相乗りで何処までも 【 〆 】

…クク、……ハハハッ！悪い悪い、お前の動きが面白くてついな。食事は五感で味わうもんだろ？
(二人で違うものを買った場合いつもならばそれぞれのものを交換しあうのが定番の流れで、当然今回もそのつもりだったが毎回同じというのも味気がないというものだ。匂いだけを嗅げるようにゆらゆらとカレーパンを揺らしていたが、相手が齧り付いてきたのをみれば即座に手を動かし食べるのを阻止する。相手は一度では諦めず数度その動きを繰り返していれば一生懸命にカレーパンを追いかける相手がおかしくて愛らしくて笑みを滲ませながら暫くそれを続けてしまった。やりすぎたせいかとうとう相手は拗ねてしまって批難するようにこちらを見られると堰を切ったように声を出して笑い出してしまう。意地悪かと聞かれればそうとしか言いようがないが、今日は散々振り回されているのだから少しくらいは許されるだろう。空いている手で眉間に寄った皺をグリグリと軽く触って解してやるとカレーパンを差し出して)

まったく…揶揄って反応を楽しむのは食事の五感の対象外だ。…ん、カリカリの外の衣と中の濃厚なカレーの相性がバッチリだね。
(途中から楽しんでいるような様子は伺えたが痺れを切らして批難を申し立てると声を出して笑い出す。実物を前にして自分が匂いだけでは満足しないことを知っていての犯行なのだから相当の重罪だ。溜息をつき相手の言い訳を正論で返しながらもこうやって相手に揶揄われるのもそこまで悪くは無いと思っているのだからお互い様なのかもしれない。眉間のシワをグリグリさせながら再びカレーパンが差し出されるとまた取り上げられるのではないかと疑うように一度相手の方を見るも間近のスパイシーな匂いに誘われて一口齧り付く。ざくっと良い音ともにカリカリの皮とカレーを同時に味わえば拗ねていた表情は分析するような真剣な物に変わり、その味が想像以上のものであれば満足げに口角をあげる。匂いの期待に違わない絶品といえるだろう。ようやくカレーパンの味を堪能出来れば拗ねていたことも忘れて感想を口にしつつも「僕からのお礼だ」とクロワッサン差し出して)

だから悪かったって。……だろ？ここのは外の衣がザクザクしてて美味いんだよな
(呆れるようなため息が聞こえてくるが、恋人には時折悪戯したくなってしまうものだ。あまり心のこもっていない謝罪をもう一度繰り返したあとカレーパンを差し出す。こちらに疑いの目が向けられるが今度は手を引っ込める気はなく、こちらから相手の方にカレーパンを差し出す。やがて今度こそ相手はカレーパンにありついて耳障りの良い音と共に一部が相手の口の中へと入っていく。最初は当初の目的もあり真剣な分析が行われるが、やがて口角はあがって味がお気に召したのだと分かれば、こちらも今度は幸せを表すように口角があがった。こちらから一口を送れば今度は向こうから一口を貰う番だ。これもすっかり定番となった流れだ、お返しに差し出されたクロワッサンに顔を寄せて一口齧る。ポロポロと落ちそうになった欠片を慌てて手で受け止めつつお返しを受け取れば「こっちも美味いな。バターの香りが口んなかに広がる」と堪能していて)

揚げたての特権という奴だね。 かなりのバターが使われているみたいだ、その分綺麗に食べるのはかなり難易度が高いようだけど。
(心にもないような謝罪ではあったが実食に漕ぎ着けられたのだからつっこまないことにしておく。買った時は生地を揚げたような匂いの方が強かったが衣を食べて中のカレーフィリングが現れるとその匂いが強く混ざる。これは実際に食べてみないと嗅ぐことの出来ない匂いだろう、それに相手の言う通り外のザクザクとした衣は揚げたてを食べなければ経験出来なかった食感だ。満足そうにしつつも今度はこちらがクロワッサンを差し出すと相手が一口齧る。同時にポロポロ破片が落としそうなのを見れば今度はこちらがくすくす笑ってその点に触れる。それぞれ違う香りの際立つパンを食べる事が出来れば美味しそうな匂いとそれに関する味の検証はひとまず満足だ。残りのクロワッサンを口にしながらも「それにしても同じパンでもアレだけの種類があるとするなら、当然材料や記事の配合にも違いが…」と考え込むように呟いては興味の矛先が脱線しようとして)

