相乗りで何処までも 【 〆 】

あぁ、分かってる。俺から見てもいつものお前だ……______交換するか？
(間違いなくいつも通りのはずなのに、なぜかこの空気は一瞬にして壊れそうなほどの脆さを持っている。相手が敵になってしまったという絶望が、相手を追い詰めようとした後悔が、意識を共有した時の感覚が、まだ脳裏に染みのように付いていて、それは幻想だと割り切ろうとするのに心は軋むのを止めない。こちらの心境などお見通しなのかいつものその目がこちらに向けられるのを感じてこちらからも目を合わせる。告げられたのは当たり前の事だ、いつもの部屋でいつもの相手がいる。それに頷き答えるも何故か心は落ち着かなかった。もっと確かに、相手の存在を感じたい。そう考えた時にはシュークリームを一旦置いて立ち上がっていた。そのまま椅子を持つと相手の隣に自分の椅子を置き、そこに座ってからわざわざ相手の方へと距離を詰める。そこまで広くは無い一人暮らし用の部屋、その中で狭苦しく身を寄せあうとはおかしな話だ。だが今は相手が側にいるのだと感じていたかった。肩から腕をピタリと密着した状態のまま、この状況の説明は一切せずにシュークリームとクッキーシューの交換を持ち出して)

…翔太郎？ ……そうだね。こっちは表面がザクザクしていてこれはこれでアリな美味しさだ。食べてみるといい
（何とも言えない心地の中、再び目は合うがそれでいつも通りに戻る訳では無い。嘘であったと分かっても受けたショックとほんのわずかに残るもしかしたらの気持ちが拭い切れていない。そんな薄氷の上のような空気の中、突然シュークリームを置いて相手が席を立つとあの時と同じく失望して去っていくのではないかと不安に襲われる。正面見上げて疑問半分縋るような気持ち半分で名前を呼ぶと相手は突然座っていた椅子を持って隣へと移動してくる。それも肩と腕が接して密着するような近い距離に困惑したような色を見せる。だがテーブルを挟む訳でもない隣で密着する距離感はあの嘘の状態では有り得ない、今の自分だけが許される場所だ。移動しておいて相手は理由なども何も言わないが、それが逆に許容の証のようでもあった。こちらからも何も言わずにそれを受け入れ、相手の申し出も承諾する。手元にあったクッキーシューの食感について1番印象に残った感想をあげると皿に乗せてそれを差し出そうとする。その直前、何かを考えるように少し止まるとクッキーシューを持ち直し直接相手の口元に運んで横から様子伺い）

っ、………___確かに、食感が違ってこっちも美味いな。シュークリームと違って食べやすいし
(なんの断りもないまま衝動的に隣に移動すれば一瞬相手は困惑を見せる。無機質な声と共に離れていく予感が一瞬過ぎるが、体は離れる事はなくて悪い予感はじわじわと隣に居てもいいのだという安心感へ少しずつ変わっていく。触れ合った相手の体からは柔らかな暖かさが伝わってきて、確かに愛しい人が隣にいる事が分かる。何も言わずに会話が進めばそれこそがここに居ても構わないという証明のようでまたじわりと胸の内が埋まった。交換の申し出も受け入れられクッキーシューが皿に乗せられたがそれがこちらへ来ることはなかった。しつこく居残り続ける不安が追いかけてくるが、次の瞬間にはそんなものは吹き飛んでしまう。相手はクッキーシューを持ってこちらに差し出してくる。好意ある人にしか許されない親愛の証のような行動、思わず目を開いて相手を見つめる。今まで恥ずかしがりながら何度もやってきたことのはずなのに今はそれが特別に嬉しい。胸に広がる暖かさを感じながら驚きの顔はゆっくりと笑みの形へと変わって、体を軽く傾けると差し出されたクッキーシューを一口齧った。口当たりのいい食感と甘さが口の中で広がっていく、それはこの胸に滞っていた嫌な記憶や不安を押し流していく。咀嚼して飲み込めば笑顔のままで感想を伝えた。何気ない返事だがその声色は先程より幾分明るい。今度はこちらからとシュークリームを手に取ると相手の口元へと差し出して)

