刑事A 2022-01-18 14:27:13 |
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( 相手を除いた飲み会は他の部署の人達も来た事により想像の何倍も盛り上がりを見せた。テーブルには早いスピードで空になったグラスが次から次へと並び楽しげな笑い声が飛び交う。女性署員はフォックスと一秒でも長く会話をしたいと次から次へと質問を重ね、またフォックスも持ち前の紳士的対応でその全てに嫌な顔一つする事無く答え、そんな様子を時折見遣りながらお酒を嗜む事数十分後。律儀に一つ一つのテーブルを回っていたフォックスが隣に腰掛ければ、そこからまた軽い会話が始まり、場は盛り上がる。__ふいに直接的な言葉を掛けられ相手に視線を。「そんな、お世話になったのは此方です。」と、首を振ったのだが続いて声を潜めた、他者には聞こえないよう配慮された中で想像していなかった所謂“引き抜き”の問い掛けが来れば思わず目を見開き。「……え、」と落ちた言葉は声にならない驚き。まさか、沢山居る署員達の中で自分を選び、この先も共に仕事をしたいと暗に言ってくれているようなその言葉は何と嬉しく誇らしいものか。けれど__。「私は……この町が好きです。此処の仲間達が好きで、此処でやる仕事が好き。だから、とっても嬉しくて、本当に有難いですが、今は此処を離れる気はありません。」一番最初に浮かんだのはエバンズの顔。彼が此処に居るから、なんていうのは理由として不純だろうか。それでも真っ直ぐに相手を見詰め紡いだ断りの言葉には、その答えに少しの後悔も躊躇いも無いもので )
キース・フォックス
( ダメ元で、と言った通り以前話した時の雰囲気から、引き抜きの話を持ち掛けた所で断られるであろう事は分かっていた。其れでもいざ断られてしまうと残念なもので、『そうか……君が来てくれると心強いと思ったんだけどな。』と残念そうに言葉にして。『俺が警部補に上がったら、君を巡査に推薦しても良い。人の心は変わりやすいって言うし、戻ってからまた連絡するよ。連絡先、登録しておいて。』また機会を狙って引き抜きの声をかけるつもりだという事を伝えつつ、少しばかり冗談めかしてからバーリントン署の名刺を相手に渡して。 )
( 相手の表情からも、声色からも、本当に残念だと言う事が伝わって来て疑っていた訳では勿論無いが本気で己を引き抜こうとしていた事が伺える。後悔はしていないが申し訳なさは膨らむもので「…本当にごめんなさい。」と、眉下げた謝罪をするが、どうやら相手は一度や二度で諦めるタイプでは無かったらしい。先の話を含ませた冗談めかした言葉と共に名刺を渡されると、少しばかりしんみりとした様に感じられた空気が一瞬にして晴れたのを感じ思わず笑みが溢れ「此処が好きだけど、私も警察官だから昇進に全く興味が無い訳じゃないんです。」と、此方もまた冗談めかした返事をし名刺を受け取り__それを名刺入れに入れる為鞄を開けて、そこで漸く財布が無い事に気が付いた。「え、」と漏れた声の後に中を探すが矢張り見当たらない。一先ず目的の名刺入れの中に受け取った名刺を挟み、考える事数秒。パブに来る前にどうしても缶コーヒーが飲みたくなり休憩室の自販機で買った時に財布を出した。そして自席に戻り、それを鞄では無くデスクに置いたのだ。それからアシュリーに急かされ__「…すみませんフォックスさん、財布を署に置いてきちゃったみたいでちょっと取りに行って来ます。」間違いなくデスクの上だと確信すると、隣の相手に苦笑いと共に一度署に戻る事を伝え、「直ぐ戻ります。」と頭を下げ席を立ち署に向かうべくパブを出て )
