検索 2022-07-09 20:46:55 |
通報 |
は、それはこっちのセリフだぜ。……くそ、ナメやがって
(二人で顔を突合せるがお互いに譲る気は無いようだ。だが二人ともが途中で言葉に詰まって不可解な間が生まれる。こちらが言いかけた言葉は有り得ないものだったが、向こうが言いかけた言葉も覚えのない内容で怪訝そうな顔をする。だがそれよりも今は互いに譲れない喧嘩が優先だ。こちらの提案に相手はまんまと乗ってくる。相手はこの街の裏なんて知りもしない良いとこの坊ちゃんだ、こちらがどんな世界で生きているのか、そしてこの街を守ることがどれだけ過酷か知ればしっぽを巻いて逃げ出すだろう。そんな八つ当たりのような思考を巡らせていればチャイムが鳴って最後に置き土産を置いて相手は屋上を後にする。やり場のない怒りとこれでは間違っていると自覚している焦り、そしてノイズのように走った違和感、それらがごちゃ混ぜになって襲いきて、吐き捨てるように呟いたあと残ったパンを手にして教室へと戻った。教師の到着から少し遅れて教室に入ると何やら教師から小言が飛んでくるがそれを無視して席へと付いた。補習で説教してやればいいと思ったのかそれ以上は何も言わず小テストが配られ開始の合図が出された。問題の半分以上は昼休みに相手に教えてもらった範囲で付け焼き刃で覚えた知識を使えば難なく解答する事が出来た。これだって相手がいなければ越えられなかった壁なのにそのことは棚にあげて教えてもらった範囲だけ解き終わると後はペンを置いて時間を過ごす。程なくして終わりの合図の後小テストは回収された。補習者は後程担任から声がかかるそうだがあの内容なら自分が呼び出されることは無いだろう。そのまま授業が始まるが頭を使い腹が膨れた状態ではすぐに眠気がやって来て、開始5分と経たずに目を閉じて居眠りを始める。その表情は険しいままでそのまま授業は進んでいって)
____…補習回避出来たみたいだね。 それで、巡回とやらに今から行くのだろう?
(誰かと言い争うなど全くもって自分らしくない。それもこれも相手の態度とあの妙な記憶のせいだ。むしゃくしゃした気持ちを抱えながらも始まりのチャイムがなる前に自分の席に着き、先生がやってきてから少しして相手が教室に戻ってくる。今だけは席が前後であるのが気まずく感じたがすぐ小テストが配られてそちらに意識を向ける。出題範囲は予想した通りで教えた解き方さえ覚えていれば相手も十分に点が取れるだろう。難なく解き終わり指定された時間が過ぎるとテスト用紙は回収されていく。乗った提案のためにも相手が点数を取れていることを祈るばかりだ。それからはいつも通りの授業が始まったが脳内はいつも通りではなく、前の席で居眠りをしている相手の事と先程の妙な記憶のことばかり考える。普通に考えればありえない状況ばかりで幻覚や白昼夢を疑った方が早い。だけどそう決めつけてしまうにはあまりにもその光景がハッキリと具体的だった。パズルのピースを無理やりはめているような違和感、何かが違うと主張する胸騒ぎ。よく分からないことばかりで午後の授業はほぼ上の空だった。結論が出ないまま気づけば終業のショートホームルームが始まっていて簡単な情報伝達と共に補習者の名前が読み上げられる。そこに相手の名前が無いのが意外なのか担任が相手とプリントを交互に見る姿は酷く滑稽で思わず小さく笑いが漏れた。そんなこともありながら一日の終わりのチャイムが鳴り道具をカバンに仕舞うと相手の席の前に回り補習回避出来たのは自分のおかげだと誇らしげにしながら声を掛ける。続けて昼休みにされた提案持ち出して反応伺い)
……それに関してだけはありがとよ。いつもはお前と別れた後に一人で行ってっけど、今日は今から出発だ。……お前連れていくのは今日だけだからな
(午後の授業は良い睡眠時間で、普段ならショートホームルームまでの時間さえ後ろを向いて相手に話しかけるのに今日は狸寝入りを決め込みたっぷりと体力を温存する。決着は放課後につく、それまでは休戦といった所だ。やがて担任がやってきて意気揚々と補習者の名前を読み上げていくがこちらの名前がないのにあからさまに驚いていた。自分は補習確定だと思っていたのだろう、ざまぁみろと言わんばかりに担任を鼻で笑ってやった。暫くしてホームルームも終わりようやく放課後だ。行きも帰りもカバンに勉強道具など入れておらず、机に掛けていたカバンをそのまま手に取った所で真正面に相手がやってくる。補習回避は自分の手柄だと言いたいのだろう。それは紛れもない事実であってわざわざ練習問題を作ってまで勉強を教えてくれたのだ、不義理な事は出来ず、だが素直にはなれなくて、『だけ』の部分を強調して礼を伝えた。そしてこれからが一日の本番だ、相手との譲れない戦いという意味でも本番はここからだろう。頷きながら立ち上がると善は急げと早速巡回を始めることを告げる。だがまだ相手がついてくる事に納得はいっていなくて、念を押すように言うと教室を出てそのまま校門へと向かって)
『だけ』は余計だ。…ああ、今はそれで構わないよ。 ___どの辺を歩くんだい?
