匿名さん 2022-08-21 15:03:38 |
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(孤児院への寄贈本で読み書きの基礎を習得した己にとって本は全く親しみのない物ではないが、読書それ自体を目的として設けられた空間に入るのは生まれて初めてのことで。さすがに見知った書影は一つも無いものの、まさかこんな山奥の地下に虚仮威しの為に置いているわけでもあるまいし、此処の一切合切が彼の血肉になっているのだと思えば興味を惹かれて背表紙の題を数冊浚う。多様な言語が並ぶ内から可読のものを選り出したはずが、魔術関連の専門用語なのか馴染みのない単語の数々に内容の推察を諦めては、知識や教養を身に付けるにもその為の知識や教養が必要なのだと学びを得て。自身が主人の内面の観察に失敗する傍ら、彼の方も何やら来し方の苦い経験を思い起こしているようで、訓蒙を惜しまないその口が重く閉ざされている様子からも相当な憂き目に遭ったと見える。茶会など子供だけの飯事でしか経験のない己にとっては楽しげな印象しか無く、苦難とはまるで結び付かないものの、まだ見ぬ部屋の存在と共に忠告と対策も確かに記憶し。書庫を進んだ先で本題である魔力開花の為の指示があれば常の如く「はい」と従順な返事の後、姿勢良く背を伸ばして一人椅子へと腰掛ける。最早奴隷精神には収まらぬ信頼から、より多くの空気を取り込むように大らかに呼吸し、つい握り締めていた手を解き、難なく緊張状態を脱しては最後にそっと両眼に蓋をして)
……魔力とは、血液のように常に体内を循環する脈動だ。今から手の甲を流れる俺の魔力を標として、その不可視の循環を、心の臓に重なる不可触の内蔵を知覚しろ。
(身体と精神、その双方の弛緩が難しいようであれば何かしらの対処をとも思案していたが、思いの外すんなりと着座し瞑目する相手からは緊張の糸が既に解かれているのを感じ取り。その薄暗い経歴からは些か不自然と評せるだろう警戒心の低さに自然と裏にある信頼をも悟れば一抹のむず痒さを胸中に抱えつつ、静寂を崩さぬままその場へ膝を折って。トン、トン、と下ろした杖で地を打つ事によりメトロノームのような硬質の導入音を作りながら、「触れるぞ」という短な声掛けの後にもう一方の隻手を相手の手の甲へ軽く重ね、それを起点に僅かながらも瞭然たる熱を孕む己が魔力を少量流し込み。平素よりも幾許か低くゆったりとした声音には一種の催眠効果を伴わせており、緩やかにその意識を半醒半睡の状態へ導く事でより彼自身の内部へと意識を没入させようと。その深層部に潜む物は常人とは比べ物にもならなければ当人にとっても正に得体の知れぬ命脈の源泉、それを初見で飼い慣らすなど至難の業であるだけでなく、他種族よりも魔力量の乏しい傾向にある人間種においては稀有な事例といえど、逆に取り込まれて帰還を果たせず一時的に発狂する者もいる程。しかしながら、よもや自身が傍らで導いておいてそうも粗末な遺漏など有り得る筈もなく。相手が順当にその青緑の眼を開いたなら、その視界にまず収まるのは少々複雑げに口辺を緩め形式としての言祝ぎを紡ぐ己の姿と、開花前の彼では知覚すら叶わぬ程に儚く極小な微精霊達による溢れんばかりの歓待を示す数多の彩り。そして本棚へ無言で納まる書物の一冊一冊毎に宿る濃密な、あるいは悍ましき魔力の満ちる気配にこの書物庫の異質さが改めて知れるだろうか)
それに、今は無理に触れなくていい。遠目にでも自身に流れるもう一つの血脈を、異端の臓腑の在処を得たなら……さあ、此方へ帰ってこい。――ようこそ、魔術の世界へ。
(視界が閉じ、鋭敏になった聴覚が拾うのは杖が床面に下ろされる音。それが合図のように二回ほど鳴る間に瞼の先で何が起こっていたのかは知る由も無いけれど、此方の精神を波立たせぬ為か外部刺激の予告があれば、ごく浅く顎を沈めて恐らくは特に求められていない肯定の意を示し。他者の体温が手の甲に触れ、それとは別口の熱が末端から徐々に上ってくるのを無抵抗に受け容れながら、これもまた脳を侵すような声音に夢裡の心地で意識を委ねる。自己を顧みる行為は依然として不得手であれど、感情の面ではなく身体的な感覚の面であったお陰か抱いた憂心よりはすんなりと魔力の循環を、ひいてはそれを司る概念的な器官を認知でき。人為的な魔力の開花であるからには無理矢理に力を引き出すような苦痛を伴う手順があるのかと思いきや、瞑想に近いそれだけで終了の指示が下ると、僅かに生じた疑念に反してひときわ凪いだ双眸を目覚めの如くぼんやりと開く。――途端、まさに目から鱗が落ちたと言うべきか、はたまた第三の眼を獲得したと言うべきか。見知った景色の見知らぬ姿がそこに映し出されては、秘密めいた神秘を見つめる瞳はゆっくりと瞠若し、唇から幾つか音を零したきり絶句してしまって。どのくらいそうしていただろうか、漸くの瞬きで忘我の境地から脱すると、自らの目にしたものを説明もせぬまま金眼の奥を覗くように見据え)
――こ、れは……。……同じものが、リヴィオ様にも見えているのですか?
ふん、……蔵書に込められた魔力や思念類はともかく、地下にはより厳重な封鎖を施しているから、何時もはこうも騒々しくはないんだが。先の暴発で空間に僅かな亀裂が入ったのを奇貨として、お前の魔力に惹かれた小物が雪崩のように……。
(初めて垣間見た魔術の世界の入口に、少年の特異な瞳が衝撃を宿して暫しの沈黙が落ちる。自身も覚えのある幼少時代のそれを自ずと想起しては静の空間を壊さぬまま折っていた膝を伸ばして立ち上がり、余りにも盛大な歓待振りへ金の瞳を滑らせて。無論、殆ど自由意思のない彼らが少年の身に起こった事象を感知したという訳では無く、ようやっと控えめな口唇から発された問い掛けへ当然と言うように吐息すると、先の強大な魔力の暴発により引き寄せられたに過ぎない旨を説明し。しかしながら、並べた言の葉とは裏腹にそこに何らかの意図や導きのようなものを見出してしまいたくなるのは相対した瞳の俗称に依拠するものとしても、この新たに門扉を開いたばかりの世界が相手を手放しで歓迎するだろう事は紛れもない事実ではあり。――良くも悪くも、清濁問わず。徐に顔の向きを対面へと戻し、視線を交錯させると以降到来するだろう現実を映すような厳粛な面差しで忠言を連ねていく。己の傍らに身を置く以上遍く危険を排除してやる事自体は可能だが、かような無菌室へ閉じていては如何な赤子とて何時までも自立し得まい。自身以上の苦難の待つ相手へ敢えて直截的な物言いで事実を突き付けていれば、丁度精霊の光に紛れ接近を試みたと見える黒曜の小さな歪みを不意に杖で叩き落とし、種族名すらまともに冠せられていない、幽冥の境を漂うような詰まらない悪意や思念の残留が打撃により外形を崩されジュクジュクと地へ跡形もなく醜く崩れる様を一瞥して捨てて。致命的な物からは自身が盾になるとしても、奇しくもこれから相手が遭遇するだろう辛苦の先鋒となったそれを端緒とし、眉間に皺を刻みつつ腕を組んで目前の瞳を改めて見遣り)
だが、此方が視えるという事は、向こうからも此方が捉えられるという事だ。特に、お前のように碌な自衛手段のない魔力持ちなんて格好の餌だからな。……――対処する術は教えてやる。が、お前を死ぬまで囲ってやるつもりはない以上、ある程度の〝実践〟は覚悟することだ。……これから苦労するぞ。
(足音を立てる事さえ躊躇われた静謐な書庫は、声こそ聞こえてこないものの瞬く光に彩られて随分と賑やかに姿を変えて。絵本の中にしか見た事のない幻想的な情景に目を奪われる己とは対照的に、歯牙にも掛けぬ様子の主人がつまらなそうに鼻を鳴らすと、言外に問いへの答を得てつい綻びそうになる面貌を自制するように唇の両端をきゅっと固くし。その僅かな変化が平常より一層の高低差の生じた相手に見咎められた訳でもあるまいが、先の祝福の一言と厚遇を受けているかに思わせる精霊達の浮遊によって好意的な側面しか見えていない新顔へと先達の警告が与えられれば、しきりに周囲を見渡していた両眼も摯実な顔付きを伴ってそちらを向き。同じものが視認出来るようになったと言えど、それはただ像を結ぶだけの事。依然その怜悧な瞳が見通す未来も見てきた過去も真に窺い知る事は叶わなければ、話の内容を理解しているともしていないともつかぬ曖昧な面様を湛え。主人の予見する受難――それは、孤児院を抜け出して赴いた夜市で、里親に引き取られたはずの兄弟が鎖に繋がれているのを目にした時よりグロテスクな光景だろうか。それは、所々に傷の目立つ彼の助けを求める眼差しに凍り付く事しかできなかった咎以上に心を失わせるものだろうか。慟哭し、恐怖し、やがて諦念を積み上げた人格形成の根幹を成す記憶が頭を過ると、地に張り付いて泡ぶくのように消えて行く澱みへと視線を動かし。そこから目を上げると共に椅子から立ち上がって発した従服は、あの日以来戻らない全うな自己愛のためでなく、主人の手を煩わせないという初めに言い付けられた命を遵守するためのもので)
……はい。ご指示の通りに。
……お前のその詰まらない顔も見飽きたな。ただ怯懦に打ち震えるよりマシとはいえ……まぁ力を得れば多少は変わるか。……――で、適性は氷だったな。極めて汎用性に富む、使い勝手の良い魔術だ。武器にもなれば防具にもなり、投擲や捕縛の他、日常生活においても応用が効きやすい。耐性に難はあるが、修練を積めば炎熱にも溶けず何物をも貫く硬度すら持ち得る。
(手中に抱く未知の果実とその毒蜜に踊る事も無く、ただ機械的に主人の命に忠実であろうとする従順な犬の顔が妙に気に食わず、起立した相手の頬を徐に伸ばした指先でむに、と軽く摘んでみせ。出会った当初よりも幾分かふっくらと肉を備え健康的に色付くそれを、気難しげな顔付きのまま硬化した表情筋にマッサージでも施すかのように数度捏ね回し、手前勝手な独り言の末さした脈絡もなく解放を。甚だ大人気のないやり口にて鬱憤を晴らした後、先の夥しい氷の惨状を思い返しつつ自身の前方へ手の平を上向きに差し出すと、パキパキと周囲の温度を数度下げながら虚空に表出したものは小振りな剣、盾、投擲武器、円形の檻、精巧な薔薇の花と次々にその形を自在に変容させる実用性を兼ねた氷彫刻で。最後に一層の冷気を取り込み極限まで密度を高めた極小の氷石を編み出し、懐から取り出した鈍い灰黒色の魔石を無造作に宙へと放って「……氷の適性が低い俺であっても、極めれば高硬度の魔石程度は容易だ」不意に空間ごと割くような一陣の光が視認よりも速く矢のように飛べば、先の暗色の中央を氷石の形状に貫く所までを眉一つ動かすこと無く示したまでは言いものの、次第に熱を増す講釈は案の定横道へと逸れ始め。しかしながらそれは自身の魔術に対する並々ならぬ熱量から来る平生の悪癖ではなく、鉄の足枷を失っても尚未だ何も持たぬ奴隷に心身を留める相手へ、最低限のレベルといえど魔術を扱う術者となる意義を僅かなり示そうと)
理論的にはそれこそ時間等の概念的な物質を始め、形而上下を問わず真正の万物を氷結させる境地にすら至るとも言う。魔術とは、物理法則に干渉し意のままに事象を操る力だが……たかだか少し火や水を操る程度の、型に嵌り切った一般魔術なんざ末端も末端。――真の魔術とは、この世の何よりも自由で、何をも成し得る万能の力なんだ。……ミシェル。これからお前に、その力の一端を触れさせてやる。
(直立の姿勢になってすぐ、身構えもしていない無防備な頬をつい先刻に覚えのある隻手が捉えては、目を見開くと共に指先をピンと伸ばしたまま体を硬直させ。幾度か瞬きをするだけでさしたる抵抗も示さずに柔いそこを捏ねられていると、魔術で詰まらない顔を珍妙な造形に作り変えられている気さえしてくるものの、無論そんなはずもなく主人はくすりともしないまま腕を戻し。額をはたかれた際と同様、改めて見上げた先に今し方の気色は尾を引かず、此方が数秒前の出来事に囚われる間に話柄が次へと移れば、この件に深い考察は不要なのだと直感的に心得て。しかしそう意識するまでもなく熱を帯びつつも冷静に授けられた学識と目前で為された実演は他の思考を排する程に驚駭の連続で、宙に出現した氷像が変貌を遂げ、それでも低適性の範疇だと知らされ、魔術の真髄を語り聞かされる度に少しずつ未知の世界に惹かれてゆく感覚を覚える。にも関わらず、相手の口にした奇跡のような力が切望や野心と結び付かないのは胸中の霧がそれを覆い隠すせいか、己が中空の人形であるせいか。神妙な頷きで彼の呼び掛けに応えたなら、落ち着かなげに瞼を伏せて青緑の両眼を左右に泳がせ。学校に通う事はおろか誰かから指導を受ける事すら経験が無く、瞳の奥に不安定な光を揺らめかせると、自身が最も欲し最も恐れた〝自由〟という禁断の果実へ、恐々とながらも手を伸ばす意思を覗かせて)
……此処に来てから、初めての事ばかりです。――よろしく、お願いします。
……とはいえ、最初は基礎訓練が主だが。そうだな、どの道ある程度の調合は任せようと思っていた所だ。まずは薬に含ませる魔力量を調節する事で基礎的な出力コントロールを……。
(今ではとうに見慣れたように思う一方、当初はさして気にも留めずにいたエメラルドの色合いに、何処か人を惹き付ける引力めいた物を孕むように感じるのは希少な双眸に付帯する大仰な俗称故か、はたまた相手へ傾げた情の無意識下における現われか。いよいよ迷い子のように内心の惑いを露わにして覚束無く宙を漂う双眸を急き立てる事はせず、口を真横に結んだまま腕を組んでは静かに相手の応答を待ち。こと魔術関連となると極端に視野が狭く饒舌になりがちであるのは己の悪癖ではあるが、相当に恬淡な気質にある相手の琴線へ触れ得たかは定かではないにしろ、差し当たり魔術という新たな見識を深める気概程度はあるらしい口振りに一つ首肯して。ゼロから魔術の基礎を構築するとなれば座学は勿論の事として、よく用いられるのは特殊な魔力糸による操作術の向上、瞑想による想像力の鍛錬と諸々の案が浮かぶ中、一先ずは元々この地下空間へ足を踏み入れた当初の目的と合致する物を選び取り、次なる工程を示しつつ率先して調合室へ続く扉を開けるだろうか)
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(静閑な森奥の奇特な住処の一室に、ただ木材を刃物で擦る音のみが響く。元は武骨な木の棒が丹念にヤスリで身を削られ、徐々に指揮棒程度の小振りな杖の様相を呈し始めて暫く、先端へ細やかな意匠と共に拵えた白雪のような銀の土台に真円を象る蒼の魔石を嵌め込めば手製の魔術杖の完成。生憎と透徹した蒼の内に映るのは寝起き故に未だ髪すら結ばれていない少々粗末な身なりの己ではあれど、薄ぼんやりと霞む思考ながら最終の検品を行う目尻は鋭く、矯めつ眇めつと幾度も出来栄えを改めて。あれから、一歩外へ踏み出せばやれ低級魔族に絡まれただの妖精共の姦しい話の輪に誘われただの、街ならばともかく元来人よりもそうでない者の方が多く息衝く地であれば想像に違わぬ引く手数多振りであったようで。一方、教養から掛け離れた経歴に反し頭の巡りや飲み込みは決して悪くなく、加えて緑貴石などという天賦の才をも授かる相手であれば基礎的な魔力の扱いや知識程度順当に物にしているように伺え。となれば次なるステップへ移るべく、精霊による伝令に連れられて相手が扉の外へ佇む気配を察知したのなら「――入れ」と依然として視線を杖から外す事無く、寝台に腰を掛けたままの位置にて端的に入室を促すだろう)
(/長丁場になりましたが、この度は魔力開花イベントの完遂ありがとうございました……!依然のんびりとした歩みでありながらようやっっっとミシェル様のお名前を呼び気軽に触れられるまでに関係性を変じる事が叶い、密かに背後はほくほくしております。当初のお互いのディスコミュニケーション振りやらすれ違い様やらを思い返すと何とも感無量です……笑。
さて、頃合いかと思い時間経過と場面転換を図らせて頂きましたが、以降はそのまま当初の予定通りに>34(3)街散策の方へ移らせていただきましょうか?あるいは、先に杖を用いて実際の魔術を扱う話や、はたまた魔術の基礎力を身に付ける上で一部躓いてしまいそうな箇所があるようであれば、今回のロル内にある『順当に魔力の扱いを身に付け云々』は一旦無かった事にして、それを乗り越える話を差し込むのも面白いやも、と今頃になってぼんやり考えております。こちら以外に差し込みたい話がありましたらそちらでも、予定通り(3)のイベント遂行の方がご都合がよろしければ別段魔術習得の関連は前後しても全く構いませんので、ご希望をお聞かせいただければ幸いです!)
