刑事A 2022-01-18 14:27:13 |
通報 |
サラ・アンバー
( 相手の言う通り“1人で背負い込み過ぎる”事があるのは間違いのない事。けれどそんなミラーが何かあった時、相手には真っ先に相談している姿を度々目撃していた。だからこそ今回相手がミラーからの連絡を受けていないと言う事は、壁云々では無くそもそも“不安”は杞憂だった可能性もある。そればかりは彼女に聞いた訳でも、心の内を正確に読み取る事が出来る訳でも無い為何とも言えないのだが__『そうですね、』本当に駄目になった時、ミラーはきっと相手を頼ると、そう今も信じているからこそ、ただ頷くだけで。此方の問い掛けは案の定様々な人達から受けた質問と同じだったらしい。その表情を見て少しだけ困った様に微笑み返すも、“調度良いタイミングだった”との言葉には疑問を抱かざるを得ない。ミラーが数日の入院と数日の自宅療養をしている正にその時に相手は赴任の準備をしていたのだから。『……ミラーには何も言わず、ですか?』思わずそう問うて、ハッとした様に僅か背を正す。『すみません、警部補の決断に異を唱える訳でも、責めてる訳でも無いんです。ただ__、』再び視線を僅かに下方へ落とし、先程質問した時同様少しの時間を空けて意を決した様に相手を見詰め『…ミラーと距離を置こうとしてるように思えて。』あくまでも憶測。けれど相手の言う“長く留まり過ぎた”の裏に隠した何か__ミラーが関係している何かがある気がしたのだ )
( ______レイクウッドに長く留まり過ぎた、というのは嘘偽りのない本心だ。だからこそ、環境を変えなければならないと思い異動に踏み切った。少しばかり訝しむような問いに相手を見つめたものの、直ぐにハッとした様子で言葉を重ねる様子に小さく息を吐く。もう少し具体的に説明するとしたら、長く留まり過ぎて“周囲に影響が出るのを避けるために”去った、と言うのが正しいだろう。「……半年前にミラーを襲った犯人の動機は、あいつから聞いたか?」暫しの間を置いて、其れだけ相手に尋ねる。相手を襲った犯人は相手自身に恨みや敵意があったわけではなかった、其れこそがレイクウッドを離れ_______ミラーから離れる決断をした理由なのだが、目の前の相手はどこまでをミラーから聞いているだろうか。 )
サラ・アンバー
( 相手には相手の思う事があり、それは他者が__それもただの部下である自分が無闇矢鱈に引っ掻き回し詮索する事では無いのかもしれない。だが、例えそうであっても相手に向けるミラーの確かな想いを知っている。2人にしか結ぶ事の出来なかったであろう信頼や絆を少なからず近くで見て来た。だからだろうか、彼女以上に相手の異動は純粋な疑問として胸に燻り続けたのだ。__上司に対して出過ぎた言葉であった事は百も承知。流れる沈黙の合間に刻む秒針の音が大きく聞こえる中、返って来たのが問い掛けなれば一度瞬き。『…いえ、何も。』と、首を横に振る。嫌な記憶を呼び覚ます薬を打たれた事は聞いていたが、それならば尚更事件そのものをなるべく思い出させない様にするべきだと思い、何も聞く事をしなかった。そうしてミラーもまた何も話さなかったのだ。『あの事件の事は何も聞いていません。ただ犯人は2人組で、まだ捕まっていないと言う事は知っています。』詳細は知らぬまま、今尚逃げ続けている犯人の行方を追う為に敷かれた検問がその範囲を拡大し、レイクウッドからは勿論、近隣の署からも捜査官が出ている、と言う事だけは報告されていた )
( 相手の返答に軽く頷くと背凭れへと一度身体を預ける。真っ直ぐに相手と視線を重ね、暫しの沈黙の後。「______ミラーに薬を打ったのは、アナンデール事件の遺族だった。」そう静かに言葉を紡ぐ。「…つまり、俺への復讐に“利用“されたんだ。本来向けられるべきじゃない悪意に傷付けられた。……お前の言う通り、犯人は捕まってない。近くに居れば、また標的にされて危害を加えられるリスクがある。」だから、離れたのだ。周囲との関わりを断ち、自分以外に害が及ばぬように。「此の事をあいつに話して、どんな答えが返って来るか……親しいなら想像に容易いだろう、」そう言って少しだけ笑って見せる。返って来る言葉は間違いなく”私は大丈夫“なのだ。自分に向けられるべきではない悪意を向けられ傷付けられても、薬物を打たれるような恐ろしい経験をしても、これからもそのリスクが付き纏うと言っても、きっと相手は”大丈夫“だと言う。再び背凭れから身体を起こすと「…此の話は此処限りだ。元気にやっていたとでも言っておいてくれ、」と付け加えて。 )
