検索 2022-07-09 20:46:55 |
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まぁ俺もこの事務所の探偵として成長してきたってとこだな
(おやっさんから贈られる短く、されどもこちらを褒める言葉。滅多にそんな事を言わない彼に褒められれば一気に気分は有頂天になって叫びたい気分だった。だがここで感情的になってはハードボイルドな探偵からは遠ざかる、口では調子の良いことをいいつつ彼から見えない位置でガッツポーズをしていた。だがそれでも『調子に乗るなよ』と釘を刺されてしまえば「分かってるって」と軽い調子の返事をしながらも気持ちを落ち着かせていた。一方でおやっさんは関連事項として挙げられていた方を調べていたようで二件同時に収穫を挙げる手腕には改めて尊敬の念を抱いていた。一件は片付いたとして残り一件、そちらを任せられれば「任せとけ」と軽く胸を叩きながら了承する。程なくして事務所の出入口扉を叩く音が聞こえた。早速通報したという人物がやってきたようだ。気合いをいれて事務所のドアを開けるとそこには警察官が一人と、付き添われてやってきた男の子が一人立っている。『じゃあお願いします』と一言残して警察官が去ってしまって、ということは通報したのはこの男の子の方なのだろう。知らない場所に緊張している男の子の手を引いて中へと案内する。相手の向かいにでも男の子を座らせようかと思ったが、その前に男の子の方が『お母さんがね、違うの』と堰を切ったように話し始めた。目線の高さを合わせるためにその場にしゃがむと「違うって、どこが違うんだ?」と聞き返す。だが男の子自身もそれを言葉にして説明する事ができないのか暫くモジモジとして『お母さんじゃないみたいなの』と雲を掴むような答えしか返ってこない。男の子を落ち着かせようと肩を撫でてやるもいい質問は思い浮かばない。こちらが黙ってしまったのをみた男の子は『それにね、お父さんはもう家に居ないはずなのにいるの』とさらに情報を足してくれるがやはり要領は得ず唸り声を上げていて)
…ならば君のいつもの母親はどんな感じだい?
(新たなキーワードを追加すれば本の数は少なくなりはしたが当たりには程遠い。あれだけ強力なメモリなら直ぐに絞れそうなものだが不思議な事になかなか見つける事が出来ないでいた。仕方なく本を閉じ検索を辞めたほぼ同じタイミングで事務所の扉が叩かれる。入ってきたのは比較的幼い子どもで意識の外で薄ら聞こえていた二人の会話と類似案件の事例からその片方だと推測がついた。話を聞いてくれる人に出会えたからか、堰を切ったように話し始めるが何処か要領を得ない内容だ。話をまとめれば母親に違和感があり、不在のはずの父親がいるとことだろう。先程のケースを思い出し理想の状態が叶っているのかもしれないとの仮定の下、ソファー浅く腰がけ直してから男の子の言う普通を問う。そうすると少しの間視線を迷わせてから『…いつも忙しそうにしてる。僕の為におしごと頑張らないとって言ってた。』と話す。対して今の母親を問えばずっと父親と共に家にいてにこやかに話を聞いてくれたりやりたいことに付き合ってくれるらしい。話している内に男の子の瞳は涙で潤みはじめ『一緒に居てくれるのは嬉しいけど、でもなんか違うの』と訴えていて無意識に相手に目線を向けて)
……今が理想の生活ならまさか……_____なぁ、お前の家族は三人であってんのか?
