匿名さん 2022-07-30 16:42:56 |
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どうせ最初から話し合いで済んだでしょう。
(称賛する言葉の中の“君たち”に対してぎろりと睨み付けて、黙ったまま少年の後を追いかける調査官の少し後ろからついて歩き。蛇も人もわざわざ叩き斬った意味があったのだろうか、刀の柄にぬるりとまとわりついた血の温さに顔を顰めて、とんとん話に場が進むこの状況に自分は果たして必要だったのだろうかと
…上への報告に必要なんだ。
(男は振り向きもしないままそう答え、ショルダーバッグから探り出した書類に何やら書き込みながら「…無抵抗で連れてきたとなるとあの役立たず共は洗脳だのを疑ってくるからな」と心底腹立たしそうに漏らす。すっかり車に乗り込んでしまった少年を尻目に男はその隣へ腰を下ろし、運転係の男に向けて顎をしゃくり)
でっち上げたらいいのに。
(助手席から覗くルームミラーに映る少年は、にこにこと笑顔を浮かべたまま、首筋の傷は薄い線すら残さず消えさっているようで、嘘っぽい笑顔と相まって、服の暗い染みが芝居道具の血糊のようだと感じ。一瞥した後視線を外してぐっと椅子にもたれかかって。体力面では比較的楽な仕事であったがいい加減振り回されて疲れた、と毎回抱く感想を
…ぼくは真面目、だからな。
(男にしては珍しく、冗談めかすようにそう鼻で笑うと少年に目線を投げて「お顔を拝見しても」とごく普通の声色で問う。少年も特に反応を見せずフードを脱ぎ、澄んだ翡翠色の瞳が特徴的な美少年の顔立ちが姿を現した。男はそれを見るなりショルダーバッグから取り出した書類と眼の前の少年とを見比べ、「…ありがとうございます」と殊勝に礼を述べて)
(彼が誰かに敬語を使う所なんて今まで何度見ただろう、どちらにせよ似合わない仕草にこちらがむず痒くなる事は変わりなく。そういえば檻の中のあの蛇女に対しても随分親しげにしていたな、と思い返しながら。後は恐らく捕まえたコレを牢屋にぶち込んで終わり、汚れをシャワーで落として浅い眠りに無理やり身を沈めて、とそんな事を考えながら、ランタンに似た屋外の街灯を眺めて
…
(男は彼の顔を確認すると窓の外に視線を投げ、脚を行儀悪く投げ出しながら、いつの間にか降り出した雨の向こう側を覗くかのようにぼんやりと車外の景色を眺めていた。フードを脱ぎ去った少年は少しの間こそ大人しく膝に手を置いて座っていたが、ややあって後部座席から身を乗り出すと相変わらずの穏やかな笑顔を助手席に座る彼に向け、「ねえ、君は彼のなんなんだい?友人?部下?それとも…」と好奇心を隠そうともしない声色で問いかけ)
…黙ってないと舌切るぞ。
(ぐいと身を乗り出し大きな目をこちらへと向ける少年に、鬱陶しさを隠すことなくそう述べて。化け物を眠らせる何時ものシールもどきを貼ればいいのに、とも思うがどうやら神の領域側に近いコレには効かないのだろうと推測しながら、手は刀をいつでも抜けるよう柄を握ったまま。どちらにせよ友人では無いし、部下と答えたら訂正の一言が後ろから飛んできそうであるし、機関内での蔑称の犬を名乗るのも癪であるし、と答えにくい質問に無意識に眉根を寄せて
…彼はぼくの護衛だ。
(男はいかにも面倒そうに少年の方を向き、彼の代わりにそう答える。答えを聞いた少年は首を傾げ、不思議そうな表情を浮かべながら「護衛?…友人や部下とはまた違うんだね。人間の関係性って友人や上下関係だけじゃないのかい?」と質問の対象が彼から男に変わっただけで態度を変える様子はない。男は助け舟を出すべきではなかったか、と言わんばかりの溜息を漏らして少年と談笑(という名の一方的な質問)を始め)
