刑事A 2022-01-18 14:27:13 |
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警視正
医師の元で入院出来るなら安心だろう。…お前もミラーも生きている。今回はそれで良い。
( 命の危機に直結する薬で無かった事が救い。加えて入院している病院には相手も何だかんだで信頼している【アダムス医師】が居るのだから問題無いだろうと頷きつつ、続けられた謝罪には強く咎める事はせずに軽く相手の肩を叩き。__執務室では無く会議室に移動までしてする話とは、と一瞬表情が険しくなった警視正は、相手が話し始めた事でこの場所を選んだ理由を理解した。刑事課フロアに居る署員達に今は万が一でも聞かれたく無いのだろう。深く吐き出した息と共に『……そうか…、』と呟いた後、暫し何と答えるべきか思案する間が空くのだが、役職を失ってでも異動したいと言う相手の気持ちに迷いや躊躇いは無く、ならば誰が何を言った所で結局は本人の意識が残る。『…本部への異動願いは勿論受け取るし、必要ならば私が向こうの警視正に話しても構わない。だが__、』“ミラーには言ったのか?”と言う問い掛けは続かなかった。直感的にミラーはこの事を知らないと思ったからだ。『…いや、何でも無い。お前がそれを望むなら応援する。』結局首を振り話の続きを無かった事にすると、何処に居ても、と激励の言葉を送り )
( 警視正は何かを言い掛けたものの、言葉を続ける事はせずに頷いた。相手から本部の警視正へと話を通して貰うのが正規のルートで一番早く人事が進むだろうと思えば「助かります、」と答えて、相手から話をしてもらう事を頼み。「本部から取り寄せたい資料があります。必要があればその捜査の為に本部に行って、警視正にお話します。」今回の件に関連してアナンデール事件の資料を取り寄せたいと思っていた為、その為の出張と称して人事異動に関する話を直接する事も出来ると伝えて。 )
警視正
( 相手の中では既に未来の道筋が決まっている。誰にも__ミラーにも相手を止める事は出来ないだろうと根拠の無い確信があった。『昼までには警視正に伝えておく。』と、頷きつつ一度手元に視線を落としてから再び相手を見。『…エバンズ、』名前を呼んだその表情は酷く真剣なもの。『お節介かもしれないが、変な別れ方だけはするな。』“誰と”とは敢えて口にはしないが相手はきっとわかるだろう。__レイクウッドに来たばかりの相手は常に威圧的な空気を纏い他者を寄せつけなかった。誰にも頼らず、弱みを見せず、人知れず痛みに耐える。そんな相手が唯一心を開いた様に思えたのがミラーだった。互いに寄り添い、時にぶつかり、それでもこうして長く一緒に居たのはお互いがお互いを必要だと感じていたからの筈。相手が本部に異動したからと言って二度と会えない訳では無いし、同じ国内だ、飛行機に乗れば済む話。けれど不思議とそんな簡単な事では無い気がした )
( 昼までには本部の警視正に異動について打診してくれるという相手に感謝を述べたものの、真剣な声色でよぶ止められると相手に視線を向ける。相手が告げたのは恐らく、長年パートナーとしてバディを組んで来たミラーの事だろう。「______ミラーに、必要のない敵意が向くことを避けたいんです。自分の近くに居るというだけで、今回のように危害を加えられるリスクがある。長くレイクウッドで行動を共にしすぎました。……勿論説明はします。でも、其れを正直に話したら彼女は“自分は大丈夫”だというでしょう。」暫しの間を置いて言葉を紡ぐと少し困ったように微笑を浮かべる。「要らない脅威に対して、自分の身を犠牲にして欲しくないんです。」とつけたして。 )
警視正
