匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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……いや、想像以上だ。本当によくやった……!
(資料館を出た時にはとっぷり暮れていた太陽が再び東の空を明け染め、白い眩しさを増しながら天頂に差し掛かった頃。予想より随分と早く相手からの呼び出しを受け、例の水路へ足早に向かったはいいが、肝心の彼女の姿は見当たらない……それどころか、ここにあったはずの練習用のボートすら忽然と消えている有様だ。それでも、やけに元気なあの声だけが、いつものようにほんのすぐそばから親しみを込めて聞こえてくれば、瞬時にそのわけが理解でき。普段は滅多に見せない──気のせいか、ヴィヴィアン相手には何度目かになるようにも思うが──呆けた顔をしてしまって。数百年前の魔法を、あと一日かかったとて充分な偉業だろうに、こんなに早くものにしたというのか。それも、水魔法そのものについてはほとんど素人同然だったところから! 躍り出るようにして姿を現した相手に、その感心がありありと見て取れる眼差しを向けながら呟けば、彼女の頭を素直に二、三撫でてやり。彼女の求め方も自分の応じ方も、元気いっぱいな犬とその飼い主が行うそれに非常によく似てはいたが、これで労いになるのなら、いくらでもそうしてやろうというものだ。)
疲れてるだろ、宿に戻って一旦休め。夜になったら起こしてやる。……そこから先は、いよいよ今回の依頼の山場だ。
(道すがら買ってきた冷たい果実水の瓶を手渡すと、宿までの帰り道を念のため送り届けることにして。──うら若い後輩がここまで立派にやってくれたのだ、そこから先はギデオンが詰めを行う番である。昨夜から今朝にかけて交渉していた地元の小さな新聞社をもう一度訪ね、報復を恐れて渋る編集長を、ほかの記者とともに真剣に説き伏せにかかり。尾行の確実性が上がったという報告により、記事にする約束の取り付けにようやく成功すると、その先の準備は一気に進んだ。違法手段も含まれているのは皆承知のうえで、ある記者が盗聴魔法を、別の記者が暗視魔法を使い、ギデオンとともにトリアイナメンバーへの張り込みや、グランポート警察署の監視を。その間を縫い、いざという時のためカレトヴルッフに伝書鳩を飛ばし、夜にはヴィヴィアンを揺り起こして腹ごしらえ、それから北の波止場近くに移動して数時間の待機に徹し。敵が蠢きはじめたのは、真夜中も過ぎたころだった。まだ幼いひとり息子がどこにもいない、という漁師の通報が握りつぶされたようだという報告と同時に、波止場にトリアイナが現れた、あんたたちの言う通りレイケルまでいる、という知らせが。何やら集まるはずの人数が足りないらしく、なんだ、どういうことだと野太い声で揉めていたものの、程なくして、不審な袋を乗せた船で男たちが海へ漕ぎ出す。こちらもまた、若いライターと記録魔法の使い手、船を貸してくれた操舵手を伴い、魔法に身を隠して波止場を発ち。トリアイナの船の灯火を頼りとする尾行は、波に揺られながら数時間ほども続いただろうか。月明かりの眩い深夜であったが、それでも万全な蜃気楼魔法が功を奏し、気づかれることはなく。不意に前方で魔法火が打ちあがったかと思うと、ほど近い先に黒い島影が見え始めた。潮風に乗って漂ってくるのは、それとはっきりわかる魔獣の気配、苛立たしげな唸り声だ。どうやらファーヴニルは相当腹をすかせているらしい、生贄にしようとした瞬間を撮らせる余裕はないだろう。島にやっていた目を、緊張した様子の総舵手、連中への怒りに燃える目をした記者、杖の調子を念入りに確認している記録係へと移していった最後に、束ねた髪を夜風に揺らしている目の前の若いヒーラーに置き、暫しその横顔を見つめる。シルクタウンでも立派に仕事をしていたが、ここグランポートでともに調査にあたり、今も古代魔法を発動し続けているヴィヴィアンの横顔は、以前にもまして凛としているように感じられた。……ヴィヴィアンなら、大丈夫だろう。どんな事態が起ころうと、的確な判断を下すだけの賢さがこの娘にはあるはずだ。魔剣の柄に手をかけると、確かな信頼を置いた声で、今一度作戦の確認をして。)
打ち合わせ通り、トリアイナの連中は俺が全員行動不能にする……つもりだが、連中もそれなりの抵抗はするだろう。おまえは攫われた子どもと、こいつらの安全を第一に動いてくれ。
(/そう仰っていただけてほっとしました……!主様のロルや展開の運びにつきましては、お世辞や遠慮などではなく、本当に読みやすく返しやすいなといつも感嘆しております。自然とふんだんにちりばめられたビビの可愛らしさを目に浮かべるのが密かな楽しみです。今後も主様のお気に召すまま綴っていただければと思います……!
さしあたっての展開をわかりやすく項目化してくださりありがとうございます。ギデオンの戦闘シーンを楽しみにしてくださっているとのことでしたので、少々強引ではありますが、2に差し掛かるシーンまで移させていただきました。
また温かなお言葉までありがとうございます。痛み入ります……!ギデオンの昔の関係者ももちろんではありますが、主様の創作してくださったシェリー関連はふたりにそれ以上の深い変化をもたしてくれると思うので、今から非常に楽しみです。今後ともよろしくお願いいたします。)
ギデオンさんに頼まれましたからね!
( 今でこそ繊細さの欠片もない脳筋ヒーラーだが、元は魔導学院で研究を続けるか迷って冒険者になるのが遅れたほどの秀才である。滅多にお目にかかることの出来ない古代魔法を、合法的に習得して良いとなれば、文字通り寝食を忘れて没頭する姿は、どのジャンルにおいても水を得たオタクの目の色は似たようなものだと感じさせるもので。なんの色気も無い触れ合いに嬉しそうに笑い声をたてると、固く大きな手に形の良い頭を擦り付け、ふんす、と鼻息の聞こえそうな装いで胸を張り、一目で相手のことが好きでたまらないと伝わるような、熱く蕩けた視線を惜しげも無くギデオンに向ける。その感情が未だ、それこそ犬が飼い主に懐くようなそれに近く、近い将来、相手の子供を褒めるような仕草に満足どころか、焦燥感を感じるようになることは己もまだ知らず。グランポートの陽気に頬を上気させ「わあっ、ありがとうございます」と、汗をかいた果実水の瓶を両手で受け取れば、白く細い喉を晒して美味しそうに飲み干して。ギデオンのたてた計画では、まだグランポートのメディア達を説き伏せる大仕事が残っているが、相手なら問題なく成し遂げるだろう。そう確信に近い信頼をもって、ありがたく相手の労いに頷けば、夕刻ギデオンに直接揺り起こされることになるほど、深く気持ちの良い束の間の眠りに落ちていった。
──そうして迎えた夕刻、既に予想していたことだが、波止場からの報告に密かに下唇を噛む。願わくば自分達の勘違いであればいい、確実に捉えるつもりとはいえ、今袋に詰められている彼らの恐怖と心の傷は無くならないし、いなくなった者たちは帰らない。微かな落胆に杖を力強く握り締め舟に乗り込む寸前、ハッと気づいたように暗視魔法担当の若い記者と背中をつつけば、振り返った青年の耳元に唇を寄せる。艶のある唇で何かしらをそっと囁けば、不可解そうに、とはいえ満更でもなさそうに己の耳をさする青年の背中を押しながら、順に舟にのりこんで。数時間後の船上、静かな水路と違って波に揺れる船上での魔法の調整は難解を極めたが、何とか身を隠し続けられていることに安堵の息を漏らしながらも、本当に現れた島影に目を奪われていれば、かけられた大好きな声にそちらを振り返る。相手の声から確かな信頼を感じとれば、誇らしい気持ちになって晴れ晴れとした頼もしい笑みをにっこりと浮かべ── )
──絶対イ・ヤです!
もし予定通りに来なかったら、私上陸するので絶対帰ってきてください!
