相乗りで何処までも 【 〆 】

、……そんな呼び方すんなよ……
(体が後ろによろめく、だがそれが何故なのか理解が追いついていない。引きずられるように体が動く間も、相手から雪崩込む濁流は止まらない。これはあの敵の能力のせいだと分かっているのに、何よりも愛しい相手から向けられる増悪が吐き気を催す程に苦しい。相手の意識が刹那に混濁した間に短い息継ぎをするように我に返るが、そこで聞こえてくるのはあの無機質な呼び方で僅かに残る何かさえ崩れこぼれ落ちていくようだった。力無く呟くような反論しかできない。その間にも崩れ去った空っぽの胸の内に相手から向けられる苛立ちや嫌悪が募っていく。相手もさっきまでこんな気持ちだったのかと理解するも、そんな感想を共有はしてくれなさそうだ。このままでは相手の感情でこちらの胸が潰れてしまいそうで、まともに息も出来なくなりそうだった。これ以上意識を共有するのは耐えられない、そう思った時には自らドライバーを閉じて変身を解除していた。敵の前でみすみす生身になる危険はよく知っているつもりなのに、それよりも今は相手の心の声を聞くのが怖かった。元の姿に戻ったこちらに敵は驚いたようだったがこちらが絶望に沈んだ顔を浮かべているのを見れば聞き心地の悪い笑い声を挙げて上機嫌にその場を去っていく。ドライバーを外してその場に呆然と立ち尽くす。ようやく相手の意識は聞こえなくなったが未だ頭の中では相手の感情が木霊していて)

なっ、…っ、敵の前で変身を解くなんて君は死にたいのかい？ 生身で攻撃を受けたらひとたまりもないことくらい、君も知っているだろう！ なんであんな真似を…
（こちらから呼びかけるがますます伝わってくる思考は空虚でありながらも酷く苦しく傷付いているのが分かる。嫌いな人ならばそんな顔をされても気にならないはずなのに妙に心に引っかかって落ち着かない。それでも相手が満足に動こうとしない以上回避に徹しようとしていた所、相手が突然ドライバーに手を掛けて驚きの声をあげる。今は正に敵の目の前だ、生身になるなど正気の沙汰ではない。そんな口を挟む暇もないままドライバーは閉じられると相手の身体から意識が追い出され二人に戻る。元の身体で意識を取り戻すと焦ったように上体を起こす。相手の身体は敵の前のままだ。そちらへ視線を向ければ予測した通りの光景だったがド.ー.パ.ン.トは足並みが揃わない様子が滑稽で満足したのか気味の悪い笑い声と共に去っていく。ひとまず最悪の危機は去ったのだがそれどころではない。呆然と立ち尽くしたままの相手の目の前に回れば溢れ出す感情のまま胸倉を掴みこちらを向かせると先程の行動について問い詰める。もし敵の気まぐれが無ければ今頃あの怪物の力で相手は殴られていた。何も身に纏わない生身でそれを受ければ大きなダメージを受けることになるし、吹き飛ばされ打ち所が悪ければ最悪死ぬ可能性だって十分にある。それを考えれば底冷えしたような恐怖が襲いかかってくる。そんな手段を何の根拠もなく取った相手に対して様々な感情がぐちゃぐちゃになれば一方的に言葉をぶつけながらも胸倉を掴む手は微かに震えていて）