( 相手の言う事は間違い無いと思った。ミラーは間違い無く“大丈夫”と口にし続けるだろう。お互いに相手が目の前から居なくなる恐怖を角度こそ違えど抱く筈なのに、擦れ違う。不器用で、けれど人一倍優しい相手が“このやり方”でミラーを守ろうとするのならば__『…わかった。私からは以上だ。』今度こそ首を縦に振りそれ以上何かを言う事はしなかった。ただ、相手があんな風に困った様に笑う、その表情は暫くの間脳裏から離れる事はないだろう。__会議室を出て午前中の仕事を終わらせた後、ワシントンにあるFBI本部に電話をした警視正は、そこの警視正に相手の異動の話を打診した。過去にも話が出ていた事や、相手の刑事としての有能さを知っていた為返って来たのは二つ返事の“YES”。その他諸々詳しい事は相手が“出張”で出向いた時に話すだろうとそれ以上は何も言わず。__時刻は昼12時丁度。再び執務室を訪れた警視正は相手を会議室に呼ぶなり『…異動の件だが、席は空けておくから何時でも構わないそうだ。此方でやり残した事を済ませてから行くといい。』と、告げて )
( その後、時間を縫って入院している相手の元に定期的に顔を出しつつも、逃げた犯人についての捜査を進めた。捜査と並行して一泊二日の日程で本部へと足を運び、本部の警視正と異動後のポジションや仕事の開始時期などについて話をするなど水面下で準備を進めるうちに、レイクウッドを離れる決意は固いものになっていた。レイクウッド署の警部補としてやるべき仕事を整えつつ、本部の警視正と取り交わした異動の日が近付いてくると他の刑事が出勤しない休日に執務室の整理に取り掛かる為署に向かい。---ダンボール箱を組み立て、先ずは必要な資料や書籍類を詰めていく。2年という歳月は短いながらも、部屋をまっさらな状態に戻すには骨の折れる月日だと改めて実感する。使っていたマグカップなども割ないように梱包するものの、周囲にバレないように荷造りをするのは不可能だと思えるほど部屋は段ボールや詰める為に引き出しや棚から取り出した私物でいっぱいになった。 )
( __体内を流れる薬物は点滴の効果もあって徐々に薄まり、思ってる以上に早い退院許可が降りたのが一昨日の事。その旨を警視正に報告すれば念の為に後数日は自宅療養をし、その後、職場復帰を果たしても良いとの命令が。正直な所1日でも早く捜査に戻りたかったのだがこればっかりは仕方が無い。__2日入院し、自宅に戻ったその日は日曜日だった。薬を打たれてから一度も署に戻っていない為にノートパソコンはデスクの上。これでは我が身に起きた事件のあれこれを調べる事も出来ないと家を出たのがお昼過ぎの事。警備員に警察手帳を見せて署に入り、誰も居ない__と思っていた刑事課フロアに足を踏み入れ真っ直ぐにデスクに向かう予定の足はピタリと止まった。警部補専用の執務室から何やら物音が聞こえるからだ。この部屋を使うのは基本的にエバンズただ1人、けれども彼は休日の筈。怪しむ様に表情を真剣なものに変え、足音をたてぬ様に扉へと近付き、小さな深呼吸の後ノックも無く扉を開け放ち__「……え、」思わず間抜けな声が漏れたが、それは驚きから出るものだ。まるで空き巣にでも入られたかの様な散らかり様、その中心にこの部屋の主が立っている。状況を理解出来ぬまま「…エバンズさん…?」と、目前の相手を認識しているものの、語尾に疑問符のつくトーンで名前を呼び )
( 不意に扉が開く音がして驚いて振り返ると、そこには此処に居る筈のない相手の姿。驚きに見開かれた瞳。「______ミラー、」相手の名前を口にしたものの、相手はこの部屋の中を、そしてそこに居る自分を確かに目に映しており、今更どうこう言い訳出来る状況ではないと直ぐに理解した。「…身体はもう良いのか?」少しして普段となんら変わらない口調で相手の体調を尋ねる。そうして相手と同じように部屋の中を見回し「2年でも、意外と物は増えるものだな。」なんて、普段しもしない世間話のように呟いた。何故自分がこの部屋を整理しているのか、それを相手に伝える決定的な言葉を紡ぐ事を無意識ながら避けたかったのかもしれない。 )
