陶芸家 2023-02-03 13:43:56 |
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( 空室へと案内し終えると、部屋への感想は殆ど聞き流す形でゆるりと腕を組みつつ入口の木枠に身を預ける。初めて自分の部屋を手に入れた子どもか、新居にマーキングして回る猫か。部屋のあちこちに目を留めながらぐるりと一周する相手をそんな心持ちで眺めていると、彼女がふと手を伸ばしたのは一冊の雑誌。そんなもの読んでいる暇かと苦言を呈そうとしたところで聞き捨てならない言葉が飛び出せば、相も変わらず木枠に寄り掛かったまま部屋の入口からやや低い声で問い )
…何だ、疑っていたのか?
え?…あ!別にそんな、疑ってたとかじゃなくてですね…!
( 耳に届いた声色は、怒っているのか呆れているのか、先ほどまでよりも少し低いように感じられ。目を通していた雑誌から顔を上げ声の主のほうへ顔を向けて、一拍の間をおいて弾かれたように弁明を。読んでいた雑誌は急いで閉じて元の場所へと戻して、体ごと相手のほうへ向き直ると視線を宙に逸らし、しどろもどろに告げて )
ああ~…、その、私には陶芸って身近じゃなくって…正直先生と言われてもあんまりピンと来てなかったといいますか…。
…ふぅん。
( 最初こそ半信半疑といった眼差しを投げ掛けていたものの、じきに世間一般の人間は自身が向けるそれ程は陶芸に関心を持たないことを思い出せば、僅かに声を消沈させつつも了解したようで。漸く木枠から身を離し、一度窓の外へと目を遣ると、ふと素直な感想を零し )
それでよくこんな所まで来る気になったな。
それは、…仕事を探していたので。
( てっきり先ほどまで飛んできていたような嫌味っぽい言葉を投げかけられるとばかり。落胆しているように見える相手に目を丸くし、ぽろりと口から出たのはここへ来るに至った正直な理由で。つられるように窓の外に視線を遣り、どこか乾いた笑いと共に問い掛けて )
少しは興味を持ってる人のほうが良かったですか?
君は家政婦だ。家事と、来客と電話の応対だけこなせれば問題ない。
( 自身と相手の間に線を引くように、あるいは自身に再認識させるように、問いに対して人間らしい情に欠ける答を返せばふっと目を伏せる。ビジネスパートナーならいざ知らず、家政婦にまで相応の知識と審美眼を求めるのはお門違いというものだろう。身を翻して木枠に手を掛けると、如何にも人嫌いといった台詞を吐き、次の場所へと足を向けて )
下手に仕事の邪魔をされてもかなわないしな。――さぁ、気が済んだなら次に行くぞ。
そうですか、…よかった。
( ふ、と息を吐き安堵した表情を浮かべ。もしも、陶芸に興味を持てと言われていたら投げ出すのは自分が先か、相手が先か。どうも芸術的な視点で物事を考えるのが苦手で、最低限見た目や機能が奇抜でなくて実用的であれば、どれも同じに見えてしまうような始末。生来こんな感性で生きてきたものだから、相手の言葉は冷たいようにも思えるけれど、簡潔で話が早く、自分にとっても都合の良いもので。次の場所へ向かう相手の背を追いつつ )
――はい、案内よろしくお願いします。
ここが手洗い、こっちが洗面所、風呂――
( 廊下を先導して歩き、その道中視線さえ向けないまま両脇に現れる扉に触れては位置関係だけを次々と明確にして。最後に突き当たりで足を止めれば、そこは自分なりの秩序はあれど、傍目には食器や調理器具、食材、家電が乱雑に置かれた場所で )
…で、ここが台所だ。
( 告げられた場所に視線を向けている間にもう次の場所を告げられ、中を見て確認するのは後にしようと切り替えれば、ちらりと扉を眺めるだけに留めて後を付いていき。最後に案内された場所で同じように足を止め、顔の向きを変えて視認できる範囲を確認し )
わあ。…あの、お聞きしたいんですけど物の配置には拘りがおありで?
――は?
( 突然の質問に思わず呆けた声を漏らし、今一度周辺を確認して漸く惨状に気がつく。全くの無秩序ではないにせよ説明に足るだけの言葉も見つからず、無駄にゆったりと腕を組むと、取り敢えずで置いていたらいつの間にかそこが定位置になっていた、というようなことをやけに婉曲な言い回しで伝えて )
…言うなればあれだ。そう…〝住めば都〟。
――なるほど。今日はともかく…時間のある時に整頓しようかと思います。
( 返答を聞くや否や、神妙な顔を作りコクリと頷いて。どうやら何か意図があって配置しているわけではないらしいということを窺い知ることができ、そうとなればすることは一つ。自分の中の後でやることリストに新たに台所の整頓を加え、改めて台所の中にあるものを確認しつつ )
そうだ。移動させないほうが良い物とか、これは慎重に扱えーとか、ありますか?
