刑事A 2022-01-18 14:27:13 |
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( 仕事の時の記憶力と、そうでは無い時の人の顔と名前による記憶力の違い__【サラ・アンバー】をなかなか覚えなかった時を思い出し内心微笑ましい気持ちを覚えたのは胸にしまっておこうか。__翌日、相手の読み通り退職を間近に控えているのだろうグレッグは、後任の男性を引き連れて挨拶回り件仕事の説明をしていた。刑事課の事務員に話しかけ終わったタイミングを見計らい、胸に巣食う荒ぶりを抑え込んだ笑みを顔に貼り付け歩み寄れば「お疲れ様です。」先ずは無難な挨拶を。彼の隣の後任を一瞥し軽く会釈の後、再びグレッグを見詰めては「…もしかして、辞めちゃうんですか?」と。何とも白々しい問い掛けだがその際貼り付けた笑みの奥、瞳にだけは僅かに怪しむ様な色を意図的に浮かばせて )
( グレッグは相手に声を掛けられた時、少なからず驚いたような表情を見せた。それもそうだろう、個別に話をする程の仲でも無ければ、そもそも相手を故意に避けていたのだから。後任の紹介と引き継ぎの為に刑事課に行かなければならない事は決まっていたが、最も顔を合わせたく無かったのが彼の不調を知っていた相手だった。署員の訃報といった話が上がって来ないと言うことは、毒殺計画が未遂に終わったという事は薄々感じていた。病院に運ばれたのなら毒を盛られていた事にも気づかれただろう。捜査の手が及ばぬうちに身を引くため退職の手続きを進め、刑事たちが捜査に出ている事が多い昼前の時間帯に、警部補の執務室から一番離れた入り口からフロアに入ったというのにわざわざ向こうから声を掛けてきた。『お疲れ様です、…えぇ、まぁ。公認は彼なので、引き続きよろしくお願いします。』と当たり障りなく答えて。 )
( 声を掛けた際の微妙な表情の変化、当たり障りの無い受け答え、その数々を貼り付けた笑みの裏側から観察する様に見詰めつつ「寂しくなりますね。…此方こそよろしくお願いします。」と、思ってもいない言葉と共に頷くのだが。勿論そこで話を終わらせる気は無い。右足を一歩前に、グレッグとの距離をもう少しだけ縮めると、表情は変えぬまま周りには聞こえない様に僅かに声を潜め「…そう言えば数日前の警部補の事、私が言うのも変だけど驚かせちゃってゴメンなさい。今はもう元気になったので…一応報告として。」毒物が体内を巡り体調不良を訴えたエバンズと、丁度そこに出会したグレッグ。あの日の出来事を態とらしく切り出し“元気になった”なんて言ってのけた後は、「お仕事中にすみません、お世話になりました。」と__紛れも無い皮肉と共に頭を下げて )
( 他愛のない挨拶を済ませて総務課に戻ろうとした時、不意に相手が此方に近づき声を顰めて語った言葉に思わず僅かながら表情が硬くなる。エバンズに盛った毒が効果を発揮している事を確認したあの時の事を敢えて今蒸し返して来ると言うことは、紛れもなく自分を疑っているという事。『…それなら良かったです。お大事にと伝えてください。それじゃあ、私たちはこれで。』作った笑顔を相手に向けるとそう言って総務課へと戻って行き。---刑事課のフロアを離れても、当然心中は穏やかではなかった。自分が彼を毒殺しようとしたことが水面下で暴かれようとしていると思えば行動を起こすのが遅かったと後悔する。家にある毒物を早急に何処かへ捨てて証拠を隠滅しなければと焦る気持ちを表に出さないように押し留めて仕事を続け。 )
( 互いに心の内はどうあれ表面上は取り繕った笑顔で別れた。彼の後ろ姿が刑事課フロアから消えるのを見届け途端に冷たさを帯びた真顔に戻ると、足早にダンフォードが仕事をしている執務室へと向かいノックの後中へ。「__やはり退職の方向で進んでいるみたいです。理由は言いませんでしたが、既に後任の男性も決まっているので、居なくなるのも時間の問題かと。」溜め息混じりにそう告げては「何が何でも今日中に証拠を掴みます。」今一度強い意志の籠った言葉を送り、後はグレッグが退勤するであろう時間までリリー殺害事件の報告書を仕上げたり、別の仕事を片付けたりと仕事を進ませて )
