生活に必要なものを買い与えない訳はない。それに彼女は女性で、何かと入用が多いことも知っている。だから彼女に耳打ちすると、重い足取りで下着売り場へ歩みを進める。観察していて分かったが、どうも服屋というのは男性用と女性用のものを分けて売っているようだ。例によって下着売り場も女性と男性のは分けられている。性別で分けることで混雑を解消したり、「ぷらいばしー」に配慮したりなど様々な事情があるのだろうが、ことここに至っては、いっその事売り場を混同してしまえと思う。言ったそばから付近を歩いていた人間から奇異な目で見られた。普段だったら女子に化けることなど造作もないが、流石にそんな体力は残されていなかった。己の体力の無さを嘆きつつも、あまり目に入らないように出来るだけ遠くを見ながら彼女が選び終わるのを待っていた)
(/ お待ちしておりました!)
…なんか、ごめんなさい。ありがとう。
( 買わない訳にはいかない、と言ってくれた彼には頷きつつ謝罪と感謝を述べ、言われた通りサイズだけしっかり確認すればあれこれと数着分選んで指を指す。
いくら自分が周りから見られていないとはいえ、男性に衣服を買ってもらうなんて初めての事で。おまけに、最初は仕方の無いことだしやらざる負えないと、彼への申し訳なさと使命感みたいなものだけを感じていたのだが、よくよく考えれば下着のサイズやらデザインやら色々な事がバレる訳で、冷静にそんなことを考えた途端に段々と体温が上昇してくるのが感じられた。
自分の選んだものをさっと手に取ってくれる彼の動作をちらりと横目で見ながら、とりあえずはこんなものだろうと共にレジへ向かう。
この店のレジは有人で、少しばかり怪訝そうにしながらも丁寧に商品を袋へと詰めてくれているが、上昇した体温のせいでこの静かな待ち時間がなんだか落ち着かなくて、手持ち無沙汰の片手で思わず彼の袖をきゅっと掴む。
そして、もう片方の手で自身の頬を包み込むと、耳ばかり赤くなった顔を俯くようにして隠しつつ、小さな声で観念した。)
…やだ。今更だけれど、ちょっと…恥ずかしくなってきたわ。
(彼女が選び終わると速やかに手に取って逃げるようにレジへ向かう。実際にはさして時間も取られていなかったのだろうが、こういう時に限って時間が永遠に感じられる。現代の女子は難儀だと思った。昔だったら湯文字一つで事足りたものを、今では一々このようなものを付けなければならないのだから。レジで会計をする際に案の定店員から怪訝な目を向けられた。なんだか良くないレッテルを貼られた気がしたから「妻のお使いというのも大変でございますな」と聞かれてもないのに愛想笑いをしながら言う。すると不自然な日本語のせいで更に怪訝な目を向けられる。気まずそうに咳払いをして店員から視線を逸らした時、袖を握られた。黙っていろという合図なのかと思ったがどうも違うようだ。彼女の方に視線を遣ると、いつもとは違う表情にドキッとした。笑った顔、泣いた顔、驚いた顔。色々な表情を今日まで見てきたが、まさかこんな表情をするとは思わなかった。可愛い──普段とのギャップに心奪われれば、そんなことを思っていた。人間の女子を可愛いと思ったことなんて一度もなかった。彼女はこんな風に恥じらうのか。この表情を見ているのは自分だけ。そんなことを思うと妙な高揚感と胸の高鳴りで頭がパンクしそうだった。ハッと我に返るととっくに袋詰めは終わっていたので、金銭を出して、袋片手に服屋から足早に出ていく)
…わ、我の方が恥ずかしかったぞ。会計の際に恥をかいたでは無いか。
お主は…気にすることないでは無いか。衆人環視に見られる訳じゃなし。我にしか関知できぬのじゃから
(服屋を後にすると恥じらっている彼女に抗議をする。大半は自業自得なのだが、奇異な目で見られることに耐えられなかったのだから仕方がないという論理らしい。皆に見られる訳では無いのだから案ずるなとフォローにもなっていないフォローを入れると「他に用はあるか…?」と首を傾げる)
