グラサンオールバックの悪魔(♀) 2023-07-02 08:48:30 |
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…チッ、胸糞悪ぃ…
(想定通り上司からの連絡は新しい仕事に関するもので、端的な返事を返してから携帯を尻ポケットへ戻そうとするーと、違和感に気付いたらしく紙切れをポケットから拾い上げる。それはあのクソ天使サマの連絡先、それもご丁寧にキスマークのおまけつきだった。彼女はあからさまに表情を歪め、嫌悪感を露わにしながらその紙切れを握り潰そうとしたが、ふと何か思い付いたらしく、表情は変わらないままその手を止めると再び、今度は反対側のポケットの中へと戻す。地獄へ戻った時には彼女のヒールが地面を蹴り、煙草の煙を全身に纏い、顔は普段以上に苛立っているという正に『悪魔』のような風体で、仕事のメールをした上司すら若干怯えながら彼女を出迎える、という事態であった。勿論仕事相手への拷問は普段より数段手酷いもので、すぐに目も当てられないような姿になり、情報から何から全て吐いたが彼女の拷問の手は止まることはなかった。拷問対象がボロ雑巾のようになってやっと、彼女の手が止まる。散々大荒れした後、彼女はけろりとした表情で休憩に入り、唇から灰色の煙を吐き出し)
( さて。悪魔の彼女は連絡をしてくるだろうか。……否、いつ連絡をしてくるだろうか。そんなことを考えながら天界に戻ったアリシアはなにだかとてもご機嫌で、下級の天使たちにすら『 アリシア様ったら、何か良いことがあったんですか? 』と微笑まれる始末。素敵な出会いがあったのよ、なんて笑い返すが、口が裂けても悪魔とお茶をしただなんて立場上は言えない。悪魔と言えば天使をぼろ雑巾のように拷問する恐ろしい生き物だ、と天界では囁かれている。人の不幸を嘲笑い喜ぶような、そんなおぞましい生き物。─── マァきっとあちら様もこっちのことを良くは思ってないのだろうけれど。先程会った彼女も恐らく天使のことを良くは思っていないのだろうな、とふと思返せばでもそれを我慢して微笑んでくれる姿がたまらなく愛おしいんだと自然と上がってしまう口角をそっと手で隠すように両手で覆い。自分の部屋に入れば、そのまま柔らかなレースの天蓋に覆われたふかふかのベッドにぽすん、と飛び込んで。「 ……嗚呼。そういえば彼女のお名前も聞かなかったわ。 」とふと思い出したかのように呟けば、今日出会った悪魔を脳裏に浮かべながらそのまま長いまつ毛に囲まれた瞳を閉じて。あの甘ったるい軟派な笑顔が崩れたらどんなに良いかしら、早くあのサングラスと仲違いすればいいのに。 )
…ア?オレそんなキレてた?