サラ・アンバー
( 何も知らない、と首を横に振った直後。酷く真剣な色を宿した碧眼と視線が重なった。そうして静かに語られるあの日の事件の詳細。__思わず彷徨った視線は数秒相手を捉える事が出来なかった。動揺を落ち着かせる為に無意識に右手親指の爪先で人差し指の腹を軽く掻き、胸に落とす様に数回小さく頷き、そうやって漸く相手と視線を合わせ直した時、何とも言えない痛みが胸中を支配した。それは相手の言う通り、本来傷付かなくて良い筈の悪意に傷付けられたミラーを思って。今尚“あの事件”から許されない相手を思って。そうして__知ってしまった“優しさ”を思って、だ。何時だったかミラーが言った事があった。“エバンズさんは不器用で、だけどとっても優しい人”だと。その時は納得出来なかった。優しいは兎も角、何時も冷静で書類のミス一つせず何でも器用に熟すエリートだと思って居たからだ。__けれど今目前に居る相手は違う。ミラーを、周りを、巻き込まない為に自分自身から遠ざけるのは“不器用な優しさ”なのではないだろうか。その優しさにきっとミラーは直ぐに気が付き一番近くで見て来た。『__“大丈夫”と、ミラーはきっとそう言いますね。』ほぼ100%と言える答えはきっと相手の考えと同じだろう。レイクウッドに居ても尚見る機会の少ない相手の笑みを見て、それがまた無性に切なくなる。此処だけの話、に素直に頷いては『警部補の言う通りに、』と、ミラーにも他の署員にも何も言わない事を約束して )
( 自分の語った理由に、相手は何を思っただろうか。レイクウッドを去ると決めたきっかけを言葉にしたのは初めてだった。自分の決断を称賛して欲しい訳でも、憐れんで欲しい訳でもない。言うなれば_______ミラーと親しい彼女に、相手を傷付ける目的で、或いは蔑ろにして選んだ道ではない事を、今更ながら言い訳のように知って欲しいと思ってしまったのかもしれない。「…それも、理由のひとつだというだけだ。元々本部に戻る事は考えていた。今の肩書きのまま本部に戻れる、そのタイミングも後押しになった、」と、あくまであの事件はきっかけのひとつでしかなく、事件がなくともこのタイミングで本部に戻る事を決めていた可能性はあると付け加えて。「…人手が足りないような事があれば、警視正に相談してくれ。本部から応援を派遣する事もできる。」先ほど相手が言っていたレイクウッドの状況に対して、此方から応援の刑事を送る対応も出来ると告げると、再びパソコンへと視線を戻して。 )
サラ・アンバー
( 一概にそうだとは言えないが特に男性とっては昇進は大切な事。“警部補”のまま居られる事が出来るのはかなり良い条件で勿論その付け足しにも納得が出来る。加えて相手は元々本部の人なのだから何時か戻る事があっても実際は不思議じゃない。ただ__その余りに不器用な優しさを、今回ばかりはミラーが確りと気付き受け止める事が出来たかどうかは疑問が残る所。一度は頷き、納得を胸には落としつつも『……同僚ではありますが、ミラーの友人として。…彼女の“大丈夫”は以外と当てになります。』と、微笑む。それこそ他者が聞けば確信など何も無いそれ。その言葉で相手が納得し心変わりをした結果レイクウッドに戻って来るとは少しも思わないのだが、ただ、伝えたかった。再びパソコンに視線を落とす相手を見、少しだけ考える間を空ける。『__だったら、』と先の言葉の後『応援には警部補を指名しますね。』そんな権限は無いにも関わらず一つの戯言を。その時の表情はほんの少しだけ、冗談や戯れを言う時のミラーの笑顔に似ていただろうか )
