相乗りで何処までも 【 〆 】

ああ、この調子でたくさんお菓子を頂いてしまおう。
(相手と声を揃えてお決まりのセリフを口にすれば店員はクスクスと笑いながらコウモリやお化けの形に型抜きされたクッキーを手渡してくれた。いつもとかなり違う姿でも自分達だと気付いたようで何だか照れ臭い。相手も似たような感じのようで恥ずかしがる相手を肘でコツンとつつきながらもお菓子を集める用のバスケットに貰ったクッキーを入れる。お礼とまたシュークリームを買いに来る旨を伝えて店を後にすると相手と目が合う。早速ハロウィンらしいことが出来たことに上機嫌に頷いてこの姿らしく他の場所に赴いてお菓子を貰おうと悪そうな笑みを浮かべた。その調子でマップにあった昔ながらの書店や美術館に赴いて合言葉を唱え、飴やスタンプを貰う。この格好や合言葉を言うことにも慣れてきた所でフリーペーパーを広げ我が事務所の名前を指さすと「次はこの場所に行くのはどうだい？」と提案して)

ん？……なるほどそれは良い案だな
(思った以上に店員に顔を覚えられていたらしく新たな印象を与えてしまった事にぎこちない態度でいると相手に肘で小突かれそこをさすりながら店を出る。相手が仮装に見合った悪い顔を浮かべればこちらもそれらしく片側の口角をあげニヤリと頷いていた。その後もいくつかスポットを回れば空っぽだったカボチャのバスケットもそこそこお菓子で彩りが加えられてきた。つぎは何処へ行こうかと吟味するためフリーペーパーが広げられると相手は裏面を指さしていて不思議そうな顔を浮かべる。ここにきて大型施設ではなく方針転換だろうかと思ったが指さされた名前を見てニヤリと笑った。事務所には留守番中の所長一人だけ、ハロウィンの雰囲気をアキコにもおすそ分けしてやらなければ。早速来た道を戻って事務所へとたどり着くといつもより忍足で階段を登る。扉の前にたどり着けば相手に目で合図を送りノックもなしに扉を開けると、悪い顔を作りながら「トリックオアトリート！」と室内に向かって叫んで)

トリックオアトリート！ った…、クイーンとエリザベスにプロデュースして貰ったんだ。
(自分が指さした場所を見ると相手がニヤリと笑う。せっかく留守番を引き受けてくれたのならこの姿は是非見せに行かなければならないだろう。事務所に戻ってくると忍足で階段を登り目配せしてタイミングで中へと入りお決まりのセリフを告げる。突然ヴァンパイアとキョンシーの襲撃に驚く所長だったがその正体が探偵2人だと気付けばすかさずスリッパが飛んできた。どうやら人ならざる格好をしても対応は同じらしい。思わず声をあげつつも、何処か楽しげな所長にキョンシーらしく腕を伸ばして今の格好を自慢する。お札のせいで若干視界は悪いがハロウィンらしいこの仮装は割と気に入っている。それにモチーフは違えど相手とは赤と黒で何となく似た色合いをしていて「不死の存在と既に死んだ存在で悪くない組み合わせだ」とちらり相手を見て)

ってぇッ！！何すんだよ！！
(事務所の扉を開けて中に飛び込めば所長は驚いた様子で見事目論見は成功したわけだが、直後にいつも通りスリッパが飛んでくると思わず声を挙げた。怒り顔と共に文句を飛ばせば『だってお菓子かイタズラかなんでしょ？』と得意げな顔で返されてしまい「お前がイタズラしてどうすんだよ」と額を押さえながら呆れた返事を返す。相手がこの格好の説明を挟んだ所でこちらも相手と同じく両手をあげて爪を立てるようにしてそれっぽいポーズを取る。和洋の服装で方向性は違うものの同じ背格好の二人が似た色合いで全く違うテイストとコンセプトを持っていると統一感もあり二人で一つな良い組み合わせをしている。こちらもチラリと相手へ目線を送っていれば所長も納得したように二人を見た後『それなら仮装コンテストに出ればいいじゃない。そろそろ始まる時間でしょ？』と提案がなされる。風.都ハロウィンの中心地でもある風.都.タ.ワ.ー.で行われるイベントでステージ上で仮装を披露し客による投票が行われるものだ。一番獲得票が多かった組には賞品が送られるらしい。一組の人数も自由、当日参加OKとかなり緩い企画だが毎年多くの人が集まり盛り上がりを見せている催しだ。大勢の前でこの格好を見せるのはなかなかに度胸のいる話だがクイーンとエリザベスが完璧に仕上げてくれたこの格好ならばコンテストに出るには十分だろう。所長が期待を輝かせてこちらを見る中で相手に視線をやると「せっかくなら出るか？」と持ちかけて)