(知らない言葉が飛び交う車内、会話の内容を無音にすれば和やかな場に見えるだろう、しかし感覚的な何かが後部座席に乗るモノに警戒のアラートを発しているせいでどうも落ち着かずに足をそわそわと組み直して。どちらにせよ雇い主である彼が、興味対象である怪異の調査が進んだことで上機嫌でいてくれるのなら自分はそれで良い、とふっと息を吐いた
…着いたか。
(暫くして車が停まり、疲れたような表情で少年の相手をしていた男が顔を上げて尋ねると運転係の男は小さく頷く。運転係の男がエスコートするように少年を先に車から降ろし、機関の中へと消えていったのを見届けた男は車を出、彼に向けて「早く降りろ。…食事くらい奢ってやる」と顔は向けず、声色も少々冷えてはいるもののそんな言葉を投げかけ)
ろくに働いてないのでいいですよ。
(車から降りたところで煙草に火をつける、カチッと軽い音と共に暗闇の中一点だけが眩しいほどに光って。「あれが俺たちのかみさまですか、」何気なく尋ねるような口調と、脅された子どものような躊躇が籠った発音が同居するような話し方、視界に煙草の先の灯りがチラついてうざったそうに目を細めながら車へともたれかかって。
…少々違う。
(男も珍しく煙草を取り出し、高級そうなオイルライターで火を点ける。彼と同じく車に凭れ掛かり、脚を組んで所在無さげに煙を吐き出す姿は不思議と絵になっており、男は青い瞳に映る一筋の煙を見つめながら「…彼は、所謂キリスト教圏の神々とは違う。バビロニア神話、ケルト神話…と言っても分からないだろうが、まあ早いところ邪神だな。」と答え、誘いを断られたことに何を言うでもなく、まだ吸える部分の残っている煙草を地面に投げ捨てては革靴で踏み潰し)
…あれを消したら褒められる?
(邪神、つまり自分たちを管轄している神に敵対する存在だと噛み砕いた上でそんな質問を。なんて、誰に褒められたいと言うのだろう、神か周りの人間か、自分ですら具体的に思い描けていないのにふと口から洩れた問に、「あぁ、何でもないです。」と自嘲するように笑って。フィルターぎりぎりまで吸い込んだ煙はぴりぴりと辛い、誤魔化すように小さく咳をして顔を伏せて
…邪神とは…大抵は虐げられた異教の神だ。
(男は彼の言葉を聞いたか否か、誰に言うでもなく呟き、彼を無視するかのように自身のオフィスに戻っては洋書を引き出して来てデスクへ置き、彼に見せつけるようにページを開いた。どうやらその洋書は古代神話をまとめたものらしく、ケルト神話の女神たちやバビロニア神話の神々の名が綴られており、その中には『彼女』によく似た黒髪の半人半蛇の女神や先程の少年によく似た雰囲気を纏う筆舌に尽くしがたい容貌の存在が描かれており)
これをとっ捕まえて、あんたはどうしたいんです?
(広げられた書物をぺらぺらと捲る、自分が化け物と呼んでいるそれらの図解に無意識に苦い表情を浮かべて。決して自分の住む地域で信仰されている神を敬愛している訳では無い、神はこんな社会の隅に居る自分なんて見ていない、そんな考えを持つ自分ですらそれらに嫌悪の感情を持つ事が、所謂"普通"の証明であるようで。神と名がつくのだからそれに祈るか縋るかすれば何か願いを叶えてくれるのだろうか、そんなことを考えながら今更ながらの事を尋ね
…研究及び対話、場合によっては破壊。それがぼくの仕事だからな。
(男は洋書を取り上げて閉じ、本棚に戻しながら彼の言葉に台本をなぞるかの如く答える。その答えを返す声色は冷め、瞳もいつもの輝きを失って随分と虚ろに見えるものであり、ふと思い出したように「…ああ、そうだ。君はいつか、何人潰したかと聞いたな。…10人。その中で生きているのは運転係のあいつと植物状態の一人だけだ」さらりと言い放つものの瞳を伏せ、言うだけ言っておいて彼から逃げるように「…もう寝る」と呟いてソファに腰を下ろし)
あー、だから。