……、フィリップ…俺の事心配してくれてんのか？……悪い、お前が俺の事どう思ってんのか直接聞くのが耐えられなくて……でも、俺の気持ちは変わらねぇ。お前にどれだけ嫌われようと、俺はお前の事が好きだ。
(未だ相手の意識はしこりのように胸に居座っている。相手から心底嫌われている事実を叩きつけられて悲痛や喪失感や絶望が処理しきれないままで浅い息を繰り返す。だか不意に体を引っ張られて、気がつけば相手に胸倉を掴まれていた。相手と顔を会わせるのが怖い、またあの憎悪に満ちた心の声が聞こえてきそうだ。だが胸倉を掴まれ至近距離で叫ばれた内容に目を瞬かせる。その内容はてっきりあのままやられていればとか勝手な事をするなだとか、そんな悪態だと思ったのに相手から発せられたのは乱暴な口調ながらもこちらを案じる言葉だ。思わずこちらの胸倉を掴む場所に手を添えてその内容を聞き返してしまう。手を添えた場所は微かに震えていて、その意味がこちらに対する怒りなのかそれとも別の感情なのかドライバーを介さない今は分からない。だが僅かな可能性に頭は少々冷静になる。この敵対は敵の能力のせいだ、相手の感情が嫌悪で満たされていようとそれは決して本心じゃない。相手が本心でこちらを遠ざけようとしていないのなら、こちらからの態度も伝える事も今までと変える必要はないだろう。それならば相手がこちらを嫌いだと言う同じ数だけ好きだと言ってやる。それがきっと敵の能力を解除する鍵になるはずだ。添えた手を強く握り生気を取り戻した目で真っ直ぐ相手を見つめると変わらぬ想いを伝えて)

当たり前だ。だって君は僕の、……。 …嘘だ、有り得ない。だって君は、大切な人を失うきっかけを作りこんな事態に巻き込んだ僕を嫌いなはずだ、だからさっきも僕をド.ー.パ.ン.トだと…
（至近距離で見つめる相手の瞳が瞬いたかと思えば段々と生気が戻る。添えられた相手の手の温もりに最悪の事態が免れていたことを再度確認して少しだけ感情が落ち着く。そんな中で告げた内容を聞き返されると即座に肯定する。呆然とし過ぎて当たり前の事すら分からなくなったのだろうか。呆れた顔で相棒だろうと告げようとしてその違和感に言葉を失う。何故犬猿の仲である相手に相棒と言おうとしたのだろう。そもそも嫌いな相手を心配する必要もない。ただ変身システムの仕様上、健常の方が都合が良いというだけの話のはずなのに。思わず視線を伏せる。自分の認識と実際に溢れる感情や実態との矛盾に眉を顰めていると手を強く握られ顔を上げる。真っ直ぐと向けられた瞳と告げられた言葉に目を見開く。嘘は言っていないと直感的に分かる。だけどそれは今までの自分の認識とは大きく異なるもので矛盾している。植えつけられたとも気づかずにその前提がひっくり返されそうなな現状に首を左右に振って否定しようとする。自分は相手の大事な人を奪うあの夜を引き起こして戦闘に引き込んだ悪魔みたいな存在でずっと恨まれて嫌われていたはずだ。動揺に視線が揺れる。自分が合ってるのだと主張するように言葉を告げていくが胸倉を掴む手の力も語調も何処か弱弱しいものになっていき）

そんなわけねぇのはお前が一番よく知ってるだろ？今のお前はあいつに認識を歪められてるだけだ、さっき俺がお前をド.ー.パ.ン.ト.って思い込まされたみたいにな。だから何度だって言ってやるよ、俺はお前の事が好きだ。
(こちらが僅かな望みを見つけて掛けた言葉に相手はいつもの呆れ顔を一時浮かべて、それさえも崩れ去った胸を埋めるような暖かさがある。この一縷の望みを逃がすものか。相手の口からは否定の言葉が溢れてくるがその視線は動揺で揺れていて、きっと相手も自分の中にある矛盾に気づき始めたに違いない。持ち出されたのはあの夜の事、もしあの時の事を全て相手のせいだと糾弾していたらおやっさんが黙っていないだろう。きっとこのハットごと取り上げられて破門されるに違いない。自分がやった事の責任を取れない男なんて、そんなのこっちから願い下げだ。軽く笑いながら問いかけるようにしてその言葉が間違いだと伝える。相手に拒絶されようが自分の想いは変わらない、嘘でも間違いでもない事を伝えるために再び変わらぬ想いを口にした。そして掴んでいた手を離して両肩に手を添える。一瞬また相手の憎悪が頭の内に響くが、それは敵が作り出したまやかしだと軽く息を吐いて動きを止めようとする体を叩き起こす。そして腕を背中へと回すと相手を抱き寄せた。突き飛ばされても構わない、ただ自分の言葉が嘘では無いと証明するために相手を腕の中に閉じ込めて)

