主 2023-03-12 23:09:40 |
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(廃墟と化した本部の最奥地。天上の壁は破壊され既に吹き抜け状態。空は雲一つ無い青天で割れた硝子窓からは木々が手を伸ばし室内に侵入している。
幻想的な屋内、それなのにこの部屋“だけ”が異様なまでに肌寒く、薄暗かった。
下の階へと続く階段にゆっくりと向かっていた所、忙しない足音と共に相手が現れてはゆらりとした動作で顔を上げる。相手の背後に見える神々しい存在がぼんやりと伺え人差し指を向ける。)
「ひ、…ふ、み、…三体。すごいね。すごいね日影は。あははは、私は一体だけ。一体、それなのに、一体とちゃんと印を結んで、…結んだのに、もう、声も聞こえないの。どこに行っちゃったんだろう。」
(最早相手の背後にうっすらと見える息子の存在さえ我が息子と判別できず、相手が三体もの神々と印を結んだものだと思い込んでは黒い液体が頬を伝う。恐らく相手には天照大御神と息子の存在は見えていない。声が聞こえるのみ。しかし、普段の思い込みや劣等感が増大した自分にだけはその姿をしっかり見据える事ができて。)
『おや、まだ姿はしっかりとは見えていない様ですね。…でも大丈夫。ぼんやりとでも姿が見えているのならもうすぐです。完全対までもう少し。』
(相手の背後にいる存在がはっきりと見えている晴明は勿論、一人が自分の息子である事も見えている為、認識出来ていない自分に対して優しい声色で語り掛ける。)
自分に向けて左手を突き出し構えを取る相手に眉を下げ小さな声で呟く。
「………勝てない。勝てないよ。だって私、」
『奥様、…いや、燈。何も恐る事はありません。ご主人が、日影が憎くはありませんか?』
「…憎くない。だって、」
『思い出してみてください。本部から用意された訓練初日、刀を扱う基礎を何度も練習している燈の隣で武器をすぐ使いこなしていた彼を。』
「………それは仕方ないよ。だって日影とは武器が違うから、」
『ああ、逃げてはいけませんよ燈。分かっている筈です。闇は正直だと。“私達の武器が同じじゃなくて良かった。”“武器が同じだったら才能の差が目に見えてしまうから。”“斬撃を負わせられるのは私だけ。”“でも、この刀を日影に渡したらきっとすぐに使いこなしてしまう。”…良いですか?貴方の不安の種は目の前いいるのです。』
(晴明の言葉に瞳の翳りが増して行き。刀の切先を地面に向け柄を掴む両手をゆっくり掲げる。全身の力を込め地面に刀を突き刺したその刹那、刃先からどろどろとした闇が広がって行き部屋を侵食していく。重苦しい室内は呼吸をするのも精一杯で、まるで水中にいるかのような息苦しささえ感じさせるもただ一人自分だけは平気だった。真っ黒な狐面の表情が歪み般若面の様な表情に変わる。再び刀を振るい相手の胸元目掛けて斬撃を与えれば黒い液体が空中で舞い釘の様な形に代わり相手の胸元に襲い掛かるも寸の所で受け止められる。右手を緩やかに伸ばし黒い液体を操り相手の両腕を拘束しては一気に距離を詰め胸元の釘に両手を添える。力を込め、釘で貫こうとしたその刹那、)
『-燈の作戦計画書は本当にわかりやすいな!文才あるよ。俺こういうの書けないからさ。-』
『-俺頭悪いから正面からぶち込もうと思ったけど今回の敵のタイプ的にすごい不利だよな。よくこんなの考えられるよな燈は。流石だよ。-』
『-あーもしもし?今から帰るよ。今日の弁当の卵焼きが最高だった!これが無いと仕事できないからさ!-』
(脳裏に蘇る相手の声。ぴたりと動きが止まっては相手の胸元に突き当てている釘が溶けて行く。涙が溢れる度真っ黒に閉ざされていた視界も、今はただ穏やかに歪むのみ。透明な涙が頬を伝う。)
『-燈。聞こえるか。儂じゃ。…全く、“どこに行っちゃったんだろう”とは聞いて呆れるわ。儂はずっとここにいた。お前さんの名前を呼んでおった。無視していたのはお前さんの方じゃろうが。-』
(自分の両腕に巻き付くように澄み渡った水の膜が絡みつく。溢れ出る涙は止まる事を知らずにぼろぼろと地面に落ちては、そこから本来の地面の色が顔を出す。)
『何をしているんだ!!!!!燈!!!聞くんじゃない!!!!!お前こそ最強の、』
「………駄目だ。できないよ。日影は強いけど、私がいないと。…ほら、卵焼きが無いと、働けないんでしょ?だから___ッ!!!!!」
(瞳に光を取り戻し、ぐしゃぐしゃの顔で相手に微笑んだその刹那。辺り一面の闇が集まり鋭い切先に形を変えては自分の胸を貫いて。)
『話を、聞くなあああああ!!!!!!!!!!』
(晴明の怒声と共に口から血が溢れ出す。相手の頬に伸ばした手がずるりと滑り落ち鈍い音と共に地面に崩れ落ちる。闇は天井に集まっていき大きな円形の陣を描くように渦巻いては晴明の声が響き渡る。)
『もう良い。用済みだ。私はこの肉体、燈の肉体を手に入れる。』
『もう良い。用済みだ。私はこの肉体、燈の肉体を手に入れる。』
(ハルアキラの言葉に瀕死の燈を腕に抱いたまま、こちらも怒りを感情のまま言葉に乗せて言い放つ)
「このクソが、百回殺す」
『何を言い出すかと思えば、呆れますね。今の私は精神のみ、まあ闇御津羽神の力で精神という名の闇ですがね。言ったでしょう。あなたに私は殺せない。』
(ハルアキラの声だけがその場に響く。)
「くそ…どうすれば‥」
(物理攻撃は聞かない、天照大御神の力は太陽にしか使えないが巻き込めない。考えろ。考えろ。)
『‐あー、つまんねえな、つまんねえよ。お前。‐』
(その声は突然聞こえた。ハルアキラとは違う怒気があるがダルそうでもあるその声に先に耳を貸したのはアマちゃんだった。)
『‐ミッちゃん!‐』
(ミッちゃん??)
「ミッちゃん??」
(しまった。心の声が出ちまった。)
『‐あ?その声やっぱアマテラスか?‐』
(ミッちゃんとやらがアマちゃんの声に反応する。)
『‐そうだヨ!ミッちゃんそんなとこで何してるの!?‐』
『‐こいつがよー。数百年前によ。面白いものが見れるって言うからよ。‐』
(そこでハルアキラの声がまた響く)
『何をしているのです闇御津羽神。早く私ごと燈の肉体に入りなさい!』
『‐これだよ。何がつまんねえって人でも神でもねぇお前に俺をどうこうできると思ってんのがつまんねえ奴だって言ってんだよ。‐』
(その台詞と共にミッちゃんが姿を現す。その姿は天狗のような恰好と黒い翼。人の顔に青い文様が入っている。そして、)
「イケメンやん」
(これが闇御津羽神。只ならぬオーラと圧にビビッてしまう。)
『‐その女、燈…とか言ったか?そいつはまだ死なねーよ。そうだろ?ヤト。』
(ヤト?夜刀神のこと?もう全然分からん。)
『‐無論。儂の呪域に燈の血一滴残らず繋ぎ止めておる。‐』
『‐なら話は早い。俺もこいつに憑く。そうすれば燈は魔我津狐緋人としてまた戦える。‐』
「なに?じゃあまたあの姿になるのか?」
『‐いや、それは燈次第だ。えー、日影。だっけ?人間に備わってる唯一無二のものって何だと思うよ。』
「は?知らねー…いや。【喜怒哀楽】、か。」
『‐正解だ。お前らが大事にしているその感情。喜び、悲しみ、全て含めてお前ら『人間』だろ?‐』
「そうだな…はは。」
「まさか負の感情の神に諭されるとは」
『‐確かに俺は闇の神だ。負の感情を増幅させる。‐』
『‐だが。その負の感情に囚われず力に変えた奴もいた。俺は俺を使いこなせる奴が好きなだけさ。‐』
「けど闇の力だろ?もし燈がまた・・」
『‐闇とはいわば引力。お前らが俺を引き合わせたんだ。‐』
「分かった。燈を、頼む。」
『‐ミッちゃん…‐』
『‐悪いようにはしねぇよアマテラス。俺はお前に借りがあるしな。‐』
『‐…うん。‐』
(何やら神同士の会話が終わると)
『‐さて、燈。目を覚ませ。‐』
『‐そして、お前の一番嫌いなものを俺に喰わせろ。‐』