(喫煙室に入ってきた同僚の『悪魔』から「おい、ジャスティス。お前、今日荒れてたけど…何かあったか?」と問われ、彼女ージャスティスは本当に自覚のないような声でそう返す。その回答に心底呆れたような顔をする同僚をスルーし、寮の自室へ戻ると、薄暗い部屋の中でシーツの乱れたベッドの上に身体を預ける。彼女は相棒のサングラスをサイドテーブルに投げ出し、行儀の悪い寝煙草のまま赤く冴えた瞳で暗い天井を、暫くの間ぼんやり見つめていた。ふと、彼女は考える。『ジャスティス』ー己とは正反対の「正義」という意味、凶悪非道な悪魔の彼女には、ひどく皮肉めいた名前。己は何を思ってこんな名前を名乗っているのだろうか、と。くだらない考えは消してしまおう、先程まで話をしていた天使のツラを思い出すと知らず凶悪な笑みが溢れてきた。サングラスを掛け直して立ち上がり、再び仕事場に顔を見せ、同僚の拷問していた天使を更に痛めつける作業に移行する。ボロ雑巾のようになったそれを、送り返す担当の元「天使」の同僚悪魔と共に処理し、その同僚と共に天界へ顔を覗かせては「オラ、テメェらの『オナカマ』だ。返してやるよ」と相変わらずの口調と凶悪な笑みで凄み)
( なにだかとても外が騒がしい。いつもなら葉が擦れるようにささやかな天使たちの声が部屋まで聞こえてくる。何かしら、とベッドから身を起こした束の間、ノックもそこそこに直属の後輩である中級の天使が「 悪魔がッ─── 」と慌ただしく報告に来たのに内心舌打ちをしながらもにっこりと正に天使のような笑顔を浮かべれば、天使たちに危ないからみんなを下がらせてと指示を出した後に躊躇なくバルコニーからひょい、と飛び降りて。その瞬間ふわりと現れた彼女をすっぽりと包めるような大きさの白く美しい翼が瞬きそのまま地面へ真っ逆さまという事態にはならず。普段は白や淡い色の多い天界で、黒づくめの悪魔たちを探すのは実に容易なことのようで ─── 最も花の香り囲まれた天界で血腥い匂いというのはすぐに分かるのだが─── アリシアの瞳はすぐに騒ぎの元を見つけてその場へとゆっくり飛行し。ふわり、と真白の羽をいくつか落としながら静かに彼女らの前へとゆっくり降りてくれば、堕天したと聞いた元後輩の天使と…それから先程まで呑気に茶を共にした悪魔、あとボロ雑巾のような、天使らしき何か。ぱちり、と瞳を1度瞬きさせたあとに「 ─── お届けものね。返してくださってありがとう。 」と天使様らしい慈悲に満ちたほほ笑みを浮かべながら血の穢れの一点すらもない白く美しい両手を差し出して。 )
他のヤツらも「こう」なりたくなかったら…オレらの周りをちょろちょろすんじゃねェって言っといてくれよ、クソ天使サマ。
(彼女は面倒そうな口調でそう述べつつ粗雑にぽい、とその目も当てられないボロ雑巾のようになった天使を、彼女の目前の、腹が立つほど白く穢れのない両手めがけて投げつけた。雑に投げられたボロ雑巾は声にならない声でかすかに呻くものの、最早生命を維持しているのが驚きといったような風前の灯であり、自身を受け止めた純白の天使の顔を見た途端に『嗚呼、私は帰ってきた!』と歓喜の祈りを捧げて息絶える。彼女はそんな光景を、興味なさげにヒールで地面を蹴り、三本目の煙草を吸いながら眺めていた。クソ天使サマってのはどいつもこいつも不気味だーー口を開けば二言目には『我らが主』、『我らが主』。同僚の拷問で死のうが『これで主の下へ往ける』と喜びながら宣う始末ーそんなことを思い出すと自然、表情が僅かながら嫌悪に歪む。同僚も元知り合いの天使に出会って些か動揺しているようで、「…おい、ジャスティス。業務は終わったんだ、一旦帰るぞ」と彼女の肩をひっそり叩き、声を掛けた。「…おー」気の無い返事を返し、「そんじゃ、またなァ」仲間を痛めつけられ、殺気立つ、随分とお優しくて反吐が出そうな『クソ天使サマ』たちに威嚇するような笑みを浮かべてみせた後、彼女はくるりと踵を返し、同僚と共に天界の境界からひょい、と身軽に飛び降りては地獄へと帰っていき)
─── 〝 〟。いつでも戻っていらっしゃい。
主も、それから私達も。貴方の帰りを待っているわ。
( 自分の腕に投げてよこされたのは、もう生物としての機能など微かな呼吸くらいしかないだろうと言ったような肉の塊で。自分の顔を見て安心したかのように穏やかな眠りについた其れになんの躊躇も無くキスを落とせば、まるで花びらのようにはらはらと身体が崩れ風に乗って何処かへ飛んでいく。アリシアは特にそれに酷く悲しむわけでも怒る訳でもなく、いつもと何も変わらない優しげなエメラルドで見送ればちらりとよく見知った、元天使の悪魔へと優しげな声で語り掛けて。その胸元は先程の天使の血でベッタリと汚れ、キスをしたせいか唇には似合わない真っ赤なルージュが引かれたように赤くなっているがそれでも表情はただただ穏やかで。─── もとい、淡々と〝理想の天使〟として仕事をしているだけなのだが。此方に威嚇をするように凶悪な笑みを浮かべる彼女たちが境界から飛び降りたのを見送れば「 ジャスティス。正義。……ふふ、似合わないお名前。 」と思わずくすくすと噴き出してしまい、嗚呼次彼女と会ったらぜひ名前で呼んであげよう。と密かに決意をして自分も花や蝶に囲まれた美しい天界へと踵を返し。 )
…胸糞悪ィぜ、クソッ!