( 総務課の署員たちが退勤する時刻まであと1時間ほどに迫った頃、相手の電話が着信を知らせた。それは病院からのもので、エバンズの意識が戻ったという知らせだった。『良かったな。会いに行ってやりたい所だが…どうする、グレッグの尾行は俺が変わるなりするか?』ダンフォードがそう尋ねたのは、ようやく目を覚ました彼に会いに行くことを優先させた方が良いかと悩んだから。実際グレッグに声を掛けて行動を起こした以上、明日以降に後ろ倒すのはリスクが高い。今日証拠を隠滅されてしまえば計画の意味がなくなるため、相手が病院に行くなら自分が尾行をする必要があるかと。 )
( “エバンズの意識が戻った”電話口から聞こえたその看護師の言葉は、己が何よりも聞きたかった言葉だった。思わず涙ぐみそうになるのを堪え大きな安堵を抱えたまま、此方を気遣う相手と向かい合う。今直ぐ病院に向かい陽の光を受けて確りと輝くだろうあの褪せた碧眼を見詰め、もう大丈夫、と声を掛けたい。それは紛れも無く優先したい望みなのだが。__「私がやります。」唇の隙間を縫って出た言葉は当初の予定通りの進みだった。__セシリアの命日を控え、精神的に不安定だったエバンズを残し1人で出張に行った何時かの日、FBIとしては失格であろうが捜査中も彼の事ばかりを考えまったく集中する事が出来なかった。解決してもいない捜査を途中で切り上げ、1秒でも早く彼の元に戻りたいと心底切望したのだ。けれど彼の傍にはあの時クレアとダンフォードが居てくれた。クレアは此方の気持ちを肯定した上で踏み留まる事の出来るあたたかい言葉をくれた。2人の存在はとてつもなく大きく、エバンズとはまた違う角度から勇気や安心を与えてくれるから、きっと今回この決断が出来たのかもしれない。「…犯人を逮捕して、全てを終わらせた状態でエバンズさんに会いに行きます。」相手を真っ直ぐに見詰める緑眼に揺れは無く、力強くそう言葉を続けて )
( 当初の予定通り自分が捜査を請け負うと答えた相手は普段以上に頼もしく、エバンズの為にも刑事としての責務を全うしようとしているようだった。写真や物的証拠を持ち帰る事ができればと願いつつ相手を送り出し。---グレッグは退勤すると、車に乗って自宅へと戻って行った。家に入ってから暫く動きはなかったものの、家の扉が開いたのは2時間ほど経ってから。鞄を持ち再び車に乗ると署とは反対方向に車を走らせ、町を出た郊外まで。30分ほどして到着したのは、所謂ゴミの最終処分場。誰でも粗大ゴミやその他のゴミを持ち込み捨てる事が出来る場所だった。グレッグは暗い中車を降りるとカバンを手に奥へと入って行き______捨てたのは、口を固く縛ったビニール1袋。中にはプラスチックの容器と大量の濡れたキッチンペーパーのような紙が入っている。毒薬を染み込ませて紙ゴミとして処分しようとした為だった。 )
( __グレッグが家から出て来るまでの2時間はとてつもなく長く感じた。もし証拠の一つ持ち帰る事が出来なければ幾ら彼が怪しくとも逮捕は出来ないとわかっているから。目を覚ましたエバンズは今頃何をしているだろうか、喉の炎症が完治していればご飯は確り食べられるだろうか、ダンフォードは仕事を一段落させて彼の傍に居るだろうか、そんな様々な…けれど全てエバンズに関係する事ばかりをグルグルと考えていた矢先、玄関の扉が開き鞄を持ったグレッグが出て来れば表情には緊張が滲み、それはこの尾行がバレては不味いと言う気持ちの現れか、眼鏡越しに緑の虹彩を無意識に下げ。それから彼が運転席の扉に手を掛け乗り込もうとした所の写真を一枚、間に別の車を挟みある程度の距離を空け追跡した先で、ゴミの最終処分場に入る所を一枚撮り。