(男の子の対応に難儀していると横から相手の質問が飛んできて役目を取られたようでムッとした顔を相手に向けるが煮詰まっていたのは確かなので黙って二人のやりとりを聞いた。男の子の両親の像がより鮮明になってくる、同時に相手が引っかかっていたキーワードを足せばひとつの可能性が見えてきた。その結末にあの時の相手の問いが重なり心は激しく揺れ動く。だが男の子がこちらを見つめる目に涙を浮かべれば、やはりこのままではいけない気がして優しくその背中を撫でていた。すると今度は誰かが慌てて階段を上がってくる音が聞こえノックもせずに事務所の扉をひらいた。同時に『サトルくん!』と女性の声が響き渡る。扉の向こうには両親と思しき二人がいた。母親の方は男の子をみると泣きそうなのと安堵したのが入り交じった表情で男の子に駆け寄りぎゅっと抱きしめる。父親の方も『勝手に出ていって心配したぞサトル』と優しげに声をかけていた。親子の再会に水を差してはいけないと立ち上がりその場を少し離れるが先程の涙を浮かべる男の子の顔が脳裏を離れない。男の子は両親に囲まれ先程のことを忘れたように幸せそうにしている。一件目と同じだ、このままにしておくのは違うと心の何処かが訴えていた。可能性を胸に抱えながらも 意を決して男の子に声をかける。それを聞いて男の子は何かを思い出したようにハッと息を飲むとゆっくりと頭を振り『違う』とこちらの質問に答えた。予想外の質問に予想外の息子の答えだったのか両親は互いに顔を見合わせ戸惑いの表情を浮かべる。母親の方が『何言ってるの』と諭そうとするが『お母さん前にお父さんはお空の上の遠くの方へいっちゃったって言ってたもん!』と声を張り上げた。すると母親の方は激しく動揺をみせる、心配そうに父親が『パパはちゃんとここに居るぞ?』と優しく語りかけていて、その様子に胸を潰されるような感覚だった。だが母親には余裕がなくなってきて男の子の肩を強く掴むと『そんなおかしな事ママが言うわけないじゃない。ここはサトルがいてパパがいて、それだけで天国みたいじゃない。三人いればそこが楽園でしょ?』と不規則な息遣いと共に声を荒らげる。その瞬間に母親の瞳には白銀が明滅し始めて、予想が的中してしまったことに息を飲んで)
…っ、やはり一件目と同じだ。 …本当に元の生活の方が良いのかい?
(男の子の回答と一件目の話から相手も同じ推測に辿り着いたのだろう。 ならばメモリの影響下にある人物は自ずと絞られる。直後階段を駆け上がってくる音が聞こえて扉の先には女性と男性がいた。この話と男の子の表情を見る限り両親なのだろう。母親に抱きしめられて父親に優しく見守って貰っている幸せそうな姿。家族という言葉が頭に浮かんだ途端ぐらりと視界が眩む。頭痛に頭を押さえていると相手の問いが事務所に響いて顔を上げる。再び男の子が息を飲んで否を示せば両親が戸惑いを浮かべ揃ってこれが自然なのだと声をかけていた。特に母親の方は顕著で明らかに異様な様子で声を荒げて説得を試みるがその瞬間瞳に白銀が宿る。やはり一件目と同じ現象だ。母親の剣幕に押されていた男の子だったが『それでもいつものお母さんの方が良い』と泣きそうな顔で告げる。すると『それじゃあ駄目なの!!』と母親が一際大きな声で叫んだかと思えば頭上に二枚の羽を持った輪が現れ白銀に光り出す。それに合わせて彼女が苦しみ出したのをみれば無意識に唇を噛み締める。一般的な社会状況に照らし合わせて考えれば両親が揃いそれぞれが優しく接してくれる状況の方が男の子にとって良い環境と言えるだろう。だが、先程の問いの相手の答えと頭に引っかかるような妙な感覚がこのままであることを良しとしない。苦しんでいる彼女を心配そうに見つめ何度も名前を呼ぶ男の子の前に立つ。もう一度、今度は当事者に探るような口調で問えば『うん』と短くもハッキリした返答がある。その真っ直ぐな目は何処かで似たような物を見たことがある気がして気付けば彼女の輪に手を伸ばしていた。輪が高い音を立てて砕ける。直後にまた周囲にノイズが入って眩い光が発せられる。目を開いた時には父親だった男は消えていた。元に戻ったのだろう空間で母親と男の子が泣きながらお互いを抱きしめていて)
