匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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……ん、それなら一番です!
( されるがままにぐったりと横たわっている相手が漏らしたのは、不貞腐れた子供のような軽口。しかし、その声音があまりにも分かりやすく罪悪感に濡れているものだから、常に冷静な大人である相手の珍しい姿に、つい愛しさが勝って、呆れた溜息ひとつで許してしまう。起き上がる直前の相手を、布団越しにぎゅっと抱き締めると、相手に合わせて起き上がり、その冷静な申告に頷く頃には、いつも通りの真っ直ぐな笑みを取り戻していた。
そうして、相手と同じ側から床へ降り立つと、野放図になった毛先をあちこち元気よく揺らして、大きな伸びを。完全にいつもの冷静さを取り戻した相棒に頷きながら、その整った横顔を見あげれば。自分だけではきっと手が届くのにもっと時間がかかっただろう、一昨日からの素晴らしい経験。焦燥にかられたビビにかけられた何処までも優しい言葉と、言葉だけでなく一晩誠実に果たされた約束。その他沢山の気持ちが込み上げて、いてもたってもいられなくなってしまう。既に朝の準備にかかろうとしているだろう相手を驚かさないように、中身に触れないように気をつけながら袖を引くと、満面の笑みを浮かべて、心に浮かぶまま素直な気持ちをぶつけるのだった。 )
女将さんに夜食のお礼もしないとですね!
……ギデオンさんも、ありがとうございました。早く終わらせて一緒に帰りましょう!
( / お世話になっております。ダブルベッド編のお付き合い誠にありがとうございました!
もう完ッ全に甘々のラブコメで、ギデオン様の愛情故の誠実さに惚れ直したり、奇行にお腹を抱えて笑ったりと非常に楽しませていただきました。
今後の展開について相談させて頂きたく声をかけさせていただいたのですが、事前の計画通りこのまま『黒い館編』に突入という形で宜しいでしょうか?
とうとうギデオン様の辛い過去をビビが知ることになるということで、今から非常にドキドキしております。
しばらくは、春の新人歓迎会ということで、仄々イチャイチャ回が続くとは思いますが、引き続きよろしくお願い致します。 )
(/お世話になっております! こちらの次ロルに次章への繋ぎを盛り込みたい関係で、一旦背後会話のみ失礼します。
まずはこちらこそ、第二次ダブルベッド編ありがとうございました。前回より格段に親密度の増したふたりがてんやわんやしている様を、こちらも大いに楽しませていただきました。ビビの深度を増したしたたかな魅力や、愛情に満ちた仕草のひとつひとつがたまらず、何度も読み返しております。
次章より、満を持して『黒い館編』に向かっていく形で相違ありません。それにあたり、年末→春の歓迎会、ということで最低でも3カ月ほど飛ばすことになるかと思うのですが(日本式に倣う場合は4月下旬まで=4カ月?)、「その間の出来事でこんなことがあったことにしたい」というようなお考えなどありますでしょうか?
この辺り、後程『黒い館編』があった以前の小話に興じたくなった時に便利な空白期間になるだろうと思いつつ、飛ばす月日が長いので、ある程度は認識を共有しておきたいなと。
こちら側としては、クリスマスや年末年始はワーカーホリックなギデオン側が普通にクエストの予定を入れていたせいで一緒に過ごせなかった事情があったり、それでも年明けのどこかで何だかんだふたりでクエストに出かけてそのことが解消されたり、建国祭編よろしく聖燭祭・謝肉祭の裏方に駆り出されたり……というようなイベントがあったことにできればいいなと思います。
また「黒い館編」に備え、歓迎会が開かれる数カ月前に人事異動が行われた関係から、ギデオンの過去の噂(あれだけ功績を出してるのに昇格できないのは、昔不祥事をやらかしたかららしいぞ)(子供が死んだって聞いたぜ)が再び囁かれるようになった、だとか。出世街道でギデオンに対抗したい冒険者が噂を膨らませた、なんてこともあり得るかもしれません。
毎度毎度ややこしい相談を持ち掛けてしまい恐縮ですが、その辺りの状況認識について、主様のやりやすい案をお聞かせくださればと思います。)
( / ご確認ありがとうございます。
現状大きなイベントについては、背後様にご提案いただいた形が素敵だと考えております。それから、バレンタインは恋人に贈り物をするイベントとのことで、実在世界のイギリスやドイツの感覚に近い感じかと認識しております。であれば、現時点で2人は恋人ではありませんが、ギデオン様を好きと公言して憚らないビビは、ギデオン様にお花かお菓子辺りをプレゼントしていそうかなと。
それから日常的には、ビビは今回の件を受け、断られなそうなタイミングを狙って、ギデオン様へちょこちょこ差し入れや、補給食など手作りのご飯で胃袋を掴みにいきそうです。
我ながらほのぼの食い気路線ばかりですが、こんな感じで大丈夫でしょうか。ビビはギデオン様の悪い噂等はそもそも気にしないか、ギデオン様が気にするようであれば、それに対しては憤慨する程度かなと。相変わらずめげずに懲りずにアタックし続ける日々です。
もしもっとシリアスに振りたいということであれば、調整可能ですので、よろしくお願い致します。 )
(/バレンタインイベントや、今回をきっかけとした胃袋懐柔作戦について、いずれもかしこまりました!
