吸血鬼だって恋をする(〆)

っ…！女の子…？
(光の殆どない部屋に入って一番初めに目に飛び込んできたのは部屋の真ん中に鎮座する棺桶だった。標的はこの棺桶の中かと考えた矢先、棺桶とは別の方向から声が聞こえビクッと一瞬肩を跳ねさせるが、すぐそちらへと銃口を向ける。暗くて気づかなかったがベッドがあったらしい、そこから起き出してきた者の姿を見て我が目を疑う。そこに居たのは自分と同い年か下ぐらいの年の少女であった。しかし吸血鬼は人と変わらない見た目で身体能力は非常に高く気は抜けない、銃口を向けたまま警戒は解かず距離を保ったままに言葉を返す「そうですね、あなたがこの屋敷の主であるなら私はこの引き金を引かなければならない…あなたに罪はないですが…」思えばこれまで吸血鬼とこんな風に面と向かって語らうような機会はなかった。相手も自分を全力で殺しにくる、そんな命のやり取りが常であったため、この緊迫した状況にあっても落ち着き払った彼女の姿は新鮮に映った)

…何百年と経った今でも、人間は残酷なんじゃな(以前は人里に行っていた事もあったが、嫌がらせを受けたりハンターに追われたりとして以降は人里から離れたこの屋敷に引きこもるようになり、ずっと1人だった為、寂しげにぽつりと呟いて、ベッドから降りると部屋の電気をつけては「妾はお主とやり合うつもりはない。その物騒なもんを下ろすのじゃ」と気だるげに言い)

…そうですね、私もそう思います
人は理解の及ばないものを畏れ化け物と揶揄して心の安寧のため殺す…わかっていても私にはこの道しかない…私の心もとっくに化け物に成り下がってしまっているのかもしれませんね……
(いつからか、自分のしていることが本当に正しいのかわからなくなっていた。それでも命じられるままに多くの吸血鬼を討ってきた。そうすることで周りの人たちは自分を褒めてくれた、必要として居場所を与えてくれた、だからこそ自らの罪悪感を押し殺して吸血鬼を敵と見做し非情に徹してきたのだ。しかし、吸血鬼だって皆自分たちと同じように心があり生きている、これまで殺してきた中には家族がいる者もあった、それらを自らの都合のために殺す自分の姿は彼らにとって化け物のように映るかもしれない…そんな想いが、彼女の言葉が己の心に迷いを生じさせ、引き金にかけた指に込めた力が抜けていく。しかし、これまで積み重ねてきたハンターとしての本能が彼女の動きに反応し、ベッドから降り立った彼女の足元の床へと一発銀弾を撃ち込んだ「あなたの意志は関係ない…次は胸を確実に撃ち抜きます」己の中の迷いを振り払うように改めて自分は彼女に仇をなす敵だと宣言するも、同時に発言と行動の歪さを自分でも理解していた。相手を本気で討つつもりなら威嚇も何もせず黙って急所に撃ち込めばいいしこれまでもそうしてきたのだ、それが出来ないぐらいには心の中の葛藤が如実に現れていた)

…ならばお主の化け物になった心とやら、妾に預けてみんか？
人の子に戻りたければ、じゃがの(足元に撃たれても怯えることなく、ほんの一瞬で相手の近くまで行き、トンと相手の手首を叩いて銃を落としてはそれを拾い上げては「手荒な真似はしたくなかったんじゃがな…」と悲しげに呟いては、じっと見つめながら交渉してみて)

そんな戯言……っ！？……しまった……！
……敗者は語る言葉を持ちません、今この瞬間ヴァンパイアハンターのノエル=アルミラは死にました…以後の処遇は如何様にも…
(今更自分が変われるはずがない、これまで自分が信じてきたものを否定するに等しい相手の提案は耳に優しくも受け入れ難く、心が揺らいだその一瞬の気の迷いが反応を遅らせ、彼女を狙って放った弾丸は空を切り、次の瞬間目前に迫った彼女に唯一の得物を奪われた事で敗北を悟ると脱力して床にペタンと座り込む。討つべき者を討てなかった、役目を果たせなかった自分にもはや価値はないだろう。帰る場所はもうない…だというのに不思議と安心している自分がいた。これ以上無用な殺傷をしなくて済む、そして何より彼女を討たなくて良かったと…。こちらを見下ろしてくる彼女の視線を感じながら顔を上げず、もはや何者でもないこの命に対して彼女はどんな意味を与えようと言うのか、全てを委ねることにした)