パリパリ食感の弊害って奴だな。まぁ、な………待て待て！また検索始める気かッ！しかもここで！今日は先に植物庭園だろ？
(焼きたてだったせいか間近で感じた匂いと食感は最高に良かったのだが、その分しっとりとする前のクロワッサンはよく割れるようになっていたらしい。こちらの慌てぶりをみて笑う相手にヤレヤレと苦笑しつつクロワッサンを咀嚼する。食べにくさはさておき、風.都.屈指の美味しさを誇るパンの焼きたてを食べられたのだからよしとしよう。こちらもカレーパンの最後の一欠片をたべながら相手の分析を隣で聞く。今日は知的好奇心が高まっているのか思考の時間が格段に多いと思いつつ相打ちをしようとしたが、だんだんその内容が匂いから外れてパンへと流れていっている事に気がついた。知識の暴走特急状態の相手がこのままパンへの知的好奇心を抑えられなくなればどうなるか答えは見えている。相手を抱えながら事務所に帰るのはかなり骨が折れるだろう。慌てて相手を引き戻すように肩を軽く揺すって叫ぶと、目的を修正しようと植物庭園の方を指さし)

ならばキーワードは…っ、なんだい。 …確かにせっかくここに来たのなら明るいうちに庭園は見ておきたい。
(時間や場所の制限もなく相手が側にいる今の状況は自分が思うままに過ごすことが出来る最高の環境だ。そんな空間では知的好奇心は全開で匂いから派生してパンへの興味が移りかける。2つのサンプルだけでは十分な情報が得られずにクロワッサンを食べ終わったタイミングで座ったまま地.球.の.本.棚に入ろうとする。目を閉じキーワードを入れるところで肩が揺らされるのと大声によって意識が現実に戻された。少し不満げに視線を向けるも相手の指さした方をみればここを選ぶ理由ともなった植物庭園が見える。パンへの探求か植物庭園かを天秤にかけて悩むがここでしか見られない物と相手が教えてくれた場所という要素で後者に軍配が上がるとこくりと頷いて立ち上がる。メロンパンの方はまた後から食べる事にすると「早速見に行こう、翔太郎！」と声をかけて)

あぶね……だろ？花だってせっかくなら匂いだけじゃなくて五感で楽しんだ方がいいからな
(相手の興味が匂いから流れているのを察して慌てて止めたがどうやらギリギリセーフだったようだ。あのままキーワードを口にしていれば地.球..の.本.棚の情報を前に相手はテコでも動かなくなっていただろう。思わず呟いたがどうやら相手の興味を再び匂いの方へ戻すことに成功したようだ。その分その好奇心の向き方はさながらジェットコースターで、早速植物庭園へ行こうと誘われればそれらしい事を言って植物庭園へと相手を連れ出し歩き出した。公園の一角に設けられた植物庭園はいくつもの花壇が並べられていてその時期咲いている花が植えられているらしい。薔薇が絡まった白いガーデニングアーチをくぐればこの時期に咲く花がずらりと並んでいた。思わず「おぉ」と感嘆の声を漏らしつつ、ここら辺を満たす花の匂いを深呼吸して吸い込めば「いろんな花の匂いがするな」と呟いて)