(彼女が妙に荒ぶっている原因ーおそらくは同僚の悪魔に向けて語りかけられた先程の言葉。全てを赦すような、作られた優しさに満ちた言葉。悪魔である自分たちには無縁で、決して触れることのできないもの。「…寝るわ。起こしたら殺すからな」同僚にそう言い残し、彼女は自室の扉を壊れるのではないか、と思うほど勢い良く閉めた。電気も付けないまま、寝室のサイドテーブルにサングラスを投げ出すと、シーツが乱れっぱなしの黒いクイーンサイズベッドに背中から飛び込む。薄暗い部屋の中でも一際冴える赤の瞳は何処を見るでもなく、ぼんやりと、薄くホコリの積もった部屋の隅を見据えていた。暫くすると唯一の光源である煙草の赤い火が消えかかり、最後の強い光が赤い瞳を更に赤く染め、彼女は惰性に任せて瞼を閉ざし、やがて眠りに落ちていたようで)
─── チッ。嗚呼、もう。
( 例の悪魔と出会ってから、数日後。今日はちゃんと天使の仕事として信託を授けに人間界に降りた訳だけれど、どうやら今日の人間たちは虫の居所が悪かったのかそれとも自分たちの望ましい信託ではなかったのか何やら喚き散らかしながら分厚い本をアリシアに向けて額に投げ、白くつるんとしたアリシアの額はぱっくりと切れてしまった。取り敢えず信託は託した訳だし、本当はちょっとだけ人間つまみ食いして帰ろうと思ったがそんな気分にもならず珍しく真面目に仕事だけをして帰ってきたというわけだ。いつもの天使のような微笑みはどこへやら憎々しげに大きな舌打ちをしては、絹糸のような美しいブロンドの髪を乱雑にかきあげて悪魔が多くあまり治安の良いとは言えない路地の、あまり人目にはつきづらい端っこで女性の白魚の指がよく映えるような細長い煙草に火をつける。フゥ、と溜息と共に吐き出した煙は彼女のワンピースと同じような純白で。)
…ア?アイツ、昨日のクソ天使サマか。
(彼女が気まぐれに地上へ出てみれば、路地裏へ入ったところで何やら気が立っているらしい人間どもに絡まれたようだ。脂ぎった見た目と同じ、汚い声で初対面の彼女にも構わずキンキン喚き立てる、要領を得ない発言をまとめると「天使様の信託が間違っていた」という事らしい。ー瞳を細めなくても嘘だと分かった。どうせ、自分の望むものでなかったからと決まっているのに。彼女は明るく笑いながら話を聞いていたが、暫くして眼前で喚き立てる中年の人間の頭を筋力のみ異形に変化させた右手でがしりと掴んだ。人間の頭がミシミシと軋み、口から泡を吹いて呻くのも構わず、果実のように力任せに握り潰してしまう。声を上げようとした他の人間の頭も同じように握り潰した。「…悪魔に相談した自分を恨みな」そう呟き、その汚い肉塊をまとめて路地裏の薄汚れたゴミ箱へ捨て、他の場所へ行こうとした所で煙草の匂いが鼻についたらしい。ふとその路地へ顔を覗かせると、昨日顔を合わせたクソ天使サマー確か、先日危うく握り潰しかけた連絡先にはアリシア、だとか書いてあったーがいた。だが様子は昨日とはかなり異なり、天界の忌々しい光ではなく煙草の煙に包まれている。クッ、と笑みを喉で押し殺し、影からクソ天使サマを狙っている他の悪魔を威嚇するように、煙草に火を点けつつ、わざと軽く馴れ馴れしい調子でアリシアに声を掛けた)
よォ、また会ったなクソ天使サマ…いや、アリシア、だったかァ?