( 相手もまた驚きを表情に。驚愕を乗せた緑と碧が暫く重なり、少しして普段と変わりない口調で紡がれた体調を気遣う言葉に「…うん、後数日で仕事に復帰出来る、」と答えたものの、その声色には未だ思考が追い付かない事がありありと浮かぶ戸惑いが見え隠れしていて。__嗚呼、空き巣が“可愛らしい”だなんて不謹慎にも思えてしまう程だ。こんなの誰がどう見ても所謂“異動の準備”ではないか。けれど、だとしても、何故。こんな余りに急過ぎるしそんな話一度も聞いてない。混乱する頭で何も考える事が出来ない中、相手から視線を外す様に向けた先、明らかに割れ物を──マグカップを包んでいる事が伺える形をした新聞紙がダンボールの上にあるのを見付けた途端、息が詰まりそうな感覚を覚えた。指先に血が通っていないと思える程冷たくなり、心臓が嫌な音を立てる。「__…大掃除なら、まだ早いんじゃない…?」認めたくないし、何も聞きたくないし、こんな光景も見たくない。思わず震えた唇が辛うじて紡いだのは、わかっていながら態と外した問い。自分は今どんな顔をしているだろうか。冗談を言う時みたく、意地悪に笑えているのだろうか )
( 大掃除、というワードに相手に視線を向け「…この時期に大掃除はしない、」と、少し困ったように表情を緩める。相手との間に暫しの沈黙があり、箱詰めした荷物に視線を落としたものの隠し通せる事でもないと観念すれば「________本部に異動する事になった。」と、荷造りの理由を告げた。本当は“なった”のではなく“した”という表現が正しいのだが、少しの後ろめたさがあったためにその言い回しは選べなかった。「……相談も無く悪い、」1人でその決定を下した事を相手は良く思わないだろうと謝罪を述べつつ「次の金曜日に発つ。其れまでに残っている仕事は全て済ませていく。」と告げて。つまりレイクウッドの警部補として仕事をするのはあとたったの5日間という事だった。 )
( “大掃除”を肯定してくれていたらどれ程救われたか。今一番聞きたくなかった言葉は鋭利な刃物となって胸に突き刺さる。2年一緒に居るのだ、2年一緒に居て相手の一番近くでその姿を見て心に触れて来た。今回の本部への異動は上からの命令では無く相手自身が望んだからと言う事は容易く想像出来るのに。「……」何も言わず__何も言えず足元に視線を落としたままで居たものの、相手は謝罪に続き更なる残りの期限迄もを口にした。「っ、聞きたくない!」弾かれる様に顔を上げ、思わず荒らげた声は想像以上に大きく震えたのだが、その緑の瞳にはなみなみとした涙が溜まっていて。「……何で…?」そう口にした途端、大粒の涙が頬を滑った。「…私が…ミスしたから…?…犯人は必ず捕まえるし、次は絶対、完璧にやるから…だから…っ、!」それは後から後から止まる事知らぬ様に流れ続ける。嗚咽に邪魔されながら、懸命に行かないで欲しいと、嫌だと、まるで駄々をこねる子供の様に首を左右に振って )
( 相手は何もミスなどしていない。今回の件を引き起こしたのは紛れもなく自分なのだから。「……ミラー、…」泣きじゃくる相手を見て困ったように相手の名前を落とすと、相手の所為ではないと首を振る。「______レイクウッドには長く留まり過ぎた。お前の所為じゃない。…俺が、ようやく本部に戻る決断をしただけだ。」ひとつの場所に長く留まると、過去の事件が自分の足元に影を落とし様々な弊害を招く事は理解していた筈なのに。今回の事件が本部に戻る決定打になった事は、当然ミラーには言うつもりはない。自分の所為で、或いは、自分さえ我慢すれば、と相手が思ってしまう事は避けたかった。「いつか戻るつもりでは居た。今なら、本部でも警部補の役職で働かせて貰える。______それに、お前も一人前の刑事になった。」と、2年捜査を共にした事で、相手も1人でやっていけるだけの技術は身に付けていると告げて。 )
( “何時か”が来る事は以前一度本部行きの話が出た時から覚悟していた。覚悟はしていた、が。余りに突然過ぎる。そんな素振り一つ見せず、己が自宅療養している間にこんなにも__もう何を言っても止める事が出来ない所まで話が進み、相手の気持ちが揺らぐ事は無いと嫌でもわかってしまう。加えて“警部補”の役職のまま異動出来るなんて好条件でしかない。そもそも相手は望んでレイクウッドに来た訳では無かったのだから__と、自分に言い聞かせる沢山の事を思うのだが、そんなもので心を保てるのならば最初からこんなに泣きじゃくったりなどしない。少しでも気を抜けば子供の様に声を上げ泣き崩れてしまうであろう今、喉の奥は締め付けられ抑えきれない嗚咽が繰り返し唇の隙間から漏れる。