ノエルよ、妾にお主の化け物の心を預けてみんか？
人の子としての心に戻す手伝いをしてやる(座り込んだ相手の前にしゃがんでは、もう一度同じ言葉を言い、「こう見えて、妾は1人たりとも殺したことが無いのじゃ、安心するがよい」と微笑みながら言うと、相手の頭に手を伸ばしては、優しく髪を撫で)

吸血鬼であるあなたが私に人の心を…？
(人間である自分が失った人としての心を吸血鬼である彼女が取り戻すための手助けをしてくれるだなんて、なんという皮肉だろう…もしかして揶揄われているだけではないかとすら感じて半信半疑といった様子で疑念の目を向けるが、それらのマイナスな感情は彼女の予想外の行動によって霧散してしまう。頭を撫でる小さくも温かみのある手、思えばこんな風に頭を撫でられたのなんていつが最後だっただろう…そこで改めて自分は人としてではなく都合のいい道具として必要とされていたのだと、誰からも心から愛されては無かったのだとこれまで目を背け見ないようにしてきた現実が胸に突き刺さる。彼女は本当にそんな自分の心の受け皿になってくれるというのか…改めて顔を上げてその顔を見やると一点の曇りもない優しげな光を湛えた瞳に思わず魅入ってしまう「……いいえ、あなたはたった今、他人に命じられるままに吸血鬼を殺してきた私という一人の人間を殺しました…あなたはこの先その罪を背負う事になるんです、責任はとってもらいますから」彼女の与えてくれたその温もりを信じて今一度この生の意味を追い求めてもいいのかもしれない、まるで生まれ変わったかのような心持ちで、ここに来て初めての笑みを彼女へと向けた)

！…まさか、妾が人の子を殺してしまうとはのう
ならば責任を取って、必ずやお主を人の子にして見せようぞ(相手から『大罪を犯した』と言われると、驚いてしまうも、その意味を理解すると、口元を手で隠しながらふふっと笑っては、人の心を与えると宣言して。相手の名前は聞いたが、自分は名乗ってなかったことに気付けば「名前はまだじゃったな、妾はソフィじゃ。よろしく頼むぞ、ノエル」と微笑みながら名乗ると手を差し出して握手求め)

ええ、よろしくお願いします
…それより、扉を壊してしまってすみませんでした
(ようやく腰を上げ立ち上がり、穏やかな笑みを湛えながら握手に応じる。まさか自分が吸血鬼とこんな風に友好的な関係になるとは思ってもみなかったが、この先の彼女との生活の先に待つのは一体なんなのか、期待を抱かずにはいられなかった。それからふと、思い出したように床に倒れた扉だったものを見下ろす。言うまでもなく自身がこの部屋に突入する際に思いっきり蹴破ったものであり、あの時点では彼女を討ち取るつもりであったためその後のことなど少しも考えなかったが、ベッドがあったり棺桶が置かれていることから彼女の寝室であろう部屋の扉がこれでは不便だろうと、ひとまず素直に頭を下げて謝罪をする)

謝ってくれたから許してやるのじゃ(自分も扉を見ては、業者を手配しないとなと思っていれば、相手から謝られると、元々怒ってもいなかったが、許すと言って、「ちゃんと自分の悪い事を認めて、謝れて偉いのじゃ」と相手が謝った事を褒めて)

なんだか先程から私を子供扱いしてませんか……？
私だって悪い事をしたら謝るぐらいの常識はあります
(自分のしでかしたことを何事もなかったように笑って水に流してくれた彼女の度量の大きさを感じるのと同時に、思い返せば先程頭を撫でられた事に始まり、謝れたことを褒められたりとむしろこの年になってそれぐらいのことも出来ないと思われているのだろうかと、少しだけ心外に思い恨めしそうな目で彼女を見つめると、一応念を押すように自分は幼子ではないと抗議をする)

お主のような子を道具として扱っておるくらいじゃから、常識も教えられとらんのではないかと心配じゃったが、ならば安心じゃ(きっとハンターとして必要な事だけを教えられて育てられてきたのだろうと思い、相手を褒めていたが、しっかり常識も理解していると知ると、嬉しそうに笑って言い、「であれば、お主は家事は出来るのかのう？」と少し首を傾げながら尋ね)