…認識……、ッ！ …翔太郎。すまない、敵の能力に乗せられて色々酷い態度を取ってしまった。…僕も君のことが好きだ。
（散々な言動をぶつけたにも関わらず軽い笑みを浮かべながら優しく言い聞かせるように言葉が向けられる。それを否定しようと口を開くが肝心の言葉は声にならなくて代わりに引っ掛かりを覚えた単語を呟く。確かにそんな話を先程していた気がする。認識を歪められた結果がこれだなんてデタラメもいい所だと切り捨てるのは簡単だ。だけど直感にも近い何かがそれは違うと訴えて聞かない。理屈か直感か、どちらを信用するべきかで揺れていると相手の手が肩に添えられたかと思えば抱き寄せられる。嫌いな存在からの突然の拘束に思わず身構えて身体を硬くするが抵抗は出来ない。寧ろこの距離の温度も匂いも何故だか知っていて安心するような居心地。自分を包み込む大切な人の感触。そう思った途端激しい頭痛が走って顔を顰める。次に目を開けてみれば大好きな人の顔がそこにある。先程まで蝕んでいた暗い感情は綺麗に消え失せていた。好意の感情が乗った声で相手の名前を呼ぶ。能力の影響とはいえ大切な相棒に対して先程まであんなに相手を憎んでいた自分が信じられないし、申し訳なさでいっぱいだ。それでも少しでも埋め合わせをしようとそっと相手の腕に手を添え、顔を上げて相手を見据えると操られていない本当の気持ちを伝えて）

、フィリップ！…俺もさっき同じような状態だったし、お互い様だ。___ま、でも俺も後でお前に埋め合わせして貰わないとな。
(相手を腕の中に閉じ込めてしまうとその体が強ばるのが分かる。拒絶されるのもやむ無しの行為をしているのだ、一瞬身構えるが腕の中から先程までとまるで違う好意が乗った呼び声が聞こえてきて、思わず顔をあげた。そこにあったのはこちらに敵意も嫌悪もない、いつもの相手の表情で思わず安堵で顔が綻ぶ。どうにか敵の能力を解除できたようだ。相手の本当の想いを受け取ればそれだけで胸に空いた穴は満たされて、不安や悲痛やらは途端に姿を消す。申し訳なさそうな顔が浮かぶが安心させるように背中を叩いて首を振る。大切な人を不本意に傷つけてしまった苦しさは今しがた経験したばかりだ。ようやくいつもの二人に戻れたと安堵したところでふと我に返りここが繁華街であることを思い出す。先程まで敵が居たおかげで周囲に人気はないが、こんな街のど真ん中で抱き合うのは流石に恥ずかしくて冗談めかしたことを言いながら抱きしめていた腕を解いた。頬をかいて誤魔化していたところで繁華街の少し先でまた悲鳴があがる、きっとあのド.ー.,パ.ン.ト.だろう。敵の能力は分かった、後は散々弄ばれた分をきっちりお返ししてやるだけ。ニヒルな笑みを浮かべながら「反撃といくか、フィリップ」とメモリを構えて見せて)


(/メ.モ.リ.ブ.レ.イ.ク.の部分はしっかり戦闘描写でとサクッとロルで描写でもどちらでも大丈夫ですので、お好きな方でお願いします…！/こちら蹴り可です)

