匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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あ、ああ、女将さん…………んんっ!えっと、その、さっきお会いした時に、ご心配おかけしてしまったのかも、なんて……
( 手厚い差し入れを手に、不可解そうな表情で戻ってきたギデオン本人を目の前にして。先程の事件を未だ気にしているであろう相手に、ありえない嫌疑がかけられていたなど──ましてや、まさか普段の三倍は自制心を欠いた惚気話を披露してきましたなど、とても言えるわけがなく。部屋の奥からでも微かに聞こえた『この人なら良いかしらね!』というソレにも合点がいくと、その温かくもお節介な気遣いに、感謝やら間の悪さやら色々入り交じった、なんとも言えない表情を両手で覆い隠して。そうして空いた不自然な間を、小さな咳払いで誤魔化してはみたものの、その嘘の下手さには我ながら驚くばかりで。すぐに顔の手を下ろすと、抱き締めていた毛布を愛しそうに肩から羽織ってから、空いたそれを差し入れの方に伸ばす。その時──くすり、と無邪気とは言い難い微笑みを浮かべて見せると、今度はわざと。その鮮やかな瞳を上目遣いに揺らして、精一杯甘えた様子で小首を傾げたのは、自分の整った容姿を自覚している、あまりにも露骨な確信犯で。とはいえ、あくまでこの目も当てられない状況を鑑みなければ、ではあるが。他の誰でもない愛しい相手と、ゆっくり過ごせること自体は非常に魅力的で。仕方なくという体でもなんでも、目の前の相棒が肯定的な反応を見せれば、それは無防備な笑みを、また満面に綻ばせて見せるだろう。 )
──ね、折角ですから。冷めちゃう前にギデオンさんといただきたいな……駄目?
( / 帯剣描写について承知致しました。
前回はお返事出来ず大変失礼いたしました。完全にこちらの描写ミスが気になっただけでして、返信速度については本当にお気になさらず……!!
寧ろこのとおり、完全にこちらがお待たせしてばかりで、いつも誠に申し訳ございません。背後様のおかげで、本当に負担なく楽しませていただいております。今回のラブコメイチャイチャ回、ギデオン様の糖度に悶え、やりたかったことを全部やらせていただいて、当方も何度も読み返してはずっと笑っております。引き続きどうぞよろしくお願い致します!/蹴可 )
………………
(最近わかってきたことであるが、ヴィヴィアンは嘘や誤魔化しが下手だ。『シャバネ』で魔力切れを隠そうとしたときもそうだし、今だって如何にも、“実は内緒でやらかしてました”と言わんばかりの口ぶりである。故に、露骨に胡乱げな目を相手にじとっと向けたものの。まあ、あの女将に会うことは今後そうそうないだろうし……と。こちらもまた、相手と同じ思考回路によって、細かくつつかないことにして。
しかしそれは、未だギデオンに貪欲である娘の気を大きくさせてしまったらしい。衣擦れの音がした後、不意に妖艶な気配が匂い立ったかと思えば。先ほどの瑞々しいそれとは全く異なる──魔花のように婀娜な仕草をたっぷりと見せつけられ、思わず真顔で静止する。先ほどのように、単に動揺したのではない。……あざといとわかっていて、ギデオンが多少疎んだり呆れたりすると重々わかっていて。それでも尚、己の武器を使って誘惑しにかかる“女”のしたたかさに、心の奥底でかすかに舌を巻いたのだ。──以前までのヴィヴィアンに、こんな色香はなかった筈だ。ハニートラップなら最初から仕掛けていたが、あの頃のそれに奥深さは感じなかった。だれか年長の女に仕込まれたのだろうテクニックを、ただ体当たりで実践するだけ……だからギデオンも、ため息交じりにいなしていられた(認めよう、一瞬反応することはあった)。それがどうして、今宵はまるで別人だ。ギデオンの性格も、紳士としての自制心も、男としての愚直なさがも。そういった奥深い部分をすべてわかりきった上で、状況や建前、そして己自身を武器に。欲しいものを勝ち取ろうと、甘く嫋やかに絡めとってくる。──格段に、手ごわくなっている。
……結局、数秒の空白を落としてから、目を閉じてため息を吐き出した。駄目と言って何になる。どうせ今夜はここにとどまるほかないし、この寒い夜、せっかく貰った女将の心遣いは享受した方が良い。とはいえ、相手の誘いに乗る形になるのはどうにも癪である。故に素直な返事はせず、不機嫌そうなしかめ顔で相手に籠を突き出して、中のパンをぶっきらぼうに視線で示す。一緒に入っている干し肉は先にギデオンが炙っておくから、パンと飲み物の手配を頼むという意味だ。脂の染みたサンドイッチは、野営の戦士が好む王道の夜食である。……まさか相手と、よりによって連れ込み宿なんぞで作ることになるとは、夢にも思っていなかったが。)
……俺の背嚢に小刀が入ってる。そいつで、真ん中に切り込みを入れておいてくれ。
──やったあ! ギデオンさん大好き!