(「人の匂いがもうしないんだ。」、ソファの後ろに屈んで、彼の首元ですんと鼻を鳴らして囁くように呟いた、自分の匂いなんて身近すぎて分からないのをいい事に、金で他人を何人も殺した自分の事は棚に上げての挑発を。今までの雇い主にはどんな事をされてもどうでもいいとしか思えなかったのに、自分と同じ所まで引き摺り落として貶めたくなる、そしてそれすらへの許しが欲しい、なんて、今回はどうも調子が狂うとソファの背に添えた手の爪先に力が入って
…どうも「死神」らしいからな、ぼくは。
(普段ならば氷のごとく冷たい視線と共に厭味ったらしい皮肉の一つや二つ飛ばしそうなところ、男の反応はごく弱々しい笑みと共に、覇気のない声でそう答えるだけに留まっていた。少しして鋭さだけを取り戻した視線を彼に向けると「…君だって、人のことは言えないだろう」悪足掻きじみた一言を投げ、ブランケットに手を掛けながら「…眠いんだ、寝かせてくれ。」頼むから、なんて傲慢不遜な普段からは想像もつかない声で彼から逃げるように背を向けて)
(激昂も軽蔑もなく受け流した相手が腹立たしい、自分だけが息苦しいようで、舌打ちひとつだけを返事代わりに彼から離れて。デスクの上に置いてあった今回の資料を眺めれば、先程見た禍々しい邪神の図が思い出される、そして心の中で呼んでいる彼のあだ名のようなもの、"死神"、堅物な本人に自覚があったことが滑稽な慰みのように思えて、少し口の端が緩み。部屋の中は沈んだように無音で、体重を預けた椅子の軋む音が小さな悲鳴のように鼓膜を引っ掻くだけ。
…
(それを了承と取ったらしい男はソファに寝そべり、少し遅れて死んだかのように穏やかな寝息を立て、ブランケットに包まれた身体が控え目に上下を始める。金鎖のペンダントはゆるく垂れ、蓋が少々開いて中身が見えており)
(先程の怪異に関係する資料を何とか読み進めていく内に時計の針は随分と進んでおり、椅子の上でぐっと伸びをして。興味を持つなんて自分でも珍しい真似、神と名のつく存在に惹かれたのかもしれない、願いを叶えてくれる直接的な方法は記されていなかったものの、それに類似した表現らしき物は読み取れて。自室へ行くついでに眠っている相手を覗けば目に飛び込む月光の反射、「大事な物なら金庫にでも入れておけばいいのに。」と呟いて、ボロボロになった写真が落ちそうになっているそれを閉じようと
……すまない。
(男は眉を顰め、額に汗の玉を浮かべて苦しげな表情を浮かべながら、寝言らしい言葉を呟く。見えない誰かに謝罪を繰り返し、震える手を天井に伸ばすとそれは途中で力無くソファへと落ちる。その拍子にペンダントが首から外れてカラン、と乾いた音を立てながら板張りの床へと転がり)
(彼の寝言に叱責の声かと驚き、一瞬伸ばした手を強ばらせて。酷く弱った様子と自分ではない誰かに伸ばされたその指先、先程読んだ資料の神と名のつくソレが頭の中で掛け合わされる、このペンダントの中の相手、もしくは彼が今まで失った数人のうち誰かが神様の力で生き返れば。嫉妬戸惑い羨望、少しづつの醜い感情が混ざった汚泥に肺を塞がれた自分も、こんなに悲しそうな彼も、救われるのに、と拾い上げたペンダントを机の上に置いて、もう一度怪異に割り振られたナンバーを書類から指で辿りあてて
…ぼく、は…
(彼の行動など露知らず、未だ姿の見えぬ後悔に押し潰されかけているらしい男は悲痛な声色で寝言を繰り返し呟き、閉ざされた瞳を覆う、濃密で長い睫毛の端には涙の膜が薄く張っていた。いつの間にかブランケットは滑り落ちており、最後に「…赦してくれ…」と哀願するような声を上げると漸く男は先程の、死んだように穏やかな寝息だけを漏らす静かな眠りに戻り)
(2536、やっと見つけ出した数字を近くにあったメモ用紙に殴り書きで写し、それと自身の刀だけを掴むと顔を上げて。床に流れ落ちたブランケットをふわりと彼にかけ直すと薄く笑う、勝手な事をするなと叱られるだろうか、よくやったと褒めてくれるその顔よりも鬱陶しそうな表情の方が想像に容易いけれどそれでも。在るべきパーツが在るべき場所へ、そんな予定調和を思い描いて、そっとできるだけ音を立てないよう扉を開けて
……うん?