(相手の真正面に立つ。昼の空気は続いているものの補習を回避したのは自分が教えたのは分かっているようで余計な言葉は付いているものの感謝を言われたことに満足そうな笑みを浮かべる。こうして素直に頼ればいいのに街を守る事に関しては変に線引きする意味が分からない。とはいえ今回いつもの巡回とやらに着いていく事が許されたのだからそこで有用性を示せば相手の意識を変えることも出来るはずだ。相手が立ち上がり今から向かう旨が伝えられるとこくりと頷いて隣をついて行く。今日だけと念を押されるが勝負に勝つと思っている自分には響かない。『今は』を強調して言葉を返すと相手に続いて教室を後にした。靴を履き替えて相変わらずの周りからの視線を浴びながらも校門に辿り着く。いつもならば何処かに寄って遊んで帰ったりフードコートで課題をしたりするが今日は未知の行動だ。僅かに期待の色を瞳に滲ませながらもこれからの行動をどうするのか尋ねて)
『今は』ってのは余計だ。____繁華街の端だ。あそこは娯楽施設が集まってて人も集まる分トラブルも集まる
(釘を刺すように強調した口調をそのまま返されると、意地っ張りになっている思考はムッとした顔を浮かべて同じ言葉を相手へと返す。こちらとてこの勝負に負けるつもりはない。そもそも相手の事を心配して連れていかないと言っているのにこちらの気持ちを無下にしてついて行くと聞かないのは相手の方ではないか。自分の力を信じて疑わないまま校門を出ていつもの巡回ルートへと向かう。行き先を問われ答えるが、相手の方を向いてみると好奇心が拭えない瞳がそこにはあってどうやら相手は未知の場所に浮かれているようだ。やれやれとため息をつきつつこの調子だと相手が帰ると言い出すのは早そうだと勝手に決めつけていた。しばらく歩みを進めると娯楽施設の集まる通りへとたどり着く。風.都.の中でも大きい歓楽街であらゆる人が集まる場所、つまりはその分トラブルもここに行き着きやすいのだ。自分達と同じような高校生から派手な服を着た若者、くたびれた服を着た大人までその様相は様々だ。いつも通る道よりもどこか薄汚い道を歩きながら「気合い入れろよ」と声をかけるといつもの巡回を開始して)
なるほど、確かにあの辺は治安が悪いみたいな話は聞いた事があるよ。…独特の雰囲気だね、君みたいな人が沢山いる。__ わ、すみません…、…病院に行くのが必要な怪我をするようなぶつかり方では無かったし、君達に渡すお金なんて一切ないよ。
(校門をくぐり抜けいつもとは違う方向へと歩いていく。相手の目的地について教えて貰うと歩いている方角的にも何となくどの辺か検討がつく。風.都の中でも大きな繁華街は表の方は普通の飲食店やカラオケなどが立ち並ぶが奥に行くほどディープな娯楽施設や酒場があり学校からもあまり近付かないようにと言われている場所だ。生徒の間でも楽しい一方でトラブルに巻き込まれる可能性が高いと言う話を聞いたことがある。巡回ルートとしては妥当だろう。あまり行った事の無い場所への訪問に声を弾ませ浮かれているとその入口へと辿り着く。