こちらも買ってみて正解だったね。……ん、あの時と同じ王道的美味しさだ。コーヒーともよく合う
（隣合った相手の体温がほのかに伝わってくる。拒絶する訳でもされる訳でもない、相棒として恋人としての距離感だ。今必要なのは言葉ではなくていつも通りであるという実感なのかもしれない。そう思って手渡すのではなく直接自分が食べさせるという行動をとって見ると相手の目は見開かれこちらを見つめる。先を促すように相手の口元に押し当ててみればその口元に笑みが浮かんで1口齧りつかれる。その様子を見守るように眺めていたが味わう様に咀嚼され告げられる返事は確かに明るい物だ。少しづつ調子を取り戻しつつあることにこちらも軽い笑みが浮かぶ。食べ比べをして違いを確かめる事もさることながらこれまで積み重ねてきた事を再確認できる機会でこちらも買ってみようと提案して良かった。今度は相手がシュークリームを差し出す。そのままかぶりついてみると柔らかい生地のせいかカスタードクリームが口端についてしまうがあの時と同じ上品な甘さが広がって絶品の味だ。微妙な気持ちで食べた一口目よりも今の方が断然美味しく感じる。口元を拭いつつも相手の入れてくれたコーヒーを一口飲んでみれば甘さと苦味がいい具合にマッチして緩い笑みを浮かべながらも相手に感想伝えて）

あぁ。二つ買えたのも、お前といるおかげだな。………___クリーム残ってたぞ
(こちらから差し出したシュークリームに相手がかぶりつく。何か魂胆があるんじゃないかとか疑われることも無い、ただ自分が美味しいと感じたものを相手にも味わって欲しくて、感想を共有したくてする親愛の行為。その事実を噛み締めながらシュークリームを食べる相手を見守る。シュークリームの方が生地が柔らかいせいか相手の口端にはクリームが付いてしまって、だがそれはすぐに拭われてしまって心の隅で勿体ないと思う自分がいた。続けて相手がコーヒーを飲む、こちらがいれたコーヒーを飲み下すのを見ればまた自分が受け入れられた気がしてこちらにも笑みが浮かんだ。ゆっくりと流れるいつもの時間は疑ってしまった幸せをもう一度確かめるように二人の間を流れていく。だが人とは欲張りなものですぐ隣にいるのが確かに恋人なのだともっと確かめたくなってしまう。そのやり方を考えた時にはもう行動に移っていて、不意に相手の方へ顔を近づけるとかつてクリームがついていた口端に舌先で擽るような口付けを落とした。クリームなんてもう残っていない、行動の理由をつけるために真っ赤な嘘をついた。嘘に苦しめられた直後だというのにそれを利用した事をよそに、今の行為を誤魔化すように相手に差し出していたシュークリームを齧っていて)

確かにそうだね、1人で2つとも食べてしまう方法もあるがこうやって分け合って食べる方が幸せだ。 っ、あり、がとう…。…こういうのもいつの間にか慣れた物だね。
（二種類の物を食べ比べる。探究心を満たすための行為でもあり当初ならば一人で全て買って食べてしまっただろうが今は自然と相手と分け合うようになった。目的自体は一緒だがこちらの方が何倍にも美味しく幸せに感じられるのは勘違いではないはずだ。絶品でもあるシュークリームを食べて自分の教えた方法で相手が入れたコーヒーを嗜む。なんとも至福な時を味わっていると不意に相手の顔が近付く。気付いた時には随分と近い距離で相手の舌先が口端をなぞる。突然の恋人の距離と行為に目を見張る。拭ったはずのクリームが残っていた旨を指摘されるとそれが嘘であるとは微塵も思わずに顔を赤くしながらも礼を伝える。敵対するような態度を取られた後だからかこのような事すら破壊力抜群で慣れてないような反応をしてしまった。落ち着くためにもう一度コーヒーを飲む。思えば最初の頃は食べかけが云々といちいち照れていた。それを考えれば今は自然と相手に差し出すようになったものだと感慨深く、先程の反応を誤魔化すという意味も含めて話題にしてみて）