( 吹き荒ぶ風に舞う髪を抑えながら、元々豊かな胸を張り、ギデオンの発言を予想していたかのように、キッパリと相手の保険を切り捨てる。口ではそう言いながらも、いざとなればビビは冒険者として相手よりも記者たちを優先せざるを得ないし、迷わずそうするつもりでいる。相手もそう信頼してくれていることを知っているからこそ、これは万が一のお守りだ。連中と対峙したギデオンが、もし危機に陥り一瞬でもヴィヴィアンの冒険者としての覚悟を疑うほどに冷静さを失った時は、"私のために"逃げて来てという傲慢で、周りからの愛を疑わない彼女らしい発言で。この短い付き合いでギデオンがそういうことを言う男だと知っていたから、この発言で記者たちを不安にさせないよう、先程記者には『私が何を言っても、皆さんのことは絶対に守るので安心してくださいね』と強かに耳打ちしてある。記者たちに背を向けてギデオンを降ろす一瞬、縁起でもないことを口にする相手に怒ったような表情を浮かべれば、 「待ってますから」と今度こそ作戦通りギデオンとの合流地点の方へ帆先の向きを変え。)
( / お返事にお時間頂いてしまい申し訳ございません。ロルについてそう仰っていただけて非常に安心しております!此方こそ背後様の小説の一節のような描写を毎回楽しみにしており、以前のものも何度も何度も読み返しております。
此方の提案に沿ってのシーン進行もありがとうございました。毎回場面転換をおまかせしてしまい申し訳ございません、今回は背後様になさりたいことがなければ、戦闘描写までで投げていただければ3,4に転換させていただきますので、ご負担のないように御相手していただければ幸いです。
まだまだやりたいことが沢山で、これからの関係の変化も非常に楽しみにしております。それでは引き続きよろしくお願い致します!/蹴可 )
(すっきりした笑顔で告げられた明るい拒絶の力強さに、面食らった顔で相手を見つめ。「……いや、しかし」と往生際悪く呟きながら、彼女の背後で待機する記者たちに助け舟を求めようと目をやって。しかし、記録係は他所を見ながら肩を竦め、暗視担当のライターときたら意味ありげに片眉を上げる有様。先ほど何か耳打ちしていたなとは思っていたが、どうやらこれに関係する話だったらしい。つまりあの時から既にお見通し、その上周到な先回りもされていたというわけで。妙な決まり悪さを覚え、再び相手に何か言おうとするものの、彫りの深い目の上の眉をぎこちなくひそめるのみで、言葉は上手く出てこない。これがほかの年若い冒険者相手ならば、甘えたことを抜かすな、と即座に切り捨てていたはずなのだが。やたら自分に懐いてまわり、仕草一つで蕩けるように嬉しそうな顔をしてみせる……この妙な娘が相手だから、なのだろうか。淡い月明かりのなかでもそれと分かった、どこか親し気に叱るような表情や、「帰ってきてほしい」「待っている」という言葉。それらが妙に己の胸の内に入り込んだような気がして、はねのけるのは許されないような気がして。薄いブルーの目が、揺れる。結局、何も答えることを選ばないまま船を降り、別の合流地点へと漕ぎ出していく船の背を見送って。雑念を振り払おうと小さく息を吐くと、愛用の魔剣をすらりと引き抜く。鞘を撫でる金属音、それでようやく平常心を取り戻せば、三悪蠢く孤島の奥へ、今回の目的を今一度思い出しながら単身踏み込んでいき。
それから十数分後、それまで低く轟いていたファーヴニルの唸り声は、落雷のような激しいおののきとなって島じゅうにこだました。誰も来ないはずの場所に突然現れた戦装束のギデオンと、敵と断じて迎え撃ったトリアイナ、二者の間で激しい戦闘が幕を開け、いときわ強烈な流れ弾が哀れなファーヴニルの横っ腹に命中したせいだ。ぬらぬらと光る鱗を持った巨大なうわばみが死に者狂いでのたうちまわれば、木々がなぎ倒され、土が舞い上がり、哀れなトリアイナ戦士の何人かがあっけなくぐしゃぐしゃと潰される。その隙に乗じて生贄にされかけていた幼い子どもを抱え上げ、目眩ましの雷光を派手に一発──被害者確保の合図、逃亡に切り替えた知らせ。怒り狂ったジェフリー・カーンの罵声を背に、鬱蒼と茂る森を駆ける、駆ける。やがて辿り着いた東の砂浜、合流地点に仲間の船をみとめれば、「船を!」──出せ、と命じようとした瞬間だった。闇の中から一筋の紫電、咄嗟に子どもを船の方へ投げ出しながら転がるが、焼けるような痛みとともにぼたぼたと血が滴る音が。ミスリルの鎧も貫く魔法、そんなものを扱える人間がトリアイナにいるはずが……と思いながら振り返れば。黒い警察署長服に身を包んだ男、ヘルハルト・レイケルが、杖だけはギデオンに向けながら、氷のように冷たい声で「……予想外の客人だ。悪いが、その子どもを渡してくれるかね」と、ヴィヴィアンのほうに語りかけて。)
(/いえいえ、こちらもここ数回返信が遅めになってしまっているのでお気になさらず……!お互いに余裕のできた時間にてギデオンとビビの物語を一緒に楽しく遊べれば、と思っております。またお言葉に甘えて戦闘シーンに移させていただきました、レイケルやジェフリーなどはお好きに動かしてくださいませ。ご配慮いただきありがとうございました……!/蹴可)
( 仮に振り返ったとしてもギデオンの姿が見えなくなった頃合、海に出る前の囁きがやっと腑に落ちた顔のライターが「あーあ、帰ってきて怒られても知りませんよ」と、あえて場の士気を上げるために戯ければ、そんな理想的な明日を想像しては爽やかに微笑み「本望です」と、ギデオンなら絶対に実現させてくれると、祈るような気持ちで月光を反射する緑の目を細め、波の音に紛れて聞こえる嫌な唸り声に拳を強く握った。
島に近づき過ぎれば、より巨大な同質の魔法に吸収されて擬態が弱まる。とはいえ決定的な瞬間を捉えられなければ、危険を犯して記者たちについてきて貰った意味が無い。ギデオンにかけた盗聴魔法が届く絶妙な距離を操舵手に保たせながら、合流地点側の沖合でまんじりともせず波の音に息を潜めていれば、合図の雷光に小舟を東の砂浜へ寄せたのと、子供を抱えたギデオンが茂みから飛び出すのがほぼ同時。仮にも冒険者を務める身体能力、投げ出された子供は難なく受け止めるも、砂浜で繰り広げられた目の前の光景には「ギデオンさん!」と悲痛な声をあげて。今すぐ駆け寄って治療すれば"ギデオンは"助けられる──しかし、余所者に見られた時点で相手に自分達を逃がす気はないだろう。着岸してる今こそレイケルとビビの目はあっているが、離岸してしまえば広大な海で見えない小舟を見つけ出すのはほぼ不可能だ。ビビには……冒険者には、市民を守る誇りがある。幸い生贄になりかけた子供は魔法で眠らされているだけで、命に別状は無さそうだ。「私は贄となれば誰でも構わんのだぞ」と砂浜にビビ達を誘い込もうとするレイケルの言葉に一瞬、ギデオンに覚悟を決めた視線を向けてから、此度の諸悪の根源であるレイケルに向き治り「なんで私が仲間を見捨てないと思うの?貴方たちはクリスを見捨てたのに」と、蜃気楼魔法が強固になる沖合まで、苦手な防護魔法の術式を頭の中で組み立ながら、時間稼ぎで苦し紛れに今晩のもう1人の行方不明者の名を出して。そう、これだけ狼藉を繰り返していても、この事件においてトリアイナが疑われないのは、トリアイナからも少なからず行方不明者が出ているためだ。ならず者の寄せ集めと言えど、仲間まで差し出してよく疑心暗鬼で瓦解しないものだと関心さえ覚えたが、今晩も腕の中の子供以外にもう1人、ジェフリーの腹心クリスの行方不明報告が上がっている。市民からの疑いを逸らすためのデマかもしれないが、時間稼ぎになればなんでも良いと背中に汗を感じていると、ギデオンとレイケルの背後、茂みから脚を引きずったジェフリーが現れ「おい女!!どういうことだ!?クリスをどうしやがった!!」と怒鳴りながら此方に剣を向ける。その発言に此方がどういうことだ、とつるりとした眉間に皺を寄せた瞬間、背後で記者達の騒ぐ声が上がり、レイケルは冷酷そうな目を見開き、ジェフリーはバランスを崩して砂浜に倒れ伏した。その次の瞬間、足元がぐらりと大きく揺れたかと思えば、大きな波に煽られて小舟ごと勢いよく砂浜に乗り上げる。まるで、巨大な"なにか"に押された様な、と思わず振り返れば、そこには資料館で見た、かのガレオン船──エウボイア号がボロボロに破けた帆を、美しい月夜に揺らめかせていた。元は美しく輝いていた船首は折れて、赤黒い錆と黒い藻で覆われ、竜骨は水上からでも真っ二つに折れていることが分かる、真っ白だった帆は見るも無惨に汚れて裂け、船体はびっしりとフジツボで覆われて、中から禍々しく低い幾つもの声が重なり響いてくる。ほんの一瞬前までは姿形もなかった巨大ガレオン船の影に、ジェフリーはすっかり腰を抜かし、さしものレイケルもあっけに取られて硬直している。それを確認した瞬間、あれだけ恐れていた幽霊船を前にしても怯まずに脚が動いていた。月の光だけでもわかるほど広がった赤に抱きつく、または抱き上げるように手を伸ばせば、シルクタウンの時とは比べ物にならない程の白く温かな光が2人を包み込むだろう。 )
……っ!!ギデオンさん!!