噂通り様々な年代服装の人々が集まっていて賑やかな雰囲気と共に何処か澱んだような空気を肌に感じられる。先程までの学校と比べたら異世界のような場所だ。より興奮したように目をギラつかせて感想を呟きながらも薄汚い道を歩いていく。相手のような派手に着崩した格好はともかくきっちり規則通りの制服姿は珍しいのか時折値踏みしたような視線を受けるが気になるとすればそれだけだ。興味深そうに辺りを見渡しながらも奥へと進んでいき、巡回ルートとして一本外れた細めの路地に入った所で前から来た男と肩がぶつかった。反射的に謝罪をすると共に男に目を向けると自分達より少し年上のいかにもといった見た目の三人組がにやりと笑って囲んでくる。すぐにありきたりな怪我したから治療費が云々と言いがかりを掛けてくるがどう見ても怪我をするようなぶつかり方では無かったしそもそも向こうから当たりに来たようにも見えた。全くもって筋の通ってない言い分に不機嫌そうに眉根を寄せつつ男達と真っ当に取り合っていて)
俺みたいなってのは余計だろ。___、…………何してんだお前ら
(風.都.は決して綺麗な所ばかりではない。ここだってそのうちのひとつだ、欲望が渦巻くこの場所ではその欲に飲まれたり食われたりする人間が少なからずいる。こういう場所でこそ自分がこの街を守らなければならない。そうやって使命感を持っているというのに横の相手とくれば見た事もない世界に完全に心が踊っていて、こちらが細い路地や店の裏側に目をやっている間に周囲の様子を興味深げに見回している。余計な一言も入れば学校で発したのと似たようなツッコミを相手へ投げておいた。だがそうやっていかにもこの場に不慣れですと言わんばかりの挙動をして、この場に不釣り合いな小綺麗な格好をしていれば周りから目を付けられるのもそう時間はかからない。自分が隣にいなければあっという間にハイエナに集られてしまうだろう。その目を避けるように不意に路地へ入ると一瞬相手との間が離れた。そのたった一瞬の隙に事は起きる。背後で相手が男にぶつかり口論になっているのが聞こえてくる、よくある当たり屋だ。定石通り治療費を請求しているのが聞こえるが近づくことはしない。これで怖い目にあえばすぐに相手は帰るだろう、それに助けないと宣言はしておいたのだから手を出す義理はない。だが街を泣かせる奴を懲らしめるという意味では自分の使命としてあいつらをノすべきだろうか。ちらりと振り返り迷いで揺れながら様子を伺っているうちに段々三人組の口調はエスカレートしていき『金出せって言ってんだろ!』と声が聞こえ、一人の男が相手の腕を強く掴んだ。その瞬間に頭の中で何かが切れる。プライドやら建前やらは一瞬で崩れ去って、気がつけば相手を掴んだ男の腕を背中へ捻りあげて低く脅すような口調で男を見下ろしていた。すぐに隣にいた別の男が殴りかかってくるが捻っていた手を離して顎に拳を入れてやると男は意識を手放してしまう。残る一人と取っ組み合いになるも、背後では最初に腕を捻った男が怒りの表情でゆらりと立ち上がり激しい怒りの表情を浮かべていて)
そもそもこういった行為は恐喝罪に当たる、っ…。翔太郎、しゃがんで!