実のところ、背後もこのほのぼの食い気路線を大いに楽しんでおりまして……主様的にも問題なければ、寧ろ大歓迎です。
また、ともに冬生まれのふたりは飛ばした数カ月の間に誕生日を迎えるかと思うので、その辺りもいつか楽しめればとぼんやり考えております。
ギデオンの過去の噂については、「館編の導入を不穏に彩る前提情報として小出ししたい」という意図ですので、ビビの様子は主様の思い描くもので全く問題ありません。
周りのギデオンに対する目が少しざわついていることを感じ取ってなお変わらぬ様子は、ビビの愛情深さの演出にもなるのではないかなと。
また、肝心の黒い館編についてでsyふぁ、背後同士がラブコメ好きである以上、あまりシリアスが長くなっても、計画遂行ばかりに気をとられ本末転倒になってしまう……という懸念が見込まれますので、適宜簡素な方向に調整できればと考えております。
以上、特に問題なければ、お返事には及びません。
いつも通り、盛り込みたいように盛り込んでしまった結果非常に長大なロルになっておりますが、主様におかれましては、ご無理のない範囲で綴ってくだされば幸いです。また、確定が多々ございますが、どうしてもこうがいいというわけでは全くございませんので、次でも後でも、お好きな方向に改変していただいて構いません(その際はご迷惑をおかけします……)
引き続き、館編のプロローグである小話・新人歓迎会編も、よろしくお願いいたします。)
……ああ。
カレトヴルッフの名が廃らないよう、しっかり活躍してやろう。
(うら若いヒーラー娘は、いかにも幸せでたまらないといった様子で、こちらに明るく笑いかける。朝日の差す部屋で見るその姿は、やはりどこまでも清らかで、目を細めてしまうほど眩しい。……だが、いつぞや船上で見たあの時より、純粋さは残したまま、どこか深遠さを増しているように感じられるのは、はたしてギデオンの気のせいだろうか。それとも、彼女は何も変わっておらず、ギデオンのほうの見方が──心境が──変化しただけなのだろうか。
ふと控えめに引かれた袖に目を落としてから、数秒後。結局、半ば諦めるように緩む形で、仕方なさそうな笑みを漏らす。思えば、シルクタウンでのあの夜から半年以上が経った今も。結局己は、彼女は一緒にクエストに出かけている。共に過ごしながら時が経てば、変わるもの、進んでいくものもあるだろう。それを認めないのは愚かだ。……けれど、少しだけ癪だ、だから。相手の促すまま朝支度にとりかかる直前、不意にもう片方の手を伸ばし。あちこちぴょんぴょん跳ねている相手の栗毛を、一度だけくしゃりと掻き撫でて。その緑色の目を、しっかりと見つめながら、こちらも笑み返すことにした。)
(──やはりその後の雪かきは、精気に溢れる冒険者たちが何十人もいたため、順調に完遂し。雪の名所の宿場町を、当日中にに発つことができた。しかし、いざカレトヴルッフに帰還すれば、今度はまた別の光景がギデオンたちを出迎える。ギルドの内装だけでなく、外装、そもそも東広場一帯まで、樅の樹や赤い蝋燭、作り物のトナカイといった聖誕祭の装いに、がらりと様変わりしていたのである。宿の女将も言っていたが、そういえばもうそんなシーズンなのだった。まじない捜査に忙しくて思い出す暇もなかったが、中央広場では数週間前から、クリスマス市をやっているはずである。昨日迎えた冬至より先は、国民的な年末休暇だ。街行くキングストン市民の人々も、どこか楽しそうに浮かれた様子が見て取れる。
しかし、元から仕事を詰め込みがちなギデオンには、この雰囲気も関係なかった。無事に延泊せずに済んだのだから、予定通り、明日から始まる中期クエストに参加申請したのである。無論、常日頃ギデオンにアタックしてやまないヴィヴィアンは、これを聞いて大いに落ち込んだ。しかしすぐに、巨人狩りの後に一緒に宿に泊まったことを、クリスマスの前払いと思うことにしたらしい。それでもしょんぼりした様子が拭いきれないものだから、流石に良心が咎められ。イヴもまだ明日という段階のうちに、マーケットで見繕った赤いマフラーを贈っておいた。……あのバロメッツの外套に、よく映えると思ったのだ。まかり間違っても、かつてヴィヴィアンに贈られたカイロの小袋と似た色合いをしていると思ったからではない、断じてない。無論、これは個人的なプレゼントというよりも、今年相棒だったヴィヴィアンを労う意図のものであり、それにしては少々雑なプレゼントだったと言わざるを得ないだろう。それでもヴィヴィアンの喜ぶ顔を見られたから、それを密かに目に焼き付けて、翌朝すぐにキングストンを発った。──彼女の顔を見たのは、その年はそれが最後になった。)
(王都に帰ってしばらくの後、ヴィヴィアンと数週間遅れの新年の挨拶を交わしてから、すぐに魔花狩りに出ることになった。そのままカレトヴルッフ湾岸支部の応援で暫し滞在した後、ようやく本部に戻ってからも、次は聖燭祭の日の観測協力が待っている。合間に魔獣狩りを果たせば、その先にはキングストン謝肉祭の警備、冬眠しているノームたちの保護、湖を荒らすケルピー狩り、人食いフェンリルの大規模討伐……と、結局休まる暇がない。それを見かねたヴィヴィアンに、誕生日だバレンタインだだと、イベントという名の休息をとらされ、事実ギデオンもそれでようやく疲れを癒しているうちに。長く続くの冬は、いともあっさりと過ぎ去っていった。雪が融ければ、新芽が萌え出る。訪れたるは春の始まり、ペチュニア最初の開花時期。──焼け落ちたはずのあの館の蕾も、再び妖しく綻びはじめる。)
(しかし、不穏の足音が聞こえてはいないギデオンも、この時期が近づくと少し心が重くなっていた。ヴィヴィアンに未だ話せていない、己が昔招いた事件。あれから、じきに13年目を迎えるせいだ。13年。13年。そんなにも長い間、あの子どもたちは、人生を奪われ続けている。……そしてなお悪いことに、秘されていたはずのそれが今更、カレトヴルッフの冒険者たちの噂にのぼるようになりはじめている始末だ。──聞いたか? ──聞いた、聞いた。魔剣使いのギデオンって、昔、不祥事やらかしてたんだろ。──それってやっぱり、女関係? ──いや、それがどうも違うみたいで。子どもを死なせたらしいんだ。しかも、何人もなんだとよ
暗い誹りというほどではなく、囁き合いにとどまっているが、事実に限りなく近くはあるだけに、否定しきれず気が重い。その一方、今更話題になっている原因にのほうは、あっさりと想像がついていた。春から新人冒険者を迎えたカレトヴルッフでは、熟練冒険者たちの間で、しばしば新人の奪い合いが繰り広げられる。自分のシンパをどれだけ得るかで、その後の人事異動に大きく響いてくるからである。このタイミングで、野心家のきらいがある魔剣使いのジャスパーが、功績やキャリアが同格……つまりライバルになり得るギデオンの過去を、嗅ぎまわる様子があった。だからおそらく、あの男の差し金だろう。そんなことをしなくとも、ギデオンはこの先昇格がないのだから、奴の脅威になり得ないというのに。しかし確たる証拠がないままでは、何を咎めるわけにもいかない。マリアはジャスパーに腹を立てていたが、彼女の情報網をもってしても、ジャスパーの非を突き止めることや、流出した情報を操作することは、なかなか難しいらしい。組織に大量の新人が入れば、彼らが上手く馴染むまで、周囲も多少流動的になるからである。……人の口に戸は立てられない、それはもう仕方がない。であればギデオンは、いっそうギルドに貢献して、その忠誠心や能力を証明し続けるのが一番良い。結局成果がものを言うはずで、若手もそれを見てくれるだろう。幸い、新人たちの噂話を否定してくれる友人たちや後輩が何人かいる。何より、相棒のヴィヴィアンの態度は、全くもって変わりない。彼女も噂を小耳に挟んでいるに違いないが、いつもどおり明るく、したたかで、懲りずにギデオンに求愛してくる有り様だ。いつまでも応えないくせして、その変わらぬ日常ほんの少し心が救われる日が来るなどと、思ってもみなかった。)
(──そんな、嵐のような春が始まり、3週間ほど過ぎたころ。カレトヴルッフで毎年恒例の、春の新人歓迎会の日がやってきた。ギルドロビーが宴会会場に様変わりし、隣のマーゴ食堂が貸し切りの厨房となって、大量の酒や馳走を用意してくれるという、なかなか大掛かりな催しである。職種関係なく皆集う上、多くの連中が典型的な冒険者気質であるから、その騒ぎは大変賑やかなものになる。ギデオンもできる仕事は担おうと、各種調整を繋いだ後は、事務方の手が回らない買い出しを引き受けていた。今や夕方、あと1時間ほどで開宴の時間だろう。自分の受け持った仕事がきちんと果たされているのを確認すると、物品の一時置き場になっている募集掲示板付近なり、備品が眠っている地下倉庫なり、あるいはギルドエントランスなり、仕事があるだろうあちこちに向かう。まだ時間も余裕も残っているのだ、今日が非番であるために宴会準備に回されている若い冒険者を手伝おうか。)
( / 温かいお言葉の数々ありがとうございます。そう仰っていただけて非常に安心致しました。
お伝えするのが遅くなってしまい、非常に反省しておりますが、ビビの誕生日は12/26から30のどこか辺りを検討しておりまして。ギデオン様からのマフラーはビビにとって、人生で一番嬉しい誕生日の贈り物になったと思います。
いつか初めてのギデオン様の誕生日、当方も非常に楽しみにしております!
