紅蘭紫菊

紅蘭紫菊

主  2023-02-11 00:33:03 
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___花のように 人間もその人の持つ素晴らしさや個性 特徴や力を存分に発揮して強く生きていく___

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  • No.93 by 菊 露草  2023-05-08 23:19:07 




「悪い、巻き込む形になった。…それにしても本当に猫になってたんだな。」
( 追っ手を上手く追い返してくれた相手。
其の姿は既に見慣れたいつもの姿。未だにさっきまでの猫が相手だったことが信じられないが目の前で起きたことだ。己も能力者であるためある程度受け入れられて。
「小太郎くんも助けを呼びに来てくれてありがとう。…と、濡れてるし其の儘だと風邪引くだろ。着物は少し小さいかも知れないが俺のがあるし、湯浴みしてくと良い。」
( 少年の頭をぽんと軽く撫でた後、先程人間に戻るために池に落ちて濡れてしまっている相手を見やる。
銀毛が水を含んで重くなり肌に張り付く様が艶っぽいが普段よりも幼くも見える。
早まる鼓動を気にしないようにして懐から手ぬぐいを取り出すと白い頬や首筋を拭いてやり。
『ミケさんはどうするの?』
「…此の三毛猫は今夜は此処で預かってまたどうするか考え直すことにするよ。小太郎くんもお風呂入るか?』
『僕、濡れるの嫌いだからな。…爛、一緒に入ってくれる?』
( 相手から手を引き相手と少年が湯浴みする前提でそそくさと着替えやらを準備しながら話を進め「…小太郎くんも体が冷えてるだろうし一緒に入ってやったらどうだ?子供用の着替えもあるし。」と用意した着替えを押し付け風呂場があるほうを指差す。
少年は既に風呂に入る気満々でトタトタと其方に掛けていき『爛、早くね!』と元気になっていて。
其の姿に癒やされて小さく微笑みつつ横目に相手を見て「…ところでその、猫になっていた時は人間の言葉は理解出来てたのか?」と小声で問いかける。
少年から相手の窮地を聞いた時、焦燥と共に相手の名前を口走ってしまったこと。
今更思い出せば妙に気恥ずかしく相手は気付いていたのか気になり問いかけて。)



  • No.94 by 霧ヶ崎 爛  2023-05-18 23:57:26 




(俯き加減に問い掛けられれば、格好悪い姿を見られてしまった当て付けに如く口角を上げ「勿論理解出来たぜ。心配ありがとよ。」と相手の顔を僅かに覗き込む。
少年の後を追い風呂場へ行けば少年がそそくさと着物を脱いでおり、慣れない様子で髪を洗う様に痺れを切らしては髪を洗ってやる事にして。
お湯を掛ける際にびくりと身体を震わせる物の、湯船に恐る恐る入れば心地よさに目を細めており。
目紛しい一日だった。疲れがどっと押し寄せて来ては瞼が重くなる。
いつもより早めに湯から上がればせっせと着替える少年の髪を拭き相手のいる部屋へと戻って。

有難う。助かった。
(短い礼を言い相手の膝でうとうととする猫をじっと見詰める。少年が相手をじっと見詰め、『明日、菖蒲様のお家教えるね。孤児荘の皆とお勉強教わりに来るから帰りにでも。』と微笑みながら言う。
相手に入っている依頼は想像するに別件。
口を挟むのも忍び無く、縁側に腰を下ろし煙管を燻らせては無言を貫いたままで。
数時間後、かなり遅い時間になり着物は後日返しに来る事を伝えては玄関先にて一度相手に振り返る。
月明かりに照らされる相手の顔、随分と前から見慣れている様な感覚さえ感じ無意識に相手の髪にそっと触れるもぱっと手を引っ込めては「悪い。」と無愛想に返して少年と共に寺子屋を後にして。

(翌日。早朝に寺子屋へと訪れた兄は『今日もお手伝いに来たよー!』と言いつつも、縁側で伸びている猫を見詰めては僅かに目を細める。
兄に“御婦人の猫を盗人から取り返し、御婦人へと届ける事。”という依頼が入ったのは丁度夜明け頃の時刻。
容姿や振る舞いにからは想像できない程几帳面な性格の兄、一から調べを付けては相手に入った依頼、昨夜何が起きたかまで把握していて。
『この猫は、菊が飼う事になったのかな?』
(掴めない笑顔のまま、やけに遠回しな質問をしては猫の首元を撫でる。
依頼に関しての調査時、相手が絡んでいる事を知った時点で兄は最早依頼の事などどうでも良く。
『もしかして引き取り手に困ってる?其れとも“飼い主に元に帰す”か“新しい引き取り手に渡す”か悩んでる?』
(表情は変わらないままどんどんと詰め寄る。相手の答えを待っていた其の刹那。
『おはようございまーす!!!』
『先生ーーーーー!!!どこーーー?』
(子供達の声が響き渡り外へと目をやる。
この話は一旦お終いだな、と判断しては『まぁ。俺はいつだって相談に乗れるし手も貸せるからね。…あーでも爛には隠れてお話ししよう。あいつすーぐ怒るからさ。』と戯ける様な仕草をし相手の方をぽんぽんと叩き。

  • No.95 by 菊 露草  2023-05-20 19:43:44 






(兄の問い掛けに答える間もなく聞こえた元気な子供たちの声。
さっぱりした笑顔の裏に何かあるのではと疑いはするも兄の依頼のことまでは知らず、相談に関しては首を縦に降るだけにして子供たちの元へ向かい。

時は過ぎて夕暮れ、兄は絵描きだけでなく教学も其れなりに出来る様で算盤や習字など子供達に教えるのを手伝ってくれ更に子供たちと打ち解けすっかり人気者。
兄が子供たちを見送る頃、学び舎の黒板を掃除していると少年、小太郎が小走りに近づいてきて。
『昨日、約束してた菖蒲様のお家の場所、教えるね。』
「ああ、ありがとう。ところで、その菖蒲様はミケさんのことをかわいがってたんだよね?」
『うん、とっても。ミケさんも菖蒲様のこと大好きだよ。』
「……そうか、じゃあやっぱり捨て猫ってのは嘘だな。」
『…?それでね。ミケさんを連れていくなら先生一人じゃないほうが良いと思う。最近、菖蒲様に近づくために男の人達が詰めかけてて警戒されてるみたいだからミケさんを連れていくにしても僕も一緒のほうが疑われないよ。』
「んー、頼もしい申し出だけど子供を夜に出歩かせる訳にはいかないよ。」
『それなら俺の出番だね。』
(少年が描いてくれた“菖蒲様のお家”の地図から視線を上げてその小さな頭を撫でてやっていれば、いつから話を聞いていたのか横からひょっこり兄が顔を出す。
『その地図の場所なら俺も知ってるし男二人でも男色でーすって雰囲気出せばいいだけだしさ。』
「いや、其れはどうなんだ…。」
『でも小太郎くんに危険なことさせるわけにはいかないでしょ?すんなり依頼を終わらせるためだよ、露草。』
「…なんかあんたに其の名前で呼ばれるのはむず痒い。」
『なになに春の予感?』
(巫山戯る兄を煙たげに目を細めて見つつも提案は正直有り難い。
男色の演技をするかは兎も角、少年に礼を告げ孤児荘の子供たちと一緒に帰るよう言い其の背中を見送って。
兄と二人になり三毛猫がごはんを食べるのを見守りながら依頼のことを軽く話す。
『なるほどねー、確かにこの模様は珍しい。…捨て猫だって嘘を付いた其の御婦人、噂だけど気に入った獣の皮を剥いで着物にするらしい。』
「…毛皮か。良い気はしないな。」
『で、どうするの?』
「三毛猫は元の飼い主の元へ返す。…御婦人が黙ってないだろうから三毛猫がどうでもよくなるくらいお眼鏡に叶う代わりになるものを仕立てられたらいいんだが…。」
『ほうほう、其れなら良い仕立て屋を知ってる。ちょっと変わり者だけど腕は確かだし御婦人の心を鷲掴み間違いなしだよ。』
「どれだけ顔広いんだよ。」
『其れ程でもー。で、仕立て屋に頼む条件だけどお金は勿論、もう1つ重要なことがあるんだ。』
(したり顔の兄に嫌な予感しかしなかったが、其の後に続いた言葉に呆然とする。
其の条件とは“男色を見せるつけること”。因みに仕立て屋は女である。そう云う癖らしい。
兄曰く『どうせ男色のフリして菖蒲様の御屋敷に行く訳だしその延長戦だと思えばいいじゃん。』と何とも軽いノリ。
『演じてる間は燐って呼んでね。俺も露草って呼ぶから。』
(兄は此の仕事が上手く行けば御婦人も満足して今自身が担っている依頼も飛ぶし丁度良いくらいに思っており楽しげで、段取りが決まるやいなや『どうせなら二人共御洒落な恰好して行こう。露草に似合いそう着物も持ってきたんだ。』と言ってどこからとも無く着物を取り出してくる。
実は此の一連の流れを予測していたのではと怪訝に思いながらも、一応は依頼。
やるからにはしっかりせねばと兄が用意してくれた着物と羽織を身に纏うとひとまず三毛猫を飼い主である菖蒲の元へ返すために屋敷に向かう。
日も暮れた夜道、肩が触れ合う距離を歩く兄に人通りが少ないとはいえ何とも気まずい。
『露草ー、顔が険しいよ。そんなんだと怪しまれるって。笑顔ー。仕事だよ、仕事。』
「……分かってる、燐。…俺のところばかり来て弟のところには行かないのか?」
『えー、何。名前呼んでくれたと思ったらそんな話?だって、歓迎されないでしょ。』
(態とらしく口を尖らせる兄にグッと腕を組まれ、風呂敷の中に抱える三毛猫が落ちないように歩みを進めながら頭の中では昨日相手が見せた悪戯な表情や、髪に触れてきた手の感触やらを思い返していて。)