公園の一角にしては手が込んでいるね。ガーベラにカルミア、ラベンダー、薔薇、紫陽花…と種類豊富だ。これはこの前の入浴剤で感じたような匂いだろうか
(方向が決まれば一直線が自分の興味への向き合い方だ。流石に花はそのまま食べたりは出来ないが相手の言う通り今ならではの見た目や匂いを確かめるのも検証と言えるだろう。そうして連れられたのは多くの花壇が並べられた庭園だ。薔薇で出来たアーチがまず出迎えその先に沢山の花が並んでいて手が込んでいるのが分かる。興味深そうに辺りを観察しながらも相手と同じく匂いを嗅ぐ。少し移動する度にその匂いは少しずつ変化する辺り花ごとにまた香りが違うのだろう。花壇のプレートに書かれた花の名前を一つ一つ読み上げつつもしゃがみこんでその匂いを確かめていく。その中で鈴蘭の前に来ると以前使った入浴剤にあったような匂いに惹かれると相手を手招いて相手に紹介しようとして)

ここの花壇、春と夏はずっと何かしらの花が咲いてるから管理してる奴がよっぽど花好きなんだろうな。ん？鈴蘭か……確かにこの前の入浴剤の匂いがすんな
(この公園の名物とも言える花壇は手入れが行き届いていて季節を変えれば違う顔を見せてくれる場所だ。まだ出会ったことは無いが、ここまで手を入れる程にこの花壇は大切にされていて、それだけ花を好きな人物によって手入れされているのだろう。しゃがみながらあらゆる花の匂いを確かめる相手を隣で見守る、次々に匂いを確かめているあたり相手の知的好奇心は満たされていそうだ。夢中で動く相手を微笑ましく見守っていれば相手に呼ばれて隣へとしゃがみこむ。プレートの傍にあるのは小さく丸っこい花がいくつも垂れている珍しい見た目のものだ。入浴剤と同じ匂いと言われ改めて小さな花びらへと鼻を近づけると確かに泡に囲まれながら感じた匂いを嗅ぎとる事が出来た。二人しゃがんで鈴蘭の香りに包まれれば泡風呂に入った時の事を思い出してふわりとした幸せに包まれた気がする。ふとプレートに目を向ければ目を引かれる文言を見つけて「鈴蘭は幸せが訪れる花、だってよ」とその部分を指さしつつ相手の方を見て)

ああ、手入れの様子を見てもよほど大切にしているのが伺える。香りの成分として使われていたのだろうね、幸せ…まあ良い時間を過ごせたのは間違いないかな。
(花壇に見栄え良く植えられ、どの葉や花も萎れることなく綺麗な色を保っているところを見ても管理者が花にこだわりを持ち大切にしているのは間違いないだろう。そんな人がいるからこそこうして花の匂いを確かめられることに感謝しつつも花の匂いを確かめていき、その一つに身に覚えのある匂いを感じれば相手を呼ぶ。別名ミュゼと呼ばれるスズランは気品ある優しい香りが特徴で香水などにもよく使われている花だ。フローラルな香りとされていたこの前の入浴剤に使われていても不思議ではない。思い出のある匂いを嗅げたことに口元が笑みを描くが相手の指さした文面が目に入れば連想ゲーム的にその際の行為を思い出してしまい、上ってくる熱を感じつつ若干歯切れ悪くも肯定して)

……あの時の風呂の事思い出す匂いだな
(こちらが何気なく指さした一文だったが、相手からはどこか歯切れの悪い返事が返ってくる。その時に相手が何を想像したかを察すれば、あの日した事を同調するように思い出して腹の底でゆらりと熱が揺れた気がした。今はお互い花壇の前にしゃがんでいて、花に囲まれた状態では周囲から二人の姿を見ることはできないだろう。何より今は夕暮れ時で人も少ない。加えてあの時と同じように花の匂いに埋もれるような場所で二人顔を付き合わせていれば、悪戯心にしては少々過激な衝動が体に襲い来る。誰にも見つからないしゃがんだ姿勢のまま相手の腰に手を回して軽く、しかし手には力を込めてこちらへ引き寄せる。そして顔を相手の耳元へと近づけわざと吐息がかかるようにすれば、あの時を想起させるような低い声で囁き最後に軽く耳朶にキスを落として)

