匿名さん 2023-03-24 20:11:47 |
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……え。…便利すぎるな、そのカード…。
( 衣装を撫でた眼差しがそのまま此方までスライドしてくると、不意の指名に洩れるのは面食らった細い声。入場の際にも使われた魔法の言葉は今も効力を失うことなく、加えて制限時間も迫ってきているとなれば押し問答をしている余裕もないので、無駄な抵抗はやめて素直に並ぶハンガーの前に立つ。とはいえ急なことで即断即決ともいかず、真剣な顔でカラフルな衣服と睨み合っては、ひとまず選択肢を減らすべく「チャイナ服…と、ドレスも駄目だな。フルメイクしたくなる」と消去法で派手なものを省いてゆき。修道服は髪と肌が隠れて勿体無いだとか、赤ずきんは狼役になるであろう自分が耳と尻尾をつけるのは嫌だとか、次々にNGを出した果て、目についたものの中から最終的に手元に残ったのは〝メイド服〟〝軍服〟〝大正浪漫(袴)〟の3つ。件の女子部員の影響か、全ての撮影風景を無意識に思い浮かべたなら、決め手となったのは〝笑ってほしい〟という至極単純な願望で )
──…じゃあ、メイド服で。
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(/ イベ案まとめ確認させていただきました!相変わらず長くてさぞ大変だっただろうなと…、いつもありがとうございます。ぽんぽん投げすぎて自分でも忘れかけているところがあったので、本当に助かりました。と同時に先の展開へのわくわくも蘇りました*
ついでに文化祭の方ですが、撮影を終えた後は「好きな食べ物って結局何だったの?」のくだりを回収して別れ、そのままミスコンの流れで相違ないでしょうか…? )
メイドさん、…かわいい!
( わあい、と小さく歓喜の声を上げ両手の指を胸の前で組んでは、何の衣装を選択するのか気にしてじっと彼の様子を見守っていれば。さすが美容を追求する職業といったところか、追求が止まらなくなるものを敢えて消去してぶつぶつと真剣に呟く姿に、そんなところも好き、とほんわりシャボン玉の如くハートマークを浮かべる。やがて選ばれたのはメイド服で、そのものはド定番ながらなんとなく彼は選ばないイメージだったゆえに意外そうにぱちりと双眸を瞬きつつも、彼が選んだものだから当然断る理由もなくシンプルながらも可愛さに割り振られたメイド服に焦点を当てては、着ることに抵抗はなく衣装を腕に抱えて着替えスペースに入っては大人しくそれに着替えていく。膝上丈の黒地のワンピースに白エプロンを合わせ、フリルカチューシャを頭に装着した姿で着替えスペースから出てくると、また可愛い可愛いだなんて歓声を浴びてははにかんだ笑みを浮かべつつ、執事に寄せたか主人に寄せることとなったかは分からないけれど彼の姿を探すはずで )
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( / いえいえ、こちらこそご確認と、いつも素晴らしいご提案を挙げていただいて感謝の念に耐えません…!私も纏めながら、これからのわくわくときゅんきゅんに胸を踊らせていました。楽しみが本当に尽きませんね*
わ、好きな食べ物のくだりをすっかり失念しておりました…ありがとうございます。流れにつきまして相違ございませんので、引き続きよろしくお願いします…! / 蹴り可◎ )
( 鈍い反応は喫驚のせいか、衣装に視線を転じた彼女は特別難色を示すわけでもなくメイド服を受け取って、時を移さず更衣スペースへ。再び見送った背に自分も早く着替えなければと対のセットとして用意されていた執事服に手を伸ばすけれど、メイドは執事に笑いかけるものだろうかという些細な違和感と、その組み合わせではインスピレーションが刺激されないのかカメラを持った担当部員が心なしつまらなそうな顔を向けてくることから、結局一つ隣を選んでカーテンの奥へと駆け込み。しかし急げども金と赤の装飾が施された白基調の軍服に軍帽、手袋、外套までを律儀に全て身に付けて撮影スペースに戻るのは相手より一足遅れたタイミングとなり、姿を現してすぐに己を探す少女と目が合えば、まさしくたった今帰宅した主人のごとく待たせたかもしれない時間を詫びて )
…、遅くなりました。
( どうやらまだ着替えから彼は戻ってきてないようで、そわ、とどんな衣装に着替えるのだろうと気にしていると、やがて着替えスペースから姿を現したのは白い軍服に身を包んだ──そう、ご主人様で。偶然にも今しがた帰宅したような台詞と、凛とした見目麗しい姿に目が合ったまま逸らせず、ぽわんと頬を色付かせながらつい数秒見惚れてしまって。先程まで廊下から覗き込んでいた自身の野次馬は気が付けば男女入れ替わるように彼への黄色い声となり、わあっと湧く小さな歓声たちに漸くはっと現実に戻っては、きらきらと煌めかせた黒目がちな瞳を彼へと向けて。今すぐ自身のスマホに写真を収めてしまいたいくらいだけれど生憎スマホは脱いだ制服のポケットの中、せめてこの瞳に彼の姿を存分に収めておこうと真っ直ぐに見つめながら、両手の指を胸の前で組みながら賞賛の声を上げ )
──…っ、か、かっこいいです…っ!