( / 此方こそご理解とご配慮ありがとうございます。返信不要との事でしたが、非常に長文となってしまったことを謝罪させていただきたく、返信させていただきました。我ながら文章の圧におののいております……大変申し訳ございません。
3,4まで描写出来ればと申し上げましたが、ギデオン様のピンチという緊迫感溢れるシーンの勢いを是非活かしたく、捕まえるシーンを省略し一気に5まで進行させていただきましたが、返信し辛いなどございましたらご遠慮なく仰ってください……!
それではご指摘などございませんでしたら、今度こそ返信不要です。どうぞよろしくお願い致します。)
(うつ伏せに倒れた身を起こすべく、砂浜に剣を突き立てながら、獣じみた呼吸を荒々しく繰り返す。貫かれたのは右肩、三本の完全貫通した魔法創から激しい勢いで血が噴き出ていた。これが普通の傷だったなら、歴戦の戦士たるもの、まったく歯牙にもかけなかっただろう。しかしこの傷はそうもいかない。どうやらレイケルが足止めを目論んだらしく、紫電に纏わりついていた濃密な闇の魔素が、傷口からじかに生命力を蝕んでいくのだ。心臓が脈打つたび、じわりじわりと視界が赤黒く染まり、目が血走り、ただでさえない魔力が抜け落ち、全身を強烈な悪寒が襲う。普通の肉体の痛みには慣れきっていても、肉体を超越した部分に直接干渉する魔法攻撃にはまるでなす術がない。まずい、中和を、だがそれよりも周りで何か異状が、早く動かなければ、敵を倒さなければ、彼女らを守らなければ──どっと脂汗を浮かべながら必死に立ち上がろうとした、そのとき。ふわり、と何者かに抱きしめられたかと思うと、思いがけない温かな光に覆われ、ただ優しく満たされた。視界を染める眩しい白、一瞬だけ訪れたあり得ないはずの穏やかな静寂。目を見開き、それでも本能的にその祝福を、全身で貪るように取り込む。すると、熱く重くこわばっていた身体がほどけるように楽になり、表情からも死相がゆるやかにかき消えて。癒しの光が解けたころ、自分をかき抱く相手の顔をようやく確かめる。ありったけの治癒魔法を発動してくれていたのは、死の淵に降臨するという花の女神ではなかった。この数日ずっとともに過ごしてきた相手、「帰ってきて」と伝えてくれたあの彼女。ヒーラー娘、ヴィヴィアンの、月光に淡く浮かび上がる白い顔を、深い緑色の双眸を、ほんの数秒ただ見つめて──)
……ファーヴニルが追ってくる。船を出すぞ!
(──礼を言おうとしたその口から、代わりに鋭い声が飛び出す。ギデオンの目つきも表情も、既にはっきりしたそれらへと切り替わり、戦士としての冷静な判断力が一気に巻き戻っていた。想像以上に大きく醜く膨れ上がっていた大蛇のことは、単独撃破は難しいと判断し、あのまま森に置いてきている。だが今宵の奴はまだ、生者から魂を啜っていない。あの有様なら、おそらく人の気配が集まっているこの浜辺に錯乱しながらも突っ込んでくる、そう確信しての警告で。相手の治療魔法のおかげで活力を取り戻した全身を翻すようにして立ち上がり、相手を庇って剣を構えながら、周囲を油断なく一瞥する。自分が傷に囚われ、そして相手に救われた間に、辺りはさらにおぞましい事態へと変化していた。浜辺に乗り出した幻の幽霊船、エウボイア号の登場には、流石に愕然と見上げてしまい。資料館で確認したそれからあまりにも変わり果てた、禍々しい船体の割れ目から、どろどろと溶けかかった巨大なタコ足のようなものが幾筋も伸びだしている。メインマストの切っ先に串刺しになっていた死体を見て「クリス!」とだれかが叫んだそこに、エウボイア号の触手が食らいつくように伸び、男をぐるりと巻き取った。悲鳴、やけくその詠唱、骨の砕ける音、絶叫、握り潰される音、そして敢え無き断末魔。トリアイナの連中が狂ったように叫びながら魔法や剣戟を叩きこむが、それに反応してまた第二第三の触手が伸びては、連中を船の中へと引きずり込み、鋭いフジツボの覆う甲板にやするように擦りつけ、あるいは船体のフォアマストやミズンマストにこれ見よがしに突き刺して。汚れた帆に大量の血が華々しく散り、月光に煌めく海を背に、ある種の異様な美しさを放っていた。──予想だにしない、ファーヴニルなど霞むようなおぞましい怪物の登場だが、この機を逃がすわけにはいかない。ヴィヴィアンヴィを伴い、浜に打ち上げられた小舟のもとへ駆けつける。すっかり腰を抜かした総舵手に喝を入れ、ライターに助けた子どもを任せ、記録係に船の移動を手伝わせ、そうして脱出の手筈を進めていくが。「逃がすか──逃がすものか!」地の底に住まう怨霊じみた声に振り返れば、血だらけのレイケルがこちらに猛然と突き進んできた。その後ろには、何故かレイケルと同士討ちしていたらしい、鬼のような顔つきのジェフリー・カーン。そのあとを追うようにエウボイア号から触手が迫り、さらには森の方から、傷つき飢えたファーヴニルの這いずり回る音が地響きのように近づいてくる。後ろで上がる記者たちの悲鳴、まさに絶体絶命といえる事態だ。……しかし、先ほどのあの光は、癒し以外に闘気までもたらしたのだろうか。迫りくる事態を前に、不思議と落ち着き払ったまま、隣の彼女と目を合わせる。それは島に入る時と違い、この身を捨ててでも、という思いから発した言葉ではなかった。彼女となら。前に出て戦う己に、彼女の助けがあるのなら。自分も一緒に、生きてこの場を切り抜けられるはずだと、そう確信しきった声で、若いヒーラーに問いかけて。)
──ヴィヴィアン。シルクタウンの作戦で使った閃光弾を何発か打つだけの魔力は、まだ残っているな?
(/謝罪は全くご不要です、むしろ満を持して登場したエウボイア号の描写から背後様の筆がノリノリなのを感じとって大歓喜しておりました……!こちらもついつい楽しみまくって大きく進めてしまいましたが、瀕死状態のギデオンをもっと見たい!などありましたら、戦闘中でも無事離脱後でもまたその流れを持ち込みますので、お気兼ねなくお申し付けください。
※第三者が多数絡む事件が進行中である以上、展開をついつい強引に進めてしまっておりますが、この山場を越えた後は、もう少し(作中基準で)リアルタイムな感触のロルに戻せるようにしようとも考えております。今現在偏重している駆け足気味のロル構成について、もうしばらくの間だけ目をつぶっていただけますと幸いです……!
また、お気遣いいただいたにもかかわらず背後返信を続けてしまい恐縮ですが、上記の興奮や提案をお伝えしたかったという理由のほかに、一点ご相談が。主様の手により、「昔はいい男だったぶん、今は頭部の劣化を密かに気にしている」というキャラ付けがなされた時から、ジェフリーのことが実はひっそかに気に入ってしまいまして……。諸悪の根源レイケルはここで滅びるのが妥当だと考えているのですが、ジェフリーについては(今であれ、後で判明するのであれ)一旦生存、とさせていただくことは可能でしょうか……?
グランポートの失踪事件共謀者であり、トリアイナの旧メンバーを追い払ったうえ何なら沈めた可能性もある、これ以上れっきとした悪人ですから、のちのち悪事の報いを受けて哀れな最期を遂げるのももちろん大アリだと考えています。しかしいかんせん、この場限りにしてしまうのはなんだか惜しい、もうちょっとだけジェフリーを見てみたいというしょうもないファン心が……! キャラの扱いをどうするか、という単純な話ではありますが、主様ご考案のキャラクターであること、また主様・当方のどちらもが大事なものとして捉える「倫理」に抵触する人物であることから、事前に確認させていただきました。主様の考えをお聞かせいただければ幸いです……!)