( 自分がレイクウッドの応援に派遣されるというのは何とも可笑しな光景だと思えば「其れは勘弁してくれ、」と答えて。かつての部下に小さな真実の1つを打ち明けた所で何が変わる訳でもない。その後も滞在中は時折顔を合わせ二言三言交わしたものの、やがて彼女はレイクウッドへと帰って行った。________それから更に数ヶ月。本部に戻ってから間もなく1年が経とうかという頃になると、身体の不調はより顕著なものになっていた。締め付けられるような痛みを感じる事も増え、ふとした瞬間に視界が眩む事もあった。---その日は、少し前にワシントンで起きた事件について今後の捜査方針についての会議が開かれ、会議室には捜査関係者となる警視以下の刑事たちが集められた。目を落としていた資料の文字が急に歪んだ事で数度瞬き、鳩尾を締め付けるような胃痛にも近い感覚を感じると静かに息を吐く。途中から話の内容は所々しか意識を向ける事が出来なくなったものの、程なく会議は終了して。刑事たちがパソコンや資料を纏めて席を立ち部屋を出ていく中、立ち上がればバランスを崩し転倒する事件があると思った。せめて不審に思われぬようにと資料に目を落とし考え込む素振りを。その裏、徐々に浅く上擦りそうになる呼吸を必死に押し留める事しか出来ずにいて。 )
ロイド・デイビス
( __相手が座る席の斜め後ろの席、そこに腰掛け会議終了と同時に立ち上がり他の署員同様部屋を出ようとするのだが。__ふ、と視線を向けた先の相手はパソコンや書類を纏める事もせずやや俯き加減のまま動かない。手元には先程説明にあった事件の資料があり、何やら腑に落ちない箇所でもあり確かめているのかと横を通り過ぎる際に視線を向け。__その表情までは見る事が叶わなかったが、何処か微妙な点に置いて違和感を感じた。その違和感が何かを説明する事は出来ないのだが、そのまま相手を残し部屋を出る事を選ばなければ少し怪しむ様に腰を折り『…警部補?』と、声を掛けて )
( せめて他の上司や署員が全員この場所を去った後であれば良かったのだが、今異変に気付かれては不味い事になる。徐々にざわめきが遠くなっていく気配を感じていたのだが、不意にすぐ近くで自分を呼ぶ声が聞こえた。僅かに肩が震えたものの、その声は聞き覚えのある声で。しかし、痛みが強まるのと同時に背中を僅かに丸めると、浅い息が吐き出される。平静を装っておくのはもう不可能だ。首筋には汗が浮かび、徐々に背中は浅く上下する。部下の前で_____と思いはするのだが、この状況では相手に助けを求めるより他はなかった。「……っ、鞄を、持って来て貰えないか、…」辛うじてそう言葉を紡ぐと、執務室に置かれている鞄を此処へ持って来て欲しいと頼む。アダムス医師から受け取った鎮痛剤は既に使い切ってしまったものの、定期的に病院で処方される薬はその中に入っている。署内で酷い発作を起こす事だけは避けたかった。 )
ロイド・デイビス
( 呼び声に返った来たのは何時もの凛としたものとは掛け離れた懸命に絞り出す震え声。表情こそ見えぬものの噛み締められているのだろう歯の間から漏れる苦しげな息遣いと、浅く上下する背中が今置かれて居る状況の重大さを物語っており。『…直ぐに、』頷くや否や、足早に会議室を出て警部補専用執務室へと向かう。__デスクの横に置かれた鞄を持ち部屋を出れば、何故警部補の鞄を?と不思議に思っているのだろう此方を見る数名の署員達の視線を感じ、それに軽く微笑み再び足早に会議室へと戻り。中には部屋を出る前と同じ体勢の相手が居て、一拍程の考えた、とも言えない間の後に扉を施錠すると『…持って来ましたよ。何が必要ですか?』明らかに様子の可笑しい相手の前に鞄を置き、冷静に、中から取り出す物が何なのかの確認をしつつ、此方の声が届いているのだろうかと軽く肩を揺すって )
( 乱雑にネクタイを緩めたものの、このままやり過ごす事が出来る程度の不調ではなかった。辛うじて押さえ付けるようにしてペースを保っていた呼吸には狂いが生じ始め、視界は嫌な揺れ方をしている。相手が戻って来て、鞄が視界の端に入ると開けるように頼む。中には処方薬と書かれた袋に入ったままの錠剤がある筈だ。しかし痛みが強く、其れを言葉にする事ができないまま縋るように相手の手首を掴んでいて。「_____っ、は……ッ、」署内で此処までの体調不良を引き起こすのは滅多にない事だったが、直ぐに落ち着くとも思えない状況に焦りばかりが募り呼吸が上手く出来なくなって行き。 )
ロイド・デイビス