……ん…、どうも…。
( 相手の返事より先に耳に届いたのは廊下からの声で、ちらりと見遣った彼女らの眼差しが自身を捉えていると知れば、大人が高校生の前でコスプレを披露しているという事実に薄らと頬を色付ける。そしてそれは対面の少女にしても同じことで、私服を褒められたのなら素直に受け止められるその言葉も今は居た堪れなさに拍車をかけ、素っ気ない礼を紡ぎつつ視線は遂に足元へと落ちて。しかし取り乱した様子を見せたのはその時まで、黒い靴先から順に上へ上へと衣装を辿ると、顔の位置で改めて目が合う頃にはすっかり意識は真正面のメイド姿に移り、「いいすね、可愛い。ひなちゃんが着るとより一層」と服飾とモデルの双方のポテンシャルを認め。王道は王道たらしめる安定した万人の評価と根強い人気あってのもの、仕上がりについては心配していなかったけれど、裏を返せば被りやすいとも言えるだろうか。やる気を出したらしい撮影部員の誘導で配置につく最中、ふと衣装を選んだ際の反応が蘇っては、仕事か何かで以前にも着たことがあったのだろうかと雑談程度に尋ねて )
…そういえば。もう着たことあったすか、そういうの。
えへへへ…ありがとうございます。
( 凛とした佇まいが薄く頬を色付かせて少々崩れるも〝照れてる、かわいい〟と胸のときめきを強くするばかりで、しかしそれは外野も同じなようで『ギャップ良くない?』『わかる』との声が耳に届けば、はっと危険を察知する。わたしの傑さんなのに…と湧き上がる小さなジェラシーでメイド服の裾をきゅと握るけれど、次いで彼から自身だけに向けられた称賛の言葉で、じんわり頬に多幸感滲ませて嬉しそうにまなじりを下げて笑い。撮影部員の誘導で彼の隣に並びつつ、彼の軍服姿をこの目に焼き付けようと瞳を向けるも眩くてずっとは見てられずにちらちらと見ていれば、話題を振られてどきりとしながらも答えて。メイド服ではないけれどふと思い出したのはバレンタインの時のこと、クールビューティー担当のさや姉が新衣装に変わってすぐの頃は恥ずかしくてそわそわとしていたことが蘇ると、ふふ、と表情和らげて )
メイド服自体は初めてです!あ、でも前の……バレンタイン曲のリリースの時、しばらくふわふわひらひらのパティシエっぽい衣装でした。さや姉照れてて可愛かったなあ。
あぁ、あれか…クールビューティー担当はそのへん大変すね。
( メイド服が既出でないことに仄かな安堵を覚えた後、話題に上った〝バレンタインのパティシエ衣装〟を思い浮かべれば、想起されるのは無論バレンタイン当日のこと。確かに多量のフリルがあしらわれていたなと今度は記憶の中の少女を視線で辿っては、他のメンバーの衣装は曲のジャケットを目にしただけなのでよく分からないが、普段のイメージと異なる可愛らし過ぎるテイストに青色担当の彼女が戸惑ったのも頷けて。「ひなちゃんは──」衆人環視の中にいるのも半ば忘れ、単純な興味に尚も会話を続けようとした声と、撮影担当の指示が発されたのはほぼ同時。一度そちらを振り返って給仕者が主人を出迎える場面をカメラレンズの前に作り上げると、言い掛かった以上返事が保留になっても先に伝えておくべきかと、唇だけを動かして質問を投げ掛け )
…ひなちゃんは、何担当なんすか?