(治安が悪いという話も相手が巡回するような場所というのも理解していたがまさかこんなにも早く絡まれるとは。最初こそ被害者として優しく親しげにも思える口調で治療費を強請られるが怖がる気配もなくこちらが払う気がないと見るなり段々とその語気は荒くなっていく。ちらりと相手の方を見たが知らぬ顔だ。守る必要がないと啖呵切った手前、助けて貰うつもりは無い。自分なりの方法で切り抜けるべきだろう。今度はこれが犯罪行為だという切り口で引いて貰おうとするがそれが通報するという意思表示に見えたのか一気に逆上して強く腕を掴まれてその痛みに顔を歪める。その途端聞きなれない低い声が降って来ると共に腕が解放される。息をつく暇もなく襲いかかってきた2人目を相手は顎に拳を入れて沈めてしまう。続けて3人目とも取っ組み合いになっていて、腕っぷしが強いというのは本当だったらしいと変に冷静に感心していた。男と相手がお互いに集中している間、ゆらりと腕を掴んできた1人目の男が相手の背後で怒りに満ちた表情で立ち上がるのに気付く。その懐に見えたのはきらりと光る刃物。それが何を意味するか気づいてぞわりと背筋が冷たくなる。どうするべきか一瞬で答えを弾き出す。カバンの持ち手を握りこんで一歩踏み込むと中身の重さに任せて振り回し始める。咄嗟のことだが相手ならば反応してくれると絶対的信頼がある。端的に指示の声を張り上げると遠心力のまま相手ごとその背後の男の顔面目掛けてカバンぶつけに行き)
っ!!…汚ぇやつ……俺一人でもやれたのに
(その瞬間はとても奇妙な時間だった。取っ組み合いになった相手を足蹴にして隙を作りボディを食らわしてやると呻き声を上げながら二人目が沈んだ。まだあと一人いるはずと意識が向いた所で相手の声が聞こえる。それと同時に今相手が何をしようとしているのか、後ろの男が一体自分に向かって何を向けているのか、手に取るように分かった。まるで相手と意識を共有しているような感覚、普通では考えられないもののはずなのに何故か体はこの感覚に慣れている。相手の動きに合わせ完璧なタイミングでしゃがむと後ろの男に相手の鞄がクリーンヒットする音が聞こえた。そのまま振り返る勢いで回し蹴りを背後の男に叩き込んでやれば、鈍い声と共にその体は地面へと沈む。同時にこちらを狙っていたナイフがその場に転がり落ちて忌々しげに言葉を吐き捨てた。全ての事が終わり一息つくと相手の方を見やる。計画ではここで怯えているはずだったが相手は最後まで毅然と男達に向かっていてしかも鞄で男を殴ってみせたのだ、自分の読みは完全に外れたと言えよう。それに致命傷を負わない自信はあるが、刃物相手であればこちらが不利だったことは確かで、相手の一撃がなければ切り傷をいくつか貰ったかもしれない。それでも自分には一人だったとしても負けない自信があった。その想いをポツリと漏らしつつも相手に助けられたのは事実で「まぁ、ありがとよ」と目線を逸らしながら礼を言って)
…はぁ、無駄に重たい教科書もたまには役に立つね。こちらこそ助かったよ、ありがとう。 …それと君一人でも結果的には対処出来たかもしれないけどあの状況ではそのまま刺されていたよ。 この街を守りたいなら自分の身体も大切にしたまえ。
(当然相手と喧嘩に巻き込まれたことなど一度もないのに相手とならば息を合わせることが可能な事だと知っているように身体が勝手に動いた。実際完璧なタイミングで相手はしゃがんで背後の男に確かな手応えと共に当てることが出来た。そうでなければ今頃重たいカバンは手前の相手の頭にヒットしたことだろう。相手の回し蹴りも当たれば鈍い音と共に地面に沈み全員を制圧することが出来た。念の為に落としたナイフを手の届かない範囲に蹴飛ばして危機を除去すればようやく安堵の息をつく。まさかこんな形で巻き込まれるとは思わなかった。ふと相手の方を見遣ると丁度視線が交わった。助けは要らないといったが結果的に助けて貰う事になった。それに刃物相手では自分だけではどうもならなかっただろう。目線は逸らされてしまったが今回はこちらからも素直に感謝を伝える。一方でその前に漏らした呟きには相手の実力は認めつつも怪我を負う可能性を現実的な観点から指摘する。だが今胸にあるのは自分を必要としない苛立ちよりも怪我を重視しない相手の考え方への心配だ。一歩相手に歩み寄れば相変わらずの口調ながらも子供にするように数度相手の頭をぽんぽんと撫でて)
そんなヘマするかよ。まぁ切り傷は負ってたかもしんねぇけどそれくらい怪我のうちに入らね____……、子供扱いすんな!