幸せ……あぁ、確かにそうだな。……、………まぁ、な。慣れてるけど、これするといつも幸せな気分になんのは変わんねぇな
(相手の口から出た言葉を追うように同じ二文字を口にする。今隣に相手がいなければ、あるいは本当に犬猿の仲ならば、こうやってシュークリームを買う事はなかったし、飲めるコーヒーをいれられるようにもならなかった。二人だからこそ味わえる二つの味とコーヒーと時間、きっとこれを幸せというのだろう。小さく頷いてそれを噛み締めていた。そんな中で衝動的に動いたこの体は舌先を相手の肌へと触れさせていた。相手はというと途端に顔を赤くさせていて目を開く。こちらも心境としては似たようなもので、先程好感度が最低の状態の姿を見たからか口付け未遂でこんなにも照れてくれるのが嬉しくて、胸が掴まれるような感覚にこちらまで顔が赤くなりそうだった。慣れた行為だという言葉に同意しながらもまるで慣れていない者のように緩みそうな口元を隠して返事をする。幾度となく重ねたこの行為、しかし何度だってやりたくなるのは相手が確かに恋人だと、隣にいてもいいのだと感じられるからだ。それを先程口にした幸せという単語で形容すると最後のひとかけになったシュークリームを口の中に放り込んで)

その感性だけは慣れてしまいたくないかな。…ご馳走様でした、やはり依頼の後の甘いものは格別だ。……それでだね、翔太郎。…少しの間、こうしていてもいいかい？
（お互い何処か照れくさそうな空気を纏う。自然と浮かぶ口元の笑みも胸が暖かく満たされるこの感じも今の相手との関係故だ。言葉にしてしまえば陳腐かもしれないがこれが幸せという物だろう。お互いに触れ合うこともこうやって笑い合うことも慣れてきた事ではあるがそれを幸せだと噛み締めることの出来るこの感性だけは何時までも持っていたいと思う一件だった。相手が最後の一欠片を食べたのを見ればこちらもクッキーシューにかぶりついて遅れて全部食べきってしまう。食べる前とは二人の間に流れる空気感というものも大分変わったように思う。これも思い出のシュークリームの効果があったのかもしれない。手を合わせて疲れた心身への甘いものに対する感想を満足そうに述べる。これで懸念すべき事項は粗方解決した、したのだが先程恋人らしい行為の片鱗に触れてしまえばもっと触れたくなってしまうものだ。だがそれを改めて言葉として切り出すとなれば照れ臭くもあり、相手の方を向くが迷ったような曖昧な言葉が続く。少しの間躊躇した後、どうしようもなくなり自分を取り戻すきっかけとなったハグをするように今度はこちらから相手に抱きついて遠慮がちに事後承諾を求めて）

何事にもご褒美ってのは必要だからな。ん？……、…あぁ、良い……俺もこうしたかった……フィリップ
(今日は一度無理やり引き裂かれたからこそ、いつもの時間に対する幸せが際立っている。しかし思うことは同じだ、行為はやり慣れたってその時に感じる幸福にまで慣れたくない。それが当たり前だなんて思ってしまいたくない、いつだってこれは特別に幸福なのだと実感していたい。「そうだな」と短く返事をしつつも、この時間を今一度胸に刻んでおくことにした。お互いの皿は空になって狭い部屋で二人狭苦しくくっついていればぎこちなかった空気もようやくいつもの様相へと戻りつつある。直後何かを切り出そうとする相手の方を向く、迷うような仕草に不思議そうな顔を浮かべていると相手の腕がこちらに回って抱きしめられた。思わず目を見開いて暫く固まってしまう。だが体中から伝わる相手の熱はじわじわと固まった体を動かして、そして崩れた胸の最後の空洞を埋めていくようだった。息がつまって柄にもなく泣き出しそうな程嬉しい。相手との信頼は揺るがないと理解していても追いついていなかった心が今ようやく安心したような気がした。こちらからも腕を回すが、相手の背を掴む手は縋るようにギュッと強く握られる。首元に顔を埋めると大切な物へするようにそこへと擦り寄った。ようやく帰りついた安心できる場所、絞り出すような声を出しながら最後にその愛しい名を呼んで)