そ、それはそうだけど。皆から見られない代わりに、貴方に全部見られてる気分で…。
いや、気にしないで頂戴。
(彼と共に足早に店を後にする際も握った袖は離さず、店の外に出て立ち止まるとやっとのことその手を話した。しかし、離したかと思えば今度は両手で自身の顔を覆いもごもごと上記を言い返す。しかし、自分は何を言っているんだとまたも羞恥心に駆られれば、長い黒髪を揺すりながら、気にしないで、と必死に冷静を装おうとする。
次には静かにパタパタと火照った顔を仰ぐような動作を行い、彼の方が恥ずかしかったという話にはそれもそうだと納得できるので、再度「ごめんなさい」と小さな声で呟いた。
はぁ、と少しばかり火照りが落ち着くと息を吐いて、“他に用はあるかと”問われれば、少しばかり考えた後に首を横に振った。とりあえず食料に衣服も買えたし、今のところ急ぎで必要なものもないだろう。また何か必要そうなものが思い浮かんだ時は彼に相談するとしよう。)
… もう大丈夫よ。帰りましょうか。
……うぅ
("貴方に全部見られている"なんて言われれば、抗議の一つもしたくなったが、実際自分は知ってしまっているので何も言い返せない。その後も羞恥心に悶える彼女を不覚にも可愛いと思ってしまい、何だか気まずかった。イナリは同じ妖に胸ときめくことはあっても、人間の女子にそのような感情を抱くことなんて初めての事だった。だから自分が抱いている感情が不適切な気がして、それを彼女に隠しているのが背徳な気がして、心落ち着かなかった。
彼女が用が済んだと言うと小さく頷いて、来た道を引き返し始める。来た時のように雑談でも出来れば良かったのだが、勝手に気まずさを感じていたので無言のままで。本当なら先程のように瞬間移動で神社まで帰りたかったが、彼女に心奪われている間に体力まで奪われてしまったようで、妖術を使うことが出来ない。人間たちに奪われるかと思っていた体力が、自分の命綱にも等しい存在の彼女に一番奪われた事実はこれ以上ない皮肉だった。そう考えると何だかおかしくて小さく笑い声を洩らす。一頻り笑うと隣の彼女に視線を向け、つい言ってしまった)
お主があんなカオをするとは思わなんだ。はは…お主、存外可愛いのじゃな。
か…ッ、………な、何を言っているの!
( 特にこれといって話すことも無く、静かに相手の隣を歩きながら段々と平常心に戻っていく。気がつけば神社までもう一息という所で、突然隣の彼が笑い出すものだから何事かと少し怪訝そうに視線を向けると、丁度向けられた彼の視線と交わった。
その時、思いもよらない言葉が飛んできたものだから、思わずまた耳が赤くなる。普段あまり動揺なんてしないのに、先程酷く平常心が崩れたものだからその延長に違いはない。
しかし、“可愛い”だなんて、自分が覚えている限り言われたことなんて無いし、一体自分はどんな顔をしていたと言うのだ、と恥ずかしくなるのと同時に、正直いうと嬉しくて思わずその言葉を鵜呑みにしそうになる。
動揺を隠すように早足になると、近付いてくる神社の境に飛び込むようにして逃げ帰りながら、1つ息を吐き、浮かれそうになる胸のざわめきを追い出すように、自分より少しだけ後方にいる彼へ生意気にも顔を見ず言葉を返した。)
…私が可愛いなんて、貴方、可笑しいわ。きっと疲れているのよ。
思ったことを口にして何の問題がある。
…じゃが、そうかもしれぬな。今日は特に疲れた。故におかしなことを言うているのかもしれんのう