(全貌を現した陽の光が瞼を暖め、一時的な自室として与えられた客間の椅子でこっくりこっくりと船を漕ぐ。魔術の世界と邂逅を果たしてからもう数週は経っただろうか。慣れない訓練は想像以上に体力も精神も消耗させ、何より正邪問わず方々から日毎干渉を受ける事から、地下室で薬の調合を終えた後にはこうして微睡む事も珍しくなくなっていて。しかしいつかのように途切れ無く気を張って突然倒れるような事態に陥らないのは、この居所が少なくとも須臾の休息を委ねられる程には安らぐ場所になった為か。修練と砂時計の代わりを兼ねて成形した歪な薔薇の氷像が皿の中で表面を濡らし始めているのを薄く開いた瞳で確認しては、朝食までの時間を計算しながら重力に従うように再び視界を閉ざす。感覚としては束の間、されど実際には花弁が一回りずつ小さくなるだけの間の後、意識の浮上と共に目を開くと、今や数多の息差しの散在する森の中で唯一以前から存在を認知していた水精霊が宙に静止していて。放縦な浮遊が常の彼ららしからぬ様に、すぐさま何者かの意思を察知しては立ち上がって蒼い仄明かりの案内に続く。未だ魔力の気配を隠秘する術を習得出来ぬせいか、導かれた主人の自室の前で教わった入室の作法を振り返り、いよいよノックをしようかという折に扉の奥から痺れを切らしたような許可が下れば、促されるままに押し開いてそこへ足を踏み入れ。待ち構えるでもなく何やら手元に集中する姿を前に杖は手製だったのかと意外さを覚えるものの、あれ程見事にフレンチトーストを完成させた彼のこと、目を丸くする程の事でもない。魔力の漏れ出し具合とは対照的に歩調は静かに傍へと寄れば、分かり切った問いを会話する目的で投げ掛けて)
失礼します。……何か御用ですか?
(/遂にミシェルも魔術の世界へと踏み出し、弟子入りに一歩近付いたかと此方もほくほくしております……!そして本イベントを経てリヴィオ様のご厚意を邪推することなく受け取れるようになり、本当にようやっとという感覚ですが、互いに親愛の情を募らせる関係へと達することが叶って非常に感慨深いです……。今回もまたありがとうございました!
次の展開につきまして、魔術の基礎の基礎から手解きしていただくのもとても魅力的ではあるのですが、ミシェルはこれまで手が掛からない子供であることをアイデンティティにしてきた節があるのではないかと感じておりまして……。初歩から躓くとなると本気の落ち込みを披露しかねないので、流石にそこまでリヴィオ様に面倒を見ていただくのは忍びなく、予定通りに街散策、もしくは杖を用いた魔術実践でお願いしてもよろしいでしょうか? もし前者であれば、魔鏡の持ち主に(本物か偽物か一目では分からないため鎌掛け程度に)ミシェルと魔鏡との交換を持ち掛けられ、ミシェル自身が辞退するかリヴィオ様から棄却していただくかのどちらかの場面があると親密イベント感が増して私得ですということと、それにより相手の機嫌を損ねて要求金額を吊り上げられたり攻略ダンジョンの難易度が上がったりしても面白いやも、というご提案のみお伝えさせてください。展開の都合やその場の空気感もあるかと思いますので、一案としてお心に留めていただけますと幸いです……!魔術の習得に関しては認識合わせのため先に描写するでも、その魔術が活きる場面で適宜訓練中の軽い回想をアドリブ的に挟んで行くでも喜んでお返事させていただきますので、主様のご随意になさってくださいませ。最後に、ロル中にある薔薇の氷像云々ですが、技術的にまだそこまで到達し得ない想定でしたら無視していただいて構いませんので……!長文、乱文失礼いたしました。引き続きよろしくお願いいたします!※蹴り可)
――ん、受け取れ。そろそろ杖程度は持って良い時期だろう。
(如何に寝起きの鈍重な思考とはいえ、まるで蛇口でも捻ったかのようなだだ漏れの魔力程度は扉越しでも用意に知れて。平素よりも幾らか傾斜の緩んだ眼で入室した相手の姿を捉え、そのまま無防備に此方への接近を言葉無く受容した後。もし目の前の薄い胸板へ緩慢に押し付けた小振りな杖を相手が形だけでも受け取ったのなら、少し掠れた声音で遅れて仔細を述べ始めるだろうか。熟練者であれば素手での魔術行使も可能ではあるが、これまで通り基礎訓練の範疇に留まるならともかく、本格的な魔術式の発動となれば精密な座標や出力の調整の補助としての役割を担う杖の使用は一般的な魔術師にとって必須であり、それも相手程の魔力量ともなれば素手での魔術行使などとうっかり自身の腕ごと氷付かせかねない程の危険性を孕むもので……といった長舌は常よりも動きの鈍い身には少々億劫に感じ、差し当たり翌日に回すとして。代わりに今後のスケジュールを告げると共にいよいよ本格化する魔術指導への心の準備を促すも、杖の製作へ費やした数日分の疲労と相当に気を許した事の証左たる小さな欠伸を緩く被せた手の内で漏らし、あまり長く威厳は保たれずに)
見習い程度なら、暫く密接して暮らしたこの大木を元にする手製品の方がお前の魔力に馴染むだろうからな。今日はこれから出掛けるが、明日からはより本格的な段階へ移行する。心しておくように……ふぁ、……。
(/承知いたしました、またいつか機会がありましたらミシェル様の本気の消沈ぶりを是非とも拝見させていただきたく……!(REC●)なるほど……回想として訓練描写を適宜差し込んでいく方式という発想はございませんでした。そちらの方がテンポが良さそうですし、ではこの場は街散策を優先し、その後回想などで適宜魔術訓練の描写をさらっとさせていただければ!そうなりますと、魔鏡の対価はダンジョンにて戦闘や索敵が入った方が描写の挿入が容易そうですね。
魔鏡とミシェル様の交換については当方も是非差し込ませていただきたいと以前より密かに思っておりまして……! 可能であればぜひ提供にビシッと棄却させてやってくださいませ。またそれによって相手方の機嫌を損ねてしまい、要求が跳ね上がるのも大変熱いですね……その後一体どういう会話になるのか……今から胸を躍らせております、魅力的なご提案の数々をありがとうございます!
ではでは、ご好意に甘え本編は街散策の方へ進ませていただきますが、以下に冗長ながら詳細な案出しをさせていただいておりますので、気になる箇所があれば続けてお伝えいただくか、後で本編にて特に相談なく差し込みをしていただいても大丈夫です。また氷の薔薇に関しましても本っ当にふわふわ構想なのでどうかご安心くださいませ、むしろ魔術を取り入れた巧みな時間経過の描写に背後は唸らされておりました……。逆にこれまで当方は相当好き勝手に魔術やら世界観やらについての描写をしてしまっておりますが、この辺りの設定はこうして欲しいなどというご要望がありましたら、変更でも何でもお応えしたく思いますので、もし何かありましたらお教えいただけますと幸いです。よろしくお願いいたします! ※こちら適宜お蹴り下さい。
- 来訪場所(案) -
◇服屋
・ミシェル様のお召し物の購入。
・ミシェル様の乏しそうな嗜好に関する深堀など……が提供に上手く出来るのかはさておき……。
・美少年の来店に沸き立つ女性店員達によるミニファッションショーが開幕する可能性。
◇家具屋
・ミシェル様のベッドや机などの購入。
・森奥の住処へ配送出来る気がしないので、魔術か魔道具を使うのではないでしょうか(ふわふわ)。
・ここは行った事にして描写は省略してもいいやも。何なら長期滞在が決定した翌日には提供が適当に購入して与えているような気も……。
◇情報屋
・今の所は人か魔物かすら定かではない怪しげな男性の予定(変更可能です)。
・詳しい魔鏡の持ち主に関する情報を仕入れた後、そのまま持ち主の所へ。
・懇意という訳ではないものの提供とは旧知の間柄である為、ミシェル様を伴っていると色々ツッコまれるかと。
◇魔鏡の持ち主
・今の所はこの街の男性領主予定(変更可)。
・ミシェル様と魔鏡交換のくだり。
・最終的に要求される対価はダンジョン攻略。満月の夜にしか開かない等の時間経過が必要なダンジョン(古い遺跡に魔物が住み着いており特殊なギミックが……など)のため、その間にミシェル様の本格的な魔術訓練とか……奥には奪われた領主の家宝があるとか、あるいは秘宝があるとか……(ふわ…ふわ…)。
※仮の順序は服屋→家具屋→情報屋(昼辺りにアポを取っている設定)→魔鏡の持ち主
◆ミシェル様から希望があった、あるいは幾許かの興味を引いたように提供が捉えた場合に寄る可能性のある候補:露店、小劇場、魔道具屋、占い屋、雑貨屋(画材購入)など。
◆もし機会があれば、墓地などに潜む魔物や霊体に幻惑され、迷い子に……というトラウマ抉りイベント。自ら外してさえいなければオニキスの指輪の効能(魔除や邪気祓い、精神防御の効能ですが、現状は忌避剤としての効果よりも莫大な魔力量による誘引が上回っている、致命的な精神汚染や洗脳を防ぎ、平静を多少保ちやすくする程度の認識です。ピンチの際にはもう少し何か働きをしても良いかもしれません)や提供の助けが入るかと。主軸から逸れ過ぎるかな?とも思うので此方はまた別の機会などで良いような気も。)
――あ、……ありがとうございます。
(胸元へ歩みを押し戻すような力が伝われば両手を受け皿にして言われるがままに細身の杖を乗せ、次ぐ一言でそれが一時的に持たされたのではなく贈られたのだと分かれば気後れしつつも小さく礼を紡ぎ。仕舞う場所も見当たらないため一先ずは下賜の際の姿勢を保ったまま委曲に耳を傾けては、改めて手中の木杖に目を落とし、そうと包むように指を閉じる。魔力に馴染む馴染まざるの如何は初学者には測りかねるものの、材質自体は肌に馴染むようで、丹念に磨かれた表面を親指の腹で軽く撫でると森奥の住居を空けるとの旨に顔を前方へと戻し。これまでも物資の調達や個人的な用事の為に主人が外出の素振りを見せたり連絡を受けたりすることは時折あり、く、と伝染したかの如く漏れかけた欠伸を噛み殺せば、一拍置いた後に戻りの時間を尋ねて。先例に倣い今回も当然に留守番するつもりで居ながら、しかしもしかすると、報せに対して肯定以外の音を返すのはこれが初めてのことだっただろうか)
……はい。お帰りはいつ頃ですか。
(/大変ご面倒をお掛けする未来が目に浮かぶようですが、主様がそう仰るのなら喜んで……!またイベントの進め方についても畏まりました。引っ掛かりがあればお伝えするなり此方のロル内で修正を図るなりさせていただく心算ですので、回想中のミシェルはどうぞお好きなように動かしてくださいませ!