コンテスト？ …なるほど、街で一番の仮装を決めるイベントという訳だね。 もちろん、射的や仮面シンガーに引き続き僕たち二人の相性の良さをアピールするチャンスだ。
(呪文を唱えられた方から悪戯を貰う形にはなってしまったが十分ハロウィンを楽しんでいる事を伝えることが出来ただろう。お互いにそれらしいポーズをしていると所長から新しいワードが出てきて首を傾げる。確かフリーペーパーにも同じ言葉があったはずとそれを開きつつ二人の話を聞けば街主催のイベントで仮装した姿を披露しその中で人気投票をする内容だと理解する。つまり一番投票数が多かった組はこの街のハロウィンで最も仮装が似合っているということだ。自分が興味を持ったのを察してか相手がこちらを向くと得意げに口角を上げて肯定の言葉を返す。せっかく彼女達に完璧に仕上げて貰ったのだから仮装に置いても二人で街一番を狙いたい。そうと決まればお菓子の入ったカボチャのバケットをお土産代わりに所長に託し「行くよ、翔太郎」と声を掛ければ少々早足で事務所を後にして風.都.タ.ワ.ー.へ向かい)

なら決まりだな。俺達でサラッと優勝貰っちまおうぜ
(所長がコンテストの話題を出した時点で十中八九こうなることは分かっていたが相手は出場に興味を示す。事務所を出る前仮装を渋っていたがここまでハロウィンを満喫する格好をしておいて今更躊躇することもないだろう。こちらも口角をあげれば自信を滲ませた返事をしていた。所長に『出るからには全力でやってきなさいよ！』と後押しされ再び事務所を出ると風.都.タ.ワ.ーへと向かう。タワーの周辺は随所に撮影スペースが設けられていたり子供向けにお菓子の掴み取りや輪投げの露店が出ていたりとそれこそお祭りのような賑わいだ。その間を様々な格好をした人々が行き来していて本当に生者と死者が入り交じる光景に見える。タワー内部に設けられたステージへと近づけば仮装コンテストが始まっていた。舞台にはちょうど今日一番に事務所にきた子供達があがっていて司会者に衣装のこだわりなどを聞かれていた。客席の後方にはこれまでエントリーした組の写真が貼りだされていてちゃっかり情報屋の女子高生二人の写真もある。これをみて客は投票を行うようだ。ステージの脇に参加受付の窓口があってそこへ近づき名前を伝えればすぐにエントリーは終わってしまった。あとは順番が来るまで待っているよう言われ、どこか落ち着かない様子で「意外と客いるもんだな…」と相手の方を見て )

それだけ普段することの無い仮装を楽しむ人が多いのだろうね。…皆に恐れられるようなヴァンパイアがそんな調子で良いのかい？
(所長に後押しされタワーの周辺までやってくればメイン会場ということもあって人通りは多く、祭りの露店のようなものも出ていて賑わいを見せている。タワー内部に向かえば目的地である仮装コンテストが始まっていて舞台では先程の子供たちが司会にアピールを聞かれている。飛び込み参加可能ということもあり、後方にはエントリーした人々の写真が貼られていてあの二人の写真もあれば思わず笑みを深める。相手が受付を済ませると順番が来るまで近くで待つことになる。客席はそこそこ埋まっていてエントリーした人が壇上に上がったりポーズを決めたりする度に拍手や歓声などが上がって盛り上がりを見せている。仮装する側も見る側も普段とは違う装いや空気を楽しんでいるのだろうと言葉を返すが当の相手は何処か落ち着きがなく、孤高の存在であろう吸血鬼の格好に見合わない様子だ。これだけ人がいれば顔の知れている相手ならば知り合いや過去の依頼者も居たりして気になるのだろうが優勝を狙うなら見た目だけでなく雰囲気や表情も大切なはずだ。胸元のブローチに触れながらその事を指摘して「この様子だと他人の血を吸えるかも怪しいね」と更に煽るように笑ってみせ)