( 強請ったのは、寝る前の一時。寝物語ですらないただの健全で、温かな夜食の時間。確かに女将とのやり取りへの追求から逃れるため、ちょっとした"ズル"はしたものの。それに対する相手の内心の評価などまるで思い至らぬまま、乱暴に突き出された籠に、心底嬉しそうな満面の笑みを零すと、その大きな拳を、白い両手でしっとりと包み込む。そうして受け取ったそれを片手に、背嚢を探る行為にさえ、相手からの信頼を感じるようで、単純な思考は浮き立つばかり。それにちょっと──彼女みたいじゃない?なんて。あまりにささやかな幸せに、いつにも増してにこにこと、上機嫌に指定されたそれを取り出せば。暖炉の揺れるオレンジに顔を染めながら、柔らかな敷物の上に両膝を下ろし、その滑らかな腿の上に、例の白いハンカチをふわりと広げる。その膨らみに沿って小刀を入れた白パンは、まるで雲のように柔らかく、まだほんのりと温かい。微かに広がる好ましい香りに眦を更に緩め、手馴れた様子でサクサクと切れ目を入れ終わった辺りで、とある記憶に思い当たって。おもむろに自分の鞄を探り出すと、取り出したのは手のひら大の油紙の包み。パリパリと音を立てながら包みを開けば、クリームチーズの酸味と香ばしい香りが一体に広がって。クエスト中の補給用に作ったもののあまりではあるが、肉との相性もバッチリだ。そう最近また穏やかな雰囲気を纏い始めた自身の腹部のことは考えぬ振りをして、にまりと悪戯な笑みを相棒に向け。 )
……そうだ! ちょっと悪いこと、しちゃいません?
刻んだガーリックとバジルが入ってるんです……この時間に、すっごく背徳的でしょ?
(相手の無邪気な物言いにやれやれとかぶりを振りながら、一対の火掻き棒を拾い上げ。穂先を水で軽く洗ってくると、ふたつの干し肉をぶすりと突き刺し、暖炉の前へ移動する。その奥まった空間を利用して、うまく斜めに立てかければ、あとは焦がさぬよう繊細な世話をするだけだ。炎の舌に程よくねぶられるうちに、分厚い肉はその表面をてらてらと輝かせはじめた。見たところ、脂の多いバラ肉の部位である──あの気立ての良い女将は、冒険者が好む夜食も、それに最適な具材は何かも、よくよく心得ていたのだろう。もしかすると、殉職した冒険者の未亡人なのかもしれない。だから今夜のような団体客も、気持ちよく引き受けてくれたのだろうか……などなどと。傍らでるんるん浮かれるヴィヴィアンとは反対に、ギデオンのほうは至って淡々と、明後日の方向の思索に耽るぼんくらぶり。ジュナイド辺りがこの場にいたら、いやそれどころじゃないでしょうが! 隣の天使なビビちゃん拝みなさいよ勿体ない! とギデオンの頭を引っ叩いたに違いないう。──しかし、今宵覚醒の止まらないヴィヴィアンの手にかかれば。ギデオンの関心を自然に引き寄せるのも容易いことだ。最初に彼女の悪戯っぽい声が聞こえてきても、なんとなく億劫だったギデオンは、「ん?」としか返さなかったのだが。次いでふわりと漂ってきた香りに、「……!!」と非常にわかりやすい反応の気配を立ち昇らせ、思わずといった様子で振り向いて。ただでさえ滋養のつくガーリックに、まろやかな逸味をもたらすバジル──そんなものを贅沢にも練り込んだ、チーズだと……? と、相手が差し出すそれを黙って見つめたまま、しかしその薄青い目は、雄弁に高揚を物語る。カレトヴルッフ上層部には聡明と評されるギデオンだが、これで結構根は単純だ。今この瞬間、今宵この状況について悩ましかったはずのあれこれが、一切合切吹き飛んでしまって。)
……悪魔の囁きだな。
(相手とようやく目を合わせるなり、落とした声でにやりとそう笑み返したのは。だれにとはなしに、相手との悪巧みを秘密にしておきたかったからで。仕草でパンを要求すると、引き寄せた穂先の、良い具合にこんがりと焼けた肉を、それに挟みこみ。次いで、相手の持ち寄った練り物入りのクリームチーズもその上にたっぷりと伸ばせば。サンドごともう一度突き刺し、先ほどよりも急勾配で暖炉の手前に立てかける。あとは回転させるだけで、ものの数分もすれば食べられるようになるだろう。ベッドの上で食べるのも何だし、このままここに腰を下ろせば良いだろうか。そこらにあった敷布を適当に床に広げると、相棒のほうを振り返り、「枕を取ってくれ。どうせいくつもあるだろう」と、寛いだ様子で頼み。)
( 此方の誘いに返ってきたのは、少し眠た気な気配も感じるような、どこか面倒臭そうな短い返答。しかし、相手の塩対応に慣れきっている身としては、全く堪える気配もないまま、愛想良く続きを言い募ったのだが。そう油断しきったところに、大きく響いた身動ぎの気配へ目を見開くと、こちらの手の内を凝視する相手をまじまじと見つめ返して──かっ……可愛い……!!漸く此方へと向けられたアイスブルーに浮かぶ、あまりに素直な興奮と、年相応の魅力が刻み込まれた美貌に滲んだ、どこかあどけなささえ感じさせる少年のような輝き。その後すぐに浮かべられた、色っぽい表情にすら、その悪巧みの対象とのギャップを思えば、その小さくない胸が、ズキュンと一気に貫かれる音が聞こえて。パンを要求する仕草を受けると、その可愛らしさに緩む頬や、濃密な愛しさに蕩ける眼を、堪えきれているつもりで全くそうでもないまま、はるかに年上である相手を抱き締め、撫で回したい衝動に耐えつつ、相手の興味の対象であるそれも一緒に差し出した。 )
……えっへへ、これで共犯ですね!