ああ、事件が解決したら埋め合わせでも何でも君が望むことをしよう。その前に僕達の本当の力を見せる場面だ。 行こう、翔太郎！
（お互い様だと言ってもらえれば今度は罪悪感に潰されそうな心も幾らか救われる。ようやくいつも通りの二人だ。街中だからか抱きしめられた腕は解かれてしまうがもう本来の自分を取り戻した身は安堵と大切な人がそばに居る幸せが満たして心の底も冷たくはなかった。散々傷つけてしまったのだからその分の埋め合わせは十分にするつもりだ。冗談めかした言葉に乗っかる形で頷くと繁華街の先でまた悲鳴が聞こえてそちらに視線を移す。これ以上自分達にも街にも被害を及ぼされる訳にはいかない。相手の隣に立ち得意げな笑みを向けて宣言をするとメモリを構えて今度こそ二人で一人の変身を果たす。悲鳴の元に掛け付ければ例のド.ー.パ.ン.トがあの攻撃で街の人を惑わせている所だった。こちらの存在に気付くとまたカモがやってきたとばかりに再び吹き出しを生成して飛ばしてくるが瞬時にル.ナ.メモリに変え伸びる腕でそれをはたきおとす。厄介な能力だが刺さらなければ怖くない。上手くいかない事に腹を立てる敵を上手く繁華街から人が少ない場所に誘導した後「奴には手数で攻めよう」と意識下で助言するともう片方もト.リ.ガ.ーメモリへと変える。自由自在に動くト.リ.ガーマグ.ナム弾道で生成された吹き出しを確実に打ち落としつつ敵を追尾して攻撃をすれば簡単にその身体は吹き飛んだ。どうやら催眠暗示の能力に特化したメモリのようで戦闘能力はそこまでないらしい。床に転がった敵を前に「決めるよ、翔太郎」と声を掛けるとマグナムにト.リ.ガ.ーメモリを装填、銃口を向ければト.リ.ガ.ーフル.バ.ーストを放ちメ.モ.リ.ブ,レ.イクを行った。倒れ込んだ男と砕け散ったLのメモリを確認すると変身を解く。意識の戻った身体で相棒の横に立つと「…ライアー、つまり嘘つきのメモリという訳だね」と呟いて）

嘘つき……つまり審査員も俺達もこいつの嘘に踊らされてたってわけか。ったく、迷惑なメモリだぜ
(いつもの二人に戻れば相手の感情を知ることなど怖くもない、変身を遂げればこちらに流れ込んでくるのはこの世界で最も信頼のおける愛すべき相棒の意識だ。二人で一人の体は言葉通り一心同体となって問題なく動く、すぐに悲鳴の元に駆けつければそこに居たのは全ての元凶だ。敵の能力は把握済み、そして相手の頭脳があれば負ける事など有り得ない。相棒の掛け声に「あぁ、キツイ一発お見舞いしてやろうぜ！」と気合いを込めて応え最後の一撃を敵へと叩き込んだ。倒れた男から飛び出したのはライアーのメモリ、相手が隣に来るのを確認してから倒れた男とメモリの方を見る。自分達に起こったことのカラクリを理解するとヤレヤレとため息をつきながら砕けたメモリを見下ろした。程なくして警察が到着すると後はいつもの流れだ。駆けつけたマッキーにまたお前かと言われ軽く小競り合い、ジンさんに事の経緯を説明すればお役御免。相手にここから離れようと目で合図をすれば喧騒の中から抜け出した。これで依頼も一件落着だ、所長に報告を入れると依頼人と対面しての詳細な報告は後日改めて、とのことだった。となれば今日の探偵業は終了だろう。このまま帰るのも良かったがふと周囲の風景をみて頭に浮かぶものがある。アレならばちょうど互いの埋め合わせになるかもしれない。相手の方へ顔を向けると「ちょっと寄りたいとこあんだけど…」と切り出して)

嘘から出たまことが現実になれば歯止めが効かなくなったのだろうね。＿＿ …？ 別に構わないけど何かあるのかい？
（人の認識すら捻じ曲げて嘘を本当の事にしてしまう能力。これまでの被害と思われる事案を見てもココ最近特に多用されているようだった。嘘で築き上げたものを守るには更に嘘をつくようになり傲慢な思考を持つこととなる。悪辣な人物ではあったがそれを加速させていったのはメモリの能力であり、彼も嘘に踊らされた被害者の一人だったのだろう。そんな考察をしていれば騒ぎを聞きつけた警察が現場へと現れる。いつもの様に事の顛末を話しつつも街のヒーローのおかげだと語れば尊敬や褒めるような言葉が二人から聞こえてくるのだから当事者としては少し照れ臭くもある。あとの手続きは全て警察に任せ、依頼の方も所長に報告を済ませればこの件で自分達がやるべきことは終了だ。あとは帰って報告書を作るぐらいだが、ふと話を切り出されるとそちらを向く。相手が寄りたい場所というのに全く検討はつかないが用事はないしそもそも埋め合わせはするとも約束したのだ。不思議そうにしつつもそれを承諾し、その場所について問いかけて）