……な、…言ってくれるじゃねぇかフィリップ。いいぜ、今日はハードボイルドな探偵は封印して人間の血をいただく恐怖のヴァンパイアになってやる
(客席を埋める人々は身内を見に来たであろう人から被写体を求めてか本格的なカメラを手に熱心に写真を撮っている人まで様々だが会場の熱量もそこそこありしっかり盛り上がっている状態だ。それにすっかり気圧されていたが相手にはすぐにそれを見抜かれてしまいブローチに指が添えられる。しかもそこから煽る様なことを言われてしまえば簡単に対抗心に火がついた。浮ついた気持ちはすぐに引っ込んで自信に溢れた顔でニヤリと口角をあげる。ここまで煽られて黙っているわけにはいかない。それにクイーンがせっかく完璧な見た目に仕上げてくれたのだ、それに見合う雰囲気にならなければ。普段は街を愛する探偵だが今日ばかりはこの街を襲う脅威のフリをしてやろうではないか。覚悟が決まった所で出番が回ってきたようでエントリー番号を呼ばれる。チラリと舞台の方を見やったあとに相手へ向き直ると「俺にあんだけ言ったんだからお前も怨霊まみれのキョンシー期待してるぜ」とお返しに煽っておいた。その後軽く呼吸を整え眼光鋭く冷たい顔を作るとステージ上へとゆっくりした歩調であがっていって)

君に並び立つくらいには頑張るつもりさ。＿＿ …全員生きて帰さない、
(会場の熱に押されていた相手を指摘して軽く煽ってやれば対抗心に火がついたのか自信に溢れる表情へと変わる。こういう時はノリが良く扱い易いのが相棒の良いところだ。すっかり格好に見合うヴァンパイアの雰囲気にとなった所で丁度エントリーナンバーが読み上げられる。どうやら順番が来たようだ。お返しに相手からも煽られるとこちらもニヤリと笑って自信たっぷりな返事をして舞台袖へと移動する。一呼吸置いて虚ろな表情を作れば相手に続いてステージの上にあがる。中心辺りまでやってくると客席に向け所長に見せたようなポーズを取れば本格的な仮装をした二人の登場に会場が軽く沸く。司会の人がやってきて服装のこだわりについて問われると自分達が選んだわけではないがそれらしく色の統一性とテーマの対称性を単調な口調で説明しておく。『最後にそれぞれアピールを一言』と司会に話を振られると少し俯き睨みつけるような角度を作ると怨霊らしく低めの声で呪いの言葉を客席に向ける。キョンシーらしさをアピールした所で相手に視線をやり、続くようにアイコンタクトしておいて)

____…お前らの鮮血はこの俺が一滴残らずいただく
(もったいぶって適度にゆっくりで優雅な歩調で舞台の中心に踊り出れば相手と共にポーズを決める。その瞬間にカメラのフラッシュが何度かたかれ内心動揺しながらもなんとか顔は冷徹な雰囲気を保ったままでいた。そこからはアピールタイムだが相手が単調な口振りで受け答えをするのをこちらは黙ったまま聞いて眼光鋭く周囲の様子を伺う。最後の一言をと振られればこれが最後のアピールチャンスということだ。相手はいつもよりも低く恨めしさを込めた口調でキョンシーらしい事を言ってのけている。アイコンタクトを受ければ冷たく結んでいた口元を悪どく、しかし品性のある悪い笑みへと変えて人差し指を軽く唇へと添えた。そしてまるで人間よりもひとつ上の存在であるかのように尊大な口調でヴァンパイアらしいことを口にした。すると一拍置いたあとに登場した時よりも大きな拍手が湧き上がる、どうやらキョンシーとヴァンパイアのアピールは成功したらしい。そのまま舞台を送り出されて舞台脇にたどり着けば大いに盛り上がったことに気を良くしたのか上機嫌に「大成功みたいだな！」といつもの笑みを相手へと向けて)