( 夢中でかき抱いたギデオンの体は、不自然に熱を持っているにも関わらず、冷たく嫌な汗がじっとりと瀟洒な赤いシャツを濡らしていた。脈も弱いし、手足も氷みたい──半無意識に手首をとって脈を測ると、白くなった指先にゾッとしてギデオンの白茶けた顔をのぞき込む。こんなに冷たく重い彼の手は知らない。今まで触れた彼の手は、硬くも暖かくてふわりと優しくビビの頭を撫でてくれた。左手と太腿でギデオンの体を支え、右手を相手の左手に絡めて握りしめると、自身の熱を移すかのように聖の魔素を流し混み。止まらない血とどんどん浅くなる呼吸に、思わず強く抱き締めれば、周囲の目を気にする余裕もなく「……っ、ちゃんと、告白し直すから、待っててって約束したじゃないですかっ!」それが一方的な約束だったことも忘れて言い募り、その勢いで肩口に執拗く纏わりつく闇の魔素を勢いよく霧散させて。ビビの額にも冷や汗が滲むと同時に、その下の大きな目の縁に微かに水分が光ったのは、悪意に満ちた魔法に、瞬きも忘れて対抗したためだ。)
──っ!……ビビって呼んでくれたらメテオもいけちゃいます。
( 己に向けられた信頼、声に滲む前向きな確信、そして何より"ヴィヴィアン"と、相手の口から滅多に聞くことの無い名前に心が舞い上がるのを感じる。声にならない歓喜に表情を緩ませて、現状を思い出すように一呼吸置けば、杖を握り直しながら断られる前提の冗談を。悍ましい触手によって次々と人間が空を舞い、マストには死体(ならまだ救いもあるが)の串刺しが連なる。そんなこの世のものとは思えぬ光景を前にしても、ギデオンが隣に立っているだけで、怖いものなど何も無い気がした。杖を袈裟斬りの要領で振るえば、レイケルらに向けて魔法の炎と熱された砂が降りかかり、ついでに"偶然狙いすましたかのように"ジェフリーの前髪に引火する。「態とだろお前!!」と、ビビが言えた立場でもないが、こんな時でさえ逞しく一瞬前髪に気を取られたジェフリーに詰め寄り、両手で杖を振りかぶる「あんたの為に覚えたわけじゃないんだけど、」と、その杖に聖魔力を纏わせれば気持ちよくフルスイング。ホームラン、とは勿論行かずに、寧ろ無惨に地面に擦り付けられ動かなくなったジェフリーに、「言いがかりはよしてよね」と初日の恨みとばかりにべえっと舌を出し。そうしてジェフリーとビビがじゃれあっている間、レイケルとギデオンはどうしていたのだろうか。焼け付く砂に顔の皮膚の一部が剥がれ落ちても尚、執念深く小舟へ杖を向けるレイケルにハッとして、此方も杖を握り直した時には既に、半透明に濁った粘膜と腐臭を纏った触手がレイケルを絡め取らんとし、ファーヴニルの毒牙もまたその頭を噛み砕く瞬間であった。
かくして、レイケルは生きたままエウボイア号の怨霊に背骨を締め砕かれ、頭から黄金に変貌していく身体では痛みを紛らわすために身を捩ることもできずに、グランポートの港に届く断末魔と、哀れで醜い金塊だけが砂浜に残った。
レイケルを止めようと放った閃光弾が、砂浜の凄惨な状況を間抜けに照らしたかと思うと、杖を握った両手にボタボタッと生温い赤い液体が降り注ぐ。それが自分の鼻血だと気づけば、視界は明滅して酷い吐き気に嘔吐きが漏れる。戦闘スタイル上、何度も覚えのある感覚に、ギデオンの肩の治療、砂浜を抉った火災旋風、ジェフリーに叩き込んだ聖魔法と閃光弾……これくらいで魔力不足になる訳が──と記憶を辿れば「あ、しんきろ、うまほ……」と呂律の怪しい声を漏らして。元凶を討ち取って満足したのか、それともビビの視力がそれ程までに狂ったのか、エウボイア号の姿こそ見えないものの、ファーヴニルが閃光弾でのたうち回っている間に船を出さなければ、既に限界に近い身体に鞭打って1歩、砂を踏み締めた音がやけに大きく聞こえた。)
( / お優しいお言葉ありがとうございます!調子に乗ってまたしても長文となってしまいましたが、当方もかなりの駆け足のロルですのでお気になさらず。毎回しっかり進行していただき感謝しかございません!失踪事件を提案させていただいた当初、全く想定していなかったほどスケールの大きく魅力的な展開を楽しませていただき、なんとお礼を申し上げれば良いか……!
寧ろヒーラーとしてのキャラ特性上、背後様のなさりたい負傷描写を邪魔してはいないでしょうか。回復度合は背後様に匙加減で調整していただけるよう描写しないよう意識しておりますが、想定されている展開がある場合は仰ってください。
ジェフリーへのお褒めの言葉まで恐れ入ります。実は当方も展開の流れ上とはいえ、腹心のために怒ったりするような人間味のある彼に少し愛着が湧いておりました。彼がエウボイア号を沈めたとなると、幽霊船エウボイア号が逃がしてくれなさそうだったため、レイケルかその部下が行った事件ということで、ジェフリーは今後再登場も可能そうな形で決着させて頂きました。最終的に逃げ得になるような展開は看過できませんが、今後の展開次第で再登場させられることを楽しみにしております。ご丁寧に確認いただきありがとうございました。
また少し気は早いのですが、今回非常に規模の大きい事件の展開を楽しませていただいたので、次はキングストンのお祭りの警備の様な、軽めの仕事を想定しておりますが如何でしょうか?ビビの賭けの内容は『ギデオンさんと最後の花火を見たい』で、大きな事件の幕間として、テンポよく短めロルで進行出来ればと考えております。 )
(ギデオンを見つめ返す翠玉の瞳は、もう先ほどのように不安げに滲んでなどいなかった。代わりに今宿るのは、凛々たる強い光。それにふさわしい勇ましい冗句さえ緩んだ顔で返されれば、こちらもふっと微笑んで。──無言で前を向いたのが、ふたり同時。次いで、相手が鮮やかに捌いた杖から、凄まじい爆炎が薙ぐように放たれる。派手に巻き上がる熱砂、夜空をつんざくレイケルの悲鳴。それがこの禍々しい孤島での、最後の戦いの幕開けとなって。足を引きずっていたジェフリー・カーンは、支援職ながら腕の立つ相手を信頼して任せ、己は水魔法と風魔法を混ぜ合わせた冷風の鎧を纏い、灼熱の煙幕へと一直線に突っ込んでいく。「あああ……!」と顔を抑えながらのたうち回っていた警官服の男、その四肢に、自由を奪うべく魔剣を強振。しかしぎょろりと目を剥いたレイケルは、すんでのところで飛び退った。「この、忌々しい害虫どもが……!」と余裕のない声で罵りながら立ち上がる悪党、彼の整った顔の右半分は今やべろりと剥がれ落ち、赤黒く生々しい肉が、奴の本性そのもののようにおどろおどろしく露出している。醜い怪物になり果てた男がこちらに杖を構えれば、その切っ先より、闇の魔素からなる暗黒の刃が夜気を震わせて長く伸びた。二度同じ手を食らうものか、とギデオンも激しく睨みつけ、互いに間合いをはかりながら対峙すること数秒。次の瞬間飛び出して、火花と闇の魔素を散らす猛烈な剣戟を一閃、二閃、三閃。互いの執念を燃やし、吼えながら斬りつける。やがて力量の差に気づいたのか、自棄を起こしたらしいレイケルが、「貴様らだけは──絶対に──二度と大陸には戻さん!」そう言い放ち、背を向けてまで浜の小舟に魔法を撃ち込もうとしたのと、ギデオンが「それ」に気づいてはっと身を屈めたのが、ほとんど同時。月光を遮るほどの巨影がふたつ、ぶんと夜気を切って伸びた。エウボイア号の太い触手は、レイケルの胴体を横ざまにがっちりと捕らえ。ギデオンの背後の森から飛び出したファーヴニルの毒牙は、奴の頭をいともたやすく噛み砕いて。欲望に狂った悪漢の、あまりに無残で皮肉な最期。その全容が、不意の閃光弾によって明々と照らしだされたために、ギデオンの目にしかと焼き付けられることとなり。)
……っ、ヴィヴィアン!
(しかし、目を瞠っていたのも数秒。閃光弾の出どころを思ってはっと我に返れば、相手が向かったはずの地点へ大股で駆けていく。はたしてそこには、大の字になって気絶しているジェフリー・カーンと、顔の下半分を真っ赤に濡らしながらも両足で立つヴィヴィアンの姿が。どうやら奴との戦いには無事に勝った様子、しかしなんだか様子がおかしい、遠目ですら酷く危うげにふらついて見えるのは気のせいか。砂を蹴ってさらに駆け寄り、真正面から薄い両肩を掴むと、汚れてしまった顔を覗き込みながら「大丈夫か!」と声をかけて。)
(/シリアス面でもコメディ面でもビビのヒロイン力が相変わらず突き抜けててもう最高の回でした……(深夜の挨拶)
そう言っていただけて安堵の思いがひとしおです。せっかくの最後の山場だから、と今回もノリノリで戦闘シーンを堪能させていただきましたが、サスペンスもラブコメも冒険要素もたっぷりのグランポート編を主様と追いかけられたこと、心から楽しくてたまりませんでした。主様のアイディアや魅力的な描写、何よりこの素晴らしい怪談エンドがあってこそですので、こちらこそ本当にありがとうございました……!
負傷描写については、今までの描写で全く問題ございません。むしろ、負傷しがちな戦士とそれを回復するヒーラーらしい描写を本格的に盛り込むことができ、こちらも心行くまで堪能しておりました。
今回の怪我の回復度合いについてですが、是非是非ご提案が。「レイケルの闇魔法はかなり特殊であり、本来ならば不治であるどころか、その場しのぎの治療を施すことすら不可能なはずだった」「しかし、ビビの治療魔法はギデオンの体質に奇跡的に噛み合うらしく(※魔法医療では稀にあること)、本来できないはずの一時治療がきちんと果たせている」「今後も定期的にビビに治療してもらい、残存性・復活性のある闇の魔素を、確実に完全に克服するように」……という診断が、カレトヴルッフへの帰還後、ギルド専属の専門医から命令として下される、というのは如何でしょうか?いつぞや募集板で記載した「戦士とヒーラーの契約要素」を、長期治療という形で是非持ち込みたいなと……!