物陰に隠れる様にして様子を伺えば、彼は鞄の中から一つのビニール袋を取り出しそれを他の人のゴミ袋の奥に押し込める様に捨てた。袋は決して大きくは無く、態々それだけを此処まで捨てに来たのは明らかに怪しい。その行動を確りと写真におさめては、彼がゴミ処理場から出たのを確認した後、指紋が付着せぬ様手袋をはめビニール袋を引っ張り出し固く結ばれた口を開いて。__無臭ではあるが、濡れたキッチンペーパーとプラスチックの容器。これが何かを今判断する事は出来ないものの、鑑識に回して毒物だと判断されれば逮捕に踏み出せる。逸る気持ちを抑えそれを持ち車に乗り込むと、“証拠品が入っていると思われる袋を見つけました。これから署に戻るので合流をお願いします。”と、ダンフォード宛にメールを送信して )
( 結果的に、相手の持ち帰った証拠はグレッグを犯人と確定させるに十分事足りるものだった。鑑識による鑑定の結果、袋の中に入っていた液体は紛れもなく毒物で、即効性こそないものの摂取する事で体内に蓄積して身体を蝕む植物性の毒薬と断定された。一方ダンフォードによる捜査の結果、グレッグ・クーパーという名前は全くの偽名である事が明らかになった。派遣に登録した段階から名前を偽っており本名は【ジョシュ・ベラミー】____彼には犯罪歴があり、そのいずれもが飲酒した状態での暴行やDVといったもの。担当という程の役割を果たした訳でもないものの、その事件の担当刑事がレイクウッドに赴任したばかりのエバンズだった事が明らかになり。---相手の厚労により逮捕されたジョシュは取り調べ室で俯いたまま口を閉ざしていた。 )
( グレッグ__【ジョシュ・ベラミー】が起こした今回の殺人未遂事件。捜査の中で過去にエバンズに逮捕された事があると言う事が明るみになり動機としてはその線が色濃いものの、それはあくまでも推測でしかなく本人の口から直接聞き出さなくてはならない。彼の目前に腰を下ろして尚俯いたまま視線を合わせようとしない相手を一拍程黙したまま見詰めた後、「…もう一度聞きます。警部補を殺害しようとした動機は何ですか。」と、問う。それでも口を開こうとしない相手に一度小さな溜め息を吐き出すと、続けて「過去の暴力事件で貴方を逮捕したのが警部補だった。…貴方はその事をずっと根に持ち続け、今回の事件を起こした。…違うのなら否定して下さい。」視線を逸らさず真っ直ぐに見据えたまま、答えを聞く迄は絶対に解放しないとばかりの態度で )
ジョシュ・ベラミー
( 相手の問い掛けにようやく顔を上げると『……そうですよ、その通りです。あの時逮捕された所為で俺は全てを失った。職も、恋人も何もかも…なのに人の人生をめちゃくちゃにしておいて悪びれる様子もなく冷たい言葉を吐き捨てられて、憎しみに駆られました。』と答えた。謂わば逮捕された事に対するただの逆恨みだ。『でも、』とジョシュは言葉を続けた。『出所してしばらくして、週刊誌の記事を見たんです。ショックでした。俺はあんな人間に断罪されたのかと…彼は俺に罪を突き付けて全てを奪った。でも本当はあの人こそ、裁きを受けるべき存在だったんです。なのに当の本人はのうのうと、俺のように檻の中に入ることもなく過ごしてる。それで復讐を思いついたんです。俺が味わった苦しみを与えてやろうって。それで此処に来ました。気付かれない程度の毒を少しずつ与えて、一番近くであの人が蝕まれていく様子を見て、気持ちが晴れました。』淡々と、業務について説明している時のような口ぶりでそう言葉を紡いで。 )
