相乗りで何処までも 【 〆 】

だからだよ、翔太郎。常に共にいるからこそ待ち合わせという行為を今までした事ないことに気付いたんだ。丁度明日は休みだろう？ ならば今日僕は事務所に泊まって君は自宅に帰れば明日待ち合わせが出来る。
(どうやら待ち合わせについては相手も知っているらしい。ならば詳しい説明は省けて好都合だ。待ち合わせする必要が無いとツッコミを受けると分かってないとばかりの口調で言葉を続けた。恋人になって色々経験はしたがその第一段階をすっとばしてしまったのだとしたら今からでもやらないと気が済まない。それに滅多にする事のない待ち合わせをした時の相手の反応だって気になる。丁度明日は所長が用事があるからと事務所自体が休みだ。ナイスタイミングだと興奮を隠しきれない様子でその事を告げると待ち合わせをする為の一つの策を出す。そもそも別々な所から出発してバラバラに集合場所に着かなくては待ち合わせは成り立たない。ならば今日は自分が事務所に泊まって一夜を明かし、明日それぞれが自宅と事務所を出れば良い話だと得意げに説明して)

だからその必要が…え、……ったく、わかったよ。こうなったらもう検証するまでテコでも動かねぇだろうしな
(とりあえず抵抗はしてみたのだが案の定相手を動かすことは出来なかった。確かに明日は休みで思いつきを試すのにはピッタリだが、先日の件もありなるべく一緒に行動するべきだという思いはある。どうにかならないかと思っていた矢先今日は別々の場所で泊まることを提案され、今晩一緒に過ごせないのが寂しくて反射的にノーを口にしてしまいそうになる。だがそれを伝えるのはあまりにも恥ずかしくて女々しいような気もして外へ出る前になんとか言葉を飲み込んだ。ここで言葉を引っ込めてしまえばもう相手を止める事は叶わずしぶしぶ了解の返事をする。待ち合わせをするだけであとはいつも通りだと考えれば特に問題もないだろうと無理やり納得することにした。万が一も考え集合場所は人の多い場所がいい、「なら駅前に集合でどうだ？」と待ち合わせの定番場所を提案し)

分かってるじゃないか。それで構わない、僕がデートプランを立てるから君はいつも通り来てくれれば良い。
(別々な場所で一夜を過ごすことを提案すれば分かりやすく相手が動揺する。休みの前の夜を別々に過ごすのは寂しくもあるが一般的な恋人は約束をして同じく別々に準備する物だと思えばそれも検証してみたい過程だ。了承の返事がされるとぱっと表情を明るくして続いた場所の提案にも頷く。調査で通りかかった様子を見る限り定番の待ち合わせスポットなのだろう。待ち合わせの約束を取り付け、その流れで当たり前の様にデートプランを立てることを買って出ると「楽しみにしてるよ、翔太郎」と期待を前面に出した笑みを見せて)

え、お前が？ってかそのまま出かけんのかよ……まぁ、それなら明日は一日お前のデートプランってやつに乗ってみるか
(こちらが待ち合わせを了承すると相手の顔は途端に明るくなる。待ち合わせくらいならと思っていたがその後さらりとデートの文字が並び目を瞬かせた。デートが既に決まっていることもさることながら相手がプランを考えるとは驚きだ。この街をよく知る身としてエスコートすることは良くあってもされることはほとんどない。珍しい事態だが相手がどんなプランを考えるのか興味半分恐ろしさ半分ほどあって、結局は相手が自分とどこに行きたいと思ってくれているのかの興味が勝って頭を掻きながらデートも了承することにした。その後は事務所でいつも通りの時間を過ごす、店じまいの時間になれば一人で家へ帰る準備をしその間に少々の寂しさを感じつつも身支度を終えれば「じゃあ…明日楽しみにしてる。おやすみフィリップ」となるべく平静を装って声をかけ)