っ!!…………いえ、そんな…
(母親の瞳に白銀が揺れ彼女と男の子が叫ぶ声が辺りに響く。理想的な幻想か辛い現実か、相手に問われた事がこびり付いて迷いが生まれこの足を止めてしまう。だが母親が叫び天使の輪が現れると弾けるように呪縛は解けて二人の元に寄ろうとした。だがその前に相手が動いていて目を見開く。あんなにも自分が興味を示したもの以外には心動かない人間だったのに、相手は今間違いなくあの男の子ときちんと向き合っていた。そして相手は輪に手を伸ばしてそれを砕く、連動するように周囲に光が走ってその中で父親が光に包まれて行くのが見える。そして目を開けばこの場に残っていたのは母親と男の子だけだった。互いを慰めあい支え合うように抱き合う母親と男の子になんと声を掛けていいか分からず、ただそれを見ていることしか出来なかった。暫くして母親が立ち上がると『ご迷惑をおかけしました』と頭を下げるがそれにも上手く返事をする事ができない。静かに二人は出ていって事務所に静寂が流れた。このままあの二人を見送ってそれで終わる事ができる。だが二人を泣き顔のまま送り出したのは自分の中で納得がいかなくて追いかけるように事務所を飛び出そうと駆け出した。しかしそのタイミングで『翔太郎』とこちらを戒める声が聞こえる。声の主はおやっさんだ。未だデスクに座る彼の方を振り返るがこちらが何かを言う前に『ここからは探偵の仕事じゃない、あの親子の問題だ』と静かに制される。確かにこれ以上あの二人に足を踏み入れるべきではないのもわかる、だがあの男の子にこの選択肢が間違いではなかったと背中を押してあげたいとそんな想いが確かにある。「でも」とおやっさんを振り切ろうとするが、再び『翔太郎』と名前を呼ばれ静止の圧を受けると最後には目線を下に向け「分かったよ…」と不貞腐れるように返事をし)
本当に、君はそれで良いのかい? 普段ならば甘いと言われようと彼らを追いかけて言葉をかける、は…ず…。 ………なんでも無い、忘れてくれ。
(母親をメモリの影響下から解放すれば父親消えて二人が抱きしめ合う。彼女が望んだのは息子が安心して幸せに過ごせる家庭だったのかもしれない。だが男の子が選んだのは辛くとも元通りの生活でその覚悟を見れば自然と身体が動いていた。そんな事は自分でも初めての行動だ。自分で自分の行動に驚いていると、男の子を抱きしめていた母親が立ち上がって礼を告げてから事務所を後にする。その後ろを追おうと一歩踏み出した所で今までのやり取りを見ていた鳴.海,荘.吉が静止をかける。確かに彼の言う通り探偵がやる事は状況の解決でその後のことは触れたりはしない。普段の自分ならばそんな事をしても意味が無いと告げただろう。だが彼の静止の声がけに素直に従い足を止めた相手を見れば期待を裏切られたような怒りや悲しみが綯い交ぜになった強い感情が沸き上がった。気付けば相手の肩を掴んで真っ直ぐと見つめ衝動のまま言葉を投げかけていた。問いかけだけでは沸き立つ感情は止まらず、いつもの相手ならば取るであろう行動を述べようとした所でそんな記憶は無いことに気付いて言葉の勢いを失っていく。自分は何を言っているのだろう、そんな事を言えるほど自分は相手の事を知らないはずなのに。口を閉ざせば再び事務所に静寂が流れる。心と頭が掻き乱されて落ち着かないような感じは初めて体験する物で気分が悪い。相手の視線がこちらに向いている気付けば掴んでいた手を離してから目線を伏せ小さく呟く。今はメモリの考察も含めて落ち着いて考えを纏めたい。『フィリップ』と彼が声を掛けてくるが「僕の役割は終わっただろう」と素っ気なく返してガレージへと降りる。一人だけになれば今朝まで検索して得た内容を書き出していたホワイトボードにこの目で見た白銀の輪を初めとする現象のことを書き足しながら先程の妙な気持ちの昂りに眉を寄せて考え込んでいて)
え、……普段の、俺……