( 案の定“過去の逮捕”が今回の犯行動機で、ダンフォードが想定した通りその事で職も恋人も失った所謂逆恨みだった訳だが__。“その動機”に絶対に抱いてはならなく、間違いではあるが一瞬でも安堵した心は次の瞬間、鋭利な刃物で滅多刺しにされたかの如く血を流した。勿論比喩ではあるがそれ程までの衝撃だったのだ、彼が続けた言葉は。一瞬にして頭に血が上るのを感じ、喉の奥で引き攣った息が出口を探して彷徨う。…またか。また、エバンズは悪意ある言葉に、態度に、傷付けられるのか。こんな奴に。何がショックだ、何が裁きを受けるべき存在するだ、何を持ってしてそんな巫山戯た言葉を吐けると言うのだ。言いたい事は山ほどあるのに無意識の内に噛み締めた奥歯が怒りで小さく鳴るだけ。ややして震える息の合間、漸く開いた唇からは「……本気で言ってますか、」と、たった一言。それだけが漏れて )
ジョシュ・ベラミー
( 『本気じゃなかったら此処までしませんよ。俺の人生をめちゃくちゃにした報いをようやく受けたんです。“此方側”の筈なのに俺を断罪したことを悔いれば良い。あと少しでも多く毒を塗っておけば良かった、』---ジョシュは歪んだ身勝手な思想のままそう言葉を紡いだ。収監される事は確実だと自暴自棄になっているのだろう、聞かれていないことまでやや感情的に言葉にして、毒殺が失敗した事に対する悔しさを滲ませて。『あなたに声を掛けられた時、焦って行動したことを後悔しています。尾けられてる事も考えておけば良かった。もっと早くレイクウッドを出ていれば…』紡いだのも自身の行動に対する後悔ではなく、捕まった事への後悔で。 )
( 音声録音装置には相手が自暴自棄に告げた自供も、反省の色が僅かも見えない身勝手極まりない後悔も余す事無く確りと録音されただろう。机の下で血が滲んでも可笑しくは無い程に握り込んだボールペンは、後どれくらいの時間その身を保っていられるだろうか。「もし貴方があと数日早く此処を出ていたとしても、私が逮捕を諦める事は無い。」相手が自身の行動の遅さに嘆き後悔した所で、最終的に行き着く結末は何も変わる事が無いと冷たい声色で吐き捨てると同時、持っていたペンを机に叩き付ける様に置いて。これで相手の有罪は確実。警察官相手に殺害を企てたのだから、幾ら未遂で終わったとは言え当分の間牢屋から出る事は出来ないだろう。最後の最後まで冷たい無表情を貫き、椅子から立ち上がり部屋を出る前。一度だけ振り返ると「…“最初”じゃなくて良かったですね。」そう吐き捨て。その言葉の意味を相手はどれだけ考えてもわからないだろう。“最初”はクラークが身を持って体験した。“次”はどれだけ怒りに震え、例え我を忘れたとしても最後まで“刑事らしく”と、他でもないエバンズと約束したのだから。__取り調べ室を出て真っ直ぐに向かうのはダンフォードが居る執務室。ノックの後部屋に入れば「…犯行動機も身勝手な後悔も、全て録音されています。エバンズさんには明日報告を兼ねて会いに行く予定です。」と。その声色は抑揚の無い冷静沈着なもの。しかし普段より少しばかり早口である事、ダンフォードと視線を合わせずやや俯き加減である事が、纏う空気が普段と違う事を表していて )
ルイス・ダンフォード
( 聴取を終えて戻ってきた相手の様子が可笑しい事には直ぐに気が付いた。それは此れまで幾度となく目にして来た、感情を必死に押し留めようとしている表情だ。未だ若かったエバンズやジョーンズも同じような表情を見せる事があった。自分自身もやりきれない感情を外に出すまいと上辺でだけ平静を装うあの気持ちを知っているからこそ、相手の置かれている状況も直ぐに理解した。『……正しい対応をしたな。ふざけた主張に耳なんて貸さなくて良い。どれだけ自分が正しいと喚いていたとしても、相手は歪んだ思想を持つだけのれっきとした犯罪者だ。そいつらごときの言葉に心を揺さぶられる必要なんてねぇ。』---まるで相手の心の内を見透かしたように告げる。『エバンズもお前を誇りに思ってるだろうな。』彼の為にと事件を解決した相手にそう言って笑いかけ。 )