おやすみ、翔太郎。
(待ち合わせをしたらその後は当然デートをする流れなのは当然のことだと思ったのだが相手にとっては違うららしい。それでも最終的に承諾を得ることが出来れば満足げな表情を浮かべていた。それからはいつも通り事務所で事務作業なり読書なりをして時間を過ごし店じまいとなれば相手を見送る。関係を深める前は良くあることだったが最近では何も無い状態で相手を見送ることは珍しい。若干の方が寂しさを覚えながらも別れの挨拶を告れば相手を見送った。事務所兼ガレージでデートプランを検索と知り合いに相談などして組み立てると事務所奥の簡易ベッドで一夜を過ごした。いつもより広い場所で寝るのは少々違和感があったか無事目的だった時刻に目を覚まし朝の準備をする。クリップの代わりに女子高生の情報屋に貰った緑と紫のアメピンをつけ、冬支度として買ったジャケットを身に纏う。一夜を別々に過ごすと会いたい気持ちは高まるばかりでいつも以上に鏡に向き合って再度身支度を整えると事務所を後にした。記憶を頼りに駅前の特徴的な時計台の前に辿り着いたが楽しみにし過ぎて約束の30分前についてしまった。まだ相手は来ていない様子で近くのベンチに腰がけると駅に向かう人々の服装や様子を観察しながら相手が来るのを待って)

随分早い到着だな。おはようフィリップ
(事務所から一人で帰り一人で部屋にたどり着く、数年前までは当たり前だったはずなのに今やこれでは落ち着かない体になってしまっている。部屋に入っても一人であれば口を開くことはなく淡々と着替えてやることもなくそのまま風呂へ直行する。少し前に相手が入院していた時と同じ状況なのも相まってずっとそわそわと落ち着かなかった。前回と違うのは明日会える時間が決まっている事、そう一度考えてしまえば早くその時間にならないかとまだ寝てもいないのに気持ちが急いてしまう。風呂から上がっても相手が今何をしているのか何を考えているのか気になって思考が落ち着かない。まんまと待ち合わせという行為の醍醐味を味わうことになってしまい頭から相手のことが離れなくなってしまった。物足りない部屋でいつもより早い時間に無理やりベッドに入ると目を瞑る。しかし結局は相手のことが頭から離れず眠るのには随分時間がかかってしまった。翌日起きてからは身支度をいつも通りに整えるも鏡の前に立つといつも以上に髪のセットが気になってしまって気づけば倍の時間を使ってずっと髪をいじくってしまった。ただ二人で別の場所で寝て翌朝に会うだけなのにしっかりと相手に振り回されているのに自分で呆れるような、しかし心地良いような、そんな気持ちを抱えて待ち合わせ場所へと向かった。集合時間にはまだ20分ほどあるはずだが相手はすでに駅前にあるベンチに座っていて、ようやく会えたと気持ちが弾めば自然と早足になって近づき声をかける。いつものクリップではない髪留めが目に入ると「気合い十分だな」なんて揶揄うように言って)

おはよう、翔太郎。せっかくの機会だから使ってみようと思ってね、お互い早く来すぎてしまったようだ。
（一人で外に居ることもそうそうあることではない。駅前では同じように待ち合わせをしているであろう人々が居てこの中に混じっていることに嬉しさの様なものを覚える。そうして辺りを観察しながら待っていると近づいてくる足音に気付いて顔を向ける。そこには待ち望んでいた恋人の姿があって自然と口元に笑みを浮かべながら朝の挨拶を交わす。たった一晩連絡も取らずに別々に過ごしていただけなのに会えただけで心は随分と浮かれてしまってこれが待ち合わせの効果なのだと実感していた。相手を見れば心なしか髪がきっちりとセットされていて服も皺一つないように見える。鏡の前でセットする光景を想像すれば微笑ましく、こちらもいつもと違う髪留めの説明をしつつ時計に目をやればまだ待ち合わせの20分前だ。事務所に居ても落ち着かず周囲の観察やデートプランの整理を兼ねて早めに来たつもりだったが相手も楽しみで早めに来てくれたのだと思えば口元は緩んで仕方ない。予定よりも少し早いがその分長くデートを楽しもうとベンチから立ち上がり「じゃあ行こうか」と声を掛けて移動を開始して）