『‐それに見合う力を引き合わせてやるよ‐』
(目を覚ましたのはただただ真っ黒な部屋。身体を起こせば目の前には大きな鳥居。地獄の入り口ってやつかな、なんて投げやりに思っては膝を抱えて座り込む。
太陽はどうしているだろうか。後数時間後にはお迎えの時間。日影は戦いを無事終わらせたのだろうか。)
『何を寛いでやがる。さっさと来い。胸はもう痛まない筈だろ。』
(響き渡った声にびくりと反応しふと自分の胸元に触れれば、衣服こそ血で汚れてはいる物の貫かれた筈の傷跡は綺麗さっぱり塞がっていた。ゆっくりと立ち上がりそちらへと近付けば鳥居の奥には大きな龍が佇んでおり。)
「…夜刀神、じゃ、無い。」
『ここは俺の聖域だ。時間が無い。早く印を結べ。』
「印?…え、私死んだんじゃ、」
『死んでいたならお前は今頃三途の川の向こうにいる筈だろ。』
「…生きてたのか。じゃ、じゃあ早く戻らなきゃ。あ、印か。好物、」
『騒がしい女だな。…ああ、好物じゃない。お前の“一番嫌いな物”を寄越せ。』
「嫌いな物…?」
『説明は後だ。』
「私は、…“ダサい奴”が一番嫌い。」
『随分抽象的だな。…ならその“ダサい奴”を特定しろ。じゃなきゃ俺はそいつを喰えない。』
(一呼吸置き、両手を差し出し目の前の神に差し出す。瞳をピクリと動かした神、元い闇御津羽神は面白そうに喉を鳴らした。)
「悲観に走って悲劇の主人公だと思い込む弱虫。周りの優しさも温かさも見えなくなる自分勝手な人間が一番嫌いなんだよね。」
『ほう。自分を差し出すと。姿形存在がなくなったらどうすんだ。』
「無くならないよ。夜刀神との印を結んだ時、地味にこっそり遠隔で家の冷蔵庫確認したんだよね。ビール無くなってなかったから。あれちょっとお高いやつだから。」
『面白い!!!賢い女だ。…否、食い意地が悪いと言うべきか?』
「呑み意地ね、」
(闇御津羽神の大きな口が開き、身体が軋むような感覚を覚え意識を手放した本の数十秒後。______)
(目を覚ましたのは本社奥地。ゆっくりと身体を起こせば相手と、精神の核となった闇自体が戦闘を繰り広げていた。闇はどろどろと地を這い相手の死角を狙うように攻撃を繰り返している。)
「汚い手を使うんだな。」
(小さく呟いた自分の声に晴明は反応し闇がこちらへと距離を詰めてくるも手にしていた黒い刀で振り払い、静かな足音を立てて自ら距離を詰める。)
『-さぁ、やれ。全てお前の思い通りだ。-』
(糸差し指と中指をピンと立て口元に当て小さな声で術を囁く自分に晴明が焦りを露わに攻撃を繰り返すも自分の周りに立つ水の膜が攻撃を妨害してくれて。晴明が操っていた闇が自分に吸い込まれるよう、大きな蝋燭の形へと変形していく。
「我が血を持って阿部晴明に“幸運”を。全ての力を注ぎ込んだ憎しみを形に、今こそ形に。」
(瞬時、術を唱えていた指先に僅かな痛みが走り血が滑り落ちる。床に落ちた血はすぐに乾き、蝋燭の火が激しく揺らめく。)
「今こそ形に!!!!!」
(強風が室内を襲い、蝋燭の火の揺らめき一度弱まった後静かに消える。刀の柄を強く掴み核へと斬撃を放てば核は真っ二つに割れ破片が飛花弁の様に舞う。)
「あんたのお陰で目が覚めたんだ。有難う。“怨に斬る”よ。」
(斬撃の衝撃で中へ舞った身体を反転させ、下手糞な着地をしては相手に照れ臭そうに恥ずかしそうに微笑み「封印はお願いね!あれ、札を飛ばすのに体幹と力がいるから私苦手なんだよね!」と。
『-“災難”では無く“幸運”で呪うとはな。-』
「経験上の話だよ。悲劇の主人公に成り下がっている時に降り掛かる災難は自分をさらに可哀想に思い込む為の材料にしかならない。今の晴明にとっての最悪の地獄は、置かれていた状況の温かさと幸せに気付いて恥ずかしい思いをする事だから。」
『-なるほどな。賢い女だ。…しかしお前の着地は無様だったな。-』
『急に私に地獄与えてくるじゃん。…やめてよ。運動神経すこぶる悪いんだって。でもその分日影が補ってくれるから私は安心して私なりの戦いができるから、良いんだ。』
(覚醒した燈の斬撃と呪術によって核が破壊され花弁と共に虚しくも概念だけになったそれを皆で見下ろした。)
『‐終わってしまえば呆気ないものだな。‐』
(ハルアキラに憑いていた闇御津羽神が呟く)
『‐だが、こやつもまた動機は復讐であった。人を捨てても尚所詮は人の子。感情という根本のところは捨てきれなかったのじゃ‐』
(倶利伽羅の言葉に一同が口を噤んだ。)
「じゃあ…まぁ封印するか。」
(疲労困憊の燈を見るとこちらにコクッと頷いてくる。)
「よし。やるか。」
(俺は札を壱枚取り出して眼前に掲げ)
「御・翔けるは喜。爆ぜるは怒。哀愛・楽落。 蘇婆訶蘇婆訶 四情結んで己が生也。」
「狐緋人式封魔閉印 《九尾狐狸》 急急如律令!」
(呪文を唱えると虚空から扉が出現し九尾の狐が顕現する。それと同時に九本の鎖が敵を包み込み縛り上げる。九尾のコン!という一鳴きと共に縛られたそれは扉にのみ込まれていった。)
(『‐終わったな‐』『‐終わったネ‐』と夜刀神と天照大御神が言う。)
「終わった…。」
(周りの緊張感が解け、自分も頭に上った血とアドレナリンが引いていくのを感じ「ふぅ。」と息を吐いた。)
「燈、大丈夫?」
「その…今までごめん。俺は、どんな時も冷静に判断して何でも卒なくこなす燈を凄いと思ってた…最強だと思ってた。でも燈は考えて考えて…弱い部分を見せないように葛藤してたんだね。俺は上辺の燈しか見えてなかった。見ないようにしてた。こじゃあ旦那失格だな。」
「‥‥。それでも俺は燈と夫婦でいたい。何でも言い合えて、バカみたいに笑って。弱さも強さも全部分け合っていきたい。」
(燈に向き直ると『はぁ。タバコ…持ってる?』と。その顔には一片の曇りもなく負の感情や喜怒哀楽全てを受け入れた、笑うと片方の口角が少しだけ上がる、いつもの燈がいた。)
(タバコを取り出すと一本渡し、お互いに火を着けた。)
「そういえば‥‥」
(俺はここにたどり着くまでにあったこと、帰ったら卵焼きが食べたいなど燈と離れたほんの数時間であったことを色々話した。)
「ありがとう」
(色々考えたがそれしか浮かばなかった。)
(聞こえていたのかそうではないのか、燈は穴が開いて吹き抜けた天井から見える空に向かいタバコの煙を吐いた。)
(見ていた神一同はニマニマと顔を見合わせる)
『おとうさんとおかあさんなかよしなったね!』
『‐ソだね!じゃああたしはタイちゃんとこ帰るからお迎えの時間まで遊んでるネー‐』
「おー、ありがとなアマちゃん。」
(天照大御神は太陽の核の中に帰って行った。)
「そういえば燈の刀さ、もっかい魔我津狐緋人になった時、刀身黒くなったよね?あれもヤトかミッちゃんの力?」
(唐突に疑問に思ったことを聞いてみた)
『‐それは違う‐』
『‐いや…‐』
(夜刀神と闇御津羽神が同時に答えるが闇御津羽神が何か含んだような言い方をする)
(『本家から持ち出した妖刀ってことぐらいしか…』と燈が言う)
『‐一応鞘に納めて極めたんだが…この刀は…‐』
(闇御津羽神が説明を始める)
「なに!?なんか厨二心をくすぐる予感!」
『‐あれは闇羽ヶ斬《ヤミノハバキリ》ヤマトタケルの天羽々斬《アマノハバキリ》の対になる刀だ。‐』
(なにそれ。めちゃくちゃかっこええですやん。ミッちゃん!)
(すると夜刀神と倶利伽羅がはっとしたように口を開く)
『‐思い出したわい。その闇羽ヶ斬、打ち直したのも誰か分からん刀鍛冶での。無銘だったんじゃが…その昔、人間たちの間で闇を斬る刀があると騒めいておった‐』
(倶利伽羅が言うと夜刀神が)
『‐その刀は…闇を斬り払うとそこにともし火が差し込んだ、ということから俗に皆こう呼んだ‐』
『‐闇切 燈《ヤミキリアカリ》…と。』
(闇御津羽神が最後に言う)
(えー、厨二心が爆発してしまう!かっこええですやん!)