(自分の感情とおやっさんの探偵としての生き様と、それらの間で揺れていれば唐突に肩を捕まれ顔を上げる。そこにいた人物と言葉にまた目を丸くする事になった。そこには他人に興味を持たないはずの相手が感情的に、しかも必死な目をしながら覚えのない事を訴えてくる。まだ出会って日も浅くそれほど信頼しているはずもないのに、なぜか相手の言葉はこの胸の奥底に響いてくる気がした。決して無視できない心を揺さぶる声、そんな類のものの気がしたが、相手は我に返ったようにこちらから離れおやっさんをも振り切ってガレージへと降りていってしまった。相手が居なくなってもなお相手の言葉は頭のうちに響き続ける。小さく呟きながら頭に手をやる、そこには何かが足りない気がした。だがその瞬間に、本人も気付かぬうちに、瞳に白銀が揺れる。次に呼吸した時には相手の声は頭からすっかり抜け落ちていた。再びおやっさんに声をかけられてそちらへと目線を向ける。いつも通り定位置のデスクに座ったまま『まだ事件は解決してない、分かるな?』と念を押すように声をかけられ頷いた。『何か分かったら報告しろ。任せたぞ』と期待をかけられるとその重みの分だけ嬉しさは増して「おぅ」と気合いの籠った返事をしてから相手を追ってガレージへと降りた。相手はいつも通りホワイトボードに向かって何か考え事をしている。内容はこの事件のようで、それなら好都合だ。背後へと近づきながら「お前もまだこの事件が終わってないこと分かってんだろ?輪っかに付いてた羽の数で」と相手の心境など知らず前置きはいらないだろうと本題を話して)
…ああ。最初に見た時は羽がが4枚で鳴.海.荘.吉が見たのが3枚、そしてあの母親の輪の羽は2枚だった。 順当に考えれば同じメモリの影響を受けている人はあと1人はいるだろうね。
(ガレージに降りて1人になれば先程まで強く湧き上がっていた感情も脳裏にチラついた光景も曖昧な物になっていく。睡眠不足による妄想の類だったのかもしれない。だが根拠も証拠もないこの些細な違和感を忘れてはいけないと何かが告げている。三人に共通する要素としてホワイトボードに書き加えた【今の生活への違和感】【理想の生活を叶える力】という文字がやけに目に付いた。そうして思考をまとめていると扉が開く音の後階段を降りてくる音がした。まだ暫く一人でいたかったのだが相手に言っても無駄なことだろう。足場をたどってこちらに近付くと共に話しかけられる声色は先程の事がまるで無かったかのようなものだ。寧ろ鳴.海.荘.吉に順調にいっていることを褒められでもしたのか調子良くも聞こえた。やはり自分の感じたことは見当違いだったのかもしれない。そう気持ちが傾けば幾らか思考も落ち着いて相手の方を振り返ることなくホワイトボードの方を向きながらもいつも通り淡々と輪についていた羽のことを話す。1人を白銀の輪から解放する度に減って言った羽の数、素直に考えればメモリの影響下にある人数を指しているのだろう。そうなれば相手の言う通り解決という訳ではなく少なくとももう一人影響下にいる人物がいるはずだ。メモリによって理想の環境を望んた人とかんがえて一つの仮説が浮かぶもそれは伏せてホワイトボードに書き込みを続けながら肯定を返して)
分かってんじゃねぇか。問題はそいつがこの街のどこにいるかって事だ。お前が検索した範囲にいないとなりゃ……ウ.ォ.ッ.チ.ャ.マ.ン.かサ.ン.タ.ち.ゃんに聞いてみっか。お前はこのまま検索頼む。なんか分かったら連絡してくれ
(先程は役割が終わったなんて言っていたがきっちりこの事件がまだ終わりを迎えていないことは把握しているらしい。背中に向かってニヤリと笑ってからホワイトボードの文字を眺める。これまで天使の輪が出たのが三人、最初に羽が四枚あってカウントダウンのように減っていくのを考えればもう一人同じような状況下にいる人間がいるはずだ。だが今の所四人目の情報は欠片も掴めていない状況だ。相手が検索によって見つけ出したのも含めメモリの影響下にいた三人の側にいた人が違和感を抱き始め何らかのアクションを起こしたのだ。それを拾い上げられたから良かったが四人目と言えばそんな兆候は今の所ない。