  • No.96 by 霧ヶ崎 爛  2023-05-21 01:01:16 




(寺子屋から帰宅した少年が駆け寄って来るなり、『ミケさんの事だけどね!先生が菖蒲様のお家に連れてってくれるんだって!』と嬉しそうに話して来る様子に内心胸を撫で下ろす。
しかし相手が請け負っていた依頼はどうなったのかと思えば年長の少女が先程持って来てくれた風呂敷に目をやる。
昨夜相手に借りた着物、梅雨の時期故乾くのに時間が掛かってしまった。
流石に夕飯時に持って行くのもなと思えば明日届けようと。

(子供達も床に着いた時刻。今日は依頼という依頼は入っていないが相手に惚れ込んでいる娘の母親、元い花魁から頼まれ毎をしていた為着替えを済まし外へと出向く。
己が裏での仕事を行なっている事を何となく知っている花魁は偶に依頼と称して小さな頼み事をして来ては報酬と言いつつも頼まれごとには見合わない金額を渡してくる。
毎回受け取れないと断るも、これはあくまでも依頼だと言い切られてしまい正直申し訳ない気持ちさえ湧いてくる。
今日の頼み事も些細な物で、仕立て屋に頼んでいた着物を受け取ってきて欲しいとの事。
そんな事を依頼と称して己に頼むより店の人間に頼んだ方が金もかからないという旨の本一度は断ったのだが『彼処の女主人はね、腕は確かだがちょいと変わった奴というか…一癖も二癖もある様な人間でさ。誰も近付きたがらないんだ。だから爛に頼んでるんだよ。』と言い切られてしまい。
渡された地図を頼りに漸く目的の仕立て屋へと到着した所。
店の引き戸を開けるなりふと僅かに香った相手の香りに眉を顰める。
奥の部屋から出てきた店主である女は苛立たしげに帳簿に名前を書く様に命じて来て。
無言のまま花魁の名前を書けば至近距離で女主人と目が合う。
『あんた、異国の人間かい?』
「いや、…何だ唐突に。」
『面白い髪と眼をしているなと思って。丁度良い。あんたも混ざる?』
「何に。」
『頷いたら其の花魁の着物タダにしてやっても良いよ。』
(己の問いには答える事無く手招きされては訝しげに奥の部屋通される。
足を進めるに連れて濃くなる相手の香りと僅かに感じ取れる兄の香り。
開けられた襖の向こうにいたのはやけに着飾った様子の兄と相手の姿。
何故こんな所に、と疑問を覚えながらも立ち尽くしていた所、女主人は部屋の真ん中で相手達と向き合うように腰を下ろしては『待たせたね。さぁ初めてよ。』と。
状況が掴めず女主人に詰め寄ろうとすれば『まだ分からない?…あ、其れとも男相手には興奮しない質?』と聞かれ。
布の擦れ合う音がしたと同時に兄が相手の首筋に顔を埋め、やけにゆっくりとした動作で相手を押し倒す。
相手の細い手首を掴み、手の平を這わせ指を絡める。

何が起こっているのか理解などできる筈も無かった。

噛み締めた唇、僅かに血の味がする。
兄が己の死角で相手の口を手で塞ぎ『駄目だよ露草。今は俺達恋人同士なんだから。』と小さな声で言う。
相手の着物の襟首が乱れた所で居ても立ってもいられず、平静を装いながら「急いでるんだ。もう行く。」と女主人に伝える。
「ああ、さっきの質問だが俺は男もいけるよ。依頼として金を払ってくれたら何でもしてやるさ。」
(女主人は『あら残念だね。』と呟き着物の入った木箱を渡して来ては其れを受け取るなり足早に其の場を後にして。
己の身に何かあったのではと不安そうな表情を見せる様子、何かと世話をやいてくれていた事全て思い上がっていた。
激しい怒りさえ感じ早々に花街へと着物を届けては孤児荘へと戻るも眠れる筈も無く。

(翌日、少年と一緒に寺子屋へ着物を返しに行く約束をしていたものの行く気になる筈も無く、「礼を言っておいてくれ。」と少年に伝えては其の儘特に宛も無く街へと向かって。

  • No.97 by 菊 露草  2023-05-21 18:24:40 





(三毛猫を無事に菖蒲の元へ届けて仕立て屋へ行き、気の向かないまま兄と共に男色を演じあろうことか其の様を相手に目撃されるという目眩がするような一件があったのは昨夜のこと。
今は寺子屋にて子供たちを迎えるところ。因みに兄も一緒だ。
昨夜は相手が来た時、背筋が冷えて動揺と焦燥で一時演じるどころではなくなったが兄の言葉で我に返る。
あくまで“仕事”。女主人もフリなのは分かってるから本当に接吻やら戯れをしろと迄は言っていない。出来るならしてしてほしいらしいが…。
結局のところお互い軽く着物を乱し触れたりはしたが、肌に唇を寄せたりは素振りだけで寸止め。
お戯れ程度しかしていない。其れだけでも嫌悪感はあったっが女主人は納得して最高の素材を早急に仕立ててくれることに。
仕上がり次第連絡をくれるとのこと。然し問題が一つ。女主人は受け取りにも条件を付けてきて、値下げもするから兄との恋人関係をもっと見たいと。
其れも街中や日常生活の交わりを見たいらしく、女主人は隠れて見ているから兄と己は其れっぽく過ごしてほしいらしく。
兄はもっぱら乗り気で『勿論、其の代わり此れからもご愛顧させてね。』とちゃっかりしており。
そんなこんな朝から女主人の姿は隠せていても濛々とした気配と視線を感じながら今に至っているわけで…。
元気よく訪れる子供たちに手を振り笑顔で迎えるも心は曇っており、
『露草、目が笑ってない。子供は敏感なんだからバレるよー。』
「…笑ってられるか。というかあの仕立て屋の女、ずっと見てて仕事はちゃんとしてくれるんだろうな。」
『其処は信用出来るから心配いらないよ。俺もいつ寝てるんだろーって疑問だったけど、彼女にとっては衣食住よりも此れが生きがいらしい。』
(そう言って子供達の前でくっつき『お兄さんたち仲良しー。』と戯れる。
其処へ少年が貸していた着物を持ってやってきて『…二人共恋人同士なの?』と。
女主人が見ている手前兄は『そうだよー。熱々なんだから。』と笑って。
『…へえ。またそんなことしてるんだ。……爛可哀想。』
「…また?」
『なんでもないよ。…はい、借りていた着物。ありがとうって爛が。』
「…ああ、小太郎くんも持ってきてくれてありがとう。…その彼奴の様子はどうだった?」
『ちょっと元気なかったかな。』
(しゅんとする少年にもし昨夜のことで相手に嫌な思いをさせたのなら弁解する必要があると思い。
否、本当にその必要はあるのか。
そもそも誰だって人の戯れを目撃したら不快だ。しかも距離を置いている兄絡み。
相手とは恋仲でも何でもない訳で弁解する意味はあるのか。
ただやはり誤解をされたままは嫌なので相手には真を伝えようと思った時、
『爛にはまだ言っちゃ駄目だよ。知らないほうが“フリ”が真実味増すし、仕立て屋の彼女も楽しめると思う。』
「俺は何も言ってない。」
『でも直ぐにでも伝えようって顔してた。駄目だよ、まだ。』
「…わかったよ。」
『じゃ、そういうことで後はお手伝いさんたちに任せて俺たちは街へおでかけに行こう。』
(どこまでも用意周到な兄、今日は街へ出掛けられるように教鞭を執ってくれる人材を確保してくれており、己たちは街をぶらつく予定で。
女主人にも良く見えるよう手を絡めて握り
『今日も楽しもうね。…あ、頬に接吻くらいはあり?』
「…仕事と言われれば、」
(眉を寄せて無愛想に答えるも女主人に仕事放棄されては困るため手だけは軽く握り返して街へと足を進めて。

