検索 2022-07-09 20:46:55 |
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ああ、音声も無事に拾えている。 …今のところ怪しいと思われる人物は見受けられない。ひとまず中に入ってみてくれ、僕も様子を見ながら後を追う
(あの日事務所に所長を迎えてからのことはほぼ予想通りだ。言い淀む相棒の代わりに自分が質問され、言ってもいいと思われる範囲については回答すると何故か相棒にスリッパが飛ぶという光景がしばしば見受けられた。とはいえ最終的には受け入れてくれる辺り流石事務所を支える所長様だ。こうして大きく変わったようで実際は普段と変わらないような日々を過ごしていたが街に吹く風は数日後、訳ありな依頼を運んできた。その内容はストーカーを捕まえる為に彼氏役をして欲しいといったもので困っている依頼人の頼みを相棒は二つ返事でそれを引き受けた。その事について所長は何やら騒いで自分に良いのかと尋ねてきたが姿を見えないストーカーを炙り出すには合理的な方法であるしそれを止めるべき理由はない。平然とそのことを伝えると所長には変な顔をされてしまったが水族館デートでストーカーを炙り出す作戦となった。入口から少し離れたベンチに座りながら二人が合流したのを確認する。直後にインカムから相手の声が聞こえてきてこちらもそれに応答した。役割としては相棒が誘き寄せる為の彼氏役兼護衛役、自分がその周辺を見ながら異変やストーカーをいち早く察知する役で警戒されぬよう隠密行動が必須だ。周りを見てみるがそれらしい人物はいない。狭い場所に誘い込んだ方が判別しやすいと判断すれば早速水族館の中に入るように促して)
よし、頼んだぜ……じゃあ入るか
(インカムから聞こえてきた音声は良好で相棒と問題なくコミュニケーションが取れそうだ。ドライバーで意識を共有した方が早いが流石にあれをつけたままでデートは出来ない。視界の端で相棒がベンチに座っているのを確認する。向こうもいつもの格好で、あれはあれで目立つし単独行動だと余計怪しい気もするが、今回は彼女の依頼を達成するために周囲の目には耐えてもらおう。もっとも相棒ならそんなもの気にしないだろうが。依頼人の彼女はわりとデートに乗り気であるらしく、にこやかな笑顔と共に返事が返ってくる。『行こっか翔太郎!』と元気な声と共にこちらの腕に彼女が抱きついてきて、突然の行動に驚き目を開いた。だがこれまでならそこから心臓が早くなり彼女に目が釘付けになる所だったが、今日はそれがない。抱きついてきた彼女の事をまともに見ることができる。何故だかは分からないが動揺しないなら好都合だ。だがいつもの如くハードボイルドに決めるのは忘れない、くるりと大袈裟に左手を回した後、彼女を入口へとエスコートした。ゲートを潜ればまずは高い壁いっぱいに広がる大きな水槽が出迎えてくれる。彼女はこちらの腕にぎゅっと抱きついたまま水槽を眺めていて、並んで水槽を眺めた。まだ周囲に怪しい気配はないが、これを見てストーカーはこちらに必ず敵意を抱くはずだ。もう少しこの『デート』を見せつけてから人気が少ない場所へ誘い出す必要があるだろう。隣で優雅に泳ぐ魚を見て笑う彼女に『あぁ綺麗だな』と適当に相槌をうっていて)
……っ、…。 …まだそれらしい人は居ない。暫く大きめの水槽のエリアが続くからそのまま進んでくれ。
(相棒からの返答が来て立ち上がる。近付き過ぎても良くないが遠すぎても周りを監視出来ない。引き続き周囲をさりげなく見ていたが彼女が相棒の腕に抱き着いたのが見えた途端、胸の辺りがズキンと痛んだ。思わず手を胸元に当ててみるが鼓動は正常で呼吸がしにくいだとかそういうことはない。気の所為だと流そうとしたが相棒の腕が彼女に回されたのが見えるとまた同じ場所が痛んだ。これが何なのかすぐに問おうにも答えてくれる相棒は今隣に居ない。今までデートを重ねてきたが、目立つからと外では手を繋ぐまでであの様に腕に抱き着いたことはない。その初めてが自分でないから胸が痛み不愉快なのだと自分の中で判断を下すと若干だが落ち着いてきた。あくまで仕事の一環であり、恋人同士の演技ならば妥当のことだと自分に言い聞かせると少し遅れて入口から入場をした。まず視界に入るのは壁一面に広がった大きな水槽だ。予め作戦にあたりこの水族館のことは調査済みだがやはり実物は迫力が違う。様々な魚が泳ぎ海を模して岩や海藻が設置され上から光が降り注いでいる。いつもならば作戦前『展示に興味惹かれて仕事放り出すなよ』と釘を刺された通り、ずっと観察していたいという代物だが何故だが今はそんな気分になれない。自分でも変だと思うが監視に支障がある程でもない。こちらから二人が何を話しているかは分からないが水槽を見て楽しそうに話している。傍から見たら2人は立派な恋人に見えることだろう。視線を外して周りにも気を配るがまだストーカーに該当しそうな人物は見当たらない。だが大きな水槽は広い空間で作られているため今追ってきているのなら必ずこの光景を見せつけることが出来るだろう。展示されている魚の説明書きを見るようなフリをしながらもインカムに触れ、いつも通りを心がけ過ぎて単調になった声で現状報告と次の行動の指示を出して)