そうなれば対象者はこの街の人全員になってしまう。それもまたあまりにも雲をつかむような話だ。こういう検討もつかない時は情報屋に頼るのが一番だろう。特に街を良く見ている二人にあたりをつける、手法は違えどあの二人はよくこの街を見ていて変化にも敏感だ。この街の綻びを見つけるのにはうってつけだろう。とはいえ何時相手の検索範囲に痕跡が現れるかも分からない。今度は自分一人で外へと出かけ相手にはこのままここに居てもらう方が良さそうだ。相手の顔はまだこちらを向かない。相変わらず興味のある方へ一直線だと呆れたようにため息をつけば、軽く肩を叩いてから検索を頼みその場を離れガレージを出ていくとそのまま事務所の外へと出ていき)
…分かった。 僕の方でも色々なワードで当たってみるよ。 ____ …キーワードは【左.翔.太.郎】
(これまでの傾向を考えれば影響下にある人は変化した状況に馴染んでいて手がかりになるのは周囲の抱く違和感だけだ。そして影響下の人の白銀のモヤを見れば周囲の人も段々とそれが普通だと思い込むようになる。つまり時間が経てば変化後の世界こそが皆の普通になるのだろう。相手から存在だけは知っている情報屋の名前があがる。物的証拠に頼れない以上、他人の感覚に頼るのは悪くない手だ。肩を叩かれつつ託された検索を引き受ければ相手が事務所への扉を開いて閉じた音を聞いてから振り返る。痕跡が見つからない4人目、ずっと引っかかっている違和感が今までのケースに該当するなら影響下にあるのは相手なのかもしれない。ホワイトボードに候補としてその名前を書くがその手が微かに震える。鳴.海.荘.吉は違和感を抱いてないようだった。もしも相手が4人目ならばそれを指摘出来るのは今の所自分しかいない。この仮説が正しいか確かめられるかもしれない方法は一つだけある。小さく息を吐いてから意を決して地.球.の.本.棚へと入る。キーワードは決まっている。相手の名を紡げばたちまち本は絞られていき一冊となる。だがその本は他のものと違って白銀の糸が巻き付いていて開くことが出来ない状態だ。中身を確かめることは出来ないがこの本自身が何よりの証拠だろう。一応手に取って他に開く手段は無いか確かめていると裏表紙に『翔太郎を頼んだ』と見慣れた字で書かれていてなぞるように触れると緑の粒子になって消えていった。それが何を意味するのか、分からずとも何をすべきかは分かった。ガレージに戻ってくれば「手がかりが見つかったよ」と相手に電話をかけて)
___さすがに情報が曖昧すぎるか。
(サ.ン.タ.ち,ゃんに礼と別れを告げて数歩歩き出した所でポツリと呟く。この街の変化に敏感な二人の情報屋だが、さすがに『日常に違和感を持っている人』という不明瞭なキーワードだけでは何かを見つける事はできなかった。二人共話していくうちに内容が脱線してしまうので適度に相手をしてから一人に戻ったがこれでは八方塞がりだ。次の手を考えようとした所で相手から着信があって電話に出る。どうやら向こうで収穫があったようで「分かった、すぐ戻る」と返事をすれば電話を切って事務所へと急いで戻った。事務所にたどり着き中へ入ればおやっさんは相変わらずいつものデスクにいて、タイプライターをいじっている所をみるに報告書の作成中だろう。軽く挨拶を交わして相手の所在を尋ねると、まだガレージにいると言われてそちらの方へと向かう。扉を開け早足で階段を降りていけば相手を見るなり「検索でなんか見つかったか?」と聞きながら近づいて)
ああ、おかげでハッキリとしない自分の感覚に確証が持てた。 …4人目は君だよ、左.翔.太.郎。 先程感じていた違和感、そして君の本には中身を見られることを拒むように白銀の糸が絡み付いていた。君がメモリの影響を受けているのは間違いない。