─── …まあ、ごきげんよう。ジャスティスさん。
( ふと自身の耳に届いた声にそちらを振り向けば、自分と同じようにタバコを咥えた悪魔の彼女の姿。なにだか初めて会った時よりも、こうして咥え煙草をして薄暗い路地裏にいる彼女の方がとてもしっくり来る。アリシアは特に焦る訳でもなく霧のように濃いタバコの煙を純白の体に纏いながらにっこりといつものような笑顔を浮かべて。ピッ、と髪をかけあげたことにより白魚のような手についた血液を軽く手を振って払えば、口調や声色、笑顔こそは穏やかな天使様そのものなのにエメラルドグリーンの瞳に潜む不機嫌そうな揺らめきが見え隠れしているのが酷くちぐはぐで。「 また会えて嬉しいわ。 」なんて相も変わらずに甘ったるい語尾をまとわせながら自分よりも幾分か背の高い彼女のサングラスの奥に隠された瞳と視線を合わせては、もうスッカリ短くなってしまった煙草を地面にぽい、と捨てればなんの汚れもくすみもない美しい白いパンプスで吸殻を踏み潰して。 )
ハッ、クソ天使サマの割には随分荒れてるじゃねェの。
(ジャスティスは名前を知られていることにきゅ、と眉を顰めては何処で知った、と声を荒げかける。が、すぐに昨日同僚がこっそり呼んだ名前を敏いクソ天使サマの御耳で聞きでもしたのだろう、と思い直したようだ。それよりも普段なら胸糞悪い程に澄み切った光を放つ宝石のようなエメラルドグリーンが、今日はやけに濁った光を放っているように、彼女の目に見えた方が気になるらしい。短くなった煙草を捨て、容赦なく揉み消す細い足は喫煙者から見れば随分手慣れているようで、流れるような動作に思わず彼女は小さく鼻で笑う。「ハハ、お美しい『クソ天使サマ』の顔よりソッチの方があんたには似合ってンぜ?オレと同じ匂いがしてよ」皮肉半分、残りの半分は本心で、口元を歪めて凶悪に嘲笑いながら、彼女は自身の煙草から煙を吐き出した。そう言えば先程潰してやった人間共が言っていた「天使様」とはこの純白の天使の事なのだろうかーふと、そんなことを思ったらしく彼女は「さっきあそこで人間共に会ったンだけどよ、何か天使様の信託がどうとかって下らねーこと言ってきたから頭ァ握り潰してやったンだわ」とまるでさっきあちらで知り合いと会った、とでもいうような至極軽い調子でそう笑うと、まだ若干赤い液体でしっとりと濡れた手袋越しの右手をゆらゆらと左右に振って相手の反応を伺い)
あら、天使様を口説くにしては随分な褒め言葉ですこと。
こんなに慈愛に満ちた上級天使はなかなかおりませんことよ。
( 悪魔と同じ匂いがする。主の御許に仕える上級天使に告げる言葉でない彼女の言葉にアハッ、と可愛らしく笑って見せればこちらも冗談半分に上記を返して。彼女の凶悪にも見えるつり上がった口角に釣られるようにアリシアの口角もまた三日月のように釣り上がり、本来正反対の立場である悪魔と天使がよく似た笑顔で対峙しているというちぐはぐな光景が生まれる。が、彼女のまるでなんでもないというようなあっさりとした口調で告げられた言葉とひらりと視界の端で振られた彼女の右手に楽しげに笑っていた表情が一度ぴた、と止まり。そのままゆっくりと美しいブロンドをはらりと方から零しながらアリシアがうつ向けば、その小さな肩はふるふると震えて ─── 怒っているのか、悲しんでいるのか、哀れんでいるのか。見ている者がそう心配してしまうような少しの時間が過ぎた後、彼女のさくらんぼ色の唇から零れたのは「 あはっ、ふふふ。そう。死んだのね。お気の毒に! 」という愉悦に満ちた笑い声と、それからようやく首をもたげたかと思えば、普段の優しく慈愛に満ちた顔のなんら変わりのない満面の笑顔で。しばらく笑いが止まらないと言わんばかりに鈴の転がるようなくすくすと笑ったかと思えば、ズキズキと未だに痛む額を彼女に見えるように前髪をかきあげては「 でもきっと天罰だもの、仕方ないわね 」といつも通りの甘ったるい我儘でにっこりと微笑み。 )
…ッ、ハハァ…いいねェ!サイコーだ!