──…わたしは、
( 何か言い掛けた彼の声と撮影担当の声が重なっては紡がれるはずだったその言葉の先が気になるけれど、彼が撮影担当の指示に従い動き始めたため自分もそれに倣って従っていると。改めて紡ぎ直された言葉に、ちらりと視線を上げて一瞬何か考える素振りを見せてはポーズの指示を受け、それに従いスカートの裾を軽く摘まみながら腰を少し落としたカーテシー風のお辞儀をして数秒、シャッター音が聞こえた後に顔を上げて姿勢を戻しては、無事に帰宅した主人に対する柔らかな安堵の笑みを広げ「ご主人様の担当です」と自身の役割を全うし。けれど自分で言っておいて羞恥心がじんわり込み上げてきては、胸の前で両手の拳をきゅと握りながら本来の与えられている担当を明らかにすると八重歯を覗かせはにかんでは、もちろんその間もシャッターは切られ続け )
なんて……、えへへ、愛嬌担当ってことになってます!
…奇遇すね。俺も普段はご主人様の担当なんすよ。
( アイドルとしての彼女に意識が向いていたせいで、返答の意図を悟ったのは相手が気恥ずかしそうに本当の役割を告げてから。実際にそんな担当があるのだろうかと呆けていた矢先のことに、一気に理解が追いついて「──…は、」と掠れた声を洩らすと、以降は音のない息だけで短く笑って。そうして図らずも滅多に写真に収められることのない自然な笑顔が保存されてゆく中、ヘアメイクと顧客の契約関係を主従契約に準えて同ポジションを張ったのは、自身の指定したメイド役を全うしてくれた少女への礼儀でもあり、それを戯れと受け取った結果でもあり。続けて数ポーズ取って恙なく撮影が終わった後、インスタントカメラから物体としても転送データとしても写真を受け取っては、教室を出たところで丁度ミスコンとミスターコンの出場者へ準備を始めるよう促すアナウンスが校内に流れて「いよいよか」と呟き )
じゃあ…次は、しっかり愛嬌担当やってきてください。
…傑さん、執事もすっごく似合いそう…。
( 契約上の主従関係といえば確かにそうなのだけれど、この場合の彼からの〝ご主人様〟呼びは破壊力があり、はわ、ときめきの吐息を漏らしながらふわふわと妄想の扉開き…始めたところで、撮影が終わる。着替え終えたのちに現物でもデータでも写真を受け取り、滅多に形として残ることのない彼の柔らかな表情が手元にくると、嬉しそうに見えない尻尾を振りながら煌めく瞳で写真を眺めつつ教室を出たなら、アナウンスにはっと顔を上げ。激励の言葉には「もちろんです!じゃあ行ってきますね!」無邪気な笑みを浮かべながら、ぴしっと額の横に敬礼ポーズを添えると準備に向かうべく踵を返し、たったったと廊下を駆けていくけれど2、3メートルほど行ったところで「あっ」と小さく声を漏らしては、髪靡かせながら踵を返し再び彼の方へと駆け戻ると、彼が背を向けていたなら服の裾をくいと軽く引きつつ、仲良しクイズの答えについて小首を傾げて問い掛けるだろうか )
──…そういえば、結局好きな食べ物って何だったんですか?