「ん?燈と同じ名前…」
『‐どおりで。この刀は感情によって善にも悪にも成り得る刀だ。どちらも兼ね備えた魔我津狐緋人である燈にしか使えねえ‐』
「まじかよ!すげえじゃん!燈!」
「ッと。そろそろ保育園迎えの時間だな!行くか!」
(二人は立ち上がり歩き出す。)
((同時にここから何世代にも渡る戦いの幕開けをまだ知らずに。))
((それはまた別のお話。))
(やや急ぎ気味に保育園へと向かえば外で友達と楽しそうに遊んでいる我が子を見付け駆け寄る。先生に帰りの挨拶をし車へと戻れば今日の給食や遊んだ内容の話を聞かせてくれ、疲れが吹き飛び表情が和らぐ。)
『今日ね、お父さんとお母さんを助ける夢を見たの。』
「…夢?」
(息子の発言に相手と顔を見合わせた所で自分と相手の頭の中に夜刀神の声が響く。)
『-太陽殿は幼さ故に力が覚醒しきってないのじゃよ。力を発揮出来るのは決まって燈と日影が苦難に陥った時ではあるが、意識自体を操る代わりに本体の肉体は過剰な眠気に襲われるらしい。きっと今日の出来事は夢の中の出来事と思っている。…まぁ、この幼さであれほどの力を使えるんじゃ。末恐ろしいわ。-』
(保育園からの帰り際、担任の先生に聞いた話をふと思い出す。
『太ちゃん。今日急に眠くなっちゃったみたいで。いつもはこんな事無いんですが…。今日はお昼寝二回したので夜ちゃんと寝れるかな…。』
会話の内容に合点が行き、息子に向き直れば笑顔で「すごい夢だね。もっと聞かせて。」と。得意気に“夢”の話を始める様子に表情が綻び、どこか晴れやかな気持ちで帰路を辿って。)
(夜、お昼寝を二回したとは思えない程、寝るには早い時間に息子は布団へと入り寝息を立てていて。きっと疲れたのだろうと相手と話していた所、突如インカムが点滅する。)
「…はい。」
(少し緊張した様子で応答すればどうやらインカムの接続先は先日助けた青年。元い本部の“いつもの人”で。)
『-母はお陰様で無事でした。ありがとうございました。-』
「それは良かった。お大事にね。」
『-あの、すみません夜に。実は本題は別にありまして…。-』
「な、何…?」
『-本部が崩壊し、不思議な事に狐緋人本部の人間も本部に関わる全ての記憶を失っている状態でして。国からの命令で早急に本部を立て直さなくてはならないとの事で。-』
「あー…本部は私が壊しちゃったからな…。え、でも待って。晴明を倒したのなら禍憑鬼はもう生まれないんじゃ、」
『-いえ。それは違います。禍憑鬼は人の負の感情が増大して生まれる存在なので脅威は無くなったとは言えません。晴明はその負の感情を利用していただけに過ぎませんし、…-』
「…あ、それにさっき君は“本部の人間は記憶を無くしている”って言ってたよね。なんで君は覚えてるの?」
『-………言われるまで気付きませんでした。そうだ、どうして僕は覚えてるんだろう…。-』
「…うーん。兎に角、本部はどうなるの?」
『-それが、先程何故か僕の所に国からの連絡が来まして。本部組織の再構築、結成の前責任者を日影、補佐を燈にすると、-』
(青年の言葉に目眩する。つまりは面倒事を押し付けられたって訳だ。そんな事すら気付かず社長になった事を喜ぶ相手を突き落とすかの様に青年は言った。)
『-あ、言いにくいのですが、…勿論これからも市民に存在を知られる訳にはいかないので社長と言えど表向きは工場職員のままです。-』
(つまり、社長兼工場職員ってことかァ)
「まァ、やるしかないっしョ」
(考えたとこでなんも浮かばないし)
「燈が補佐なら問題ないよ」
(嫌そうな顔の燈に言う)
「じゃあこれから4人で頑張っていこうな!」
『…4人?』
「ああ。俺と燈、太陽そしてお前だよ。守。」
『ぼ、僕もですか?』
「当たり前だろ。お袋さんのこともあるし。それに・・・。」
『わかりました。僕はお二人に恩がありますし、全力を尽くします。』
「そう固くなるなって。なあ燈」
(燈はもうため息しかついてない)
「と、いうわけで守。明日そっちに行くから本部で待っとけ」
『はい?わかりました??』
(数十分の会話が続き最後に「じゃあな」といってインカムを切る)
(燈が『明日なんかやんの?』と聞いてきたが「お楽しみだー」と言って今日は床についた)
‐翌日‐
「おう!早かったじゃん」
『考え込んでいたら寝れなくなってしまって…』
(あんなにボロボロだった本部がもう完全に修復されている。もはや怖いわ)
『あの今日は何かするんですか?』
(守の言葉にふふんと笑うと)
「守、お前にも狐緋人になってもらう!」
『え・・・!?』
『え・・・!?』
(守と燈が同時に言う)
「いや、って言っても実戦はまだだけど。」
『でも、僕能力とか持ってないし術とか使えないですよ?!』
(もっともだ。だが。)
「そこでウチの太陽の出番ってわけだ。」
『付与、ですか?』
「そう。太陽の天照大御神との親和の訓練にもなるしな。」
『わかりました。少しでも役に立てるなら、母さんのような人を出さない為に…!』
「よし!」
(『大丈夫なの?』と燈が心配そうに言う)
「大丈夫だろ。それに付与される能力に大方の予想がついてる。その為にわざわざこれを【あいつ】に作らせた。」
(『そ。』という燈の安堵の返事に少し笑って返すと)
「いけるか?太陽!」
『うん!できる!』
『‐タイちゃんなら大丈夫だよネ‐』
『太陽くんよろしくお願いします!』
『うん!守お兄ちゃん!』
「よし。太陽頼む!」
(太陽が『はーい!』と言うと天照大御神と共に詠唱を始めた。)
『日は緋。陽は耀。我願い奉る。汝に進むべき道を切り開く力を。根源より覚めし汝の魂の扉が今開かれん。』
(詠唱が終わると守の体が光る。そしてその光はスッと消えた。)
『成功ってことでしょうか??』
『うん!終わったよおかあさん、おとうさん。』
「何か体に異常はないか?」
『あ、はい。いや…。これは!』
『気配…気配を感じます!そしてその気配を目視認識しています!』
「やっぱりか。」
『やっぱり?』
「いや、たぶんお前は頭の回転が速いし情報処理能力に長けている。だからだろ。」
『そこまで分かった上で太陽くんに?』
「ああ。そして。その能力はサポートにも戦闘にも使える。」
「名づけるとしたら…気配察知《レセプションレコン》でどうだ?」
『レセプションレコン…これで役にたてる!ありがとう太陽くん!』
『ぜんぜんいいよー』
「そしてこれは俺らからの餞別だ。」
(そう言うと守に二丁拳銃を渡した。)
「これはお前専用に作ってもらった対マガツキ用機械双小銃【木葉】と【咲夜】」
『これを僕に?』
「ああ。その銃をお前の能力。お前には【ガンカタ】という戦闘術を叩き込む。これからは毎日俺から基本の立ち回り、燈からは情報収集その他全般を学んでもらう。」
『ま、毎日?!ですか…。』
「あ、そういえば会社名。考えてなかったなぁ」
『もうそのまま狐緋人でいいんじゃない?』
(燈は飽きてきている)
「面白味がないなぁ。うーん。」
「じゃあこれでいこう。」
(《対マガツキ専攻対策結社【エモーショナルフォクシー】》)
‐第一章・完‐
(いつも通りの朝。息子を保育園へと送り車の中でパソコンを開く。
あれから早半年。禍憑鬼の脅威は未だ消える事は無いまま仕事に追われる日々を過ごしていた。
本社という存在が消え去った今全国の社を管理するのは相手と自分のみ。
正直言って、とても追い付くレベルでは無かった。)
「疲れた…。」
(ぽつりと呟き、休憩がてらSNSを流し見する。画面を指でスクロールしていた所、興味深い呟きが目に入った。)
“学校に禍憑鬼出現。最悪。毎回必ず私を一番に狙って来るもんだから私の事好きなのかな。笑”
“怖過ぎてテンパって大声で『キモい!ほんとコイツら大っ嫌いあっち行ってよ!』って叫んだら着いて来なくなった。私なんか才能ある?”