(彼女の言葉に天使が俯く。ーさァ、ここからどう出る。クソ天使サマらしく潰したことに怒るのか、それとも可哀相だと哀れんでやるのか、と思って眺めていると、クソ天使サマは心底楽しそうに、いつもの反吐が出そうなお美しい微笑みでケラケラ笑い出す。ーどうやら、先程の人間が言っていたのは矢張りコイツのことらしい。その表情を見た、彼女の吊り上がった唇の端はブルブルと震え、数刻後に彼女の澄まし顔は崩れ、路地中へ響くのではないかと思われるほど、その声に負けない大音響でゲラゲラと同じように嘲笑していた。煙草がポロリと唇から零れ落ち、地面に落ちてじゅ、と足元の石畳が焼け焦げる音を立てる。「涼しい顔してよく言うぜ、このクソ天使サマ。ま、オレみたいな『高等悪魔』を怒らしたンだ。頭潰されたくらいで済んでンのは安いモンだろ」すっかり上機嫌になった彼女は新しい煙草を箱から一本抜き出し、左手の指先から炎を出して火を点けた。じじ、と音を立てて煙草が燃え、吸い始めの濃い煙をふう、と虚空に吐き出す。彼女の唇から漏れた灰色の煙は、恐ろしいほど透き通った青い空と空気に混じって消えてゆく。それから見せつけられた傷口に目を落とし、ざっと検分する。傷自体は小さいが、かなり深く額が割れていた。彼女は上機嫌がてらに天使へズカズカと近付き、その白い額に今しがた尻ポケットから取り出した、皺くちゃの絆創膏をペタリと貼ってやり)
ん、
─── …… ふふ。ジャスティス、貴方結構優しいのね!
( アリシアの夏空のような澄んだ笑い声と、それに負けないような彼女の夜の闇のような真っ暗な笑い声が路地裏に響いては分散する。それだけ聞けば何だかとても楽しいことが起こったかのように聞こえるのに、彼女たちが笑っている事柄は暗くおぞましい悪の華のような理由で。彼女の吐いた紫煙が空に立ち上っていくのを横目に見たあと、ふと彼女の手が自分に伸びてくるのを見て、何かしら。と丸く開かれたエメラルドグリーンでその行方を追えばその手に持たれているのはしわくちゃの絆創膏。少しして額に何かが貼られたような感覚がしてアリシアはきょとん、とその状況を理解するのに一瞬時が止まったかのように目を丸くすれば、〝絆創膏を貼ってくれた〟と理解するなりすぐにくすくすと笑えば天使の仮面を剥いだ彼女らしく敬称をとっぱ
いながらありがとう、とお礼を一言。相変わらずサングラスに阻まれて彼女の瞳を拝むことはできはしないが、どうやら今日の彼女は機嫌がいいらしい。「 ね、ね、あの男最期はなんて言ってたの?きっとすごくいい表情をしていたでしょう? 」まるで新しいお化粧品が出たのよ、とでも言っているかのようななんでもない口調ときらきらと輝く瞳で彼女にそう問いかければ、アリシアは私も見たかった!とでも言わんばかりににっこりと微笑みながらまた新しいタバコをつややかな唇で咥えて。 )
はン、オレみてェに慈悲深い悪魔が他に居るかよ。オレはジャスティス、『正義』だぜ?