ん?あぁ了解……お、これ風.都.近海にいる魚か
(彼女と会話を続けながらインカムから聞こえてくる相棒の声に耳を傾ける。異常なしとの知らせだがどうにも相手の声色は一本調子で違和感がある。変に緊張でもしているのだろうかと考えが及んだ所で、彼女に次へ行こうと腕を引かれその場から歩き始めた。日本近海やここ周辺の魚を紹介する大きな水槽がいくつか続いたあと、展示の途中だが少々開けたスペースに出た。その一角には撮影スペースが設けられていて、海の生き物が大きくプリントされたパネルの前にカメラが設置されている。『そこのカップルのおふたりどうですか?』なんて声をかけられると、彼女はやりたいと即答して撮影スペースへと進んだ。青とピンクの小さなイルカのぬいぐるみをそれぞれ持たされると、指定の位置へと案内される。二人が並ぶと背丈の関係で彼女の頭はちょうどこちらの肩の位置にきて、彼女は肩へ寄りかかるように頭を傾げた。同時に抱きつかれたままだった腕が軽く引かれて、こちらも自然と彼女の方へ頭を傾ける。ついで彼女はお互いがもつイルカを向き合わせると、ぬいぐるみ同士をキスさせて『えへへー』と笑いかけてきた。これには流石に気恥ずかしくて笑ってしまう。会って二日目でデートのフリとはいえここまでできるとは、彼女は相当こういう経験があるようだ。などと冷静に考えられるくらいにはこんないかにも恋人らしいことをしても動揺していない。仮に隣がフィリップならと考え始めると、途端に心音が上がりそうになって慌ててその考えは引っ込めた。そうこうしているうちに撮影は終わり、チェキで撮影された写真を受け取ると彼女はいい写真だとはしゃいでいて)
……、流石、アキちゃんだ。…それらしい人物が一人近くにいるがまだ判断がつかない。様子を見てみるけど少し警戒しててくれ
(返ってくる相手の声がこれが仕事の一環だと引き戻してくれる。事情を知っていても尚恋人同士にしか見えないのであればストーカーを誘き出すにも効果的という事だ、悪い事は一つもない。無意識に詰まっていた息を吐いてはパンフレットで順路を確認する。そこからは説明した通り比較的大きめな水槽が続き、その先からは各テーマに沿って小さな水槽が集まった部屋が何個かあるエリアになる。付いてきたストーカーを捕まえるならばその辺が良いだろう。適度な距離を持って2人の行動を後ろから追っていたが水槽ではなく一角のコーナーに向かっていくのを見れば何をしているのか気になって少し近付いてしまう。どうやら記念写真を撮るコーナーのようでそこに二人が並ぶとスタッフがカメラの様なものを向けている。二人がイルカのようなぬいぐるみを持ってお互いに頭を傾けている。その構図は温泉街で撮った時の物と似ていて、それに気付いた途端一段と胸が潰されたような痛みが走る。お互い笑いあってぬいぐるみ同士でキスをさせる仕草に気分が悪くなって舌打ちでも出そうだった。そこに居るべきなのは自分なのに。ここまでくれば体調不良の原因が二人の距離感や恋人のフリをしていることなのだと分かってしまう。昨日所長が良いのかと尋ねたのはこの事なのだろう。流石事務所を背負う所長の気遣いと観察眼だと感心の様な自嘲の様な言葉が漏れた。気付けば撮影は終わったようでその写真を見て彼女は喜んでいる。ぼんやりとその様子を見ていたが視界の端に今まで見なかった物が映る。水族館の来場客はカップルか家族連れ、友人同士などが多く大体2人以上の人が多い。その為単独行動をするのは珍しいようで時折自分も好奇な視線を向けられている。さりげなく視線を移すと黒っぽい服装をした若い男性が1人で水槽ではなく撮影スペースの方を見ているのを発見した。まだ確定ではないが怪しいと目星をつけるには十分な材料が揃っているだろう。モヤモヤした気持ちから逃げるようにそちらに意識を向けるようにすればインカムに触れ淡々とその情報だけを相棒に共有してさりげなく監視を続け)
よし、ならもう少しこれを続けて……と、どうした?