……家事とは炊事、洗濯に掃除などのことですよね？
やっているのをこの目で見た事はあります。見よう見真似ですが問題なくこなせるかと
(これまでハンターとして生きてきた自身の境遇から彼女なりに心配して気を回してくれていたのだと理解すると、自身に対する子供扱いについてはそれ以上の言及をやめて不問とすることにして、続けて投げかけられた質問について熟考する。家事というのが生活を送る上で必要なもので、どんなことをしなければならないのかという最低限程度の知識はあった。自分にはハンターとしての仕事と訓練、それが生活の全てであり、家事のやり方に関しては周囲の人間がやっているのを時々見た程度のぼんやりとしたイメージしかなかったが、簡単そうにこなしていたという印象が強く、あれならばその気になれば自分でもやれるだろうとなんの根拠もないが自信ありげに頷く。ここに住まわせてもらう条件として家事をやれというのなら喜んでこなすつもりであった)

した事はないのじゃな
…お主、時間はあるのか？(相手の口振りからした事は無いのだろうと解釈してはそう言い、どうせなら今から相手に教えようかと思うも、もし相手がこのまま何かする事があるならそれが優先だろうと思い、時間があるのか確認しては「もしやる事があるならそれをするが良い」と言い)

私にはあなた達吸血鬼を討つことが全てでした…それが無くなった今、他に目標などあるはずもありません。ソフィがそんな私の生に意味を与えてくれるのでしょう？
(行き場も目標も今の自分には何もない。自分にとっての生きる道、そのよすがを失ったこの先の人生、自分にとっては全くの未知と言ってもよく、自分自身が何をしたいのか、どうしたいのか…なんとも情けないことだがこれまで自分で選択というものわしたことがないことも相まって全く考えられずにいた「私はこれから何をすればいいでしょう？教えてください」今の自分に道を示してくれるのは彼女だけ、ある種の盲信的な感情に突き動かされながら、彼女は今の自分に何を求めるのかを問いかけた)

そうじゃのう…ならば家事をして欲しいのじゃ(相手の言葉から、きっと命令や指示以外の言葉はもらえなかったのだろうと思うと悲しくなるも、それを振り払う様に軽く首を振っては、相手には家事をして欲しいと言い、「じゃがその前に、屋敷を案内してやる、ついてくるのじゃ」と言うと部屋を出て)

了解しました。…そういえば、ソフィは昔からずっとこの館に一人で暮らしていたのですか？
(後をついてこいという言葉を命令として受け止めたようで、若干機械的ではあるが彼女の申し出に素直に頷き、後に続いて部屋を出る。日差しを嫌う吸血鬼の性質上当然ながら館の中は遮光されており、廊下は昼間でも明かりがなければ薄暗い。普段の仕事では気を張っているため意識することは少ないものの、こうして平常時に暗闇を見ると思わず身構えてしまう。先が見えない暗闇になんとも言い知れない不安を覚えるのだ。しばらくは余計な私語を挟まずに黙って彼女の後について歩いていたが暗がりでの無言の時間に耐えきれなくなり、唐突になんの脈絡もなく彼女へと質問をしてしまっていた)

…ずっと妾1人じゃよ
人里から離れたこの屋敷に訪れる者も、友人もおらぬからの(色々と部屋を案内していたが、突如相手に質問され少し驚くも、寂しげに言い、その後も案内して、一通り終わると「こんなもんじゃな、気になることはあるかのう？」と相手の方見ながら尋ね)

なるほど…人里でもあなたについて詳しく知っている方は誰も居ませんでした…人里に対して不干渉なのが逆に不気味だとも…
(彼女の口ぶりから、この館で外界との関わりを完全に絶って孤独に生きてきたのだろう。討伐命令を受けた時にも正体不明の吸血鬼という情報しか与えられなかったが、情報を意図的に伏せられたというよりは誰にも全貌は分からなかったというのが実際のところだろう。討伐に至る理由というのもあまりにも一方的かつ身勝手なもので、吸血鬼というだけで彼女のように静かに暮らすことも許されないのかと人間側のエゴを強く感じてしまう。館の中を彼女の案内で回り一通り見た結果、過不足は無いように感じて思った事はただ一つだけであった「特には何も…ただ、少し…ほんの少しですが人間の私が暮らすには暗いかもしれません」暗闇への苦手意識を彼女に悟られないよう、人間の身には明るさが足りないかもしれないと、それっぽく意見を述べる)

妾が人里に降りたのは数百年前に1度だけじゃ
その時に妾を気味悪がり、嫌な顔をされた上にハンターに追われて以来、篭っておるのじゃ(相手が聞いた事を言うと、自身が篭っている理由を話していれば、我慢しようとするも悲しくなり、泣かないようにと服をぎゅっと握って堪えて。暗いことを聞くと少し考えては電気をつけて、「これでどうじゃ？」と尋ね)