(何気無い投稿なのかもしれないが今の自分にとっては猫の手も借りたい状況。もしかしたら自分達の他にも禍憑鬼と戦える存在がいるのでは無いか。なんて淡い期待を胸に抱えては投稿主の女子高生へとダイレクトメールを送る。続いて連絡を入れたのは政府。)
「数名の社員が必要でして。…まぁ、面接でもやってみようかなって。」
(最早何もかも任されている身。二つ返事で了承を得ては早速色々なSNSで広告を流す。イタズラやおふざけの類の者も来るであろう事は想定内。一つ溜息を溢しては相手は先に着いているであろう新本部へと車を走らせて。)
(新本部、対マガツキ専攻対策結社エモーショナルフォクシー(以下略称※MAF)が発足、設立されてから半年が経った。
マガツキの脅威は日々増大していくと共に人々の意識の中に定着していった。)
『―本日のMAFに対する被害報告、今後の首相からの依頼などは以上になります。』
(現在MAFは日本国の管理下にあるが実際は《英雄》二人に勝手に動かれては危険・・・という項目の元組織を管轄させることで飼いならそうという魂胆だ。社長になったとしても結局はフランチャイズの社畜というわけだ。)
「・・・はぁ。社畜と社畜のダブルワークかァ。」
(ため息をつくのも何度目か分からない。とにかく人手がほしい。
「そろそろ燈が着く頃か。‐なあ倶利伽羅?」
(あの戦いの後から倶利伽羅の存在が消えたようにない。倶利伽羅の力は発現できるのに。それは燈も同様の様だ。魔我津狐緋人にはなれるものの夜刀神と闇御津羽神の姿が見えないと…。なので少しでも守のような戦力がほしい。)
「考えてもしょうがないか」
(すると本部の入り口に人が立っている。誰だ。関係者ではない。とりあえず行くか。)
「ここは立ち入り禁止だ。君は誰だ。返答によっては君はこの世界にいなかったことになる。」
(そこに佇み少し怯えているその【少女】からは不思議な力を感じ取った。力というより何か内に秘めたものだ。その少女は俺の圧に押されながらも鋭い目つきでこちらに口を開いた。)
『…ッ。そっちが呼んだんじゃない。』
「?いや。呼んでないけど?」
(俺は少し呆気にとられた後そう返答した。すると少女は携帯端末のメッセージ画面を見せてきた。その内容に思わず笑ってしまった。)
【初めまして。いきなりメッセージを送って驚かせてしまいごめんなさい。貴女の動画を拝見させて頂いて少し興味がありましたので、良ければ直接お話させて頂ければと思います。今からお送りする場所に必ず一人でお越しください。もし誰かがついてきたり、このメッセージの事を話したりしたら命の保証は出来かねます。この世に存在していたければ必ずお越しください。‐MAF‐】
(ああ。燈だ。これ、この丁寧なのに必ず相手の上に立つ言動、この容赦ないサイコパスメッセージ。燈だああああああああ!!!!!!)
「…えー。ごめんて。確かにウチのが送ったみたいだね。まじでごめん…。」
『それで、要件はなんですか。』
(急に肝が据わったな。やはりなにか違和感がある。)
「そうだな。とりあえず送った本人が来るまで立ち話も何だし付いてきてくれ。」
『はぁ…わかりました。』
(もしかしたら燈第二号?そんなわけ…ないよな。)
(俺は会議室兼俺と燈のさぼり場に向かっていた。少女は歩きながら管制室や様々な設備に強張った様子で付いてくる。途中の修錬場で守が修行をしていたがこちらに気付き『社長、お客様ですか?お茶淹れましょうか?』と聞いてくる。)
「いや、自分でやるよ。守。今日のメニューこなしたら会議室来てくれ」
『?はい!わかりました!』
『今のは?誰?何をしていたの?銃みたいなの持ってなかった?』
(興味本位かそれとも恐怖心か、少女が質問してくる。)
「今は答えられない。ところでさっきのメッセージにあった動画って?」
『多分これの事…。』
(その動画の内容に少し驚いた。違和感の正体はこれか。)
「君に声が掛かった理由は大体分かった。詳しい話は副社長が来てから話そう。あ、君にそのメッセージ送った人ね。多分驚くよ。」
『もう十分驚いたわ。』
(そうだよねぇ。あんなメッセージ来たらねぇ…。)
(そんなこんなで会議室に到着し席に着いたところで燈からインカムに今着いたと通信が入る。事情を説明し少女が来ているので会議室に来てほしいと返して。)
(相手からの連絡に慌てて会議室へと向かう。まさかこんなに早くに来てくれるとは思わなかった。来客を待たせるわけにも行かないので急足で階段を駆け上がる。会議室前にて軽く咳払いをしては扉を開けて来客の少女へ頭を下げて。少女の正面の席に腰を下ろしては相手がコーヒーの入ったカップを自分に渡して来て隣の席へ腰を下ろす。隣の席でコーヒーに鬼の様にミルクとシュガーを入れる相手を尻目に少女に「砂糖使います?」と問いかけ。)
『え、あ、…貰います。』
「どうぞ。」
『あの、それで要件は、』
「単刀直入に言います。私達と一緒に禍憑鬼と戦って欲しくて。貴女にその素質があるんじゃ無いかなと思って連絡させて貰いました。」
(コーヒーを吹き出しそうになった少女は咽せながらも厳しい目付きのまま自分を睨み付ける。)
『はあ?何、意味分かんない。…そんな事、お断りに決まってるじゃない!』
「そうですか。分かりました。では交通費か車を手配します。ご足労頂きありがとうございました。」
『えぇ!?ちょっと!!!』
(タブレットを抱え席を立とうとした所、少女が慌てた様子で自分の腕を掴む。怯む様子も無く自分を見上げる少女。容姿はとても整っているのにピリピリとした雰囲気が漂っている。)
『素質、ね。お姉さんも私の力気になるんじゃないの?』
「まぁ。少しね。でも市民を戦いに巻き込むつもりは無い。いきなり呼び出してごめんなさいね。」
『わ、私の力が必要なんじゃないの!?』
(断っておきながらも引き取る様子のない少女に静かに溜息をこぼす。今時の高校生ってこんな感じなのだろうか、なんて考えたのも束の間、)
『見せてあげるわよ。』
(少女が相手の胸倉を掴んだその刹那、小さな声で『私を見て。』と言ったかと思えば一瞬相手の瞳が翳る。催眠術に近い何かなのだろうか。表情を変えないまま相手の胸倉を掴む少女の腕を掴めば少女と視線が交わる。)
「大したものだね。でも人の男奪うには十年早いよ。」
(少女の能力は解放される事なく解除される。相手は何が起きたのかも分からず瞬きを繰り返していた所。)
『え、何で…。』
「何で効かないかでしょ。私が止めたから。」
(相手の頭をパシンと叩き「何油断してんの。」と文句を言った所で少女が席に座り直し真っ直ぐな瞳で自分を見上げる。)
『話、聞くわ。』
「まず私にごめんなさいは?」
『え?』
「え、じゃねぇぞクソガキ。人の旦那に手出しといてすっとぼけんのか?」
(満面の笑顔で言った後に内心「(しまった。)」と思った。が、少女は親に怒られた子供の様な様子で俯いては小さな声で言った。)
『ごめん、なさい。』
(いきなりの少女の言葉に体の制御が効かなくなったと思えば、脳天に直撃した激痛で元に戻った。)
「これは…。」
(目の前ではその当人が燈にしこたま説教を喰らっているではないか)
「Oh…。」
(なにやら大蛇が暴れまわっていた獲物を丸呑みにした後の静寂のようなものがそこにはあったので「ゴホン」とわざとらしい咳払いをしては燈と共に少女に向き直る。そして禍憑鬼の実態やそれを討伐する狐緋人という存在いる事、我が国がその状況において圧倒的な人手不足であることなどを少女に話した。大半。燈が。うん。多分こういうのって俺の仕事なんだろうな。)
「さて、ここまで話したのは燈が声を掛けた人物に対しての信頼だ。その信頼に値する自己紹介をしてくれるかな。」
(すると少女が仕方なくといった感じでつらつらと話し始めた。)
『・・リサ。西園寺リサ。三日月学園2年。バイトでモデルをやってるわ。両親は外資系の仕事で家になんか帰ってこない…。誰も…誰も本当の私を知らない。』
(リサの整った顔からは計り知れない怒りや悲しみがポタポタと溢れ出した。)
「そうか。それでその力とやらに目覚めたのはいつだ?」
『分からない。でもモデルの撮影中、私の意見が全て採用になったことがあったの。たかがバイトの素人の私の意見がプロに通る訳ないじゃない。多分そのあたりからよ。』
「うん。ちなみにその数日前あたりから強い感情や衝動に駆られたことはあったかい?」
(するとリサは数秒口を噤んだあと強張った表情と声色で話始めた。)
『私、学校では高飛車だっていじめられてるのよ。別にそんなことはどうだっていい。所詮は他人。・・・でも家族は違うじゃない。娘が学校でいじめられてるのも知らずにずっと放置。お母さんもお父さんも・・・。まるで私が見えてなかった。だから見てほしかった・・・』
「そうか、分かった。君のその力は君自身の欲求が強まって心門が少し開いたんだ。だから力は発動できても微弱で、強い衝撃や意思で簡単に解除できてしまう。だが君の感情自体が高ぶると逆に制御もきかない程力が強まってしまう。そうだろ?」
『今の話でそこまで…。』
「いや。君のその力があればご両親を振り向かせるのなんて簡単だろう?なのに君はそれをしなかった。それは君の感情一つでその力が善にも悪にもなるって分かってるからだろ?それに学校でのいじめも感情を表に出さないように努めているからなんじゃないか?」
『‥‥そうね。正解よ。』
「だからこそ、君にはウチで働いてもらいたい。」
『いやよ。だから言ったじゃない。私には何もないのよ。』
(確かにリサの境遇なら誰もが悲観という感情に走るだろう。しょうがないと思った瞬間に燈が口を開いた。)
『さっきから聞いてたらよぉ。アンタの意思がどこにもない。大体、分かってほしいならちゃんと動いたのかよ。見てもらいたいならちゃんと見せたのかよ。そもそも、そんな誰かに頼りっきりで自分には何にもないなんて自分を推し量ってんじゃねよ。それだったらさっきの私に啖呵切ってきた威勢のいいクソガキの方がまだマシだわ。』
(珍しく燈が真剣だ。だが言い方や表情にちゃんと愛がある。これが燈。俺の自慢の妻なのだ。)
『‥‥でもッ!』
『でももくそもねぇんだよ!アンタがどうしたいかだ!』
(燈の言葉にリサは唇を噛みしめて拳を握りしめ、俺たちに向き直って涙を拭きながら)
『やるわッ・・・やってやるわよ!』
「そうか、ありがとう。」
『それで何をすればいいのかしら。』
「具体的な話は後日正式な儀式を踏まえて教えるがとりあえずは実戦にむけての戦闘訓練と簡単な事務作業、実地研修は燈に同行してくれ。」
(すげえ嫌そうな顔。どっちも。)
「えー。とりあえずは君のその力【魅了の世界】《ワールドエンチャント》の戦術的使用の制御訓練だな。」
『わーるど・・・え、なに?』
『こいつ厨二病なのよ。』
(なんか、仲良くやれそうじゃん?)