(撮影の最中インカム越しに相手が何かを呟いたように聞こえたがハッキリとは聞き取れず、その後怪しい人物がいると報告を受ける。こちらからはその人物は見えない、うまく群衆に紛れているのだろう。相変わらず相手は淡々とした口調だ、それに違和感を覚えながらもあまりインカムに向かって喋るわけにもいかない。短く返事をする途中、それを遮るように彼女に腕を引かれた。『みて翔太郎!あれ食べたい!』と興奮気味で指さされた先には海の動物の形に焼かれたカステラが売られていて、名物のひとつなのか人だかりが出来ている。彼女の提案を承諾すると早速カステラを買って少し離れた場所のベンチへと座った。イルカやカメやバラエティ豊かなカステラに彼女はご満悦のようで、カステラと自分をカメラに収めている。それをぼんやりと眺めていると、彼女はカステラをひとつ口にして『美味しい!』と笑顔を向けてくる。次いで彼女はクジラのカステラを摘むと、『あーん』とこちらへ差し出してきた。恋人なら当然する行為かとこちらからも体を少し寄せるとカステラを口へと入れられる。温泉街で相棒が突然これをしてきたなと懐かしい思い出が蘇った時に、何故こんなにも動揺しないのか分かった気がした。この行為も写真を撮ることも並んで水槽を眺めるのも、全てフィリップとしたい事だと自分が強く望んでいるからだ。今までしてきたこともこれからすることも、全ての事柄において隣には既に相棒であり恋人である相手の存在があって、その枠は埋まっていて誰が入り込む隙間もない。変な期待や憧れのせいで誰かに骨抜きにされたり胸が高鳴ったりはもうしないのだ。奇しくも目指す所である何事にも動揺しないというハードボイルドの姿に近づいているのだが、本人は気が付かない。ようやく自分の変化が腑に落ちると、晴れやかな気分のままカステラを咀嚼して「うん、美味いな」とこちらからも彼女に笑顔を返していて)
…っ、……。 …恐らくこの男が、ストーカーだろう。 今も君達を見ている。
(仕事に私情を持ち込むのは良くない。そうでなくとも他の人と距離感近いのが気に入らないなんて幼稚なわがままだ。そんな所を悟られたくなくて文章を読み上げるように状況報告を済ませる。だがインカムからは彼女の楽しそうな声とそれに応える相棒の声が相変わらず聞こえてきて思考が落ち着かない。写真の次は水族館ならではの形をカステラを購入して二人で食べるらしい。気を配るべきは男の方なのだがつい動向が気になって視線は二人の動きを追う。少し離れたところにあるベンチに座って写真を撮ったかと思えば彼女が相棒にカステラを口元に差し出す。これまでなら多少は狼狽えるハーフボイルドであるはずなのにそれを本当の恋人相手の如く当たり前のように食べる相棒の姿に何も無いのに呼吸が詰まる。こんな気持ちは初めてで嫌だ、という言葉が喉元まで出掛けたのを探偵の片割れの意地で何とか堪えた。そもそも恋人のフリなら適当に水槽を見ているだけでも十分なはずだ、必要以上にくっつくのは彼女が相棒に気があるからではと悪い方向に思考が引き摺られていき、気付けば手元のパンフレットを握り潰していた。どうにも感情の制御が上手くいかない。気持ちを切り替えようと男の方に意識を向けると同じくベンチの方をかっぴらいたような目で見つめていて何かを呟くような口の動きをしている。持ち物に目を移せば参考にと見せて貰ったファングッズのキーホルダーがリュックからぶら下がってるのが見えた。彼がストーカーで間違いないだろう。迷惑行為をしているということを除けば想いを寄せている人が他人と親密になって不愉快な気持ちは今痛いくらいに分かる。とはいえ依頼は依頼であり、例え気に入らない彼女でもこの街で泣いている人は無くすべきだ。長くくちを開けば余計な事まで言ってしまいそうで狙いが絞られ作戦が順調ということだけ手短に伝え次の指示を仰ぎ)
よし、かかったな。狭い場所に誘い込む……なぁ、次はあっちの部屋観に行かねぇか?
