刑事A 2022-01-18 14:27:13 |
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アーロン・クラーク
大丈夫ですよ。此処に来てる証拠は全て消してあるし、貴方が俺と会ってる事がバレる事はありません。
( 嫌悪に塗れた言葉にも何処吹く風。証拠云々の話を心配している訳では無いとわかっていながら、何も問題無いとばかりに躊躇いなく犯罪を口にする神経は最早ご存知の通りだろう。『…後3日で“あの日”ですね、』ふ、とクラークの紫暗の瞳から光が消えた。疲弊し、窶れて見える相手の瞳を真っ直ぐに見据えながら自分達にとって大切な2人の話を持ち出し、数日前と同じ様にソファへと深く腰掛ける。『……ミラーも出張で居ないようですし、そんな大切な日に貴方1人だなんて…可哀想に。』ミラーの出張の話を何処で聞いたのか、そうして僅かも“可哀想”だなんて思っていない癖に何処か普段よりも刺々しい吐き捨ての様な音で溜め息混じりの言葉を落として )
( バレなければ良いという話では無いのだが、其れを相手に説いた所で無駄だろう。相手の口から“あと3日”という言葉が出れば心が軋むような感覚を覚えて視線を落とす。あと3日で事件から12年を迎える。あの日からそれ程の年月が経ったのかと思うも、いつだってあの日の記憶は直前に見た出来事かのように鮮明で、幾ら時が経っても決して色褪せる事は無い______むしろ生前に見ていた筈の妹の笑顔だけが、少しずつ霞んでいく。あの“赤”が目の奥に散らついた気がして、目元を覆って。何故ミラーが出張に出ている事を知っているのかという問いは今はしない、あの事件の日を1人で、この喧騒に包まれた状況の中で迎えるのは確かなのだ。果たして事件の当日、自分が署に出勤した時にはどれほどの記者が詰め掛けるのか。其れを思うだけでも胃を掴まれるような嫌な感覚になり「……もう、何も言わないでくれ_____」と、懇願するような色を含んだ声色で相手に告げて。 )
アーロン・クラーク
もしかして、ミラーがそれ迄には事件を解決して戻って来てくれるって__少しは期待してたりします?、だとしたらそれは無駄ですよ。何か思いの外手こずってるみたいですし、俺の見立てでは後一週間掛かるかどうかって所ですかねぇ。
( 相手の目線が落ち、掌が目元を覆った事で視線が交わらなくなって尚真っ直ぐに見据え続けた瞳は薄暗い。3日後に控える“その日”を考え、当日押し掛ける記者やアナンデール事件一色に染まるニュース、その時の自分の立場、ミラーの居ない署、妹の姿、銃声、赤__様々な事が一瞬で頭を過ぎったであろう相手の唇を震わせ、まるで懇願するかの様な言葉が落ちれば、聞かれてもいない事を態々悪意たっぷりに伝える。果たしてそれが嘘か本当か今の相手は確認すら出来ないかもしれないがそれで良いのだ。『沢山の人が死んだのに、貴方だけは傷付きたくないと?』何を言っているのだとばかりに緩く首を擡げて見せて )
( 本来相手が知る筈もない捜査の_____其れもレイクウッドから離れて捜査に当たっているミラーの状況が相手の口から語られる。ミラーが戻って来るかどうかなんて自分は聞いて居ないし、相手の語る事が真実かどうかも分からない、もしかしたらと縋るような思いを一方的に叩き潰さないで欲しい。もう全てを投げ出して、外部との接触を断ちたいと思う程に心身共に痛め付けられているのだが、相手は其れに構う事もなく尚も心を抉ろうと言葉を紡ぐ。まるで人権が無いかのような言い草だった。あの日過ちを犯した自分は、一生周囲から傷付けられて良い存在で其れを甘んじて受け入れるべきだとでも言うような。喉の奥で掠れた息が震え、其れをきっかけに呼吸が上擦り始める。相手のペースに流されてはいけないと思うのだが、制御が効かない程に既に心は弱り始めていた。 )
アーロン・クラーク
セシリアさんは__ルーカスは貴方なんかよりもずっと痛かった筈でしょ。