…君の好きにしてくれ。
( 意味ありげに発した言葉に特段深い意味がないことを簡単に看破されると、諦めたように息を吐き出しつつ同意し。言葉通りに台所のことは全面的に相手に任せようとしていたところ、気軽な調子で新たな質問が飛んで来れば顎に手を当て食器類を眺め。一つ一つ懇切丁寧に品物の説明するのも面倒なれど、先程部屋で聞いた話が頭を過れば、さてどうしたものかと眉根を寄せて )
君はどのくらい――陶芸が分からないんだ。
どのぐらい――んん、そうですね…。
( 自分の陶芸への理解のなさを問われ、どう伝えたものかと唸り少しの迷いを見せ。きょろきょろと辺りを見回して、丁度そこにあった皿に目を留める。使いやすそうな手ごろな大きさ、少し深さがあって使いやすそう――価値は、よく分からない。相手が適当にその辺で買ってきたものなのか、はたまたその手で手掛けた作品なのかも分からなければ、百均で買ってきた皿と並べられてどちらが良いものかといわれても答えられないだろう。その皿を指で指し示し、素直に感じたことを述べて )
このお皿とか、使いやすそうだなあ、と思います…。…実用性以外の部分はあんまり気にしたことなくって。ちなみにこのお皿はどういった…?
それは、作家が手掛けた一点ものだな。作家自身が主婦で、様々な料理に対応できるようにというテーマもあるようだから、君の観点もあながち間違いじゃない。――値段で語るのは好きじゃないんだが…、まぁ君にはそっちの方が分かりやすいだろう。これは日用品の域を出ないものだし、十数万ってところか。
( 相手の指し示した先を見れば感心したように眉を上げるも、それは理由の判明と共に元の位置へと戻され。説明を渋ろうとしていた割には滔々と品物のルーツを語り出すと、皿に歩み寄ってそっと持ち上げ、鑑定でもするように眺める。やがて解説が終わって口を閉ざせば、彼女が正真正銘の門外漢であることを理解したようで。彼女の為と言うよりは自身の為にそれなりの時間を掛けて説明することを決め、一声掛けた後に食器棚に向き直り )
…ともあれ、君の知識の程は分かった。少し待て。
じゅ、十、数万…?
( 日用品という言葉にホッとした表情を浮かべたのも束の間、その後に続いた値段は自分が日用品として扱うには気が引けるもので。相手の言い分からして、これ以上の値段のものがこの台所にあるのだろうと思い至ると口元を引きつらせ。聞くのも怖いけれど、聞かずに扱って万が一があった時の方がきっと怖い。きちんと説明をしてくれる様子の相手に、肩を竦めて縮こまりながら )
はい…すみません、お願いします…。
これらが先程の皿と同じ作家ものの器。それからこれが――僕が僕の為だけに焼き上げた茶碗だ。売りにこそ出していないが、売れば五十万程度にはなるだろう。
( 食器棚から慣れた手付きで数点の食器を引き抜くと側の机に並べ。「手短に済ませるぞ」と前置きしては、その食器を囲むように空中にぐるりと円を描きながら考え得る限り最も簡素な説明を口にする。それから円の中に収めなかった茶碗を持ち上げるも、ちらりと一瞥しただけですぐに机上へと戻し、その横のよく似た茶碗の縁には軽く触れるのみで )
こっちは習作だから大した価値は無いな。食器棚にあるこれ以外の皿は大体一万程度の代物だ。…理解したか?
(/突然申し訳ありません、背後より失礼します。自分勝手な報告で大変申し訳ありませんが、この度はお相手の解消をお願いしたく参りました。短い間ではありましたが、本当に楽しいやりとりをさせていただけて光栄でした。主様が良いお相手様と巡り合えることを祈っております。)
( / お相手の解消につきまして、承知いたしました。こちらこそここまでお付き合いいただき、また楽しい時間を過ごさせていただきまして、本当にありがとうございました…! )
( / 今更だというのは重々承知しておりますが、申し訳ございません、奏絵さんがあまりにも好みで諦めきれず…。お相手解消の理由を話せと強要するつもりは毛頭ございませんので、もしこの書置きに気が付くことがあれば、再開の可能性があるか否かだけでもお聞かせ願えませんでしょうか? )
(/お久しぶりです。こうして書置きを残していただけるほど、奏絵を気に入っていただけて本当に嬉しく思います。不躾な申し出で一方的にお相手の解消をした身として、本来であれば反応を残すのもどうかと思いましたが再開の可否だけでもとのことなので失礼します。
結論として、再開はしたくないというのがこちらの答えです。理由といたしましては、当方が純粋に菱形先生と奏絵のやりとりを楽しめる心境ではないこと、日が空いたこともあり気に入っていただけた奏絵を提供できるか不安があるということです。楽しいやりとりをさせていただいていたことは勿論、極めて誠実に対応していただいていたことも知っております。偏にこちらの気持ちの持ちようの問題であり、主様に何か問題があったというわけではないということだけ付け加えさせてください。
再び、またどこかで別の姿でお会いすることがあれば、そのときは是非よろしくお願いいたします。それでは。)
( / お久しぶりです。まずはお返事ありがとうございます!望み薄だと思っておりましたが、こうして背後様に気付いていただけて、言葉を尽くしたご説明までいただけて、感謝の念に堪えません。再開の可能性は無いとの旨、承知いたしました。残念ではありますが、背後様の描き出される奏絵さんが大好きでしたとお伝えできただけでも幸いです。またどこかでご縁がありましたら、その時はよろしくお願いいたします…! )
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