(相棒からストーカーを特定できたと報告を受ければ、その心情など露知らずカップルのフリが上手くいったとほくそ笑む。これだけカップルらしいことをしたのだからストーカーの怒りは相当なものだろう。それが相手にまで波及しているとは思い至っていなかったが。彼女に送られていた手紙の内容を見るにストーカーはいつ手を出してきてもおかしくは無い。あとはこちらがお膳立てしてやるだけだ。彼女がカステラを食べ終わったのを見れば次への行き先を相棒にも分かるよう指さす。指定したのは水域や地域で細かく分けられた各コーナーがある小さな部屋のうち、順路でいえば一番最後のエリア、深海魚のコーナーだ。早い時間にきたせいもあって他の客はまだその部屋にたどり着いておらず、かつ深海魚のコーナーは暗くて狭い、襲うのなら絶好の場所だろう。ベンチから立ち上がると彼女は当然のようにこちらの腕へと抱きついてきて、そのまま館内の奥へと進んでいく。やがて深海魚のコーナーにたどり着けば部屋の中は暗く静かで狭く、薄ぼんやりとした明かりで照らされた水槽が並んでいた。じんわりと寒いのが余計に不安を煽る部屋だ。『暗いとこ怖いね…』と呟きこちらの腕を強く握る彼女に大丈夫だと声をかける。幸い人はおらず周囲に迷惑をかけることもなさそうだ。こちらを襲うのであれば絶好のチャンス、周囲に神経を張り巡らせながらゆっくりと暗がりの道を進んでその時を待っていて)
分かった。 ____ 翔太郎、今そちらへストーカーが向かった!
(指示を受けると短く返事をする。この依頼さえ片付ければ2人の姿も見なくて済む。 相棒が彼女を誘導したのは深海魚のコーナーだ。薄暗く狭い場所は襲撃するには最適な場所であるし、周囲に被害を与える心配がない分こちらにも利がある。再び彼女が腕に抱きついて近い距離感で中に入っていくのを胸の痛みを無視しながら見届けると入口付近の壁に背中を預けて休憩の定を取りながらも密かにバ.ッ.ト.シ.ョ.ッ.トを起動して隠し撮り出来るように設置しておく。相棒の腕があればその場で取り押さえて警察に引き渡せるだろうが、犯行映像があるに越したことはないだろう。男はこれが罠とも知らずに薄暗い所に向かったことをこれ幸いとニヤリと笑って恐る恐る中の様子を伺うように深海魚コーナーへと近付いていく。すぐ側にいる自分には目もくれない辺り大好きな彼女とそれを奪った憎い相棒しか眼中にないのだろう。他の客が誤って入ってこないように注意を払いながらもいよいよ自分の隣を抜けしっかりと見える範囲で恋人らしく寄り添う2人を見て逆上したのか『オレの天使に触れるなァ!!』と大声をあげて走り出した。こちらも焦った声でその事をインカムで伝えながらも万が一に備え自分も後ろを追い二人の元に向かい)
あぁ、任せろっ_____
(背後から怒気に溢れた大声が聞こえてくる、直後インカムからは相棒の声が聞こえて、小さく笑みを浮かべた。どうやら完全にこちらの術中に嵌ったらしい、これで彼氏役もお役御免だ。腕を抱えていて彼女の手を外すと、軽く距離を取るよう促すようにその体を軽く押してから後ろへと振り返る。叫んでから走り出してくれた分対応するには十分な時間があって軽く構えをとった。こちらに殴りかかってきたストーカーの拳を避け、その腕を掴むと同時に足を引っ掛けて体勢を崩させる。そのままうつ伏せで床に沈めると、ストーカーの腕を押さえて拘束し「彼女がお前の天使なら泣かせるんじゃねぇよ」と言い放った。こちらに走ってきていた相棒に自分が無事であるのを告げるようにニヒルに笑ってみせる。その後の対応は早くて、ストーカーが叫んだおかげかすぐに警備員が駆けつけてきた。