( 此方の紡ぐ悪意ある言葉の数々に、まるで引き摺り込まれる様にして呼吸を乱した相手を冷め切った瞳で見据える。相手にとって大切な妹の名前を出し、自らにとって大切な弟の名前を出し、“相手の感じる痛みなど微々たるものだ”と言わんばかりに責め立てる言葉を吐く唇は閉じる事を知らないかのよう。__薄暗く静かで冷たい部屋、相手の乱れた呼吸音がやけに大きく響く中、ややしてゆっくりとした動作で以てソファから立ち上がったクラークは、そのまま相手に近付き僅かに腰を折ると、散々な言葉を吐き捨て心を切り刻んだにも関わらず、それは幻か何かであったかの様な優しい手付きで何も言わずに頭を撫でて )
( あの事件の被害者たちに比べれば、今感じている痛みなど微々たるものだと言わんばかりの冷静な言葉。その言葉は心が傷付けられ続けた今の状況では残酷ながら腑に落ちてしまうもので、自分がこうして苦しむのも仕方がない事なのだという思考が湧き上がる。_____相手の言葉はいつも“楽になる事は許されない”という強迫的な思考を植え付け、その度に絶望に突き落とされるのだがその瞬間は、その可笑しさに気付けないのだ。上擦った呼吸は徐々にそのペースを狂わせ、肺の奥まで届くものが少なくなって行く。「…っは、ぁ…ッは、」額に汗が浮かび、記憶の波に飲まれてはいけないと必死で落ち着かせようとするのだがコントロールのしようもない。偽善的に頭を撫でる相手の手を振り払う事もできないまま身体は痛みから逃れるように前のめりになり。 )
アーロン・クラーク
( 嫌悪する相手に頭を撫でられると言う本来屈辱的なその行為にすらも抵抗しない──出来ない相手は、苦しさから身体を僅かに折る体勢で懸命に襲い来る痛みから逃れようとする。柔らかな焦げ茶の髪はワックスで整えられている訳では無い為にサラサラとクラークの指の隙間を擽り、それが無性に楽しいと、この場には全く似つかわしくない事を思いながら何度も何度も髪を梳く様に撫で続け。やがてその一方的な行為に満足すれば、次は強引に顔を持ち上げ汗で額に張り付く相手の前髪を掬う様に払ってやり__その指を下げ懸命に息を吐き出す唇に宛てがう。小さく震えている赤みを失ったそこはひんやりと冷たく、此処から許しを乞う言葉が漏れ、己の名前を呼ぶのだと思えば、何とも言えない愛おしさがふつふつと湧き上がると言うもので。『苦しいですね、警部補。』唇に押し当てた指を軽く左右に滑らせながら、瞳を覗き込む様に顔を近付け、今一度『ね?』と微笑んで )
( 幾ら懸命に息を吸っても一向に楽になる事はなく、身体は小刻みに震える。不意に抗う事の出来ない強い力で顔を持ち上げられ相手と視線が絡む。涙の膜の張った瞳に浮かぶのは怯えたような、虚ろな色。あまりに苦しい事が続き過ぎた。記者に付き纏われアメリカ中を敵に回すような記事を書かれた挙句、署内にも味方は居ない______唯一寄り添ってくれていた、いつからか心の拠り所になってしまっていたミラーも今は居ない。まもなく事件から12年、妹の命日を迎えるというのに静かに想いを馳せる事さえままならないのだ。「……っ、…もう、嫌だ_____」震える唇から漏れたのは、滅多に紡ぐ事のない“弱音”。ミラーにならまだしも、其れを相手を目の前にして紡ぐ事など普段であれば何よりも嫌がる事の筈だったが、心は傷付き立ち上がる事は出来ないと、全てを投げ出したいと悲鳴をあげているのだ。全てを投げ出し、“セシリアの所”へ行きたいという思考に辿り着くのも時間の問題か。上手く出来ない呼吸が喉に引っ掛かり、苦しさから表情が歪む。目を伏せると足元へと涙が溢れ。 )
アーロン・クラーク