( 鞄を置いたそのタイミングで手首を掴まれると、予想していなかった事に驚いた様に目を丸くし相手を見る。身体に襲い掛かる何かに耐えようとしているのか、それとも行くなと行動で示されているのか__何方かを読み取る事は出来ぬものの男性の無意識下で掴まれる強さはなかなかのもので、血管が押さえ付けられる様な重い痛みに一瞬ぴくりと眉が微動する。けれど振り払う事はしなければ要望通りに鞄を開け__“何”に対する答えは無かったが中を覗けば“今の相手”が望むものなど簡単に察する事が出来た。白い袋には“処方箋”の文字。中からは既に何度も服用しているのだろう数の少なくなった錠剤が出て来て、次は怪しむ様に眉が寄せられる。病気だったのか、と言う疑問を胸にシートから薬を取り出し__『…警部補、ちょっと、』手首を掴む手を軽く引き剥がす様に引き、それが叶うならば会議室に備え付けられているウォーターサーバーから水を持って来ようと )
( 言葉で伝える事が出来ずとも、鞄を開いた相手は直ぐに自分が求めている物が何か察したようだった。一度手が離れ、相手はウォーターサーバーから水を汲んで戻ってきた。しかし呼吸はすっかり乱れ、直ぐに錠剤を飲み込む事は出来そうになく。痛みと息苦しさに徐々に思考は働かなくなっていき、呼吸を正しいペースに戻すきっかけも掴めなくなっていく中、不意に手のひらが背中へと添えられた。落ち着かせようと背中を摩るその手は側に居たデイビスのものだと分かっていた筈なのに、曖昧な意識の中では“彼女”のものだと錯覚してしまった。彼女の声に意識を向け、背中を摩る手のリズムに呼吸を合わせれば楽になれる。“大丈夫”と優しく語りかける言葉と心音は苦痛を和らげてくれる。「……ッ、は…ミラー、っ……」思わず彼女の名前が唇から溢れ、縋るように相手の片方の腕を緩く掴んだものの、その過ちには気付かない。正常な呼吸に戻る糸口を必死に探りながら波が引く事を願い続けて。 )
ロイド・デイビス
( 薬を望む事は出来てもその後それを飲み込む事が出来なければ恐らく相手に襲い掛かる苦しみは消えない。けれど無理矢理飲ませた所で結局は咳き込み全て吐き出してしまう未来しか見えなければ、少しでも落ち着く様にと背を擦る事しか今の段階で出来る事は無く。__ふいに先程よりも弱い力で腕を掴まれ、視線を向ける。痛みや苦しみに耐える力加減では無く今度はそれが“縋り”によるものだとわかったのは、相手の震える唇から絞り出された“名前”を聞いたから。“ミラー”が誰なのかはわからないが間違い無く意識が曖昧になっているのは確かで。もし“ミラー”がこの署内に、或いは近くに居るのならば今直ぐ呼んで来たいが生憎パッと思い付く署員の中にその名前の人は居らず、仮に居たとしても今の状態の相手を1人残し離れる事が最善とも思えない。『…警部補、』今一度呼んだ名前は先程よりも小さく、続けて『…大丈夫ですよ。』と口にしたものの、薬を飲めていない状態でどれだけの時間が経過すれば落ち着くのかもわからず、“大丈夫”を繰り返しながら背を擦り続ける時間だけが流れて )
( 狂った呼吸を必死に繰り返しながら、背中を摩る掌に意識を向ける。いつからだろうか、少なくともミラーが近くに居るようになってから、過去に意識が引き摺り込まれないように_____少しでも早く苦痛から解放される為の糸口を探る為、背中を摩る感覚に呼吸のペースを合わせる事で正常な呼吸を取り戻そうとするようになった。徐々に肺に届く深い呼吸が出来るようになると、曖昧になっていた思考が働き始める。やがてかなりの時間を要しながらも呼吸が落ち着くと、僅かに身じろいで薬を手にして相手が持って来たウォーターサーバーの紙コップで其れを飲み込んで。身体には酷い倦怠感が残り、首筋も汗に濡れているがなんとか意識を飛ばす事なく、落ち着く事が出来た。会議が終わってから1時間以上経過しているだろうか。相手を付き合わせた事にも申し訳なさが募り「______悪かった、」と少し掠れた声で告げる。「……戻らないと怪しまれるな、」とは言ったものの、身体は未だ辛い。一時的に酸欠状態に陥った事によるものか、手も小刻みに震えていた。 )
ロイド・デイビス