なんと……、ご賛同いただけるどころか一致とは……!是非是非リヴィオ様に交渉を撥ねつけていただきたいです。そのせいで難易度の上がったダンジョンとなればミシェルも何とかお役に立とうと奮闘することでしょうし、訓練の成果も幾らかお見せ出来ればと思っております。そして、此方こそいつもスムーズな進行や舌を巻く展開の数々をありがとうございます……!拙い思い付きばかりではありますが、物語を動かす一助になれば幸いです。
ご提示いただいた来訪場所の案も楽しく拝見しました。期待の高まるミニファッションショーの他、杖のホルダーや高い服を汚さない外套的な衣類の方を欲しがりそうだとか……所詮子供のお絵描きだから画材は譲り受けた物で満足しているけれど、リヴィオ様のそれとない勧めがあれば興味を示しそうだとか……実演販売の形式で売られている変な調理器具に見入ってしまいそうだとか……色々と妄想を膨らませております。家具屋に関しては三つ目の箇条に納得しましたので、店の前を通った際に同じ意匠のベッドや机を見掛ける程度の描写でも良いのかなと。情報屋と魔鏡の持ち主はイメージにしっかりと合致しておりまして、変更無しでお願いいたします……!
迷い子イベント発生の有無は機を見つつになるかと思いますので主様に委ねさせていただきたく存じますが、幻惑というと全くの別空間(周りに全く人が居ない等)を彷徨う異変と、見覚えのある道なのに何故か宿(?)に辿り着けない異変、どちらが想定に近いでしょうか……?※蹴り、割愛可)
……あぁ、今日はお前も来るんだ。長くここで暮らすとなれば、そろそろ必要な物の一つや二つ出てきた頃合いだろ。
(当初は正気のない人形さながらだった無機質な応答に、最近はささやかな色付きが密かに増えてきたような気もする。差し当たり杖の譲渡を済ませ、此方の言葉不足による相手の勘違いを正しつつ緩慢な所作で腰を上げて。そのまま衣類の所有数の少なさから魔石や素材類が九割方を占拠している棚へ向かいかけた折、眠気に霞む視界で遠近感覚を誤った末に鈍い衝突音が自身の側頭部と脇の飾り棚の間で響いて。……いや、流石に朝が弱い性質といえど平素はここまでの醜態を晒す程ではない。かと言って、待望の品が見付かったとの報せを聞き興奮の余り碌に眠れず、その手隙の時間で相手の杖を一気に完成まで仕上げたなどというまるで聖夜祭前の稚気に類するような浮かれ様を自ら彼に披瀝する訳にもいかず。痛打により多少は脳の覚醒が促されたらしく、無言で強かに打ち付けた箇所を手で抑え、何事もなかったかのように顔のみを振り向かせた己が双眸には羞恥を誤魔化す為の有無を言わさぬ迫力のみが宿り)
例の魔鏡の所有者がようやく見付かったらしい。そのついでにお前の所用も済まっ、……、……朝食を取ったら、街へ下りるぞ。
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(顔を洗い、身支度を整え、朝食を取った頃には幾ら睡眠不足といえど完全に意識を覚醒させた平素通りの憮然とした顔付きを取り戻し。しかしながら自身の出で立ちは日頃の如何にも魔術師然とした怪しげなそれとは異なり、髪型は常よりも上部の位置で一つに纏めたハーフアップ、服装は細やかなレースの施されたシャツを紺のリボンタイによりシックに締め、更に上衣としてさり気ない金の刺繍が随所にあしらわれたシルクのソフトジャケットと、過去の貴族時代に帰ったが如き風貌と評するには些か華美さに欠けるものの、少なくとも高位の者の前へ出るに辺り差し障りはないだろう格好で。より詳細な魔鏡の持ち主の情報は正式な対価と共に対面で、と相も変わらず抜け目のない情報屋の前情報によれば相手はどうやら高官であるらしく、下手な装いを前にして侮られる程度ならともかく反感でも買って門前払いでは堪らないとの思慮であり。自身の傍らへ伴う事となる相手の身なりについては街での現地調達か、あるいは外で待機させる心積りであるため特に言及はしておらず。何時ものローブを一旦外套として羽織り、奥まった転移用の扉の仕掛けへ手を掛けようとした所で、ふと背後に追随しているだろう少年を振り返って。未だかつて相手にその先を覗かせたことの無い木製の扉には、上部へ奇怪な紋様と共に半円を象る金属製の支柱に連なった幾つかの八方形の立体的な星型、そのチェーンの先で小さな複数の魔石が微かに揺れる珍しい形状のドア飾りが掛けられているのが彼の位置からも認められるだろうか)
……そういえば、お前の前でこの扉を使ってみせるのは初めてか。
(/返信が遅くなりすみません……!いつもながら寛容なお言葉をありがとうございます!こちらも回想中の提供につきましては、どうぞ背後様のご随意に動かしていただければ幸いです。
本当に完全に一致していて思わず笑ってしまいました……。入れられたら入れよう程度の構想でしたが、そちらから提案していただけるなどと正に渡りに船、ミシェル様にも何とか一緒に領主との交渉の場についていただき、是非とも交換の交渉を発生させましょう!
実演販売の珍妙な品に見入ってしまうミシェル様のあまりの可愛らしさに心打たれました……。とりあえず思い付いた物を並べただけの案出しで恐縮ですが、画材等の方も捨て難く、本編の流れの中で入れられそうな物はある程度詰め詰めでやってみましょうか……!また、家具に関しましても承知いたしました!では長期滞在が決定した翌日には専用のお部屋と家具類一式をご用意させていただいているという体で以降はロルを回させていただきます。既に購入済みの家具類を見掛けた描写についても、入れられそうな場面があれば機を見て挿入させてくださいませ!
そうですね、幻惑に関しましては本当にふわふわですが、一応は後者の想定でおりました。例えば風景などは完全に通常のそれでありながらも、ここに居る筈のない人間に手招きをされた、過去にトラウマのある場面の唐突な再現(先に描写のありました孤児院の仲間が鎖に繋がられて行く様子など)、因縁のある相手や悪鬼に追い立てられる……などなど、直接的には指輪の効能により少々害しにくいので、とにかく敵側としては心の脆弱面を突き、誘導した後に心身共に自らの巣穴へ引き込んでパクリという魂胆……というのが一案です。とはいえほとんど今思い付いた程度のふわふわテンプレ案である為、何か美味しい別案等ございましたらそちらでまっったく構いません!指輪の効能につきましても都合良く解釈していただけましたら幸いです。また、提供がミシェル様から目を離さないと迷い子イベントが発生し得ないのと、領主からの帰り道では少々出鼻をくじかれ過ぎかな?とも思うので、恐らく情報屋から詳細な話を聞こうとする折に少し離れてミシェル様に暇を潰させようとしたか、何かしらのトラブル等で離れてしまった隙を見計らい発生する事になるのかなと今の所は思っております。※大分冗長に返してしまいました……蹴り&割愛推奨)
(主人の魔鏡に対する執心振りは、この住居で初めて迎えた朝の取り乱し方や欠かさず送り出された紙鳥達の存在から推して知るべしだろう。探し求めたその所在が判明したというのに不自然な程平静な背姿に一度は小さく首を傾げるものの、真にそうであるなら聞こえるはずのない音が目先で響くと先の振る舞いはポーズなのだとすぐに悟り。自身の事に構っている暇など無いのでは、という懸念はおろおろと伸ばしかけた手と共に猛禽類を思わせる金眼によって引っ込めざるを得なくなるけれど、代わりに朝食も支度も可及的速やかに済ませては彼の自室の入り口横に立って扉が開くのを静かに待ち。やがて現れたその人は厳粛な面差しこそ平生通りながら、見慣れぬ衣服を身に纏い、さながら何処ぞどこの貴族といった風体で。歩みに従いつつ、飾り気のないバンドカラーシャツに毛糸のベスト、その上にケープコートという、防寒と動きやすさの観点しか持たぬ己の装いと好対照をなす上品な装飾を物珍しげに盗み見ていれば、連れられた先が外の森へと通じる扉ではないと心付いたのは問い掛けのあった後。ひとたび迷えば元の場所まで戻るのにかなりの労力を要する空間の構造上、無闇な探索は自重していたため認知すらしていなかった異質なそれに目を向けると、高貴に映る相手に心なしか緊張したように、あるいは多少見掛けが変わっただけであるにも関わらず別人と対峙しているかのように、慎重な頷きで答えて)
(/こちらこそ期限間近の返信となってしまい申し訳ございません……!年末年始は少々ばたつきますのでまた期限の延長をお願いすることがあるやもしれませんが、何卒ご容赦ください……。そして少し早いですが、今年も大変お世話になりました。去年はリヴィオ様の不器用な優しさに背後が悶えるばかりでしたが、今年は関係性の進展やら魔術の世界と共に物語が広がってゆく兆しやらが窺え、胸が高鳴りっぱなしの交流を楽しませていただきました!
お言葉に甘えて割愛させていただいた上、幻惑のきっかけについてのみ失礼いたします。迷い子イベントがリヴィオ様のミシェルを領主の館へ伴わせる判断材料となり得るかもしれませんので、発生のタイミングは情報屋から話を聞く最中で異論ありません。その折に購入品の整理(という名の暇つぶし)でもしておくようにと命じられるか自発的にかで荷物を覗いたところ、リヴィオ様に買っていただいた品物を落とした・盗られたことに気付いて黙って探しに出てしまう……という流れを想定しておりますが、如何でしょうか? また割愛部分は全て了承と取っていただけますと幸いです……!)
……、これは転移術式が組み込まれた魔道具だ。魔力を流し、規定の順序で下の魔石を灯せば……丁度良い、その杖で魔力を送り込んでみろ。
(こういった昔の名残りのような正装など予備の一着しか保有していない為に、相応の外套の用意すらなく着慣れたローブで代用という少々不釣り合いな組み合わせだが、相手には少々異なる感慨を齎したらしい。よもや事ここに及び新たな魔道具の出現に腰が引けた訳でもあるまいに、今更何をと若干の勘違いのもと自身の杖で少し下の位置にある頭部を軽く小突き、当初の応対を思わせる頬の強ばりを解そうと試みた後。気を取り直したように扉へ手を添わせ相手向けの講釈を舌に乗せかけた所で、ふと一度緩りと瞬いた金の双眸を今し方贈ったばかりの杖へと差し向けて。手製である杖の試運転も兼ね、一歩その場を退く事でドア前の空間を彼に譲ると、適性はともかくとしてすっかり板に付きつつある教師としての顔を覗かせ。相手が己の指示に従ったのなら、ドア飾りの下部にてささやかに揺れる魔石は順繰りにその身へ小さな焔を灯していき、全てが色付く頃には扉全体へ植物のような形状の奇怪な枝が音もなく伝い、天井までをも覆ったのを合図に鎖された扉は自ずから開かれることだろう。墨を垂らしたかの如く漆黒に渦巻き一寸の先も伺えぬ未知なる入口へ、自身の目線のみでの促しに相手が従ったのであれば、暗所を突き出でた靴底に拾う感触は慣れ親しんだ木製のそれではなく砂場のようなザラつきであり、実際に周りの景色は住処から馬車でも数日はかかるだろう大きな街の路地裏にある一角の筈で)
――意識を杖に同調させろ。指先から杖の先端へ向かうように魔力を通した後、目の前の魔石へ不可視の手で触れるイメージを構築する。魔石は此方から向かって左上から下へ、反時計回りに……。
(/いえいえ!リアルのご事情やその他のご都合等で返信が遅れるという事であれば別段構いませんので、ご都合の良い時にお返しくださいませ。ただ、もしこちらの返しに何かしらの不足や返しづらさを感じられる事があるようでしたら、いつでもお気軽にご相談くださいね……!
また、こちらこそ今年も大変お世話になりました。昨年は微かに伺える情緒の芽生えや薄幸少年振りに大層悶え、今年は基礎的な信頼関係の構築と徐々に豊かさを増しつつある感情表現や巧みな心理描写により一層リアルタイムでミシェル様の成長が感じられ、とても充実した一年を過ごさせていただきました!来年も是非ミシェル様の内面だけでなく魔術面でのご成長や、提供との関係性のより良い進展を拝見させていただけますと幸甚です。何かと不出来な背後ではございますが、来年もよろしくお願いいたします!