事情を説明する手早く警察を呼んでくれたようで、あとの事は警備員と警察に任せる事となった。薄暗い深海魚コーナーを出て明るい通路へと戻る。警備員に連れていかれながらこちらを恨み辛みが籠った目で睨んでくるストーカーを一瞥したあと彼女の方へと向き直った。恐怖の元凶たるストーカーが捕まって心底安心したのか明るい笑顔で『とっても助かったよ、ありがとう!』と礼を言われる。これで一件落着だと彼女へ返事をしたあと、隣に並ぶ相棒の方へと目線を移して)
流石翔太郎、お手柄だ。____ 、今から警察の方で簡単に事情聴取があると思うからその時にストーカー行為についても報告するといい。依頼料は落ち着いた時にでも払いに来てくれ
(念の為に後を追ったが杞憂だったようだ。武器を持っているかその道のプロでも無ければ相棒が押し負けるということは滅多になく、案の定今回のストーカーも無事に取り押さえられていた。作戦は成功だ。相手を讃えるように声をかけると騒ぎを聞きつけて他の客や警備員がやってくる。簡単に事情を警備員に説明すると直ぐに警察にも連絡を入れてくれた。恨み辛みを吐く男の身柄を警備員に引き渡せば探偵としての仕事はこれで終わりだ。明るい通路の方に戻ってくれば彼女は安心したのか明るい笑顔で礼を言う。改めて近い距離で彼女を見れば若.菜.姫.以外の女性に興味がない自分でも可愛らしい印象を抱く笑顔で配信上で熱狂的ファンが出来るのも頷ける。そんな彼女と先程まで相棒が近い距離にいたのだと思うとまた変な考えが頭を過ぎった。それを知る由もない相手が彼女に返事をした後、こちらに視線を向けて久しぶりに目が合う。だが先程まで身勝手な感情に支配されていた手前、向けられる視線に気まずさを感じて直ぐに逸らすと彼女の方を向く。今回取り押さえた容疑は襲いかかろうとした件であるが、彼女が事情聴取で経緯を説明すればストーカーの罪にも問うことが出来るだろう。その事と依頼料の成功報酬など依頼完了における事務的なことについて淡々と説明していく。ちょうど警察もやってきたようで『本当にありがとう、色々終わったらまた事務所に行くね』と明るく告げて最後に大きく手を振りながらも事情聴取の為に去っていった。そんな彼女の方を向き見送りながらも「無事、解決だ」とだけ呟いて)
困ったことがあったらまたいつでも来てくれ。……だな。___フィリップ、お前なんか今日変じゃないか?彼女が可愛くて緊張しちまったのか?
(依頼も無事終わり互いを労うところだろうと向けた視線だったが、何故だがすぐに相手の視線は明後日の方向へと逸らされてしまった。インカムでの会話といい、ずっと胸に漂っていた違和感がさらに膨らむ。ひとまずは事後処理として事情聴取に向かう彼女に軽く手を振り返してその姿を見送った。最後まで明るく元気だったが、これで彼女がもう自分を狙う影に怯える心配はない。ネット配信をする限りああいう輩はまた出てきそうだが、彼女が無事であるのを祈るばかりだ。相棒の呟きが聞こえてきて同意するよう頷き隣をみるも、相変わらず目線は合わない。彼女が十分離れてから視線をあわせようとその顔を覗き込む。相変わらず目線は彼女が去った方を見たままだ。依頼を終え事件はひとつ解決したというのに浮かない様子なのも気になる。いつもならば周囲の水槽に奪われそうな目線も物憂げにみえた。黙っていても仕方がない、相手の真意を探るべく冗談めかして未だ視線を向けた先にいる彼女のことを話題に出してみて)
いつも通りだよ。…そうだね、彼女は可愛らしくて明るくて楽しそうだった。…君も、デート楽しかったかい?