…翔太郎、…ここが間違いなく僕の居場所で、僕には君が必要だ。…翔太郎、本当に良かった……。
（勢いに任せて相手の身体を抱きしめてみると突然のことに驚いたのか固まって動かなくなってしまった。反応がないことに迷惑だったかと腕を解きかけた所で相手からも腕が回され強く背中を掴まれる。肩と腕だけではない、全身で相手の体温を感じられて最後に残っていた薄い疑念すら溶かしていく。首元に擦り寄られる度に良い香りのする髪が肌を擽って少しだけ擽ったい。やっと帰ってきた場所、それを確かめるようにこちらからも腕の力を込めて名前を呼ぶ。ド.ー.パ,.ン,トだと突き放されても相手を嫌いだと拒絶しても辿り着くことの出来ない世界で一番安心出来る場所。やっとこの場所に帰ってきたのだと実感が湧いて全身から力が抜けてしまいそうだった。思い浮かぶまま思いの丈を吐き出しながらこちらからも軽く擦り寄ってこの幸せな時間を噛み締める。軽く顔を上げて改めて相手を見つめていればメ.モ.リ.ブ.レ,
イ.クの後もずっといつも通りを装おうとして張っていた緊張すら解けて情けないような笑みと共に呟きを零すと今一度ぎゅっと強く抱きしめて）

俺も、お前だけが俺の居場所だ。ずっと隣に居てくれ……フィリップ………頭、撫でて欲しい
(相手を抱きしめて感じられる匂い、肌の感触、体温、それら全てが僅かに残っていた不安さえ流し去ってここに居てもいいのだと安心させてくれる。耳元で聞こえてくるのはこちらの胸の内と同じ内容だ。何度だって口にしてきたはずなのに今一度思い知る、相手はもう欠かすことの出来ない自分の一部で唯一無二の存在、どれだけ道に迷っても必ずたどり着く帰るべき場所、それが相手なのだと。向こうからも距離が縮まってさらに二人の体は近いた。胸にはこれまで以上に愛おしさと心の底からの安堵が溢れていて、それに後押しされるように心のままを口にした。相手の顔がこちらを向く気配を感じて顔を挙げれば締りのない笑みを向けられる。だがこちらもようやくいつも通りであろうとする虚勢や襲いかかろうとする不安を抑え込む必要がなくなったのだ、応えるように浮かべる笑みはなんとも緩いものだった。こうやって抱き合うだけでも十分なはずなのに一時の不安を経験するとどうもこの親愛と安心がもっと欲しくなってしまう。やはり何かを強請るのはまだなれない、上げていた顔を再び首元に埋めると小さな声でその名を呼ぶ。そしてその声量のままかつて交わした合図を持ち出して、それを口にしたのが恥ずかしくなれば抱きしめる腕に力が入り)