(言ってから怒られるかな、と思っていたが予想とは違って彼女は再び赤面した。先程の件もあって、まだ免疫を獲得していないのか、面白いくらいに取り乱す彼女はやはり可愛かった。ただ小動物を愛でる時の"可愛い"とは少し違う。それよりももっと見ていて自分の庇護下に置きたいような、そんな感覚だった。彼女より少し遅れて境内に入ると返答をしながら服屋の袋を手渡す。渡した瞬間、変化を解いて本来の妖としての姿に戻る。本殿へ入り繧繝縁の上に座る。前足でくしくしと毛繕いをしながら九つの尻尾を揺らして動きを確かめる。人間に長時間化けていると耳や尻尾の動かし方を忘れてしまいそうになるため、変化を解いた後は必ず行う。それにしてもこんな風に疲れたのは久しぶりだった。今までは買い出しの時にしか疲れなかったが、今は普段から疲労が溜まりやすくなったかもしれない。イナリは疲れることが嫌いではなかった。疲れたりするのは生きている証拠だから。ただあまりに体力を消耗し過ぎると妖にとっては毒だ。耐え難い眠気が襲ってくることもある。丁度今のように)
のう…我は疲れた。少しだけ…眠る。半刻経ったら起こす…のじゃ……よい…な…。
(大きく欠伸をすると繧繝縁の上で丸くなり、途切れ途切れながら伝える。言い終わると電池が切れたように動かなくなり、すぅすぅと寝息を立てながら眠ってしまう)
( 思ったことを口にした、という彼の言葉には尚も気まずそうな視線を逸らしたままだったが、差し出された袋をみると慌てて其れを受け取った。言い方に多少問題を感じる時はあるものの、彼は確かに感情を表に出すタイプだと思う。…ということは、さっきの発言は本心なのだろうか。
しかし、そんなことをまた考えるとせっかく取り戻した冷静さをまた欠いてしまいそうなのですぐさま追い出し、本来の姿に戻ってしまったその背を静かに見守っておく。
繧繝縁の上で丸くなる彼はよほど疲れているようで、途切れ途切れになる言葉を拾えば「分かったわ」と頷きとともに短い返事を。すぐさま聞こえてきた寝息には、この隙に頭を撫でてもバレないのではないか、なんて邪な考えが浮かぶものの、怒られるのも嫌なのでぐっと我慢しておく事にした。
少しの間だけ近くに腰掛け自分も休息を取ると、すぐにまた社務所へと向かい買ってきた食材を袋から取り出して整頓する。飴玉は本殿に持っていこう、と全種類を抱えては、パタパタとまた戻ってくる。
次に購入した衣服を袋から取り出すと、下着類はさっさと自分の鞄の中へとしまい込んで、一着のワンピースを取り出す。ふんわりとしたシンプルながらも細かな花柄の入ったピンク色の可愛らしいワンピース。可愛らしいものは好みに反して似合っていない気がしてあまり着てこなかったが、これはなんだか気に入ってしまい買ってもらった。せっかくだからと彼が寝ている間に着替えてしまうと、ワンピースの上に薄いベージュのカーディガンを羽織る。新しい服を着ると、少しばかりウキウキしてしまうのは何故だろう。
買い物のお礼にどんな油揚げ料理が良いものかと考えながら、彼が起こして欲しいと言っていた時間までは料理の下ごしらえをしておく。きっちり時間通りになると、また本殿へ帰ってきて、柔らかな毛並に手を埋めると、恐らく彼の肩あたりを揺さぶった。)
───ねぇ、イナリ様。起きて。
…ん。
(夢を見ていた。もう百年以上前の日常の夢。神社に人間が訪れてはイナリに供物と共に祈りを捧げる。彼らの供物を受け取りながらくだらない問答に時を費やし、日暮れには娶ったばかりの妻と晩酌をする。イナリは楽しかったが彼らはどうだったのだろうか。「人間様の気持ちなんてお前には分からないよ」いつの日か酒を煽りながら妻が言った。並大抵の女子よりも肝っ玉が据わっていたあの妻が寂しそうに。その言葉はイナリの心を傷付けたが忘れたフリをしていた。そんなことを夢で思い出してしまったからだろうか。彼女の言葉で一瞬起きるが、すぐに眠気が襲ってくる。僅かに感じていた寂しさを紛らわせたくて、彼女の手から感じた温もりを感じたくて、一瞬だけ頭を上げたかと思うと、それを縋るように彼女の身体に預けて再び眠ってしまう。自分の体温で眠っていた時と違って、こちらの方が心地よかった。暫くはどんどん深くなる眠気に支配されていたが、やがてなんの前触れもなくパッと眠気が無くなると、目をパチッと開ける)
ん…? 何しておる…?