(彼女が見えなくなった頃に顔を覗き込まれるがまだ目線を合わせたくなくて水槽の方に移しながら応える。大きな水槽は風.都.近辺に生息している生物を展示しているスペースのようで光が差し込む中を魚達が優雅に泳いでいる。依頼も解決して相手の彼氏役も終わったのにざわめくようなこの感じは何だろうか。冗談めいた口調で彼女を評する『可愛い』という言葉にすら心が揺らぐ。相手の問いに依頼時と後ろで二人を観察した際の印象を語っていく。可愛らしい見た目で常に明るくてスキンシップにも慣れているようだった。相棒に唐突なことを言って振り回さないし皮肉や憎まれ口も言わない。この少しの間見ているだけでも一緒に居たら楽しいと思える、好意を持てるような子だった。そう頭で考えるだけでまた胸が締め付けられて落ち着かない。ゆらゆらと逃げていた視線を相棒の元に戻すとあくまでいつも通りを装うぎこちない笑みと共に静かに今回の作戦の感想を問いかけて)
彼氏のフリでも彼女がちょっとでも楽しめたなら良かったけど……俺は仕事だから楽しいも何もねぇけど……ちょっと待っててくれ
(わざわざ顔を覗き込んでこちらから目線を合わせたのにそれさえも逸らされてしまった。こうなると偶然ではなく明らかに避けられているようだ。茶化して彼女の話題を出したが心の籠らない感想が返ってきて、その声色も今にも震えそうなほど覚束無い。明らかに様子のおかしい相手を見ていると、ようやく相手の視線がこちらへ向く。だがその顔にあったのはなんともぎこちない笑みで、先程まで水槽に目線が向いていたはずなのに早く見ようなんて好奇心を輝かせるわけでもなく、依頼は成功だと喜ぶ顔でもない。そんな顔で問われたのは今回の依頼の感想だ。あくまで彼氏のフリを依頼としてこなしただけのはずだったが、相手から見れば自分はよっぽど楽しく見えたのだろうか。自分の隣には相手しかいないと確信したばかりだというのに、相手に不安を抱かせてしまったのだろうか。首後ろに手をやりながら一応返事をするが、きっとこれでは相手は納得しない。相手をこんな顔にさせたままここから動くことは出来なかった。暫くの沈黙のあと相手に断りを入れてからス.タ.ッ.グ,フ.ォ.ン.を取り出し電話をかける。電話先は所長だ。ひとまず依頼完了の連絡を入れたあと、今の状況を説明する。何度かやり取りしたあと『ほらみなさい!』と叫ぶ声が聞こえてきて思わず電話口から耳を離した。その後何度か謝るのと頼むのとを繰り返したあとに電話を切ると相手と改めて目を合わせる。探偵としての演技で彼氏役ならいくらでも出来る、だが本当の意味で自分からこの言葉を言うのは気恥ずかしい。しかしここで臆していては相手の顔は晴れないだろう。一呼吸置いたあと「今から水族館回らねぇか?……デートってことで」と絞り出すような声でいって)
これが仕事の一部なのも分かっている…ごめん、変な事を聞いたね。……、ああ。
(相手の困ったような口調の返答に自分の問いの失態に気付いて視線を伏せる。ストーカーを誘き寄せる為の彼氏役という仕事を相棒は全うしただけで悪い所は一つもない。自分が変な方向に捉えて考えてしまっているだけだ。その感想を聞かれても当然困惑するしかないだろう。半分自分に言い聞かせるように呟いてから謝罪を挟んでその問いを撤回する。それでも変なモヤモヤが胸に引っかかったままで暫し二人の間に気まずい沈黙が流れる。帰ろうか、と口を開きかけた所で相手がス.タ.ッ.グ,フ.