デートで遅刻はご法度だからな
(相手に声をかければその顔に笑顔が宿る、それだけでずっと自分に足りなかったピースがはまって胸が華やぐのがハッキリと分かる。たった一晩会わなかっただけでこのザマだ。どうやら相手も待ち合わせからのデートで身支度と集合時間に気合いを入れてきたらしい。この瞬間を待ち焦がれていたが相手も同じような気持ちだったのだろうと思えばこちらも自然と口元は緩んでしまう。すっかり待ち合わせの魅力にやられて相手に会えた嬉しさだけで浮き足立ってしまいそうだ。二人とも集合時間にはかなり早い集まりようだが二人揃ったのなら二人の時間を過ごすべきだろう。気取った返事をしながら早速歩き出す。今日はここからも未知の時間だ、今までは大抵相手のリクエストに応えて街を案内したりこちらが知っている場所に連れて行ったりしていたが今回は相手に案内される側だ。相手が昨夜考えたであろうプランに期待を膨らませていたが「それで、最初はどこに行くんだ？」と結局は我慢が効かずに行き先を聞いていて)

それは着いてからのお楽しみだ。＿＿ この前、この映画に興味があると言っていただろう？
（やり取りをしていれば相手の口元が緩んで機嫌が良さそうに見える。準備をして待ち焦がれていた分相手と過ごせる事が嬉しくて気取った返事にも笑みが零れた。いつもとは役割が逆で今日は自分が案内する側だ。第一の目的地に向かっていると相手に行き先を尋ねられる。この街のことは相手の方が詳しいが行き先が分からず連れられるのはあまりない経験なのだろう。せっかくの機会だ、行き先を秘密にすると商業施設などが立ち並ぶエリアへと歩みを進める。それから少ししてたどり着いたのは最近改装工事を終えたばかりの映画館だ。調べてみると映画を見るというのは定番のデートコースらしい。上映されている作品のポスターが壁に並ぶ中、以前相手が面白そうと反応を示していたアクション映画のポスターの前に立つとその事を告げてみる。この映画は公開されて間もないがアクションはもちろん、主役二人のバディの絆やサスペンス要素もかなり評判の良い作品らしい。少なくとも自分がここに来てから相手が映画を見たという話は聞いたことがない。勿論自分も映画を見た事が無く二人で特別な体験をするには悪くないチョイスだろう。「これが君の分だ」と事前に買っておいたチケットを差し出して）

なら行き先は聞かないでおくか____、…よく覚えてたな。デートとしてはド定番だけどお前とは来たことなかったか……ありがとよ
(幼い頃から庭にしてきたこの街で目的地が分からずに歩くなんて事は滅多にない、その珍しさだけでも既に浮き足立っていたが行き先を秘密にされてしまうとさらに期待度は上がってそれに伴い口角もあがってしまう。気持ちをなるべく表に出さずクールに返事をするのも一苦労だ、その気持ちが顔にしっかりと出ているのはまた別の話ではあるが。相手について歩きたどり着いたのは改装したばかりの映画館、改装後に入るのは初めてだったが相手がひとつのポスターの前で立ち止まるとこちらも足を止める。そして観たいと言っていた映画のチケットを差し出されると思わず目を瞬かせてしまった。てっきり相手がやりたいことをやるのだとばかり思っていたのに蓋を開けてみればこちらの観たい映画がチョイスされている、チケットも調達済みとは完璧なエスコートだ。予想外のスマートさと何気なく言った一言を相手が覚えていた嬉しさとで胸にじわりと幸福が滲む、だが気恥ずかしさも相まって首の後ろに手をやりながら緩みそうになる口を無理やり引き締めながらぎこちなく笑みを浮かべていた。相手がこちらを思ってここを用意してくれたのだと思えばまたじわじわと嬉しさが込み上げて礼を伝えながらチケットを受け取る。このままでは顔に赤色がついてしまいそうでその前にと「ポップコーン買おうぜ、二人で分けられるやつ」と映画には欠かせない定番の食べ物を提案し)