( __長い時間を掛けて相手の呼吸が安定したものに戻ると人知れず安堵の息を飲み込む。薬が確りと胃に落ちた事をこの目で確認し謝罪に対して軽く首を振る事で答えては、徐に斜め前の席に腰掛けて。『これだけ広い署内でたかだか2人の姿が数時間見えないくらい、誰も気付きませんよ。』どう見ても紙コップを握る指先は震えていてまだ万全の調子では無い事くらい誰が見てもわかる。戻る必要など無いと肩を竦め、聞く人が聞けば適当にも聞こえる返事を返すも、一応の言い訳は忍ばせておくつもりか、『もし万が一何か言われたら、俺の報告書がわかり難いから注意してた、とでも言えば大丈夫です。』と。続いて殆ど空になったであろう紙コップを一瞥し『…まだ飲みますか?』必要ならば再度持って来る、と受け取る為手を伸ばして )
( 自分の報告書について注意をしていた事にして構わないというのは、此方を気遣った相手の優しさだ。手を差し出されると紙コップを相手に渡し「…頼む、」と答えて。相手がウォーターサーバーで水を汲んでいる間、この状況をどう説明すべきかと途端に冷静になる自分が居た。到底正常ではない過呼吸に苛まれ、常用している薬の存在にも相手は気付いただろう。以前本部に居た時には隠し通す事が出来ていたが、全てを見られた今となってはどうする事も出来ない。口止めをすべきか、或いは少し体調が悪かっただけだと誤魔化すべきか、そんな不毛な事を考えている間に相手は水の入った紙コップを手に戻って来ていて、礼を述べると其れをひと口飲んで。重い倦怠感に身体は横になりたいと訴えるが、背凭れに深く身体を預けるに留める。「_____朝から、あまり調子が良くなかったんだ。」暫しの沈黙の後に紡いだのは、言い訳とも取れる言葉。誰に責められたわけでも無いのだが、自分自身の不甲斐なさから、つい口を突いた言葉だった。 )
ロイド・デイビス
( 水を汲む僅かな時間の間、紛れもなく考えていたのは相手と同じこの状況に関してだ。__相手のあんな状態を見たのは初めてだし、薬だって市販薬では無く明らかに病院で処方されている物だとわかる。頻繁的に起きる症状なのか、本来は救急車を呼ばなければならない程なのか。__頭を駆け巡る思考は相手の手に水が渡った事で急停止した。僅か伺う様に表情を盗み見るも、長く落ちた前髪の奥の瞳は倦怠感を滲ませている。先と同じく相手の斜め前に腰を下ろし__何かを問い掛けた訳でも無いのに唐突に落とされた言葉に一つ瞬く。その言葉を聞き届け軽く2、3頷くと『…寒くなって来てますもんね。』決めたのは相手の症状に追求しない事。けれど『でも少し驚きました。今日は珍しく落ち着いてるし、早めに帰っても問題無さそうですよ。』少しの心配を覗かせるくらいは良い筈だ。そう言葉にして漸く緩く微笑むと、続いて思い出したとばかりに再度閉じ掛けた口を開き『…そうだ。俺、ミラーさんの事呼んで来ましょうか?何処の課に居るか教えて貰えれば、』それは何も知らないからこその純粋な親切心。相手はきっと“ミラー”を探していると思っているからこその申し出で )
( 相手が先程の一件について深く追求して来なかった事に密かに安堵する。本来ならきちんと説明して、迷惑を掛けた事を謝罪すべきなのだろうが、自分の抱えているものを部下という立場の相手に全て打ち明けるのはどうしても気が乗らなかった。しかし、不意に相手の口から出た名前に驚きから思わず身体が固まる。相手は彼女の事を知らないのだから、その名前が出る筈がないのだ。その上、文脈を考えればまるで自分がミラーを探していたかのような______そこまで考えて、意識が朦朧としていた先程の状況を思い出す。誤って相手の名前を呼んだのだろうか。記憶にはないが、この状況に陥った時に側に居たのはいつも彼女だったことには間違いない。「……ミラーは此処には居ない。」と、ひと言答えて首を振る。「…意識が混濁していたのかもしれない。気を遣わせて悪かった、」その名前を自分が呼んだのだとすれば、それは意識の混濁によるもので深い意味はないと告げるに留めて。「______もう大丈夫だ、仕事に戻ってくれ。もう少し休んだら俺も戻る、」未だ気怠さを湛えた瞳を相手に向けると、もう自分の仕事に戻って欲しいと告げて。 )
トピック検索 |