( そうして、暖炉の前にしゃがみこむギデオンの肩へ、背後から手をかけると、「そんな少量でいいんですか?たっぷり乗せた方が美味しいですよ?」と、穏やかな笑みで、相手のナイフ捌きに口を出す。その給餌欲求とも、母性本能ともつかない其れを好きに満たす行為は、果てしなく甘美な喜びを脳に直接もたらしてくるようで。癖になりそうな快感に程々で口を噤むと、その顔の下。乾き始めてほよほよと揺れる金髪だけに、堪らずそっと唇を寄せてから──また何か作ってきたら食べてくれるのかな。と、早速中毒になりつつあるそれに次回を企みつつ、一旦ナイフを洗いにその場を離れて。普段ことある事に、無防備だなんだと、此方へ苦言を呈してくるギデオンに対して。今までは、ならさっさと手を出してくれれば良いのにとさえ、理解できない不満を抱いて来たものだが──今なら、その気持ちが少しだけ分かってしまう。此方の気持ちも知らずに、と理不尽に曇る胸のモヤ付きを、大きく深呼吸し霧散させたのも束の間。手を拭きながら戻って来た此方を、寛いだ様子で振り返る相手に、ムッと唇を尖らせれば。その要請通りにとった枕のひとつを、ぎゅむと相手に押し付け。その隙間から眉を下げ仕方なさそうな笑みを覗かせると、口調こそ冗談めかしたものの、共に漏れたため息は割と真剣味を帯びていて。 )
ギデオンさんって……たまにすっっっごく可愛くて、心配になります。
ご飯につられて悪い人について行かないでくださいね。
はぁ……?
(慈愛に満ちたヴィヴィアンにまんまと促されるがまま、素直(かつ真剣)にチーズを塗り重ねていたギデオンは。背後の彼女の蕩けるような笑みや、こっそり注いでくれた優しい愛情表現にさえ、まるで気づかぬ有り様だった。──故に、その後の相手の発言が。あまりに突拍子もなく、藪から棒に聞こえたのだ。押し付けられた枕を下ろしながら、思わず異議の声を上げ、盛大なしかめ面で相手を訝しく見つめ返す。──重戦士ほどごつくはなくとも、己とて体格はかなり良いほうだ。というかそもそも、もうすぐ四十に届こうかという中年の男である。こんな野郎のどこをどう見たら、「可愛い」なんて言葉で形容する気になるのだろうか。だがしかし、相手がそこそこ本気でそう言っていることは、その様子からわかる……わかるからこそわからない。結局枕を床に置き、さらにもう一度暖炉のほうに身を屈め。「眼科に診て貰った方がいいんじゃないか」と呆れ気味にため息を零しながら、火掻き棒をくるくると回して。相手の言葉に不貞腐れたい気持ちはあるが、こうしている間にせっかくの夜食を黒焦げにでもしてしまったら台無しだ。火加減は命より大事である。はたして、相手に何事か言われればそれに適当に答えつつ、焼き具合を確かめてみれば。きつね色になったパンの表面を、溶けたチーズが今にもとろりと流れ落ちそう、という芸術的な塩梅──いよいよもって食べ頃だ。先ほど浴室から拝借した塵紙に、熱々のパンをひとつずつ挟み込んで抜き取ると、立ち上がって相手の方へ。……と、向かい合ったはいいものの、ヴィヴィアンの分のパンを、何故か差し出すそぶりがない。そのまま、ほかほかの湯気や胃袋をくすぐる匂いを、辺りにふわふわ漂わせつつ。ただじっと──含みのある目で相手を見下ろしたかと思うと、不意に片眉をぐいと上げて。)
……飯につられて、悪い人について行くな──だったか?
──ちょっと!!
( それを伝えた時点で、素直に頷くとは思っていなかったが、言うに事欠いて此方の視力を疑ってくる相棒に、その相手が敷いた敷物の上、複数の枕を良い感じに敷き詰めながら、此方も短い非難の声を上げる。心底不満そうな表情を浮かべて尚、真剣に暖炉へ向き直る背中の愛らしさといったら。この姿をよりはっきり目に焼き付けられるのなら、寧ろ喜んで眼科に通いたいくらいなのだが。とはいえ、相手を不愉快な気持ちにさせるのは本意ではなく、その険しい眉間の皺に口を噤むと、それ以上の後追いは控える。そうして自分で作った居心地の良いスペースに腰を下ろして、長い脚を邪魔そうに抱え込むと、体育座りの要領で白い爪先をそっと揃える。そして内腿から15cm程、場所こそ違えど、冒険者なら珍しくもない古傷の残る膝に顎を乗せ、真剣な表情で火掻き棒回す相棒の背中をぼんやりと認めているうちに、昼間の疲れが押し寄せて来たらしい。うとうとと薄い瞼を半分程閉じながら、心地よい眠気に時折、ぐらりと頭を揺らしてはなんとか立て直すこと数回。ギデオンが立ち上がった気配に、慌てて目を瞬かせながら、膝立ちでその手の内のパンを受け取ろうとして──一瞬不自然に空いた間に、無防備に首を傾げると、微塵の警戒も含まぬ瞳をぱちぱちと瞬かせ、遥か高い位置にある相手の顔を見上げて。 )
…………? はい、……怒りました?