( せっかく訪れるなら少し見て回ろうかと早めの到着を少女と約束したものの、今日の本来の目的はこれから行われるミス・コンテスト。さすがにステージ慣れしているからか緊張した気配もない相手に、此方も特に危ぶむことなく浅い頷きを返して送り出すと、軽快に駆けだした足はほんの4歩程で進むのを止め、忘れ物でもしたかのように舞い戻ってきて。去りかけた彼女が引き返してくる状況への既視感から密かに身構えたのは一時だけ、その口から保留にしていたクイズの回答についての問い掛けが為されては、自身もすっかり忘れていたために気の抜けた「あぁ…」を零し。それから特別な意味合いを持たせまいとして逆に神妙になってしまった口調で、ひとことぽつりと答えて )
……ハンバーグ。
へえ、ハンバーグ、──…それ、って…。
( 好きなものも苦手なものも、〝特にない〟を一貫していたのにそれを揺らがせたものは一体何なのだろうと興味津々な瞳を真っ直ぐに向けていれば。ぽつり呟かれた単語に、また彼のことを一つ知れた嬉しさで笑むけれど、はた、とほんの数瞬だけ固まっては、ばちりと瞬いた瞳には一筋の流れ星のような煌めきが走る。二人でお花見した日、ひょんなトラブルをきっかけに彼の実家で出来立てを作った料理もハンバーグだった──まさかね、でも、そうだったら嬉しい。「わあ、偶然……わたしの、得意料理だ」視線を逸らし薄くはにかみながら仄かな期待と自惚れを誤魔化すように、緩く巻いた横髪を口元に持ってきて表情を微かに隠し。いつか好きな食べ物が、〝わたしが作ったハンバーグ〟だと言ってもらえるように頑張ろう。新たな決意を胸に瞳を合わせると、横顔から離した手をぐっと握りながら伝えては改めてミスコンに向けて準備しに廊下を駆けていき )
傑さんっ、ミスコンしっかり見ててくださいね。わたしもステージから傑さんのこと、見つけてみせますからっ!
……すね。
( それがきっかけ──と言うより、それ自体が〝好きな食べ物〟だと伝えるか否か迷って、結局紡いだのは控えめで曖昧な肯定。料理番組のオファーは未だ来ていないのだろうかと時折考える程には今も思い出す味だが、母親でも彼女でもない間柄の少女に頼むことでもなく、ただただあの時の胸の内を反芻するばかりで。互いに言い淀むような沈黙が流れて少し、気持ちに一区切りついたような表情で顔を上げた相手が意気込めば、もういつもの空気で「…ん、今日はひなちゃん見に来てるから」と応え、今度こそ人混みに消えるまで緩やかにカールした黒髪を目送する。さて自分は催し物が始まるまでの時間どこかで暇を潰すかと、往来で立ち止まっているわけにもいかないのでとりあえず振り返るも、予定はそこに立ち塞がっていた数人の男子生徒達により一秒足らずで崩されることとなって。〝永瀬ひな季親衛隊〟だと名乗る彼らにホワイトデーの日からずっと見ていただとかお前は一体何者だとか詰問され、遅れて登場した親衛隊長は知り合いで、隊員の一人にクラス企画の腕相撲勝負を仕掛けられて余裕の敗北を喫し、もう彼女に近付くなという警告に職務上それは不可能だという旨を懇々と説き。やがて集団が最前列を確保せねばとミスコンの会場に移動するのに続いて体育館に足を踏み入れたなら、余計な疲労を僅かでも回復しようと後方の壁に腕組みで凭れ掛かり、相馬青年から延々届く『ごめんなさい』『でも俺も隊員の手前隊長として逆巻さんを敵にしないといけなくて』という謝罪と言い訳のメッセージを放置したまま両眼をそっと閉じて )
かわいいっ…これライブでもやりたいね!
( 自身が去った後に一悶着が起きていることなど露知らず、控室代わりの更衣室でクレープ売りを終えたねねぽん協力のもとでミスコン出場に向けた準備をどんどん進めていく。事前に彼から協力を得て教わったメイクはほとんど自身で済ませ、涙袋にはきらきらとしたグリッターを、両頬のチーク上部は淡いピンクの小さなリボンをつけま接着剤で付けたりラインストーンを乗せたりして、淡く儚く可愛らしい雰囲気を仕立て上げ。それぞれのメンバーカラーのリボンにしたならより可愛いだろうと、ミスコン用のメイクにうきうきと花を咲かせて。衣装は例年に倣って周りはコスプレ風が多く、自身もまた他者からの推薦とねねぽんの見立てのもと、キューピッドをイメージしたひらりふわりとした膝上の白色チュールワンピースを着て、ワイヤーでぴよんと天使の輪を繋げたカチューシャを頭に装着し、背中には天使の羽。