真夜中のピエロさん 2023-07-07 19:26:00 ID:5a4928631 |
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(夕日を差しいれたような橙で包まれる室内には優し気なジャズが流れている。それらはまるで揺り籠だった。それも大層心地の良いもので、時折、男の胸の内にある表情を感傷的に彩った。滑らかな女性の声で奏でられる音楽を聴きながら、彼は一度グラスを宙で傾けた。幸い、グラスの中で少量のアルコールが揺らめくのみで、それらが自身らの領分からせり出して、床を濡らすことはなかった。ただ、そこでゆらゆらと男を見つめていた。男は川のせせらぎでも見ているかのようだと思った。男が川に小石を投げ入れる。すると、広く、深い、水たちの都で彼らが応えてくれるのだ。やがて、グラスの中の液体が落ち着きを取り戻したのを見止めて、男はその瞳をすぅっと細めると、ようやっとテーブルにそれを預けた。いつの間にか入って来たのか、近くで深い男の声がした気がする。先程まで酒精の揺らめきに見惚れていた男はというと、それを背景に木製のテーブルに頬杖をつきながら、どこか映画の鑑賞でもしているような、上手く言えば、浅く夢のベールを被ったような気分でどこともつかない虚空を瞳に映していた。こんな静かな夜は久しぶりだな。そうして自身の心地に酔いしれている男の脇に誰かの手が置かれた。男はどうせ若者か素行の悪い阿呆でも、己を省みることも忘れた頭で無邪気に騒いでいるのだろうと考えて、特段それを気に留めることもしなかったが、些かの間をもって、男の頭を覆うベールは剥がされることとなる。つい数秒前、彼の横に少々唐突に表れた掌がとんとんとバーのテーブルを指で叩いた後、「青い髪の」という物言いを付け足した声を発したからである。いや、正しくは掌ではない。男が顔を上げると、視界に存在するのは優しそうな顔つきを湛えた男性だった。大人びた声の主はこの一人でここを訪れたらしい男性なのだろうと納得して、男はその瞬間、しまったと内心口を一文字に結んだ。あの時耳に入ってきたものは雑音などではなく、自分自身に問いかけられていた言葉だったのだと、今もこちらを見て律儀に返答を待ちながらどこか不思議な表情でこちらに顔を向ける男性を眼前に思った。)
…ああ、えっと…どーぞ。まぁ、こんな男の隣でよかったら、別に許可なんか必要ねぇと思いますし…まぁお好き…に?
(男はそう言い終えると、乾いた笑みを貼り付けて、また自身のグラスに視線をやった。)
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