──……、いや、そんなわけがないだろう……
(こちらを見上げるエメラルドグリーンの瞳には、どこか眠たげな気配こそあれど、微塵の警戒も、妙な反応を示されたことに対する不快の色も浮かんでいない。そのあまりの純真さに、一瞬呆気にとられたような間を空けたかと思うと──がくり、と脱力したように項垂れて。ちょっとした悪戯心で、意地悪の一つでもしてやろうかと画策していたのだ。“悪い人”の差し出す飯は受け取れないだろうと、相手を揶揄う一幕で溜飲を下げる腹だった。しかし悔しいかな、遥か歳下のヴィヴィアンは、ギデオンより遥か格上。元々そう高いわけでもなかったこちらの毒気をあっさり抜き、一瞬で戦意喪失させるときた。つくづく己は、ヴィヴィアンには敵わないのだ。そう認めざるを得ず、俯いたまま緩くかぶりを振ると。白旗を上げるが如く、両手のパンをもう一度掲げ、そのまま彼女の隣、自分も先ほど枕を整えた位置に腰を下ろして落ち着き。不思議なもので、三十九の自分が十六も下の娘とふたりきりでこう居並ぶのは、かなりおかしな状況のはずなのだが……なんだか妙にしっくりくる。小さな吐息でその感傷をやり過ごすと、塵紙に挟んだ炙りたてのパンを相手に渡し。空いた片手でベッドの上のブランケットを引き寄せ、相手の膝にかけてやる。白い内腿に傷が見えたが、それを率直に話題にするのはいささかこう、アレだろう。自分のパンの包みを食べやすいようめくりながら、穏やかに無難な声をかけ。)
……疲れて食べきれなかったら、残りは朝に焼き直すのでもいい。無理はするなよ。
……っ、……?
( 力なく項垂れた相棒を目の前にして、流石のビビも何かを間違えたらしいということに気がつくと、なんとか挽回しようと口を開いてみるものの。未だ微睡み残る思考は非常に横着で、一向に真相へとたどり着く気配のないまま、パクパクと唇を震わせるだけ。とはいえ、対するギデオンの方もまた、追って追われて半年以上の関係になるのだ。そもそもの前提が違っていることに気がついても良い頃ではなかろうか。他でもないギデオンが"悪い人"と銘打った時点で、ビビの脳内からは"ギデオン"という選択肢が消え去るのだから、己の揶揄が成立しようがない、ということに。かくして、暫くの気まずい沈黙を経て、ゆるゆると首を振った相棒へ、バツが悪そうに肩を竦めはにかんで見せると、半身を逸らして相手が座りやすい様スペースをあける。その際場に浮かんだ感傷など知る由もなく、ちゃっかりと半身を戻して、至近距離から見上げた端正な顔立ちの目元、少し油の抜けた皮膚の薄い部分に、微かな皺が寄るのに初めて気がついて。その皺さえも愛しいような、埋められない距離を突きつけられているような、なんとも言えない気持ちに瞼を伏せ、お礼を言いながらパンを受け取ると、火傷しないよう塵紙だけの部分を摘むように頭上に掲げ、ブランケットを引き寄せる相手のされるがまま、分厚い手が満足するのをじっと待つ。しかし、結局ブランケットがかけられたのは、己の膝だけで。相変わらず自分のことを忘れている相棒ににじり寄ると、相手の遥か長いそれにも半分分けてやる。決して小柄とは言えない二人が使うには、そのブランケットは少々小さくて。いい大人が二人、広い部屋でぎゅうぎゅうにくっついている状況と、あちこち触れ合う部分から伝わる熱の多幸感に──今はそれで良いか、と自然と楽しげな笑い声が漏れた。そうしてやっと、パンの塵紙に手をかけたところで、ギデオンの穏やかな声がけに恥ずかしそうに肩を竦めると、その割に気持ちよくホットサンドにかぶりつく。その途端、口の中でパリッといい音が響いて、香ばしい香りが鼻に突き抜ける。咀嚼に忙しい口の代わりに、「んーっ!」と目を輝かせ、その興奮をギデオンに伝えると、幸せそうに相好を崩して、その白い頬に手のひらを寄せ。やはり、なんの無理もなく食べられてしまいそうなのは、ギデオンこだわりの焼き加減が素晴らしいのであって、自分の食い意地が酷い訳では無い……と思いたいところ。 )
うん、ちょっと多いかも……とか、言えたら可愛いんですけど、多分余裕です……
うぅぅ、だって美味しそうなんですもん! すっごくいい色……ありがとうございます、いただきます!