( 飲み会の代金は一旦自分が持つのでも構わないし、時間も時間なため必要なら一緒に署まで行く事も提案したものの相手は直ぐ戻るから大丈夫だと言ってパブを後にして。---一方のエバンズは誰も居なくなった署で一人作業を続けていたものの、突然強い眩暈に襲われ手を止めざるを得なくなった。疲れが取れきれないような感覚を感じる事はあったものの、此の所は大きく体調を崩す事もなく落ち着いている筈だったのだが。息がしづらい感覚に眉を顰め一度目元を覆う。しかしそれは直ぐに落ち着くものではなく、マグカップを手にすると立ち上がり部屋の電気はそのままに給湯室へと向かって。水を汲み薬を飲もうとしたのだが再び平衡感覚が分からなくなるような眩暈にシンクに掴まったまましゃがみ込む。此の所然程体調は悪くなかった為少し油断していた。浅くなる呼吸を抑え付けながら落ち着くのを待つばかりで、ポケットに入れているスマートフォンで相手に電話を掛ける事は選ばなかった。 )
( 署までの道のりは然程遠く無く辺りは車通りも多い大きな道路もある。明かりの点いてるお店も並び人も行き交う為夜ではあるがそこまで神経を張り詰めなければならない程の治安の悪さでは無い。早足で街灯に照らされる道を歩く事凡そ10分。署に到着すると鞄からIDを取り出し認証を完了させて刑事課のフロアへと。中は当然暗くなって居たが相手の部屋の電気だけは点いている事で、まだ帰る事無く1人仕事をしているのだと思えば呆れと心配の入り交じる息を吐き出しつつ扉を開け。「エバ__、」呼び掛けた名前の尾が切れたのはそこに誰も居なかったから。まさか電気の消し忘れか、とも思ったが鞄もコートも確りとある事から帰宅したとは考えられない。トイレか、飲み物でも買いに行ってるのか、と次なる考えを巡らせたその時、給湯室の方から小さな物音が聞こえればそこに居るのかと納得し部屋の扉を閉めて。__給湯室に顔を出し、名前の呼び掛けが再び詰まったのは呼吸を乱し明らかに体調を崩したとわかる相手がその場にしゃがみ込んで居たから。「っ、エバンズさん、わかる?」相手の傍らに膝を着く様にしてしゃがみ、意識の混濁の有無を確かめる。過去と現在がわからなくなっているような感じでは無いが呼吸が苦しそうな事には変わりなく、一先ず背を摩る事で様子見て )
( 突然のフラッシュバックを起こしての症状とは違い、意識ははっきりしていた。ただ酷い目眩と勝手に上擦り始める呼吸を抑える事が出来ず暫し立ち上がる事が出来ずにいて。不意に足音が聞こえて、未だ残っていた署員が居たのかという焦りから無理矢理にでも立ちあがろうとしたのだが、程なく聞こえたのは聞き慣れた声。背を摩られながら、意識ははっきりしているのだと伝えるべく其の問い掛けに軽く頷くと呼吸が落ち着くのを待ち。暫くして僅かながら落ち着いて来たタイミングで身体を起こすと、もう大丈夫だと手で制する事で相手に伝え薬をシートから取り出すと水を汲んだまま放置していたマグカップを手に流し込んで。未だ顔色は良いとは言えずまたあの酷い目眩に襲われる可能性もある。早く帰ろうと思いつつようやく相手と視線を重ねると「_____どうしてお前が此処に居る、」と尋ねて。 )