あぁ、嘘ってのは体を蝕む毒みてぇなもんだからな。____今回の依頼はお互い色々言いあっちまったからさっき言ってた埋め合わせってのと、あと無事依頼解決したご褒美ってことで……シュークリーム買って帰らないか？
(嘘は一度つくと謝るか嘘を重ねるかしか道が無くなる。そして嘘を重ねれば重ねるほど現実から乖離して後戻りできなくなるものだ。しかも今回のように周りに迷惑を及ぼすのだからタチが悪い。メモリの能力として形を持ってしまえば最も信頼のおける相棒との仲さえ引き裂いてしまえるのだから、嘘とは誰しもを不幸にしてしまうものだろう。互いに口にしてしまった事はメモリのせいだと理解しているだろうが、それでも精神的負担が癒されたわけではない。そういう時には甘いご褒美が必要だ、無理やり揺るがされた信頼関係を確かめるためにも思い出の品がいい。そしてここが繁華街近くとなれば行くところはひとつだ。目的の場所、かつて訪れたシュークリーム屋の方をちらりと見やったあと相手の方に視線を戻してその返事を待って)

、なるほど、良いアイデアだね。心身共に疲れたことだしあの美味しかったシュークリームに癒して貰う事にしよう。
（メモリの影響とはいえ相手に何を言って何をしたのかはしっかりと記憶に残っている。こうしていつも通り顔を突き合わせる事は出来ているが心の隅には何処か申し訳なさや精神的ダメージが残ったままだ。そんな中で寄りたい所と聞いて返って来たのは以前訪れたシュークリームが自慢の洋菓子屋だ。元の身体に戻った相棒からそんな案が出るとは思わず一瞬瞬きを挟んでしまったが直ぐに軽い笑みを浮かべてそれに賛同をする。信頼を確かめあった思い出の品でもあるし、認識ごと書き換えられて疲弊した頭をあの絶品だったシュークリームは癒してくれることだろう。二人の意見が固まれば相手がやっぱりハードボイルドらしくないなどと言い出す前にその洋菓子店の中へと早速入る。前回訪れたのを覚えてくれていたのか「この前のお兄さん」と話しかけてくれるのに軽く応じながらもケースを覗き込む。前回食べた通常のシュークリームも勿論あるがその隣にはその後調べて気になったクッキーシューも置いてあり「それぞれ1個ずつ買うのはどうだい？」と提案して）

ハードボイルドに甘いもんは似合わねぇけど、減った分の糖分は取らなきゃな。____お、それも美味そうだな。その案乗った。
(こちらの申し出に相手は意外そうに一瞬動きを止めた、ドライバーを介さなくても言いたい事は大体分かる。一応筋を通すためにいつものハードボイルド論を持ち出しつつ、理由という名の言い訳を口にして行動を正当化しておいた。洋菓子屋に入れば相変わらず豊かな甘い香りに溢れていて心身共に疲れた体には良く効く。どうやら店員は相手のことを覚えていたようだ、こうもインパクトのある格好をしているのだから当たり前だろう。それ以上にまさかその隣にいる男があの時の子供だったとは思わないだろうが。この前は心も子供になっていてシュークリームにしか目が行かなかったが、ショーケースを見れば色とりどりのスイーツがあって一種類だけ食べるのは勿体ない。当然相手の提案には賛成でそれぞれひとつを注文するとあの時と同じように専用のケースに注文品が詰められて、代金を払ってそれを受け取った。落とさないようしっかりと持ち手を握りながら店を出ると「散々な一日だったし最後は良い思い出で絞めないとな」と冗談めかしていいながら帰路を歩き始め)