「言い忘れてたけど、狐緋人という存在は他に知られてはいけない。例えそれが家族であってもね。これだけは今日から守ってね。」
『分かったわ。』
(そう言うとリサを帰路につかせた。そして)
「燈、ありがとうね。さっきの言葉響いたよ。」
『別にぃ~』
(窓辺で二人でタバコに火をつけ少女が小さくなっていくのを二人で見ている)
『お待たせしました!』
(守が会議室に入ってきた。)
「おう。お疲れ、守に大事な話があってな?」
『はい!何でしょう??』
「お前には【ツ―マンセル】を組んでもらう。」
『・・・?誰とですか?』
「J・K【女子高生】」
『・・・。ッええええええええええ???!!!』
(守の声が会議室中に響いて。)
(守の声が響き渡った所で自分の携帯のアラームが鳴り響く。時刻は18:00になった所。ぐっと背伸びをしては「定時!お疲れ様ー!!!」と言い満面の笑顔を浮かべる。)
『…は?え、今日はこれで終わり?』
「当たり前じゃん。明日電子証明書とか書類とか送るから指紋データ送って承諾してね。」
『え、本当にそんなバイトみたいな、』
「はいはい。仕事の話はおしまい。息子のお迎え行かないとだから。」
(理沙の『…しかも、子供いたの。』という言葉に答える事も無く会議室を後にしては遅れて来た相手と共に車に乗り込み保育園へと車を走らせて。)
(車内で息子の保育園での話に花を咲かせていた所、唐突に息子が思い出したように『ハンバーガー食べたい!』と声をあげる。何事かと思い聞いてみれば今日読んだ絵本にハンバーガーが出て来たとの事。たまにはジャンクフードの悪くないなと思えばそのままファーストフード店へと車を走らせる。駐車場へ車を停め、店内に入れば理沙が驚いた様な表情をして立っていて。)
「さっき振り。買い食い?」
『…買い食い、っていうか、夜ご飯。』
「奇遇だね。うちもだよ。定期的に食べたくなるよね。」
『定期的に、ね。うちは毎日だから。もうここのも飽きたとこよ。』
(一瞬寂しそうな表情を見せた理沙は自分の背後にいる息子の存在が目に入った途端表情を和らげながらしゃがみ込み挨拶をしていて。)
『太陽君っていうんだ。何食べるの?』
『キッズセット食べる。おもちゃ欲しいの2個あるからどっちにするか迷ってるの。』
『じゃあさ、お姉さんもキッズセット頼んでこっちのおもちゃにするから太陽君はもう一つ選びなよ。』
(楽しそうな表情で話している理沙の優しい一面が目に入り小さなため息を溢しては注文を済ませて。商品を受け取った後、理沙の肩を軽く叩く。)
「一緒に食べる?」
『え、い、良いわよ別に。家族団欒に水を差す気無いし。』
「おもちゃ、嬉しかったみたいだし。うちアパートだからMEFに戻る事になるけど。」
『行きたい、けど。明日学校だし、』
「本社に泊まってけば?お風呂も社員用の個室もあるし。守なんてほぼ住んでるよ。」
『え、すご…。………じゃあ、行く。』
(どこと無くまだ余所余所しさはあるものの、息子と手を繋ぎ車に乗り込む際の笑顔はまだあどけなさを感じる。小さな声で言った『誰かとご飯食べるの、久し振りかも。』という一言を聞き逃す事も無く、再び車を走らせては相手に明日の弁当の話を始めて。)
『え、キッチンもあるの?』
「一応。アンタは弁当いるの?」
『え!お弁当!?』
「一々うるさいなぁ。誰かの手作り食えないタイプの人ならあれだけど。」
『いや、手料理なんて何年振りかなって思っただけよ。いるってば。あ、でもブロッコリー入れないで!』
「無理。あれ隙間埋めんのに優秀なんだから。文句言うなら食うな。」
(文句を溢す理沙にこちらも文句を返していては本社へと辿り着いて。)
(MEFに守、理沙を正式にメンバーに加え数日が経った。守は気配察知《レセプションレコン》と二丁拳銃の【木葉】と【咲夜】を使った中近距離戦術【ガンカタ】を理沙は、魅了の世界《ワールドエンチャント》を使ったAIシュミレータ訓練での能力制御及び理沙専用に開発させた新武器【対マガツキ用戦術槌《羽槌‐ハヅチ‐》を使った近接戦闘の訓練を着々とこなしていた。)
『ハァハァ…今日の訓練終わり…お疲れ理沙ちゃん。』
『…お疲れ。』
(守には理沙の状況や詳細な事は一切話していない、理沙も最初こそペアでの行動に苦言を呈していたが少しづつ順応し始めている。若い二人を組ませるのはどうかと思ったが思い返せば俺と燈もそうだった。少しづつ心を通わせお互いがお互いを守る。多分理屈なんかじゃないんだ。生まれも環境も何もかも違う二人が一緒に戦ってこそ得られるものもある。守の方が2つ年上だが理沙の大人っぷりに翻弄されている…。)
「…さて。そろそろかな。」
(色々根回しして準備はしたが大丈夫かな‥。ま、なんとかなる。)
‐翌日‐
「今日は実践訓練だ。実地研修で守は俺と、理沙は燈とで実際に禍憑鬼と遭遇及び対処はしたと思うが今日は二人だけだ。ツ―マンセルでの陣と取り方は教えたからあとは個々の能力をどう使うかだ。これはテストでもある。警報発令から現場到着そして対処。これをテストする…が、これをクリアするには1つ最大の壁を越えなきゃならない。それは二人で考えろ。まぁ初陣だから何かあったら俺と燈が出る。今までの成果を遺憾なく発揮してこい。」
『え、考えろっていたってそんな…。』
『そうよ。大体、そんなこと考えてる暇ないわよ。』
「いや、お前らならできる。」
(そこまで言葉を発したところで禍憑鬼発生の連絡が入る。)
「行ってこい。プルスーウルト‥むぐツ」
(『やめな。著作権に引っかかる。』という燈の手に遮られる。)
「いやいや。はしゃいじゃったよ。なんせ今日は特別ゲストにお越しいただいているからね。ねぇ西園寺グループの総取締と副取締のお二方?」
(すると扉が開き男女が入ってくる。)
『私たちの娘をどうする気よ。』
『金か?それとも地位か?』
「さすがは西園寺グループの2トップ、いや理沙パパ、理沙ママ。自分たちの娘が生きるか死ぬかの戦いに巻き込まれてもそのご様子。肝が据わってらっしゃる。まァ見てなよ。自分たちの娘の・・・西園寺理沙という一人の人間の生き様を。」
(僅かな練習期間、身近な場所で理沙の成長を見ていた物の圧倒的な弱さが分かった。
“どうせ”“こんな事やったって”“私じゃ無理”といった、ネガティブな発言が非常に多くすぐにメンタルを壊す。
都度都度お互い感情任せな喧嘩こそしたものの、理沙の心の蟠りは自分が一番理解できた。
現れた両親の姿に理沙はキッと相手を睨むも「授業参観だよ。早く行け。町に被害拡大すんでしょ。」という自分の冷たい言葉に苛立たし気に現地へと向かい。)
(大きなモニターに映し出される理沙と守の姿。理沙の父親は呑気に葉巻に火を着け、母親の方は時計を気にしながらノートパソコンを開いて仕事をしている。
何か言いたそうな様子の相手を止めては無言のままモニターをじっと見詰める。
やはり実践ともあり、恐れからか二人の息は乱れていてタイミングが合わず二人の攻撃に微妙な差が生じている。
禍憑鬼の強大な一撃を喰らった刹那、自分のインカムが点滅し理沙からの接続が送られる。)
『-や、やっぱ無理!!!燈!!!早く助けに来てよ!!!-』
「そんなギャンギャン騒げるなら大丈夫だよ。ほら、もう一撃。」
『-無理だって言ってんでしょ!!!あんたそんなんだからモテないの!!!運良く結婚したからってイキんな!!!!!-』
「彼氏すらいない奴が僻まないでくださーい。ほら防壁張る。攻撃来るぞ。」
(寸の所で守が張った防壁に助けられた理沙は唇を噛み締めながら立ち上がる。
自分が助けに行かない事を悟ってか呼吸を整え再び攻撃を再開し始めたその時、)
『…もう良いわ。これから仕事なの。早く理沙を呼び戻して。』
(母親が立ち上がり眼鏡を上げながらこちらを睨む。)
「貴方が仕事である事と理沙を呼び戻す事に何の関係が?お時間なら退室して貰っても構いませんよ。」
『あの子も仕事なのよ。表紙の撮影に穴を開ける訳には行かないでしょ。』
「理沙の仕事なら問題ありませんよ。事務所に話を付けてあります。」