ああ、かなり良い反応だった。これなら優勝も狙えそうだ。
(相手にアイコンタクトでバトンを送ればその口元を悪どく吊り上げ悪い笑みを浮かべる。美しくも堂々と尊大な態度で吸血鬼らしい台詞を口にすると一瞬の間の後、大きな拍手が湧き上がる。司会の進行の元、キャラクター性を崩さないまま舞台から捌けるといつもの笑みに戻った相手を目を合わせこちらも嬉しそうに頷く。比較的カジュアルな参加者が多い中で本格的な姿とアピールを見せたのもあってかなり反応は良かったように思う。客の心をぐっと掴めたのなら目標にしていた優勝も夢では無いだろう。全員が出揃い投票結果が出るまで風.都,タ.ワ.ー近辺で待っているように言われ、一旦受付から離れてハロウィンのモニュメントの近くに移動する。直前に煽っただけあって相手の吸血鬼としてのアピールはバッチリだ。隣で見ていてもその鋭さを感じられたのを思い返すと「畏怖の念を抱かせるようなヴァンパイアぶりだったね」と相手とその演技を褒めて)

あぁ、後は結果がでるのを待つだけだな。……ちゃんと人間の血を飲む吸血鬼に見えただろ？お前のキョンシーも人間を地獄に引きずり込む勢いだったな
(前に出た数組を見ただけだったがその中では一番歓声が大きかったように思う、あとは天命を待つのみだがこれは結果に期待を持っても良さそうだ。客席後方のボードに自分達の写真も貼りだされてそこの反応も良いように見える。もうひとつ多くの人が指さしているのはあの女子高生二人組で、優勝争いはあそことの一騎打ちになりそうだった。時間を潰すために風.都.タ,ワ.ー.周辺の散策を始めれば相手から褒め言葉が飛んできて口角を上げる。相手に煽られたおかげで堂々とした態度でいられたのだから感謝すべきなのだろう、相手の蘇った死体っぷりも雰囲気バツグンだったことを褒めておいた。仮装コンテストの結果発表はこのハロウィンイベントにおけるラストステージにあたる、それが終わってしまえばハロウィンも幕引きで結果発表までがこのイベントを楽しむ最後のチャンスと言える。相手の視界をずっと遮っている御札を指で持ち上げて覗き込むと「ハロウィンのやり残しはねぇか？」と問いかけて)

君が襲撃をかけて血を飲んで弱った所を僕が地獄に連れて行けば完璧かな。 やり残し…、あ。 ならば翔太郎、トリックオアトリート！
(ぶっつけ本番ではあったが客席や写真の反応を見てもなかなかに人ならざる者としては良い振る舞いが出来ただろう。相手から自分の立ち振る舞いを褒められると嬉しそうに目を細め、もしも本当に吸血鬼とキョンシーだったらという想定での物騒なコンビネーションを口にしてみる。そういう意味でも悪くない組み合わせのはずだ。結果発表までまだ少し時間がある。そんな中で視界を塞ぐお札をぺらりと捲られやり残したことを聞かれると少し考え込む。仮装してお菓子を貰いに行って街のイベントに参加して、説明で聞いたハロウィンの事項はあらかた体験した気がするがこのままただ待っておくのも勿体無い。何か無いかと考えたところで例の呪文が頭に浮かんで小さく声を漏らす。自分達が貰ったお菓子は全部バスケットごと事務所に置いてきた。つまり今の相手は確定でお菓子を持っていない状態だ。思わずにやりと悪戯な笑みが浮かび、それを隠そうともせず上機嫌に名前を呼ぶ。御札を持ち上げる手を掴んで離させキョンシーの姿に戻るとこれまで他人に向けていたフレーズを相手に向けて告げ)