(地面に倒れた三人組はしばらく動くことは無いだろう。相手からも感謝の言葉がこちらに向けられる、手出しはしないといったが今回はどちらも助けられたという事でお互い様で良いだろう。それだと言うのに相手は自分がやられていたかもなんて言い出すのだ。街を守るためには多少の犠牲も必要だろう、それが自分の怪我で済むと言うなら喜んで耐えてみせる。相変わらず意地っ張りは抜けないままそっぽを向いて返事をしていたが不意に相手が近づいてくる。そしてそのまま頭を優しく撫でられた。暖かくて柔らかい手が頭に触れると、どういう訳か途端に凝り固まっていた意地は溶けだして肩の力が抜けていく。誰かにこんな事されるなんて馬鹿にされているようなのにその手をすぐに振り払う事は出来なかった。少し間があって結局逃げるように体を退くが頭を撫でられた感触は忘れられない。味わった事の無い心地に今更動揺していると『お、翔太郎じゃん!』と誰かが自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。そちらへ目を向けると見知った顔が数人見える、軽く手を挙げて挨拶を返した。他校の生徒だがよくつるんでいる連中だ、例に漏れず同じような格好をした一人に肩を組まれると『またカツアゲ狩りか?』なんて冗談めかして地面に伸びる三人組を指さされ頷いて返事をした。気のいい連中だが相手との相性は未知数で『で、このお坊ちゃんは?』なんて聞かれてしまう。正直会わせたくなかった面々だ「俺のツレだ」と適当な返事をするも他校の連中はどこかバカにするような目線を相手へと向けていて、目線でここから離れろと伝えて)
学生はまだ子供だろう。…、翔太郎の、友達のフィリップだ。君たちのことは少しだけ聞いたことがあるよ。
(何故相手の頭を撫でたのかと問われれば何となくとしかいいようがない。だが少しの間、相手がそれを大人しく受け入れるものだからそちらの方がより驚いた。その後予想通り体は逃げて文句を言われたが妙な心地は続いたままだ。平然と頭を撫でるそれらしい屁理屈を並べていたが相手の名前を呼ぶ声がするとそちらに視線を向ける。そこには相手の格好によく似た見慣れない数人が親しげに近付いてくる。年もそれくらいで肩を組む親しげな様子と会話の内容から友人か、それなりに交友を持つ人物なのだろう。相手とそこに伸びている男達に向いていた視線が不意にこちらに注がれ関係を問われる。相手が適当に答えてくれたがこの場では自分の真っ当な服装は異様に浮いて向けられる目も居心地が悪い。相手から向けられる目線にも離れろといった意味が読み取れるがここではぐれては巡回に着いてきた意味が無い。そのままこの場に留まっているとその内の一人に名前を問われて素直に簡単な自己紹介をする。その瞬間その場が湧いて『顔はガッツリ日本人なのに名前は外人とか流石お坊ちゃんだな』と笑いながら告げられる。失礼な物言いに一瞬眉を顰めるが相手の知り合いなら事を荒立てるのは得策ではない。それとなく話を流していると未だ居座る自分に興味を持ったのかそのうちの一人が近付いてきて肩を軽く組むような仕草でぽんぽん叩かれながらも『せっかくの出会いだし、フィリップ君も俺達と遊んでく?』とからかい混じりに出された誘いに「ああ、」などと曖昧な返事しか出来ないでいて)
……おい、こういうのはやらねぇって言ってんだろ。こいつも同じだ。