返信不要との事でしたが、ひとつ思い出しましたのでご連絡をば。
この空白期間内に、いつか仰っていたペドロ君との擬似家族回が来るものと認識しております。そこで初めてギデオン様のビビ呼びが登場するかと思われますが、
当初、ギデオン様にもいつか愛称で呼んでもらうつもりでいたビビですが、最近は唯一 正しい名前を呼んでくださる声に、特別感を覚えていそうだなと。一日ビビと呼ばれた最後に、何かしらの形で『ギデオン様にヴィヴィアンと呼ばれるのが嬉しい』旨を伝えたということにしてくださいませ。
黒い舘編前の演出についても確認致しました。
読み応えあるプロローグ、心より楽しませていただきました。改変点など全くございません、ことある事にギデオン様を休ませたがるビビが、背後ながら凄くありそうだなあと、光景が目に浮かびます。
本日はロルにまで返信が及ばず、ご連絡だけで失礼致します。こちらこそ今後ともよろしくお願い致します! )
( クリスマスを境に、ギルドのマドンナの首元に揺れるようになった鮮赤は、ほかの冒険者達の脳内へ一斉に同じ人物を思い起こさせたらしい。すわ首輪かマーキングかとどよめく彼らと対照に、ビビの喜びようは凄まじく。このマフラーの話題になると、顔の下半分を温かそうに埋め、ほこほこと幸せそうに微笑む彼女の耳に、その心無い謗りを入れられる者などカレトヴルッフにはいないのだった。
さて、そんな白い外套と共に、今年ビビのトレードマークとなったマフラーも、いい加減季節外れになってきた3月も終盤。とっておきのお洒落洗剤でマフラーを洗い、来年へ向け泣く泣く終い込んだヴィヴィアンの耳にも、ギデオンの不穏な噂は届いていた……と言うよりは、未だ諦め悪くビビを付け狙っている連中によって嬉々として、それはそれは早い段階で届けられていた。──まったく、馬鹿馬鹿しい。その噂が嘘か本当か、自分もまた判断する術を持ち合わせていないものの。そんなことがある訳が無いと言い切れるほど、呑気な稼業でないことも重々承知した、その上で。ちゃんとギデオンを見ていれば、仮に噂が本当だとして、彼が望むべくして子供たちを害した訳がなく。寧ろ、救うために最善を尽くしたろうことは、容易に推測できるだろうに。噂している連中のうち、果たして何人が、ギデオンが全力を尽くして救えなかったものを、救える実力があるというのか問い詰めてやりたい程だ。いつしか「何人もの人生を壊してしまった」と、暗い顔をして打ち明けてくれたギデオンを思い出し、それと今回の事が関係しているのだとしたら──ギデオンの心の傷は、ビビの想像するよりはるか深いのかもしれない。それでも、正義の味方のような振りをして、本人のいない所で噂し合う連中と、ギデオンの心の安寧、どちらを優先すべきかなど天秤にかけるまでもないことだった。 )
──あ! ギデオンさん!
( 新人歓迎会開宴があと一時間ほどに迫ったギルドロビーにて。会場の設営を担うのは、自分達もここ数年のうちに此処で祝ってもらったばかりの若手連中だ。邪魔なカウンターやテーブル、酔っ払い達に破壊されては困る装飾品の類を運び出し、その代わりに、神木ガオケレナや、冒険者達の守り神アテナのタペストリー、色とりどりのキルトが繋ぎ合わされたテーブルクロス、飲食に適したマーゴ食堂のテーブルや椅子が運び込まれたギルドロビーは、ご馳走の並んでいない今でさえ非常に心躍る空間と化しており。これから数年、未だ依頼や仕事への恐怖心が募る新人達が、少しでも前向きな気持ちでロビーを訪れられられるように、そんな願いがたっぷり込められている。既に大物の搬入は終わったとはいえ、あとは時間が許す限りたっぷりの装飾と、後片付けが残る会場にて。重い扉が開いたかと思うと、その奥から顔を出したギデオンをいち早く見つけて、その長い脚をゆったりと投げ出すようにして脚立へと腰掛けていたビビの表情に、みるみると明るい華が咲く。ビビにいい所を見せようと、さりげなく周辺に固まって作業をしていた青年達を素通りし、ギデオンの方へ飛び付くような勢いでかけよれば、溢れんばかりの期待が煌めく瞳でギデオンを見上げて。 )
……お疲れ様です!
リズから買い出しだって聞いてたんですけど、……もしかして、一緒に飾り付けしてくださるんですか?
(/ビビの誕生日、名前の呼び方に関するビビの心境変化について、かしこまりました! 完全な余談ですが、マフラーでご機嫌なビビがあまりに破壊力高すぎて……心底癒されまくっております……
一点、ごく些細な修正の共有を。ビビのカイロについてなのですが、赤いのは小花の刺繍部分であるのを記憶違いしてしまっておりました。また同時に、中期クエストに発つギデオンの無自覚マーキング説に大爆笑させていただきました。なので、ギデオンが例のマフラーを選んだ理由も、是非そちらの無意識によるものということにさせてください。こちら本当にささやかな変更ですので、お返事には及びません。
常日頃より温かくお気遣いいただき、本当にありがとうございます。また何かあればお気軽にお声がけくださいませ……!/蹴り可)
ああ、そっちもお疲れさん。
(耳慣れた歓声に呼ばれ、ギデオンもぴくっと振り向き。駆け寄ってくる相手を見留めると、春用のそれに衣替えした長い脚衣を捌いて、こちらからも歩み寄る。そうして応対する表情や言いぐさは、天真爛漫な彼女に比べれば、一見事務的に、淡々として見えるだろう。しかし、熟練戦士と若手ヒーラー、年代も職種も大きく異なるはずの彼らは、会話の呼吸がすぐさま自然に溶け合っているし、顔色を見ればいくつかの確認も省けたらしい。そんな熟した親密さを眺め、密かに打ちひしがれる青年たちもいれば、遠くでにまにましながら顔を寄せ合う若い女性陣も多々いる。しかし、戦闘中は視野が広いはずのギデオンも、そんな周囲にはさっぱり気づかぬままでいて。「生憎、手持無沙汰でな」と、笑顔の相手とは反対に、小さなため息を落としてみせる。もっとも、他人の分の仕事も片付けてきた後であるから、生憎というのは冗談だ。故に、薄青い瞳の奥に戯けの色をちらつかせたまま、ごく緩く首を傾げ。いつぞやと似た言い回しを用いて、この場で作業して長い彼女に命令を仰ぎ。)
小難しい魔法の要る作業はできないが……適当な仕事をくれ。“指示されたことはする”。
……あら。"言いましたね?"