(ギデオンが何の気なしにかけた膝掛けを、しかしヴィヴィアンは、ただで使う気にならなかったらしい。とん、と寄ってきた感触に一瞬静止してからそちらを見れば、ただでさえ小さな面積の布が、己の膝上にも半分分け与えられていた。……いや、駄目だろう。ヴィヴィアンひとりで使えば充分だろうに、これでは半端にしか暖をとれないではないか。第一、こんなにぴったりと隣り合うのは流石にどうなのだ……等々と。かすかに顔をしかめて口を開きかけたものの。無邪気にこぼれる笑い声と、すこぶる健やかな返事を聞けば、虚を突かれたような表情を。次いで目を閉じ、嘆息をひとつ。そうして相手の“いつもどおり”に降参し受け入れれば、己もようやく、相手と同時に夜食にかぶりついて。)
食えるなら、それはそれで良いことだ。
……、…………。
……???
(──そして、その一口で目を瞠り。混乱したような表情で、齧ったパンを見下ろした。──なんだ、これは。美味すぎる。いや、冬の夜の温かい軽食は臓腑に沁みるに決まっているが、そういう次元の話ではない。優しく殴られたような衝撃だ。一口食べただけで、塩気と風味、歯応えと舌触り。そういった味わいすべてが、今まで自分が作ってきた“戦士の夜食”とまるで違う。だが見たところ、宿の女将が差し入れてくれた食材自体はありきたりなものだったはず。……と、そこまで考えを進めてから、ふと今回のトッピングに思い至り。隣を向いて、ご機嫌な彼女の表情にまた一瞬狼狽えつつも、どうしても尋ねずにいられないといった声音で質問を。)
……なあヴィヴィアン、このチーズは……いったいどこで?
( 美味しい食事に温かな微睡み。隣には最愛の人がいて、これ以上の幸せがあるだろうか。溶けたチーズが口の端から溢れそうになるそれに、舌鼓を打ちながら、ギデオンの一口と咀嚼を特等席で見つめる視線は、普段の熱に浮かされたそれと言うよりも、ギデオンが時たま浮かばせる静謐なそれに近いもので。サンドイッチにかぶりつき、みるみる見開かれていくアイスブルーに、ゆっくりと眦を蕩けさせると、上半身を倒してギデオンを覗き込む。"良かったら"──また、作って来ましょうか。若しくは、作りに行きましょうか。そう次の約束を取り付けるのも、今なら出来たかもしれない。しかし、ここまで分かりやすい表情を、それも他でもないギデオンに向けられてしまえば、強かになりきれない己の甘さに、苦笑するように目を細めた。 )
……ん、美味しいですか?
私が和えたんです。良かったら……今度、分量お教えしましょうか?
( ──えてして、幸せな時間は早く過ぎ行き、腹が満たされれば眠くなるのもの。サンドイッチをぺろりと軽く平らげる頃には、昼間の疲れも相まって、耐え難い睡魔が、瞼に重しをつけたかのようにビビを取り巻いていた。生姜湯の効果も相まって、ポカポカと乾ききった手足が心地よくて。最初は羞恥の方が強かったこの夜を、もう少しギデオンと過ごしていたい気持ちはあるのだが、徐々に五感へと靄がかかっていく感覚がもどかしい。以前一度、夏前に、やはりこうして同じ部屋に泊まった際は、同じベッドを使ったものの──先程の珍事件を思い出せば、おそらく宜しくないだろう、と判断できる程度の理性は残っている。眠たげな視線をベッド向けてから、もそもそと無言で頭を振ると、先程ギデオンが女将から借りたのを、勝手に拝借していた毛布を手に取って、猫のように丸まりながら身に纏う。この時のビビの脳内には、広い寝床は身体が大きい相手が使った方がいい、というひたすらシンプルな結論しか無く。くあ、と音もなく欠伸を漏らして、大きくゆっくりと伸びをすると、殆ど目の開いてない顔をうっそりとギデオンに向け。 )
──んぅ、…………。……眠くなって、来ちゃいました。……今日、昨日? は、お疲れ様、でした……ベッド……使ってください……私、ここで寝ますから……。
……ああ、頼む……本当に美味いな。
(やはり眠気が少しずつ忍び寄っているのだろう。まさかの手作りだと教えてくれたヴィヴィアンは、穏やかにぽんやりとしている。いつもなら明るい獰猛さが宿るであろういらえも、今宵はどこか控えめだ。となれば、ギデオンの返事や称賛も、自然と声量が落とされる。とはいえ、引き出された感心や関心は、そう容易く失せるものではない。パチパチと爆ぜる暖炉の手前、ヴィヴィアンと並んで座り、ありきたりなそれから化けた夜食を心行くまで味わいながら。窓の外を低く轟く吹雪の唸りをよそに、オレンジ色の暖かな火影を眺めつつ。ぽつりぽつりと交わす会話は、彼女の料理の腕前について聞き知り、驚嘆する時間となった。