…ああ。一刻経ったのじゃな
…お主、十分"おしゃれ"では無いか
(目が覚めると、彼女に自ら縋っていたことなど覚えていないのか怪訝な表情をしながらも、ゆるゆると身体を起こす。眠っている間に体力は幾分か回復したようなので、再び耳と尻尾だけを残して人間に変化する。ふと眠る前と彼女の衣服が違うことに気付くと、慣れないお洒落という言葉を使って感想を述べる。尤もお洒落という状態がどのような状態を指すのかはイマイチ分からなかったが、彼女の服が似合っているのは事実なのできっとこれはお洒落なのだろうと判断した)
(起きたかと思ったが、彼はすぐさま眠りの縁へと落ちていってしまった。おまけに、その体を此方に預けすやすやと。もう一度名を呼ぼうと口を開いたが、心地よさそうに眠る狐の顔を見ると起こすのがなんだか忍びなくて開いた口を閉じる。これは不可抗力だと自分に言い聞かせながら、ずしりと伸し掛る毛並みをゆっくり撫でる。目が覚めたらまた怒られるだろうか、なんて考えながら毛並みを堪能していると、暫くして彼の目が開き、慌てて撫でていた手を退ける。
何をしているのかと問われれば、少しだけ口を尖らせて「貴方が二度寝したのよ」と此方に非が無いことをアピールするが、勿論しれっとその毛並を堪能していたことは黙っておく。)
……そう、かしら。ありがとう。
(ゆっくり身体を起こし変化する様子を目で追っていると、服装について褒められ──勝手に褒めてくれていると思っているのだが── 一瞬視線を外して長い髪を耳にかけた。だが、既に平常心と冷静さを取り戻していたようで先程のように照れることはなく、淡々と礼を述べた。しかし、その口元は少しだけ弧を描き、どことなく嬉しそうで。
自身も立ち上がり、彼の近くへと歩み寄ると今度は此方から口を開いた。)
それはそうと、もう変化して大丈夫なの?
この程度の変化であれば少し眠るだけで大丈夫じゃ。それにお主も、この姿の我の方が良いじゃろう?
(元々イナリは治癒能力が高い。例え刀で斬られても、鉄砲で撃たれても、三日程度で傷口が塞がってしまう程だ。それに彼女がいるからか、いつもよりリラックスしていたので変化できる体力が早く戻ったのだ。彼女がイナリの毛並みを堪能していたことなど露知らず、妖の姿のままでは彼女が萎縮すると思って。だから配慮してやったんだぞなんて傲慢な響きを隠そうともせずに言い放つと尻尾を揺らしながら、すくっと立ち上がる)
お主も疲れたじゃろう。風呂の場所を教えてやる故、ついて参れ
(それだけ言うとスタスタと本殿から出て行く。彼女が付いてこれているかは足音で分かるので、特に後ろを振り返ることも無く歩みを進める。買い物中にイナリの言葉通り片時も離れないでいてくれたから、その礼のつもりだった。本殿のすぐ裏の森を一直線に進むと開けた場所が見えてくる。そこにある露天の温泉が見えてくると歩みを止める。"どうじゃ。我の作った湯は見事じゃろう?"とでも言いたげに彼女の方を振り返ると鼻を鳴らす。湯に近付くと手を入れて温度を確かめる。常に一定の温度に保っているはずだったが、少し温かったので指先に術を展開し、少しだけ温度を上げる。尤もこれは自分にとっての適温で、彼女にとってはどうなのかは分からないが。湯の調節を終わらせると顎でしゃくりながら彼女に言う)
ここは我の結界が張ってある故、安心して入るが良い。見ての通り周囲に明かりがない。湯に浸かる時は日が沈むまでに済ませよ。
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