床に落ちる涙は散らかった新聞紙を濡らしたが、勿論そんな事に気を止める事が出来る状態では無い。__そんな中、最後に紡がれたそれが更に涙腺を緩める結果を招いた。初めて言われた“一人前”の言葉。それを、今、このタイミングで言うのか。認められた事が嬉しくてたまらない筈なのに、今だけは素直に喜べない。「…まだ…っ、全然足りない…!」一人前なんかじゃない、相手が居ない所で1人ではやれない、それはFBI捜査官としては甘えだろう、けれど飲み込む事は出来なかった。此処で立ち尽くし泣き続けた所で、相手が異動を取り消す事は無いだろうし、荷造りが終わらないだけ。わかってはいてもどうすれぱ良いのかわからなかった )
( 相手が涙を溢す姿を見ても尚、その決断が揺らぐ事はなかった。今相手にとってこの別れが辛く悲しいものだったとしても、今離れておけばこの先相手の生きる道に暗い影は落ちない。その為の別れだという思いがあるからだろう。涙ながらに言い返す相手の言葉には、普段通りの様子で少し肩を竦める。「一人前は言い過ぎだな、…1人でもやっていけるだけの、刑事としての礎は築けているだろう。」あくまでも“普段通り”を振る舞うことで、嘆き悲しむような事ではないと相手に感じて欲しかったのかもしれない。そうして真っ直ぐに相手と向かい合うと「…ミラー。もう決めた事だ、俺は本部に戻る。______お前は刑事としてまだ伸びる。ただ、この先捜査を担う上で、ひとつひとつの事件や遺族、被害者に心を寄せすぎて自滅する事だけは避けろ。」と、決意と共に相手への助言を贈り。止めていた手を再び動かし始めると、デスクの上に積まれた捜査資料のファイルがダンボールの中に詰められて行き。 )
( 此方がどれ程涙を溢し行かないでと訴えた所で相手の決断は変わらない。何処までも冷静に言葉を紡ぎ“別れ”は揺るがないのだと嫌でも示して来る。__その中でふいに空気が変わったのは相手が“一人前”の話題に対して少しばかり肩を竦めた“何時も通り”の反応をしたから。それでわかった。何時までも此処で嘆き悲しむより、どうしたってこの決断を覆す事が出来ないのならば、残り共に居られる時間をどれ程有意義なものにするかが大切なのだと。鼻を啜り、「…言い過ぎでは無い…、」と、至極小さな小さな声で再び言い返しては、未だポロポロと流れる涙は止められぬものの真っ赤な瞳を真っ直ぐに相手に向け「…エバンズさんが、私を育てた事を誇れる様な、そんな刑事になります。」助言に対して確りと頷いた後、決意とも取れる言葉を告げ。それから再び荷造りを再開した相手の姿を暫し見詰め、ややしてその場にしゃがみ込むと何も言わずダンボールの空いてる所に必要であろう書類を詰め、手伝いを始めて )
( ____5日という期間は当然ながら瞬く間に過ぎて行った。相手にも手伝ってもらい荷詰めをした箱は、もう此方で使わない物だけ先にワシントンへと送り、数箱が執務室には残った。月曜日には執務室の異変に気付いた署員たちの間でエバンズの異動が囁かれ始め、本人の言質を取った者によってその噂は瞬く間に広がった。あまりに急な事で、送別の食事会や花束はどうするのかと慌てたような話題が湧き起こったのだが、当の本人は普段と変わらず仕事を進めるばかり。サラやアシュリーは相手を心配して声を掛けた。---最終勤務日となる金曜日。家の引き渡しの立ち合いの為に普段より1時間ほど遅れてスーツケースを持って出勤すると、特に普段と変わった風でもなく執務室へと姿を消す。新しく確認が必要な報告書は、次にこの席に座る警部補の担当となる為書類は別のトレイに入れる事となり、エバンズの確認待ちの書類よりも多くなっていた。執務室にはパソコンを除いて私物はなくなり、がらんとした部屋の隅にスーツケースが置かれているだけ。そんな部屋の中で、パソコンに向き合いいつもと変わらない業務を行って。 )