それからこの時期それだけでは寒いと、ねねぽんから借りたふわふわボア素材の白色ケープを身に纏いおもちゃの弓矢を手に持ったなら準備は完了。『これは優勝間違いなしだわ』と、メンバーの着飾る姿にねねぽんが鼻高々に笑っては、いよいよミス・ミスターコンの幕が上がろうか。──賑やかしく始まり会場である体育館のステージ上、上手側で出番の待機をしつつ幕の隙間からこっそりと見物客の入りを確認してみては、案外に人が、それも前方に集まっているのが窺えるけれどその人混みの中に彼の姿は見当たらない。館内はステージにスポットライトが当たっているせいで、尚更観客側のところは見えづらいのだけれど。まだ来てないのかな、なんて体育館全体に視線を巡らせていれば、後方の壁際で複数人の小さな人だかりを見つけるけれどその中心にいたのは紛れもなく彼で、いったいどういう状況なのか「えっ…!?」と小さく驚いた声を漏らしながら幕をきゅっと握り僅かに身を乗り出して )
( 視界からの情報をシャットアウトして省エネルギーを図る最中、鼓膜を叩いたのは「寝てる?」「寝てる?」と互いに囁き合う少女達の声で。緩慢に開いた眼に映った生徒らしき3人組は、此方に意識があることを認めるとぱっと笑みを広げ、「お兄さん暇なんですか?」と人懐っこく話し掛けてくる。待機は暇と言うべきか言わざるべきか、返答に困ってステージの方を見遣った時、体育館内の照明が落ち、場に漂いだすイベント開始の気配。「もうそろそろ始まるみたいだけど」何もせずにいることに退屈して対話を求めてきたのならこれで用は無くなるだろうと前方への視線誘導を促すも、彼女達はさして関心を持っていないのか「この後あたし達と一緒に回りませんか?」と歯牙にも掛けず尚も自身へ眼差しを注いで。「いや…お構いなく」「えっ、あたしめっちゃ映えるフォトスポット知ってますよ!」「はあ……」と微妙に噛み合わない会話を繰り広げつつ、なぜ女子高生とはこうも押しが強いのだろうかと天を仰げば、己にそう思わせる代表たる出場者の姿を探してスポットライトの下に焦点を合わせようか )
──…あ、はい!
( このミス・ミスターコンの時間に体育館にいる女子生徒は、出場する女友達の応援か男子生徒目当てでほとんど間違いないだろう。そこに見た目の良い年上男性がいたなら当然、積極的な女の子なら声を掛けるに決まっている。女の子に囲まれている彼の表情は窺い知れないし当然なんの話をしているのかも分からないけれど、再びジェラシーが湧き上がるのを感じるのは確かで。『よかったらインスタとか交換しましょーよ!』なんて一方的な会話を遠くから見守っていれば、いつの間にかミス候補の4人目の出番が終わろうとし、最後の5人目である自身の出番が始まろうとしていては係員から声が掛かり幕から離れ。『それではミス候補、ラストはエントリーNo.5の永瀬ひな季さんです。お願いします!』司会が自身を呼ぶ声に、ぱ、と顔を上げては〝傑さんはわたしを見に来てくれたんだもん〟と確かな事実を胸に、明るく軽やかに幕の上手から飛び出すと「こんにちはーっ!文化祭盛り上がってますかーっ?」と中央に設置されたアピール用のマイクスタンドに声を届かせながら駆け寄って。ステージ中央へ立てば「今日はみんなに幸せを運びにきたよ!受け取ってね!」と煌めく笑顔で告げては、手提げカゴに入れたひとくちバームクーヘンを羽や髪を靡かせつつステージの端から端へと移動しながら、手を伸ばす人たちに向かって愛嬌を振りまきながら満遍なくお菓子もばら撒いていく。『かわいいー!』『似合ってる!』『俺の心も射抜いてくれー!』なんて声援たちが飛ぶ中、肝心の弓矢は飛ばして目にでも当たったら大変なこともあり、前方や後方へ翳すふりだけ。やがてカゴの中のお菓子がなくなりステージ中央へ戻っては、館内後方にいる彼に視線を留め目があったなら、〝〟後ろのみんなにも〟とは言うけれど見つめるのは彼だけ。届きますように、と唇に両手の指先を添えたあとにめいっぱい両手を広げて特大な投げキスを送ってみせて。前方からの『こっちにもやってー!』なんて声に笑顔で手を振りながら、自身の出番を終えると候補者が並ぶ端へと肩を並べて )
後ろのみんなにも、あとで幸せ届きますように!永瀬ひな季でした~!