迷子イベントに関しましては実に完璧かつ理想的な流れだと思いますので、そちらの案でお願いします……!ちなみにミシェル様救出には今の所ぼやっと二案が浮かんでおりまして、普通に提供が助けに行くのと、当時オニキスの指輪を身に付けていた頃の提供の残留思念が元々指輪に幾らか宿っており、ミシェル様の規格外な魔力に当てられて敵の術中というのもありうんたらかんたら(適当)により心身共に十四歳の提供が一時的に実体化し、帰還の手助けを行うのではどちらがご都合が宜しいですか?※一部蹴り、割愛可)
(聖夜祭。それは、親密な関係にある者同士が親睦を深める日であり、大人数で神の生誕や今年の豊作等を祝い夜通し催す宴であり、幼子が摩訶不思議な存在から贈られるプレゼントを期待し瞼を下ろす夜である。その何れにおいても、数奇な縁と止むを得ない事情により住処を共にするだけの自分達には全くもって無関係な祝日に他ならない……筈だったのだが。相手が身を横たえた寝台の枕元、目覚めたばかりの双眸の先には品の良い贈答用の包装が施された紅色の布袋が鎮座しており。中には輪の内側へ銀糸を細やかに編み込む事で蜘蛛の巣を模した円環に、美しい蒼い鳥の羽を幾らかあしらった所謂ドリームキャッチャーと呼ばれる小振りな装飾品と、子供が喜ぶようなクッキー等の無難な甘味の類。もし朝食に起き出した自身にその所以を尋ねたのなら、ただ眉を怪訝に寄せて「……知らないな。大方ここに居るよりも高位な精霊による贈物か、羽虫共の悪戯だろ」とにべもない淡白な答えを得るばかりだろうか。ただし、相手がその包装の中身について言及する事がなかったのであれば、続いて席へ着きつつ放られた言はあたかも内容物に食用が含まれる事を確信した奇妙な響きとなる筈で。以降、あるいはそもそも件の出来事について相手が話を持ち出さなかったのなら、特段聖夜の不可解なプレゼントについて積極的な言及はなく、かつての異質が今やすっかり日常へと馴染みつつある彼との何ら変哲もない食卓の光景がただ広がるばかり。特異な出生と経緯にある少年の先行きを祈る術など、御伽噺に寄与する事などない一介の魔術師には本来持たざるものであるからして。――瞼を下ろした先の暗がりにどうか恐ろしいものが映り込むことのないように。未だ小さな君の前途ある未来に祝福を)
……まぁ、その品から害意や邪気の類は感じない。今じゃ相当俗に染まってはいるが、元々聖夜祭というのは神の生誕を祝い、来年の幸福を祈願するものだ。そういった神聖な日を侵す品でないのなら、お前の胃に入れても特段支障はないだろう。
(/メリークリスマス!ということで日頃の感謝も兼ねて勝手ながらイベントロルの方を投下させて頂いておりますが、お忙しいとの事でしたので返信がなくとも此方のみで完結する仕様にさせていただいております。同時並行は大変だと思いますので、イベントロルへの返信につきましては無理なくまるっとお蹴りいただいても、年を越して暫くしてからの返信でも構いませんので、本当にご都合の良いようにしてくださいませ……!※蹴り可)
――リヴィオ様、此処にはサンタクロースが現れるのですか?
(降誕祭の時節になると毎年決まって孤児院の皆で教会へと赴き、神への祈りを捧げて讃美の歌を斉唱する。連れ立って歩く靴音、傍目に見る樅の木、厳かな聖堂。聖夜の思い出と言えばそれが全てだった。祝宴も贈り物もクリスマスキャンドルの奥の幻でしかなく、ましてや夜半に現れてプレゼントを置き去る正体不明の何者かなど精霊と同じく絵本に描かれるだけの架空の存在。そんな観念が実際に精霊を目にし、魔術の世界へと第一歩を踏み出した今となっても根付いていたせいだろうか、薄明に瞼を開いた時分対面した布袋が説話にあるそれだとは思いもよらず、身を起こして手に取るなり矯めつ眇めつ不審げに観察し。漸く子供らしい可能性に考え至ったのは朝食の席で主人が関与を否定した後で、彼からの保証を得て未開封のまま胸の前に掲げていた包みのリボンを遂に解けば、覗き込んだその中の如何にも贈り物らしい品に年相応のあどけなさを宿した双眸を再び前方へと向けて。問いの答を聞くより先に開いたばかりの口へ手を差し入れては、振り子時計のような飾りを取り出して「……これは?」と続け様に尋ねる。その用途と込められた祈りとまじないについての説明を受けたなら自ずと脳裏に蘇るのはいつかの一夜で、もしかすると伝説上の何者かは精霊ではなく魔術師なのかもしれないと、消えないキャンドルの灯に思いを馳せて)
(/メリークリスマス!思わぬサプライズにミシェルのみならず背後までプレゼントを頂いたような気持ちです……ありがとうございます。何とか本日中にお返ししたいと急拵えしたせいで普段以上に粗の目立つロルになってしまった感が否めませんが、どうぞお納めください……!※蹴り可)
(/よ、よもや当日中にお返事をいただけるとは……。粗などととんでもございません、お早いお返事に歓喜すると同時に、ミシェル様のプレゼントを紐解いた際のご反応に大変ほっこりいたしました……ご迷惑かなぁと思いつつリヴィオサンタを派遣して良かったです。こちらこそ素敵なお返しと、綺麗な〆までありがとうございました!※お蹴り下さい)
(普段と印象の異なる主人を前にやや緊張した面差しはおろか、近頃の自身の変化にさえ無自覚であれば、唐突に頭部へと押し付けられた杖先にも瞬きの頻度を増すばかり。その行為について特段の言及も為されず扉の説明が始まることに当惑の色を濃くするも、あらゆる教授の折に現れる導者の表情が不意に覗くと呼応するように此方も常と変わらぬ門徒となって。贈与された杖が早くも活躍の機会を得たなら雑念は一度捨て去り、空けられた魔道具の前へと進み出て右手に細身のそれを構える。魔力測定の際の前例があるため否が応にも胸の奥が騒つくけれど、修練の成果か大木と蒼色の魔石の効能か、はたまた赤色の魔石が触れると同時に何かしらの魔法でも掛けられたのか、美しい柾目を通すと素手よりも容易に魔力を操れるような手応えを感じ。杖先から火を移すかの如く、声に従って順に光を灯し終えた――瞬間、忽ち謎の植物が行く手を阻むように伸び、しかし反対に扉は道を開いて。出来を問うように傍を窺った眼差しに期待した意味合いとは相違する目線が返ると、躊躇もなく闇の中へと身を投じ、地を踏み締める感覚に注意を足下へと落とす。石畳の上に積もった粗い砂が存在を周囲に知らしめるように鳴れど、少し離れた場所から聞こえる雑踏や賑やかな話し声に掻き消されてしまえば、出口の前を退いてきょろきょろと辺りを見回し。そこへ続いて主人が同じ地面に靴裏を着けたのを認めては、安堵感に身を解しつつ万が一誰かの耳に届いても問題の無い言葉選びで転移先の確認を)
……この街に魔――探し物が?
(/返しづらいなんてとんでもございません……!いつもご配慮に溢れたロルやお言葉を賜りまして、一切のストレス無く心の底より楽しませていただいております。遅れることがあるとすれば、それは全て此方の事情ですので……!
クリスマスのイベントロルにつきましても改めてありがとうございました。実はいつかクリスマス回があれば……と夢見ておりましたので、こんなにも早く叶えていただけて、一日中と言わず今の今までも子供のように心中ではしゃいでおります。依然間柄については否定しつつも伝説に倣ってプレゼントを用意してくださる所だったり、その内容に滲むようなリヴィオ様の思いだったりに逐一感動しながら拝読しました。また主様のロルの大好きな点は数多ありますが、今回も締め括りが非常に美しく声に出して読みたい程でした……。と、感想のみ失礼いたしました。いよいよ年の暮れですが、来年も何卒よろしくお願いいたします!
じ、十四歳のリヴィオ様……!? ご提案出来る程の流れや展開等は考えられておらず、お会いしたいという一心で希望を挙げてしまいますが、可能であれば同年齢のリヴィオ様にミシェルの手助けをしていただきたいです。とはいえ最終的な決定についてはお任せいたしますので、もし主様のお心がもう一方の案に向いているのであれば、勿論そちらでよろしくお願いいたします……!※蹴り、割愛可)
……あぁ、どうやら所有者はこの辺りの重鎮らしい。仔細については昼頃に情報屋から聞く手筈になっているから、先にお前の所用を済ますぞ。
(両の足が遠く離れた地へ降り立てば、忽ちこの路地と石畳で繋がる大通りの活気に満ちた喧騒と立ち並ぶ露店の馨しい香りが五感を塗り替えて。そんな華やかさの伺える表通りとは裏腹に、樽や木箱が雑多に山積する仄暗い路地裏の一角にて、先の摩訶不思議な扉は音もなく閉じられると共に植物の花弁から零れた蜜のような光の粒子を最後にその身を消失させ。転移先の場が魔術的に安定していなければならない上に、座標の精密な設定を不可欠とする些か扱いの難しい希少な魔道具だが、かようにも長距離移動には極めて有用だ。一度周囲へ視線を巡らせる事で滞りのない転移術式の発動を確認しつつ、敢えて目的物の明言を避けたと見える目端の利く相手からの問いに淡々と答え。そのままローブを遠地の見知らぬ風に靡かせ路地を先行しようとした折、ポンとすれ違いざまに傍らの頭部へと隻手を刹那の間に乗せて。仏頂面のまま発された慣れぬ賛辞はすぐに前方へ逸らした視線と、ついでに魔力制御の術を施す事で形ばかり誤魔化すと、以降は振り返る事無く表通りへと赴く筈で。久方振りに森林による一切の遮りのない直射日光をまともに浴びたなら、夥しい雑踏と喧しい客引きへ僅かに眉を顰めつつ、一先ずは当初の予定通り衣類を扱う店へと足を向けるだろうか)
まぁ、初めてにしては上出来だ。……その魔力量じゃ少し目立つからな。鼻の利く輩には知れるだろうが、差し当たり隠しておいてやる。
(/そう言っていただけて大変安心いたしました……!こちらも背後様の寛容さやご配慮の数々に救われつつ、いつもストレスなく心より楽しませていただいております。一昨年からいただいたご縁も非常に有難い事に今日まで続き、早くも新年となりましたが、本年も提供共々何卒よろしくお願いいたします!
ひえ……お忙しい中、当日中にご返信をいただいただけでなく、光栄なお言葉の数々までありがとうございます。どうしてもミシェル様や日頃お世話になっている背後様へクリスマスプレゼントを差し上げたくて突撃したつもりが、逆に何倍もの贈り物をいただいてしまった心地です……。少々自重して感想を一言程度で留めておりましたが、クリスマスプレゼントとは縁のなかった可哀想可愛いミシェル様やら、普段大人びている少年の不意に見せる年相応の子供らしさやら、最後にあの日のキャンドルの幻想的な灯りの映像を持ってくる背後様の神がかったエモセンスやら毎度の事ながら諸々最高でしたとお伝えさせてください……!
いつかは同年齢ネタをご都合的なファンタジー設定を活かし出してみたいなと思いつつ、恐らくクソガキと言いますか小生意気な少年になるかと思われる為、あまりご興味がないようなら遠慮しようかと思っていたのですが、そう仰っていただけて安堵しました……では是非同年齢で行きましょう!こちらも大概常にふわふわでほぼほぼノリと勢いで展開しておりますので、また話が進み次第相談か唐突にぶっ込んでいく形になるかと思われますが、何か気になる事がありましたらお声掛けくださいませ。ではでは、長らく背後会話にお付き合いいただきまして誠にありがとうございました!以降もどうかよろしくお願いいたします。※蹴り可)
……杖を使うと、魔力が扱いやすくなるような気がします。
(魔術によらず、学問を修める者が上流階級や知識階級に偏るのは珍しい話ではない。明かされた所有者の身分にはさしたる意外さも覚えず、それよりも魔鏡捜索の手掛かりは昼頃まで待つ他無いという情報の方に注目すれば、彼の言う己の所用にも幾らか前向きになって。用途は一方向への移動のみなのかと最前まで転移扉のあった路地裏の煤けた壁を指す頭頂に不意の重みが加わり、時間差で望んだ評価が下されては、小走りで見慣れたローブを追い掛け、褒められたがりの優等生宜しく魔石に干渉した際の気付きと言外に感謝の意を述べる。しかし建物の陰から表通りに合流するとあまりの人出と健全な賑わいに圧倒され、態々声を張り上げて伝えるべき事柄も思い当たらない為それきり黙りこくって、心なし普段より狭い間隔で傍を付いて回り。故郷と森の中以外の土を踏んだ経験の無い自身にとっては如何なる街も馴染みの無い街だが、主人にとってはそうではないのか迷わず目的地へと進む足取りに従えば、辿り着いたのは使い古しの寄付物品や支給品に頼る孤児にはとりわけ馴染みの無い衣料品店で。面持ちに仄かな緊張を帯びつつ外套の砂埃を払ったなら、歩みこそ止める事なく入店するも、その姿は前を行く背の真後ろにすっかり隠れてしまっているだろうか)
……専用の補助具だからな。座標の位置補正や具現化の精度、術式の展開効率も含め魔術行使が格段に容易になる。……それは簡易品だが、暫くは重用しろよ。
(少しだけテンポの早い足音が心なしか弾むように聞こえ、利発な少年の声音を背後から連れてくる。態々振り返りこそしないものの、何やらそんな相手の様はかつての――承認欲求と知識欲に満ち満ちて師の後ろを何かと随伴していた自身の少年期と重なるようで。魔術研究の妨げに他ならない期間限定の師弟関係とはいえ、物を教授する側に立つのもそう悪くはないのかもしれないという以前なら信じ難い想念は、頑なな己の喉を通せば無機質な杖の概説に変容し吐き出されるのみだろうか。さて、大方衣料品という代物は一度商業通りへと足を踏み入れれば嫌でも出会す程度には市場規模の大きな商品だという大雑把な指針に任せた道筋はそう誤ってはいなかったようで、表通りへ身を晒してから直にそれらしき小洒落た店前へと辿り着き。扉の上部へ飾られたアンティークな呼び鈴による軽やかな入店音を背景に近場の女性店員が歓待の挨拶と共に寄ってくるも、端的に首を横に振って自身の影に隠れていた小柄な姿を顎と視線で示せば、何やら大きく瞠目し俄に輝きを増し始める傍らの瞳に気が付く事もなく、身体ごと相手へ向き直り衣服の嗜好を尋ねて)
いや、俺じゃなく……こいつの服が幾らか欲しい。おい、ミシェル。……何か要望は。
……リヴィオ様が不快に思われないものなら、何でも。
(主人が前を退くと、黒いローブの影から奇術のように現れた子供に驚いてか目を丸くする女性店員と、展示されている凝った装飾の衣類が視界に入る。やたらにリボンやフリルのあしらわれたシャツや、胸元まで垂れる大きな襟、煌びやかなジャケット、異国風の服飾等、見たこともない品々が並ぶ店内を惚けたように眺めていれば、不意に名を呼ばれてやや上方へと顔を向け。生まれてこの方身形にはとんと関心が無く、着丈違いだろうが多少珍妙だろうが構わず与えられた物を身に付ける生活であった為、今回もきっとそうなのだろうと疑わずにいては、続く問い掛けに大袈裟な程双眸を見開いて。此処には我先にと横から手を伸ばす子供達も適当な衣服を見繕ってくれる養母達も居らず、ただ二揃いの眼が己の返事を待つばかり。もう一度改めて小洒落た空間を見回してみるも果たして何を基準に選別して良いやら分からず、身体を主人と向かい合わせては結局常と変わりない応答を。そこで横に控えた店員が待ってましたとばかりに試着を勧めたなら、早くも他人事の面持ちで成り行きを見守って)
……お前な。頭の天辺から爪先までフリル塗れにして帰らせてやろうか? ……折角ここまで連れて来たんだ、もっとこう、好きな色だとか形状だとか……。
(一度大きく見開かれた双眸がぐるりと店内を一回りした後、徐に開閉した口唇から零される回答は最早聞き慣れたような自由意志のないそれで。全くもって想定通りの答えが眼前から発せられれば腰に隻手を当て、明確な不満を眉間に刻み苦言を呈するも、自身とて魔術以外の興味関心はほぼ最底辺を這うが故に建設的な具体例を提示出来ずにいた折。妙なタイミングの良さで挟まる店員からの提案へ少しの間の後に同意を示し、幾らか最低限の注文を付けた後に彼の身を相手へ預け、自身は数歩引いた位置で待機することにして。先刻の店構えや展示される品揃えをざっと目視のみで検分した限りでは貴族御用達の高級店でも粗悪な量産店でもないように思料され、そこへプロによる選定が加われば十分悪目立ちしない程度に質の良い品が手に入るだろう。少し遠目から窺っても店員の手に用意された品は胸元のリボンをアクセントにした紳士的なダブルボタンの膝丈コートや少年らしく爽やかなセーラーカラーにハーフパンツ、はたまた腰のレースアップとレースタイがよく映えるクラシカルなロングベストなどなど、素人目に見ても上等と知れる代物で。ただ、いつの間にやら相手の服を見繕う女性店員の姿が時間帯的に空いている事も手伝ってか三名に増え、如何なる品と組み合わせがこの最高の素体を最大限に引き立て得るかと、手付かずの原石を磨く栄誉に浴するべく和やかな歓談を装う水面下で密かに女性陣の熾烈な争いが繰り広げられているとは夢にも思わずに)
試着か……、そうだな。普段使いだ、値は問わない。着心地が良く、ある程度丈夫で動きやすい物を。
フリルは……、知らないうちに汚しそうなので……。
(代わり映えしない無味乾燥の答に、これもまた代わり映えしない不服げな声音が返れば、彼も同じものに目を引かれたのだろうかと一際主張の激しいその衣服をちらと見遣り。主人がそれを愉快と感じて薦めるのであればフリル塗れも吝かではないが、受動的な姿勢が更に相手の眉を曇らすのは明明白白。ならばと嗜好とも呼べぬ己の無頓着さを覚束無く告白するものの、商品にも冗談にもケチをつけただけのように思われては、慣れぬ試みは軽率にすべきでないという自戒の念と共に口を閉ざして。そうして黙す間にどうやら両者間では話が纏まったらしく、女性店員に案内されるままカーテンに囲われた円柱形の試着室へと入ったなら、その後は着せ替え人形同然に手渡される一式の脱ぎ着を続けることとなり。一着目は首元に細身のリボンが結ばれたフリルスタンドカラーシャツに八分丈パンツ、その上に閉じ合わせたダブルボタンの膝丈コート。二着目はサスペンダー付きのハーフパンツにセーラーカラーのジャケット。三着目はサテン生地の柔らかなシャツにレースタイ、腰元でレースアップされたロングベスト。見るからに上質な品々はどれもこれも自身には似つかわしくなく映るけれど、紐を引いて覆いを開く度に店員達が「お似合いですよ」と微笑みを湛えるから、森奥の共同生活で唯一気にするべき人目の方へと軽く両手を広げて見せて)
……どうですか?