──それからほんの少しの後。渇いた喉を生姜湯で潤わせ、手足の末端までぬくまるころには、相手はかなりうつらうつうらしはじめていた。夜もだいぶ更けたし、そろそろ寝入る頃合いだろう。毛布にくるまりだした相手をよそに、紙屑やコップを片付け、扉や窓の施錠を今一度確認し、暖炉の前には燃え移りを防ぐための柵を立てておく。そうして相手のもとに戻れば──もうほとんど寝落ちる寸前のヴィヴィアンから、耳を疑うような話が。途端にぐっと目を細め、その傍にしゃがみ込み。ごつごつした掌を伸ばし、シャワーを浴びていつもより柔らかくなった髪を梳くように撫でてやる。ヴィヴィアンには好ましいだろうその仕草も、続いて落とした“冒険者理論”も、妙なところで頑固な相手を、手っ取り早く説得するための手段だ。一緒に寝ると言いださなかったのは幸いだな、と思いながら、促すようにその小さな──ギデオンに比してだが──手をとって。)
馬鹿言え。ヒーラーの調子が悪いと、戦士職まで終わるだろう。
俺は昼間に回復を貰ってるから、ベッドはお前が使え。……ほら、立てるか。
んんー…………
( ギデオンの言葉が客観的にも正論なのか、はたまたいつもの過保護なそれなのか。健康的な睡魔に浸された思考では判別しかねて、いやいやと深い呼気と共に眉間に皺を寄せるも。しかし、気づいた時には既に、心地よく甘やかな触れ合いに絆されるまま、素直にその手を取って立ち上がっている始末なのだから、相手からすればさぞ扱いやすくて良いことだろう。手を引かれるままベッドの右側に周り、シーツの海に腰を下ろすと、少し不満げな表情で見上げた相棒は、今日も変わらず格好よくて。それだけで絆されてしまう自分が悔しい。──そもそも、この人を本気で困らせたい訳ではないのだ。けれども、下がらない溜飲があるのもまた事実で。絡めた手を解かぬまま寝具の間に潜り込むと、そのままベッドの左側に転がるようにして、相手の腕を強く引く。二人で使うには意図的に狭いベッドに、腰を掛けなければ辛い体制だろう。そしてもう一度、ふわりと欠伸を漏らしながら、恋人繋ぎの要領で繋ぎ直すと、「……寝るまでに離したら、誤魔化されてあげません」と、自身の胸と掛け布団の中へがっちりと抱き込んでしまう。なに、ギデオンがその気になれば、簡単に振り解けるのだ。……というのを言い訳にして、優しいこの人が、ビビが寝た後に起こさないよう解くのに苦心するのを知っていて──少しだけ、苦労すればいいと思ってしまった。そうして片手ではし辛い、布団を引き上げるのもそこそこに、ぷいと顔を逸らすと、すぐにでも規則正しい寝息を立て始めるだろう。 )
──……ギデオンさん。……おやすみなさい、愛してます。
(少なからず情を抱く身としては、それが女の力と言えど、離してくれないヴィヴィアンの手を無理に振り払えるはずもない。故に、逡巡する間も得ないまま、ぎしり、と発条を軋ませて、傍らにそっと腰掛ければ。ヴィヴィアンはあろうことか、ふたりの掌を甘い形に絡め直し、布団のなか──胸のあたりにぎゅうっと抱き込んでしまった。……いや、待て。流石に待て、とギデオンの顔に焦りが浮かぶ。無論、さっきの今で変に反応することは最早ないが──名誉にかけて、それは絶対抑え込むが。とはいえ場所が場所だ、少々どころではなく具合が悪い。ただでさえ彼女の胸元は、女性の中でも実り豊かなほうである。ふわふわもこもこした寝間着越しの柔らかな弾力を、否が応でも手の甲に感じてしまえば、大変気まずいこと極まりない。しかもたぶん、今回のこれは無意識だ──眠たいせいで自覚がないのだろう、だから余計に遠慮なく押し付けてくる始末である。ならば代わりに状況を収めるべく、口を開きかけたものの。……どこか、拗ねたように。しかしある意味、素直な声で。就寝の挨拶と、これまで何度も告げられてきたストレートな感情表現が、ギデオンの耳を打てば。男の浮かべる表情は、ごく静かなそれに変わり。ぎこちなく強張っていた片手からも、余計な力が自然と抜け落ちた。目を伏せて相手の顔を見下すころには、ヴィヴィアンは安らかな顔で寝入ってしまっている有り様だ。こちらの返事も聞かずに。つくづく、幼子のような寝つきの良さである。そう思いながらただ眺めるギデオンの横顔を、横の暖炉の火灯りだけが、複雑に浮かび上がらせる。
……長い、夜だった。とはいっても、ひとりそれを選んだのは、ほかならぬギデオン自身の意志によるものであったが。胸に抱き込む彼女の手から力が抜けて、ゆるりとほどけかけてからも、何とはなしに繋いだまま、その傍を長いこと離れず。相手の安らかな寝顔を見つめて、ひとり考え事をしていた。──ヴィヴィアンが、すぐに寝付かなかったとして。ならば彼女の最後の言葉に、己は何と答えたのだろう。己の胸深くにある感情は、既にいつしか自覚している。一方で、それを真に伝えてはならないという、戒めのような理性もある。今のギデオンには、自分の言葉に行動を伴わせることができない。口先だけの返事など、余計にこの娘を傷つけるだけだ。春からずっと、しゃにむにギデオンに纏わりついては顔を綻ばせる、この風変わりな娘の心を……悪戯に振り回すだけなら、それなら余程、伝えない方が良い。だが、もし懸念がなかったら。今なお贖罪の件がなかったら。己は、何と答えるのだろう。何と、答えたいのだろう。……そのために、何ができるだろう。