(電話を切ってから少しすればガレージへの扉が開いて相手が階段を降りてくる。今度は振り返って相手を見れば今から言うことが間違いでは無いと再度自分に言い聞かせるようにも返事をした。一度目を閉じてから真っ直ぐと相手を見据える。相手がメモリの影響下にあるということはここが相手にとって理想の生活であることを意味する。その事実を告げることは心苦しいがやらなければならないという義務感が背中を押して相手に向かって指を指せば探していた4人目の居所を突きつける。根拠として自分が抱いた違和感と地.球.の本.棚で見かけた白銀の糸に閉じられた相手に関する本のことをあげれば今一度その事実を告げて)
……は?お前何言ってんだ。俺が四人目って…別にいつも通りじゃねぇか。おやっさんと俺で探偵事務所やって、そこにあの夜お前が転がり込んできて、時々うるせぇアキコが来て……いつもと、変わんねぇ……
(こちらに連絡を寄越して来たということは四人目の手がかりを掴んだということだろう。相手が話し出すのを待っていたが不意にその目は閉じられて、次に開かれた時には決意がそこに宿っている気がした。そして相手の腕が上がって、その指先はこちらへと向く。該当者は自分なのだと、あまりにも予想外のことに思わず調子外れな声が出た。メモリの影響下にある人間の周囲はその人間の理想的な生活へと書き換えられる。だが今の自分の周りといえば何も変わったことは無い。この街を泣かせないために惚れ込んだ背中を追って、まだ追い続けてここにいて、そこに相手が加わり、おやっさんの口煩い娘が時折遊びにくる。それが今までもこれからも変わらない日常のはずだ。はずなのに、先程の相手の言葉が再び脳内で響き始めた。『普段の君ならば』と相手の声が木霊する。普段の自分とはなんだ、まだ会って少しの間しか経っていない上他人に興味のない相手が言う普段とはなんの事だ。思考が相手の声によって揺れ始める。言葉尻が怪しくなった所で、無意識に手は頭へと触れる。本来そこにあるはずのものを探すように頭の上で手を漂わせていて)
…違う。 君のその頭には探偵としての誇りが乗っていたはずだ。 それは君が、いや僕達が受け継いだ……あの夜、死なせてしまった鳴.海.荘.吉の魂だ! その罪を君は忘れるつもりかい?
(指先を向け4人目の正体を告れば調子外れの言葉が漏れて信じられないと言葉が続く。相手の語るいつも通りは自分の知っている日常で何処か変なところがある訳では無い。だが理屈でない何かがそれは違うと叫んでいる。思い出せ、自分はここまで必死に何を掴んでいたかった? 相手の声は段々と勢いを失いその手は何かを探すように頭の上を漂う。そこにはあるはずのもの、それは何よりも大切にしていた相手の矜恃を示すハットだ。ハットを被っている相手の姿が脳裏に浮かべば連鎖的に“元の”生活の一端を思い出す。頭に浮かぶままそして心が訴えるままに口が動く。何故自分よりも近くに居たのに彼は違和感を抱かなかったのか、恩はありながらも彼に自分は素っ気なく接していたのか。その問いによって導かれた答えは非情な物だ。覚悟を決めたように小さく息を吐くとハッキリした声で相手にとって一番残酷な現実を突き付ける。あの夜に二人して背負った罪を反故にするのかといつもはド.ー.パ.ン.トに投げかける問いを今は唯一無二の相棒に向けて)
おやっさん、が……?あの夜、俺は……俺達は……あ、ぐ……罪を、おやっさんを……
(頭に手をやり何かを探す。だがそれが何かすら分からない。手を彷徨わせていれば相手から強い否定の言葉が発せられ目線がまた相手へと奪われる。聞きたくない、でも聞かなければならない。相手は、そんな存在だったような気がする。出会って数日しか経っていない世間知らずの嫌味たらしい奴ではない。そして突きつけられた言葉は到底信じられないもののはずなのに胸を深く抉られるような鋭さを持っていた。そんなはずはない。さっきだっておやっさんとは言葉を交わしたばかりで、この依頼を任せてくれている。だがそう思う一方で心の底からはフィリップの言う事が正しいと全力で叫ぶ自分がいるような気がした。あの夜がフラッシュバックする。あの時に背負ったもの、託された重すぎるもの、そんなものが確かにあったはずなのに、思い出そうとした途端に煌めく光に遮られて思い出す事ができない。記憶を辿ろうにも頭が激しく傷んでそれを邪魔する、その間に瞳には白銀が浮かんで激しく明滅を繰り返していた。呻き声をあげているとガレージの扉が開く音がして反射的にそちらへと目を向ける。そこには確かに、憧れのおやっさんがいる。怪訝そうな顔を浮かべ『何してるんだ』といつものように呆れた声が飛んでくる。『アキコがここに寄りたいそうだ。二人とも上に来てくれ』とこちらを呼ぶ声が聞こえた。瞳は相変わらず激しく白銀が揺れて『おやっさん…』とうわ言のように呟くと何かに手を引かれるようにして相手を置いたままその場からおやっさんのいる階段の上へと移動しようと一歩踏み出して)