ジェフリーの件も同じ思いだったようで、嬉しいやらほっとするやらでした。過去についても今度についても、是非その方向でお願いいたします。素晴らしいご対応をありがとうございました!
最後に次の展開についてですが、もちろん大賛成です。2件目のクエストにしてしっかりがっつり楽しんだ分、次はほどほどにゆるい仕事で息抜きしつつ、ギデオンとビビの水入らずの交流を楽しめればと思います。お祭りの警備は初日から数日間を担当し、シフト上最終日の夜は仕事から外れてフリーになる……ということであれば、ふたりでゆっくり花火を観られそうですね。その際ギデオン側で、実は古馴染みたちからも花火を見ながら飲もうと誘われていたものの、賭けの件があるので(という言い訳で)断る……という背景を盛り込むことにより、ギデオンの生活の中に「ヴィヴィアンのために」「ヴィヴィアンといる方を」、という選択肢が少しずつ入り込んでいくきっかけにしようかな、とも考えています。)
"ただの"、魔力、ぎれ……なんで、っ……
( 魔力はその保有量にこそ大きな差があれど、誰の体にも流れる生命力のようなものでもある。ギデオンの怪我とは違い、時間経過で回復するとはいえ一時的にでも切れれば、身体に不調をきたすのは当然のこと。ヴィヴィアンがその少ない魔力を使う術を持たぬ者達と違うのは、生まれながらに魔法の才能のあった彼女は、魔力を無意識に"使いきれてしまう"ということで。幼少期から幾度となく経験してきた目眩に出血、南の島にも関わらず奥歯は震えでガチガチと音をたてる。早く、早く逃げなくちゃ──白けていく視界の中、数m先の小舟がはるか遠くに感じて、瞼を閉じかけた瞬間、両肩に熱い感触と視界いっぱいに大好きな相手が映し出されれば、安心でふっと身体から力が抜ける。ああ、鼻血見られたくなかったな、なんて場違いに呑気なことを考えながらも、大丈夫かと問われれば真っ青な顔に気丈な笑みを浮かべて『だから、早く帰りましょう』という言葉は音にならなかった。 )
( / ギデオン様とレイケル様の迫力ある一戦、背後様の素晴らしい描写も相まって脳内再生余裕でした!まるで映画でも見ているような、手に汗握る展開を心から楽しませていただき、完っ全に痺れました!
此方も背後様のような読みやすく、素晴らしいロルを書けるよう精進して参る所存です。
負傷&回復描写へのご理解とご提案ありがとうございます。心躍る素敵な展開に、今後の二人の関係を想像するだけでワクワクして、不謹慎の極みですが、戦場での治療以外の、落ち着いた場所での定期的な手当ってなんか色っぽいなとテンションも上がっております……! これ以上なく魅力的な展開だと思いますので、是非そちらでよろしくお願い致します!
いつになるかは分かりませんが、完治するのにジェフリーが一役買うような展開になっても面白そうなんて考えてしまいました。
次の仕事の件もご賛成いただけて安心致しました。ギデオン様の内心の変化と共に、ヴィヴィアンも純粋な憧れから彼自身を見るような展開が入れられればと考えております。魔物や事件に対しては頼もしい2人が、子供や人出の多さにぐったりするようなコミカルなシーンもありそうで、非常に楽しみです。 )
!? おまえ、何を言って……
(相手の口からもたらされた言葉に、思わず唖然とした表情を向けて。無機物である魔道具ならいざ知らず、生きた人間が魔力をゼロまで使い切ることなど、通常はあり得ない。言わば「体中を流れる血が全部抜け落ちただけ」「心臓を止めただけ」と形容するようなものだからだ。とはいえ、本人の言が事実ならば、この見たこともない酷い容態に納得してしまうのも事実で。元々白いのを通り越して最早蒼白な顔、弧を描きながら震えて動くも言葉を紡ぐことすらできない紫色の唇に、今宵たくさんの働きをしてくれた彼女はもう限界も限界なのだ、と知って選ぶ行動はただ一つ。彼女の薄い背に左手を、細身のスキニーパンツの膝裏に右手をやり、ふわりと持ち上げ──優しく、横向きに抱きかかえた。痛々しい赤に染まった顔を労わるような視線で見下ろし、「大丈夫だ、もう休め。あとは俺と記者たちに……」任せろ、と言おうとした時だ。後ろで何やら勇ましい声が上がったので、ふと振り返ってみれば。なんとライターと記録係、ついでに眠らされていたはずの被害者たる子どもの3人が、身悶えるファーヴニルの周りで何故か威勢よく飛び跳ねていた。一気に冷える肝、「馬鹿野郎、何して……!」と大声で呼びかけるが。記者の青年がファーヴニルの気を引くように煽り立て、記録係が正体のわからぬ魔法を大蛇の両目に撃ち込み、そして少年がファーヴニルの尾にぴょんと飛び乗れば。鎌首をもたげた大蛇は、かっと口を開け、己を踏みつける少年を喰らうべくその頭を突進させた。しかしそこは、身軽な彼が既にひらりと飛び降りた後で。自慢の毒牙を、ほかならぬ己自身の尾に深々と突き立てたファーヴニルの眼が、大きく大きく、こぼれ落ちそうなほど見開かれる。石になったように動けぬまま、その巨体は尾の方から少しずつ、煌びやかに変貌していき。やがてウロボロスの紋章よろしく、円環を成す黄金の彫像へと変わり果てた不死の大蛇。傍らではライターと記録係が太い勝鬨の声を上げ、幼い少年はファーヴニルの頭の上によじ登り、その小さな拳を天に高々と突き上げて吠えた。……こちらはこちらで、別方面にあっけなく勝負が決まったらしい。激しく脱力しながら小舟のほうを振り返れば、操舵手ただひとりが、まともにぶるぶると震えながら「やだ、もうやだ、帰りたい、なんなんですかあいつら怖い」とギデオンに呟いて。思わず、安堵やら何やらが混ざった盛大なため息が漏れる。──長い長い夜が、終わった。)
……、目が覚めたか。
(それから数時間ののち。薄青く白む空の下、器用な操舵手の魔法により、広い海面を二艘の船が走っていた。一艘はギデオンたちの乗る小型の船、そしてその後ろに続くのは、トリアイナの連中が乗っていた中型の船である。後者にはジェフリーをはじめとするトリアイナの残党どものほか、今回の事件の物証として、黄金の像になり果てたレイケルと魔法で縮めたファーヴニルも、厳重な拘束を施したうえで載せている。それでも尚、一刻も早くそれらから離れたいらしい操舵手が、一心に船を駆り立てるなか。ふと隣で生じた身じろぎの気配に、水平線に目をやっていたギデオンが振り返り。先ほど顔の血は拭ってやったが、今の具合はどうだろうか。上体を傾けて少し顔を寄せると、相手の顔を覗き込みながら、そっと話しかけて。)
(/お褒めの言葉ありがとうございます……!
不謹慎どころか完全に同意です、約束された治療風景ってものすごくものすごくいいですよね……!? 何度でも堪能したいので、主様がお望みの際にも、診察の予定を遠慮なく盛り込んでいただければと思います。また、いわゆる腐れ縁ポジションに落ち着くであろうジェフリーが役立つのも、最高過ぎる案なので是非! 主様同様、今後どう活躍しようと過去の重い罪は消えないため、無罪放免じみた扱いにするのは違うと考えておりますが、ほんのちょっと取り返すような一面を見るのが今からとても楽しみです。
またこの長期治療に限らず、ギデオンが怪我をし、ビビがその手当てをする、といった要素を楽しみたい気持ちが盛りだくさんですので、今後のシリアスパートでも是非お約束にさせていただければ幸いです。逆に今回のように、ビビが魔力を使い果たし、ギデオンが彼女を守る、という立場の逆転も同時に楽しんでいけたらとも考えております!
お祭りの風景もさっそくわくわくが止まりません……!特にギデオンはどちらかと言えば人嫌いですから、「休みたい」という一心で、そうとは自覚しないまま二人きりになれる場所へ連れていったりしそうですね。警備中にビビの友人たちとすれ違い、同年代と接するときの、ギデオンの知らないビビの一面を垣間見る、なんていうのもありえるだろうかと妄想しております。今後グランポート編の事後処理を簡単に進めたのち、早速お祭り編に向かっていきたいと思います。
特に追加確認等なければ、お返事には及びません。引き続きよろしくお願いいたします……!)