(一方其の頃、街。入念な兄、其れっぽい雰囲気作りのため裏工作に余念はなく街に己との関係を仄めかす噂を流していて。
噂好きの街の人々、すっかり其の噂は広まり、魚屋の店主の男は街を歩く相手を見かけるやいなや『おー、兄ちゃんこっちに来てくれや。』と手招いて。
『聞いたぞ、御前にそっくりのあんちゃんいるだろ?寺子屋の先生とそういう関係になったらしいじゃないか。そんな素振りちっとも無かったのに、どうしてか聞いてるか?兄ちゃん、先生と最近仲良さそうじゃないか。』
(若者はいいなぁと気楽な魚屋の店主。男色はさして珍しくないため其処に驚きはしないものの『もったいないよなぁ。そうだ、兄ちゃん、うちの娘と見合いでもどうだ?孤児荘の子供たちは毎日魚食べ放題だぞ。』と冗談のような本気の口振りで相手の肩をぼんぼん叩き。)




  • No.98 by 霧ヶ崎 爛  2023-05-22 01:14:53 




(気晴らしに街へ来たつもりだったが飛び交う相手と兄の話に苛立ちは最高潮。
呼び止められた魚屋の店主の言葉にいつもと変わらないままの無表情で「さぁな。俺は特に何も聞いていない。」と答えては続け様に「其れも良いな。だが生憎俺の稼ぎが悪いもんでね。あんたんとこの大事なお嬢さんにひもじい思いをさせる訳にはいかない。」と僅かに表情を緩める。
甘味処をふと通り掛かれば最近会ってさえいなかった貴人の令嬢と出会し、お茶に誘われるも甘味処の椅子に座り話し込んでいる女子達の会話が耳に入れば僅かに眉を寄せる。
『聞いた?燐さんと寺子屋の先生が恋仲だって噂!』
『勿論よ!でもちょっと残念。寺子屋の先生ちょっと狙ってたのに…。』
『冗談は良しなさいよ。其れにしても本当に絵になるなぁ…あの二人。でもさ、燐さんって何のお仕事してるのかしらね。』
『此の前うちのお父さんの大工仕事手伝ってくれたのよ。其の前は芝居で穴が空いた役を代役してたらしいし。』
『私見に行ったのよ。代役とは思えなくて驚いちゃった。』
『器用よね。頭が良くて優しい先生と燐さんか…。本当にお似合い。』
(沸々と全身の血液が沸騰するような感覚を覚える。
己はこんなにも短気だっただろうか。
令嬢の誘いをやんわりと断っては大人しく帰ろうと引き返す。
大股でくるりと振り返った事に激しい後悔をした。
『あれ!爛じゃん。何してんの?』
(満面の笑顔で手をひらひらと振る兄。…と兄にしっかりと手を取られている相手。
最悪の機会に咥えていた煙管を落としそうになるも変わらぬ無表情を貫く。
甘味処から湧き上がる黄色い歓声に応える様に町娘達にもひらひらと手を振る兄は、一人駆け寄って来た町娘の『あ、あの!お二人が恋仲って噂は、』と問い掛けににっこりと微笑む。
『えーもう噂になってるの?恥ずかしいなぁ。そうだよ。露草は女の子に人気があるから俺いつも冷や冷やしてるの。だから手出しちゃ駄目だよ?』
(見せ付ける様に相手の頬に口付けを落とす兄。
問い掛けて来た町娘は顔を真っ赤にしながら友人の元へと戻り話に花を咲かせている様子。
平静を装いながらも呆然とする。
昔から兄はいつだって己の欲しい物を奪い、見せ付けて来る。
「お熱いこった。」
『まぁね。爛も恋人の一人や二人作れば良いのに。』
(兄の横で何も言わない相手に苛立ちが走る。
正直、町娘の問い掛けに答えた兄の言葉を撤回して欲しかった。
いつものように兄に対して鬱陶しそうな表情であしらって欲しかった。
己に対しての、此れまでの言動、表情、態度、嘘だったのだろうかと身勝手な嫉妬心を感じるも、ふと冷静になる。
___嗚呼、そういう事だったのかと。
「まぁ仲良くやんな。俺はもう行く。」
(煙管の煙を吐き出し相手の横を通り過ぎる際、相手の肩にぽん、と手を置き耳元に唇を寄せる。
「俺に良くしてくれてたのは俺の顔が此奴と瓜二つだったからか。危うく騙されるとこだったぜ。…あんたはつくづく人を狂わすのが得意だな。先生よ。」
(吐き出した言葉に自分自身の心が痛んだ。
相手の顔すら見れずに逃げる様に大股で其の場を後にして。

(行く宛も特に無く、昼寝がてら丘へでも向かおうと街を出ようとした時。
ふと己の前を通り過ぎた長い藍色の髪に目を惹かれ、其の細い腕を掴んでしまい目が合う。
無意識だったが故、すぐにぱっと手を離し「…悪い。」と小さく謝罪をする。
何処と無く相手に似てはいる物の、目前にいるのは女性。
己の謝罪に対し緩やかな微笑みを浮かべ軽くお辞儀をする様子まで相手と良く似ていた。
通り過ぎる女性を見送ってはまたやるせない気持ちに襲われ、誤魔化す様に丘へと向かって。

  • No.99 by 菊 露草  2023-05-22 21:57:38 






『もう、爛が来てから表情暗いよ。…一応彼女に見られてるんだからしっかりしないと。と言うか二人は別に付き合ってるわけでもないんでしょ?何も気にすることないよ。』
「…まあ、それもそうか。」
(茶屋にて兄と向き合う形で座り茶を啜るところ、己は先の相手との一件で上の空。
一番見られたくない相手に“仕事現場”を見られ、恐らくだが不快な思いをさせてしまった。
ほんの少し、もしかしたら相手が怒る理由が嫉妬しているからなのではと自惚れがないわけではない。
だが然し、兄と関わるなと何度か言われてきた。
十中八九、苦手な兄と恋仲関係にあること事態が不快なのであって、其処に深い意味はないのだろう。
直ぐに弁明出来ないもどかしさと無意味に傷心する己自身に嘆息が零れ。
『ちょっと幸せが逃げていくんですけどー。ねぇ、今日はうちに来ない?…あー、変なことはしないよ。彼女も流石に人の家の中までは覗いて来ないだろうし、一緒にお酒飲むだけ。…家の中に一緒に入ってくところ見せつけるだけ。』
「…それで満足してくれるんだろうな。」
『さあね、でも早いところ満足してくれないと御婦人も待っててはくれないから“仕事”は早く片付けないと。』
(兄の言うことは最も。“仕事”と何度か口にしてくれるのも己が割り切りやすいように配慮してくれているのだろう。
相手には仕事が片付いたらちゃんと説明しようと蟠る胸内に気付かないふりをして「…分かった。今日は燐の家に行くよ。…楽しみにしてる。」と机の上に置かれる兄の手に指先を這わせて重ね柔く微笑んで。