(嗚呼、矢張このクソ天使サマは匂った通り、自分と同じ人種だったらしい。彼女は上機嫌にそう嘯きながら絆創膏を貼ってやった額をペしり、と軽く叩いては天使から離れる。先程笑った所為で若干ズレた黒い障壁の位置を調整し、頭を潰してやった先程のゴミ、否中年男の最期の言葉を煙草の煙と共に何とか思い出してやった。ー「助けてくれ」?それとも、「嫌だ」だったか?頭を潰してやったものだから声もよく聞き取れなかったンだよなァ。何と言っていたのだったか…ああ、そうだー「ああ。『天使様助けてください』、って言いながらオレのこと死にかけの子犬みてェに怯えた目で見てたぜ。ま、子犬ならカワイイモンだが…脂ぎった中年親父じゃカワイクも何ともねェよ。信託が間違ってた、だのエラソーに言ってた口で何言ってンだかなァ」思い出そうとすればまだ鮮明に思い出せる。先程の中年親父の、無駄にキンキンした甲高い声も、他の取り巻き連中の、男が死んでもオロオロするだけの金魚のフンっぷりも。あんなヤツらが「天使」の信仰者?そりゃあ、そんなヤツらに信仰されてるクソ天使サマも拷問で全部吐くほど貧弱になる訳だー彼女はまた上機嫌に笑うと少し思案した後、黒い障壁に手を掛けた。指先で押されると少しだけ黒い障壁がズレ、隙間から血よりも赤く冴えた赤い光が漏れ出す。赤い光がきゅう、と細まり、「こっから先は有料だぜ」と冗談めかし)
まあ!ふふ、アハハッ。かぁわいい。
私もその場にいたかったわ、きっととっても……素敵な瞳をしていた。
( なんと、彼女曰くあの男は最後に自分の存在を求めていたらしい。憎しみと焦燥と落胆に塗れた真っ暗な空洞のようなあの目が、まさか最期は自分を求め悪魔に脅えていただなんて。それは嘸かし見応えのあるものだっただろうとアリシアはぞわぞわと背中を駆け上がってくる悦楽に思わず天使様とは言えない下卑た笑顔を浮かべてしまい。嗚呼これだから欲望に忠実なモノが大好き、自分勝手に掌を返して天使に付け入ってこようとするあの可愛らしい瞳が酷く愛おしくて壊したくなるほどに。もうスッカリ額の傷の痛みなんて気にならないほどご機嫌になったアリシアは、笑いすぎて出てきた涙をそっと指先で拭いながらもふといつも自分と彼女の間にある黒い障壁に手を掛けた彼女にぴたりと釘付けになり。漆黒の革手袋が障壁のブリッジにかかり、そのまま少しだけ押されればきっと見ることがないだろうと思っていた障壁の先には燃えたぎるルビーのような、はたまた鮮血のような、赤い、赤い瞳がこちらを見つめており。先程の男の最期を聞いた時とは比にならないくらいのぞわぞわとした感情が湧き上がり、真白の腰に粟肌が立つような心地すらする。恐怖ではなく、別の何かとして。其れがキュ、と細まるように歪んでは此先は有料だと嘯く彼女の言葉にハッと我に返っては、アリシアはまだその湧き上がってくるゾワゾワとした気持ちを隠すことなく薄く笑みを浮かべ 「 きれい、きれいだわ、すごく。…その光で溶けてしまいそう。 」とたどたどしく感情を伝え。─── 欲しい、此れが自分だけを捉えて求めているのが見たい。純白で真っ黒な天使は、その美しいかんばせを情欲に歪めながら目の前の赤い光を湛えた悪魔へと手を伸ばして。 )
…そりゃ、どーも。