ああ、勿論だ。…、了解した。
（相手のテリトリーに居るのが当然となった身で突然そこから追い出される体験は絶望と言っても過言ではないものだった。片翼をもがれるような体験など今回だけで十分だ。更に近づいた距離で告げられるのは自らも望むことで力強くそれを承諾する。これで本当の意味でいつも通りだ。不安も弱みも全部見せることの出来る世界で一番大切な相棒兼恋人の隣にいることが出来る。顔を上げた相手の表情は恐らく今の自分と似たようなものでとてもじゃないがハードボイルドではない。だがそれこそ自らの大切な人なのだと笑みが深まった。そんな相棒の顔が再び首元に埋まり小さく名前を呼ばれる。何事かと意識を向けていると近い距離だからこそ聞こえる声で甘やかすことを強請られる。それはこの前約束した合図のことで恥ずかしいと思いながらもそれを望んでくれているのが堪らなく嬉しくてつい口端が釣り上がる。隠しきれない喜色を滲ませながら応えるとそっと相手の頭に手を伸ばす。安心出来るように少しでも精神的な傷が癒えるように、そんな気持ちを込めながら優しく撫でていく。背中に回している方の手も時折ぽんぽんと摩りつつも「好きだよ翔太郎」と溢れる想いを綴って）

…………気持ちいい……俺も好きだ、フィリップ…
(相手と恋人になってずっと隣にいて欲しいと願って、それでもなかなか出来なかった素直に甘えるという行為。ハードボイルドから最も遠い強さもカッコ良さもない姿をさらけ出すこのお強請りはまさに相手にしか見せられないものだ。背伸びもカッコつけもしない、ただの左.翔.太.郎.になって身を開け渡せるのは相手しかいない。そしてそんな姿を受け入れられている今こそ、心から安らかで胸は幸せに満ち溢れている気がした。そんなお強請りを告げられて相手の声が嬉しそうに華やぐのだからどうしようも無い。最初こそ強く抱きついていた腕は頭を撫でられるとゆっくりと無駄な力が削がれていって相手に身を委ねるようにして大人しく撫でられ続ける。安心させるように背中を摩られれば、胸に相手からの親愛がじんわりと広がっていくようで思わず口から心の内が漏れだした。そんな中で相手の想いが伝えられればさらに胸はいっぱいになって回していた手で相手の服を強く握る。もう胸の内には不安も嫌な残像もない、あるのは相手と幸せを共有する心地よい時間だけだ。ふわふわと暖かい幸せの中こちらも心のままを伝えると、それを形にするように耳朶に軽く口付けを落として)

少しは僕も君を甘やかすの上手くなっただろう？……ん、擽ったいよ。
（優しく撫でていれば抱きしめられる相手の腕の力が弱まってリラックスするように身を委ねられる。まさしく自分だけが見ることを許された姿でこうして甘やすことが出来るのだって自分たけの特権だ。初めこそぎこちない手つきだったが今は相手の様子を見ながらそこそこ上手く願望を叶えてあげられているように思う。心地良さそうに零される呟きがその証拠だ。いつもはハットで隠されている茶髪を時折掬いあげたり手櫛を通しながらもふっと笑って何処か自慢するように問い掛ける。返ってくる言葉も強く服を握られ身を委ねられる感覚も全てが暖かくて幸せだ。そのまま大切な物を愛でるように優しく頭を撫でていると耳朶に短く相手の唇が触れる。そんな仕草も愛おしくて笑みを溢れさせながら反応を示すとお返しにと撫でていた頭部にキスを落として）

そうだな、おかげでこのまま蕩けちまいそうだ……好きならキスしたくなんのは当たり前だろ
(抱きしめられたまま頭を撫でられる。時折髪の間に指が通って違う心地が混じれば、深く至福の息を吐いて大人しくそれを享受する。髪を掬い上げられればその一本一本を撫でられているようでその心地良さに首筋に擦り寄った。どこか自慢げな様子に小さく笑えば、冗談めかした口調で返事をしつつわざとゆっくり体の力を抜いて相手にさらに寄りかかってみる。実際頭を撫でられ脳内は浮遊感に包まれていて体に力をいれるのは難しい、蕩けそうというのは本当のところだ。そんな悪戯をしながらキスを送れば、窘めるようなことを言いながらも向こうからもお返しが返ってきて口元は緩まる。どこか開き直ったように今のは当然だと主張した。これこそがいつも通り、そして決して失いたくないもの。好きな人と触れ合って恋人だけの特別な事をする、そんな日常を謳歌するように擦り寄っていた首筋にまたひとつ口付けを落として)