( 此方の問い掛けに首を立てに振る事で返事が返ってくれば一先ず声がきちんと届いている状態に安堵する。やがて至極ゆっくりとした動作ながら相手が立ち上がるとそれに釣られる様にして此方もまた身体を起こし、薬を飲む様子を見届けてから視線を重ねて。何時からこの場所で経った1人苦しんで居たのか、酸欠が起こり脳に上手く酸素が回らなかったであろう、酷い気持ちの悪さを感じでいたかもしれない。加えてきっと寒さも身体と同じくらい心に突き刺さった筈だ。何時も以上に真っ白になっている顔を見詰め「財布取りに来たの。」と、簡単に問に答えた後は「…何で電話してくれなかったの?此処までの距離なら、走れば数分で着けたんだよ。」責める訳では無いし、自分が居れば相手の苦しみは治まる、なんて烏滸がましい事を言うつもりも無いが、少なくとも1人で耐える必要は無かった筈だと瞳に真剣な色を宿して )
( 何故電話をしなかったのかという言葉には少しばかり眉を顰めつつ曖昧な表情を浮かべ「…電話するほどの事じゃない。それにあの状況で電話なんて出来る筈がないだろう、」と告げる。相手はフォックス達と楽しく飲んでいたわけで、其処に水を刺す事も出来なければ、そんな状況で電話をして自分が相手を呼び出したと思われる事も避けたい。フォックスと仲睦まじく話していた事も知っている、今だってこれ以上此処に留めておく必要は無い筈だ。「もう戻れ、財布はあったんだろ。」と、何処か突き放すような言葉を向けると相手の返答を待つ事もなく給湯室を出て、普段よりゆっくりとした足取りながら自分の部屋へと戻って。 )
( “電話をする程の事じゃない”と相手は言うが、現に目眩や呼吸の狂いで立ち上がる事も出来なかったではないか。それに今回は運良く持ち直す事が出来たかもしれないが、更に症状が悪化して倒れでもしてしまえばフロアには相手1人きりだったのだ、最悪取り返しの付かない事になっていた可能性だってある。勿論自分に電話をするのではなく病院に電話をするべきなのかもしれないが、病院嫌いの相手がそれをする事は無い。普段よりゆっくりとした足取りで以て給湯室を出て行くその斜め後ろから後を追う様に歩みを進め、“あの状況”を飲み会で楽しんでいる中で、と解釈しては「確かに飲み会の最中ではあったけど、幾らでも理由を付けて抜ける事は出来るんだから。エバンズさんの調子が悪い事がバレる事も無いんだよ。」と言葉を返し、明らかに冷たい相手の後に続いて戻る事をせず部屋に入り扉を閉め。「…何か冷たくない?そんなに私が来た事嫌だったの?」と、軽い口調で問い掛けて )
( 飲み会を抜ける事は出来るだろうが、相手も楽しみにしていたであろう機会。彼は程なくバーリントンに戻るためいつでも開催出来る会では無いのだ。「_____折角あいつと飲める数少ない機会なんだ。水を差したりしない。」と告げつつ部屋まで戻ると椅子に深く腰を下ろして。飲み会に戻れと言ったはずの相手は何故か此方の部屋の中に居て、怪訝な表情を浮かべて再び相手と視線を重ねる事になる。相手の問い掛けに対しても「此処に居たって何も面白い事はない、早く戻らないと会が終わるぞ。」と、執拗に相手に戻る事を促すのは意固地になっているからか。もう大丈夫だとは言ったものの目眩は治まっておらず状態としては不安定なもの。少し此処で休んでから家に戻るつもりで。 )
( 相手の言う“あいつ”が間違い無く飲み会の主役であるフォックスを指している事は明白で、確かに彼はもう直ぐ本来勤務している署へと戻ってしまい、飲み会が出来るのはもしかしたらこれが最後になる可能性もあるかもしれないとは思うのだが。此方の問い掛けにも答えず、何故だか執拗に飲み会に戻らせようとしてくる相手は何処か意固地になっているようにも感じられ、バレぬ様に小さく肩を竦めやれやれと小さな息を吐き出すと、「もう十分飲んだからいいの。」と、首を横に振り。静かに伸ばした手を相手の首元へ、そのまま脈の乱れを確認するかのように指を滑らせた後、その手を鞄に突っ込むと、名刺入れと携帯を取り出して。「もう少し休んだら一緒に帰ろ。」そこから先程フォックスに貰った名刺を出しつつ相手にそう声を掛け、載っている番号を携帯に打ち込み発信ボタンを押せば程なくして彼へと繋がり、声が聞こえたならば「…フォックスさん、ミラーです__」と、話を切り出すだろう )