…何、ッ！…ぁ、 翔太郎！ ここも、立派な外の空間だろう、
(普通に返すつもりが妙に意識しては歯切れ悪いような口調になってしまった。スルーしてくれば良いのにそういう事に目敏いのも相棒で他の話題に切り替えようとした矢先、しゃがみこんだ腰に手を回され引き寄せられる。焦ったように言葉を紡ぐ間に二人の距離が縮まってあの時と同じような状態まで近付いた。そんな状態で今まさに考えていたことを見透かすように、そしてその時と同じ低い声を吐息と共に流し込まれると記憶と共に熱を思い出させてぞくりと震える。そのまま耳朶にキスが落ちればふわり香る鈴蘭の匂いと入浴剤の匂いで満たされていた風呂での出来事が重なって分かりやすく身体を跳ねさせる。匂いや諸々の感覚と記憶が深く繋がっていることを痛感させられながらぶわりと一気に熱が登れば顔まで真っ赤にして逃げるように立ち上がりながら声を上げる。思い出したからと言うのも恥ずかしく2人で決めたルールの方を主張しながらも動揺を落ち着かせようとして)

匂いと思い出が繋がってるってよく分かっただろ？それに誰にも見られないとこならルールは無効だ
(鈴蘭の香りに包まれながらあの時を思い出させるような事を言って軽く口付ける、たったそれだけで腕の中にいる相手の体は面白いように反応して、最後には一気に熱を持っていく。それに釣られてこちらも熱が上がってきそうになるがその前に相手の体は逃げてしまった。内心残念に思いながらも動揺を必死に隠して叫ぶ相手を楽しげに笑い、プールの前で話したことを持ち出してもっともらしい理由をつけておいた。こちらも立ち上がれば視界は開けて周囲の様子が目に入るが先程までは確実に誰かに見られることの無い二人だけの空間だった。それならば相手の叫ぶルールは適応外だとひらりと左手を振って惚けておく。相手に匂いと、ついでに思い出の関係性を教えられたところで時間もそろそろいい頃合いだろう。家に帰ることも視野にいれつつ「他に確かめたい匂いあるか？それか今日はそろそろ家帰るか」と問いかけて)

っ、それはそうだけども…。…ひとまず外での検証は十分かな、あとは家に帰ってからだ。
(動揺しているこちらとは反対に相手は随分と楽しそうに笑っている。検索した結果通り鈴蘭の香りによって入浴剤の使った時の記憶を鮮明に思い出すことが出来た。記載してあった内容が正しいことを証明出来たのは良い事だが思い出す内容が内容なだけに素直に喜べない。苦し紛れにいったルールもこれまでと同様、相手と触れる為の抜け道の条件には合致していて深く突っ込むことも出来ずに視線が泳ぐ。自分を落ち着かせようと花の香りの漂う空気を深く吸ってその匂いを確かめることに意識を逸らしていると揶揄うのには満足したのか次の行動について問われる。まだまだ検証したいものを上げようと思えば幾らでも候補はあるが今日体験したことをまとめる時間も欲しい。それに家の中にも匂いを感じるものはあるだろうと考えれば家に帰ることを選択し不穏なことを言いながらも庭園を後にして)