( 司会の紹介と共にステージへキューピッドが現れると、会場はたちまち現役アイドルの独壇場。浮かれた祭りの空気感も相俟ってライブさながらの盛り上がりを見せる観客席には惜しげなくお菓子と笑顔が降り注ぎ、トレードマークの弓矢を構えて見せるファンサービスも抜かりなく。堂々たる振る舞いに愛嬌担当だけあるなと感心しつつ、記録と後方観覧者への配慮のため撮られている動画がリアルタイムで映し出される大画面で助言したメイクの方も確認しては、ふとその瞳が意識的に動いたのを見て視線を本人へと戻し。目が合った、と直感した刹那、桃色に潤む唇から飛ばされるのは特大の投げキス。しきりに自身の気を引こうとしていた女子生徒達でさえ「やば!ちゅーもらっちゃった!」と沸かせてしまうプロの実力にも驚嘆するけれど、同時に「ちょっと笑ってる?」「なんか嬉しそう…」と彼女らに囁かれてしまうほど個人宛のハートマークを率直に〝可愛い〟と受け容れた己にも当惑して。それに比べればコンテストの優勝者がエントリーNo.5に決まることは意外でも何でもなく、どこか誇らしげな訳知り顔で拍手を送ったなら、この後は忙しくなることだろうしメッセージだけ残しておいて一度退散しようかとスマホを取り出す。『見てた、おめでとう』という簡素な祝辞がトーク画面に追加され、注意は再び前方。マイクを渡された少女がコメントを始めるも、合間に近くから「やっぱ可愛いよな、永瀬」という声が聞こえてくるから、ついそちらへ聞き耳を立ててしまい、マイクに乗った言葉は半分も聞けただろうかという具合で。内容から察するに同級生らしい男子生徒達は、今年で最後だから後夜祭で告白するだとか、お前は結構仲良いから行けるだとか、文化祭マジックがあるだとか、もし振られたら自分も一か八かで告白するだとか、人目も憚らない宣言を交わし、内輪のノリを大いに楽しんでいるらしく。──普段なら気にも留めない他愛のない光景。なのに、彼の告白に〝いつものあの表情〟で頬を赤らめる姿が過って胸裏に苦い思いが広がったのを自覚してしまっては、生まれた疑念を振り払うことはもう不可能で。ミスターコンに切り替わるタイミングでこちらも最後のチャンスとばかりにsnsで繋がることを提案してくる3人組に「しない」とだけ余裕なく答え、「冷た~」「塩~」という落胆の声を背に体育館を出て、縋るように追撃してきた永瀬ひな季親衛隊長からのメッセージに『大丈夫だからしっかり仕事してください。特に今日』と返す。それから暫くの逍遥を経て辿り着いたのは人気のない新聞部の部室前で、昇降口前に貼られていたものと同じ手製の号外がそこでもミスコンとミスターコンの優勝者を伝えていれば、笑みを湛える恋の神の写真にどうしたものかと深い深い溜め息を吐いて )
( 「みんなのおかげです」だとか「逆に幸せをもらっちゃって、最後の文化祭すっごく良い思い出になりました!」だとか、嬉しそうにまなじりを下げながら優勝者のコメントを残し、天使の輪付きカチューシャに代わって頭上にミニティアラを輝かせてミスコンが閉幕する。下手側へと退場しそのまま更衣室で着替えてから彼の元へ行こうと思っていたけれど、更衣室の前は早くも人だかり──そう、〝ミス・ミスターコン優勝者からその日のうちにキスをされると祝福を受ける〟という、この高校にいつしかから伝わるジンクスのせい。優勝者からキスを受けたという名誉のため、祝福にあやかり好きな人に告白するためなどなど様々な理由で男女問わず生徒が集まっていて、このままでは更衣室に入れそうになくどうしよう…と口元に手を添えながら廊下曲がり角から見つめていれば、ふいに背後から腕を引かれる。振り向けば「─…ねねぽん!」『いま更衣室に行ったらあそこから動けなくなるからダメっ』しい、と人差し指を口に当て静かにするように訴えかけるねねぽんがそこにいて、『ねね、さっき逆巻さんが体育館から出てくの見たの。ミスコン終わったし、もしかしたら帰っちゃうんじゃない…?』心配そうに眉尻を垂らす彼女に、はっと双眸を開いては「わたし、探してくる…!