(目線で送った合図は確かに伝わったはずなのに相手はこの場から離れようとしない、変なところで頑固な性格だ。相手のためにも早いところこの場から離れたいが、肩を組まれているため物理的距離を取る事が出来ず上手くこの場を躱せずにいた。そうしているうちに他校の連中の興味は相手へと移ってヘラヘラと笑いながらこの場では異質な相手をこき下ろし始める。口出しをする前に『遊び』が提案されて状況の飲めない相手は了承の返事をした。そこでポケットから出てきたのは煙草の箱、慣れた手つきで箱から先端を突き出させると相手へ箱ごと差し出す。さすがに見かねて煙草を差し出す腕を掴むと向こうを睨む。確かに自分はこいつらとつるんではいるが煙草はやった事がないし今後もやるつもりは無い。同じ不良の烙印を押されているがこっちは使命の末にそう呼ばれているだけだ。仲間だなんだと言われ煙草をやらさせるわけにはいかない。男はいつも通りのこちらの反応に『ほんっと相変わらずだな』とため息をつくがヘラヘラ笑いは収まっていない。『最近付き合い悪いのもその坊ちゃんに絆されたからか?』とこちらにも矛先が向いてケタケタと煩い笑い声が聞こえてくると、さすがに怒りが立ち上ってきて「関係ねぇよ」と低く吐き捨てる。だがこちら二人を馬鹿にする姿勢は崩さない気でいるのか未だこちらを嘲笑うニヤニヤ笑いは収まらなくて『なら一本くらい吸えるだろ?』と煙草をひとつ取り出しこちらへ近づけてくる。吸う気はさらさらないがここで断ってまた相手に興味が向いてしまうのも困る。ここは大人しく言うことに従って今度こそ相手を先に家へと帰らせた方がいいかもしれない。不機嫌そうな顔のまま差し出された煙草を睨むように見下ろしつつ、男が差し出した煙草が口へと添えられるのを黙って見ていて)
…これはタバコかい? …、僕は興味無いなんて一言も言ってないよ。 二十歳にならないと買えないから実物を見るのは初めてだ。確か火をつけて吸う物だったね、君は火をつけるものを持ってるかい?
(曖昧に了承した後出てきたのはタバコの箱だ。初めて見るそれに思わず反応するように問いかける。だが確かその危険性と有毒性から酒と同じく20歳以上ではないと買えない代物のはずだ。この荒れた場所に相応しい質の悪い遊びの誘いには流石に好奇心よりも不快さが勝る。どうこたえようとか悩んでいた所で相手から制止が入る。物言いから庇ってくれている事と見た目は同じでも志や精神は彼らまで落ちてないことが伺える。相変わらずの嘲笑うような笑い声と声は耳障りで一刻も早く立ち去りたいが相手は肩を組まれているし変に囲まれてしまっている。そうしている内に彼らは付き合いの悪い相手を悪い道に引き摺りこもうと一本を取りだして相手に差し出している。煙草一本だけならばそれほど害はないとしてもその行為で規律の一線を超え相手の使命に泥を塗る結果になるのは見過ごせない。口元に添えられる寸前、さも興味があるような言葉と共に煙草を横取りする。実際普段手に出来ない煙草に興味があるのは事実だ。観察しているように見ていると彼らのいうお坊ちゃんが煙草を吸いたがっているという状況の方がウケたのか再び関心をこちらに引き受けることに成功した。茶化す言葉や煽る言葉を受けながらも吸う方法を確認するように呟くとさりげなく相手と肩を組む男を指定するように火を所望すると男はニヤニヤとしながら相手から離れ、ポケットからライターか何かを探る仕草と共にこちらへと近付いてくる。十分と引き付けてから以前本で読んだマジックのテクニックで手元に持っていた煙草を男の見える範囲から隠す。突然消えたタバコに驚いたように目を見開く彼らに「僕が触ると煙草も消えるんだ」なんて冗談告げながらもその一瞬の隙を突いて相手の手を取り逆方向へ逃げるように走り出して)
っ、おい……なっ?!_____フィリップ!次のとこ左だ!