ああ、アキちゃんから直帰の許可も出たことだし、今日の依頼解決の祝勝は豪華だね。＿＿ ただいま。早速コーヒーを入れて食べるかい？
（こちらの疑問に気づいたのかいつものハードボイルド論が持ち出されるとより笑みを深めた。自分の出した案も採用されそれを店員に伝えると二種類のシュークリームがケースに詰められていく。前回は柔らかい皮の印象が強かったがクッキーシューはどんな感触なのか今から楽しみだ。こうして複数の物を食べ比べられるのも二人ならではだ。代金を払ってケースを受け取ると店を後にする。姿は大きくなれど大事そうに持ち手を掴む様子は幼い頃の面影を感じられる。そんな中で振られた言葉に頷きながらも家の方向へ歩む。依頼解決の労いのコーヒーに今日はシュークリームがあるのだから随分と豪勢だ。上機嫌の様子で帰路についた。家にたどり着きドアを解錠すると中へと入る。前回は夕食を挟んだが今日はこのまま食べるのもアリだと期待を乗せつつ問いかけてみて）

あぁ、そうしようぜ。___コーヒーなら俺に任せな
(家に着けば早速シュークリームを食べる提案がなされて即座に頷く。表向きは二人ともいつも通りだが、相手に向けられた言葉も相手に向けてしまった言葉も未だこの胸に突き刺さったままで無理やりいつもを装おうとしている気がする。少なくとも自分はそうだった。欠けた胸のうちがまだ完全に埋まっていない、だからこそ必死で、しかし努めていつも通りに、日常の幸せを取り戻そうと欠けたひとかけをなんとか探し出そうとしている。そんな雰囲気をおくびにも出さないままテーブルにケースを置く。甘いものをそれだけで食べるなんて実にハードボイルドらしくない、コーヒーの案にはもちろん賛成だ。そしてそのコーヒーをいれるのは、今や不味いそれをいれることの無くなった自分が適任だろう。左手をビシりと相手に向けてキメ顔を浮かべながらコーヒーをいれる役目を請け負う。これも相手に教えてもらったからこそできるようになった事なのだが、そんなことは意に介せずハットを外しジャケットを脱げば、早速キッチンに向かってお湯を沸かし始めて)

なら宜しく頼んだ。 僕はこっちで準備をしておくよ。
（こちらの提案に肯定が返ってきてコーヒーを入れる役目を相手が買って出れば素直に任せることにする。最近はこの前教えたコーヒーの入れ方をしっかりと守ってるおかげか自分流でしてみようなど調子に乗らない限りは普通に飲める程度のクオリティが出てくるようになった。今回も噴き出すレベルにはならないことだろう。相手にコーヒーを任せ、テーブルの準備を請け負って部屋に残ると二人の間に距離が出来て角度的に相手の姿が見えなくなる。そっと聞こえない程度に息を吐く。気まずいだとかギクシャクしている訳ではない。それでも帰り道に無言の時間が出来ないように会話を立て続けに行ったりそれらしい事を言ってみたり。傍から見ればいつも通りではあるが呼吸のタイミングすら分かる相手との隙間は完全には埋まりきっていない。認識が変わっていた時の事を具体的に話題にすれば更に傷を抉ってしまいそうな怖さもある。些細な噛み合わせの悪さを感じながらもその埋め方が分からずにいて、ひとまず適当な皿にそれぞれのシュークリームを乗せると席に着いて相手が来るのを待ち）