( 相手の手が首元に触れ、まだ不安定な状態である事を脈拍から感じ取ったかは定かでは無いが暗に飲み会には戻らない事を告げられると曖昧な表情を浮かべる。自分に構わなくて良いと言いたいのに、側に居て貰う事には何処か安堵感を覚えるのだ。しかし返事をしない内に相手がスマートフォンを取り出し電話を掛け_____その口から紡がれた名前が彼のものだと認識するや否や、連絡先を交換する程の仲だった事を思い知らされ頑なな態度に戻ってしまい。電話が切れたタイミングで「やっぱり良い。早く戻れ、あいつが待ってるんだろ、」と告げると、此方はパソコンの電源を落とす。自分がここに居ては相手も戻りにくいだろう。フロアで目にした愉しげに話すフォックスとの様子が思い出され何とも言えない感情がまた湧き起こるのだが其れに懸命に蓋をする。帰る為にコートを取るべく立ち上がり____まだ不調が残っているにも関わらず勢い良く動いたために案の定直ぐに椅子に戻る事になり。 )
( 電話口からフォックスの声が聞こえ、財布を取りに来たが調子が悪くなり申し訳無いがこのまま帰宅する事、飲み会の代金はアンバーに立て替えを頼む事、そして最後に冗談めいた口調で確り番号を登録した事を伝え電話を切り。__さて、これで問題は無いと相手に視線を向けた刹那。今の電話を聞いていたにも関わらず再び飲み会に戻れと繰り返し、あまつさえパソコンの電源を切った相手に流石に眉を寄せると「何でそんな意固地になってるの。」と、呟き落とす様な声と共に、身長差の生まれた相手を見上げ。そのまま帰ると思われた相手はコートを取るよりも、部屋を出るよりも先に再び椅子へとその腰を落とす事となった。それは明らかに自分の意思では無く身体が着いて来なかった結果によるもの。不機嫌そうな、だが何処か不貞腐れているようにも見える相手の顔を少しの間ジッと見詰め、ややして目線を合わせるべく腰を折ると「私は今、エバンズさんの傍に居たいの。飲み会で皆と騒ぎたい訳でもなく、フォックスさんとお酒を飲みたい訳でもなく、此処に居たい。……エバンズさんはどうしたい?1人になりたい?」先ずは自分がどうしたいのかを、続いて少しだけ声に柔らかさを滲ませ“何か”に蓋をして意固地になっているであろう相手がちゃんと素直な要望を言えるようにと緩く首を傾けて )
( 相手が腰を折った事で距離が近付きすぐ近くで視線が重なると、何処か言い聞かせるような口調に気まずさを覚える事となる。まさに“意固地になっている”訳で、此処まではっきりと言葉にされてしまえばこれ以上理由もなく飲み会に戻れとは言えそうにない。「……楽しみにしてたんだろう。あいつと話してるのを何度も見かけた、」と言葉を紡いだのは、折角楽しみにしていた機会なら其れを放棄してまで自分と居る必要はないと伝えるため。「俺は帰るだけだ、気を遣わなくて良い。…電話番号を交換したなら直ぐに合流出来るだろ、」と少しばかり不貞腐れた色の浮かぶ声色ながら、此処に居たいという相手に促して。実際此処に居たいとは言っても此れから飲みに出掛ける訳でもないのだから。どうしたいのかと尋ねられ、結局行き着くのは「____お前の好きにしろ。」という言葉で。 )