( 報告を終え、一度だけ頭を下げてから部屋を出る筈だった。踏み出し掛けたその足を止めたのは相手からの労いの言葉と肯定。心を殺し感情を押し留める筈だったのに__気が付けば大粒の涙が次から次へと頬を濡らし、顎先を伝った滴がボタボタと床に落ちていた。悔しかったのだ。犯行動機こそ“あの事件”とは無関係だったが、最後の最後、ベラミーが傲慢にも語ったのは結局“あの事件”に結び付く事。エバンズを悪だと罵り、勝手にショックを受け、あまつさえ“犯罪者”だと言う。「…誰もエバンズさんを見ない…っ。」俯いたまま、震える唇から絞り出した言葉は悲痛な色を纏い落ちる。目前の相手への言葉では無く、ベラミーに、世間に、マスコミに、彼を“悪”だと言う全ての人に向けたもの。__吐き出す息が乱れる中、相手の言葉に柔らかさが宿ったのを感じ顔を上げる。涙で歪む視界には笑顔の相手が居て、その相手が言う通り、誇らしい部下だと、そうエバンズが思ってくれていたらどれ程嬉しいか。「早く、エバンズさんに会いたいです。」赤くなった目を僅かに細め、同じ様に笑い返しては、揺れた感情を落ち着かせる為に一度大きく深呼吸をして )
ルイス・ダンフォード
( 誰も彼自身を見ていない、というのはずっと感じていた事だった。あの事件を担当した刑事という肩書きが余りに大きすぎて、事件に関わった人物が居なくなる度に存在感を増すそれが重くのし掛かり、押し潰すようにして彼自身を覆い隠してしまう。『_____俺はあいつ自身を見てる。あの事件がどうだなんて、今のあいつには関係ない。過去の話は過去の話だ。お嬢ちゃんだって同じだろ、俺らがあいつを見てやれば良いんだ。』涙を流す相手にそう語り掛けると、宥めるように肩を叩いてやり。『行ってやれ、あいつの件は俺が引き継ぐ。お嬢ちゃんの捜査と聴取のお陰で有罪は確実だ。ずっと会いに行きたかったんだろ。寝てても叩き起こせ、』と笑みを浮かべて。---意識を取り戻したエバンズは少しずつ回復し、搬送された時には異常な数値を示していた血液検査の結果もかなり正常に近い値まで戻っていた。倒れる前慢性的に続いていた頭痛も今はなく、補助的に着けられている酸素マスクももうじき外れるだろう。あの長引いた体調不良が毒物による急性中毒が原因のものだったと聞いてはいたものの、詳細は分からないままの状態でいて。 )
( 気持ちを落ち着かせる為の“明日”など必要無かった。ダンフォードからの言葉を大切な宝物の様に包み胸に落としてから深く頭を下げ執務室を出て。__病院に到着した頃には泣いた事による赤らんだ目元も元に戻っていた。ナースステーションでエバンズのお見舞いだと言えば、数日前彼が一般病棟に移されて直ぐ顔を見に来た時に出会った看護師が穏やかに微笑み頷いて。__病室の前で一度小さく深呼吸をしてから扉に手を掛ける。“寝てても叩き起こせ”と言うダンフォードの此方の心に寄り添う優しい言葉を思い出し、一瞬1人笑みを浮かべるも、流石に寝ていたら起こす気にはなれない。ノックで起きてしまう事を懸念して静かに扉を開ければベッドの上には目を覚ましている相手の姿が。眠っていなかったのだ。途端に沸き起こったこの気持ちを一言で言い表す事は出来ない。安堵、嬉しさ、少しの切なさ、そう言った感情をそのままに「…エバンズさん、おはよう。」と、穏やかに微笑み傍に歩み寄って )
( 病室の扉が開き其方に目を向けると、入って来た相手の姿が褪せた瞳に映る。「……お前か、」とひと言だけ答えるも、相手と顔を合わせるのは随分久しぶりの事のような気がした。最後に相手を見たのは紛れもなく、あの夜執務室で倒れた時が最後なのだ。「____迷惑を掛けて悪かった。事件は解決したか、?」言葉を紡ぐ度に口元のマスクが曇る。少しばかり声に掠れは残るものの普段通りの様子で、倒れるまで追っていた事件の顛末を相手に尋ねる。ちょうど先ほど相手に部屋を案内した看護師が部屋にやって来ると、話をするならと”少し身体を起こしますね“と声をかけられ、ベッドの背中の部分が少しばかり持ち上がり傾斜が付くことで座っている相手と視線の高さが合い。 )
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