(彼がオフィスから立ち去り、暫くして男が目を覚ます。伽藍堂のオフィスに一瞬首を傾げたものの、直ぐに大きく伸びをするとコーヒーメーカーの元へ歩いていき、カップを持って窓際に凭れ掛かりながら、薄暗い鉛色の空を虚ろな瞳でぼんやりと見上げた。その頃少年は見るものすべてが興味深いらしく、研究所内を研究員同伴で歩き回っては何か見つける度に「ねえ、これは何だい?」だのと質問を繰り返して研究員を困らせており)
見つけた、
(探していた怪異を視認すると何気なく近づき、落ち着き払った調子でお付きの研究員に、調査官の命令で連れてこいと言われた、等と嘘を並び立てて。なるべく関わりたくないのか、証拠も何も無いお粗末な作り話にまんまと騙された研究員から少年を受け取ると、誰も居ない手頃な一室へと入り
…暗い、空だ。
(男は今にも雨が降り出しそうな空を見上げたまま、誰に言うでもなくそう呟いては、自身を映す漆黒の液体に一瞬だけ視線を落として飲み干してしまう。彼に連れられた少年は何の警戒をするでもなく、相変わらずの穏やかな笑みを伴った態度で「何か用事でもあるのかい?もしかして、秘密の話かい?」と彼の刀に一瞥をくれ、透き通る水晶の如き翡翠色の瞳で真っ直ぐ彼を見つめ)
あんたが本当に神様なら、願いでも叶えてもらおうと思って。
(相手の選んだ単語に少し笑みを零す、確かに調査官には何も言っていないという点では秘密の話、上司部下の関係であるなら勝手な自己判断と捉えられるのかもしれないが、自分たちは彼がいつも言う通りただの雇い主と護衛、である訳で。相手の返事を待つことなく、和やかな雑談や前振りは抜きにして率直に今回の目的を伝える、「うちの調査官の昔の護衛役を生き返らせて欲しい。」と。
「ああ、すまないけれどそれは出来ないね。だって、ぼくにはその権限がないんだもの。」
(少年は黙って彼の言葉を聞き、そうして穏やかな笑顔を保ったままあっさりとした声色で彼の言葉に答えてみせる。謝意も躊躇も感じられない、声色だけは柔らかいものの冷めきったその言葉と無邪気な色を纏う翡翠の瞳は彼を見据えたまま「確かに、ぼくは昔生命の理そのものだった。でもバビロニア神話で死と恐怖の根源存在にされてしまったからね。生命を蘇らせることは出来ない、奪うことは出来るけれど。」と言葉を続けては彼の刀に再び一瞥をくれ、「…人間のことはまだよく分からないけれど…君はきっと、この回答じゃ不満なのだろうね。斬るなら斬る、追い出すなら追い出すで好きにしてくれてかまわないよ。」心底そう思っているような微笑みを)
…なら、いい。
(相手の回答は端的に言って管轄外、出来ない事を出来ないと返した相手に腹を立て傷つける程身勝手ではない、無表情なまま言葉少なな台詞だけを吐いて。生命を奪うことだけが出来る神なんて何の役にも立たない、人間ですら平然と同族を傷つけ、恐怖を植え付ける事ができるのだから、それよりも調査官に勝手な真似をした事がバレたらくどくど嫌味をぶつけられないか、という事へと思考が移り
「ねえ、「カイル・アスキス」くん。君のお話ってそれだけかい?じゃあぼくは帰らせてもらうよ。」
(少年は彼の心情など何処吹く風といった風体、そう問うて首を傾げると返答を聞く前に最前と何一つ変わらぬ穏やかな微笑を口許に湛えたまま部屋のドアを押し開ける。キィ、と金具の軋む音を残して少年は部屋を出て行き、少し歩いたところでパイプオルガンのように荘厳な響きを持つ声で小さく「…人間というのは、矛盾しているねえ。だけれど、ぼくは君たちのそういったところが酷く愛おしいんだ」と呟く。ーその声は研究所の防音壁に吸い込まれ、少年以外の誰にもー『彼女』にすらも届くことはない。その頃男は暫く経っても一向に戻ってくる様子のない彼に業を煮やしたか、苛立った様子で貧乏揺すりをしながらソファに腰を下ろしていた。「…あの莫迦、碌でもないことをしているんじゃ無かろうな…」男の呟きも亦、オフィスの壁に吸い込まれて消え)