そんなことを考えているうちに、いつしかギデオンの瞼も、覚束なくなっていたらしい。心地良く爆ぜる火の粉の音や、潮騒にも似た吹雪の唸り、暖気に満たされた仄暗い室内といった環境も、意識を曖昧にするには充分だったろう。そしてそこに来て、深く眠ると寝相の変わるヴィヴィアンが、たまたま向こう側に寝返ったと同時、ほんのかすかにギデオンの手を引いた。ほんのかすかにだ。だというのに、なんだか促されたように体が錯覚して、何も考えずそれに任せた、ような気がする。正直、その辺りのことはほとんど記憶がない。目を閉じれば、暖かい闇がそこに広がっていて。そしてすぐそばにある何かのぬくさを、より一層感じられて。ろくに布団も被らぬまま──というより、その上に寝転がったまま。隣で穏やかに上下する小山に、太い腕を回しかけ。ほとんど無意識に、栗色の髪に鼻面をうずめるようにして、自分も深い眠りに落ちた。)
…………、っ、
( ビビのこれまでの人生で、これ程すっきり目が覚めた朝はなかっただろう。鳥の囀りに意識を浮上させられると、何やら背面が非常に温かく、上半身に乗る適度な荷重が心地よい。──もう少しだけ、と瞼も開けないまま寝返りをうち、その温かい何かにすりよろうとするも、上から潰されている布団のせいで上手く近寄れずに、それは億劫そうに、糸より薄くその瞳を覗かせた瞬間。視界いっぱいに飛び込んできた、朝から刺激の強い美形に、思わず声を漏らさなかった自分を褒めてやりたい。口元を両手で覆い──そっか、昨日……と、すっかり眠気の吹きとんだ脳内に思い出されるのは、ギデオンの優しさに甘えまくった己の醜態の数々。声を出して悶えたくなるのを必死に堪えて、相手の分厚い胸板に顔を埋めようとしたところで、相手との間に押し潰され薄くなった掛け布団があることに気がつくと、そういえばこの人は何故ここに、と控えめに身動きをとり、現在の体勢を把握する。どうやらビビの被る布団の上に横たわっているらしいギデオンが、いつベッドの上に来たのかまでは分からないが、こんな真冬に体調を崩したらどうするつもりだろう。昨晩だって、人に対してはあれ程過保護なくせに、自分のことになると全く無頓着で。寧ろ態と自分から傷付きにいくような節さえある、ビビはギデオンのそういうところが好きじゃない。ギデオンに包まれ、温かく安心できる布団の中、仕方なさそうに冷めた吐息を漏らすと。ギデオンにもかけてやるべく、下敷きにされている布団を引っ張るも、筋肉質な大男の質量が相手では、微かに衣擦れの音が響いただけで、肝心の掛け布団はびくともしない。これはもう小手先ではなく、布団の外から引っ張らないとどうにもならないだろう。そう力を込めて白くなった指先を離すと、無防備に眠る相手への呆れと愛しさを、その可愛いこめかみへ、控えめなリップ音と共に落としてから、温かな腕と布団の中からモゾモゾと抜け出そうとして。 )
……ん゙……
(こちらもぐっすりと安眠したギデオンだが、無茶な寝方に及んだせいで、未だ夢うつつの状態にあった。それだから、相手の口づけを許してしまうほど無防備な寝顔を晒したくせして、少しずつ抜け出そうとする身じろぎをいざ感じ取れば、どこか嫌そうにくぐもった唸り声を。目を閉ざしたまま顔をしかめ、回しかけた腕をぐ……と狭めて、行くなと意思表示してしまう。実際のところそれは、共寝した女を逃したくないという甘い雰囲気のものなどではなく、生ける温もりを手放したくないという動物的な反射に過ぎなかった──傍目にはどうかわからないが。いずれにせよ無自覚なまま、うっそりと駄々をこねるようにして、未だ惰眠を貪ろうとしていたものの。自然にか、それとも相手に促されてか、意識がゆっくりと泥濘から浮上し。眠たげに開いた青い瞳を薄ぼんやりと投げかけて、ようやく相手の姿を見留めれば。数秒ほどぼうっとしていたが、やがて非常に鈍足に、困惑の色が差しはじめ。寝起き特有の掠れ声で、まだ寝惚けているのがありありと見て取れる、頓珍漢な問いかけを。)
………………。
……? なんで……おまえが……ここで寝てる……
ごめんなさい、起こすつもりは──
( 冬本番も始まって長い吹雪の晩に、毛布一枚もかけずに寝ていたのだ。そりゃ人の体温が恋しくもなろうと、すっかりギデオンの意味深な行動には期待しない癖がついている。しかし、起こしてしまっては本末転倒ゆえ、強く回された腕の中息を潜め、どうしたものかと逡巡しているうち、薄い皮膚に閉ざされていた薄花がゆっくりと顔を覗かせると。顔も洗っていない寝起きの様を間近で見られるのを嫌って、相手の鎖骨の辺りへ額を寄せる。そうして申し訳なさそうに眉を八の字に歪め、表情にあった声音を漏らしかけた時だった。頭上から上がった頓珍漢な質問に、思わずと言った調子で訝しげな──見方によっては、どこか悲しげにも見えなくは無い表情を相手に向けると、相手が寝惚けているのだと気づいたのは、その無意識に誤解を招きかねない発言を完遂した後で。 )
──えっ、ギデオンさんから……のに、覚えて……ないんですか?