ォ.ン.を取り出し電話をかけ始めた。曖昧に返事をした後にその様子を眺めていると電話口の口調や内容から恐らく所長相手なのだと予想がついた。今に至るまでの過程を相手が説明して何度か問答の後少し離れたこちらまで響く所長の叫ぶ声が聞こえて思わず小さく笑ってしまった。それから何やら謝罪とご機嫌を取るようなやり取りが続いたかと思うと電話が切られた。話の流れについていけずにぼんやり見つめていた相手と目が合う。何を言われるのか分からずに身構えていた所に一呼吸置いて絞り出すような声でデートの誘いをされると思いもよらないことにぱちりと瞬きを挟む。変な方向に進んでいた頭ではその意図に気付くのに時間がかかって「…僕とかい?」と相手を見つめながら確認するように尋ねて)
か…………可愛くて、超美人で、とっても優しい俺達のアキコ様が、水族館楽しんで来て良いって言っててな。……せっかくこんなとこ来たのに仕事だけして帰るなんて勿体ねぇだろ?お前は初めてだろうし、それに……俺は水族館を回るならお前とがいい。だから、俺とデートしてくれ。
(瞬きのあとに尋ねられた問いに頷いて答える。口を開こうとしたが言葉に躓いてまた変な間が生まれた。その後は不本意を顔全面に押し出しながら、先程所長に指定された言葉を一言一句そのまま伝える。様付けして讃えるなんて大変不本意ではあるが、こちらの願いを許してくれたのだから文句は言えない。所長のお言葉を言い終えて深々とため息をつく、ここからは自分の言葉だ。相手はやはり心ここに在らずといった雰囲気で、不自然に挟まれた謝辞も互いに気まずい空気が流れただけだ。相手の様子がおかしい理由が全く分からないほど鈍感でもなく、またさっき所長にはその件で怒られたわけで、このままで良いとは微塵も思わない。最初こそ目線を漂わせながらつらつら理由を並べてしまったが、やがて意を決したように真っ直ぐと相手を見つめる。近くに人はいないがそこらに人は行き交っていて公衆の面前でこういう事を言うのは最大限に恥ずかしいが、目を逸らさず、ハットで顔を隠さず、あの時感じた思いを素直に告げると改めてデートへと誘って)
…アキちゃんらしい伝言だ。 …君はいつだって僕が欲しいと思った言葉をくれるね。…勿論喜んで受けるよ。僕も、翔太郎とデートがしたい
(言い淀むような仕草の後、あからさまに言わされているという顔で所長を讃える言葉を並べる物だから自然と強ばっていた表情が綻んだ。恐らく電話口でそのまま伝えろとでも言われたのだろう、先程の対応も合わせて容易に想像つけば感想を口にする。溜息を挟んでつらつらと理由が並べられて行く内に自然と視線は相手の目の方に向き、再び重なった。真っ直ぐと向けられる視線は真摯な決意が籠っているようで逸らすことは出来ない。そしてハットなどで隠されることの無いまま想いと再度のお誘いをされると瞳が分かりやすく揺れて、強がりだとか意地などが取り払われた素直な気持ちがこみ上げてきた。いつも通りを取り繕うとしても相棒の前ではお見通しらしい。そして自分でも分からなかった掛けて欲しい言葉をくれるのも相棒だ。観念したように呟けば無意識に張っていた緊張だとかが解けて気分も幾らか楽になる。自然な微笑みを浮かべながら相手を見つめればこくりと頷き、自分の本当の想いを伝えて)
フィリップ……お前も、そう思ってくれてるなら良かった。よし、それならメインの水槽観にいこうぜ。めちゃくちゃデカいから覚悟しとけよ?