(使えない、おまけに掴めない怪異に苛立たせられただけの時間に些か不機嫌そうな表情を浮かべたままオフィスの扉を開ける、考え事をしていたせいで気配を消す事を忘れていた自分に気づくのと、今日の所はできるだけ会いたくない相手の背中に怒りが滲み出ているのを視認するのはほぼ同時で。悪戯をしたばかりの犬のようにそそくさと部屋の端を通って自室へと向かおうと
…待ちたまえ。
(男は背を向けたまま、かつ冷めきっていたが隠しきれない苛立ちの見える声で彼に声を掛ける。顔を向けはしないものの「…碌でもないことをして帰ってきたんじゃ無かろうな。」と詰問するような語調を持って、逃げようとする彼を押し留めるように鼻で笑うと「いい御身分だな、君は。」すっかりいつもの調子を取り戻したらしく、嫌味な一言を)
…あんた程じゃない、
(投げかけられた不躾な言葉に足を止めて鋭い視線を向ける、分かりやすい挑発に分かりやすく反応してしまう自分を笑うように刀の鍔がカチリと音を立てたのが聞こえて。身勝手に振り回して、見える物を理解するすべすら与えず、そんな彼が使う"いい身分"という言い回しは人を煽るためだとすれば最適な単語じゃないかとすら思えて
…余計な真似はするな。
(男はぼそり、と呟いてソファに背を預けると首だけを彼の方に向ける。その声に先程までの詰問するような色はなく、まるであの少年のように澄み切っているものの疲れ切った瞳で真っ直ぐに彼を見据えて「ふん、ぼくは良いんだ。本当に良い身分だからな。……前にも言った筈だぞ、ぼくはもう慣れた、と。」更なる嫌味を積んだかと思えば最後の言葉はごく小さく)
俺があんたの為に行動する訳ないでしょう。
(口元から覗く尖った歯はまるで鮫を思い出させるようで、とんだ自惚れだと嘲笑うように座ったままの彼を見下ろして。彼のためだけにわざわざ神とやらの元へ出向いてやった訳では無い、というのは本当、彼の護衛役が自分以外に見つかればそのどさくさに紛れてぱっと姿を消す、そうすれば彼に対する感情の消化不良で引き起こされる吐き気も改善される訳で、そう自身を利己的と信じきって疑わない瞳は意地の悪い灰色、
…それなら構わない。
(男は気にした様子もなく、彼の突き刺さるような視線から顔を逸らすと分厚い洋書を手に取って頁を開いた。表紙に綴られた文字は一体何語なのかすら判別の付かない細かなもので、男の視線は既に洋書へと注がれているらしく彼への興味は無くしたようで、「…部屋に戻るなら勝手にしたまえ」と冷めた声を掛け)
心配してくれました?
(もうすっかりこちらへの関心を無くして手元の本へ視線を移す彼をからかうようにそんな一言を。自分が興味のない事柄にはあからさまに冷めた表情を見せる、想定できる行動を見せる時の相手は分かりやすくて面白い、この質問にだってどうせ不愉快さを全面に押し出してくるのだろうと、刀をいつもの場所に片付けながらそんな事を考えて
…前にも言った筈だ。君に居なくなられると困る。
(男は振り向きもせず瞳を伏せ、手先は変わることなく洋書の頁を捲りながら素っ気なくそう言い放つ。その後は暫く沈黙していたが、刹那だけ指先が止まったかと思えば薄く唇を開いて彼の方へ視線を投げ、「…ぼくの調査に支障が出るからな」と皮肉とも自虐ともつかない笑みを浮かべ)
(条件付きとはいえ自身の存在を肯定される台詞に気を良くしたのか薄く目を細める、笑顔なのか何なのか他所には分からない表情を。「ま、俺は強いですからねぇ。」、我ながら分かりやすい奴、そうはいっても誰かに褒められる事はおろか、他者に自分という一個体をここに居るひとつの存在として認められることが殆どない人生だったのだから仕方ない、なんて、相手もこちらをただの道具として見ている事に敢えて目を塞いで
…ふん、なら精々頑張るんだな。
(男はごく素っ気なくそう言い放ち、洋書に視線を戻すと満更でもなさそうな表情を浮かべ、声色だけは冷たく取り繕い、彼に向かって犬を追い払うような仕草で「…早く寝ろ。」と)