( ふわりと身体が浮いた感覚に、吐き気が込み上げてうっと口を抑える。焦点の合わぬ目と限界を迎えた身体では、今自分がどのようにギデオンに抱えられているのかさえ分からない。魔力切れを起こした時は、決まって己の無力さだとか、嫌な思い出だとか、最悪なもの全てを詰め込んだような悪夢を見る。それが嫌で、普段であれば意識を保とうと悪足掻きをするのだが、ギデオンの『大丈夫だ』という言葉だけがやけにはっきりと聞こえた瞬間、糸が切れたかのように強ばっていた身体からふっと力が抜けた。ギデオンさんが言うなら本当に大丈夫なんだ、私が心配することなんて何もない──心から安堵して血色のない顔に薄く笑みを浮かべると、ギデオンへの揺るぎない信頼を表すように、その逞しい腕にかかる重さは意識がない人間特有のそれに変わった。)
ひっ……おは、おはようござい……ファーヴニルは!?
( 魔力駆動船特有の低く規則的な音の中に、水の魔素が弾けるキラキラした音が微かに混ざる心地よい音を感じて意識を浮上させれば、瞼から差し込む眩しい朝日に睫毛を震わせる。ゆっくりと開いた視界いっぱいに意中の相手の顔を捉えると、寝起きの顔を至近距離で見られた動揺に小さく声をあげたのは純粋な乙女心。パッと片方の手のひらで顔を隠しかけ、一瞬遅れて意識を失う直前のことを思い出せば、上半身を勢いよく起こそうとしてまだ残る疲労に顔を歪め「あ……逃げきれた、んですね。あんな時に意識を失うなんて、ご迷惑おかけしてごめんなさい」と、危険な場所で意識を失うという"冒険者として"有るまじき失態に、先程出しかけた片手の甲を悔しそうに己の目の上にあてて。 )
(ひどく動揺した様子で顔を隠す相手の切実な心情を、しかし男のギデオンは知る由もなく。血色はマシになったか、目の焦点はどうか、つぶさに目視で確認していき。まだ疲れが残ってはいるが、先ほどのような異常は見られなくなったとわかれば、相手の申し訳なさそうな顔に反し、こちらは安心したように表情を緩めて。「いや、ファーヴニルは……」と教えようとしたのを、「オレが倒したんだぞ! オレが!」と背後からのわんぱくな声が威勢よく引き継いだ。振り返れば、船の舳先で少年が仁王立ちである。「いや、オレ“たち”だろ」と記者の青年が不平そうに口を挟むも、「でけーねーちゃん起きたんか! なあ、オレんちに朝飯食べに来いよ!」、あっけらかんとナンパしにかかる笑顔の少年。その小さな頭を記録係が無言でバシッと叩き、記者の青年は(こちらにはお構いなく)というように愛想の良い笑みを浮かべ、ふたりと一緒に背を向けた。すっかり親しい3人におかしそうな目をやってから、「ま、そういうことだ。ファーヴニルだったものは今、後ろの船で運んでる」と、相手に視線を戻し。それから不意に真剣な表情へと切り替えたのは、自分の方こそ謝らねばならなかったからだ。小さく息を吐きながら、己の無茶な指示を悔いる思いを声に滲ませて。)
おまえが倒れるまで魔力を使い果たしたのは、俺のせいだ。特に蜃気楼魔法、あれひとつだけで思えば常人じゃありえないくらいに大量消費してくれていたのを……無尽蔵のように扱ってしまっていた。本当にすまない。体調はどうだ……?
( 夜とは言えど温暖なグランポートの海で数時間の潜伏後である。潮で髪バサバサだし、絶対メイクよれてるし最悪──1人の女性としてはあまり近距離で覗きこまないで欲しいところだが、ギデオンの心配そうな視線を前にして顔を逸らすこともできずに受け入れる。それでもひとしきりこちらを観察した後、安心した表情をうかべる相手の優しさを見れば、胸がきゅんと主張するのも事実で。そうこうしているうちに一気に賑やかになった周りを見回して、少年達の言っている意味がわからずギデオンに視線で助けを求めるも、あっけらかんと纏められてしまえば、説明を求めて不満げに口を尖らせかけたところで、相手の真剣な表情に此方も姿勢を正す。暫く殊勝な表情をして聞いていたものの、ギデオンの謝罪を聞けばムッと眉をひそめて上半身を乗り出し、顔が近づくのも厭わずに声をあげて。 )
──謝らないでください!
蜃気楼魔法を使うって決めたのも、自分の限界も忘れてバンバン魔法使ったのも私です。……それを、謝られるほど子供じゃありません。
( 確かにギデオンに頼られて嬉しかったし、調子に乗って魔法を使いすぎもした。しかしそれはビビの至らなさであって、ギデオンの責任では決してない。最後の問いには「ご心配はありがとうございます。体調は問題ありません。」と、心外そうに座り直しながらも律儀に答え。悔いに揺れる氷の瞳を正面から見つめれば、言外に侮ってくれるなと憤慨するも、そもそも己の失態が原因なのだから救えない。こちらもため息をつき、2人の間になんとも言えない気まずい空気が流れかけた瞬間「深夜の"げきとう"の裏、おもいしたう、冒険者2人の、かんけーにも、せまる……何だこれえ?」「いけないんだー!エロいやつ読んだら怒られるぞ!」と船頭の方であがった無邪気すぎる声が2人の間を横切って。片方の少年が纏められた資料を不思議そうに読み上げ、もう片方の少年が恥ずかしそうにギャーッと叫び声をあげれば、「バッ……」と言葉を失った記者の青年が、草案を取り返そうと慌てて立ち上がるも、鬼ごっこの気配に少年達のテンションはあ上がるばかり。どうやら記者達は、レイケルやジェフリーの決定的な証言やファーヴニルの咆哮の他に、ちゃっかり2人のやり取りも記録していたようだ。流石こんな危険な場所に乗り込むだけあって強かだなあと、ビビがどこか遠い目で感心さえ覚えかけ、船降りる前に取り上げればいいやと投げやりな視線を向けるも、既に情報移送魔法の準備を開始している記録係を見つれば、此方も慌てて立ち上がり。小回りのきく少年と、記者の青年、そしてビビが一気に立ち上がったものだから、船上は再び一気に賑やかになり、「勘弁してくださいよお、ひっくり返っちまう」という操舵手の声も加わる頃には、港も近づき他の船や炊事の煙が見え始めて。 )
(予想だにしない強い語気での反論、その真剣さに、最初こそ驚いた顔をしたものの。いわば一人前の冒険者としての彼女の責任能力を軽んじるような、お門違いの物言いをしてしまったのだと理解すれば、さっと顔色が悪くなり。反射的に喉元まで詫びが出かかるが、それでは同じ過ちを繰り返すような気もしてしまうものだから、間近に鉢合わせていた顔を逸らしての居たたまれぬ無言に陥る。……相手のことは、仕事仲間として好ましく思っているのだ、関係の悪化は避けたい。何と言って挽回すべきだろうか、そう思案しかけたところを、少年たちの無邪気な暴露がすべて吹っ飛ばし、こちらも「は?」と振り返って。もろに焦っている若い記者、キャッキャとはしゃぐ少年たち、こちらとチラッと交差させた目にありありとした(やっべ)を浮かべる記録係、その長身で慌てて立ち回るヴィヴィアン、危うげにオールを漕ぎながらもはや露骨に嘆く操舵手。にわかに騒然としはじめる船上の風景に、島での戦いとはまた別種の疲労感がどっと体を重くするのを感じ。背中を船に預けながら、少しだけ現実逃避しようと横に視線を投げかかて──それに、気がついた。「……おい、」と仲間たちに声をかけつつも逸らさない視線の先には、白く明け染めた東の水平線の上、一層の立派なガレオン船がいつのまにか浮かんでいる。まるで蜃気楼のように幻想的に揺らめきながらも、月光の中で観たあのおどろおどろしい異相ではなく、白く美しく輝いているのが遠目でもはっきりとわかって。潮風を受けてしっかりと張った帆も、進行先を突くまっすぐな船首も、まるで在りし日の華やかな、誉れに満ちた豪華客船のそれだ。朝日を背に受け影になった船は、ゆっくりとこちらを向き、一度だけさらに強く輝くと、空と海に溶けるようにしてその姿をかき消した。……あの船なりの、別れの挨拶なのだろうか。しばらく黙って青い波間を見つめていたが、そばに飛んできた海猫の鳴き声に我に返ると、ふとヴィヴィアンの方を見あげ。胸に落ちてきたその思いを、「……そういや、あの時に伝えられてなかった」と穏やかな声で告げて。)