( __心此処に在らず、が正直な5日間の過ごし方だった。幾ら残りの時間を有意義なものにしようと決めた所で矢張り寂しさは勝つのだから、こればっかりは仕方が無い事だ。瞬く間に時は過ぎて今日はもう相手が“レイクウッド署の警部補”で居る最後の日。明日から幾ら待ったって相手が出勤して来る事は無く、執務室には新しく赴任して来る警部補が居座るだろう。もう、顔を見て話をする事も、食事をする事も、共に捜査をする事も無くなる。鼻の奥がツンとした痛みを帯び、目頭が熱くなり思わず泣き出してしまいそうな気持ちになるのだが、寸前の所で堪えたのは、笑顔で何の心配も要らないと送り出すと決めたから。__給湯室で、相手のマグカップでは無い予備のカップにコーヒーを淹れ、執務室の扉を叩く。入室の許可の後部屋に入れば、嫌でもスーツケースとすっかり殺風景になった室内が視界に映り、それにもまた酷く心を揺さぶられた。「お疲れ様です。」そう言って相手の前にマグカップを置き、一つ息を吐いてから「…最後だね、」と切り出す。その後に言葉は続かず、眉の下がった、何処か困った様にも見える笑みを浮かべて )
( 部屋に入って来たのは相手だった。手にしていたのは自分の物ではないマグカップだったが、温かな珈琲の香りを引き連れていつものようにデスクに置かれるとひと言礼を言い、其れを口に運んだ。「……そうだな、」と答えたものの「自分でも余り実感が湧いてない。」と続けて。この後夜の便でワシントンへと向かい、週明けからは本部で警部補として働く。古巣に戻るのだから仕事に対する心配は然程ないものの、レイクウッドが最後だと言われると此方もまた自分にとっては思い出深い場所となっている為か、妙な気分だった。「_____赴任してきた時に想定していた以上に、濃い2年間だった。」コーヒーを飲み小さく息を吐き出すと、そう言葉を紡ぐ。「静かな町だが、事件も多かった。本来予定にはなかった、新人を育てるという仕事も発生したしな。…レイクウッドでの事を思い出そうとすると、お前の顔が散らつくだろうな。」少し冗談めかしたものの、間違いなくこの2年の記憶の中で相手が占める割合が高い。「…まぁ、そう悪くない2年だった、」と付け足しては相手と視線を重ねて。 )
( こうしてコーヒーを啜る姿を見るのも最後。目に映る何もかもが最後なのだと此方は嫌でも実感してしまう。何時も以上に何処と無く饒舌に話し始める相手の言葉を聞きながら、その全てを聞き逃さない様言葉を挟む事無く一つ一つに相槌を打ち。途中に出た“新人”の単語には小さく笑みを浮かべ漸く口を開く。「私もまさか“警部補”と初めての殺人の捜査をすると思わなかったよ。__顔と名前を覚えるのが苦手なエバンズさんの記憶に残れるなら、それだけで自分を誇れる。」前者は遠い思い出を呼び覚ます様に、後者は少しだけ冗談を滲ませて。__視線が重なった事で相手のもつ褪せた碧眼を真っ直ぐに捉えた。嗚呼、この瞳を見る事も、もう叶わないのだと。そう思った瞬間に思わず視界が歪むもそれを誤魔化す様に一つ軽く咳払いをし。「最も聞きたい言葉はそれかも。」“悪くなかった”は、相手にのみ“良かった”と捉える事が出来ると勝手に思っている。此処に来る事は本意では無かっただろう、“新人教育”もした、何度命の危険に晒されたかもわからない。けれど、何もかもを引っ括めそれでも“悪くない2年”だったのなら、これ程嬉しい事は無い。「__ハグしたい。」揺れる瞳で、それでも小さく笑いながらそう強請って )
( 相手とこの執務室で何度も他愛のない会話をし、何度も温かい飲み物を手渡して貰ったと、扉の近くに立つ相手を見て思う。はじめは全くと言って良いほど役に立たない新人刑事だったが、いつしか相手と共に捜査に向かうのが自然な事になっていた。相手の運転する車で現場に向かうまでの心地の良い静寂と、車窓を流れるレイクウッドの景色。ワシントンのような都会ではない為高層のビルも少なく、時に移動の間は静かに休息を取れる時間でもあった、食事に連れ出された事も、互いの家で眠った事も何度もある。______レイクウッドでの日々は、いつだって相手が隣に居たと改めて思いながら相手の若葉色の瞳を見つめていた。「……執務室でする事じゃない、と言いたい所だが…最後だからな、」相手の要望に対して肩を竦めてそう答え、デスクから立ち上がり応じると、「…世話になったな、」と軽く相手の肩を叩いた。 )
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