(何を言いたいのかと眉間に皺を寄せた物の、ふと視線を向けた母親のノートパソコン。仕事をしているのかと思っていたが画面に映し出されているのは市民向けの戦闘状況の生放送の画面だった。ミュートになっていた為全く気が付かなかった。改めて父親の方を見れば葉巻の灰は長く伸びており冷静を保っている風に見える物の心ここに在らずといった様子。無言のまま理沙に無線を繋げば口角を上げる。)
「あんたのパパとママが早く帰って来いってよ。私が怒られるのも嫌だし戦闘代わるよ。」
『-…え?…も、もしかして見えてるの?これ。…見てるの?-』
「見てるよ。しっかりね。」
(モニターに映る理沙は暫し呆然とした物の攻撃を構えを取っては強い眼差しで笑顔を浮かべる。)
『-代わんなくて良い。-』
「え、さっき助けろって騒いでたじゃんか。」
(ガタン!!!!!と音が鳴り響き振り返れば父親が椅子を倒す程の勢いで立ち上がり肩を震わせていた。ズカズカとこちらへと来るなり大声で『理沙!!!言う事が聞けないのか!!!帰って来なさい!!!!!』と叫ぶ。理沙はどことなく嬉しそうな表情で画面に向き直りピースサインをした。)
『-やだ!-』
(理沙の指示により理沙が敵の視界を自身のロックオンさせ言わば囮となっては町から外れた丘へと誘導する。敵が追い付きそうになったその時、くるりと振り返り指で銃の形を作り腕を伸ばす。流石にまずいかと出動しようとしたその時。無線越しの掛け声と共に敵の背後から守が飛び降りては理沙の攻撃と同タイミングで札を発射させる。)
『-日影ッッッ!!!見てますかぁぁぁッ!!!!!-』
(白煙で包まれるモニター越しの様子。数秒の沈黙と静寂。視界が晴れてきた所でモニターに映ったのは嬉しそうにハイタッチをする様子だった。)
「よくやった。理沙。早く戻ってきな。」
『-珍しいね。燈が誉めるなんて、さ、-』
(戦いの中で疲れたのか、理沙が言い終わる前に転送の術で現地へと向かえば倒れそうな身体を支える。)
『めっちゃすぐ駆け付けるじゃん。私の事好きすぎかって、』
「うるさいなぁ。でも良くやった。偉いよ。最高に格好良かった。」
(ちらりと横を見れば遅れて駆けつけた様子の相手に守が『見てましたか!?もうヘトヘトで…おんぶしてくださいよ…恥を忍んで言ってるんです!聞いてますか日影!!!』と騒いでいる様子。ぽんぽんと理沙の頭を撫でては再び転送の術でMEFへと戻って。)
(ドアを開けるなり飛び付いて来たのは理沙の両親。母親の目には涙の跡が残っていた。)
『理沙!!!!!』
『仕事、抜けて来たの…?』
『無理矢理、連れて来られたのよ!こんな事になってるなんて、』
「無理矢理連れて来られたって…。理沙が禍憑鬼と戦いますよーって言ったらすっ飛んで来たじゃないですか…。」
『…本当?』
『理沙。こんな危険な事はもうやめだ。この人達には話を付けておこう。だから、』
『あははは!…久し振りにパパと話したな!』
『理沙、ふざけないで。』
『ふざけてないよ。でもやめない。唯一私にしかできない事だから。やめない。』
(眠気が限界に来たのか、『燈、ちょっと寝る。お風呂は起きてから入るから起こして。』と言いソファーで横たわる理沙にブランケットをかけてやる。理沙の両親が改まった様子で『…先程は失礼な態度を…申し訳ありません。話を、聞かせてください。』と頭を下げてくる。テーブルに置きっ放しだった父親のスマホには仕事の連絡が大量に来ており、待受は理沙の写真で。)
(理沙の両親と話しをしてかれこれ数時間が経った。これは親としての話し合いだと思う。MEFの現状、理沙が能力の発言に至った経緯など答えられる質問には全て答えた。)
「と、まァこんなとこですかね。なので本日はわざわざお越し頂いたというわけです。」
『…。』
(話を聞いた上で理沙の両親は黙って俯いていた。傍で話していた燈が『日影。』と合図してくるのに対して「分かってるよ。」と答えた。そして)
「では、こちらからも一つ質問をしても?」
『…なんでしょうか。』
「今日の理沙を見ていてどうでしたか?」
(その質問に両親は顔をゆっくり上げ、少し震えながら消え入りそうな声で)
『…あんなに楽しそうな娘は初めてみましたよ…』
(父親が続ける。)
『娘が生まれたとき、会社を立ち上げたばかりでうまくいかず翻弄していました。…だが、この子は絶対に幸せにしてやりたいと仕事に打ち込みました。妻も当時モデル業に就いていましたが娘を身籠ったとき・・・。』
『あなた…。そう、あの子にはずっとキラキラしてほしかった。なのに私たちは娘の為だからと託けて結局あの子の…苦しみや悲しみから目を背けてしまって、本当にあの子が欲しかったものを何一つあげられていなかったんです…あの子はずっと、私たちを見てくれていたのに・・・』
『だが、私たちは理沙を心から愛しているんだ…これだけは本当なんだ…』
(理沙の両親は自責の念からか子供の前では絶対に見えせないであろう涙を流していた。)
(「そうですか、お話頂きありがとうございました。」と返したところで親二人のお涙頂戴に飽きていた燈が『だってよ。もう入っといで。』と扉に言葉を投げた。)
『…もう。そこは気付いてても言わないでよ。燈のバカァ』
(扉の向こうから涙と鼻水をボロボロ垂らしながら理沙が入ってきた。久しぶりに親に会った子供のようなそんな顔で。)
『パパ、ママ。ごめんなさい。私…わたし…。』
『謝るのは私たちの方よ。ああ、理沙…。本当に…ごめんなさい。』
『理沙。今まで本当にすまなかった。私は父親としてお前を…本当にすまない…』
「積もる話は後にしてくれ。これが最も重要な話だ。理沙。お前は一つ試練を超えた。この先どうしたい。」
(これは強制ではない。当初とは違い心身ともに成長した理沙には選択肢がいくつも用意されている。それを自分たちが潰す訳にはいかない。)
「能力があるからと言って必ずしも戦いの中に身を置く必要なんてない。」
(すると子供のように泣きじゃくっていた顔を袖で拭うとこちらに向かい初めて会った時と同じ眼で)
『私は戦う。パパとママが私を守ってくれてたんだから今度は私が守る番!!』
『私たちからもどうか…。もうこの子の進む道を阻みたくないんです。その為なら我が社は協力を惜しみません。』
「そうか。分かった。だが、学生の本文はしっかり果たせ。モデルの仕事もだ。これからはもっと厳しい状況になるぞ。」
『…もう決めたことッ!』
(こりゃ燈の影響かな。)
「ならOkだ。ようこそ我が《対マガツキ専攻対策結社【エモーショナルフォクシー】》通称MEFへ」
「はああ。仮採用書を正式採用書に直さないとなぁ。めんどくせ。」
(『このままではまずい。君は逃げなさい。私が囮になろう。』)
(『ですが【部長】!』)
(『君はまだ若いんだッこんな老いぼれ置いていけ!』)
(『‥‥わかりました…』)
(『あぁ・・。これでやっとお前のところに逝けるな。…豊子。』)
(刹那その中年の男性の手から白い光が禍憑鬼に放たれる。禍憑鬼は消えた。残されたのは訳も分からず生き延びてしまった【部長】と空虚な静けさだった。)
(理沙と守の初舞台であった日の翌日。珍しく面接が入っている事をタブレットで確認しては歓喜の声を上げるもWEB履歴書を見て呆然とする。年齢は60代。WEB履歴書という物に慣れていない様子が文面からひしひしと伝わって来る。概要欄の所には“面接の際には手書きの履歴書を持参致します。”と丁寧に記載されていた。)
「…どんな人なんだろう。」
(ポツリと独り言を溢す。記載されている電話番号へと連絡を入れ日程の調整を行おうとしたものの電話の向こうの彼は“いつでも大丈夫。”との事。話は早い方が良いと本日の日程で問い合わせて見れば今から向かう旨を伝えられ、司令室のソファーで昼寝をしている相手を叩き起こしに行き。)
(昼食を済ませ面接の時間が近付いて来た頃、会議室にて準備をして入れば玄関のセンサーが反応すると共にインターホンが鳴りテレビモニターに年配の男性が映り込む。会議室のロックを明け、エレベーターで上がって来た男性を玄関前で待っていれば深々とお辞儀をされる。)
『先程連絡をさせて頂いた者です。』
(仕立ての良いスーツ、姿勢、佇まい、年齢差無視に紡がれる綺麗な敬語、どれを取っても貫禄を感じる。「初めまして。急な日程でしたのにご対応頂きありがとうございます。中へお入りください。」と男性を会議室に案内すれば相手がテーブルを挟んだ席に立っており、男性は再び丁寧な挨拶をしていて。)
