刑事A 2022-01-18 14:27:13 |
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( 相手の顔を見たのは久々では無い。けれどその声を聞いたのは久々だった。少しばかり掠れてはいるものの、聞きなれた低く耳心地の良い声。「迷惑な事は何も無いよ。」と首を横に振り答えてから椅子に腰掛け、次に口を開いたタイミングで看護師が部屋に入って来れば、軽く会釈をして再び相手と視線を重ねる。看護師がモニターと点滴を確認して部屋を出た後、“事件解決”にYESを示す様一度頷き「__犯人はジェイで、案の定リリーの妊娠が関係してた。結婚を迫られて邪魔になったから殺害だって…身勝手な動機だよね。」呆れと怒りの滲む溜め息を吐き出し、膝の上で無意識に軽く爪を触った後「あのね、今ダンフォードさんが来てるの。…エバンズさんが摂取した毒の話もちゃんとしたいんだ。今聞ける?」本題は此方なのだとばかりに話を切り出し、少しだけ長い話、そして相手にとっては苦しい話となる事も懸念しての確認をとって )
( 今回の入院の原因である“毒の摂取”。此れは一切身に覚えのない事案のため相手の説明が必要だ。おおかた誰かに毒でも盛られたのだろう、恨みを買う事には慣れてしまったと思いはするものの其れを言葉にしなかったのは痛みに慣れてはいけないと相手がいつも言っているのを覚えていたから。相手の問い掛けに対し静かに頷き相手の言葉を待った。 )
( 相手は何も言葉にする事は無かったが静かに頷いた。けれどきっと胸中には様々な気持ちが渦巻いているに違い無い。相手の考える“恨み”が今回の事件の動機では無い事を直ぐにでも伝える必要があると思った。「__総務課に居たグレッグ・クーパーって男性覚えてる?派遣の。本名はジョシュ・ベラミーって言うんだけど、今回の事件は彼が起こした事で、動機はエバンズさんに逮捕された事による逆恨み。…エバンズさんがまだ此方に来て直ぐの頃、暴行の容疑で逮捕した相手なんだけど、」顔と名前が一致するのに時間の掛かる相手の事、彼を覚えていない可能性はあるがそこはさして重要では無いと思ってしまうのは、本当に重要なポイントが己の中で“動機”であるから。緩く首を擡げつつ、相手の反応を待って )
( 相手の言う男の名前から顔が結び付くはずもなく「…覚えてない、」と答えたものの、自分と関わりがあり総務課で働いている派遣の男と聞いて彼の顔を思い出す。「_____捜査経費の件で来てた奴か。」と口にしたものの、顔を思い出しても彼がかつて逮捕した容疑者だと思い当たるまでの鮮明な記憶ではなかった。暴行容疑で逮捕したことを逆恨みされて毒を盛られたというのであれば理不尽この上ないのだが、相手の話し方からして誰が犯人か、というだけの話ではなさそうだと。 )
( 案の定相手はベラミーの事を覚えていないと口にしたが、記憶の片隅にある何かが引っ掛かりある1人の顔を思い出したのだろう、“捜査経費の件”と正しくその通りの言葉が出れば「その人。」と頷き肯定し。相手が空けた間は“その先”を待っている様だった。本当は嘘を突き通したい事、けれど警部補である相手はベラミーの聴取の録音を間違い無く聞く。それならば隠し通す事は出来ない。「__動機は過去の逮捕の逆恨みの他に無い。これは嘘じゃない。…でも、アナンデール事件の事が話に出たのも本当。エバンズさんの事を“悪”だって言ったけど、それはあくまでもベラミーの勝手な戯言で、傲慢な正義感を振りかざしてるだけ。…ベラミーは正真正銘の犯罪者で、そんな人の言葉に傷付けられないで。」真っ直ぐに相手を見詰め、嫌でも後に聞かなければならないベラミーの身勝手な主張を隠す事無く話しては、最後に相手の手を掬い取り甲を一度だけ撫でて )