げ、家でもやる気かよ……まぁ今日一日で気が済むまで検索しちまったほうが良いか
(相手の苦し紛れの反論もさらりと躱してしまえば相手の目は分かりやすく泳いで、これ以上怒らせてしまわないようにと声を出さないようにしながら笑う。いつだって相手を翻弄してその反応を見ている時はあらゆる形でこちらの胸は満たされる。今日一日風.都.を連れ回されたのだからこれくらいしたって許されるだろう。この後の意向を聞けば帰宅の選択がなされるが、どうやら相手の知的好奇心はまだ満たされきっていないらしい。家でも検証続行が宣言されると思わず愚痴をこぼすが、この状態の相手を途中で止める方が何時暴発するか分からないというもの。明日に支障が出ない程度に気の済むまで検索させようと決めて庭園を出た。その後は帰り道に夕飯の買い出しを軽く済ませ、そのまま二人の家へとたどり着く。扉を開けて「ただいま」と挨拶しつつ中に入り)

ただいま、…やはり場所によって空気自体が違う気がするよ、ここは匂いという程強くは無いけど落ち着く様な空気だ。……今日は色々な香りを確かめたけど、翔太郎はなにか気に入っている香りや落ち着く匂いのするのものってあるかい？
(相手は何やら呟いてはいるが新鮮な情報や知識を得た頭は更なる分析や探究を求めて止まない。当初ならば一晩中でも外を出歩いて匂いを追い求めただろうから家に帰る選択をしただけ褒めて欲しいぐらいだ。庭園を後にして途中買い出しだけ済ませてから2人の家に戻ってくれば相手に続いて挨拶しつつ中に入る。今日はいつもに増して色々な所に出掛けて様々な匂いを感じたがこの場所はやはりほかの場所とは違うように感じる。パン屋や庭園のように一言でこの匂いと言えるほど強くは無いが馴染みのある空間だ。暫く靴も脱がずに玄関に突っ立って考え事をしていたがその正体を掴めないことに一旦諦めてリビングへと向かう。今日は夏らしい匂いからはじまり様々な好ましいとされる香りを確かめたが効果の一つでもあるリラックス出来るという点での感触はイマイチだ。更に対象を広げるべきかと考えたところでこういった時は他人の意見も参考になるのではないかと思えば相手の好みについて問いかけてみて)

あぁだな。強い匂いはなくてもいろいろ混じったここの空気が一番馴染みがある、とかか？俺の……そうだな、気に入ってるのでいうとシトラスだな。落ち着くのは……お前の匂いとか
(帰宅して早々相手は早速この家の匂いを確かめていて後ろを振り返る。特段匂いに関するものを置いていなければいつかのように香水を使っているわけでもないが、家の中というのは外とはまた違った空気でどこよりも落ち着くのは確かだ。無意識に積もった匂いが感知できないこの家の匂いとなって、そこに安心感を感じるのかもしれない。自分なりの考えを述べつつリビングへと移動し、ハットとジャケットをしまいながら改めてこの家の匂いを嗅いでいた。やはり特段何かの匂いがする訳では無いと感じていれば、相手から質問が飛んできて再び目を合わせる。おやっさんに憧れて身の丈に合わない香水を付けていた時以外は匂いについて深く考えたことは無い。はっきりとした好き嫌いはないが気に入っている匂いをあえてひとつ挙げるならシトラスのスッキリした匂いだろうとひとつめの答えを言う。落ち着く、に関しては直ぐに答えが出た。相手とは暫く共に過ごしてシャンプーもボディソープも、食べるものさえほとんど同じで同じ香りを纏っているはずなのに、その中に相手特有の匂いというものが存在する。こちらと同じ香りと相手特有の香り、それら二つが混じった相手の匂いは相手を腕に閉じ込める度に香ってくるもので、その瞬間が一番落ち着くのだ。だがそれを正面切って言うのは気恥ずかしくて、ボソリと呟くように小さな声で答えを告げて)