( 二人が初めて共闘することとなった、かの魔獣討伐依頼。今まさに当時と同じ季節がまた始まらんとしている。明らかに戯れの色をのぞかせたギデオンの発言に、ビビの表情にもまた楽しそうな、可笑しそうな微笑みが宿り──それでは!と、相変わらずテキパキと飛ぶ、情け容赦のない指示の甲斐あって、今年の新人歓迎会は無事定刻通りに開催されたのだった。 )
( この春の大宴会は例年、一部野心溢れるマメな連中も中にはいるものの、大多数の冒険者たちにとっては、体良く酒の飲める大宴会である。ただでさえ力自慢の大男が集まっている上、箍の外れた彼らがご馳走を平らげ、酒を飲む勢いと言えば牛馬の如し。マーゴ親子が食堂の威信と今後の宣伝を兼ね、次々と繰り出す皿の数々は、自分の分を皿にとり、次にテーブルを見る頃には同じ料理は二度とない程である。当然酒も各種樽単位で容易される有様で、とにかく量を確保するためだろうか。ビビが酒に詳しくないということもあるだろうが、ここで初めて見る酒に出会うことも少なくない。ビビがギルドに所属する数年前、その年の歓迎会では、名はなんだったか……東洋のとんでもなく酒精の強いそれが混ざりこみ、異例の速さで会がお開きになったという噂も聞いたことがあるが、果たして真偽は定かでは無い。あちこちで調子にのった者が噴出しては、物凄い勢いで制圧のプロ達に鎮圧される、なんてことを繰り返しながら、宴もたけなわ。ビビはと言えば、女冒険者の固まる辺りで、先程カトリーヌに注がれた酒に凝っていた。それは花のような、果実のような、華やかな香りが心地よく、味も甘すぎず辛すぎず、すっきりと口当たりの良いそれで。あまり酒に強くないビビもすいすい飲むことができ、普段尊敬して止まない彼女たちに、飲む量だけでもついていけるのが嬉しくて仕方がなかったのだ。比較的グラスを割らない女性陣達に廻される華奢なグラスを握りしめ、真っ赤な顔をして、にこにこと頭を揺らすビビの焦点は、明らかにぼんやりと何処にもあっていなかった。最早何を言っているかよく分からないが、賑やかに上がる大好きな人達の歓声と、美味しい食事、お酒も美味しくて──楽しいなあ、嬉しいなあと、小さなしゃっくりに肩を揺らしながら、次々グラスを煽る今のヴィヴィアンには、酔っ払いにありがちな無根拠な無敵感が漂っていて。 )
──ん、く……っ、……っ……?
(※背後は津軽弁ノンネイティブです、不正確な点はどうかお見逃しくださいませ!)
(『聖ゲオルクに──乾杯!』『乾杯!!』と、お決まりの音頭を口火に、いよいよ始まった歓迎会。主役である新人たちをもてなそうという和気藹々とした雰囲気は、しかしほとんどすぐに喧騒で塗り潰された。何せ、酒精の回りやすい野郎どもに限って、初っ端から勢い任せにガンガン杯を干していくのだ。そうすることで気遅れがちな新人たちが飲みやすい雰囲気を作る……というの意図もあろうが、自分らが酔いどれたいのが九分九厘だろう。そうして開宴から1時間も経つ頃には、やれもっと肉を寄越せだの、やれ樽ごと持って来いだの、野太い声での言い合いへし合いが、ホールじゅうにわんわんこだますようになり。これが2時間目に差し掛かると、上を下への大騒ぎは当たり前。調子の良い奴らは千鳥足で開けた場に繰り出し、決闘に興じはじめる。小突き合い程度ならきりがないので周りもとやかく言わないが、如何にも調子に乗り過ぎていたり、下手に実力の高すぎる者同士であったりすると、皆示し合わせたように、てんでにふん縛りにかかり。
そうして3時間、4時間──と、時間がどんどん進むにつれ、辺りはどんどんカオスな様相を呈していく。熊のように大柄な重戦士たちと単身飲み比べを挑み、ぶっちぎりの優勝を勝ち誇るカトリーヌ。新たな娘を誑し込み、絢爛な美女たちの剣呑極まりない視線をその背に突き刺されているデレク。クエストにおいて高い危機察知力を誇るアリスは、悪酔いした輩がその顔色をうっぷと変える数分前には、さらりとその場を離れるから、彼女の様子を見て席替えする女性陣も後を絶たない。そのひとり、“氷の受付嬢”と呼ばれるだけあって普段恐れられがちなエリザベスは、その鉄壁のガードが酔いで緩んだのを良いことに、結構な数の青年たちに口説かれまくっているようだ。しかし如何せん、本人の応じる言葉は北国訛りが全開で(「わのあんこァなじょしてあんサあったらに知きやんぷりばすらはんですだなァ? たげだばかちゃくちゃねぇはんで、もうえへでまってぇっきゃァ──」)、彼女が何を言っているのかまるでわからない男たちは、皆どうにもこうにも攻めあぐねている様子。そんな有り様をにこにこと──もとい、目を離さずに眺めているのがバルガス。先ほどから同じ槍使いの先輩のホセに「もっと飲めよオラァ!」などとダル絡みされまくっているが、それにほどほどに付き合いつつ、上手くいなしてしまう術まで心得ているらしい。「この青年は間違いなく大成する」と言わんばかりに周囲が大きく目を瞠るが、当の本人ははたして気付いているのかいないのか。その巧みなホセ捌きも、同郷の幼馴染を見守り続けるためだろうか。そのホセは五十路がらみのくせして盛大にはっちゃけており、後輩男子たちにさっそく尊崇されていたジャスパーの顔面に、魔法で蘇らせた煮魚をびちょっとけしかけたため本気でブチギレられていた。