( 相手の言葉を聞いて、あの事件とは何も関係のない人間でさえ自分を恨む理由のひとつに其れを挙げるのかと小さく息を吐き出した。いつでも自分にはあの事件の影が付き纏っている事を知らない訳ではないが、こういう時に其れを改めて自覚させられるのだ。逮捕された事への個人的な恨みに加えて、あの事件を担当していた自分を“悪”と看做し“正義”の裁きを与えるというような歪んだ思いもあったのかもしれない。続いた相手の言葉と手を取られる感覚に顔を上げると、少しばかり心配そうな、それでいて力強い光の灯った瞳と視線が重なる。「______今更傷付いたりしない、」とひと言答えて。 )
__傷付くよ。何時だって、悲しい事や嫌な事を言われたら傷付く。それは私も、エバンズさんも、誰だってそう。
( “傷付いたりしない”と相手は言うが、それはその気持ちに蓋をし目を瞑っているだけだと思っているからこそ緩く首を振り。そしてもう一度相手の手の甲を撫でた後に静かに手を離し自身の膝へと戻せば、これ以上心を揺さぶられぬ様にと空気を変え「身体の毒もかなり抜けたし、喉の炎症も治まってるんだって。だから、きっともう直ぐ退院出来る。…良かったね?エバンズさんの嫌いな病院から解放されるんだよ。」少しだけ悪戯な色宿る笑みを浮かべ、まるで監禁でもされている場所から脱出出来る…なんてニュアンスで )
( ネガティブな気持ちを見て見ぬふりなどしなくて良い、全ての感情に蓋をしなくて良いと、いつも相手は言い聞かせるように繰り返す。そうして此処までの空気を変えるように告げられた言葉に溜め息を吐くと「…こうしているのにはもう飽きた、」と答えて。何をする訳でもなくベッドに縫い付けられている状態はもううんざりだと。「ダンフォードさんが来てると言ったな。礼を伝えておいてくれ、なるべく早く戻ると。お前もあの人に面倒を掛けるなよ。」と付け足して。 )
明日にでもクロスワードの雑誌持って来てあげようか?
( 身体も動く様になった以上、一秒でも早く退院して職場に戻りたいであろう相手の気持ちは手に取る様にわかるのだが。医師からのOKサインが出るのは少なくとも今日・明日の話では無いだろうし、こればかりは相手にも己にもどうする事も出来ない。それならば、と緩く首を擡げ告げたのは相変わらず少しの悪戯や意地悪の含んだ、そうして答えのわかりきってる問い掛けで。続けられた言葉には「わかった。」と、頷きを1つ。これは前者に。勿論後者にも頷き返しはするのだが、ふ、と何かを思い出した様に背凭れに深く座り直すと「…そう言えばね、ジェイの取り調べをダンフォードさんと2人でしたんだけど、少しだけエバンズさんに似てたよ。…エバンズさんがダンフォードさんに似てるのかな?…兎に角、纏う空気って言うか__新人だった頃のエバンズさんを育てた人なんだなぁって実感した。」相手にとっては特別喰いつく様な話では無いかもしれないが、何だか不思議な感じがしたのだ。呆れた返事が返って来る事も想定しつつも、1人楽しげに笑って見せて )
_____いらない。
( 相手の提案に被せるように間髪入れず答えたのは、相手が言葉を紡ぐ少し前に悪戯めいた表情を浮かべたのに目敏く気付いたから。冗談を言う時、相手はよくその顔をする。続いた言葉には数度瞬きをして昔の事を思い出す。「…捜査の基礎は全てあの人に叩き上げて貰ったからな。普段の言動にさえ目を瞑れば、俺の理想とする刑事像だ。」一部に皮肉が篭ってはいるものの、普段に比べればだいぶ素直な言葉を紡いで。初めての殺人事件の捜査の為に現場に着いてきた相手のように、自分もまた初めての現場には彼と共に行ったのだ。相手と違ったのは、教官となる彼が指導や育成を得意とする人柄の良い刑事だったということだろう。 )
そ、残念。