(周りを囲む連中は気はいい奴らで悪党とは言いきれず、手を出すことはできない。煙草を吸うのは不本意だがこれ以上相手が絡まれないようにするため、事を収める為にと煙草を咥えようとした。だがその前に煙草は相手によって奪われてしまって思わず声をあげる。周りに流されて本当に煙草に興味を持ってしまったのだろうか。今しがた自分がしようとしたことではあるが、真っ当な道から外れるような事を相手にはさせたくなくて焦る気持ちが募る。だがこの場を上手く切り抜ける手段は思いつかなくて、何も出来ないもどかしさを抱えるしかなかった。ようやく肩に回されていた腕が外れたものの相手は火を要求していていよいよ煙草を吸ってしまいそうだ。煙草を握り潰してでも止めようと動き出したが、その前に相手の手元にあったはずの煙草が消えて周囲の面々と同じように目を開いて驚く。が、直後腕を引かれると自然と声を挙げて、もつれた足を何とか動かしながら相手と共に走り出した。ワンテンポ遅れて二人が逃げ出したのをみた連中は条件反射のようにこちらを追いかけ始めた。細い路地を駆け抜けるがこのままでは振り切れない。脳内に周辺の地図を描き出し、同時に繋いだ手を無意識に握り返した。細かい路地に入ってあいつらを巻くしかない。合図を出して左へと曲がれば、そこは飲食店の裏側に位置する路地だ。そこには空の瓶ケースが高々と積まれていて自分達が通り過ぎると同時にそれを崩して足止めにすると連中と距離を離しつつも走り続けていて)
了解した!…っ、このまま人混みに紛れよう。 ___…ここまで来たら撒けただろう。…はぁ、つかれた。
(人の頭は予想外のことを目にすると固まってしまうものだ。その隙を縫って走り出せば何とか相手もその場から連れ出す事が出来た。とはいえ考えることが出来たのは彼らの隙をつくまででここからは無計画だ。ワンテンポ遅れて化かされたと気づいた連中が背後から追いかけてくる。焦りを感じていると連れ出すために繋いだ手を握り返され、そこから感じる力の強さや温もりが不安を払拭していく。合図を受け直前の角を左に曲がると路地兼物置のような狭い道に入る。その中を駆け抜けながらも相手が空のビンケースを倒せば大きな音と共に山が崩れて連中の行く手を遮る。避けて通るには時間がかかるし今の音で店の人は様子を見に来ることだろう。それは彼らも裂けたいはずだ。距離が離れていくのを背後を見て確認しつつも走り抜け、更に角を曲がって大きな繁華街の道へと戻ってくる。その場を楽しむ賑やかな人々の流れは行方を紛らわせるには最適だ。速度をおとして早歩きにならはながらも人混みに紛れて念の為に表の方へと向かう。手は繋いだままであることに気付かぬままだ。比較的健全な飲食店が立ち並ぶエリアに戻ってくれば漸く足を止め、危機が去ったことを確認するように話しかけるが体育の時間以来の全力疾走に疲れを滲ませた息を吐いて)
あぁ、もう大丈夫だな……まさか手品であの場を切り抜けるなんてな…俺の負けだ。お前が正しかったよ
(しばらく路地を駆けたあと再び繁華街に戻って人混みに紛れればもう追ってくる影もない。軽く息を吐いて頷いていると久々の運動をしたせいか隣の相手は完全にバテていて気の抜けたように笑ってしまった。手を繋いだままなのに気が付かず疲れ果てている横顔を見つめる。こんなにも簡単に体力を切らしてしまう程体力も腕力もないのに、相手は自分と違った方法であの場から脱出してみせた。自分なら掴みかかって睨み合うか下手すれば拳を交えるだろう、それしか方法は思いつかない。まさしく力ではなく頭を使った切り抜け方だった、自分では思いもつかないやり方だ。今日の昼間屋上でのやり取りを思い出す、観念するようにため息をついた後に素直に自分が間違っていたことを認めた。冷静に論理的に場を判断する頭、自分にはまだ足りないしきっと相手には勝てない分野だろう。それならば、結局は相手の言う通り自分の使命のためには相手が必要なのかもしれない。相手のことを相棒なんて呼んでいるならば、口先だけではなく真に相棒にするべきなのかもしれない。考えは揺れるがその前に疲れた相手を休ませるのが先だろう。「この先に公園あるからそこで休むか?」とバテ気味の相手に声をかけ)