彼らの応酬のあおりを受け、ホセの呪いの流れ弾を受けてしまった不憫なジュナイドは、その服がパーン! と千々に弾け飛ぶ。途端、乙女宜しく両腕を交差させて汚い胸元を隠す相棒を見て、すかさず激高したドニーが長椅子の上に立ち上がったはいいが、短足な小男なので大した迫力は出ず、おまけに足元が思い切りふらふらだ。中年どもが揉み合うその後ろでは、レオンツィオが新人の少年を口説こうとしてアランに必死に止められており、そのアランの頭を、おうおう号泣するスヴェトラーナが執拗に撫で繰り回している。マリアは最初のうちに安全な席に避難して、セオドアやアリアといった若手と穏やかに話していたはずだが、今はとっくに、息子のペドロを迎えるべく引き上げてしまっていた。故に、新人へのだる絡みを注意されて不貞腐れた野郎ふぉも(と一部のお姉さまがた)が、ギルドに入って数年目の彼らに目をつけるのは必然のこと。そんな彼らを守るべく、酒の強さを武器に盾役を引き受けていたのが、その頃のギデオンの様子──というわけだ。)
(宴も五時間目に突入したころには、騒ぎまくっていた連中もようやくあちこちで潰れ始め、喧騒がほんの少し落ち着いてきた(マルセルとフェルディナンドは空き樽に逆さに突っ込んだか突っ込まれるかしており、「こいつは東洋由来の犬神家という亜人一族が現れる時の出で立ちだ」と、真面目腐った顔のホセが新人たちに教育していた)。とはいえ、元から体力のある冒険者どもだ、肝臓の強い連中はまだまだ元気ぴんぴんである。そのうち「席替えしようぜ!」と言い始め(かれこれもう七度目だ)、やいやいと移動し始めた様子だ。先ほどセオドアとアリアを逃がしたギデオンは、そのまま気の合う連中と静かに飲んでいたかったのだが、目敏く発見した同僚は、どうもそれがつまらなかったらしい。有無を言わさぬ雰囲気で「おまえはあっち!」と激しく追い立てられ、仕方なく向かった先は──なんと相棒のいるところ。というか、その周りにいる同席者の男女は皆、年代を問わず独身、しかももしかすれば片想い先の相手が同卓にいるような者たちである。先ほどまでそこは華やかな女性冒険者だけの空間だったはずであるが、恋人や夫のいる者は皆、席替えを機に気を利かせていなくなった様子。どうやら暗黙の見合い席、の皮を被った、じれったい一部に対する焚きつけの席であるらしいそこに己まで突っ込まれるのは、つまりそういうことだろう。振り返って同僚を睨むが、良い仕事をしたと言わんばかりのドヤ顔を返されてうんざりする結果に終わり、仕方なく空いた席に──ヴィヴィアンからやや遠い席に落ち着こうとしたものの。一部の青年の恨みがましい目を笑顔でガン無視した女弓使いに、「あんたはこっち!」とこれまた強引に引き立てられ、仕方なく相棒の隣の椅子を引く。自然、当人の様子を確認してみたところ、一年前のあの件で随分深酒を警戒していた筈の彼女が、結構しっかり酔っているらしいことにぎょっとして。……まあ、今宵はそういう席ではあるが、普通に体調面も心配だ。故に、周囲が盛り上がっていてほとんどこちらを見ないのをいいことに、マーゴ食堂のアルバイトに冷や水をひとつ持ってこさせると、それを相棒に差し出して。)
……随分飲んだみたいだな。ほら、こいつも少し呷れ。
──……っ、ギデオンさん!
( 人の脳は得られる情報の全てに対して、ただ平等に振舞っている様で、割と重要な情報とそうでない情報を取捨選択している。あちこちで実に面白いことになっている会場の光景など、酒精に侵され何もまともに捉えちゃいなかった視覚が映した、ギデオンの画質の良さたるや。その瞼の薄い皺の一本まで、世界一愛おしく大好きな相手の登場を、元々緩みきっていた表情を更に溶かしてで迎えれば。ギデオンの隣にいることが嬉しくって堪らないといったいつもの表情が、いかに理性的で抑えられた物だったのか思い知らせるかのごとく。熱く潤んだ瞳は、色んな角度からのギデオンを楽しむかのように、ずっと相手を捉えて解放する気配がない。それでもグラスを差し出す相手の要請へ、「はぁい!」とお利口に見えたのはそこまで。両手でそれを受け取ったまでは良かったが、なんたって比喩でもなんでもなく、その双眸はギデオンしか捉えていないのである。元気よく煽った水は大いに的を外れて、赤い唇、尖った顎、白い喉や豊かな胸をこれでもかと濡らしながら、びたびたと勢いよく流れ落ち。…………そして、余程"そこ"しか見てなかったのだろう。隣のテーブルに腰掛けた──後に剣聖と呼ばれる大天才──今は、まだあどけなき少年である今年の新人君から。本来重力の速度に従って溢れ落ちるべき水分が、その豊かな起伏に一瞬とどまった後、たっぷりと深い谷間に吸い込まれていく光景へ、「……すっげぇ」と生唾を飲み込むような音が上がって、漸く隣のギデオンに気付いたらしい少年は、そそくさとその席から逃げるようにして離れていく。その衝撃的な瞬間を見逃した後さえ、濡れたシャツが張り付く胸元はごく普通に扇情的にも関わらず。当の本人と言えば、想像以上に口を潤してくれなかったグラスに首をかしげて。ふに、と不満げにその唇を中指で押し上げている有様で。次にそのグラスを追いやるようにして手放した酔っぱらいは、しゃっくりも止まらぬまま、懲りずに次の花酒へ手を伸ばそうとしていて。 )
…………?……っ、く!
おま、バッッ……!!