……最低条件はクリアしている以上、俺の方に文句はない。
(試着スペースから次々と装いを変え現れる少年は、その度に身に纏う印象を一変させつつもその優れた容色を遺憾無く発揮し、非の打ち所のない立派な青少年といった様相で。思わず当初のボロ雑巾さながらの痩せぎすな出で立ちを脳裏に描き、健康状態を整え似合いの衣装を誂えるだけでこうも変貌するものかと心中で密かに驚嘆混じりの呟きを。女性店員らも感嘆の吐息と共に互いの健闘を視線のみで讃え合い、その並々ならぬ熱量をようよう自身も肌で感じ取り始めた三着目。覆い隠された布から新たな少年の姿が顕になると、軽く沸き立つような賛辞の声が上がる中、渦中の相手から急に自身へ意見を求められては組んでいた腕を解き、相当の熱意と技量での選定と理解した割には淡白な応答を。人の精神とは外部の環境から影響を受けるものであり、よもや元奴隷とは結び付きもしない清廉な衣に身を包んでいれば多少なり良好な内面の変化があるやもなどと、そんな今日の行動の裏底へ敷いた思惑に過大な期待を寄せてはいなかったが。暫く共に暮らす事が確定した最初の滑り出しとして、せめてもう少し己の要望程度容易く表出出来るよう癖付けておきたい所。しかし、内面の成熟と関係性の構築度合いにも基づくが故に一朝一夕にはいく訳もなく、今現在どうにも身なりへの関心自体に欠けるのなら引く他ないか、と最後にじとりとした眼差しのもと半ばやっつけ気味に諦念を孕む問いを投げ掛けて。その一方で、さすが接客のプロ、もし相手がなおも控えめな唇をさして割らないようであれば、こちらの口下手と裏の意図を汲み取ってか「もし宜しければ、店内をもう少し見回ってからお決めになられては如何ですか? お気に召すものが見付かるかもしれませんし」とにこやかに助け舟が差し入れられるだろうか)
――で、お前の希望は本当に少しもないのか。ないなら、まぁ……その三着と、適当にもう数着程度見繕ってもらうか……。
…………はい。
(これまでは自我を晒さない事で大人達に褒められたものだが、彼に限ってはそれが却って不興を買うらしい。品評と言うよりは取捨の色濃い、自分の事くらい自分で決めろとでも言いたげな素っ気無い返答に残念がる素振りも見せずこくりと頷き、ならば店員推薦の衣服に決めようと此処での用事の完結を予感した折。面白く無さげに細められた双眸と共に堂々巡りの問いが寄越されては、多少言いづらそうにこそすれ、不思議な人だなとその意図をひとつも理解せぬまま正直に応じ。それから姿見の中に居る質の良い服に包まれる己を異世界でも覗くかのように眺めると、強いて言うなら、とやや上方へ顔を向ける。このカーテンが外套になれば、きっと高い服を汚さずに済むだろう。――しかし勿論引き千切って身体に巻くわけにもいかず、店員の勧めに従い品物を見回るらしい主人の後を、右へ左へと緩慢に首を振りつつ大人しく着いて行く。もう三日分も揃えたのにまだ買い物を続けるのかという小さな衝撃は、やがて自身が希望を出すまで店を出ないつもりなのではという迷妄にまで膨らみ。だからと言うわけでも無いが目に付いた品を気紛れに手に取って行くと、漂着するように辿り着いたのは装飾品や簡単な武具防具の並ぶ一角。翡翠石の嵌ったループタイやら吊り下げ式の短杖ホルダーやらに他より長く視線を留めては、ふと面を上げた先の足元まであるドレープの効いたローブに思わず「カーテン……」と小さく洩らし)
カーテン……? あぁ、ローブの事か。……それが良いのか?
(店員の提案に承諾を返し、店内を彼女の説明と共に巡る傍ら、諾々と追随する少年の横顔をちらりと盗み見て。不本意な共同生活が幕を開けてから早数ヶ月が経とう今となっても、相手の嗜好はおろか碌に内心すら読み取れず、つくづく奇妙な少年だという印象に変わり映えはしない。しかしながら、一応形ばかり彷徨う指先とある一角において他より優位して留まる視線を鑑みるに、当然だが多少なり彼にも好悪らしきものは存在するようで。自身も足を止め新たな商品棚へ視線を転じると、幾つかの装飾品類を経て移った先の一見突拍子もないように感じられる呟きへ怪訝に首を傾げ。ゆったりとしたシルエットを描く優美な布地をよくよく観察すれば発言の意図自体は汲み取れるも、その選定基準には全く理解が及ばぬ一方、極端に乏しい表情と口数の少なさに比して思慮深い彼の性質への理解はあり。早速他の客の来店音により元の一名に戻った店員へ、相手が目を留めたタイや短杖ホルダー、加えて先のローブと試着した品を購入する意思を告げると、卒のない礼と共に該当の品の包装と代金の計算へ向かう彼女の後ろ姿を見送り。暫し生まれた二人だけの時間に、一先ず購入品は定まったものの自身の意向を確り主張したとするにはあまりに控えめであり、そもそも真に欲する物を示したのかすら少々胡乱な相手へ再び視線を落とすと、常の渋面を形作ったまま諭すように口を開いて。最後にようやく相手の装いを評する台詞を紡げば、ふいと視線を逸らした先の店員から品の準備が整った報せを受け、何事も無いようなら速やかに会計まで済ませられるだろうか)
……遍く夢も欲望も、ただ内に秘めるだけでは何も得られない。一生その手を無手のまま終わらせたくないなら、少しは欲心を見せる事だな。……まぁ、お前はそうして身なりだけでも飾れば上等以上に見えなくもないんだ。社交術として己を飾る術の一つや二つ、覚えておいて損は無いだろ。
……そんなこと、僕に赦されるんだろうか。
(自身の呟きと同様の語が近くで繰り返されると、はっと我に返って声の方へと顔を向け。まさか考え無しの忍び音を拾われているとは思わず、不可解げな面持ちからの問い掛けに「ぁ」だとか「ぅ」だとか蚊の鳴くような声で意味を成さない呻きを発していれば、否定が無いため肯定と取ったのか手にしていた品物も合わせ精算の運びとなって。今まで生活必需品は与えられた物を支給物として享受してきたが、自ら選択するとなると途端にその色合いが薄れ、彼との距離を測り損ねてしまう。鮮やかな手捌きで購入品を纏めている店員の姿を眺める振りをして盗み見るように主人を窺うと、不意に金の瞳が此方に動いて睫毛の先が微かに揺れ。視線を交わらせたまま暫くは神妙に説法へと耳を傾けるも、ついでのように見目に関しての思わぬ評価が下されては分かりやすく喫驚を露わにして。鏡の中に見た己は確かに風体のみに限ればその身を飾る服飾のおかげで育ち良くも映ったが、中身は全くと言って良い程伴わぬ字義通り〝何も無い〟子供だ。両の掌を胸の前に出し、今し方授けられた台詞を反芻しながら目を落とす。夜市で家族を見捨てた自身が何かに手を伸ばす事などあって良いのか、と誰にともなく問うた迷える声を聞いたのは、左の中指に嵌めた暗色の指輪だけだろうか。肌身離さず着けているそれに幾許かの安らぎを覚え、すぐさま主人の背を追えば、社交術を学ぶ手始めとして精力的に自らの衣服を選定してくれた女性店員にその基準を聞き取り。気軽な尋ねのつもりだったそれに予想外の熱量と時間を掛けた答が返ったなら、短杖ホルダーとローブを身に付けて店を出るなり放心気味にぽつりと零して)
……濁流のようでした……。
! バッ……、……。――今のは見え見えの懸河だったぞ。
(あ、と明々白々な激流の中へ特段の気負いなく飛び込まんとする小さな背に手を伸ばすも時既に遅く、瞬く間に相手は怒涛の熱量の渦に頭から飲み込まれて。どうにも店員らの応対から違和を見出せなかったのか、相手の容色における実際を飾り気なく口にしたに過ぎない先の言葉への喫驚振りといい、よほど自らの世俗的価値に自覚がないらしい。溜め息と共に行き場を失った手を緩慢に下ろしつつ、如何な魔術を用いたとて到底御し得まい熱弁の奔流に翻弄される少年の様を背後にて静観して。そうして購入品の纏められた布袋を手に涼やかな退店音を鳴らしてから少し、不意にぽつりと惚けたように落とされた隣の声音へ呆れを孕む一瞥を向けてから、此方の歩みに従い流れゆく種々の店構えを横目に話題転換を。折り良く脇を通り掛けた大型の家具屋を切っ掛けに、少し前方を遠見した先へ一般的な書籍や画材屋までをも認めては、相手の長期滞在が決定した翌日には自室と共にベッドや机などある程度の家具こそ与えてあるものの、あくまでも必要最低限に留まるそれらに空いた手を思案するように顎へ軽く添えて歩調を緩め)
……まだ時間はある。不足している品があれば今の内に言っておけ。そうだな、家具はどうなんだ。一先ず適当にお前の自室へ揃えてやったが、何か入り用の物があるなら別段俺も惜しみはしない。……後は、趣味関連なら画材や本辺りか……?