____待たせたな。
(キッチンに引っ込んで相手の顔が見えなくなると、ゆっくりと顔からは笑みが消えていく。別に笑みを貼り付けていたわけではない、しかしあの時の感情が鈍い痛みとしてこの胸に確かに残り続けていて油断すればそれにまた飲み込まれてしまいそうだった。あの日教えてもらったコーヒーの入れ方へと意識を無理やり向けながら、フィルターにコーヒーの豆をすり切り二杯掬っていれる。沸騰して少しだけ置いたお湯をコーヒー豆に濡らす程度に注げばガスが発生してムクムクとその表面が膨れた。浮かんでは弾けて消えるそれがまるであの時の幻のように、決して存在しないはずの相手からの憎悪の感情に見えて、ついすぐにお湯を注いでしまいそうになる。それをぐっと堪えて三十秒の時を過ごすと、ゆっくりと円を描きながらお湯を注いだ。ポットからは豊かな香りが漂ってきてそれが多少気持ちを落ち着かせた。カップにコーヒーを注いでテーブルへと戻る、既に席に着いていた相手の目の前にコーヒーを置いて自分も席へと座れば「よし、食おうぜ」と促すも自分はすぐに食べようとせず無意識のままじっと相手を見つめていて)

ありがとう、良い香りだね。 じゃあ頂きます。…なんだい？
（やることも無ければコーヒーを待つ些細な時間すら長く思える。シュークリームの由来はキャベツの形に似てることらしいがこうして見てみると似ているようには見えない、などと別の事に意識を向けながら待っていると両手にカップを持って相手が戻ってくる。目の前に置かれたコーヒーの色はあの薄茶色ではなく至って普通の物だ。今日も教えたとおりに入れたのだろう、豊かな香りを褒めつつも相手も席につけば相手の言葉に従って手を合わせる。甘味を食べれば相手から受けた言葉もしてしまった言動への後悔も薄れるかもしれない。それにシュークリームを味わっている間は話題はその感想で何とかなるだろう。そんなことを考えながら目の前のクッキーシューに手を伸ばそうとするがその前に相手からの視線に気付く。促したにも関わらず動かずにじっとこちらを見つめているのが今はあの時の事を責められているような気分にもなる。見ないふりをして食事に移ればやり過ごせるとは思う。だがその居心地の悪さの方が上回ると恐る恐る相手に視線を返しながらも問いかけて）

あ、いや……ただ、いつものお前の姿を見てたかっただけだ…
(いつもの部屋でコーヒーの香りが漂う中、相手が手を合わせている。まだ短いながらも二人で暮らしてきた中で培ったいつもの光景だ。所謂ささやかな日常、そんなものでも今は崩れてしまった胸の内を埋めるものになる。これが正しい二人の姿なのだと確かめるようにただ相手を見つめていた。だがシュークリームを目の前にして目線を相手に向けていれば不審に思われるのは当然で、相手の目がこちらへ向くと問いかけが飛んできた。きっと他意はないはずなのに、その言葉が一瞬あの時と同じようにこちらへの敵意を孕んだものに聞こえて思わず目を逸らす。そんなはずは無いと理解しているのに未だ心は追いついていない。だがここで黙りでは余計に気まずい時間が流れるだけだ。軽く息を吐いて気を落ち着かせてから、どこか慎重に、恐る恐る手を伸ばすように、心のままを伝える。どこかズレた歯車をゆっくり引き戻すようにそういえば目の前に置かれたシュークリームを手に取って一口齧り付いて)

なかなか照れ臭いことを言うね。 …、心配しなくてもいつも通りの僕だよ。
（目が合ったかと思えば露骨にそれが逸らされる。それだけなのにまた胸が痛む。事件も解決してメモリも破壊したのにあの短い時間の出来事が何時までも尾を引いている。その後恐る恐るといったように告げられた言葉だって暗にいつも通りではない自分の姿を見た光景を塗り潰したいと言っているような物だ。言葉尻だけ捉えてからかう様な言葉も言ってみるが妙に滑っている気がする。相手に続いてクッキーシューを1口かぶりついてみるとこの前のシュークリームとは違うザクザクとも呼べる食感がしてまた違った風味だ。だが無邪気に2つの違いを考察出来るほど意識が向かずにいる。このままではせっかくの美味しい菓子を堪能する事が出来ない。久々に摂取した糖分に少し気持ちを落ち着かせてからゆっくりと再び相手の方に視線を送るとド.ー.パ.ン.トでも相手を嫌う自分でもない、大切な相棒の自分だと改めて告げて）