(一方、丘付近。相手とすれ違った己に良く似た女性は相手とは初対面だが何かの縁を感じていた。
そして1つ聞きたいことを思い出し振り返ると小さくなった相手の背を追いかけて『あ、あの…すみません。』と僅かに息を弾ませて声を掛け。
『突然御免なさい。貴方、この辺りの人かしら。…私、寺子屋に行きたくて、良かったら場所を教えてくれると助かるの。地図を持ってきたのだけど風に吹かれて水溜場へ落として滲んでしまって…。』
(女性は既に乾いているが炭が滲んで何が書いてあるかわからない紙を見せて困り顔で微笑む。
斜め掛けで背負われた風呂敷には結構な荷物が入っていて、履物の草履も何処から歩いてきたのか潰れていて足も赤い。
『…ああ、でも用事があるわよね。追い掛けてきて御免なさい。』
(なんだか懐かしくてと微笑み頭を下げて女性は去ろうとしたがプチンと草履の鼻緒が切れるとバランスを崩し、荷物の重みもあり背中から相手のほうへ体が傾いて。)




  • No.100 by 霧ヶ崎 爛  2023-06-09 00:53:09 




(倒れ掛かる女性を咄嗟に支えては近くの石造りの階段に座らせ鼻緒の切れた草履を受け取る。
孤児荘の子供達は走り回り良く草履を壊す。
慣れた手付きで額の布を噛み切り草履の応急処置をしては無言のまま女性の荷物を取る。
「寺子屋だろ?案内する。」
(正直今寺子屋に行くのは気が引けたが危なっかしい様子のこの女性を一人で向かわせる方が後味が悪い。
柔らかく微笑み礼を言う女性の其の様子や顔立ちがどうしても相手と重なり、ふと無意識に顔を逸らしては寺子屋へと歩き始めて。

(寺子屋へと辿り着き玄関を叩くもどうやら留守の様子。
困った様に眉を下げる女性を尻目に、兄の所にいるのかと身勝手な嫉妬心が胸を支配する。
時刻は最早夕方。女性は『あの、ありがとう。充分助かったわ!取り敢えず帰ってくるまで待ってみて、夜までに帰って来ない様子であれば宿を探す事にするから、』と慌ただしく早口で話し始める。
心配を掛けさせまいと早口になる所まで相手とあまりに似ていた。
「連絡はしていなかったのか?今日来るって事。」
『其れは、…してない、』
昼こそ活気の良い町だが夜になればそこそこ治安も悪い。
このまま放って置く事など出来る筈も無く「家に来るか?」と問い掛けては慌てて説明を付け足す。
「此処からそんなに遠くないんだ。見寄りの無い子供達と住んでいるからそこそこ広いし部屋も空いてる。…別に変な意味で言ったんじゃない。」
(女性は暫く悩んだ後、『其れじゃあ、お言葉に甘えて。』と柔らかく微笑む。
女性の素性には触れないまま、孤児荘へと引き返しては頭の中は相手の事で埋め尽くされていて。

(其の頃、兄の自宅。
上等な酒を数本開けては僅かに酔った様子の相手を兄は上機嫌で見詰めていて。
時折兄の表情が切なげに曇る原因は先日見た夢。
兄の脳裏に過ぎる記憶はいつも無音で映像のみだった物の、先日見た夢は音までもが鮮明だった。
『-爛に伝えて欲しい。-』
(記憶の中の相手の言葉。いつも優しい微笑みを浮かべながら話していたのは恐らく自分の事では無かったのだろうと兄は何処と無く察していた。
幼少期、兄はいつも金を稼ぐ為に接待していた裕福な客から貰った菓子を己の元に良く届けてくれていた。…が、其の様な記憶は己自身残っていなかった。
父に己を家畜の様に扱う事を強要されていた事もあってか優しい態度で渡した事なんて無いに等しかった。
幼い頃、己にと持ち帰った団子を床に敢えて落とし『食べて良いよ。俺はさっきたらふく食べたから。』と言ったのを今でも兄は覚えていた。
うとうととする相手の髪を優しく撫でる。
『あの時はさ、爛が団子食べてみたいって言ったから俺は客に団子を強請ったの。其の前も。』
(独り言の様に呟きながら相手の頬を撫でては『…露草は渡したく無いんだよな。仕事でも演技でも、俺今が一番楽しいもん。』と小さく呟いて。

  • No.101 by 菊 露草  2023-06-11 22:41:23 







( 翌朝、己は酒に飲まれ昨晩のうちに帰宅するつもりが兄の住まいで寝落ちしてしまい。窓の面格子から差し込む朝日で目が覚め、いつの間にか寝かされていた布団から上半を起こすも脳内を刺すような痛みと気分の悪さに眉間に皺を寄せて額を押さえて。
『あ、おはよー。目醒めた?御免ね、ちょっと飲ませすぎちゃったね。あのお酒すごく口当たりが良くて飲みやすいんだけど結構強くてさ、別名酒豪泣かせって言われてるんだ。あ、二日酔い醒ましの生姜湯飲む?』
「__燐、昨日何か言ってたか?」
( 襖が開きお盆を手に入ってきた兄、いつもの明るい兄だがぼんやりと昨夜の記憶が残っていて物憂げな表情が重なり、生姜湯が入った湯呑を小声で礼を言いながら受け取って問いかける。
『えー、何か言ってたかな?』
「…そうやって茶化して誤魔化してるとまた誤解が解けないのが続くぞ。」
『わー、朝から辛辣。っていうかまたって何さ。』
「…確かに、なんでまたなんて思ったんだろうな。__生姜湯ご馳走様。寺子屋もあるしそろそろお暇するよ。仕立て屋も満足しただろ。」
『だね、今頃張り切って着物を仕立ててくれてるんじゃないかな。あ、寺子屋まで送ってく。』
( 子供じゃないから良いと断ったが付いてくる兄は好きにさせ、重たい身体を奮い立たせて外へ出る。
道中考えるのは相手のこと。誤魔化しているのは己も同じじゃないかと胸中嘆息を零し、さっさと相手に本当のことを報告しようと。
「…途中で団子買って帰ろう。」
『何、昨日の話やっぱり聞こえてたの?』
「孤児荘に、持ってってくれ。」
『…えー。』
( 嫌そうな顔をする兄に団子屋で買った団子を押し付け、団子屋でも兄と己の恋仲噂が浸透していて冷やかされたため此方の噂も早い所沈下せねばと思いながらひとまず兄と共に寺子屋へ向かって。


( 一方、孤児荘。
女性は相手と共に孤児荘へ行き夜まで居てもう一度寺子屋へ足を運んだが当然門は仕舞ったまま。
宿を探すつもりで居たが夜に女一人で宿に泊まるのも危険ということで孤児荘へ再び戻り一泊することに。
子どもたちとも直ぐに打ち解け風呂や寝支度などを手伝い子どもたちと同じ布団で雑魚寝した。
そして朝、女性は早朝から朝当番の子どもたちと共に炊事場に立って朝餉作りを。
着物をたすき掛けして己と同じ藍色の髪を目立たない簪で結い上げ、慣れない場所でも手際が良く焼き魚や味噌汁を調理していき。
『お姉さん料理上手だねー。』
『ふふ、ありがとう。でもドジなところあるから焦がしたり入れるもの間違えちゃったりするのよ。……ねえ此処のお兄さんと寺子屋の先生の関係って聞いてたりする?』
『爛兄さんと先生?…お話してるのは見かけるよ?』
『…そっか、そうよね。変なこと聞いてごめんね。』
( 女性は眉を下げて笑いながら鍋の中の味噌汁をゆっくりかき回していて。)