( 然程の抵抗も無く持ち上がった相手の顔。褪せた碧眼には薄く涙の膜が張り“気力”が感じられない。至極弱々しい音が溢されたのはクラークの指先が冷たい唇から離れた調度その時だった。ぱち、と紫暗の瞳を一度瞬かせ、まるで珍しいものでも見る様な眼差しを向けた後、重力に逆らい落ちた涙を一瞥してから『まだ始まったばかりでしょ?』と、血も涙も無い一言を。『今そんな弱気でどうするんですか。そんなんじゃ、当日本当に1人で乗り切れませんよ。』聞く人が聞けば励ましの言葉かもしれないがその裏に潜むのはれっきとした悪意。まだ“あの日”は訪れていない、その日相手は孤独だ、と。それでもミラーが此方に戻って来れない以上相手を好きに出来ると言う気持ちも持ち合わせていれば、態とらしく何かを思案する間を空けた後『…まぁ、ミラーも間に合わないですし__貴方が“本当に1人”なら慰めに来てあげてもいいですよ。仕事も無く、誰にも縋れるず、本当に1人ならね。』何処か含みを持たせた言葉で相手の反応を伺って )
( 今自分が署に来る理由は果たしてあるのだろうか。記者は自分を待ち構えながらも話を聞きもしない、あの記事や記者たちの出待ちによって業務にも影響が出ている事は確かだ。仕事に来さえしなければ記者と顔を合わせる事も、周囲の喧騒に心を擦り減らす必要もない。今自分が必死に立っている意味が分からなかった。相手の“慰めに来る”とは果たしてどういう意味か______しかしその言葉には小さく首を振り。誰にも干渉されず、一人で命日を迎えたいと言うのが今の願い。僅かに呼吸が落ち着きを取り戻し始めると、弱々しい色は薄れ少しばかり普段の鋭さを宿す。警視正には自分から数日の有休消化を申し出ようと考える余裕は未だあり、ネクタイを緩めつつ「……もう帰ってくれ、」と言葉を落として。 )
アーロン・クラーク
( 此方の申し出に首を横に振る事で拒絶を示した相手は、続いて数秒前に見せた弱々しいものでは無い普段の通りの鋭さを僅かながら取り戻した瞳を向け、そうして確かな言葉で以て更なる拒絶を続けた。“まだ堕ちて無い”そう思える状況がそれはそれで面白いと僅かに視線を下方に、クツクツと喉の奥で低く笑ってから相手と視線を交わらせると『わかりました、あまり無理はしないで下さいね。』あっさりと相手の要望を聞き入れ、あまつさえ口先だけの心配をして見せつつ何事も無かったかのように部屋を出て行き。__事件から12年目を翌日に控えた今日。ミラーが携わる事件はと言うと、捜査が難航しクラークの言う通り少なくとも後1日で犯人逮捕まで持ち込み、全てを終わらせてレイクウッドまで戻って来られる状態では無かった。最後まで諦めないとは決めたものの結果的に昼には可能性が確実に0へとなり、至らなさや不甲斐無さ、様々な気持ちから泣き出してしまいそうな気持ちを無理矢理押し込めて相手に謝罪の電話をしたのだった )
( ミラーからの電話を受け、気にしなくて良いと、今は目の前の捜査に集中しろと告げて電話を切ったものの心の何処かでは彼女の帰りを望んで居たのだろうか。明日という日をたった1人で過ごさなければならない事に酷く絶望した。記者たちも大勢集まってくるであろう明日、署に出てくるだけの気力もなければ周囲に迷惑を掛ける訳にはいかないと判断し1日だけ有給を取っていたものの事件から12年の明日を過ぎれば一切の報道陣が居なくなるとも限らない。寝不足と身体の不調により仕事に集中する事も出来ず、それでもせめて明日自分が休んでも支障がない程度に仕事を片付けてしまおうとその日も夜遅くまで署に残る事となり。 )
ルイス・ダンフォード
( __あの事件から12年目を迎えようとする中で、日を増して過熱する報道や署に張り込む記者の数、そうしてその渦中に居るエバンズの体調が思わしくない事を危惧した警視正からダンフォードに急遽応援の連絡が入ったのは、今朝の事だった。自身の勤務先での仕事を全て終わらせてから車を走らせ、レイクウッドに到着したのは夜遅くの事。駐車場から見る署内は暗く流石にこの時間残ってる人は居ないかと、翌日からの仕事を少しでもスムーズに進める事が出来る様に、今署員が担当している事件の進み具合やその他諸々を確認する為に刑事課のフロアを訪れ。__フロア内に光は無かったが、ふ、と視線を向けた先。エバンズ専用の部屋の隙間から僅かに薄い光が漏れてるのに気が付いた。外からは気が付かなかったがまだ残って居たのかと一度壁に掛かってる時計の時間を確認した後、扉を一度だけノックし『…エバンズ?』と、声を掛けて )