(服屋とはこういう場所なのかと、初めての経験にいつか魔術師の入浴作法に対し抱いた謬見と似た誤解を連れて店を出るも、それは即座に否定され。どうやら狭い箱の中で生きてきた己には学ぶべきことが山程あるらしい、と無知の知を獲得する間に歩み出す背に追い付けば、会話と視線の向き先へと首を回す。見覚えのある意匠にそれが自室へ設えられた家具であると勘付くまで時間は掛からず、同時に魔力開花の翌日に与えられた室内の光景が目に浮かぶと、その中を動く自身の姿までも克明に蘇るようで。過ぎ行く家具屋店内の鏡台やサイドテーブルは日々最低限の活動しか行わず、またそれに不自由を覚えない居候には必要の無い代物。唯一の障害だった整理や清掃の際に高い棚に手の届かない問題もいつの間にか出現した踏み台によって解消され、森奥での暮らしは連れられた当初の危惧に反し快適に保たれていて。画材は減りこそしたものの未だ尽きる気配が感じられず、書籍は子供向けのものは読破したが、大量で難解な主人の蔵書を手に取り始めてからは本に困ることなど想像もつかない状況。正直に答えつつ、強いて言うなら調理器具だろうかと全くの無意識で顎に手を添える折、遠くに見えていた画材屋が目前へと迫っては、店頭に並ぶイーゼル等の器具や希少な顔料に未知への好奇心から足を止めて)
……いえ、どれも不足はないです。むしろ人並み以上の生活を――
……へぇ、やっぱりこういう系統に興味があるのか。まぁ、魔術の修練には多少の息抜きも必要だろ。望みがあるのなら、その自前の口で率直に乞う事だな。
(華やかな都会の街並みと行き交う賑やかな人通りの合間を抜うように、流れ行く種々雑多な品々を視線のみで丁寧に撫でてゆく。考えてみれば、これまで公私共に殆ど魔術一辺倒であった己がそれ以外の事柄についてこうも真剣に頭を悩ませ、煩わしい人混みの中に身を投じてまで他者と呑気に買い物などと、相手との奇妙な共同生活が始まるまで到底考え得なかった話。共に暮らしていると生活リズムだけでなく所作までも似通ってくるのか、期せずして同一のポージングを取りつつ至極難解な品定めに注力していれば、不意に傍らの視線が一点に留まる気配と止んだ足音に自ずとその眼差しの先を追いかけて。そこは画材屋の一角であり、以前相手に与えた物よりも本格的な品々が整然と並ぶと共に、中には土や鉱物由来の一般的な代物に留まらず、希少な妖精竜の鱗粉までをも原料とする鮮やかな色合いの顔料が一種のグラデーションを描くようにずらりと小瓶へ収まっており。希少かつ質の良い物も並ぶ分多少値が張る可能性もあるが、元より魔鏡の持ち主探しを始めた時点で交渉用に錬金術や自作魔道具の売却等で資金作りはある程度済ませている。とはいえ、いつまでもただ黙する相手の意図を闇雲に汲み続ける訳にもいくまいと、少し行き過ぎた靴先の向きを背後へと戻し、再び画材屋を前にして少年の隣に並んだなら、やたら高圧的な物言いで続きの言を不器用に促そうと。それでも頑として口を真一文字に封するようであれば無言で自らの両の腕を組み、鬼気すら放つような上方からの鋭利な眼差しにて静かに圧をかけ始める事だろう)
……す、少し覗いていっても良いですか?
(少し前までは不思議で堪らなかった強圧的な言動も、今なら命令を忌避するがこその窮余の一策だと分かる。数歩先んじた靴音が喧騒に紛れるように止み、その中からまた己の隣まで歩み寄るのを聞き取れば、思い切りかねて視線を画材屋と彼との間で往復させ。奥の薄暗いカウンターに座す気位の高そうな店主は鳥籠の中に小さな獅子の如き魔物を携え、手癖の悪い子供が盗みを働きはしないかと目を光らせている。一方で、痺れを切らしたのかいよいよ迫力を醸しだす金眼は、貫かんばかりの眼差しで此方が口を開くのをじっと待っていて。所有者の権利を行使しないにしたって相手を操る術なら他にやりようがありそうなものだが、自身が名前のないこの関係性を奴隷と主人に押し留めようとするのと同様に、彼にも理屈を凌ぐ何かがあるのだろうか。しかし確かにその声なき指示に後押しされて漸く唇を動かすと、伺い自体は控えめながらも向ける双眸は本心を偽らず真っ直ぐで。それに許諾が下りたなら、〝虹孔雀の羽根〟や〝クラーケンの墨〟等の魔物から採取したもの、希少な〝青珊瑚〟や夜道を照らす道草として知られる〝ランタン草〟を原料とするもの、各時間帯の光の粒子を魔法で物体として小瓶に収めた〝日光〟〝月光〟なんてものまである品揃え豊富な顔料達を興味のままに覗き込み。その内の一つ、黄金の林檎と称される形象と猛毒を持つ魔物である〝禁忌の果実〟のラベルが貼られた小瓶を手の中に抱えては、運命の巡り合いでもしたかのように大きく瞠目し。あの瞳を描くとすればこれしかないと確信する程の繊細な輝きに暫し釘付けになった後、徐に後方を振り返ると、興奮気味に主人の方へと手中のそれを見せに行って)
――リヴィオ様、これ……。
……まぁ、及第点だな。まだ時間に余裕はある、好きに選べばいい。
(自身と奥の店主を惑う青緑の瞳が行き来して、慎重に慎重を期した末ようやく零された言の葉に先刻まで上方から掛けていた圧を一時失念し。控えめながら正面に重なる瞳の奥にも、魂の欠落した繕いの人形ではない確たる相手の意志を感じ取れ――ふ、と甘く金色の蜂蜜が蕩けるように自然に細められた双眸と、ごく僅かな傾斜ながら柔く綻ぶ口許。刹那に優しげな微笑を安堵と共に象ったかんばせは、次の瞬きの間には幻想が如く一転した常の渋面にて素っ気ない返答を告げ、腕組みを解いて元の商品へと視線を転じており。己の了承を得て即座に彩り豊かな小瓶へ吸い寄せられる子供らしい背を盗み見ながら、内心では密かにやれやれと苦悩を孕む吐息を。出会った当初はまともな意思疎通すら難儀していたというのに、それに加え子の自主性の育み方や適切な対話術などと、最早どこぞの父兄めいた懊悩をも交えればいよいよ自身の手には余るというもので。此方の胸中など知る由もないだろう当の本人はといえば、程なくして内なる高揚に色めき立つような素振りのもと身を反転し、美しい黄金の色彩を閉じ込めた小瓶を自身に差し出して。特に目新しい魔術式が施されている訳でもない画材類に己が関心を引く要素はないとはいえ、万事恬淡とした少年からそうも欲念を引き出したとあっては流石に容器内の煌めきを注視せざるを得ず。〝禁忌の果実〟、その魅了の魔力を孕む金色の輝きと芳香により獲物を誘引するという効能は他へと姿を変えてもなお健在ながら、特段他より遥かに優越しそれを選出する意図を依然として掴みかねては、少々不思議げに片眉を寄せて差し出された品を受け取り。手慰みのように数度手中で角度を変えながら同色の眼を軽く眇めるように検分すると、店主へ購入の声掛けを試みる前につい純粋な疑義を立て)
……これがそんなにも気に入ったのか?
(/いつもお世話になっております。ミシェルの背後です。お返事につきまして、もう暫く掛かりそうでして一日期限を伸ばしていただくことは可能でしょうか……?間近になってのご連絡となり申し訳ございません……!)
(彼を描いたのはこれまでに一度きり、それも顔の見えぬ後ろ影で。折に触れて瞳に映した赤と黒のコントラストを切り取る一葉は、他と同様画材を乾かしがてら本棚へと収められ、今この時も裏表紙の如き堂々たる背を極小の訪問者達へ見せていることだろう。しかし写実でなく心象風景を描き起こす手法が災いしてか、情景の中でローブが翻ると途端に表情だけが夢の記憶のように曖昧模糊として、生活に於いても意識に於いても中心に在るその人の肖像は未だ一向に描けぬまま。それでも変わらず気概は内奥に持ち続け、渡った先の手中で金砂のような顔料が音もなく平らな表面を崩し、此方の心算など知る由もない怜悧な双眸が瓶の奥に現れれば、精察する様子にじっと視線を注ぎ両者を比べ合わせ。静かに動く金眼を蜜や琥珀に喩えたくなるのは、とろりと液体のように動く微細な粒子のせいか、それとも採取元である魔物の甘い芳香のせいか。やがて尚も合点のいっていない訝しげな面持ちが小瓶から自身に向けられ、問いには率直に答えつつも、珍しい決定に対する追究に何か懸念でもあるのだろうかと言葉尻と眼差しを徐々に弱らせた折。果ては心なしか眉尻まで困らせたなら、一部始終を傍観していた店主が失笑するように奥の暗がりから微かな息遣いを洩らして)
はい、描きたいものにこの色が必要……で……?
(/大変お待たせいたしました……!お返事を頂戴する前ではありましたが、期限に関しましてご寛恕いただけるようであれば上記とこちらはお蹴りください。信用に欠けると判断された場合はお手数ですがその旨をお伝えくだされば幸いです……!)
……いや、別に問題がある訳じゃ……、――少し待っていろ。先に会計を済ませてくる、他にも目ぼしい物があるなら見繕っておけばいい。
(単純に疑問した点について問いを投げたまでの事、しかし対する面貌は次第に表情を弱らせ、眼差しに不安を湛え此方を見上げる様はもはや捨てられかけの仔犬のようで。依然として疑問の解消には程遠い回答の後にはたと相手の変容に気が付くと、否を告げるべく手元の瓶から視線を持ち上げた折。意識外にある方角から自身の鼓膜を微かに震わせたごく密やかな笑声へ、少々気分を害されては訝しげに眉を潜めた顔貌を鋭くそちらへと。奥懐にあるカウンター越しの席へ着座する初老の店主はしらと澄まし顔で画材の整備に努めており、感情の色に欠ける横顔からは正確な意図までは掴めないものの、些か長く店頭を占領する自分達への文句か、はたまた妙に迂遠な問答への嘲りだろうか。店主の内心がどのような物であるにせよ、既に購入物は決まった事だと黒衣のローブを翻すと、残る少年へ命を下してから小瓶のみを片手に店奥へと歩を進め。品の良い口髭を湛えた相手は近付く足音へ鷹揚と視線を持ち上げる以外に特段の反応は見せず、此方が少々つっけんどんに購入の希望を端的に提示してもなお最低限の了承を返すのみであり、傍らにある使い魔らしき獅子も仕事のない今は子猫のように丸まり大人しく瞼を下ろして。顔料ついでにキャンバス等の本格的な画材を適当に幾らか注文するも、例の転移用の扉は植物がその花弁を閉じるように夕刻頃にならなければ現れず、手荷物に加えるにしては流石に嵩張るだろうそれらについては帰りがけに寄って持ち帰る事になるだろうか。淡々と仕事に徹する相手が最後に小箱へ収めた先の顔料を自身に差し出すと同時、貫禄のある風貌にしては意外に柔らかな光を深い目尻の皺の奥に湛えて二言。「……要らぬ世話かとは存じますが。――きっと良い絵を描かれるでしょうな」何かを見透かしたような眼差しが自身の金眼と小箱、最後に外の少年を収めて発されたそれはあまりにも要領を得ず、世辞にしてもやけに含みのある不明瞭な言葉に一瞬毒気を抜かれては、もはや困惑を極めた応答を凡に返す他あるまい。さて、時は暫し前に遡り。自身が店の奥へと消えた直後、相手の近くには大きな移動販売用のリヤカーがガラゴロと現れており。広々とした台の上には如何にも古典的ながらボタンを押下する事で自動的に卵を割る機械や、鍋底に設置された魔石により微弱な水流を生み出しパスタを茹でる縦長鍋、ゲテモノ料理の筆頭たるスライム捌き専用包丁など、極めて用途の限定された品々が派手なエプロンを装着した青年により大袈裟かつ巧みな話術を用い次々と披露されていき。自身が小声で不可解をぼやきつつ店を出たのは丁度その実演販売パフォーマンスの佳境たるタイミングと相成って)
? ……はぁ。――何なんだ、あの店主は……。
(/お蹴り下さいとの事でしたが、所用によりこちらの返信が間に合わず、申し訳ありませんでしたとだけ伝えさせてください……! お忙しい中、ご丁寧に連絡を入れていただきましてありがとうございました。また、そろそろ頃合いかな……? とリヤカーを向かわせてしまっておりますが、もし何か画材屋で入れたい描写などございましたら、リヤカーの来るタイミングは後に回していただいても構いません。それでは以降もよろしくお願いいたします!※蹴り可)
(清閑な二人暮らしに身を慣らした弊害か他者の存在など全く気に掛けておらず、思わぬ第三の声の闖入によって行き違いの問答は不意に幕引きを迎えることとなり。取り残されてぽかんと突っ立ったまま影の濃い方へと溶けてゆく背姿をローブの輪郭が暈けるまで見送ると、言い付け通りに他の棚にも足を伸ばして陳列された品々を順に眼差しで撫でてゆく。素人目にも拘りの窺える本格的な画材は関心を引けど、突然耳に飛び込んだ威勢の良い呼び込みに振り返れば羽が生えたかの如く足取りはふよふよとそちらの方へ。停まった行商用のリヤカー周辺には疎らに見物客が集まり、その輪の中央では風采といい弁舌といいやけに存在感のある青年が彼曰く〝とっておきの逸品〟を台の上に取り出して実演披露している最中で。紹介される商品はどれもパフォーマンスありきのエンターテイメント性に重きを置いた珍品だが、奇抜な発想と示される実用例の爽快さに販売員の話術も相俟って、後方から遠巻きに見ていたはずの双眸は今や独壇場を囲う円環の一部。続いて球形の野菜や果物を容易に六等分出来るという抜き型のような器具を掲げた青年は客の顔を見回し、興味津々に次の展開を待つ己と視線が交わるなり元から持ち上がっていた口角を更に持ち上げ。「坊ちゃん、やってみるかい?」一気に注目を集めたのと呆気に取られながらも頷いたのはほぼ同時で、促されるまま相手と並ぶ位置まで進み出ては渡された金属製の〝六等分カッター〟の外円部分をハンドルさながらに掴む。そこから六本の線が中心に向かって伸びた先の内円を芯の部分にあてがって実演用に準備されたトマトへ押し込むや、赤い蕾が花開くように均等な櫛形がはらりと転がり。控えめな歓声に遅れて幾つか拍手も聞こえ、これで賞賛を受けるのなら主人の魔術は一体どれだけの大喝采を巻き起こすだろうかと脳内で想像を繰り広げつつ傍の商売人を気持ち晴れやかな面差しで仰ぐと、商機と見たのか熱の入った語勢で購入意思を問われるもそれには気色も変えずはっきりと首を振って。物心ついた頃から最低限の生活を送ってきた孤児に面白いだけのアイデアグッズを買うつもりなど初めから無く、無邪気に最も性質の悪い客となっては観衆の奥に会計を終えた彼の姿を認め、時の進みを思い出したかのようにはっと短く息を吸い込む。潔い冷やかしに引き攣った頬を無視してその近くまで駆けたなら、先程までの喜色は何処へやら真面目くさった顔で待たせたことを詫び)