  • No.102 by 霧ヶ崎 爛  2023-06-25 00:17:43 




(翌朝、目覚めるなりのそのそと顔を洗いに行く。
子供達が次々に挨拶をしてくる中、通りがてら台所で昨夜の女性と年長の少女を見掛けては足を止めるも此方に気付いた女性が駆け寄って来るなり『昨夜は泊めてくれてありがとう。助かったわ。』と和やかな笑顔を浮かべていて。
「…別に。一応あんたは客人なんだから気を使わなくても構わないんだが、」
『じっとしてると落ち着かなくて。其れに料理は嫌いじゃないの。』
「今日は寺子屋に行くのか?」
『ええ。其の予定だけど…』
「なら、子供達と一緒に向かうと良い。昨日通った道とは言えあんたまた迷いそうだからな。」
『…確かに、否めない…。じゃあお言葉に甘えて。何から何までありがとう。』
(明るい日の元で良く見れば見るほど、女性は相手と似ており無意識に目を逸らしてしまうも女性は変わらず優しい態度で話ており何だか調子が狂う。
顔を洗い寝巻きから着替えては女性と子供達との朝食を済ませ、寺子屋に向かう女性と子供達を見送り。
縁側で煙管の煙を燻らせていた所、玄関を叩く音に気付き戸を開ければ何故か其処には兄の姿があり。
咥えていた煙管を落とし掛けるも変わらない表情のまま「何の用だ。」と問い掛ける。
『いきなりむつけないでよ。お届け物。』
(差し出されたのは団子の包み。
不意に脳裏に蘇る幼少期の記憶。
『-食べないの?餓死しちゃっても俺知らないよ?-』
幼い兄が包みを開けるなり態とらしく団子を地面に落とす。
脳裏に過った記憶に苛立ちを隠せず、団子を差し出す兄の手を思い切り払いのければ団子の包みはべしゃりと地面に落ちる。
『あーあ。勿体無い事しないの。…良かった。包みだけだよ地面に触れたのは。まだ食べれる。好きだったでしょ。団子。』
「…何しに来たんだ。」
『だから、届け物だって。露草からだよ。』
(兄の言葉に眉間に皺を寄せる。何故相手が自分に?と思ったが其れを問う事は無く、兄も何か話す素振りは無いまま用事は済んだとばかりに裾を翻して。

(寺子屋へ到着した女性は、道中『お姉さんって菊先生に似てる!』『家族なの?』と言った問い掛けを受けるも決定的な答えを述べる事は無く。
寺子屋の入り口の前で軽く身なりを整え直しては意を決した様に足を踏み入れるも、奥に見える相手の姿を見付けるなりやや足早で駆け寄り。
涙ぐんだ瞳で相手の腕を掴んでは漸く交わった視線。
掠れる声で『…兄さん。』と小さく言葉を漏らしてはじっと相手の瞳を見詰めて。

(兄が孤児荘を後にするなり自室へと戻る。
今日こそ依頼は入っていない物の、明日の依頼は中々に面倒臭い。
見せ物小屋から一人の少年を攫って来るとの事なのだが、少年の特徴として書かれている内容が“赤髪”のみ。
単に赤髪と言われても、明るめの茶髪の事も赤髪と言えるしと頭を悩ませる。
町はきっと相手と兄の話で溢れている為出向く気にもなれず自室で昼寝でもしようと寝転んで。

  • No.103 by 菊 露草  2023-06-25 16:59:50 






( 孤児荘へ団子を届けに使い出てくれた兄を見送り寺子屋で子どもたちを出迎える頃、突然の来訪者に瞠目する。
性別こそ違うが己と良く似た目鼻立ちに髪の色、背丈も己よりは低いが女の中では高い部類。
そんな初対面の女が己を『兄さん』と呼ぶ。
普通であれば不審でしかないが、何故か掴まれた腕を直ぐに振り解けずに狐につままれたように立ち尽くし。
『…やっぱり、覚えてない。当然よね…まともに会って話したのも数えるくらいしかないもの。突然ごめんね。でも私は兄さんとちゃんと話したい。出来れば急ぎで…。』
「状況がつかめないんだが…孤児荘の子どもたちと一緒に来たってことは其処の…荘主にもあったのか?」
『荘主…霧ヶ崎さんのこと?ええ、昨日お世話になって。子どもたちが此処まで案内してくれたの。』
( 女のことは信用出来ないが相手と会い、子どもたちも打ち解けている様子。
危険人物にも見えないため、まだ少し涙ぐんでいる女の掴む手をそっと解くと奥の部屋へ通して。

__

『御茶、ありがとう。兄さん。』
「…その、さっきから兄さんってのは…。俺には兄妹は居ないはずだが。」
『はず、でしょ?はっきり自分でも分かっていない。…小さい頃能力の代償で一度全ての記憶を失ってるから。』
「……。」
( 二人だけの部屋、女は御茶を飲み少し落ち着いたのか先程よりも物言いがしっかりとし、誰にも打ち明けたことのない事実をぴしゃりと言い当てる。
『私達、双子の兄妹なの。でも私たちの生まれた村は田舎で言い伝えに心酔する宗教村、双子は厄災を呼ぶ源と信じられていたの。両親は…特に母さんはお腹の子が双子だと確信していたから私たちを守るために他の村人に知られないよう私たちを産んだ。私は生まれて直ぐに今の育ての親に引き取られて、兄さんは母さんと父さんの元に残った。6歳くらいまではね、本当に偶にだけど両親と兄さんが会いに来てくれて一緒に遊んでたのよ。でも母さんが体を悪くしたって文が届いたきり連絡が取れなくなって、私も小さかったから村には行けなくて育ての両親も何か必死で隠してるみたいだったから深くは聞けなかった。…大人になって村で起きたことを知って、兄さんをずっと何年も探してた。それでやっと、やっと見つけた。会いたかったの。それだけじゃない、兄さんの助けが必要なの。あのね、私も能力者で、…「ちょっと待て…一気に話しすぎだ。」
( 大人しそうな“妹”と名乗る女は最初こそ控えめに話していたが、次第に熱がこもり高ぶる感情を声に乗せて前のめりに瞳を輝かせるが正直二日酔いの頭にはきつい。
生まれの村の話は何となく知っていたが己が双子なのは覚えがない。
しかも其の双子の妹は能力者だと言う。
二日酔いだけが原因ではない頭痛に片手で額を押さえる。
『混乱させて御免ね。…私、ハナ(華)。覚えない?』
「…ハナ。」
( ぽつりと名前を口にすると記憶の片隅に幼い少女の笑顔が靄が掛かって浮かび上がる。
だが妹だという実感は湧かずに申し訳ないが小さく首を横に振り
『いいの。…思い出せとは言わない。無理やり思い出させることもできるけど其れはしたくないし。』
「どういうことだ?」
『言ったでしょ。私も能力者なの。兄さんの能力のことは知ってる。その代償も。私は兄さんみたいに記憶を自由には操れない。だけどね、本人ですら忘れた記憶を呼び起こすことができる。だから今直ぐ兄さんが忘れた記憶を繋ぐこともできるわ。…大丈夫、しないから。ただ、必要なの。兄さんの力が。』
( 真っ直ぐな瞳、控えめなようで強引なところが己と似ている。
女は真剣な眼差しで訴えると机の上にあった己の手に自らの手を重ねて『その前に兄さんの話を聞かせて。…寺子屋に来たときのこととか。』と屈託なく笑って。)

( その頃とある見世物小屋。
狭い一室には窓が無く襖にも格子が付けられ錠付き。
隔離された其の一室の片隅で烈火の如く赤い髪を持つ青年が一人。
燃ゆる髪は紛うことなき赤。小柄で幼い顔立ちは少年とも言えあどけない。
そんな青年の細い手足首には“見世物”の証の鉄枷。
鎖で繋がれていないが、逃亡を測っても一目見て“見世物”だと気付かれる。
『あーあ、また脱走失敗。だからって窓無しの部屋って無くない?可愛い僕に酷い仕打ちだよねぇ。』
少年は畳の上に寝そべり器用に片足で鞠を回たり飛ばしたりして弄びながら襖の向こうの監視役に聞こえる声量でごちる。
監視役から返事はなく『つまんなーい。』とわざとらしく溜息。
然し片手に持つ肖像画を見て口元を緩ませては『ふふッ、直ぐに抜け出して会いに行くからね。…それとも会いに来てくれる?』と肖像画を胸元へ大事に引き寄せて嬉しげに一人無邪気に笑いを零す。
其の肖像画には正しく相手が描かれていて。)