( 今日の仕事さえ片付けてしまえば、明日は静かに過ごせると思っていた。体調は思わしくなかったが耐えられる程度のもので、仕事に大きな支障は無い筈だった。棚にしまってある資料を取り出そうと席を立ち棚に手を掛けた時、突然酷い目眩に襲われて一切の平衡感覚が分からなくなる。自分が地面に足を付いて立っているのかすら分からなくなる程気持ちの悪い目眩。咄嗟に伸ばした手は何を掴む事も出来ず地面に半ば倒れ込むようにして蹲り。視界が回るような目眩で治まれば良かったものの、デスクの上にあったマグカップか何かが反動で落ちたのだろう。何かが割れる音がして、自分の意思に反して記憶の波が一気に押し寄せていた。追い込まれた状態で発作を起こしても、過去にさえ意識を奪われなければ耐える事が出来た。しかしあまりに鮮明な銃声____と誤認してしまった音_____が引き金となれば最早正常な状態ではいられない程に心は弱り切っていた。「っ、…ぐ、…かは、ッ……」あっという間に呼吸が上手く出来なくなり、瞳は暗く沈む。吐き気に襲われえずくのだが、何かを吐き出してしまう事も出来ずに苦しさに悶えるばかり。鮮やか過ぎる程の赤と血の気を失った妹の顔、恨みを湛えた遺族の暗い瞳と追いかけて来る記者の波。酸素を取り込む事が出来なくなった事で身体は痙攣を始め、棚に凭れ掛かるようにして身体は力を失う事となり。思いがけない来訪者が部屋の扉をノックした時、意識を失う一歩手前の状態で掠れた極浅い呼吸を繰り返し、身体は冷え切っていて。 )
ルイス・ダンフォード
( ノックに応える声は無く、時計の秒針が時を刻む音だけが静かに響くと思われたフロア内__ドアのぶに指先が掛かった所で、部屋の中から人の気配と極僅かな物音の様な音が聞こえれば一瞬だけ怪しむ様に目を細め『…入るぞ、』と、扉を開け。FBIの署に侵入する怖いもの知らずな犯罪者は居ないとは思うが__勿論クラークの事は知らないから言える事__念の為に細心の注意を払い落ちた視線の先にはデスクから落下したのか床で砕けるマグカップと、数枚の書類。それから棚に凭れる様にして掠れた危うい呼吸を懸命に繰り返す相手。『ッ、エバンズ!!』息が止まるかと思った。相手の名前を声を張り上げ呼び、床に片膝を付きその背に腕を回し引き寄せるのだが、身体には力が入っておらず、此方を認識出来ているのかも怪しい所。『おい!しっかりしろ!』片腕で相手の身体を確りと支え、もう片方の手で上着のポケットにあるスマートフォンを取り出すと、“レイクウッド総合病院”へと電話を掛け夜間の救急患者受け入れを要請し。電話口の看護師は直ぐに救急車を手配すると告げ、それまでの間、冷たくなっている相手の身体を懸命に擦り、意識を手放す事が無いようにと話し掛け続けて )
( 相手が部屋に入って来た事を、自分の名前を呼んだ事を、認識する事は出来なかった。フラッシュバックに襲われ暗く冷たい記憶の中に囚われたまま、深い水の底に沈んでいるかのように呼吸が苦しくて懸命に息を吸おうと口を薄く開くのだがまともな酸素を取り込む事さえ出来ない。意識が朦朧とした状態の中で不意に暖かさを感じた事で少しばかり意識が浮上するのだが、それによって麻痺していた苦痛もぶり返す。掠れた呼吸の中に苦しげな音が混ざり、肩を上下させながら懸命に酸素を取り込もうとするのだが其れは喉に引っ掛かり咳き込む事となった。「…っ、ゲホ……ッは、ぁ゛…」相手が要請した救急車のサイレンが聞こえ始めた頃、完全に相手に凭れ掛かる形になり辛うじて保っていた意識は失われる事となり。 )
ルイス・ダンフォード