――すみません、珍しい調理器具があって……。
(/いえいえ、とんでもないです! 細やかなお心遣い痛み入ります……。実演販売のくだりはさらっと終わらせてしまいましたが、もしリヴィオ様も一枚噛みたい等ございましたら適当なところで描写を切って無かったことにしていただいて構いません。以降もよろしくお願いいたします……!※蹴り可)
お前……何処の小悪魔《インプ》なんだ、一体。……、良かったのか? 随分楽しげだったが。
(退店直後の身を晒す陽の光に目を細めた直後、先刻よりも幾らか熱気を増した周囲の気配に自然と視線はそちらへと寄せられて。急な密度の増加を怪訝する眼差しはその輪の狭間から覗く、正に人だかりの中心部にて実演販売形式のパフォーマンスに加わる相手の姿を映すや否や驚きに見開かれる事だろうか。慌てて輪の後方からやや身を乗り出すように注視すれば何やら台の上に居並ぶ品々はさした価値も感じ得ない下らない代物、さりとて卓越した青年の演説と華麗な手技は聴衆の購買意欲を巧妙に煽るらしく、鮮やかな真赤の実が見事な切れ味をその身で立証しては歓声と拍手を呼んで。……欲心を唆る物があれば見繕っておくようにという汎用性の高い指示を今更ながら後悔すれど、心做しか朗らかな相手の様子を見ているとにべもなく突っ撥ねるのも一抹の躊躇が生まれ、如何に上手く指導すべきか、いっそあの巫山戯た装いの青年を密やかに魔術で昏倒させ……などと困り果てた末に些か物騒な思考が過ぎった頃。常の淡白さで当の青年の誘いを退け、人の輪を縫って自身の元へ謝辞と共に舞い戻る少年の姿へ、内心で盛大な肩透かしを喰らいながら構いかけた杖を下ろし、無自覚に此方を翻弄する様に少しばかり複雑な面持ちと軽い悪態を吐いて。一時場を白けさせながらも立て直しも早く次の商品へ移るパフォーマンスを遠目に一瞥し、平生の不機嫌を湛える唇からつい零れたのは先刻の心情に反しまるで詰まらない我儘を乞うようにも取れる問い掛け。はたして心の奥底では相手に年相応の子供らしい振る舞いを求めているとでも言うのか、答えが出ぬままに軽く頭を左右に振ると顔料の収まった小箱を相手へ押し付けた後にローブを翻し、情報屋との待ち合わせへと向かおうとして)
……まぁ、いい。――そろそろ約束の刻限だ。他に用もないなら行くぞ。
(/こちらこそ、いつもながら丁寧なご配慮をありがとうございます……!何も無ければこの後情報屋との待ち合わせ予定ですが、改めて考えてみるとミシェル様と如何にも教育に悪い怪しげな人物をそう進んで会わせないな……と思い至りましたので、情報屋の待ち合わせ手前辺りで一時別れる流れに今の所なりそうです。もし情報屋との絡みやイベントをご希望であれば嬉んで対応いたしますので、お気軽にお申し出くださいませ……!※蹴り可)
……? 八等分で特に困らないので。
(自身の挙動が相手の関心事に含まれているとは露程も思わず、人垣を抜けるなり険のない謗りを受けては魅了《チャーム》でも用いて実演の役目と拍手をさらったように誤解されているのだろうかと愚考し。しかし殆ど何にも抗わぬまま生きてきた無気力な子供にとって悪童の如く扱われる体験は自らと上手く結び付かず、まるでよく聞き取れなかったとでも言わんばかりの当事者意識に欠けた面持ちでぱち、ぱち、と大きく双眸を瞬かせて。その折、頭上を過ぎて背後へと投げ掛けられる視線を辿って首を回らせば、予期せぬ借問に改めて彼へと向き直り、意図を掴みかねて的を射ない上に商品の存在意義から疑義を呈する身も蓋もない応答を。何やら心の決まらぬような態度にもしや主人もあれが気になるのかと更なる勘違いを塗り重ね、不慣れながらに「……リヴィオ様も、見――」と誘いを掛けようとするも、それを僅かに先んじたのは最前の発言を取り消す自己完結の句。ぞんざいに渡された小箱を両手に受け取り、薄く開いて隙間から中の黄金色を覗き見たのも束の間、次なる予定の時刻が差し迫っていることを知ると途端に背筋を正して意識も表情もすっかり切り替え、主たる目的の達成へと動きだす足取りの斜め後ろに続き)
(/以後の展開、把握いたしました!情報屋との絡みも今の所思い付きませんので、待ち合わせ場所のそばで別れた後は、以前お伝えした通りに失くしものに気付いて探しに出る流れで迷い子イベントへ移らせていただければと思います。またショッピングの方は一区切りということで、ミシェルを大変甘やかしていただきありがとうございました……!リヴィオ様との街歩きが叶い、背後共々賑やかな空気と仄々とした日常を堪能させていただきました。※蹴り可)
……俺はこの奥で情報屋と話を付けてくる。そう長くはかからないと思うが、お前は荷物の整理か……そうだな、時間的に軽食の一つでも取っていればいい。――ただし、あまり離れて迷い子になるなよ。態々探してなんてやらないからな。
(繁華街からは少し離れ、人の往来が乏しくなった街路へ丁寧に敷き詰められた艷めく舗石上を一定間隔で歩む音が不意に止まり。緩りと振り返り様に一時の散開を告げたのは、元々あの腹の内も伺えぬ胡乱な人物に相手を会わせるつもりなど毛頭なかったが故で。先刻よりは多少閑散としたといえども道を一つ二つ挟んで出店の賑わう声が僅かに聞こえる程度であり、子供の遊戯にも飯処にも困るような立地ではあるまい。ローブの内からキラリと陽光に鈍く反射する銀貨を一枚放ると、宙で人差し指の先を鋭い言葉の釘と共に相手へ刺した後に、軒と軒の狭間に伸びる暗く曲がりくねった小路へと黒衣を溶かせて。何処か危なっかしい面を含んでも歳の割に聡明で従順な彼の事、そう心配はあるまいがと思いつつも憂慮を帯びた一瞥はフードの下に隠される事だろう。――賑やかな人の営みから少し外れた、喧騒の向こう側。これ程までに燦々と周囲を照らす暖かな陽光の下に佇む、老朽化の進みに抗えず一部欠け落ちたままの舗石、閉店して久しいのだろう、寂れた商店の飾り窓に転がる陶器の歪な陰影といった心がささくれる程でもない些末事。都会の洗練さを損なう種々の小さな違和が集まり、見えない黒のインクが白紙を汚すように、水面下にて恐ろしく密やかにその根を伸ばしてゆく。そんな一角にある軒下から差したささいな日陰に混じ入る闇の一欠片、けれど内に渦巻くような底知れぬ深淵を不自然に湛えた〝ソレ〟は、微かな質量を増すが如く獲物から少し離れた背後で身体を静やかに蠢かせ――)
(/こちらこそ、ミシェル様の抱えるお悩みや子供らしく可愛らしい側面を多々拝見出来、とても幸甚でした…!関係性は進んだもののやっぱりすれ違う二人の様を見ていると、自宅での普段の様子も自ずと察せられ、終始和みつつ楽しませていただいております。また、今後の展開についても承知いたしました。こちらで先に敵についてぼやっと描写してしまっておりますが(何となく現時点の想像としては魔術染みた力を行使出来る半ばアンデッドのような、悪霊や悪念の集合体など)、何かご要望や不都合等がありましたら本当にお好きに改変していただいて構いませんので…!もしこのような設定で描写して欲しいなどご希望やご相談がありましたら、どうぞ気軽にお伝えいただければ幸いです。それでは、迷子イベントでも何卒よろしくお願いいたします!※蹴り可)
それなら外で、
(話が終わるまで待っている。そう口答えせんとする最中に投げて寄越される白銀の煌めきへいとも容易く注意を奪われては、言葉を切って放物線を描く硬貨を掌に受ける事のみに専心し。無事その微かな重みを手中に確かめる頃には黒衣は暗がりに足を踏み入れ、呼び止める間もなく奥の路地へと消えてしまう。あの角砂糖の如き万能食を口にする姿を見掛けなくなって久しいが、今日は単なる栄養補給を食事に代えるつもりなのか、それとも情報屋と卓を囲むつもりか。独りの昼時に不思議な心地のする程度には当たり前となった品目の監督に思いを馳せて無人の空間へ視線を投げ掛けるも、甲斐あって健康優良児となった体は蓋しそろそろ腹部から切なげな訴えを上げ始める時分。握り締めた銀貨を五指を開いて見て、通りの方へと顔を出してみれば、屋台でサンドイッチが売られているのに目を付け早速貨幣を差し出して。食糧と釣銭をそれぞれ片手ずつに持って簡素な木製のベンチに腰掛け、静かに迫り来る異変も知らず癖で栄養価を目算しながら少し硬い茶色のパンに齧り付く。「――いいな、いいなあ」幼い声がいやに明瞭に聞こえたのは、時課の鐘の鳴る前だったか、後だったか。聞き覚えのある甘えた響きに振り向くと、くるくるとカールした頭髪にそばかす顔の少年がそこに佇んでいて。孤児院に居た年下の、と当時と変わらぬ7、8歳程の容姿で現れた彼に驚愕した次の瞬間、後ろ手に隠し持つ〝それ〟がはにかむように掲げられて更に目を見開く。「これ、頂戴よミシェル。ねえ、いいでしょ?」透明な小瓶の中で輝くのは、画材屋で己がねだった金の顔料。はっとして持ち物から箱を取り出し中を覗くと、それは――間違いなくそこにある。……ある、のだが。陽の光に当たっても吸収するばかりとなった粒子は先の代物とは似ても似つかない漆黒。「……それは、だめ。返して――」動転しながらも取り返そうと伸ばした腕は嘲笑うようにひらりと躱されて、指先はむなしく空を切る。追いかけっこでもしようというのか燥いだ声を上げて逃げ去る小さな歩幅に一体何が起こっているやら理解出来ず、不穏な気配だけは肌で感じつつも後を追わずにはいられずに。食べかけの昼食をベンチの上に残して立ち上がり、癖毛めがけて走り出すなりホルダーから短杖を引き抜いて正面に構え。しかしその行動にポーズ以上の意味は無く、地下室での惨劇の二の舞を恐れて結局は自らの足で捕捉することとなるだろう。早く片を付けて戻らなければと逸る此方の気持ちに反し、謎の子供は姿を現したり消したりして翻弄しつつ、何処かへ誘うように軽やかに駆ける。小路を抜けて角を曲がった相手を見失わぬようその先に飛び込んだなら、開けた視界に広がるのは何故か夜市で。不審に思って靴音はやがて歩くにしても遅いリズムへと変じ、周囲を用心深く見回しながらより明るい方へと爪先を出し続ける。既視感に勘付くのが遅れたのは、或いはそのせいだったかもしれない。数秒振りに正面へ向き直ると、眼前には鎖に繋がれた傷だらけの奴隷が、彼の縋るような眼差しが、あの日の悪夢のような情景が生々しい実感を伴って蘇っていて。大きく跳ねた心臓は痛い程鼓動し、呼吸もままならず洩れるのは嗚咽のようなか細い震え声ばかり。遥か前方に盗まれた顔料を捉えても最早そこから一歩も動けずに、ただただ自責の念に苛まれ突き動かされるまま杖を握る右手にぐっと力を込めると、膨大な魔力の奔流を内に感じ)
――杖を構えろ。その生涯の鬱屈を取り返すこともなく、ここで無様に朽ち果てたくなければな。
(有りもしない宴の音が響く。哀れな獲物として招かれた少年の記憶から参照される、粗悪な模造品に過ぎない比較的静やかな夜市において、陽気な祭りの調べはもちろんの事、燦々と注ぐ陽光も先刻の喧騒も嘘のように鳴りを潜め。されど、死屍のような臭気がじっとりと肌を舐り、雑然とした人の声音がざらついた不快感を伴って背中の産毛をふつふつとざわめかせるのは生物たる本能か。情景の一部を成す通行人や露店の商人を装ったモノ達が、一人、また一人と動きを止めた少年に音もなく影もなく、その風貌を異様に歪ませ、骨ばった鶏の足を彷彿とするまでに存在を揺らめかせて忍び寄る。能面のような奇形の人形に依然として歓喜の声も色もない。だが、それはあまりにも明白な狂宴の始まりを告げる符牒であり――不意に、項で一つに結わえられた細長い赤毛を腰の半ばで揺らし、先んじて相手の背後へふわりと降り立った小柄な影が一つ。比喩でなく正に無から有へと転じたばかりのそれは、如何にも上流階級といった出で立ちの装飾過多な洋装に身を包んでおり。金のブレードや華やかな飾りボタンの他、少々フリルの比率が高いように伺えるのは当時の煩わしい貴族文化における流行の名残だろうか。ゆるりと黄金色を宿す勝気な双眸を開くと、背格好からして同い歳程度だろう見知らぬ相手の肩に背後から手を掛け、未だ声変わりも済ませていない少年特有の音をその鼓膜へ静謐に注ぎ込み。もしも此方の誘導に従い手中において沈黙する杖が掲げられたのなら、自身の触媒元である指輪を通じて術式を流し込み、暴発寸前の魔力に指向性を与える事で氷の矢を生成し周囲の幻惑へ射出するだろうか)
(胸の底は凍り付く程冷たいのに頭は熱に浮かされたようにぼんやりとして、外側から迫る闇に侵され視界が徐々に狭まってゆく。――呑み込まれる。根源的な恐怖を半ば他人事として観測したその刹那、突如として耳元に降り注いだ声は悪魔の囁きと呼ぶにはあまりに高潔な響きを持っていて。従うべきか従わざるべきか思議する間もなく短杖を握る右手が持ち上がり、目に見えぬ糸で操られるかの如く意思を必要としないまま蒼い魔石を体の正面に構える。そこへ嘗てない規則正しい魔力の流れが出来上がるのを感じて指先代わりの補助具を事も無げに振るえば、鋭い矢の形を取った氷が全方位へと一気に放たれ、己を包む悪夢を貫いて切り裂き。両眼を覆っていた幻惑が晴れ、夜市の影の消失した周囲へ改めて視線を巡らすと、自身が立つ地は昼日中でも薄暗く澱んだ空気の漂う霊園らしき場所で。遂に正体を現した物の怪達のいくつかは形を失い、いくつかはぞっと粟立つ呻きを上げて頽れる中、最奥の盗人は巻き毛の子供の姿を保ちながら子供らしからぬ温度のない瞳を此方へと向けている。その場から動く気配のない彼へすぐにでも肉薄して顔料を取り返したいのは山々だったが、対処しようにも流石に不可解が重なり過ぎ、体より先に頭の働いてしまう性質も相俟って情動任せに駆け出すことに警鐘を鳴らし。焦燥を押し留めてまずは状況把握をと背面に先刻の声の主を求めたなら、振り返った先に佇むのは貴族さながらの出立ちとツンと澄ました顔の見知らぬ少年。一つも親しみやすい要素の窺えぬ相手に、しかし何か親しみのようなものを覚えては、諸般の疑問を差し置いて直感した主人の名を吐息のように紡ぐ。その金眼を表現する為の画材が色を失ったように思われたのも幻惑の一種で、実際には何も盗まれていないことを知るのは今少し後のことだろうか)
――……リヴィオ様……?