(嫌々言わされた所長のお言葉だったが、相手の表情を緩ませる良いキッカケになったようだ。こちらが意を決して伝えた言葉は相手の瞳を揺らして、何故かその様子に胸が詰まる思いになる。ようやく戻ってきたいつもの笑みにこちらも笑顔を返そうとするが、ストレートにデートに行きたいなんて相手から言われてしまえば心が踊るほど嬉しいのに決して誰にも聞かれたくない程に恥ずかしくて、口角はあがりそうなのに眉は下がるチグハグな顔になった。自分でも同じ言葉を言っているというのにあからさまに目が泳ぐとハットに手をかけ明後日の方向を見やる。彼女といた時はあれだけいろいろあっても何も感じなかったのに、この恋人の前ではすぐこれだ。気を取り直すように息を吐くと、雰囲気を変えようと相手の肩に腕を回して声色も明るくする。展示コーナーはいろいろとあるがまず行くべきはこの水族館の名物である巨大水槽だろう。入口にあったものよりももっと大きな水槽だ、そこには相棒の見た事のないものが沢山ある。メインの通路を指さすとそちらへ促すよう回した手で肩をポンポンと叩き)
さっきまでのスマートな彼氏役の顔が嘘のようだね。そんなに大きいのかい? なら早く見に行こう、翔太郎!_ …綺麗だ。
(胸に溜まっていた黒く重たい不安が注がれる優しさで溶けていくようだった。ようやく本調子に近い形に戻ってきてこちらからもデートへの願望を口にしながらそれを受け止めた相手の顔は口角と眉の動きが釣り合ってなくて何とも変な顔だ。彼女に対しては狼狽えることなくそれこそハードボイルドにも近い振る舞いをしていたがすっかりハーフボイルドに戻ってしまっている。それが面白くもあり自分の前だからこそだと思えば優越感を満たして明後日の方向に逃げる相手に揶揄いの言葉を投げた。所長から許可も貰ったことだし今からは純粋なデートだ。肩に腕を回され明るい声でこの水族館の目玉である巨大水槽に行くことを提案されるとすかさず食いつく。余裕がなく十分には見れてなかったが入口の水槽も壁と同じくらい大きかったのは覚えている。だが相手の口ぶりからそれよりも大きなことが伺えて不安が消え去った今、興味を引くには十分過ぎる響きだ。促されるまま一歩を踏み出して好奇心に輝く瞳で相手に呼びかけると肩に回された腕を掴んで引っ張るようにメインの通路へ進んでいく。生体の解説パネルのコーナーを抜けると吹き抜けの大きなスペースに人の身長の何倍もある水槽が展示されていた。入口にあったものよりもずっと大きく色とりどりの魚からエイなど全長の大きな生物までその水槽内を泳いでいてその迫力には圧巻されるものがある。思わず立ち止まり視界いっぱいに巨大水槽の光景を写して目を奪われながら感動のあまり単純な印象だけを呟いて)
仕方ねぇだろ!彼氏のフリすんのと、本当の彼氏じゃ話が全然違うっつーの……っ!ちょ、待てフィリップ!…___だろ?いろんな魚がいてずっと見てても飽きねぇんだ
(彼女と居た時とまるっきり反応が変わってしまっている自覚はあって、それをまんまと揶揄われてしまうと大きな声を挙げるしか反論のしようがない。相手の調子もすっかり戻ったのか案の定巨大水槽の話に食いついて、沈んでいた瞳は一気に好奇心で輝き出す。ようやくいつもの輝きを取り戻した表情に思わず見惚れていると肩に回していた手を掴んで引っ張られてしまった。思わず声をあげるも、その声は嫌でも弾んでしまっている。やはり相手はこうでなくては。この腕を引くのも、この胸を乱すのも華やかにさせるのも、相手しか有り得ない。パネルコーナーを通り抜け狭い通路から一気に視界が開けるとこの水族館一番の巨大水槽が目の前に現れた。世界で一番広い海、太平洋を模した水槽には様々な魚や海亀、サメなんかも泳いでいる。まるで海の中に入ってしまったのではと錯覚するほど大きな水槽を相棒の隣でみあげる。人間よりも大きな動物が優雅に泳ぐ姿はいつまでも見ていられて、風.都.でもお気に入りの場所だ。相手の方を見遣れば同じく水槽を見上げていて圧倒されたのか小さな呟きだけが聞こえてきて、その様子に自然と笑みが浮かぶ。このままいつもの空気を取り戻すことだってできるだろう。だが、あの時の相手の気持ちをまだきちんと聞いてはいない。沈む顔の中で何を思ったのか、きちんと相手に向き合いたいと思った。そして自分が思ったことも伝えておきたい。この雄大な水槽の前では幾らか冷静に話もできるだろう。水槽だけが輝く薄暗い空間で「彼女といる時、俺そんなに楽しそうに見えたか?」と静かに問いかけてみて)
(/年明けくらいに1000レス到達かな、なんて思っておりましたがあっという間にここまで来てしまいましたね。改めましてこのトピでもこんなにたくさんやり取りしていただきありがとうございます。毎日検索様のお返事を今か今かと待ってしまって更新を見かけるとすぐお返事してしまうので、検索様を急かしてしまっていないか不安になる時があるのですが、今まで通りお互いのペースで楽しくやっていきましょう。二人の関係が少しずつ親密に変わっていく過程とても楽しませていただいています。これからもどうぞ末永くよろしくお願いします。)
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