(「おおっと、ここから先は有料だって言ったろ?」彼女は戯けたような態度のまま、伸ばされた手から逃げるように黒い障壁を元の位置へ戻した。それに伴って冴えた赤い光は再び黒い障壁の内側へ消え、いつもの彼女の姿ー瞳を黒い障壁で覆い隠した、全身黒ずくめの『悪魔』へと戻る。「ハハ、そんじゃオレは今から仕事だからよ。…さっき潰してやったゴミ共がそろそろ地獄に来る頃だろ」彼女はそう笑い、影に潜んで天使を襲う機会を伺っている下衆な下等悪魔たちにギロリ、サングラス越しとはいえ威圧感のあるひと睨みを効かせてから、ひらりと軽く手を振って路地裏を後にした。地獄に戻れば彼女の思惑通り頭を潰された人間たちが、ー元天使という背景が故なのか、この地獄にはたった一人しかいないー青い瞳の同僚に捕まっており、「お。帰ってきたか、ジャスティス。いきなり落ちてきた"コレ"、お前が捕まえてきたんだって?」と問いかけられる。彼女はそうだ、とでも言うように軽く手を挙げ、彼女が潰した頭が歪んでいる、その中から脂ぎった中年男を捕まえて同僚とともに仕事部屋へ連れ込んだ。中年男は彼女の顔を見るなり「こ、この…悪魔め!」と汚い唾を飛ばしながら、威勢だけは良く叫ぶと拳を振りかざして殴りかかろうとする。彼女は軽く躱すと右手で再び頭を掴んだ。途端、男の威勢は消え失せて怯えた表情のままガタガタと震え出す、彼女はそんな男をゴミでも見るような冷たい眼差しで睨みつけながら拷問用の椅子へその身体をひょいと投げ出し、いつもより手酷い拷問を開始し)
あら。それはそれはとっても素敵!
きっとイイ声で泣くんでしょうね、うふふ!可愛がってあげてね。
( 地獄は案外速達らしい。マァ確かに、天使に手を挙げて悪魔に殺されたのであれば神の審判を待つまでもなく地獄行きだからだろう。アリシアはぱっと花が咲くように笑えば〝可愛がってあげて〟だなんて、凡そボロ雑巾のように殺された人間に天使がかける言葉ではないような言葉をさらりとなんでもない事のように言ってみせて。路地裏を後にする彼女の背にばいばい、とひらひらと手を振れば、彼女が見えなくなったくらいに指を鳴らして大輪の花をその手に出現させる。それをぱん!と拍手をするように両手で潰せば、その花はまるでブリザードフラワーのようにぱらぱらと粉々になりアリシアはそれをふわりと宙に投げ雨のように頭から被り。すると何故だか彼女を取り巻いていたタバコの煙やらなにやらはまるでその花びらたちに吸収されたかのように消え、暫くすれば花びらたちも雪のように溶けて消えてしまい。アリシアはそれを見て満足気にほほえめば、またいつもの〝天使様〟の顔をして路地裏をあとにして。先程からこちらを伺っていた悪魔たちにてっきり絡まれると思っていたが、いつの間にか彼らは居なくなっている。彼女が連れ帰ったのか、それとも威嚇をしてくれたのか。なんだかんだ言って本当に名は体をあらわすんだな、と思わず込み上げてくる笑いにクッと喉を鳴らしては、美しい翼を広げて自分も天界へと昇る。 遅い帰りだったからか、優しい青色や暖かな緑色の目をした後輩たちが心配そうに出迎えてくれたが、「 平気よ、心配してくれてありがとう。 」なんて優しく微笑んで自分の部屋へとまっすぐ帰る。─── そういえば、堕天して悪魔となったあの後輩は地獄で楽しくやっているのだろうか。そんな疑問がふと頭をよぎったものの、マァ彼女の元ならきっと楽しいわね。と自己解決をしては額に貼られた絆創膏を指先でそっと撫でて。 )
チッ、もう壊れやがった。