蕩けてしまっても構わないよ？ この距離なら何とかベッドに運べるだろうからね。 …まあそれはその通りだけども。…そこだけでいいのかい？
（首元で擦り寄られると髪と笑いと共に漏れ出た息が肌を撫でる。更にゆっくりと体重を預けられるとより一層相手の体温などを感じられて全身を包み込むように抱き直してから冗談半分にその言葉に乗ってみる。今日はこれから特に用事もない。相手が望むまま甘やかして蕩けさせてしまうのも良いかもしれない。今の相手を幼い時のように抱いて運べるかが怪しいのには目を瞑るが。クスクスと笑ってさらに甘やかすことを言いつつゆるゆると頭を撫でる動きは止めない。短く落とされるキスについて好きなら当然と主張されてしまえば可愛らしい言い分に何も言えなくなってしまう。それを証明するように今度は首筋にキスが落とされて自然と口元が緩んだ。だが肌で柔らかな感触を感じれば違う場所にもそれが欲しくなってしまう物で、少し間を置き撫でる手を一度止めると遠回しに他の場所を強請るような言葉で問い掛けて）

おい、いいのか？お前が言うならこのまま蕩けちまうかな……、フィリップ……__ここにもっとして欲しい
(冗談と悪戯とを混ぜた発言だったが相手から承諾を得されるとは予想外で思わず聞き返す。そこには本当にこちらの体を運べるのかと揶揄う意味も含まれていて、問いかける言葉も笑い混じりだ。相手の体力と腕力を考えればこちらを持ち上げる事は出来なくともベットまでならギリギリ引きずる事はできるだろうか。頭を撫でられ続けその心地良さに微睡んでいれば深く思考を通らない言葉が次々と口から出てくる。今はむちゃくちゃな要望にだって応えて欲しくなっている、理不尽な我儘を叶えて貰う事だって立派に相手に甘える行為だろう。相手の許可が貰えたのなら遠慮はいらないと体の力を容赦なく抜いて相手へともたれかかっていく。だが全てを預ける前にこちらを撫でる手が止まって問いかけが投げられた。まだ頭はその意味を理解できないほど蕩けてはいない、むしろそれはこちらも望むもので答えはすぐに導く事が出来た。首に埋めていた顔を上げると緩慢な動作で顔を近づけそのまま唇を重ねる。何よりも待ちわびた瞬間を手放すのが惜しくて、暫くそこを重ねた後にまたゆっくりとした動きで唇を離した。長い口付けだったが一度してしまえばそれだけでは到底足りなくなってしまう。こちらからもお強請りを告げながら再びゆっくりと相手の方へと体重を預けていき)

僕だって大切な恋人の一人くらい運べるはずさ。 ……、君が望むなら幾らでも。＿…翔太郎
（笑い混じりに暗に運べるのかと問い掛けられる。相棒のハードボイルド論ではないが正直出来るか怪しい事でも好きな人の前では出来るとカッコつけたがるのが男という物だろう。こちらに全幅の信頼を置いてもたれかかっている相手に心配はいらないと緩く頭を一撫でしながら伝えておいた。自分でも回りくどい言い方をした自覚はある。だがドライバーが無くともすぐに検討がついたようでゆっくりとした動きながらも顔が近付いて唇が重なる。前回したのだってそう遠くないはずだがこの柔らかさも熱も酷く懐かしく思えた。恋人だけに許された特別な行為。暖かな幸せが何倍にもなって胸に募っていくようだった。長く触れ合うような口付けだったがゆっくりとそれが離れていくと直ぐに寂しくなってしまう。相手も同じ気持ちなのかお強請りと共に更に体重を預けられるとより一層愛おしさが増す。背中に回していない方の手で軽く顔にかかった前髪を払って頬を指先で優しく撫でる。顎に手を添えて脱力する中でもこちらに顔を向かせると軽く微笑んで再び唇を重ねる。何度したって幸せを感じる至福の時間。今度も長く重ねた後に一旦離すが今はその僅かな時間すら惜しい。甘く名前を呼んでまた口付けを交わすと後ろ手で優しく頭を撫でるの再開しつつも唇の感触を味わって）