ここなら君と初めてが共有出来るし、たまには違う世界に没頭する経験も悪くないと思ってね。あぁ、せっかくなら塩とキャラメルがどっちも入っている奴にしよう
(デートプランの初めが相手の気になっていた映画を見ることだと明かせば分かりやすく相手の目が瞬いた。その後緩みそうになる口を無理やり引き締めようとしてあまり出来てないヘンテコな顔になっていてまた一つ笑みが深まる。この表情が見られるなら少し遠回りして待ち合わせ前にここに立ち寄ってチケットを購入した甲斐があるというものだ。年齢や経験の差で相手の初めては多くは無いが映画なら初めて見る物語を共有し没頭が出来る。最近は厄介な依頼やメモリの多かったから現実を忘れてフィクションの世界に没頭するというのも息抜きにはなるだろう。映画館という施設への知的好奇心が決め手なのは内緒ではあるが。チケットを受け取った相手から中で食べるポップコーンを提案されると二つ返事で同意を示す。売り場に行けば色々と種類があるが初めてなら定番が良さそうだと塩味とキャラメル味が半分ずつ入った大きいポップコーンとドリンクを2つのペアセットを注文する。目の前で器にポップコーンがたっぷり入れられトレイのようなものと一緒に受け取ると「ん、美味しい」と早速一つつまみ食いをして感想呟き)

初めてを共有、か……あ、おい！まだ席にもついてねぇだろ！
(映画を選んだ理由が初めての共有だと聞けばその言葉を噛み締めるように繰り返して緩むを通り越して溶けそうになる顔を必死にいつものクールな探偵のものに戻そうとする。当然戻っていないのはさておき、相手の言葉が何度も脳内でリフレインして響いている気がした。記憶喪失をしていることもあり初めてを経験する機会は圧倒的に相手の方が多くて自分はその瞬間を視界に収めるのを楽しみにしてきた。だからこそ初めてを共有するというのも珍しい機会でそれを相手が望んでくれた事に胸がポカポカと暖かくなるような嬉しさと照れが襲い来ていた。相変わらず変な顔のまま映画の定番を購入する。二つの味のポップコーンと二つのドリンクがついたセットはまさに二人客の為に用意されたもの、それを相手と分け合っているのにさえ浮かれてしまう。買ったものは二人で分けるのは常だがペアセットを二人で食べるのもデートのド定番であり恋人の象徴なような気もして変な顔のままそれらが受け取られるのを見ていた。相手は目の前に現れたポップコーンを早速つまみ食いしていてその素早さに思わずツッコミを入れる、だがそんな些細なハプニングさえ楽しいと思えるのだからどうしようも無い。ちょうどそのタイミングで予約した映画の入場案内が入って「中入っちまおうぜ」と案内に従ってシアター内へと移動し始めて)

ちょっとくらい構わないだろう。……この席のようだね、見たことの無いくらい大きなスクリーンだ。後ろのアレがプロジェクターかな
(きっちりと決まった髪型なのに肝心の顔は落ち着きが無くてとてもじゃないがハードボイルドな探偵には見えない。だが今日デートしているのはありのままの相手なのだから寧ろ愛おしく思うばかりだ。二人ならば丁度良さそうだとチョイスしたペアセットを購入してつまみ食いすると素早くツッコミが入ってしまう。そこそこ大きな器いっぱいに盛られているのだから少しくらいセーフだろうと子供みたいな理屈をこねながらも今からこれを分け合うと思えば浮かれてしまう。ちょうど入場案内が始まると相手の言葉に頷いて入場口に向かってチケットを見せシアターへと向かう。初めて入る映画館に視線があらゆる所に向かいながらもシアターに入り自分達の席を探す。真正面のやや後方辺りという一番良い所に取った自分達の席を見つけると早速座ってみる。肘置きのような所にペアセットのおぼんの窪みをセットすると劇場内のキョロキョロと見渡す。平日の午前中ということもあって客は思ったより少ない。目の前には一面を覆うような巨大なスクリーンがあって左右にはスピーカーらしきものが設置してある。後ろを振り返ると映画の映像を映し出すプロジェクターのようなものが見えて事前に調べた事が現実で確認出来たことに興奮気味に観察を続けていて)