はいはい。
(物事が全て自分の思い做すままに進む世界は心が波立たなくて良い、自分を鬱陶しそうに追い払う彼、仕事はお化け退治、隙を目掛けて叩き切る簡単な作業、馬鹿な自分でも理解できるよう曇ったフィルターを通した視界は自身の内なる感情すら麻痺させるようで。ひらり、手を振って向けた背中の反対側がどんな物か、神様に他人の生き返りではなく、自分の上手い生き方のご教授を願った方がよかっただろうかと
…ぼくもそろそろ「危うい」か。
(彼が自身に背を向け、扉の閉まる音を聞いたところで男は洋書を閉じる。日に焼けた痕跡のない不健康な青白い肌を天井に向けて翳し、そのまま腕で自身の目を覆ってしまうとそう呟き、片手でペンダントトップを握り締めてからごく小さな声で「…すまない」と弱々しく漏らすと瞳を伏せ)
(夜が明けて朝、飲料パックのストローを弄ぶように噛み潰しながらオフィスとなっている部屋へ入って。またもや家に帰らずソファで丸くなっている相手の姿ももう慣れっこ、もしや自分が自室に使っている部屋は相手の仮眠室として用意されたものだったのではないか、と仮説が浮かぶも、触らぬ神に何とやら、気付かないふりをしてすいと相手から目線を逸らし。
……ん…
(男は彼に少し遅れ、相変わらずの寝起きの悪さではあるが、普段よりは多少柔らかく見えなくもない表情で目を覚ます。ブランケットを肩に載せているのにも気づいていないらしく、目を擦りながらコーヒーメーカーの方へ向かい、自分のものらしいブラックと彼のものらしいエスプレッソを両手に携えてソファへ戻るとテーブルへ置いたエスプレッソの方を彼の方へ押し出し、ブラックは今朝の朝刊片手にずっ、と一口啜り)
(舌がびりびりする程苦く濃いエスプレッソは嫌でも目が覚める、立ってそれを飲みながら相手の手元に広げられている新聞の表面を眺めて。読まなくても世間は毎日物騒で、不穏で、嫌ですねえとでも呑気に言いたげに窓の外へふいと視線を流す、自身の立場を忘れきったような表情とは正反対に、鎖が擦れて付いた手首の傷跡に無意識に指先で触れて
…今日の仕事には着いて来なくて結構だ。
(飲み終わったコーヒーカップをテーブルに置き、朝刊を閉じてソファから立ち上がった男はそう一言彼へ告げる。それだけ言えば彼の返事を待つこともなく手近にあった白衣を引き掴み、丸めて持つとショルダーバッグを肩に掛け、後ろを振り返ることなくオフィスの扉を閉めてしまい)
(音を立てて閉まった扉にちらと目をやる、怪異の調査なら護衛役を連れていかないと上に叱られるといつもぼやいている癖に、今日はそれ以外の用事なのだろうか、と考えて退屈そうにエスプレッソを啜りながら。嗚呼またしばらく帰ってこないまま鬱屈な時間に閉じ込められるのではないか、なんてそんな不安をおくびにも出さないままふわりと欠伸をひとつ
……いい。出せ。
(男はオフィスを出ると、廊下を歩く機関の職員たちが思わず振り向くほどの乱暴な足取りで廊下を歩き、入口付近に停めてあった公用車に乗り込む。運転係の男が鉄仮面のままバックミラー越しに男を見つめ、「…あの方は宜しいのですか」と問いかけると男は一層不機嫌そうな様子になり、恐ろしく投げやりな声で運転係の男にそう命じたきり窓の外へ視線を投げかけて押し黙る。運転係の男は仕方ないとでも言いたげにエンジンを蒸かし、男の乗り込んだ車は機関を後にして)
(机の上に置き去りにされた新聞を開いてぱらりと何気なしに捲る、行方不明の子供や謎の死体を報せる記事の中にはきっと幾つか自分たちの対処する怪異が関わっている物もあるのだろう、と考えながら。窓の外から聞こえる排気音に恐らくいつもの公用車だろうと判断してふと頭を上げる、犯罪者を監視なしで放ったらかしにするなんて呑気な奴ら、取り敢えず、深く関わるなと言われているこの機関の中をこの機会に見回ってやるかと立ち上がって
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