……助けてくれて、ありがとうな。
( 当初は三つ巴だった船上の追いかけっこは、いつの間にか絆を深めていた記者と少年らが手を組み3:1となっていた。本調子ではない上に、狭い船上は小回りの効く少年が圧倒的に有利とはいえ、情報移送魔法にこそ触れさせないものの、ちょこまかと腕をすり抜けられれば、本職としてはそれなりにプライドが傷ついて、よく彼らを捉えられたものだと、ジェフリーに対し謎の感心さえ向け。ギデオンさんも見てないで助けてくださいよ──と振り返れば、何やら相手からも丁度声をかけられる。相手に習い水平線に目を滑らせれば、目を疑うような光景に一瞬立ちつくし )
……此方こそ。約束守ってくださってありがとうございました。
( "絶対に帰ってきてください" その単純にして、時に冒険者にとって何より難しい、エウボイア号の彼らには果たせなかった約束をギデオンは守ってくれた。細められた薄氷色の瞳と、朝日に煌めいて靡く金髪、相手の穏やかな笑顔に一瞬見とれてから、此方も蕩けるような笑顔で応えて、ずっと見てみたかった広い海と水平線を初めて、ゆっくりと眺めることが出来れば背後から、間の抜けたタイミングで響いた情報移送完了の音に深いため息を漏らすこととなった。
それから、一晩にして警察署長とギルドの冒険者達を失ったグランポートは大混乱を窮めた。彼らの悪事は逞しい記者たちにより、号外として瞬く間に周知され、伝説の魔物やエウボイア号の幻影に市民達は大いに湧き、ついでにギデオンとビビは少々居心地悪い思いをすることとなった。それでも、船上ではあれほど元気だった少年達が、両親を前にして糸が切れたように泣き出し抱き合っているのを見れば、心から良かったと此方もつられて少し目元が潤みもして。トリアイナは引退して難を逃れていた元冒険者たちを中心に立て直しが進むらしい。自分に冒険者の資格はないと依頼人の青年は固辞していたが、『人手が足りねえんだ、シカクもサンカクもあるか!』と宣うTHE海の男!という風貌の壮年の大男に引きずられていく表情は、今までで1番柔らかく見えた。暫くこの混乱は続くだろうが、この逞しく元気な港町のことだ、すぐにまた活気を取り戻しキングストンの川でもグランポートの船を見ることになるだろう。
さて、そんな事情で数日グランポートに足止めされる間、ギデオンの肩の傷を放置する訳にもいかず、宿の主人に良い病院を尋ねれば、わざわざ宿の部屋に医者を呼んでくれるという相変わらずの高待遇ぶり。現場の応急処置をしたヒーラーとして診察に立ち会えば、念入りな診察が済んだ後「やあ、なんで生きてるんでしょうねえ、普通死んでますよアナタ」という柔和な顔をした高齢の医者から飛び出した暴言に、ギデオンと顔を見合わせて。 )
(田舎の港町で夜な夜な起こる、謎の連続失踪事件。それを解決してほしいという依頼者の悲願は、ギデオンとヴィヴィアンによる7日間の格闘の末、ようやく果たされることとなった。生贄にされかけた少年たちと夜も眠れずにいた家族の涙ながらの再会や、依頼者の青年も仲間入りした新トリアイナの輝かしい発足、ギデオンとビビの妙な噂を聞きつけた一般市民のシルクタウンさながらの興奮……と、新しい朝を迎えた港には平和な光景が訪れて。……しかし、グランポートにとって本当に大変なのは、むしろここから先である。ジェフリーらの帰還を待っていたトリアイナ残留組の逮捕、レイケルの息がかかった警察署員の炙り出し、これまでグランポート警察署が握り潰してきた数々の事件の再捜査、魔物ファーヴニルが喰らった行方不明者たちの遺骨の回収。卑劣な悪事が一気に明るみに出たからこそ、その余波はあまりに膨大だった。グランポート市長が出てくるのは当然として、グランポート議会、公認ギルド協会、地方警察本部、さらには魔導学院さえ調査に乗り出す事態に至り。一躍大人気となった地元新聞紙が市民の快哉を呼ぶ裏では、緻密な検証や地獄のような責任追及が幾多も繰り広げられていて。憔悴した様子のグランポート市長から、一連の事件は自分の招いた失態であると頭を下げられたうえで、「辞職前にせめてもの罪滅ぼしを果たさねば、亡くなった市民に顔向けができない」と事後協力を要請されれば、滞在を延長しないはずもなく。とはいえ、調査委員会からの事情聴取で何度も駆り出されるのには、流石に少々参ったのが本音。その際、自分はともかく、魔力切れで病み上がりに等しいヴィヴィアンを歩き回らせるのは……という考えが、一度は脳裏をよぎったものの。帰りの船でのやり取り、彼女のあの真剣な声を思い出せば、己の中でしっかり打ち消し、彼女本人にただ任せることにした。もう、二十年前に見かけたあの幼い少女ではないのだ。立派に身を立てているひとりの冒険者として、もっときちんと捉えなければ。──医者が往診にやってきたのは、ギデオンがそんな心境の変化を遂げたころのことで。)
……どういうことです?
(老爺から告げられた青天の霹靂に、ベッドの端に腰かけたまま、動揺と不可解の入り混じる顔をヴィヴィアンと見合わせる。わけわからんのはこっちなんですよねえ、と言いたげな溜息を漏らす医者が見せてきたのは、透過魔影と呼ばれる大きな白黒写真だった。魔法医学を修めた者のみが作り出せるそれは、灰色の肉や真っ白な骨格とともに、人体内部に宿る魔素を黒い粒子として写真に映し出せる代物。ギデオンの左肩には、まるで植物が根を張るような形の影が、確かに3つほど見て取れて。「これね、残留魔素。しかも、闇属性の中でも破壊作用に特化しまくったヤツなんですわ」そう説明する医者の顔は、悪意に満ちた魔法への嫌悪ゆえか、似合わぬ険しさをかすかに滲ませているようで。「術者の放った攻撃、非常に強力なんですよ。強力過ぎですね。仮に一度は取り払えても、体内にごくわずかに残った残り香レベルの魔素が、血の巡りによって少しずつ再生してしまう。そうしてある程度経った頃になって、もう一度ドカンです。しかも今度は心臓にも直通。つまり、次があればそこで間違いなく死にます。だけどこの魔素が、まああまりに特殊すぎてね。おそらく誰にも解析できない。唯一どうにかできる術者は死んでしまったとなると、こいつを完治させる術はこの世に皆無でしょう」……淡々と告げられた突然の余命先刻に、流石に一瞬呆然とする。しかし医者はふ、と目を和らげて、「本来ならば、ですけどねえ」と意地悪なタイミングの補足を。おもむろにヴィヴィアンの方に向き直ったかと思えば、「お嬢さん、アナタこの人にどんな治癒魔法を施したんです?」と、柔らかに相手に問いかけて。)
(/※文中に左肩とありますが、怪我をしたのは右肩でした……!些事とはいえ万が一、整合性を持たせるのにお手を煩わせたりしてしまわぬよう訂正いたします/蹴可)
どんな、ですか……?