良いコンビだがそうなると相当な悪党だな。……な、今言うのかよっ？！あー……
(確かに二人が仮装通りの存在ならば人間を狩る者と葬る者で上手く分担も出来ていてそこでもコンビネーションばっちりだ。だがそうなるとこの最高のコンビネーションは普段二人で罪を数えさせる存在になってしまう、そういう意味でもこの仮装は今日だけの特別だ。そんな特別な日も薄らと終わりが見える時間帯になりつつある。心残りを聞けばてっきり露店の話題が出ると思っていたのに、悪戯な笑みと共に名前を呼ばれれば再び嫌な予感が脳内を過ぎった。直後言われたのは今日一番最初に教えたハロウィンの合言葉で思わず目を丸くし突っ込む。用意したお菓子は全てアキコに預けてきたし今日もらったお菓子も事務所に置いてきてしまった。仮装の服ではポケットも少なく中を探るも当然お菓子は入っていない。今突きつけられている二択でお菓子を持っていない以上選べるのは悪戯だけだ。相手はこちらがお菓子をひとつも持っていないことを承知でさっきの合言葉を告げたのだろう。計られたと内心思うももう遅く「…事務所に帰ってからお菓子を渡すってのはどうだ？」と交渉を持ちかけて)

そういえば君には言ってなかったと思ってね。勿論却下だ、僕は今お菓子が欲しい。…お菓子が無いのなら悪戯で決定かな。
(お決まりの合言葉を告げれば相手は分かりやすく目を丸くする。説明してもらったり共に他の人にお菓子を貰ったりはしたが相手にはまだ何も貰っていない。思い出したといったようにそれらしい理由を口にするが相手がお菓子を持っていないのは把握済みだ。相手が服のポケットを探っても何も見つからないのを見守り、交渉を持ちかけられるが当然乗るつもりはなく口元に弧を描きながら今すぐにだと主張する。じっと相手を見て有効な反論が無いのを確認すると合言葉に従って悪戯をすると楽しそうに告げた。この辺りはメイン会場なだけあって人も多く随所に撮影スペースとしてハロウィン関連の背景や置物等が配置してある。ならばと相手の腕を引いて一番近くにある立てかけられた棺の置物の中へと二人で入る。棺の蓋もズラして立てかけられているおかげで丁度一人分くらい周りから姿を隠すことが出来る死角に相手を押し込め、もう片方の手を色の白い頬に添える。そのまま顔を近づけ唇を重ねる、と見せかけて直前で血糊のついている左の口端にそっと口付ける。一瞬だけ舌先でそこを擽ってから離れると「…無味無臭だ」と血糊の感想を口にして)

今言うなよ、ったく。悪戯ってなにす……な、ちょ、バカバカお前っ！
(惚けた口調で今思いついたと言われるがこうなることは相手も承知していたはずだ、交渉も呆気なく一蹴されてしまい相手の悪戯を受けざるを得ない状況に追い込まれてしまった。楽しげな相手に対してこちらはやれやれとため息をつく、合言葉を教えたのがこちらである以上今は相手の言う悪戯を甘んじて受けるしかない。手を引かれるままに移動すると撮影用の棺桶へと近づいていきその意味を問う前に中へと押し込められてしまった。狭い空間に二人きりとなり間近に相手の顔が迫る、しかし問題なのはこの場所だ。人から隠れているとはいえここはメインの通りで周りに人々が行き交う音が聞こえる、そんな場所で頬に手を添えられれば相手がこれからやろうとしている悪戯の検討はついて咄嗟に抗議を口にする。しかし下手に声を出したり暴れたりすれば周囲の人に気づかれてしまう可能性は高くなる。ここから逃げることも相手を止めることも出来ないまま相手の顔が近づいてくるとぎゅっと目を瞑って口付けを受け入れようとした。しかし柔らかな感触があったのは口端でそこを舌で擽られるのに肝心の口付けはない。期待して構えたあとに焦らすような事をされてしまえば先程まで止めようとしていたのに途端物足りなさに襲われてしまう。葛藤するように目線が泳ぎ眉が下がるがすぐに結論は出て、相手の腰に腕を回して引き寄せると「今ので悪戯終わりなのかよ」と期待の見え隠れする目で相手をじっと見つめて)