……、あの程度の小物にこうまでしてやられるなんて……。仮にも俺の指輪と魔術杖を携えておきながら、一体全体どういう了見で――〝様〟?
(凍て付く氷結の矢が青白く煌めき、周囲の敵影諸共に架空の虚像を切り裂くと、細かな氷の小雨を幕引きとし本来の陰鬱な風景が顕になる。そんな己の技量と脅威的な相手の魔力を持ってすれば至極当然の結実になど最早目もくれず、真っ先に怒気を帯びる眉を逆立てた先は傍らの少年で。細かな事情や入手経路こそ判然としないものの、指輪に宿る微かな残留思念から己の人格を再構成し、一時的な物とはいえここまでの精度で顕現させるなどと、およそ尋常ならざる才覚と魔力の持ち主。しかし、だからこそこの程度の害獣如きに不覚を取るとは、それでも杖を携える一端の魔術師かと同業故の理不尽な苛立ちが内なる火種を燃え上がらせて。よもや初学者などとは夢にも思わず、先刻の幻想的な出現で得た神秘性を霧散させるような剣幕の下、刃の切っ先が如き人差し指を此方へ向いた胸板へ突き立てると、相手からはその左の中指に覚えのある漆黒の輪が黒く艷めいているのがよく見えるだろうか。そうして一方的な詰問を開始しかけた所で、ほんの微かな息遣いに紛れる己への敬称が耳朶を掠め、思わずかつての初対面時と全く同じ角度、同じ語調で眉を顰めて。互いに一瞬の間隙が生まれた刹那、ふと場に満ちる負の想念の不穏なざわめきを察知し、はっと弾かれるように敵の束ね手らしき幼子の方向を見遣れば、此方へ真っ直ぐに向けられた小振りな手の平は明らかな術の行使の先触れ。途端に歪み出す空と周囲の景色に、同罪だろう自身の油断という落ち度は一先ず棚上げに反射的な叱咤と指示を飛ばし。所詮残留思念に留まる己が魔力を有さない以上、この場を制するには相手に杖を掲げてもらう他ないが「ミシェル、君はまた……自分だけのうのうと助かるつもりなの?」という追い討ちの台詞を受けた杖がもしも挙動を鈍らせたなら、一瞬の閃光と浮遊感の後、地に伏した身体は霊園の土壌とは明確に異なる床の感覚を拾う事になるだろうか。転移先はいわば相手の過去の心的外傷先を模した仮想風景――実質的には敵の胃の中であり、どうやら短期決戦は諦め、じわじわと体内で獲物を消化する方向に舵を切ったようで)
ッ馬鹿、敵の懐で隙を見せる奴があるかよ! 早くその杖を――。
(/状況説明の為、一旦落ち着いて(?)お話が出来る場面を作った方が良いかな……?と思い異空間への転移を提案させていただいておりますが、もしこの場に留まりたい場合は杖を掲げられたという事にしていただければ!また、転移を選ばれた場合、舞台は過去の孤児院を模した仮想空間でもどこでもご随意に。※蹴り推奨)
(声音こそ少年特有の重みの無いそれだが、常時不愉快げな顔付きや居丈高な態度、鋭い舌鋒、詰め寄る仕草等、言動の随所に既視感を覚える特徴が見られ、己の中で浮上した仮説はみるみる信頼性を高めてゆき。極めつきに唇から零した名に相手が反応を示せば立証したも同然なれど、どうやら印象だけでなく本当に立腹らしい彼に胸元へ人差し指を刺された状態では微かに湧いた安堵を表出させることも憚られ、きゅっと口を結んで。見上げない眼前の面差しに気を取られていたせいで手元の指輪に中々目が行かず、遅れて左手の中指を注視していたせいで敵の動静への対処が出来なかったという弁明は言い訳にしてもあまりに拙いものの、事実に他ならないのだから叱責に反駁の余地はあるまい。杖を振り上げるべく咄嗟に身を反転させた先で、視覚と聴覚を欺く幻に須臾の躊躇いが生じ、頭では看破しているはずの術中にまんまと陥っては、眩む光に目を眇めると共に摘み上げて落とされるような体の不自由を感知し。次の瞬間には何処かの床の木目に頬をつけており、急いで起き上がり警戒の眼差しを周囲に走らせるけれど、夜市の際と異なりそこには日頃接する主人に輪を掛けて謎に包まれた少年の姿のみ。そして自らを養育した孤児院の廊下を長く長く引き伸ばしたような空間の中、手作りの花冠や擦り切れた絵本といった子供達のお気に入りの品が点々と転がる向こうには、開かれた裏手の扉が小さく見えていて。奴隷商に引き渡された時分を想起させる光景に、何やら貨物船で運ばれる波の揺れすら蘇るようで、か細い声で再びその人の名を呼ぶと頼りなげな眼を向け)
――……リヴィオ様。なにが、どうなって……。
――どうなって、って……。お前がわざわざ俺をその指輪の思念から顕現までしておいて、あんなアンデッド崩れ共にむざむざ喰われた以外に何があるって? ……それから、逆。
(一瞬の意識の明滅の後、地へうつ伏せに転がる身体が拾ったのは少し古い木材の匂いと硬い床の感触。反射的に手を付いて上体を起こしつつ意識を集中させると、自分達を囲うように幾重にも張り巡らされた悍ましい魔力の気配は、まるで精巧に象った狡猾な蜘蛛の巣のよう。哀れにもそれに絡み取られた獲物は時と共にじわじわと魔力を吸い上げられ、後は巣の主に食まれるのを待つばかりといった異常な空間からまんまと敵の領域に囚われた事を悟り。魔導霊の扱う魔術などというマイナー極まる知識の不足については無理もないが、同じく不覚を取った己への自責も含め、苛立ちを孕む応答は相手のか細い問いに対して嫌味混じりの物となり。しかしながら、恐らくは悪辣な記憶の再現に加え実質的にも窮地に追いやられ、此方へ縋るように向けられた深い青緑の双眸をどうにも無下に出来ないのは生来の性か。自身に向けられた不可解な敬称への端的な指摘と共にやおら視線を重ねると、その眼差しはじとりと半ば睨めつけるような風体を保つものの先刻ほどの険は失せており。廊下から遠く伸びる先の扉へと視線を逃しながら短く嘆息すれば、やれやれと壁際に腕を組んでもたれつつ問い掛けというよりはあくまでも現状の確認を放って。最後に片方の口端を僅かに持ち上げ、再度瞳を交わせて口にした皮肉気な呼称は、召喚主たる相手と自身との本来の関係性を示し)
俺を喚んだって事は、何か命があるんだろう? 従属術式もない随分と杜撰な顕現だけど……まぁ、どうしてもと言うなら手を貸してやらなくもないよ。――〝ご主人様〟?
喚んでない……。
(見た感じの年齢が近しい姿とはいえ、仮にも主人に向かって畏れ多くもそう口答えしたのは、彼の言い種に反感を抱いたからなどという理由ではなく。散々幻影に惑わされ多少疑り深くなった性根と、ちぐはぐな主従に対する背徳の情。即ち召喚した覚えの無い思念体への微かな疑心と、高位の相手に奴隷である自身があるまじき呼称で呼ばれることへの途轍もない疾しさが、一時は衝撃に跳ねた眉を俄に曇らせていて。下賜される以前に魔術が施されていた可能性も杜撰な術式と聞けば消失し、二人の少年の間で事態は膠着するばかり。周囲の風景が仮初めでなく現実として己を閉じ込めていた頃なら抗いもせず、この廊下を歩いて扉の先へ渡った時のように衰弱死を受け容れていたことだろうが、今は――そう、昼代の釣銭を返していないし、日々の雑務だって後任に一から指導するのは骨が折れるはずで。「……だけど、帰らないと」ポケットの上から擦れて鳴る複数枚のコインを握り締め、口の中で呟くように空気を震わせると、正面を貫く眼差しはもう不安げな揺らめきを隠して凪ぎ。再度自らと同じ位置に通された指輪へ目を落としてから頼みの綱たる彼に協力を仰いでは、互いに従属関係も身分階級も取り払った単なる少年同士として、合言葉の如き最後の一押しを)
……手を、貸して。ここから出て、画材を取り返して、あの路地まで戻らないと。リヴィオ様が……、僕の主人が、用事を済ませる前に。――〝どうしても〟!
ふん、そこまで言うなら仕方がないな。――なんて言うとでも思うかっ! 主人……!? 待て、お前は……、まさか、緑貴石《エメラルド》……?
(恐怖に凍り付くばかりだった少年の瞳に揺るぎない意志が宿るのを見て取り、上等だと言わんばかりに不敵な微笑を唇に湛えれば、はたして此処に奇妙な協力関係が結ばれ――かけた所で。今度は此方の手番とばかりに情報の濁流へ放り込まれ、忽ち眉を釣り上げると同時に壁際を離れた手を相手の両肩へ伸ばし。眼前にある希少な双眸の彩を改めて間近から視認すると、先の召喚に関する意味不明な反論と相俟ってようやくその内なる魔力量と特殊な特性が結び付いて。――とある口伝においては神の御業が如き奇跡をも呼ぶとされる、御伽噺のような神秘性を纏う緑貴石《エメラルド》。あの生も死も極めて曖昧となった悪念渦巻く混沌の場において、本能的な危機回避から内なる魔力が唯一の守護であった指輪に力を与えたとすれば如何に天文学的な確率とて一蹴は出来ず。しかし、人嫌いの上に特段身の回りの雑事にそう不自由している訳でもない己が、よりにもよって未熟な魔術師の子供などを懐に引き入れる道理はないと尚早に協力を取り付ける為の虚言と判じて。尊大な態度で一方的にその身を解放しては、再度腕を組み直し過剰な文句を垂れつつも最後に小さく独りごちた言葉は相手の鼓膜を掠めるか不明な声量であり、ただただ不必要な喧嘩を売った形になるやもしれず)
いやッ、ない! ――ないね! この俺があの程度の小物にしてやられるような魔術師を態々召し抱えるか。全く、お前がどんな愚昧を主にして、どんな伝手でその指輪を入手したか知らないが、余計な言い繕いを……――そこまでしなくとも、別に俺は手を貸すくらい……。
(/下げで失礼いたします。お世話になっております、ミシェルの背後です。お返事ですが、少々風邪を拗らせてしまって未だ出来上がっておらず……もう一、二日お待ちいただけますと幸いです。いつもお待たせしてしまって申し訳ございません……!※蹴り可)
(/お加減が優れない中、不躾に申し訳ありません。誠に勝手ながらやはりこちらへの返信がご負担になられているのかなという思いがどうしても拭いきれず……また、こちらの思い違いでしたら大変恐縮なのですが、他に特別なお相手様がいらっしゃるようであれば、そちらに専念された方がお互いにとって良いのではないかとも思いますので、ここで打ち切りとさせてください。長い間お付き合いいただきましてありがとうございました。拙い技量や配慮の不足からご満足いただけない事も多々あったかと思います、…重ね重ね申し訳ありません。ここで打ち止めとはなってしまいましたが、貴方様と物語を紡ぐ時間はとても楽しかったです!本当に大変素敵な物語と息子様をご提供いただきありがとうございました。※ご療養中に負担をおかけするのも忍びないので、こちらへの返信はなくとも構いません。)
(/本当に毎度のこと多大なるお心遣いをありがとうございます。そして、此方の力量不足でご不快な思いをおかけして誠に申し訳ございません。主様に対して思うところなどは一つもなく、当方が納得のいく文章が綴れずに物語と真摯に向き合えなくなっていたことが原因の全てです。他のお相手様の存在自体は否定いたしませんが、そこに優劣が無かったことだけはどうかご理解いただけないでしょうか? 折角ご縁をいただき、ここまで胸躍るファンタジー世界で魅力的な提供様と交流させていただいたにも関わらず、そのようなお言葉を選ばせてしまったこと、ただただ不甲斐ないばかりです。こちらこそ、長きに渡り夢のような時間をありがとうございました。技量においても人間性においても尊敬する背後様と共に物語を紡ぐことができ、沢山のことを学ばせていただきましたし純粋に幸せでした。貴方様の今後のご多幸を心よりお祈り申し上げます。)
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