なら、俺の大切な恋人にこのままお任せするか。……、フィリップ……甘くて苦い………、…
(揶揄いまじりに投げた問いに相手は自信ありげに答えを返してくる。それを追求してやっても良かったが、擽ったい呼び名と共に頭を撫でられるとそんな気持ちは途端に宥められてしまって、無茶なお願いだろうともこのまま強請って叶えて貰おうと心が動く。運びやすいようにと相手の首に腕を回して体を預けていた。そんな中で口付けを交わせば我慢が効かなくなるのは当然だ。こうやって甘やかされれば余計に気持ちのコントロールは効かなくなる。不意に相手の手が顔へと伸びて髪を払われ頬が撫でられる。愛しい人の暖かい手を堪能するように瞳を閉じてその感触を堪能していると顎に手が添えられて相手と目線が交わった。至近距離でその微笑みを見れば愛おしさで胸が締め付けられるようで苦しくさえなってしまう。視界いっぱいに相手が存在していて、この恋人の世界の中心に自分が居るようにさえ感じる。再び唇が重なる。柔らかな感触と僅かに漏れ出す相手の呼吸、その味は先程のクリームとコーヒーのもの。唇が離れればそれは感じられなくなってもっとと望む心に拍車がかかっていく。口付けに頭を撫でる手が加わればいよいよ体も思考も蕩けてきて腕の中に相手の頭を閉じ込めたまま「ベッドまでよろしく頼む」と柔らかな口調で言えばその代金代わりに顔を近づけると今度は短く、わざとリップ音を鳴らして口付けを送り)

ああ、そうしてくれ。……ん…、僕を煽てるのが上手いね、君は。っ……、ギリギリだ…
（自分よりも体格の良い男を運べるのか怪しいのは相手も承知だろうがそれでも委ねられるというのは信頼の証でもあり、それだけ心を許してくれることでもある。相棒とはまた違う恋人としての甘え方に擽ったさを感じながらも呼び方を真似してお願いする相手にどうってことないという顔で返事をしておく。首に腕を回され更に近くなった距離感で口付けを交わす。柔らかな感触と熱も合間に呼ばれる名前も匂いも微かに感じる甘みと苦味も五感で感じる全ての情報が相手由来で自分の中に満ちていく。心地よくて望むことならいつまでだってしていたい。名残惜しそうに唇を離すと抱き着いたままの相手に柔らかな口調で再度お願いをされる。更に前払いとばかりに短くリップ音が響く口付けが落ちるとぐらりと脳が揺れてその幸福感の為に何でも相手の言うことを叶えたくなってしまう。惚れた弱みという奴なのかもしれない。参ったようで何処か幸せそうに呟くと早速そのお願いを叶えようと動き出す。本当ならば担ぎ上げた方が楽に安全に運べるのだがそういう訳には色々といかないのは流石に理解している。頭を撫でていた手を脇を通して肩を持つように掴みもう片方も膝の裏に回す。立ち上がるスペースを作りながらも出来るだけ密着するように引き寄せる。軽く呼吸を整えてから膝を使って下から掬い上げるような形で立ち上がると何とか持ち上がりはしたが、自分の腕力では正直そこそこキツイ物がある。だが出来ると言った手前スマートに運びたいと言う意地がある。ふらつきそうになるのも何とか堪え、近くのベッドまで慎重に一歩一歩運んでいく。幸い椅子からベッドまでさほど距離はなく傍までたどり着くとベッドに片膝であがりゆっくりと下ろしていく。全身を寝かすことが出来たほぼ同タイミングで此方が力尽きると相手の隣に崩れ落ちるように横になり思わず苦労の呟き零して）