( 適当に肩を竦めるでも無視をするでも無く、間髪入れずに、しかもやや早口にも聞こえる口調で拒否されれば肩を竦めるのは此方の方。けれどそれは呆れている訳でも断られた事に傷付いた訳でも無く言うなれば態とらしい仕草。それで以てこの冗談を終わらせると、続いた多少の皮肉こそ篭ってはいるが相手にしたら随分と珍しい言葉にぱち、と一度瞬き。「…そっか。」溢れ落ちた相槌の音は何故か自分が褒められた訳じゃないのに嬉しさが滲むもので、それはきっと相手がそう思える人に出会えたと言う事への喜びだろう。もう一度、今度は誰に宛てるでも無い頷きに続いて小さく微笑むと「私の理想とする刑事像はエバンズさんだよ。」と、聞かれてもいない事をお世辞など何も無しに告げ。__何時間も居た訳では無いが、まだ病み上がりと言える相手は1人静かな休息が必要かもしれない。腕時計を一瞥し「…そろそろ帰ろうかな。退院して落ち着いたら、また一緒にお泊まりしよ。」相変わらず余計な一言を悪戯めいた口調と表情で。その裏に隠したのは、早く相手の体温を、心音を、“生きている”証の何もかもを隣で感じたいという言う切望で )
( 相手は自分を理想の刑事像だと言ったが、自分が理想とするに相応しい刑事だとは到底思わない。「…やめとけ、もっと適任が居るだろ。」と肩を竦めて受け流すに留め。そうして事あるごとに“お泊まり”という意味深な言葉を選ぶ相手に冷めた視線を向けたのが数週間前の事_______その後経過も問題はなく、1週間ほどして退院する事が出来た。しかし長い入院で体力が落ちている事もあり、直ぐに職場復帰とはいかなかった。退院して直ぐに仕事に戻るという考えは一蹴され、1週間ほどの静養を余儀なくされた訳だが、実際未だ疲れやすく1日の中でも何度か横になる事があったため、必要な休息だったと言えよう。ソファでの短い眠りから覚めてカーディガンに袖を通すと少しの空腹を感じて冷蔵庫を開ける。しかし中には食料らしきものはほとんどなく、さすがにそろそろ買い物に行かなければと思案して。 )
ルイス・ダンフォード
( __エバンズが退院し、職場復帰を果たす迄の凡そ一週間が警視正に言われた応援期間だった。仕事人間の相手の事だ、その決定は不服だっただろうが残念ながら覆る事は無いだろう。署で顔を合わせるミラーも今は別の捜査に励んで居て、此方はと言うとこれと言って忙しい訳でも無い。仕事も普段より1時間以上早く終わった今日、ふ、とエバンズの顔が浮かび、何をしているだろうかと考えるよりも先に執務室の電気を消し退勤を押していた。署の近くにあるスーパーに寄って買ったのはミネラルウォーターのペットボトル数本と適当に見繕ったお惣菜。ついでにあれば朝ご飯にでも食べるかもしれないとトーストもカゴに入れ、なかなかの世話焼き振りを披露し会計を済ませた後向かうのは相手の家。駐車スペースに車を停め、片手で鞄と買い物袋を引っ掴み部屋のチャイムを押せば『…エバンズ!』と、声を張って )
( 近くのスーパーに行こうと、久方振りの外出を決めた直後。チャイムの音が部屋に響き、外から自分の名前を呼ぶ声がした。其れは聞き間違える筈もないかつての上司の声なのだが、特段約束をしていた覚えもなく仕事の帰りに寄ったにしては幾分早い時間。そもそも来るならメールなりチャットなりがあっても良いものなのだが。ドアを開けようと玄関へ向かう途中にももう一度チャイムと自分を呼ぶ声が響くものだから、結局ドアを開けての第一声は「_____聞こえてます、」というぶっきらぼうなものになり。顔を合わせた相手はいつもと何ら変わらない様子ながら、こうして会うのは思いの外久し振りな気がして「お久しぶりです。…どうしたんですか、急に。」と尋ねて。 )
ルイス・ダンフォード
( 扉が開いた第一声、表情と比例したぶっきらぼうな言葉が遠慮無く降り掛かるがそれを気にする男では無い。もし気にするタイプであるなら訪問の事前連絡の1つしただろう。ただ、可愛い部下の姿が見れた事に嬉しさを隠す事無く豪快に笑うと『仕事が早く終わったんでな、お前の顔が見たくなった。』これまた素直な言葉を恥ずかしげも無く答えつつ、買って来た惣菜諸々が入ったビニール袋を軽く掲げ『飯も買って来たんだが、上がっていいか?』言葉こそ確認を取る疑問形ながら、最早片足は返事の前に一歩前に出ていて )
