ふーちゃん 2022-09-14 11:20:48 |
通報 |
まぁ知った事じゃないけどね
自分勝手に騒いで
勝手に流されて
世間から可哀想だと
同情されて
また繰り返し
滑稽でならない
でもね、生きるって
そんな もんよ たぶん。
なんも かんも
がまんとか たいくつ うざったいとか
よしよし!そうだそうだ!・・とゆーよーな
スカッと さわやかなことの方が
すくないのを みんな がまんしてね
生きてるんだと 思うよ。
今回も停電や土砂に
なんの準備もしちゃいない
下らない事は無駄にやるのに
何故出来ないのか
過去の犠牲の何を学んだ?
無駄な鎮魂祭ただの偽善の虚参
ニュースの困った人々
同情してほしいか?
してやるよ滑稽すぎて同情する
犠牲者の無駄な死にも同情する
あんたらの死ではなんも変わらん
繰り返すこのポリリズム
さて来年は何人かな?
オイラは鎮魂などはしない
この魂にRequiemは必要ない
行き先はdystopia
人の世に かなしみ わ
多すぎるほどに たくさんある。
かなしみを もたない 存在であるなら
また それも かなしいこと。
今の時点 でぼくの 疑問 わ
かみさまも 人間の ように 死 や
消滅 が あるのだろうか とゆうこと。
ただ、たとえ、いま そーゆー ことが
すでに 過去に あったとしても
かみさまの おはたらきわ 以後も
いろいろな ところで それが 生命体の
ように のこり 霊験のように
存在を 示し続けるのです。
人わ 宗教を 形成すると よけいな ことを
くっつけ始めることから だんだん おかしい
方向に 思想が 狂い始める。
正しいものを 見失えば 妄想の 世界。
正しさわ その 妄想とカオスの 世界に
ほそすぎる ただ 一筋の道 のように
荒野のなかにも まちがいなく ゆくてに
つぎの 町が あることを あらわすのと
よく似て 存在するのです。
道を 見失うことのないように またわ
見失って なお すすんで まようことの
ないように すれば 妄想わ 生じないのです。
妄想わ よき 空想 でわ ないから。
人間であることが それでも
うれしい。
人間 ってゆう いきものとして
生きていることがね。
そして いきもの とゆうてんでわ
ほかの いきものと ささえあうべき
なにかが あるよね。
たいせつなことわ ほかの いきもの
たちが 示して 教えて くれる。
生き物に人権的物は無い
所有物とされる
人間なんかより不遇だろ?
思想など狂った人間の
無想である
妄想が膨張すれば闇になる
ストーカー、承認欲求、その他諸々
道は元々あるのでは無い
一歩一歩自らの手で足場を作って
不安定ながらも歩く物
その過程において妄想が生じる
道を見失う?元々道など無い
他人が強いた道でしかない
見失ったら自らの手で作れば良い
そうして振り返って自分が作った
歪な通路を見て笑えるか、無いかだ
闇は膨張
光は拡散
闇は膨張し続ける
光は拡散する
コレを善悪で見てみよう
悪は膨張
光は拡散
悪意は個々の膨張
善意は個々の拡張
さて理解出来るかな?
タスケテ~!
わがやに ありんこが やってきたぞ。
洗面所に おいてる ティッシュに
ニ十匹いじょう むらがってる。
紙なんか たべないよね きみたち。
なんぼ ふーが ありんこだからって
ゆってもねえ。
どうも、必死になって 食糧 さがしてるのだな。
どうしよ。家の そとに えさに
なりそうなもの まくかなあ。
すごすぎるよ~。かむなよ。
アリは蝉が居るから
食糧は枯渇しないだろう
まさに命の循環だな
蝉は蟻に
蟻はミミズに
ミミズは土を
土は蝉を
循環すると
とゆうことだったら いいのにねー。
はじめてだよ こんなに。
エサが あるときわ 少しぐらい
わ くること あるけどねー。
あれわ ありの 難民 なのかも。
モーニン!
きょうわ あまり 気わ すすまない
話題で!
戦争のこと。
まず、原理的なとこでわ。
戦争も けんかも 変わらない点わ
やる気 ムンムン のひとが 二人 いてると
とても 始まりやすいよね。
片方が、やる気ない人でも 起きるかな。
かんたんにわ いえないとこ あるなあ。
もういい。どうでもいい。
国際平和への あたま 使おうとゆう
意思と 意識が まったく ないよ。
つまり、戦争好きな 支配者が 多すぎでわ
ないのかな。
つまり、アホだ。アホなんだよ。
新しい 発明・発見の アイデアの でない
あたまだ。平和の ことわ どこに いってるの?
各国の 権力者ブレインたちわ アホなんだ。
戦争のことだけの バカ〇〇〇〇。
モーニン!
ほんの すこし のどが いたいぞ。
心当たりが なにも ないのだけど・・。
土日わ いちおう ぼくの 休日。
でも その 二日間わ 二時間の
まちがいじゃ ないかって ゆうように
アッと 終わって しまったよ。
日本語って 微妙すぎることが ある。
ときに まったく 反対の 意味が
あることさえ あるのだし
そうでない ことでも つまり
意味が 反対でわ なくて まったく
ちがう 意味が あったりする。
情け とゆう ことばも その 一つ。
そして そことわ まったく 関係ない
話 だけど 時代が かわっただけで
手のひらかえすみたい に ころっと
こころを かえることのできる ひとが
つくしや きのこが はえるときみたいに
にょきにょき でてくるのも 日本人の
特技だね。明治時代 それとか 昭和の
大戦終結ごとか 参考に。
家族もふくめて 自分以外の ひとのこと
人間として みとめていない 人格の人
だから 失礼だとか やさしさ だとか
わかっていない だろうね。
どうゆう 人間なのか って 理解できる
共通点が ないんだー。
人の世・人の情け・人情 こんなとこの
わかってない そんな世界に 縁のうすい
むしろ 無縁の 環境で 生きてきているから。
とわいえ、ごく ふつうの 親御さんが
いてくれてる 家庭で そだってても
子どものときから 親を 疎外 した
感覚だけで 徹底的に 冷淡に 生きてる
人間も 少なく なさそうなんだ。
親だって、同じ 人間だと ゆうことが
わかってないとゆうことが、人情を
理解していこうとゆう気持ちの ない
人間として 生きてる ことの 一例だよね。
そんな人は、一人立ちすべきだろうよね。
親わ 奴隷じゃ ないんだし。
子どもわ 王様 じゃ ないんだし。
ニート現象・家庭内不和の ニュースを
思いだして そうゆう きもちが おきたよ。
トピック検索 |