「まず、志望動機をお聞かせ頂いても良いでしょうか。」
『…先日、不思議な事がありました。定年退職を迎え、最後の出勤だった日の事です。部下達に花束を貰い、穏やかに退職の日を迎えようとしていたその日に禍憑鬼が現れました。避難司令に遅れた部下がいましてね。若い命は残さなくてはと、私が囮になろうとしました。』
「…。」
『実は、二年前に妻を亡くしていましてね。恐れも無く、受け入れようと思っていたのです。どういう事か全くわからないんですが、何故か…禍憑鬼が消失しまして。生き延びてしまったという訳です。…私は仕事人間で、退職したら妻とやろうとしていた事が沢山ありました。妻も仕事も無くなった今、何か私にでもできる事があるのでは無いかと、』
「ここがどういう会社か分かっていますか?」
『存じてます。』
「確かに、貴方には自分自身で気付かない内に何らかの力が発現したのかもしれない。部下を守る姿も上司の鏡。素晴らしい生き様です。………ですが気になる事が一点。貴方からはどこか、生きる事を諦めているような様子が伺えます。」
(男性は表情を変えないまま自分を見詰める。眼鏡越しの男性の瞳が全てを物語っていた。)
「命を守る組織です。自分の命も守らないといけません。約束できますか。」
(男性は答えない。タブレットを置いたまま立ち上がれば、先程男性から受け取っていた履歴書に視線を向ける。大手企業の部長。男性の佇まいからも納得がいった。「コーヒー、淹れ直してくるね。」と相手に告げれば相手と男性を二人残し給湯室へと向かって。)
(燈が席を空けて数分、奴は面倒事を俺に押し付けて一服しているに違いない。ずるいぞ。)
「なぁ。えー、あー。」
(何て呼んだらいいか分からず手元にある履歴書に目を通す。部長ねぇ。)
「あー部長さんでいいかな?とりあえず。」
『好きに呼んでいただいて構わない。』
(部長の受け答えは淡々としているが、そこに生気は感じられない。)
「聞きたいことが3つある。こちらから質問いいかい?」
『ああ。構わない。』
「そうかい。じゃあ1つ目、どこでの会社の存在を知った?表向きは極普通の企業けど?」
『数か月前、元勤務先の近くで禍憑鬼が出現し避難勧告が出た。隣のビルが襲撃された時に私は見た。巫女装束の様でありながら近代のものの様な服に太刀から斬撃を飛ばし禍憑鬼を一刀の元に伏した女性を。』
「‥‥。それとウチに何か関係が?」
『服にMEFと書かれていた。調べていくうちにここにたどり着いた。それに、』
「それに?」
『あれはコーヒーを淹れ直しに行った彼女だろう?』
「はは、お見事。」
『ああ。』
「では2つ目、何をしにここへ?」
『私がこの不思議な力を授かったのは何故か、何の為に。それを知りたかった。』
「それについては説明しよう。部長さんがその能力を自覚したのは最近だったね。」
『ああ。』
「それはね、部長さんの言う通り授かったものだね。後天的に。正確には受け継いだものかな。」
『受け継いだ…。誰から…。』
「亡くなった奥さんから。」
『妻から。…いや待て妻は一度もあんな光を放ったことなど…。』
「力ってどんな時に現れると思う?」
『わからない。』
「力っていうのはね。人の感情や思いの具現化なんだ。感情や思いの強さによって力が引き出される。もしくは神をもその思いに憑かせる。奥さんが亡くなったのはご病気?」
『…ああ。』
「無礼なことを聞いて悪い。つまり奥さんはずっと生きたいと願っていた。そして部長さんあなたは奥さんに生きていてほしかった。」
『ッ…その通りだっ!!!…、すまない。』
「いや、それが思いというもんだよ。」
『‥‥。』
「奥さんの生きたいという思いが力を発現させ、自分の最後に奥さんは部長さん、あなたに生きてほしいと思った。二人の思いが重なり感情の心門が開いた。生きていてほしいという思いが対象を浄化し元の形に変換するというこの世で最も優しい能力になってあなたに託されたんだ。」
『…そうか。』
「最後の質問。燈の最後の問には何故答えなかった?」
『…。私には豊子のいない世界で生きる資格などないのだよ。私たちには子供はいない。というより出来なかったんだ。豊子はずっと悔やんでいた…。私はそんな妻の姿を見たくなかった。毎日仕事に明け暮れ気付けば部長という立場になっていた。ある日妻が病院で子供と楽し気に話しているのを見たんだ。あんな豊子の顔は初めて見た…。私は立ち尽くしたよ。足が動かなかった。その後病室に行った時には妻の目元は泣き腫らした後があった。私は…どうすることも…できなかった。』
「だから死んでもいいと?」
『豊子を悲しませてしまった私だけこの世に生きていていいはずがなかったんだ…』
「さっきも言ったが本当にそう思うか?」
『この気持ちは拭えないさ。君も愛するものが出来れば分かる』
「そうか…なら死んでもらおうかな」
『…どういうことだ』
「そのまんまの意味さ…ついてきな」
(席を立つと訓練場にいる守と理沙に少々使用する旨を伝える。訓練場に向かい足を進める途中)
「そういえばさっき、君にも愛する者ができればわかるって言ってたよな。」
『…ああ。』
「俺にも妻がいてな、うちはお互いいつ死ぬかわからん仕事をしているからか悲しいとかそういう感情は表には出さないんだ。それに俺は彼女の強さを知っている。そして…」
『…そして?』
「どんな時も彼女を信じているし信頼してもらっている。だからどちらかが死ぬ時はは笑っているはずだよ。」
『…そうか。』
「それにあいつは簡単には死なないね。なんたって最強だから。部長さんも見たんだろ?」
『…なんのことだ?』
「刀から斬撃飛ばして一刀両断なんて燈らしいよな笑」
『ッ!まさか!』
「まあ、本人は覚えてないだろうけどね。さ、着いたぞ」
(訓練場に着くと守と理沙が片付けをして待っていた。燈には連絡入れたけどまぁいいか。どうせ《中に入る》からな)
「部長さん、死ぬ準備はできたかい?」
『…ああ。』
「そうかい。」
『最後に名前を聞いても?』
「んー、はは。《対マガツキ専攻対策結社【エモーショナルフォクシー】》代表取締役社長兼狐緋人、陰陽頭 稲荷家当主 稲荷日影。」
『そうか。君が…』
「なんか言ったかい?」
『…いや、なんでもない。始めてくれ。』
「そうかい。着装!」
(瞬時に狐緋人の制服とガントレットに切り替わる。そして手を合わせると同時に術式を唱える。)
「《御ソワカ御ソワカ・逢瀬愛染号哭の時・死してこの身修羅の道・合わせ会わせて冥利の道連れ》裏返せ【冥道彼岸】」
(術式と共に世界が裏返る。辺りには彼岸花が咲いている。一人佇む部長の前に一人の女性が現れる。)
(さて部長さんはどうするのかな。こういうお涙頂戴は燈の方が得意なんだけど…まぁあとは本人に任せよう。術の解除は俺がするよー。)
(喫煙所にて、短くなった煙草を灰皿へと捨てる。相手から入っていた連絡に今更ながらに気付いては溜息を溢す。カツカツとヒールの音を鳴らしながら訓練場へと向かい中へと入れば術を唱えている様子の相手の姿。)
「日影も容赦無いね。あのおっさんが本当に奥さんと一緒になる事…死を選んだら本当に戻って来れないのを分かってやってるんだから。…あー怖い怖い。」
(面接だからと格好付けたスーツは非常に疲れるしヒールは痛い。慣れない事をするもんじゃないなと思いながら、目を瞑ったまま術を唱え続ける相手に額に自分の額をつける。)
「それじゃ、お邪魔します。」
(一瞬の浮遊感と共に目を開けば一面に広がる彼岸花に圧倒される。中央には抱き合う二人の姿。
完璧にお邪魔虫じゃん、なんて悪態付きながら術の力で制服を纏いながら二人の元へ歩みを進める。
自分に気付いた二人がこちらに向き直る。)
「初めまして。ご主人からの依頼?を承った者です。」
『…依頼?…何の事?ねぇ貴方、』
『豊子、良いんだ。気にするな。そして待たせて悪かった。やっとお前の所に行けるんだ。』
(不安そうに眉を下げる女性。表情を変えないまま刀を構えれば男性、元い部長は優しい表情のまま瞳を閉じる。)