( 彼は昔からこういう人だった。事前の連絡など入れず風の吹くまま気の向くままに動き、恋人同士でも気恥ずかしいような言葉を平然と言う。それを思い出し、少しばかり呆れたような、それでいて嫌悪感は感じさせない表情のまま「……どうぞ、何もありませんが。」と、既に玄関に入ってきている相手に返事をして。部屋はいつもの如く殺風景で、ソファに毛布が置かれているくらいで他にはこれと言った物は出ていない。「何か飲みますか?」と、キッチンの方へと向かいつつ相手に尋ねて。 )
ルイス・ダンフォード
( 初めて訪れた相手の部屋は殺風景で、悪い意味では無く何処とない“らしさ”感じた。袋をテーブルの上に置いてから毛布を端に寄せつつソファに腰を下ろせば『アイスコーヒーを頼む。』と答えた後に『…起こしたか?』と。それは毛布の存在がソファで仮眠していた事を現していると思ったからで。__必要最低限の家具しか置いていない部屋の中、棚の上に静かに置かれている女性ものの腕時計を見た瞬間に、それが誰の物かを理解し思わず険しい表情になった。殺風景なこの部屋で、その腕時計だけは何故か目を引き同時に物寂しい空気を漂わせている気がしたのだ。静かに腕時計から視線を外し、それに触れぬまま一度は置いた袋から中身を取り出しテーブルへと並べて )
( 毛布をソファに置いたままだった為、チャイムの音で起こしたと思ったのだろう。「いえ、買い物に出ようと思っていた所だったので。それはその辺に避けておいて下さい。」と答えつつ、アイスコーヒーを準備して。相手がセシリアの形見の腕時計を見つけた事には気付かなかったが、明らかに自分の物ではない女性物の時計を見れば、自分の過去を知っている相手なら直ぐに其れを察する筈だった。アイスコーヒーをテーブルに運つつ「…随分買い込みましたね、」と袋から出てくる物を眺めつつ告げて。 )
ルイス・ダンフォード
ほぉ、じゃあ調度良かったじゃねェか。
( 折角の眠りを邪魔した訳では無く、更には買い物をしてきた事が正解だったとわかればこれまた豪快に笑いつつ、相手もソファに座るだろうと毛布を背凭れに掛け直して。袋の中からはミネラルウォーターのペットボトル数本、食パン、そして今夜食べるだろうお惣菜の数々が。これを買って来たのがミラーだった場合、きっとサラダやサンドイッチと言った食べやすくヘルシーな物が多くなるだろうが、量を食べるダンフォードとなれば当然サラダは無く主に肉を中心とした惣菜のチョイスが多くなり。『冷蔵庫に入れときゃ2.3日はもつだろ。』全てをテーブルに出し終え何とも適当な返事をした後、出されたアイスコーヒーを一口飲んでから再び棚に置かれている腕時計に視線を向けると『__次来る時は、甘い菓子も持って来るか。』それは供え物として。誰に宛てるでも無い呟きを少しだけ緩めた表情で紡ぎつつ、それからお惣菜の蓋を次から次へと開けては『…ほら、沢山食え。』と、勧めて )
( テーブルの上に広げられたのは肉料理を中心とした惣菜。飲み会でも豪快な肉料理が出て来ると喜んでいた様子を思い出し「_____ダンフォードさんらしいラインナップですね、」と答えてテーブルを見渡し。相手の呟きは、セシリアの腕時計に気付いての事だろうと思ったものの、その気持ちを有り難く受け取っておこうと大きく反応する事こそないものの少しばかり表情を緩めると棚の上へと視線を向けて。実際こうでもされなければ自分で好き好んでちゃんとした惣菜を買い揃える事は少なく、有り難く頂こうと頷いて。「…応援でダンフォードさんに来て貰う事が増えましたよね。」徐に口にしたのは、相手の手を煩わせる申し訳なさと、応援となると相手が呼ばれる事が増えたという実感で。 )
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