( 近い距離で見詰めた褪せた碧眼は今まで見た事の無い不思議な揺らぎを見せている気がした。意固地になり、何処か不貞腐れた様子を見せ、そのどれもに相手の言葉を借りるなら“あいつ”が絡んでいる様な。何かとフォックスの話を出し、最終的には態々電話番号を交換した事にまで触れて来る。「フォックスさんとは席が近いしそれは何回も話すけど、名刺を貰ったのは別に__、」互いの席が近い事は相手も当然知っている筈で、そんな事を言えば別に彼と良く話をしていたのは決して自分だけでは無い。確かに引き抜きの話こそはあったかもしれないがこれから自分の署に戻る人間がお世話になったと別れの名刺を渡して来る事は決して珍しい事では無いし__と。そこまでの説明が音にならなかったのは一つの結論に行き着いたから。それは余りに自意識過剰で傲慢な考えかもしれないし、相手と己とではその“気持ち”に違いはあるだろうが。もし、もし、本当にそうなら__この嬉しさをどう表せば良いのか。途端に目前の相手が無性に可愛らしくて、愛おしく感じると「……ね、ハグしてもいい?」見る人が見ればそれはそれは幸せそうな笑みで、最終的に紡がれた返事に対する答えとは関係の無い、何の脈略も無い問い掛けをしつつ、返事を聞くよりも先にふわりと焦げ茶の頭を緩く抱き締め、自身の昂る感情を落ち着かせる為か一度だけ大きく深呼吸をして )
( フォックスとの関係性は然程深いものではないのだと話していた相手だったが、不意に言葉を止める。視線を持ち上げると、何やら急に笑みを浮かべている相手の表情が目に入り、嫌な予感ともいうべきか、対照的に嫌そうな表情を浮かべて。続いた相手の問い掛けは先程までの話とは何の関係もなく、嫌な予感が当たったとも言える突拍子もないもの。「_____やめろ、」と当然のように拒絶する言葉を口にしたものの相手の方が早く、既に頭を抱き竦められた後。相手に抱き締められているという状況に身を固めたまま「……離せ。」と不機嫌そうな声を上げて。 )
( __勿論相手にとっては“只でさえウマの合わない同僚なのに急に現れて、良く一緒に仕事をしている部下が懐きだした。”程度の不愉快さだとは思うのだが例えそうだとしても嬉しいと思う気持ちは自由だ。案の定不機嫌極まりない声色で吐き出された拒絶の言葉だが相手の不機嫌さには良いか悪いか慣れっこ。今一度ぎゅうと苦しくない程度に腕に力を入れて、髪の先を撫でるように指を動かす際、さり気なく首筋に触れさせた指の腹で再び脈の乱れをはかり。ある程度落ち着いてきたと判断しては今度は相手の要望通りに直ぐにその腕を解く。「仰せのままに、」と、些か巫山戯た返事を返して、けれど表情だけは穏やかなままに相手のコートを手に取るとそれを手渡しつつ「帰ろうか。」と、矢張り飲み会に戻る事はしない選択でデスクの上の財布を鞄にしまい、相手を家まで送り届けるべく署を後にして )
( 因縁の同僚は程なく応援対応の期間を終え自分の署へと戻って行ったのだが、平穏な時間は然程長くは続かない。1年の中で最も気分が沈む日_____あの事件の起きた、妹の命日が近付いていた。事件から12年経つ事になる訳だが、それでも気持ちが楽になる事も、世間があの事件を忘れ去る事もない。“其の”情報を目にしたのは事件の日から1ヶ月前の事。街中で偶然目にしたワイドショーの画面に“アナンデール事件”という文字を、そして“衝撃の新証言”という表記を見つけたのだ。今日発売の週刊誌が報じた、あの事件で子どもを亡くした母親の証言として当時事件に関わり今も警察に重要ポストに着いている“警察官E”の心無い言動が語られていた。その人物が自分を指している事は直ぐに理解できたが、報じられているのは身に覚えのない事ばかりで思わず絶句する。