  • No.104 by 霧ヶ崎 爛  2023-06-26 23:42:00 




(翌日、寺子屋へと向かう子供達を見送りながら相手に団子の礼すら言えずにいる此の儘の状況にもどかしさを感じていて。
子供達に「団子を貰ったから、礼を言っておいてくれ。」と一言言うだけの事など容易い筈なのに行動に移せない。
今夜の依頼の前調べにと真昼間の花街の奥、見世物小屋がある場所まで訪れては店主に金を払い、特別に見世物である者達の見物の許可を貰う。
『真昼に来る観客は少ないんだがね。お兄さんは物好きだ。気に入ったのがあれば金額交渉も承ろう。』
(店主の下卑た笑みを尻目に裏口から中へと入れば中には沢山の部屋。扉には小さな覗き窓が付けられている。
手当たり次第順番に見て行く物の、これと言って目立つ“赤髪”は見付からずに困っていた所。
『嗚呼、まだ一人いるんだ。脱走癖のある餓鬼でね。一番奥の二重扉の部屋にいるよ。見て行くかい?』
(店主の言葉にこくりと頷けば案内された部屋の覗き穴をそっと覗き込む。
薄暗い部屋の中から『わぁ!びっくりした!』と声が聞こえたかと思えば瞬時、部屋の中が明るくなる。
『ごめんごめん。真っ暗で俺の顔見えなかったでしょ。』
(覗き穴越しに満面の笑みを此方に向ける青年の髪は人目を奪う程の赤。
そして其の少年の手から燃え盛る炎が薄暗い部屋の中を明るく照らしていた。
『あの餓鬼は炎人間。身体の至る所から炎を出現させる事が出来るのさ。うちの一番人気だからな。あれはそう簡単には売ってやれないが、どうしてもと言うのなら考えてやっても構わない。ただし値は張るぞ?』
店主の言葉に頭を悩ませる。攫わずとも金を払って仕舞えば良いのでは無いかとも思ったが見世物に売られてる人間の素性など知れないし、依頼は忠実に言われるがままに実行するのが安牌。
「いや、いい。手間掛けたな。」
(店主に手短に礼を言っては裾を翻すも、扉がガタガタと鳴れば『え?ちょ!兄さんもう行くの!?』と青年の声が響き。
何も言葉をかける事も無く其の場を後にして。

(其の頃、兄はいつもの如く寺子屋へと向かっており。
手には物珍しい外国の焼き菓子。
『胃袋から掴んで行こうなんて、俺ってばいじらしいんだから。成長しても餌付け癖は変わってないんだろうなー。』
呑気に独り言を溢しながら寺子屋の門を潜った所で庭を掃き掃除している妹の姿を発見しぴたりと動きを止める。
『あら。こんにちは。』
『びっくり…してる筈なのに、不思議だな。俺君と初めましてな気がしないよ。』
『兄さんと顔が見てるからかしら。…でも奇遇ね。私も、なんだか不思議な感じ。』
『一応挨拶ね。寺子屋のお手伝いしている霧ヶ崎爛でーす。』
『…の、お兄さんの燐さんね。兄さんから聞いてるわ。ふふ、騙せると思った?』
(妹の柔らかい微笑みに釣られて表情を綻ばせるも、兄は部屋の中にいる相手の姿を見付けるなりばたばたと其方に駆け寄れば焼き菓子の箱を相手に手渡して。
『あ、団子。渡しといたからね。』
(思い出した様に一言言えば其の先を言う事は無く箱を開けるように促して。

  • No.105 by 菊 露草  2023-06-30 23:18:18 





( 妹と名乗る女の話は実感は無かったが嘘とは思えず、泊まる場所もないと言うので押しの強さにも負けてひとまず寺子屋の手伝いをさせていたところ、兄が来て渡された菓子を受け取り。
「へぇ、変わった見た目だな。いい匂い。…団子もありがとな。」
『別にー。…あ、そう言えば妹さん、来てくれたんだね。さっき門のところで会った。此処に泊めるの?』
「ああ、実感がなくて初対面なのにどうかしてると思うんだがな。少し頼まれごとをされたんだ。ただ仕立て屋の一件もあるし直ぐには取り掛かれないから其れまでは寺子屋の手伝いをしてもらいながら空き室に泊まってもらうことにした。」
『ふーん、初対面の女の子泊めちゃうなんてだいたーん、なんてね。…そうそう、仕立て屋だけど早速さっき飛脚から文を渡されて今夜中にも仕立てられるってさ。ただ最後にまた俺たちの恋人関係を見たいらしいから受け取りは一緒にだって。』
「…仕事は早いのに面倒だな。」
『だから今夜もよろしくね、露草。』
「仕立て屋から受け取ったら彼奴には本当のこと話すからな。」
『はいはい、さ、俺は子どもたちのところ言ってくるよ。』
( 手をひらつかせて子どもたちの元へ向かう兄の背を見送り、先程受け取った焼き菓子に視線を落とす。
相手は異郷の菓子は好きだったりするのだろうか。
団子を受け取ったときの反応も直接見たかった。
妹のことも、兄のことも色々話したい。
考えることは多いが考える大半は相手のこと。
ひとまず、今夜の仕立て屋の一件を片さねばと焼き菓子は後に取っておき己も子どもたちの元へ向かって。

( 夜の花街。
見世物やの一室で赤髪の青年はむくれたいた。
昼間見た相手の姿。其の姿を見た瞬間昂ぶった感情。
夢の中で何度も見た相手の姿。
きっと夢の中の相手と昼間に見た相手は別人なのだろう。
だがそんなことはどうでも良かった。
自身と同じ異彩な髪色。見世物小屋に関わりを持つ能力者。
少し前に相手が少しの間見世物小屋で其の能力を開放した時、電撃が走ったのだ。
__嗚呼、なんて優美なんだろう。此の人のことを待ってたんだ。此の人なら人から忌み嫌われ堕しに使われる虚しさや諦めも、寂しや孤独も分かってくれる。
相手の孤独も己なら埋められると、会ったこともないのに一目見て抱いた感情。
客に取り入って手に入れた肖像画を大事に眺め、漸く昼間に相手と会えたのに。
『でもきっと兄さんまた来てくれるよね?』
( 青年は何となく相手がまた来てくれる気がしてこっそりと屋根裏の天井の一角を開けやすいようにして、素知らぬふりをして退屈そうに畳に寝転んでいて。)





  • No.106 by 霧ヶ崎 爛  2023-07-07 20:10:51 




(時刻は夜。昼間偵察に出向いた甲斐もあり青年の部屋は掴めている為颯爽と花街へと向かえば人目を避ける為屋根へと駆け上がる。青年の部屋はこの辺りだった筈と記憶を呼び起こしながら屋根の一角を拳で叩き音を確認する。…も、明らかに不審な点があり眉間に皺を寄せる。内側から処理を施されているかの様にやたらと響く音に不信感を持つも屋根板を引き剥がす。あっさり侵入できた屋根裏部屋。飛び降りた位置の足元をまた軽く拳で叩き板を剥がそうとしたした物の、驚いた事に既に板は剥がれておりただ被せられているだけの状態で。
依頼がバレて罠でも仕掛けられたのだろうかと、そっと部屋の様子を覗き込めばぱちりと目があった青年に冷や汗を溢す。
『兄さん!ここ!早く引き上げてー!』
(小さな声で言いながら手を伸ばす青年。今回の依頼内容は青年にも伝わっているのだろうかとすら思ったが青年はあくまでも囚われの身である筈。そんな事は有り得ない。
上半身を真下にぐっと身を乗り出し、片手で青年を抱き抱えては屋根裏部屋へと持ち上げる。
見付かっては面倒だと駆け足で花街を拭ければ青年は呑気ににこにこと微笑んでおり『ありがとー!あそこ、退屈だったんだよね。』と礼を述べて来て。
「勘違いするな。あんたの為にやったんじゃない。俺は人攫いだ。」
『え!!!助けに来てくれたんじゃ無いの!!!』
(騒がしい青年に頭を抱えるも不思議な事に逃げ出そうとする素振りは無い。此の儘引き渡しまで大人しくしてくれれば良い物の油断は禁物。しっかりと青年の腕を掴んだまま大股で裏道を歩いていれば向こうから来る人影に気付き青年の口を塞いだまま物陰に隠れる。

『ほら露草。ちゃんと腕組んでよ。全く、全然慣れてくれないんだから。でもそんなところが可愛いんだけどね。』
(響き渡る兄の声に思考が止まる。恐らく向こうから来るのは相手と兄。ここ最近では一番会いたくない存在だった。
一瞬緩んだ手元。
『もう兄さん!乱暴にしてくれちゃって、』
慌てて再び青年の口を抑えるも時刻は既に夜中。
静寂に包まれる路地裏に青年の声は響いており。
近付く足音に冷や汗が垂れる。