ここのスクリーンは風.都.の中で一番デカいスクリーンだって宣伝してたからな。……映画館の席について最初にプロジェクター確認すんのはお前くらいなもんだ
(つまみ食いを制止すれば相手が駄々をこねる、やれやれと呆れるもその顔は相変わらず緩みっぱなしでこの何気ない会話でさえ胸が弾む。なんせ相手にとって初めての映画館で、二人で観る初めての映画で、二人でポップコーンのセットを分けて食べるのも初めてだ。そのどれもが思い出になる瞬間だろう。シアターに向かう間相手の視線は忙しなく動いている、中に入って中央後方よりの一番良い席に関心している間も相手の知的好奇心は収まる気配はなかった。改装したてということもあり中は綺麗で広くオマケに看板であるここのスクリーンは見上げる程の大きさで迫力も抜群で見回したくなる気持ちも分かる。だがいの一番にプロジェクターまで確認する人間は極少数だろう。全く落ち着きを見せない相手を楽しげに眺めていると幕間に流れる宣伝映像が流れ始める。本編がバディもののアクション映画とあってそれとなんとなく関連のある映画の広告が順に流れていく。同じようなアクションものやスパイアニメ、巨大生物との戦いやシリーズのヒーローものまで様々だ。ポップコーンをつまみながらその映像を横目に見ていると「予告で気になった奴をまた観に行きたくなっちまうんだよな」とまんまと広告の手法にはまっている呟きを零していて)

あの巨大スクリーンに映像を綺麗なまま投影する技術に興味は無いのかい？ そもそもプロジェクターの仕組みは…、…そういう目的の広告だからからね、…気になったならまた一緒に見に来れば良いだろう
(物珍しいと言われると逆に興味が湧かない方が驚きとばかりに問いかける。一般的に距離が遠くなるほど対象が大きくなるほどハッキリと綺麗な像を結ばせるのは難しい。その技術の素晴らしさを相手にも伝えようと説明しようとするがその前にスクリーンに宣伝映像が流れ始めた。そちらに視線を奪われ、大画面で見る映像を真剣に眺める。今回の映画と関連があるようなジャンルの近日公開予定の予告が流れ、横から相手の呟きが聞こえてくれば冷静にその意図を考えて言葉を返す。今まで映画には殆ど関心はなかったがここまで様々な種類の映画が作られ公開されているのは初めて知った。まだ映画を見終わっては無いが何度でも相手と初めてを共有したい思いは強く気付けば思ったことを素直に口にしていた。一通り予告が終わると照明が落ちて暗くなっていく。スクリーンの光だけが目立つようになると「そろそろだね」と楽しみの隠しきれない小さな声で告げ視線を前に向ける。少しもしない内に映画が始まって)

だな、ここならいつでも来れる
(こちらの揶揄う言葉に相手は大真面目に返事をしてきてあわやプロジェクターの解説が始まってしまいそうだったがその前に予告が流れ始め相手の興味もそちらに向いて一安心する。予告で流れる映画は同じ類の映画だけあって心擽られるものばかりだ。大スクリーンの体験も相まって映画館の魅力にやられてしまうわけだがまだ本編を観終わっていないのに次の話が出れば口元を緩める、今回はこちらが惹かれた映画を観るわけだが相手が興味惹かれるものもあるかもしれない。その時にはまた二人で未知の物語の中に没入するのも良いだろう。照明が落ちてスクリーンにはオープニングが流れ始める、あとは映画の世界に没頭するだけだがその世界に入り込むにも二人で一緒の方がいい。館内は暗い上に周囲に人はほとんどいない。スクリーンに流れるのはアクションもので恋愛映画ではないのだが今は恋人とのデート中だ。それならば恋人らしいことをするべきだろう、こうやって暗くて人に見られないのならチャンスとも言える。相手側にある手を伸ばすと相手の手を取ってそのまま指を絡ませ恋人繋ぎをする。ポップコーンもジュースも食べにくくなってしまうがそれよりも手を繋いでいたい、素知らぬ顔のままポップコーンを口に放り込みながら目線はスクリーンに向けていて)