(こちらにふわんと向き直ったヴィヴィアンの微笑みは、砂糖を加えた蜂蜜よろしく、どろどろに甘い蕩けよう。そんな殺人的な代物を、ギデオンはたったひとり、真正面かつ至近距離でぶっ放されてしまったわけで。見事なまでの処理落ちで、びしりと硬直してしまったのが、今宵初めての大きな失敗。次の瞬間、目の前でへにゃへにゃ笑う件の娘が、冗談かと疑うほど衣服をびちゃびちゃに濡らすのを見れば、さすがに焦った声をあげ、グラスを揺らす細い手首を、空に縫い留めるようにして捕まえる。──そこまでは、まだよかったはずだ。
問題は、彼女の現状を確かめようと巡らせた青い視線が、とある一点に滑った瞬間。ミルクのような柔肌の丘、その深い影の部分へ、きらめく水晶が転がり落ちていく様を、追わずにいられなかったこと。掴む手首を思わず離し、「…………」と押し黙るギデオンを、しかし見咎める者がどこにいよう。幸か不幸か、周囲は周囲で楽しく盛り上がっている真っ最中。先ほど不貞腐れた青年たちも、目の前で見せつけられてはたまらないとでも思ったのか、とっくに離席した後である。故に今のふたりは、宴のど真ん中にいながら、ふたりきりに近い状況──というより、たちまちそういう空気に入れる程度に親しいのを、当人たちだけがまるで自覚しておらず。それを生温い目で見抜いた周囲も、すぐさま示し合わせたように放っておいてくれているだけだ。ともかくこのときのギデオンは、眼前の桃源郷に、ともすれば暫くは目を吸われていたかもしれない。だが実際は数秒と経たず、間近に上がった少年の、いっそギデオンより潔い歓声ひとつで、我に返ることができ。しかし反射でそちらを睨み、若い雄を威迫する虎のような目で追い払うや否や。今度は相手から顔を逸らして、ひとり深々とため息をつく。……今宵のここは宴会場。先ほどのようなクソガキもいれば(普段のギデオンは別にここまで乱暴な物言いはしない筈である)、酔いに酔った野獣どもだっている。そんな奴らに、今のヴィヴィアンを見られてはたまらない。そんなのは絶対にごめんだ、これを見ていいのは己だけだ──と、妙な方向に突っ切った思考に、強い独占欲が駄々洩れている自覚がはたしてあるのかどうか。冷めたおしぼりをかき集め、それで相手を拭おうとして、すぐにその犯行に気づき、顔をぐっとしかめてみせて。)
……おい。おい、もう駄目だ、こら。
悪いことは言わないから、今夜はもうこの辺にしておけ。
(と、彼女の背中から腕を回し、その右手を同じ右手で捕まえる。ついでに左手もそれに倣い、ヴィヴィアン自身に椅子の上で身じろぎさせて上手いこと落ち着けば、彼女を斜め背面から抱き込む形の完成だ。──これでいて、往年のギデオンもデレク並みの誑しだったのを、見る者が見れば思い出したかもしれない。しかし平然とした顔の本人としては、こうして両手を後ろから捕まえておけば、悪さをせずに大人しく眠くなるだろうと、ズレた論理によるものでしかなく。己のそれと重ね合わせた彼女の手を操縦し、おしぼりのひとつを掴ませれば。それを緩く引き寄せさせ、「ほら、濡れたところをこいつで拭いとけ」と後ろから雑に促して。)
( 後ろから伸びた邪魔な手に、いやいやと藻掻いていたヴィヴィアンが、まんまとその腕の中にすっぽりと収まった途端、その変わり身の早いこと。ギデオンの温もりに心底幸せいっぱい微笑んで、その触れ合いが取り上げられぬよう、形だけは「えー?」と不満の声を上げてみせるものの、緩みきった口からは無邪気な笑い声が漏れるだけ。そのままかわい子ぶって、相手の肩へと後頭部を擦り付けた瞬間、不自然に回った視界と、胸元へせり上がった違和感さえスルーせずに、自分の脚で御手洗に向かう等していれば、その後の惨事にギデオンを巻き込むことだけは免れたのだろうが。──ともかく、明らかに二人だけの世界に入り始めたバカップルに、「何アレ酔ってんの?」「知らね、見るな伝染るぞ」という周囲の温かい言葉が届くことは無く。幸か不幸かギデオンの望み通り、砂糖を吐くような光景からは目を逸らす連中が殆どで、ビビのあられもない姿を直視したのはごくごく一部の冒険者に限られたのだった。 )
( さて、背後からその手を器用に操って、おしぼりを手に取らせることが出来たくらいだ。その感触だって手に似とるように掴めただろう。これに関してはビビは悪くない……──少なくとも、その判断が出来なくなるくらい泥酔していたことを覗いては、あまり悪くなかったはずだ。何せギデオンが拭けと言ったのだ、濡れたところを。その忠告に素直に従って、シャツのへばりついて気持ちが悪い胸元を拭いもするし、雫の転がり落ちる感触がこそばゆい渓谷を浚いもするだろう。予定調和。そうしてギデオンの腕の中、それなりに真剣な顔でむいむいと拭っていたビビだったが、そうはいっても酔っぱらいの手つきなどたかが知れている。20秒もしないうちに、未だべったりとシャツを張り付かせたまま、飽きたかのようにおしぼりを取り落とすと、小さく欠伸をひとつ。諦めたようにギデオンへ寄りかかり、ゆっくりと瞼を伏せると、そのまま寝に入ろうとするそれはそれは自由な有様で。 )
はぁい、ありがとう、ございます、…………、……
(犬猫が甘えるように、栗色の柔らかな髪をくしゅくしゅ擦りつけられる感触。それはちょうど半年前、あの舞踏会の夜にも味わったことがあるはずだ。あの時は深刻な状況下だったが──対する今宵は、春真っ盛りの陽気な酒宴。しかも相手はご機嫌な酔っ払いという、平和極まりない状態。その条件で再度向けられた親愛の摩擦は、まさかここまで印象が変わるのかと狼狽えるほど、あまりに浮ついて感じられるものだから、それはそれは落ち着かない。故に、あからさまに気まずそうな顔を横に逸らし、彼女におしぼりを掴ませ次第、手をほどこうとしたのだが。──へにゃへにゃしたヴィヴィアンのどこに、そんな力があったのだろう。彼女の手を操縦すべく、ギデオンが上から指先を差し入れていた、彼女の指同士の隙間の部分。そこををきゅっと狭めることで逆に捕まえられてしまえば、「……おい、」と動揺した声で抗議するも、当然聞き入れられなくて。それからというもの、重なり合ったふたりの手をふわふわ動かされたかと思えば、ヴィヴィアンの堂々たる曲線をなぞるように這わされたり、或いは隙間に近づかされたり──といった、煩悩に対するまさかの攻撃第2弾に。背後のギデオンは完全に顔を伏せきり、今起きている出来事を自覚せぬよう、必死に意識を噛み殺す。因みにそのわずかな数十秒間、顔を伏せた無言のままで、何度か脱出を試みたものの、酔拳でも使っているのかと思うほど酔いどれ娘の防御が固く、結局まったく叶わなかった。そうして、平和で不埒な公開処刑がようやく終わった気配に、疲れ切った顔を上げ。「待て、寝るな」と、自らの体ごとヴィヴィアンを軽く揺り動かす。──今夜に限り、酔いつぶれた冒険者どもはここで寝ていいという許可は、開宴前にも知らされていた。とはいえ、酒の入った男女が万一風紀を乱さぬよう、女性冒険者の寝る場所は二階一帯と決められている。もちろん上に行く階段には、男性冒険者が通ろうとすればたちまち簀巻きの刑に晒す防衛魔法が、ガチガチにかけられている。つまり、ヴィヴィアンがこのまま寝入ったとして、ギデオンがそれを送り届けるということはできないということである。かといって、ここで無防備に眠るのを見逃すのは絶対にごめんだし、さりとてこのままギデオン自身が寝袋代わりになるつもりない。爆睡してしまう前に、彼女には己の脚で、二階に上がってもらわねば。──そういった善意やら心配やら保身やらに囚われていたため。彼女をどうにか起こすべく、腕の中で無理やりこちらに向かせながら、再度揺り動かしたのは……完全なる事故だったわけで。)