『…爛?何してんのそんな所で。』
(真後ろから掛けられた声に諦めた様に向き直る。
『え、何してんの。君大丈夫?』
(兄は己の腕の中でばたばたと暴れる青年に話し掛ける。致し方無いと口を開く。
「依頼で『兄さんに一晩買われたの!』」
(満面の笑顔で答える青年。青年の唐突の発言について行けず開いた口が塞がらないままでいれば兄に肩を組まれる。
『爛も男だね。』
「触るな。違う。こいつはそんなんじゃ、」
『酷いよ兄さん!ここまで連れて来といて今更話は無しなんて言わないよね!』
(慌てて弁解をしようにも聞く気配も真実を話させる気配も無い。相手の顔を見れないまま青年が余計な作り話をし続けるのを防ぐ為強引に其の場を後にして。

  • No.107 by 菊 露草  2023-07-11 22:40:13 




『爛はあーいうのが好きなんだね。なんか意外。でもあの赤毛の子、何処かで見たことあるような。ね、露草もそう思わない?』
「…さあ。」
『うわ、今迄で一番の仏頂面。…今夜はお楽しみみたいだし直ぐには本当のこと伝えに行かないほうがいいかもね?』
( 兄の茶化しはあまり耳に入っていなく、相手と青年が去った夜道を見据える。
相手は何処か焦っていて弁解しようとしているようにも見えた。
だが、真実(青年を買ったこと)がバレたら体裁が悪く否定しようとしたのかもしれない。
また胸の蟠りが増えたと短く嘆息を零すとさっさと目の前の案件を片付けようと少々雑に兄の手を引き仕立て屋の元へ向かって。

( 翌朝、寺子屋にて掃除をしてくれる妹を少し離れたところで眺めながら考えるのは昨夜のこと。
仕立て屋の案件は追加の頼まれごと(兄との軽い絡みを要求された)はあったが上等な着物は手に入れ無事に御婦人の手に。
御婦人はミケさんのことを未だに忘れられないでいたようだが、仕立て屋の着物を見た瞬間目が輝いて態度は急変。
ミケさんへの興味も己たちに向けられた敵意も薄れたようでひとまず一件落着。
然しである。問題を解決する過程で起きた事態のほうが今は深刻で朝から眉間に皺が寄っていて。
『…兄さん怖い顔。昨日の夜出掛けたたみたいだけど何かあったの?』
「あった。…すまない、少し出掛けてくる。もうすぐ燐が来ると思うが寺子屋の番を頼みたい。」
『それは構わないけど…霧ヶ崎さんのところに行くの?』
( 察しの良い妹、なんでわかったと言う表情で見返し言葉は発さずに短く頷くと「頼んだ。」と軽く肩を叩き、兄とのことを打ち明けるつもりで孤児荘へ向かって。

( 時は戻り昨夜、青年は己と兄と別れ再び相手と二人きりになってからも逃げる素振りはなく相手の腕の中に収まり上機嫌に足をぶらつかせる。
『ふふ、本当に俺のこと買ってくれてもいいんだよ。なんて。兄さんも仕事なんでしょ?ねぇ、提案があるんだけどさ。誰が俺を攫ってくるよう頼んだか知らないけど、俺をその組織?依頼主か誰だかに引き渡したあと、その依頼主に頼んで俺と組んで一緒に仕事しない?兄さんと二人なら何でもできるから絶対に儲かるし楽しいと思うんだよね。…お願い、俺また一人ぼっちは嫌だし誰かの言いなりになって閉じ込められるのはやだよ。』
( 青年は明るさと寂しさを上手く織り交ぜて眉を下げては瞼を伏せ相手の着物の合わせ部分をキュッと握って下唇を噛んで。)



  • No.108 by 霧ヶ崎 爛  2023-07-24 22:53:04 




(いつもよりやや早めに目を覚ました朝方。思い返すは昨夜の事。青年の提案に言葉を返せないまま依頼主の屋敷まで訪れてはまだ悩まし気に眉を寄せる。
己より僅かに年下であろう青年の境遇を思えば断る事もできず、尚且つ青年の世渡り上手な一面など知る由も無く「さっきの誘いに乗ってやる。ただし俺の邪魔はするな。」と言葉少なに返答して。
屋敷に入るなり青年の言葉巧みな交渉により依頼主も暫し悩んでいる様子。
しかし青年の『貴方達に悪い様にはならないよ。裏切らない限り。ほら、俺が村ごと焼き尽くしたすごい噂はもう知ってるでしょ?』といった発言に依頼主は表情を変え二つ返事で首を縦に振り。
屋敷を後にするなり先程の青年の発言を掘り下げる事も無く、別れも告げないまま青年とは反対方向に裾を翻す。
昨夜の事を思い出しつつ、面倒な事にならない事だけを願いながら顔を洗い縁側で一服をしていた所でのそのそと起きて来た年少の少年が『あれ。兄ちゃん早いね。』と声を掛けて来た事に気付き其方に視線を向ける。
「お前も随分早起きだな。」
『うん。華ちゃんがね、早寝早起きできる子は格好良いって言ってたから。』
「友達か。」
『爛兄ちゃんも知ってるでしょ。お泊まりに来たお姉ちゃん。華ちゃんって言うんだよ。菊先生の妹なの。』
(少年の言葉に驚く。思い返せば名前も知らなかった。きっと何か訳有りなのだろうと問い掛ける事もしなかった。
相手と良く似たあの女性は相手の妹だったのかと、すんなり納得してはふと相手の事を思う。
もう暫くまともな会話をしていない気がする。

「-こんな事になるくらいならば、もっと、沢山の想いを言葉にすれば良かった。あんたが嫌がる程、小っ恥ずかしい甘い台詞でも吐いてやれば良かった。-」
「-もしまたあんたと巡り会えたなら、其の時は、-」

『___ちゃん!兄ちゃんってば!』
(少年の言葉にはっとする。
『何急にぼうっとしちゃって。』
(唐突に脳裏に浮かんだ、恐らく己の先祖と思しき男の姿。
悲しげな其の後ろ姿に、行き場のない苛立ちを覚える。
己にどうしろと言うのだ。
朝餉の時間が近付き、起きて来た子供達の姿に正気になれば己も着替えを済ませ街にでも向かおうと。

  • No.109 by 菊 露草  2023-07-29 23:55:13 





( 青年が相手にした提案や相手が華が己の実妹だと知ったことは知らずに孤児荘へ向かう道中、まさに今会おうとしていた人物が街方向へ続く道を歩いて行くのが見えて。
少し距離があったが走っていくと後ろから手首のあたりを掴む。
意外と細い、なんて思いながら_
「待て、…ちょっとお前に話がある。」
( 有無を言わさずぐいっと手を引き道の端に寄ると手を開放し、勢いのまま話させば気持ちがまた揺らぎ兼ねないため口を開いて。
「燐とのことだが…彼奴とは何でもない。恋仲ではないし、フリだよ。演技だ。ご令嬢の猫と御婦人絡みの任務があっただろ。其のいざこざを片付けるために恋仲のフリが必要だった。…此の一件が片付くまで口止めされてたんだ。」
( 一気に話すとやっと言えたと肩の荷が一つおりたかの如くはぁと深い嘆息を零す。
「演技をするのに街中巻き込んで街の人はまだ俺と彼奴が恋仲だと信じ込んでるし溜まったもんじゃないよ。…お前にも色々と不快な思いをさせてただろ。誤解を解いて置きたかった。」
( もっとはっきりとした言い方があるはずなのだが昨夜の青年と相手のやりとりが脳裏を過りぼやけた物言いをし、探りをいれるように視線を向けて。
「ところで、昨日一緒にいた赤毛の子が言ってたのは本当か?…買ったとかどうのって。いや、こんなこと聞くようなものじゃないのはわかってるが、信じられなくて。」
( 声を潜めてやや相手の耳元に顔を近づけて問い掛けてはどうなんだと視線を向けて答えを待って。)