ねねぽんこれ預かってて、」と弓矢や空の手提げカゴを彼女に預けては、更衣室とは違う方向へと駆け出して。あまり人に捕まらないようにできるだけ人目を避けて、こっそりと、彼の姿を探していく。スマホは生憎制服のポケットの中で彼と連絡を取る術は今はなく、がむしゃらに探していると、廊下の先でばったりと出逢ったのは親衛隊を後方に引き連れた隊長である同級生の相馬くん。しっかりばっちり視線がぶつかり、ひやりと心臓が跳ねては「相馬く、─…」と声が漏れるけれど、相馬くんは微かに双眸を開くと唇を一度引き結び、キュと踵を返し『ややっ…やっぱり更衣室の方に行こう!出待ちしてる人がいるかも、僕らで永瀬さんを守るんです!』と進んできた方向とは逆の進行を勧めつつ隊長として眩しい威厳を見せつけ。こちらに背を向けた相馬くんは後ろ手で〝あっち〟と親衛隊とは別方向を指差し、回避通路を促してくれているようで。相馬くんの行動に再びこんなに感謝する日が来るなんて──「ありがとう」と優しく小さく呟き、更衣室の方へ向かいだして背を向けた親衛隊と隊長の背後を通り抜けていくと、やがて人気のない校舎に辿り着き。さすがにこんなところにはいないかも、なんて思いながらも展示室が並ぶ校舎の廊下を歩み出した時、ある部室前で立ち止まる彼の姿が瞳に映り小さく息を呑み。帰ってなくてよかった、と安堵の溜息を吐いては何を見ているんだろうと思いつつ、そ、と歩み寄り聞こえてきたのは深い溜息、彼の視線の先には自身のミスコンを飾る号外写真が貼り付けられていて、どき、と鼓動が速まりだすと一度だけ密やかに深呼吸をしてから、後ろ手を組みながらそうっとにこやかに声を掛け )
──…おっきな溜息が出ちゃうくらい可愛いですか?
……、うん。
( アイドル──それも卒業が近いとはいえ高校生を異性として意識するなど平常ではとても考えられない事態だが、自分だって伊達に歳を重ねてはいないし、恋愛経験も人並みには経ていて。ベタな恋愛漫画のように鈍感ではいられない、けれど〝それ〟を受け容れてしまうこともできず、理屈と膏薬はどこへでも付くとばかりに別の理由で説明を付けようと模索する折。悪魔の囁きのようなタイミングで現れた天使の羽に、閉じていた瞼をそうと開き、瞳だけを動かして横目にそちらを窺えば、口を衝いて出るのはこれまでの全てが無に帰するような素直な肯定。昨日の状態でも同じように返していたかどうかは今更確かめようもなく、体ごと彼女の方へと向き直っては、取っ散らかった心中を悟られぬよう努めて普段通りに「優勝、おめでとうございます。盛り上がり凄かったすね」とまずは改めての祝辞を述べて。それからようやく本当に落ち着いてくると、なぜ相手が此処に居るのか、衣装のままこの場所までやって来たのかと現状の不思議さに思い至り、直裁的な訊き方で真相を求め )
…で、なんでその優勝者がここにいるんすか?
えへへへ…傑さんが手伝ってくれたおかげです、ありがとうございます。
( 冗談混じりに尋ねた言葉がするりと肯定されてしまえば、微かに瞠目した後、えへへと双眸を伏せるように緩ませながらはにかむと、続く祝辞の言葉にはますます照れて、少し傾げた頭上の簡素な輝きを放つおもちゃのミニティアラが輝くだろうか。この場にいる理由を言及されては「それなんですけど─…ねねぽんが傑さん帰ったかもって言うから、わたし傑さんのこと探してて。あげたいものがあるのに」あたふたここにいる理由を並べ、手を胸前に持ってきながら人差し指同士をもじもじと合わせるけれど、あげたいものがあると言うのに両手には手提げカゴも弓矢も何も持っていないことは明らかで。そうして語り出したのはこの学校におけるジンクスについて。リボンやラインストーンで装飾された頬が内側からじんわりと熱を持ちながら、説明の間伏し目気味だった視線をそっと上げて彼の表情を窺い )
──…っていう、うちの学校のミス・ミスターコンにはそういうジンクスがあるんです。だから傑さんにそれを、受け取ってほしくて…。
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