(彼女は普段、弱いとはいえ人間よりは随分頑丈な『クソ天使サマ』しか拷問していない所為か、弱く脆い人間を拷問する時の力加減はよく解っていないらしい。普段と同じ手順で拷問していると、まだ序盤の段階で早々に中年男は心身共に壊れてしまい、今はか細い呼吸の狭間に、時折不明瞭な言葉じみたものを垂れ流すだけの醜い肉塊と成り果てていた。彼女はまだ嬲り足りないのか、不機嫌そうに地面を蹴りながら、あからさまに苛立っているような表情で仕事部屋を後にし、別の仕事部屋で現在進行系で拷問をしている、青い瞳をした同僚の悪魔の下へ殴り込む。「オイ、人間ってのは全部あんな脆いのかァ?クソ天使サマたちなら1時間もすりゃ治るような傷が治ンのに数日も数十日も掛かンじゃねェか」同僚は何とも言えないような苦笑いを浮かべながら彼女の愚痴を聞いており、まるで弾丸のように矢継ぎ早に飛び出す様々な愚痴の処理に困っているようだ。散々吐き出し終わると彼女はまたけろりとした表情になり、ついでに同僚が痛めつけていた、中年男の取り巻きを何発か殴ってからその部屋を後にする。休憩という名目で自室に戻った彼女は黒革のソファに腰を下ろすなり黙ってサングラスを外し、その下に隠されていた、自身の赤く冴えた瞳を手鏡に映した。他の悪魔共も瞳は赤いが、それより一際赤く冴え、「見ただけで死ぬ」「他人の嘘を見抜く」など根も葉もない噂で気味悪がられてきた、自分の不気味で忌々しい、ピジョンブラッド・ルビーのような光を放つ瞳。"コレ"をあのクソ天使サマは「きれいだ」なんて言った。思わず彼女の唇から哀れむような、弱々しいような笑みが漏れる。クソ天使サマの感覚はやっぱり理解できねェ、と誰に言うでもなく溢した彼女は取り出した煙草に火を点け、小さな赤い光と冴えた赤い光が薄暗い部屋を照らし出し)
─── … 悪魔と同じ匂いがする、か。
( まるで雲の上にいるかのような─── 人間からしてみたら確かに雲の上にいるのだが ─── ふわふわとした心地のベッドに寝転がり、美しいブロンドは惜しげも無くシーツの上に広がる。生まれてこの方天使以外の生き方を知らず、だがたしかに普段霞を食べて生きているような彼ら彼女らとは確かに趣味趣向…具体的に言えば欲求の捌け口や興味のあるものが違っていた。だからと言って堕天したいとは1度も考えたことは無いし、天使がしょうに合っているとは理解している。だからこそ堕天した天使たちは一体どんな気持ちで堕天をしたのかと気になってしまうのだが。アリシアはふとベッドから立ち上がれば、大きな化粧台についた鏡で今日付けられた額の傷を確認すればもう其れはすっかり治っており、それと同時に初めて拝むことのできた悪魔の彼女の瞳を何だか思い出す。「 ……でも、赤い瞳はとても綺麗だったなあ。今までの〝子〟たちと何が違うのかしら。 」天使たちとはもちろん、今までに〝遊んで〟いた悪魔たちも勿論燃えるような赤い瞳だったが、彼女の其れは一際違うように見えた。上級は違うのかしら、と思ったけれど今迄出会ったことのある上級悪魔でもあそこまで心がざわめくことは無かった。涙濡れたのを見たいとは思ったけれど。アリシアは鏡越しに自分の優しいエメラルドグリーンの瞳に触れては、「 私だけ映らないかなあ 」と誰もいない部屋に小さなつぶやきがぽつりと落ちて。 )
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