( 歴戦の勇士であるギデオンが立ち上がるのも困難になる様な疵。島で治療した時もその魔素のしつこさには手を焼いたが、それ以降何度取り除いても再生し続ける闇の魔素に、薄々その手の悪意ある魔法だと勘づいてはいた。しかし医者の言葉にそこまで深刻なものだったとは初めて、いや、態と考えないようにしていたのかもしれない。兎に角、ギデオン同様唖然として、意地悪な医者の質問に怒るのも忘れて口元に手を当てれば、記憶をたどるように瞳を伏せる。あの時は必死だったから、ギデオンの心臓を食い破らんと入り込む闇の魔素を、自身の聖の魔素を流し込んで押し流したはずだ。形を取らないように見える魔素もとい魔力だが、精霊の加護や特殊な地形を除き、一定の空間に含まれる魔力量には限度がある。悪意のある魔素を取り除いた箇所を、自分の魔力で満たしてそれ以上入り込めないようにする。言葉にすれば至極単純だが、実際に行おうとすれば膨大な魔力を必要とする机上の空論に近い空言である。実際ビビの説明を聞いた医者も目を一瞬白黒させてから「そりゃ魔力不足でぶっ倒れもするでしょうねえ」この人が終わったらアナタの番ですから油断してるんじゃないよと、意地悪な物言いに似合わぬ心配を瞳に浮かべる様子は、やはり人の良い宿の主人が信頼する医者なのだろう。ギクリと縮こまるビビの説明を受け、医者はもう一度、今度は自身の治癒魔法をかけてみたりとギデオンの肩を診察し直せば──ははあ、と意味深に頷き。「これは珍しい。お嬢さんの治療魔法とアナタの体質が奇跡的にあってるんですわ。確率的には0じゃあないですけどね、長年こんな仕事してますが、ここまであってるのは初めて見ました。お嬢さんサラッと言ってましたがね、人の体に入り込んだ魔素を取り除くなんて簡単な事じゃないですよ。確かに残存性・復活性が厄介なヤツですが、これなら定期的にお嬢さんが治療すれば克服も目指せるでしょう。」と、2人を安心させるように優しく微笑み「"公私共に最愛のパートナー"で治療の相性も宜しいとは誠に結構ですね」と、何処ぞの地元新聞の内容を引用して揶揄ってくるのは、前言撤回。矢張り純粋に性格が悪いんじゃなかろうか。
ギデオンの診察が終われば、ビビの方にはあと数日は魔法の使用を控えて安静にしておくこと、と実に簡潔な診断を下して、救急な処置がメインとなりがちなヒーラーに、定期的な治療の方法を伝え「何かあればすぐ頼るように」言い残して医者は去っていくだろう。 )
(医療用具を黒鞄に詰め直した医者は、「カレトヴルッフにもカルテを送っておくので、一応三か月に一度、そこの魔法医にも診てもらうように。……ついでに、この魔素のこととアナタの怪我のこと。傷の進行以外でちょっと気にかかることもあるんで、魔導学院なんかにも共有させてもらいますからね。念のためね」と、とどめの台詞も残していった。そうして一連の診察が終わり、昼下がりの宿の部屋に二人きりになれば。後輩たるヴィヴィアンの前とは承知の上で、背面のベッドに身を倒し、片手で顔を覆いながら深い深い息を吐いた。奇跡的な治療法が見出されたとはいえ、まさかそこまで厄介な代物だったとは。しかし思えば、特に闇属性相手に高い防御力を発揮するはずのミスリルですら貫通した呪いだ、そこらの魔法では比べ物にならないレベルの高い致死性も当然である。……つくづく、他の誰でもないヴィヴィアンのおかげで、自分は今ここに生きていられるのだろう。それを再確認すれば、掌をどけて半身を起こし、両腿に肘を置く形で相手に向き直り。二度の依頼を共に乗り越えてきた彼女相手に改まるというほどはないが、それでも礼儀はきちんと尽くしたいと、軽く頭を下げ。)
……当面の間、世話になりそうだな。よろしく頼む。
( ぼんやりと頭を下げ医者が出ていくのを見送ると、ベッドが軽く軋む音に思わずぴく、と睫毛を震わせる。どこまでも紳士にビビとの距離感を保っているギデオンとは思えない行動に、一瞬大きな目を見開くも、それだけ状況が悪いということを再確認させられれば、かける言葉も見つけられずに此方もスツールに浅く腰掛け小さなため息を。生きているのも奇跡的な大怪我だったとはいえ、その確かな実力から年中仕事で各地を回っている相手からすれば、定期的にこんな小娘の診察を受けなければならないなど、煩わしさしかないだろう。それでもビビに向き直り、礼儀正しく頭を下げてくれるギデオンに、此方も向き直れば、負担をかけないよう相手の左手に己の両手を重ねて )
はいっ……絶対、絶対治しましょうね!
( あの時私が防御魔法のひとつでも使えれば、こんなことにならなかったのに──自分同様どころか、相手の方が余程冒険者としての覚悟も自負もあるだろう。そんな相手の負傷に己が泣くのはお門違いどころか烏滸がましいとさえわかっていても、安心も相まって、ついに堪えきれず零れた大粒の涙を手の甲で拭う動作ひとつとっても、どこまでも子供っぽく相手とは何一つ釣り合わない自分が嫌になった。 )
( ──それから凡そ一月後、キングストンにも夏の陽気が訪れる季節。今頃グランポートは2人が訪れた頃よりさらに暑く、海水浴客で溢れ帰っているのだろう。2人のいるキングストンも、来週の建国祭を前に、どこか街全体が浮かれた明るい空気を纏っている。毎年1週間かけて行われるこの祭りは、各地から人の集まる規模の大きなもので。本来、教会で執り行われる豊穣の祈りや、建国の英雄の戯曲の上演などがメインのはずなのだが、どこも市民というのは現金なもので、彼らの多くにとっては、夜通し輝く出店や最終日に上がる花火、毎夜広場で行われるダンスパーティーなどが、祭りの大きな目的となっている。あちこちで上がる祭りの準備の楽しげな喧騒から、少し離れたギルド内の医務室にて。ギデオンより一足先に依頼から戻り、何度目かになる相手の診察の準備をしながらも、油断して呑気に今年の流行歌の鼻歌まで口ずさんでいる彼女もそれは同様ようで。建国祭の花火を意中の相手と見れば結ばれる──どこにでもあるような可愛らしいおまじないに、誰がビビを誘うのかギラギラと牽制しあう、ここ3年恒例になりつつあるギルドの殺伐とした雰囲気の中、空調魔法の効いた静かな医務室で、花火か……正面から誘ったら断られそうだなあ、と今から会う約束の相手の顔を思い浮かべれば小さく微笑んで。 )
(ふわりと重ねられた両手は、人に寄り添い傷を癒す、ヒーラーらしい温もりが確かに感じられた。ああ、確かにこれがあれば、あの医者が言ったように心配は要らないだろうな──と、その白い掌に目を落としながら、ほんのわずかに目元を和らげて。ヴィヴィアンは年若いが、ヒーラーとしても一冒険者としても、非常に仕事熱心だ。そしてそれ以上に、温かく人を思いやる娘であることも知っている。彼女の助けがあるならば、自分の罹ったこの悪質な呪いとて、いつかは完全に消し去れるだろう。そんな確かな信頼を寄せていたものだから、ふとその顔を見上げたときに、相手の大きな目の淵から真珠のような涙がぽろっと零れ落ちたのを見れば、その予想外の光景にいささか動揺した面持ちとなって。言葉を失い、しばし行き場を失って彷徨う視線……相手が何を思ったのか、人の感情の機微に疎いギデオンでは正確に測れない。だが、単に安心しただけではないような様子が気にかかり、もう一度相手の顔を間近に見つめると。手を伸ばし、相手が拭った涙の痕を、親指の腹で重ねるように軽くなぞって。どうかこの真意が届いてくれれば、と祈りを込め、「……おまえを頼りにしてる、」と囁き。)
(──それからの日々は、瞬く間に過ぎていった。グランポートの宿で見た、いつも明るい彼女らしからぬ様子が、依然として気になってはいたものの。港町の事件の解決以外にトリアイナの非公式な偵察も託されていたギデオンは、今回の顛末を、カレトヴルッフと公認ギルド協会本部のそれぞれにも報告し直さねばならない。協会の連中相手に詳しい聴取を数日間ほど受けたのち、キングストンに舞い戻り、懐かしいエントランスをひとり潜り抜ければ。帰還早々、古馴染みの野郎どもにいきなりヤジを飛ばされ、若い青年たちにリヴァイアサンを見るかの如き絶望の表情を向けられ、杖や大槍を構える不穏な空気が勃発し、挙句には「ワシのビビに何をしたんじゃ……!?」と怒り狂うスヴェトラーナに召喚獣の群れをけしかけられたことで、“ギデオンとビビがクエストにかこつけてバカンスに出かけた”などという噂が出回っていたと判明すれば、大いに頭を抱えたが。「……おい、まだそういうわけじゃないらしいぞ!」「喜べ! 彼女は今もフリーだ!」ギデオンを尋問した男たちの伝令でどっと沸き立つ群衆からようやく解放されれば、ギルドの最奥部に赴き、魔法に護られた一室でギルドマスターと向かい合う。何度も交わしてきた事務的な報告や議論や相談、その末に。「何度もやめろと言ったのに、今回もまた無茶な真似をしましたね」と窘められ、心当たりに目を伏せたが。次に告げられたのは妙に柔らかな声。「とはいえ、以前より随分マシな顔をして帰ってきたので許しましょう。彼女もあなたも、互いに良い影響を与えあえる関係のようですね。……今の手持ちが片付いたら、これを彼女と引き受けるように」そうして差し出されたのは、毎年夏に開催される建国祭の華やかなビラである。カレトヴルッフはキングストン市と公式に契約し、様々な仕事を請け負っている。比較的に治安の良い街とはいえ、酒や賭博が絡めばトラブルもつきもの。いさかいをおさめるため多くの戦闘職が駆り出されるし、暑気あたりをはじめとした急病人に備えてヒーラーが、祭の仮面に身を隠しての犯罪を警戒すべく魔法使いが巡回するのもお約束。ギデオン自身もまた、今年も何かしら関わるつもりではいたが。ついにギルドマスターにまで彼女との繋がりを把握され、しかも後押しされるとなれば。自分はいったいどんな顔をしているのかと気まずく思いつつ、「了解」と返すにとどめて部屋を辞すほかなかった。)
(そんな会話から2週間後。「定期治療ってどういうことだよ!? なんでビビちゃんがおまえなんかに!? ウチには魔法医のジジイがいるはずだろうが!?」「なんかよ、体の相性がすこぶるいいんだってよ」「ますますどういうことだよ!?」……と今朝もうるさく騒ぎ立てる、ギデオンと親しい年下の連中に雷魔法を数発撃ち込み。偶然居合わせて立ち聞きしてしまったらしく、完璧な肉体美の体を完璧に凍りつかせてこちらを見つめるバルガスのことは、目礼のみで避けながら。長い廊下の先にある医務室の扉をノックし、涼やかな室内に慣れた様子で立ち入ると、赤いシャツを早速くつろげながら丸椅子に腰かけて。)
悪い、少し遅くなった。……そういや、警備のシフトの件は聞いたか?
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