遺族の言う“警察官E”は、打ちひしがれている遺族のの自宅を訪れ「あの事件は防ぎようの無いもので、お子さんが亡くなったのは仕方なかった。泣いていても死んだ子は戻らない」と冷酷にも吐き捨てたと言うのだ。更に警察に責任は一切無いと主張し、自ら命を絶った遺族の事を“面倒くさそうに”話に挙げ、貴方たちもそんなふざけた事をして警察の手を煩わせるなと言い放ったと。そんな男が、罪悪感から死を選んだり職を退く警察官が多い中その事件を踏み台にして、未だに警察の重要ポストに着いている_____と。頭を殴られたような衝撃だった。この“遺族”は何を語っているのか。週刊誌やワイドショーは何故それを“事実”として扱っているのか。---署に戻り部屋に1人になってもその事ばかりが思考を邪魔して仕事が一向に手に付かなかった。 )
( __その日、相手が署を出てからとある署員が持って来た週刊誌を囲みフロア内は騒めき立っていた。フォールズチャーチにあるアナンデール幼稚園で過去に起きた残虐な事件の“新情報”が出たからだ。“警察官E”と名前こそぼかされているがそれが誰を指すのか皆わからない筈が無い。『相変わらずキツい言い方するよな…』と言った1人の嫌悪に塗れた呟きがフロア内に広がりそれを切っ掛けに『例えそうだとしても、警察に非が無いなんて遺族には絶対に言っちゃ駄目な言葉だろ。』『あの人機嫌悪いと結構酷い言い方するしね。』と、“遺族”の言葉を信じた相手を非難する呟きが泡ぶくの様に隅々から湧き上がり。その声が一度静まったのは外に出ていた相手が戻って来た時。皆が皆一斉に相手に視線を向け、部屋に消えるその背中を見届けた後にまたヒソヒソと嫌な言葉が飛び交うのだ。__その情報を初めて目にしたのは車内でだった。休憩中にコンビニで買った週刊誌に“あの忌まわしい事件からもうすぐ12年目”と書かれていて、何の話か直ぐにわかったものだから思わず表情が曇るのだが。読み進めると表情が曇る、なんて言葉では言い表せない文字が並ぶ事並ぶ事。絶対に100%そんな事を言う筈が無いと言い切れる“警察官E”の言葉に深く傷付き絶望したと語る遺族の話。喉の奥で息がつっかえ、週刊誌を助手席に叩き付けると昂る感情のままに車を走らせ署へと戻り__目にしたのはフロア内で集まる人集りの中にある開かれた週刊誌と、余りに不穏な空気。「…ッ、信じるの…?」と、自分でも驚く程に低い声が漏れた。しん、と静まり返る中で次を発する事無く相手の部屋の扉を開けては「…何かの間違いに決まってる。」後ろ手に開けた扉を閉めて、この空気の中では相手が既にこの話を知っているだろうという確信の元で、言い切って )
( フロアに入った時に署員たちから向けられた視線で、彼らは週刊誌の内容を知り、其れを当時の自分の言葉だと信じた上で不快感を抱いて居るのだという事を感じ取る。そして其れが、記事を目にした世間の人々の正常な反応である事も。---ノックもなく扉が開き相手の声が聞こえると、相手に視線を向ける事なく「_____初めは何かの間違いでも、あれが世に出れば…もう、誰も間違いだとは思わない。」と答えて。その答えはやけに冷静で、絶望に打ちひしがれた風でも無く何処か諦めたような色さえ浮かぶもの。記事に書かれた“警察官E”はあまりにも冷酷で、人の痛みを分からない身勝手な男だ。事件を利用して権力を得ようとする狡猾さのある人物として、過去の自分に関する記事とも結び付く事だろう。偽りの情報で自分は大勢から蔑まれる事になり、妹の命日を静かに過ごす事は叶いそうにないと深く息を吐いて。 )
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