手品なんて大層なものではないよ、ちょっとした視線の誘導さ。…、分かってくれたようで何よりだ。これで僕も君の相棒かな。…ああ、でもお腹空いたから何か軽いものが食べた、い…
(撒くことは出来たが体力的にはかなり消費してしまった。同じだけ走ったのにも関わらずに相手が軽く息を吐くだけで済んでいるのはそれこそ体力の差だろう。息を整えながらも先ほどの手法について軽く触れる。手段自体は袖口に隠すといった単純明快なものだが人の注意という物は単純で自分が煙草を吸おうとしているといった異様な興奮の中で視線を誘導するのは案外容易い。それを受けてか相手が観念したように認める旨の発言をすると僅かに目を見開いた後、口元に嬉しそうな笑みを作る。相手を言い負かしたこと自体よりも自分の事を認めてくれたようでそれが何より胸を暖かくして満たしていく。彼らには相手の友達だと自らを紹介したが、いつの日か相手が調子が良い時に呼ぶ『相棒』と自らも名乗ってみれば妙にしっくりときた。前からそう呼ぶのが自然だったような気もしてくる。喜びとそんな不思議な感覚を味わっているとバテた自分を見かねてか休憩を打診される。こくりと頷いて賛成を示すが昼飯がメロンパンだけだったのに加え体力を使ったせいか腹の虫が鳴いた。それを聞かれたことに若干気恥ずかしそうにしながらも何か軽食が食べたいと要望を出す。どちらにしろその場から離れようと歩き出した所で漸くまだ手を繋いだままであることに気づき、思わず繋いだ手に視線を向けたまま硬直して)
まぁそうだな、相棒か……ん?どうし、た……だァっ?!悪いッ!離すの忘れててそれだけっつーか……とりあえずそこのコンビニでなんか買おうぜ!なっ?!
(あれだけ意地になっていたのに認めてしまえば何もかもが腑に落ちた気分になる。これが正しいと始めから分かってはいたが、どうやら自分には相手が必要らしい。相手が口にした相棒という言葉を自らも口にしてみる。今まで冗談半分で呼んでいたその呼び方は今になって妙にしっくりときて、収まるべき所に収まった感覚さえする。その妙な心地を噛み締めていると相手の腹の虫が鳴くのが聞こえて思わず笑う。普段の生活ならメロンパンだけで事足りたのかもしれないが今日は緊迫した場面を切り抜け全力で走りもしたのだ、いつもより消費カロリーも多かったに違いない。何か買い食いでもしようかと言うところで相手の動きが止まって怪訝そうな顔をする。どうしたものかと相手の視線を辿ってみればこちらも漸く手を繋ぎっぱなしだった事に気がついた。焦っておかしな声を挙げつつ手を離すと潔白を示すように両手を上げながら言い訳を口にしようとする。が、上手い言葉は浮かばなくて結局はコンビニを指差し今のをなかったことにする方向へと舵を切って)
あ、いや…手を取ったのは僕の方だし別に嫌では……、そうだね、何か買おう。___ 最近寒くなってきたし、肉まんでも食べようかな
(逃げている時ならともかく人混みに紛れる時も会話をしていた時も手を繋いだままだった。手の温もりだってずっと感じていたのにそれを当たり前のように過ごしていた事実につい動きが止まってしまった。可笑しな相手の声で素に戻ったがすぐに手放された手が惜しいとも感じてしまってその事にも自分で驚く。視線を迷わせつつそれらしい言い訳を口にする相手にこちらからもこうなった理由を並べ立てようとするが『嫌では無かった』と言いそうになって慌てて口を噤む。妙な空気の中、空腹を満たすためにコンビニに行く流れを相手が強引に作るとそれに乗っかって指さした店に向かうことにした。歓楽街の近くのコンビニなだけあって比較的広く客も多いような店だ。家に帰れば夕食があるのを踏まえればガッツリし過ぎ無いものが好ましいだろう。それに加えて公園でも食べられる物と考えるとレジ近くのホットスナックは魅力的だ。その中でも蒸し器のケースに入った肉まんが特に美味しそうに見えると見当をつけるように呟いて)
トピック検索 |