( 救急車の中で、呼吸の手助けの為に相手の口元には酸素マスクが、人差し指の先には血中酸素と心拍を測る為の器具が取り付けられその状態のまま病院へと運ばれる事となり。__夜間の救急専用の入口から担架に乗せられた相手は一先ず個室の病室へと寝かされた。心身共にかなり衰弱しており、命に別状こそ無いものの今はゆっくりと寝かせ、暫くは安静にしなければならない事の説明を受けたダンフォードは、眉間に皺を寄せた険しい表情で頷き。エバンズの担当医師である【アダムス】は明日の朝一番に来るとの事で、検査や容態の確認、今後の詳しい進み方などは彼と話す事となるだろう。__真っ白のベッドで酸素マスクに助けられながら静かに眠る相手の顔を見詰め、重たい息を吐き出す。こうして意識の無い相手を見るのは2度目だ。あの時とは違いきっと明日には目を覚ますだろうが、意識を取り戻した時はもう既にあの事件から12年目を迎える当日、相手の心に掛かる更なる痛みを思い思わず額に手を当て顔を俯かせる。警視正にも、相手によく懐いているように見えるミラーにも連絡をしなければならないが、それは明日の朝だ。相手専用の部屋に散らばるマグカップの欠片や書類の片付けは…どうせ誰もあの部屋には入らないだろう、朝早くから出勤し片付ければそれでいい。額から手を離し顔を持ち上げ、再び眠る相手に視線を向ける。それから静かに伸ばした手で目元に掛かる前髪を払ってやると、もう少しだけ此処に居る事を決め、何とも言えぬやるせなさに再び深い息を吐き出して )
( 息も吐けない程の苦痛はいつの間にか緩やかに楽になっていたのだが其れが何故かは分からない。暗闇から徐々に過去の記憶が浮かび上がり、自分自身も深い水の底から少しずつ水面に向かって浮かび上がっているような感覚に、僅かに眉を顰め身じろぐ。______セシリアの後ろ姿が見えた。緩くカールした焦茶色の髪が風になびき、暗闇はやがて昔よく散歩した緑豊かな川沿いの煉瓦道へ。彼女の後ろ姿を眺めているうちに、景色はよく見知った幼稚園の教室の中へと変わっていて、心臓に冷たい刃を当てられたような感覚になる。歩いている彼女の後ろ姿を見ていた筈が、気付けば床に倒れて動かなくなった背中があり、思わず「セシリア、」と声を上げるのと同時に意識が浮上して。呼吸は乱れていたが、酷い苦痛をもたらさなかったのは口元に宛がわれた酸素マスクのお陰。しかし夢から醒めたばかりで、自分の置かれた状況を直ぐに理解する事が出来ずに。身体には酷く汗をかいていて、夢の恐怖から身体は小刻みに震えていた。 )
ルイス・ダンフォード
( 眠る相手の傍らでパイプ椅子に座りながら静かに目を閉じる事数分か、数十分。ふいに僅かなスプリングの軋みと切羽詰まった様な声が鼓膜を震わせ瞼を持ち上げると、真っ白の布団上で目を覚ましている相手が。恐怖を感じる夢を見たのだろうか瞳孔は開いているのにその瞳は不安定に揺れていて、それに比例する様に身体も小刻みに震えている。寒さから来る震えでは無い事は一目瞭然で間違い無く今の状況を瞬時に理解出来る程に思考は動かないだろうと思えば、静かに椅子から立ち上がるのと同時、骨張った片手を布団の上から相手の胸元付近に置き一瞬ほんの僅かに力を込め『…大丈夫だから、起き上がるな。』相手が状況確認の為に動き出してしまう事の無い様に、低く落ち着い声色で大人しく眠る事を促した後は、胸元に宛がっていた手を上へ、相手の焦げ茶の前髪を軽く撫で払う仕草で落ち着かせようと試みて )
( 浅く吐き出された息は震えながらペースを乱すのだが、再び酷い酸欠に苦しむ事にはならず補助されるように酸素を取り込む事が出来ていた。不意に胸元を抑えられ、混乱した表情のまま視線を向けた先にはダンフォードの姿。「_____どうして、…」と言葉を紡いだもののあの酷い眩暈の症状は残っていて、無理に起き上がっては居ないものの視界が揺らぐ感覚に僅かに表情を歪めて。目の前にダンフォードが居る事、その事実から派生してこの場所が署ではなく病院であることに気がつくと自分が置かれていた状況を思い出し、また胸が重たくなるような感覚を感じて。相手はあの記事を読んだだろうか、と思うのと同時に今は一体何日の何時かと時計に視線を向けて。 )
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