……俺……から……
…………──ッ!?!?
(相手の悲哀の表情を不可解そうに眺め、ぼんやりと鸚鵡返しに呟いた、その数秒後。青い目を突然大きく見開いたかと思えば、大きく仰け反るようにして上半身を跳ね起こし。デュベの上部を彼女の背中側からいきなり乱暴に引っぺがしてしまう。そうして相手に構わず、なりふりも構わず、手っ取り早い目視確認に及んだところ。──いや、どうやら違う、恐れていた事態ではない。ヴィヴィアンは昨夜の寝間着を、ちゃんと纏ったままでいる。過去の無数の経験からして、自分が一線を踏み越えたならこのままではいられていないはず。つまり、その、セーフらしい。そうとわかれば、今度はあからさまにがっくりと脱力し。再びベッドに仰向けになると、片手で顔を覆いながら、「脅かすな……」と呻き声を。無論、今も今で、常識に照らせば由々しき事態ではあるはずなのだが。“若い後輩に手を出しておいてその記憶もない”という最悪の筋書きは杞憂だった、という安心のほうが、遥かに大きく働くようだ。そうして人心地ついてくると、顔を合わせづらいのか、窓の方に視線を投げかけ。断熱効果のある魔法植物で編まれたカーテン越しに、雪の照り返しで明るくなった外の気配を眺めながら、また見当違いな心配を投げて。)
悪かった……寝苦しかったろう。
──ッ! 最ッ低!!
( 頭上から振るたどたどしい鸚鵡返しに、ああ、寝ぼけてるのね、と一人納得したのもつかの間。物凄い勢いで起き上がったかギデオンに、心地よいデュベを容赦なく引き剥がされ、きゃあッ、と惨めな悲鳴をあげる。そうして白いシーツの上、不躾な視線に可哀想に丸まって、何事かと目を白黒させていたものの。何かを確認したらしい相棒が、力なくシーツに沈みこんで行くと、今度は逆に起き上がって心配そうな表情で覗き込む。そうして一瞬、ギデオンの呻きの意味を理解できずに目を丸くするも、一拍遅れて自分が何を疑われていたのか気づいた途端。そばかすの浮かぶ頬をカッと赤く染め、下ろされている方の腕へ、堪らずぺしっといつぞやの猫パンチを繰り出したのは許されたいところ。──そうして、早朝から騒がしい一悶着を終え、態とらしく顔を逸らすギデオンに呆れたような溜息を漏らすと、先程彼に剥かれたそれを拾い上げ、戯言を吐いて横たわる仕方の無い生きものに掛けてやる。覆い被さるようにして体重を乗せ、ぐりぐりと尖った顎をその筋肉に食い込ませながら、この機会を逃すことなく、追い打ちとばかりに彼の無茶を窘める表情を見つめる勇気があったなら、いつになく真面目で、真摯な心配が滲んでいることだろう。 )
……本当に、いつからこっちで寝てたんです?
こんなことなら、最初から一緒に寝てたら良かったでしょうに。まったく、布団もかけずに……体調管理は基本じゃないんですか?
寝落ちたんだ……世話のかかる奴をあやしてるうちに。
(相手が爆発させた憤慨も、真剣な声音の指摘も、いずれももっとも極まりない。故に今ばかりは、彼女の密な戯れを跳ねのけることもできず、されるがまま横たわっていて。とはいえ決まりの悪さから、素直な受け答えがどうにもしづらく、顔を背けたままぼそりと呟く。……世話のかかるも、あやすも何も。そんなものが必要ないくらい相手の寝つきが良いことは、二度の相宿で既によくよく知っているはずだ。そのためギデオンの声音には、責任転嫁の卑怯さに対する自覚が、それはもうありありと滲んで聞こえることだろう。
と、言い訳はそのくらいにして。「結果論だが、実際体調は問題ない。……大丈夫だ」と、ヒーラーである相手に冷静に申告しながら起き上がり、億劫そうに寝癖を掻いて整える。ふと窓の日差しの角度を確かめるに、今は朝飯時のようだ……やはり相手を抱き込んで眠った日は、どうにも寝坊がちになるらしい。そうしてひと息ついたところで、不意に外が騒がしくなる。「雪だ雪だ雪だ──!!」とはしゃいでどたどた駆けていく、良い歳をした野郎どもの声。次いで、「うるっさい! ほかの部屋にご迷惑でしょうが!!」と追っかけていく女たちの声。どうやら、同じ宿に泊まった他の冒険者たちも、活動を始めたようだ。呆れたように目を狭めてから、ようやく相手と顔を合わせると。首の後ろを掻きながら、ようやくベッドから降りて。)
……俺たちも朝食にあずかろう。そのあとは、パーティーリーダーに指示を仰いで……大方、まずはこの町の手伝いだな。
具合が良ければ、昼にはここを引き上げられるかもしれん。
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