( 最初の波は、落ちかけているビビに気がついたギデオンが、その逞しい体ごとビビの上半身を揺すった時だった。腹の底がひっくり返るような不快感に眉をひそめるも、歯を食いしばって小さく唸ることでその波を乗り切り、あたたかな胸に落ち着きかけたと言うのに──ぐりん。と、突如回った視界にサッと顔色が青ざめる。──まずい、"それ"だけは駄目だ。絶対に、駄目。せめて、ギデオンさんのいない所で……口内に甘い唾液がぶわりと湧いて、食道の弁が逆流する。もんどり打つ頻度が早まってきた胃袋の感覚に、慌てて重い腰を上げかけるも、酒浸りになった平衡感覚が邪魔をして、追い討ちのように回り始めた視界がこれまた最悪に気持ちが悪い。極めつけに、少し落ち着くまで──そう悪酔いしか引き起こさない視界を遮断したタイミングが最悪だった。分厚い掌が両肩に添えられたかと思うと、僅かに力が込められる。一瞬遅れてその意図に気がついた時には既に手遅れで。ぐわん、と体ごと視界が揺れ、胃酸に焼かれる痛みが喉奥に走る。口元を抑えようとした手は間に合わず、好きな人の目の前どころか、当人の腕の中で、喉奥だけでなく、ビビの尊厳も焼き切れることとなるのだった。 )
……?、!……ギデ……ンさ、……っぷ、ゃめ──…………
( ──……最悪だ。あれからどこをどうやって逃げ出したのか、気がつけば喧騒から程遠い、ギルドの医務室にただひとり。簡易ベッドの毛布を頭から被って、部屋の角と薬棚の隙間に蹲る体勢は、傍から見ればグズグズと泣き声をたてながら震える饅頭スタイルで。医務室と言っても医者がいる訳でもなく(寧ろビビが看護する側の人間だ)そこまで本格的に体調が悪い訳でもない。ギデオンが手でも洗いに行ったのか、何かしらの事情で席を外した瞬間に、無我夢中で逃げ出して、よく使う自分のテリトリーにたどり着いただけ。酔っ払いの相手をさせて、その上……あんな、あんな醜態を晒して迷惑をかけ、更に後片付けを押し付けられて帰ってくれば、何処にも当人が見当たらないなんて。何処まで厄介になれば気が済むのだという話だ。酔い潰れている者も多々いたとはいえ、ギルドに関わる面子がほぼ揃った席で醜態を晒したことが大して気にならない程、脳裏に浮かぶのはギデオンのことばかり。やっと最近、本当にちょっぴり、ほんの少しだけ……好きになって貰えたんじゃないかと、思ったのに──そう思うと涙が溢れて、再び子供のような嗚咽が漏れた。 )
──絶対、嫌われちゃった……
(まずい、と気づいた時には既に遅く。彼女がもどす深酒の代償すべてを、その胸に受け止めきったギデオンは。しかし顔色ひとつ変えず、悲鳴ではなく心配の声を漏らす周囲に手を借り、(なんだか妙になれた様子で)起きた出来事の処理にあたった。だがその途中、青褪めた顔をくしゃくしゃに歪めたヴィヴィアンが、ひとり飛び出してしまったのだ。迷惑を残さぬ程度に後片付けを終えてから、周囲に「悪い」と断りを入れ、ギデオン自身も席を立った。流石にそれを囃し立てる者はなく、皆気がかりそうに見送るのみ。ちなみにその後、一部の連中がてきぱきと手伝う様は、異性の胸をきゅんきゅんときめかせたらしい。卓はそこから再び盛り上がり、甘い発展を遂げたそうだが、これはまた別のお話。
さて、ギデオンがヴィヴィアンを探す道すがら。ギルドの私物置き場を通りがかったため、そこに置いてある予備のシャツにさっぱりと着替えてから、まずは近場にある女性用の手洗い場をあたってみた。しかし出入りする女性冒険者によれば、中にヴィヴィアンはいないという。……どこに行ったのだろう、あんなに具合が悪かったくせして。そもそもあれは、思えば自分が無神経を働いてしまったせいだというのに。と、ふとなんとなく勘めいたものが起こり、その足を医務室に向ける。建国祭の頃にも世話になったその場所は、しかし今は無人のはずだ──悪酔いした連中を介抱するための場所は、ホールの近くに移動している。
はたして扉を開けてみると、どこからかひっく、ひっくとすすり泣く声。そっと奥を窺ってみれば、なんだか部屋の隅の方に、可哀想なほど震えている饅頭がある。僅かにはみ出ている髪が栗色をしているのを見て、まずはほっと胸を撫で下ろし。わざと軽い足音を立てて歩み寄ると、その傍にしゃがみこんでから、頭の辺りを毛布越しに軽く撫でてやる。これまで何だかんだ、何度も彼女にこうしているのだ、だれの手つきかはわかるだろう。そうしてあやすようにしながら、穏やかな声で話しかけ。)
……さっきは気づいてやれなくて、本当に棲まなかった。今は……具合は収まったか。
…………。
( その気配に息を殺したビビの隣へしゃがみこむ、そのあたたかな気配の正体なんて。穏やかな声どころか、優しく添えられる手よりも前に、軽やかな足音だけで十分だ。何せ一番見られたくない相手だと言うのに、ビビが弱っている時にいつも隣にいるのはこの人だから。──……でも、こんなところまで探しに来てくれるんだ……。そう我ながらこんな時でさえ、呑気に増長する甘い思考が煩わしくて。許されたくて顔を出す、醜悪な希望を付け上がらせる、優しい触れ合いにも首を竦めると、僅かに覗いていた栗毛も毛布の中へ引っ込めてしまって。調子に乗ってはいけない。どこまでも優しいこの人は、自分の限界さえ把握出来ない子供にも博愛なだけ。そう己に言い聞かせるビビの思考をリズが覗いたならば、一刀両断いつかのように、「謙虚もそこまで来ると嫌味なんですよ」とばっさり切り捨て。ホセやドニー、レオンツィオなどには、聖人君子と成り果てている古馴染みの姿に、大いに首を傾げさせただろう。一向に進まない二人の関係を、ギルドの面子はギデオンばかり責め立てるものの、ビビとてかなり強情で。教会で過ごした一晩の後でさえ……寧ろその経験が、より強くそう思い込ませるのだろうか。どこかまだ相手を目の前にして、都合の良い女でいなければという思いが勝る。清廉潔白で完璧な、絶対に迷惑をかけない強い女。そんなありもしない者を夢想しては、未だ歪む視界に、気を許せば再びひっくり返りそうな胃袋。先程は本当にどうやって逃げ出したのか、一向に力の入る気配がない足腰を気取らせないように、毛布の奥へと引っ込めて。その代わりに、浅くないショックに色濃く濡れた、やけに彼女が強情な時に見せる、気の強そうな双眸だけを光らせると。穏やかな声に首を振り、相変わらず下手くそな嘘を硬質な声音で響かせて。 )
いえ。こちらこそ本当にごめんなさい。シャツは弁償します。
……私は、大分治まったのでギデオンさんは歓迎会を楽しんできてください。