  • No.110 by 霧ヶ崎 爛  2023-08-11 23:52:58 




(掴まれた腕、驚きながらも振り返れば相手の姿があり僅かに身構えるもやや早口で語られる相手の言葉に呆然とする。
段々と整理されていく脳内、目前の相手は嘘をついている様には見えずにこれまでの己の葛藤は何だったのかと恥ずかしくなって来て。
顔を隠すように俯きながら髪をぐしゃりと掴み大きな溜息を溢す。
青年の事を問われどこまで話して良いものかと頭を悩ませる。
が、しかし、誰よりも相手に誤解をされるのは心苦しいと思う気持ちには逆らえずに静かに口を開く。
「いや、あれは、…あいつの悪い冗談だ。…というかあいつの事は良く分からない。能力を持ってて見世物屋に居たって事くらいしか。」
(昨夜の出来事を簡潔的に話していた所、立ち話をしていてもと思い、柄にも無く取り敢えず何処かに入ろうという旨の提案をする。
久し振りに相手と並びほんの数歩歩いた所で路地から勢い良く飛び出して来たのはまさに今相手に話していた赤髪の青年。
あからさまに眉間に皺を寄せるも青年はにっこりとした笑みを崩さないまま相手に『こんにちはー!』なんて挨拶をしており。
「仕事以外で関わる気は無いんだが、」
『まぁまぁ!それより何処か行くの?俺も一緒に行って良い?』
「悪いが俺はこいつと話があって、」
(己の言葉を遮る様に青年は相手の前に立ち『一緒に行っても良い?』と笑顔で問い掛けていて。
強引な誘いに痺れを切らし、青年の肩を掴もうとするも青年は相手の手をきゅっと握り『兄さんのお友達でしょ!?俺とも仲良くしてよー。俺友達いないからさ!一緒に甘い物でも食べよ!』としつこく誘っていて。

(青年ははなから己と相手の言葉など聞くつもりも無かったかの様に強引に着いて来ては取り敢えずと入った茶屋にて呑気にあんみつを注文しており。
折角の相手がいても青年の前では深い話は中々出来そうに無い。
あんみつと抹茶を運んできた看板娘が相手に微笑みながら『あら先生。今日は燐さんは一緒じゃないの?』と声をかけるのに反応しては相手が口を開くより先に口を出す。
「燐のおままごとに付き合わされてただけだとよ。」
『そうだったの!?町中先生と燐さんの噂でここ暫く持ち切りだったのに…。私もお似合いの二人だな、なんて思ったり。』
「顔が同じなんだ。俺ともお似合いって訳だな。なら次は俺と先生の噂でも流しといてくれ。」
『あら!兄さんさては、』
「燐への当て付けだ。勘違いするな。」
(相手と兄の関係の誤解を知った以上、“持ち切りの噂”を聞くだけでも苛立ちが勝り、また柄にも無い事を言ってしまったと後悔する。
『こらこら兄さん。そんなに噂が立て続けに広まったら先生にも迷惑かかっちゃうでしょー。』
(青年が匙を指で遊ばせながら指摘して来た事に、言われてみればそれもそうか、なんて納得しつつも内心は本当に相手と己の噂が広まって仕舞えば良いのになんて思っていて。

  • No.111 by 菊 露草  2023-08-16 14:06:35 








(何だかんだで到着した茶屋、赤毛の青年のおまけ付き。
相手は己の言葉を信じてくれて、どうやら赤毛の青年も仕事上の関係らしい。
相手からのお誘いに舞い上がったのも束の間、また邪魔が入り今に至って。
話の流れで相手から放たれた言葉に期待してしまうも、どうやらそれも“勘違い”。
先程から己の感情の起伏は忙しないが表面上は平静を装い。
「別に迷惑とは思わない。…寧ろ俺にとっては好都合だ。」
(態と曖昧な表現をして薄く笑みを浮かべ相手を見遣れば残っていた茶を流し込んで立ち上がり「俺はそろそろ行くよ。…話はまた。」そう言って3人分の勘定を先に済ませてしまっては一足先に茶屋を出て。

その直後、その期を待っていたかの如く相手と青年の前に町商人に扮した黒服が近づいてくる。
『ようお二人さん。二人組んだんだってな。…早速依頼主さまからご依頼だ。まぁ腕試しってところだろう。』
(男は二人の前に依頼の書かれた紙を伏せて差し出す。
そして分かりやすく表情を歪め『…化け物同士お似合いなこった。』と嘲罵を吐き捨て、直ぐに立ち去っていき。
『わぁ、俺たちお似合いだって嬉しいなぁ。』
(青年は皮肉をはしゃいだ声で漏らし、男の背中にべぇと舌を出して。
『何にしても初の共同作業だね、兄さん。』
(青年は笑顔であんみつを頬張ると依頼が書かれた紙を相手に差し出す。
紙には【将軍が集う宴会の賑やかし。能力を存分に使うこと】と。)




  • No.112 by 霧ヶ崎 爛  2023-09-20 21:46:43 




(相手と入れ替わりに近付いて来た、恐らく組織の者であろう黒服の男から渡された紙に目を通す。
裏稼業を始めて間も無くはこういった類の依頼しか入らなかったなと思い出し溜息を一つ溢す。
報酬金額はまあまあだが、きっとこの設定金額は“将軍が気に入れば”の金額なのだろう。
会計を済ませようと店主を呼ぶも会計は済んでいるとの事。
青年が『ご馳走になっちゃった!今度お礼言いに寺子屋に行ってみようかな!』と呑気に話しているのを尻目に己は颯爽と甘味処を後にして。

(時刻は夜。陽が落ちるのが早くなったと言えどまだ蒸し暑さが残っており襟首を軽く乱す。
青年は先に城へと向かっているとの事。
同行を迫って来たかと思えば『…あー、いいや。やっぱ先に行く。兄さんはゆっくり来てね!』と唐突に言って来た昼間の青年の様子をふと思い出す。
門番に話を済ませ、中へ通される。
宴会部屋と思しき大広間、豪華な襖を引けば室内は不思議と静まり返っており、将軍の正面に佇む青年が此方に振り返る。
『あ!兄さん!早かったね!』
「…、」
『それで将軍様、話を戻すね!今俺に勧めたこのお酒に入っている薬は何?依頼内容は俺達の能力で見世物だった筈。本当の目的が別にあったとか?』
「おい、何の話だ。」
『俺もさっき着いたんだけど、取り敢えずお近付きの印に一杯!ってお酒貰ったの。でも味少し変わっててさ。普通の人間なら騙せたと思うけど俺の舌は誤魔化せないよ。…うー、まだ舌がじんじんする。』
(舌を出す青年の前にある酒に鼻を寄せるも、鼻の効く己にすら異変は感じられない。
眉を寄せ、酒を口に含もうとするも青年に酒の入った盃を弾かれれば鈍い音を立てて畳に落ちる。
騒ぎ出す将軍の側近達。
刀を抜こうとする仕草に此方も身構えていた所、不意に立ち上がった将軍が青年に近付き頬を撫でる。
『毒を見抜くのは特技か?』
『特技…になったのかな?ほら、俺みたいな化け物は見世物の一環としてこう言った類の薬良く飲まされるの。だから慣れて来ちゃった。倒れる程の品じゃ無かった事を見ると、殺す気では無かったって事だよね?気でも失わせて俺達を売り捌こうとか?』
(笑顔を崩さないままつらつらと話し続ける青年に呆気に取られていた所、将軍は面白そうに口角を上げる。
『気を悪くさせて悪かったよ。次の酒にはもう薬は入っていない。安心してくれ。』
『上等な薬でしょ、これ。俺じゃ無かったら気付かなかったもん。また盛られたら怖いなぁ…。そうだ!ねぇ将軍様、可愛い俺の顔に免じてお願い聞いてよ。』
『…ほう、言ってみろ。』
『この薬を売った人、今此処で俺の目の前で始末してよ。きっと薬の効果を確かめる為に隠れてたりするよね?…俺薬だけはどうしても怖いし、もう薬を入れないとかいう口約束も嫌いなんだよね。もし俺のお願い聞いてくれたらたんまりご奉仕するよ?』
(目の前で繰り広げられる出来事にまだ頭の整理が付かない。
しかし青年の口から発せられた“上等な薬”という単語に冷や汗が落ちる。
薬の売人など五万といる。相手だけじゃない。
必死に己自身を安堵させる為相手でない事を願っては瞳を伏せていて。

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