……っ、…、
(照明が落ちて辺りは暗くなる。オープニングが始まり今回の映画の導入として登場人物と状況が描写されていく中不意に手を取られると驚いて視線を向けた。触れられた手は指が絡まってそのまま繋がる。相手の顔の方にも視線をやるが素知らぬ顔でスクリーンを見続けていてよっぽど覗き込まなければこの手の事は周囲にはバレないだろう。その意図を察すると変に顔に熱が上りかけるが恋人と一緒の時間を過ごしたのは同じこと、こちらからも手に力を入れるとそっと握り返す。スクリーン上ではバディの出会いの光景が描かれている。出会ったばかりで正反対の性質の二人が息が合わず反発し合う姿は何処と無く懐かしく思えて好感触だ。自らの相棒の温もりを感じつつもう片方の手でポップコーンを摘んで口に運ぶ。段々と共に行動していく内にアクションもコンビネーションが決まるようになり、二人が真のバディになっていく描写は演出と役者の演技が素晴らしく相手の好みの映画を選んだはずが見入るようにスクリーンを見ていて)

…、………
(なんの了承もなく相手の手を取って指を絡めれば一瞬その手先から動揺が伝わるが直ぐにそれはなくなって向こうからも手を握り返される。アクション映画には似合わぬ行為だがせっかく二人で観るのなら恋人らしいことをしたっていいだろう。バディものらしく最初は息の合わなかった二人が段々と互いを助け合いコンビネーションが出来上がっていく、最初こそ映画の中の二人と自分達とが重なる部分を感じていたが気がつけば熱い展開にすっかり夢中になり物語の世界に入り込んでしまっていた。二人がバディとして最高潮になった時に片方が嫌疑をかけられ相棒同士が戦うことになり緊迫感が増していく。必死に無実を訴える男と相棒と組織どちらを信じるべきか揺れる主人公の様子を固唾を飲んで見守っていれば無意識に繋いだ手に力が篭って)

……、
（片方の手は相手と繋がったまま映画鑑賞を続ける。この映画について検索した時もネタバレは踏まないように簡単な概要しか把握していなかったが評判になるのも頷ける出来で様々な困難などを経てコンビネーションが出来上がっていく様を興味深く眺めていた。やがて相棒に主人公がずっと追っていた事件の嫌疑がかけられどちらを信じるべきかという選択が迫られる場面を迎える。緊迫する場面で繋いだ手を強く握られるのを感じれば相手に視線を向ける。相当見入っているのか目線はスクリーンに釘付けでそれに合わせて力の籠る手に思わず笑みが浮かんだ。こういう横顔を見る機会は珍しく相手が気が散らない程度に映画だけではなく隣にも時折視線を向けていた。決断をした主人公は相棒に拳銃を向ける、それで意図を察したのか覚悟を決めたように息を飲む相棒。主人公は引き金を引くが打ち抜いたのは相棒ではなくその後ろにいた組織の人間だ。それからはスタイリッシュなアクションが繰り広げられて手を握りながらスクリーンを見つめて）

…、！……
(物語の佳境であろうシーンを固唾を飲んで見守る、その目はスクリーンに釘付けで相手の視線がこちらに向いているのにさえ気が付かなかった。主人公が決意の宿る目で銃口を相棒に向ける、真意が分からない行動に内心ハラハラとしていると引き金が引かれ発砲音が劇場内に響いて息が詰まった。しかし撃ち抜いたのは相棒ではなく組織の人間で相棒を信じることを貫いた主人公に思わず声が出そうになるのを噛み殺していた。その後は劇中でも最高のコンビネーションを見せて敵となった組織を二人で圧倒していく。その勢いのまま組織の中核へと迫り事の全ての黒幕が組織だと暴き出した二人はクライマックスに相応しく組織の建物ごと吹っ飛ばすことにしたようだ。命の危険すら伴う賭けに二人は互いに最期の言葉を向けるでもなくこの仕事終わりに行きつけのバーへ飲みに行く約束を交わしていて、微塵も自分達がしくじるとは思っていないクールで強い絆に内心痺れていた。時限爆弾を起動させると一転して再び緊張感に包まれ同じく緊張した面持ちでスクリーンを見つめ)