(身じろぎする気配を感じ、てっきりいつもの安心した顔を出してくれるものと思ったが。どうやら実際のヴィヴィアンは、むしろ警戒するアルマジロよろしく、さっと身を縮こまらせてしまったらしい。その予想外の反応に、はていったい……と目を瞬いていると。今度は毛布の下から、やけに張りつめた声と言葉。それらをすぐに理解できず、薄暗い医務室を一瞬静寂で浸したのちに。「……ん……??」と、大変わかりやすい困惑の唸り声を落として。
これはどうしたというのだろう。この毛布の下に隠れているのは、本当にヴィヴィアンだろうか。いや、今聞こえてきた声も、そもそも最初に撫でた時の感触も、間違いなく彼女なのだが。いつもギデオンにしゃにむに構うヴィヴィアンが、こんな突き放すような物言いをするだろうか。……どうして、何をいったい、固く気を張っているのだろうか。しばし考えあぐねたものの、結局結論を得られないまま。とりあえず、壁にとんと背を預け、彼女の隣に腰を下ろす。立てた片膝に片腕を乗せる、その寛いだ体勢は、すぐにここを離れる気がないことをありありと語っていて。反対の手はなんとなく彼女のそばに下ろすものの、再びむやみに撫でようとはしない。──が。しばし薄闇を眺めていたのち、けれどやっぱりもう一度。彼女の被っている毛布に、手の甲を緩やかに添える。普通に会話を切り出すよりも、そうしてから話しかけるほうが、なんとなく良い気がしたのだ。)
あれはもう、随分長く着古してるやつだ。洗えばまた着られるさ。
……それよりも。俺は、具合の悪い相棒を忘れて楽しめると思われるほど……薄情に振る舞ってきたつもりはないんだが。
(身じろぎする気配を感じ、てっきりいつもの安心した顔を出してくれるものと思ったが。どうやら実際のヴィヴィアンは、むしろ警戒するアルマジロよろしく、さっと身を縮こまらせてしまったらしい。その予想外の反応に、はていったい……と目を瞬いていると。今度は毛布の下から、やけに張りつめた声と言葉。それらをすぐに理解できず、薄暗い医務室を一瞬静寂で浸したのちに。「……ん……??」と、大変わかりやすい困惑の唸り声を落として。
これはどうしたというのだろう。この毛布の下に隠れているのは、本当にヴィヴィアンだろうか。いや、今聞こえてきた声も、そもそも最初に撫でた時の感触も、間違いなく彼女なのだが。いつもギデオンにしゃにむに構うヴィヴィアンが、こんな突き放すような物言いをするだろうか。……どうして、何をいったい、固く気を張っているのだろうか。しばし考えあぐねたものの、結局結論を得られないまま。とりあえず、壁にとんと背を預け、彼女の隣に腰を下ろす。立てた片膝に片腕を乗せる、その寛いだ体勢は、すぐにここを離れる気がないことをありありと語っていて。反対の手はなんとなく彼女のそばに下ろすものの、再びむやみに撫でようとはしない。──が。しばし薄闇を眺めていたのち、けれどやっぱりもう一度。彼女の被っている毛布に、手の甲を緩やかに添える。普通に会話を切り出すよりも、そうしてから話しかけるほうが、なんとなく良い気がしたのだ。)
あれはもう、随分長く着古してるやつだ。洗えばまた着られるさ。
……それよりも。俺は、こんな状態の相棒を忘れて楽しめると思われるほど……薄情に振る舞ってきたつもりはないんだが。
(/ささやかながら修正しました。また、ビビはギデオンの離席中にいなくなったという点を見落としてしまい、食い違う描写をしておりました。申し訳ありません……!/お返事不要)
( 静かな医務室に、何とも言えない間を持って響いた困惑の声。この時のギデオンと、この世の終わりが如く沈みきったヴィヴィアンの温度差といったら、キーフェン砂漠の昼夜のそれより酷いものがあった。徐ろに隣へと腰を下ろし直した相棒に、びく、と些か過剰に反応してしまった己が恥ずかしくて。白い毛布の中、ショックと困惑と羞恥に濡れる相貌とは裏腹に、カサ……と微かな衣擦れだけを響かせて、僅かに傾ぐ饅頭の奇妙な様よ。普段自分から詰め寄るばかりで、こうして相手から距離を詰められると、どうしていいのか分からなくなってしまうのだ。それでも暫く、強情に決め込んでいた強情な沈黙の構えを、思わず解かざるを得なかったのは、再びその温かな手を翳した相手の切り出した言葉が、あまりに聞き捨てならなかったためで。 )
ちが……っ、違い、ます!!
ギデオンさんが薄情だなんてありえません……!
( 結局どこまでも気になってしまうのは、己の羞恥心より、うんと価値ある相手の名誉の方で。先程までの強情ぶりはどこへやら。ギデオンの方へと乗り出すように膝立ちになると、被っていた毛布が音を立て床に落ちる。涙や擦った痕の痛々しい目元は、今もたっぷりと涙をたたえているし、ここに逃げ込む前に濯いだ口元は口紅が剥げ、普段の自然な血色も今は青白く失せてしまっている。その上、酒浸しになった平衡感覚では、起こした上半身さえ支えられずに、くらっとギデオンの方向へ倒れ込もうとして。その寸前、何処までも強情に薬棚へと腕をつけば、何処までもみすぼらしい己の成りを、自嘲するようにくしゃりと顔を歪めて。 )
……ごめん、なさい。こんな、幻滅したでしょう……?
( / お世話になっております。各所で温かい反応をいただいているにも関わらず、お返事できておらず申し訳ございません。いつもありがとうございます。描写については、あの状況でギデオン様が席を外すことは無い、という形で認識しておりましたのでお気になさらず。/蹴り可 )
…………
(慌てて跳ね起きたヴィヴィアンの顔、それが随分酷いことになっているのを見て目を瞠る。見目がどうという話ではない──随分辛い思いをしていたことを、その痛ましい痕が如実に物語っていたせいだ。だというのに、それなのに。すぐに危うくふらついた体を、ヴィヴィアンはしかし己で支え。あまつさえ、聞き捨てならない自虐の台詞を吐き落とすような有り様だから。瞬間、ギデオンの表情が抜け落ち、医務室の時間が静寂に凍りついた。そうして数拍置いた後、ゆっくり立ち上ったのは──しかしなんだか、妙に憮然とした気配。別に、腹の底からの怒りというわけではない、それほど冷え冷えしたものではない。しかし今のギデオンが、迷走するヴィヴィアンを見て腹を立てたのも事実。ゆえに、無言で眉間に険を宿すと、不意にヴィヴィアンのほうに迫り──文字通り、絡めとった。。その腕を取り上げ、背中に大きな掌を添えて、こちらにしなだれかかるように。暗澹たる囚われの蜘蛛の巣から、ギデオンの体温と鼓動をじかに感じられる空間へ。無論、今度はいきなり揺さぶったりしないよう、問答無用のなかに気遣いも忘れない。そうして再び、妙な表情で彼女をすっぽり抱き込み。何気にがっちりと両腕で閉じ込め、何なら長い脚でも退路を塞ぎ、逃げられないようにしてしまってから。真下に見慣れたつむじに、あからさまに不機嫌そうな声を落として。)
どういうつもりか知らないが。──俺が今更、おまえを嫌うわけがないだろう。
何を思いつめている? ……酒で羽目を外すくらい、誰にでもあることだろうが。
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