…ん、…悪戯は終わりだけど君が望むなら、
(焦ったように抗議を申し立てる相手も気にせず顔を近づければある時からぎゅっと目を瞑って受け入れようとする。だが今回の狙いはそこではなくて少しズレた口端にキスを落とした。目的だった血糊の味はあまりしなかったがゆっくり顔を離すと相手の目線が分かりやすく泳いでいて吸血鬼の格好に見合わず眉が下がる。腰に腕が回されて引き寄せられるとただでさえ狭い棺桶のセットの中で相手とくっつくこととなる。期待の色が乗った赤い目がこちらを見つめ遠回しに催促されてしまうと更に口角が上がってしまう。当初の思いつきではキスかと思わせてキスじゃなかったという所までが悪戯の範疇だったがこうして強請られてしまえば断われる訳がない。今一度周りに人が居ないことだけを確認すると邪魔な御札を自らで捲り上げながら近付き、今度こそ唇同士を合わせた。見た目は変われどもこの感触はいつも変わらない。数秒経って離れていけば相手の鮮血のようなリップの色が軽く自分にも移ったのに気付かないまま「…満足したかい？」と上機嫌に問いかけて)

…っ、ん……全然満足してねぇ…だから夜にとっとく
(すっかり体に火を付けられてしまいさっきので終わりなんて納得出来るはずがなく捕らえるように腰へと腕を回せば相手の口角は更にあがっていく。御札が捲られ今度こそ唇同士が重なり求めていた感触が与えられればここが多くの人が行き交う場所だというのを忘れて相手の事だけで脳が支配された。暫くして唇が離れる、相手の血色が悪いはずの唇にはこちらの真っ赤なリップが移っていてまたグラりと胸が揺さぶられた。しかしさすがにここでこれ以上のことはできない、ただでさえ男二人で狭いセットに入っているのを見られるのだってまずいのだからここに長居するのも危険だろう。勿体ないと思いつつも親指の腹で相手の唇にのった赤いリップを拭いとってやりながら、膨れそうになった熱は夜まで置いておくことにした。最後の名残りおしさを振り切るために再び相手の腰をぐっと引き寄せると「覚悟しとけよ」と相手の目を真っ直ぐ捕らえながら宣言し、腕を解くと相手と共に棺桶のセットから出て)

…っ、覚えておこう。 …そろそろ会場に戻ろうか
（人通りの多い中、いつもと違う格好で狭い空間で行うキスは背徳的な味がした。十分悪戯にも成功し更に相手に求められたとなれば気分は良く、周りの雰囲気に反して子供っぽい笑みを見せながらも口元を拭われる。とはいえここで出来るのは恐らくこれが限界で終わりと思っていたのだが更に腰が引き寄せられ真っすぐと捕らえるような瞳で夜に続きが予告されると変に鼓動が跳ねて体温が上がる。何とか動揺が表に出る前に視線を僅かに逸らして平然らしい態度で応えると相手と共に棺桶のセットを後にする。外はそれなりに暗くなっていて仮装や撮影セットがより映えるような景色となってきた。気持ちを落ち着かせる為にもぐるりとその通りの一周して夜のハロウィンの空気を楽しめば少し早いが結果発表が行われる会場に向かおうと声を掛けて）

あぁ、そろそろ行くか
(今晩の続きを宣告すると腰に回す腕から相手の体が熱くなるのが分かる、これで少しは仕返しが出来ただろう。すました顔で棺桶のセットを出れば夕焼けの中涼しい風を浴びながら辺りを散策する。日も落ちてきてくればよりハロウィンの雰囲気は高まって魑魅魍魎が紛れていても気づけなさそうなほどに様々な格好の人々が暗がりの中を行き交っている。熱が燻った腹底が十分に冷やされた頃合に会場へ行こうと相手から声をかけられ頷き返すと会場の方へと移動する。自分達のあとも多くの人がコンテストに参加したようで客席後ろに張り出されている参加者の写真はかなり増えていた。舞台前の席にはエントリーした参加者達がそこそこ座っていて今か今かと発表を待ちわびている、その中には女子高生二人組もいて軽く手をあげて挨拶を送っておく。席について暫くすれば音楽が鳴り響き舞台上がライトアップされた。司会者が登場して『いよいよ結果発表の時間です！』と声高らかに言うと会場は湧き拍手が巻き起こった。まずは審査員特別賞やファミリー賞など得票の関係ない表彰が行われ、次からはいよいよ得票数が多い組が発表される。ここまでエントリー番号は呼ばれていない、上位にくい込んでいる可能性はあるということだ。いつの間にか体を少し前のめりにしつつ、ベスト3が発表される時間になり唾を飲み込んで)