…っ、翔太郎!! 鳴.海.荘.吉はもう居ない、僕達が二人の一人の探偵としてこの街を守るって約束しただろう! あの夜の事も、君と歩んできた日常も、僕にとっては忘れたくない大切な記憶だ。 っだから、
(こちらが記憶から引っ張り出した事をぶつければこちらを見ながら惑う声が上がる。だけど何か思い出すように言葉が呟かれその瞳が白銀に点滅を繰り返す。あの二人と同じ、メモリの影響下にある決定的な証拠だ。このまま行けばと期待が募る一方で苦しんで呻き声をあげる姿を見れば自分がしてる事が本当に相手にとって良いことなのか分からなくなってくる。ここには相手が心から尊敬する鳴.海.荘.吉がいて組織も活動的に動いている訳では無い。誰も悲しむことのない相手が望む平和な街だ。一度は決めた覚悟がぐらついていると不意にガレージの扉が開く。そこには本来居ないはずの鳴.海.荘,吉が居ていつも通りに自分達に声をかける。所長も事務所に来てまた賑やかなやり取りが始まるのだろう。だけども相手の瞳が激しく白銀に光り自分を置いてそちらに向かおうとするのを見れば思わず相手の名前を叫んで腕を掴んでいた。メモリがどうこうだとか相手にとっての本当の幸せが何かなんてもうどうでも良かった。これは自分が元の相手に戻ってほしいというただのエゴだ。それが例えもう一度相手から鳴.海.荘.吉を引き剥がして失わせる最低な選択だとしても自分は二人で築いてきたあの日常が良い。もう一度相手の追う彼はもう居ないこと元の生活が良かった事を告げる。込み上げる感情のまま声を荒げれば時折嗚咽が混じって自分でも何を言っているか分からない。それでもこの思いを伝えなくてはいけないことだけは確かで言葉を区切って真っ直ぐと相手を見据えると「行かないでくれ、翔太郎…」と最早懇願するように言葉を吐き出して)
フィ、リップ……あ、ガ……おやっさんが、居て…ッ、…お前を狙う組織もいねぇ……アキコもおやっさんの横で笑ってる……ぐ、……そんな世界、理想でもなんでもねぇ……俺は、俺が犯した罪を忘れるわけにはいかねぇんだよッ!
(おやっさんを見ていると早くあそこに行かなければと気持ちが逸る。消えてしまう前に掴まなければと誰かに糸で操られているように体が無理やり動いていく。だがそれを止めるように腕を掴まれれば体を支配する何かを振り切るように後ろを振り返った。こちらを掴む相手の目を見つめながらその言葉を聞く。相手が言葉を紡ぐ度に頭を殴られたような頭痛が走る、だがこの声を決して聴き逃してはいけないと本能が告げている。そして『二人で一人の探偵』という言葉が脳を貫くように突き抜けていって、眩しすぎる光に包まれていた記憶が一気に晴れ渡っていく。この街を守っていくことを何度も様々な形で相手と誓った記憶。二人ならば互いに支えあって何処までも走れる、例えおやっさんがいなくても。掴まれていない方の手で相手の肩を掴む。相変わらず頭痛は激しく瞳の白銀の明滅は止まらなくて相手を掴む手に力が入ってしまうが、おやっさんに背を向け相手の方を見た。そして白銀を振り切るように叫べば頭の上には羽を一枚宿した天使の輪が現れた。この世界の居心地は良いものだった。だがそれで自分が数えるべき罪を無かったことにするなんて許されない。相手と築いた絆を無かったことにするなんて考えられない。懇願する相手の瞳を真っ直ぐと捉えながら「絶対にお前を置いていかねぇ!!」と叫べば自ら頭の上にある輪を握り潰して破壊して)
っ、翔太郎!記憶が……、ッ! __ もどっ、た?