そうかもしれない。 シトラスといえば柑橘類の爽やかな香りのことだね。…僕の？ …自覚は無いけれどこういう事だろうか。
(事務所の次に過ごす時間が長いのは間違いなくこの家だ。事務所でも検索や戦闘などで目の前のことに集中している事が多いことを考えれば一番長く周りの空気を感じる時間が長く馴染み深いのはここかもしれない。相手の考えに同意を示して参考のひとつとしつつも更なる問いを投げかると目が合う。その状態の相手が挙げたシトラスは香水などの香りの系統の中でも根強い人気と種類がある柑橘系に代表されるものだ。確かにガッツリと主張の激しい物よりも爽やかで日常生活にも馴染みのある香りは親しみやすく相手が好みそうな物でもある。知識を確認しながらも新しい嗜好を知れたことに感心と歓喜を滲ませて述べていたが二つ目の項目で相手の言葉が止まる。思わずこちらも語る口を止め様子を伺うように見ているとポツリと小さな声で自分の名があがり目を瞬かせる。共に生活して香りを構成する物はほぼ同じのはずではあるのだが、その人特有の匂いというのは心当たりがある。抱きついた時に体温と共に感じる馴染み深くて安心出来る香りだ。他のどこでも感じることの出来ない特別なもの。自らもそんなものを発してるとは分からないが思い立ったら検証だと相手に近付き、するりと背中に腕を回して緩く抱きついてみる。その状態のまま息を吸ってみれば安心出来るあの香りがして「…翔太郎の匂いがする」と肩口で小さく笑いながら呟いて)

あぁ、爽快感があってリフレッシュできるだろ？…っ、……まぁ、そうだな。___髪はシャンプーの匂いがするけど、首とかはお前の匂いがするんだよな
(フローラルな香りや蜂蜜のような甘い香りが嫌いというわけではないが、好みで言えば柑橘類から香るシトラスの匂いだ。鼻から体全体を抜けるような爽やかさは気持ちのリセットに向いている。それとは違ってこの体に取り込んでしまいたいと思うのが相手の匂いだ。瞬きの後こちらへ近づいてくる相手に今度はこちらが目を瞬かせ、緩く抱きつかれると今度は目を見開くも直ぐに口元は緩んでこちらからも緩く抱き返す。今日は何でもすぐ検証しなければ気が済まないらしい。昼間に再会したときと同じくこちらの匂いを嗅ぐ音がしてやはり気恥しいのだがここは二人の空間だ。こちらからも相手の頭に鼻先を寄せてそこの匂いを嗅いでみる。今日はずっと匂いに意識を向けていたせいか相手の香りが一段と分かる気がする。髪は自分が使うものと同じシャンプーの香りがするのに、鼻先を首筋にうつせば途端に相手の匂いが鼻腔を擽ってそこでゆっくりと深呼吸をした。相手の一部を取り込むような感覚はどうしたってこの心を落ち着かせて胸を満たす。無意識に背中に回す腕に力を込めながら、相手の匂いを嗅いでいればそのまま脱力さえしてしまいそうで軽く相手に体重をかけ)

この家が落ち着くのも君が暮らしている匂いがするからなのかもしれない。 ん、その人の匂いというのは汗に交じって香るからね。…それに良い匂いだと感じるのは遺伝子的に相性がいい証拠らしい。
（自分も甘い系の匂いよりか落ち着くような香りの方が好みだ。だがそのどちらとも当てはまらない相手の匂いが一番落ち着くのだから不思議な話だ。もう一度腕の中の相手にくっついて匂いを嗅ぐ。落ち着くそれと家に帰ってきたときに感じた安堵感と重なれば先ほどの疑問に納得が出来た。馴染みのある日用品と相手が生活しているからこその空間なんだろう。ぽつりとその結論を口にしていると相手が鼻先を当てて探るように匂いを嗅がれる。自分の意識できない部分を確かめられていることに気恥ずかしさはあるが悪い気はしない。調べた知識を照らし合わせながらも閉じ込めるように抱きしめられ段々と体重が預けられるのを感じれば口元に笑みを浮かべてぽんぽんと優しく背中を撫でながらも目を閉じて相手の匂いを確かめていて）