「では、現世との魂の境目を断ち切ります。…痛いのは一瞬なのでご心配なさらず。」
『…!!!待って!!!貴方、何をするつもりなの!!!』
「ご主人のご希望通り、奥様の元へと、」
『駄目よ!!!そんなの駄目!!!!!私はこんなの望んで無いわ!!!』
(女性の言葉に耳を貸す事も無く部長に斬りかかる。………も、その刹那。鋭い光に目が眩み、強制的に術は遮断され部長と自分の“肉体”は訓練場に戻されてしまって。
何事かと目を見開く相手に部長は掴み掛かる。)
『どう言う事だ!何故…何故私は生きている!!!』
「-もうやめて。貴方。-」
(いつもの自分の気怠げな様子の声色とは違うはっきりとした声が響き渡る。)
「-貴方の気持ちは嬉しい。でも、望んで無いの。…生きて、欲しいのよ。-」
『豊子、なのか…。』
「-ゆっくり、こちらに来てください。私が知らなかった新しい日常の話を土産に。ずっと見ていますから。…ほら私お友達がとっても多かったでしょう?あっちで貴方の事をたくさん自慢する予定なの。-」
『…何を、言っているんだ。俺は自慢できる様な夫じゃ、』
「-本当は、死ぬ為にここに来たんじゃ無いでしょう。ずっと見ていたのよ。これまでも。皆を守るヒーローが夫だなんて、自慢してもしたりないわ。-」
(涙を溢す部長の頬を撫でた後、“自分”は相手に向き直る。)
「-ごめんなさいね。お嫁さんの身体を借りてしまって。若い子の服ってなんだか恥ずかしいわ。足が寒いんだもの。-」
(悪戯っぽく笑った“自分”はその一言を最後に気絶するように倒れ込んで。)
「…守。理沙。燈を医務室まで頼む。」
(二人の返事を聞いてゆっくり部長の方へと振り返る。)
「まぁ。状況が飲み込めねぇだろうから少し話をしないか?」
(部長は少し虚ろな表情で首を縦に振った。)
「いちごミルク飲むか?」
(いちごミルクの缶を部長に差し出す。)
『いや。私は妻と違って甘いものは苦手でね。遠慮させてもらおう』
「そうかい。では。何でも質問してくれよ」
(部長は部下に説教をするかのような顔つきになった。)
『そうか。私の覚悟は決まっているが…では納得のいく答えであれば私は君たちに雇ってもらうとしよう。』
「はッ。この堅物め。」
『最初の質問だ。君が見せたあの幻覚のようなものは一体なんだ。』
「あー。あれは陰陽術だ。【冥道彼岸】といって言わば死とのめぐり合わせ。常世が裏返った世界に入れたんだ。」
『ここにはそんな馬鹿げた力を持つものが沢山いるのか?』
「いるわけないだろ。あの術式は俺が作ったんだから。」
『二つ目だ。君がその術式を作ったのなら君にしか解けないはずだ。なぜあの時、燈くんと言ったか?彼女に斬られる寸前に術が解けたんだ。』
「それなんだが、部長さん。あんたどこで奥さんと出会った?」
『…。私は登山が好きでね。剣山に登っていた時だった。こんな山の中に着物でいた彼女には驚いた。…出会ったのはその時だ。』
「なるほどね。まぁ大方予想通りだ。」
(部長は少し目線をこちらにやると『予想通り…?』と投げかけた。)
「なぁ。奥さん、豊子さんの旧名って《堀川》じゃないか?」
『ッ!…そうだが。どうしてそれを。』
「17年前、俺と燈の最初の任務は人探しだった。『剣山にて刀鍛冶の娘が行方不明。捜索願う』だ。」
『‥‥ま、さか』
「勘がいいな。そう、依頼主は19代目堀川国広。豊子さんの親父さんだ。」
『おかしい。仮にそうだとして豊子の持っていたこの力は!』
(部長の声が次第に荒くなるが無視して話を続ける。)
「当代堀川の人間は刀を鍛える際、不思議な鍛刀法を用いると言われている。それが《穢れの浄化》だ。なんでも玉鋼につく邪気を祓いながら刀を打つんだと。どんな方法かは分からんがこの力を堀川は受け継いできた。」
『そこまでは分かった。だがなぜ術が解けた?』
「共鳴したのさ。あの時のように。」
『何のことだ。』
(部長がいぶかし気に聞く)
「いや。俺たちの初任務は失敗に終わったんだ。あれが俺と燈の最初で最後の失敗だった。結局その後も豊子さんは見つからず。その時堀川から安倍の本家に納められたのがその時の国広によって鍛え直された《闇斬・燈》燈の刀だ。」
『ああ。』
「闇斬・燈には病、つまり悪意や負の感情を斬る性質がある。はは。燈の事だ。あんたの魂の境目を斬ろうとしたんだろう?」
『あ、ああ。』
「そんときに部長が豊子さんから受け継いだ浄化する力と闇斬の性質が共鳴と反発を繰り返して裏と表を強制的に繋いだ。逆に強制的に繋いだことで俺の術が解けて豊子さんの魂が一時的に表にこっちに残ったってわけだ。」
『そう、だったのか。』
(部長は少しの静寂の後、俺に向き直って告げた。)
『最後の質問だ。こんな老体で堅物の私でも君たちの仲間たりうるか?』
(その目には先ほどのものとは比べ物にならない程の光が宿っていた。)
「はは、そんな嫌味が言えるならまだまだ若いよ。ようこそMEFへ」
‐その夜‐
「お疲れ。燈。」
(起き掛けの燈に労いの言葉をかける。)
『お疲れ。太陽は?』
「もう寝たよ。今日も保育園でいっぱい遊んだそうで」
『そう、それで部長さんは?』
「奥さんのお墓に花を添えにいくそうだよ。」
『…そう。』
「優しいね燈は。」
『…はぁ。なにがよ』
「んー。体は現世に残して魂だけを切り離す。向こうで何かあっても俺の術で魂と体を結合させられる。」
『お見通しかよ。』
「はは。夫婦、だからね。」
『それに優しいのは日影もじゃない。』
「え?」
『ずっとこらえてたものが今流れてるじゃない。あんたの頬を。』
「はは。こりゃ参った。」
『さ。一服しよ?』
「ああ。」
(二人はタバコに火を付け夜空に向かって吐いた。願わくば豊子さんに安らかにという思いが届くように。)
(翌日、疲れからか冷房を付け忘れていた様で蒸し暑さに目を覚ます。太陽は一足先に目を覚ましていた様で扇風機を占領していた。「おはよ。」と寝惚け眼のまま言いエアコンのスイッチを入れる。)
『お母さん、今日お休み?』
「と、信じたいんだけどお盆中は何かと仕事が多いんだよな。」
『んー。そっか。お父さんは?』
「どうだろ…。ってか、何かあるの?」
(太陽がおずおずとした様子で差し出して来たのは回覧板に挟まれていた花火大会のチラシ。)
『見に行きたい。』
(最近仕事は立て続けだった。息子の我儘くらいは聞き入れたい。徐にスマホを取り出し連絡するはMEFにいるであろう理沙。)
『-はいはーい。おはよ燈。どしたの?-』
「おはよ。守もいる?」
『-まだ来てないよ。そろそろじゃない?-』
「そっか。あのさ、伝えて欲しいんだけど。今日一日私と日影休みたくて。」
『-それは全然大丈夫だけど、…珍しいね。何かあったの?-』
「太陽と、花火大会行きたいの。」
『-ああ!えーめっちゃ良いじゃん!じゃあ出現情報あったら私と守で行くから大丈夫!気にしないで楽しんで!-』
「ホワイト会社でありがたいよ。ごめんね、お願い!」
(スマホをテーブルに置いては瞳を輝かせながらこちらを伺っていた太陽へと向き直る。)
「よし。じゃあ夕方になったら花火大会行くよ。折角だし甚兵衛に着替えて行きなよ。」
『やったーーー!かき氷食べる!』
(大袈裟なまでに喜ぶ太陽を微笑ましく見詰めては天気予報の雨の知らせを不安げに見ていて。)
(時刻は夕方。天気予報は正しかった様で空には暗雲が立ち込めているも太陽は楽しそうにはしゃいでいて。
偏頭痛予防にと薬を流し込んでいた相手も太陽が並びたがった屋台に一緒に率先して並んでいる。
かき氷屋の屋台に並んでいる最中、二人の隙を見計らい一瞬離れてはビールを片手に二人の元へと戻り。)
『僕、青いかき氷が良い。』
(500円を握り締め、自分の番になった太陽は屋台のおばさんにお金を渡し、引き換えに受け取ったブルーハワイのかき氷に瞳を煌めかせる。
そろそろ雨が降り出しそうな空模様。
念の為に来客用テントの中のベンチに座らせては、自分はビールを片手に先程購入した焼き鳥を食べる。
相手と出会った頃は全力のぶりっ子をしていた為、こんな姿を晒す未来は想像出来なかっただろうな、なんて考えていて。)
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