(腕を掴めば相手の視線がこちらに戻ってきた。その目をみながら何か策がある訳では無い理論的でもなんでも無い、ただ心が訴えるままに言葉を紡ぐ。痛みに耐えているような表情と呻き声は変わらないが相手から肩を掴まれると目を見開く。激しく白銀が発光を繰り返しているがその微かな間に見える瞳は見知ったものに近い。加えて途切れ途切れながらも発される内容に息を飲んだ。相手もこの状況に抗おうとしている。それが分かれば肩を強く掴まれている痛みなどどうでも良く、更にこちらに引き寄せるように名前を呼ぶ。相手が振り切るように叫べば尚もメモリの支配を表すように白銀の輪が頭上に現れた。アレを壊せば全ては元通りだ。早る気持ちのまま自らが輪に手を伸ばす前に今一度相手と目が合った。その瞳にもう白銀はなく確かな決意が宿っていて自分と共にある事を強く宣言すると共に相手の手が輪を握り潰した。直後今までと同じ高い音が響いて世界が割れていく。更に一際強い白銀の光が辺りに拡散しては眩しさに思わず目を閉じた。光が収まったのを感じればそっと目を開く。目に入ったのは相手の姿とさっきまで見たガレージの光景。咄嗟に事務所に続く扉の方を見れば閉まっていて誰もいない。 白銀の輪を解放したはずだが自分の立場では元の世界に戻ったのか確信が持てない。目の前の相手に目を向ければ恐る恐るといったように呟いて)
…………ハードボイルドな俺にはこいつがねぇとな
(全てを断ち切るように、優しい幻想をぶち壊すように、高い音と共に天使の輪は砕けていく。同時に周囲は眩く光って目を閉じた。ゆっくりと目を開ける。もう頭痛はしない。ふと自分の姿を見れば膝丈スボンと腕まくりしていたジャケットは黒いスーツ姿へと変わっている。頭に手を伸ばせばずっと探していたものがそこにあって、ハットに手を当てれば目深にそれを被った。今記憶している事が紛れもない現実だ。組織は未だ暗躍して相手を狙い、メモリはこの街を泣かせ続け、そしておやっさんはいない。あの夜にまだ資格もないのに託されたこの帽子と、風.都.の探偵という立場。まるで身の丈に合っていないものを背負ってそれでもこの街を泣かせないためにただ走るしかなかった。だがそれは今や一人で背負うものじゃない。検索馬鹿で時折ツンとした言い方は同じでも、幻とは違い同じ志を持って何よりも特別で大切な相棒で恋人、フィリップという存在がいる。一人ではどうしようもないことを相手と一緒ならば成し遂げる事ができる。これのどこが理想ではないというのだ。あの夜の罪を背負ったままでも確かに今この時を選んでいたい。だからおやっさんには、遠くから見守ってもらうことにしよう。相手がこちらを窺うように見ている。辛気臭いのは性にあわない、ハットの縁を人差し指で持ち上げ相手と目線を合わせると問いの答えの代わりにいつもの調子で返事をするとニヒルに笑ってみせて)
っ…、ハーフボイルドの間違いじゃないのかい。 …間違いなく、いつもの君だ。
(メモリに作られた理想の世界は恐ろしいほどにリアルでほんの僅かの歪みを感じ取れなければきっとあのままの生活を続けていただろう。だからこそ服装が元に戻って鮮明に記憶をたどれるようになった今もまだあの世界と地続きなのではないかと不安が拭えない。そんな自分を察してかハットの縁を持ち上げいつものようにカッコつけてハードボイルドを気取る物だから不安げな表情が破顔した。口元を安心したように緩めていつものツッコミを入れておいた。あの世界の方が客観的に見れば良い世界なのは間違いない。それでも自分の相棒は師の背中についていき律された軸で動く人物ではなく、ハードボイルドと言えないほど甘く優しくそれでいて己を突き通す強さも持った目の前の相手しかいない。あの夜の罪を背負って託された街を守るのが自分が歩んでいく現実なのだ。元の世界に戻ったことと大切な物を離さずちゃんと掴んでいられた安堵感に緊張が一気に解けると上手く頭は回らなくて心が望むまま相手を抱き締める。その温度も形も確かに見知った物で本当に元通りなのだと無意識に背中に回した腕に力を込めながらもポツリと呟いて)
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